説明

回折格子

【課題】溝形成面(上面)全体に回折格子溝を形成することができ、且つ溝の方向を容易に確認することができるブレーズド型凹面回折格子を提供する。
【解決手段】凹面の平面形状を回折格子溝に平行な1辺を含む形状とし、その1辺の両端にある角部の角度を鈍角にする。例えば、平面形状を八角形とし、その八角形の1辺を回折格子溝に平行にする。これにより、平面形状が四角形である従来の角形凹面回折格子よりも角部の高さ及び勾配を小さくすることができ、それにより、溝作製時に照射されるイオンビームが角部により遮られることを防ぐことができる。そのため、溝形成面全体に回折格子溝を形成することができる。また、回折格子溝に平行な辺により、溝方向の設定が容易となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は回折格子に関し、特に、ブレーズド型の回折格子溝を有し、光の分光と集光の双方の機能を有する凹面回折格子に関する。
【背景技術】
【0002】
現在市販されている凹面回折格子には、凹面を上から見たときの形状(平面形状)が円形である「丸形」と、正方形又は長方形である「角形」の2種類がある。このうち角形凹面回折格子は、肉眼では確認することができない回折格子溝の方向を、平面形状から容易に確認することができるという利点を有する。
【0003】
また、回折格子溝の形状には、鋸歯状の断面形状を有する「ブレーズド型」と、矩形状の断面形状を有する「ラミナー型」の、大きく分けて2種類がある。ブレーズド型の溝を有する回折格子は主に、波長が約200nm以上である(可視領域に近い)紫外領域から近赤外領域までの波長領域において用いられる。
【0004】
以下に、図1を用いて、ブレーズド型回折格子溝を持つ凹面回折格子の製造方法の一例を説明する。
まず基板11の上面111を機械研磨により凹面に加工し(a)、感光剤を塗布することにより感光層12を形成する(b)。次に、感光層12に2方向からコヒーレント光131、132を照射する(c)。これにより、両コヒーレント光による干渉縞が感光層12上に形成され、干渉縞内の光の強弱に応じて感光層12が感光する。その後、現像液で処理すると、干渉縞15のパターンに応じて基板11が露出する部分と感光剤が残る部分がそれぞれ縞状に形成される(d)。このようにコヒーレント光の干渉縞を用いて感光層に縞状のパターンを形成する方法は一般に「ホログラフィック露光法」と呼ばれている。
【0005】
次に、残された縞状の感光剤をマスク(12A)として、その表面にイオンビームを照射することにより、基板11上面に縞状の凹凸パターンを形成する(e)。その際、イオンビームは、基板11の上面の各点において縞に垂直に、且つ、その接面に対して同一の入射角で入射させる(特許文献1参照)。これにより、全て同じブレーズ角を持つ多数の回折格子溝から成るブレーズド型の凹面回折格子14を形成することができる(f)。
【0006】
【特許文献1】特開昭55-131730号公報(第3頁右上欄9行目〜左下欄2行目, 第7図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、蛍光分析装置において用いられるブレーズド型凹面回折格子は、400-470nm程度の波長の光に対して最適化、即ち最も回折効率が高くなるように設計されていた。近年、蛍光分析装置においてより短波長側の光に対する分析の要求が高まりつつあるが、このような従来のブレーズド型凹面回折格子では、波長200-250nmでの回折効率が非常に低くなる(例えば、波長200nmの時の回折効率は10%未満)という問題がある。
【0008】
短波長側まで高い回折効率で使用するためには、(i)ブレーズ角を小さくする、又は/及び(ii)溝の間隔を小さくする必要がある。このうち、溝間隔は作製時のコヒーレント光の波長に依存するため調整が難しいのに対して、ブレーズ角はイオンビームの入射角を調整することにより比較的容易に制御することができる。しかし、ブレーズ角を小さくすると、以下の問題が生じる。
【0009】
図2(a)及び(b)に、平面形状が正方形の角形凹面回折格子20と、平面形状が円形であってその円の面積が前記正方形の面積と等しい丸形凹面回折格子25について、それぞれ溝形成面の等高線を示す。丸形凹面回折格子25の溝形成面では外縁は全て同じ高さである。それに対して角形凹面回折格子20の溝形成面では、外縁の各辺は中点において最も低く、各角部231〜234に近づくにつれ高くなると共に勾配も大きくなる。また、角部231〜234の高さは丸形凹面回折格子25の外縁よりも高くなる。
このような角形凹面回折格子20の溝形成面に対して、4辺のうちの1辺に平行なイオンビームを照射して回折格子溝を形成する場合、次のような問題が生じる。図2(c)は、図2(a)のA-A’断面上の点211,212,213に照射されるイオンビーム221,222,223を示している。図2(c)に示すように、イオンビームの上流側の角部231付近であって、角部231までの勾配が大きくなる点212では、従来よりもブレーズ角を小さくする(即ちイオンビームの入射角を大きくする)と、イオンビーム222が角部231付近の基板11に遮られるようになるため、イオンビーム222を入射させることができなくなる。また、イオンビームの下流側の角部232近傍の勾配が大きい部位にある点213では、基板11の下方からイオンビーム223を入射させる必要が生じ、やはり、基板11により遮られてしまう。このため、従来よりもブレーズ角を小さくすると、角形凹面回折格子の溝形成面には、回折格子溝が形成されない部分が生じる、という問題がある。
【0010】
一方、丸形凹面回折格子ではそのような問題は生じないが、その平面形状からは溝の方向を容易に確認することができないという欠点を有する。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、溝形成面(上面、凹面)全体に回折格子溝を形成することができ、且つ溝の方向を容易に確認することができるブレーズド型凹面回折格子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、ブレーズド型の回折格子溝を有し、溝形成面が凹面であるブレーズド型凹面回折格子において、
溝形成面の平面形状が前記回折格子溝に平行な1辺を含み、
前記1辺の両端にある角部の角度が鈍角である、
ことを特徴とする。
【0013】
前記平面形状には五角形以上の多角形を用いることができる。そのような多角形のうち八角形のものを用いることが望ましい。
【0014】
また、前記平面形状には、前記溝に平行な弦を有する円形を用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るブレーズド型凹面回折格子では、回折格子溝に平行な1辺の両端の角部の角度が鈍角であることにより、それらの角部において、従来の角形(四角形)凹面回折格子よりも高さを低くすることができると共に、角部付近での勾配を小さくすることができる。そのため、ブレーズド型の回折格子溝を作製する際に回折格子溝に垂直(即ち上記1辺に垂直)であって、且つ溝形成面に対して大きい入射角(表面の法線からの角度)でイオンビームを溝形成面に入射させたとしても、そのイオンビームがそれらの角部付近の基板により遮られることを防ぐことができる。それにより、ブレーズ角が従来よりも小さくとも回折格子溝を形成することができる。
【0016】
また、本発明のブレーズド型凹面回折格子は、平面形状の1辺が回折格子溝に平行であることにより、作製後の検査時や使用時にその1辺の方向から回折格子溝の方向を容易に確認することができる。
【0017】
即ち、本発明により、イオンビームが遮られることなく回折格子溝を形成することができるという丸形凹面回折格子の利点と、溝方向の確認が容易であるという角形凹面回折格子の利点を併せ持つブレーズド型凹面回折格子を得ることができる。
【0018】
従来の四角形の角形平面形状と比較すると、多角形を五角形以上とすることにより本発明の効果を得ることができるが、望ましくは八角形とする。これは、図3に示すように、従来の四角形の各角部を切り落とすだけでその形状を得ることができ、製造が容易であるためである。
【0019】
前記溝に平行な弦を有する円形ブレーズド型凹面回折格子では、平面形状が基本的には円形であるため、イオンビームが遮られることなく回折格子溝を形成することができるという従来の丸形凹面回折格子の利点をそのまま得ることができると共に、その弦により回折格子溝の方向を確認することができるため、溝方向の設定を容易に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明に係るブレーズド型凹面回折格子の一実施形態を、図4を用いて説明する。
図4は本実施形態のブレーズド型凹面回折格子30の斜視図(a)及び上面図(b)である。このブレーズド型凹面回折格子30は、平面形状が正八角形であり、その8辺のうち1辺331(及び、辺331に平行な辺332)は、図4(b)中に示した直線(符号32)の方向に延びる回折格子溝に平行である。本実施例の凹面回折格子30では平面形状が正八角形であるため、辺331の両端にある角部341及び342の角度は鈍角(135°)である。
【0021】
図5を用いて、八角形ブレーズド型凹面回折格子30の製造方法の一例を示す。まず、従来の角形凹面回折格子に用いられるものと同じ正方形の平板状BK7光学ガラス基板41(縦54mm×横54mm×厚さ10mm)を用意し(a)、平面研削盤を用いてその四隅を切断((a)の斜線)することにより平面形状を正八角形とする((b)、光学ガラス基板41A)。上面の各辺及び各角部の面取りをした後、曲率半径が134.85mmの基準皿42を用いて光学ガラス基板41Aの上面411を研磨(砂かけ研磨及びピッチ研磨)する(c)ことにより、上面411を凹形に成形する((d)、光学ガラス基板41B)。次に、上面411にフォトレジスト43を塗布し、波長441.6nmのレーザ光を用いた球面波ホログラフィック露光法により(e)、フォトレジスト43に900本/mmの間隔で辺331に平行な溝44を形成する(f)。
【0022】
次に、光学ガラス基板41Bの上面に、辺331側から、フォトレジスト43の溝44に垂直であって80°の入射角でイオンビームを照射し(g)、フォトレジスト43がちょうど消失するまで光学ガラス基板41Bの表面をエッチングする。これによりフォトレジスト43の溝44の部分のみがエッチングされ、光学ガラス基板41Bの表面に7°のブレーズ角を持つ鋸歯状の回折格子溝45が形成される。
【0023】
この時、平面形状が正八角形であるため、光学ガラス基板41Bの各角部の高さ及び各角部付近の勾配は平面形状が四角形である場合よりも小さくなる(図3)。これにより(特に、イオンビーム入射側の辺の両側の角部341及び342の高さ及びその付近の勾配が小さいことにより)、イオンビームが光学ガラス基板41Bにより遮られることがなく、上面(溝形成面)にイオンビームを入射させることができる。
【0024】
次に、光学ガラス基板41Bの表面に0.2μmの厚さでAl46を蒸着することにより、八角形凹面マスタ回折格子47を得る(i)。その後、基準皿42と同じ曲率半径を持つ凸型のフロートガラス481の上に塗布されたエポキシ樹脂から成る樹脂膜482を八角形凹面マスタ回折格子47の上に押し付け、そのエポキシ樹脂を硬化させたうえで八角形凹面マスタ回折格子47と分離することにより、平面形状が正八角形のネガ回折格子48を得る(j)。更に、基準皿42と同じ曲率半径を持つ凹型のフロートガラス491の上に塗布されたエポキシ樹脂から成る樹脂膜492をネガ回折格子48の上に押し付け(k)、そのエポキシ樹脂を硬化させたうえで八角形凹面ネガ回折格子48と分離することにより、八角形凹面レプリカ回折格子49を得る(l)。
【0025】
図6に、上記方法により作製された八角形凹面レプリカ回折格子49の相対回折効率を測定した結果を示す。ここでは、実験の再現性を示すため、同じ方法で作製された2個の八角形凹面マスタ回折格子47からそれぞれ1個ずつ作製した2個の八角形凹面レプリカ回折格子49(「本実施例」、ブレーズ角:7°)について、それぞれ測定を行った。併せて、八角形凹面レプリカ回折格子49と表面積及び凹面の曲率が同じである従来の角形(四角形)凹面回折格子(「比較例」、ブレーズ角:10°)の相対回折効率の測定結果を示す。相対回折効率は、入射光の強度に対するある次数の回折光の強度の比(絶対回折効率)を回折格子の表面の反射率で除した値で定義される。図6(a)の横軸は回折光の波長である。
なお、本実施例と同じ曲率及びブレーズ角で従来の四角形凹面回折格子を作製すると、イオンビームの一部が上面の角部に遮られてしまい、上面に回折格子溝が形成されない部分が生じてしまう。そのため、比較例では上述のようにブレーズ角を本実施例のものよりも大きくすることにより、上面全体に回折格子溝を形成した。
【0026】
図6に示されるように、相対回折効率は、比較例の四角形凹面回折格子では測定範囲(最大360nm)よりも長波長側の波長400nm付近でピークを持つような波長依存性を示すのに対して、本実施例では波長300nm付近でピークを持つ波長依存性を示す。これは、本実施例ではブレーズ角を比較例よりも小さくすることができたことによる。そして、このように本実施例の方が相対回折効率のピークを短波長側にすることができたことにより、波長250nm以下において、本実施例は比較例の2倍以上(波長250nmにおいて約2倍、波長215nmにおいて約3倍)の回折効率を得ることができる。
【0027】
ここまでに述べた八角形ブレーズド型凹面回折格子の他にも、図7に上面図で示すように、平面形状が五角形である凹面回折格子501(図7(a))や六角形である凹面回折格子502(図7(b))等のように、平面形状は五角形以上の種々の多角形を採ることができる。いずれの場合も、多角形の1辺511又は512は溝の方向53(図中に直線の延びる方向で示したもの)に平行とし、1辺の両側の角部の角度は鈍角とする。
【0028】
平面形状は正五角形、正六角形、正八角形等の正多角形には限られず、例えば、長方形の4個の角部付近を切り落とした八角形(正八角形ではない)であってもよい。
【0029】
また、図7(c)に示すような台形でもよい。この場合、短い方の底辺513の両端の角部5231、5232の角度が鈍角であるため、底辺513の方向からイオンビームを照射することにより、角部5231及び5232でイオンビームが遮られることを防ぐことができる。
【0030】
本発明に係る回折格子は更に、弦を有する円形であってもよい。その例を図8に示す。本実施例の凹面回折格子60は、円形回折格子に弦(オリエンテーションフラット)61を設けたものである。この弦61は、回折格子溝62に平行に設ける。本実施例の凹面回折格子60は、平面形状が基本的には円形であるため、イオンビームが遮られることを防ぐことができる。また、使用者は弦61により回折格子溝の方向を知ることができるため、溝方向の設定を容易に行うことができる。
なお、ここでは弦61を1つのみ設けた例を示したが、2つ平行に設けてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】ホログラフィック露光法により凹面回折格子を作製する方法の一例を示す縦断面図。
【図2】角形凹面回折格子20(a)及び丸形凹面回折格子25(b)の溝形成面(上面)の等高線を示す上面図、並びにホログラフィック露光法により角形凹面回折格子を作製する際の問題点を示す縦断面図(c)。
【図3】八角形凹面回折格子と角形回折格子の平面形状の対応を示す上面図。
【図4】本発明のブレーズド型凹面回折格子の一実施形態である八角形ブレーズド型凹面回折格子を示す斜視図(a)及び上面図(b)。
【図5】本実施形態の八角形ブレーズド型凹面回折格子の製造方法の一例を示す斜視図及び縦断面図。
【図6】本実施形態の八角形ブレーズド型凹面回折格子及び比較例の角形凹面回折格子の相対回折効率を測定した結果を示すグラフ。
【図7】本発明のブレーズド型凹面回折格子の他の実施形態を示す上面図。
【図8】本発明のブレーズド型凹面回折格子の他の実施形態である、弦を有する丸形凹面回折格子を示す斜視図(a)及び上面図(b)。
【符号の説明】
【0032】
11…基板
111、31、411…基板の上面(溝形成面)
12…感光層
12A…マスク
131、132…コヒーレント光
14…回折格子
15…干渉縞
20…角形凹面回折格子
221〜223…イオンビーム
231〜234…四角形の角部
25…丸形凹面回折格子
30…八角形凹面回折格子
32、53、62…回折格子溝の方向
331、332、511、512、513…回折格子溝に平行な辺
41…光学ガラス基板
41A…平面形状が八角形に加工された後の光学ガラス基板
41B…凹面加工後の光学ガラス基板
42…基準皿
43…フォトレジスト
44…フォトレジストの溝
45…回折格子溝
46…Al層
47…八角形凹面マスタ回折格子
48…八角形凹面ネガ回折格子
481、491…フロートガラス
482、492…樹脂膜
49…八角形凹面レプリカ回折格子
501…五角形凹面回折格子
502…六角形凹面回折格子
503…台形凹面回折格子
60…弦を有する凹面回折格子
61…弦

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーズド型の回折格子溝を有し、溝形成面が凹面であるブレーズド型凹面回折格子において、
溝形成面の平面形状が前記回折格子溝に平行な1辺を含み、
前記1辺の両端にある角部の角度が鈍角である、
ことを特徴とするブレーズド型凹面回折格子。
【請求項2】
前記平面形状が五角形以上の多角形であることを特徴とする請求項1に記載のブレーズド型凹面回折格子。
【請求項3】
前記平面形状が八角形であることを特徴とする請求項2に記載のブレーズド型凹面回折格子。
【請求項4】
前記平面形状が、前記溝に平行な弦を有する円形であることを特徴とする請求項1に記載のブレーズド型凹面回折格子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−145898(P2008−145898A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−335215(P2006−335215)
【出願日】平成18年12月13日(2006.12.13)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】