説明

固定材組成物および固定材ならびに固定材の固定化方法

【課題】 比強度が高く、耐水性、操作性、装着性、衛生面等の優れた固定材組成物および固定材ならびに固定材の固定化方法を提供する。
【解決手段】 式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する固定材組成物、および、前記固定材組成物を包帯等の網目状構造を有する柔軟な基材または孔質構造を有する柔軟な基材に含浸させて構成された固定材であって、前記固定材組成物に対し、ジアルキル金属カルボキシレート等の塩基触媒、または、所定量の水を添加することによって前記固定材組成物の硬化速度を促進させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨折や捻挫などの患部を固定するための固定材に関し、特に高い強度を有するとともに、操作性、装着性および衛生面に優れた固定材組成物および固定材ならびに固定材の固定化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、骨折や捻挫などの患部を固定するための固定材においては、一般にギプスと呼ばれる石膏を使用した固定材が普及しており、近年では石膏以外にポリウレタンテープのような固定材も提案されている。しかしながら、石膏やポリウレタンは次のような欠点を有しており、装着性や操作性、衛生面で問題がある。
【0003】
つまり、石膏の場合、(1)硬度は大きいが極めて脆いため破損しやすい。(2)比強度が小さいため重くてかさばるギプスとなってしまう。(3)耐水性が低く水を吸水し易いため、入浴やシャワー等、水との接触を伴う行動が制限される。(4)ほとんど通気性がないため、ギプスと皮膚との間に汗や水を閉じこめてしまい、湿気を除去することができず、皮膚の刺激又は病気の感染の原因となる等、不衛生である。(5)石膏を硬化させる際、硬化に時間がかかり硬化時間を柔軟にコントロールできないし、硬化途中の発熱の問題もある。(6)患部に固定するには一定の技術が必要であり、操作性が悪い。
【0004】
また、ポリウレタンの場合、石膏のような重さや脆さは解消できるが、通気性が悪いため衛生面の問題は解消されず、また、皮膚への刺激が強いため皮膚障害を起こしやすいという問題を有している。
【0005】
一方、上記のような固定材の欠点に鑑みて、特表平8−508905号公報では、1分子当たりに少なくとも1個の加水分解可能な基を有する水反応性アルコキシシラン末端樹脂を含むキャスティングテープのための樹脂が提案されている(特許文献1)。 また、特表平8−508911号公報では、硬化性樹脂と共に充填材を含む整形外科支持材料用組成物が提案されている(特許文献2)。
【0006】
【特許文献1】特表平8−508905号公報
【特許文献2】特表平8−508911号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された水反応性アルコキシシラン末端プレポリマーは、R’−Si(OR)の一般式で表され、アルキル基(炭化水素基)が直接、珪素原子に結合している。
したがって、特許文献1のプレポリマーは3官能性であるため、分子または原子の結合が弱く、硬化物はあまり硬くない。また、特許文献2の実施例に記載された整形外科支持材料用組成物は、特許文献1の化合物を含む樹脂のみでは強度が十分ではないため、強度を高めるための無機充填剤または有機充填剤を加えるようにしたものである。
一方、実際の現場に鑑みると、医者等の術者にとって操作性のよい固定材がなく、災害救急処置現場などに適した固定材がないという問題がある。また、患者にとっては軽量、通気性、着脱容易性などの装着性の高い固定材が望まれている。さらに医療現場ゆえ、皮膚に対する刺激が少ないものであって、衛生面が確保できる必要もある。
【0008】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、比強度が高く、耐水性、操作性、装着性、衛生面等の優れた固定材組成物および固定材ならびに固定材の固定化方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る固定材用組成物の特徴は、式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する点にある。
【0010】
また、本発明において、前記固定材組成物の濃度は、固定材組成物100重量部に対し、テトラアルキルシリケートを10〜80重量部含有しているものであることが好ましい。
【0011】
本発明に係る固定材の特徴は、式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する固定材組成物を、包帯等の網目状構造を有する柔軟な基材または孔質構造を有する柔軟な基材に含浸させて構成されている点にある。
【0012】
また、本発明に係る固定材の固定化方法の特徴は、式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する固定材組成物に対し、ジアルキル金属カルボキシレート等の塩基触媒を添加することによって前記固定材組成物の硬化速度を促進させる点にある。
【0013】
さらに、本発明に係る固定材の固定化方法の特徴は、式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する固定材組成物に対し、所定量の水を添加することによって前記固定材組成物の硬化速度を促進させる点にある。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、強度に優れ、皮膚への刺激が少なく安全で衛生的であり、成形容易な固定材およびその成形方法を提供することができ、骨折や捻挫などにより固定材を使用して治療する患者の生活の質の向上、および、災害救急処置現場等においては固定材を成形する医者等の成形作業の労力の軽減あるいは処置時間の短縮を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に係る固定材組成物および固定材ならびに固定材の固定化方法の実施の一形態について説明する。
【0016】
『固定材組成物およびこれを使用した固定材』
本実施形態の固定材組成物は、一般式Si(OR)(Rが炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるシラン化合物たるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有するものである。当該テトラアルキルシリケートは、単量体またはその部分縮合体を構成しており、水に接触させると硬化する水硬化性を有するため、空気中の水分に触れさせたり、スプレー等により水を散布したり、水中に浸漬させること等により硬化させることができる。
【0017】
また、本発明におけるシラン化合物は4官能性であるため、前述した特許文献1のような3官能性に比べて結合が強く、硬い硬化物を得ることができる。また樹脂であるため軽く、比強度も大きい。さらに、本実施形態のシラン化合物は、硬化の過程で毒性蒸気を発生させることがなく、さらに過度な熱を発生させることや皮膚等に刺激を与えることもないため、安全性が高い。本実施形態のシラン化合物には、テトラエトキシシラン(エチルシリケート)、テトラメトキシシラン(メチルシリケート)、テトラプロポキシシラン(n−プロピルシリケート、iso−プロピルシリケート)等が挙げられる。特に適度な硬化時間や安全性の点からエチルシリケートが好適に使用できる。メチルシリケートは硬化反応時に有害なメタノールを放出するのであまり推奨できない。またプロピルシリケートは硬化反応が遅いので硬化を緩慢に行いたい場合には好適である。
【0018】
本実施形態における固定材組成物は、テトラアルキルシリケート単独でもよいが、アルコール類、ケトン類、エステル類等の適当な溶剤に溶解して構成される。前記固定材組成物の濃度は、テトラアルキルシリケート10〜80重量%であることが好ましく、30〜60重量%であればより好ましい。
【0019】
以上のような固定材組成物を固定材として使用する場合、所定の基材に含浸または塗布される。この場合の基材は、編布、織布、不織布、フォームおよび他の孔質材料でもよく、素材も木綿等の天然繊維、またはナイロン等の合成繊維でもよい。また、包帯状、テープ状、シート状、スラブ状、チューブ状等の様々な形態で用いることができる。患部の形状に合わせて固定することを考慮すれば、厚さの薄い、柔軟性、可撓性を備えた基材であることが好ましい。もちろん固定材組成物を保持できる素材のものであれば本発明の効果を奏するものと考えられる。
【0020】
『固定材の固定化方法』
つぎに、本実施形態における固定材組成物の固定化方法について説明する。本実施形態の固定化方法は、あらかじめ基材に固定材組成物を含浸させた固定材を硬化させる場合と、基材と固定材組成物とを別々に保管しておき、使用時に基材に対して前記固定材組成物を塗布あるいは散布するなどした後に硬化させる場合とが考えられる。
【0021】
前者の場合、つまり基材に含浸させた固定材を固定化する場合、たとえば、テトラアルキルシリケートをアルコール類等の溶剤に溶解させて、液体状の固定材組成物を生成する。この固定材組成物溶液中に繊維織物や不織布等から構成される基材を浸し、この基材に前記固定材組成物を含浸させる。これをロールや遠心分離機等によって適当な含有率になるように搾液した後、溶剤を蒸発させて所望に処理された繊維状固定材を得る。
【0022】
基材に含浸させた固定材組成物から溶剤を蒸発させる方法としては、大気中に風乾してもよいが、50℃程度に高めた防爆型オーブン中で乾燥させてもよい。この際、一度の含浸処理で付着量が足りない場合には複数回の含浸、搾液、乾燥工程を繰り返せばよい。
【0023】
一方、後者の場合、つまり基材と固定材組成物とを別々に保管しておく場合、適当なスプレー器具等を使用し、この中にテトラアルキルシリケート濃度を適度に調整した固定材組成物を密封しておく。そして、患部を固定する場合に、固定患部に合わせて適当な大きさの基材を用意し、この基材に前記スプレー器具を使って散布してから患部に当てたり、あるいは患部を基材によって包囲した後にスプレー缶で散布して前記固定材組成物を染み込ませて、その後固定するようにすればよい。なお、基材によっては染み込ませることなく、固定材組成物によって硬化させることも可能である。
【0024】
基材に使用される対象繊維としては、天然繊維、合成繊維のいずれも使用できるが、皮膚に与える影響や固定材組成物の保有力を考慮すれば木綿が最も適しており、ポリエステル繊維も目的に応じて使用できる。基材の形態としては包帯状が好ましいが、平織り状でも構わない。基材は充分に乾燥させておくことが好ましく、特に木綿等の繊維製品は吸湿性がよいので空気中の湿気を吸湿していると、付着したテトラアルキルシリケートが硬化反応を起こして硬くなってしまうので、使用するまでは密封容器中に保存することが必要である。
【0025】
以上のような処理によって得られた固定材を使って患部を固定する方法について説明する。被固定部に包帯状の基材を数重に巻き付け、この状態で保持すると空気中の水分により時間とともに硬化が進行し、数時間で硬化が完了する。硬化時間はテトラアルキルシリケートの種類により調節することが可能である。硬化時間はテトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシランの順に遅くなる。また水分の吸収をよくして硬化時間を短縮するために、ジアルキル金属カルボキシレートのような塩基触媒を併用すればよい。さらに硬化時間を短縮する場合、基材に付着する固定材組成物100重量部に対して5ないし50重量部の水をスプレー器具等により散布することにより、分単位にまで硬化時間を短縮可能である。
【0026】
以下、本実施形態における固定材組成物および固定材ならびに固定材の固定化方法の実施例について説明する。
【実施例1】
【0027】
2kgのテトラエトキシシランにエタノール8kgを加えて溶解し、固定材用処理液を得る。この固定材用処理液中に、水分含有率2%以下に乾燥させた木綿素材の幅5cm、長さ3.5mの包帯50gを投入し、10分間浸漬した。その後、包帯を取り出してロールによって包帯の固定材用処理液の保持率を100%まで搾液し、室温25℃の室内に2時間放置して乾燥させた。これにより1.2kgの固定材が得られた。これを再び前記固定材用処理液に浸漬し、同様の処理を繰り返すことにより、1.44kgの包帯形固定材が得られた。この包帯形固定材100gを手首に巻き付け、そのまま3時間経過すると、包帯形固定材は硬くなり、患部が固定された。
【0028】
以上のような本実施例1によれば、固定材用組成物100重量部に対し、テトラエトキシシランを20重量部配合する固定材用組成物に基材を浸漬することによって、強度にすぐれ、容易に成形可能な実用性の高い固定材を提供することができる。
【実施例2】
【0029】
実施例1で得られた包帯形固定材を手首に巻き付けて、これに対し上から水10gをスプレイで均一に散布したところ、5分以内に硬化が完了し巻き付け部分が固定された。したがって、本実施例2によれば、固定材に水を散布することにより硬化時間が短縮できることがわかった。
【実施例3】
【0030】
4kgのテトラメトキシシランをステンレス容器に投入し、6kgのメタノールを加えて溶解し、固定材用処理液を作製した。この固定材用処理液1kgを、ポリエステル素材であって幅5cm、長さ3.5mの包帯50gにスプレーで吹き付け、20℃の室内で1時間放置すると1.4kgの包帯形固定材が得られた。この包帯形固定材200gを前腕部に巻き付け、湿度60%、25℃の室内に1時間待機させると、包帯形固定材は硬化し、患部が固定された。
【0031】
以上のような本実施例3によれば、固定材用組成物100重量部に対し、テトラメトキシシランを40重量部を配合する固定材用組成物を基材に塗布することによって、強度にすぐれ、容易に成形可能な実用性の高い固定材を提供することができる。
【0032】
以上のように本実施形態によれば、比強度の高い素材であるため固定材を軽量化することができる。また、樹脂系であることから耐水性に優れており、シャワー等の水との接触する場所でも使用できる。さらに固定材の一部を切断してファスナーや蝶番、ボタン等を取り付けて着脱可能にできるため装着性が著しく向上し、しかも皮膚等の衛生面が格段に向上する。このように骨折等した患者にとって極めてメリットが大きい。
一方、医者等の術者側にとっても軽量で固定が簡単になるため、特に熟練を必要とせず、操作性が著しく向上する。このことは災害救急時等、特に有用である。
【0033】
なお、本発明に係る固定材およびその成形方法は、前述した実施例に限定されるものではなく、適宜変更することができる。たとえば、固定材は、骨折などの患部を固定できることはもちろん、パイプなどの構造体の連結用、強化用、保護用として応用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有することを特徴とする固定材組成物。
【請求項2】
請求項1において、前記固定材組成物の濃度は、当該固定材組成物100重量部に対し、テトラアルキルシリケートを10〜80重量部含有していることを特徴とする固定材組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の固定材組成物を、包帯等の網目状構造を有する柔軟な基材または孔質構造を有する柔軟な基材に含浸させて構成されていることを特徴とする固定材。
【請求項4】
式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する固定材組成物に対し、ジアルキル金属カルボキシレート等の塩基触媒を添加することによって前記固定材組成物の硬化速度を促進させることを特徴とする固定材の固定化方法。
【請求項5】
式Si(OR)(Rは炭素数1ないし3のアルキル基)で表されるテトラアルキルシリケートを有効成分として含有する固定材組成物に対し、所定量の水を添加することによって前記固定材組成物の硬化速度を促進させることを特徴とする固定材の固定化方法。

【公開番号】特開2006−325986(P2006−325986A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−154638(P2005−154638)
【出願日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】