説明

圧電モジュール、圧電デバイスおよび圧電モジュールの製造方法

【課題】圧電変位の低下を防き、圧電変形時の応力集中に伴うクラックが圧電薄膜に発生することを抑制できるとともに、優れた圧電性を有する圧電モジュールを提供する。
【解決手段】圧電モジュール10の構造は、延伸エリアEAにバッファ層LBを設けることで、上電極層LUと下電極層LLとの電気的絶縁を実現するだけでなく、窓空間WS1内の駆動エリアMV内にのみ圧電薄膜LPを局在させることが可能となる。これにより、圧電変位の低下を防ぐことができるとともに、圧電変形時の応力集中に伴うクラックが圧電薄膜LPに発生することを抑制できる。また、バッファ層LBの絶縁材料は、バッファ層LB上に形成された圧電薄膜LPを形成する圧電材料と同種の結晶構造を有することで、密着性を高めるとともに、圧電性の低下を抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電モジュール、圧電デバイスおよび圧電モジュールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、弾性膜を圧電薄膜により変形させる圧電モジュールが様々に提案されている。圧電モジュールとして、例えば、インクジェットプリンタ用のヘッドなどに使用される圧電アクチュエータでは、基板の一部が除去されて窓空間を構成しており、その窓空間の天井部分を覆うように弾性膜(ダイヤフラム)が設けられている。そして、ダイヤフラムの上には、下電極、島状の圧電体(圧電薄膜)、および上電極がこの順序で積層された構成になっている。
【0003】
このような構成の圧電アクチュエータにおいては、上下電極間に電圧を印加して、圧電体を弾性的に変形させる。そのときの圧電体の変形がダイヤフラムに伝達されてダイヤフラムが変形されることにより、所要の力学的作用を生じる。上下電極のそれぞれは駆動回路に電気的に接続されるが、その配線の間で電気的にショート状態とならないようにする必要がある。
【0004】
そこで、例えば、特許文献1が開示する構成では、上電極の引き出し部分においては上電極だけでなく圧電体もまた延伸させることによって、圧電体の延伸部を上下電極の絶縁のために使用するという構成がとられている。特許文献2が開示する構成では、基板表面のうち圧電体が設けられていない領域に絶縁層を形成するとともに、その絶縁層の一部によって圧電体の側面を覆う絶縁性斜面を形成し、その絶縁性斜面に沿って設けた配線層を上電極と接続している。また、特許文献3が開示する構成では、下電極を圧電体より小さく形成するとともに、上電極は圧電体の段差を乗り越えて基板表面から圧電体上部まで形成しており、特許文献4では、下電極を覆う形で絶縁層が設けられることによって、上下電極間のショートの発生を抑制する構成がとられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−116684号公報
【特許文献2】特開2008−227144号公報
【特許文献3】特開2007−006620号公報
【特許文献4】特開2008−87471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のような構成では、上記の窓空間上の可動領域だけでなく、可動領域を囲む周辺領域にまで圧電体が延伸しているが、周辺領域では基板が除去されていないために基板から圧電体への拘束力が作用する。その結果、圧電体における圧電変位量が低下する要因となっていた。また、可動領域と周辺領域との境界部分に圧電体の応力が集中するため、圧電体のうちその境界部分上にある部分にクラックなどの損傷が生じるという問題もある。
【0007】
一方、下電極が圧電体より大きく形成されている特許文献2のような構成では、上電極と下電極との絶縁をとる必要があるが、完全に絶縁を確保する構造とは言い難い。また、特許文献3では、上電極よりも圧電体が小さく形成されているため上電極と下電極との絶縁については問題ないが、この構成を実現するためには下電極をパターニングした後に圧電体を形成する必要がある。ところがこの方法では、圧電体の中心部はパターニングされた下電極の上に形成される一方、圧電体の外周部は基板上に直接に形成されることになる。一般に、加熱状態で圧電体を形成した場合、形成された圧電体の特性は、その圧電体の形成温度の影響を受けやすいという性質がある。特許文献3の発明のように、下電極と基板表面との双方にまたがるように圧電体を形成するときには、圧電体形成時の温度分布も特に不均一になりがちであり、面内均一性の良い圧電体を形成することが困難となる。
【0008】
このため、特許文献4のように、基板表面を広く覆うように絶縁膜を設けて、下電極はその絶縁膜の下に配置し、圧電体や上電極の延伸部はその絶縁膜の上に配置して電気的な絶縁をとることによって、圧電体の形成温度の均一性を向上させるという試みがなされている。しかしながら、たとえばシリコン酸化膜のような通常の絶縁膜上には、結晶配向性や圧電特性に優れた圧電薄膜を形成することができないのが実情である。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、圧電変位の低下を防ぎ、圧電変形時の応力集中に伴うクラックが圧電薄膜に発生することを抑制できるとともに、優れた圧電性を有する圧電モジュール、圧電デバイスおよび圧電モジュールの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1の発明は、ダイヤフラム上に配置した圧電体を用いて電圧と力学的変形との間の変換を行う圧電変換モジュールであって、支持層上にダイヤフラム層が形成され、前記支持層には窓空間が設けられるとともに、前記窓空間が存在することによって、平面的な広がり範囲として、前記窓空間に相当する第1領域と、前記窓空間を平面的に囲む第2領域とが規定された複合基板と、前記ダイヤフラム層上に形成され、前記第1および第2領域の双方にわたって広がる下電極層と、前記第1領域内に規定された駆動エリアと、前記駆動エリアから前記第2領域上に伸びる延伸エリアとの双方を覆うように、前記下電極層上に形成された絶縁性のバッファ層と、前記駆動エリアにおいて、前記バッファ層上に形成された圧電薄膜と、前記圧電薄膜上の前記駆動エリアから、前記バッファ層上の前記延伸エリアにかけて形成された上電極層と、を備え、前記圧電薄膜を形成する圧電材料と同種の結晶構造を有する絶縁材料によって、前記バッファ層が形成されていることを特徴とする。
【0011】
また、請求項2の発明は、請求項1に記載の圧電モジュールであって、前記圧電材料と前記絶縁材料とは、ともにペロブスカイト構造を有することを特徴とする。
【0012】
また、請求項3の発明は、請求項2に記載の圧電モジュールであって、前記圧電材料は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)系を主成分とすることを特徴とする。
【0013】
また、請求項4の発明は、請求項2に記載の圧電モジュールであって、前記絶縁材料は、BTO(チタン酸バリウム)、STO(チタン酸ストロンチウム)、PLT(チタン酸ランタン鉛)、PT(チタン酸鉛)、BST(チタン酸バリウムストロンチウム)、およびSRO(ルテニウム酸ストロンチウム)からなる群のうちから選択されたいずれかを主成分としていることを特徴とする。
【0014】
また、請求項5の発明は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の圧電モジュールを備え、前記圧電モジュールによって電気信号と力学的変位との間の変換を行うことを特徴とする。
【0015】
また、請求項6の発明は、請求項5の圧電デバイスであって、前記圧電モジュールをインクの吐出駆動機構として備えることにより、インクジェットヘッドとして構成されていることを特徴とする。
【0016】
また、請求項7の発明は、ダイヤフラム上に配置した圧電薄膜への電圧印加により前記ダイヤフラムの面形状を変形させる圧電モジュールの製造方法であって、(a)支持層上にダイヤフラム層が形成され、平面的な広がり範囲として、第1領域と、前記第1領域を平面的に囲む第2領域とが規定された複合基板材を準備する工程と、(b)前記ダイヤフラム層上に、前記第1および第2領域の双方にわたって広がる下電極層を形成する工程と、(c)前記第1領域内に規定された駆動エリアと、前記駆動エリアから前記第2領域上に伸びる延伸エリアとの双方を覆うように、前記下電極層上に形成されたペロブスカイト構造をもつ絶縁性のバッファ層を形成する工程と、(d)前記駆動エリアにおいて、前記バッファ層上にペロブスカイト構造をもつ圧電材料からなる圧電薄膜を形成する工程と、(e)前記圧電薄膜上の前記駆動エリアから、前記バッファ層上の前記延伸エリアにかけて上電極層を形成する工程と、(f)前記複合材の前記支持層のうち、前記第1領域を選択的に除去して窓空間を形成し、前記窓空間内に前記ダイヤフラムを露出させる工程と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
請求項1ないし請求項7に記載の発明によれば、延伸エリアにおける上下電極層の電気的絶縁はバッファ層が担うため、窓空間内の駆動エリア内に圧電薄膜を局在させることが可能となっている。これにより、圧電変位の低下を防ぐことができるとともに、圧電変形時の応力集中に伴うクラックが圧電薄膜に発生することを抑制できる。
【0018】
また、バッファ層を構成する絶縁材料は、圧電薄膜を構成する圧電材料と結晶構造とが同種であるために、バッファ層上に圧電薄膜を形成するにあたって圧電薄膜の結晶性を高くすることが可能となり、バッファ層を設けることによる圧電性の低下を抑制でき、またバッファ層と圧電薄膜との密着性も高く保つことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態で製造されるインクジェットヘッドの外観を示した図である。
【図2】本発明の実施形態で製造される圧電モジュールの構成を示した図である。
【図3】本発明の実施形態で製造される圧電モジュールの要部構成を示した一断面図である。
【図4】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図5】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図6】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図7】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図8】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図9】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図10】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図11】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図12】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図13】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図14】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図15】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図16】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図17】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【図18】本発明の実施形態における一工程を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<1.圧電デバイスおよび圧電モジュールの概要>
本発明の実施の形態は、インクジェットヘッドに内蔵されてインクの吐出駆動機構として使用される圧電モジュールとして構成される。
【0021】
この明細書では、圧電素子を含んで構成されて一体化された機能構造体を「圧電モジュール」と呼び、圧電モジュールとは独立した他の部品と圧電モジュールとを組み合わせて完成する装置を「圧電デバイス」と呼んでいる。
【0022】
<1−1.基本構成>
図1は、本発明の実施の形態に係る圧電モジュール10を適用したインクジェットヘッド100を示す斜視図である。また、図2は、インクジェットヘッド100のうち圧電モジュール10の付近を示した図であって、そのうちの図2(a)は上面図であり、図2(b)は、図2(a)のI−I線で切断した断面図である。
【0023】
図1において、インクジェットヘッド100は、インクジェットプリンタ(図示略)に搭載されるものであり、略矩形のハウジングHSの内に、後述するプロセスで製造された1または複数の圧電モジュール(圧電変換モジュール)10のほか、ドライバ回路やインターフェイス回路などの回路部品および、インクの主タンクなどの機構部品を内蔵して構成される。インクジェットプリンタ本体からのプリント制御信号に応答して、インクの吐出駆動機構としての圧電モジュール10が、所定の記録媒体上にインクを吐出しつつ走査を行うことにより、記録媒体上に印字あるいは画像記録を行う。圧電モジュール10は、ダイヤフラム上に配置した圧電体への印加電圧と圧電体(およびダイヤフラム)の力学的変形との間の変換を行うことによってインクの吐出を行う。
【0024】
図2(b)に示すように、圧電モジュール10は、大別すると、ノズルプレートL1とガラス基板L2とボディプレートL3とを備えており、この順で底部から積層されている。
【0025】
ノズルプレートL1は、厚さ100〜300μm程度で平板状のSi(シリコン)基板から形成されている。Si基板を面直方向に貫通する透孔によって、インク滴を吐出するノズル開口11が複数並んで形成される(ただし、図2(b)では1つのみ示す)。ノズル開口11は、直径20μm程度の吐出先端口11aとその上に連結する直径50μm程度の吐出導入口11bとの2段孔となっている。
【0026】
ノズルプレートL1上に設けられたガラス基板L2にも面直方向に貫通する連通孔が形成され、それがノズル開口11の導入口11bの上部と連通する。後述する支持層LS(23)の下面の選択的除去によって、ガラス基板L2上には、インクをノズルの吐出導入口11bに送る個別流路12が形成されている。
【0027】
ボディプレートL3は、ダイヤフラム層LD(21)が支持層LS(23)によって支持される構成となっている。3層構造のSOI(Silicon on Insulator)基板を構成する3層すなわち、下から、支持層LS(Si)、ボックス層LX(SiO2)および活性層LD(Si)の3層のうち、支持層LSとボックス層LXとが選択的に除去されることによって、支持層LSおよびボックス層LXには窓空間WS1,WS2が形成される。窓空間WS1が存在することによって、平面的な広がり範囲として、窓空間WS1に相当する第1領域A1と、窓空間WS1を平面的に囲む第2領域A2とが概念的に規定される。
【0028】
また、活性層LDのうち主として窓空間WS1上の部分は下方からの支持を失うことにより、比較的容易に変形可能となり、ダイヤフラム層LDとして機能する。
【0029】
圧電薄膜モジュール10のうち圧電変換駆動部は、
(1) 当該ダイヤフラム層LD上に形成され、第1および第2領域A1,A2の双方にわたって広がる下電極層LL(52)と、
(2) 第1領域A1内に規定された駆動エリアMVと、駆動エリアMVから第2領域A2上に伸びる延伸エリアEAとの双方を覆うように、下電極層LL上に形成された絶縁性のバッファ層LB(53a)と、
(3) 第1領域A1内に規定された駆動エリアMVにおいて、バッファ層LB上に形成された圧電薄膜LP(54a)と、
(4) 圧電薄膜LP上の駆動エリアMVから、バッファ層LB上の延伸エリアEAのエリア内に形成された上電極層LU(57a)と、
を備える。
【0030】
ここで、窓空間WS1は圧力発生室14として機能し、窓空間WS2は共通インク室13として機能する。圧力発生室14と共通インク室13とは、個別流路12を介して連通している。
【0031】
なお、上電極層LU上部には電気配線接続部が設けられており、配線を通じて回路基板と電気的に接続される。
【0032】
このような構造を持つ圧電モジュール10においては、バッファ層LBによって上電極層LUと下電極層LLとが絶縁分離される。また、圧電薄膜LPは窓空間WS1に相当する第1領域A1内だけに存在しており、第2領域A2には延伸していない。このため、第1領域と第2領域との境界部分での応力が圧電薄膜LPに加わることはない。
【0033】
さらに、この発明の特徴に対応して、バッファ層LBは圧電薄膜LPを形成する圧電材料と同種の結晶構造を有する絶縁材料によって、形成されている。具体的には、結晶構造としてペロブスカイト構造を有するPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)によって圧電薄膜LPが形成されており、結晶構造として同じくペロブスカイト構造を有するPLT(チタン酸ランタン鉛)によってバッファ層LBが形成されている。同種の結晶構造を有することにより、バッファ層LB上に形成される圧電薄膜LPの結晶性は良好となり、圧電特性も向上する。この点については後の製造方法の説明中でも触れる。
【0034】
<1−2.基本動作>
インクジェットプリンタ本体からのプリント制御信号に応じて下電極層LLと上電極層LUとの間に電圧が印加され、それによって圧電薄膜LPは面内方向に縮むように変形する。その変形力によってダイヤフラム層LDは下に凸となるように変形し、圧力発生室14の容積を減少させる。これによって、圧力発生室14内に供給されているインクがインク滴としてノズル開口11から吐出する。下電極層LLと上電極層LUとの間に印加する電圧の極性を反転させることにより、圧電薄膜LPおよびダイヤフラム層LDは上に凸となるように変形し、圧力発生室14の容積を増加させてインク滴の吐出を止めるとともに、インクの補充分を圧力発生室14に導入する。
【0035】
記録媒体とインクジェットヘッドとを相対的に走査させるとともに、プリント制御信号をオン/オフさせながらこのような動作を繰り返すことにより、記録媒体上に画像や文字がプリントされてゆく。
【0036】
<2.圧電モジュールの製造方法>
本発明による圧電モジュールの製造方法を説明するにあたって、作製される圧電モジュール10は、上述の通り、ダイヤフラム上に配置した圧電薄膜LPへの電圧印加によりダイヤフラムの面形状を変形させる機能をもち、インクジェット用の薄膜アクチュエータヘッドとして用いられる場合を想定している。
【0037】
図3は、図2(a)のII−II線で切断した圧電モジュール10の断面図であり、本発明の実施形態による圧電モジュールの製造方法により作製されたものである。図4〜図18は、図2(a)のII−II線で切断した、本発明による圧電モジュールの製造方法の実施形態の各ステップを示す断面図である。
【0038】
以下、図4〜図18を参照して、図3の圧電モジュール10の製造方法について説明する。
【0039】
<2−1.複合基板材の準備>
まず、半導体を含む複合基板材として図4に示すようにSOI基板1を準備する。このSOI基板1は、熱酸化膜20a,20bが両主面MS1、MS2上に形成されており、それらの熱酸化膜20a,20bの間が、上から、厚さ5um程度の活性層21(ダイヤフラム層LD)、厚さ0.2um程度のボックス層22(LX)、厚さ100〜600μm程度の支持層23(LS)の順で構成されている。
【0040】
図2に示すように、このSOI基板1は、平面的な広がり範囲として、窓空間WS1の広がりに相当する第1領域A1と、当該第1領域A1を平面的に囲む第2領域A2とを包含している。
【0041】
<2−2.第1主面側の製造プロセス>
次に、SOI基板1の両主面のうち圧電薄膜LPを形成する第1主面(図4では上面)MS1における製造プロセスについて図5〜図14を参照して順を追って説明する。
【0042】
(第1工程)ダイヤフラム層LD上の全面にわたって(したがって、第1領域A1および第2領域A2の双方にわたって)一様に広がる下電極層LLを形成する。
【0043】
まず、図5で示されるように、第1主面MS1側の熱酸化膜20aの表面にTi(チタン)を厚さ20nmとなるようにスパッタ法で一様に形成し、その後、酸素雰囲気中で酸化しTiOx(酸化チタン)とする。続いて、Pt(白金)を厚さ100nmとなるようにスパッタ法で一様に形成する。TiOxは密着層51、Ptが下電極層52(下電極層LL)として機能させることを目的にこの順番でSOI基板1の第1主面MS1側の熱酸化膜20aの表面上に成膜する。
【0044】
(第2工程)図6で示されるように、下電極層LL上の全体にわたってペロブスカイト構造をもつ絶縁性のバッファ層LBを一様に形成する。したがって、バッファ層LBは、第1領域A1内に規定された駆動エリアMV(図2)と、当該駆動エリアMVから第2領域A2上に伸びる延伸エリアEA(同じく図2)との双方を覆うことになる。
【0045】
具体的には、バッファ層53は、安定的で良質のペロブスカイト構造を持つ薄膜を形成しやすいことで知られているPLT(チタン酸ランタン鉛)を用いて、膜厚100nmとなるようにスパッタ法で一様に形成する。成膜方法は、スパッタ法の他、有機金属熱分解法(MOD法)や化学気相成長法(CVD法)を使ってもよい。
【0046】
(第3工程)図2の駆動エリアMVにおいて、バッファ層LB上にペロブスカイト構造をもつ圧電材料からなる圧電薄膜LPを形成する。
【0047】
まず、図7で示されるように、バッファ層53の上に、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)を膜厚5μmとなるようにスパッタ法で600℃の温度により一様に成膜する。PZTは良質のペロブスカイト構造を、組成や結晶配向性などを安定的に再現性良く成膜することが困難であるが、PLTなどのペロブスカイト構造を持つ絶縁性酸化物からなるバッファ層53をあらかじめ形成しておき、そのバッファ層53上に形成することで、特性の優れたPZT薄膜54を再現良く安定的に形成することができるとともに、リーク電流を抑制して高い帯圧性を確保し、アクチュエータとしての機能を高くすることが可能となる。
【0048】
続いて、図7のPZT薄膜層54の上から、レジストを一様に塗布し、それを選択的に露光して現像することにより、図8で示されるように、PZT薄膜層54をパターニングするための直径200μmのレジストパターン55を形成する。
【0049】
その後、図9で示されるように、レジストパターン55をマスクにして、PZTを塩素系またはフッ素系ガスを使ったICPドライエッチングで、直径200μmのPZTパターン、すなわち、PZT薄膜層54aを形成する。エッチングは、フッ硝酸系溶液などを使ったウェットエッチングでもよい。すなわち、このエッチングによって、PZT薄膜層54のうち駆動エリアMVの外側の部分を取り去ることで、圧電薄膜LPを形成する。これにより、圧電薄膜LPによる横方向の拘束を開放することができ、ダイヤフラム層LDの圧電変位の低下を防ぎ、圧電変位を拡大でき、また、クラック発生の問題も回避することができる。
【0050】
その後、図9の圧電薄膜LPおよびバッファ層53の上から、レジストを一様に塗布し、それを選択的に露光して現像することにより、図10で示されるように、バッファ層53をパターニングするための駆動エリアMVを覆う直径210μmのレジストパターン55aおよび延伸エリアEA(電極引出部)を覆う60μm幅のレジストパターン55bを形成する。
【0051】
そして、図11で示されるように、レジストパターン55aおよびレジストパターン55bをマスクにして、バッファ層53であるPLTを塩素系またはフッ素系ガスを使ったICPドライエッチングで、選択的にエッチングして、PLTパターン、すなわち、バッファ層53a(バッファ層LB)をパターニングする。これにより、バッファ層LBは、第1領域A1の内部に存在する部分と、第2領域のうち延伸エリアEAに属する部分とを残して、他の部分は除去されることになる。エッチングは、フッ硝酸系溶液などを使ったウェットエッチングでもよい。
【0052】
なお、形成されたバッファ層LBは、後述する上電極層LUより一回り大きく形成され、これにより下電極層LLと上電極層LUとの絶縁性が確保される構成となる。
【0053】
(第4工程)圧電薄膜LP上の駆動エリアMVから、バッファ層LB上の延伸エリアEAにかけて上電極層LUを形成する。
【0054】
まず、図12で示されるように、図11のレジストパターン55a,55bを取り除き、それによって露出した構造上の全面に、Tiを厚さ20nmとなるようにスパッタ法にて形成し、続けてAu(金)を厚さ300nmとなるようにスパッタ法にてそれぞれ一様に形成する。ここでTiは密着層56、Auは上電極層57として機能させることを目的にこの順番で表面を成膜している。
【0055】
続いて、図12で形成された構成の全面に、レジストを一様に塗布し、それを選択的に露光して現像することにより、図13で示されるように、上電極層57をパターニングするために、駆動エリアMV内に直径180μmのレジストパターン58aおよび延伸エリアEA(電極引出部)内に50μm幅のレジストパターン58bを形成する。
【0056】
そして、図14で示されるように、レジストパターン58a,58bをマスクにして、選択的にAu層およびTi層のエッチングを行い、密着層56aおよび上電極層57a(上電極層LU)を形成する。エッチングは、溶液を使ったウェットエッチングでも、塩素系ガスなどを用いたドライエッチングでもよい。
【0057】
以上により、SOI基板1のうち圧電薄膜LPを形成する第1主面MS1側の製造プロセスが終了する。
【0058】
<2−3.第2主面側の製造プロセス>
続いて、SOI基板1の両主面のうち圧電薄膜LPが形成される第1主面MS1とは反対側の第2主面MS2側における製造プロセスについて図15〜図18を参照して順を追って説明する。
【0059】
(第5工程)上述した複合材の支持層LSのうち、第1領域A1を選択的に除去して窓空間WS1を形成し、窓空間WS1内にダイヤフラム層LDを露出させる。
【0060】
まず、図15で示されるように、SOI基板1の第2主面MS2にSiO2(二酸化ケイ素)層60を厚さ2μmとなるようにTEOS(Tetraethoxysilane:Si(OC2H5)4)-CVD法で一様に形成する。
【0061】
次に、SiO2層60上から、レジストを一様に塗布し、それを選択的に露光して現像することにより、図16で示されるように、レジストパターン61を得る。このレジストパターン61で保護されていないエリアが窓空間WS1の加工エリアとなる。なお、窓空間WS1の加工エリアとしては、直径220μm程度が適当である。
【0062】
続いて、レジストパターン61をマスクパターンとして、図16で示されるレジストパターン61で保護されていないエリア(窓空間WS1が形成されるエリア)のSiO2層60および熱酸化膜20bをRIE(Reactive Ion Etching)装置でCHF3ガスにて選択的にドライエッチングし、図17で示されるように、SiO2層60aおよび熱酸化膜20b’のパターンを形成する。
【0063】
そして、上記で形成したSiO2層60aのパターンをマスクにSOI基板1をICP(Inductively Coupled Plasma)装置のボッシュプロセスで第2主面MS2に垂直な方向に選択的に深堀加工し、図18で示されるように、窓空間WS1(圧力発生室14)を作製する。
【0064】
さらに、第1主面MS1側の構造をレジストで保護した状態で、WS1内の露出したボックス層LXのSiO2、第2主面MS2上の表面のSiO2層60aおよび熱酸化膜20b’を希弗酸でウェットエッチングをして取り去る。
【0065】
その後、第2主面MS2側に図2のガラス基板L2と2段穴11を形成したノズルプレートL1とを組み付けて圧電モジュールとする(図3参照)。
【0066】
以上までの第1工程〜第5工程を含む製造プロセスによって、図3に示されるような圧電モジュール10を製造することができる。
【0067】
また、インクジェットヘッド100を製造する場合は、圧電モジュール10をインクの主タンクや制御回路基板など他の部品群とともに図1のようなハウジングHSに組み込んで、電気的な配線と、構造的なパッケージングとを行うことにより、インクジェットヘッド100を製造することになる。
【0068】
<3.本実施形態による圧電モジュールの性能検証>
上述の本実施形態による圧電モジュール10の性能検証を行うため、延伸エリアEAにバッファ層LBを設けずに圧電薄膜LPを形成した比較例と、本実施形態に従って製造した圧電モジュール10とを比較しながら評価した。
【0069】
その結果、比較例では、駆動時に駆動エリアMVと延伸エリアEAとの境界部分の圧電薄膜LPにクラックが発生し、ダイヤフラム層LDの圧電変位も本実施形態の場合と比べて低い結果が得られた。これに対し、本実施形態による圧電モジュール10を適用した場合は、上述のクラックは発生せず、かつ、圧電変位においては比較例と比べて2割向上する成果が得られた。
【0070】
以上の性能検証からわかるように、実施形態による圧電モジュール10は比較例と比較して下記の点で優れている。
【0071】
まず、上述の製造された圧電モジュール10の構造では、延伸エリアEAにおける上電極層LUと下電極層LLとの電気的絶縁をバッファ層LBにより実現することができるため、窓空間WS1内の駆動エリアMV内に圧電薄膜LPを局在させることが可能(すなわち圧電薄膜を、窓空間WS1を超えて延長形成することが不要)となり、圧電変位の低下を防ぐことができるとともに、圧電変形時の応力集中に伴うクラックが圧電薄膜LPに発生することを抑制できる。
【0072】
また、バッファ層LBを構成する絶縁材料は、圧電薄膜LPを構成する圧電材料と結晶構造が同種であるために、バッファ層LB上に圧電薄膜LPを形成するにあたって圧電薄膜LPの結晶性を高くすることが可能となり、バッファ層LBを設けることによる圧電性の低下を抑制でき、またバッファ層LBと圧電薄膜LPとの密着性も高く保つことができる。
【0073】
<4.変形例>
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【0074】
※ 本実施形態では、バッファ層LBを形成する絶縁材料としてPLT(チタン酸ランタン鉛)を用いたが、これに限られず、たとえば、BTO(チタン酸バリウム)、STO(チタン酸ストロンチウム)、PT(チタン酸鉛)、BST(チタン酸バリウムストロンチウム)、および、SRO(ルテニウム酸ストロンチウム)からなる群のうちから選択されたいずれかを主成分としてもよい。
【0075】
※ 本実施形態では、圧電薄膜LPを形成する圧電材料として、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)を用いたが、PZTに添加物を加えても良く、PZT系を主成分とする種々の材料も利用できる。
【0076】
※ この発明では、バッファ層が電気的な絶縁性を有しかつバッファ層と圧電薄膜とのそれぞれの結晶構造が同種(すなわち原子の配列規則が同一)であればよく、結晶構造はペロブスカイト構造に限られない。
【符号の説明】
【0077】
10 圧電モジュール
100 圧電デバイス(インクジェットヘッド)
A1 第1エリア
A2 第2エリア
MV 駆動エリア
EA 延伸エリア
LS 支持層
LX ボックス層
LD ダイヤフラム層(活性層)
LL 下電極層
LB バッファ層
LP 圧電薄膜
LU 上電極層
MS1 第1主面(一方主面)
MS2 第2主面(他方主面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤフラム上に配置した圧電体を用いて電圧と力学的変形との間の変換を行う圧電変換モジュールであって、
支持層上にダイヤフラム層が形成され、前記支持層には窓空間が設けられるとともに、前記窓空間が存在することによって、平面的な広がり範囲として、前記窓空間に相当する第1領域と、前記窓空間を平面的に囲む第2領域とが規定された複合基板と、
前記ダイヤフラム層上に形成され、前記第1および第2領域の双方にわたって広がる下電極層と、
前記第1領域内に規定された駆動エリアと、前記駆動エリアから前記第2領域上に伸びる延伸エリアとの双方を覆うように、前記下電極層上に形成された絶縁性のバッファ層と、
前記駆動エリアにおいて、前記バッファ層上に形成された圧電薄膜と、
前記圧電薄膜上の前記駆動エリアから、前記バッファ層上の前記延伸エリアにかけて形成された上電極層と、
を備え、
前記圧電薄膜を形成する圧電材料と同種の結晶構造を有する絶縁材料によって、前記バッファ層が形成されていることを特徴とする圧電モジュール。
【請求項2】
請求項1に記載の圧電モジュールであって、
前記圧電材料と前記絶縁材料とは、ともにペロブスカイト構造を有することを特徴とする圧電モジュール。
【請求項3】
請求項2に記載の圧電モジュールであって、
前記圧電材料は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)系を主成分とすることを特徴とする圧電モジュール。
【請求項4】
請求項2に記載の圧電モジュールであって、
前記絶縁材料は、BTO(チタン酸バリウム)、STO(チタン酸ストロンチウム)、PLT(チタン酸ランタン鉛)、PT(チタン酸鉛)、BST(チタン酸バリウムストロンチウム)、およびSRO(ルテニウム酸ストロンチウム)からなる群のうちから選択されたいずれかを主成分としていることを特徴とする圧電モジュール。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の圧電モジュールを備え、前記圧電モジュールによって電気信号と力学的変位との間の変換を行うことを特徴とする圧電デバイス。
【請求項6】
請求項5の圧電デバイスであって、前記圧電モジュールをインクの吐出駆動機構として備えることにより、インクジェットヘッドとして構成されていることを特徴とする圧電デバイス。
【請求項7】
ダイヤフラム上に配置した圧電薄膜への電圧印加により前記ダイヤフラムの面形状を変形させる圧電モジュールの製造方法であって、
(a) 支持層上にダイヤフラム層が形成され、平面的な広がり範囲として、第1領域と、前記第1領域を平面的に囲む第2領域とが規定された複合基板材を準備する工程と、
(b) 前記ダイヤフラム層上に、前記第1および第2領域の双方にわたって広がる下電極層を形成する工程と、
(c) 前記第1領域内に規定された駆動エリアと、前記駆動エリアから前記第2領域上に伸びる延伸エリアとの双方を覆うように、前記下電極層上に形成されたペロブスカイト構造をもつ絶縁性のバッファ層を形成する工程と、
(d) 前記駆動エリアにおいて、前記バッファ層上にペロブスカイト構造をもつ圧電材料からなる圧電薄膜を形成する工程と、
(e) 前記圧電薄膜上の前記駆動エリアから、前記バッファ層上の前記延伸エリアにかけて上電極層を形成する工程と、
(f) 前記複合材の前記支持層のうち、前記第1領域を選択的に除去して窓空間を形成し、前記窓空間内に前記ダイヤフラムを露出させる工程と、
を備えることを特徴とする圧電モジュールの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate


【公開番号】特開2012−119347(P2012−119347A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264741(P2010−264741)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】