説明

垂直磁気記録方式による磁気記録方法

【課題】 軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させて、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みを可能にする垂直磁気記録方式による磁気記録方法を提供する。
【解決手段】 信号の書き込みによって記録ビットが形成される垂直磁気記録層と書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層とを含む積層構造を有する垂直磁気記録媒体に対して少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくともこの書き込みの直後をも含む間、この垂直磁気記録媒体の外部から軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加することによって、この軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させる磁気記録方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録方式による磁気記録方法に関する。特に、垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドを用いて、垂直磁気記録用の磁気記録媒体にデータ信号の書き込みを行う磁気記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気ディスク装置(HDD)における面記録密度のさらなる向上を実現するために、従来の面内磁気記録方式とは異なる垂直磁気記録方式の開発が盛んに行われている。
【0003】
垂直磁気記録方式においては、面内磁気記録方式に比べて、磁気ディスク面内の磁化遷移領域での減磁界が非常に小さくなるので、磁化遷移幅を狭くすることができる。さらに、面内磁気記録方式において高記録密度化の際に問題となる磁化の熱揺らぎの影響を記録ビットが受けにくいので、安定した高記録密度を得ることが可能となる。
【0004】
この垂直磁気記録方式に用いる磁気ヘッドとして、従来より、主磁極とリターンヨークである補助磁極と両磁極に作用する励磁コイルとを備えた単磁極構造が提案されている。一方、このような構造の磁気ヘッドに対応する磁気ディスクとして、垂直磁気記録層と、この垂直磁気記録層を通過する書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層と、この軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させるための磁化配向層との積層構造が提案されている。
【0005】
ここで、データ信号の書き込みを行う場合、磁気ヘッドから発生する書き込み磁界を用いて垂直磁気記録層に記録ビットを形成する。この書き込み磁界によって、この書き込み磁界パターンに応じた磁区パターンが軟磁性裏打ち層内に形成されると、この磁区の境界である磁壁から不均一な磁界が発生する。ここで、信号の読み出しには、一般に磁気抵抗(MR)効果素子を用いるが、形成された磁区パターンによっては、この不均一な磁界によって、MR再生出力波形内にスパイク状のノイズが生じてしまう。
【0006】
これに対して、磁化配向層は、一般に反強磁性層となっており、反強磁性の強い異方性によって軟磁性裏打ち層に磁気異方性を付与している。すなわち、この磁気異方性の付与によって、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させてノイズの原因となる磁壁の形成を抑制し、再生出力波形におけるスパイク状のノイズの低減を図っている。
【0007】
また、特許文献1においては、従来の面内磁気記録方式における技術であるが、信号の書き込みを行う直前に、以前に書き込まれた記録を記録の向きと垂直をなす方向に消磁する技術が開示されている。これにより、既に書き込まれている記録の磁化状態による記録位置の変化、いわゆるビットシフトを回避している。この技術によって、書き込み時に生じ得るノイズの原因を予め除去できる可能性もある。
【0008】
【特許文献1】特開平11−086210号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、磁化配向層は、上述したように一般に反強磁性層であって、トラック幅方向の磁気異方性の付与を反強磁性の強い異方性に依存して行っている。このため、磁化配向層のみを使用して、磁気ディスクの全面においてトラック幅方向の磁気異方性を均一かつ安定的に実現することは、反強磁性膜の着磁工程上かなり困難となる。その結果、軟磁性裏打ち層に磁壁が相当数発生して再生出力にノイズを引き起こし、磁気ディスク製造の歩留まりを低下させていた。
【0010】
また、近年高トラック密度化に適した磁気記録媒体として、いわゆるディスクリートトラックを備えた磁気ディスクが注目されている。この磁気ディスクは、非磁性の離隔層によって磁気記録層がトラック毎に分断された構造を有する。従って、この磁気ディスクにおいては、上述した磁化配向層による磁気異方性付与の困難性だけでなく、トラック長手方向に磁気異方性が発生してしまう問題が生じる。
【0011】
実際に、このディスクリートトラックにおいて、垂直磁気記録層のみならず、軟磁性裏打ち層の層厚方向における一部又は全部が、非磁性離隔層によって分断されている構成を考える。この場合、ディスクリートトラックのトラック幅及び凸部の形状によってはトラック長手方向の形状磁気異方性の方が強くなり、軟磁性裏打ち層の部分においてトラック長手方向が容易軸となってしまう。その結果、書き込み毎に軟磁性裏打ち層に大きな磁化が残留し、この残留磁化が再生出力内のノイズとなってエラーレート等の記録再生特性が劣化することになる。
【0012】
さらにまた、高記録密度化により適した磁気記録媒体として、いわゆるパターンドメディアも注目されている。パターンドメディアは、トラック間が磁気的に分離しているだけではなく、トラック内の記録ビット間もまた磁気的に分離している磁気記録媒体をいう。このパターンドメディアにおいても、軟磁性裏打ち層が使用される場合には、上述した通常の磁気ディスク及びディスクリートトラックを備えた磁気ディスクの場合と同様の課題が存在する
【0013】
また、特許文献1に開示された従来技術は、ビットシフトを回避するために、あくまでも書き込み前に磁気記録層の記録を消去するものである。そのため、開示されている磁気ヘッドの構造も、書き込み中又は書き込み直後に軟磁性裏打ち層に発生する磁区構造に影響を及ぼし得るものではない。そもそも、この従来技術は、面内磁気記録方式における技術であって目的が全く異なっており、垂直磁気記録方式特有の軟磁性裏打ち層への対処には不適である。
【0014】
従って、本発明の目的は、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させて、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みを可能にする垂直磁気記録方式による磁気記録方法を提供することにある。
【0015】
さらに本発明の他の目的は、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスク又はパターンドメディアに対して、軟磁性裏打ち層の部分の磁区構造を安定させて、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みを可能にする垂直磁気記録方式による磁気記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明について説明する前に、明細書において用いられる用語の定義を行う。スライダ基板の素子形成面に形成された磁気ヘッド素子の構成要素において、磁気ディスクの回転の下流側、すなわちスライダの浮上面(ABS)の空気流出端側であるトレーリング側を「後ろ」側又は「後方」とし、反対のリーディング側を「前」側又は「前方」とする。さらに、ABSを底面として置いたスライダを素子形成面側から前方に向かって見た場合に、構成要素の左側を「左(側)」、右側を「右(側)」、とする。この場合、左右方向は、いわゆるトラック幅方向となる。なお、上述した「前方」、「後方」、「左側」及び「右側」は、後に示す図2、3、4及び6に、実施形態の構成要素との関係で明示されている。
【0017】
また、薄膜磁気ヘッドのスライダ基板の素子形成面に形成された層構造において、基準となる層よりも素子形成面側にある層又はその部分は「下部」とし、又は「下」にあるとし、素子形成面とは反対側にある層又はその部分は「上部」とし、又は「上」にあるとする。この場合、「上部」に向かう方向は、おおよそ前述の「後方」に相当し、「下部」に向かう方向は、おおよそ前述の「前方」に相当する。
【0018】
次いで、「磁区構造を安定させる」の意味を説明する。通常、磁性層は複数の磁区を有する。これらの磁区は各々、所定の方向を向いた磁化ベクトルを有しており、各磁区の磁化ベクトルの総和が磁性層の磁化となる。ここで、「磁区構造を安定させる」とは、所定の領域内の磁区数を低減させ単磁区状態に近づけると同時に、磁区間の境界である磁壁の多数を所定の方向、例えばトラック幅方向に揃えることとする。
【0019】
例えば、軟磁性裏打ち層の磁区構造をこのように「安定させる」ことによって、MR効果素子による信号磁界の読み出しの際、MR多層膜が磁壁による不均一な磁界を感受することによって発生するスパイク状のノイズ等を抑制可能となる。また、主磁極端部の磁区構造をこのように「安定させる」ことによって、磁化変化が、主に磁壁移動ではなく磁化回転によることとなり、磁壁の層内欠陥によるピニング等に起因する信号磁界の乱れを抑制することができる。
【0020】
本発明によれば、信号の書き込みによって記録ビットが形成される垂直磁気記録層と書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層とを含む積層構造を有する垂直磁気記録媒体に対して少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくともこの書き込みの直後をも含む間、この垂直磁気記録媒体の外部から軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加することによって、この軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させる垂直磁気記録方式による磁気記録方法が提供される。
【0021】
一般に、書き込み磁界によって、この書き込み磁界パターンに応じた磁区パターンが軟磁性裏打ち層内に形成される。さらに、この磁区パターンの境界である磁壁からは不均一な磁界が発生する。ここで、形成された磁区パターンによっては、この不均一な磁界によって、MR効果素子による再生出力波形内にスパイク状のノイズが生じていた。本発明によれば、この垂直磁気記録媒体の外部からこの軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加して、少なくとも書き込み時又はその直後に同層に対して磁気異方性を付与する。この磁気異方性によって磁区数が低減して、磁化軟磁性裏打ち層が単磁区状態に近づくとともに、磁壁の大多数が、所定の方向、例えばトラック幅方向に揃えられる。これにより、軟磁性裏打ち層の磁区構造が安定して、スパイク状のノイズ等が抑制される。すなわち、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みが可能となる。さらに、本発明によれば、バイアス磁界の印加を垂直磁気記録媒体の外部から行うので、バイアス磁界の印加手段を垂直磁気記録媒体とは独立して設けることが可能となる。その結果、バイアス磁界の強度、方向、及び印加のタイミングを適切に設定することが容易となる。なお、この利点は、後述するディスクリートトラックを備えた磁気記録媒体及びパターンドメディアにおいても同様である。
【0022】
本発明によればまた、信号の書き込みによって記録ビットが形成される垂直磁気記録層と書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層とを含む積層構造を有しており、少なくとも垂直磁気記録層がトラック長手方向に伸長した複数の非磁性離隔層により分断されることによって形成された複数のディスクリートトラックを備えている垂直磁気記録媒体に対して、少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくともこの書き込みの直後をも含む間、この垂直磁気記録媒体の外部から複数のディスクリートトラックの各々における軟磁性裏打ち層の部分にバイアス磁界を印加することによって、この軟磁性裏打ち層の部分の磁区構造を安定させる垂直磁気記録方式による磁気記録方法が提供される。このようなディスクリートトラックを備えた垂直磁気記録媒体においても、本発明によるバイアス磁界の印加によって、軟磁性裏打ち層の部分の磁区構造を安定させることによって、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みが可能となる。
【0023】
また、ここで、垂直磁気記録媒体が、垂直磁気記録層と軟磁性裏打ち層の層厚方向における一部又は全部とがトラック長手方向に伸長した複数の非磁性離隔層により分断されることによって形成された複数のディスクリートトラックを備えていることも好ましい。このように垂直磁気記録層と軟磁性裏打ち層の層厚方向における一部又は全部とがトラック長手方向に伸長した複数の非磁性離隔層により分断されている場合、軟磁性裏打ち層内のトラック長手方向に形状磁気異方性が発生して、トラック長手方向が磁化容易軸となり易くなる。その結果、書き込み毎に軟磁性裏打ち層に大きな磁化が残留し、この残留磁化が再生出力内のノイズとなってエラーレート等の記録再生特性が劣化する。
【0024】
これに対して、本発明によれば、このトラック長手方向の形状磁気異方性よりも強いバイアス磁界を印加することによって、このような記録再生特性の劣化を解消することができる。さらに、外乱磁界による磁区構造の不安定化も防止することができる。この結果、ディスクリートトラックによる高トラック密度化を享有しつつ、低ノイズの良好な磁気記録が達成可能となる。
【0025】
また、垂直磁気記録媒体が、複数のディスクリートトラックの各々が多数の非磁性離隔部により分断されることによって形成された多数の垂直磁気記録部を備えており、この多数の垂直磁気記録部が、各々記録ビットの単位となっていることも好ましい。なお、このような垂直磁気記録媒体は、一般に、パターンドメディアと呼ばれている。
【0026】
本発明によればさらにまた、磁性体から形成されており各々が記録ビットの単位となる多数の微小体を、書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層上に配列させることによって形成された垂直磁気記録媒体に対して、少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくともこの書き込みの直後をも含む間、この垂直磁気記録媒体の外部から軟磁性裏打ち層のうち微小体の各々の下方の部分にバイアス磁界を印加することによって、この下方の部分の磁区構造を安定させる垂直磁気記録方式による磁気記録方法が提供される。なお、このような垂直磁気記録媒体も、パターンドメディアの1つである。
【0027】
以上に述べたパターンドメディアにおいても、通常の垂直磁気記録媒体及びディスクリートトラックを備えた垂直磁気記録媒体と同様に、軟磁性裏打ち層(の部分)にバイアス磁界を印加することによって、軟磁性裏打ち層(の部分)の磁区構造を安定させることができる。この結果、パターンドメディアによる高記録密度化を享有しつつ、低ノイズの良好な磁気記録が達成可能となる。
【0028】
上述した磁気記録方法において、信号の書き込み用の磁界が印加されている時又はこの印加の直後に、この信号の書き込み用の磁界によって形成されつつある又は形成された垂直磁気記録媒体内の記録ビットの直下に位置する軟磁性裏打ち層の部分に、バイアス磁界を印加することが好ましい。
【0029】
バイアス磁界の印加が、書き込みがなされる前に行われた場合、この印加後の書き込み動作における書き込み磁界によって、軟磁性裏打ち層に、書き込み磁界パターンに応じた磁区パターンが形成される。この磁区パターンによっては、再生出力波形にスパイク状のノイズが発生してしまう。従って、信号の書き込み用の磁界が垂直磁気記録層に印加されている時又はその直後に、この書き込み用の磁界によって形成されつつある又は形成された垂直磁気記録層内の記録ビットの直下に位置する軟磁性裏打ち層の部分にバイアス磁界を印加する。このような書き込み後のバイアス磁界の印加によって、垂直磁気記録層内の記録ビットに影響を及ぼすことなく、この記録ビットの直下の軟磁性裏打ち層の部分の磁区構造を安定させることが可能となる。
【0030】
また、上述した磁気記録方法において、少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくともこの書き込みの直後をも含む間、垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッド内の電磁コイル素子が備えている補助磁極層の垂直磁気記録媒体と対向する側の端部にバイアス磁界を印加することによって、この端部の磁区構造を安定させることも好ましい。ここで、この補助磁極層の端部が、補助磁極層の他の部分よりも層断面が広いトレーリングシールド部となっていることが好ましい。
【0031】
一般に、補助磁極層の端部の磁化状態は、主磁極層の端部から発生する書き込み磁界に大きな影響を与えるため、できるだけ一定にすることが望ましい。本発明によれば、補助磁極層の端部にも磁界をバイアス的に印加することによって、データ信号の書き込み時を含めて、この端部の磁区構造を安定させることができる。これにより、書き込み磁界が安定して良好な記録特性が得られる。なお、補助磁極層にトレーリングシールド部を設けることによって、トレーリングシールド部の端部と主磁極層の端部との間において磁界勾配がより急峻になる。この結果、磁気ディスク上に書き込みされた記録ビットの磁化遷移領域が狭くなるので、ジッタが小さくなってエラーレートを小さくすることができる。
【0032】
さらにまた、上述した磁気記録方法において、信号の書き込みを垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッドを用いて行い、バイアス磁界の印加を、この垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッドが備えている少なくとも1つのバイアス磁界印加手段を用いて行うことが好ましい。
【0033】
バイアス磁界を印加する際、垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッド内のバイアス磁界印加手段を用いることによって、信号の書き込み用の磁界によってまさに形成されつつある、又は形成された直後の垂直磁気記録媒体内の記録ビットの直下に位置する軟磁性裏打ち層の部分に、バイアス磁界を印加することが非常に容易になる。この際、このようなバイアス磁界の印加を実現するために、バイアス磁界印加手段は、前後方向における位置関係において、主磁極層の端部と同位置又は後方(トレーリング側)の位置に設けられていればよい。
【0034】
ここで、1つのバイアス磁界印加手段が、バイアス磁極層と、このバイアス磁極層に磁束を誘導するためのバイアスコイル層とを備えており、バイアス磁界の印加を、このバイアスコイル層に通電することによって行うことが好ましい。また、バイアス磁界の印加を、このバイアス磁極層が有する少なくとも1つの磁極部のうち少なくとも1つを用いて行うことが好ましい。さらに、少なくとも1つの磁極部が左右方向において対向する2つの磁極部であって、この2つの磁極部によって、左右方向又は略左右方向のバイアス磁界を印加することがより好ましい。
【0035】
一般に、垂直磁気記録媒体においては、軟磁性裏打ち層の下層面に接面するように磁化配向層が形成されており、この磁化配向層によって軟磁性裏打ち層にトラック幅方向の磁気異方性を付与して磁区構造の安定を図っている。磁化配向層は一般に反強磁性層であり、トラック幅方向の磁気異方性の付与を反強磁性の強い磁気異方性によって行っている。このため、磁化配向層のみによって、磁気ディスクの全面において軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させることはかなり困難となっていた。これに対して、バイアス磁界印加素子内の、左右方向において対向する2つの磁極部を用いて、軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加すれば、このバイアス磁界は、磁化配向膜による磁化バイアスと協働し、より有効に磁気異方性を付与することが可能となる。
【0036】
さらにまた、上述した磁気記録方法において、バイアスコイル層に直流又は一つの極性のみを有するパルス電流を流すことによって、直流のバイアス磁界又はパルス状のバイアス磁界を印加することが好ましい。いずれのバイアス磁界によっても、軟磁性裏打ち層の所定の部分に対して、確実に所定の大きさを有する一軸性の磁気異方性を付与することができる。
【発明の効果】
【0037】
本発明の垂直磁気記録方式による磁気記録方法によれば、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させて、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みが可能となる。
【0038】
さらに、本発明の垂直磁気記録方式による磁気記録方法によれば、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスク又はパターンドメディアに対して、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させて、再生時のスパイク状ノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下に、本発明を実施するための形態について、添付図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各図面において、同一の要素は、同一の参照番号を用いて示されている。また、図面中の構成要素内及び構成要素間の寸法比は、図面の見易さのため、それぞれ任意となっている。
【0040】
図1は、本発明の一実施形態において使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッド(スライダ)を示す斜視図である。
【0041】
図1に示すように、薄膜磁気ヘッド(スライダ)10は、適切な浮上量を得るように加工されたABS11と、素子形成面12上に形成された磁気ヘッド素子13と、素子形成面12上に形成されており磁気ヘッド素子13に接続された4つの信号端子電極17及び2つの駆動端子電極18とを備えている。ここで、磁気ヘッド素子13は、読み出し用のMR効果素子14と、書き込み用の電磁コイル素子15と、後述する磁気ディスク内の軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を付与するためのバイアス磁界印加素子16とから構成されている。ここで、4つの信号端子電極17は、MR効果素子14及び電磁コイル素子15に接続されており、2つの駆動端子電極18は、バイアス磁界印加素子16に接続されている。
【0042】
さらに、これらの端子電極17及び18は、配線部材19を介して、薄膜磁気ヘッドの書き込み及び読み出し動作と後述するバイアス磁界の印加とを制御するための記録再生及びバイアス磁界制御回路20に接続されている。
【0043】
図2は、図1に示した磁気ヘッド素子13を素子形成面12側から透視的に見た平面図である。
【0044】
図2によれば、素子形成面12上に、MR効果素子14、電磁コイル素子15及びバイアス磁界印加素子16が形成されている。ここで、バイアス磁界印加素子16は、バイアス磁極層160と、バイアス磁極層160に磁束を誘導するためのバイアスコイル層161とを備えている。このバイアスコイル層161に通電することによって、バイアス磁極層160の端部であるバイアス磁極部160aの間に磁界が発生する。この磁界が、後述する磁気ディスク内の軟磁性裏打ち層に付与されるバイアス磁界となる。なお、バイアス磁界印加素子16によって、電磁コイル素子15の主磁極層の端部150a、及び電磁コイル素子15の補助磁極層の端部であるトレーリングシールド部1550にも磁界を印加することができる。すなわち、バイアス磁界印加素子16は、後述するように、それぞれ主磁極層端部の消磁用及びトレーリングシールド部の磁区構造安定用として使用可能である。
【0045】
図3は、本発明の一実施形態である磁気記録方法において、バイアス磁界印加素子16から発生する磁界を利用して、磁気ディスク内の軟磁性裏打ち層302にバイアス磁界を印加することを説明するための概略図である。なお、図を見易くするために、電磁コイル素子の補助磁極層は省略されている。また、同図においては、磁気ディスク30の断面図も併せて示している。
【0046】
最初に、同図を用いて、本実施形態に用いる磁気ディスク30について説明する。磁気ディスク30は、基板300上に、磁化配向層301と、磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層302と、中間層303と、垂直磁気記録層304と、保護層305とを順次積層した多層構造となっている。磁化配向層301は、軟磁性裏打ち層302にトラック幅方向の磁気異方性を付与することによって、軟磁性裏打ち層302の磁区構造を安定させて、再生出力波形におけるスパイク状ノイズの抑制を図っている。また、中間層303は、垂直磁気記録層304の磁化の配向及び粒径を制御する下地層の役割を果たしている。
【0047】
次いで、磁気ディスク30について各層の構成を説明する。基板300は、ガラス、NiP被覆Al合金、Si等から形成されている。磁化配向層301は、反強磁性材料であるPtMn等から形成されている。軟磁性裏打ち層302は、軟磁性材料であるCoZrNb等のCo系アモルファス合金、Fe合金、軟磁性フェライト等、又は軟磁性膜/非磁性膜の多層膜等から形成されている。中間層303は、非磁性材料であるLu合金から形成されている。ここで、中間層303は、垂直磁気記録層304の垂直磁気異方性を制御可能であれば、その他の非磁性金属若しくは合金、又は低透磁率の合金等でもよい。垂直磁気記録層304は、SiO等の酸化物系材料の中にCoPtなどの強磁性粒子をマトリックス状に含ませた材料、CoCrPt系合金、FePt系合金、又はCoPt/Pd系の人口格子多層膜等から形成されている。保護層305は、化学的蒸着(CVD)法等によるカーボン(C)材料等から形成されている。
【0048】
ここで、磁化配向層301は、上述したように反強磁性層となっており、トラック幅方向の磁気異方性の付与を反強磁性の強い磁気異方性によって行っている。このため、磁化配向層301のみによって、磁気ディスク30の全面において軟磁性裏打ち層302の磁区構造を安定させることはかなり困難となっている。
【0049】
これに対して、同図によれば、バイアス磁界印加素子16のバイアス磁極部160a間に発生した磁界が、軟磁性裏打ち層302に及び、バイアス磁界31として同層に作用する。このバイアス磁界31によって、軟磁性裏打ち層302に磁気異方性が付与されて同層の磁区構造が安定する。この際、バイアス磁界31は、磁化配向膜301による磁化バイアスと協働する形となる。従って、バイアス磁界31の方向は、磁化配向膜301の反強磁性の磁化方向、すなわちトラック幅方向と揃える必要がある。このため、2つのバイアス磁極部160aは、互いに左右方向(トラック幅方向)において対向する位置に設置されている。
【0050】
ここで、バイアス磁界31の印加は、バイアス磁界31が印加される軟磁性裏打ち層302の部分の直上に位置する磁気記録層304の部分に対して信号の書き込みがなされると同時に、又はその直後に行われる。もし、信号の書き込みがなされる前にバイアス磁界31が印加されても、この印加後の書き込み動作における書き込み磁界によって、軟磁性裏打ち層に、書き込み磁界パターンに応じた磁区パターンが形成される。この磁区パターンによっては再生出力波形にスパイク状ノイズが発生してしまう。このようなノイズを防止すべく、信号の書き込みがなされると同時に、又はその直後にバイアス磁界を印加するために、2つのバイアス磁極部160aはともに、前後方向における位置関係において、主磁極層の端部150aと同位置又は後方(トレーリング側)の位置に設けられていればよい。実際に、本実施形態においては、後に示す図4において説明するように、バイアス磁極部160aは、主磁極層150及びその端部150aに近接しているが若干後方(トレーリング側)にあって、トレーリングシールド部1550と同程度の位置に設置されている。
【0051】
以上述べたように、バイアス磁界印加素子16を用いて書き込み動作中又は書き込み直後をも含む間に軟磁性裏打ち層302にバイアス磁界31を印加することにより、同層の磁区構造を安定させることができる。その結果、軟磁性裏打ち層302の磁区構造のばらつきを抑制することができるので、同層の磁気特性のロバストネスが補償されて、より信頼性の高いHDDを提供することができる。
【0052】
なお、バイアス磁界31の大きさは、垂直磁気記録層304内の記録ビットの状態及び書き込み中の主磁極層端部150aの磁化状態に悪影響を与えることなく、軟磁性裏打ち層302の磁区構造を安定させるのに必要となる数十〜数百Oe(数〜数十kA/m)であることが好ましい。
【0053】
また、バイアス磁界印加素子16を用いることによって、磁化配向層が存在せず軟磁性裏打ち層が予め磁気異方性を付与されていない磁気ディスクにおいても、再生時のスパイクノイズが低減される良好なデータ信号の書き込みが実現する。
【0054】
以上、バイアス磁界の印加による磁区構造の安定化について説明したが、次いで、バイアス磁界印加素子16を用いた主磁極層端部の消磁について説明する。
【0055】
一般に、データ信号の書き込み後、主磁極層の端部150a内においては、形状磁気異方性によって磁化が残留している。この残留磁化からの漏洩磁界が大きい場合、磁気ディスク上に形成された記録ビットが消去又は改変されてしまうポールイレージャが発生する。これに対して、図3において、バイアス磁極部160aの間に発生した磁界のうち、電磁コイル素子15の主磁極層の端部150aを通過する磁界32は、この端部150aの消磁用磁界として使用することができる。すなわち、端部150aに左右方向(トラック幅方向)の磁界32が印加されると、端部150aの残留磁化が消滅又は減少して、端部150aが消磁又は減磁される。これによりポールイレージャを回避することができる。
【0056】
図4は、図1に示した磁気ヘッド素子13における、図2のA−A線断面図である。
【0057】
図4によれば、スライダ基板100上に、MR効果素子14と、素子間シールド層62と、電磁コイル素子15及びバイアス磁界印加素子16とが、順次形成されている。バイアス磁界印加素子16におけるバイアス磁極層160の端部であるバイアス磁極部160aは、主磁極層150及びその端部150aに近接しているが若干後方(トレーリング側)にあって、トレーリングシールド部1550を挟み込む位置に設置されている。なお、バイアス磁極部160aは、他のバイアス磁極層160の部分に比べて前後方向の長さ(厚さ)が大きくなっており、安定した磁界の印加を可能としている。そのため、バイアス磁極部160aからの磁界は、磁気ディスク内の軟磁性裏打ち層及び主磁極層150の端部150aのみならず、トレーリングシールド部1550にも印加可能となる。
【0058】
一般に、トレーリングシールド部の磁化状態は、主磁極層の端部から発生する書き込み磁界に大きな影響を与えるため、できるだけ一定にすることが望ましい。そこで、トレーリングシールド部1550にも左右方向(トラック幅方向)の磁界をバイアス的に印加することによって、データ信号の書き込み時を含めて、トレーリングシールド部1550の磁区構造が安定する。これにより、書き込み磁界が安定して良好な記録特性が得られる。
【0059】
図5は、図1に示したバイアス磁界印加素子16における、図2のB−B線断面図である。
【0060】
図5によれば、後述するギャップ層151上に、複数の第1のバイアスコイル部1610と、第1のバイアスコイル絶縁層50と、バイアス磁極層160と、第2のバイアスコイル絶縁層51と、複数の第2のバイアスコイル部1611と、被覆層52とが、順次積層されている。ここで、各第1のバイアスコイル部1610と各第2のバイアスコイル部1611とは、それぞれ交互に端部が重なり合っていて電気的に直列に接続されている。すなわち、複数の第1のバイアスコイル部1610及び複数の第2のバイアスコイル部1611は、バイアス磁極層160の周りに巻かれたバイアスコイル層161を形成している。なお、同図におけるバイアスコイル層161の巻き数は2.5となるが、0.5以上であればいくつにも設計可能である。
【0061】
次いで、同じく図5を用いて、バイアス磁界印加素子16の構成を詳述する。バイアス磁極層160は、例えば厚さ約0.5μm〜約3.0μmのNi、Fe及びCoのうちいずれか2つ若しくは3つからなる合金、又はこれらを主成分として所定の元素が添加された合金等から形成されている。第1のバイアスコイル部1610及び第2のバイアスコイル部1611は、例えば厚さ約0.5μm〜約3μmのCu等から形成されている。第1のバイアスコイル絶縁層50は、例えば厚さ約0.1μm〜約5μmの熱硬化されたレジスト層等から形成されている。第2のバイアスコイル絶縁層51は、例えば厚さ約0.01μm〜約0.5μmのAl又はDLC等から形成されている。被覆層52は、例えばAl等から形成されている。
【0062】
図6は、図1に示した磁気ヘッド素子13における、図2のC−C線断面図である。なお、図6におけるコイルの巻き数は図を簡略化するため、図2における巻き数より少なく表されている。コイルは1層、2層以上又はヘリカルコイルでもよい。また、図6においては、磁気ディスク30の断面図も併せて示している。
【0063】
図6において、100はスライダ基板であり、ABS11を有し、書き込み又は読み出し動作時には回転する磁気ディスク表面30a上において流体力学的に所定の浮上量をもって浮上している。このスライダ基板100のABS11を底面とした際の一つの側面である素子形成面12に、読み出し用のMR効果素子14と、書き込み用の電磁コイル素子15及びバイアス磁界印加素子16(図示せず)と、素子間を磁気的にシールドするための素子間シールド層62と、これらの素子を保護する被覆層52とが主に形成されている。
【0064】
MR効果素子14は、MR積層体142と、この積層体を挟む位置に配置されている下部シールド層140及び上部シールド層144とを含み、非常に高い感度で垂直磁気記録用の磁気ディスク30からの信号磁界を感知する。
【0065】
電磁コイル素子15は、主磁極層150、ギャップ層151、補助磁極層155及びコイル層153を含む。主磁極層150は、コイル層153によって誘導された磁束を、書き込みがなされる磁気ディスク30の垂直磁気記録層304にまで収束させながら導くための磁路である。ここで、コイル層153は、主磁極層150及び補助磁極層155の間を通過する層のみであってもよい。
【0066】
主磁極層150は、主磁極補助層1500及び主磁極主要層1501から構成されている。ここで、主磁極層150のヘッド端面110側の端部150aにおける前後方向の長さ(厚さ)は、この主磁極主要層1501のみの層厚に相当しており小さくなっている。この結果、高記録密度化に対応した微細な書き込み磁界を発生させることができる。また、補助磁極層155のヘッド端面110側の端部は、補助磁極層155の他の部分よりも層断面が広いトレーリングシールド部1550になっている。ここで、ギャップ層151は、主磁極層150とトレーリングシールド部1550の端部1550aとの間に形成されるトレーリングシールドギャップ長を規定する。
【0067】
磁束65は、主磁極層150の端部150aから始まって非常に高い磁束密度で磁気ディスク30内の垂直磁気記録層304を通過し、軟磁性裏打ち層302で折り返して比較的低い磁束密度に拡がってトレーリングシールド部1550へ帰ってくる。一方、主磁極層150及び補助磁極層155は、ヘッド端面110とは反対側においてバックギャップ部を形成しており磁気的に結合されている。その結果、主磁極層150と補助磁極層155とは、環状磁束路を形成することになる。
【0068】
なお、補助磁極層155にトレーリングシールド部1550を設けることによって、トレーリングシールド部1550の端部1550aと主磁極層150の端部150aとの間において磁界勾配がより急峻になる。この結果、磁気ディスク上に書き込みされた記録ビットの磁化遷移領域が狭くなるので、ジッタが小さくなってエラーレートを小さくすることができる。
【0069】
なお、本発明の実施形態に使用する垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッド及び磁気ディスクは、当然に上述した形態に限定されるものではない。例えば、上述した形態のバイアス磁界印加素子においては、2つのバイアス磁界印加用の磁極部が主磁極層の端部及びトレーリングシールド部の左右側面にそれぞれ近接して設けられているが、複数の磁極部が左右側面に分けられて設けられていてもよい。又は、1つの磁極部のみが左右側面のいずれか1つに近接して設けられていてもよい。いずれにしても、バイアス磁界印加素子によって、磁気ディスクの軟磁性裏打ち層に左右方向(トラック幅方向)のバイアス磁界が印加することができる構成であればよい。この場合、バイアス磁界の印加が目的であるので、完全に左右方向である必要はなく、略左右方向であればよい。
【0070】
図7(A)は、本発明の一実施形態において使用する、図1に示した記録再生及びバイアス磁界制御回路20の回路構成を示すブロック図である。また、図7(B)は、この回路構成のうちバイアス磁界印加素子にバイアス電流を供給する回路を示すブロック図である。
【0071】
図7(A)において、70はホストインターフェース、71は記録再生制御LSI、72は記録再生アンプ、73はプリアンプ、74はサーボ制御回路、75はデジタル信号プロセッサ、76は位置決めドライバ、77はボイスコイルモータ(VCM)駆動回路、78はスピンドルドライバをそれぞれ示している。
【0072】
また、79は、駆動アーム80及びその先端部に取り付けられたヘッドジンバルアセンブリ(HGA)81を、ピボットベアリング軸を中心にして角揺動させるVCM、82は、磁気ディスクを回転させるスピンドルモータである。HGA81には、薄膜磁気ヘッド(スライダ)10が、磁気ディスク30の表面に対向するように設けられている。ここで、磁気ディスク30、駆動アーム80、HGA81及びスライダ10は、単数であってもよく、複数設けられていてもよい。
【0073】
記録再生制御LSI71から出力される記録データは、記録再生制御LSI71から出力される記録制御信号が書き込み動作を指示するときのみ、記録再生アンプ72を介してプリアンプ73へ供給される。プリアンプ73は、この記録データに従って薄膜磁気ヘッド10の電磁コイル素子に書き込み電流を流し、磁気ディスク30上に書き込みを行う。
【0074】
また、記録再生制御LSI71から出力される再生制御信号が読み出し動作を指示するときのみ、薄膜磁気ヘッド10内のMR効果素子に定電流が流れる。このMR効果素子により再生された信号はプリアンプ73で増幅復調されて再生データとして記録再生アンプ72を介して記録再生制御LSI71に出力される。
【0075】
さらに、記録再生制御LSI71から出力されるバイアス磁界制御信号が磁界印加動作を指示すると、直流であるバイアス電流がプリアンプ73内の電源によって、バイアス磁界印加素子のバイアスコイル層161に流される(図7(B))。このバイアス電流によって、磁気ディスク内の軟磁性裏打ち層にバイアス磁界が印加される。この際、書き込み動作中又はこの書き込み直後をも含む間にバイアス磁界を印加するために、まず、サーボ制御信号を受けたサーボ制御回路74及びデジタル信号プロセッサ75から、位置決めドライバ76にVCM制御信号が出力され、VCM駆動回路77によってVCM79が駆動される。このVCM79の駆動によって薄膜磁気ヘッド10が所定のトラック位置に保持される。次いで、スピンドルドライバ78によって駆動されているスピンドルモータ82の動きと連動させて薄膜磁気ヘッド10によって磁気ディスクのデータ領域に書き込み動作を行っている間又はこの書き込み直後をも含む間に、バイアス磁界制御信号が磁界印加動作を指示する。これによりバイアス磁界を印加することが可能となる。この際、磁気ディスク30上に存在するデータ情報が消去又は改変されないように、バイアス磁界強度が調整される。
【0076】
なお、本発明の実施に使用されるバイアス磁界印加素子16を用いて、上述したように、電磁コイル素子の主磁極層に消磁用の磁界を印加することも可能である。この際、消磁用磁界によって磁気ディスク30上に存在するデータ情報及びサーボ情報が消去又は改変されないようにする必要がある。そこで、この主磁極層の端部が、磁気ディスク30のデータ領域とサーボ領域との間に存在するギャップ部の直上に位置するときにこの消磁動作を行う。すなわち、スピンドルドライバ78によって駆動されているスピンドルモータ82の動きと連動させて薄膜磁気ヘッド10による書き込み動作を行った後に、所定時間、消磁用磁界が印加される。これによって、主磁極層の端部がギャップ部直上を通過しているギャップ時間内においてのみ消磁動作が行われる。
【0077】
また、上述したように、バイアス電流の電源をプリアンプ73に持たせたのは、実際に印加すべきバイアス磁界強度は、数十〜数百Oe(数〜数十kA/m)程度であり、バイアス電流の電源にはそれほど大きな容量を必要としないからである。一方、上述した消磁用の消磁電流の電源も同様にプリアンプ73に持たせてもよい。これは、消磁電流を流すタイミングが、データ信号の書き込み電流が流されていない時間内であることによる。すなわち、相当の大きさを持つ消磁電流を流す際に、データ信号の書き込み電流を流すことがないので、従来容量のプリアンプを用いることによっても十分な消磁動作を行うことができる。このようにバイアス電流及び消磁電流の電源をプリアンプ73に持たせることは、現在、HDDに求められている省電力小型化の要請にも適合する。
【0078】
なお、記録再生及びバイアス磁界制御回路20の回路構成は、図7に示したものに限定されるものでないことは明らかである。バイアス電流の電源を独立して設けることも可能である。また、バイアス電流として、直流だけではなく一つの極性のみを有するパルス電流等を用いることも可能である。
【0079】
ここで、上述した磁気ディスク上のデータ領域、サーボ領域及びギャップ部の説明を行う。図8(A)は、磁気ディスクにおけるデータ領域及びサーボ領域を示す概略図であり、図8(B)は、データ領域及びサーボ領域に書き込みされた信号パターンの構成を示す概略図である。
【0080】
図8(A)において、一般に、磁気ディスク30上には、データ領域83と、このデータ領域83の境界をなすサーボ領域84とが設けられている。データ領域83には、データ信号が、薄膜磁気ヘッドによって書き込みされている。また、サーボ領域84には、薄膜磁気ヘッドのトラッキング用のサーボ信号が、サーボトラックライタによって記録されている。さらに、このサーボ領域84は、サーボ信号を検出する薄膜磁気ヘッドがロータリアクチュエータによる揺動運動を行うことに対応して、円弧状となっている。
【0081】
図8(B)によれば、サーボ領域84は、主にISG(Initial Signal Gain)部86、SVAM(SerVo Address Mark)部、グレイコード部、バースト部、及びパッド部から構成されており、それぞれ所定の機能を有している。ここで、ISG部86、SVAM部及びパッド部はディスク径方向に連続して記録されている。グレイコード部もディスク径の方向に少なくとも数トラック以上に亘って設けられている。バースト部は、ディスク径の方向に1トラック分の幅で記録されている。
【0082】
なお、後述するディスクリートトラックを備えた磁気ディスクの場合、各ディスクリートトラックには、上述した通常の磁気ディスクと同様に、データ領域とこのデータ領域の境界をなすサーボ領域とが形成されている。そして、同様に、このデータ領域とサーボ領域との間にギャップ部が存在する。ただし、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスクの場合、トラッキング用のサーボ信号パターンは、凹凸構造からなるトラックパターンそのものからなっている。また、各ディスクリートトラックのサーボ領域へのパターンの書き込みは、一括着磁により行われている。
【0083】
一方、データ領域83は、複数のデータセクタから構成されている。ここで、データ領域83の最後のデータセクタ87と次のサーボ領域83のISG部86との間には、ギャップ部85が存在している。このギャップ部85は、データ信号とサーボ信号とを分離するために設けられている。上述したように、主磁極層の端部が、このギャップ部85の直上に位置するときにのみ消磁動作を行うことによって、適切にポールイレージャを回避することができる。
【0084】
以下に、本発明によるバイアス磁界印加素子を用いて、磁気ディスクの軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加して同層の磁区構造を安定させることができる磁気記録方法を説明する。
【0085】
図9及び図10は、それぞれ、バイアス磁界印加素子を用いた本発明による磁気記録方法の一実施形態を説明するためのタイムチャートである。
【0086】
図9によれば、まず、薄膜磁気ヘッドのMR効果素子を用いてサーボ領域内のISG部、SVAM部及びグレイコード部の検出及び処理を行い、さらにパッド部を検出する。この間、書き込み電流及びバイアス磁界は流れていない。次いで、所定の時間経過後に、データ信号から変換された信号コード列に対応する書き込み電流90によって、データ領域にデータ信号の書き込みを行う。
【0087】
一方、データ信号の書き込み電流90が供給されると同時又はその直後に、軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加するためのバイアス電流91が、プリアンプ73(図7(B))の電源を用いてバイアス磁界印加素子に供給される。
【0088】
ここで、バイアス磁界を軟磁性裏打ち層に印加するタイミング、及び軟磁性裏打ち層において印加すべき場所について説明する。
【0089】
バイアス磁界の印加が、書き込みがなされる前に行われた場合、この印加後の書き込み動作における書き込み磁界によって、軟磁性裏打ち層に、書き込み磁界パターンに応じた磁区パターンが形成される。この磁区パターンによっては、再生出力波形にスパイク状のノイズが発生してしまう。従って、本実施形態においては、データ信号の書き込み電流90によって書き込み用の磁界が垂直磁気記録層に印加されている時又はその直後に、バイアス磁界電流91を通電する。これにより、書き込み用の磁界によってまさに形成されつつある又は形成された直後の磁気ディスク内の記録ビットの直下に位置する軟磁性裏打ち層の部分に、バイアス磁界が印加される。このような書き込み後のバイアス磁界の印加によって、垂直磁気記録層内の記録ビットに影響を及ぼすことなく、この記録ビットの直下の軟磁性裏打ち層の部分の磁区構造を安定させることが可能となる。
【0090】
同図によれば、バイアス電流の印加は、データ信号の書き込み電流90がゼロとなり、データ領域への書き込みが終了した時点で終了している。しかしながら、他の実施形態として、データ領域への書き込み終了後も、バイアス電流91´(破線)を印加して、非書き込み時においてもバイアス磁界を軟磁性裏打ち層に印加してもよい。この場合も、磁気ディスク30上に存在するサーボ情報が消去又は改変されないように、バイアス磁界強度が調整される。
【0091】
さらに、図10に示したように、データ信号の書き込み電流1000がゼロとなり、データ領域への書き込みが終了したことを受けて、主磁極層端部の残留磁化を消去するために、消磁電流1002が供給されてもよい。なお、消磁電流1002は、同図において示したような振幅が時間と共に減衰する交流でもよいが、直流、通常の交流又はパルス電流でもよい。
【0092】
以上に述べた磁気記録方法は、磁気ヘッド素子とは別に専用に設けられたバイアス磁界印加手段を用いることによって適切に実施可能となる。このようなバイアス磁界印加手段については、種々の異なった形態が考えられる。しかしながら、バイアス磁界の印加を、書き込み動作と並行して独立に行うことを可能にする手段を用いて、少なくともデータ信号の書き込み中に軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加するならば、本発明の範囲内である。
【0093】
次に、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスクを用いた場合の、本発明によるバイアス磁界印加素子を用いることの効果を以下に説明する。ここで、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスクは、隣接するトラック間の磁気的干渉が低減しており高トラック密度化に適した磁気記録媒体である。
【0094】
図11及び図12は、それぞれ、本発明の一実施形態に使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドと、ディスクリートトラックを備えた垂直磁気記録用の磁気ディスク30´との構成を示す概略図である。なお、図を見易くするために、補助磁極層は省略されている。
【0095】
図11によれば、磁気ディスク30´においては、垂直磁気記録層304´及び中間層303´が、トラック長手方向に伸長した非磁性材料からなる非磁性離隔層1100によって分断されることによって、複数のディスクリートトラック1101が形成されている。このようなディスクリートトラック1101を備えた磁気ディスク30´は、主磁極層の端部150a´からの書き込み磁界が、非磁性離隔層1100を介して直下の軟磁性裏打ち層に吸収され易くなるため、隣接するトラックに広がり難くなるという大きな利点を有する。
【0096】
このようなディスクリートトラック1101を備えた磁気ディスク30´においても、図3及び図6に示した磁気ディスク30と同様に、磁化配向層301´が、軟磁性裏打ち層302´に対してトラック幅方向の磁気異方性を付与している。この磁気異方性によって、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させて、再生波形におけるスパイク状のノイズの発生を抑制している。従って、この磁化配向層301´のみによって、磁気ディスクの全面において軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させることがかなり困難であることも、上述の磁気ディスク30と同様である。
【0097】
これに対して、図11のように、バイアス磁界印加素子16´を用いて、左右方向(トラック幅方向)にバイアス磁界1102を印加することによって、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させることができる。さらに、外乱磁界による磁区構造の不安定化も防止することができる。この結果、ディスクリートトラックによる高トラック密度化を享有しつつ、低ノイズの良好な磁気記録が達成可能となる。なお、非磁性離隔層1100によって、垂直磁気記録層304´のみが分断されてディスクリートトラックを形成している態様においても、上述した態様と全く同様に、磁区構造の安定化が可能である。
【0098】
ついで、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスクの他の形態を説明する。図12によれば、垂直磁気記録層304´´、中間層303´´、及び軟磁性裏打ち層302´´の層厚方向における一部が、トラック長手方向に伸長した非磁性材料からなる非磁性離隔層1200によって分断されることによって、ディスクリートトラック1201が形成されている。
【0099】
ここで、軟磁性裏打ち層302´´の層厚方向における一部が、非磁性離隔層1200によって分断されているため、同層内のトラック長手方向に形状磁気異方性が発生する。ここで、軟磁性裏打ち層302´´においては、磁化配向層301´´によってトラック幅方向に磁気異方性が付与されているが、ディスクリートトラックの凸部の形状によってはトラック長手方向の形状磁気異方性の方が強くなり、トラック長手方向が磁化容易軸となってしまう。その結果、書き込み毎に軟磁性裏打ち層302´´に大きな磁化が残留し、この残留磁化が再生出力内のノイズとなってエラーレート等の記録再生特性が劣化することになる。
【0100】
これに対して、図12のように、バイアス磁界印加素子16´´を用いて、左右方向(トラック幅方向)に、上記のトラック長手方向の形状磁気異方性よりも強いバイアス磁界1202を印加することによって、このような記録再生特性の劣化を解消することができる。さらに、外乱磁界による磁区構造の不安定化も防止することができる。この結果、ディスクリートトラックによる高トラック密度化を享有しつつ、低ノイズの良好な磁気記録が達成可能となる。
【0101】
以上、本発明による磁気記録方法において、磁気記録媒体が、通常の垂直磁気記録用の磁気ディスク、及びディスクリートトラックを備えた磁気ディスクである場合をそれらの効果を含めて説明した。しかしながら、磁気記録媒体として、垂直磁気記録用のパターンドメディアを用いた場合にも、本発明を実施することができることは明らかであり、以下にこのことを説明する。ここで、パターンドメディアは、トラック間が磁気的に分離しているだけではなく、トラック内のビット間もまた磁気的に分離している磁気記録媒体である。すなわち、この媒体は、トラック間のみならず記録ビット間における信号磁界の干渉を低減させており、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスク以上の高記録密度化を達成する可能性を有している。
【0102】
図13は、本発明の一実施形態に使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドと、パターンドメディア30´´´との構成を示す概略図である。なお、図を見易くするために、補助磁極層は省略されている。
【0103】
図13によれば、垂直磁気記録層304´´´、中間層303´´´、及び軟磁性裏打ち層302´´´の層厚方向における一部が、トラック長手方向に伸長した非磁性材料からなる非磁性離隔層1300aにより分断されることによって、複数のディスクリートトラック1301が形成され、さらに、この複数のディスクリートトラック1301の各々が、多数の非磁性離隔部1300bにより分断されることによって、多数の垂直磁気記録部1302が形成されている。この多数の垂直磁気記録部1302は、非常に微細な磁性パターンとなっており、それぞれ1つの記録ビットに対応している。このような垂直磁気記録部1302を備えたパターンドメディア30´´´は、主磁極層の端部150a´´´からの書き込み磁界が、非磁性離隔層1300a及び非磁性離隔部1300bを介して直下の軟磁性裏打ち層に吸収され易くなるため、隣接する記録ビットに広がり難くなるという非常に大きな利点を有する。なお、非磁性離隔層1300a及び非磁性離隔部1300bは、非磁性離隔層1300として同一成膜工程に基づいて形成可能である。
【0104】
このような垂直磁気記録部1302を備えたパターンドメディア30´´´においても、図3及び図6に示した磁気ディスク30と同様に、磁化配向層301´´´が、軟磁性裏打ち層302´´´に対してトラック幅方向の磁気異方性を付与している。この磁気異方性によって、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させて、再生波形におけるスパイク状のノイズの発生を抑制している。従って、この磁化配向層301´´´のみによって、磁気ディスクの全面において軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させることがかなり困難であることも、上述の磁気ディスク30と同様である。
【0105】
これに対して、図13のように、バイアス磁界印加素子16´´´を用いて、左右方向(トラック幅方向)にバイアス磁界1303を印加することによって、軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させることができる。さらに、外乱磁界による磁区構造の不安定化も防止することができる。この結果、パターンドメディアによる高記録密度化を享有しつつ、低ノイズの良好な磁気記録が達成可能となる。
【0106】
ここで、パターンドメディアとして、上述した形態以外に、形状や大きさを人工的にそろえた単磁区構造体、例えば微粒子がアレイ状に配置しているものが挙げられる。これらの場合、各パターン又は微粒子を1ビットとして記録を行う。このパターンドメディアにおいても、軟磁性裏打ち層が使用される場合には、上述したディスクリートトラックを備えた磁気ディスクの場合と同様の課題が存在するが、本発明の磁界印加手段であるバイアス磁界印加素子を用いることによって、同様のノイズ低減及び抑制効果が得られる。
【0107】
(実施例)
以下、図12に示した形態を有するディスクリートトラックを備えた磁気ディスクを備えたHDDにおいて、本発明によるバイアス磁界印加の効果を調べた実施例について説明する。
【0108】
最初に、図12を用いて、本実施例に用いたディスクリートトラックを備えた磁気ディスク30´´の構成を説明する。ディスク基板300´´として、1インチ径のガラス基板を用いた。磁化配向層301´´には、厚さ13nmの反強磁性材料であるPtMnを用いた。軟磁性層裏打ち層302´´には、厚さ150nmの非晶質磁性体であるCoZrNbを用いた。この軟磁性裏打ち層302´´の保磁力は、10Oe(0.80kA/m)であった。また、この軟磁性裏打ち層302´´に対して、磁界中でのアニール処理を行い、磁化配向層301´´との反強磁性結合によるトラック幅方向の磁気異方性を付与した。中間層303´´には、厚さ10nmの非磁性のCoCrを用いた。垂直磁気記録層304´´には、厚さ15nmであるSiO及びCoPt結晶粒子の混晶層を用いた。この垂直磁気記録層304´´の垂直磁気異方性定数Kuは、2×10erg/ccであった。
【0109】
ディスクリートトラック1201を形成するための非磁性離隔層1200には、非磁性材料であるSiOを用いた。この非磁性離隔層1200が埋め込まれた凹部は、磁気ディスク表面から軟磁性裏打ち層302´´に達しており、軟磁性裏打ち層302´´において深さ30nmとなるように形成された。この非磁性離隔層1200用のSiO膜を成膜後、平坦化処理を行い、この平坦化された磁気ディスク表面に、保護層として厚さ5nmのCVDカーボン(C)を成膜した。潤滑剤にはフォンブリン系潤滑剤を用い、同剤を平均厚さが1nmとなるように塗布した。なお、図12においては、保護層、潤滑剤層は省略されている。
【0110】
ディスクリートトラック1201のトラックピッチを150nmとし、磁気記録層304´´を含む凸部の頂辺の長さを100nmとし、非磁性離隔層1200が埋め込まれている凹部の底辺の長さを30nmとした。
【0111】
また、本実施例に用いた垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッドの主磁極端部の左右方向(トラック幅方向)の幅は120nmとした。主磁極層には、FeCo系合金を用い、飽和磁束密度を2.3T(テスラ)とした。データ信号の読み出し用のMR効果素子には、面内通電型巨大磁気抵抗(CIP−GMR)効果素子を用いた。同素子のトラック幅は110nmとした。
【0112】
次いで、以上の磁気ディスク及び薄膜磁気ヘッドを用いて、データ信号の記録再生実験を行い、バイアス磁界印加素子によるバイアス磁界の印加によって、外乱磁界に対する信頼性が向上する効果を調べた。比較例として、バイアス磁界を印加しない状態での外乱磁界に対する信頼性評価も併せて行った。
【0113】
実際に用いた評価方法を以下に説明する。最初に、外乱磁界の無い状態において、上述した薄膜磁気ヘッドを用いて、400Oe(31.8kA/m)のバイアス磁界を印加しながら、ディスクリートトラックを備えた磁気ディスクに所定の書き込みを行った。次いで、ランダムな方向を有する外乱磁界を印加した上で、同一トラック上のデータ信号を読み出して、再生出力内のスパイクノイズの有無を調べた。ここで、スパイクノイズとは、軟磁性裏打ち層における不安定な磁区構造によって再生出力内に発生するスパイク状のノイズである。この際、外乱磁界強度を徐々に強く設定しながら、スパイクノイズが観測されるまで繰り返し評価を行った。なお、同一条件で作製された磁気ディスクのサンプル数は、50であった。
【0114】
図14は、本実施例及び比較例において、スパイクノイズの発生した外乱磁界強度を示した特性図である。ここで、スパイクノイズ発生磁界とは、1つのサンプルの評価において外乱磁界強度を徐々に強くした場合に、最初にスパイクノイズを観測した際の外乱磁界強度である。
【0115】
同図から明らかなように、バイアス磁界を印加した本実施例において、スパイクノイズの発生磁界強度は、バイアス磁界を印加しなかった比較例よりも2倍程度大きくなっている。しかも発生磁界強度値のばらつきも小さい。従って、本発明によるバイアス磁界印加素子を用いて軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加することによって、外乱磁界に対する耐性が安定的に向上することが理解される。
【0116】
なお、本実施例においては、垂直磁気記録層と軟磁性裏打ち層の層厚方向における一部とが非磁性離隔層により分断されているが、垂直磁気記録層のみ、又は垂直磁気記録層及び中間層のみが分断されている場合でも、上述した通常の磁気ディスクと同様に、本発明によってノイズ低減及び抑制効果が得られている。さらに、垂直磁気記録層と軟磁性裏打ち層の全部とが非磁性離隔層により分断されている場合においても、本実施例と同様に、ノイズ低減及び抑制効果が得られている。
【0117】
以上に述べた実施形態及び実施例は、全て本発明を例示的に示すものであって限定的に示すものではなく、本発明は他の種々の変形態様及び変更態様で実施することができることは明らかである。従って、本発明の範囲は、特許請求の範囲及びその均等範囲によってのみ規定されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0118】
【図1】本発明の一実施形態において使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドを示す斜視図である。
【図2】図1に示した磁気ヘッド素子を素子形成面側から透視的に見た平面図である。
【図3】本発明の一実施形態である磁気記録方法において、軟磁性裏打ち層へのバイアス磁界の印加を説明するための概略図である。
【図4】図1に示した磁気ヘッド素子における、図2のA−A線断面図である。
【図5】図1に示したバイアス磁界印加素子における、図2のB−B線断面図である。
【図6】図1に示した磁気ヘッド素子における、図2のC−C線断面図である。
【図7】本発明の一実施形態において使用する、図1に示した記録再生及びバイアス磁界制御回路の回路構成を示すブロック図である。
【図8】磁気ディスクにおけるデータ領域及びサーボ領域、並びにデータ領域及びサーボ領域に書き込みされた信号パターンの構成を示す概略図である。
【図9】バイアス磁界印加素子を用いた本発明による磁気記録方法の一実施形態を説明するためのタイムチャートである。
【図10】バイアス磁界印加素子を用いた本発明による磁気記録方法の一実施形態を説明するためのタイムチャートである。
【図11】本発明の一実施形態に使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドと、ディスクリートトラックを備えた垂直磁気記録用の磁気ディスクとの構成を示す概略図である。
【図12】本発明の一実施形態に使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドと、ディスクリートトラックを備えた垂直磁気記録用の磁気ディスクとの構成を示す概略図である。
【図13】本発明の一実施形態に使用する垂直磁気記録用の薄膜磁気ヘッドと、パターンドメディアとの構成を示す概略図である。
【図14】本実施例及び比較例において、スパイクノイズの発生した外乱磁界強度を示した特性図である。
【符号の説明】
【0119】
10 薄膜磁気ヘッド(スライダ)
100 スライダ基板
11 ABS
110 ヘッド端面
12 素子形成面
13 磁気ヘッド素子
14 MR効果素子
140 下部シールド層
142 MR効果層
144 上部シールド層
15 電磁コイル素子
150 主磁極層
150a、150a´、150a´´、150a´´´ 主磁極層の端部
1500 主磁極補助層
1501 主磁極主要層
151 ギャップ層
153 コイル層
155 補助磁極層
1550 トレーリングシールド部
1550a トレーリングシールド部の端部
16、16´、16´´、16´´´ バイアス磁界印加素子
160 バイアス磁極層
160a、160a´、160a´´、160a´´´ バイアス磁極部
161 バイアスコイル層
1610 第1のバイアスコイル層
1611 第2のバイアスコイル層
17 信号端子電極
18 駆動端子電極
19 配線部材
20 記録再生及びバイアス磁界制御回路
30 磁気ディスク
300 基板
301、301´、301´´、301´´´ 磁化配向層
302、302´、302´´、302´´´ 軟磁性裏打ち層
303、303´、303´´、303´´´ 中間層
304、304´、304´´、304´´´ 垂直磁気記録層
305 保護層
30a 磁気ディスク表面
31、1102、1202、1303 バイアス磁界
32 消磁用磁界
50 第1のバイアスコイル絶縁層
51 第2のバイアスコイル絶縁層
52 被覆層
60 絶縁層
61 下部非磁性層
62 素子間シールド層
63 中間非磁性層
65 磁束
70 ホストインターフェース
71 記録再生制御LSI
72 記録再生アンプ
73 プリアンプ
74 サーボ制御回路
75 デジタル信号プロセッサ
76 位置決めドライバ
77 VCM駆動回路
78 スピンドルドライバ
79 VCM
80 駆動アーム
81 HGA
82 スピンドルモータ
83 データ領域
84 サーボ領域
85 ギャップ部
86 ISG部
87 最後のデータセクタ
90、1000 書き込み電流
91、1001 バイアス電流
91´ バイアス電流
1002 消磁電流
1100、1200、1300、1300a 非磁性離隔層
1101、1201 ディスクリートトラック
1300b 非磁性離隔部
1302 垂直磁気記録部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号の書き込みによって記録ビットが形成される垂直磁気記録層と書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層とを含む積層構造を有する垂直磁気記録媒体に対して少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくとも該書き込みの直後をも含む間、該垂直磁気記録媒体の外部から前記軟磁性裏打ち層にバイアス磁界を印加することによって、該軟磁性裏打ち層の磁区構造を安定させることを特徴とする垂直磁気記録方式による磁気記録方法。
【請求項2】
信号の書き込みによって記録ビットが形成される垂直磁気記録層と書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層とを含む積層構造を有しており、少なくとも垂直磁気記録層がトラック長手方向に伸長した複数の非磁性離隔層により分断されることによって形成された複数のディスクリートトラックを備えている垂直磁気記録媒体に対して、少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくとも該書き込みの直後をも含む間、該垂直磁気記録媒体の外部から前記複数のディスクリートトラックの各々における前記軟磁性裏打ち層の部分にバイアス磁界を印加することによって、該軟磁性裏打ち層の部分の磁区構造を安定させることを特徴とする垂直磁気記録方式による磁気記録方法。
【請求項3】
前記垂直磁気記録媒体が、前記垂直磁気記録層と前記軟磁性裏打ち層の層厚方向における一部又は全部とがトラック長手方向に伸長した複数の非磁性離隔層により分断されることによって形成された複数のディスクリートトラックを備えていることを特徴とする請求項2に記載の磁気記録方法。
【請求項4】
前記垂直磁気記録媒体が、前記複数のディスクリートトラックの各々が多数の非磁性離隔部により分断されることによって形成された多数の垂直磁気記録部を備えており、該多数の垂直磁気記録部が、各々記録ビットの単位となっていることを特徴とする請求項2又は3に記載の磁気記録方法。
【請求項5】
磁性体から形成されており各々が記録ビットの単位となる多数の微小体を、書き込み用の磁束の磁束路の一部として働く軟磁性裏打ち層上に配列させることによって形成された垂直磁気記録媒体に対して、少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくとも該書き込みの直後をも含む間、該垂直磁気記録媒体の外部から前記軟磁性裏打ち層のうち前記微小体の各々の下方の部分にバイアス磁界を印加することによって、該下方の部分の磁区構造を安定させることを特徴とする垂直磁気記録方式による磁気記録方法。
【請求項6】
前記信号の書き込み用の磁界が印加されている時、又は該印加の直後に、該信号の書き込み用の磁界によって形成されつつある又は形成された前記垂直磁気記録媒体内の記録ビットの直下に位置する軟磁性裏打ち層の部分に、前記バイアス磁界を印加することを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の磁気記録方法。
【請求項7】
少なくとも信号の書き込みを行う間、又は少なくとも該書き込みの直後をも含む間、垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッド内の電磁コイル素子が備えている補助磁極層の前記垂直磁気記録媒体と対向する側の端部にバイアス磁界を印加することによって、該端部の磁区構造を安定させることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の磁気記録方法。
【請求項8】
前記補助磁極層の前記端部が、該補助磁極層の他の部分よりも層断面が広いトレーリングシールド部となっていることを特徴とする請求項7に記載の磁気記録方法。
【請求項9】
前記信号の書き込みを垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッドを用いて行い、前記バイアス磁界の印加を、該垂直磁気記録用薄膜磁気ヘッドが備えている少なくとも1つのバイアス磁界印加手段を用いて行うことを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の磁気記録方法。
【請求項10】
前記少なくとも1つのバイアス磁界印加手段が、バイアス磁極層と、該バイアス磁極層に磁束を誘導するためのバイアスコイル層とを備えており、前記バイアス磁界の印加を、該バイアスコイル層に通電することによって行うことを特徴とする請求項9に記載の磁気記録方法。
【請求項11】
前記バイアス磁界の印加を、前記バイアス磁極層が有する少なくとも1つの磁極部のうち少なくとも1つを用いて行うことを特徴とする請求項10に記載の磁気記録方法。
【請求項12】
前記少なくとも1つの磁極部が左右方向において対向する2つの磁極部であって、該2つの磁極部によって、左右方向又は略左右方向のバイアス磁界を印加することを特徴とする請求項11に記載の磁気記録方法。
【請求項13】
前記バイアスコイル層に直流又は一つの極性のみを有するパルス電流を流すことによって、直流のバイアス磁界又はパルス状のバイアス磁界を印加することを特徴とする請求項10から12のいずれか1項に記載の磁気記録方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2006−216198(P2006−216198A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−30413(P2005−30413)
【出願日】平成17年2月7日(2005.2.7)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】