説明

呼吸信号のノイズ低減

本発明は、呼吸信号を処理するシステム及び方法に関する。スペクトル減算を用いるノイズリダクション演算をスペクトル呼吸信号に実行し、出力スペクトル信号を計算する。前記ノイズリダクション演算を実行する段階の前記スペクトル減算で用いられるゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリング、例えばゲイン関数の2次元周波数及び時間メジアンフィルタリングを実行する。例えば、呼吸信号に基づき前記スペクトル呼吸信号を計算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、呼吸信号処理の分野に関し、特に、音響呼吸信号の呼吸信号処理の分野に関し、より具体的には、呼吸信号の処理方法と呼吸信号の処理システムとに関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸信号(breathing signalすなわちrespiratory signal)や呼吸数は基本的な生体信号である。呼吸数は例えば呼吸波形の測定結果から得られる。例えば、呼吸波形信号は、呼吸を測定する人に外的に取り付けたセンサ電極により生成される。また呼吸波形は心電図(ECG)波形からも得られる。
【0003】
特許文献1は、患者の呼吸パターンを検出する装置を開示している。エアリアルマイクロホン(aerial microphone)を利用して呼吸音やいびきを検知する。患者の身体が発する可聴音信号をマイクロホンや別途患者の首に配置した気道マイクロホンにより、電気信号に変換し、この電気信号をA/D変換器に送る。各A/D変換器の出力を、アダプティブリニアフィルタを用いて背景ノイズを抑制するアクティブノイズキャンセレーションユニットに送る。このアダプティブリニアフィルタは、それぞれ1つの遅延サンプリング時間により表される一組の遅延ラインエレメントと、対応する一組の調整可能係数とを有する。アダプティブリニアフィルタの出力をセンサ出力から減算する。その結果の出力を用いて、全体出力の二乗平均値を最小化するため、アダプティブリニアフィルタのタップ重みを調整する。気道マイクロホンからの信号ノイズは、エアリアルマイクロホンからの信号ノイズと同様に処理される。信号をバンドパスフィルタし、推定流量波形発生ユニットに送る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第6,290,654B1号
【発明の概要】
【0005】
測定は、人にマイクロホンやセンサ電極を取り付ける必要があり、その人に対して本来的に邪魔なものであり、不都合でもある。このことは、睡眠中の人の呼吸信号を処理する場合に特に重要である。
【0006】
それゆえ、人から離れたところに配置したマイクロホンでキャプチャした呼吸信号を処理できるようにすることが望ましい。
【0007】
例えば、マイクロホンで人の呼吸信号を記録する時、マイクロホンをその人の近く、例えばその人から50cm離れたところに配置することができる。しかし、呼吸による音響エネルギーは一般的に非常に弱いので、信号対雑音比、すなわち呼吸信号とノイズとの比率は非常に低く、信号から呼吸数などの呼吸パラメータを抽出することは困難である。
【0008】
睡眠中の人から離れて音響的呼吸信号をキャプチャする時に呼吸パラメータの決定を容易にするため、新しいノイズリダクション演算を実行できるようにすることが望ましい。
【0009】
ほとんどのマイクロホンは、その内部に増幅器が組み込まれており、その増幅器の1/fノイズのためローパス特性を示すセンサノイズをもつことが分かった。MEMS(マイクロマシン技術)などの一部のマイクロホンのセンサは、信号対ノイズ比(SNR)、すなわち信号対センサノイズ比が約60dBである。その他の優秀なマイクロホンはSNRレンジが70ないし80dBのものもある。
【0010】
マイクロホンのセンサノイズを低減できる、呼吸信号を処理する方法とシステムを提供することが望ましい。
【0011】
こうした問題を少しでも解決するため、本発明の第1の態様では、呼吸信号を処理する方法を提供する。該方法は、スペクトル減算を用いるノイズリダクション演算をスペクトル呼吸信号に実行し、出力スペクトル信号を計算する段階と、前記ノイズリダクション演算を実行する段階の前記スペクトル減算で用いられるゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを実行する段階と、を有する。
【0012】
例えば、ノイズリダクション演算は、ゲイン関数の2次元フィルタリングを行う段階を有する。
【0013】
例えば、前記方法はさらに、呼吸信号に基づき、例えば時間領域の呼吸信号に基づき、スペクトル呼吸信号を計算する段階を有する。
【0014】
例えば、呼吸信号は音響呼吸信号である。例えば、呼吸信号はマイクロホンでキャプチャした信号である。
【0015】
例えば、スペクトル呼吸信号を計算する段階は、高速フーリエ変換(FFT)を含む。
【0016】
「ノイズリダクション演算」との用語は、スペクトル呼吸信号により表された信号に含まれるセンサノイズなどのノイズを低減するのに適した演算を意味すると解さなければならない。
【0017】
「フィルタリング」との用語は、平均、メジアンフィルタリング、及びその他のフィルタリングアルゴリズムを含むと解さなければならない。
【0018】
スペクトル減算を用いたノイズリダクション演算では、以下にさらに詳しく説明するようにゲイン関数を用いる。
【0019】
一般的に、呼吸は時間的に非常にゆっくりと増減する。さらに、呼吸信号の周波数コンテンツは、発話信号のフォルマントのように、大きな山や谷を示さない。呼吸音のスペクトル特性は約2kHzまで、関連情報を示す。呼吸信号の時間・周波数特性には大きな山や谷を示さない大きなエリアがあるので、ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを用いることが有利となる場合がある。これにより、呼吸信号を許容できないほど歪めずに、ノイズリダクションを改善できる。
【0020】
例えば、前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングは、2次元周波数及び時間平均またはメジアンフィルタリング、すなわち平均化またはメジアンフィルタリングである。一般的に、平均またはメジアンフィルタリングなどのフィルタアルゴリズムははずれ値(outliers)を無くすのに特に適している。
【0021】
一実施形態では、前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングは、2次元周波数及び時間メジアンフィルタリングである。メジアンフィルタリングは、関連する信号部分を平滑化することなく、はずれ値を他の値で置き換えることによりはずれ値を無くせる点で、特に有利である。そのため、ノイズリダクション演算の品質が向上する。
【0022】
例えば、本方法は、さらに、出力スペクトル信号の時間領域への変換に基づき、出力信号を提供する段階を含む。これは、呼吸パラメータを計算するのに有利である。例えば、出力スペクトル信号を時間領域に変換する段階は、逆高速フーリエ変換(IFFT)を含む。
【0023】
例えば、本方法は、出力スペクトル信号に基づき少なくとも1つの呼吸パラメータを計算する段階を含む。重要な呼吸パラメータは例えば呼吸数(respiratory rate)である。例えば、前記少なくとも1つの呼吸パラメータは、出力スペクトル信号を時間領域に変換することにより求めた前記出力信号に基づき、計算される。例えば、少なくとも1つの呼吸パラメータは睡眠の質パラメータである。このように、睡眠の質を決定できる。例えば、睡眠中の人の睡眠の質を決定または推定し、睡眠の質の推定に基づいて制御信号を供給できる。例えば、制御信号は、温度、照明などの睡眠環境の外部ファクタを制御する、またはその外部ファクタに影響を与える信号である。例えば、睡眠中の人の睡眠を改善(improving or enhancing)する1つ以上の制御信号を選択できる。その他の可能性として、人の睡眠の質が低すぎると、例えばある閾値より低いと推定される場合、その人を目覚めさせる制御信号を供給してもよい。
【0024】
一実施形態では、スペクトル減算に用いるゲイン関数は、推定ノイズと、スペクトル呼吸信号に基づき計算される強さスペクトル信号とに基づき計算する。例えば、ゲイン関数の計算は、推定ノイズスペクトルを絶対値スペクトル信号で割る段階を含む。しかし、絶対値スペクトル信号ではなく、例えば二乗絶対値を、すなわちパワースペクトル信号を用いてもよい。この場合、ゲイン関数は、推定ノイズと、強さスペクトル信号の二乗とに基づき計算される。
【0025】
例えば、前記ノイズリダクション演算は、前記スペクトル呼吸信号に基づき強さスペクトル信号を計算する段階と、推定したノイズと前記強さスペクトル信号とに基づきゲイン関数を計算する段階と、前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを実行する段階と、前記スペクトル呼吸信号を前記フィルタしたゲイン関数とかけて出力スペクトル信号を計算する段階とを有する。
【0026】
すなわち、ノイズリダクション演算は、ゲイン関数の2次元フィルタリングを行う上記の段階を有する。よって、効率的なノイズリダクション演算が実現できる。
【0027】
例えば、ノイズリダクション演算は、ノイズの推定を含む。前記ノイズの推定は、強さスペクトル信号の連続した複数のブロックに基づく平均演算を含む。前記強さスペクトル信号はスペクトル呼吸信号に基づき計算される。例えば、強さスペクトル信号を連続する複数のブロックにわたり平均してもよい。あるいは、例えば、強さスペクトル信号の二乗を、すなわちパワースペクトル信号を平均してもよい。このように、ノイズは静的であるとのアプリオリの知識を用いる。これは、例えばノイズが主にマイクロホンのセンサノイズにより決まる場合には、特に有利である。この場合にはセンサノイズが非常に静的だからである。例えば、各周波数ビンに対して、すなわちスペクトル信号関数が定義された一組の離散的周波数の各要素に対して、特にFFTの周波数ビンに対して、平均演算を行う。例えば、連続するブロックの数は、少なくとも1秒の、好ましくは少なくとも3秒の、特に少なくとも10秒の時間に対応する。このように、質の高いノイズフロア推定を実現できる。
【0028】
例えば、ゲイン関数の前記二次元周波数及び時間フィルタリングを、少なくとも0.05秒の、より好ましくは少なくとも0.1秒の、さらに好ましくは少なくとも0.25秒の時間スパンに対応するフィルタカーネルで行う。
【0029】
例えば、ゲイン関数の前記二次元周波数及び時間フィルタリングを、ノイズリダクション演算で用いる強さスペクトル信号の連続する少なくとも3つのブロックに対応するフィルタカーネルで行う。ブロックサイズは例えば512サンプルである。より好ましくは、ブロック数は少なくとも5であり、より好ましくは少なくとも7である。このように、ノイズリダクションを改善できる。
【0030】
例えば、ゲイン関数の前記二次元周波数及び時間フィルタリングを、少なくとも40Hzの、より好ましくは少なくとも75Hzの、さらに好ましくは少なくとも100Hzの周波数スパンに対応するフィルタカーネルで行う。例えば、フィルタカーネルは少なくとも250Hzの周波数スパンに対応する。 例えば、ゲイン関数の前記二次元周波数及び時間フィルタリングを、少なくとも3つの周波数ビンに、より好ましくは少なくとも5つの周波数ビンに、さらに好ましくは少なくとも7つの周波数ビンに対応するフィルタカーネルで行う。このように、センサノイズを効果的に除去できる。
【0031】
例えば、本方法は、少なくとも4kHzの、好ましくは少なくとも8kHzのサンプリング周波数で呼吸信号をサンプリングする段階を含む。このように比較的高いサンプリング周波数を用いるのは、2kHzまでの呼吸音のスペクトル特性が関連する情報を示す点で有利である。よって、ノイズリダクションを改善できる。
【0032】
例えば、本方法は、出力スペクトル信号に基づき計算される出力信号をダウンサンプリングする段階を含む。呼吸パラメータを計算するのに必要なサンプリング周波数よりも高いサンプリング周波数をノイズリダクション演算に用いるので、ノイズリダクションを改善できる。例えば、サンプリング周波数は少なくとも8kHzである。さらに、高いサンプリング周波数を用いるので、呼吸音を歪めることなく、周波数及び時間でゲイン関数の2次元フィルタリングを行える。
【0033】
一実施形態では、本方法は、前記ゲイン関数の前記2次元周波数及び時間フィルタリングに使われるフィルタカーネルのフィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを適応する段階をさらに有し、前記適応は前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングに基づき得られる前記信号の第1の時間・周波数エリアに含まれる信号エネルギーと第2の時間・周波数エリアに含まれるノイズエネルギーとの、例えば楽音(musical tones)のエネルギーとの間の比に基づく。かかる信号は、例えばフィルタしたゲイン関数、スペクトル出力関数、または出力関数である。これらはすべてフィルタしたゲイン関数に依存する。例えば、前記信号は、ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングにより求めたフィルタしたゲイン関数である。例えば、第1の時間・周波数エリアは、第1の周波数レンジと第1の時間レンジとよりなり、第2の時間・周波数エリアは、第2の周波数レンジと第2の時間レンジとよりなる。例えば、第1の周波数レンジは低い周波数レンジであり、第2の周波数レンジは高い周波数レンジである。フィルタカーネル幅は周波数スパンに対応し、フィルタカーネル長さはフィルタカーネルの時間スパンに対応する。好ましくは、欲しい信号のエネルギーが、すなわち呼吸音が、第1の時間・周波数エリアに含まれるエネルギーに大きく貢献するように、第1と第2の時間・周波数エリアを選択する。このように、第1の時間・周波数エリアの外部の近いところに含まれるエネルギーが、特に適切に選択した第2の時間・周波数エリアに含まれるエネルギーが、楽音(musical tones)などのノイズに起因するものである。
【0034】
「信号エネルギー」及び「ノイズエネルギー」との用語は、信号振幅の絶対値の二乗積分を指し、時間領域または周波数領域で計算できる。すなわち、「ノイズエネルギー」との用語は、ノイズに起因すると考えられる信号エネルギーを意味すると理解すべきである。
【0035】
例えば、前記適応は、前記関数の、第1の時間・周波数エリアに含まれる信号エネルギーと、第2の時間・周波数エリアに含まれるノイズエネルギーとの間の比の最適化を含む。
【0036】
例えば、第1の時間レンジが前記信号の(ローカルな)最大信号エネルギーに対応するか、または含むように、その第1の時間レンジを選択する。
【0037】
例えば、前記第1と第2の時間レンジは重なっていなくてもよい。例えば、前記第1と第2の時間レンジは連続した時間レンジであってもよい。例えば、第2の時間レンジは第1の時間レンジの前にある。
【0038】
例えば、フィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを段階的に、例えば一定数の周波数ビンまたは一定数の時間ブロックずつ、適応させる。
【0039】
例えば、前記信号を、ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングに基づき求める。前記フィルタリングはテストフィルタカーネルで行い、その幅及び/または長さは、ゲイン関数のフィルタリングを行う段階で現在用いているフィルタカーネルの幅と長さとはそれぞれ異なる。
【0040】
フィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さの適応は、次の理由で有利である。
【0041】
呼吸信号の特徴的な時間・周波数パターンは、時間的に、人によって変化する。例えば、ほとんどの呼吸エネルギーが特定の時間スパンに集中する呼吸をする人もいれば、呼吸エネルギーがより長い時間スパンに延びている人もいる。同様に、周波数特性も人によって変化する。人による違いの他に、1人の人であっても時間的に呼吸信号の時間・周波数特性が異なることもある。例えば、風邪をひくと、一般的に、鼻ではなく口で呼吸をすることがあり、時間・周波数特性が変わりやすい。
【0042】
カーネルサイズを十分大きくすることにより、スペクトル減算により生じる楽音(musical tones)を最小化または除去できるが、カーネルサイズが大きすぎると、周波数スペクトル及び/または時間的に不鮮明になる(smearing out)ように、呼吸音が歪む。このように、フィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さの適応により、呼吸音の歪みを最小化しつつ、ノイズリダクションを改善できる。
【0043】
本発明の別の一態様では、呼吸信号を処理するシステムを提供する。該システムは、スペクトル呼吸信号にスペクトル減算を用いるノイズリダクション演算を行って出力スペクトル信号を計算するノイズリダクションユニットと、前記スペクトル減算で用いるゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを実行するフィルタリングユニットまたはフィルタと、を有する。
【0044】
例えば、本システムは、上記の呼吸信号を処理する方法を実行するように構成される。
【0045】
例えば、本システムはさらに、呼吸信号に基づき、すなわち時間領域の呼吸信号に基づき、前記スペクトル呼吸信号を計算するスペクトル分析ユニットまたはスペクトル分析器を有する。
【0046】
例えば、呼吸信号をスペクトル分析ユニットに入力する。例えば、スペクトル呼吸信号を含むスペクトル分析ユニットの出力を、ノイズリダクションユニットに入力する。
【0047】
例えば、ノイズリダクションユニットにより出力スペクトル信号が出力される。例えば、前記ノイズリダクションユニットはフィルタユニットを含む。例えば、フィルタユニットは、ゲイン関数の2次元周波数及び時間メジアンフィルタリングを行うメジアンフィルタリングユニットである。例えば、スペクトル分析ユニット、ノイズリダクションユニット、及び/またはフィルタユニットは、呼吸信号をフィルタリングする、本システムのスペクトル減算ユニットの一部である。
【0048】
例えば、本システムは、さらに、出力スペクトル信号の時間領域への変換に基づき、出力信号を計算する合成ユニットを含む。
【0049】
例えば、スペクトル分析ユニットの出力を、ノイズリダクションユニットに入力する。例えば、ノイズリダクションユニットの出力を、合成ユニットに入力する。
【0050】
例えば、本システムは、さらに、出力スペクトル信号に基づき少なくとも1つの呼吸パラメータを計算する呼吸分析ユニットを含む。例えば、ノイズリダクションユニットの出力、スペクトル減算ユニットの出力、または合成ユニットの出力を、呼吸分析ユニットに入力してもよい。
【0051】
一実施形態では、本システムは、前記ゲイン関数の前記2次元周波数及び時間フィルタリングに使われるフィルタカーネルのフィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを適応するフィルタ適応ユニットをさらに有し、前記適応は前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングに基づき得られる前記信号の第1の時間・周波数エリアに含まれる信号エネルギーと第2の時間・周波数エリアに含まれるノイズエネルギーとの間の比に基づく。フィルタ適応ユニットは、上記のように、フィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを適応する段階を行うように構成してもよい。
【0052】
本発明の上記その他の態様を、以下に説明する実施形態を参照して明らかにし、説明する。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】呼吸信号の処理システムとそのシステムにおけるデータフローとを示す図である。
【図2】呼吸信号の音響エネルギーと、比較例の出力信号の音響エネルギーと、図1のシステムの出力信号の音響エネルギーとを示す図である。
【図3】睡眠中の人の呼吸信号を取得する設定を示す図である。
【図4】呼吸信号処理システムの別の一実施形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
図1は、呼吸信号処理システムの一例を示す図である。図1を参照して、呼吸信号を処理するシステムと方法とを説明する。
【0055】
図1において、信号またはデータのフローを矢印で示した。細い矢印は時間領域の信号、または明示的に言った場合には1つ以上のパラメータを示す。太い矢印は、時間領域のデータブロックのフロー、または周波数領域のデータブロックのフローを示す。
【0056】
例えば睡眠中の人から50cm離れたところにあるマイクロホンで捉えた呼吸信号10は、サンプラすなわちサンプリングユニット12により、サンプリングして、時間ブロックを構成する。例えば、サンプリング周波数は8kHzである。8kHzのサンプリングレートは、呼吸信号中の呼吸音に関する情報を得るためには十分である。例えば、信号はB個のサンプルの連続ブロックに変換される。例えば、B=256である。
【0057】
サンプリングユニット12の出力はブロック連結・ウィンドウユニット14に入力される。このブロック連結・ウィンドウユニット14は、カレントブロック(current block)のサンプルを少なくとも1つの先行ブロック(previous block)のサンプルと連結することにより、M個のサンプルの連続する時間ブロックまたはブロックを構成する。例えば、カレントブロックのサンプルは、先行ブロックのサンプルと連結され、Mサンプルとなる。ここで、M=2Bである。例えば、M=512である。
【0058】
例えば、一ブロックのMサンプルを、二乗余弦ウィンドウとしても知られるハンウィンドウ(Hann window)によりウィンドウ(window)する。
【0059】
ユニット14の出力は、スペクトル分析ユニット16に入力される。例えば、ユニット16は、FFT演算を用いて、M個のサンプルのブロックを周波数領域に変換する。このように、ユニット16は、M個の周波数ビンを有する複素スペクトル(complex spectrum)の連続し重なり合った時間ブロックとして、スペクトル呼吸信号(spectral breathing signal)18を出力する。ユニット16の出力は、大きさスペクトル計算ユニット20に入力される。ユニット20は、スペクトル信号18の複素周波数スペクトルを、M/2+1個の周波数ビンを有する強さスペクトル信号22に変換する。例えば、周波数分解能が15.625Hzのとき、M/2+1=257である。
【0060】
ユニット20の出力は、ノイズ推定ユニット24と、ゲイン関数計算ユニット26とに入力される。
【0061】
ノイズ推定ユニット24は、スペクトルノイズフロアを推定し、強さノイズスペクトル信号28をゲイン関数計算ユニット26に出力する。このように、ユニット24の出力をユニット26にさらに入力する。例えば、強さスペクトル信号22の連続する複数の時間ブロックにわたる平均をとって、ノイズを推定する。例えば、信号22のブロック数は、10秒以上の時間に対応する数である。
【0062】
ユニット26は、強さスペクトル信号22と推定した強さノイズスペクトル信号28とに基づき、ゲイン関数30を計算する。例えば、ゲイン関数30は、スペクトル値が0ないし1であり、ブロックサイズがM/2+1である連続するスペクトルのブロックの形式である。
【0063】
ノイズのスペクトルを減算するためのゲイン関数の計算は、例えば音声改善などの技術分野で知られている。一般的に、ノイズのスペクトルの減算は、周波数領域においてスペクトル信号18にゲイン関数30をかけることにより行う。例えば、スペクトルすなわちゲイン関数30は
【0064】
【数1】

で計算できる。ここで、Xはスペクトル呼吸信号18であり、Wは推定したノイズスペクトル信号であり、n=0,...,M/2+1である。ここで、λはノイズの低減量を制限するいわゆるスペクトルフロア(spectral floor)である。λ=0のとき、ノイズ低減量は最大になる。
【0065】
ユニット26が出力するスペクトルすなわちゲイン関数30は、2Dメジアンフィルタユニットなどのフィルタユニット32に入力する。フィルタユニット32は、例えば、ゲイン関数すなわちスペクトル30の2次元周波数・時間メジアンフィルタを行う。例えば、フィルタユニット32は、幅が7周波数ビンで長さが7時間的ブロックであるメジアンフィルタカーネルを有する。メジアンフィルタでは、周波数スペクトルをミラーリングして、周波数ビンをM/2+1からMに拡張する。フィルタユニット32の出力は、フィルタされたゲイン関数34である。
【0066】
ユニット32とユニット16の出力は、スペクトル乗算ユニット36に入力される。スペクトル乗算ユニット36は、スペクトル信号18とフィルタされたゲイン関数34とを乗算し、推定されたノイズをスペクトル的に減算する。出力スペクトル信号38が生成される。
【0067】
ユニット36の出力は合成ユニット40に入力される。合成ユニット40は、出力スペクトル信号38を、例えばIFFTを行って、時間領域に変換する。
【0068】
このように、ユニット20、24、26、32、及び36は、スペクトル信号18にノイズ低減演算を行って出力スペクトル信号38を計算するノイズ低減ユニットを構成する。
【0069】
ユニット40の出力はブロック重複・加算ユニット42に入力される。ブロック重複・加算ユニット42は、ユニット40から受け取ったMサンプルのブロックの重複部分の加算に基づき、Bサンプルのブロックを計算する。例えば、上記のBサンプルのブロックは、重複しない連続ブロックである。ユニット42が出力するブロックは、コンバータユニット44により、出力信号46を構成する一連の連続したサンプルに変換される。例えば、コンバータユニット44はダウンサンプリングを行う。このため、出力信号46のサンプリング周波数は、サンプリングユニット12のサンプリング周波数より低いことがある。
【0070】
例えば、コンバータユニット44の出力を呼吸信号評価ユニット48に入力する。呼吸信号評価ユニット48は、出力信号46に基づき少なくとも1つの呼吸パラメータ50を計算する。呼吸パラメータは例えば呼吸数(respiratory rate)である。例えば、呼吸信号評価ユニット48は、当該技術分野で知られた方法で、出力信号46から呼吸数を計算する。
【0071】
例えば、呼吸信号を処理するシステムは、上記の方法を実行するように構成されたコンピュータプログラムを実行するプロセッサを有する。例えば、プロセッサ及び/またはコンピュータプログラムは、上記のユニット12、14、16、20、24、26、28、32、36、40、42、44及び/または48などを有し、及び/または構成する。例えば、プロセッサ及び/またはコンピュータプログラムは、上記の方法を実行するように構成されたコンピュータの一部であってもよい。
【0072】
図2は、信号の音響エネルギーの時間的変化を表すグラフである。図1のシステムのサンプリングユニット12が出力する信号値である音響エネルギーを、任意の単位で示した。
【0073】
図2(A)は、約24秒間にわたる、人の呼吸信号を実生活で記録したものである。呼吸信号は、その人から約50cm離れたところに設置したマイクロホンを用いて記録された。サンプルレートは8000Hzであり、B=256、M=512とした。図から分かるように、信号対雑音比は低く、呼吸音は視認できない。
【0074】
図2(B)は、比較例として、図1に示したシステムの、ユニット32によるメジアンフィルタリングを施してない出力信号を示す。このように、図2(B)は、従来の推定ノイズスペクトル減算の結果を示す。これから分かることは、スペクトル減算法により、時間及び周波数の両面で乱雑性が高い出力信号中の楽音(musical tones)が大きくなる。図2(B)では、この楽音(musical tones)すなわちはずれ値(outliers)の一部が分かる。呼吸信号評価ユニットまたは手順は、このはずれ値を間違って呼吸と分類することがある。
【0075】
図2(C)は、2次元メジアンフィルタリングユニット32を含む図1のシステムによる図2(A)の呼吸信号の処理結果を示す。7周波数ビン×7時間ブロックのカーネルサイズを用いて、図2(C)に示す出力信号46を求めた。図2(C)から分かるように、楽音(musical tones)は効果的に除去された。このように、ユニット48による呼吸パラメータの分類と抽出を改善することができる。
【0076】
呼吸は時間的に非常にゆっくりと増減し、呼吸の周波数コンテンツは発話の母音のような大きな山と谷を示さないので、呼吸音を過度に歪めずに2次元でメジアンフィルタリングを行うことができる。
【0077】
図3は、睡眠中の人54の近くに配置したマイクロホン52を用いて、呼吸信号10をキャプチャする設定を示す。例えば、2つのマイクロホン52をベッドの頭側の角(front corners)に配置した。位置が異なる2つのマイクロホンを用いることにより、睡眠中の人54の位置の変化に対応できる。例えば、上記の方法を、2つのマイクロホン52に対応する2つの呼吸信号10に対して施し、少なくとも1つの呼吸パラメータを計算するために、信号対雑音比が高い呼吸信号を選択してもよい。
【0078】
図4は、呼吸信号処理システムの別の実施形態を示し、ノイズリダクションユニットがさらにフィルタ適応ユニット56を有する点で図1に示したシステムとは異なる。ゲイン関数計算ユニット26の出力は、フィルタ適応ユニット56に入力される。フィルタ適応ユニット56は、フィルタパラメータを決定し、特にフィルタリングユニット32で用いるフィルタカーネル幅Nとフィルタカーネル長さNとを決定する。ユニット56のパラメータ出力はユニット32のパラメータ入力に入力される。
【0079】
周波数ビン数である幅と時間ブロック数である長さとに対応するカーネルサイズは、フィルタリングのモデル次数(model order of the filtering)と解釈できる。よって、Nは周波数のモデル次数(model order for frequency)であり、Nは時間のモデル次数(model order for time)である。
【0080】
ユニット32が用いるフィルタカーネルのフィルタカーネル幅Nとフィルタカーネル長さNとを適応させるために、ユニット56は次の計算ステップを実行する:
ユニット56は、所望の信号すなわち呼吸音の信号エネルギーを計算する第1の時間範囲を決定する。例えば、ゲイン関数の信号エネルギーが最大となる検出時刻(detection moment)tを決定する。例えば、第1の時間範囲を[t−0.25,t+0.25]に設定する。ここで時間は秒単位である。
【0081】
例えば、ノイズ信号の信号エネルギーを計算する第2の時間範囲を決定する。例えば、第2の時間範囲は[t−0.75,t−0.25]に設定する。
【0082】
例えば、ユニット32が現在用いているのと同じカーネルサイズを有するテストフィルタカーネルを用いて、ゲイン関数の2次元の周波数及び時間フィルタリングを実行し、フィルタ済み信号を生成する。
【0083】
例えば、第1の時間範囲に含まれ、例えば0ないし2kHzの第1のまたはそれ未満の周波数範囲に含まれる信号エネルギーを計算し、第2の時間範囲に含まれ、例えば2ないし4kHzの第2のまたはそれより高い周波数範囲に含まれる信号エネルギーを計算し、2つの信号エネルギー値の比を計算する。
【0084】
この比がある閾値より大きければ、呼吸音が含まれると考える。しかし、この比がその閾値より小さければ、それは高い周波数範囲に上記の楽音が含まれることを示している。よって、ノイズリダクションは不十分である。
【0085】
ノイズリダクションが不十分な場合、例えば、テストフィルタカーネルでゲイン関数をフィルタリングし、前記比を決定するステップを、カーネルサイズが異なるテストフィルタカーネルに対して繰り返し、最適なカーネルサイズを選択する。選択したカーネルフィルタ幅Nとカーネルフィルタ長さNをフィルタリングユニット32に出力する。
【0086】
例えば、カーネルサイズすなわちカーネル次数(Nt_test,Nf_test)=(N−1,N)、(N,N−1)、(N,N)、(N,N+1)、(N+1,N)のテストフィルタカーネルを用いて決定してもよい。ここで、(N,N)は現在のカーネルサイズである。例えば、最適比のカーネル次数を新しいカーネルサイズとして選択してもよい。
【0087】
例えば、第1と第2の時間範囲を決定し、それぞれの時間範囲に対する前記比を決定する上記のステップを複数の呼吸に対して繰り返し、その複数の呼吸にわたってその比を平均してもよい。
【0088】
例えば、ユニット56は、時間及び周波数の両方についてモデル次数を下げ、すなわち、一定時間経過後、例えば10分ごとに、例えば1だけ、フィルタカーネル幅と長さを小さくする。このように、時間的なモデル次数の漏れ(leakage of the model order over time)を適用してもよい。これが特に有用であるのは、サイズが異なるテストフィルタカーネルを用いることにより前記比を決定するために、ユニット32で現在用いられているフィルタカーネルよりもフィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さが大きいテストフィルタカーネルのみを用いる場合である。
【0089】
上記のフィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを適応することにより、各人、その人の呼吸状態、及び/または音響条件に対して最適なフィルタカーネルサイズを決定できる。このように、呼吸パラメータ50の計算を改善できる。
【0090】
図面と上記の説明に詳しく示し本発明を説明したが、かかる例示と説明は例であり限定ではない。本発明は開示した実施形態には限定されない。
【0091】
請求項に記載した発明を実施する際、図面、本開示、及び添付した特許請求の範囲を研究して、開示した実施形態のバリエーションを、当業者は理解して実施することができるであろう。
【0092】
請求項において、「有する(comprising)」という用語は他の要素やステップを排除するものではなく、「1つの("a" or "an")」という表現は複数ある場合を排除するものではない。請求項に含まれる参照符号は、その請求項の範囲を限定するものと解してはならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
呼吸信号を処理する方法であって、
スペクトル減算を用いるノイズリダクション演算をスペクトル呼吸信号に実行し、出力スペクトル信号を計算する段階と、
前記ノイズリダクション演算を実行する段階の前記スペクトル減算で用いられるゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを実行する段階と、を有する方法。
【請求項2】
前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングは、2次元周波数及び時間平均またはメジアンフィルタリングである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
呼吸信号に基づき前記スペクトル呼吸信号を計算する段階をさらに有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記出力スペクトル信号に基づき少なくとも1つの呼吸パラメータを計算する段階をさらに有する、請求項1ないし3いずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記ノイズリダクション演算は、
前記スペクトル呼吸信号に基づき強さスペクトル信号を計算する段階と、
推定したノイズと前記強さスペクトル信号とに基づきゲイン関数を計算する段階と、
前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを実行する段階と、
前記スペクトル呼吸信号を前記フィルタしたゲイン関数とかけて出力スペクトル信号を計算する段階とを有する、請求項1ないし4いずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記ゲイン関数の前記2次元周波数及び時間フィルタリングは、少なくとも0.05秒の時間スパンに対応するフィルタカーネルで実行する、請求項1ないし5いずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記ゲイン関数の前記2次元周波数及び時間フィルタリングは、少なくとも40Hzの周波数スパンに対応するフィルタカーネルで実行する、請求項1ないし6いずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記ゲイン関数の前記2次元周波数及び時間フィルタリングに使われるフィルタカーネルのフィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを適応する段階をさらに有し、前記適応は前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングに基づき得られる前記信号の第1の時間・周波数エリアに含まれる信号エネルギーと第2の時間・周波数エリアに含まれるノイズエネルギーとの間の比に基づく、請求項1ないし7いずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
呼吸信号を処理するシステムであって、
スペクトル呼吸信号にスペクトル減算を用いるノイズリダクション演算を行って出力スペクトル信号を計算するノイズリダクションユニットと、
前記スペクトル減算で用いるゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングを実行するフィルタリングユニットと、を有するシステム。
【請求項10】
呼吸信号に基づき前記スペクトル呼吸信号を計算するスペクトル分析ユニットをさらに有する、請求項9に記載のシステムであって、
【請求項11】
前記ゲイン関数の前記2次元周波数及び時間フィルタリングに使われるフィルタカーネルのフィルタカーネル幅及び/またはフィルタカーネル長さを適応するフィルタ適応ユニットをさらに有し、前記適応は前記ゲイン関数の2次元周波数及び時間フィルタリングに基づき得られる前記信号の第1の時間・周波数エリアに含まれる信号エネルギーと第2の時間・周波数エリアに含まれるノイズエネルギーとの間の比に基づく、請求項9または10に記載のシステム。
【請求項12】
コンピュータで実行されると、請求項1ないし8いずれか一項に記載の方法を実行するコンピュータプログラム。
【請求項13】
請求項1ないし8いずれか一項に記載の方法のステップを実行するコンピュータプログラムを含むデータ担体。
【請求項14】
請求項12に記載のコンピュータプログラムを実行するコンピュータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2012−532650(P2012−532650A)
【公表日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−519094(P2012−519094)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【国際出願番号】PCT/IB2010/053042
【国際公開番号】WO2011/004299
【国際公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【出願人】(590000248)コーニンクレッカ フィリップス エレクトロニクス エヌ ヴィ (12,071)
【Fターム(参考)】