説明

塑性加工用水溶性潤滑剤

【課題】沈殿固化が発生せず、潤滑性に優れた塑性加工用水溶性潤滑剤を提供すること。
【解決手段】炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸のアルカリ土類金属塩、炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする塑性加工用水溶性潤滑剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材や非鉄金属材料の高温塑性加工に関し、さらに詳細には工具表面への鋼材の焼付や、工具表面の摩耗、肌荒れ等を防止する、沈殿固化の懸念のない塑性加工用水溶性潤滑剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素鋼やステンレス鋼等の鋼材やアルミニウムやチタン等の非鉄金属材料の熱間圧延、熱間鍛造、熱間ダイス加工、熱間プレス加工等の高温塑性加工では、工具の保護のため、高温塑性加工用潤滑剤が使用され効果をおさめている。この潤滑剤としては、高温で潤滑効果のある黒鉛、ガラス、窒化硼素、雲母、二硫化モリブデン、酸化鉄、フッ素化黒鉛、炭酸カルシウムなどの固体潤滑剤;硫化油脂、硫化オレフィン、ジンクジアルキルジチオホスフェート、リン酸エステル等の極圧剤;鉱油、油脂、油脂重合体、合成エステル等の油性向上剤;メタクリレートコポリマーやブチレンブタジエンコポリマー等の付着性向上剤兼流動点降下剤等の少なくとも1種、又はこれにさらに、酸化防止剤(アルファナフチルアミン、ジターシャリブチルフェノール等)を加えたものが一般に使用されている。
【0003】
前記の高温塑性加工では、鋼材や非鉄金属等の被加工材料の温度は、700〜1200℃の領域にある。このような温度では、上記の極圧剤や、油性向上剤では、酸化や熱分解が起こり、潤滑面で十分な効果を発揮できない。このため、高温塑性加工では低温塑性加工に比べ、十分な潤滑効果を得ることが難しい。特許文献1及び特許文献2には、界面活性剤で表面を改質した炭酸カルシウム粉末を含有する熱間圧延潤滑剤が開示され、特許文献3には、炭酸カルシウム及び酸化鉄粒子を含有する高温塑性加工用潤滑剤が開示されている。しかしながら、炭酸カルシウム粉末は水分散性に劣るため、製品の保存容器中で沈殿固化する問題があった。また、希釈して使用する場合も希釈タンク内で同様に沈殿固化する問題があった。
【0004】
【特許文献1】特公昭62−39198号公報
【特許文献2】特公昭62−39199号公報
【特許文献3】特開平6−234991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、沈殿固化の懸念のない、潤滑性に優れた塑性加工用水溶性潤滑剤を提供することである。
本発明の他の目的は、沈殿固化が発生せず、鋼材、非鉄金属材料等の被加工材料の、温熱間圧延、温熱間鍛造、温熱間ダイス加工、温熱間プレス加工等の高温塑性加工において、工具と材料の双方又は一方に、直接塗布又はエアースプレー方式、ウォーターインジェクション方式等によって給油された場合、潤滑性不足を原因とする工具の肌荒れや摩耗を起こさない塑性加工用水溶性潤滑剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の潤滑剤を提供するものである。
(1)炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸のアルカリ土類金属塩、炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする塑性加工用水溶性潤滑剤。
(2)さらに、イソブチレン・マレイン酸共重合体の水溶性塩を含むことを特徴とする上記1記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
(3)さらに、脂肪族ポリカルボン酸アルカリ金属塩、及び芳香族カルボン酸アルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする上記1又は2記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
(4)1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩が、乳酸のアルカリ土類金属塩である上記1〜3のいずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
(5)イソブチレン・マレイン酸共重合体の水溶性塩が、イソブチレン・マレイン酸共重合体のアルカリ金属塩、アンモニウム塩、アルカノールアミン塩、アンモニア変成アンモニウム塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である上記2〜4のいずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
(6)脂肪族ポリカルボン酸アルカリ金属塩が、アジピン酸、セバチン酸のアルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である上記3〜5のいずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
(7)芳香族カルボン酸アルカリ金属塩が、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸、p−オキシ安息香酸のアルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である、上記3〜6いずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
(8)温熱鍛造用油剤である、上記1〜7いずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【発明の効果】
【0007】
本発明の塑性加工用水溶性潤滑剤は、従来の固体潤滑剤を分散させた潤滑剤の欠点である沈殿固化を解消すると共に、潤滑性不足を原因とする工具の肌荒れや摩耗を起こさないという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において「アルカリ土類金属」とは、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムを意味するものとする。
本発明の潤滑剤に使用される「炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸のアルカリ土類金属塩」の炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸としては蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、アクリル酸、ブテン酸、クロトン酸、イソクロトン酸、ビニル酢酸、メタクリル酸、プロピオール酸、テトロール酸、等が挙げられる。また、アルカリ土類金属塩としてはベリリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩、ラジウム塩、等が挙げられる。
具体例としては、酢酸カルシウム、アクリル酸カルシウム、メタクリル酸カルシウム、酢酸マグネシウム、等が挙げられる。
本発明の潤滑剤に使用される「炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸のアルカリ土類金属塩」の炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸としては、飽和又は不飽和の脂肪族ジカルボン酸が挙げられる。具体例としては、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸、コハク酸、フマル酸、等が挙げられる。また、アルカリ土類金属塩としてはベリリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩、ラジウム塩、等が挙げられる。
具体例としては、マロン酸カルシウム、マレイン酸カルシウム、フマル酸バリウム、等が挙げられる。
【0009】
本発明の潤滑剤に使用される「1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩」の1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸としては、飽和又は不飽和の脂肪族モノ、ジ、トリ、テトラカルボン酸が挙げられる。具体例としては、乳酸、リンゴ酸、グリコール酸、グリセリン酸、酒石酸、オキシ酪酸、オキシイソ酪酸、タルトロン酸、メチルタルトロン酸、グリセリン酸、ジオキシ酪酸、ジオキシイソ酪酸、ジオキシフマル酸、等が挙げられる。また、アルカリ土類金属塩としてはベリリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩、ラジウム塩、等が挙げられる。
具体例としては、乳酸カルシウム、リンゴ酸カルシウム、グリコール酸カルシウム、等が挙げられる。
本発明の潤滑剤中、「炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸のアルカリ土類金属塩、炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種」の量は潤滑剤100質量部中、好ましくは1〜100質量部、さらに好ましくは1〜50質量部である。
【0010】
本発明の潤滑剤は、さらに、イソブチレン・マレイン酸共重合体の水溶性塩を含むことが好ましい。その水溶性塩としてはアルカリ金属塩、アンモニウム塩、アルカノールアミン塩、アンモニア変成アンモニウム塩等が挙げられる。例えば、イソブチレン−マレイン酸共重合体ナトリウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体カリウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体リチウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体アンモニウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体の炭素原子数5以下の1級アミン塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体の炭素原子数3以下のアルカノールアミン塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体ハーフメチルエステルアンモニウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体ハーフエチルエステルアンモニウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体アンモニア変成アンモニウム塩、等が挙げられる。中でもイソブチレン:無水マレイン酸=1:1(モル比)の共重合体で分子量が50,000〜400,000のものを、中和度=0.4〜1.0となるようにアンモニアにて中和したイソブチレン−マレイン酸共重合体アンモニウム塩、イソブチレン−マレイン酸共重合体アンモニア変成アンモニウム塩、水酸化ナトリウムにて中和したイソブチレン−マレイン酸共重合体ナトリウム塩、が特に好ましい。これらは単独でも、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
本発明の潤滑剤中、「イソブチレン・マレイン酸共重合体の水溶性塩」の量は潤滑剤100質量部中、好ましくは0〜50質量部、さらに好ましくは5〜30質量部である。
【0011】
本発明の潤滑剤はさらに、脂肪族ポリカルボン酸アルカリ金属塩、及び芳香族カルボン酸アルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。
脂肪族ポリカルボン酸としては、炭素原子数5〜32の脂肪族ジ、トリ、テトラカルボン酸が挙げられる。具体例としては、アジピン酸、セバチン酸、イタコン酸、プロパントリカルボン酸、等が挙げられる。アルカリ金属塩としてはナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩が挙げられる。
芳香族カルボン酸としては、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸、p−オキシ安息香酸、ジオキシ安息香酸、トリオキシ安息香酸、安息香酸、メチルサリチル酸、オキシフタル酸、ジオキシフタル酸、オキシテレフタル酸、等が挙げられる。アルカリ金属塩としてはナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩が挙げられる。
塩は完全塩でも部分塩でも良い。
本発明の潤滑剤中、「脂肪族ポリカルボン酸アルカリ金属塩、及び芳香族カルボン酸アルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種」の量は潤滑剤100質量部中、好ましくは0〜50質量部、さらに好ましくは5〜30質量部である。
【0012】
本発明の潤滑剤は上記成分を水中に溶解又は分散させ製造する。溶解又は分散時間を短縮させる為に、ホモジナイザー、ホモミクサー、モントン−ゴーリン分散機等を用いても良い。
本発明の潤滑剤には、さらに消泡剤、防腐剤、防錆剤等、通常の潤滑剤に使用されている添加剤を通常の量添加しておく事が望ましい。
【0013】
本発明の潤滑剤は、炭素鋼、特殊鋼、非鉄金属材料等の金属材料の塑性加工、特に温間または熱間の圧延、鍛造、ダイス加工、プレス加工等の潤滑剤として好ましく使用される。
本発明の潤滑剤には、通常、水が配合されるが、この水の配合量は特に限定されない。また、水を配合しない潤滑剤として、使用の際に水を加える水系潤滑剤として使用することもできる。
本発明の潤滑剤は、使用時には更に水で2〜50倍に希釈し、通常は噴霧給油して使用する。特に限定されないが、本発明の塑性加工用水溶性潤滑剤は、直接塗布又はエアースプレー方式、ウォーターインジェクション方式等により給油される。
【実施例】
【0014】
本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。
実施例1〜31及び比較例1〜11
表1〜表4に示す組成の成分(質量部)を水に希釈して100質量部の潤滑剤試料(実施例1〜31及び比較例1〜11)を作製した。
使用したイソブチレン・マレイン酸共重合体Na塩とイソブチレン・マレイン酸共重合体アンモニア変成アンモニウム塩は株式会社クラレ製の「イソバン」(イソブチレン・マレイン酸共重合体の分子量は5000〜400000)であり、その中和状態は「中和度」(=全てのカルボキシル基が中和された場合に1とする値)で表示した。
これらの試料を水で10倍に希釈し、以下の試験法により潤滑性の評価を行った。
〔潤滑性〕
特開平5−7969号公報記載の通称「スパイクテスト」にて評価する。試験条件は以下のとおりである。
1)金型:SKD−11(150℃)
2)試験片:S45C(800℃ )25φmm×高さ30mm
3)試料:10倍に調整した希釈液を対角線に各々2mlスプレー。
4)評価:スパイク高さ(mm)と鍛造荷重(ton)を記録。潤滑性はスパイク高さ/鍛造荷重(mm/ton)で表示する。実機での要求値は0.135以上である。
〔安定性〕
表1〜表4に示す組成の成分(質量部)を水に希釈して100質量部の潤滑剤試料(実施例1〜31及び比較例1〜11)を作製した。これらの試料をガラス容器に移して密栓し、室温で1週間静置後、状態を目視で観察した。
評価 ○:沈殿なし
×:沈殿固化発生
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

【0017】
【表3】

【0018】
【表4】

【0019】
酢酸カルシウム(炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸のアルカリ土類金属塩)、マレイン酸カルシウム(炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸のアルカリ土類金属塩)、及び乳酸カルシウム(1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩)の少なくとも1種を含む本発明の実施例1〜31の潤滑剤は優れた潤滑性、安定性を示す。
これに対してこれらのいずれも含まない比較例1〜10の潤滑剤は潤滑性がいずれも劣っている。65%炭酸カルシウム水分散液を含む比較例11は潤滑性に優れるが安定性に劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数1〜4の脂肪族モノカルボン酸のアルカリ土類金属塩、炭素数2〜4の脂肪族ジカルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項2】
さらに、イソブチレン・マレイン酸共重合体の水溶性塩を含むことを特徴とする請求項1記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項3】
さらに、脂肪族ポリカルボン酸アルカリ金属塩、及び芳香族カルボン酸アルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1又は2記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項4】
1〜2個のヒドロキシル基を有する炭素数2〜4の脂肪族カルボン酸のアルカリ土類金属塩が、乳酸のアルカリ土類金属塩である請求項1〜3のいずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項5】
イソブチレン・マレイン酸共重合体の水溶性塩が、イソブチレン・マレイン酸共重合体のアルカリ金属塩、アンモニウム塩、アルカノールアミン塩、アンモニア変成アンモニウム塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項2〜4のいずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項6】
脂肪族ポリカルボン酸アルカリ金属塩が、アジピン酸、セバチン酸のアルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項3〜5のいずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項7】
芳香族カルボン酸アルカリ金属塩が、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸、p−オキシ安息香酸のアルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項3〜6いずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。
【請求項8】
温熱鍛造用油剤である、請求項1〜7いずれか1項記載の塑性加工用水溶性潤滑剤。

【公開番号】特開2009−132885(P2009−132885A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−274706(P2008−274706)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】