説明

圧電アクチュエータの製造方法、圧電アクチュエータ、液滴吐出ヘッド、画像形成装置、及び、マイクロポンプ

【課題】圧電体層のクラックの発生を抑制することができる圧電アクチュエータの製造方法、圧電アクチュエータ、この圧電アクチュエータを備える液滴吐出ヘッド、インクカートリッジ、インクジェット記録装置及びマイクロポンプを提供する。
【解決手段】下電極層形成工程と、圧電体前駆体層積層工程と、圧電体前駆体を結晶化させて圧電体層9を形成する圧電体層形成工程と、上電極層形成工程と、によって圧電素子56を作成し、圧電素子56の変形によって圧電素子56に密着した振動板55が変形する圧電アクチュエータ200の製造方法において、圧電体層形成工程で、圧電変形領域の圧電体前駆体層を焼成して多結晶体からなる多結晶部9aとし、多結晶部9aと非晶質部9bとを有する該圧電体層9を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電圧を印加されることで変形を生じる圧電素子を備えた圧電アクチュエータの製造方法、圧電アクチュエータ、液滴吐出ヘッド、液滴吐出装置及びマイクロポンプに関するものである。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置は、記録時の騒音が極めて小さいこと、高速印字が可能であること、インクの自由度が高く安価な普通紙を使用できることなど多くの利点を有する。この中でも記録が必要な時にのみインク液滴を吐出する、いわゆるインク・オン・デマンド方式が、記録に不要なインク液滴の回収を必要としないため、現在主流となってきている。
プリンタ、ファクシミリ、複写装置等の画像形成装置として用いるインクジェット記録装置において使用する液滴吐出ヘッドであるインクジェットヘッドとしては、インク液滴を吐出するノズル孔と、このノズル孔が連通する吐出液収容部(加圧液室、圧力室、インク流路等とも称される。)と、吐出液収容部内のインクを加圧する圧力を発生する圧力発生手段とを備えて、圧力発生手段で発生した圧力で吐出液収容部内インクを加圧することによってノズル孔からインク液滴を吐出させる。
【0003】
このような液滴吐出ヘッドとしては、次のようなものがある。
圧力発生手段として圧電素子などの電気機械変換素子を用いて吐出液収容部の壁面を形成している振動板を変形させることでインク液滴を吐出させるピエゾ型。
吐出液収容部内に配設した発熱抵抗体などの電気熱変換素子を用いてインクの膜沸騰で気泡を発生させてインク液滴を吐出させるサーマル型。
ピエゾ型の液滴吐出ヘッドとして、近年、シリコン基板に振動板及び圧電素子の材料を積層して、パターニングすることで、振動板と圧電素子とからなる圧電アクチュエータや吐出液収容部をシリコン基板に直接形成するものが提案されている(特許文献1〜3)。
【0004】
このような液滴吐出ヘッドが備える圧電アクチュエータは、以下のようにして作成される。振動板の材料を積層した後、振動板となる層の表面に圧電素子の下電極層となる膜を積層し、さらに、圧電体の前駆体からなる圧電体前駆体層を積層する。次に、焼成等により圧電体前駆体を結晶化して多結晶体の圧電体からなる圧電体層を形成し、この圧電体層の表面に圧電素子の上電極層となる膜を積層する。その後、必要に応じてパターニングを行うことで、下電極層、圧電体層及び上電極層を備えた圧電素子と、振動板とから構成される圧電アクチュエータが作成される。
この圧電アクチュエータでは、下電極層と上電極層とに電圧を印加することにより、圧電素子が変形を起こし、この圧電素子に密着した振動板が変形する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、振動板及び圧電素子の材料を積層して作成した従来の圧電アクチュエータは、製造途中に圧電体層にクラックが発生するという不具合が生じることがあった。また、製造した時点ではクラックが発生していなくても、経時使用において短時間で圧電体層にクラックが発生するという不具合が生じることがあった。
圧電体層にクラックが発生すると、下電極層と上電極層とに所定の電圧を印加しても、圧電素子に所望の変形が起こらず、振動板にも所望の変形が起こらなくなる。このため、液滴吐出ヘッドが備える圧電アクチュエータの圧電体層にクラックが生じると、振動板によって加圧される吐出液収容部内の圧力が不安定になり、インク液滴を安定して吐出させることができなくなる。
圧電体層にクラックが発生することによる不具合は、液滴吐出ヘッドに限るものではない。例えば、液体の流路に圧電アクチュエータの振動板を配置し、その変形によって流路内の液体を移動させるマイクロポンプでは、圧電アクチュエータの圧電体層にクラックがあると、液体の搬送効率が低下する不具合が生じるおそれがある。
【0006】
本発明は以上の問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、圧電体層のクラックの発生を抑制することができる圧電アクチュエータの製造方法、圧電アクチュエータ、この圧電アクチュエータを備える液滴吐出ヘッド、インクカートリッジ、インクジェット記録装置及びマイクロポンプを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、下電極層と上電極層との間に圧電体層を有する圧電素子の、該下電極層を形成する下電極層形成工程と、該下電極層に圧電体の前駆体である圧電体前駆体の圧電体前駆体層を積層する圧電体前駆体層積層工程と、該圧電体前駆体を結晶化させて該圧電体層を形成する圧電体層形成工程と、該圧電体層に該上電極層を積層して該上電極層を形成する上電極層形成工程と、によって上記圧電素子を作成し、該圧電素子の該下電極層と該上電極層との間に電圧を印加することで該圧電素子が変形を起こし、該圧電素子に密着した振動板が変形する圧電アクチュエータを製造する圧電アクチュエータの製造方法において、上記圧電体層形成工程で、上記圧電体層を形成したときに電圧の印加により変形する領域となる圧電変形領域の上記圧電体前駆体層を多結晶体からなる多結晶部とし、該圧電変形領域外の領域の少なくとも一部の該圧電体前駆体層を非晶質からなる非晶質部とするように、該圧電体前駆体の結晶化を行い、該多結晶部と該非晶質部とを有する該圧電体層を形成することを特徴とするものである。
また、請求項5の発明は、振動板と、圧電体層を挟む二つの電極層に電圧を印加されることにより変形を起こして、この変形を伝達して該振動板を変形させる圧電素子と、を備えた圧電アクチュエータにおいて、上記圧電体層は、電圧の印加により変形する領域である圧電変形領域が多結晶体からなる多結晶部であり、該圧電変形領域外の領域の少なくとも一部が非晶質からなる非晶質部であることを特徴とするものである。
【0008】
上述した圧電アクチュエータの作成工程における下電極層に積層した圧電体前駆体層を結晶化する工程では、圧電体前駆体が結晶化して圧電体となるときに体積が収縮する。しかし、結晶化前の圧電体前駆体層が積層されている下電極層は変化しない。このため、体積収縮した圧電体層に対して、下電極層から体積収縮前の大きさを維持しようとする力が作用し、圧電体層に引っ張り応力が作用した状態で残留応力が生じた状態となる。
ここで結晶化して圧電体層となった圧電体前駆体層の面積が大きいほど収縮量が大きくなり、残留応力も大きくなる。このため、下電極層上に成膜した圧電前駆体層の膜全体を結晶化して上電極層を成膜すると、結晶化させる面積が大きくなり、残留応力が大きくなるため、クラックが生じやすかった。また、圧電体層のアクチュエータとして機能しない部分(電圧を印加されても変形しない部分)のみにクラックが生じても、結晶化した圧電体層は硬度が高く、クラックが伝播し易いため、圧電体層の成膜後の後工程や圧電アクチュエータが完成した後にクラックがアクチュエータとして機能する部分に伝播することがある。
【0009】
請求項1の構成を備えた発明においては、圧電体層形成工程で、圧電体層を形成したときに電圧の印加により変形する領域となる圧電変形領域の圧電体前駆体層を多結晶体からなる多結晶部とすることにより、圧電アクチュエータとしての機能を発揮することできる。さらに、圧電変形領域外の領域の少なくとも一部の圧電体前駆体層を非晶質からなる非晶質部とするように、圧電体前駆体の結晶化を行い、結晶化した多結晶部と結晶化していない非晶質部とを有する圧電体層を形成する。このように、圧電体前駆体層を部分的に結晶化することで、結晶化して収縮する部分の面積を小さくし、収縮量を小さくしている。これにより、残留応力が小さくなり、クラックの発生を抑制することができる。また、結晶化する面積を小さくすることで、クラックが生じるおそれがある部分が小さくなり、クラックの発生を抑制することができる。
【0010】
また、請求項5の構成を備えた発明においては、圧電体層は、電圧の印加により変形する領域である圧電変形領域が多結晶体からなる多結晶部であり、圧電変形領域外の領域の少なくとも一部が非晶質からなる非晶質部であり、圧電体層が結晶化した多結晶部と結晶化していない非晶質部とを有する。このように、圧電体層が部分的に多結晶部であることにより、結晶化している面積を小さくすることで、クラックが生じるおそれがある部分が小さくなり、クラックの発生を抑制することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、圧電体層のクラックの発生を抑制することができるという優れた効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】インクジェットプリンタの概略斜視図。
【図2】インクジェットプリンタの概略断面図。
【図3】インクカートリッジの概略構成図。
【図4】液滴吐出ヘッドの分解斜視図、(a)はノズル基板の説明図、(b)は液室基板の説明図、(c)は保護基板の説明図。
【図5】液滴吐出ヘッドの断面説明図、(a)は、図4中のX−X’断面に対応する断面説明図、(b)は、図4に示したY−Y’断面に対応する断面説明図。
【図6】液室基板の作成工程のX−X’断面での説明図。
【図7】液室基板の作成工程のY−Y’断面での説明図。
【図8】液滴吐出ヘッドの作成工程のX−X’断面での説明図。
【図9】液滴吐出ヘッドの作成工程のY−Y’断面での説明図。
【図10】変形例に係るマイクロポンプの概略説明図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を適用可能な画像形成装置の一実施形態として、インクジェットプリンタ(以下、プリンタ100)について説明する。
まず、プリンタ100の基本的な構成について説明する。図1は、プリンタ100の斜視図である。プリンタ100は、キャリッジ101と、記録ヘッド51と、インクカートリッジ102とを含んで構成される印字機構部103を本体内部に有している。キャリッジ101は、用紙30の搬送方向に対して直交方向である走査方向に移動可能な部材である。記録ヘッド51は、キャリッジ101に搭載した液滴吐出ヘッドの一例であるインクジェットヘッドであり、インクカートリッジ102は記録ヘッド51にインク液を供給する。
【0014】
図2は、プリンタ100主走査方向の図1中の手前側から見たときのインクカートリッジ102部分における概略断面図である。図2に示すように、このプリンタの本体内部には、印字機構部103の他に、給紙機構部104を有している。
プリンタ100は、詳細は後述するが、給紙トレイまたは手差しトレイ105から給送される用紙30を取り込み、印字機構部103によって所要の画像を記録した後、後面側に装着された排紙トレイ106に排紙する。
【0015】
印字機構部103のキャリッジ101は、イエロー(Y)、マゼンタ(M)、シアン(C)、ブッラク(B)の各色のインク液を収容した四つのインクカートリッジ102がそれぞれ交換可能に装着されている。
【0016】
図3は四つのインクカートリッジ102のうちの一つの概略構成図である。四つのインクカートリッジ102は、収容するインク液の色が異なる以外は同様の構成である。
キャリッジ101に搭載されたインクカートリッジ102は、ノズル孔を有する記録ヘッド51と、インク液を収容し、記録ヘッド51にインクを供給するタンク部102aを有している。ここで、図1または図2では下方に向いて設置される記録ヘッド51を、図3では説明の都合上、上方に描いている。
インクカートリッジ102のタンク部102aの上方(図2中の上方)には、大気と連通する不図示の大気口が備えられている。また、図2に示すように、タンク部102aの下方には、タンク部102a内のインク液を記録ヘッド51に供給する供給口102bが設けられている。さらに、タンク部102aの内部には、内部にはインク液が充填された多孔質体を有しており、多孔質体の毛管力により記録ヘッド51へ供給されるインク液をわずかな負圧に維持している。
【0017】
記録ヘッド51は、インク吐出口である複数のノズル孔を主走査方向と交差する方向に配列し、インク液滴吐出方向が下方となるように配置されている。
本実施形態では、記録ヘッド51とタンク部102aとが一体となったインクカートリッジ102について説明したが、タンク部102aと記録ヘッド51とを別体としても良い。また、記録ヘッド51としてここでは各色に対応したヘッド部を用いているが、各色のインク液を吐出するノズル孔を有する1個のヘッド部でもよい。
【0018】
印字機構部103はキャリッジ101を保持する保持手段として、プリンタ100本体の主走査方向の両側面に横架し、キャリッジ101の後方側(用紙搬送方向下流側)を貫通する主ガイドロッド107を有している。また、この主ガイドロッド107と一定間隔をおいて並行に延在し、キャリッジ101の前方側(用紙搬送方向上流側)が載置される従ガイドロッド108を有している。キャリッジ101は、主ガイドロッド107及び従ガイドロッド108によって主走査方向に移動可能なように摺動自在に保持されている。
【0019】
また、印字機構部103はキャリッジ101を主走査方向に移動走査するための移動手段として、タイミングベルト112と、タイミングベルト112を張架する駆動プーリ110及び従動プーリ111と、駆動プーリ110を回転駆動する主走査モータ109とを有している。図1に示すように、駆動プーリ110はプリンタ100本体の一方の側面側に配置し、従動プーリ111は、本体の他方の側面側に配置して、タイミングベルト112が主走査方向に平行に延在するようにしている。また、タイミングベルト112にはキャリッジ101が固定されている。
【0020】
主走査モータ109は、駆動プーリ110を正逆回転させる駆動源であり、駆動プーリ110が回転すると、タイミングベルト112が主走査方向に無端移動する。キャリッジ101は、タイミングベルト112に固定されているため、タイミングベルト112とともに主走査方向に移動する。このため、主走査モータ109によって駆動プーリ110を正逆回転させることで、キャリッジ101が主走査方向に往復移動される。
【0021】
給紙機構部104には、用紙30を積載した給紙トレイと、給紙ローラ113と、フリクションパッド114と、ガイド部材115と、搬送ローラ116とを備えている。給紙機構部104の給紙トレイは、複数枚の用紙30の束を積載し、プリンタ100本体に対して着脱可能に装着されている。
給紙ローラ113及びフリクションパッド114は、用紙30を、記録ヘッド51の下方に搬送するために、給紙トレイ内にセットした用紙30の束の最上段の一枚を分離給紙する。ガイド部材115は、給紙トレイから分離給紙された用紙30を搬送ローラ116によって搬送される領域に案内する。
【0022】
搬送ローラ116は、用紙30を反転させて液滴吐出ヘッドとしての記録ヘッド51と対向する位置に搬送する。また、搬送ローラ116の周囲には、用紙30を搬送ローラ116に押し付ける搬送コロ117、及び、用紙30を所定の送り出し角度で記録ヘッド51との対向する位置に送り出す先端コロ118が配置されている。搬送ローラ116は、副走査モータ130によってギヤ列を介して回転駆動が伝達され、図1中の時計周りに回転する。
【0023】
記録ヘッド51と対向する位置には、キャリッジ101の主走査方向の移動範囲に対応して搬送ローラ116から送り出された用紙30を記録ヘッド51の下方側で案内する用紙ガイド部材である印写受け部材119が設けられている。この印写受け部材119の用紙搬送方向下流側には、用紙30を排出方向に送り出すための排出ローラ120と、排出ローラ120に対向する排出拍車121とが配置されている。さらに、送り出された用紙30を排紙トレイ106に排出する排紙ローラ123と排紙ローラ123に対向する排紙拍車124とを備えている。また、排出ローラ120と排紙ローラ123との間には、排紙経路を形成する一対のガイド部材125が配設されている。
【0024】
また、プリンタ100には、手差しで用紙30を給紙できるように手差しトレイ105が設けられており、プリンタ100本体に対して開倒可能に取り付けられている。この手差しトレイ105上の用紙30は、手差し給紙ローラ105aによって搬送ローラ116に搬送される。
【0025】
また、印字機構部103におけるキャリッジ101の移動方向についての一端である、図1中の右手前側端側の記録領域を外れた位置には、記録ヘッド51の吐出不良を回復するための回復装置127を配置している。回復装置127はキャップ手段と吸引手段とクリーニング手段を有している。キャリッジ101は印字待機中にはこの回復装置127側に移動されてキャッピング手段で記録ヘッド51をキャッピングされ、ノズル孔を湿潤状態に保つことによりインク乾燥による吐出不良を防止する。また、記録途中などに回復装置127と対向する位置にキャリッジ101を移動させ、記録とは関係しないインク液を吐出することにより、全てのノズル孔のインク粘度を一定にし、安定した吐出性能を維持する。
【0026】
吐出不良が発生した場合等には、キャッピング手段で記録ヘッド51のノズル孔を密封し、チューブを通して吸引手段でノズル孔からインク液とともに気泡等を吸い出し、ノズル孔が開口しているヘッド面に付着したインク液やゴミ等はクリーニング手段により除去され、吐出不良が回復される。また、吸引されたインク液は、プリンタ100本体下部に設置された不図示の廃インクタンク不図示)に排出され、廃インクタンク内部のインク吸収体に吸収保持される。
【0027】
次に、プリンタ100のプリント動作について説明する。
パーソナルコンピュータ等の外部装置から画像情報などの信号が送られ、プリントを実行する。まず、手差しトレイ105から手差し給紙ローラ105aによって、または、給紙トレイから給紙ローラ113によって用紙30が給紙される。給紙トレイから給紙された用紙30は、ガイド部材115や搬送コロ117に案内されて搬送ローラ116に搬送されて反転し、記録ヘッド51と対向する位置に搬送される。一方、手差しトレイ105から供給された用紙30は、搬送コロ117に案内されて、搬送ローラ116に搬送されて記録ヘッド51と対向する位置に搬送される。
【0028】
記録ヘッド51に対向する位置に搬送された用紙30が所定位置に達したら、搬送ローラ116を停止して用紙30の移動を停止する。そして、キャリッジ101が画像信号に応じて主走査方向に往復移動しなが、停止した用紙30の所定箇所に所定のインク液を吐出して一行分を用紙30に形成する。ここで、一行とは、記録ヘッド51が用紙30へ記録可能な副走査方向(記録ヘッド51に対向する位置での用紙30の移動方向)の範囲を言う。
主走査方向に一行分の記録が終了したら、搬送ローラ116を所定時間駆動させ、用紙30を一行分、排紙トレイ106方向に移動させて停止する。そして、キャリッジ101が画像信号に応じて主走査方向に往復移動しなが一行分の画像を形成する。
【0029】
このような工程を所定回数繰り返して行い、用紙30に所望の画像をプリントする。所望の画像がプリントされた用紙30は、排出ローラ120及び排出拍車121と排紙ローラ123及び排紙拍車124とによって搬送され、排紙トレイ106に排出される。画像形成を終了したキャリッジ101は、図1中右手前側の回復装置127と対向する位置に移動して、図示しないキャッピング手段で記録ヘッド51のノズル孔をキャッピングする。
【0030】
次に、記録ヘッド51について説明する。
図4は、上述した記録ヘッド51に適用可能な本実施形態の液滴吐出ヘッド50の分解斜視図である。図4に示す液滴吐出ヘッド50は、圧電アクチュエータ200を用いたものであり、インク液滴を基板の面部(ヘッド面)に設けたノズル孔から吐出させるサイドシューター方式の例を示すもので図示している。
【0031】
図4に示すように、液滴吐出ヘッド50は三枚の基板重ねて形成されており、図4では、図3と同様に、ノズル孔20が形成されたヘッド面を上方に示している。図4(a)は、インク液を吐出するノズル孔20を有するノズル基板2の説明図、図4(b)は、吐出液室14、振動板、圧電素子を形成した液室基板1の説明図、図4(c)は、圧電素子保護空間22を配した保護基板3の説明図である。このように、液滴吐出ヘッド50は、ノズル基板2、液室基板1及び保護基板3の三枚の基板を重ねた積層構造となっている。また、図4(b)及び図4(c)は、一部断面図で示してある。
【0032】
図5は、図4に示す液滴吐出ヘッド50の断面説明図である。図5(a)は、図4中のX−X’断面に対応する断面説明図であり、便宜上二つの吐出液室14に対応する部分のみ示しており、一方の吐出液室14内のインクがノズル孔20を通ってインク液滴21として用紙30に向けて吐出されている様子を模式的に示している。図5(b)は、図4に示したY−Y’断面に対応する断面説明図である。図5(b)では、流路が狭くなっている流体抵抗部15に対応する領域を破線で示している。
【0033】
液室基板1は、シリコン基板4上にパイロ酸化、LPCVD法等により薄膜を形成することで振動板55を形成し、その上に圧電素子56を形成して、圧電アクチュエータ200を構成する。圧電素子56は、振動板55の上に下電極層8となるチタン膜及び白金膜、圧電体層9となるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)の膜、上電極層10となる白金膜の多層構造を積層することで形成している。圧電素子56は、シリコン基板4をエッチングすることにより形成された吐出液室14に対向する領域に形成されている。
【0034】
ノズル基板2は、ニッケル高速電鋳法を用いて厚さ30[μm]に形成したニッケル基板であり、液室基板1に固定したときに吐出液室14と対向する位置にノズル孔20を備えている。
保護基板3は、圧電素子56を構成する圧電素子の保護及び変形を妨げないための圧電素子保護空間22と、液室隔壁4aの剛性を高めるために液室隔壁4aを振動板55を介して補強する補強壁23とが形成された基板である。
【0035】
以下、図4及び図5に示す液滴吐出ヘッド50を図1〜図3を用いて説明したインクカートリッジ102の記録ヘッド51に用いた場合のインク液を吐出する動作について説明する。
タンク部102a内から供給口102bを介して液滴吐出ヘッド50に供給されたインク液は、共通液室18からそれぞれの個別インク供給孔24を経由してそれぞれの吐出液室14内にインクが供給される。
吐出液室14内がインク液により満たされた状態で、圧電素子56の上電極層10と下電極層8との間に電圧を印加し、これにより横振動モードで変形する圧電素子56が縮み、圧電素子56と密着している振動板55全体が吐出液室14側に凸形状に変形する。吐出液室14の体積が減少し吐出液室14内の圧力が急激に上昇し、ノズル孔20よりインク液滴21を用紙30に向けて吐出する。
上電極層10と下電極層8との間にパルス電圧を連続的に繰り返して印加することによって、インク液滴21を連続的に吐出することが出来る。
【0036】
次に、振動板55及び圧電素子56からなる圧電アクチュエータ200を備える液室基板1の作製方法の実施例について説明する。
図6及び図7は液室基板1の作成工程の説明図である。図6は、図5(a)と同じ断面における説明図であり、図7は、図5(b)と同じ断面における説明図である。
本実施例では、シリコン基板4に振動板材料及び圧電素子材料を成膜していくことで圧電アクチュエータ200を作成していく。
【0037】
まず、図6(a)及び図7(a)に示す工程について説明する。
厚み400[um]の<100>シリコン基板4の表面に、パイロ(Wet)酸化法によりシリコン酸化膜5を0.6[μm]の厚みで成膜する。次に、LPCVD法によりポリシリコン膜6を0.6[μm]の厚みで成膜し、さらに、LPCVD法によりシリコン窒化膜13を0.3[μm]の厚みで成膜する。これにより、図6(a)及び図7(a)に示す状態となる。
【0038】
次に、図6(b)及び図7(b)に示す工程について説明する。
リソエッチ法を用いて個別インク供給孔24の入口となる部分のポリシリコン膜6及びシリコン窒化膜13を除去する。その後、減圧化学気相成長法(以下、LPCVD法)により高温酸化膜7(HTO膜)を0.6[μm]の厚みで成膜する。これにより、シリコン酸化膜5、ポリシリコン膜6、シリコン窒化膜13及び高温酸化膜7の積層膜によって構成される振動板55が形成され、図6(b)及び図7(b)に示す状態となる。
【0039】
次に、図6(c)及び図7(c)に示す工程について説明する。
圧電素子56の下電極層8を構成する、Ti(チタン)層を0.05[μm]の厚みで、Pt(白金)層を0.2[μm]の厚みで、それぞれスパッタ法により成膜し、0.25[μm]の厚みの下電極層8を成膜する。
次に、圧電体の前駆体をスピンコート法により塗布して圧電前駆体層を成膜し、ソルゲル法で焼成することにより圧電体層9を2[μm]の厚みで形成する。
【0040】
この圧電体層9の焼成時における圧電前駆体層の体積収縮により、圧電体層9の膜内部に残留応力が発生し、圧電素子56及び振動板55からなる圧電アクチュエータ200の基板全体に反りを発生させる原因になる。
このため、本実施例では、圧電体層9の膜全体を焼成せず、メタルマスクを使用したランプアニール法によって部分的に焼成を行う方法を取る。
具体的にはアクチュエータとして機能させる部分のみが開口したメタルマスクを、焼成前の圧電体層9の表面上に重ね合わせて、ランプによるアニールを行う750[℃]まで昇温させ、ペロブスカイト構造の結晶化を行い、多結晶部9aを形成する。メタルマスクによって覆われて、ランプ照射されなかった部分は、結晶化させる必要のない部分であり、非晶質のまま残り、非晶質部9bを形成する。
多結晶部9aと非晶質部9bとからなる圧電体層9を成膜した後、さらに、上電極層10を0.1[μm]の厚みで成膜することで、図6(c)及び図7(c)に示す状態となる。
【0041】
次に、図6(d)及び図7(d)に示す工程について説明する。
図6(c)及び図7(c)に示す状態からリソエッチ法を用いたエッチングによって、上電極層10及び圧電体層9をパターニングする。このときパターニングにより残った圧電体層9は、多結晶部9aの外周に非晶質部9bが残存している。非晶質部9bが残らないようにパターニングしても良いが、非晶質部9bが残らないようにエッチングするためには、非晶質部9bと同時に多結晶部9aの一部もエッチングする必要が有る。このよな場合、エッチングレートが異なる領域を同時にエッチングする必要があるため、エッチングレートの遅い多結晶部9aのエッチングで残渣がでる可能性がある。このような不具合が発生するよりは、多結晶部9aをエッチングしないようにエッチング領域を非晶質部9bのみとして、非晶質部9bが僅かに残るようにして、加工した方が好ましい。
さらに、リソエッチ法により下電極層8のパターニングを行うことで、図6(d)及び図7(d)に示す状態となる。
【0042】
次に、図6(e)及び図7(e)に示す工程について説明する。
図6(d)及び図7(d)に示す状態から、リソエッチ法により個別インク供給孔24の入口となる部分のシリコン酸化膜5及び高温酸化膜7を除去する。
その後、圧電アクチュエータ200の電極を構成する下電極層8及び上電極層10と配線層とを絶縁するための層間絶縁膜11、及び、配線膜を含めたデバイスを保護する為のパッシベーション膜12を成膜する。さらに、層間絶縁膜11及びパッシベーション膜12をパターニングすることにより、図6(e)及び図7(e)に示す状態となる。
【0043】
次に、図6(f)及び図7(f)に示す工程について説明する。
図6(e)及び図7(e)に示す状態から、シリコン基板4における振動板55が形成された面とは反対側の面に、ICPドライエッチングによって吐出液室14、流体抵抗部15及び個別インク供給孔24となる凹部を形成する。これにより、圧電アクチュエータ200を備える液室基板1が完成し、図6(f)及び図7(f)に示す状態となる。
【0044】
次に、液室基板1を備える液滴吐出ヘッド50の作製方法について説明する。
図8及び図9は液滴吐出ヘッド50の作成工程の説明図である。図8は、図5(a)及び図6と同じ断面における説明図であり、図9は、図5(b)及び図7と同じ断面における説明図である。
図6(f)及び図7(f)に示す液室基板1に対して、スルファミン酸浴での高速電鋳法により別途、製作したノズル基板2を、液室基板1の吐出液室14が形成された側の面に接着することで、図8(a)及び図9(a)に示す状態となる。
【0045】
最後に、シリコンからなる基板にリソエッチ法で圧電素子保護空間22となる凹部を形成して作成した保護基板3を、液室基板1の圧電素子56が形成された側の面に接着する。これにより、図8(b)及び図9(b)に示す状態となる。さらに、圧電素子56の上電極層10及び下電極層8の配線部を不図示の駆動回路に接続することで本実施例の液滴吐出ヘッド50が完成する。
【0046】
ここで、圧電素子を備えたピエゾ型の従来の液滴吐出ヘッドついて説明する。
ピエゾ型のものにはD33方向の変形を利用した縦振動型、D31方向の変形を利用した横振動(ベンドモード)型、更には剪断変形を利用したシェアモード型等がある。
近年、半導体プロセスやマイクロマシニング技術の進歩により、パターニング加工技術が確立されてきており、コストの安いシリコン基板上に吐出液収容部及び圧電素子を直接形成する圧電アクチュエータ構成が提案されている。
しかし、シリコン基板上へ直接圧電体を成膜する薄膜ピエゾタイプのアクチュエータでは圧電体薄膜の内部応力により製造途中で圧電体層自体にクラックが発生する問題が発生する。そして、微細な圧力室から大きなインク液滴を吐出するために圧電体層の性能を向上させるほど圧電体層の内部応力が大きくなり不具合が発生しやすくなる。
【0047】
特にゾルゲル法による圧電体層の成膜では膜の焼成過程の体積収縮で大きな内部応力が膜中に残存し、圧電体層のパターニングにより基板全体の応力が開放される前に後工程の処理でクラックを発生させる。圧電体層の相中の異物や欠陥がクラックの起点となる場合も多い。
【0048】
特許文献1では圧電体薄膜が下電極層である金属膜上に形成される際に行われる熱処理により、基板に反りやひずみが生じるという問題があるがクラックを生じることなく、必要な膜厚を持った圧電体薄膜を備える圧電体薄膜素子の製造方法を記載している。チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)薄膜は菱面体晶系の結晶構造を備え、その結晶構造の、X線回折薄膜法で測定した<100>配向度が3 0 % 以上であるとしており、また圧電体の結晶体の粒界が、電極面に対して略垂直方向に形成されるとしている。しかし、PZT薄膜に発生するクラックは膜自身の内部応力によるものが支配的であるが、特許文献1には内部応力低減についての記載がなく、基板上での内部応力に起因するクラックを防止することは困難である。
【0049】
特許文献2では圧力室及び隔壁に対向する領域に連続的に成膜された圧電体層に対して、隔壁および隔壁付近の圧電体層にイオン打ち込みによって、すでに形成された圧電体層の組成や構造を変化させて容易に変形抑制層が形成できる。変形抑制層を選択的に形成出来るので振動による振動板のクラックの発生等が少ない液体噴射ヘッドが得られるとしている。特許文献2は変形を伴う振動板上へ固定端まで含めた領域に圧電層を形成した構造で振動板の固定端付近での振動板クラックを防止する方法であり、圧電層の内部応力には触れられておらず応力によるPZTのクラックに対する対策にはなっていない。
【0050】
特許文献3では変形可能な振動板と下部電極と圧電体層上部電極とを有する圧電アクチュエータにおいて全ての膜の膜応力を合わせた膜応力が圧縮応力であるとしている。圧縮応力とすることでアクチュエータが変形しやすくなるとしている。圧電体層の内部応力に起因するクラック等不具合に関する記載がない。
このように、従来の圧電アクチュエータでは、圧電体層の内部応力(残留応力)に起因するクラック等については検討がなされていなかった。
【0051】
図6(c)及び図7(c)で説明した焼成工程で生じる圧電体層9の残留応力が大きい場合は、圧電体層9の成膜後の後工程(本実施例では上電極層10の成膜工程)で圧電体層9にクラックが発生する不具合が生じ易い。圧電体層9の残留応力は、以下の理由によって生じる。すなわち、焼成工程で圧電前駆体層が体積収縮するが、焼成前の圧電前駆体層が固定されている下電極層8は変化しない。このため、体積収縮で縮んだ圧電体層9の下電極層8に固定された面に、体積収縮前の大きさを維持しようとする力が作用し、圧電体層9に引っ張り応力が作用した状態で残留応力となる。
【0052】
焼成する圧電体層9の面積が大きいほど、収縮量が大きくなり、残留応力も大きくなる。このため、従来の圧電素子の製造方法のように、下電極層上に成膜した圧電前駆体層の膜全体を焼成すると、焼成する面積が大きくなり、残留応力が大きくなるため、クラックが生じやすかった。
また、圧電体層9のアクチュエータとして機能しない部分のみにクラックが生じても、結晶化した圧電体層9は硬度が高く、クラックが伝播し易いため、圧電体層9の成膜後の後工程や液滴吐出ヘッド50が完成した後にクラックがアクチュエータとして機能する部分に伝播することがある。また、残留応力が生じていると、クラックだけでなく、圧電素子56全体に反りが生じるという不具合もある。
圧電体層9のアクチュエータとして機能する部分にクラックが生じたり、圧電素子56全体に反りが生じたりすると、上電極層10と下電極層8との間に所定の電圧を印加しても圧電素子56が所望の変形を得ることができなくなる。圧電素子56が所望の変形を得られないと、その信頼性は低下し、クッラックや反りが多発すると圧電アクチュエータ200を製造する際の歩留りも悪くなる。
【0053】
本実施例の圧電素子56では、圧電体の前駆体を部分的に焼成して、結晶化することで、結晶化して収縮する部分の面積を小さくし、収縮量を小さくしている。これにより、残留応力が小さくなり、クラックの発生を抑制することができる。
さらに、図6(c)に示すように、多結晶部9aを必要な箇所に対向するように複数箇所形成し、その間が非晶質部9bとなることにより、残留応力が発生する箇所が分散し、圧電素子56全体での反りを低減することができる。
【0054】
上述した実施例では、圧電体層9の多結晶部9aと非晶質部9bとを作り分ける工法でランプアニール法による工法を記載している。多結晶部9aと非晶質部9bとを作り分ける工法としてはこれに限るものではない。例えば、ゾルゲル法によって圧電体の前駆体を塗布した後に、圧電前駆体層の膜全面を焼成して結晶化させた後に、リソグラフィー法によってマスキング後、イオン注入法によって部分的に非晶質化する方法により多結晶部9aと非晶質部9bとを作り分けてもよい。このような方法によっても圧電体層9の成膜後の後工程(上述した実施例では上電極層10の成膜工程)で圧電体層9にクラックが発生することを抑制できる。
【0055】
圧電体層9の全体を結晶化させることで、その後に部分的に非晶質化するまでの間は、圧電体層9内の残留応力が従来の製造方法と同様に生じ、その間はクラックが生じ易い状態となる。このため、上述した実施例のように、部分的に結晶化させる製造方法と比較するとクラックが発生し易いが、大きな残留応力を生じたままの状態で後工程を行う従来の製造方法よりもクラックの発生を抑制することができる。
なお、イオン注入種はN(窒素)やAr(アルゴン)など不活性ガス種を使用するのが望ましい。
【0056】
上述した本実施例の製造方法によって圧電アクチュエータ200を製造することにより、圧電体層9でのクラックの発生を抑制し、歩留り良く、高い信頼性をもったユニモルフ型の圧電アクチュエータを実現することが可能となる。
このような圧電アクチュエータ200を備えた液滴吐出ヘッド50を記録ヘッド51に用いることにより、本実施形態のプリンタ100は、振動板駆動不良に起因するインク液滴吐出不良がなく、安定したインク液滴吐出特性が得られて、画像品質が向上する。また低コストで高品質な液滴吐出ヘッド50を搭載するので、低コストかつ高品質なインクジェット記録装置を作成できる。
なお、上述した実施例中に記載した膜厚等の数値や材料はこれに限ったものではない。
【0057】
上述した実施形態においては、液滴吐出ヘッド50をインクジェットプリンタの記録ヘッド51に適用した例で説明したが、インクジェットヘッド以外の液滴吐出ヘッド50として、例えば、液体レジストを液滴として吐出する液滴吐出ヘッド、DNAの試料を液滴として吐出する液滴吐出ヘッドなどの他の液滴吐出ヘッドにも適用できる。
【0058】
〔変形例〕
上述した製造方法で作成した圧電アクチュエータ200の適用範囲は、液滴吐出ヘッド50に限るものではない。
以下、変形例として、上述した圧電アクチュエータ200をマイクロポンプに適用した構成について説明する。
【0059】
図10は、変形例に係るマイクロポンプ300の概略説明図である。
図10に示すマイクロポンプ300は、流路33が形成されたシリコン基板4に、振動板55及び圧電素子56からなる圧電アクチュエータ200が複数配置された流路形成基板31に、蓋基板32と保護基板3とを貼り付けた構成である。
振動板55は、上述した実施例と同様に、複数の絶縁膜による積層構造になっている。また、圧電素子56も、上述した実施例と同様に、圧電体層9を二つの電極で挟んだ構成となっている。
【0060】
図10に示すマイクロポンプ300では、流路33に沿って複数の圧電アクチュエータ200を備えており、複数の圧電アクチュエータ200を図中右側から順次駆動させることによって流路33内の流体を図10中の矢印方向へ流す流れが生じ、流体の輸送が可能となる。
振動板55に密着して設けられた圧電素子56の圧電体層9を形成するときに、圧電体層9内の残留応力を低減するために、上述した実施例のように、部分的に結晶化させる方法で膜形成しパターニングすることで、クラックや反り等の発生を防止できる。これにより、歩留りが低下することを防ぐことが出来、低コストなマイクロポンプを生産できる。
本変形例では、圧電アクチュエータ200を複数備えるマイクロポンプ300の例を示したが、圧電アクチュエータ200は一つでもよく、また、輸送効率を上げるために、流路33に弁を設けても良い。
【0061】
本実施形態では、圧電アクチュエータ200を、実施例として液滴吐出ヘッド50に適用した構成、変形例としてマイクロポンプ300に適用した構成について説明したが、これ以外の光学デバイス、マイクロアクチュエータなどにも応用可能である。
【0062】
以上に説明したものは一例であり、本発明は、次の態様毎に特有の効果を奏する。
〔態様A〕
下電極層8と上電極層10との間に圧電体層9を有する圧電素子56の、下電極層8を形成する下電極層形成工程と、下電極層8に圧電体の前駆体である圧電体前駆体の圧電体前駆体層を積層する圧電体前駆体層積層工程と、圧電体前駆体を結晶化させて圧電体層9を形成する圧電体層形成工程と、圧電体層9に上電極層10を積層して上電極層10を形成する上電極層形成工程と、によって圧電素子56を作成し、圧電素子56の下電極層8と上電極層10との間に電圧を印加することで圧電素子56が変形を起こし、圧電素子56に密着した振動板55が変形する圧電アクチュエータ200を製造する図6及び図7を用いて説明する圧電アクチュエータの製造方法において、圧電体層形成工程で、圧電体層9を形成したときに電圧の印加により変形する領域となる圧電変形領域の圧電体前駆体層を焼成して多結晶体からなる多結晶部9aとし、圧電変形領域外の領域の少なくとも一部の圧電体前駆体層を非晶質からなる非晶質部9bとするように、圧電体前駆体の結晶化を行い、多結晶部9aと非晶質部9bとを有する該圧電体層9を形成する。
このような圧電アクチュエータの製造方法では、圧電体層9の焼成工程で体積収縮による大きな残留応力が圧電体層9の内部に発生することを抑制し、大きな残留応力によって圧電体層形成工程後の工程で圧電体層9にクラックが発生することを抑制する。この製造方法で製造された圧電アクチュエータ200の圧電体層9におけるアクチュエータとして機能させる部分は結晶化させ多結晶部9aとし、アクチュエータとして機能させない部分は非晶質のままの非晶質部9bとする。部分的に非晶質のままとすることで、圧電体層9全体を多結晶体とするものに比べて、圧電体層9中の残留応力が低減し、クラックの発生を抑制できる。また、多結晶部9aを必要な箇所に対向するように複数箇所形成し、その間が非晶質部9bとなることにより、残留応力が発生する箇所が分散し、圧電素子56全体での反りを低減することができる。これにより信頼性の高い圧電アクチュエータ200が歩留り良く生産することが出来る。
〔態様B〕
〔態様A〕において、圧電体層形成工程では、圧電体層9のアクチュエータとして機能させる部分のみが開口したメタルマスクを、焼成前の圧電体層9の表面上に重ね合わせて、圧電体前駆体層の多結晶部9aとなる部分のみを結晶化させる。このように、圧電体前駆体層を成膜後、部分的に焼成し結晶化することで、圧電体層中の残留応力が分散し、基板全体の反りを低減でき圧電膜にクラックが発生することを抑制することができる。具体的にはメタルマスクを用いたランプアニール法によって焼成を行い圧電体前駆体層を部分的に結晶化させる。これにより簡便な焼成方法で選択的に焼成が可能となり信頼性の高い圧電アクチュエータ200を低コストかつ歩留り良く生産する事が出来る。
〔態様C〕
〔態様A〕において、圧電体層形成工程では、圧電体前駆体層の全体を結晶化した後、非晶質部となる部分のみを非晶質化させてもよい。このような圧電アクチュエータの製造方法では、圧電体前駆体層を成膜後に基板を焼成し全面結晶化させた後にリソグラフィー法によってマスキングし、イオン注入法によって部分的に非晶質化する。全体を焼成し結晶化した領域をイオン注入法によって非晶質化し応力を開放させる。これによって結晶化による残留応力を次工程(本実施形態では上電極層形成工程)の前に低減させ、残留応力によって生じた基板反りも低減することができるため、圧電体層9にクラックが発生することを抑制することができる。このような製造方法では、圧電体前駆体層全体を結晶化する従来の製造方法に、非結晶化を行う簡単な工程を追加することで信頼性の高い圧電アクチュエータ200を歩留り良く生産する事が出来る。
〔態様D〕
本実施形態の圧電アクチュエータ200は、振動板55と、圧電体層9を挟む二つの電極層(8及び10)に電圧を印加されることにより変形を起こして、この変形を伝達して振動板55を変形させる圧電素子56と、を備えた圧電アクチュエータであり、〔態様A〕乃至〔態様C〕の何れか1つの態様に記載の圧電アクチュエータの製造方法によって製造されたものである。このような圧電アクチュエータ200は、圧電体層9の焼成工程で体積収縮による大きな残留応力が生じることを抑制し、圧電体層9の残留応力によって圧電膜成膜後の後工程で圧電体層9にクラックが発生することを防止することが出来るため、信頼性の高い低コストな圧電膜アクチュエータである。
〔態様E〕
本実施形態の圧電アクチュエータ200は、振動板55と、圧電体層9を挟む二つの電極層(8及び10)に電圧を印加されることにより変形を起こして、この変形を伝達して振動板55を変形させる圧電素子56と、を備えた圧電アクチュエータであり、圧電体層9は、電圧の印加により変形する領域である圧電変形領域が多結晶体からなる多結晶部9aであり、圧電変形領域外の領域が非晶質からなる非晶質部9bである。圧電体層9が部分的に多結晶部9aであることにより、結晶化している面積を小さくすることで、クラックが生じるおそれがある部分が小さくなり、クラックの発生を抑制することができる。また、上述した実施形態では、圧電アクチュエータ200の製造工程において、成膜した圧電体層9をエッチングして、略アクチュエータとして用いる部分のみを残してくる。しかし、圧電アクチュエータとしては、圧電体層のアクチュエータとして用いない部分をエッチングせずにそのまま残した構成もある。エッチングしないことにより、コストの削減を図るとともに、圧電体は絶縁体としての機能を有するため、圧電体層を絶縁層として機能させることができる。このような構成の場合、アクチュエータとして用いない部分まで多結晶体であると、経時の使用によりアクチュエータとして用いない部分にクラックが発生し、そのクラックがアクチュエータとして用いる部分まで伝播する恐れがある。このような問題に対して、本態様Eの構成を備えた圧電アクチュエータでは、アクチュエータとして用いない部分を非晶質部とすることで、経時の使用によりアクチュエータとして用いない部分にクラックが発生することを防止できる。
〔態様F〕
インク液滴21などの液滴を吐出するノズル孔20と、ノズル孔20により外部と連通し、かつ液滴となるインク液などの吐出液を収容する吐出液収容部である吐出液室14と、吐出液室14内の圧力を変化させることにより、吐出液室14内の吐出液をノズル孔20から吐出させる圧力変化手段とを有する記録ヘッド51などの液滴吐出ヘッド50において、圧力変化手段として、〔態様D〕または〔態様E〕の圧電アクチュエータ200を備える。圧電体層9にクラックが発生することを抑制できる圧電アクチュエータ200を備えているため、信頼性が高く、低コストな液滴吐出ヘッド50を実現できる。
〔態様G〕
インク液滴21を吐出するインク吐出ヘッドである記録ヘッド51と、記録ヘッド51にインク液を供給するインクタンクであるタンク部102aを一体化したインクカートリッジ102において、記録ヘッド51として〔態様F〕の液滴吐出ヘッド50を用いる。このようにインクタンク一体型の記録ヘッド51の場合、記録ヘッド51の低コスト化、信頼性向上は、ただちにインクカートリッジ102全体の低コスト化、信頼性向上につながるので、インクカートリッジ102の製造不良が減少し、低コスト化を図ることができる。
〔態様H〕
インク液滴21を吐出するインクジェットヘッドである記録ヘッド51を搭載したインクジェット記録装置であるプリンタ100において、〔態様F〕の液滴吐出ヘッド50を用い、液滴吐出ヘッド50は、信頼性が高く、低コストな液滴吐出ヘッドであるため、これを備えたプリンタ100全体としても信頼性の向上が図れ、低コスト化を図ることができる。
〔態様I〕
図10に示すように、搬送対象の液体が通過する流路33に配置された振動板55を変形させる振動板変形手段を備え、振動板55の変形によって液体を輸送するマイクロポンプ300において、振動板変形手段として、〔態様D〕または〔態様E〕の圧電アクチュエータ200を備える。これらの圧電アクチュエータ200は、圧電体層9のクラックの発生や歩留り低下を改善することが出来るため、マイクロポンプ300全体としても、小型であり、低コストのマイクロポンプが実現できる。
【符号の説明】
【0063】
1 液室基板
2 ノズル基板
3 保護基板
4 シリコン基板
5 シリコン酸化膜
6 ポリシリコン膜
7 高温酸化膜
8 下電極層
9 圧電体層
9a 多結晶部
9b 非晶質部
10 上電極層
11 層間絶縁膜
12 パッシベーション膜
13 シリコン窒化膜
14 吐出液室
15 流体抵抗部
18 共通液室
20 ノズル孔
21 インク液滴
22 圧電素子保護空間
23 補強壁
24 個別インク供給孔
30 用紙
31 流路形成基板
32 蓋基板
33 流路
50 液滴吐出ヘッド
51 記録ヘッド
55 振動板
56 圧電素子
100 プリンタ
101 キャリッジ
102 インクカートリッジ
200 圧電アクチュエータ
300 マイクロポンプ
【先行技術文献】
【特許文献】
【0064】
【特許文献1】特許第3890634号
【特許文献2】特開2009−220481号公報
【特許文献3】特開2009−274226号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下電極層と上電極層との間に圧電体層を有する圧電素子の、該下電極層を形成する下電極層形成工程と、
該下電極層に圧電体の前駆体である圧電体前駆体の圧電体前駆体層を積層する圧電体前駆体層積層工程と、
該圧電体前駆体を結晶化させて該圧電体層を形成する圧電体層形成工程と、
該圧電体層に該上電極層を積層して該上電極層を形成する上電極層形成工程と、によって上記圧電素子を作成し、
該圧電素子の該下電極層と該上電極層との間に電圧を印加することで該圧電素子が変形を起こし、該圧電素子に密着した振動板が変形する圧電アクチュエータを製造する圧電アクチュエータの製造方法において、
上記圧電体層形成工程で、上記圧電体層を形成したときに電圧の印加により変形する領域となる圧電変形領域の上記圧電体前駆体層を多結晶体からなる多結晶部とし、該圧電変形領域外の領域の少なくとも一部の該圧電体前駆体層を非晶質からなる非晶質部とするように、該圧電体前駆体の結晶化を行い、該多結晶部と該非晶質部とを有する該圧電体層を形成することを特徴とする圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項2】
請求項1の圧電アクチュエータの製造方法において、
上記圧電体層形成工程では、上記圧電体前駆体層の上記多結晶部となる部分のみを結晶化させることを特徴とする圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項3】
請求項1の圧電アクチュエータの製造方法において、
上記圧電体層形成工程では、上記圧電体前駆体層の全体を結晶化した後、上記非晶質部となる部分のみを非晶質化させることを特徴とする圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項4】
振動板と、
圧電体層を挟む二つの電極層に電圧を印加されることにより変形を起こして、この変形を伝達して該振動板を変形させる圧電素子と、を備えた圧電アクチュエータにおいて、
請求項1乃至3の何れか1項に記載の圧電アクチュエータの製造方法によって製造されたことを特徴とする圧電アクチュエータ。
【請求項5】
振動板と、
圧電体層を挟む二つの電極層に電圧を印加されることにより変形を起こして、この変形を伝達して該振動板を変形させる圧電素子と、を備えた圧電アクチュエータにおいて、
上記圧電体層は、電圧の印加により変形する領域である圧電変形領域が多結晶体からなる多結晶部であり、該圧電変形領域外の領域の少なくとも一部が非晶質からなる非晶質部であることを特徴とする圧電アクチュエータ。
【請求項6】
液滴を吐出するノズル孔と、
該ノズル孔により外部と連通し、かつ該液滴となる吐出液を収容する吐出液収容部と、
該吐出液収容部内の圧力を変化させることにより、該吐出液収容部内の該吐出液を該ノズル孔から吐出させる圧力変化手段とを有する液滴吐出ヘッドにおいて、
該圧力変化手段として、請求項4または5に記載の圧電アクチュエータを備えることを特徴とする液滴吐出ヘッド。
【請求項7】
インク液滴を吐出するインク吐出ヘッドと、該インク吐出ヘッドにインクを供給するインクタンクを一体化したインクカートリッジにおいて、
該液滴吐出ヘッドとして請求項6に記載の液滴吐出ヘッドを用いることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項8】
インク液滴を吐出するインクジェットヘッドを搭載したインクジェット記録装置において、
該インクジェットヘッドとして請求項6に記載の液滴吐出ヘッドを用いることを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項9】
搬送対象の液体が通過する流路に配置された振動板を変形させる振動板変形手段を備え、
該振動板の変形によって液体を輸送するマイクロポンプにおいて、
該振動板変形手段として、請求項4または5に記載の圧電アクチュエータを備えることを特徴とするマイクロポンプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−253087(P2012−253087A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−122635(P2011−122635)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】