垂直磁気記録媒体及び磁気記憶装置
【課題】高いSNR、熱安定性、記録性能を同時に満たす垂直磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】基板上に、磁性層軟磁性下地層、磁性層の配向と偏析を制御するための下地層、その下地層上に形成された酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層、その磁性層の上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有する。酸化物を含む磁性層は二層以上の層から構成され、強磁性金属層に隣接する層のCr濃度が23at.%以上32at.%以下であり、隣接する層間のCr濃度の差が25at.%以下であり、最もCr濃度の低い層は酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造を有し逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上である。
【解決手段】基板上に、磁性層軟磁性下地層、磁性層の配向と偏析を制御するための下地層、その下地層上に形成された酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層、その磁性層の上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有する。酸化物を含む磁性層は二層以上の層から構成され、強磁性金属層に隣接する層のCr濃度が23at.%以上32at.%以下であり、隣接する層間のCr濃度の差が25at.%以下であり、最もCr濃度の低い層は酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造を有し逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大容量の情報を記録可能な垂直磁気記録媒体及びそれを組み込んだ磁気記憶装置に関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータの扱う情報量が増大し、補助記憶装置としてハードディスク装置の大容量化が一段と求められている。さらに、家庭用の電気製品へのハードディスク装置の搭載が進むことにより、ハードディスク装置の小型化、大容量化の要望は強くなる一方である。
【0003】
近年、磁気ディスク装置に垂直磁気記録方式を採用することにより、記録密度を向上させてきた。垂直磁気記録方式は、記録媒体の磁化を媒体面に垂直に、かつ隣り合う記録ビット内の磁化が互いに反平行になるように記録ビットを形成する方式であり、面内記録方式に比べて磁化遷移領域での反磁界が小さいため媒体ノイズを低減でき、高密度記録時の記録磁化を安定に保持できる。垂直磁気記録媒体としては、基板と垂直磁気記録層の間に磁束のリターンパスとして働く軟磁性下地層を設けた二層垂直磁気記録媒体が広く採用されている。磁気ヘッドとしては、記録磁界勾配を向上させるために磁気ヘッドの記録部が従来の単純な構造の単磁極型ヘッドの構造に、少なくとも主磁極のトレーリング側に非磁性のギャップ層を介して磁気シールドが設けられた構造を有する構造が広く採用されている。
【0004】
垂直磁気記録媒体の磁気記録層としては、従来は面内記録媒体で用いられているCoCrPt系合金からなる記録層が検討されていた。従来のCoCrPt系合金からなる記録層においては、CoとCrの相分離を利用して高温に加熱することでCrを主とする非磁性材料を粒界に偏析させ、磁性結晶粒の磁気的な孤立化を図ってノイズを低減してきた。そのため、ノイズ低減の効果をより大きくするためにはCrを多く添加する必要があるが、その場合には磁性結晶粒内にもCrが多く残り、磁気異方性エネルギーが低下し、記録信号の安定性が劣化する問題があった。
【0005】
この問題を解決し更にノイズを低減するため、磁性結晶粒の周囲に酸化物や窒化物などの非磁性化合物を偏析させることにより磁性結晶粒が磁気的に分離した構造(グラニュラー構造と呼ぶ)が提案されている。このグラニュラー構造の記録層に関しては、例えばIEEE Transactions on Magnetics, Vol.40, No.4, July 2004, pp. 2498-2500に記載されている。CoCrPt合金に酸素や酸化物を添加した記録層の場合には、酸化物が磁性結晶粒と容易に分離するため、酸化物粒界形成のきっかけとなるテンプレートが下地層として形成されていれば、酸化物が磁性結晶粒を取り囲むグラニュラー構造を形成することで磁気的な分離を実現できる。このため、磁性結晶粒に含まれるCr量を低減でき、磁気異方性エネルギーを低下させることなくノイズの低減が可能である。グラニュラー記録層の改良による低ノイズ化の検討も盛んに行われている。例えば、特開2005−100537号公報には、グラニュラー記録層の粒界を形成する酸化物を2種類以上とすることによりノイズを低減する方法が開示されている。また、特開2006−302426号公報には、酸素濃度や酸化物濃度の勾配によりグラニュラー層の構造を制御し、ノイズを低減する方法が開示されている。
【0006】
上記のようにグラニュラー記録層の粒間相互作用を十分低減した媒体では、磁化反転の起こる磁界が大きくなるため、十分なオーバーライト特性が得られないという問題がしばしば生じる。オーバーライト特性を改善するため、例えば、特開2007−272950号公報には、グラニュラー記録層の上に厚い非グラニュラー構造の強磁性層を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−100537号公報
【特許文献2】特開2006−302426号公報
【特許文献3】特開2007−272950号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】IEEE Transactions on Magnetics, Vol.40, No.4, July 2004, pp. 2498-2500
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
垂直磁気記録媒体においても、記録密度を向上させるためには磁化反転の単位である磁気クラスターサイズを低減する必要があるが、記録密度が1平方センチあたり77.7ギガビット(約500Gb/in2)を超える領域になると磁気クラスターサイズの減少に伴って熱安定性が劣化するという問題が生じてきた。
【0010】
これを回避する一つの方法としては、垂直磁気記録層に磁気異方性の大きな材料を用いることが有効であり、CoCrPt系のグラニュラー磁性層においてCr濃度を下げることで磁気異方性を大きくすることができる。しかしながら、Cr濃度が低くなると、酸化物の結晶粒界へ偏析が不十分な場合には磁性粒子間に働く交換結合が非常に強くなり、磁気クラスターサイズが急激に増加してS/Nが劣化するという問題あった。また、酸化物の粒界への偏析が促進され磁性粒子が孤立化してくると磁化反転の起こる磁界が大きくなり、ヘッドからの記録磁界で記録ができないという問題が生じる。
【0011】
磁化反転の起こる磁界を小さくするには、磁化反転を補助する層(非グラニュラー構造有する磁性層)を厚くする必要が生じる。非グラニュラー構造有する磁性層(キャップ層)はグラニュラー層に比べて膜面内方向の交換結合が強いため、膜厚の増加と伴に急激に磁気クラスターサイズが増加してS/Nが劣化するという問題が生じる。また、膜厚の増加により分解能が劣化するという問題があった。
【0012】
このように、従来の技術では、高いSNR、熱安定性、記録性能を同時に満たすことができなかった。本発明の目的は、上記の三つの課題を同時に満たす垂直磁気記録媒体、その製造方法、及び磁気記憶装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明では以下の構成を採用した。
本発明の垂直磁気記録媒体は、基板上に形成された軟磁性下地層と、磁性層の配向と偏析を制御するための下地層と、酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層と、その上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有する。酸化物を含む磁性層は二層以上の磁性層から構成され、強磁性金属層に隣接する層のCr濃度は23at.%以上32at.%以下であり、その下層に設けられた酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層との間に存在する磁性層において、Cr濃度が32at.%以下、且つ、隣接する層間のCr濃度の差は25at.%以下であり、酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い磁性層を酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造を有し、逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上である。
【0014】
ここで、Cr濃度は、CoとCrとPtの総量に対するCrの割合で求めた濃度である。また、逆磁区核形成磁界(−Hn)の評価は、室温においてカー効果測定装置を用いて行い、測定波長は350nm、レーザーのスポット径は約1mmである。磁界は試料膜面垂直方向に印加し、最大磁界は1590kA/m(約20kOe)とし、掃引速度一定で60秒間でカーループの測定を行った。逆磁区核形成磁界(−Hn)はKerr回転角が正に飽和した状態から磁界を下げた時に飽和値の95%となるときの磁界とし、第二象限にある場合を正と定義した。この値が正で大きいほど熱安定性が良いことを示している。
【0015】
逆磁区核形成磁界が159.2kA/mより小さくなると、磁気記憶装置に組み込んだときに、高温で情報の消失が頻繁に起きるようになり実用上問題となるため好ましくない。酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層のCr濃度を少なくとも17at.%以下、より好ましくは14at.%以下とすることで高い磁気異方性実現して熱安定性が改善されると伴に、グラニュラー構造によりクラスターサイズを低減し高S/Nを実現する。Cr濃度が5at.%より小さくなると、粒界形成が不十分な領域があると強磁性粒子間に非常に強い交換結合が働くため急激にノイズが増加する要因となりやすい。従って、酸化物を含む最もCr濃度の低い層のCr濃度は5at.%以上とすることが好ましい。
【0016】
強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度を23at.%以上32at.%以下とすることで、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層と強磁性金属層の磁化反転が分離しない範囲で層間の結合を弱めることができ、強磁性金属層が強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層に対してインコヒーレントに磁化が反転しやすくなる。また、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層の磁化反転のモードもインコヒーレントな磁化反転が起こりやすくなる。このため、異方性磁界の小さな強磁性金属層の磁化反転が起きやすくなり、強磁性金属層の磁化が反転することをきっかけにして、層間の結合を介して隣接する磁性層の磁化反転がおこり、更に層間の結合を介して最も大きな異方性磁界を持つ磁性層の磁化の反転を引き起こす。この効果により、各層の異方性磁界の平均値よりも小さな外部磁界で磁化反転がおこり、高い熱安定性を維持しつつ記録性能が改善できる。酸化物を含む磁性層のヘッドに近い側に異方性磁界の小さい領域を設け、磁化反転のきっかけとすることにより、従来十分な記録性能を実現するために必要であった強磁性金属層の膜厚を低減できる。強磁性金属層はグラニュラー層に比べて膜面内方向の交換結合が強くノイズ源となるが、この膜厚を低減できるため、磁気クラスターサイズが低減され、低ノイズ(高いS/N)が実現される。また、磁性層全体でインコヒーレントな磁化反転に近づくことでレマネンス保磁力(Hcr)の角度依存性が浅くなり、トラック幅方向にヘッドから斜めの磁界が印加されたときに書き滲みを抑えることができる。
【0017】
一方、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度が32at.%より高くなると、磁気異方性や飽和磁化が急激に減少してほぼ非磁性の領域になり、強磁性金属層との間の交換結合がほぼゼロとなり磁化反転が分離するため、飽和磁界が増加し記録性能及び分解能が大幅に劣化し、結果としてS/Nも大幅に劣化する。
【0018】
強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度が23at.%より低くなると、磁気異方性と飽和磁化が大きくなり、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなりすぎて、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなる(コヒーレントな磁化反転に近づく)こと、及び、異方性磁界の平均が大きくなることにより、飽和磁界が増加する。その結果、記録に必要な磁界が大きくなり、記録性能が劣化する。十分な記録性能を実現するために強磁性金属層を厚くした場合、分解能の劣化が起こり、交換結合の強い層の割合が増加するためノイズも増加する。結果として、高いS/Nが得られない。また、同じ記録性能が得られる状態で比較するとレマネンス保磁力(Hcr)の角度依存性も深くなり、トラック幅方向にヘッドから斜めの磁界が印加されたときに書き滲みが起こり、トラック密度の低下を招く。
【0019】
本発明では、更に、酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層の間に存在する磁性層において隣接する磁性層間のCr濃度の差を25%以下にする。隣接する磁性層間のCr濃度の差が25%より大きくなると、層間の交換結合エネルギーに比べて最もCr濃度が低い磁性層の磁気異方性エネルギーが大きくなり過ぎ、強磁性金属層が反転しても層間の交換結合により最もCr濃度が低い磁性層の磁化を反転することができなくなり、記録性能が大幅に劣化する。磁化反転の分離が起こると、分解能が急激に劣化し、S/Nも大幅に劣化する。
【0020】
強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層において、更に、強磁性金属層との界面に向かってCr酸化物の濃度が小さくなるような勾配を設けることで、磁気異方性、飽和磁化が強磁性金属層との界面に向かって減少するような勾配が形成される。Cr酸化物の濃度の高い領域は、Cr酸化物が粒界に偏析することで強磁性粒子間の交換結合が低減され、低ノイズ化に寄与する。また、磁気異方性も向上し熱安定性も改善する。Cr酸化物の濃度の低い領域は偏析が抑制され飽和磁化や磁気異方性が減少することで記録性能が向上する。飽和磁化が小さいことから、偏析が不十分でもノイズの増加を抑えることができる。Cr酸化物の濃度の低い領域は酸化物の粒界が狭くなり、その上に成長する強磁性金属層の結晶性が改善し、反転磁界の分散の低減効果が向上する。その結果、強磁性金属層の膜厚の薄膜化が可能となり、ノイズの低減、分解能の向上、記録性能の向上に寄与する。
【0021】
酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層としてはCoを主成分とし、少なくともCrとPtを含み酸化物を含む、Co−Cr−Pt合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Nb合金、Co−Cr−Pt−Ta合金とSi,Ti,Ta,Nb,Bの酸化物の中から少なくとも二種類を含むグラニュラー膜を用いることができる。これにより、均一で広い結晶粒界を形成することができるため、磁性層中に含まれるCr濃度を下げても交換結合の増加を抑制することができる。これらの酸化物は、酸化物の形でターゲットに含有させても良いし、金属として含有させ酸素雰囲気中で反応性スパッタにより形成しても良い。ターゲットにCoの酸化物を含有させておくと、Coの酸化物は酸化物生成能が低く不安定なため、スパッタ中にCoと酸素に分解されて酸素の供給源となる。ここで供給された酸素はSi,Ti,Ta,Nb,BやCrを酸化して粒界への偏析を促進する。酸素をスパッタガスとして外部から供給する場合に比べて、基板の半径方向、周方向に渡って均一に分布するため、磁気特性の一様性が改善し、反転磁界の分散低減に寄与する。スパッタと同時に分解がおこり酸素を供給できるため、初期層の粒界形成を促進しノイズを低減できる。Coの酸化物としてはCoOやCo3O4などを用いることができるが、Co3O4が最も分解しやすく且つ酸素を多く含むため効果的である。Co3O4をターゲットに含有させる場合、1.5−3mol%程度の量を用いると良い。
【0022】
酸化物を含む磁性層の中で最も強磁性金属層に近い層としては、Coを主成分とし少なくともCrを含み酸化物を含む、Co−Cr合金、Co−Cr−B合金、Co−Cr−Mo合金、Co−Cr−Nb合金、Co−Cr−Ta合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Nb合金、Co−Cr−Pt−Ta合金とSi酸化物、Ta酸化物、Nb酸化物、Ti酸化物を少なくとも一種類含むグラニュラー膜を用いることができる。強磁性金属層の結晶成長の観点から、酸化物の総量は下層の磁気異方性の大きな磁性層に比べて少ない方が好ましい。膜形成初期段階では酸素をスパッタガスとして供給し、途中で酸素の供給を停止することで、Cr酸化物の濃度勾配を形成することができる。磁気異方性の大きな磁性層を形成する場合と異なり、Cr酸化物の濃度勾配を形成する観点からは、ターゲットに含まれるCo酸化物の含有量は下層に設けた酸化物を含む磁性層に比べて少ないことが望ましい。Co酸化物は磁気特性の均一性を向上する効果もあるため、Co3O4をターゲットに含有させる場合には1mol%程度の量を用いることができる。
【0023】
酸化物を含む磁性層を3層以上から構成することもできる。この場合、強磁性金属層に隣接する磁性層のCr濃度を23%以上32%以下とし、Cr濃度が最も低い層と強磁性金属層に隣接する磁性層との間の磁性層において、隣接する磁性層のCr濃度の差を25%以下とすることで、各磁性層の磁化反転の分離を抑えつつインコヒーレントな磁化反転を促進するために適当な層間の交換結合を実現し、高い記録性能を実現する。最もCr濃度の低い磁性層を、酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造とすることで高いS/Nを実現できる。
【0024】
最もCr濃度の低い磁性層のグラニュラー構造を構成する酸化物としてSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を用いると、サブグレインの発生を抑えて均一な粒界を形成できるため好ましい。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度が5at.%より小さくなると、微細構造の不均一性の影響を大きく受けやすくなるため、5at.%以上とすることが望ましい。また、逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(2kOe)以上とすることで高い熱安定性を実現する。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度を少なくとも17at.%以下とすると良い。
【0025】
Cr濃度が最も低く磁気異方性の大きなグラニュラー層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層と強磁性金属層の間の磁性層には、Coを主成分とし少なくともCrとPtを含み酸化物を含む、Co−Cr−Pt合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Nb合金、Co−Cr−Pt−Ta合金と酸化物を含むグラニュラー膜を用いることができる。この層を形成する際には、ターゲットにCo酸化物を含有させておくことが望ましい。これにより、スパッタ中にCo酸化物がCoと酸素に分解されて酸素の供給源となり、酸化物が基板の半径方向、周方向に渡って均一に分布するため磁気特性の一様性が改善し、反転磁界の分散低減に寄与するとともに初期層の粒界形成を促進しノイズを低減できる。Coの酸化物としてはCoOやCo3O4などを用いることができるが、Co3O4が最も分解しやすく且つ酸素を多く含むため効果的である。Co3O4をターゲットに含有させる場合1.5−3mol%程度の量を用いると良い。
【0026】
強磁性金属層を構成する材料としては、Co/PtやCo/Pdなどの人工格子や、Coを主成分とし少なくともCrを含有するCoCr系合金などを用いることができる。特に、Coを主成分とし少なくともCrとPtとBを含有する合金とすることで、ノイズ増加を最小限に抑えて反転磁界分散を低減でき、耐食性及び熱安定性も向上できるため好ましい。例えば、Co−Cr−Pt合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Mo−B合金、Co−Cr−Pt−Nb−B合金、Co−Cr−Pt−Ta−B合金、Co−Cr−Pt−Cu−B合金などを用いることができる。
【0027】
強磁性金属層は、反転磁界の分散とその大きさを低減する役割を果たし、大まかには飽和磁化と膜厚の積を揃えることで同様の効果を得ることができる。しかし、飽和磁化が小さくなると上記効果を得るために膜厚を厚くする必要が生じ、分解能の劣化や高い線記録密度でのノイズの増加を引き起こす。また、ヘッドと軟磁性層の距離の増加に伴いヘッドの記録磁界が減少するため、同じ反転磁界であっても記録性能が劣化する。このため、強磁性金属層の膜厚は薄い方が良く、5nm以下とすることが望ましい。より好ましくは4nm以下である。また、強磁性金属層を上記の材料を二層以上積層した構成とすることもできる。
【0028】
配向と偏析を制御する下地層は、記録層の結晶配向性や結晶粒径を制御し、記録層の結晶粒間の交換結合の低減に重要な役割を果たす。下地層の膜厚、構成、材料は、上記効果が得られる範囲で設定すればよい。例えば、Taなどの微結晶層、NiTaなどのアモルファス層、面心立方格子(fcc)構造を有する金属層上にRuもしくはRu合金層を形成した構成やTi合金上にfcc金属介してRu合金層を形成した構成などを用いることができる。
【0029】
Taなどの微結晶層、NiTaなどのアモルファス層、面心立方格子(fcc)構造を有する金属層の役割は、Ruの膜面垂直方向のc軸配向性を高めることである。特に、fcc金属はTaなどの微結晶系やNiTaなどのアモルファス系の材料に比べて粒径及び凹凸の制御に優れており、記録層の偏析の促進と熱安定性を大きく向上できるため好ましい。面心立方格子(fcc)構造を有する金属としては、Pd,Pt,Cu,Niやこれらを含有する合金を用いることができる。特に、Niを主成分とする少なくともW,Cr,V又はCuを含む合金とすると、適度な粒径と凹凸を形成でき記録層の偏析を促進できるため好ましい。例えば、Ni−6at.%W合金、Ni−8at.%W合金、Ni−6at.%V合金、Ni−10at.%Cr合金、Ni−10at.%Cr−6at.%W合金、Ni−10at.%Cr−3at.%Nb合金、Ni−10at.%Cr−3at.%B合金、Ni−20at.%Cu合金、Ni−20at.%Cu−6at.%W、Ni−20at.%Cu−3at.%Ti合金、Ni−20at.%Cu−3at.%Ta合金などを用いるこができる。膜厚は、通常2nmから10nm程度の値が用いられる。
【0030】
fcc金属の直下に、Cr−Ti合金、Cr−Ta合金、Ni−Ta合金、Al−Ti合金などのアモルファス層を設けると、fcc層の(111)配向性を高めることができるため好ましい。膜厚は、通常1nmから5nm程度の値が用いられる。
【0031】
Ru合金層の役割は記録層の結晶粒径、結晶配向性の制御と結晶粒間の交換結合の低減である。これが満足される範囲で膜厚を設定すればよく、通常3nmから30nm程度の値が用いられる。Ru層を二層以上に分けて形成し、下層Ruを低ガス圧、高レートで形成し、上層Ruを高ガス圧、低レートで形成することにより、配向の劣化を抑えて、記録層の偏析が促進できるため好ましい。スパッタガスとしてArを用いてもよいし、Arに微量の酸素や窒素を添加したものを用いても良い。また、Ru層の記録層側との界面部分を、Ruの周りを酸化物や窒化物が取り囲んだグラニュラー膜とすることで、磁性層の偏析を更に促進することができるため好ましい。Ruを主成分としSi,B,Ti,Ta,Nbなど酸化しやすい元素を含んだ合金を微量の酸素や窒素添加したArガスを用いて反応性スパッタでグラニュラー膜を形成したり、RuにSiO2,TiO2,Ta2O5,Nb2O5などの酸化物を含有させたターゲットを用いてグラニュラー膜を形成することができる。
【0032】
ヘッドからの磁束のリターンパスとして働く軟磁性下地層を構成する材料としては、FeCoTaZr合金、FeCoTaZrCr合金、CoTaZr合金、CoTaZrCr合金、FeCoB合金、FeCoCrB合金、CoNbZr合金、CoTaNb合金などを用いることができる。軟磁性下地層の構成としては、軟磁性合金を薄いRuを介して積層した三層構造とし、Ruの膜厚により軟磁性層間の結合を制御することで記録性能と記録幅の制御ができる。また、一層のFeCoTaZr合金などの軟磁性材料からなる軟磁性下地層の下に軟磁性下地層の磁区を固定するための磁区制御層を設けた構造や、軟磁性合金を薄いRuを介して積層することで反強磁性的に結合させた構造(AFC構造)の下に磁区制御層を設けた構造を用いても良い。
【発明の効果】
【0033】
本発明により高いSNR、熱安定性、記録性能を同時に満たすことが可能となり、77.7ギガビット(約500Gb/in2)を超える高密度記録が可能な垂直磁気記録媒体及びこれを用いた磁気記憶装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明による垂直磁気記録媒体の例を示す断面模式図。
【図2】飽和磁界Hsと第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図3】第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差と飽和磁界Hsの関係を表す図。
【図4】磁化が一体で反転する場合と分離して反転する場合のカーループの典型的な例を表す図。
【図5】オーバーライトと第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図6】第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差とオーバーライトの関係を表す図。
【図7】S/Nと第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図8】第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差とS/Nの関係を表す図。
【図9】逆磁区核形成磁界(−Hn)と第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図10】結晶粒界にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を含む実施例の第一磁性層の平面構造を透過電子顕微鏡で観察した観察像の模式図。
【図11】結晶粒界に一種類の酸化物しか含まない比較例の第一磁性層の平面構造を透過電子顕微鏡で観察した観察像の模式図。
【図12】本発明による垂直磁気記録媒体の例を示す断面模式図。
【図13】磁気記憶装置の断面模式図。
【図14】磁気ヘッドと磁気記録媒体の関係を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に本発明の実施例を挙げ、図面を参照しながら詳細に説明する。
[実施例1]
図1に、本発明の垂直磁気記録媒体の一実施形態を表した断面模式図を示す。
本発明の垂直磁気記録媒体はインテバック株式会社製のスパッタリング装置(200Lean)を用いて形成した。すべてのプロセスチャンバを1×10-5Pa以下の真空度まで排気した後、基板を乗せたキャリアを各プロセスチャンバに移動させることにより順にプロセスを実施した。保護膜以外の層はDCマグネトロンスパッタにより形成した。
【0036】
基板41には直径63.5mmのガラス基板を用いた。基板41上に、基板との密着性を高めるためにNiTa合金からなる膜厚30nmの下地層42を形成した。ここでNiTa合金としては、Ni−37.5at.%Taを用いた。下地層42は本発明の効果を得る上で必ずしも必要ないが、上記材料の他にNi系合金、Co系合金、Al系合金等が使用可能であり、複数の層から構成しても良い。例えば、AlTi合金、NiAl合金、CoTi合金、AlTa合金などを用いることができる。
【0037】
次に、軟磁性下地層43は、FeCoTaZr合金を薄いRuを介して積層した三層構造とした。ここでFeCoTaZr合金としては、51at.%Fe−34at.%Co−10at.%Ta−5at.%Zrを用いた。一層当りのFeCoTaZr合金の膜厚としては、15nmとし、Ru層の膜厚は1.2nmとした。記録層の配向と偏析を制御する下地層44は、膜厚4nmのNi−37.5at.%Taと膜厚8nmのNi−6at.%Wと膜厚16nmのRu、厚1nmのRuとTi酸化物の膜を順次形成した構成とした。
【0038】
下地層44は、記録層の結晶配向性や結晶粒径を制御し、記録層の結晶粒間の交換結合の低減に重要な役割を果たす。下地層44の膜厚、構成、材料は、上記効果が得られる範囲で設定すればよく、特に上記の膜厚、構成、材料に限定するものではない。
【0039】
本実施例においては、下地層44のRu層を二層に分けて形成し、下層半分をガス圧1Pa、製膜レート2nm/s、上層半分をガス圧5.5Pa、製膜レート2nm/sで形成した。RuとTi酸化物からなる膜は、Ru−10at.%Tiターゲットを用いて総ガス圧3Pa、酸素濃度3%の雰囲気中で反応性スパッタにより形成した。
【0040】
磁性層45を第一磁性層451及び第二磁性層452の二層構造とした。第一磁性層451を形成する際にはCoCrPt合金と、SiO2とTiO2とCo3O4の三種類の酸化物からなる複合型ターゲットでCr濃度を変えた表1に示すターゲットを用い、製膜レート3nm/sで形成し、膜厚は5nmとした。最初の1秒間はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を5Pa、酸素濃度は1.0%とし、残りの0.5秒間は総ガス圧を4Paとし、アルゴンガスのみで形成した。基板バイアスを−350Vとした。Co3O4はSiO2やTiO2と比較して不安定なため、スパッタの際に分解して酸素の供給源となり、スパッタガスとして供給される酸素の不均一性を補い、磁気特性の均一化に寄与する。
【0041】
第二磁性層452を形成する際にはCoCrPt合金とSiO2からなる複合型ターゲットでCr濃度を変えた表1に示すターゲットを用いて形成し、膜厚は7.5nmとした。スパッタ中にスパッタガス条件を変更して形成した。最初の1秒間はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を1.5Pa、酸素濃度は10%とし、残りの1.5秒間は総ガス圧を0.8Paとし、アルゴンガスのみで形成した。これにより、第二磁性層452の中の下層部分にはCrの酸化物が多く確認され、上層側ではCrの酸化物の割合が減少し、金属として存在する割合が増加する傾向が見られた。
【0042】
酸化物を含まない強磁性金属層46としては、膜厚2.5nmの66at.%Co−10at.%Cr−14at.%Pt−10at.%B合金を用い、スパッタガスとしてArを用い、総ガス圧を0.6Paとした。強磁性金属層46には、このほかにCoCr合金やCoCr合金にPt,Ta,Mo,Nb,Cu,Bなどを添加した材料を用いることができ、大まかには飽和磁化と膜厚の積を揃えることで同様の効果を得ることができる。ただし、膜厚が厚くなると分解能の劣化やヘッドから発生する記録磁界の低下を招くため、5nm以下とすると良い。
【0043】
続いて、保護層47として厚さ3.0nmのDLC(ダイアモンドライクカーボン)膜を形成した。その表面に有機系の潤滑剤を塗布して潤滑層を形成した。
【0044】
磁性層の組成分析は、光電子分光法(XPS)を用い、加速電圧500Vのイオン銃でサンプル表面からスパッタして深さ方向に掘り進み、アルミニウムのKα線をエックス線源として、長さ1.5mmで幅0.1mmの範囲を分析した。Cの1s電子、Oの1s電子、Siの2s電子、Crの2p電子、Coの2p電子、Ruの3d電子、Ptの4f電子などのそれぞれに対応するエネルギー近傍のスペクトルを検出することにより各元素の含有率を求めた。磁性層のCr濃度は、CoとCrとPtの総量に対するCrの割合として求めた。Cr酸化物の量を求める際には、Crのスペクトルの化学シフトから金属のCrとCr酸化物の割合を求めた。
【0045】
磁気特性の評価は、室温においてカー効果測定装置を用いて行った。測定波長は350nm、レーザーのスポット径は約1mmである。磁界は試料膜面垂直方向に印加し、最大磁界は1590kA/m(約20kOe)とし、掃引速度一定で60秒間でカーループの測定を行った。その後、保磁力(Hc)、飽和磁界(Hs)、逆磁区核形成磁界(−Hn)を求めた。磁界を0から1590kA/m(約20kOe)と増加させた時に、Kerr回転角が飽和値の99%となるときの磁界として飽和磁界(Hs)を定義した。−HnはKerr回転角が正に飽和した状態から磁界を下げた時に飽和値の95%となるときの磁界とし、第二象限にある場合を正と定義した。この値が正で大きいほど熱安定性が良いことを示している。
【0046】
記録再生特性評価には、周速11m/s、スキュー角0度、磁気ヘッドの浮上量約3nmの条件で、再生出力とノイズを測定した、媒体S/N(signal to noise ratio)は33464fr/mm(フラックスローテンション/mm,約850kFCI)の線記録密度における再生出力と媒体ノイズの比によって評価した。記録性能の評価は、オーバーライト(OW)特性として、33464fr/mmの信号の上に6693fr/mm(170kFCI)の信号を重ね書きし、33464fr/mmの信号の消え残り成分と6693fr/mmの信号強度比から求めた。
【0047】
磁気ヘッドの再生部には、シールドギャップ長30nm、トラック幅40nmのトンネル磁気抵抗効果素子(TMR)を利用した再生素子を用いた。磁気ヘッドの記録部は、主磁極と補助磁極と薄膜導体コイルを有する単磁極型ヘッドの構造からなり、主磁極は主磁極ヨーク部と主磁極先端部からなり、主磁極先端部のトラック幅方向及びダウントラック方向を覆うようにシールドが形成されている(ラップアラウンドシールドヘッド)。主磁極先端部の幾何学的なトラック幅60nm、主磁極−トレーリングシールド間の距離30nm、主磁極−サイドシールド間距離100nmのヘッドを用いた。サンプル1−1から1−42の第一磁性層451、第二磁性層452に含まれる各層のCr濃度及びその差を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
図2に、磁性層45と強磁性金属層46からなる記録層の飽和磁界と第二磁性層452のCr濃度の関係を示す。第一磁性層451のCr濃度を一定として第二磁性層のCr濃度を変化させた場合、第二磁性層452のCr濃度の増加と伴に飽和磁界(Hs)が減少して最小値を取ったのち増加に転じることがわかる。飽和磁界(Hs)が極小値を取る前後のCr濃度でのカーループの典型的な形状を図4に示す。
【0050】
飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が低い場合(Case 2)には、カーループの形状から通常の各層の磁化が分離せずに反転していると考えられるが、飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が高い場合(Case 1)には、カーループの形状から強磁性金属層46と磁性層45の磁化が分離して磁化反転が起こっていると考えられる。図2より磁化が分離して磁化反転しないためには少なくとも第二磁性層のCr濃度が32%以下であることが必要であることがわかる。
【0051】
第二磁性層452のCr濃度が高くなるにつれて第二磁性層452の持つ磁気異方性が小さくなることにより磁性層全体の磁気異方性は減少する。また、第二磁性層のCr濃度の増加に伴う磁気異方性、飽和磁化の減少により強磁性金属層46と第二磁性層452、第一磁性層451と第二磁性層452の間の層間の交換結合が減少し、インコヒーレントに磁化反転をしようとする傾向が増加すると考えられる。第二磁性層452に、強磁性金属層46側のCr酸化物の濃度が小さくなるような濃度勾配をつけることで、飽和磁化及び磁気異方性が強磁性金属層側で小さくなるような勾配ができるため、強磁性金属層と第二磁性層452の間の層間の結合がより小さくなる。飽和磁界が最小値をとるCr濃度より低い側では第一磁性層から強磁性金属層までの磁性層は分離せずに一体として磁化反転をするが、第二磁性層のCr濃度の増加に伴って強磁性金属と第二磁性層間の交換結合が減少する。このため、異方性磁界の小さな強磁性金属層の磁化反転が起きやすくなり、強磁性金属層の磁化が反転することをきっかけにして、層間の結合を介して次に異方性磁界の小さな第二磁性層の磁化反転がおこり、更に層間の結合を介して最も大きな異方性磁界を持つ第一磁性層451の磁化の反転を引き起こす。この効果により、各層の異方性磁界の平均値よりも小さな外部磁界で磁化反転がおこり飽和磁界が減少すると考えられる。
【0052】
第一磁性層のCr濃度が10%以上の場合には、第二磁性層のCr濃度が32%を境に磁化反転の振る舞いが変化しているように見える。Cr濃度が32%を超えると第二磁性層452の磁気異方性が急激に減少してほぼ非磁性の領域になり、強磁性金属層46との間の交換結合が急激に減少して磁化反転が分離するためと考えられる。
【0053】
第一磁性層451のCr濃度が5%以下の場合には、第二磁性層のCr濃度を21%から増加させていくとCr濃度が32%より低い濃度でも飽和磁界(Hs)が増加に転じることが図2より分かる。図4に示すように、飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が低い場合には、図4のCase 2のようなカーループの形状を示し、通常の各層の磁化が分離せずに反転していると考えられる。一方、飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が高い場合には、図4のCase 1のようなカーループの形状が得られ、各層の磁化が分離して磁化反転が起こっていると考えられる。これは、第二磁性層452と第一磁性層451の間に働く層間の交換結合エネルギーに比べて第一磁性層451の磁気異方性エネルギーが大き過ぎると、強磁性金属層46が反転しても層間の相互作用により第一磁性層451の磁化を反転できないためと考えられる。十分な層間の交換結合を得るためには、磁気異方性の差を一定以下にする必要があると考えられ、図3より第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差を25%以下にする必要がある。
【0054】
第二磁性層のCr濃度の増加と伴に飽和磁界が極小値を取った後に増加するのに対応して、図5、図6においてオーバーライト特性が大きく劣化する様子が見られる。つまり、十分な記録性能を維持するためには第二磁性層のCr濃度を32%以下とし、且つ、第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差を25%以下とすることが必要であることがわかる。これにより、磁化の分離を抑えつつインコヒーレントな磁化反転を促進でき、高い記録性能を得ることができる。また、第二磁性層のCr濃度が23%より小さくなると、やはりオーバーライトが劣化することがわかる。これは、Cr濃度が低くなることで第二磁性層の磁気異方性と飽和磁化が大きくなり、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなって、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなることと、異方性磁界の平均が大きくなることにより、飽和磁界が増加したことによると考えられる。
【0055】
図7及び図8にS/Nを示す。図7、図8と図5、図6を比較することにより、磁化反転が分離してオーバーライト(OW)特性が劣化するのに対応してS/Nが急激に劣化することがわかる。これは、OW特性が劣化して十分な記録ができないことに加えて、強磁性金属層と酸化物を含む磁性層の磁化反転が分離することで分解能が急激に劣化するためである。
【0056】
また、第二磁性層のCr濃度が23%より小さくなるとS/Nが急激に劣化する。これは、第二磁性性層のCr濃度が23%より低くなると、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなって、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなることと、異方性磁界の平均が大きくなることによりOW特性が劣化し十分な記録ができないためと考えられる。
【0057】
図9に熱安定性の指標となる逆磁区核形成磁界(−Hn)を示す。図9より、高い熱安定性を得るためには、Cr濃度が低く磁気異方性の大きな材料を第一磁性層に用いることが効果的であることが分かる。−Hnの値が159.2kA/m(約2kOe)より小さくなると、磁気記憶装置に組みこんだ際に60℃以上の高温で信号の劣化(熱減磁)が顕著となり、記録した情報の消失が頻繁に起こり、実用上問題が生じる。実用上問題ない熱安定性を得るためには、少なくとも第一磁性層のCr濃度を17%以下とする必要があり、Cr濃度を14%以下とすることにより第二磁性層のCr濃度を23%以上32%以下のすべての範囲で実用上問題ない熱安定性を得られることがわかる。一方、第一磁性層のCr濃度が17%より小さいサンプル1−36から1−42の場合には、実用上問題ない熱安定性を得ることができなかった。
【0058】
以上の結果から、第二磁性層のCr濃度を23%以上32%以下とし、第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差を25%以下にすることで記録性能とS/Nを改善でき、逆磁区核形成磁界を159.2kA/m(約2kOe)以上とすることで、磁気記憶装置に組み込んだ時にも実用上問題のない高い熱安定性が実現できる。
【0059】
また、図7より第一磁性層のCr濃度が5%より小さくなると、S/Nの最高値が大きく劣化することがわかる。これは、第一磁性層の磁性粒子(コア)の飽和磁化が非常に高いため、粒界形成が不十分な領域があると交換結合が強く働き磁気クラスターサイズが急激に大きくなるためと考えられる。つまり、第一磁性層のCr濃度が5%より小さくなると微細構造の不均一性の影響を受けやすくなるため、Cr濃度は5%以上とすることが好ましい。
【0060】
[実施例2]
本実施例の垂直磁気記録媒体は上述した実施例1と同様なスパッタリング装置で作製し、第一磁性層451、第二磁性層452以外は、実施例1と同様な層構成及びプロセス条件とした。比較のため、第一磁性層451を形成する際に一種類の酸化物だけを含むターゲットを用いたサンプル、酸化物を含まないターゲットを用いたサンプル、第二磁性層452を形成の際に酸化物を含まないターゲットを用いたサンプル、第一磁性層及び第二磁性層ともに酸化物を含まないターゲットを用いたサンプルを作製した。酸化物を含まないターゲットを用いた場合には、スパッタガスにアルゴンガスのみを用い、酸化物が形成されないようにした。表2にターゲット組成及び各層に含まれるCr濃度を示す。ここで、第一磁性層のCr濃度は10at.%、第二磁性層のCr濃度は25at.%、第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差は15at.%であった。
【0061】
【表2】
【0062】
表2の実施例2−1から2−7より、第一磁性層を構成する酸化物としてSiO2とTiO2を用いた場合と同様に、SiO2とB2O3、TiO2とB2O3、Ta2O5とB2O3、Nb2O5とB2O3、SiO2とTa2O5、SiO2とNb2O5を用いても高い−Hn、OW、S/Nが得られることが分かる。また、第二磁性層を構成する酸化物としてSiO2の代わりに、TiO2,B2O3,Ta2O5,Nb2O5,SiO2とTiO2の混合酸化物のいずれを用いても高いOW、S/Nが得られることが分かる。逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(約2kOe)以上の高い値が得られ、熱安定性も問題ない。
【0063】
Co3O4がターゲットに含まれている実施例2−1と含まれていない実施例2−8を比較すると、Hs,Hnなどの磁気特性はそれほど変わらないが、S/Nは実施例2−1の方が0.9dBほど高い値を示している。これは、ターゲットにCo3O4を用いている実施例2−1の方がディスク内での磁気特性の一様性が良く、これがSNR向上の要因と考えられる。
【0064】
実施例のサンプルから第二磁性層と強磁性金属層を除いた構成のサンプルを作製し、第一磁性層の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、図10に示すように、酸化物が強磁性結晶粒子を取り囲んで均一な粒界を形成し、サブグレインも少ないことが確認された。
【0065】
一方、第一磁性層に一種類の酸化物しか含まない比較例2−1では、実施例のサンプルと比較して−Hn、S/Nの減少が見られた。比較例2−1のサンプルから第二磁性層と強磁性金属層を除いた構成のサンプルを作製し、第一磁性層の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、図11に示すように、Si酸化物の粒界への偏析は見られるものの粒界幅の分散が大きく、磁性粒子内にもSi酸化物が残ってサブグレインが多数形成されていることがわかった。Si酸化物が強磁性粒子(コア)内に多く残りサブグレインを形成することで、磁気異方性の低下や反転磁界分散の増加が起こり、逆磁区核形成磁界やS/Nが劣化したと考えられる。
【0066】
また、第一磁性層が酸化物を含まない比較例2−3では、−Hn、S/Nともに大幅に減少する。これは、粒界を構成する酸化物がなく強磁性粒子間の交換結合が非常に強いため磁気クラスターサイズが大きくなり、S/Nが大幅に劣化したと考えられる。また、交換結合が非常に強いために磁化反転が磁壁移動によって起こり、結果として−Hnが非常に小さくなったと考えられる。
【0067】
すなわち、Cr濃度が最も低い磁性層451にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を選んで用いることで、粒界への酸化物の偏析を促進し、強磁性粒子間の交換結合が効果的に低減できることが分かった。
【0068】
第二磁性層が酸化物を含まない比較例2−2と実施例2−1を比較すると、やはり−Hn、S/Nの劣化が見られる。粒界を構成する酸化物がないために、強磁性粒子間の交換結合がグラニュラー構造に比べて強く、磁気クラスターサイズが大きくなるためと考えられる。比較例2−2の場合は第二磁性層のCr濃度が高く飽和磁化も小さいこと、第一磁性層がグラニュラー構造を有しその上に積層されていることにより、比較例2−3の第一磁性層に酸化物を含まない強磁性金属を用いた場合に比べて比較例2−2では交換結合の増加が小さく、S/Nの劣化は小さくなる。−Hnの減少は、第二磁性層中のCrは酸素がないため粒界への偏析が殆ど起こらず磁気異方性が大幅に低下したためと考えられる。
【0069】
以上の結果から、第一磁性層は酸化物が強磁性結晶粒子を取り囲んだグラニュラー構造を有し、Si,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を用い、第二磁性層が酸化物を含むことが必要であることがわかる。
【0070】
[実施例3]
本実施例の垂直磁気記録媒体は上述した実施例1と同様なスパッタリング装置で図12に示す層構成の媒体を作製した。磁性層45以外は実施例1と同様な材料及びプロセス条件とした。酸化物を含む磁性層45は、磁性層453、磁性層454、磁性層455の三層構造とした。磁性層453、磁性層454、磁性層455を形成する際には表3に示すCoCrPt合金と酸化物からなる複合型ターゲットを用い、3nm/sの製膜レートで表3に示す膜厚を形成した。
【0071】
磁性層453を形成する際には、スパッタ中にスパッタガス条件を変更し、最後の0.5秒間以外はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を5Pa、酸素濃度は表3に示す値とし、残りの0.5秒間は総ガス圧を4Paとしアルゴンガスのみとした。基板バイアスを−350Vとした。
【0072】
磁性層454を形成する際には、総ガス圧を5Paとし、アルゴン酸素混合ガスもしくはアルゴンガスを用いて形成した。酸素濃度は表3に示す値とし、基板バイアスを−350Vとした。
【0073】
Co3O4はSiO2やTiO2と比較して不安定なため、スパッタの際に分解して酸素の供給源となり、スパッタガスとして供給される酸素の不均一性を補い、磁気特性の均一化に寄与する。
【0074】
磁性層455を形成する際には、スパッタ中にスパッタガス条件を変更し、最後の1秒間以外はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を1.5Pa、酸素濃度は表3に示す値とし、残りの1秒間は総ガス圧を0.8Paとしアルゴンガスとした。
【0075】
比較例3−5〜3−7のように酸化物を含まないターゲットを用いた場合には、スパッタガスにアルゴンガスのみを用い、酸化物が形成されないようにした。
【0076】
各層のCr濃度、膜厚、酸素濃度、Hs、−Hn、OW、S/Nを表3に示す。
【0077】
【表3】
【0078】
実施例3−1〜3−3と比較例3−1〜3−2を比較することにより、酸化物を含む磁性層45を三層構造とした場合も、強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度を23%以上32%以下とすることで高いOWとS/Nが得られることがわかる。
【0079】
強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度が23%より小さくなると、OW及びS/Nが劣化する。これは、磁性層455のCr濃度が23%より低くなると、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなって、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなることと、異方性磁界の平均が大きくなることによりOW特性が劣化し十分な記録ができないことによりSNRが劣化したと考えられる。
【0080】
また、強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度が32%を超えると磁性層455の磁気異方性が急激に減少してほぼ非磁性の領域になり、強磁性金属層との間の交換結合が急激に減少する。この時カーループの形状は、図4のCase 1で示すようなループとなっており、磁化反転が分離していると考えられる。磁化反転が分離すると、オーバーライト特性が劣化して十分な記録ができないことに加えて、強磁性金属層と酸化物を含む磁性層の磁化反転が分離してすることで分解能が急激に劣化し、SNRが大きく劣化する。磁性層455と強磁性金属層の磁化反転が分離しない範囲で強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転を実現するためには、磁性層455のCr濃度は23at.%以上32at.%以下であることが必要であることが分かった。
【0081】
また、実施例3−4,3−11と比較例3−9を比較することにより、磁性層455のCr濃度が同じ32at.%であってもオーバーライトやS/Nに大きな差が見られることがわかる。実施例3−4では、カーループは図4のCase 2のような形状を示し各磁性層の磁化反転が一体で起こっていると考えられるのに対し、比較例3−9ではカーループが図4のCase 1のような形状を示し、各層の磁化反転が分離していると考えられる。実施例3−4では、強磁性金属層の磁化反転が層間の交換結合を介してその直下の磁性層455の磁化反転を促し、続いて磁性層454と磁性層455の層間の交換結合を介してその下の磁性層454の磁化反転を促し、最後に磁性層453と磁性層454の層間の交換結合を介してその下の磁性層453の磁化反転が起こっていると考えられる。つまり、中間的なCr濃度の層を間に挟むことで層間の交換結合を段階的に変化させることができるため、磁性層453と磁性層455のCr濃度の差が25%より大きくても磁化反転の分離を抑制できていると考えられる。
【0082】
一方、比較例3−9では磁性層454と磁性層455の間のCr濃度の差が25at.%より大きいために、磁性層454と磁性層455の間に働く層間の交換結合エネルギーに比べて磁性層454の磁気異方性エネルギーが大きくなり、強磁性金属層と磁性層455の磁化が反転しても磁性層454と磁性層455の層間に働く相互作用により磁性層453の磁化を反転できず、磁化反転が分離したと考えられる。結果として、オーバーライトが劣化して十分な記録ができず、磁化反転が分離してすることで分解能が急激に劣化し、SNRが大きく劣化したと考えられる。
【0083】
磁性層454と磁性層455の磁化反転が分離しないためには、磁性層454と磁性層455のCr濃度の差を25at.%以下とすれば良いことが分かった。
【0084】
また、実施例3−10と比較例3−3を比較することにより、磁性層454のCr濃度が同じ32at.%であってもオーバーライトやS/Nに大きな差が見られることがわかる。実施例3−10では、図4のCase 2のような磁化反転が一体で起こっているカーループを示すのに対し、比較例3−3ではCase 1のような磁化反転が分離していることを示すカーループとなった。比較例3−3では、磁性層453と磁性層454の間に働く層間の交換結合エネルギーに比べて磁性層453の磁気異方性エネルギーが大き過ぎるため、強磁性金属層46、磁性層455、磁性層454の磁化が反転しても磁性層453と磁性層454の層間に働く相互作用により磁性層453の磁化を反転できず磁化反転に分離がおこったと考えられる。結果として、オーバーライトが劣化して十分な記録ができず、磁化反転が分離してすることで分解能が急激に劣化し、SNRが大きく劣化したと考えられる。磁性層453と磁性層454の磁化反転が分離しないためには、磁性層453と磁性層454のCr濃度の差を25at.%以下とすれば良いことが分かった。
【0085】
また、比較例3−4のように磁性層454のCr濃度が35at.%と32at.%より大きくなると、磁性層454の磁気異方性が急激に減少してほぼ非磁性となり、磁性層453や磁性層455との間の交換結合が急激に減少し、磁性層453と磁性層455の間で磁化反転に分離がおこる。結果として、S/Nやオーバーライトが劣化する。
【0086】
つまり、酸化物を含む磁性層を三層以上積層する場合には、隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度の差を25at.%以下とし、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度を32at.%以下とする事で、磁化反転が分離せず、且つ、インコヒーレントな磁化反転を促進できる適切な層間の交換結合を実現でき、高いOWとS/Nを得ることができることがわかった。
【0087】
実施例3−5から3−9と比較例3−5〜3−7を比較することにより、磁性層453〜磁性層455が酸化物を含む磁性層とすることで、酸化物を含まない磁性層を用いた場合に比べて高いS/Nが得られ、逆磁区核形成磁界も大きくなることがわかる。つまり、磁性層453〜磁性層455は酸化物を含むことが必要であることがわかる。
【0088】
次に比較例3−8と実施例3−5から3−9を比較することで、Cr濃度の最も低い磁性層453がSi,Ti,B,Ta,Nbの中から選ばれた少なくとも二種類の酸化物を含むことにより高いS/N及び逆磁区核形成磁界が得られることが分かる。Cr濃度の最も低い磁性層453に一種類の酸化物しか含まない比較例3−8では、実施例のサンプルと比較して逆磁区核形成磁界及びS/Nの減少が見られた。
【0089】
実施例のサンプルから強磁性金属層46、磁性層455、磁性層454を除いた構成のサンプルを作製し、磁性層453の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、酸化物が強磁性結晶粒子を取り囲んで均一な粒界を形成し、サブグレインも少ない図10に示すような構造を持つことが確認された。一方、比較例3−8のサンプルから強磁性金属層46、磁性層455、磁性層454を除いた構成のサンプルを作製し、第一磁性層の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、Si酸化物の粒界への偏析は見られるものの粒界幅の分散が大きく、磁性粒子内にもSi酸化物が残ってサブグレインが多数形成された図11に示すような構造を持つことが確認された。Si酸化物が強磁性粒子(コア)内に多く残りサブグレインを形成することで、磁気異方性の低下や反転磁界分散の増加が起こる。またCr濃度が低いと飽和磁化が大きいため、粒界幅が狭い領域があると強磁性粒子間に強い相互作用が働きクラスターサイズの増加を招く。結果として、逆磁区核形成磁界やS/Nが劣化したと考えられる。
【0090】
以上の結果から、Cr濃度が最も低い磁性層453にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を選んで用いることで、粒界への酸化物の偏析が促進され、強磁性粒子間の交換結合が効果的に低減でき、高いS/Nと熱安定性を実現できることがわかった。
【0091】
次に、実施例3−5から3−9と比較例3−5を比較すると、磁性層454は酸化物を含むことが必要であるが酸化物による差は殆ど見られないことがわかる。これは、磁性層454の下層に形成された磁性層453の成長段階でグラニュラー構造が形成されているため、磁性粒子と酸化物の分離が起こりやすく、酸化物の種類の影響が小さくなったと考えられる。
【0092】
実施例3−12より、必ずしも最もCr濃度の低い層が酸化物を含む磁性層の中で最も基板側にある必要はないことがわかる。
【0093】
実施例3−1〜3−13のサンプルは全て逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(約2kOe)以上であり、磁気記憶装置に組みこんだ際に60℃以上の高温で信号の劣化(熱減磁)を抑えることができ、実用上問題が生じ無いことが確認できた。高い熱安定性を得るためには、Cr濃度が低く磁気異方性の大きな材料を用いることが効果的であり、最もCr濃度低く磁気異方性の大きな磁性層のCr濃度を17at.%以下とすると良い。
【0094】
比較例3−10のように最もCr濃度が低い磁性層のCr濃度が3at.%とCr濃度が5at.%より小さくなると、S/Nが大きく劣化している。これは、最もCr濃度が低い磁性層の磁性粒子(コア)の飽和磁化が非常に高いため、粒界形成が不十分な領域があると交換結合が強く働き磁気クラスターサイズが急激に大きくなるためと考えられる。つまり、第一磁性層のCr濃度が5%より小さくなると微細構造の不均一性の影響を受けやすくなるため、最もCr濃度が低い磁性層のCr濃度は5%以上とすることが好ましい。
【0095】
以上の結果から、酸化物を含む磁性層を三層構成とし、強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度を23%以上32%以下、磁性層454のCr濃度を32%以下、且つ、隣接する磁性層とのCr濃度の差を25%以下とし、最もCr濃度の低い磁性層を酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造とし、逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(約2kOe)以上とすることで、高い記録性能(オーバーライト特性)、高いS/N、及び高い熱安定性が得られることが分かった。
【0096】
また、最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度を5at.%以上17at.%以下とし、Cr濃度が最も低い磁性層にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を選んで用いることで、サブグレインの発生を抑えて強磁性粒子間の交換結合が効果的に低減でき、高いS/N、及び高い熱安定性が得られることが分かった。
【0097】
酸化物を含む磁性層を4層以上から構成する場合も、強磁性金属層に隣接する磁性層のCr濃度を23%以上32%以下とし、Cr濃度が最も低い層と強磁性金属層に隣接する磁性層との間の磁性層において、Cr濃度を32%以下とし、隣接する磁性層のCr濃度の差を25%以下とすることで、各磁性層の磁化反転の分離を抑えつつインコヒーレントな磁化反転を促進するために適当な層間の交換結合を実現し、高い記録性能を実現する。最もCr濃度の低い磁性層を酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造とすることで高いS/Nを実現できる。
【0098】
最もCr濃度の低い磁性層のグラニュラー構造を構成する酸化物としてSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を用いることで、サブグレインの発生を抑えて均一な粒界を形成できるため好ましい。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度が5at.%より小さくなると微細構造の不均一性の影響を大きく受けやすくなるため、5at.%以上とすることが望ましい。また、逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(2kOe)以上とすることで高い熱安定性を実現する。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度を少なくとも17at.%以下とすると良い。
【0099】
上記条件を満たす構成とすることで、高い記録性能(オーバーライト特性)、高いS/N、及び高い熱安定性が得られる。例えば、磁性層を4層から構成した事以外は実施例3−1から3−13と同じ条件、層構成とした表4に示す実施例3−14,3−15の構成でも上記性能が得られていることがわかる。磁性層は、基板に近い側から磁性層456、磁性層457、磁性層458、磁性層459とした。
【0100】
【表4】
【0101】
[実施例4]
本発明の一実施例である磁気記憶装置の断面模式図を図13に示す。磁気記録媒体10は上記実施例1〜3の媒体で構成され、この磁気記録媒体を駆動する駆動部11と、記録部と再生部からなる磁気ヘッド12と、磁気ヘッドを磁気記録媒体に対して相対運動させる手段13と、磁気ヘッドへの信号の入出力を行うための手段14を有する。磁気ヘッド12と磁気記録媒体10の関係を図14に示す。磁気ヘッドの浮上量を2nmとし、再生部20の再生素子21にはトンネル磁気抵抗効果素子(TMR)を使用しており、シールドギャップ長30nm、トラック幅40nmである。記録部22には主磁極23、補助磁極25、及び薄膜導体コイル26を有し、主磁極23の周りにラップアラウンドシールド24が形成され、主磁極先端部の幾何学的なトラック幅60nm、主磁極−トレーリングシールド間の距離30nm、主磁極−サイドシールド間の距離100nmである。本発明の媒体を用いることにより、1cmあたりのトラック密度を118100トラック(300kTPI)、1cmあたりの線記録密度を657480ビット(1670kBPI)の条件で1平方センチあたり77.7ギガビット(約500Gb/in2)での動作し、データの熱による消失も問題ないレベルであることが確認できた。
【0102】
記録ヘッドとしては、他にトラック幅方向のシールドのないシールドヘッドを用いることもできる。再生素子としては、他に巨大磁気抵抗効果素子(GMR)や、素子膜面垂直方向に電流を流す巨大磁気抵抗効果素子(CPP−GMR)を用いることもできる。
【符号の説明】
【0103】
10:垂直磁気記録媒体、11:磁気記録媒体駆動部、12:磁気ヘッド、13:磁気ヘッド駆動部、14:信号処理系、20:再生部、21:再生素子、22:記録部、23:主磁極先端部、24:ラップアラウンドシールド、25:補助磁極、26:薄膜導体コイル、41:基板、42:密着性を高めるための下地層、43:軟磁性下地層、44:配向と偏析を制御する下地層、45:磁性層、451:第一磁性層、452:第二磁性層、453:磁性層、454:磁性層、455:磁性層、46:強磁性金属層、47:保護層
【技術分野】
【0001】
本発明は、大容量の情報を記録可能な垂直磁気記録媒体及びそれを組み込んだ磁気記憶装置に関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータの扱う情報量が増大し、補助記憶装置としてハードディスク装置の大容量化が一段と求められている。さらに、家庭用の電気製品へのハードディスク装置の搭載が進むことにより、ハードディスク装置の小型化、大容量化の要望は強くなる一方である。
【0003】
近年、磁気ディスク装置に垂直磁気記録方式を採用することにより、記録密度を向上させてきた。垂直磁気記録方式は、記録媒体の磁化を媒体面に垂直に、かつ隣り合う記録ビット内の磁化が互いに反平行になるように記録ビットを形成する方式であり、面内記録方式に比べて磁化遷移領域での反磁界が小さいため媒体ノイズを低減でき、高密度記録時の記録磁化を安定に保持できる。垂直磁気記録媒体としては、基板と垂直磁気記録層の間に磁束のリターンパスとして働く軟磁性下地層を設けた二層垂直磁気記録媒体が広く採用されている。磁気ヘッドとしては、記録磁界勾配を向上させるために磁気ヘッドの記録部が従来の単純な構造の単磁極型ヘッドの構造に、少なくとも主磁極のトレーリング側に非磁性のギャップ層を介して磁気シールドが設けられた構造を有する構造が広く採用されている。
【0004】
垂直磁気記録媒体の磁気記録層としては、従来は面内記録媒体で用いられているCoCrPt系合金からなる記録層が検討されていた。従来のCoCrPt系合金からなる記録層においては、CoとCrの相分離を利用して高温に加熱することでCrを主とする非磁性材料を粒界に偏析させ、磁性結晶粒の磁気的な孤立化を図ってノイズを低減してきた。そのため、ノイズ低減の効果をより大きくするためにはCrを多く添加する必要があるが、その場合には磁性結晶粒内にもCrが多く残り、磁気異方性エネルギーが低下し、記録信号の安定性が劣化する問題があった。
【0005】
この問題を解決し更にノイズを低減するため、磁性結晶粒の周囲に酸化物や窒化物などの非磁性化合物を偏析させることにより磁性結晶粒が磁気的に分離した構造(グラニュラー構造と呼ぶ)が提案されている。このグラニュラー構造の記録層に関しては、例えばIEEE Transactions on Magnetics, Vol.40, No.4, July 2004, pp. 2498-2500に記載されている。CoCrPt合金に酸素や酸化物を添加した記録層の場合には、酸化物が磁性結晶粒と容易に分離するため、酸化物粒界形成のきっかけとなるテンプレートが下地層として形成されていれば、酸化物が磁性結晶粒を取り囲むグラニュラー構造を形成することで磁気的な分離を実現できる。このため、磁性結晶粒に含まれるCr量を低減でき、磁気異方性エネルギーを低下させることなくノイズの低減が可能である。グラニュラー記録層の改良による低ノイズ化の検討も盛んに行われている。例えば、特開2005−100537号公報には、グラニュラー記録層の粒界を形成する酸化物を2種類以上とすることによりノイズを低減する方法が開示されている。また、特開2006−302426号公報には、酸素濃度や酸化物濃度の勾配によりグラニュラー層の構造を制御し、ノイズを低減する方法が開示されている。
【0006】
上記のようにグラニュラー記録層の粒間相互作用を十分低減した媒体では、磁化反転の起こる磁界が大きくなるため、十分なオーバーライト特性が得られないという問題がしばしば生じる。オーバーライト特性を改善するため、例えば、特開2007−272950号公報には、グラニュラー記録層の上に厚い非グラニュラー構造の強磁性層を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−100537号公報
【特許文献2】特開2006−302426号公報
【特許文献3】特開2007−272950号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】IEEE Transactions on Magnetics, Vol.40, No.4, July 2004, pp. 2498-2500
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
垂直磁気記録媒体においても、記録密度を向上させるためには磁化反転の単位である磁気クラスターサイズを低減する必要があるが、記録密度が1平方センチあたり77.7ギガビット(約500Gb/in2)を超える領域になると磁気クラスターサイズの減少に伴って熱安定性が劣化するという問題が生じてきた。
【0010】
これを回避する一つの方法としては、垂直磁気記録層に磁気異方性の大きな材料を用いることが有効であり、CoCrPt系のグラニュラー磁性層においてCr濃度を下げることで磁気異方性を大きくすることができる。しかしながら、Cr濃度が低くなると、酸化物の結晶粒界へ偏析が不十分な場合には磁性粒子間に働く交換結合が非常に強くなり、磁気クラスターサイズが急激に増加してS/Nが劣化するという問題あった。また、酸化物の粒界への偏析が促進され磁性粒子が孤立化してくると磁化反転の起こる磁界が大きくなり、ヘッドからの記録磁界で記録ができないという問題が生じる。
【0011】
磁化反転の起こる磁界を小さくするには、磁化反転を補助する層(非グラニュラー構造有する磁性層)を厚くする必要が生じる。非グラニュラー構造有する磁性層(キャップ層)はグラニュラー層に比べて膜面内方向の交換結合が強いため、膜厚の増加と伴に急激に磁気クラスターサイズが増加してS/Nが劣化するという問題が生じる。また、膜厚の増加により分解能が劣化するという問題があった。
【0012】
このように、従来の技術では、高いSNR、熱安定性、記録性能を同時に満たすことができなかった。本発明の目的は、上記の三つの課題を同時に満たす垂直磁気記録媒体、その製造方法、及び磁気記憶装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明では以下の構成を採用した。
本発明の垂直磁気記録媒体は、基板上に形成された軟磁性下地層と、磁性層の配向と偏析を制御するための下地層と、酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層と、その上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有する。酸化物を含む磁性層は二層以上の磁性層から構成され、強磁性金属層に隣接する層のCr濃度は23at.%以上32at.%以下であり、その下層に設けられた酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層との間に存在する磁性層において、Cr濃度が32at.%以下、且つ、隣接する層間のCr濃度の差は25at.%以下であり、酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い磁性層を酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造を有し、逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上である。
【0014】
ここで、Cr濃度は、CoとCrとPtの総量に対するCrの割合で求めた濃度である。また、逆磁区核形成磁界(−Hn)の評価は、室温においてカー効果測定装置を用いて行い、測定波長は350nm、レーザーのスポット径は約1mmである。磁界は試料膜面垂直方向に印加し、最大磁界は1590kA/m(約20kOe)とし、掃引速度一定で60秒間でカーループの測定を行った。逆磁区核形成磁界(−Hn)はKerr回転角が正に飽和した状態から磁界を下げた時に飽和値の95%となるときの磁界とし、第二象限にある場合を正と定義した。この値が正で大きいほど熱安定性が良いことを示している。
【0015】
逆磁区核形成磁界が159.2kA/mより小さくなると、磁気記憶装置に組み込んだときに、高温で情報の消失が頻繁に起きるようになり実用上問題となるため好ましくない。酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層のCr濃度を少なくとも17at.%以下、より好ましくは14at.%以下とすることで高い磁気異方性実現して熱安定性が改善されると伴に、グラニュラー構造によりクラスターサイズを低減し高S/Nを実現する。Cr濃度が5at.%より小さくなると、粒界形成が不十分な領域があると強磁性粒子間に非常に強い交換結合が働くため急激にノイズが増加する要因となりやすい。従って、酸化物を含む最もCr濃度の低い層のCr濃度は5at.%以上とすることが好ましい。
【0016】
強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度を23at.%以上32at.%以下とすることで、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層と強磁性金属層の磁化反転が分離しない範囲で層間の結合を弱めることができ、強磁性金属層が強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層に対してインコヒーレントに磁化が反転しやすくなる。また、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層の磁化反転のモードもインコヒーレントな磁化反転が起こりやすくなる。このため、異方性磁界の小さな強磁性金属層の磁化反転が起きやすくなり、強磁性金属層の磁化が反転することをきっかけにして、層間の結合を介して隣接する磁性層の磁化反転がおこり、更に層間の結合を介して最も大きな異方性磁界を持つ磁性層の磁化の反転を引き起こす。この効果により、各層の異方性磁界の平均値よりも小さな外部磁界で磁化反転がおこり、高い熱安定性を維持しつつ記録性能が改善できる。酸化物を含む磁性層のヘッドに近い側に異方性磁界の小さい領域を設け、磁化反転のきっかけとすることにより、従来十分な記録性能を実現するために必要であった強磁性金属層の膜厚を低減できる。強磁性金属層はグラニュラー層に比べて膜面内方向の交換結合が強くノイズ源となるが、この膜厚を低減できるため、磁気クラスターサイズが低減され、低ノイズ(高いS/N)が実現される。また、磁性層全体でインコヒーレントな磁化反転に近づくことでレマネンス保磁力(Hcr)の角度依存性が浅くなり、トラック幅方向にヘッドから斜めの磁界が印加されたときに書き滲みを抑えることができる。
【0017】
一方、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度が32at.%より高くなると、磁気異方性や飽和磁化が急激に減少してほぼ非磁性の領域になり、強磁性金属層との間の交換結合がほぼゼロとなり磁化反転が分離するため、飽和磁界が増加し記録性能及び分解能が大幅に劣化し、結果としてS/Nも大幅に劣化する。
【0018】
強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度が23at.%より低くなると、磁気異方性と飽和磁化が大きくなり、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなりすぎて、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなる(コヒーレントな磁化反転に近づく)こと、及び、異方性磁界の平均が大きくなることにより、飽和磁界が増加する。その結果、記録に必要な磁界が大きくなり、記録性能が劣化する。十分な記録性能を実現するために強磁性金属層を厚くした場合、分解能の劣化が起こり、交換結合の強い層の割合が増加するためノイズも増加する。結果として、高いS/Nが得られない。また、同じ記録性能が得られる状態で比較するとレマネンス保磁力(Hcr)の角度依存性も深くなり、トラック幅方向にヘッドから斜めの磁界が印加されたときに書き滲みが起こり、トラック密度の低下を招く。
【0019】
本発明では、更に、酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層の間に存在する磁性層において隣接する磁性層間のCr濃度の差を25%以下にする。隣接する磁性層間のCr濃度の差が25%より大きくなると、層間の交換結合エネルギーに比べて最もCr濃度が低い磁性層の磁気異方性エネルギーが大きくなり過ぎ、強磁性金属層が反転しても層間の交換結合により最もCr濃度が低い磁性層の磁化を反転することができなくなり、記録性能が大幅に劣化する。磁化反転の分離が起こると、分解能が急激に劣化し、S/Nも大幅に劣化する。
【0020】
強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層において、更に、強磁性金属層との界面に向かってCr酸化物の濃度が小さくなるような勾配を設けることで、磁気異方性、飽和磁化が強磁性金属層との界面に向かって減少するような勾配が形成される。Cr酸化物の濃度の高い領域は、Cr酸化物が粒界に偏析することで強磁性粒子間の交換結合が低減され、低ノイズ化に寄与する。また、磁気異方性も向上し熱安定性も改善する。Cr酸化物の濃度の低い領域は偏析が抑制され飽和磁化や磁気異方性が減少することで記録性能が向上する。飽和磁化が小さいことから、偏析が不十分でもノイズの増加を抑えることができる。Cr酸化物の濃度の低い領域は酸化物の粒界が狭くなり、その上に成長する強磁性金属層の結晶性が改善し、反転磁界の分散の低減効果が向上する。その結果、強磁性金属層の膜厚の薄膜化が可能となり、ノイズの低減、分解能の向上、記録性能の向上に寄与する。
【0021】
酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層としてはCoを主成分とし、少なくともCrとPtを含み酸化物を含む、Co−Cr−Pt合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Nb合金、Co−Cr−Pt−Ta合金とSi,Ti,Ta,Nb,Bの酸化物の中から少なくとも二種類を含むグラニュラー膜を用いることができる。これにより、均一で広い結晶粒界を形成することができるため、磁性層中に含まれるCr濃度を下げても交換結合の増加を抑制することができる。これらの酸化物は、酸化物の形でターゲットに含有させても良いし、金属として含有させ酸素雰囲気中で反応性スパッタにより形成しても良い。ターゲットにCoの酸化物を含有させておくと、Coの酸化物は酸化物生成能が低く不安定なため、スパッタ中にCoと酸素に分解されて酸素の供給源となる。ここで供給された酸素はSi,Ti,Ta,Nb,BやCrを酸化して粒界への偏析を促進する。酸素をスパッタガスとして外部から供給する場合に比べて、基板の半径方向、周方向に渡って均一に分布するため、磁気特性の一様性が改善し、反転磁界の分散低減に寄与する。スパッタと同時に分解がおこり酸素を供給できるため、初期層の粒界形成を促進しノイズを低減できる。Coの酸化物としてはCoOやCo3O4などを用いることができるが、Co3O4が最も分解しやすく且つ酸素を多く含むため効果的である。Co3O4をターゲットに含有させる場合、1.5−3mol%程度の量を用いると良い。
【0022】
酸化物を含む磁性層の中で最も強磁性金属層に近い層としては、Coを主成分とし少なくともCrを含み酸化物を含む、Co−Cr合金、Co−Cr−B合金、Co−Cr−Mo合金、Co−Cr−Nb合金、Co−Cr−Ta合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Nb合金、Co−Cr−Pt−Ta合金とSi酸化物、Ta酸化物、Nb酸化物、Ti酸化物を少なくとも一種類含むグラニュラー膜を用いることができる。強磁性金属層の結晶成長の観点から、酸化物の総量は下層の磁気異方性の大きな磁性層に比べて少ない方が好ましい。膜形成初期段階では酸素をスパッタガスとして供給し、途中で酸素の供給を停止することで、Cr酸化物の濃度勾配を形成することができる。磁気異方性の大きな磁性層を形成する場合と異なり、Cr酸化物の濃度勾配を形成する観点からは、ターゲットに含まれるCo酸化物の含有量は下層に設けた酸化物を含む磁性層に比べて少ないことが望ましい。Co酸化物は磁気特性の均一性を向上する効果もあるため、Co3O4をターゲットに含有させる場合には1mol%程度の量を用いることができる。
【0023】
酸化物を含む磁性層を3層以上から構成することもできる。この場合、強磁性金属層に隣接する磁性層のCr濃度を23%以上32%以下とし、Cr濃度が最も低い層と強磁性金属層に隣接する磁性層との間の磁性層において、隣接する磁性層のCr濃度の差を25%以下とすることで、各磁性層の磁化反転の分離を抑えつつインコヒーレントな磁化反転を促進するために適当な層間の交換結合を実現し、高い記録性能を実現する。最もCr濃度の低い磁性層を、酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造とすることで高いS/Nを実現できる。
【0024】
最もCr濃度の低い磁性層のグラニュラー構造を構成する酸化物としてSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を用いると、サブグレインの発生を抑えて均一な粒界を形成できるため好ましい。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度が5at.%より小さくなると、微細構造の不均一性の影響を大きく受けやすくなるため、5at.%以上とすることが望ましい。また、逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(2kOe)以上とすることで高い熱安定性を実現する。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度を少なくとも17at.%以下とすると良い。
【0025】
Cr濃度が最も低く磁気異方性の大きなグラニュラー層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層と強磁性金属層の間の磁性層には、Coを主成分とし少なくともCrとPtを含み酸化物を含む、Co−Cr−Pt合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Nb合金、Co−Cr−Pt−Ta合金と酸化物を含むグラニュラー膜を用いることができる。この層を形成する際には、ターゲットにCo酸化物を含有させておくことが望ましい。これにより、スパッタ中にCo酸化物がCoと酸素に分解されて酸素の供給源となり、酸化物が基板の半径方向、周方向に渡って均一に分布するため磁気特性の一様性が改善し、反転磁界の分散低減に寄与するとともに初期層の粒界形成を促進しノイズを低減できる。Coの酸化物としてはCoOやCo3O4などを用いることができるが、Co3O4が最も分解しやすく且つ酸素を多く含むため効果的である。Co3O4をターゲットに含有させる場合1.5−3mol%程度の量を用いると良い。
【0026】
強磁性金属層を構成する材料としては、Co/PtやCo/Pdなどの人工格子や、Coを主成分とし少なくともCrを含有するCoCr系合金などを用いることができる。特に、Coを主成分とし少なくともCrとPtとBを含有する合金とすることで、ノイズ増加を最小限に抑えて反転磁界分散を低減でき、耐食性及び熱安定性も向上できるため好ましい。例えば、Co−Cr−Pt合金、Co−Cr−Pt−B合金、Co−Cr−Pt−Mo合金、Co−Cr−Pt−Mo−B合金、Co−Cr−Pt−Nb−B合金、Co−Cr−Pt−Ta−B合金、Co−Cr−Pt−Cu−B合金などを用いることができる。
【0027】
強磁性金属層は、反転磁界の分散とその大きさを低減する役割を果たし、大まかには飽和磁化と膜厚の積を揃えることで同様の効果を得ることができる。しかし、飽和磁化が小さくなると上記効果を得るために膜厚を厚くする必要が生じ、分解能の劣化や高い線記録密度でのノイズの増加を引き起こす。また、ヘッドと軟磁性層の距離の増加に伴いヘッドの記録磁界が減少するため、同じ反転磁界であっても記録性能が劣化する。このため、強磁性金属層の膜厚は薄い方が良く、5nm以下とすることが望ましい。より好ましくは4nm以下である。また、強磁性金属層を上記の材料を二層以上積層した構成とすることもできる。
【0028】
配向と偏析を制御する下地層は、記録層の結晶配向性や結晶粒径を制御し、記録層の結晶粒間の交換結合の低減に重要な役割を果たす。下地層の膜厚、構成、材料は、上記効果が得られる範囲で設定すればよい。例えば、Taなどの微結晶層、NiTaなどのアモルファス層、面心立方格子(fcc)構造を有する金属層上にRuもしくはRu合金層を形成した構成やTi合金上にfcc金属介してRu合金層を形成した構成などを用いることができる。
【0029】
Taなどの微結晶層、NiTaなどのアモルファス層、面心立方格子(fcc)構造を有する金属層の役割は、Ruの膜面垂直方向のc軸配向性を高めることである。特に、fcc金属はTaなどの微結晶系やNiTaなどのアモルファス系の材料に比べて粒径及び凹凸の制御に優れており、記録層の偏析の促進と熱安定性を大きく向上できるため好ましい。面心立方格子(fcc)構造を有する金属としては、Pd,Pt,Cu,Niやこれらを含有する合金を用いることができる。特に、Niを主成分とする少なくともW,Cr,V又はCuを含む合金とすると、適度な粒径と凹凸を形成でき記録層の偏析を促進できるため好ましい。例えば、Ni−6at.%W合金、Ni−8at.%W合金、Ni−6at.%V合金、Ni−10at.%Cr合金、Ni−10at.%Cr−6at.%W合金、Ni−10at.%Cr−3at.%Nb合金、Ni−10at.%Cr−3at.%B合金、Ni−20at.%Cu合金、Ni−20at.%Cu−6at.%W、Ni−20at.%Cu−3at.%Ti合金、Ni−20at.%Cu−3at.%Ta合金などを用いるこができる。膜厚は、通常2nmから10nm程度の値が用いられる。
【0030】
fcc金属の直下に、Cr−Ti合金、Cr−Ta合金、Ni−Ta合金、Al−Ti合金などのアモルファス層を設けると、fcc層の(111)配向性を高めることができるため好ましい。膜厚は、通常1nmから5nm程度の値が用いられる。
【0031】
Ru合金層の役割は記録層の結晶粒径、結晶配向性の制御と結晶粒間の交換結合の低減である。これが満足される範囲で膜厚を設定すればよく、通常3nmから30nm程度の値が用いられる。Ru層を二層以上に分けて形成し、下層Ruを低ガス圧、高レートで形成し、上層Ruを高ガス圧、低レートで形成することにより、配向の劣化を抑えて、記録層の偏析が促進できるため好ましい。スパッタガスとしてArを用いてもよいし、Arに微量の酸素や窒素を添加したものを用いても良い。また、Ru層の記録層側との界面部分を、Ruの周りを酸化物や窒化物が取り囲んだグラニュラー膜とすることで、磁性層の偏析を更に促進することができるため好ましい。Ruを主成分としSi,B,Ti,Ta,Nbなど酸化しやすい元素を含んだ合金を微量の酸素や窒素添加したArガスを用いて反応性スパッタでグラニュラー膜を形成したり、RuにSiO2,TiO2,Ta2O5,Nb2O5などの酸化物を含有させたターゲットを用いてグラニュラー膜を形成することができる。
【0032】
ヘッドからの磁束のリターンパスとして働く軟磁性下地層を構成する材料としては、FeCoTaZr合金、FeCoTaZrCr合金、CoTaZr合金、CoTaZrCr合金、FeCoB合金、FeCoCrB合金、CoNbZr合金、CoTaNb合金などを用いることができる。軟磁性下地層の構成としては、軟磁性合金を薄いRuを介して積層した三層構造とし、Ruの膜厚により軟磁性層間の結合を制御することで記録性能と記録幅の制御ができる。また、一層のFeCoTaZr合金などの軟磁性材料からなる軟磁性下地層の下に軟磁性下地層の磁区を固定するための磁区制御層を設けた構造や、軟磁性合金を薄いRuを介して積層することで反強磁性的に結合させた構造(AFC構造)の下に磁区制御層を設けた構造を用いても良い。
【発明の効果】
【0033】
本発明により高いSNR、熱安定性、記録性能を同時に満たすことが可能となり、77.7ギガビット(約500Gb/in2)を超える高密度記録が可能な垂直磁気記録媒体及びこれを用いた磁気記憶装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明による垂直磁気記録媒体の例を示す断面模式図。
【図2】飽和磁界Hsと第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図3】第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差と飽和磁界Hsの関係を表す図。
【図4】磁化が一体で反転する場合と分離して反転する場合のカーループの典型的な例を表す図。
【図5】オーバーライトと第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図6】第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差とオーバーライトの関係を表す図。
【図7】S/Nと第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図8】第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差とS/Nの関係を表す図。
【図9】逆磁区核形成磁界(−Hn)と第二磁性層のCr濃度との関係を示す図。
【図10】結晶粒界にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を含む実施例の第一磁性層の平面構造を透過電子顕微鏡で観察した観察像の模式図。
【図11】結晶粒界に一種類の酸化物しか含まない比較例の第一磁性層の平面構造を透過電子顕微鏡で観察した観察像の模式図。
【図12】本発明による垂直磁気記録媒体の例を示す断面模式図。
【図13】磁気記憶装置の断面模式図。
【図14】磁気ヘッドと磁気記録媒体の関係を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に本発明の実施例を挙げ、図面を参照しながら詳細に説明する。
[実施例1]
図1に、本発明の垂直磁気記録媒体の一実施形態を表した断面模式図を示す。
本発明の垂直磁気記録媒体はインテバック株式会社製のスパッタリング装置(200Lean)を用いて形成した。すべてのプロセスチャンバを1×10-5Pa以下の真空度まで排気した後、基板を乗せたキャリアを各プロセスチャンバに移動させることにより順にプロセスを実施した。保護膜以外の層はDCマグネトロンスパッタにより形成した。
【0036】
基板41には直径63.5mmのガラス基板を用いた。基板41上に、基板との密着性を高めるためにNiTa合金からなる膜厚30nmの下地層42を形成した。ここでNiTa合金としては、Ni−37.5at.%Taを用いた。下地層42は本発明の効果を得る上で必ずしも必要ないが、上記材料の他にNi系合金、Co系合金、Al系合金等が使用可能であり、複数の層から構成しても良い。例えば、AlTi合金、NiAl合金、CoTi合金、AlTa合金などを用いることができる。
【0037】
次に、軟磁性下地層43は、FeCoTaZr合金を薄いRuを介して積層した三層構造とした。ここでFeCoTaZr合金としては、51at.%Fe−34at.%Co−10at.%Ta−5at.%Zrを用いた。一層当りのFeCoTaZr合金の膜厚としては、15nmとし、Ru層の膜厚は1.2nmとした。記録層の配向と偏析を制御する下地層44は、膜厚4nmのNi−37.5at.%Taと膜厚8nmのNi−6at.%Wと膜厚16nmのRu、厚1nmのRuとTi酸化物の膜を順次形成した構成とした。
【0038】
下地層44は、記録層の結晶配向性や結晶粒径を制御し、記録層の結晶粒間の交換結合の低減に重要な役割を果たす。下地層44の膜厚、構成、材料は、上記効果が得られる範囲で設定すればよく、特に上記の膜厚、構成、材料に限定するものではない。
【0039】
本実施例においては、下地層44のRu層を二層に分けて形成し、下層半分をガス圧1Pa、製膜レート2nm/s、上層半分をガス圧5.5Pa、製膜レート2nm/sで形成した。RuとTi酸化物からなる膜は、Ru−10at.%Tiターゲットを用いて総ガス圧3Pa、酸素濃度3%の雰囲気中で反応性スパッタにより形成した。
【0040】
磁性層45を第一磁性層451及び第二磁性層452の二層構造とした。第一磁性層451を形成する際にはCoCrPt合金と、SiO2とTiO2とCo3O4の三種類の酸化物からなる複合型ターゲットでCr濃度を変えた表1に示すターゲットを用い、製膜レート3nm/sで形成し、膜厚は5nmとした。最初の1秒間はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を5Pa、酸素濃度は1.0%とし、残りの0.5秒間は総ガス圧を4Paとし、アルゴンガスのみで形成した。基板バイアスを−350Vとした。Co3O4はSiO2やTiO2と比較して不安定なため、スパッタの際に分解して酸素の供給源となり、スパッタガスとして供給される酸素の不均一性を補い、磁気特性の均一化に寄与する。
【0041】
第二磁性層452を形成する際にはCoCrPt合金とSiO2からなる複合型ターゲットでCr濃度を変えた表1に示すターゲットを用いて形成し、膜厚は7.5nmとした。スパッタ中にスパッタガス条件を変更して形成した。最初の1秒間はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を1.5Pa、酸素濃度は10%とし、残りの1.5秒間は総ガス圧を0.8Paとし、アルゴンガスのみで形成した。これにより、第二磁性層452の中の下層部分にはCrの酸化物が多く確認され、上層側ではCrの酸化物の割合が減少し、金属として存在する割合が増加する傾向が見られた。
【0042】
酸化物を含まない強磁性金属層46としては、膜厚2.5nmの66at.%Co−10at.%Cr−14at.%Pt−10at.%B合金を用い、スパッタガスとしてArを用い、総ガス圧を0.6Paとした。強磁性金属層46には、このほかにCoCr合金やCoCr合金にPt,Ta,Mo,Nb,Cu,Bなどを添加した材料を用いることができ、大まかには飽和磁化と膜厚の積を揃えることで同様の効果を得ることができる。ただし、膜厚が厚くなると分解能の劣化やヘッドから発生する記録磁界の低下を招くため、5nm以下とすると良い。
【0043】
続いて、保護層47として厚さ3.0nmのDLC(ダイアモンドライクカーボン)膜を形成した。その表面に有機系の潤滑剤を塗布して潤滑層を形成した。
【0044】
磁性層の組成分析は、光電子分光法(XPS)を用い、加速電圧500Vのイオン銃でサンプル表面からスパッタして深さ方向に掘り進み、アルミニウムのKα線をエックス線源として、長さ1.5mmで幅0.1mmの範囲を分析した。Cの1s電子、Oの1s電子、Siの2s電子、Crの2p電子、Coの2p電子、Ruの3d電子、Ptの4f電子などのそれぞれに対応するエネルギー近傍のスペクトルを検出することにより各元素の含有率を求めた。磁性層のCr濃度は、CoとCrとPtの総量に対するCrの割合として求めた。Cr酸化物の量を求める際には、Crのスペクトルの化学シフトから金属のCrとCr酸化物の割合を求めた。
【0045】
磁気特性の評価は、室温においてカー効果測定装置を用いて行った。測定波長は350nm、レーザーのスポット径は約1mmである。磁界は試料膜面垂直方向に印加し、最大磁界は1590kA/m(約20kOe)とし、掃引速度一定で60秒間でカーループの測定を行った。その後、保磁力(Hc)、飽和磁界(Hs)、逆磁区核形成磁界(−Hn)を求めた。磁界を0から1590kA/m(約20kOe)と増加させた時に、Kerr回転角が飽和値の99%となるときの磁界として飽和磁界(Hs)を定義した。−HnはKerr回転角が正に飽和した状態から磁界を下げた時に飽和値の95%となるときの磁界とし、第二象限にある場合を正と定義した。この値が正で大きいほど熱安定性が良いことを示している。
【0046】
記録再生特性評価には、周速11m/s、スキュー角0度、磁気ヘッドの浮上量約3nmの条件で、再生出力とノイズを測定した、媒体S/N(signal to noise ratio)は33464fr/mm(フラックスローテンション/mm,約850kFCI)の線記録密度における再生出力と媒体ノイズの比によって評価した。記録性能の評価は、オーバーライト(OW)特性として、33464fr/mmの信号の上に6693fr/mm(170kFCI)の信号を重ね書きし、33464fr/mmの信号の消え残り成分と6693fr/mmの信号強度比から求めた。
【0047】
磁気ヘッドの再生部には、シールドギャップ長30nm、トラック幅40nmのトンネル磁気抵抗効果素子(TMR)を利用した再生素子を用いた。磁気ヘッドの記録部は、主磁極と補助磁極と薄膜導体コイルを有する単磁極型ヘッドの構造からなり、主磁極は主磁極ヨーク部と主磁極先端部からなり、主磁極先端部のトラック幅方向及びダウントラック方向を覆うようにシールドが形成されている(ラップアラウンドシールドヘッド)。主磁極先端部の幾何学的なトラック幅60nm、主磁極−トレーリングシールド間の距離30nm、主磁極−サイドシールド間距離100nmのヘッドを用いた。サンプル1−1から1−42の第一磁性層451、第二磁性層452に含まれる各層のCr濃度及びその差を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
図2に、磁性層45と強磁性金属層46からなる記録層の飽和磁界と第二磁性層452のCr濃度の関係を示す。第一磁性層451のCr濃度を一定として第二磁性層のCr濃度を変化させた場合、第二磁性層452のCr濃度の増加と伴に飽和磁界(Hs)が減少して最小値を取ったのち増加に転じることがわかる。飽和磁界(Hs)が極小値を取る前後のCr濃度でのカーループの典型的な形状を図4に示す。
【0050】
飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が低い場合(Case 2)には、カーループの形状から通常の各層の磁化が分離せずに反転していると考えられるが、飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が高い場合(Case 1)には、カーループの形状から強磁性金属層46と磁性層45の磁化が分離して磁化反転が起こっていると考えられる。図2より磁化が分離して磁化反転しないためには少なくとも第二磁性層のCr濃度が32%以下であることが必要であることがわかる。
【0051】
第二磁性層452のCr濃度が高くなるにつれて第二磁性層452の持つ磁気異方性が小さくなることにより磁性層全体の磁気異方性は減少する。また、第二磁性層のCr濃度の増加に伴う磁気異方性、飽和磁化の減少により強磁性金属層46と第二磁性層452、第一磁性層451と第二磁性層452の間の層間の交換結合が減少し、インコヒーレントに磁化反転をしようとする傾向が増加すると考えられる。第二磁性層452に、強磁性金属層46側のCr酸化物の濃度が小さくなるような濃度勾配をつけることで、飽和磁化及び磁気異方性が強磁性金属層側で小さくなるような勾配ができるため、強磁性金属層と第二磁性層452の間の層間の結合がより小さくなる。飽和磁界が最小値をとるCr濃度より低い側では第一磁性層から強磁性金属層までの磁性層は分離せずに一体として磁化反転をするが、第二磁性層のCr濃度の増加に伴って強磁性金属と第二磁性層間の交換結合が減少する。このため、異方性磁界の小さな強磁性金属層の磁化反転が起きやすくなり、強磁性金属層の磁化が反転することをきっかけにして、層間の結合を介して次に異方性磁界の小さな第二磁性層の磁化反転がおこり、更に層間の結合を介して最も大きな異方性磁界を持つ第一磁性層451の磁化の反転を引き起こす。この効果により、各層の異方性磁界の平均値よりも小さな外部磁界で磁化反転がおこり飽和磁界が減少すると考えられる。
【0052】
第一磁性層のCr濃度が10%以上の場合には、第二磁性層のCr濃度が32%を境に磁化反転の振る舞いが変化しているように見える。Cr濃度が32%を超えると第二磁性層452の磁気異方性が急激に減少してほぼ非磁性の領域になり、強磁性金属層46との間の交換結合が急激に減少して磁化反転が分離するためと考えられる。
【0053】
第一磁性層451のCr濃度が5%以下の場合には、第二磁性層のCr濃度を21%から増加させていくとCr濃度が32%より低い濃度でも飽和磁界(Hs)が増加に転じることが図2より分かる。図4に示すように、飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が低い場合には、図4のCase 2のようなカーループの形状を示し、通常の各層の磁化が分離せずに反転していると考えられる。一方、飽和磁界が極小値を取るCr濃度より第二磁性層452のCr濃度が高い場合には、図4のCase 1のようなカーループの形状が得られ、各層の磁化が分離して磁化反転が起こっていると考えられる。これは、第二磁性層452と第一磁性層451の間に働く層間の交換結合エネルギーに比べて第一磁性層451の磁気異方性エネルギーが大き過ぎると、強磁性金属層46が反転しても層間の相互作用により第一磁性層451の磁化を反転できないためと考えられる。十分な層間の交換結合を得るためには、磁気異方性の差を一定以下にする必要があると考えられ、図3より第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差を25%以下にする必要がある。
【0054】
第二磁性層のCr濃度の増加と伴に飽和磁界が極小値を取った後に増加するのに対応して、図5、図6においてオーバーライト特性が大きく劣化する様子が見られる。つまり、十分な記録性能を維持するためには第二磁性層のCr濃度を32%以下とし、且つ、第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差を25%以下とすることが必要であることがわかる。これにより、磁化の分離を抑えつつインコヒーレントな磁化反転を促進でき、高い記録性能を得ることができる。また、第二磁性層のCr濃度が23%より小さくなると、やはりオーバーライトが劣化することがわかる。これは、Cr濃度が低くなることで第二磁性層の磁気異方性と飽和磁化が大きくなり、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなって、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなることと、異方性磁界の平均が大きくなることにより、飽和磁界が増加したことによると考えられる。
【0055】
図7及び図8にS/Nを示す。図7、図8と図5、図6を比較することにより、磁化反転が分離してオーバーライト(OW)特性が劣化するのに対応してS/Nが急激に劣化することがわかる。これは、OW特性が劣化して十分な記録ができないことに加えて、強磁性金属層と酸化物を含む磁性層の磁化反転が分離することで分解能が急激に劣化するためである。
【0056】
また、第二磁性層のCr濃度が23%より小さくなるとS/Nが急激に劣化する。これは、第二磁性性層のCr濃度が23%より低くなると、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなって、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなることと、異方性磁界の平均が大きくなることによりOW特性が劣化し十分な記録ができないためと考えられる。
【0057】
図9に熱安定性の指標となる逆磁区核形成磁界(−Hn)を示す。図9より、高い熱安定性を得るためには、Cr濃度が低く磁気異方性の大きな材料を第一磁性層に用いることが効果的であることが分かる。−Hnの値が159.2kA/m(約2kOe)より小さくなると、磁気記憶装置に組みこんだ際に60℃以上の高温で信号の劣化(熱減磁)が顕著となり、記録した情報の消失が頻繁に起こり、実用上問題が生じる。実用上問題ない熱安定性を得るためには、少なくとも第一磁性層のCr濃度を17%以下とする必要があり、Cr濃度を14%以下とすることにより第二磁性層のCr濃度を23%以上32%以下のすべての範囲で実用上問題ない熱安定性を得られることがわかる。一方、第一磁性層のCr濃度が17%より小さいサンプル1−36から1−42の場合には、実用上問題ない熱安定性を得ることができなかった。
【0058】
以上の結果から、第二磁性層のCr濃度を23%以上32%以下とし、第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差を25%以下にすることで記録性能とS/Nを改善でき、逆磁区核形成磁界を159.2kA/m(約2kOe)以上とすることで、磁気記憶装置に組み込んだ時にも実用上問題のない高い熱安定性が実現できる。
【0059】
また、図7より第一磁性層のCr濃度が5%より小さくなると、S/Nの最高値が大きく劣化することがわかる。これは、第一磁性層の磁性粒子(コア)の飽和磁化が非常に高いため、粒界形成が不十分な領域があると交換結合が強く働き磁気クラスターサイズが急激に大きくなるためと考えられる。つまり、第一磁性層のCr濃度が5%より小さくなると微細構造の不均一性の影響を受けやすくなるため、Cr濃度は5%以上とすることが好ましい。
【0060】
[実施例2]
本実施例の垂直磁気記録媒体は上述した実施例1と同様なスパッタリング装置で作製し、第一磁性層451、第二磁性層452以外は、実施例1と同様な層構成及びプロセス条件とした。比較のため、第一磁性層451を形成する際に一種類の酸化物だけを含むターゲットを用いたサンプル、酸化物を含まないターゲットを用いたサンプル、第二磁性層452を形成の際に酸化物を含まないターゲットを用いたサンプル、第一磁性層及び第二磁性層ともに酸化物を含まないターゲットを用いたサンプルを作製した。酸化物を含まないターゲットを用いた場合には、スパッタガスにアルゴンガスのみを用い、酸化物が形成されないようにした。表2にターゲット組成及び各層に含まれるCr濃度を示す。ここで、第一磁性層のCr濃度は10at.%、第二磁性層のCr濃度は25at.%、第一磁性層と第二磁性層のCr濃度の差は15at.%であった。
【0061】
【表2】
【0062】
表2の実施例2−1から2−7より、第一磁性層を構成する酸化物としてSiO2とTiO2を用いた場合と同様に、SiO2とB2O3、TiO2とB2O3、Ta2O5とB2O3、Nb2O5とB2O3、SiO2とTa2O5、SiO2とNb2O5を用いても高い−Hn、OW、S/Nが得られることが分かる。また、第二磁性層を構成する酸化物としてSiO2の代わりに、TiO2,B2O3,Ta2O5,Nb2O5,SiO2とTiO2の混合酸化物のいずれを用いても高いOW、S/Nが得られることが分かる。逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(約2kOe)以上の高い値が得られ、熱安定性も問題ない。
【0063】
Co3O4がターゲットに含まれている実施例2−1と含まれていない実施例2−8を比較すると、Hs,Hnなどの磁気特性はそれほど変わらないが、S/Nは実施例2−1の方が0.9dBほど高い値を示している。これは、ターゲットにCo3O4を用いている実施例2−1の方がディスク内での磁気特性の一様性が良く、これがSNR向上の要因と考えられる。
【0064】
実施例のサンプルから第二磁性層と強磁性金属層を除いた構成のサンプルを作製し、第一磁性層の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、図10に示すように、酸化物が強磁性結晶粒子を取り囲んで均一な粒界を形成し、サブグレインも少ないことが確認された。
【0065】
一方、第一磁性層に一種類の酸化物しか含まない比較例2−1では、実施例のサンプルと比較して−Hn、S/Nの減少が見られた。比較例2−1のサンプルから第二磁性層と強磁性金属層を除いた構成のサンプルを作製し、第一磁性層の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、図11に示すように、Si酸化物の粒界への偏析は見られるものの粒界幅の分散が大きく、磁性粒子内にもSi酸化物が残ってサブグレインが多数形成されていることがわかった。Si酸化物が強磁性粒子(コア)内に多く残りサブグレインを形成することで、磁気異方性の低下や反転磁界分散の増加が起こり、逆磁区核形成磁界やS/Nが劣化したと考えられる。
【0066】
また、第一磁性層が酸化物を含まない比較例2−3では、−Hn、S/Nともに大幅に減少する。これは、粒界を構成する酸化物がなく強磁性粒子間の交換結合が非常に強いため磁気クラスターサイズが大きくなり、S/Nが大幅に劣化したと考えられる。また、交換結合が非常に強いために磁化反転が磁壁移動によって起こり、結果として−Hnが非常に小さくなったと考えられる。
【0067】
すなわち、Cr濃度が最も低い磁性層451にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を選んで用いることで、粒界への酸化物の偏析を促進し、強磁性粒子間の交換結合が効果的に低減できることが分かった。
【0068】
第二磁性層が酸化物を含まない比較例2−2と実施例2−1を比較すると、やはり−Hn、S/Nの劣化が見られる。粒界を構成する酸化物がないために、強磁性粒子間の交換結合がグラニュラー構造に比べて強く、磁気クラスターサイズが大きくなるためと考えられる。比較例2−2の場合は第二磁性層のCr濃度が高く飽和磁化も小さいこと、第一磁性層がグラニュラー構造を有しその上に積層されていることにより、比較例2−3の第一磁性層に酸化物を含まない強磁性金属を用いた場合に比べて比較例2−2では交換結合の増加が小さく、S/Nの劣化は小さくなる。−Hnの減少は、第二磁性層中のCrは酸素がないため粒界への偏析が殆ど起こらず磁気異方性が大幅に低下したためと考えられる。
【0069】
以上の結果から、第一磁性層は酸化物が強磁性結晶粒子を取り囲んだグラニュラー構造を有し、Si,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を用い、第二磁性層が酸化物を含むことが必要であることがわかる。
【0070】
[実施例3]
本実施例の垂直磁気記録媒体は上述した実施例1と同様なスパッタリング装置で図12に示す層構成の媒体を作製した。磁性層45以外は実施例1と同様な材料及びプロセス条件とした。酸化物を含む磁性層45は、磁性層453、磁性層454、磁性層455の三層構造とした。磁性層453、磁性層454、磁性層455を形成する際には表3に示すCoCrPt合金と酸化物からなる複合型ターゲットを用い、3nm/sの製膜レートで表3に示す膜厚を形成した。
【0071】
磁性層453を形成する際には、スパッタ中にスパッタガス条件を変更し、最後の0.5秒間以外はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を5Pa、酸素濃度は表3に示す値とし、残りの0.5秒間は総ガス圧を4Paとしアルゴンガスのみとした。基板バイアスを−350Vとした。
【0072】
磁性層454を形成する際には、総ガス圧を5Paとし、アルゴン酸素混合ガスもしくはアルゴンガスを用いて形成した。酸素濃度は表3に示す値とし、基板バイアスを−350Vとした。
【0073】
Co3O4はSiO2やTiO2と比較して不安定なため、スパッタの際に分解して酸素の供給源となり、スパッタガスとして供給される酸素の不均一性を補い、磁気特性の均一化に寄与する。
【0074】
磁性層455を形成する際には、スパッタ中にスパッタガス条件を変更し、最後の1秒間以外はアルゴン酸素混合ガスの総ガス圧を1.5Pa、酸素濃度は表3に示す値とし、残りの1秒間は総ガス圧を0.8Paとしアルゴンガスとした。
【0075】
比較例3−5〜3−7のように酸化物を含まないターゲットを用いた場合には、スパッタガスにアルゴンガスのみを用い、酸化物が形成されないようにした。
【0076】
各層のCr濃度、膜厚、酸素濃度、Hs、−Hn、OW、S/Nを表3に示す。
【0077】
【表3】
【0078】
実施例3−1〜3−3と比較例3−1〜3−2を比較することにより、酸化物を含む磁性層45を三層構造とした場合も、強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度を23%以上32%以下とすることで高いOWとS/Nが得られることがわかる。
【0079】
強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度が23%より小さくなると、OW及びS/Nが劣化する。これは、磁性層455のCr濃度が23%より低くなると、強磁性金属層との層間の交換結合が強くなって、強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転が起きにくくなることと、異方性磁界の平均が大きくなることによりOW特性が劣化し十分な記録ができないことによりSNRが劣化したと考えられる。
【0080】
また、強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度が32%を超えると磁性層455の磁気異方性が急激に減少してほぼ非磁性の領域になり、強磁性金属層との間の交換結合が急激に減少する。この時カーループの形状は、図4のCase 1で示すようなループとなっており、磁化反転が分離していると考えられる。磁化反転が分離すると、オーバーライト特性が劣化して十分な記録ができないことに加えて、強磁性金属層と酸化物を含む磁性層の磁化反転が分離してすることで分解能が急激に劣化し、SNRが大きく劣化する。磁性層455と強磁性金属層の磁化反転が分離しない範囲で強磁性金属層のインコヒーレントな磁化反転を実現するためには、磁性層455のCr濃度は23at.%以上32at.%以下であることが必要であることが分かった。
【0081】
また、実施例3−4,3−11と比較例3−9を比較することにより、磁性層455のCr濃度が同じ32at.%であってもオーバーライトやS/Nに大きな差が見られることがわかる。実施例3−4では、カーループは図4のCase 2のような形状を示し各磁性層の磁化反転が一体で起こっていると考えられるのに対し、比較例3−9ではカーループが図4のCase 1のような形状を示し、各層の磁化反転が分離していると考えられる。実施例3−4では、強磁性金属層の磁化反転が層間の交換結合を介してその直下の磁性層455の磁化反転を促し、続いて磁性層454と磁性層455の層間の交換結合を介してその下の磁性層454の磁化反転を促し、最後に磁性層453と磁性層454の層間の交換結合を介してその下の磁性層453の磁化反転が起こっていると考えられる。つまり、中間的なCr濃度の層を間に挟むことで層間の交換結合を段階的に変化させることができるため、磁性層453と磁性層455のCr濃度の差が25%より大きくても磁化反転の分離を抑制できていると考えられる。
【0082】
一方、比較例3−9では磁性層454と磁性層455の間のCr濃度の差が25at.%より大きいために、磁性層454と磁性層455の間に働く層間の交換結合エネルギーに比べて磁性層454の磁気異方性エネルギーが大きくなり、強磁性金属層と磁性層455の磁化が反転しても磁性層454と磁性層455の層間に働く相互作用により磁性層453の磁化を反転できず、磁化反転が分離したと考えられる。結果として、オーバーライトが劣化して十分な記録ができず、磁化反転が分離してすることで分解能が急激に劣化し、SNRが大きく劣化したと考えられる。
【0083】
磁性層454と磁性層455の磁化反転が分離しないためには、磁性層454と磁性層455のCr濃度の差を25at.%以下とすれば良いことが分かった。
【0084】
また、実施例3−10と比較例3−3を比較することにより、磁性層454のCr濃度が同じ32at.%であってもオーバーライトやS/Nに大きな差が見られることがわかる。実施例3−10では、図4のCase 2のような磁化反転が一体で起こっているカーループを示すのに対し、比較例3−3ではCase 1のような磁化反転が分離していることを示すカーループとなった。比較例3−3では、磁性層453と磁性層454の間に働く層間の交換結合エネルギーに比べて磁性層453の磁気異方性エネルギーが大き過ぎるため、強磁性金属層46、磁性層455、磁性層454の磁化が反転しても磁性層453と磁性層454の層間に働く相互作用により磁性層453の磁化を反転できず磁化反転に分離がおこったと考えられる。結果として、オーバーライトが劣化して十分な記録ができず、磁化反転が分離してすることで分解能が急激に劣化し、SNRが大きく劣化したと考えられる。磁性層453と磁性層454の磁化反転が分離しないためには、磁性層453と磁性層454のCr濃度の差を25at.%以下とすれば良いことが分かった。
【0085】
また、比較例3−4のように磁性層454のCr濃度が35at.%と32at.%より大きくなると、磁性層454の磁気異方性が急激に減少してほぼ非磁性となり、磁性層453や磁性層455との間の交換結合が急激に減少し、磁性層453と磁性層455の間で磁化反転に分離がおこる。結果として、S/Nやオーバーライトが劣化する。
【0086】
つまり、酸化物を含む磁性層を三層以上積層する場合には、隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度の差を25at.%以下とし、強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層のCr濃度を32at.%以下とする事で、磁化反転が分離せず、且つ、インコヒーレントな磁化反転を促進できる適切な層間の交換結合を実現でき、高いOWとS/Nを得ることができることがわかった。
【0087】
実施例3−5から3−9と比較例3−5〜3−7を比較することにより、磁性層453〜磁性層455が酸化物を含む磁性層とすることで、酸化物を含まない磁性層を用いた場合に比べて高いS/Nが得られ、逆磁区核形成磁界も大きくなることがわかる。つまり、磁性層453〜磁性層455は酸化物を含むことが必要であることがわかる。
【0088】
次に比較例3−8と実施例3−5から3−9を比較することで、Cr濃度の最も低い磁性層453がSi,Ti,B,Ta,Nbの中から選ばれた少なくとも二種類の酸化物を含むことにより高いS/N及び逆磁区核形成磁界が得られることが分かる。Cr濃度の最も低い磁性層453に一種類の酸化物しか含まない比較例3−8では、実施例のサンプルと比較して逆磁区核形成磁界及びS/Nの減少が見られた。
【0089】
実施例のサンプルから強磁性金属層46、磁性層455、磁性層454を除いた構成のサンプルを作製し、磁性層453の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、酸化物が強磁性結晶粒子を取り囲んで均一な粒界を形成し、サブグレインも少ない図10に示すような構造を持つことが確認された。一方、比較例3−8のサンプルから強磁性金属層46、磁性層455、磁性層454を除いた構成のサンプルを作製し、第一磁性層の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、Si酸化物の粒界への偏析は見られるものの粒界幅の分散が大きく、磁性粒子内にもSi酸化物が残ってサブグレインが多数形成された図11に示すような構造を持つことが確認された。Si酸化物が強磁性粒子(コア)内に多く残りサブグレインを形成することで、磁気異方性の低下や反転磁界分散の増加が起こる。またCr濃度が低いと飽和磁化が大きいため、粒界幅が狭い領域があると強磁性粒子間に強い相互作用が働きクラスターサイズの増加を招く。結果として、逆磁区核形成磁界やS/Nが劣化したと考えられる。
【0090】
以上の結果から、Cr濃度が最も低い磁性層453にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を選んで用いることで、粒界への酸化物の偏析が促進され、強磁性粒子間の交換結合が効果的に低減でき、高いS/Nと熱安定性を実現できることがわかった。
【0091】
次に、実施例3−5から3−9と比較例3−5を比較すると、磁性層454は酸化物を含むことが必要であるが酸化物による差は殆ど見られないことがわかる。これは、磁性層454の下層に形成された磁性層453の成長段階でグラニュラー構造が形成されているため、磁性粒子と酸化物の分離が起こりやすく、酸化物の種類の影響が小さくなったと考えられる。
【0092】
実施例3−12より、必ずしも最もCr濃度の低い層が酸化物を含む磁性層の中で最も基板側にある必要はないことがわかる。
【0093】
実施例3−1〜3−13のサンプルは全て逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(約2kOe)以上であり、磁気記憶装置に組みこんだ際に60℃以上の高温で信号の劣化(熱減磁)を抑えることができ、実用上問題が生じ無いことが確認できた。高い熱安定性を得るためには、Cr濃度が低く磁気異方性の大きな材料を用いることが効果的であり、最もCr濃度低く磁気異方性の大きな磁性層のCr濃度を17at.%以下とすると良い。
【0094】
比較例3−10のように最もCr濃度が低い磁性層のCr濃度が3at.%とCr濃度が5at.%より小さくなると、S/Nが大きく劣化している。これは、最もCr濃度が低い磁性層の磁性粒子(コア)の飽和磁化が非常に高いため、粒界形成が不十分な領域があると交換結合が強く働き磁気クラスターサイズが急激に大きくなるためと考えられる。つまり、第一磁性層のCr濃度が5%より小さくなると微細構造の不均一性の影響を受けやすくなるため、最もCr濃度が低い磁性層のCr濃度は5%以上とすることが好ましい。
【0095】
以上の結果から、酸化物を含む磁性層を三層構成とし、強磁性金属層に隣接する磁性層455のCr濃度を23%以上32%以下、磁性層454のCr濃度を32%以下、且つ、隣接する磁性層とのCr濃度の差を25%以下とし、最もCr濃度の低い磁性層を酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造とし、逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(約2kOe)以上とすることで、高い記録性能(オーバーライト特性)、高いS/N、及び高い熱安定性が得られることが分かった。
【0096】
また、最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度を5at.%以上17at.%以下とし、Cr濃度が最も低い磁性層にSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を選んで用いることで、サブグレインの発生を抑えて強磁性粒子間の交換結合が効果的に低減でき、高いS/N、及び高い熱安定性が得られることが分かった。
【0097】
酸化物を含む磁性層を4層以上から構成する場合も、強磁性金属層に隣接する磁性層のCr濃度を23%以上32%以下とし、Cr濃度が最も低い層と強磁性金属層に隣接する磁性層との間の磁性層において、Cr濃度を32%以下とし、隣接する磁性層のCr濃度の差を25%以下とすることで、各磁性層の磁化反転の分離を抑えつつインコヒーレントな磁化反転を促進するために適当な層間の交換結合を実現し、高い記録性能を実現する。最もCr濃度の低い磁性層を酸化物が強磁性粒子を取り囲んだグラニュラー構造とすることで高いS/Nを実現できる。
【0098】
最もCr濃度の低い磁性層のグラニュラー構造を構成する酸化物としてSi,Ti,B,Ta,Nbの中から少なくとも二種類の酸化物を用いることで、サブグレインの発生を抑えて均一な粒界を形成できるため好ましい。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度が5at.%より小さくなると微細構造の不均一性の影響を大きく受けやすくなるため、5at.%以上とすることが望ましい。また、逆磁区核形成磁界(−Hn)も159.2kA/m(2kOe)以上とすることで高い熱安定性を実現する。最もCr濃度の低い磁性層のCr濃度を少なくとも17at.%以下とすると良い。
【0099】
上記条件を満たす構成とすることで、高い記録性能(オーバーライト特性)、高いS/N、及び高い熱安定性が得られる。例えば、磁性層を4層から構成した事以外は実施例3−1から3−13と同じ条件、層構成とした表4に示す実施例3−14,3−15の構成でも上記性能が得られていることがわかる。磁性層は、基板に近い側から磁性層456、磁性層457、磁性層458、磁性層459とした。
【0100】
【表4】
【0101】
[実施例4]
本発明の一実施例である磁気記憶装置の断面模式図を図13に示す。磁気記録媒体10は上記実施例1〜3の媒体で構成され、この磁気記録媒体を駆動する駆動部11と、記録部と再生部からなる磁気ヘッド12と、磁気ヘッドを磁気記録媒体に対して相対運動させる手段13と、磁気ヘッドへの信号の入出力を行うための手段14を有する。磁気ヘッド12と磁気記録媒体10の関係を図14に示す。磁気ヘッドの浮上量を2nmとし、再生部20の再生素子21にはトンネル磁気抵抗効果素子(TMR)を使用しており、シールドギャップ長30nm、トラック幅40nmである。記録部22には主磁極23、補助磁極25、及び薄膜導体コイル26を有し、主磁極23の周りにラップアラウンドシールド24が形成され、主磁極先端部の幾何学的なトラック幅60nm、主磁極−トレーリングシールド間の距離30nm、主磁極−サイドシールド間の距離100nmである。本発明の媒体を用いることにより、1cmあたりのトラック密度を118100トラック(300kTPI)、1cmあたりの線記録密度を657480ビット(1670kBPI)の条件で1平方センチあたり77.7ギガビット(約500Gb/in2)での動作し、データの熱による消失も問題ないレベルであることが確認できた。
【0102】
記録ヘッドとしては、他にトラック幅方向のシールドのないシールドヘッドを用いることもできる。再生素子としては、他に巨大磁気抵抗効果素子(GMR)や、素子膜面垂直方向に電流を流す巨大磁気抵抗効果素子(CPP−GMR)を用いることもできる。
【符号の説明】
【0103】
10:垂直磁気記録媒体、11:磁気記録媒体駆動部、12:磁気ヘッド、13:磁気ヘッド駆動部、14:信号処理系、20:再生部、21:再生素子、22:記録部、23:主磁極先端部、24:ラップアラウンドシールド、25:補助磁極、26:薄膜導体コイル、41:基板、42:密着性を高めるための下地層、43:軟磁性下地層、44:配向と偏析を制御する下地層、45:磁性層、451:第一磁性層、452:第二磁性層、453:磁性層、454:磁性層、455:磁性層、46:強磁性金属層、47:保護層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に設けられた軟磁性下地層と、
磁性層の配向と偏析を制御するための下地層と、
前記下地層上に形成された酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層と、
前記磁性層の上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有し、
前記酸化物を含む磁性層は第一磁性層と第二磁性層の二層から構成され、前記強磁性金属層に隣接する前記第二磁性層のCr濃度が23at.%以上32at.%以下であり、前記第二磁性層のCr濃度とその下層に設けられた前記第一磁性層のCr濃度との差が25at.%以下であり、前記第一磁性層は強磁性粒子を酸化物が取り囲んだグラニュラー構造を有し、
逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項2】
基板上に設けられた軟磁性下地層と、
磁性層の配向と偏析を制御するための下地層と、
前記下地層上に形成された酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層と、
前記磁性層の上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有し、
前記酸化物を含有する磁性層は三層以上の磁性層から構成され、前記強磁性金属層に隣接する層のCr濃度が23at.%以上32at.%以下であり、その下層に設けられた酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層との間に存在する磁性層において、Cr濃度が32at.%以下、且つ、隣接する層間のCr濃度の差が25at.%以下であり、最もCr濃度の低い層は強磁性粒子を酸化物が取り囲んだグラニュラー構造を有し、
逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の垂直磁気記録媒体において、前記強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層が基板側でCr酸化物の濃度が高く、前記強磁性金属層側でCr酸化物の濃度が低いことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記酸化物を含む磁性層の中で、最もCr濃度の低い層のCr濃度が5at.%以上17at.%以下であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記酸化物を含む最もCr濃度の低い層の結晶粒界がSi,Ti,Ta,Nb,Bからなる酸化物を二種類以上含むことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項6】
磁気記録媒体と、
前記磁気記録媒体を記録方向に駆動する手段と、
記録部と再生部を備える磁気ヘッドと、
前記磁気ヘッドを前記磁気記録媒体に対して相対的に駆動する手段と、
前記磁気ヘッドに対する入力信号及び出力信号を波形処理する信号処理手段とを有し、
前記磁気記録媒体として請求項1〜5のいずれか1項記載の垂直磁気記録媒体を用いたことを特徴とする磁気記憶装置。
【請求項1】
基板上に設けられた軟磁性下地層と、
磁性層の配向と偏析を制御するための下地層と、
前記下地層上に形成された酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層と、
前記磁性層の上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有し、
前記酸化物を含む磁性層は第一磁性層と第二磁性層の二層から構成され、前記強磁性金属層に隣接する前記第二磁性層のCr濃度が23at.%以上32at.%以下であり、前記第二磁性層のCr濃度とその下層に設けられた前記第一磁性層のCr濃度との差が25at.%以下であり、前記第一磁性層は強磁性粒子を酸化物が取り囲んだグラニュラー構造を有し、
逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項2】
基板上に設けられた軟磁性下地層と、
磁性層の配向と偏析を制御するための下地層と、
前記下地層上に形成された酸化物を含有するCoとCrとPtを主体とする合金磁性材料からなる磁性層と、
前記磁性層の上に形成された酸化物を含まないCoとCrとPtを主体とする強磁性金属層とを有し、
前記酸化物を含有する磁性層は三層以上の磁性層から構成され、前記強磁性金属層に隣接する層のCr濃度が23at.%以上32at.%以下であり、その下層に設けられた酸化物を含む磁性層の中で最もCr濃度の低い層と強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層との間に存在する磁性層において、Cr濃度が32at.%以下、且つ、隣接する層間のCr濃度の差が25at.%以下であり、最もCr濃度の低い層は強磁性粒子を酸化物が取り囲んだグラニュラー構造を有し、
逆磁区核形成磁界が159.2kA/m以上であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の垂直磁気記録媒体において、前記強磁性金属層に隣接する酸化物を含む磁性層が基板側でCr酸化物の濃度が高く、前記強磁性金属層側でCr酸化物の濃度が低いことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記酸化物を含む磁性層の中で、最もCr濃度の低い層のCr濃度が5at.%以上17at.%以下であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記酸化物を含む最もCr濃度の低い層の結晶粒界がSi,Ti,Ta,Nb,Bからなる酸化物を二種類以上含むことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項6】
磁気記録媒体と、
前記磁気記録媒体を記録方向に駆動する手段と、
記録部と再生部を備える磁気ヘッドと、
前記磁気ヘッドを前記磁気記録媒体に対して相対的に駆動する手段と、
前記磁気ヘッドに対する入力信号及び出力信号を波形処理する信号処理手段とを有し、
前記磁気記録媒体として請求項1〜5のいずれか1項記載の垂直磁気記録媒体を用いたことを特徴とする磁気記憶装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−14191(P2011−14191A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157192(P2009−157192)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】
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