説明

固形ゴムの水性分散液の調整方法

【課題】 固形ゴム微粒子を水中に分散させ分散液として固形ゴムのラテックス状の液体化を実現し、固形ゴムのラテックス状液体化試料によるNMR等の分析を可能とする固形ゴムの水性分散液の調整方法を提供する。
【解決手段】 (A)固形ゴムを溶媒で膨潤させ膨潤ゴムを形成する工程、(B)前記膨潤ゴムを界面活性剤の存在下で冷凍粉砕し前記固形ゴムの微粒子を形成する工程、(C)前記微粒子を水中に分散させる工程、とを含み、さらに、(D)前記溶媒及び/又は界面活性剤を前記微粒子から分離除去する工程を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固形ゴムの水性分散液の調整方法に関し、さらに詳しくは、固形ゴムの分子構造、組成分析などの物理化学的性質の分析試料として好適な固形ゴムの水性分散液の調整方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高分子化合物の分子構造、組成分析などの物理化学的性質の分析を行うために、近年では核磁気共鳴(NMR)等の機器分析装置が使用されるようになり、多くの分析情報が提供されるようになっている。
【0003】
例えば、NMR分光法による測定では、鮮明なNMRスペクトルを得るために測定対象となる試料が調整される。NMRによる測定対象は液体、固体、気体、ゲルなどの多様な分析試料を用いた分析が行われているが、一般的に固体NMRは液体NMRに比べて測定に多くの制限を受け、例えば、液体NMRよりも分解能が低い、用いられるパルスプログラム数が少ない等の理由により得られる情報量が少ないという欠点がある。
【0004】
ゴムポリマーのミクロ構造などの分子構造の分析において、未架橋の生ゴムではクロロホルム等の有機溶媒に溶解し液体化した試料を用いた分析を実施することができるが、加硫ゴムなどの固形ゴムをNMRで分析する場合、固体高分解能NMR装置を用いた測定が試みられている(例えば、非特許文献1)。
【非特許文献1】森麻樹夫、J.L.Koenig 「高分解能NMRによるゴム加硫物の分析」 日本ゴム協会誌 第71巻、第2号(1998)P26〜35
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、固体高分解能NMRは、上述のような制限があるため、加硫ゴムなどの固形ゴムの正確な構造解析が行われていないのが実状である。
【0006】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、従来は液体化が不可能であった加硫ゴムなどの固形ゴムの微粒子を水中に分散させ分散液としてラテックス状の液体化を実現し、固形ゴムのラテックス状液体化試料によるNMR等の分析を可能とし、加硫ゴムのミクロ構造、架橋形態などのより多くの分析情報を入手することができる固形ゴムの水性分散液の調整方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、分析用試料として用いられる固形ゴムの水性分散液の調整方法であって、(A)固形ゴムを溶媒で膨潤させ膨潤ゴムを形成する工程、(B)前記膨潤ゴムを界面活性剤の存在下で冷凍粉砕し前記固形ゴムの微粒子を形成する工程、(C)前記微粒子を水中に分散させる工程、とを含むことを特徴とする固形ゴムの水性分散液の調整方法である。
【0008】
本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法においては、さらに、(D)前記溶媒及び/又は界面活性剤を前記微粒子から分離除去する工程を有することが好ましい。
【0009】
本発明において、前記固形ゴムの微粒子の平均粒子径が0.05〜10μmであると微粒子の浮遊や沈降を防ぎ、分散液中の微粒子の分散性を向上し、また分散液中の固形ゴム分が10〜60重量%であると分解能を向上し分析精度を高めることができる。
【0010】
また、本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法は、前記固形ゴムが加硫ゴムである場合に適している。
【発明の効果】
【0011】
本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法によると、加硫ゴムなどの固形ゴムを膨潤させた後に微粒子化することで、ゴム微粒子が水に良好に分散しラテックス状に液体化することができる。これによりNMR等による固形ゴムの液体分析を可能とし、従来の固体分析では得られなかった新たな分析情報を多く入手することができるという優れた効果を有し、種々のゴム材料の高性能化研究に多くの指針を与えるものとなり、工業的有効性を具えたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0013】
本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法において、対象となるゴム材料としては、天然ゴム(NR)、及び溶液または乳化重合など各種スチレンブタジエンゴム(SBR)、各種ブタジエンゴム(BR)、イソプレンゴム(IR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)等のジエン系合成ゴム、ブチルゴム(IIR)クロロブチルゴム(CIIR)、エチレンプロピレンゴム(EPM,EPDM)等のオレフィン系合成ゴム、ポリスルフィドゴム(T)、シリコーンゴム(Q)、ウレタンゴム(U)、フッ素ゴム(FKM)、アクリルゴム(ACM)、クロロスルフォン化ポリエチレン(CSM)などの各種の合成ゴムが挙げられ、その単独或いは複数を任意の割合でブレンドしたものが挙げられる。
【0014】
本発明において、前記固形ゴムとしては、上記ゴム材料を硫黄、有機過酸化物などの加硫剤で架橋された加硫ゴムであり、加硫剤の硫黄は通常のゴム加硫に使用されているゴム用粉末硫黄、オイル処理硫黄など、有機過酸化物としてはジクミルパーオキシド、2,4−ジクロロベンゾイルパーオキシド、ジ−テルト−ブチルパーオキシド、2,5−ジメチル−2,5ジ(テルト−パーオキシ)−ヘキサンなどが挙げられる。また、有機多価アミン、変性フェノール樹脂、酸化マグネシウム等の金属酸化物などの加硫剤を用いて架橋されたものも用いられる。
【0015】
本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法は、(A)固形ゴムを溶媒で膨潤させ膨潤ゴムを形成する工程、(B)前記膨潤ゴムを界面活性剤の存在下で冷凍粉砕し前記固形ゴムの微粒子を形成する工程、(C)前記微粒子を水中に分散させる工程とからなり、(D)前記溶媒及び/又は界面活性剤を前記固形ゴムの微粒子から分離し除去する工程を有していてもよい。
【0016】
(A)固形ゴムを溶媒で膨潤させ膨潤ゴムを形成する工程では、平均粒径0.5〜5mm程度に予め粉砕した固形ゴム10〜500mg程度を密閉可能なガラス瓶等を用いて溶媒中に浸漬し膨潤させる。
【0017】
膨潤に用いられる溶媒としては、ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、アセトン等のアルコール類、酢酸エチル、フタル酸ジメチル等のエステル類などの各種有機溶媒が挙げられ、固形ゴムが溶媒中に浸漬できる量で用いられる。
【0018】
固形ゴムを溶媒中に浸漬する膨潤時間は、特に制限されるものではなく、ゴム材料と溶媒のそれぞれの種類や量、ゴム架橋度等により、固形ゴムの膨潤状態を観察しながら適宜決めることができ、例えば固形ゴムの体積が1.3〜2倍程度になることを目安にし、膨潤状態がほぼ平衡に達した状態で終了すればよい。
【0019】
(B)前記膨潤ゴムを界面活性剤の存在下で冷凍粉砕し前記固形ゴムの微粒子を形成する工程では、(A)工程にて膨潤させた固形ゴムが界面活性剤と共に冷凍粉砕機を用いて平均粒子径が0.05〜10μm程度の微粒子に粉砕される。粒子径が0.05μm未満になると液中での分散性が低下し、また10μmを越えると微粒子の浮遊や沈降を生じやすくなりやはり分散性が低下し分析精度が得られなくなり好ましくない。
【0020】
ここで、界面活性剤の添加なしで冷凍粉砕を行うと、ポリマー鎖が切断されてラジカルが発生しゴム粒子同士が再結合を起こすが、界面活性剤の存在によりこの再結合を防ぎ水中への分散性を向上させることができる。
【0021】
冷凍粉砕機は、汎用の冷凍粉砕機を使用することができ、例えば、日本分析工業(株)製のJFC−300型が使用できる。冷凍媒体としては、液体窒素が好適であり、固形ゴム10〜500mgと界面活性剤を円柱状の粉砕カプセル容器に仕込み、凍結状態で上記平均粒子径の範囲になるまで粉砕処理される。
【0022】
上記界面活性剤としては、特に限定されるものではなく、高級脂肪酸アルカリ塩などのアニオン系、高級アミンハロゲン酸塩などのカチオン系、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルなどの非イオン系、アミン酸などの両性系の各種界面活性剤が挙げられるが、本発明においてはドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が好適に用いられる。
【0023】
この界面活性剤の使用量は、固形ゴム重量(膨潤前)に対して2〜10倍程度の範囲が好ましい。また、界面活性剤は固形ゴムの微粒子を水中に分散させる分散剤としての効果も有している。
【0024】
本発明では、上記の膨潤処理と界面活性剤の存在下での粉砕処理とによる相互作用により水中への分散性を良好にするもので、すなわち、膨潤処理により従来よりも固形ゴムの微粒子化を実現するとともに粒子の再結合を防ぎ、界面活性剤によりポリマー鎖の切断発生を除いてゴム粒子の再結合を防止することで、ゴム微粒子の水中への分散性を容易にしラテックス状の液体化を可能とするものと考えられる。
【0025】
次の(C)前記微粒子を水中に分散させる工程は、上記(B)工程による固形ゴムの微粒子を蒸留水に加えて撹拌し分散液とするものである。撹拌の方法は特に制限されず、通常の化学実験用の撹拌装置を使用することができる。
【0026】
この場合の固形ゴムの添加量は、蒸留水5mlに対しゴム重量(膨潤前)が10〜300mg程度が好ましく、ゴム量が少ないと分散液中の固形ゴム濃度が低くなり分解能が低下し分析結果の信頼性に欠け、ゴム量が多すぎると分散性が低下しゴム分が浮遊或いは沈降し好ましくない。すなわち、分散液の固形ゴム分が10〜60重量%、好ましくは50重量%以上であることが望ましい。
【0027】
本発明においては、(D)前記溶媒及び/又は界面活性剤を前記固形ゴムの微粒子から分離し除去する工程を有すことが好ましい。(A)及び(B)工程で使用した溶媒や界面活性剤をゴム微粒子から除去することにより、溶媒や界面活性剤の成分がNMRスペクトル等の分析結果に表れるのを防ぎ、分析精度を向上することができる。
【0028】
前記溶媒は蒸留水に固形ゴムの微粒子を添加した分散液を一度煮沸することで除去でき、界面活性剤は粉砕後の微粒子と界面活性剤との混合物を遠心分離機を用いて分離すればよい。
【0029】
本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法により得られた水性分散液は、ラテックス状を呈して固形ゴムをNMR等の液体分析試料として用いることができるようになり、従来の固体試料による分析では得られなかった加硫ゴムの架橋形態やミクロ構造、ポリマーの分子量や分子量分布などの新たな分析情報を加硫ゴムから入手することが可能となる。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0031】
天然ゴム(RSS#1)100重量部に対しゴム用粉末硫黄(JIS K6222に規定の1種)2重量部、加硫促進剤CBS(JIS K6202に規定)1重量部を試験用ロールを用いて混合し、得られたゴム組成物を150℃で30分間のプレス加硫を行い厚み2mmの加硫ゴムシートを作成した。この加硫ゴムをカッターナイフで一片が2〜3mm程度の小片に切断し固形ゴムの粒状試料を作成した。
【0032】
この粒状ゴム試料を表1記載の重量で秤量し溶媒(トルエン)中に16時間浸漬して膨潤させ、濾過した膨潤試料を表1記載のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)(mg)と共に粉砕カプセル(容量10ml)に仕込み、冷凍粉砕機(日本分析工業(株)製、JFC−300型)を用いて平均粒子径0.1μmの微粒子に粉砕した。
【0033】
次いで、加硫ゴムの微粒子と界面活性剤の混合物を蒸留水に添加した分散液を汎用の遠心分離機を用いて界面活性剤を分離除去し、得られた加硫ゴム微粒子を一旦5mlの蒸留水に添加し撹拌したものを煮沸して溶媒分を除去した後、再度5mlの蒸留水に添加してスターラーを用いて撹拌し加硫ゴム微粒子の分散液を作成した。
【0034】
各分散液の加硫ゴム微粒子の分散状態を、目視により観察し次の通り評価し、結果を表1に示す。 ◎:良好な分散状態を示しラテックス状に液体化した。 ○:分散するが、一部の微粒子が浮遊又は沈降成分となり、十分なラテックス状を呈さない。 ×:浮遊又は沈降成分が多く、分散不良を示し分析試料に適さない。
【0035】
【表1】

【0036】
表1に示す通り、実験NO5,8のゴム量50,100mgに対してSDS400mgを添加し冷凍粉砕したものがゴム粒子の再結合を生じることなく、良好な分散状態を示し分析試料として好適であることが分かる。
【0037】
これに対して、SDSの添加なし又は少ないもの(実験NO1〜3)は、ゴム粒子の再結合を生じて分散不良となり、また、SDSを多くしても分散性向上の効果はそれ以上現れない(実験NO6)。加硫ゴムの比率を多くしていくと(実験NO9,10)と加硫ゴムの粉砕性が低下し分散性を低下させる結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の固形ゴムの水性分散液の調整方法は、加硫ゴムなどの固形ゴムを水中に分散させた水性分散液とすることで、核磁気共鳴(NMR)等の各種分析装置の液体試料として広く用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析用試料として用いられる固形ゴム微粒子の水性分散液の調整方法であって、
(A)固形ゴムを溶媒で膨潤させ膨潤ゴムを形成する工程、
(B)前記膨潤ゴムを界面活性剤の存在下で冷凍粉砕し前記固形ゴムの微粒子を形成する工程、
(C)前記微粒子を水中に分散させる工程、とを含む
ことを特徴とする固形ゴムの水性分散液の調整方法。
【請求項2】
(D)前記溶媒及び/又は界面活性剤を前記微粒子から分離除去する工程を有する
ことを特徴とする請求項1に記載の固形ゴムの水性分散液の調整方法。
【請求項3】
前記固形ゴム微粒子の平均粒子径が0.05〜10μmであり、前記分散液中の固形ゴム分が10〜60重量%である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の固形ゴムの水性分散液の調整方法。
【請求項4】
前記固形ゴムが加硫ゴムである
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の固形ゴムの水性分散液の調整方法。

【公開番号】特開2006−8812(P2006−8812A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−187098(P2004−187098)
【出願日】平成16年6月24日(2004.6.24)
【出願人】(000003148)東洋ゴム工業株式会社 (2,711)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】