説明

塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単離方法、並びに地下水及び/又は土壌の浄化剤及び浄化方法

【課題】 バイオオーグメンテーションに供する微生物群として、デハロコッコイデス属細菌のみを単離する方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の単離方法は、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含む細菌群を、ギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする培地で培養する集積手順と、集積手順より得られる培養液を、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスとを含む固体培地又は半固体培地に植種し、形成される単一のコロニーをギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスと含む液体培地で培養する単離手順とを有する。この単離方法により得られるデハロコッコイデス属細菌は、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化に使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単離方法に関する。また、本発明は塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化剤及び浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年において科学技術が発展し、それに伴い、種々の化学物質が利用されるようになってきており、土壌や地下水が各種の有害難分解物質によって汚染されることが問題となっている。特に、テトラクロロエチレン(以下、「PCE」ともいう)、トリクロロエチレン(以下、「TCE」ともいう)、シス−1,2−ジクロロエチレン(以下、「cDCE」ともいう)、塩化ビニル(以下、「VC」ともいう)等の塩素化エチレンによる環境汚染、特に地下水、土壌の汚染は世界的に深刻な問題となっている。これらの塩素化エチレンは、土壌中に残留したものが雨水等によって地下水中に溶解して、周辺に広がるものとされている。このような塩素化エチレンは、水に対する溶解性が低く、また化学的に安定な化合物であることから、いったん環境中に放出されると、長期間にわたって土壌や地下水中に蓄積してしまう。
【0003】
一方で、塩素化エチレンのヒトに対する毒性が指摘されており、PCE、TCE及びcDCEについてはppbレベルでの環境基準値が設定されており、これらの塩素化エチレンによって汚染された土壌、地下水の浄化方法について、様々な研究がなされている。そのような研究の中でも、微生物を用いた浄化方法は、物理・化学的方法に比べて浄化コストが低いこと、また大がかりな掘削をする必要がなく、稼働中の工場等に隣接した場所における浄化が可能であること等の理由から、近年特に注目されている。塩素化エチレンを無害化することのできる微生物には、好気性微生物と嫌気性微生物との両者が存在する。前者は、メタン、トルエン、フェノール等の誘導物質の存在下に、共酸化的に塩素化エチレンを分解するものであり、現場での適用には通気を必要とするため、コスト高となることから、現場で実施する例は少ない。これに対し、嫌気性微生物を用いる浄化には通気の必要がなく、かつ分解微生物がエネルギー源として塩素化エチレンを必要とするため、誘導物質を添加する必要がないことから、低コストでの浄化が可能となり、近年注目されつつある。
【0004】
嫌気性微生物による塩素化エチレンの分解(脱塩素化反応)は、一般的にテトラクロロエチレン→トリクロロエチレン→シス−1,2−ジクロロエチレン→塩化ビニル(以下、「VC」ともいう)→エチレンの順に進行する。塩素化エチレンを分解することのできる微生物の中で、cDCEをVC、エチレンにまで分解できる微生物として、現在知られているのは、デハロコッコイデス(Dehalococcoides)属の微生物のみである。しかし、デハロコッコイデス属の微生物の中にも、種々の種類が存在しており、VCを呼吸基質として利用して生育できるものと、できないものとがあることが報告されている(非特許文献1、2及び3参照)。VCを呼吸基質として利用することのできないデハロコッコイデス属の場合は、VCの分解はコメタボリズムによるものであり、その分解は非常に遅く進行することが報告されている(非特許文献4)。
【0005】
したがって、VCを呼吸基質として利用できないデハロコッコイデス属微生物が優占化している塩素化エチレン汚染現場においては、土着の微生物に対して栄養剤を与えるバイオスティミュレーション法による浄化を試みても、塩素化エチレンの分解がVCで停止してしまうことが予想される。 なお、現在のところVCについては環境基準値が設定されていないものの、塩素化エチレンの中では、唯一、発癌性が証明されている物質であり、浄化工程においては、当然ながら残存することは好ましくない。また、VCに対しては、「水質汚濁に関わる要監視項目」として、0.002mg/L以下という低い指針値が設定されている。
【0006】
その一方で、欧米において、デハロコッコイデス属細菌を含有するコンソーシアを利用したバイオオーグメンテーション技術が実用化されている。また、国内においても2005年3月に経済産業省、環境省から「微生物によるバイオレメディエーション利用指針」が告示されたことを受け、バイオオーグメンテーション技術の開発が活発化してきている。
【非特許文献1】He et al., Nature, vol.424, 62−65
【非特許文献2】Szewzyk et al., Nature, vol.408, 580−583
【非特許文献3】Maymo−Gatell et al., Applied and Environmental Microbiology, vol.65, 3108−3113, 1999
【非特許文献4】Magnunson, J. K. et al., Applied and Environmental Microbiology, vol.66, 5141−5147, 2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のバイオオーグメンテーションにおいて利用されているのは、デハロコッコイデス属細菌の他にも多種多様な微生物を含有するコンソーシア(微生物群)である。コンソーシアにおけるデハロコッコイデス属細菌以外の微生物については、その種類及び存在量を完全に把握することは困難であり、コンソーシア中での優占度の大きい数種類の微生物についてのみ評価がなされているのが実情である。さらに、仮にコンソーシア中の微生物群の種類及び存在量を詳細に調べることができたとしても、全く同一の種類の微生物が同一の存在量又は存在比となるように培養することは難しい。したがって、コンソーシアに含まれる微生物種及び存在比を一定に維持すること、すなわちコンソーシアの品質管理は困難である。
【0008】
上記実情に鑑み、本発明はバイオオーグメンテーションに供する微生物群として、デハロコッコイデス属細菌のみを単離する方法、この方法を利用した、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化剤及び浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明者が鋭意検討した結果、デハロコッコイデス属細菌の培養を行う際に培地の炭素源としてギ酸を利用することにより、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を選択的に集積できること、及び、得られた培養液を、ギ酸、cDCEと水素ガスとを含む培地に植種し、形成されるコロニーをギ酸を炭素源とする培地で培養することにより単離できることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0010】
(1)塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含む細菌群を、ギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする培地で培養する集積手順と、該集積手順より得られる培養液を、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルを含有する固体培地又は半固体培地であって、培地の気相に水素ガスを含む培地に植種し、前記塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単一のコロニーを形成させ、このコロニーを、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルを含有する液体培地であって、該培地の気相に水素ガスを含む液体培地に植種して培養する単離手順と、を有する、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単離方法。
【0011】
(2)塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌を含有する植種源を、ギ酸及びその塩のいずれもが添加されていない条件の下で培養することで、前記細菌群を調製する調製手順を、前記集積手順の前に更に有する(1)に記載の単離方法。
【0012】
(3)前記調製手順において調製された細菌群から、桿菌をろ別するろ別手順を更に有する(2)に記載の単離方法。
【0013】
(4)塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化剤であって、(1)〜(3)いずれかに記載の単離方法により得られる塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含有する浄化剤。
【0014】
(5)塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化方法であって、(4)に記載の浄化剤を前記地下水及び/又は土壌に投入する手順を有する浄化方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含む細菌群を、ギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする培地で培養する集積手順と、この集積手順より得られる培養液を、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスとを含む培地に植種し、形成される単一のコロニーをギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスとを含む培地で培養する単離手順とを設けたので、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を単離して得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0017】
〈単離方法〉
本発明の単離方法は、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含む細菌群をギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする培地で培養する集積手順と、この集積手順より得られる培養液を、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスとを含む培地に植種し、形成されるコロニーをギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする培地で培養する単離手順とを有することを特徴とする。
【0018】
細菌群としては、既に調製されたものを使用してもよく、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌を含む植種源から新たに調製してもよい。後者の場合、本発明の培養方法は、細菌群を調製する調製手順を集積手順の前に有し、この調製手順において調製された細菌群から桿菌をろ別するろ別手順を更に有してもよい。
【0019】
以下、本発明の単離方法の手順を時系列に沿って説明する。
【0020】
〔調製手順〕
調製手順は、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌を含有する植種源を、ギ酸及びその塩のいずれもが添加されていない条件の下で培養することで、細菌群を調製する手順である。
【0021】
ここで、「塩素化エチレン」とは、エチレンの水素原子のうち少なくとも1個が塩素原子に置換されている化合物を意味し、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、シス−1,2−ジクロロエチレン及び塩化ビニルを含む。
【0022】
塩素化エチレンにより汚染された地下水や土壌は、バイオスティミュレーションによる汚染の浄化が進行し、且つ浄化の過程においてデハロコッコイデス属細菌が顕著に増殖している汚染現場から採取されたものが好ましい。
【0023】
デハロコッコイデス属細菌は、偏性嫌気性微生物であるため、酸素の存在下では速やかに死滅する。従って、地下水や土壌の採取、移送、培養容器への添加等の一連の操作において嫌気性条件を保持することが好ましい。
【0024】
まず、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/土壌を、培養容器に投入する。植種源として地下水を用いる場合、そのまま培養容器に投入してもよいが、水等で希釈した後に投入してもよい。また、植種源として土壌を用いる場合、そのまま培養容器に投入し液体培地中に懸濁してもよいが、適当な溶媒(例えば水)に懸濁した後に培養容器に投入してもよい。
【0025】
培養容器は、培地に塩素化エチレンが含有されていることを考慮して、ガラス製であることが好ましい。植種源が投入されると、さらに、有機栄養源としてクエン酸、酵母エキス等が添加される。クエン酸の濃度は100〜1000mg/L、酵母エキスの濃度は10〜100mg/Lであることが好ましい。
【0026】
培地の環境を嫌気性とするために、硫化ナトリウム及び塩化第一鉄が添加されることが好ましい。培地中の硫化ナトリウム及び塩化第一鉄の濃度は、それぞれ好ましくは5mg/L〜500mg/Lである。なお、培養容器の内部環境の嫌気化は脱気することによってもよく、窒素ガス、又は窒素ガス及び二酸化炭素の混合ガスで培養容器の内部を充填することによってもよい。
【0027】
培養容器を蓋で密閉した後、培養を開始する。この蓋としては、ポリテトラフルオロエチレンで被覆されたブチルゴム栓が好ましい。
【0028】
培養は静置して行われ、その温度は15〜30℃であることが好ましく、25〜30℃であることがより好ましい。培養は培地内に含まれる全てのシス−1,2−ジクロロエチレンが分解されるまで、即ち、シス−1,2−ジクロロエチレン及び塩化ビニルのいずれもが検出されなくなるまで行われる。シス−1,2−ジクロロエチレン及び塩化ビニルの検出は、例えば培養容器中の気相を少量採取し、ガスクロマトグラフィー分析により行われる。
【0029】
培養終了後、培養液を継代培養用の培地が収容された別の培養容器に移植する。この培地は先ほどの添加成分と同様に、クエン酸、酵母エキス、硫化ナトリウム及び塩化第一鉄を含有するとともに、所定の無機塩類を含有する。
【0030】
代替的に、培地は乳酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等の有機酸(ギ酸を除く)、その塩(ギ酸の塩を除く)、メタノール等のアルコール、ショ糖等の糖類等を含んでもよい。また、培養容器にはシス−1,2−ジクロロエチレンが添加され、その濃度は好ましくは1〜100mg/L(10μM〜1mM)、より好ましくは1〜10mg/L(10〜100μM)である。
【0031】
培地には嫌気度を調べるための指示薬であるレサズリンが添加されてもよい。培地のpHは6.0〜8.5程度の中性域であることが好ましい。
【0032】
なお、上述した培地成分の濃度は培養時における濃度である。このため、植種源による希釈で濃度が低下することを考慮し、地下水を加える前の培地はより高濃度であることが好ましい。
【0033】
継代培養は、シス−1,2−ジクロロエチレン及び塩化ビニルのいずれもが検出されなくなるまで、先ほどの培養と同様の条件で行われる。シス−1,2−ジクロロエチレン及び塩化ビニルの検出は、例えば培養容器中の気相を少量採取し、ガスクロマトグラフィー分析により行われる。このような継代培養を、継続的に行うことで、塩化ビニル分解細菌を含む細菌群が調製される。
【0034】
〔ろ別手順〕
ろ別手順は調製手順において調製された細菌群を含有する培養液から、桿菌をろ別する手順である。ろ過されたろ液は、桿菌が除去され塩化ビニル分解細菌を含む細菌群を含有するものであり、以下の集積手順において使用される。ろ別は、所定の孔径を有するフィルタを用いて培養液をろ過することで行われる。孔径は特に限定されないが、例えば0.45μm程度であることが好ましい。
【0035】
〔集積手順〕
集積手順は塩化ビニル分解細菌を含む細菌群を、ギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする集積培地で培養する手順である。
【0036】
ここで「主な炭素源」とは、ギ酸及び/又はその塩以外の炭素源が、微生物の生育に影響を及ぼす程度には含有されていないことを意味する。即ち、微生物の生育に影響を及ぼさない限りにおいては、他の炭素成分が含有されていてもよい。ただし、炭素源としてギ酸及び/又はその塩のみからなることが、塩化ビニル分解能に劣るデハロコッコイデス属細菌をより効果的に除去できる点で好ましい。
【0037】
ギ酸、ギ酸の塩は、一方又は双方が添加されていてよいが、集積培地のpHを中性域に保持するためにはギ酸の塩が好ましい。ギ酸の塩はデハロコッコイデス属細菌の生育を阻害するものでない限りにおいては特に限定されないが、例えばギ酸ナトリウムであってよい。
【0038】
ギ酸及び/又はその塩の濃度は、通常、塩化ビニル分解能に劣るデハロコッコイデス属細菌の除去効果とコスト面とを考慮して、1mM以上5mM以下であることが好ましい。ただし、電子供与体としての水素ガスを培地の気相に添加すれば、ギ酸及び/またはその塩の濃度は0.1mM程度であってもよい。
【0039】
炭素源以外の成分については、前述した継代培養用の培地と同様であってよい。また、同様の条件で培養を行い、植え継ぎを所定回数行う。植え継ぎの回数は特に限定されないが、少なすぎると塩化ビニル分解能に劣るデハロコッコイデス属細菌が充分には除去できない場合があり、多すぎても除去効果は飽和しており経済的でない。そこで、通常3〜10回程度であることが好ましい。
【0040】
このようにして得られる培養液は、優れた塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌が高度に優占化した状態にある。
【0041】
〔単離手順〕
単離手順は集積手順で得られた培養液をギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスとを含む固体培地又は半固体培地に植種し、形成される単一のコロニーをギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルと水素ガスとを含有する液体培地で培養する手順である。
【0042】
集積手順で得られた培養液は、優れた塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌が高度に優占化した状態ではあるものの、デハロコッコイデス属細菌以外の微生物も含まれている。本手順はこれらデハロコッコイデス属細菌以外の微生物を除き、純化する手順である。
【0043】
固体培地又は半固体培地の種類は特に限定されないが、例えば寒天培地を用いることができる。ギ酸及び/又はその塩、シス−1,2−ジクロロエチレン及び水素ガスを添加した固体培地又は半固体培地を調製するにあたっては、Agar−Shake法(Methods Enzymol. 2005;397:77−111)により行うことができる。
【0044】
具体的には例えば次のような操作により実施することができる。すなわち、まず22mLのバイアルに9mLの軟寒天培地(0.6%低融点アガロース)を調製する。寒天が固化しないよう、35℃に保ったバイアルに、適当に希釈した前記培養液1mLをマイクロシリンジで加え、よく混合後、30℃で静置培養を行う。
【0045】
なお、上記軟寒天培地は以下の成分を含む。5〜10mM ギ酸ナトリウム、6mg/L cDCE、100mg/L アンピシリン、2mM 硫化ナトリウム九水和物、0.2mM L−システイン、30mM 炭酸水素ナトリウム、1000mg/L 塩化ナトリウム、500mg/L 塩化マグネシウム六水和物、200mg/L リン酸二水素カリウム、300mg/L 塩化アンモニウム、300mg/L 塩化カリウム、15mg/L 塩化カルシウム二水和物、0.25mg/L レザズリン、1mL 微量元素溶液A、1mL 微量元素溶液B、1mL 水素ガス(バイアル調整後、マイクロシリンジで気相に注入))。ここで、微量元素溶液Aは1Lあたり以下の成分を含む。10mL 塩酸(25%溶液)、1.5g 塩化第一鉄四水和物、0.19g 塩化コバルト(II)六
水和物、0.1g 塩化マンガン(II)四水和物、70mg 塩化亜鉛、6mg ほう酸
、36mg モリブデン酸ナトリウム二水和物、24mg 塩化ニッケル(II)六水和物
、2mg 塩化銅(II)二水和物。また、微量元素溶液Bは1Lあたり以下の成分を含む
。6mg 亜セレン酸ナトリウム、8mg タングステン(VI)酸ナトリウム二水和物、
0.5g 水酸化ナトリウム。
【0046】
上記のように調製した固体培地又は半固体培地に、集積手順で得られた培養液を植種し、30℃で静置すると約3〜4週間でコロニーが形成される。このコロニーを集積手順で用いる液体培地(ただし、水素ガスを培地の気相に注入する。)に添加し、液体培養することにより、優れた塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌が単離された状態で含まれる培養液が得られる。
【0047】
なお、このようにして得られた培養液を用いて本手順を再度繰り返してもよい。このようにすることで、優れた塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌がより確実に純化された状態の培養液を得ることができる。
【0048】
〈浄化剤〉
本発明の浄化剤は、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化剤であって、単離手順を経て得られる塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含有することを特徴とする。浄化剤に含有される塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌は、単離手順を経て得られる培養液の形態であってもよく、適宜加工された形態であってもよい。ただし、デハロコッコイデス属細菌のみが存在する状態を維持するため、嫌気的条件の下で管理、使用されるべきである。
【0049】
この浄化剤は、優れた塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌のみが存在し、他の微生物は存在しないため、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌を浄化する品質を高いレベルに保持できる。
【0050】
〈浄化方法〉
本発明の浄化方法は、塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化方法であって、前述の浄化剤を地下水及び/又は土壌に投入する手順を有することを特徴とする。地下水及び/又は土壌は、原位置であってもよく、原位置から揚水され又は掘削されたものであってもよい。
【0051】
地下水及び/又は土壌に投入される浄化剤の量、投入速度等は汚染された地下水及び/又は土壌の汚染状況に応じて適宜設定されてよい。
【実施例】
【0052】
(実施例1)
本実施例はVC分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単離の実施例である。
【0053】
塩素化エチレンにより汚染された土壌及び地下水の浄化が、バイオスティミュレーションにより行われている現場から地下水を採取した。この地下水100mLを容積155mLのガラス製バイアルに入れ、表1に示される培地成分を添加し、窒素/二酸化炭素混合(体積比8/2)ガスで気相を置換した。更に、液中濃度が約6mg/L程度となるようcDCEを添加した後、ポリテトラフルオロエチレンで被覆されたブチルゴム栓によりバイアルを密閉した。
【0054】
【表1】

続いて、このバイアルを30℃の恒温槽内に静置し、培養を開始した。バイアルの気相200μLを定期的に引き抜き、ガスクロマトグラフを用いてcDCE、塩化ビニル(VC)、エチレンの濃度を各々測定した。cDCE及びVCが検出されなくなったことを確認した後、培地の水相を採取した。採取した水相1mLを、表2に示される組成の合成培地を収容する別のバイアルに植え継いだ。同様の手順で、合成培地への植え継ぎを計5回行う継代培養を行った。
【0055】
【表2】

得られた培養液の細菌相を、16S rDNAを対象とする末端制限酵素切断断片長多型(Terminal−Restriction Fragment Length Polymorphism:T−RFLP)解析、デハロコッコイデス属細菌及び全細菌の16S rDNAを対象としたリアルタイムPCR解析、及び16S rDNAのクローン解析により評価した。この結果、全細菌に占めるデハロコッコイデス属細菌の割合は1%程度と非常に少ないことが判明した。そこで、デハロコッコイデス属細菌をより高度に集積するため、以下の手順で培養を引き続き行った。
【0056】
まず、継代培養後の培養液を、孔径0.45μmのフィルタでろ過し、大部分の桿菌を除去した。ろ液には、塩化ビニル分解活性が保持されていることが確認された。また、ろ液の組成を分析したところ、クエン酸の分解産物として酢酸とともに微量のギ酸の存在が確認された。そこで、酢酸及びギ酸を有機物として含有する合成培地を用いて、更に継代培養を行った。培地成分は、クエン酸ナトリウム及び酵母エキスの替わりに、ギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムを各々5mM(それぞれ295mg/L、225mg/Lに相当)の濃度になるように添加した点を除き、基本的には表2に示される通りとした。
【0057】
また、培養液における炭素源として、ギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムの替わりに、クエン酸及び酵母エキスを添加した培地、キシロースを添加した培地をそれぞれ比較例として使用した。
【0058】
各培地を用いて植え継ぎ5回の継代培養を行った後、16S rDNAを対象とする変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis:DGGE)による解析を行った。ゲル上に観察された主要なバンドを切り出し、塩基配列を決定した結果を併せて図1に示す。図1におけるレーンAはクエン酸及び酵母エキスを添加した例、レーンBはキシロースを添加した例、レーンCはギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムを添加した例をそれぞれ表す。
【0059】
図1に示されるように、レーンAにおいては主要なバンドが多数観察されるが、レーンB及びレーンCにおいては主要なバンド数が低減していた。即ち、キシロース又はギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムを炭素源として使用することにより、少数種の微生物が選択的に集積されることが判明した。
【0060】
塩基配列決定の結果、矢印して示すバンドは、それぞれ既に単離されているデハロコッコイデス属細菌である、Dehalococcoides sp. GT株(Appl. Environ. Microbiol., vol. 72, 1980−1987, 2006)、及びD.ethenogenes 195株(Science, vol. 276, 1568−71, 1997)に99%以上の相同性を有していた。そこで、これらのバンドに着目すると、レーンBでは195株の存在のみ観察されたが、レーンCではGT株及び195株のいずれもが観察された。
【0061】
GT株は塩化ビニル分解能を有し、195株は塩化ビニル分解能を有しない(又は極めて低い)ことが報告されている。これを踏まえると、キシロースを炭素源として使用した場合では、塩化ビニル分解能を有しない195株タイプのデハロコッコイデス属細菌が集積される一方、ギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムを炭素源として使用することにより、塩化ビニル分解能に優れたデハロコッコイデス属細菌を含んで集積できることが判明した。
【0062】
次に、GT株タイプのデハロコッコイデス属細菌をより選択的に集積することを目指し、更なる検討を行うこととした。
【0063】
まず、前述のギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムを使用する培養で得られた集積培養体を植種源とし、炭素源として酢酸ナトリウムのみ(5mM)、ギ酸ナトリウムのみ(5mM)、ギ酸ナトリウム及び酢酸ナトリウムの両方(各5mM)を含有する3種類の合成培地で培養を行った。植え継ぎ5回後に得られた培養液についてDGGE解析を行った。ゲル上に観察された主要なバンドを切り出し、塩基配列を決定した結果を併せて図2に示す。図2におけるレーンAは酢酸のみを添加した例、レーンBはギ酸のみを添加した例、レーンCはギ酸及び酢酸を添加した例をそれぞれ表す。
【0064】
図2に示されるように、レーンA及びレーンCにおいては、GT株のみならず195株のバンドもほぼ同様の濃さで観察される一方、レーンBにおいては、GT株のバンドが格段に濃くなるとともに195株のバンドが極めて薄くなっていた。
【0065】
更に、ギ酸ナトリウムを使用する培養で得られた培養液からDNAを抽出し、16S rDNAを対象とする定量PCR解析を行った。すると、全細菌由来の16S rDNAに対するデハロコッコイデス属細菌の16S rDNAの割合は約24%であり、クエン酸及び酵母エキスによる培養で得られた割合(約1%)に比べ、格段に高い値であることが確認された。
【0066】
以上の結果から、ギ酸ナトリウムを主な炭素源とする集積培地で培養することにより、優れた塩化ビニル分解能を有するGTタイプのデハロコッコイデス属細菌を選択的に集積できることが判明した。
【0067】
このようにして得た培養液を、炭素源としてギ酸と酵母エキス、cDCE、水素を添加した寒天培地に、Agar−Shake法により植種した。寒天中に形成したコロニーを液体培養後、再度同様の寒天に植え継ぎ、培養を行った結果、気相中のcDCEはエチレンにまで脱塩素化されていることが確認された。更に、本コロニーを再度液体培養し、培養液よりDNAを抽出した後、16S rDNA及び塩化ビニルレダクターゼ遺伝子(vcrA:VC分解酵素遺伝子)の有無をPCR法により調べた結果、データベース上に記載されたデハロコッコイデス属細菌の16S rDNA配列(GenBank Accession No. AJ965256.1, AY146779.1, AF357918.2)、及びvcrAの配列(GenBank Accession No. AB268344.1, AY322364.1)と高い相同性(それぞれ100%、99%)を示したため、本コロニーがVC分解能を有するデハロコッコイデス属細菌に由来するものであることが確認された。
【0068】
(実施例2)
本実施例では、実施例1で得られた、単離された状態のデハロコッコイデス属細菌によるcDCEの脱塩素化能の確認を行った。即ち、実施例1の操作により得られたコロニーを液体培養を行うに際して、cDCE及びVCの脱塩素化を分析した。
【0069】
液体培養には、22mL容のバイアルに10mL調製した液体培地(cDCE5.8mg/L、ギ酸ナトリウム5mM、アンピシリン500mg/L、Na2S・H2O2mM、L−システイン0.2mM)を投入したものを用いた。窒素/二酸化炭素にて気相を置換後、水素1mLを注入した。バイアルの気相200μLを定期的に引き抜き、ガスクロマトグラフを用いてcDCE、塩化ビニル(VC)、エチレンの濃度を各々測定した。図3に培養開始1週間後及び3週間後のガスクロマトグラフ分析結果を示した。培養開始1週間後にはcDCEが完全に脱塩素化され、さらに培養開始3週間後にはVCも完全に脱塩素化された。これにより、実施例1で得られたデハロコッコイデス属細菌が塩化ビニル分解能を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
デハロコッコイデス属細菌について、病原性、変異原性及び毒素生産性等が報告された例はない。このため、優れた塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌のみが存在する浄化剤はバイオオーグメンテーションにおいて安全に利用できることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の一試験例の結果を示す図である。
【図2】本発明の一試験例の結果を示す図である。
【図3】本発明の一試験例の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含む細菌群を、ギ酸及び/又はその塩を主な炭素源とする培地で培養する集積手順と、
該集積手順より得られる培養液を、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルを含有する固体培地又は半固体培地であって、培地の気相に水素ガスを含む培地に植種し、前記塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単一のコロニーを形成させ、
このコロニーを、ギ酸及び/又はその塩とシス−1,2−ジクロロエチレン及び/又は塩化ビニルを含有する液体培地であって、該培地の気相に水素ガスを含む液体培地に植種して培養する単離手順と、
を有する、塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌の単離方法。
【請求項2】
塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌を含有する植種源を、ギ酸及びその塩のいずれもが添加されていない条件の下で培養することで、前記細菌群を調製する調製手順を、前記集積手順の前に更に有する請求項1に記載の単離方法。
【請求項3】
前記調製手順において調製された細菌群から、桿菌をろ別するろ別手順を更に有する請求項2に記載の単離方法。
【請求項4】
塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化剤であって、請求項1乃至3いずれかに記載の単離方法により得られる塩化ビニル分解能を有するデハロコッコイデス属細菌を含有する浄化剤。
【請求項5】
塩素化エチレンにより汚染された地下水及び/又は土壌の浄化方法であって、請求項4に記載の浄化剤を前記地下水及び/又は土壌に投入する手順を有する浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−271786(P2008−271786A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−41678(P2007−41678)
【出願日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成18年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発 土壌中難分解性物質等の生分解・処理技術の開発 塩素化エチレンの嫌気分解に関する研究開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】