圧電素子の製造方法、液体噴射ヘッドの製造方法、及び、液体噴射装置の製造方法
【課題】少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を有する圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させる。
【解決手段】(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する電極(20)を形成する工程(S1)と、電極(20)の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液31を塗布する工程(S2)と、該塗布した前駆体溶液31を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成する工程(S3)とを備える。
【解決手段】(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する電極(20)を形成する工程(S1)と、電極(20)の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液31を塗布する工程(S2)と、該塗布した前駆体溶液31を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成する工程(S3)とを備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子の製造方法、液体噴射ヘッドの製造方法、及び、液体噴射装置の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットプリンター等の液体噴射装置には、圧電素子を備えた液体噴射ヘッドが使用されている。圧電素子は、例えば、圧力発生室の壁面の一部を構成する振動板の表面に設けられるPt(白金)等の下電極と、この下電極上に設けられる圧電薄膜と、この圧電薄膜上に設けられる上電極とが含まれる。スピンコート法等の液相法で圧電薄膜を形成する場合、圧電薄膜は、前駆体溶液を下電極上に塗布し、塗布膜を結晶化することにより、形成される。スピンコート法に代表される液相法は、大気下での圧電薄膜形成が可能であり、圧電薄膜の大面積化も可能である。
【0003】
また、圧電薄膜に使用されるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛、Pb(Zrx,Ti1-x)O3)は鉛(Pb)が含まれているため、環境負荷の観点から鉛を含まない非鉛系圧電材料の研究開発が行われている。特許文献1では、パルス・レーザー・デポジション(PLD)等の気相蒸着法で(Ba,Bi)(Ti,Fe,Mn)O3膜の非鉛系圧電材料を作製することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−242229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
気相蒸着法は、一般的に高真空を必要とするため、装置が大型化及び高コスト化することが避けられない。それに加え、圧電薄膜の面内均一性の確保が難しく、大面積化も難しい。
【0006】
しかし、液相法でBi(ビスマス)、Ba(バリウム)、Fe(鉄)及びTi(チタン)を含む非鉛系圧電薄膜を形成して圧電素子を作製したところ、PZTとは異なり、圧電薄膜にクラックが発生する場合があることが分かった。また、湿度のある空気中に保管したときに圧電薄膜の絶縁破壊電圧が低下する場合があることも分かった。なお、このような問題は、液体噴射ヘッドに限らず、圧電アクチュエーターやセンサー等の圧電素子においても同様に存在する。
【0007】
以上を鑑み、本発明の目的の一つは、液相法で少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的の一つを達成するため、本発明は、圧電体層及び電極を有する圧電素子の製造方法であって、
(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する前記電極を形成する工程と、
前記電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布する工程と、
該塗布した前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む前記圧電体層を形成する工程とを備えた態様を有する。
また、本発明は、上記圧電素子の製造方法を含む液体噴射ヘッドの製造方法の態様を有する。
【0009】
さらに、本発明は、上記液体噴射ヘッドの製造方法を含む液体噴射装置の製造方法の態様を有する。
【0010】
ニッケル酸ランタンの無い電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布して結晶化させると、(110)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層が形成される。本発明の製造方法は、(100)に優先配向したニッケル酸ランタンが少なくとも電極表面にある。このため、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布して結晶化すると、(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層を形成することができると考えられる。本製造方法により形成される圧電素子は、圧電体層のクラック発生が抑制され、耐湿性が向上することが分かった。
【0011】
ここで、上記電極は、(100)に優先配向したニッケル酸ランタンが少なくとも表面にあればよく、白金、金、イリジウム、酸化チタン、等が含まれていてもよいし、不純物が含まれていてもよい。
上記前駆体溶液は、ゾル等の状態が含まれる。前駆体溶液は、Mn(マンガン)等、Bi、Ba、Fe及びTi以外の金属が含まれてもよいし、不純物が含まれていてもよい。前駆体溶液に含まれる金属は、当然ながら、イオンの状態が含まれる。上記圧電体層も、Mn等、Bi、Ba、Fe及びTi以外の金属が含まれてもよいし、不純物が含まれていてもよい。
【0012】
ところで、上記圧電体層を形成する工程は、前記電極の表面の塗布膜を前記ペロブスカイト型酸化物の結晶化温度未満で加熱する第1加熱工程と、該第1加熱工程の後に前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱する第2加熱工程とが含まれてもよい。これらの加熱工程により、本態様は、圧電体層を良好に形成することができる。
【0013】
上記結晶化温度は、400〜450℃でもよい。上記第2加熱工程では、前記電極の表面の塗布膜を450℃以上で加熱してもよいし、赤外線ランプアニール装置により前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱してもよい。これらの態様も、圧電体層を良好に形成することができる。
上記前駆体溶液にMnが含まれていると、圧電体層の絶縁性を高く(リーク特性を改善)する効果が期待される。
X線回折広角法による前記圧電体層のX線回折チャートから求められる(100)配向面からの反射強度をA(100)、前記X線回折チャートから求められる(110)配向面からの反射強度をA(110)、A(100)/(A(100)+A(110))をP*(100)、結晶が無配向であるときの(100)配向面からの反射強度をA0(100)、結晶が無配向であるときの(110)配向面からの反射強度をA0(110)、A0(100)/(A0(100)+A0(110))をP*0(100)、(P*(100)−P*0(100))/(1−P*0(100))をファクターF*(100)、とするとき、前記圧電体層のファクターF*(100)が0.89以上であると、圧電体層のクラック発生が抑制された好ましい圧電素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)は製造方法の例を説明するための液体噴射ヘッド1の断面図、(b)は圧電素子3の製造工程を例示する流れ図。
【図2】記録ヘッド1の構成の概略を例示する便宜上の分解斜視図。
【図3】(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を例示するための断面図。
【図4】(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を例示するための断面図。
【図5】記録装置200の構成の概略を例示する図。
【図6】(a)は試験例1において溶液2のTG−DTA測定結果を示す図、(b)は試験例1においてTG−DTA測定結果より調べた結晶化温度を示す図。
【図7】(a)は試験例2においてXRDによるX線回折チャートを示す図、(b)はファクターF*(100),F*(110)の計算結果を示す図。
【図8】基板上に薄膜1を形成したサンプルの破断面をSEMで撮影した写真。
【図9】基板上に比較薄膜1を形成したサンプルの破断面をSEMで撮影した写真。
【図10】基板上に薄膜2を形成したサンプルの表面を示す暗視野画像。
【図11】基板上に比較薄膜2を形成したサンプルの表面を示す暗視野画像。
【図12】(a),(b)は素子2及び比較素子2の電流密度(対数)−電圧の関係を示すグラフ。
【図13】(a),(b)は素子サンプルのヒステリシス特性を示すグラフ。
【図14】素子3のヒステリシス特性を示すグラフ。
【図15】(a),(b)は比較素子サンプルのヒステリシス特性を示すグラフ。
【図16】素子2の電界誘起歪−電圧の関係を示すグラフ。
【図17】薄膜4〜10の焼成温度、ファクターF*(100)、及び、外観の様子を示す図。
【図18】(a),(b)は圧電薄膜のLa分布をSIMS(二次イオン質量分析装置)で分析した結果を示す図。
【図19】(a),(b)は圧電薄膜のLa分布をSIMSで分析した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を説明する。むろん、以下に説明する実施形態は、本発明を例示するものに過ぎない。
【0016】
(1)圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の製造方法の概要:
まず、図1を参照して、本製造方法の例を説明する。図1(a)に例示する記録ヘッド(液体噴射ヘッド)1は、圧電体層30及び電極(20,40)を有する圧電素子3と、ノズル開口71に連通し圧電素子3により圧力変化が生じる圧力発生室12とを備えている。従って、液体噴射ヘッドの製造方法は、圧電素子を形成する工程と、圧力発生室を形成する工程と、を備えることになる。圧力発生室12は、流路形成基板10のシリコン基板15に形成されている。ノズル開口71は、ノズルプレート70に形成されている。流路形成基板10の弾性膜(振動板)16上に下電極(第1電極)20、圧電体層30及び上電極(第2電極)40が順に積層され、圧力発生室12が形成されたシリコン基板15にノズルプレート70が固着されている。
なお、本明細書で説明する位置関係は、発明を説明するための例示に過ぎず、発明を限定するものではない。従って、第1電極の上以外の位置、例えば、下、左、右、等に第2電極が配置されることも、本発明に含まれる。
【0017】
図1(b)に例示する本製造方法は、工程S1〜S3を備えている。
電極形成工程S1では、(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する電極(20)を形成する。(100)に優先配向するとは、後述するロットゲーリング・ファクターF(100)又はファクターF*(100)が所定値(例えば0.5)以上になることを意味するものとする。ニッケル酸ランタンは、化学式LaNiOyで表される。このyは、3が標準であるが、(100)に優先配向する範囲内で3からずれてもよい。電極(20)は、白金、金、イリジウム、酸化チタン、これらの組合せ、等の導電性膜21の表面にLNO(ニッケル酸ランタン)膜22を形成した導電層でもよいし、LNO膜のみでもよい。LNO膜は、(100)面に優先配向する性質を有している。LNO膜22には、ニッケル酸ランタンを主成分としてモル比で少ない別の物質(例えば金属)が含まれてもよい。従って、電極(20)の表面には、ニッケル酸ランタン以外の物質が含まれてもよい。ここで、主成分は、含まれる成分の中で最もモル比の多い成分とする。
【0018】
塗布工程S2では、電極(20)の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液31を塗布する。前駆体溶液には、Bi、Ba、Fe及びTiを主要成分としてモル比で少ない別の金属(例えばMn)が含まれてもよい。ここで、主要成分は、モル比合計が他の含有成分のモル比よりも多いような一以上の対象成分とする。前駆体溶液の塗布は、スピンコート法、ディップコート法、インクジェット法、等の液相法で行うことができる。
【0019】
圧電体層形成工程S3では、塗布した前駆体溶液31を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成する。得られるペロブスカイト型酸化物は、少なくともBi、Ba、Fe及びTiが含まれ、Bi、Ba、Fe及びTiを主要成分としてモル比で少ない別の金属(例えばMn)が含まれてもよい。圧電体層30には、ペロブスカイト型酸化物以外の物質(例えば金属酸化物)が含まれてもよい。
【0020】
図7(b)に比較薄膜2のF*(110)を例示するように、LNOの無い電極の表面にBi、Ba、Fe及びTiを含む非鉛の前駆体溶液を塗布して結晶化させると、(110)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層が形成される。このような圧電体層は、図11に暗視野画像を例示するように、クラックが発生することがある。また、このような圧電体層を有する圧電素子を湿度のある空気中に保管すると、図12に比較薄膜2の電流密度−電圧の関係を例示するように、乾燥空気下と比べて圧電体層の絶縁破壊電圧、すなわち、急激なリーク電流の生じる電圧が低下することがある。
【0021】
本製造方法では、(100)に優先配向したLNO膜上に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液が塗布されて結晶化される。これにより、(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成することができると考えられる。圧電体層30は、このようなペロブスカイト型酸化物が含まれていればよく、このようなペロブスカイト型酸化物を主成分としてモル比で少ない別の物質(例えば金属酸化物)が含まれてもよい。
【0022】
前駆体溶液に含まれる金属は、ペロブスカイト構造の中で原子半径に応じたサイトに配置される。得られるペロブスカイト型酸化物は、AサイトにBiとBaを少なくとも含み、BサイトにFeとTiを少なくとも含む。このようなペロブスカイト型酸化物には、下記一般式で表される組成の非鉛系ペロブスカイト型酸化物が含まれる。
(Bi,Ba)(Fe,Ti)Oz …(1)
(Bi,Ba,MA)(Fe,Ti)Oz …(2)
(Bi,Ba)(Fe,Ti,MB)Oz …(3)
(Bi,Ba,MA)(Fe,Ti,MB)Oz …(4)
ここで、MAはBi、Ba及びPbを除く1種以上の金属元素であり、MBはFe、Ti及びPbを除く1種以上の金属元素である。zは、3が標準であるが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で3からずれてもよい。Aサイト元素とBサイト元素との比は、1:1が標準であるが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で1:1からずれてもよい。
【0023】
Bi,Ba,MAのモル数合計に対するBiのモル数比は、例えば50〜99.9%程度とすることができる。Bi,Ba,MAのモル数合計に対するBaのモル数比は、例えば0.1〜50%程度とすることができる。Bi,Ba,MAのモル数合計に対するMAのモル数比は、例えば0.1〜33%程度とすることができる。
Fe,Ti,MBのモル数合計に対するFeのモル数比は、例えば50〜99.9%程度とすることができる。Fe,Ti,MBのモル数合計に対するTiのモル数比は、例えば0.1〜50%程度とすることができる。Fe,Ti,MBのモル数合計に対するMBのモル数比は、例えば0.1〜33%程度とすることができる。
【0024】
前駆体溶液に添加可能なMB元素には、Mn等が含まれる。Bサイト構成金属中のMnのモル濃度比は、Bサイト構成金属の全モル濃度比を100%として、例えば、0.1〜10%程度とすることができる。Mnを添加すると圧電体層の絶縁性を高く(リーク特性を改善)する効果が期待されるが、Mnが無くても圧電性能を有する圧電素子を形成することができる。
【0025】
少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含むペロブスカイト型酸化物を有する圧電体層30の結晶化温度は、通常、400〜450℃になる。
【0026】
(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30は、図10に暗視野画像を例示するように、クラックの発生が抑制されることが分かった。また、このような圧電体層を有する圧電素子を湿度のある空気中に保管しても、図12に薄膜2の電流密度−電圧の関係を例示するように、乾燥空気下と比べた絶縁破壊電圧の低下が抑制されることが分かった。これらクラック抑制及び耐湿性向上の効果は、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含むペロブスカイト型酸化物の配向が自然配向の(110)面から(100)面に変わることによるものと考えられる。
以上より、圧電体層のクラック発生を抑制し耐湿性を向上させるためには、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層を形成すればよい。
【0027】
前駆体溶液31の結晶化の前に、電極(20)の表面の塗布膜(31)をペロブスカイト型酸化物の結晶化温度未満で加熱する第1加熱工程が行われてもよい。結晶化前に塗布膜(31)が乾燥し、脱脂温度以上では塗布膜(31)が脱脂されるので、圧電体層30を良好に形成することができる。また、第1加熱工程の後に電極(20)の表面の塗布膜(31)を結晶化温度以上で加熱する第2加熱工程が行われてもよい。この焼成により、圧電体層30を良好に形成することができる。加熱には種々の装置を用いることができるが、RTA(Rapid Thermal Annealing)法を使用することのできる赤外線ランプアニール装置を結晶化温度以上の加熱に用いると、圧電体層30を良好に形成することができる。
上記第1加熱工程では、乾燥温度<脱脂温度<結晶化温度として、電極(20)の表面の塗布膜(31)を乾燥温度で加熱した後、乾燥処理後に電極(20)の表面の塗布膜(31)を脱脂温度で加熱してもよい。
【0028】
結晶の配向性は、X線回折広角法(XRD)によりX線回折チャートとして分析することができる。図7(a)に薄膜1〜3のX線回折チャートを例示するように、異相は見られない。加えて、圧電体層30の結晶構造は、X線回折装置の分解能においては擬立方晶と推定される。ここで言う擬立方晶とは、a≠cとみなせるほど回折ピークが分離していないという意味であり、必ずしもa=b=cが成立することを意味しない。ただし、下記に述べる配向度は、立方晶として解析して問題ない。
【0029】
立方晶構造の配向性については、一般的には下記の計算式で求められるロットゲーリング・ファクターFが用いられている。
P(100)=A(100)/(A(100)+A(110)+A(111)) …(5)
F(100)=(P(100)−P0(100))/(1−P0(100)) …(6)
P(110)=A(110)/(A(100)+A(110)+A(111)) …(7)
F(110)=(P(110)−P0(110))/(1−P0(110)) …(8)
ここで、A(100)は(100)配向面からの反射強度、A(110)は(110)配向面からの反射強度、A(111)は(111)配向面からの反射強度、である。従って、P(100)は全反射強度に対する(100)配向面からの反射強度の比、P(110)は全反射強度に対する(110)配向面からの反射強度の比、である。また、P0(100)は結晶が無配向であるときの全反射強度に対するA(100)の比、P0(110)は結晶が無配向であるときの全反射強度に対するA(110)の比、である。
【0030】
導電性膜21に白金を用いる場合、結晶の(111)ピークが白金のピークと近接しているため、十分な精度で(111)ピークを分離することできない。このため、代わりに下記の計算式で配向度の計算を行うことにする。
P*(100)=A(100)/(A(100)+A(110)) …(9)
F*(100)=(P*(100)−P*0(100))/(1−P*0(100)) …(10)
P*(110)=A(110)/(A(100)+A(110)) …(11)
F*(110)=(P*(110)−P*0(110))/(1−P*0(110)) …(12)
ここで、P*0(100)は結晶が無配向であるときの(A(100)+A(110))に対するA(100)の比、P*0(110)は結晶が無配向であるときの(A(100)+A(110))に対するA(110)の比、である。結晶が無配向であるときの(100)配向面からの反射強度をA0(100)、結晶が無配向であるときの(110)配向面からの反射強度をA0(110)、とすると、
P*0(100)=A0(100)/(A0(100)+A0(110)) …(13)
P*0(110)=A0(110)/(A0(100)+A0(110)) …(14)
である。
【0031】
図7(b)に薄膜1〜3の配向度F*(100)を例示するように、LNOを少なくとも表面に有する電極上に液相法で形成した圧電体層は、擬立方晶(100)面に優先配向する。
【0032】
(2)圧電素子及び液体噴射ヘッドの製造方法の例:
図2は、液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッド1を便宜上、分解した分解斜視図である。図3,4は、記録ヘッドの製造方法を例示するための断面図であり、圧力発生室12の長手方向D2に沿った垂直断面図である。記録ヘッド1を構成する各層は、接合されて積層されてもよいし、分離されない材料の表面を変性する等して一体に形成されてもよい。
【0033】
流路形成基板10は、シリコン単結晶基板等から形成することができる。弾性膜16は、例えば、膜厚が例えば500〜800μm程度と比較的厚く剛性の高いシリコン基板15の一方の面を約1100℃の拡散炉で熱酸化する等によってシリコン基板15と一体に形成することができ、二酸化シリコン(SiO2)等で構成することができる。弾性膜16の厚みは、弾性を示す限り特に限定されないが、例えば0.5〜2μm程度とすることができる。
【0034】
次いで、図3(a)に示すように、弾性膜16上に下電極20をスパッタ法等によって形成する。下電極20は、例えば、図1(a)に示すように、(100)に優先配向したLNO膜22を導電性膜21上に有する構造とされる。
導電性膜21の構成金属には、Pt、Au、Ir、Ti、等の1種以上の金属を用いることができる。導電性膜21の厚みは、特に限定されないが、例えば50〜500nm程度とすることができる。なお、密着層又は拡散防止層として、TiAlN(窒化チタンアルミ)膜、Ir膜、IrO(酸化イリジウム)膜、ZrO2(酸化ジルコニウム)膜、等の層を弾性膜16上に形成したうえで、当該層上に導電性膜21を形成してもよい。
【0035】
LNO膜22は、例えば、スピンコート法といった液相法で導電性膜21や弾性膜16等の表面に前駆体溶液を塗布し(塗布工程1)、塗布膜を結晶化させることにより、形成することができる。LNO膜の前駆体溶液には、少なくともランタン塩とニッケル塩とを溶媒に溶解させた溶液、少なくともランタン塩とニッケル塩とを分散媒に分散させたゾル、等が含まれる。溶媒や分散媒には、例えば、無水酢酸といった有機溶媒を含むものを用いることができる。ランタン塩やニッケル塩には、例えば、酢酸塩といった有機酸塩等の有機金属化合物を用いることができる。前駆体溶液中のLa(ランタン)とNi(ニッケル)のモル濃度比は、1:1が標準であるが、1:1からずれていてもよい。前駆体溶液には、LaとNiを主要成分としてモル比で少ない別の金属が含まれてもよい。LNO膜22をLNOの結晶化温度以上で加熱すると、(100)に優先配向した薄膜状のLNOを少なくとも表面に有する下電極20が形成される。好ましくは、例えば140〜190℃程度に加熱して乾燥し(乾燥工程1)、その後、例えば300〜400℃程度に加熱して脱脂し(脱脂工程1)、その後、例えば550〜850℃程度に加熱して結晶化させる(焼成工程1)。脱脂とは、塗布膜に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O、等として離脱させることである。LNO膜22の厚みは、特に限定されないが、例えば10〜140nm程度とすることができる。なお、図3(b)に示す例では、下電極20を形成した後にパターニングしている。
【0036】
次いで、図1(b)に示すように、下電極20の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液31を塗布する(塗布工程2)。前駆体溶液に含まれる少なくともBi、Ba、Fe及びTiの金属塩には、2−エチルヘキサン酸塩や酢酸塩といった有機酸塩等を用いることができる。前駆体溶液には、前記金属塩を溶媒に溶解させた溶液、前記金属塩を分散媒に分散させたゾル、等が含まれる。溶媒や分散媒には、オクタン、キシレン、これらの組合せ、といった有機溶媒を含むもの等を用いることができる。前駆体溶液中の金属のモル濃度比は、形成されるペロブスカイト型酸化物の組成に応じて決めることができる。上述した式(1)〜(4)におけるAサイト構成金属及びBサイト構成金属のモル濃度比は、1:1が標準であるが、ペロブスカイト型酸化物が形成される範囲内で1:1からずれていてもよい。塗布膜の厚みは、特に限定されないが、例えば0.1μm程度とすることができる。
【0037】
次いで、塗布した前駆体溶液31を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成する。前駆体溶液31の膜をペロブスカイト型酸化物の結晶化温度以上で加熱すると、(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む薄膜状の圧電体層30が形成される。好ましくは、例えば140〜190℃程度に加熱して乾燥し(乾燥工程2)、その後、例えば300〜400℃程度に加熱して脱脂し(脱脂工程2)、その後、450℃以上、例えば550〜850℃程度に加熱して結晶化させる(焼成工程2)。圧電体層30を厚くするため、塗布工程2と乾燥工程2と脱脂工程2と焼成工程2の組合せを複数回行ってもよい。焼成工程2を減らすために、塗布工程2と乾燥工程2と脱脂工程2の組合せを複数回行った後に焼成工程2を行ってもよい。さらに、これらの工程の組合せを複数回行ってもよい。
形成される圧電体層30の厚みは、電気機械変換作用を示す範囲で特に限定されないが、例えば0.2〜5μm程度とすることができる。好ましくは、製造工程でクラックが発生しない程度に圧電体層30の厚さを抑え、十分な変位特性を示す程度に圧電体層30を厚くするとよい。
【0038】
上述した乾燥工程1,2及び脱脂工程1,2を行うための加熱装置には、ホットプレート、赤外線ランプの照射により加熱する赤外線ランプアニール装置、等を用いることができる。上記焼成工程1,2を行うための加熱装置には、赤外線ランプアニール装置等を用いることができる。好ましくは、RTA(Rapid Thermal Annealing)法等を用いて昇温レートを比較的速くするとよい。
【0039】
圧電体層30を形成した後、図3(b)に示すように、圧電体層30上に上電極40をスパッタ法等によって形成する。上電極40の構成金属には、Ir、Au、Pt、等の1種以上の金属を用いることができる。上電極40の厚みは、特に限定されないが、例えば20〜200nm程度とすることができる。なお、図3(c)に示す例では、上電極40を形成した後に、圧電体層30及び上電極40を各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして圧電素子3を形成している。
一般的には、圧電素子3の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層30を圧力発生室12毎にパターニングして圧電素子3を構成する。図2,4に示す圧電素子3は、下電極20を共通電極とし、上電極40を個別電極としている。
【0040】
以上により、圧電体層30及び電極(20,40)を有する圧電素子3が形成され、この圧電素子3及び弾性膜16を備えた圧電アクチュエーター2が形成される。
【0041】
次いで、図3(c)に示すように、リード電極45を形成する。例えば、流路形成基板10の全面に亘って金層を形成した後にレジスト等からなるマスクパターンを介して圧電素子3毎にパターニングすることにより、リード電極45が設けられる。図2に示す各上電極40には、インク供給路14側の端部近傍から弾性膜16上に延びたリード電極45が接続されている。
【0042】
なお、導電性膜21や上電極40やリード電極45は、DC(直流)マグネトロンスパッタリング法といったスパッタ法等によって形成することができる。各層の厚みは、スパッタ装置の印加電圧やスパッタ処理時間を変えることにより調整することができる。
【0043】
次いで、図4(a)に示すように、圧電素子保持部52等を予め形成した保護基板50を流路形成基板10上に例えば接着剤によって接合する。保護基板50には、例えば、シリコン単結晶基板、ガラス、セラミックス材料、等を用いることができる。保護基板50の厚みは、特に限定されないが、例えば300〜500μm程度とすることができる。保護基板50の厚み方向に貫通したリザーバ部51は、連通部13とともに、共通のインク室(液体室)となるリザーバ9を構成する。圧電素子3に対向する領域に設けられた圧電素子保持部52は、圧電素子3の運動を阻害しない程度の空間を有する。保護基板50の貫通孔53内には、各圧電素子3から引き出されたリード電極45の端部近傍が露出する。
【0044】
次いで、シリコン基板15をある程度の厚さとなるまで研磨した後、さらにフッ硝酸によってウェットエッチングすることによりシリコン基板15を所定の厚み(例えば60〜80μm程度)にする。次いで、図4(b)に示すように、シリコン基板15上にマスク膜17を新たに形成し、所定形状にパターニングする。マスク膜17には、窒化シリコン(SiN)等を用いることができる。次いで、KOH等のアルカリ溶液を用いてシリコン基板15を異方性エッチング(ウェットエッチング)する。これにより、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12と細幅のインク供給路14を備えた複数の液体流路と、各インク供給路14に繋がる共通の液体流路である連通部13とが形成される。液体流路(12,14)は、圧力発生室12の短手方向である幅方向D1へ並べられている。
なお、圧力発生室12は、圧電素子3の形成前に形成されてもよい。
【0045】
次いで、流路形成基板10及び保護基板50の周縁部の不要部分を例えばダイシングにより切断して除去する。次いで、図4(c)に示すように、シリコン基板15の保護基板50とは反対側の面にノズルプレート70を接合する。ノズルプレート70は、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼、等を用いることができ、流路形成基板10の開口面側に固着される。この固着には、接着剤、熱溶着フィルム、等を用いることができる。ノズルプレート70には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口71が穿設されている。従って、圧力発生室12は、液体を吐出するノズル開口71に連通している。
【0046】
次いで、封止膜61及び固定板62を有するコンプライアンス基板60を保護基板50上に接合し、所定のチップサイズに分割する。封止膜61は、例えば厚み4〜8μm程度のポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム)といった剛性が低く可撓性を有する材料等が用いられ、リザーバ部51の一方の面を封止する。固定板62は、例えば厚み20〜40μm程度のステンレス鋼(SUS)といった金属等の硬質の材料が用いられ、リザーバ9に対向する領域が開口部63とされている。
【0047】
また、保護基板50上には、並設された圧電素子3を駆動するための駆動回路65が固定される。駆動回路65には、回路基板、半導体集積回路(IC)、等を用いることができる。駆動回路65とリード電極45とは、接続配線66を介して電気的に接続される。接続配線66には、ボンディングワイヤといった導電性ワイヤ等を用いることができる。
以上により、記録ヘッド1が製造される。
【0048】
本記録ヘッド1は、図示しない外部インク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、リザーバ9からノズル開口71に至るまで内部をインクで満たす。駆動回路65からの記録信号に従い、圧力発生室12毎に下電極20と上電極40との間に電圧を印加すると、圧電体層30、下電極20及び弾性膜16の変形によりノズル開口71からインク滴が吐出する。
なお、記録ヘッドは、下電極を共通電極とし上電極を個別電極とした共通下電極構造とされてもよいし、上電極を共通電極とし下電極を個別電極とした共通上電極構造とされてもよいし、下電極及び上電極を共通電極とし両電極間に個別電極を設けた構造とされてもよい。
【0049】
(3)液体噴射装置:
図5は、上述した記録ヘッド1を有する記録装置(液体噴射装置)200の外観を示している。記録ヘッド1を記録ヘッドユニット211,212に組み込むと、記録装置200を製造することができる。図5に示す記録装置200は、記録ヘッドユニット211,212のそれぞれに、記録ヘッド1が設けられ、外部インク供給手段であるインクカートリッジ221,222が着脱可能に設けられている。記録ヘッドユニット211,212を搭載したキャリッジ203は、装置本体204に取り付けられたキャリッジ軸205に沿って往復移動可能に設けられている。駆動モーター206の駆動力が図示しない複数の歯車及びタイミングベルト207を介してキャリッジ203に伝達されると、キャリッジ203がキャリッジ軸205に沿って移動する。図示しない給紙ローラー等により給紙される記録シート290は、プラテン208上に搬送され、インクカートリッジ221,222から供給され記録ヘッド1から吐出するインクにより印刷がなされる。
【0050】
(4)実施例:
以下、実施例を示すが、本発明は以下の例により限定されるものではない。
【0051】
[薄膜1〜3のためのLNO前駆体溶液作製]
酢酸ランタン5mmol、酢酸ニッケル5mmol、無水酢酸25mL、及び、水5mLを混合し、60℃で1時間加熱還流して、LNO前駆体溶液を作製した。
【0052】
[BFM−BT前駆体溶液作製]
いずれも2−エチルヘキサン酸を配位子に持つビスマス、鉄、マンガン、バリウム、チタンの液体原料を、溶解する金属のモル比でBi:Fe:Mn=100:95:5、Ba:Ti=100:100、且つ、BFM:BT=95:5になるよう混合して、BFM−BT前駆体溶液(溶液1)を作製した。ここで、BFM−BTは一般式(Bi,Ba)(Fe,Ti,Mn)Ozで表され、Bi:Fe:Mn:Ba:Ti=95:90.25:4.75:5:5となる。また、BFMはBiのモル数、すなわち、FeとMnのモル数の合計、BTはBaのモル数、すなわち、Tiのモル数、を表している。
同様に、Bi:Fe:Mn=100:95:5、Ba:Ti=100:100、且つ、BFM:BT=75:25の溶液2、及び、Bi:Fe:Mn=100:95:5、Ba:Ti=100:100、且つ、BFM:BT=60:40の溶液3を作製した。溶液2のBFM−BTはBi:Fe:Mn:Ba:Ti=75:71.25:3.75:25:25、溶液3のBFM−BTはBi:Fe:Mn:Ba:Ti=60:57:3:40:40、となる。
【0053】
[薄膜1〜3の作製]
基板には、サイズが一辺2.5cmのプラチナ被覆シリコン基板、具体的には、Pt/TiOx/SiOx/Siの各層を有する基板を使用した。この基板上にスピンコート法でLNO膜及びBFM−BT膜を形成することにした。
【0054】
まず、LNO前駆体溶液を基板上に滴下し、2200rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次いで、180℃のホットプレート上で5分間加熱した後、400℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。次いで、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、750℃で5分間焼成した(焼成工程1)。以上の工程により、厚さ40nmの(100)に優先配向したLNO膜を作製した。
次いで、前記LNO膜上に溶液2を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。次に、150℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せを3回繰り返した後、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、650℃で3分間焼成した(焼成工程2)。「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ3回」と「焼成工程2」の組合せを2回繰り返すことにより、基板上にLNO膜及びBFM−BT膜を形成した。形成されたLNO膜及びBFM−BT膜を薄膜1とする。薄膜1の厚みは、468nmであった。
同様に、「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ3回」と「焼成工程2」の組合せを4回繰り返すことにより、LNO膜とBFM−BT膜を合わせた厚みが932nmである薄膜2を作製した。また、「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ3回」と「焼成工程2」の組合せを5回繰り返すことにより、LNO膜とBFM−BT膜を合わせた厚みが1270nmである薄膜3を作製した。
【0055】
[上電極作製]
前記薄膜1上に、メタルマスクを使用し、DCスパッタにて厚さ約100nmの白金パターンを作製した。次に、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、薄膜に対して650℃で5分間焼付けを行い、Pt/BFM−BT/LNOの各層を有する圧電素子(素子1)を作製した(上部電極形成工程1)。
同様に、前記薄膜2,3を用いて、それぞれ素子2,3を作製した。
【0056】
[比較例1]
前記薄膜1の脱脂工程2で行った350℃の熱処理を450℃に変更した以外は、前記薄膜1と同様の工程で比較薄膜1を作製した。LNO膜とBFM−BT膜を合わせた厚みは、472nmであった。
次に、前記上部電極形成工程1と同様の工程で、比較素子1を作製した。
【0057】
[比較例2]
前記プラチナ被覆シリコン基板上にLNO膜を形成せず、溶液2を使用し、塗布工程2、乾燥及び脱脂工程2、並びに、焼成工程2と同様の工程で、計12層の比較薄膜2を作製した。基板上に形成されたBFM−BT膜の厚みは、924nmであった。
次に、前記上部電極形成工程1と同様の工程で、比較素子2を作製した。
【0058】
[試験例1]
溶液1,2,3について、示差走査熱熱重量同時測定(TG−DTAの測定)を行った。このTG−DTAの測定は、Bruker製「TG−DTA2000SA」を使用し、温度範囲は室温〜525℃、昇降温速度は5℃/分、空気雰囲気下で行った。
【0059】
図6(a)に、結果の一例として、溶液2のTG−DTA測定結果を示している。図6(a)に示すように、室温〜230℃では、TGの重量減少とDTAの吸熱ピークが観測されたことから、主に溶媒の揮発が起こっていることが分かる。230〜340℃では、TG重量減少とDTAの発熱ピークが観測されたことから、錯体の分解と配位子の揮発及び分解が起こっていることが分かる。410〜500℃では、TGにほとんど変化がなく、DTAの比熱の変化のみが観測されることから、結晶化が進行していることが分かる。
【0060】
図6(b)に上記TG−DTA測定結果より調べたペロブスカイト型酸化物の結晶化温度を示す。ここでいう結晶化温度は、DTAの比熱の変化が起こり始める点とした。図6(b)に示すように、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液による結晶化温度が400〜450℃の範囲内となっている。
【0061】
[試験例2]
薄膜1,2,3及び比較薄膜1,2について、Bruker製「D8 Discover」を用い、X線源にCuKαを使用したX線回折広角法(XRD)によりX線回折チャートを求めた。
【0062】
図7(a)に結果を示している。図7(a)に示すように、薄膜1〜3及び比較薄膜1,2はいずれもペロブスカイト構造のBFM−BTが形成されており、異相は見られなかった。加えて、薄膜1〜3の結晶構造は、X線回折装置の分解能においては擬立方晶と推定される。従って、結晶の配向度は、立方晶として解析して問題ない。図7(a)に示すチャートはBFM−BTの(111)ピークが白金の強いピークと近接しているため、十分な精度で(111)ピークを分離することができない。そこで、ロットゲーリング・ファクターFに代えて上記式(9)〜(12)によりファクターF*(100),F*(110)を計算することにした。P*(100),P*(110)は、BFM−BTのバルクを用いて求めたP*0(100)=0.24,P*0(110)=0.76を使用した。
【0063】
図7(b)にファクターF*(100),F*(110)の計算結果を示す。図7(b)に示すように、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した比較薄膜2では、(110)に優先配向していることが分かる。脱脂工程2の熱処理をTG−DTAで調べた結晶化温度程度にした比較薄膜1では、F*(100)=0.04であり、(100)面の配向度と自然配向面である(110)面の配向度とが同程度であることが分かる。一方、LNOを有する電極の表面にBFM−BTを形成した薄膜1〜3は、いずれもF*(100)が0.5以上であり、(100)に優先配向していることが分かる。
【0064】
[試験例3]
薄膜1〜3及び比較薄膜1,2について、破断面状態を調べるため、SEM(走査型電子顕微鏡)で観察を行った。
【0065】
図8に薄膜1の破断面をSEMで撮影した写真画像、図9に比較薄膜1の破断面をSEMで撮影した写真画像、を示している。図8,9に示すように、薄膜1は結晶がRTA法の急速加熱による界面を跨いで厚み方向へ繋がった柱状結晶であるのに対し、比較薄膜1は柱状結晶が少なく粒子状結晶が大半を占めていることが分かった。薄膜1のように乾燥及び脱脂工程2の加熱温度がTG−DTAで調べた結晶化温度よりも低い温度である場合、乾燥及び脱脂工程2で結晶核の生成確率が低く、RTA法の急速加熱時に下部界面で選択的に結晶核の生成及び成長が進行して柱状結晶が形成されるためと考えられる。一方、比較薄膜1のように乾燥及び脱脂工程2の温度がTG−DTAで調べた結晶化温度程度である場合、乾燥及び脱脂工程2で結晶核が膜中でランダムな確率で生成して粒子状結晶が形成されるためと考えられる。この結果は、比較薄膜1についてXRDによるX線回折チャートから求めたF*(100)が0.5よりも小さい結果と一致する。
【0066】
[試験例4]
薄膜2及び比較薄膜2について、金属顕微鏡を用いて表面の暗視野画像を撮影した。
【0067】
図10に薄膜2の暗視野画像、図11に比較薄膜2の暗視野画像、を示している。図11に示すように、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した場合には、圧電体層にクラックが発生していることが分かる。一方、図10に示すように、(100)に優先配向したLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した場合には、圧電体層にクラックが発生していないことが分かる。
【0068】
[試験例5]
素子2及び比較素子2について、乾燥空気下と湿度50%の空気下とで、±60Vの電圧を印加して、電流密度J(A/cm2)の常用対数Log(J)と電圧E(V)との関係(Log(J)−E曲線)を求めた。乾燥空気下の測定は、素子サンプルを入れた箱の中に乾燥空気を供給しながら行った。湿度のある空気下の測定は、前記箱に素子サンプルを入れずに行った。
【0069】
図12(a)に乾燥空気下の電流密度(対数)−電圧との関係、図12(b)に湿度のある空気下の電流密度(対数)−電圧との関係、を示している。ここで、「薄膜2」は素子2に電圧を印加して得たデータを示し、「比較薄膜2」は比較素子2に電圧を印加して得たデータを示している。
図12(a)に示すように、乾燥空気下では、比較素子2のようにLNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した場合と、素子2のようにLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した場合とで、特性にほとんど差がみられない。
図12(b)に示すように、湿度のある空気下では、比較素子2のようにLNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成する場合、絶縁破壊電圧が低下することが分かる。一方、素子2のようにLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成する場合、乾燥空気下と比べたリークレベルの低下が抑制され、圧電体層の絶縁性の低下が抑制されることが分かる。
【0070】
[試験例6]
素子1〜3及び比較素子1,2について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」を用い、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、分極量P(μC/cm2)と電界E(V)の関係(P−E曲線)を求めた。
【0071】
図13(a),(b)に素子1,2のP−E曲線、図14に素子3のP−E曲線、図15(a),(b)に比較素子1,2のP−E曲線、を示している。図13〜15に示すように、素子1〜3及び比較素子1,2は、いずれも良好なP−Eヒステリシスを示し、配向性に依らず良好な圧電特性を示すことが分かった。
【0072】
[試験例7]
素子1〜3及び比較素子1,2について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い、室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの三角波を印加して、電界誘起歪(nm)と電圧(V)との関係を求めた。
【0073】
図16に、結果の一例として、素子2の電界誘起歪−電圧の関係を示している。図16に示すように、30Vの交流周波数印加により、到達歪が1.873nm、逆到達歪が−0.164nmのバタフライカーブを示している。このことから、+側の到達歪から−側の逆到達歪の差分を最大歪とすると、最大歪は2.037nmとなる。これを歪率に換算すると0.22%となる。従って、素子2のようにLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成する場合、良好な電界誘起歪特性を示すことが分かる。
【0074】
以上のことから、(100)に優先配向したLNOを少なくとも表面に有する電極を形成し、この電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布し、該塗布した前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層を形成することにより、良好な(100)配向セラミックスを作製することが出来、それを用いた圧電素子が良好な電界誘起歪特性を示すことが分かる。従って、本製造方法は、Bi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を有する圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させることができる。
【0075】
[薄膜4〜10の作製]
LNO前駆体溶液は、以下のように作製した。
まず、大気中にて、酢酸ランタン1.5水和物(La(CH3COO)3・1.5H2Oと酢酸ニッケル4水和物(Ni(CH3COO)2・4H2O)を、ランタンとニッケルがそれぞれ5mmolとなるようにビーカーに加えた。その後、プロピオン酸(濃度:99.0重量%)20mlを加えて混合した。その後、溶液温度が140℃程度となるようにホットプレートで加熱した上で、空焚きとならないように、適時プロピオン酸を滴下しながら約1時間攪拌することで、LNO前駆体溶液を作製した。
【0076】
基板には、サイズが一辺6インチのプラチナ被覆シリコン基板、具体的には、Pt/Zr/ZrOx/SiOx/Siの各層を有する基板を使用した。この基板は、以下のように作製した。
まず、シリコン基板の表面に熱酸化により二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にスパッタ法によりジルコニウム膜を作製し、熱酸化することで酸化ジルコニウム膜を形成した。次に、酸化ジルコニウム膜上に(111)に配向した白金膜を50nm積層した。
【0077】
LNO膜は、以下のように作製した。
まず、上記基板の白金膜上に上記LNO前駆体溶液を滴下し、2000rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次いで、330℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。その後、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、酸素雰囲気中において750℃で5分間焼成して結晶化させて(焼成工程1)、厚さ約30nmの(100)に優先配向したLNO膜を形成した。
【0078】
薄膜4〜10の作製には、LNO膜を形成した基板を2.5cm角に切り出した基板を使用した。BFM−BT前駆体溶液には、上述した溶液2(BFM:BT=75:25)を使用した。各薄膜4〜10は、以下のように作製した。
まず、前記基板のLNO膜上にBFM−BT前駆体溶液を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。次に、180℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で3分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せを2回繰り返した後、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、図17に示す焼成温度で5分間焼成した(焼成工程2)。「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ2回」と「焼成工程2」の組合せを6回繰り返すことにより、基板上にLNO膜及びBFM−BT膜を形成した。形成されたLNO膜及びBFM−BT膜をそれぞれ薄膜4〜10とする。薄膜の厚みの一例として、薄膜4の厚みは900nmであった。
【0079】
各薄膜4〜10上に、メタルマスクを使用し、スパッタにて厚さ約50nmのイリジウム(Ir)パターンを作製することで、Ir/BFM−BT/LNOの各層を有する圧電素子(素子4〜10)をそれぞれ作製した。
【0080】
[比較薄膜4〜10の作製]
LNOを形成する工程を省いた他は、素子4〜10の作製工程と同様の工程で比較薄膜4〜10、及び、比較素子4〜10を作成した。便宜上、本明細書では「比較薄膜3」と「比較素子3」を記載しない。
【0081】
[試験例8]
薄膜4〜10及び比較薄膜4〜10について、試験例2と同様にしてX線回折チャートを求めた。その結果、薄膜4〜10及び比較薄膜4〜10はいずれもペロブスカイト構造のBFM−BTが形成されており、異相は見られなかった。本試験例8もBFM−BTの(111)ピークが白金の強いピークと近接しているため、十分な精度で(111)ピークを分離することができない。そこで、P*0(100)=0.24,P*0(110)=0.76を使用して、ファクターF*(100),F*(110)を計算した。その結果、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した比較薄膜4〜10は、いずれも(110)に優先配向していることが分かった。一方、薄膜4〜10は、図17に示すように、いずれもF*(100)が0.5以上であり、(100)に優先配向していることが分かる。
【0082】
また、図17に示すように、焼成温度750℃以上の薄膜8〜10はファクターF*(100)が0.74以下であるのに対し、焼成温度725℃以下の薄膜4〜7はファクターF*(100)が0.89以上と配向度が大きくなった。
【0083】
[試験例9]
薄膜4〜10について、金属顕微鏡を用いて表面の暗視野画像を撮影した。図17に薄膜表面の外観の様子を示している。図17に示すように、焼成温度725℃以下の薄膜4〜7は、クラックの無い非常に良好な外観であった。焼成温度750℃以上の薄膜8〜10は、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した比較薄膜ほどではないものの、若干、クラックの発生が見られた。このことから、LNOを有する電極の表面に(100)に優先配向したBFM−BTを含む圧電体層を形成すると圧電体層のクラック発生を抑制する効果が得られるが、焼成温度を725℃以下にすると圧電体層のクラック発生がさらに抑制されることが分かる。
【0084】
[試験例10]
薄膜4〜10及び比較薄膜4について、圧電体層から厚さ方向に亘って二次イオン質量分析を行って、ランタン(La)の分布を調べた。二次イオン質量分析装置(SIMS)には、アルバック−ファイ社製「ADEPT−1010」を用いた。結果の例として、図18(a)に薄膜4のランタンのSIMSプロファイル、図18(b)に薄膜7のランタンのSIMSプロファイル、図19(a)に薄膜8のランタンのSIMSプロファイル、図19(b)に薄膜10のランタンのSIMSプロファイル、を示している。本測定においてランタンはBFM−BT中で妨害元素の影響を受けるため、ランタンが含まれない比較薄膜4のプロファイルを使用しバックグラウンド処理を行った。各図において、横軸は測定時間(単位:秒)、縦軸はランタンの強度(単位:cps)の常用対数、左側が圧電体層表面側、右側がプラチナ被覆シリコン基板側、「LNO」はLNO膜の位置、を示している。また、BFM−BT膜形成時に6回行われる焼成の界面に生じると推測される偏析を順に「偏析1」、「偏析2」、「偏析3」、「偏析4」、「偏析5」、と示している。なお、上記焼成工程2をn回目(nは1〜5の整数)に行ったときの表面を焼成界面nと呼ぶことにする。従って、焼成界面5は、圧電体層の中で表面を除きLNO膜から最も遠い表面側の界面となる。
【0085】
図18(a)に示すように、焼成温度650℃の薄膜4の圧電体層にはLNO膜から拡散したと考えられるランタンが含まれている。加えて、ランタンの分布は不均一であり、焼成界面1,2にランタンの偏析(偏析1,2)が観測された。薄膜5,6では、焼成界面1〜3にランタンの偏析(偏析1〜3)が観測された。焼成温度725℃の薄膜7では、図18(b)に示すように、焼成界面1〜4にランタンの偏析(偏析1〜4)が観測された。焼成温度750℃の薄膜8では、図19(a)に示すように、焼成界面1〜5にランタンの偏析(偏析1〜5)が観測された。薄膜9も、焼成界面1〜5にランタンの偏析(偏析1〜5)が観測された。焼成温度800℃の薄膜10も、図19(b)に示すように、焼成界面1〜5にランタンの偏析(偏析1〜5)が観測された。
【0086】
以上のことから、最も表面側の焼成界面5にランタンの偏析5が見られるのは、焼成温度が750℃以上の場合であり、この場合、F*(100)≦0.74となる。一方、焼成界面5にランタンの偏析5が見られないのは、焼成温度が725℃以下の場合であり、この場合、F*(100)≧0.89となり、圧電体層のクラック発生が抑制された好ましい圧電素子が得られる。これは、以下の理由が考えられる。
【0087】
焼成温度が750℃以上と比較的高い場合、(n−1)回目の焼成工程2で形成された結晶がn回目の焼成工程2で再溶融する割合が多く、LNO膜に由来するLaが圧電体層の表面側へ拡散する割合が多いと推測される。これにより、最も表面側の焼成界面5にLaの偏析5が見られると考えられる。Laの偏析が比較的多くの焼成界面で生じると、比較的多い焼成界面1〜5で結晶成長の連続性が途切れてしまい、下層の結晶の配向を引きずらずに結晶が成長し、(100)の配向度が低下すると推測される。薄膜表面の外観の観測結果から、(100)の配向度が低下すると、圧電体層のクラック発生の抑制効果が少なくなると考えられる。
【0088】
一方、焼成温度が725℃以下と比較的低い場合、(n−1)回目の焼成工程2で形成された結晶がn回目の焼成工程2で再溶融する割合が少なく、LNO膜に由来するLaが圧電体層の表面側へ拡散する割合が少ないと推測される。これにより、最も表面側の焼成界面5にLaの偏析5が生じないと考えられる。Laの偏析が生じる焼成界面が少ないと、結晶成長の連続性が維持され、層の結晶の配向を引きずって結晶が成長し、(100)の配向度が大きくなると推測される。薄膜表面の外観の観測結果から、(100)の配向度が大きくなると、圧電体層のクラック発生の抑制効果が大きくなると考えられる。
【0089】
[試験例11]
薄膜4〜6について、試験例5と同様にして、乾燥空気下と湿度50%の空気下とで、電流密度J(A/cm2)の常用対数Log(J)と電圧E(V)との関係(Log(J)−E曲線)を求めた。その結果、いずれの薄膜も、乾燥空気下と比べたリークレベルの低下が抑制され、圧電体層の絶縁性の低下が抑制されることが確認された。
【0090】
以上より、ファクターF*(100)が0.89以上である場合、圧電体層のクラック発生が抑制された好ましい圧電素子が得られるという、新しい知見が得られた。
【0091】
(5)応用、その他:
本発明は、種々の変形例が考えられる。
上述した実施形態では圧力発生室毎に個別の圧電体を設けているが、複数の圧力発生室に共通の圧電体を設け圧力発生室毎に個別電極を設けることも可能である。
上述した実施形態では流路形成基板にリザーバの一部を形成しているが、流路形成基板とは別の部材にリザーバを形成することも可能である。
上述した実施形態では圧電素子の上側を圧電素子保持部で覆っているが、圧電素子の上側を大気に開放することも可能である。
上述した実施形態では振動板を隔てて圧電素子の反対側に圧力発生室を設けたが、圧電素子側に圧力発生室を設けることも可能である。例えば、固定した板間及び圧電素子間で囲まれた空間を形成すれば、この空間を圧力発生室とすることができる。
【0092】
流体噴射ヘッドから吐出される液体は、液体噴射ヘッドから吐出可能な材料であればよく、染料等が溶媒に溶解した溶液、顔料や金属粒子といった固形粒子が分散媒に分散したゾル、等の流体が含まれる。このような流体には、インク、液晶、等が含まれる。液体噴射ヘッドには、粉体や気体を吐出するものも含まれる。液体噴射ヘッドは、プリンターといった画像記録装置の他、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造装置、有機ELディスプレー等の電極の製造装置、バイオチップ製造装置、等に搭載可能である。
【0093】
上述した製造方法により製造される積層セラミックスは、強誘電体デバイス、焦電体デバイス、圧電体デバイス、及び光学フィルターの強誘電体薄膜を形成するのに好適に用いることができる。強誘電体デバイスとしては、強誘電体メモリー(FeRAM)、強誘電体トランジスタ(FeFET)等が挙げられ、焦電体デバイスとしては、温度センサー、赤外線検出器、温度−電気変換器等が挙げられ、圧電体デバイスとしては、流体吐出装置、超音波モーター、加速度センサー、圧力−電気変換器等が挙げられ、光学フィルターとしては、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルターが挙げられる。
【0094】
以上説明したように、本発明によると、種々の態様により、液相法で少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させる技術等を提供することができる。
また、上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、等も実施可能である。本発明は、これらの構成等も含まれる。
【符号の説明】
【0095】
1…記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、2…圧電アクチュエーター、3…圧電素子、10…流路形成基板、12…圧力発生室、15…シリコン基板、16…弾性膜(振動板)、20…下電極(第1電極)、21…導電性膜、22…ニッケル酸ランタン(LNO)膜、30…圧電体層、31…前駆体溶液、40…上電極(第2電極)、50…保護基板、60…コンプライアンス基板、65…駆動回路、70…ノズルプレート、71…ノズル開口、200…記録装置(液体噴射装置)、S1…電極形成工程、S2…塗布工程、S3…圧電体層形成工程。
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子の製造方法、液体噴射ヘッドの製造方法、及び、液体噴射装置の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットプリンター等の液体噴射装置には、圧電素子を備えた液体噴射ヘッドが使用されている。圧電素子は、例えば、圧力発生室の壁面の一部を構成する振動板の表面に設けられるPt(白金)等の下電極と、この下電極上に設けられる圧電薄膜と、この圧電薄膜上に設けられる上電極とが含まれる。スピンコート法等の液相法で圧電薄膜を形成する場合、圧電薄膜は、前駆体溶液を下電極上に塗布し、塗布膜を結晶化することにより、形成される。スピンコート法に代表される液相法は、大気下での圧電薄膜形成が可能であり、圧電薄膜の大面積化も可能である。
【0003】
また、圧電薄膜に使用されるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛、Pb(Zrx,Ti1-x)O3)は鉛(Pb)が含まれているため、環境負荷の観点から鉛を含まない非鉛系圧電材料の研究開発が行われている。特許文献1では、パルス・レーザー・デポジション(PLD)等の気相蒸着法で(Ba,Bi)(Ti,Fe,Mn)O3膜の非鉛系圧電材料を作製することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−242229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
気相蒸着法は、一般的に高真空を必要とするため、装置が大型化及び高コスト化することが避けられない。それに加え、圧電薄膜の面内均一性の確保が難しく、大面積化も難しい。
【0006】
しかし、液相法でBi(ビスマス)、Ba(バリウム)、Fe(鉄)及びTi(チタン)を含む非鉛系圧電薄膜を形成して圧電素子を作製したところ、PZTとは異なり、圧電薄膜にクラックが発生する場合があることが分かった。また、湿度のある空気中に保管したときに圧電薄膜の絶縁破壊電圧が低下する場合があることも分かった。なお、このような問題は、液体噴射ヘッドに限らず、圧電アクチュエーターやセンサー等の圧電素子においても同様に存在する。
【0007】
以上を鑑み、本発明の目的の一つは、液相法で少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的の一つを達成するため、本発明は、圧電体層及び電極を有する圧電素子の製造方法であって、
(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する前記電極を形成する工程と、
前記電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布する工程と、
該塗布した前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む前記圧電体層を形成する工程とを備えた態様を有する。
また、本発明は、上記圧電素子の製造方法を含む液体噴射ヘッドの製造方法の態様を有する。
【0009】
さらに、本発明は、上記液体噴射ヘッドの製造方法を含む液体噴射装置の製造方法の態様を有する。
【0010】
ニッケル酸ランタンの無い電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布して結晶化させると、(110)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層が形成される。本発明の製造方法は、(100)に優先配向したニッケル酸ランタンが少なくとも電極表面にある。このため、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布して結晶化すると、(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層を形成することができると考えられる。本製造方法により形成される圧電素子は、圧電体層のクラック発生が抑制され、耐湿性が向上することが分かった。
【0011】
ここで、上記電極は、(100)に優先配向したニッケル酸ランタンが少なくとも表面にあればよく、白金、金、イリジウム、酸化チタン、等が含まれていてもよいし、不純物が含まれていてもよい。
上記前駆体溶液は、ゾル等の状態が含まれる。前駆体溶液は、Mn(マンガン)等、Bi、Ba、Fe及びTi以外の金属が含まれてもよいし、不純物が含まれていてもよい。前駆体溶液に含まれる金属は、当然ながら、イオンの状態が含まれる。上記圧電体層も、Mn等、Bi、Ba、Fe及びTi以外の金属が含まれてもよいし、不純物が含まれていてもよい。
【0012】
ところで、上記圧電体層を形成する工程は、前記電極の表面の塗布膜を前記ペロブスカイト型酸化物の結晶化温度未満で加熱する第1加熱工程と、該第1加熱工程の後に前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱する第2加熱工程とが含まれてもよい。これらの加熱工程により、本態様は、圧電体層を良好に形成することができる。
【0013】
上記結晶化温度は、400〜450℃でもよい。上記第2加熱工程では、前記電極の表面の塗布膜を450℃以上で加熱してもよいし、赤外線ランプアニール装置により前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱してもよい。これらの態様も、圧電体層を良好に形成することができる。
上記前駆体溶液にMnが含まれていると、圧電体層の絶縁性を高く(リーク特性を改善)する効果が期待される。
X線回折広角法による前記圧電体層のX線回折チャートから求められる(100)配向面からの反射強度をA(100)、前記X線回折チャートから求められる(110)配向面からの反射強度をA(110)、A(100)/(A(100)+A(110))をP*(100)、結晶が無配向であるときの(100)配向面からの反射強度をA0(100)、結晶が無配向であるときの(110)配向面からの反射強度をA0(110)、A0(100)/(A0(100)+A0(110))をP*0(100)、(P*(100)−P*0(100))/(1−P*0(100))をファクターF*(100)、とするとき、前記圧電体層のファクターF*(100)が0.89以上であると、圧電体層のクラック発生が抑制された好ましい圧電素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)は製造方法の例を説明するための液体噴射ヘッド1の断面図、(b)は圧電素子3の製造工程を例示する流れ図。
【図2】記録ヘッド1の構成の概略を例示する便宜上の分解斜視図。
【図3】(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を例示するための断面図。
【図4】(a)〜(c)は記録ヘッド1の製造工程を例示するための断面図。
【図5】記録装置200の構成の概略を例示する図。
【図6】(a)は試験例1において溶液2のTG−DTA測定結果を示す図、(b)は試験例1においてTG−DTA測定結果より調べた結晶化温度を示す図。
【図7】(a)は試験例2においてXRDによるX線回折チャートを示す図、(b)はファクターF*(100),F*(110)の計算結果を示す図。
【図8】基板上に薄膜1を形成したサンプルの破断面をSEMで撮影した写真。
【図9】基板上に比較薄膜1を形成したサンプルの破断面をSEMで撮影した写真。
【図10】基板上に薄膜2を形成したサンプルの表面を示す暗視野画像。
【図11】基板上に比較薄膜2を形成したサンプルの表面を示す暗視野画像。
【図12】(a),(b)は素子2及び比較素子2の電流密度(対数)−電圧の関係を示すグラフ。
【図13】(a),(b)は素子サンプルのヒステリシス特性を示すグラフ。
【図14】素子3のヒステリシス特性を示すグラフ。
【図15】(a),(b)は比較素子サンプルのヒステリシス特性を示すグラフ。
【図16】素子2の電界誘起歪−電圧の関係を示すグラフ。
【図17】薄膜4〜10の焼成温度、ファクターF*(100)、及び、外観の様子を示す図。
【図18】(a),(b)は圧電薄膜のLa分布をSIMS(二次イオン質量分析装置)で分析した結果を示す図。
【図19】(a),(b)は圧電薄膜のLa分布をSIMSで分析した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を説明する。むろん、以下に説明する実施形態は、本発明を例示するものに過ぎない。
【0016】
(1)圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の製造方法の概要:
まず、図1を参照して、本製造方法の例を説明する。図1(a)に例示する記録ヘッド(液体噴射ヘッド)1は、圧電体層30及び電極(20,40)を有する圧電素子3と、ノズル開口71に連通し圧電素子3により圧力変化が生じる圧力発生室12とを備えている。従って、液体噴射ヘッドの製造方法は、圧電素子を形成する工程と、圧力発生室を形成する工程と、を備えることになる。圧力発生室12は、流路形成基板10のシリコン基板15に形成されている。ノズル開口71は、ノズルプレート70に形成されている。流路形成基板10の弾性膜(振動板)16上に下電極(第1電極)20、圧電体層30及び上電極(第2電極)40が順に積層され、圧力発生室12が形成されたシリコン基板15にノズルプレート70が固着されている。
なお、本明細書で説明する位置関係は、発明を説明するための例示に過ぎず、発明を限定するものではない。従って、第1電極の上以外の位置、例えば、下、左、右、等に第2電極が配置されることも、本発明に含まれる。
【0017】
図1(b)に例示する本製造方法は、工程S1〜S3を備えている。
電極形成工程S1では、(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する電極(20)を形成する。(100)に優先配向するとは、後述するロットゲーリング・ファクターF(100)又はファクターF*(100)が所定値(例えば0.5)以上になることを意味するものとする。ニッケル酸ランタンは、化学式LaNiOyで表される。このyは、3が標準であるが、(100)に優先配向する範囲内で3からずれてもよい。電極(20)は、白金、金、イリジウム、酸化チタン、これらの組合せ、等の導電性膜21の表面にLNO(ニッケル酸ランタン)膜22を形成した導電層でもよいし、LNO膜のみでもよい。LNO膜は、(100)面に優先配向する性質を有している。LNO膜22には、ニッケル酸ランタンを主成分としてモル比で少ない別の物質(例えば金属)が含まれてもよい。従って、電極(20)の表面には、ニッケル酸ランタン以外の物質が含まれてもよい。ここで、主成分は、含まれる成分の中で最もモル比の多い成分とする。
【0018】
塗布工程S2では、電極(20)の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液31を塗布する。前駆体溶液には、Bi、Ba、Fe及びTiを主要成分としてモル比で少ない別の金属(例えばMn)が含まれてもよい。ここで、主要成分は、モル比合計が他の含有成分のモル比よりも多いような一以上の対象成分とする。前駆体溶液の塗布は、スピンコート法、ディップコート法、インクジェット法、等の液相法で行うことができる。
【0019】
圧電体層形成工程S3では、塗布した前駆体溶液31を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成する。得られるペロブスカイト型酸化物は、少なくともBi、Ba、Fe及びTiが含まれ、Bi、Ba、Fe及びTiを主要成分としてモル比で少ない別の金属(例えばMn)が含まれてもよい。圧電体層30には、ペロブスカイト型酸化物以外の物質(例えば金属酸化物)が含まれてもよい。
【0020】
図7(b)に比較薄膜2のF*(110)を例示するように、LNOの無い電極の表面にBi、Ba、Fe及びTiを含む非鉛の前駆体溶液を塗布して結晶化させると、(110)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層が形成される。このような圧電体層は、図11に暗視野画像を例示するように、クラックが発生することがある。また、このような圧電体層を有する圧電素子を湿度のある空気中に保管すると、図12に比較薄膜2の電流密度−電圧の関係を例示するように、乾燥空気下と比べて圧電体層の絶縁破壊電圧、すなわち、急激なリーク電流の生じる電圧が低下することがある。
【0021】
本製造方法では、(100)に優先配向したLNO膜上に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液が塗布されて結晶化される。これにより、(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成することができると考えられる。圧電体層30は、このようなペロブスカイト型酸化物が含まれていればよく、このようなペロブスカイト型酸化物を主成分としてモル比で少ない別の物質(例えば金属酸化物)が含まれてもよい。
【0022】
前駆体溶液に含まれる金属は、ペロブスカイト構造の中で原子半径に応じたサイトに配置される。得られるペロブスカイト型酸化物は、AサイトにBiとBaを少なくとも含み、BサイトにFeとTiを少なくとも含む。このようなペロブスカイト型酸化物には、下記一般式で表される組成の非鉛系ペロブスカイト型酸化物が含まれる。
(Bi,Ba)(Fe,Ti)Oz …(1)
(Bi,Ba,MA)(Fe,Ti)Oz …(2)
(Bi,Ba)(Fe,Ti,MB)Oz …(3)
(Bi,Ba,MA)(Fe,Ti,MB)Oz …(4)
ここで、MAはBi、Ba及びPbを除く1種以上の金属元素であり、MBはFe、Ti及びPbを除く1種以上の金属元素である。zは、3が標準であるが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で3からずれてもよい。Aサイト元素とBサイト元素との比は、1:1が標準であるが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で1:1からずれてもよい。
【0023】
Bi,Ba,MAのモル数合計に対するBiのモル数比は、例えば50〜99.9%程度とすることができる。Bi,Ba,MAのモル数合計に対するBaのモル数比は、例えば0.1〜50%程度とすることができる。Bi,Ba,MAのモル数合計に対するMAのモル数比は、例えば0.1〜33%程度とすることができる。
Fe,Ti,MBのモル数合計に対するFeのモル数比は、例えば50〜99.9%程度とすることができる。Fe,Ti,MBのモル数合計に対するTiのモル数比は、例えば0.1〜50%程度とすることができる。Fe,Ti,MBのモル数合計に対するMBのモル数比は、例えば0.1〜33%程度とすることができる。
【0024】
前駆体溶液に添加可能なMB元素には、Mn等が含まれる。Bサイト構成金属中のMnのモル濃度比は、Bサイト構成金属の全モル濃度比を100%として、例えば、0.1〜10%程度とすることができる。Mnを添加すると圧電体層の絶縁性を高く(リーク特性を改善)する効果が期待されるが、Mnが無くても圧電性能を有する圧電素子を形成することができる。
【0025】
少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含むペロブスカイト型酸化物を有する圧電体層30の結晶化温度は、通常、400〜450℃になる。
【0026】
(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30は、図10に暗視野画像を例示するように、クラックの発生が抑制されることが分かった。また、このような圧電体層を有する圧電素子を湿度のある空気中に保管しても、図12に薄膜2の電流密度−電圧の関係を例示するように、乾燥空気下と比べた絶縁破壊電圧の低下が抑制されることが分かった。これらクラック抑制及び耐湿性向上の効果は、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含むペロブスカイト型酸化物の配向が自然配向の(110)面から(100)面に変わることによるものと考えられる。
以上より、圧電体層のクラック発生を抑制し耐湿性を向上させるためには、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層を形成すればよい。
【0027】
前駆体溶液31の結晶化の前に、電極(20)の表面の塗布膜(31)をペロブスカイト型酸化物の結晶化温度未満で加熱する第1加熱工程が行われてもよい。結晶化前に塗布膜(31)が乾燥し、脱脂温度以上では塗布膜(31)が脱脂されるので、圧電体層30を良好に形成することができる。また、第1加熱工程の後に電極(20)の表面の塗布膜(31)を結晶化温度以上で加熱する第2加熱工程が行われてもよい。この焼成により、圧電体層30を良好に形成することができる。加熱には種々の装置を用いることができるが、RTA(Rapid Thermal Annealing)法を使用することのできる赤外線ランプアニール装置を結晶化温度以上の加熱に用いると、圧電体層30を良好に形成することができる。
上記第1加熱工程では、乾燥温度<脱脂温度<結晶化温度として、電極(20)の表面の塗布膜(31)を乾燥温度で加熱した後、乾燥処理後に電極(20)の表面の塗布膜(31)を脱脂温度で加熱してもよい。
【0028】
結晶の配向性は、X線回折広角法(XRD)によりX線回折チャートとして分析することができる。図7(a)に薄膜1〜3のX線回折チャートを例示するように、異相は見られない。加えて、圧電体層30の結晶構造は、X線回折装置の分解能においては擬立方晶と推定される。ここで言う擬立方晶とは、a≠cとみなせるほど回折ピークが分離していないという意味であり、必ずしもa=b=cが成立することを意味しない。ただし、下記に述べる配向度は、立方晶として解析して問題ない。
【0029】
立方晶構造の配向性については、一般的には下記の計算式で求められるロットゲーリング・ファクターFが用いられている。
P(100)=A(100)/(A(100)+A(110)+A(111)) …(5)
F(100)=(P(100)−P0(100))/(1−P0(100)) …(6)
P(110)=A(110)/(A(100)+A(110)+A(111)) …(7)
F(110)=(P(110)−P0(110))/(1−P0(110)) …(8)
ここで、A(100)は(100)配向面からの反射強度、A(110)は(110)配向面からの反射強度、A(111)は(111)配向面からの反射強度、である。従って、P(100)は全反射強度に対する(100)配向面からの反射強度の比、P(110)は全反射強度に対する(110)配向面からの反射強度の比、である。また、P0(100)は結晶が無配向であるときの全反射強度に対するA(100)の比、P0(110)は結晶が無配向であるときの全反射強度に対するA(110)の比、である。
【0030】
導電性膜21に白金を用いる場合、結晶の(111)ピークが白金のピークと近接しているため、十分な精度で(111)ピークを分離することできない。このため、代わりに下記の計算式で配向度の計算を行うことにする。
P*(100)=A(100)/(A(100)+A(110)) …(9)
F*(100)=(P*(100)−P*0(100))/(1−P*0(100)) …(10)
P*(110)=A(110)/(A(100)+A(110)) …(11)
F*(110)=(P*(110)−P*0(110))/(1−P*0(110)) …(12)
ここで、P*0(100)は結晶が無配向であるときの(A(100)+A(110))に対するA(100)の比、P*0(110)は結晶が無配向であるときの(A(100)+A(110))に対するA(110)の比、である。結晶が無配向であるときの(100)配向面からの反射強度をA0(100)、結晶が無配向であるときの(110)配向面からの反射強度をA0(110)、とすると、
P*0(100)=A0(100)/(A0(100)+A0(110)) …(13)
P*0(110)=A0(110)/(A0(100)+A0(110)) …(14)
である。
【0031】
図7(b)に薄膜1〜3の配向度F*(100)を例示するように、LNOを少なくとも表面に有する電極上に液相法で形成した圧電体層は、擬立方晶(100)面に優先配向する。
【0032】
(2)圧電素子及び液体噴射ヘッドの製造方法の例:
図2は、液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッド1を便宜上、分解した分解斜視図である。図3,4は、記録ヘッドの製造方法を例示するための断面図であり、圧力発生室12の長手方向D2に沿った垂直断面図である。記録ヘッド1を構成する各層は、接合されて積層されてもよいし、分離されない材料の表面を変性する等して一体に形成されてもよい。
【0033】
流路形成基板10は、シリコン単結晶基板等から形成することができる。弾性膜16は、例えば、膜厚が例えば500〜800μm程度と比較的厚く剛性の高いシリコン基板15の一方の面を約1100℃の拡散炉で熱酸化する等によってシリコン基板15と一体に形成することができ、二酸化シリコン(SiO2)等で構成することができる。弾性膜16の厚みは、弾性を示す限り特に限定されないが、例えば0.5〜2μm程度とすることができる。
【0034】
次いで、図3(a)に示すように、弾性膜16上に下電極20をスパッタ法等によって形成する。下電極20は、例えば、図1(a)に示すように、(100)に優先配向したLNO膜22を導電性膜21上に有する構造とされる。
導電性膜21の構成金属には、Pt、Au、Ir、Ti、等の1種以上の金属を用いることができる。導電性膜21の厚みは、特に限定されないが、例えば50〜500nm程度とすることができる。なお、密着層又は拡散防止層として、TiAlN(窒化チタンアルミ)膜、Ir膜、IrO(酸化イリジウム)膜、ZrO2(酸化ジルコニウム)膜、等の層を弾性膜16上に形成したうえで、当該層上に導電性膜21を形成してもよい。
【0035】
LNO膜22は、例えば、スピンコート法といった液相法で導電性膜21や弾性膜16等の表面に前駆体溶液を塗布し(塗布工程1)、塗布膜を結晶化させることにより、形成することができる。LNO膜の前駆体溶液には、少なくともランタン塩とニッケル塩とを溶媒に溶解させた溶液、少なくともランタン塩とニッケル塩とを分散媒に分散させたゾル、等が含まれる。溶媒や分散媒には、例えば、無水酢酸といった有機溶媒を含むものを用いることができる。ランタン塩やニッケル塩には、例えば、酢酸塩といった有機酸塩等の有機金属化合物を用いることができる。前駆体溶液中のLa(ランタン)とNi(ニッケル)のモル濃度比は、1:1が標準であるが、1:1からずれていてもよい。前駆体溶液には、LaとNiを主要成分としてモル比で少ない別の金属が含まれてもよい。LNO膜22をLNOの結晶化温度以上で加熱すると、(100)に優先配向した薄膜状のLNOを少なくとも表面に有する下電極20が形成される。好ましくは、例えば140〜190℃程度に加熱して乾燥し(乾燥工程1)、その後、例えば300〜400℃程度に加熱して脱脂し(脱脂工程1)、その後、例えば550〜850℃程度に加熱して結晶化させる(焼成工程1)。脱脂とは、塗布膜に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O、等として離脱させることである。LNO膜22の厚みは、特に限定されないが、例えば10〜140nm程度とすることができる。なお、図3(b)に示す例では、下電極20を形成した後にパターニングしている。
【0036】
次いで、図1(b)に示すように、下電極20の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液31を塗布する(塗布工程2)。前駆体溶液に含まれる少なくともBi、Ba、Fe及びTiの金属塩には、2−エチルヘキサン酸塩や酢酸塩といった有機酸塩等を用いることができる。前駆体溶液には、前記金属塩を溶媒に溶解させた溶液、前記金属塩を分散媒に分散させたゾル、等が含まれる。溶媒や分散媒には、オクタン、キシレン、これらの組合せ、といった有機溶媒を含むもの等を用いることができる。前駆体溶液中の金属のモル濃度比は、形成されるペロブスカイト型酸化物の組成に応じて決めることができる。上述した式(1)〜(4)におけるAサイト構成金属及びBサイト構成金属のモル濃度比は、1:1が標準であるが、ペロブスカイト型酸化物が形成される範囲内で1:1からずれていてもよい。塗布膜の厚みは、特に限定されないが、例えば0.1μm程度とすることができる。
【0037】
次いで、塗布した前駆体溶液31を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層30を形成する。前駆体溶液31の膜をペロブスカイト型酸化物の結晶化温度以上で加熱すると、(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む薄膜状の圧電体層30が形成される。好ましくは、例えば140〜190℃程度に加熱して乾燥し(乾燥工程2)、その後、例えば300〜400℃程度に加熱して脱脂し(脱脂工程2)、その後、450℃以上、例えば550〜850℃程度に加熱して結晶化させる(焼成工程2)。圧電体層30を厚くするため、塗布工程2と乾燥工程2と脱脂工程2と焼成工程2の組合せを複数回行ってもよい。焼成工程2を減らすために、塗布工程2と乾燥工程2と脱脂工程2の組合せを複数回行った後に焼成工程2を行ってもよい。さらに、これらの工程の組合せを複数回行ってもよい。
形成される圧電体層30の厚みは、電気機械変換作用を示す範囲で特に限定されないが、例えば0.2〜5μm程度とすることができる。好ましくは、製造工程でクラックが発生しない程度に圧電体層30の厚さを抑え、十分な変位特性を示す程度に圧電体層30を厚くするとよい。
【0038】
上述した乾燥工程1,2及び脱脂工程1,2を行うための加熱装置には、ホットプレート、赤外線ランプの照射により加熱する赤外線ランプアニール装置、等を用いることができる。上記焼成工程1,2を行うための加熱装置には、赤外線ランプアニール装置等を用いることができる。好ましくは、RTA(Rapid Thermal Annealing)法等を用いて昇温レートを比較的速くするとよい。
【0039】
圧電体層30を形成した後、図3(b)に示すように、圧電体層30上に上電極40をスパッタ法等によって形成する。上電極40の構成金属には、Ir、Au、Pt、等の1種以上の金属を用いることができる。上電極40の厚みは、特に限定されないが、例えば20〜200nm程度とすることができる。なお、図3(c)に示す例では、上電極40を形成した後に、圧電体層30及び上電極40を各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして圧電素子3を形成している。
一般的には、圧電素子3の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層30を圧力発生室12毎にパターニングして圧電素子3を構成する。図2,4に示す圧電素子3は、下電極20を共通電極とし、上電極40を個別電極としている。
【0040】
以上により、圧電体層30及び電極(20,40)を有する圧電素子3が形成され、この圧電素子3及び弾性膜16を備えた圧電アクチュエーター2が形成される。
【0041】
次いで、図3(c)に示すように、リード電極45を形成する。例えば、流路形成基板10の全面に亘って金層を形成した後にレジスト等からなるマスクパターンを介して圧電素子3毎にパターニングすることにより、リード電極45が設けられる。図2に示す各上電極40には、インク供給路14側の端部近傍から弾性膜16上に延びたリード電極45が接続されている。
【0042】
なお、導電性膜21や上電極40やリード電極45は、DC(直流)マグネトロンスパッタリング法といったスパッタ法等によって形成することができる。各層の厚みは、スパッタ装置の印加電圧やスパッタ処理時間を変えることにより調整することができる。
【0043】
次いで、図4(a)に示すように、圧電素子保持部52等を予め形成した保護基板50を流路形成基板10上に例えば接着剤によって接合する。保護基板50には、例えば、シリコン単結晶基板、ガラス、セラミックス材料、等を用いることができる。保護基板50の厚みは、特に限定されないが、例えば300〜500μm程度とすることができる。保護基板50の厚み方向に貫通したリザーバ部51は、連通部13とともに、共通のインク室(液体室)となるリザーバ9を構成する。圧電素子3に対向する領域に設けられた圧電素子保持部52は、圧電素子3の運動を阻害しない程度の空間を有する。保護基板50の貫通孔53内には、各圧電素子3から引き出されたリード電極45の端部近傍が露出する。
【0044】
次いで、シリコン基板15をある程度の厚さとなるまで研磨した後、さらにフッ硝酸によってウェットエッチングすることによりシリコン基板15を所定の厚み(例えば60〜80μm程度)にする。次いで、図4(b)に示すように、シリコン基板15上にマスク膜17を新たに形成し、所定形状にパターニングする。マスク膜17には、窒化シリコン(SiN)等を用いることができる。次いで、KOH等のアルカリ溶液を用いてシリコン基板15を異方性エッチング(ウェットエッチング)する。これにより、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12と細幅のインク供給路14を備えた複数の液体流路と、各インク供給路14に繋がる共通の液体流路である連通部13とが形成される。液体流路(12,14)は、圧力発生室12の短手方向である幅方向D1へ並べられている。
なお、圧力発生室12は、圧電素子3の形成前に形成されてもよい。
【0045】
次いで、流路形成基板10及び保護基板50の周縁部の不要部分を例えばダイシングにより切断して除去する。次いで、図4(c)に示すように、シリコン基板15の保護基板50とは反対側の面にノズルプレート70を接合する。ノズルプレート70は、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼、等を用いることができ、流路形成基板10の開口面側に固着される。この固着には、接着剤、熱溶着フィルム、等を用いることができる。ノズルプレート70には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口71が穿設されている。従って、圧力発生室12は、液体を吐出するノズル開口71に連通している。
【0046】
次いで、封止膜61及び固定板62を有するコンプライアンス基板60を保護基板50上に接合し、所定のチップサイズに分割する。封止膜61は、例えば厚み4〜8μm程度のポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム)といった剛性が低く可撓性を有する材料等が用いられ、リザーバ部51の一方の面を封止する。固定板62は、例えば厚み20〜40μm程度のステンレス鋼(SUS)といった金属等の硬質の材料が用いられ、リザーバ9に対向する領域が開口部63とされている。
【0047】
また、保護基板50上には、並設された圧電素子3を駆動するための駆動回路65が固定される。駆動回路65には、回路基板、半導体集積回路(IC)、等を用いることができる。駆動回路65とリード電極45とは、接続配線66を介して電気的に接続される。接続配線66には、ボンディングワイヤといった導電性ワイヤ等を用いることができる。
以上により、記録ヘッド1が製造される。
【0048】
本記録ヘッド1は、図示しない外部インク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、リザーバ9からノズル開口71に至るまで内部をインクで満たす。駆動回路65からの記録信号に従い、圧力発生室12毎に下電極20と上電極40との間に電圧を印加すると、圧電体層30、下電極20及び弾性膜16の変形によりノズル開口71からインク滴が吐出する。
なお、記録ヘッドは、下電極を共通電極とし上電極を個別電極とした共通下電極構造とされてもよいし、上電極を共通電極とし下電極を個別電極とした共通上電極構造とされてもよいし、下電極及び上電極を共通電極とし両電極間に個別電極を設けた構造とされてもよい。
【0049】
(3)液体噴射装置:
図5は、上述した記録ヘッド1を有する記録装置(液体噴射装置)200の外観を示している。記録ヘッド1を記録ヘッドユニット211,212に組み込むと、記録装置200を製造することができる。図5に示す記録装置200は、記録ヘッドユニット211,212のそれぞれに、記録ヘッド1が設けられ、外部インク供給手段であるインクカートリッジ221,222が着脱可能に設けられている。記録ヘッドユニット211,212を搭載したキャリッジ203は、装置本体204に取り付けられたキャリッジ軸205に沿って往復移動可能に設けられている。駆動モーター206の駆動力が図示しない複数の歯車及びタイミングベルト207を介してキャリッジ203に伝達されると、キャリッジ203がキャリッジ軸205に沿って移動する。図示しない給紙ローラー等により給紙される記録シート290は、プラテン208上に搬送され、インクカートリッジ221,222から供給され記録ヘッド1から吐出するインクにより印刷がなされる。
【0050】
(4)実施例:
以下、実施例を示すが、本発明は以下の例により限定されるものではない。
【0051】
[薄膜1〜3のためのLNO前駆体溶液作製]
酢酸ランタン5mmol、酢酸ニッケル5mmol、無水酢酸25mL、及び、水5mLを混合し、60℃で1時間加熱還流して、LNO前駆体溶液を作製した。
【0052】
[BFM−BT前駆体溶液作製]
いずれも2−エチルヘキサン酸を配位子に持つビスマス、鉄、マンガン、バリウム、チタンの液体原料を、溶解する金属のモル比でBi:Fe:Mn=100:95:5、Ba:Ti=100:100、且つ、BFM:BT=95:5になるよう混合して、BFM−BT前駆体溶液(溶液1)を作製した。ここで、BFM−BTは一般式(Bi,Ba)(Fe,Ti,Mn)Ozで表され、Bi:Fe:Mn:Ba:Ti=95:90.25:4.75:5:5となる。また、BFMはBiのモル数、すなわち、FeとMnのモル数の合計、BTはBaのモル数、すなわち、Tiのモル数、を表している。
同様に、Bi:Fe:Mn=100:95:5、Ba:Ti=100:100、且つ、BFM:BT=75:25の溶液2、及び、Bi:Fe:Mn=100:95:5、Ba:Ti=100:100、且つ、BFM:BT=60:40の溶液3を作製した。溶液2のBFM−BTはBi:Fe:Mn:Ba:Ti=75:71.25:3.75:25:25、溶液3のBFM−BTはBi:Fe:Mn:Ba:Ti=60:57:3:40:40、となる。
【0053】
[薄膜1〜3の作製]
基板には、サイズが一辺2.5cmのプラチナ被覆シリコン基板、具体的には、Pt/TiOx/SiOx/Siの各層を有する基板を使用した。この基板上にスピンコート法でLNO膜及びBFM−BT膜を形成することにした。
【0054】
まず、LNO前駆体溶液を基板上に滴下し、2200rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次いで、180℃のホットプレート上で5分間加熱した後、400℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。次いで、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、750℃で5分間焼成した(焼成工程1)。以上の工程により、厚さ40nmの(100)に優先配向したLNO膜を作製した。
次いで、前記LNO膜上に溶液2を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。次に、150℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せを3回繰り返した後、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、650℃で3分間焼成した(焼成工程2)。「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ3回」と「焼成工程2」の組合せを2回繰り返すことにより、基板上にLNO膜及びBFM−BT膜を形成した。形成されたLNO膜及びBFM−BT膜を薄膜1とする。薄膜1の厚みは、468nmであった。
同様に、「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ3回」と「焼成工程2」の組合せを4回繰り返すことにより、LNO膜とBFM−BT膜を合わせた厚みが932nmである薄膜2を作製した。また、「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ3回」と「焼成工程2」の組合せを5回繰り返すことにより、LNO膜とBFM−BT膜を合わせた厚みが1270nmである薄膜3を作製した。
【0055】
[上電極作製]
前記薄膜1上に、メタルマスクを使用し、DCスパッタにて厚さ約100nmの白金パターンを作製した。次に、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、薄膜に対して650℃で5分間焼付けを行い、Pt/BFM−BT/LNOの各層を有する圧電素子(素子1)を作製した(上部電極形成工程1)。
同様に、前記薄膜2,3を用いて、それぞれ素子2,3を作製した。
【0056】
[比較例1]
前記薄膜1の脱脂工程2で行った350℃の熱処理を450℃に変更した以外は、前記薄膜1と同様の工程で比較薄膜1を作製した。LNO膜とBFM−BT膜を合わせた厚みは、472nmであった。
次に、前記上部電極形成工程1と同様の工程で、比較素子1を作製した。
【0057】
[比較例2]
前記プラチナ被覆シリコン基板上にLNO膜を形成せず、溶液2を使用し、塗布工程2、乾燥及び脱脂工程2、並びに、焼成工程2と同様の工程で、計12層の比較薄膜2を作製した。基板上に形成されたBFM−BT膜の厚みは、924nmであった。
次に、前記上部電極形成工程1と同様の工程で、比較素子2を作製した。
【0058】
[試験例1]
溶液1,2,3について、示差走査熱熱重量同時測定(TG−DTAの測定)を行った。このTG−DTAの測定は、Bruker製「TG−DTA2000SA」を使用し、温度範囲は室温〜525℃、昇降温速度は5℃/分、空気雰囲気下で行った。
【0059】
図6(a)に、結果の一例として、溶液2のTG−DTA測定結果を示している。図6(a)に示すように、室温〜230℃では、TGの重量減少とDTAの吸熱ピークが観測されたことから、主に溶媒の揮発が起こっていることが分かる。230〜340℃では、TG重量減少とDTAの発熱ピークが観測されたことから、錯体の分解と配位子の揮発及び分解が起こっていることが分かる。410〜500℃では、TGにほとんど変化がなく、DTAの比熱の変化のみが観測されることから、結晶化が進行していることが分かる。
【0060】
図6(b)に上記TG−DTA測定結果より調べたペロブスカイト型酸化物の結晶化温度を示す。ここでいう結晶化温度は、DTAの比熱の変化が起こり始める点とした。図6(b)に示すように、少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液による結晶化温度が400〜450℃の範囲内となっている。
【0061】
[試験例2]
薄膜1,2,3及び比較薄膜1,2について、Bruker製「D8 Discover」を用い、X線源にCuKαを使用したX線回折広角法(XRD)によりX線回折チャートを求めた。
【0062】
図7(a)に結果を示している。図7(a)に示すように、薄膜1〜3及び比較薄膜1,2はいずれもペロブスカイト構造のBFM−BTが形成されており、異相は見られなかった。加えて、薄膜1〜3の結晶構造は、X線回折装置の分解能においては擬立方晶と推定される。従って、結晶の配向度は、立方晶として解析して問題ない。図7(a)に示すチャートはBFM−BTの(111)ピークが白金の強いピークと近接しているため、十分な精度で(111)ピークを分離することができない。そこで、ロットゲーリング・ファクターFに代えて上記式(9)〜(12)によりファクターF*(100),F*(110)を計算することにした。P*(100),P*(110)は、BFM−BTのバルクを用いて求めたP*0(100)=0.24,P*0(110)=0.76を使用した。
【0063】
図7(b)にファクターF*(100),F*(110)の計算結果を示す。図7(b)に示すように、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した比較薄膜2では、(110)に優先配向していることが分かる。脱脂工程2の熱処理をTG−DTAで調べた結晶化温度程度にした比較薄膜1では、F*(100)=0.04であり、(100)面の配向度と自然配向面である(110)面の配向度とが同程度であることが分かる。一方、LNOを有する電極の表面にBFM−BTを形成した薄膜1〜3は、いずれもF*(100)が0.5以上であり、(100)に優先配向していることが分かる。
【0064】
[試験例3]
薄膜1〜3及び比較薄膜1,2について、破断面状態を調べるため、SEM(走査型電子顕微鏡)で観察を行った。
【0065】
図8に薄膜1の破断面をSEMで撮影した写真画像、図9に比較薄膜1の破断面をSEMで撮影した写真画像、を示している。図8,9に示すように、薄膜1は結晶がRTA法の急速加熱による界面を跨いで厚み方向へ繋がった柱状結晶であるのに対し、比較薄膜1は柱状結晶が少なく粒子状結晶が大半を占めていることが分かった。薄膜1のように乾燥及び脱脂工程2の加熱温度がTG−DTAで調べた結晶化温度よりも低い温度である場合、乾燥及び脱脂工程2で結晶核の生成確率が低く、RTA法の急速加熱時に下部界面で選択的に結晶核の生成及び成長が進行して柱状結晶が形成されるためと考えられる。一方、比較薄膜1のように乾燥及び脱脂工程2の温度がTG−DTAで調べた結晶化温度程度である場合、乾燥及び脱脂工程2で結晶核が膜中でランダムな確率で生成して粒子状結晶が形成されるためと考えられる。この結果は、比較薄膜1についてXRDによるX線回折チャートから求めたF*(100)が0.5よりも小さい結果と一致する。
【0066】
[試験例4]
薄膜2及び比較薄膜2について、金属顕微鏡を用いて表面の暗視野画像を撮影した。
【0067】
図10に薄膜2の暗視野画像、図11に比較薄膜2の暗視野画像、を示している。図11に示すように、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した場合には、圧電体層にクラックが発生していることが分かる。一方、図10に示すように、(100)に優先配向したLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した場合には、圧電体層にクラックが発生していないことが分かる。
【0068】
[試験例5]
素子2及び比較素子2について、乾燥空気下と湿度50%の空気下とで、±60Vの電圧を印加して、電流密度J(A/cm2)の常用対数Log(J)と電圧E(V)との関係(Log(J)−E曲線)を求めた。乾燥空気下の測定は、素子サンプルを入れた箱の中に乾燥空気を供給しながら行った。湿度のある空気下の測定は、前記箱に素子サンプルを入れずに行った。
【0069】
図12(a)に乾燥空気下の電流密度(対数)−電圧との関係、図12(b)に湿度のある空気下の電流密度(対数)−電圧との関係、を示している。ここで、「薄膜2」は素子2に電圧を印加して得たデータを示し、「比較薄膜2」は比較素子2に電圧を印加して得たデータを示している。
図12(a)に示すように、乾燥空気下では、比較素子2のようにLNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した場合と、素子2のようにLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した場合とで、特性にほとんど差がみられない。
図12(b)に示すように、湿度のある空気下では、比較素子2のようにLNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成する場合、絶縁破壊電圧が低下することが分かる。一方、素子2のようにLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成する場合、乾燥空気下と比べたリークレベルの低下が抑制され、圧電体層の絶縁性の低下が抑制されることが分かる。
【0070】
[試験例6]
素子1〜3及び比較素子1,2について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」を用い、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、分極量P(μC/cm2)と電界E(V)の関係(P−E曲線)を求めた。
【0071】
図13(a),(b)に素子1,2のP−E曲線、図14に素子3のP−E曲線、図15(a),(b)に比較素子1,2のP−E曲線、を示している。図13〜15に示すように、素子1〜3及び比較素子1,2は、いずれも良好なP−Eヒステリシスを示し、配向性に依らず良好な圧電特性を示すことが分かった。
【0072】
[試験例7]
素子1〜3及び比較素子1,2について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い、室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの三角波を印加して、電界誘起歪(nm)と電圧(V)との関係を求めた。
【0073】
図16に、結果の一例として、素子2の電界誘起歪−電圧の関係を示している。図16に示すように、30Vの交流周波数印加により、到達歪が1.873nm、逆到達歪が−0.164nmのバタフライカーブを示している。このことから、+側の到達歪から−側の逆到達歪の差分を最大歪とすると、最大歪は2.037nmとなる。これを歪率に換算すると0.22%となる。従って、素子2のようにLNOを表面に有する電極の表面に(100)に優先配向したBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成する場合、良好な電界誘起歪特性を示すことが分かる。
【0074】
以上のことから、(100)に優先配向したLNOを少なくとも表面に有する電極を形成し、この電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布し、該塗布した前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む圧電体層を形成することにより、良好な(100)配向セラミックスを作製することが出来、それを用いた圧電素子が良好な電界誘起歪特性を示すことが分かる。従って、本製造方法は、Bi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を有する圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させることができる。
【0075】
[薄膜4〜10の作製]
LNO前駆体溶液は、以下のように作製した。
まず、大気中にて、酢酸ランタン1.5水和物(La(CH3COO)3・1.5H2Oと酢酸ニッケル4水和物(Ni(CH3COO)2・4H2O)を、ランタンとニッケルがそれぞれ5mmolとなるようにビーカーに加えた。その後、プロピオン酸(濃度:99.0重量%)20mlを加えて混合した。その後、溶液温度が140℃程度となるようにホットプレートで加熱した上で、空焚きとならないように、適時プロピオン酸を滴下しながら約1時間攪拌することで、LNO前駆体溶液を作製した。
【0076】
基板には、サイズが一辺6インチのプラチナ被覆シリコン基板、具体的には、Pt/Zr/ZrOx/SiOx/Siの各層を有する基板を使用した。この基板は、以下のように作製した。
まず、シリコン基板の表面に熱酸化により二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にスパッタ法によりジルコニウム膜を作製し、熱酸化することで酸化ジルコニウム膜を形成した。次に、酸化ジルコニウム膜上に(111)に配向した白金膜を50nm積層した。
【0077】
LNO膜は、以下のように作製した。
まず、上記基板の白金膜上に上記LNO前駆体溶液を滴下し、2000rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次いで、330℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。その後、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、酸素雰囲気中において750℃で5分間焼成して結晶化させて(焼成工程1)、厚さ約30nmの(100)に優先配向したLNO膜を形成した。
【0078】
薄膜4〜10の作製には、LNO膜を形成した基板を2.5cm角に切り出した基板を使用した。BFM−BT前駆体溶液には、上述した溶液2(BFM:BT=75:25)を使用した。各薄膜4〜10は、以下のように作製した。
まず、前記基板のLNO膜上にBFM−BT前駆体溶液を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。次に、180℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で3分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せを2回繰り返した後、赤外線ランプアニール装置でRTA法により、図17に示す焼成温度で5分間焼成した(焼成工程2)。「塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2の組合せ2回」と「焼成工程2」の組合せを6回繰り返すことにより、基板上にLNO膜及びBFM−BT膜を形成した。形成されたLNO膜及びBFM−BT膜をそれぞれ薄膜4〜10とする。薄膜の厚みの一例として、薄膜4の厚みは900nmであった。
【0079】
各薄膜4〜10上に、メタルマスクを使用し、スパッタにて厚さ約50nmのイリジウム(Ir)パターンを作製することで、Ir/BFM−BT/LNOの各層を有する圧電素子(素子4〜10)をそれぞれ作製した。
【0080】
[比較薄膜4〜10の作製]
LNOを形成する工程を省いた他は、素子4〜10の作製工程と同様の工程で比較薄膜4〜10、及び、比較素子4〜10を作成した。便宜上、本明細書では「比較薄膜3」と「比較素子3」を記載しない。
【0081】
[試験例8]
薄膜4〜10及び比較薄膜4〜10について、試験例2と同様にしてX線回折チャートを求めた。その結果、薄膜4〜10及び比較薄膜4〜10はいずれもペロブスカイト構造のBFM−BTが形成されており、異相は見られなかった。本試験例8もBFM−BTの(111)ピークが白金の強いピークと近接しているため、十分な精度で(111)ピークを分離することができない。そこで、P*0(100)=0.24,P*0(110)=0.76を使用して、ファクターF*(100),F*(110)を計算した。その結果、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した比較薄膜4〜10は、いずれも(110)に優先配向していることが分かった。一方、薄膜4〜10は、図17に示すように、いずれもF*(100)が0.5以上であり、(100)に優先配向していることが分かる。
【0082】
また、図17に示すように、焼成温度750℃以上の薄膜8〜10はファクターF*(100)が0.74以下であるのに対し、焼成温度725℃以下の薄膜4〜7はファクターF*(100)が0.89以上と配向度が大きくなった。
【0083】
[試験例9]
薄膜4〜10について、金属顕微鏡を用いて表面の暗視野画像を撮影した。図17に薄膜表面の外観の様子を示している。図17に示すように、焼成温度725℃以下の薄膜4〜7は、クラックの無い非常に良好な外観であった。焼成温度750℃以上の薄膜8〜10は、LNOの無い電極の表面にBFM−BTを形成した比較薄膜ほどではないものの、若干、クラックの発生が見られた。このことから、LNOを有する電極の表面に(100)に優先配向したBFM−BTを含む圧電体層を形成すると圧電体層のクラック発生を抑制する効果が得られるが、焼成温度を725℃以下にすると圧電体層のクラック発生がさらに抑制されることが分かる。
【0084】
[試験例10]
薄膜4〜10及び比較薄膜4について、圧電体層から厚さ方向に亘って二次イオン質量分析を行って、ランタン(La)の分布を調べた。二次イオン質量分析装置(SIMS)には、アルバック−ファイ社製「ADEPT−1010」を用いた。結果の例として、図18(a)に薄膜4のランタンのSIMSプロファイル、図18(b)に薄膜7のランタンのSIMSプロファイル、図19(a)に薄膜8のランタンのSIMSプロファイル、図19(b)に薄膜10のランタンのSIMSプロファイル、を示している。本測定においてランタンはBFM−BT中で妨害元素の影響を受けるため、ランタンが含まれない比較薄膜4のプロファイルを使用しバックグラウンド処理を行った。各図において、横軸は測定時間(単位:秒)、縦軸はランタンの強度(単位:cps)の常用対数、左側が圧電体層表面側、右側がプラチナ被覆シリコン基板側、「LNO」はLNO膜の位置、を示している。また、BFM−BT膜形成時に6回行われる焼成の界面に生じると推測される偏析を順に「偏析1」、「偏析2」、「偏析3」、「偏析4」、「偏析5」、と示している。なお、上記焼成工程2をn回目(nは1〜5の整数)に行ったときの表面を焼成界面nと呼ぶことにする。従って、焼成界面5は、圧電体層の中で表面を除きLNO膜から最も遠い表面側の界面となる。
【0085】
図18(a)に示すように、焼成温度650℃の薄膜4の圧電体層にはLNO膜から拡散したと考えられるランタンが含まれている。加えて、ランタンの分布は不均一であり、焼成界面1,2にランタンの偏析(偏析1,2)が観測された。薄膜5,6では、焼成界面1〜3にランタンの偏析(偏析1〜3)が観測された。焼成温度725℃の薄膜7では、図18(b)に示すように、焼成界面1〜4にランタンの偏析(偏析1〜4)が観測された。焼成温度750℃の薄膜8では、図19(a)に示すように、焼成界面1〜5にランタンの偏析(偏析1〜5)が観測された。薄膜9も、焼成界面1〜5にランタンの偏析(偏析1〜5)が観測された。焼成温度800℃の薄膜10も、図19(b)に示すように、焼成界面1〜5にランタンの偏析(偏析1〜5)が観測された。
【0086】
以上のことから、最も表面側の焼成界面5にランタンの偏析5が見られるのは、焼成温度が750℃以上の場合であり、この場合、F*(100)≦0.74となる。一方、焼成界面5にランタンの偏析5が見られないのは、焼成温度が725℃以下の場合であり、この場合、F*(100)≧0.89となり、圧電体層のクラック発生が抑制された好ましい圧電素子が得られる。これは、以下の理由が考えられる。
【0087】
焼成温度が750℃以上と比較的高い場合、(n−1)回目の焼成工程2で形成された結晶がn回目の焼成工程2で再溶融する割合が多く、LNO膜に由来するLaが圧電体層の表面側へ拡散する割合が多いと推測される。これにより、最も表面側の焼成界面5にLaの偏析5が見られると考えられる。Laの偏析が比較的多くの焼成界面で生じると、比較的多い焼成界面1〜5で結晶成長の連続性が途切れてしまい、下層の結晶の配向を引きずらずに結晶が成長し、(100)の配向度が低下すると推測される。薄膜表面の外観の観測結果から、(100)の配向度が低下すると、圧電体層のクラック発生の抑制効果が少なくなると考えられる。
【0088】
一方、焼成温度が725℃以下と比較的低い場合、(n−1)回目の焼成工程2で形成された結晶がn回目の焼成工程2で再溶融する割合が少なく、LNO膜に由来するLaが圧電体層の表面側へ拡散する割合が少ないと推測される。これにより、最も表面側の焼成界面5にLaの偏析5が生じないと考えられる。Laの偏析が生じる焼成界面が少ないと、結晶成長の連続性が維持され、層の結晶の配向を引きずって結晶が成長し、(100)の配向度が大きくなると推測される。薄膜表面の外観の観測結果から、(100)の配向度が大きくなると、圧電体層のクラック発生の抑制効果が大きくなると考えられる。
【0089】
[試験例11]
薄膜4〜6について、試験例5と同様にして、乾燥空気下と湿度50%の空気下とで、電流密度J(A/cm2)の常用対数Log(J)と電圧E(V)との関係(Log(J)−E曲線)を求めた。その結果、いずれの薄膜も、乾燥空気下と比べたリークレベルの低下が抑制され、圧電体層の絶縁性の低下が抑制されることが確認された。
【0090】
以上より、ファクターF*(100)が0.89以上である場合、圧電体層のクラック発生が抑制された好ましい圧電素子が得られるという、新しい知見が得られた。
【0091】
(5)応用、その他:
本発明は、種々の変形例が考えられる。
上述した実施形態では圧力発生室毎に個別の圧電体を設けているが、複数の圧力発生室に共通の圧電体を設け圧力発生室毎に個別電極を設けることも可能である。
上述した実施形態では流路形成基板にリザーバの一部を形成しているが、流路形成基板とは別の部材にリザーバを形成することも可能である。
上述した実施形態では圧電素子の上側を圧電素子保持部で覆っているが、圧電素子の上側を大気に開放することも可能である。
上述した実施形態では振動板を隔てて圧電素子の反対側に圧力発生室を設けたが、圧電素子側に圧力発生室を設けることも可能である。例えば、固定した板間及び圧電素子間で囲まれた空間を形成すれば、この空間を圧力発生室とすることができる。
【0092】
流体噴射ヘッドから吐出される液体は、液体噴射ヘッドから吐出可能な材料であればよく、染料等が溶媒に溶解した溶液、顔料や金属粒子といった固形粒子が分散媒に分散したゾル、等の流体が含まれる。このような流体には、インク、液晶、等が含まれる。液体噴射ヘッドには、粉体や気体を吐出するものも含まれる。液体噴射ヘッドは、プリンターといった画像記録装置の他、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造装置、有機ELディスプレー等の電極の製造装置、バイオチップ製造装置、等に搭載可能である。
【0093】
上述した製造方法により製造される積層セラミックスは、強誘電体デバイス、焦電体デバイス、圧電体デバイス、及び光学フィルターの強誘電体薄膜を形成するのに好適に用いることができる。強誘電体デバイスとしては、強誘電体メモリー(FeRAM)、強誘電体トランジスタ(FeFET)等が挙げられ、焦電体デバイスとしては、温度センサー、赤外線検出器、温度−電気変換器等が挙げられ、圧電体デバイスとしては、流体吐出装置、超音波モーター、加速度センサー、圧力−電気変換器等が挙げられ、光学フィルターとしては、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルターが挙げられる。
【0094】
以上説明したように、本発明によると、種々の態様により、液相法で少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む圧電体層を形成した圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置の性能を向上させる技術等を提供することができる。
また、上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、等も実施可能である。本発明は、これらの構成等も含まれる。
【符号の説明】
【0095】
1…記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、2…圧電アクチュエーター、3…圧電素子、10…流路形成基板、12…圧力発生室、15…シリコン基板、16…弾性膜(振動板)、20…下電極(第1電極)、21…導電性膜、22…ニッケル酸ランタン(LNO)膜、30…圧電体層、31…前駆体溶液、40…上電極(第2電極)、50…保護基板、60…コンプライアンス基板、65…駆動回路、70…ノズルプレート、71…ノズル開口、200…記録装置(液体噴射装置)、S1…電極形成工程、S2…塗布工程、S3…圧電体層形成工程。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体層及び電極を有する圧電素子の製造方法であって、
(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する前記電極を形成する工程と、
前記電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布する工程と、
該塗布した前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む前記圧電体層を形成する工程とを備えた、圧電素子の製造方法。
【請求項2】
前記圧電体層を形成する工程は、前記電極の表面の塗布膜を前記ペロブスカイト型酸化物の結晶化温度未満で加熱する第1加熱工程と、該第1加熱工程の後に前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱する第2加熱工程とを含む、請求項1に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項3】
前記結晶化温度が400〜450℃である、請求項2に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項4】
前記第2加熱工程では、前記電極の表面の塗布膜を450℃以上で加熱する、請求項2又は請求項3に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項5】
前記第2加熱工程では、赤外線ランプアニール装置により前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱する、請求項2〜請求項4のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項6】
前記前駆体溶液にMnが含まれている、請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項7】
X線回折広角法による前記圧電体層のX線回折チャートから求められる(100)配向面からの反射強度をA(100)、前記X線回折チャートから求められる(110)配向面からの反射強度をA(110)、A(100)/(A(100)+A(110))をP*(100)、結晶が無配向であるときの(100)配向面からの反射強度をA0(100)、結晶が無配向であるときの(110)配向面からの反射強度をA0(110)、A0(100)/(A0(100)+A0(110))をP*0(100)、(P*(100)−P*0(100))/(1−P*0(100))をファクターF*(100)、とするとき、前記圧電体層のファクターF*(100)が0.89以上である、請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項7のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法により圧電素子を形成する工程を備えた、液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の液体噴射ヘッドの製造方法により液体噴射ヘッドを形成する工程を備えた、液体噴射装置の製造方法。
【請求項1】
圧電体層及び電極を有する圧電素子の製造方法であって、
(100)に優先配向したニッケル酸ランタンを少なくとも表面に有する前記電極を形成する工程と、
前記電極の表面に少なくともBi、Ba、Fe及びTiを含む前駆体溶液を塗布する工程と、
該塗布した前駆体溶液を結晶化させて(100)に優先配向したペロブスカイト型酸化物を含む前記圧電体層を形成する工程とを備えた、圧電素子の製造方法。
【請求項2】
前記圧電体層を形成する工程は、前記電極の表面の塗布膜を前記ペロブスカイト型酸化物の結晶化温度未満で加熱する第1加熱工程と、該第1加熱工程の後に前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱する第2加熱工程とを含む、請求項1に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項3】
前記結晶化温度が400〜450℃である、請求項2に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項4】
前記第2加熱工程では、前記電極の表面の塗布膜を450℃以上で加熱する、請求項2又は請求項3に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項5】
前記第2加熱工程では、赤外線ランプアニール装置により前記電極の表面の塗布膜を前記結晶化温度以上で加熱する、請求項2〜請求項4のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項6】
前記前駆体溶液にMnが含まれている、請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項7】
X線回折広角法による前記圧電体層のX線回折チャートから求められる(100)配向面からの反射強度をA(100)、前記X線回折チャートから求められる(110)配向面からの反射強度をA(110)、A(100)/(A(100)+A(110))をP*(100)、結晶が無配向であるときの(100)配向面からの反射強度をA0(100)、結晶が無配向であるときの(110)配向面からの反射強度をA0(110)、A0(100)/(A0(100)+A0(110))をP*0(100)、(P*(100)−P*0(100))/(1−P*0(100))をファクターF*(100)、とするとき、前記圧電体層のファクターF*(100)が0.89以上である、請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項7のいずれか一項に記載の圧電素子の製造方法により圧電素子を形成する工程を備えた、液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の液体噴射ヘッドの製造方法により液体噴射ヘッドを形成する工程を備えた、液体噴射装置の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図12】
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【図14】
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【図18】
【図19】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2013−102113(P2013−102113A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−41034(P2012−41034)
【出願日】平成24年2月28日(2012.2.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年2月28日(2012.2.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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