説明

固体試料の分析方法

本発明は、固体試料を分析する方法に関する。この種類の方法は、特に、固体表面内又は上の材料組成及び分布の分析に使用される。本発明の方法では、分析される表面は、少なくとも部分的に及び/又は複数の領域においてセシウムで被覆される。また、表面は、1イオンあたり少なくとも3原子を有する多原子イオンを主に又は排他的に含む分析ビームにより照射される。生成される二次イオンは、セシウム化合物で分析される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体試料の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種類の方法は、特に、固体表面における又は固体表面上の材料組成及び分布の分析に使用される。これらの方法は、同様に、固形物における材料組成の深度分布(深度プロファイル)を決定するために使用される。
【0003】
様々な二次イオン質量分析法(SIMS)が、固体表面の分析に適した方法として確立されている。これらの方法では、分析される試料表面にイオンビームが照射される。この一次イオンビームは、試料の表面で生じる衝撃カスケードの結果、いわゆる二次粒子を生成する。これらの二次粒子は、表面から放出される(スパッタリング過程)。しかし、これにより、中性の二次粒子だけでなく、正帯電又は負帯電された二次イオンも生成される。二次イオンは続いて質量と電荷の比率について分析される。この目的で、主に扇形磁場型装置、四重極質量分析計、又はさらには飛行時間型質量分析計が二次イオン質量分析法に使用される。したがって、生成された二次イオンの分析は、様々な方法で行うことが可能であり、二次イオン質量分析法における実際の原理はこれらの方法により影響を受けない。
【0004】
一次イオンビームを生成するために様々なイオン源が利用可能である。伝統的には、ガリウムイオン源、セシウムイオン源、又は酸素イオン源が使用される。
【0005】
最近では、たとえば、金クラスタイオンまたはビスマスクラスタイオンを生成する、いわゆるクラスタイオン源も使用される。このようなクラスタイオン源は、本願の出願人によりDE103 39 346A1又は公開特許明細書PCT/EP2004/007154に説明及び開示される。これらに説明される液体金属クラスタイオン源は、本願の開示内容にその全体を包含する。さらに、C60分子は、文献から、二次イオンを生成するクラスタイオンとしてすでに公知である。
【0006】
これらのクラスタイオン源は、今まで、有機試料表面の場合に、高い収量で分子二次イオンを生成するようSIMS法に使用されてきている。
【0007】
しかし、固体組成分析のための実際のSIMS法は、いわゆるマトリクス効果の影響を受ける。したがって、二次イオン収量は、試料の化学組成に非常に依存し、したがって、一般的に、試料における成分Mの信号強度と濃度との間には直接な相関関係が存在しないことが理解されている。したがって、従来のSIMS法は、未知の組成を有する試料の正確な定量分析には適していない。定量化には非常に似通った化学組成を有する基準が必要である。
【0008】
したがって、Gaoは「Journal of Applied Physics」(第64(7)号、1999年、3760〜3762ページ)において、この点について代替案を提示している。この方法では、試料表面はセシウムイオンでスパッタリングされ、その結果、試料表面にセシウム被覆物が生成される。そのような表面に、従来通りガリウムイオン源から、又は、セシウム源を用いる放射法で一次イオンビームを照射すると、直接生成される固体原子Mの原子二次イオンはこの場合検出されないが、これらの原子の放射された正帯電されたセシウム化合物CsM又はCs(セシウムクラスタイオン)が検出される。驚くべきことに、セシウムクラスタイオンの信号強度は、従来のSIMS法より相当に少ない度合いで、マトリクスの化学環境に依存するという結果がもたらされた。したがって、マトリクス効果は、有意に大幅に抑制される。試料の表面をセシウム原子又はイオンで被覆することによりもたらされるセシウムイオンを一次ビームとしてスパッタリングすることのこの効果は、基本的には今まで説明することができていない。しかし、最新の説明は、様々な論争を引き起こしているが、Magee外により「International Journal of Mass Spectrometry and Ion Process」(第103号、1999年、45〜56ページ)に記載される。それによると、セシウムにより被覆された表面をスパッタリングする間、マトリクスからの二次中性粒子と放射されたセシウム二次イオンの再結合が試料表面の直上で生じる。このように生成されたセシウムクラスタイオンが次に分析される。この基礎にある物理化学機構のいわゆるMCs法は、したがって、従来のSIMS法とは基本的に異なる。
【0009】
つまり、MCs法の機構及び効果は依然として理解されていないと述べることができる。
【0010】
本発明は、マトリクス効果が大幅に減少される、非常に高感度の二次イオン質量分析法を実現可能な方法を提示することを目的とする。
【0011】
この目的は、請求項1に記載する方法により実現される。本発明の方法の有利な発展は、従属項に記載する。
【0012】
本発明の方法では、分析される表面は、セシウム原子により被覆される。これは、表面の個々の領域においてのみ、すなわち、部分的にのみ行われることが可能である。つまり、表面は、セシウム層により閉じられなくてもよい。
【0013】
本発明では、次に、主にいわゆるクラスタイオンを含む一次イオン分析ビームが使用される。1イオンあたり少なくとも3以上の原子を有するイオンはすべて、本願では、クラスタイオンとして指定する。そのようなクラスタイオンとして、たとえば、Biイオン、C60イオン、又はSFイオンを使用することが可能である。
【0014】
MCs法にクラスタイオンビームを使用すると、感度、すなわち、イオン収量における劇的な改善がもたらされることが予期せずもたらされることが分かってきている。この効果は、上述した現在のモデルでは、従来のSIMS法およびMCs法におけるイオン生成機構は基本的に異なるために予想されることができなかった。SIMS法では、本当の意味で重要なのは、上部試料層における衝撃及びイオン化率である一方で、MCs法では、表面の上方での再結合の過程が二次イオン生成に重要である。
【0015】
したがって、当業者はMCs法においてクラスタイオン源を使用することが、このような感度における劇的な改善をもたらしうることは想定することができなかった。
【0016】
1つの変形において、分析されるべき表面をセシウムで被覆するために、分析イオンビームに加えてスパッタイオンビームが使用される(2ビーム法)。セシウムイオンを有するイオンビームが、スパッタイオンビームとして使用され、このスパッタイオンビームを使用して、分析されるべき試料の表面をセシウムで被覆することが可能である。このビームは追加的に、表面の除去を実現するために、深度プロファイル分析の間にも使用することが可能である。
【0017】
或いは、セシウムを使用した被覆はさらに、試料にセシウムを蒸着することにより行われることが可能である。
【0018】
Csスパッタビーム又はCsを用いた蒸着による分析されるべき表面のセシウムによる被覆は、可能な場合にはパルス状にされた分析ビームで表面を照射する前に、間に、及び/又は断続的に行われることが可能である。
【0019】
このようにすると、一次イオンビームの分析機能は、セシウムビームによるスパッタリング又はセシウムの蒸着によるセシウム被覆とは切り離されることが可能である。
【0020】
本発明は、たとえば、扇形磁場型装置、四重極質量分析計、又は飛行時間型質量分析計について多数の分析技術及び機器に適するようになる。特に、クラスタ一次イオン源を利用する本発明を使用することによってMCs法を用いる無機固体の分析時の相対的に低い感度を大幅に増加するのに適している。GaからBi又はC60までの最大100倍以上の収量の増加が得られる。収量におけるこの増加は、一桁以上で二次イオン質量分析法における検出限界を改善する。これは、深度プロファイルでも言えることである。
【0021】
分析測定装置の感度をほんの数パーセント増加するために行わなければならない努力を考えたときに、本発明によって二次イオン質量分析法においてまったく新しい適用分野が開けていることが理解できるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下において、本発明の方法の幾つかの例を説明する。
【0023】
図1は、試料2を有する飛行時間型質量分析計1を示す。一次イオン源3は、主にクラスタイオンを含む一次イオンビーム3aを試料2の表面に向ける。さらに、スパッタイオン源4が、試料2の表面上の同じ場所にセシウムイオンを含むビーム4aを向ける。このときセシウムビーム4aは、試料2の表面をセシウム原子/イオンで被覆し、また、さらに、試料2の表面のスパッタリングをもたらす。飛行時間型分析計においてパルス状にされる分析イオンビーム3aは、表面2において衝撃カスケードを生成し、試料2の表面から中性粒子及びイオンを放出する。上述したMageeモデルでは、中性粒子は、少なくとも部分的に試料2の表面の上方において、試料2の表面の領域に同様にビーム3aにより生成されるセシウムイオンと結合する。このように試料原子Mとセシウムイオンとの間に生成されるMCs又はMCs分子は、次に、従来の飛行時間型質量分析計から知られる飛行時間分析が行われ、分析される。
【0024】
図2は、3つの異なる固体試料、すなわち、アルミニウム(M=Al)、ケイ素(M=Si)、及びガリウムヒ素(M=Ga及びM=As)の分析結果を示す。試料はそれぞれ、セシウムの一定被覆物が生成されるまで、300×300μmの表面上に500eVのエネルギーを有するセシウムイオンビームでスパッタリングされた。次に、セシウムで被覆された固体試料は、スパッタクレータの中心において、25keVのエネルギーを有するGa、Bi、Biと、10keVのエネルギーを有するC60を含む分析ビームを使用して分析される。ION−TOF社のTOF.SIMS5といった飛行時間型質量分析計を質量分析計として使用した。MCs二次イオン(AlCs、SiCs、GaCs、AsCs)の数、MCs二次イオン(AlCs、SiCs、GaCs、AsCs)の数と、一次イオン(Ga、Bi、Bi、及びC60)の数が決定される。二次イオンの数を一次イオンの数により除算することによる比率から、異なる二次イオン種MCs及びMCsに対する収量Yがそれぞれ生成される。一次イオンGa、Bi、Bi、及びC60の収量は、Gaの収量に対してそれぞれ標準化される(標準化収量Y/Y(Ga))。棒グラフは、たとえば、Ga(m=69u)及びBi(m=209u)といったように非常に異なる質量を有する原子一次イオンを使用する場合、MCsクラスタイオン及びMCsクラスタイオンの収量は、わずかにしか異ならないことを示す。しかし、Bi及びC60といったクラスタイオンを含む分析ビームが使用される場合、最大100倍以上の収量における増加が達成される(標準化収量Y/Y(Ga)の対数目盛に注目されたい)。
【0025】
クラスタ一次イオン源を使用することによる収量におけるこの劇的な増加の結果、固体試料を、大幅に高い感度と低い検出限界で分析することが可能になる。
【0026】
図3は、ヒ素が注入されたケイ素試料の分析結果を示す。このようなヒ素深度分布の定量分析は、半導体産業において非常に重要である。測定には、ION−TOF社のTOF.SIMS5といった飛行時間型質量分析計を2ビーム法で使用した。試料の除去及び表面の被覆は、それぞれ、300×300μmの表面上に500eVのエネルギーを有するセシウムイオンビームを使用して行った。この除去の間、表面は、25keVのエネルギーのGa、Bi、Bi一次イオンと、10keVのエネルギーのC60一次イオンを使用して、それぞれ、スパッタクレータの中心において分析され、AsCsクラスタイオンの強度(左部分図)と、AsCsクラスタイオンの強度(右部分図)が、様々な深度に対して決定された。各測定点について同一数の様々な種の一次イオンにそれぞれ変換するために、測定された強度は、一次イオンフローに対して標準化される(pA)。Ga及びBiを使用する場合、AsCsクラスタイオンを検出することはできなかった(図3の左部分図では、信号は測定及び観察されなかった)。クラスタイオンBi及び特にC60では、ヒ素の深度分布は、AsCsクラスタイオンの測定により測定可能である。さらに、試料中のヒ素の集積の深度分布の尺度としてAsCsを分析する間に、最大100倍の強度における大幅な増加が観察された(ここでも、y軸の対数目盛に注目されたい)。
【0027】
図4は、表面に近接して窒素の小さな集積が導入される酸化ケイ素試料の分析結果を示す。このような窒素深度分布の定量分析は、半導体産業において非常に重要である。測定には、ION−TOF社のTOF.SIMS5といった飛行時間型質量分析計を2ビーム法で使用した。試料の除去及び表面の被覆は、それぞれ、300×300μmの表面上に500eVのエネルギーを有するセシウムイオンビームを使用して行った。この除去の間、表面は、25keVのエネルギーのBi及びBi一次イオンと、10keVのエネルギーのC60一次イオンを使用して、それぞれ、スパッタクレータの中心において分析され、NCsクラスタイオンの強度(左部分図)と、NCsクラスタイオンの強度(右部分図)が、様々な深度に対して決定された。各測定点について同一数の様々な種の一次イオンにそれぞれ変換するために、測定された強度は、一次イオンフローに対して標準化される(pA)。クラスタイオンBi及び特にC60を使用する場合、NCsクラスタイオン及びNCsクラスタイオンについて、10倍以上の強度における大幅な増加(対数目盛)が達成可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】飛行時間型質量分析計(TOF−SIMS)の構成を示す図である。
【図2】Gaの収量に対して標準化される、セシウムでスパッタリングされた後のGa、Bi、Bi、及びC60を使用した様々な固体試料(アルミニウム、ケイ素、ガリウムヒ素)への照射後のMCs及びMCsクラスタイオンの収量を示す図である。
【図3】Ga、Bi、Bi、及びC60を分析イオンとして使用し、図1に示す技術装置の構成により測定されるケイ素中のヒ素注入の深度プロファイルを示す図である。
【図4】Ga、Bi、Bi、及びC60を分析イオンとして使用し、図1に示す技術装置の構成により測定される二酸化ケイ素試料における窒素分布の深度プロファイルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2ビーム法での二次イオン質量分析法により一の固体試料を分析する方法であって、
分析されるべき前記試料の表面は、一の分析ビームにより照射され、
前記表面は、少なくとも部分的に及び/又は複数の領域においてセシウムにより被覆され、
前記表面は、1イオンあたり少なくとも3原子を有する複数の多原子イオンを主に又は排他的に含む一の分析ビームにより照射され、
生成される複数の二次イオンは、複数のセシウム化合物で分析される方法。
【請求項2】
前記分析ビームは、一の液体金属イオン源により生成される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分析ビームは、一価又は二価のBiイオン又はAuイオン(nは3以上の自然数)、特に、Biイオン又はBi2+イオン、SFイオン、及び/またはC60イオンを含む、又は、一価又は二価のBiイオン又はAuイオン(nは3以上の自然数)、特に、Biイオン又はBi2+イオン、SFイオン、及び/またはC60イオンにより構成される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
分析されるべき前記試料の前記表面は、少なくとも部分的に及び/又は複数の領域においてセシウムにより被覆され、
前記表面は、主に又は排他的にセシウムを含む一のスパッタビームにより照射される、請求項1乃至3のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記表面は、前記分析ビームにより照射される前に、間に、又は断続的に前記スパッタビームにより照射される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
分析されるべき前記試料の前記表面は、少なくとも部分的に及び/又は複数の領域においてセシウムにより被覆され、
前記セシウムは、前記表面上に蒸着される、請求項1乃至5のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記セシウムは、前記分析ビームによる照射の前に、間に、又は断続的に前記表面上に蒸着される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記生成される複数の二次イオンの分析は、扇形磁場型質量分析計、四重極質量分析計、及び/または飛行時間型質量分析計において行われる、請求項1乃至7のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記試料の前記表面の一の質量分析画像及び/又は前記試料の前記表面の一の深度プロファイルが検出される、請求項1乃至8のうちいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2008−544231(P2008−544231A)
【公表日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−516157(P2008−516157)
【出願日】平成18年5月19日(2006.5.19)
【国際出願番号】PCT/EP2006/004782
【国際公開番号】WO2006/133786
【国際公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【出願人】(507390284)イオン−トフ ゲーエムベーハー (1)
【Fターム(参考)】