説明

固定型遷移金属触媒及びその製造方法並びにその使用方法

【課題】遷移金属触媒を強固に固定することができ、その固定された触媒が高い活性を有し、かつ毒性のない固定型遷移金属触媒及びその製造方法並びにその使用方法を提供する。
【解決手段】固定型遷移金属触媒は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を介して遷移金属又は遷移金属化合物が結合している。また、製造方法は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を結合させる硫黄終端処理と、該硫黄原子に遷移金属又は遷移金属化合物を結合させる金属定着処理とを行う。また、使用方法は、固定型遷移金属触媒を含む反応液にマイクロ波を照射した状態で反応を進行させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属触媒を基板上に固定した固定型遷移金属触媒及びその製造方法並びにその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遷移金属触媒を用いた化学反応は、従来法では構築し難かった結合、特に新たな炭素−炭素結合を簡便に構築することを可能とし、創薬化学、有機合成化学を始め様々な化学分野で広く用いられている。しかし、遷移金属触媒には、安全性、安定性、反応生成物に混入する微量の遷移金属の除去、廃液処理等が問題となる場合がある。特に、工業的規模で、遷移金属触媒を使用する場合には、生成物に混入する微量金属の除去の問題だけでなく、使用した遷移金属触媒の金属の回収や金属を含有する廃液の処理等が大きな問題であった。また、近年高まっている環境調和型プロセス開発に対する社会的要請に鑑みると、金属の回収や廃液の処理が極めて大きな問題となっている。
【0003】
このような遷移金属触媒が有する諸問題を解決するため、遷移金属触媒の特色を生かすことができ、かつ金属の回収や廃液処理の問題を解決できる新たな素材の開発が待たれている。この解決策の一つとして、遷移金属触媒を物理的な吸着により担体に担持させる方法がある。しかし、物理的な吸着による担持では微量の金属の流出を防止することができず、また担体に担持させる方法では均一系触媒に比べ活性が低いという問題もあり、新たな担持方法の開発が望まれている。
【0004】
本発明者の一人は、共有結合や配位結合等の化学結合又はそれに近い状態で、遷移金属触媒を担体に強固に結合した固定型遷移金属触媒の開発を検討している。その過程において、ガリウム砒素基板が、遷移金属触媒を強固に固定すること、そしてその固定された触媒が高い活性を有することを見出している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3929867号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ガリウム砒素基板は、毒性のある砒素が基板から溶出する可能性があり、実用化には向いていない。
【0007】
そこで、本発明者らは、遷移金属触媒を強固に固定することができ、その固定された触媒が高い活性を有し、かつ毒性のない固定型遷移金属触媒及びその製造方法並びにその使用方法を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明者は鋭意検討した結果、窒化金属が、遷移金属触媒を強固に固定することができ、その固定された触媒が高い活性を有することを見出して本発明を完成させたものである。
すなわち、本発明の固定型遷移金属触媒は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を介して遷移金属又は遷移金属化合物が結合していることを特徴とするものである。
【0009】
上記金属窒化物には、III族金属窒化物を用いることができる。
【0010】
また、上記III族金属窒化物に、AlN、GaN、InN、AlGaN、InGaN、InAlN及びAlInGaNからなる群から選択された1種の窒化物を用いることができる。
【0011】
また、本発明においては、上記遷移金属に、Mn、Fe、Ru、Os、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn及びYbからなる群から選択された1種の金属を用いることができる。
【0012】
本発明の固定型遷移金属触媒は、以下の方法を用いて製造することができる。
すなわち、本発明の固定型遷移金属触媒の製造方法は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を結合させる硫黄終端処理と、該硫黄原子に遷移金属又は遷移金属化合物を結合させる金属定着処理とを行うことを特徴とする。
【0013】
本発明の製造方法においては、上記硫黄終端処理において、上記基板の表面に硫黄原子を蒸着させて硫黄原子を上記基板の表面に結合させることができる。
【0014】
また、本発明の製造方法においては、上記硫黄終端処理において、上記基板の表面に硫化物の水溶液を接触させて硫黄原子を上記基板の表面に結合させることもできる。
【0015】
また、本発明の製造方法においては、上記硫化物に、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化アンモニウム、硫化水素ナトリウム、硫化水素カリウム、硫化水素アンモニウム、多硫化ナトリウム、多硫化カリウム、多硫化アンモニウムからなる群から選択された少なくとも1種を用いることができる。
【0016】
また、本発明の製造方法においては、上記硫黄終端処理に先立って、上記基板の表面の酸化膜を除去する酸化膜除去処理を行うこともできる。
【0017】
また、本発明の製造方法においては、上記金属定着処理の後に、上記金属定着処理を行った上記基板を加熱する、加熱定着処理を行うこともできる。
【0018】
また、本発明者らは、本発明の固定型遷移金属触媒を、マイクロ波を照射した状態で用いることにより、従来の、オイルバス等を用いた反応容器を外部加熱する方法に比べ非常に短時間で反応を完結させることができることを見出した。
すなわち、本発明の固定型遷移金属触媒の使用方法は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を介して遷移金属又は遷移金属化合物が結合している固定型遷移金属触媒の使用方法であって、上記固定型遷移金属触媒を含む反応液にマイクロ波を照射した状態で反応を進行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の固定型遷移金属触媒は、遷移金属触媒が基板に強固に固定され、高い触媒活性を有し、繰り返して使用することもできる。さらに窒化金属は、耐溶剤性や耐熱性に優れており安定であり、また毒性物質が生成することもない。そのため、従来大きな問題となっていた、生成物に混入する微量金属の除去の問題や、使用した遷移金属触媒の金属の回収や金属を含有する廃液の処理、安全性等の問題を解決することが可能である。
【0020】
また、本発明の固定型遷移金属触媒をマイクロ波を照射した状態で使用すると、従来の外部加熱方法に比べ、反応速度を増大させることができ、反応時間を短縮することが可能となる。これにより、遷移金属触媒を用いる反応の製造効率を向上させることが可能となる。なお、ガリウム砒素基板では、マイクロ波を照射すると、200℃以上の高温となると分解して砒素が発生する可能性があるが、本発明では高温でも安定な窒化金属を基板に用いているので、安全である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の固定型遷移金属触媒は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を介して遷移金属又は遷移金属化合物が結合していることを特徴とするものである。
【0022】
本発明で用いる基板は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板である。本発明で用いる金属窒化物は、金属が硫黄原子と結合可能であれば特に限定されない。好ましくはIII族金属窒化物である。III族金属窒化物は通常、1000℃以上の高温で製造するため、耐熱性に優れ安定である。III族金属窒化物としては、AlN、GaN、InN、AlGaN、InGaN、InAlNそしてAlInGaN等を用いることができる。さらに好ましくは、GaNである。
【0023】
本発明では、これらのIII属金属窒化物を、有機金属気相成長法(MOCVD法)、分子線エピタキシー法(MBE)あるいはハイドライド気相エピタキシー法(HVPE)等を用い、サファイア等の単結晶基板の上に成長させたものを、触媒担持用の基板として用いることができる。また、III属金属窒化物の単結晶と触媒担持用の基板として用いることもできる。
【0024】
本発明で用いる好ましい基板として、サファイアの単結晶基板の表面にGaN層を成長させた基板である。GaN層の厚さは、0.001μm〜1000μm、より好ましくは0.1μm〜10μmである。以下、特に断らない限り、表面にGaN層を有する基板をGaN基板という。
【0025】
本発明で用いる遷移金属には、原子番号が21〜30(Sc〜Zn)、39〜48(Y〜Cd)、57〜80(La〜Hg)である金属を挙げることができる。好ましくは、Mn、Fe、Ru、Os、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn及びYbからなる群から選択された1種の金属である。より好ましくは、硫黄原子との親和性の大きいルテニウム、パラジウム、そしてイッテルビウムである。また、遷移金属化合物には、遷移金属の酸化物、塩化物、そして配位子部分に有機物質を含有する錯体等が含まれるが、遷移金属錯体が好ましい。遷移金属錯体としては、例えば、パラジウムのホスフィン錯体を挙げることができる。
【0026】
また、基板上に固定される遷移金属の量には特に制限はなく、基板に結合している硫黄原子の量を増やすことにより、固定される遷移金属の量を増やすことができる。触媒活性を発現させるためには、基板の単位m当り、少なくとも500mg程度が必要である。
【0027】
次に、本発明の固定型遷移金属触媒の製造方法について説明する。
本発明の固定型遷移金属触媒の製造方法は、少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を結合させる硫黄終端処理と、該硫黄原子に遷移金属又は遷移金属化合物を結合させる金属定着処理とを行うことを特徴とするものである。
【0028】
本発明において、硫黄終端処理とは、基板表面に硫黄原子を結合させる処理をいう。硫黄終端処理には、基板の表面に硫黄原子を蒸着させて硫黄原子を基板の表面に結合させる方法(以下、物理的硫黄終端処理という。)や、基板の表面に硫化物の水溶液を接触させて硫黄原子を上記基板の表面に結合させる方法(以下、化学的硫黄終端処理という。)を用いることができる。
【0029】
物理的硫黄終端処理には、MBE法を用いることができる。具体的には、文献(S.J.Danishefsky, et al.,J.Amer.Chem.Soc.,118,2843(1996))に記載されたマルチステップ硫黄終端法(multi-step sulfur termination method)を用いることができる。MBE法では、硫黄源に単体硫黄を用い、超高真空中で硫黄層を成長させる。MBE法を用いることにより、硫黄原子の基板表面への配列を数nmレベルで制御することができる。
【0030】
一方、化学的硫黄終端処理は、硫化物の水溶液を用いるものであり、基板表面の処理を安価に行うことができる。硫化物は水溶液中で硫化物イオン(S2−)、硫化水素化物イオン(HS)を生成する化合物であり、硫化ナトリウム(NaS)、硫化カリウム(KS)、硫化アンモニウム((NHS)、硫化水素ナトリウム(NaSH)、硫化水素カリウム(KSH)、硫化水素アンモニウム(NHSH)からなる群から選択された少なくとも1種の化合物を用いることができる。より好ましくは硫化水素ナトリウムである。この硫化物を含む水溶液中に基板を浸漬し、室温(20℃)〜100℃の温度範囲で、10分〜12時間加熱することにより処理を行う。
【0031】
なお、化学的硫黄終端処理には、多硫化物(一般式S2−で表され、nが2以上の多硫化物イオンを含む化合物)、具体的には多硫化アンモニウム((NH)を使用することも可能である。しかし、多硫化アンモニウムはアンモニウムイオンを含み、さらに硫黄が硫化物に比べ多量に含まれているので廃液の処理が大きな問題となるので、好ましくない。
【0032】
本発明の製造方法では、触媒として用いる金属を担体である基板に結合させる金属定着処理を行う。金属定着処理は、基板表面に結合している硫黄原子に遷移金属又は遷移金属化合物を結合させることである。金属定着処理は、有機溶媒中に硫黄終端処理を行った基板を浸漬し、その溶媒に金属源となる遷移金属又は遷移金属化合物を加え、加熱することにより行う、例えば、GaN基板とパラジウムの組み合わせの場合、非プロトン溶媒が好ましく、例えば、アセトニトリル、酢酸エチル、アセトン、キシレン、トルエン、ベンゼン、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、テトラヒドロフラン(THF)、クロロホルム、ジクロロメタン及びその混合溶媒からなる群から選択された溶媒を用いることが好ましい。より好ましくはアセトニトリルである。また、パラジウム源は、酢酸パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、硝酸パラジウム、酸化パラジウム硫酸パラジウム、硫化パラジウム等を用いることができる。処理は、室温(20℃)〜150℃の温度範囲で、0.5〜24時間行う。
【0033】
また、本発明の製造方法においては、硫黄終端処理に先立って、上記基板の表面の酸化膜を除去する酸化膜除去処理を行うことが好ましい。酸化膜除去には、基板の種類に応じて酸又は塩基を用いることができる。例えば、GaN基板の場合、水酸化ナトリウム水溶液を用いることができる。具体的には1〜40重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用い、室温(20℃)〜100℃の温度範囲で、10分〜12時間、GaN基板を水酸化ナトリウム水溶液に浸漬して行う。十分に酸化膜除去を行うことにより、単位面積当たりに導入できる硫黄原子を増加させることができ、さらには単位面積当たりの遷移金属触媒の量を増加させることができる。これにより、転化率の増加、そして繰り返し使用回数の増加が期待できる。
【0034】
また、本発明の製造方法においては、金属定着処理の後に、金属定着処理を行った基板を加熱する、加熱定着処理を行うことが好ましい。この加熱定着処理を行うことにより、基板に固定した遷移金属触媒が、反応時に溶出することを防止することができる。この処理は、有機溶媒中で、80℃〜180℃の温度範囲で行う。例えば、GaN基板とパラジウムの組み合わせでは、溶媒には非極性溶媒のキシレン、デカリン等を用い、130〜150℃の温度範囲で、10分〜12時間行う。
【0035】
本発明の固定型遷移金属触媒は、従来の粉末状の触媒に比し、優れた触媒活性を有する。さらにマイクロ波を照射した状態で反応を進行させることにより、その触媒活性を格段に向上させることができ、かつ繰り返して触媒を使用することを可能とする。本発明者らは、GaN基板を用いた場合、従来の粉末状触媒や、GaN基板のみでは反応に用いる溶媒の温度がマイクロ波を照射しても溶媒のみの場合の温度上昇と大きな違いがないのに対し、遷移金属触媒を結合させたGaN基板では顕著な温度上昇が起きることを実験により確認している。本発明者らはマイクロ波照射によりこの溶媒の顕著な温度上昇が触媒活性の向上に寄与しているものと考えている。
【0036】
照射するマイクロ波の周波数や出力は、そして照射方法は特に限定されるものではなく、反応温度を所定の範囲に維持できるように制御すれば良い。通常、周波数は1〜300GHzの範囲、好ましくは2.45GHzを用いることができる。また、出力は、1〜1000W、より好ましくは10〜500Wである。また、照射方法は連続照射でも間欠照射でも良い。連続照射の場合、照射時間は、1秒〜24時間、より好ましくは1秒〜12時間である。反応方法としては、耐圧性の反応容器内に、反応基質、溶媒、触媒等を入れ混合した後、この反応容器に所定の出力のマイクロ波を照射して所定の反応温度まで昇温させた後、出力を制御してその所定の反応温度を維持せしめて反応を進行させる。
【0037】
本発明の固定型遷移金属触媒は、遷移金属触媒が触媒活性を有する反応であれば、いかなる反応にも適用できる。また、液相反応だけでなく、気相反応にも用いることができる。本発明の触媒は、濾過。デカンテーション、遠心分離等により反応液から分離することができる。触媒を分離した反応液は、濃縮や抽出等の通常の処理方法により目的物が分離され、さらに、各種の精製手段により精製され単離される。
【0038】
なお、実施例ではヘック(Heck)反応や鈴木反応に適用しているが、これらの反応に限定されるものではない。それらの反応は、炭素−炭素結合、炭素−水素結合、炭素−窒素結合、炭素−酸素結合、炭素−硫黄結合を生成するモデル反応として本発明の固定型遷移金属触媒の評価に用いているだけであり、接触還元反応、不斉合成反応、置換反応にも適用可能である。特に有害な遷移金属触媒の混入を抑制できることから、医薬品及びその中間体等の製造に必要な反応に好適に用いることができる。
【0039】
ここで、ヘック反応は、文献(H.A.Dieck and R.F.Heck, J.Am.Chem.Soc., 96,1133(1974) :R.F.Heck,Acc.Chem.Rev.,12,146(1979))に記載されているように、アリールハライド又はアルケニルハライドと、アルケン類との縮合反応であり、例えば、ハロゲン化ベンゼンとアクリル酸エステルとの反応により、桂皮酸エステルを製造する反応である。この反応の触媒には、従来、粉末状のパラジウム錯体が用いられている。この反応における、アリールハライド又はアルケニルハライドとしては、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子を挙げることができる。また、アリールハライドのアリール基としては、置換又は非置換のフェニル基、ナフチル基、ピリジン基、フリル基などの芳香族基を挙げることができ、これらの置換基としては反応に悪影響を与えないものであれば特に制限はなく、例えば、置換又は非置換の炭素数1〜20、好ましくは1〜10のアルキル基、置換又は非置換の炭素数1〜20,好ましくは1〜10のアルコキシ基、置換又は非置換の炭素数1〜20,好ましくは1〜10のアルコキシカルボニル基等を挙げることができる。また、アルケニルハライドのアルケニル基としては、置換又は非置換のビニル基であり、そのビニル基の置換基としては、置換又は非置換の炭素数1〜20,好ましくは1〜10のアルキル基、置換又は非置換の炭素数1〜20,好ましくは1〜10のアルケニル基、置換又は非置換の炭素数6〜10のアリール基、置換又は非置換の炭素数7〜20、好ましくは7〜12のアラルキル基等を挙げることができる。また、アルケン類としては、少なくとも1個の水素原子を有するエチレン誘導体を挙げることができる。好ましくは、置換又は非置換のアクリル酸エステル誘導体である。そのアクリル酸エステル誘導体のエステル残基としては、置換又は非置換の炭素数1〜20、好ましくは1〜10のアルキル基を挙げることができる。また、この反応ではハロゲン化水素が発生するため、反応系にハロゲン化水素受容体を存在させておくことが好ましい。好ましいハロゲン化水素受容体としては、トリエチルアミン、N,N−ジエチルアミノベンゼン等の3級アミンを挙げることができる。また、好ましい溶媒は、アセトニトリルやテトラヒドロフラン等の極性非プロトン性溶媒である。なお、用いるパラジウム触媒の量は、ヨードベンゼンに対して、0.01〜10モル%、より好ましくは0.1〜0.5モル%である。
【0040】
また、鈴木反応は、文献(N.Miyaura,et al.,Synth.Commun.,11,513(1981):Ni.Miyaura and A.Suzuki,Chem.Rev.,95,2457(1995))に記載されているように、アリールボロン誘導体又はビニルボロン誘導体と、炭素―炭素二重結合を持つハライド又はスルホネートとの縮合反応であり、例えば、ハロゲン化ベンゼンとフェニルボロンとを縮合させてビフェニル誘導体を製造する反応である。この反応の触媒には、従来、粉末状のパラジウム錯体が用いられている。アリールボロン誘導体又はビニルボロン誘導体のボロン誘導体としては、特に限定されるものではないが、オルトホウ酸のモノ−、ジ−もしくはトリ−エステル又はこれらの誘導体を挙げることができる。アリールボロン誘導体のアリール基としては、置換又は非置換のフェニル基、ナフチル基、ピリジン基、フリル基等の芳香族基を挙げることができる。これらの置換基としては反応に悪影響を与えないものであれば特に制限はなく、例えば、塩素原子、臭素原子、そしてヨウ素原子等のハロゲン原子、置換又は非置換の炭素数1〜20、好ましくは1〜10のアルキル基、置換又は非置換の炭素数1〜20、好ましくは1〜10のアルコキシ基等を挙げることができる。ビニルボロン誘導体のビニル基としては、置換又は非置換のビニル基を挙げることができる。また、炭素―炭素二重結合を持つハライドのハロゲンとしては、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子を挙げることができる。炭素―炭素二重結合を持つスルホネートのスルホネートとしては、スルホン酸又はその誘導体を挙げることができ、例えば、スルホン酸のナトリウム塩、カリウム塩等の各種金属塩、そしてアンモニウム塩を挙げることができる。また、炭素―炭素二重結合を持つ基としては、脂肪族の炭素―炭素二重結合、芳香族の炭素―炭素二重結合を持つ基を挙げることができ、例えば、置換又は非置換のビニル基、置換又は非置換のアリール基を挙げることができる。アリール基としては、前記の置換又は非置換のフェニル基、ナフチル基、ピリジン基、フリル基等の芳香族基を挙げることができる。また、この反応ではハロゲン化水素が発生する場合、反応系にハロゲン化水素受容体を存在させておくことが好ましい。好ましいハロゲン化水素受容体としては、トリエチルアミン、N,N−ジエチルアミノベンゼン等の3級アミンを挙げることができる。また、好ましい溶媒は、ジメチルホルムアミド又はジメチルスルホキシドである。なお、用いるパラジウム触媒の量は、ヨードベンゼンに対して、0.01〜10モル%、より好ましくは0.1〜0.5モル%である。
【0041】
また、本発明の固定型遷移金属触媒は、基板上に薄膜として形成できることから、基板の形状に合わせて板状、筒状等の種々の形状に製造することができる。また、反応容器の内面に薄膜を形成することにより、固定型遷移金属触媒を有する反応容器を製造することもできる。また、フロー式あるいはバッチ式の反応形式にも用いることができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
実施例1(ヘック反応/オイルバス加熱)
(固定型遷移金属触媒の製造)
サファイア(0001)単結晶基板上にMOCVD法を用いてGaN層を成長させ、その基板に塩基処理、硫黄終端処理、パラジウム定着処理、加熱処理を順次行って、固定型遷移金属触媒を製造した。
【0043】
具体的には、GaN層の成長は、トリメチルガリウムとアンモニアを用いて基板温度900〜1100℃の条件で行った。
【0044】
酸化膜除去処理は、基板を40%又は20%の水酸化ナトリウム溶液に浸漬し、攪拌しながら60℃で6時間加熱することにより行った。
【0045】
硫黄終端処理は、塩基処理した基板を5%硫化水素ナトリウム水溶液に浸漬し、攪拌しながら60℃で0.5時間加熱することにより行った。
【0046】
パラジウム定着処理は、硫黄終端処理した基板をアセトニトリル中に浸漬し、酢酸パラジウムを加え、攪拌しながら80℃で12時間加熱することにより行った。
【0047】
加熱定着は、パラジウム定着処理した基板をキシレン中に浸漬し、攪拌しながら130℃で12時間加熱することにより行った。
【0048】
(ヘック反応)
ヨードベンゼン(0.5mmol)、アクリル酸メチル(1.25当量)、及びトリエチルアミン(1.25当量)のアセトニトリル(3mL)溶液に、固定型遷移金属触媒(5mm×5mm)を0.2mol%加えた。混合物をアルゴン雰囲気下、オイルバスを用いて加熱し、100℃で4時間攪拌した。反応終了後、反応液に水を加え、ジクロロメタンで抽出した。有機層を飽和食塩水で洗い、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧下で留去し、残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(n−ヘキサン:酢酸エチル=5:1)で精製し、トランス−桂皮酸メチルを得た。なお、必要に応じて、トランス−桂皮酸メチルを取り出すことなく、反応液を一定量取り出し、液体クロマトグラフィーを用いて分析した。以下、特に断らない限り、反応前後のクロマトグラムの面積比から転化率を算出した。また、固定型遷移金属触媒の量は、ヨードベンゼンに対し0.2モル%である。ここで、転化率は、(C−C)/C×100(%)で定義され、Cは反応前のヨードベンゼンのモル数、Cは反応後のヨードベンゼンのモル数である。
【0049】
反応終了後、反応液から固定型遷移金属触媒を一旦取り出し、洗浄後、再度触媒として使用した。
【0050】
また、比較のため、パラジウム担持カーボン(以下、Pd/Cと略す。)(和光純薬製)を用いた。
【0051】
(結果)
ヘック反応の転化率の結果を表1に示す。従来のPd/Cに比べ、本発明の固定型遷移金属触媒は、高い転化率を有していた。また、繰り返し使用が可能なことを確認した。特に、基板1の場合のように、高濃度の塩基を用いて酸化膜の除去を十分に行うことにより、再使用しても高い転化率が得られることを確認した。
【0052】
【表1】

*:繰り返し使用不可能のため2回目以降の測定不可能。
【0053】
実施例2(ヘック反応/オイルバス加熱)
硫黄終端処理を、MBE法で行った以外は、表1中の基板1と同様にして固定型遷移金属触媒を製造した。
【0054】
(結果)
転化率は、1回目が88%、2回目が88%、3回目が79%であり、再使用が可能であった。
【0055】
実施例3(ヘック反応/オイルバス加熱、マイクロ波加熱)
実施例1のヘック反応において、オイルバス又はマイクロ波を用いて加熱し、反応温度の反応速度への影響を調べた。オイルバスの反応温度は80℃と130℃、マイクロ波照射では80℃、130℃、175℃とした。
【0056】
マイクロ波の照射は、バイオタージ社のマイクロ波反応装置(Initiator8、周波数2.45GHz)を用い、出力を変化させて所定温度に維持する出力可変方式で行った。
【0057】
(結果)
表2に反応時間と転化率の関係を示す。マイクロ波を照射した場合、130℃では4時間、175℃では1時間で転化率100%が得られた。一方、オイルバスでは、130℃でも7時間で38%程度の転化率しか得られなかった。これにより、マイクロ波を照射することにより、オイルバスで加熱する方法に比べ、非常に短時間で反応を完結できることがわかった。
【0058】
【表2】

【0059】
実施例4(ヘック反応/マイクロ波加熱)
マイクロ波照射による溶媒の温度上昇について、触媒の影響を調べた。溶媒にはアセトニトリルを用い、マイクロ波の出力は30Wとした。
【0060】
(結果)
照射時間と溶媒の温度との関係を表3に示す。表3中、AからIの記号は、以下のものを指す。
A:溶媒のみ
B:溶媒+GaN層を形成したサファイア基板(GaN基板)
C:溶媒+サファイア基板
D:溶媒+GaAs基板
E:溶媒+AlN基板
F:溶媒+パラジウムを固定した実施例1の固定型遷移金属触媒
G:溶媒+Pd/C
H:溶媒+酢酸パラジウム
I:溶媒+硫黄終端処理したGaN基板
ここで、GaAs基板は、住友電気工業社製単結晶(001)面方位基板、AlN基板は、トクヤマ社製セラミック多結晶焼結体を用いた。
表3から明らかなように、パラジウムを固定した本発明の固定型遷移金属触媒が溶媒中に存在すると、顕著に溶媒の温度が上昇することがわかった。
【0061】
【表3】

【0062】
実施例5(ヘック反応/マイクロ波加熱:再使用)
実施例1の固定型遷移金属触媒を繰り返し使用して、転化率を調べた。この際、使用した固定型遷移金属触媒はアセトニトリルで十分に洗浄して用いた。
【0063】
(結果)
表4に示すように、3回目の使用であっても、2時間以内で反応を完結できることがわかり、繰り返し使用が可能なことを確認した。
【0064】
【表4】

【0065】
実施例6(ヘック反応/マイクロ波加熱(無溶媒))
実施例3において、ヨードベンゼンを5mmolとし、溶媒を用いず、マイクロ波を照射して175℃で1時間反応させた。
【0066】
(結果)
無溶媒で行っても、1時間で転化率は100%となった。これより、マイクロ波を照射することにより、一度に大量に製造することが可能なことを確認した。また、実施例3の場合、触媒量はヨードベンゼンの0.2モル%であるのに対し、本実施例ではヨードベンゼンの0.02モル%である。すなわち、無溶媒で行うことにより、触媒量を1/10としても反応を完結させることができることを確認した。
【0067】
実施例7(ヘック反応/マイクロ波加熱(触媒種の比較))
実施例3において、マイクロ波の出力を30Wとし、1時間照射した。比較として、Pd/Cと、高分子担持触媒(Aldrich社製 品番596930)を用いた。
【0068】
(結果)
実施例1の固定型遷移金属触媒の転化率が28%であるのに対し、Pd/Cと高分子担持触媒では1%以下であった。
【0069】
実施例8(鈴木反応/マイクロ波加熱)
ヨードベンゼン(0.5mmol)のメタノール(3mL)溶液にアルゴン雰囲気下、トリエチルアミン(12.5当量)、フェニルボロン酸(2.5当量)、及び実施例1の固定型遷移金属触媒(5mm×5mm)を加え、マイクロ波照射を行った。出力可変方式を用い、130℃で1時間照射した。なお、必要に応じて、3−クロロビフェニルを取り出すことなく、反応液を一定量取り出し、液体クロマトグラフィーを用いて、転化率を算出した。また、固定型遷移金属触媒の量は、ヨードベンゼンに対し0.2モル%である。ここで、転化率は、(D−D)/D×100(%)で定義され、Dは反応前のヨードベンゼンのモル数、Dは反応後のヨードベンゼンのモル数である。
【0070】
(結果)
マイクロ波を照射することにより、1時間で100%の転化率が得られた。
【0071】
実施例9(鈴木反応/マイクロ波加熱)
実施例1の固定型遷移金属触媒を繰り返し使用して、転化率を調べた。この際、使用した固定型遷移金属触媒はメタノールで十分に洗浄して用いた。
【0072】
(結果)
表5に示すように、3回目の使用であっても、1.5時間以内で反応を完結できることがわかり、繰り返し使用が可能なことを確認した。
【0073】
【表5】

【0074】
実施例10(鈴木反応/マイクロ波加熱)
アリールハライドの脱離基を変えた場合のマイクロ波照射の影響を調べた。アリールハライドには、ヨードベンゼン、ブロモベンゼン、クロロベンゼンを用いた。なお、クロロベンゼンについては、トリエチルアミンに代えてフッ化カリウム(KF)を3.0当量用い、ターシャリーブチルホスフィンを0.l当量、そして溶媒にはTHFを用いた。マイクロ波照射は、出力可変方式を用い、130℃で行った。
【0075】
(結果)
ブロモベンゼンとクロロベンゼンの場合、オイルバスによる加熱では、反応が進行しなかった。これに対し、マイクロ波を照射することにより、表6に示すように反応を進行させることが可能なことがわかった。
【0076】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を介して遷移金属又は遷移金属化合物が結合している、固定型遷移金属触媒。
【請求項2】
上記金属窒化物が、III族金属窒化物である請求項1記載の固定型遷移金属触媒。
【請求項3】
上記III族金属窒化物が、AlN、GaN、InN、AlGaN、InGaN、InAlN及びAlInGaNからなる群から選択された1種の窒化物である請求項2記載の固定型遷移金属触媒。
【請求項4】
上記遷移金属が、Mn、Fe、Ru、Os、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn及びYbからなる群から選択された1種の金属である請求項1記載の固定型遷移金属触媒。
【請求項5】
少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を結合させる硫黄終端処理と、該硫黄原子に遷移金属又は遷移金属化合物を結合させる金属定着処理とを行う、固定型遷移金属触媒の製造方法。
【請求項6】
上記硫黄終端処理において、上記基板の表面に硫黄原子を蒸着させて硫黄原子を上記基板の表面に結合させる請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
上記硫黄終端処理において、上記基板の表面に硫化物を含む水溶液を接触させて硫黄原子を上記基板の表面に結合させる請求項5記載の製造方法。
【請求項8】
上記硫化物が、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化アンモニウム、硫化水素ナトリウム、硫化水素カリウム、硫化水素アンモニウム、多硫化ナトリウム、多硫化カリウム、多硫化アンモニウムからなる群から選択された少なくとも1種である請求項7記載の製造方法。
【請求項9】
上記硫黄終端処理に先立って、アルカリ水溶液を用いて上記基板の表面の酸化膜を除去する酸化膜除去処理を行う請求項5から8のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項10】
上記金属定着処理の後に、上記金属定着処理を行った上記基板を加熱する加熱定着処理を行う請求項5から9のいずれか一つに記載の製造方法。
【請求項11】
少なくとも表面に金属窒化物層を有する基板又は金属窒化物からなる基板の表面に硫黄原子を介して遷移金属又は遷移金属化合物が結合している固定型遷移金属触媒の使用方法であって、上記固定型遷移金属触媒を含む反応液にマイクロ波を照射した状態で反応を進行させる、固定型遷移金属触媒の使用方法。

【公開番号】特開2010−158614(P2010−158614A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−1641(P2009−1641)
【出願日】平成21年1月7日(2009.1.7)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【出願人】(504260232)日亜薬品工業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】