説明

固体電解質の前駆体溶液の製造方法と、固体電解質の製造方法

【課題】固体電解質の結晶中における原子比率の制御に優れ、かつ微粒子化に適した固体電解質の前駆体溶液の製造方法と、固体電解質の製造方法を提供する。
【解決手段】過酸化水素及びアンモニアを含み、かつ特定の原料から形成される水溶液であって、前記原料は、ペルオキソチタン酸と、少なくともリチウムを含む水溶性の塩と、分子内に未結合官能基を含むキレート剤と、一分子内の少なくとも二箇所に前記キレート剤と縮合反応を生じる特性基を有する架橋剤、とを含む。前記水溶液中における前記キレート剤の未結合官能基のモル数は、少なくとも前記架橋剤のモル数以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質の前駆体溶液の製造方法と、固体電解質の製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
携帯型情報機器をはじめとする多くの電気機器の電源として、リチウム電池(一次電池及び二次電池を含む)が利用されている。リチウム電池は、正極層と負極層と、これらの層の間に設置され、電気的な絶縁を保ちつつリチウムイオンの伝導を媒介する電解質層とを備える。近年、リチウム電池のエネルギー密度は飛躍的に向上したが、同時に電解質の発煙・発火といったおそれも増した故に、電解質層に用いられる有機電解液を不燃性のものとした、より安全なリチウム電池の要請が高まっている。
【0003】
このような高エネルギー密度と安全性を両立したリチウム電池として、正・負極間のリチウムの伝導に有機電解液を用いない全固体型リチウム電池が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。全固体型リチウム電池は、正・負極間のリチウムイオンの伝導に固体電解質を使用しており、有機溶媒系の電解液を用いることに伴う問題、例えば、電解液の漏れによる安全性の問題、高温時に有機電解液がその沸点を超えて揮発することによる耐熱性の問題などを解消することができる。
【0004】
このような固体電解質として、リチウムイオン伝導性が高く、絶縁性に優れ、また化学的安定性の高い酸化物系の固体電解質粒子が広く知られている。酸化物系の固体電解質粒子として、チタン酸ランタンリチウム系の材料が特筆すべき高いリチウムイオン伝導率を有しており、電池への適用が期待されている。
ところで、上述した固体電解質粒子は、圧縮成形により、利用される形状に合わせた形態に成形されることが多い。しかしながら、固体電解質粒子の多くは非常に硬度が高いため、成形品(固体電解質)における電解質粒子同士の接触が不十分で粒界抵抗が高くなり、成形品のリチウムイオン伝導度が低くなる傾向にある。
【0005】
そこで、圧縮成形の後に1000℃以上の温度での焼結を施すことにより固体電解質を得ることが行われているが、リチウム電池においては焼結の熱により層中の電解質と正極活物質とが化学反応し易いといった問題や、電解質からリチウムが揮発して減少することでイオン伝導率が低下し易いといった問題がある。
このような問題を回避する方法として、固体電解質粒子の少なくとも一次粒子の粒径をナノメートルオーダーとすることで、接触性を向上し、また焼結温度を熱拡散が不活性な600℃以下にする効果が期待できる。このような理由のため、固体電解質粒子の組成を精密に制御しつつ、少なくとも一次粒子を微細化できる方法が必要である。
【0006】
また、固体電解質を形成する手法として、液相材料を用いた合成系、特にゾルーゲル法が採用される場合がある。ゾルーゲル法は、溶液系において有機官能基と無機元素からなる化合物を加水分解反応や脱水縮合反応を伴う過程を施すことにより、ゲル状の構成元素のネットワークを形成した後、これを焼成して所定の結晶構造を形成するための手法である。ゾルーゲル法は、塗布によって電解質層を形成することに適用できるほか、高温のガス中に噴霧して微粒子を得ることができるなど、電解質の微粒子化に適した手法である。
【0007】
このようなゾルーゲル法により、固体電解質を形成するためには、例えばチタン酸ランタンリチウムの製造に関する特許文献2のような方法が知られている。即ち、まず、目的とする固体電解質を構成するための金属のアルコキシドを、アルコール溶液に溶解させる。次に、このアルコール溶液を、例えば25〜80℃でゾル化する。次に、当該ゾルを電極表面に塗布し、例えば25〜120℃で1日〜1週間程度放置して、ゲル化させる。その後、800〜900℃で1時間程度の加熱焼成を行うことによって、電極上において固体電解質が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−215130号公報
【特許文献2】特開2003−346895号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Journal of Sol−Gel Science and Technology 22, 33-40, 2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、構成金属元素の供給源、即ち、金属アルコキシドのアルコール溶液は吸湿や酸素の接触により水酸化物や酸化物等の不溶性成分を容易に形成してしまう特性がある。このため、固体電解質の結晶の組成が変化してしまい、イオン伝導率が低下してしまう傾向にある。例えば、Li3XLa2/3TiOはx=0.12のときおよそ10−3S/cmのリチウムイオン伝導率を有するが、x=0.1及び0.15のときのリチウムイオン伝導率はおよそ10−5S/cm程度になってしまう。このように固体電解質の結晶中の組成はリチウムイオン伝導率に大きく影響するため、組成を精密に制御できる形成方法が求められている。また、複雑な組成を有する酸化物結晶の微粒子を液体材料から形成すると、構成元素が容易に偏析するため、電解質としての機能が発揮されない可能性がある。さらに、原料溶液に多量の有機溶媒を用いるため、製造作業者や環境への悪影響が懸念される。
そこで、本発明は、このような事情のもとで考え出されたものであって、固体電解質の結晶中における原子比率の制御に優れ、かつ微粒子化に適した固体電解質の前駆体溶液の製造方法と、固体電解質の製造方法の提供を目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
[態様1]
上記目的を達成するために、本発明の一態様に係る固体電解質の前駆体溶液は、過酸化水素、アンモニア、及び特定の原料から形成される水溶液であって、前記特定の原料は、(a)ペルオキソチタン酸と、(b)少なくともリチウムを含む水溶性の塩と、(c)分子内に未結合官能基を含むキレート剤と、(d)一分子内の少なくとも二箇所に前記キレート剤と縮合反応を生じる特性基を有する架橋剤、とを含み、前記水溶液中における前記(c)の未結合官能基のモル数は、少なくとも前記(d)のモル数に等しいかそれ以下であることを特徴とする。
【0012】
このような構成であれば、過酸化水素及びアンモニアにより、ペルオキソチタン酸水溶液を調製することができ、チタンを水溶性化合物として扱うことができる。これにより、アルコキシドなどを用いた場合よりも水や酸素に対する化学的安定性が増して目的物の組成や粒径の制御が容易になる。さらに、前駆体溶液に対し、Aサイト置換元素の塩、分子内に未結合官能基を含むキレート剤、及び分子内の少なくとも二箇所に縮合反応基を有する架橋剤、とを添加した水溶液とすることで、Aサイト置換元素、キレート剤、及び架橋剤が前駆体溶液中で相分離することなく分散し、偏析による目的組成からの逸脱を減じ、イオン伝導性に優れる固体電解質を得ることができる。
【0013】
なお、上記の構成において、Aサイト置換元素として用いることのできる(b)の塩は少なくともリチウムを含み、これにランタン、セリウム等のアルカリ希土類、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属、ジルコニウム、銀などの遷移金属、その他アルミニウム、珪素、ゲルマニウム、リン等の元素から何れかの水溶性塩を選択して用いることにより、例えば、Li3XLa2/3−XTiOなどのチタン酸系の酸化物固体電解質結晶を得ることができる。これらはイオン伝導率の向上や電位窓等の特性の改良のため、二つ以上の元素を組み合わせて用いることができる。同様の目的でアニオンをフッ素等に置換したものも用いることができる。
【0014】
これらの原料からなる前駆体溶液中において(c)の分子内の未結合の官能基のモル数が(d)のモル数に等しいとき、(c)のキレート分子と架橋剤とが交互に連結された架橋構造をとるため、従来例よりも低温の熱処理によっても所望の結晶組成の電解質を得ることができる。一方で(d)のモル数が過剰のとき、キレート分子間の距離が大きくなるため、(a)や(b)の原子間距離が長くなり、目的物の形成に高温が要求されるようになる。また(d)のモル数が不足のとき、元素の等方的な分散性が架橋構造の減少に伴って低下し、酸化物の偏析が生じやすくなる。
【0015】
[態様2]
また、上記の固体電解質の前駆体溶液は、前記ペルオキソチタン酸と前記過酸化水素及び前記アンモニアを含むペルオキソチタン酸水溶液に、前記キレート剤を加えて錯体水溶液を得る工程と、前記錯体水溶液に前記水溶性の塩を加え、当該水溶性の塩を加えた後に前記架橋剤を加えて、ポリエステル化又はアミド化反応により前記水溶液をゲル化させる工程と、により形成され、前記水溶液をゲル化させる工程において、前記水溶液のpHは5.0以上、6.0以下に調整されていることを特徴としてもよい。
【0016】
このような構成であれば、ペルオキソチタン酸と、例えばヒドロキシカルボン酸又はアミノカルボン酸からなるキレート剤とを錯体化することで、チタン原子の水溶液中での安定性を増すことができる。また、錯体分子内の未結合官能基が架橋剤との縮合反応によりポリエステル化合物を生じることで、加熱過程における目的結晶組成物の構成元素の熱拡散を抑制し、二酸化チタン等の夾雑物の副生を抑制する効果を得ることができる。
【0017】
上記の構成において、用いることのできるキレート剤としては、グリコール酸、乳酸、ヒドロキシ酪酸、グリセリン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、サリチル酸等のヒドロキシカルボン酸類、および2−アミノエタン酸、3−アミノプロピオン酸、4−アミノブタン酸、5−アミノペンタン酸、6−アミノヘキサン酸、7−アミノヘプタン酸、8−アミノオクタン酸等のアミノ酸をはじめとするアミノカルボン酸類などを例示することができる。
【0018】
また、上記の構成によれば、前駆体溶液にAサイト置換元素の塩を添加した後、溶液のpHを5〜6の弱酸性に保つことで立方晶ペロブスカイト結晶の生成を促進することができる。このときpHが記載の範囲よりも低すぎると、ゲル化工程においてアンモニアが脱離する際に析出物を生じ易く、偏析の原因になる。また同様にpHが記載の範囲よりも高すぎると、ペルオキソチタン酸がポリアニオンとして析出しやすくなり、焼成後にTiOなどの偏析が起こり易くなる。これらの現象はペルオキソチタン酸の特性によるものであり、例えば、上記の非特許文献1にその性質が記載されている。特にAサイト元素が2種以上でイオン半径の差が大きい組み合わせにおいて、この傾向が顕著になり易い。
【0019】
[態様3、4]
また、上記の固体電解質の前駆体溶液において、前記架橋剤は少なくとも炭素原子を2以上、かつ20以下含む有機化合物分子であることを特徴としてもよい。さらに、前記有機化合物分子の炭素数が8以下であることを特徴としてもよい。
このような構成であれば、目的組成を維持したまま均一な粒径の立方晶ペロブスカイト型結晶粒子が得易くなる効果を示す。これは架橋剤が前述したような原子の熱拡散を抑制する効果を有するほかに、架橋反応後のポリマーゲル中ではペルオキソチタン酸の水溶性錯体を中心にAサイト置換原子が拡散し、これが初期核となって微粒子を形成するためである。
【0020】
このとき架橋剤の炭素原子数が2〜20のとき、理想的な原子の分散状態を形成するが、これ以上炭素原子数の多い架橋剤を用いると、架橋剤自身の溶解性が低下することにより元素の分散性が悪化するおそれがあるため、架橋剤の炭素原子数は20以下が望ましい。また炭素原子数が1の架橋剤であるメタンジオールは不安定なため、偏析が起こり易いばかりでなく有害なホルムアルデヒドを発生するため危険である。そこで、架橋剤の炭素数は、安定してペルオキソチタン酸錯体同士の融合を防ぐことができる炭素数2以上のものを用いる。しかしながら、炭素数が増えると前述した溶解性の低下による分散性の低下に加え、熱分解等による有機成分の分解・除去効率が低下し、架橋剤が最終産物(即ち、固体電解質)に残留してしまうおそれがある。そこで架橋剤の炭素数は望ましくは20以下、より好ましくは8以下が良い。
【0021】
このような架橋剤としては、1,2−エチレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブチレングリコール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,7−ヘプタンジオール、1,8−オクタンジオールなど示性式HO−(CH−OHで表される脂肪族1,n−アルカンジオール類と、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなどの示性式HO−(C−O)−Hで示されるオリゴエチレングリコール類、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ペンタンジアミン、ヘキサンジアミンなど示性式HN−(CH)−NHで表される脂肪族1,n−アルカンジアミン類、及びこれらの誘導体を一例として挙げることができる。
【0022】
[態様5]
本発明の別の態様に係る固体電解質の前駆体溶液の製造方法は、ペルオキソチタン酸と過酸化水素及びアンモニアを含むペルオキソチタン酸水溶液に、分子内に未結合官能基を含むキレート剤を加えて錯体水溶液を得る工程と、前記錯体水溶液に少なくともリチウムを含む水溶性の塩を加え、当該水溶性の塩を加えた後に、一分子内の少なくとも二箇所に前記キレート剤と縮合反応を生じる特性基を有する架橋剤を加えて、ポリエステル化又はアミド化反応により水溶液をゲル化させる工程、とを含み、前記水溶液中における前記キレート剤の未結合官能基のモル数は、少なくとも前記架橋剤のモル数に等しいかそれ以下であることを特徴とする。
【0023】
このような製造方法によれば、前述したように、水や酸素に対する化学的安定性が増して目的物の組成や粒径の制御が容易となる。さらに、Aサイト置換元素、キレート剤、及び架橋剤が前駆体溶液中で相分離することなく分散し、偏析による目的組成からの逸脱を減じ、イオン伝導性に優れる固体電解質を得ることができる。また、錯体分子内の未結合官能基が架橋剤との縮合反応によりポリエステル化合物を生じることで、加熱過程における目的結晶組成物の構成元素の熱拡散を抑制し、二酸化チタン等の夾雑物の副生を抑制することができる。
【0024】
[態様6]
また、上記の固体電解質の前駆体溶液の製造方法は、前記水溶液をゲル化させる工程において、前記水溶液のpHが5.0以上、6.0以下に調整されていることを特徴としてもよい。このような製造方法によれば、前述したように、立方晶ペロブスカイト結晶の生成を促進することができる。
【0025】
[態様7、8]
また、上記の固体電解質の前駆体溶液の製造方法は、前記架橋剤として、少なくとも炭素原子が2以上、かつ20以下含む有機化合物分子を用いることを特徴としてもよい。さらに、前記有機化合物分子の炭素数が8以下であることを特徴としてもよい。このような製造方法であれば、前述したように、架橋剤である有機化合物分子内の炭素数が20以下、より好ましくは2〜8であることで、目的組成を維持したまま均一な粒径の立方晶ペロブスカイト型結晶粒子を得易くすることができる。また、架橋剤自身の溶解性の低下や、有機成分の分解・除去効率の低下を抑えることができ、架橋剤が最終産物に残留してしまうことを防ぐことができる。
【0026】
[態様9、10]
本発明のさらに別の態様に係る固体電解質の製造方法は、上記の前駆体溶液を用いて固体電解質を製造する方法であって、前記前駆体溶液を300℃以上、500℃以下の温度で加熱する工程、を含むことを特徴とする。さらに、前記前駆体溶液を加熱する工程では、前記前駆体溶液を350℃以下の温度で加熱することを特徴としてもよい。
【0027】
このような製造方法であれば、前駆体溶液を500℃以下、より好ましくは300〜350℃の範囲内で加熱することにより、組成がよく制御された、一次粒子の平均粒径が例えば10〜50nmである酸化物系の固体電解質微粒子を得ることができる。これは上記の態様1〜4の効果によって、従来法では900℃以上の高温が必要であった固体電解質の形成温度が、300〜500℃に低下する作用のためである。このとき550℃以上で加熱を行うと、元素の熱拡散が進行して粒子が成長しやすくなる。また加熱温度が300℃以下のときでは目的物が形成されにくくなるとともに、原料に添加したキレート剤や架橋剤の熱分解が進行せず、目的物の純度が低下する。
なお、本発明において、微粒子形成に関わる前駆体溶液の加熱方法は特に制限されず、一次粒子の粒径の小さな電解質粒子が得られる方法であればいかなる態様であっても良い。例えば、架橋したゲル状の前駆体溶液を容器内で加熱すれば、微細な一次粒子の凝集塊が得られる。また、噴霧熱分解装置を用いて一次粒子単体を分散させることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】第1実施例に係る固体電解質微粒子の形成手順を示すフローチャート
【図2】第1実施例で得られた粉末のX線回折による解析結果を示す図。
【図3】第2実施例で得られた結晶種のX線回折による解析結果を示す図。
【図4】第3実施例で得られた結晶種のX線回折による解析結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。
(1)第1実施例
図1は、第1実施例に係る固体電解質微粒子の形成手順を示すフローチャートである。ここでは、固体電解質微粒子として、Li0.35La0.55TiO微粒子を形成した。その形成手順について、以下に説明する。
【0030】
まず、チタン源からペルオキソチタン酸水溶液を調製した。チタン源としては、チタン金属粉末、二酸化チタンの粉末などを用いることができる。これらチタン源の粉末の0.1M当量を水冷しながら30%の過酸化水素水に溶解し、さらに35%のアンモニア水を加えて、(ペルオキソチタン酸と過酸化水素及びアンモニアを含む)ペルオキソチタン酸水溶液とした(ステップ(S)1、2)。
なお、本工程のチタン源としてはペルオキソチタン酸を誘導するチタン化合物であればいかなる原料を用いても構わないが、上述したチタン金属粉末、二酸化チタン粉末を原料として用いると、過酸化水素水中でペルオキソチタン酸以外の化合物を含まない、高純度の溶液を調製することができる。
【0031】
次の工程として、上記のペルオキソチタン酸水溶液にキレート剤としてクエン酸1水和物を溶解した。ここでは、ペルオキソチタン酸水溶液中のチタン原子のモル数に対し1.9倍のモル数になるようにクエン酸1水和物を溶解した。ペルオキソチタン酸水溶液は、ペルオキソチタン酸とクエン酸との錯体化により、ペルオキソチタン酸クエン酸錯体水溶液となる(ステップ(S)3)。この場合、キレート剤の未結合官能基はカルボキシル基である。また、そのカルボキシル基が金属原子に配位する。
【0032】
次に、マグネティックスターラーで攪拌しながらLiNO及びLa(NO・6水和物をそれぞれチタン原子のモル数に対し0.035及び0.055倍のモル数になるよう溶解した。この溶液をマグネティックスターラーで30分間攪拌すると、淡橙色のペルオキソチタン酸クエン酸錯体水溶液を得た(ステップS(4))。
次に、上記のペルオキソチタン酸クエン酸錯体水溶液に対し、架橋剤として1,6−ヘキサンジオールを0.19Mになるよう溶解した。つまり、ペルオキソチタン酸クエン酸錯体水溶液中のチタン原子のモル数に対し1.9倍のモル数になるように1,6−ヘキサンジオールを溶解した。また、pHが5.5になるよう、硝酸及びアンモニア水などのpH調製剤を用いて調整し、60℃で1時間攪拌した。この工程により、暗赤色の水溶液が得られた(ステップ(S)5)。
【0033】
この暗赤色の水溶液が、固体電解質微粒子の前駆体溶液である。上記のように、チタン原子のモル数に対し、キレート剤であるクエン酸1水和物の溶解量と、架橋剤である1,6−ヘキサンジオールの溶解量とをそれぞれ規定することにより、この水溶液中におけるクエン酸の未結合官能基のモル数は、少なくとも1,6−ヘキサンジオールのモル数以下であり、実質的に0となっている。
【0034】
次に、この水溶液(即ち、前駆体溶液)をゲル化した。このゲル化工程において、前駆体溶液のpHは、前述のpH調製剤により、5.0〜6.0の範囲内に調製されている。この工程では、pH=5.0〜6.0の前駆体溶液をマグネティックスターラーで攪拌しながら120℃に加熱し、20分〜1時間保持した。この操作により、暗橙色の粘稠なゲルが得られた(ステップ(S)6)。
【0035】
次に、このゲル化された前駆体溶液を用いて固体電解質微粒子を形成した。この微粒子形成工程では、大気雰囲気において、上記のゲルをペトリ皿内で加熱した。加熱温度は350℃とし、この温度で3時間程度保持した。3時間の加熱後、白色の粉末が得られた(ステップS(7))。この粉末を粉体X線回折装置(PANnalitical X’Pert PRO)を用いて解析し、粉末の結晶相を調べた。この解析結果を図2に示す。図2において、横軸は回析角度2θ[°]を示し、縦軸は回析線強度[arb.unit]を示す。
図2に示すように、この実施例1で得られた粉末ではLi0.35La0.55TiO結晶の回折由来のピークが検出され、Li0.35La0.55TiO結晶の単一相が生成していることが分かった。また、シェラー法により固相反応法で得られた同組成のLi0.35La0.55TiOと粒径を比較すると、一次粒子の粒径は20nmであった。
【0036】
(2)第2実施例
次に、本発明の第2実施例について説明する。ここでは、架橋剤として炭素数10の1,10−デカンジオールを使用し、実施例1に準じた合成を実施した。ただし、前駆体溶液のゲル化工程では、120℃における1時間の加熱ではゲル化せず、暗赤色から黄色の固形物に変化した。この固形物を350℃で加熱すると、茶褐色から暗褐色の顆粒状に変化した。この顆粒をさらに550℃にて3時間加熱すると白色の粉末に転じた。この粉末の組成を粉体X線回折装置により調べた。この解析結果を図3に示す。図3において、横軸は回析角度2θ[°]を示し、縦軸は回析線強度[arb.unit]を示す。
図3に示すように、この第2実施例で得られた粉末ではLi0.35La0.55TiO結晶の回折由来のピークが検出されなかった。これは架橋剤のアルキル鎖が大きくなることで酸化物の形成温度が上昇し、550℃の加熱では目的とするLi0.35La0.55TiOが得られなかったため、と考えられる。
【0037】
(3)第1比較例
次に、本発明の第1比較例について説明する。ここでは、酢酸リチウム、酢酸ランタン1.5水和物及びチタンテトライソプロポオキシドを0.35:0.55:1.0の比率で酢酸とイソプロパノールを含む溶媒に溶解し、100℃でゲル状にした後、1000℃で焼成した。これらの工程により得られた白色の粉末に対しXRD解析を行った。この解析結果を図4に示す。図4において、横軸は回析角度2θ[°]を示し、縦軸は回析線強度[arb.unit]を示す。
【0038】
図4に示すように、この第1比較例で得られた粉末では、Li0.35La0.55TiOのほかLaTiなどのピークが検出され、Li0.35La0.55TiOではない異相が形成されていることが分かった。これはチタンテトライソプロポオキシドがTiOやTi(OH)として析出したことで偏析したものと考えられる。また、シェラー法によると一次粒子の粒径は500nm程度であることが示された。
【0039】
(4)まとめ
本発明の第1実施例によれば、吸湿や酸素曝露によって変性し難く化学的安定性の高い前駆体溶液を得ることができる。この手法では、従来例のように前駆体溶液に添加した原料が不溶性の酸化物や水酸化物を形成して沈殿し、未反応の偏析物として副生することを防ぐことができる。このため、元素比率の制御により所望の電気的特性を備えた固体電解質を得易くなる。また、上記のように、前駆体溶液において、キレート剤の未結合官能基のモル数は、少なくとも架橋剤のモル数以下となっているため、元素の分散性及び熱処理での反応性を高めることができ、従来例よりも低温で所望の結晶組成が得られ易くなる。
【0040】
また、本発明の第1実施例によれば、キレート剤がペルオキソチタン酸に配位することで水溶性が向上し、溶液の安定性や分散性を高めることができる。さらに、溶液中で金属原子に配位したキレート剤間を架橋してゲル状とすることで、前駆体溶液中の元素の分散状態を維持したまま熱処理を行うことができる。このため、溶媒の揮発後によって偏析等が生じ易かった従来例よりも目標組成を維持し易くなる。
さらに、本発明の第1実施例によれば、架橋剤によって前駆体溶液中の金属錯体間が隔離されるため、微粒子を得ることができる。このとき、架橋剤のアルキル鎖炭素数を6〜8とすると、低温で結晶が形成される反応性を維持しながら、好適に微粒子化を図ることができる。
【0041】
また、本発明の第1実施例によれば、前駆体溶液を例えば350℃で加熱することにより、固体電解質微粒子(結晶)の形成と有機物の揮発・分解が生じるため、形成された微粒子が成長したり、微粒子間が焼結して粒径が大きくなることを防ぐ効果がある。
本発明は上記の実施例に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で適用が可能なものである。
(5)応用例
以上に説明した前駆体溶液とその製造方法、固体電解質の製造方法は、応用例として、全固体リチウム電池用電解質に適用することができる。そのほか、燃料電池用電解質、超伝導材料、誘電体材料にも適用することができる。
【符号の説明】
【0042】
S1〜S7 ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペルオキソチタン酸、過酸化水素及びアンモニアを含むペルオキソチタン酸水溶液に、分子内に未結合官能基を含むキレート剤を加えて錯体水溶液を得る工程と、
前記錯体水溶液に少なくともリチウムを含む水溶性の塩を加え、当該水溶性の塩を加えた後に、一分子内の少なくとも二箇所に前記キレート剤と縮合反応を生じる特性基を有する架橋剤を加えて、ポリエステル化又はアミド化反応により水溶液をゲル化させる工程、とを含み、
前記水溶液中における前記キレート剤の未結合官能基のモル数は、少なくとも前記架橋剤のモル数に等しいことを特徴とする固体電解質の前駆体溶液の製造方法。
【請求項2】
前記水溶液をゲル化させる工程において、前記水溶液のpHが5.0以上、6.0以下に調整されていることを特徴とする請求項1に記載の固体電解質の前駆体溶液の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の製造方法による前駆体溶液を用いて固体電解質を製造する方法であって、
前記前駆体溶液を300℃以上、500℃以下の温度で加熱する工程、を含むことを特徴とする固体電解質の製造方法。
【請求項4】
前記前駆体溶液を加熱する工程では、前記前駆体溶液を350℃以下の温度で加熱することを特徴とする請求項3に記載の固体電解質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−188312(P2012−188312A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−52059(P2011−52059)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】