説明

口腔用組成物

【課題】歯のエナメル質表面の酸蝕防止効果を有し、しかもpH安定性に優れ、水溶性ケイ酸塩由来の渋みがない口腔用組成物を提供する。
【解決手段】(A)水溶性ケイ酸塩0.10〜1.0質量%、
(B)フッ化物イオンとして100〜5,000ppmとなる量の水溶性フッ化物、
(C)糖アルコール又は多価アルコール10〜50質量%、及び
(D)水溶性炭酸塩0.5〜4.0質量%
を含有し、25℃におけるpHが7〜10であることを特徴とする口腔用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ化物を効果的に沈積させることによって優れた歯のエナメル質表面の酸蝕防止効果を有し、しかも安定で水溶性ケイ酸塩由来の渋みがない口腔用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
歯質の酸蝕症は、多くの場合、乳酸やクエン酸等の有機酸、あるいはリン酸又は炭酸等の無機酸を多く含む飲食物を習慣的に摂取することによって引き起こされると言われている。すなわち、歯質の無機成分は主にハイドロキシアパタイトで構成されているが、このハイドロキシアパタイトは、わずかな酸に対しても溶解しやすい性質を有するため、長年のあいだに歯質の表面が少しずつ溶解され、エナメル質の厚みが薄くなってしまう。エナメル質の厚みが薄くなると、歯が欠けやすくなったり、またエナメル質の透明性が高くなって、下に存在する象牙質が薄い黄色に透けて見えて、審美的に問題を引き起こす。
【0003】
酸蝕症を防止する技術については、様々な方法が試みられている。例えば、従来から使用されている種々のフッ化物(フッ化ナトリウム、フッ化第一スズ、フッ化チタン等)が提案されている(非特許文献1:Aust Dent J.2005;50、p263−266.非特許文献2:Caries Res.2006;40、p440−443.参照)。しかしながら、フッ化ナトリウム、フッ化第一スズの場合、酸蝕症の防止効果が必ずしも十分ではないとの指摘がされている。またフッ化チタンの場合、効果は高いが(非特許文献3:Caries Res.2007;41、p141−145.参照)、そのものの水溶液のpHが極めて低い点(pH2程度)と、フッ化チタンそのものが歯科界で一般に使用されていないことから、製品として普及しにくい面がある。
【0004】
近年、このようなフッ化物に代わって、リン酸カルシウムの複合体が酸蝕症の防止に効果があるとする報告が見られる(特許文献1:特表2006−512303号公報参照)。また、鉄化合物にも同様な効果が期待されている(非特許文献4:Arch Oral Biol.2007;52、p614−617.参照)。さらに、ある種の有機リン酸化合物(ジホスホン酸)を使用する技術も提案されている(特許文献2:特開2001−158725号公報参照)。しかしながら、これらの技術による酸蝕症の効果は、まだ十分とは言えず、また応用にあたって例えば、鉄化合物では歯面への鉄化合物による着色等の問題が残されている。したがって、実用的で効果の高い技術の開発が期待されている。
【0005】
一方、象牙質知覚過敏を緩和させるために、乳酸アルミニウム等の水溶性アルミニウム塩を含む第1剤と、ケイ酸ナトリウム等の水溶性ケイ酸塩1〜5質量%、あるいはアルカリ性を与える炭酸ナトリウムを含む第2剤とから成る技術が提案されている(特許文献3:特開平6−116153号公報参照)。使用時にあたっては、その直前に第1剤と第2剤とを混合し、この混合物を歯に塗布するものである。塗布のあいだに、アルミニウムイオンとケイ酸イオンが、酸によって拡張した象牙細管内に進入し、細管内にてアルミニウムイオンとケイ酸イオンとからなる不溶性の沈殿物(塊)が形成される。この沈殿物により、象牙細管が狭窄(目詰まり)されて象牙質知覚過敏が緩和されるという。二剤に分離されているのは、水溶性アルミニウムと水溶性ケイ酸塩は極めて不溶性の反応物を形成しやすく(そのため効果を失う)、1剤系では安定化できないからである。また、これらの第1と第2の剤を調製するために、媒材として水とソルビトール(4〜5質量%)が使用されている。しかしながら、2剤系という製剤的な課題(充填コスト等)や、使用時に二つの剤を等量混合しなければならないという煩雑さがある。また、象牙細管を不溶性の塊りで目詰まりさせることにおいて高い効果を発するものであるが、滑沢なエナメル質表面に本発明が提供するような、酸に溶けにくい皮膜を形成することは期待できない。
【0006】
また、殺菌剤の一種であるジアミン型ポリマーを安定に配合するために、非架橋性のビニルポリマー誘導体を含有する口腔用組成物の技術が提案されている(特許文献4:特開平8−81345号公報参照)。組成物(pH7.0〜10.5)のpH調整剤の一つとしてケイ酸ナトリウムが使用されており、同組成物の調製においては、フッ化物(例:フッ化ナトリウム)、ソルビトール又はグリセリン等の糖アルコールが保湿剤として使用されている。しかしながら、この技術は水溶性ケイ酸塩を含まず、酸蝕抑制効果は低い。
【0007】
また、一定の研磨性をもたせるために特定の研磨剤を配合し、かつ抗菌剤を含む歯科専用のペースト組成の技術が提案されている(特許文献5:特表2002−511389号公報)。しかしながら、この技術では酸蝕抑制効果が低く、緩衝作用を有する化合物としてはリン酸化合物が使用されており、リン酸緩衝系では酸蝕抑制効は不十分で、組成物のゲル化を生じ製剤化が困難となる。
【0008】
また、歯磨剤の原料(研磨剤、発泡剤、ケイ酸ナトリウム:0.1〜5.0質量%)由来の「えぐ味」を改善するための組成(グリセリン、アネトール、カルボンが改善の必須成分)が提案されている(特許文献6:特開2002−47158号公報)。同組成物のpH(pH5〜9)を調製する際、ケイ酸ナトリウムがpH調整剤(水酸化ナトリウム等の無機性の水酸化物、及びクエン酸、リン酸、リンゴ酸、ピロリン酸、乳酸、酒石酸、グリセロリン酸、酢酸等の有機酸、硝酸等の無機性の酸)の任意成分の一つとして記載されている。しかしながら、この技術は水溶性ケイ酸塩を含まず、酸蝕抑制効果は低い。
【0009】
また、象牙質知覚過敏を緩和させるために、水溶性ケイ酸塩(0.05〜35質量%)とフッ化物を含有した無水歯磨剤処方の技術が提案されている(特許文献7:特表2004−510802号公報、特許文献8:特許第3905836号公報)。提案された組成物には、水溶性のカルシウム塩、炭酸水素カリウム(神経鈍磨による象牙質知覚過敏に寄与)が配合されている。同組成物においては、水溶性ケイ酸塩と水溶性のカルシウム塩とが化学反応して効果が失効しないように、水が全く使用されていない。従って、組成物の原料は糖アルコール類(グリセリン、ソルビトール等;1.0〜80質量%)に分散されている。しかしながら、水溶性炭酸塩を使用するとした記載はなく、組成物と唾液の水分とが接触すると、組成物中のケイ酸塩とカルシウムが溶解し、次いでこれらが反応して沈着物が形成され、この沈着物により象牙細管が封鎖され、効果が発揮されるという。しかしながら、組成物には実質的に水分が含有されていないため、口腔内で使用した場合、種々の不具合が予想される。例えば、組成物と唾液の水分とが接触・混合して効果が発現される設計となっているが、場合によっては短い時間で混合できないおそれがある。また、混合後のpHは極めて高くなるので、粘膜や味覚に対して好ましくない影響(使用感の低下)を与えるおそれあり、使用にあたっては注意が必要となる。さらに採用されている水溶性のカルシウムは、水溶性ケイ酸塩と極めて沈殿反応性が高い。従って、組成物を保存中に一部で沈殿反応が起きてしまい、効果の低下も懸念される。また、同組成物を含む歯磨剤チューブの口元に水分が及ぶと、同様に沈殿反応が起こり効果の低下も懸念される。
【0010】
また、象牙質知覚過敏を緩和するため、硝酸カリウムと還元パラチノースを含有する組成物の技術が提案されている(特許文献9:特開2003−73246号公報参照)。組成物のpH調整剤(水酸化ナトリウム等の無機性の水酸化物、及びクエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、アジピン酸等有機酸)の一つとしてケイ酸ナトリウムを使用した技術が提案されている。組成物においては、フッ化物(例:フッ化ナトリウム)や保湿剤としての糖アルコール類(ソルビトール、グリセリン、キシリトール等)の使用も記載されている。しかしながら、水溶性炭酸塩について記載はなく、ケイ酸ナトリウムはpH調整剤の任意物質一つであり、その配合量の記載もない。
以上のことから、これらの技術による酸蝕症の効果はまだ十分とはいえず、さらなる効果の改善が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2006−512303号公報
【特許文献2】特開2001−158725号公報
【特許文献3】特開平6−116153号公報
【特許文献4】特開平8−81345号公報
【特許文献5】特表2002-511389号公報
【特許文献6】特開2002-47158号公報
【特許文献7】特表2004−510802号公報
【特許文献8】特許第3905836号公報
【特許文献9】特開2003−73246号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Aust Dent J.2005;50、p263−266.
【非特許文献2】Caries Res.2006;40、p440−443.
【非特許文献3】Caries Res.2007;41、p141−145.
【非特許文献4】Arch Oral Biol.2007;52、p614−617.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、通常の歯磨き・洗口行為で歯牙表面に有効成分であるフッ化物を効果的に沈積させることによって優れた歯のエナメル質表面の酸蝕防止効果を有し、しかもpH安定性に優れ、水溶性ケイ酸塩由来の渋みがない口腔用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、(A)水溶性ケイ酸塩と(B)フッ化物イオンとを含有する口腔用組成物において、(C)糖アルコール又は多価アルコールを配合し、緩衝剤として(D)水溶性炭酸塩を選択することにより、(A)水溶性ケイ酸塩の加水分解による組成物のpH上昇抑制効果が得られ、組成物のpHを7〜10の範囲とすることにより、高い酸蝕防止効果が得られることを知見した。そのメカニズムは明らかではないが、組成物中に溶解した水溶性ケイ酸塩と水溶性フッ化物が、歯又は唾液由来のカルシウムイオンとの反応を伴いながら、歯表面に効果的に析出・沈積するものと推測される。また、組成物のpHが10より高い場合、歯又は唾液由来のカルシウムイオンと水溶性ケイ酸塩及び水溶性フッ化物とによる析出・沈着が、水酸イオン(OH-)によって妨害される(OH-の拮抗作用)ではないかと推測される。また、(D)水溶性炭酸塩を配合することによって、(A)水溶性ケイ酸塩の渋み抑制効果が得られることを知見し、本発明をなすに至ったものである。
【0015】
従って、本発明は下記口腔用組成物を提供する。
[1].(A)水溶性ケイ酸塩0.10〜1.0質量%、
(B)フッ化物イオンとして100〜5,000ppmとなる量の水溶性フッ化物、
(C)糖アルコール又は多価アルコール10〜50質量%、及び
(D)水溶性炭酸塩0.5〜4.0質量%
を含有し、25℃におけるpHが7〜10であることを特徴とする口腔用組成物。
[2].25℃におけるpHが7.5〜10である[1]記載の口腔用組成物。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、優れた歯のエナメル質表面の酸蝕防止効果を有し、しかもpH安定性に優れ、水溶性ケイ酸塩由来の渋みがない口腔用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】未処理群の電顕写真である。
【図2】コントロール群の電顕写真である。
【図3】実施例19の電顕写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の口腔用組成物は、(A)水溶性ケイ酸塩0.10〜1.0質量%、(B)フッ化物イオンとして100〜5,000ppmとなる量の水溶性フッ化物、(C)糖アルコール又は多価アルコール10〜50質量%、及び(D)水溶性炭酸塩0.5〜4.0質量%を含有し、25℃におけるpHが7〜10であるものである。
【0019】
(A)水溶性ケイ酸塩
水溶性ケイ酸塩としては、例えば、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム、メタケイ酸ナトリウム9水和物、水ガラス等が挙げられる。これらは1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。中でも、化合物の純度の点から、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウムが好ましく、これらは和光純薬の試薬としても入手できる。なお、本発明における水溶性とは、蒸留水(25℃)に少なくとも10質量%の溶解性を示すものをいう。
【0020】
(A)成分の配合量は、口腔用組成物全体に対して0.10〜1.0質量%であり、0.3〜1.0質量%が好ましい。(A)成分の配合量が0.10質量%未満だと、所望の効果が得られず、1.0質量%を超えると効果が飽和傾向にあり、また弱アルカリ性領域での安定性が悪化してしまう。
【0021】
(B)水溶性フッ化物
水溶性フッ化物としては、例えば、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム等が挙げられ、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0022】
(B)成分の配合量は、口腔用組成物全体に対してフッ化物イオンとして100〜5,000ppm(質量)となる量であり、500〜3,000ppmが好ましい。フッ化物イオンとして100ppm未満だと、目的とする効果が得られず、5,000ppmを超えて配合しても、効果は飽和する傾向にある。
【0023】
(C)糖アルコール又は多価アルコール
糖アルコールとしては、口腔細菌によって発酵されない又はされにくい化合物が好ましい。例えば、ソルビトール、グリセリン、キシリトール、マルチトール、エリスリトール、ラクチトール、トレハロース、マンニトール、イソマルト等が挙げられる。これらは1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。中でも、原料としての安定供給の面から、ソルビトール、グリセリン、キシリトール、エリスリトールが好ましい。さらに、糖アルコールの代わりにアルコール基を有する多価アルコールも、糖アルコールと類似のケイ酸塩の安定化作用を示す。例えば、多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等が挙げられ、これらは1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0024】
(A)水溶性ケイ酸塩は加水分解しやすく、(C)糖アルコール又は多価アルコールは、(A)水溶性ケイ酸塩の加水分解を抑制することで、有効性が発揮されやすいpHに設定することに貢献し、かつ好ましい使用感を得ることができる。また、(A)成分の加水分解を抑制することで、(A)成分の不溶化を抑制することができる。
【0025】
(C)成分の配合量は、口腔用組成物全体に対して10〜50質量%であり、20〜40質量%が好ましい。(C)成分の配合量が10質量%未満だと、(A)成分の加水分解が大きく進み、一部のケイ酸イオンはアモルファスなケイ酸(SiO2)の複合体となって沈殿する。50質量%を超えると、(A)成分を溶解することが困難となり、またベトベト感等使用感に問題が出てくる。
【0026】
さらに、(C)糖アルコール又は多価アルコールの機能を発揮する上で飽和傾向が認められることから、必要濃度以上の配合は、良質な製剤の調製や使用感等の面でかえって好ましくない。(A)水溶性ケイ酸塩の配合濃度の違いにより、(C)成分のより好適な配合濃度が変化する。具体的には、(A)水溶性ケイ酸塩が0.10以上0.3質量%未満の場合は、(C)成分のより好適な配合量は、10〜30質量%であり、(A)水溶性ケイ酸塩が0.3質量%以上0.7質量%未満の場合は、20〜40質量%がより好ましく、(A)水溶性ケイ酸塩が0.7質量%以上1.0質量%以下の場合は、30〜50質量%がより好ましい。
【0027】
(D)水溶性炭酸塩
水溶性の炭酸塩としては、例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が挙げられ、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。中でも、原料としての安定供給の点から、炭酸水素ナトリウムがより好ましい。これらは和光純薬の試薬としても入手できる。
【0028】
(D)水溶性炭酸塩は、加水分解しやすい(A)水溶性ケイ酸塩の加水分解を抑制することにより、(A)成分の加水分解による組成物のpH上昇を抑制することができる。上述したように、(C)糖アルコール又は多価アルコールによっても、(A)水溶性ケイ酸塩の加水分解を抑制することができるが、(C)成分だけではpH上昇を抑制するには必ずしも十分ではなく、高濃度に(C)成分を使用すると、使用感等の劣化を引き起こす。そこで、弱アルカリ性領域で高い緩衝作用のある水溶性炭酸塩を使用することで、pHを弱アルカリ性に設定することができ、経時的にもpHの上昇を抑制することができる。例えば、(A)成分を含有する組成物を弱アルカリにする手段として、塩酸を用いると、経時的pH変化(上昇)が大きく、pHを安定化することはできず、歯のエナメル質表面の酸蝕防止効果が劣り、渋みを抑制することができない(比較例4参照)。同様に、中性領域で緩衝作用があるとされる水溶性リン酸塩(例えば、リン酸水素二カリウム)でpH調整を行うと、炭酸水素ナトリウムよりpH調整機能は劣るため、多量のリン酸水素二カリウムを使用せざるをえず、そのため(A)成分がゲル化を起こしてしまい、歯のエナメル質表面の酸蝕防止効果が劣り、渋みを抑制することができない(比較例5)。
【0029】
(D)成分の配合量は、口腔用組成物全体に対して0.5〜4.0質量%である。(C)成分の配合量が0.5質量%未満だと、渋み改善が不十分となり、4.0質量%を超えて配合してもpH調整力は飽和する傾向にあり、塩味によってかえって使用感が悪化する。
【0030】
口腔用組成物の25℃におけるpHは7〜10であり、7.5〜10が好ましく、7.8〜10がより好ましく、8〜10がさらに好ましい。本発明のメカニズムは、本発明の口腔用組成物を歯質と接触させると、組成物に含まれるケイ酸イオン及びフッ化物イオンが、歯質由来又は唾液由来のカルシウムイオンと反応して、歯面上に複合体(ケイ酸、カルシウム、フッ化物からなる皮膜)を形成し、この皮膜が酸に対して抵抗性を示し、歯質の酸蝕を抑制すると推定される。特に、組成物のpHがアルカリ性の場合、唾液と組成物とが混合されると、唾液のpH緩衝能により、混合液のpHが中性側に傾き複合体の形成がより促進されるため、より好適である。しかしながら、組成物のpHが酸性だと、炭酸塩が分解してしまい、配合の意味を失ってしまう。なお、pHが10を超えると、使用感に問題があり、組成物中に香料を配合した場合の香料の安定性や、バインダーの劣化を引き起こし、製剤全体の安定性に問題を起こしやすい。なお、pHの測定は、pH電極(東亜DKK社製、HM-30R型)を2つの標準液(pH6.86:リン酸緩衝液、9.18:ほう酸緩衝液、いずれも和光純薬の標準液)で校正した後、電極をサンプル(溶液又は歯磨剤)に接触させ、3分後の表示値を読み取る(室温測定)。
【0031】
本発明の口腔用組成物は、練歯磨、液体歯磨等の歯磨剤、洗口剤、ゲル剤等の各種剤型に調製でき、特に歯磨剤、洗口剤として好適である。ここで、各種剤型に調製する場合、例えば、上記必須成分に加えて、その剤型に応じてその他の成分、及び水(残部)を本発明の効果を損ねない範囲で配合し、通常の方法で調製することができる。その他の成分としては、下記のものが挙げられ、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0032】
界面活性剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、ミリスチル硫酸ナトリウム等のアルキル基の炭素数が8〜18である高級アルキル硫酸エステルの水溶性塩、ラウリルモノグリセライドスルフォン酸ナトリウム、ココナッツモノグリセライドスルフォン酸ナトリウム等の脂肪酸基の炭素数が10〜18である高級脂肪酸モノグリセライドスルフォン酸の水溶性塩、オレフィンスルフォン酸、パラフィンスルフォン酸その他のアニオン活性剤、ステアリルモノグリセライド、ショ糖モノ及びジラウレート等の脂肪酸基の炭素数が12〜18であるショ糖脂肪酸エステル、ラクトース脂肪酸エステル、ラクチトール脂肪酸エステル、マルチト−ル脂肪酸エステル、ステアリン酸モノグリセライド、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレ−ト、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、エチレングリコ−ル約60モルが付加したソルビタンモノステアレート縮合物、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの重合物及びポリオキシエチレンポリオキシプロピレンモノラウリルエステル等の誘導体等のノニオン活性剤、ベタイン型、アミノ酸型等の両性活性剤等の界面活性剤が挙げられる(配合量;通常、組成物全体に対して0.5〜5質量%)。
【0033】
粘結剤としては、カラゲナン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルヒドロキシエチルセルロースナトリウム等のセルロース誘導体、アルギン酸ナトリウム等のアルカリ金属アルギネート、アルギン酸プロピレングリコールエステル、キサンタンガム、トラガカントガム、カラヤガム、アラビアガム等のガム類、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸ナトリウム、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルピロリドン等の合成粘結剤等が挙げられる(配合量;通常、組成物全体に対して0.1〜5質量%)。
【0034】
粘稠剤としては、(C)成分がそのまま適用できる。
【0035】
甘味剤として、サッカリンナトリウム、ステピオサイド、ネオヘスペリジルジヒドロカルコン、グリチルリチン、ペリラルチン、タウマチン、アスパラチルフェニルアラニンメチルエステル、p−メトキシシンナミックアルデヒド、サイクラミン酸ナトリウム等、防腐剤としてp−ヒドロキシメチルベンゾイックアシド、p−ヒドロキシエチルベンゾイックアシド、p−ヒドロキシプロピルベンゾイックアシド、p−ヒドロキシブチルベンゾイックアシド、安息香酸ナトリウム、低級脂肪酸モノグリセライド等、香料としてウインターグリーン油、スペアミント油、ペパーミント油、サッサフラス油、丁字油、ユーカリ油等が配合され得る。また増白剤、シリコーン、色素、その他成分が挙げられる。
【0036】
また、(B)成分以外に必要に応じて、種々の活性成分を含有させることもできる。例えば、イプシロンアミノカプロン酸、トラネキサム酸、クロルヘキシジン塩類、ジヒドロコレステロール、グリチルレチン塩類、グリチルレチン酸、ビタミン類、トリクロサン等の抗菌剤等の有効成分が挙げられる。
【0037】
さらに、必要に応じて研磨剤も配合できる。本発明の口腔用組成物がフッ化物を含むことから、シリカ系の研磨剤が好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、下記の例において特に明記のない場合は、組成の「%」は質量%を示す。
【0039】
[実施例1〜24]
表1に示す組成の口腔用組成物を下記方法により調製し、下記評価を行った。結果を表中に示す。
蒸留水に70質量%の(C)糖アルコールを加え、ミキサーにてよく撹拌した。次いで10質量%の(A)ケイ酸ナトリウム水溶液を加え、再びミキサーにてこれをよく撹拌した。次いで、(B)フッ化ナトリウムを加えた。最後に(D)水溶性炭酸塩粉末を加えて撹拌し、口腔用組成物を調製した(最終100質量%)。口腔用組成物は、キャップのついた容器に充填した。なお、実施例の口腔用組成物のpHは表に示すとおりであり、安定であった。
【0040】
[酸蝕症(耐酸性)防止効果評価]
この評価法については、下記学術雑誌に記載されている評価法を改変(簡素化)して行った(Effects of olive oil and an olive oil containing fluoridated mouthrinse on enamel and dentin erosion in vitro. Acta Odontol Scand. 2007;65:p375−631)。
【0041】
(1)エナメル質試料の調製
牛歯のエナメル質から約1mm四角のエナメル質ブロックを切り出し、これを樹脂に包埋した。次いで、エナメル質を800番、次いで1500番のサンドペーパーにて研磨し試料とした。
【0042】
(2)口腔用組成物による処置
試験組成物(10mL)中にエナメル質試料を3分間浸漬した後、これを取り出して蒸留水にて軽く洗浄し、次いで人工唾液(塩化カルシウム:1.0mM(M:mol/L)、リン酸ナトリウム:3.0mM、塩化ナトリウム:100mM、pH6.5)に1時間、37℃にて浸漬した。この操作(組成物処置と人工唾液への浸漬)を5回繰り返した。その後、1%クエン酸(10mL、pH2.3)に浸漬し脱灰した(25℃、5分間)。最後に試料を取り出して蒸留水にてよく洗浄し、電顕観察のため試料を自然乾燥させた。試薬はすべて和光純薬株式会社製のものを用いた。
【0043】
(3)試料の電顕観察による有効性の評価
試験組成物による処置と1%クエン酸浸漬を終えたエナメル質ブロックについて、その表面を電顕にて観察した。すなわち、同サンプルを自然乾燥させた後、常法に従ってカーボン蒸着し、エナメル質表面を倍率5,000倍にて観察した。合わせて、試験組成物処置もクエン酸処理もしていない健全エナメル質表面(以下、未処理群)と試験組成物の代わりに蒸留水にて処置し、クエン酸処理を行ったエナメル質表面(以下、コントロール群)についても、同様に電顕にて観察した。
【0044】
その結果、未処理群のエナメル質表面は、凹凸の無いきれいな表面であったが、コントロール群のエナメル質表面では、クエン酸処理によりエナメル小柱の頭部(鍵穴のような形状)が全て露呈して観察された。これに対し、試験組成物で処置されたエナメル質表面では、エナメル小柱の頭部の露出が抑制されていた。このことは、試験組成物がエナメル質表面の酸蝕を抑制したことを示している。
試験組成物の酸蝕症防止効果を下記の評価基準に基づいて判定した。すなわち倍率5,000倍の視野において、コントロール群において観察できた平均的なエナメル小柱の頭部の数と、試験群でのエナメル小柱の頭部の数から、下記式(1)に基づき酸蝕症防止効果の判定値とした。
【0045】
【数1】

【0046】
結果を、酸蝕症防止効果(%)の結果から、下記基準に基づき示す。
<基準>
◎:50%以上
○:20%以上50%未満
×:20%未満
【0047】
図1に未処理群の電顕写真、図2にコントロール群の電顕写真、図3に実施例19の電顕写真を示す。未処理群ではエナメル質表面が平滑であるのに対し、コントロール群ではクエン酸による脱灰を受け、エナメル小柱の頭部が顕在化しているのが分る。一方実施例19では、エナメル小柱の頭部の顕在化はほとんど認められず、酸蝕症防止効果が高いことがわかる。
【0048】
[渋みの評価(使用感の評価)]
5人のパネルに、炭酸水素ナトリウムを配合していない比較対照組成物(5.0mL)を口に含み10秒間洗口してもらい、渋み感を記憶してもらった。その後、口をよく濯ぎ、続いて炭酸水素ナトリウムを配合した試験組成物にて同様に30秒間洗口してもらい、渋み感を記憶してもらった。そして、下記基準に基づき両者で改善の程度を比較評価した。味覚の履歴を極力抑えるため、一回の比較ごとに必ず比較対照組成物による洗口を行った。
<基準>
3:比較対照組成物と比べて、あきらかに渋みが改善されたと感じた
2:比較対照組成物と比べて、やや渋みが改善されたと感じた
1:比較対照組成物と比べて、差がない、あるいは改善が不十分であると感じた
結果を、5人のパネルの評価の合計点で以下のように判定した。
◎:12以上
○:9以上12未満
×:5以上9未満
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
[比較例1〜7]
表3に示す組成の口腔用組成物を実施例に準じて調製し、実施例と同様の評価を行った。結果を表中に示す。比較例4のpHは8.5に調整したが、一週間後にはpH10.1に上昇した。比較例5は組成液がゲル状となった。
【0052】
[比較例8,9]
比較例8は、使用直前に第1(1.0質量%の乳酸アルミニウムと5質量%のソルビトールを含有)と、第2液(5.0質量%のケイ酸ナトリウムと2.0質量%の炭酸ナトリウムを含有)を等量混合して処置した。処置時は、それぞれ半分の濃度となる。
比較例9は、比較例8の第1と第2液を等量混合し、これを室温にて一週間保存したものにて処置した。処置時は、それぞれ半分の濃度となる。
【0053】
【表3】

【0054】
[実施例25〜31]
下記表4に示す組成の口腔用組成物を下記方法で調製した。上記実施例と同様に酸蝕症防止効果及び渋み(使用性)について評価したところ、良好な結果が得られた。
精製水中にサッカリンナトリウム、防腐剤(安息香酸ナトリウム、ヒドロキシ安息香酸メチル)、糖アルコール(ソルビトール、グリセリン、キシリトール、エリスリトール)、フッ化物(フッ化ナトリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム)を加え、ミキサーにてよく撹拌した。次いで10%のケイ酸ナトリウム水溶液を加え、再びミキサーにてこれをよく撹拌した。次いで、水溶性炭酸塩(炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム)の粉末を加えて撹拌し、A相を調製した。次に、プロピレングリコール中に、粘結剤であるカルボキシルメチルセルロース)を加えてよく分散し、B相を調製した。次いで、1.5リットルのニーダー(石山工作所製)の中にA相を、次いでB相を加え、よく撹拌した。そして順次、香料及び界面活性剤(ラウリル硫酸ナトリウム)を添加し、必要に応じてシリカ研磨剤)等の研磨剤、象牙質知覚過敏の神経鈍磨剤(硝酸カリウム等)を添加し常温にて混合し、4kPaまで減圧し脱泡を行い、組成物1.0kgを得た。ここで用いた本発明の関与成分以外の成分については、口腔用組成物で一般的に使用されている原料を用いて製造した。
【0055】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)水溶性ケイ酸塩0.10〜1.0質量%、
(B)フッ化物イオンとして100〜5,000ppmとなる量の水溶性フッ化物、
(C)糖アルコール又は多価アルコール10〜50質量%、及び
(D)水溶性炭酸塩0.5〜4.0質量%
を含有し、25℃におけるpHが7〜10であることを特徴とする口腔用組成物。
【請求項2】
25℃におけるpHが7.5〜10である請求項1記載の口腔用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−189356(P2010−189356A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−37685(P2009−37685)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】