説明

変異検出方法、変異検出プログラム及び記憶媒体

【課題】電気泳動像の解析を手作業ではなく機械的に行うことによって、トランスポゾンによって破壊された遺伝子を迅速かつ客観的に特定する変異検出方法、変異検出プログラム及びこれを記憶した記憶媒体を提供する。
【解決手段】トランスポゾンディスプレイ法において、電気泳動を行う際に、サンプルと塩基数が既知のDNA断片を数種類混ぜ合わせたサイズマーカーとを一緒に電気泳動し、このサイズマーカーを基準にしてコンピュータにより電気泳動像を補正することによって、電気泳動像の比較を容易にし、これによってトランスポゾンによって破壊された遺伝子を迅速かつ客観的に検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、トランスポゾンディスプレイ法を利用して、高等植物の表現型と関連する遺伝子を迅速かつ客観的に検出する変異検出方法、変異検出プログラム、及び記憶媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
分子生物学の進歩に伴って、人やマウスなどの動物に加えて、高等植物についてもその全ゲノムの塩基配列が解析されるようになってきており、イネについても、International Rice Genome Sequencing Project(IRGSP)によって、2002年にはそのドラフト配列の解読が終了している。
【0003】
しかし、遺伝子組み換えによって、例えば乾燥・寒冷などの環境ストレスに対する耐性を備えた植物や収穫量の多い作物植物を作り出すには、そのゲノムDNAの全塩基配列を決定するだけではなく、ゲノムDNAに記載されている各遺伝子が植物の表現型に与える影響、すなわち各遺伝子がもつ機能についても解析しなければならない。そして、遺伝子の機能を解析する方法の一つとして、以下に説明するトランスポゾンディスプレイ法が挙げられる。
【0004】
ここで、トランスポゾンとは、別名、転位性遺伝因子(transposable genetic element)又は可動性遺伝因子(mobile genetic element, movable genetic element)とも呼ばれ、染色体DNA上のある部位から他の部位へ、ランダムに転位する性質を有するDNA断片のことであり、転位先の遺伝子に挿入して遺伝子破壊等を起こすことが知られている。なお、イネについてもTos17、karma(特許文献1を参照。)、mPing(非特許文献1を参照。)などがすでに報告されている。
【0005】
また、トランスポゾンディスプレイ法とは、トランスポゾンの前記のような性質を利用して遺伝子の機能を調べる方法であり、トランスポゾンの転位によって破壊された遺伝子を特定し、その遺伝子とその遺伝子の破壊によって生じた表現型の変化とを関連付けることによって、遺伝子の機能を調べる方法である。
【0006】
具体的には、トランスポゾンディスプレイ法は、(a)表現型の異なる各個体の細胞から簡便法などにより抽出したDNA(非特許文献2を参照。)を制限酵素により部分消化し、(b)この制限酵素による認識部位に対応する配列を備えたオリゴマーDNA(アダプター配列)を前記部分消化DNAにライゲーションし、(c)トランスポゾンの塩基配列に相補的なプライマー及び前記アダプター配列に相補的なプライマーによりPCRを行って、(d)そのPCR産物を電気泳動して得られた電気泳動像の違いを解析する方法である。
【0007】
さて、前記(a)から(c)までの部分は、基本的には単純な酵素処理であるため、実施者の能力に依存するところが比較的少なく、DNAを含む緩衝液に制限酵素、DNAリガーゼ、DNAポリメラーゼなどの各種酵素やプライマーDNA等を添加して混合しさえすれば、その後は人手を要することなく実施することができる。
【0008】
これに対して、(d)については研究者が、電気泳動像の解析をその経験と勘に基づいて手作業で行っているため、(d)電気泳動像の解析には多大な時間と労力を必要とし、解析に個人差が生じてしまう。そのため、圃場での交配実験などにより数多くのトランスポゾン挿入変異体を得ることができていたとしても、(d)電気泳動像の解析がボトルネックになって、遺伝子の機能解析が進まないとの問題が生じている。また、データが電子化されていないため、データの管理や解析が効率的でないという点が問題も生じている。
【特許文献1】特願第2002-369691号公報
【非特許文献1】中崎ら(Nakazaki,T.), イネゲノム中でのトランスポゾンの移動(Mobilization of transposon in the rice genome), ネイチャー(Nature ),421(2003),p.170-172
【非特許文献2】吉田晋弥、塩飽邦子、“米粒からの簡易DNA抽出法とRAPDによる酒米の品種判別”、[online]、中国農業試験場 平成10年度 研究成果情報、[2005年6月13日検索]、インターネット<URL:http://www.affrc.go.jp/seika/data_cgk/h10/seibutu/cgk98004.html >
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、この発明は、トランスポゾンディスプレイ法において、電気泳動像の解析を手作業ではなく機械的に行うことによって、トランスポゾンによって破壊された遺伝子を迅速かつ客観的に特定する変異検出方法、変異検出プログラム、及び記憶媒体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明は、トランスポゾンディスプレイ法において、電気泳動を行う際に、サンプルと塩基数が既知のDNA断片を数種類混ぜ合わせたサイズマーカーとを一緒に電気泳動し、このサイズマーカーを基準にしてコンピュータにより電気泳動像を補正することによって、電気泳動像を容易に比較できるようにし、これによってトランスポゾンによって破壊された遺伝子を迅速かつ客観的に検出することを主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
トランスポゾンディスプレイ法において、電気泳動像を迅速且つ客観的に比較できるようになり、トランスポゾンによって破壊された遺伝子を迅速に検出することができるようになった。そのため、表現型とそれに関連する遺伝子との関係をより迅速かつ明確にすることができ、より優れた高等植物の育成に貢献することができようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面に基づいてこの発明の変異検出方法、変異検出プログラム、及び記憶媒体について説明する。
【0013】
(変異検出に使用する装置)
この変異検出方法は、図1に示すように、例えば、PCR装置1、DNAシーケンサー2、解析用コンピュータ3などを備えた変異検出装置によって実施する。
【0014】
PCR装置1は、PCR反応によりDNAの増幅を行うものであり、市販のものであれば特に限定することなく使用することができる。また、DNAシーケンサー2は増幅されたDNAを電気泳動するものであり、平板ゲルを使用するものであってもってもよいが、比較的長い長さのDNA連続して分離できることから、キャピラリー型のDNAシーケンサーが好ましい。
【0015】
また、解析用コンピュータ3は、CPU(中央演算装置)31、RAM、ROMからなるメモリ(内部記憶装置)32、ハードディスクやCD-Rドライブなどの外部記憶装置33、液晶表示パネルなどからなるモニタ34などを備えたパソコンである。また、外部記憶装置33は、後述するS4〜S8などの処理を行うための変異検出プログラムを記憶しているとともに、DNAシーケンサー2によって得られた電気泳動像等の実験データを読み書きして記憶することができる。なお、解析用コンピュータ3は、前記変異検出プログラム等を記憶した市販のパーソナルコンピュータであれば特に限定することなく使用することができ、必要に応じてプリンターなどの出力装置が取り付けてあってもよい。また、DNAシーケンサー2と解析用コンピュータ3はLAN等によって接続されていてもよい。さらに、DNAシーケンサー2がパーソナルコンピュータを備えている場合には、当該パーソナルコンピュータが解析用コンピュータ3を兼ねていてもよい。
【0016】
(変異検出法を適用する対象)
この発明の変異検出法を適用する高等植物としては、トランスポゾンディスプレイ法が適用できる程度に変異体が得られているものであれば、特に限定することはなく使用できる。具体的には、学術的な観点から考えると、すでに遺伝子解析が進んでいるシロイヌナズナやアサガオが好ましく、経済的な観点から考えると、穀物類が好ましく、そのなかでも遺伝子解析が進んでいること、ゲノムサイズが少ないこと、繰り返し配列が少なくトランスポゾンディスプレイ法を適用しやすいことなどの利点を備えていることから、イネが好ましい。
【0017】
トランスポゾンとしては、その塩基配列が決定されており、自然栽培や組織培養などにより転位して遺伝子を破壊するものであれば原則的に利用することができ、具体的には前記のTos17、karma、mPingが挙げられる。ただ、自然栽培条件下でも適度な転位活性(1個体において80から100コピー程度)を持つことから、mPingの利用が好ましい。
【0018】
(変異検出方法)
また、この発明の変異検出方法は、大きく分けると、図2に示すように、ゲノムDNAの抽出(S1)、トランスポゾンディスプレイ(S2)、電気泳動(S3)のような生化学的(ウェット)な部分と、電気泳動像を解析用コンピュータ3に入力(S4)、入力したデータの補正(S5)、ピークの検出(S6)、変異の検出(S7)、変異の表示(S8)のような情報科学的(ドライ)な部分とから構成される。そこで、以下に前記の各工程について詳説する。
【0019】
(ゲノムDNAの抽出S1)
ゲノムDNAの抽出は、切断の少ない、すなわち充分に長いゲノムDNAが抽出できる方法であれば特に限定することなく、公知の方法を使用することができる。具体的には、CTAB法や前記簡便法などが挙げられる。
【0020】
(トランスポゾンディスプレイS2)
トランスポゾンディスプレイは、図3に示すように、以下の手順に沿って行う。
【0021】
まず、ゲノムDNAを制限酵素によってDNA断片に部分消化する(a)。ここで、制限酵素としては、市販されている制限酵素のうち、トランスポゾン中にその認識部位が存在するものであれば特に限定することなく使用できるが、確率的に認識部位が多い4塩基認識酵素(Csp6 Iなど)が好ましい。また、制限酵素反応は、使用する制限酵素の要求する緩衝液、温度などの反応条件に沿って行えばよく、反応時間は後述するPCR産物の量を増やすため、300bp程度のDNA断片の量が最大になるように調整すればよい。
【0022】
つぎに、部分消化したDNA断片とアダプターDNAとをライゲーションする(b)。アダプターDNAとしては、前記の制限酵素の認識部位に対応する配列を備えた10〜20塩基程度の二本鎖DNAであり、これは市販のDNA合成装置などにより合成したものである。また、ライゲーションは使用するライゲースが要求する反応条件に沿って行えばよい。なお、部分消化とライゲーションとを別々ではなく、同時に行ってもよい。
【0023】
さらに、アダプターDNAがライゲーションされたDNA断片を鋳型に、トランスポゾンに特異的なプライマーとアダプターに相補的なプライマーとからなるプライマーセットを使用して、PCR装置1により第1回目のPCR反応(c)を行う。なお、プライマーの長さ、PCR反応の条件、具体的には熱変性工程、アニーリング工程、伸張工程の温度や反応時間は、対象となる鋳型やプライマーに応じて実験結果を見ながら調整すればよい。
【0024】
そして、この第1回目のPCR反応(c)のPCR産物を鋳型に、第1回目のPCR反応に使用したプライマーと同一又はその内側に位置する塩基配列と相補的なプライマーを使用して、PCR装置1により第2回目のPCR反応(d)を行う。この第2回目のPCR反応(d)で使用するプライマーセットの少なくとも何れか一方は、蛍光物質や放射性物質などの標識物質(第1の標識物質)によって標識されている。また、プライマーの長さ、PCR反応の条件については、第1回目のPCR反応(c)と同様に調整すればよい。
【0025】
このように(a)〜(d)の工程を経ることによって、すなわち、トランスポゾンディスプレイS2によって、第1の標識物質により標識されたPCR産物を得ることができる。ただし、トランスポゾンディスプレイ段階S2は、一部を省略してもよく、必要に応じて他の工程を加えてもよい。
【0026】
例えば、PCR反応後のバックグラウンドDNAの濃度が低いのであれば、第1回目のPCR反応を省略してもよい。反対に、バックグラウンドDNAの濃度が高いならば、第3回目のPCR反応を行ってもよい。この場合には、3回目のPCR反応に使用するプライマーを第1の標識物質で標識すればよい。
【0027】
また、前記の各工程の間に、必要に応じてフェノール・クロロホルム抽出などにより、DNA断片やPCR産物と共在する制限酵素、ライゲース、DNAポリメラーゼなどの酵素を失活・除去する工程、エタノール沈殿などによりこれらDNAを精製する工程を含んでいてもよい。
【0028】
(電気泳動S3)
前記のようにして、第1の標識物質によって標識されたPCR産物は、第1の標識物質とは異なる第2の標識物質によって標識してあり、予めその大きさ(塩基数)が分かっている複数のDNAを含むサイズマーカーと混合して混合物とする。なお、サイズマーカーは、後述するデータの補正S5を容易にするため、DNAの塩基数が等間隔であるものが好ましい。
【0029】
そして、この混合物をDNAシーケンサー1にアプライして電気泳動することによって、DNAを長さごとに分離し、PCR産物及びサイズマーカーの電気泳動像を得る。ここで、電気泳動像は、図4(a)に示すような横軸が電気泳動時間、縦軸が検出量であるグラフ形状の画像データである。なお、図4(a)中に実線で示す大きなグラフがサンプルによるグラフであり、点線で示す小さなグラフがDNAマーカーのグラフである。
【0030】
(データの入力S4)
得られた電気泳動像は、このグラフを一定の泳動時間 (例えば0.5秒など) ごとの検出量を記載したテキストデータに変換して、LANなどのオンライン又はCD-Rなどのオフラインにより、DNAシーケンサー2から解析用コンピュータ3に入力するとともに、サイズマーカーを構成する各DNAの塩基数についても入力する。
【0031】
(データの補正S5)
データ補正(S5)は、まず、サイズマーカーのピークを検出し、その電気泳動時間と塩基数との間の変換式を求め、この変換式によりPCR産物の電気泳動像の横軸を電気泳動時間から塩基数に変換する補正(横軸補正)を行ったのち、横軸補正後の波形データの塩基数の増加と検出量の減衰との関係を示す直線式を求め、この直線式により横軸補正後の波形データを除算することによって、塩基数の増大に伴う検出量の減衰を緩和する補正(縦軸補正)を行う。なお、縦軸補正は減衰量が少ない場合などには省略してもよい。
【0032】
(横軸補正)
まず、入力された電気泳動像から、DNAマーカーの各ピークを検出し、検出した各ピークに各DNAマーカーを割り当てる。具体的には、ピークの検出は、例えば、ピークがほぼ同じ検出量を示すことを利用して、検出量に対する閾値を設け、その閾値以上の検出量が現れた付近で検出量が最も大きい位置を探してそこをピークとすることによって行う。なお、閾値は実験に応じて任意に設定すればよい。
【0033】
なお、部分分解したDNAマーカーによって生じるノイズをピークとして検出するのを防ぐため、次のような工夫を加ええてもよい。例えば、予め決められた時間までは現れたピークをノイズとして除外してもよい。また、DNAマーカーの塩基数の間隔に一定な部分がある場合には、検出したピークのなかから連続したピークを選び、最小二乗法などによりそれらの間隔が一定かどうかを調べることで該当部分を特定し、この間隔を利用して本来ピークがあるはずの場所から大きく異なる場所にあるピークをノイズとして除去するようにしてもよい。
【0034】
つぎに、DNAマーカーのピークが出現するまでの時間をその塩基数に変換する変換式を求め、この数式によりPCR産物のグラフの横軸を電気泳動時間から塩基数に変換する。ここで、変換式は、サイズマーカーの構成などによって様々な方法が考えられるが、前記のようにサイズマーカーがその塩基数の間隔が等間隔であるDNAによって構成されている場合には、あるサイズマーカーの塩基数をbpm、その電気泳動時間をtm、PCR産物の電気泳動時間をtpとすると、PCR産物の塩基数bppは下記の式1によって求めることができる。
【0035】
【数1】

【0036】
(縦軸補正)
まず、ピークは塩基数が整数の時にのみ出現することから、ピーク同士の距離は最短でも1bp 以上離れていると考えられる。そこで、波形データ上のある点について、その前後塩基数1bp の範囲内での移動平均を取って極大値である点を検出し、ノイズ成分を軽減した大まかなピークを求める。なお、ある点piの(2n+1) 点移動平均Av(Pi)は、定法に沿って下記の式2によって求めることができる。
【0037】
【数2】

【0038】
つぎに、このようにして検出された極大値である点を直線の傾きが常に負になるように結び、条件に満たない点は棄却して直線を得る。すなわち、あるpm=(xm,ym)から直線を結ぶ点pn=(xn,yn)は、点pm以降で検出された極大値のうち最大のものを採用する。すなわち、区間〔xm, xn〕における直線の方程式は下記の式3によって求める。
【0039】
【数3】

【0040】
最後に、区間〔xm, xn〕において、移動平均をかける前のDNA 断片グラフ上の全ての点の高さ(縦軸方向の値)を、この直線の高さ(縦軸方向の値)で割ることによって、塩基数が増加するにつれて減衰していたピークの高さを補正する。具体的には、移動平均をかける前のグラフ上の点をPi=(xi,yi)、この点をその区間に含む式(3)の直線の傾きを傾きai、切片をbiとすると、補正後の値Vadj(yi)については下記の式4によって求める。
【0041】
【数4】

【0042】
なお、このままではVadj(yi)の値が1の周囲の値に集中してしまうので、適当な値、例えば10000を乗じて縦軸方向に拡大してもよい。具体的には、下記の式(5)によってVadj(yi)を求める。なお、この場合、補正適用後の断片量の最大値は約10000 となる。
【0043】
【数5】

【0044】
また、この補正では、結果的にノイズ成分も多少増幅されてしまうことになる。そこで、一定の閾値、例えば補正適用後の断片量が最大値の10%、例えば式(5)に示すように10000を乗じた時には1000 未満のものについては、補正後の値を0としてもよい。また、Vadj(yi)≦0の点については明らかにノイズであると考えられるので,この補正はVadj(yi)>0の場合のみ適用し,Vadj(yi)≦0の点は補正後の値をVadj(yi)=0とする。これにより、横軸方向に補正したDNA 断片グラフから、ノイズ成分を低減することができる。このようにして、横軸及び縦軸について補正したグラフを図4(b)に示す。
【0045】
(ピークの検出S6)
ピークは、ピークの前後でピークを通る直線の傾きが、正から負に変わることを利用して検出することができる。例えば、ピークの現れる位置は塩基数が整数であると考えられるため、縦軸補正したグラフから1bp区間毎に回帰直線を求め、その傾きが正から負に変化する位置(塩基数)をピークとして検出する。なお、回帰直線は最小二乗法によって求める。
【0046】
ここで、最小二乗法は、縦軸補正後のグラフと回帰直線との間の距離の二乗の和Sが最も小さくなるように回帰直線を求める方法であり、具体的には次のようにして行なう。
【0047】
まず、回帰直線をy = ax + b とし、縦軸補正後のグラフ上の点をp i=(xi,yi)とすると、回帰直線と点piとの間の距離diは下記の式(6)により表すことができる。そして、1bp区間にあるグラフ上の点の数をNとすると、これらの点と回帰直線の距離の二乗の和Sは、下記の式(7)によって表すことができる。ここで、xi,yiは定数なので、Sはa,bの関数であり、a、bの二次関数である。
【0048】
【数6】

【0049】
【数7】

【0050】
つぎに、Sが最小となるa,bを求める。ここで、Sが最小となるaを求めるためbを定数とすると、Sはaの二次関数であり、Sが最小となるaは下記の式(8)を満たす。また、同様に、Sが最小となるbを求めるためaを定数とすると、Sはbの二次関数であり,Sが最小となるbは、下記の式(9)を満たす。そして、式(8)及び式(9)からなる連立方程式を解いて回帰直線の傾きaと、切片bを求める。なお、必要なのは傾きaであるので上記連立方程式の解aだけを式(10)に示す。
【0051】
【数8】

【0052】
【数9】

【0053】
【数10】

【0054】
なお、前記方法のほか、横軸補正で使用した移動平均法をグラフに対して適用し、このグラフの傾きが正から負に変わる部分を検出することによりピークを求めてもよい。
【0055】
(変異の検出S7)
変異を検出する2 個体からえられたサンプルデータは、同じ系統に属するイネに由良するので、ピークの出現はほぼ類似していると考えられる。そこで、この類似性を利用して変異を検出する。
【0056】
まず、単純なマッチングにより変異を検出する。具体的には、比較する片方のサンプルデータ、例えばサンプルAの各ピークを基準に、もう片方のサンプルデータBのピークの中から互いの距離が例えば1bp以内で最も塩基数が近いピークをマッチング候補として抽出する。つぎに、同様の方法によって、サンプルデータBの各ピークを基準にサンプルデータAの中から適切なピークをマッチング候補として抽出する。そして、サンプルデータAとサンプルデータBで相互にマッチング候補となっていないピークを変異であるとして取り扱う。
【0057】
つぎに、マッチングの結果、サンプルAとサンプルBの間で同じであると判断されたピークのなかから、その大きさが顕著に異なる場合には、ゲノム中の異なる部位の挿入されたmPingが偶然同じ大きさのPCR産物を作り、そのうちの少なくとも一つに挿入変異が生じたためと考えることができるので、これらは変異として検出してもよい。
【0058】
ここで、ピークの大きさが顕著に異なるものとは、例えば、単純マッチングによってマッチしている各ピークの間で両者のピークの比率を求め、求めた比率同士のうち特に比率の違いが大きいものである。
【0059】
具体的には、まず、グラフA上のあるピークの大きさをaiとし、それとマッチングするグラフB上のピークの大きさをbiとすると、両者の大きさの比率をbi/aiにより求めるとともに、この比率の対数をとり、その平均値μ及び標準偏差σをそれぞれ下記の式(11)及び(12)により算出する。
【0060】
【数11】



【0061】
【数12】

【0062】
そして、ピークの比率の対数log(bi/ai)、その平均値μ、標準偏差σが下記の式(13)を満たす場合にはピークの比率が顕著に大きいとして、変異として検出する。なお、Cは標準正規分布における限界値であり、ピークの大きさの比率の分布が正規分布に従っているとみなせば、片側検定であるので、例えば信頼区間が95%の時にはC=1.65 である。すなわち、C=1.65とした場合には、比率の平均値から片側95%の区間に含まれているピークは変異とせず、残り5%の区間に含まれている比率のものを変異として検出することになる。
【0063】
【数13】

【0064】
また、グラフA上のピークaiとマッチするグラフB上のピークがなかった場合でも、
グラフBにおけるaiと同じ塩基数の位置の高さがピークaiの高さと類似している場合
には、本来はグラフB上で検出されるべきピークが検出されなかった可能性が高い。このため、これらの高さが類似している場合には、aiを変異とみなさないとする補正を行ってもよい。
【0065】
具体的には、まず、グラフA上のあるピークの大きさをaiとし、同じ位置のグラフBの高さをbiとすると、両者の比率の対数log(bi/ai)を求めるとともに、この比率の平均値μ及び標準偏差σを前記の式(11)及び(12)により算出する。そして、比率の対数log(bi/ai)、その平均値μ、標準偏差αが下記の式(14)を満たす場合にはピークの高さが似通っているとして、変異とはみなさない。なお、Cは標準正規分布における限界値であり、ピークの大きさの比率の分布が正規分布に従っているとみなすと、両側検定であるので、例えば信頼区間が95%の時にはC=1.96 である。すなわち、C=1.96とした場合には、比率の平均値から片側95%の区間に含まれているピークは変異とはみなさず、残り5%の区間に含まれているものは変異として検出する。
【0066】
【数14】

【0067】
(変異の表示S8)
変異が検出された波形データは図5に示すように、解析用コンピュータ3のモニタ34上に表示される。なお、波形データの変異が生じている部分にそれを示すアイコンを付けて目立つようにしてもよく、DNA塩基配列や表現形質などを記憶した外部データとリンクしてもよい。また、前記のようにデータの補正や変異の検出をすべて自動的に行うだけではなく、必要に応じて手作業で補正等する機能を備えていてもよい。
【0068】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明するが、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても制限されるものではない。
【実施例1】
【0069】
(変異検出の対象)
変異検出には、細粒遺伝子(slg)座内にトランスポゾンmPingが挿入しているとともに、内外頴および節間を褐色とする劣性遺伝子(gold-hull)をホモにもつ細粒系統(ML系統)から出現した非細粒個体の個体別次代系統(MLR系統)に属する2つのイネの個体(各個体の名称はMLR9-3、MLR9-13である。)を使用した。なお、ML系統及びMLR系統で不正な交雑が生じた場合にはgold-hull形質が野生型に変化する。そのため、不正交雑が生じたことを容易に検出でき、不正交雑の結果生じた個体は容易に排除することができる。
【0070】
(1)DNAの抽出
分げつ盛期の午前中に各個体の葉を採取して、マイナス80℃で一時保管したのち、簡便法でゲノムDNAを抽出した。なお、簡便法は、前記非特許文献2に記載の方法に従って行った。
【0071】
(2)トランスポゾンディスプレイ
(アダプター付加)
まず、合成オリゴDNA、Csp6I-A1とCsp6I-A2を会合させてアダプターを作成した。
なお、Csp6I-A1とCsp6I-A2の塩基配列を表1に示す。そして、各個体から10ngのゲノ
ムDNAを分取して制限酵素Csp6Iにより部分消化するとともに、リガーゼ(Ligation hig
h,TOYOBO)を使用してアダプターの付加反応を行った。付加反応の完了後、Csp6Iおよ
びリガーゼを失活させ、エタノール沈殿により反応生成物を精製・濃縮してTE緩衝液に溶解した。
【0072】
【表1】

【0073】
(1段階目のPCR反応)
つぎに、各個体ごとに反応産物の一部を分取して、表1に示すプライマーSrt-P1及びCsp6I-APを使用して1段階目のPCR反応を行なった。なお、PCR反応を行う際の溶液組成及び反応サイクルを表2に示す。
【0074】
(2段階目のPCR反応)
そして、1段階目のPCR反応産物の一部を分取して、1段階目のPCR反応で使用したプライマーSrt-P1に代えてSrt-P3(D2(BECKMAN COULTER,USA)により予め蛍光標識済み。)を使用して2段階目のPCRを行った。そして、PCR産物をエタノール沈殿法により精製DNAを得た。なお、PCR反応を行う際の溶液組成及び反応サイクルについても1段階目のPCR反応と同様に表2に示す。
【0075】
【表2】

【0076】
(3)電気泳動
このようにして得られたPCR産物を、サイズマーカー(CEQ DNA Size Standard Kit - 600(BECKMAN COULTER,USA)、D1により標識済み。)0.375μlとサンプル溶解溶液(CEQ Sample Loading Solution(BECKMAN COULTER,USA)30μlとの混合液に溶解したのち、キャピラリー型DNAシーケンサー(CEQ 2000 Fragment Analysis System ,BECKMAN COULTER,USA)のサンプルプレートにアプライし、電気泳動によってフラグメント解析を行った。フラグメント解析によって得られた波形データは、DNAシーケンサー付属のコンピュータからテキストデータ形式でCD-Rに出力した。
【0077】
(4)変異の検出
テキストデータ形式で出力された波形データを記憶したCD-Rを、解析用コンピュータに挿入し、波形データを変異検出プログラムによって、波形データを取り込んで横軸及び縦軸補正したのち、ピーク及び変異を検出した。その結果を図6に示す。また、その一部を拡大した図を図7(a)から(d)に示す。
【0078】
なお、図7(a)から(d)では、MLR9-3を基準個体として使用し、MLR9-13(比較個体)が持つ変異を検出した。なお、図には示さないが、MLR9-13を基準個体、MLR9-3を比較個体、として表示することもできる。
【0079】
また、図中では、基準個体にはピークがあり比較個体にない場合にはそのピークを変異であるとして(−−)で指し示し、それとは反対に基準個体にピークがなく比較個体にピークがある場合にはそのピークを変異であるとして(++)で指し示した。これらはmPingを含む挿入断片の有無、すなわちmPingの挿入多型である。
【0080】
同じく、基準個体と比べて比較個体のピークが著しく低い場合にはそのピークを変異であるとして(−)で指し示しており、これとは反対に基準個体に比べて比較個体のピークが著しく高い場合にはそのピークを変異であるとして(+)で指し示している。これらはmPing挿入多型のホモ/ヘテロや、複数コピーあるmPingがたまたま同じ大きさのPCR産物を作り、かつ一方のmPingのコピーが挿入多型を示していることが原因で、mPingを含む断片の増減が生じたと考えられる。
【0081】
このように、トランスポゾンディスプレイにより得られたPCR産物をサイズマーカーとともに電気泳動し、この電気泳動像をコンピュータに取り込み、サイズマーカーを基準に縦軸及び横軸方向に補正したのち、変異の検出を行うことによって、異なる個体間の変異を正確、かつ迅速に検出できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】この発明の変異検出法に使用する変異検出装置の模式図である。
【図2】この発明の変異検出方法の一例を示すフローチャートである。
【図3】トランスポゾンディスプレイの過程を示す模式図である。
【図4】電気泳動により得られる電気泳動像の一例である。なお、図4(a)は補正前の電気泳動像であり、図4(b)は横軸及び縦軸補正後の電気泳動像である。
【図5】この発明にかかる変異検出法による検出結果の一例を示す図である。
【図6】実施例による検出結果を示す図である。
【図7】図6の検出結果の部分拡大図である。
【符号の説明】
【0083】
1 PCR装置
2 DNAシーケンサー
3 解析用コンピュータ
31 CPU
32 メモリ
33 外部記憶装置
34 モニタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランスポゾンによる破壊によって高等植物の遺伝子に生じた変異を検出する変異検出方法であって、
(a)高等植物の細胞からDNAを抽出するDNA抽出工程と、
(b)抽出したゲノムDNAを制限酵素によってDNA断片に消化し、このDNA断片に前記制限酵素の認識部位と結合可能なアダプター配列をライゲーションしたのち、前記トランスポゾンに特異的なプライマー及び前記アダプター配列に相補的なプライマーからなり、これらプライマーのうちの少なくとも一つのプライマーが第1の標識物質によって標識されたプライマーセットを使用して、前記アダプター配列がライゲーションされたDNA断片を鋳型とするPCR法によりDNA断片を増幅するDNA増幅工程と、
(c)DNA増幅工程によるPCR産物と、第2の標識物質によって標識され、かつ、予めその塩基数が分かっている複数のDNAを含有するサイズマーカーとを混合する混合工程と、
(d)混合物を電気泳動することにより、PCR産物及びサイズマーカーにより生じる波形データの電気泳動時間とその検出量との関係を示す波形データを得る電気泳動工程と、
(e)サイズマーカーにより生じたピークの電気泳動時間とその塩基数との関係を基準にしてPCR産物の波形データの電気泳動時間をその塩基数に補正するデータ補正工程と、
(f)補正済み波形データのピークを検出するピーク検出工程と、
(g)(a)から(f)の各工程によって得られた複数の波形データのなかから、一つ波形データを基準データとして選択し、他の波形データを比較データとして選択したのち、基準データと比較データとを比較して、その相違点を変異として検出する変異検出工程と、を含む変異検出方法。
【請求項2】
サイズマーカーが、等間隔の塩基数を有する複数のDNAを含んでいる請求項1に記載の変異検出方法。
【請求項3】
サイズマーカーを構成するDNAのピークを検出して、そのピークに該当する塩基数を割り当てたのち、各ピークの電気泳動時間をその塩基数に変換する変換式を求め、この変換式によりPCR産物の波形データの電気泳動時間をその塩基数に補正する請求項1に記載の変異検出方法。
【請求項4】
データ補正工程において、波形データの電気泳動時間をその塩基数に補正したのち、塩基数の増加によるPCR産物の検出量の減衰を補正する請求項1に記載の変異検出方法。
【請求項5】
波形データの塩基数の増加と検出量の減衰との関係を示す直線式を求め、この直線式により波形データを除算することによって、塩基数によるPCR産物の検出量の減衰を補正する請求項4に記載の変異検出法。
【請求項6】
変異検出工程において、基準データと比較データとの間のマッチングにより相違点を検出する請求項1に記載の変異検出方法。
【請求項7】
変異検出工程において、基準データと比較データとが変更可能である請求項1に記載の変異検出方法。
【請求項8】
第1の標識物質によって標識されたPCR産物と、第2の標識物質によって標識され、かつ、予めその塩基数が分かっている複数のDNAを含有するサイズマーカーとを混合してなる混合液を電気泳動して得られる複数の電気泳動像を相互比較して、遺伝子に生じた変異を検出する変異検出プログラムであって、
サイズマーカーにより生じたピークの電気泳動時間とその塩基数との関係を基準にしてPCR産物の波形データの電気泳動時間をその塩基数に補正するデータ補正手段と、
補正済み波形データのピークを検出するピーク検出手段と、
複数の補正済み波形データのうち、一つ波形データを基準データとして選択し、他の波形データを比較データとして選択したのち、基準データと比較データとを比較し、その相違点を変異として検出する変異検出手段と、
を備えている変異検出プログラム。
【請求項9】
データ補正手段が、サイズマーカーを構成するDNAのピークを検出して、そのピークに該当する塩基数を割り当てたのち、各ピークの電気泳動時間をその塩基数に変換する変換式を求め、この変換式によりPCR産物の波形データの電気泳動時間をその塩基数に補正する請求項8に記載の変異検出プログラム。
【請求項10】
波形データの電気泳動時間をその塩基数に補正したのち、塩基数の増加によるPCR産物の検出量の減衰を補正する請求項8に記載の変異検出プログラム。
【請求項11】
各波形データの塩基数の増加と検出量の減衰との関係を示す直線式を求め、この直線式により波形データを除算することによって、塩基数によるPCR産物の検出量の減衰を補正する請求項10に記載の変異検出プログラム。
【請求項12】
変異検出手段が、基準データと比較データとの間のマッチングにより相違点を検出する請求項8に記載の変異検出プログラム。
【請求項13】
変異検出手段において、基準データと比較データとが変更可能である請求項8に記載の変異検出プログラム。
【請求項14】
請求項8から請求項13に記載の変異検出プログラムを記憶した記憶媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−49936(P2007−49936A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−237438(P2005−237438)
【出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【出願人】(504145283)国立大学法人 和歌山大学 (62)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】