説明

多バンド超伝導体及び該超伝導体を用いた超伝導デバイス並びに該超伝導体の作成方法

【課題】2バンド超伝導体において、ドメイン構造をとることが困難であり、ドメイン壁を薄くするために、ドメイン壁の生成エネルギーを大きくするとドメイン壁が作りづらいという問題があった。ドメイン壁を超伝導体内に発生せしめて、磁束のピン止めの向上と、ドメイン壁を使った情報処理技術を提供することを目的とする。
【解決手段】3バンド目を導入し、3バンド間の位相差同士に起きるフラストレーションを利用し、多バンド超伝導体の中に、カイラル対称性の破れを生じさせ、ドメイン壁の薄いドメイン構造を有する多バンド超伝導体を実現する。また、2バンド超伝導体でバンド間の位相差がπであるような超伝導体に、非超伝導層をはさんで単バンド超伝導体を積層した擬似的な3成分超伝導体により実現することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、性能を向上させた多バンド超伝導体及び超伝導デバイス並びに多バンド超伝導体の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超伝導体を利用して、高速で高性能な情報記録、情報処理及び情報伝達を実現する超伝導エレクトロニクス技術の開発が行われている。スピン量子数1を持った三重項超伝導体では、上向きスピンと下向きスピンの二つの超伝導状態が縮退した状態を実現することができる。上向きスピンの状態と下向きスピンの状態は、右手と左手の関係と同じである。どちらかの状態を選ぶことは、超伝導では、時間反転対称性の破れを引き起こすことに相当している。ここで、時間反転対称性の破れは、カイラリティー(Chirality)に対する対称性の破れと等価である。このような状況においては、超伝導が右手系と左手系が空間的に分離したドメイン構造(カイラルドメイン、キラルドメインとも呼ばれる)になることが知られている(非特許文献1参照)。
【0003】
非特許文献1に開示されているように、ドメイン構造が発生したような状態においては、ドメイン壁が、磁束の有効なピン止めとして働くことが知られている。磁束のピン止めは、臨界電流の向上につながる。特に磁束のピン止め効果については、非特許文献2に詳細に議論されている。
【0004】
一方、多バンド超伝導体を用いて複数の超伝導成分の位相差を利用した超伝導エレクトロニクスは、例えば本発明者等の特許文献1及び2に開示されている。特許文献1、2では、位相ドメイン壁を、情報処理に有効に役立てる方法が提供されている。また、2バンド超伝導体であるBa1−xFeAsにおいて、組成xを変えることによっていろいろな超伝導波動関数(超伝導秩序関数ともいう。Ψ)が実現することが理論的に研究されている(非特許文献4参照)。また、超伝導体の同位体効果を調べる方法が、本発明者らにより研究されている(非特許文献5参照)。
【0005】
また、2バンド超伝導体と1バンド超伝導体のバルクを接合し、その接合部分の2バンド超伝導側でカイラル対称性が破れた状態を実現する方法が、発明者により研究されている(非特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−209301号公報
【特許文献2】特開2005−085971号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M.Sigrist and K.Ueda,“Phenomenological theory of unconventional superconductivity”,Rev.Mod.Phys.63,239−311(1991).(特に278−280頁、285−287頁)
【非特許文献2】“The Role of Domain Walls on the Vortex Creep Dynamics in Unconventional Superconductors”、Progress of Theoretical Physics,Vol.102,No.5,November 1999、965−981
【非特許文献3】Y.Tanaka,“Soliton in Two−Band Superconductor”,Physical Review Letters,Vol.88,Number 1,017002
【非特許文献4】黒木和彦「鉄ニクタイド系化合物の有効模型と超伝導発現機構」、高圧力の科学と技術、Vol.19,No.2、(2009) 138−147
【非特許文献5】P.M.Shirage,K.Kihou,K.Miyazawa,C.H.Lee,H.Kito,H.Eisaki,T. Yanagisawa, Y.Tanaka and A.Iyo,“Inverse Iron Isotope Effect on Tc in (Ba,K)Fe2As2 superconductor”,PHYS. REV. LETT. 103 (2009) 257003.
【非特許文献6】Y.Tanaka、“Phase Instability in Multi−band Superconductors”、Phys.Soc.Jpn.70、2844−2847(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び2並びに非特許文献3に示すようにドメイン壁の生成にかかるエネルギーを小さくすると、ドメイン壁が厚くなり、集積化に支障をきたすという問題がある。一方情報通信応用に関しては、ドメイン壁を薄くするために、ドメイン壁の生成エネルギーつまりバンド間相互作用を大きくすると、ドメイン壁が作りづらくなるという難点があった。位相差ドメインの生成エネルギーを下げると同時に、ドメイン壁を薄くする技術は見当たらなかった。
【0009】
一方、超伝導体を電気抵抗ゼロの状態で産業に応用するためには、次のような特別な配慮が必要である。理想的な超伝導状態においては、量子化磁束は、動き回ることができる。動き回るために、エネルギーの散逸が生じ、これが、有限の電気抵抗を生じさせる。この量子化磁束の動きを止めることは、量子化磁束のピニング技術として知られ超伝導の産業応用上重要な技術である。いろいろなピニング技術があるが、カイラルドメインのドメイン壁は有効なピニングセンターとなることが知られている。しかるに、カイラルドメインを使ったピニングにおいては、まず、ドメインを実現するために、カイラル対称性を破る必要がある。従来は、カイラル対称性を破るためにバンド間ジョセフソン相互作用またはこれに相当する二次のジョセフソン相互作用を完全に消失させていた。
【0010】
ここで、バンド間ジョセフソン相互作用に関して少し説明を加える。通常ジョセフソン相互作用は、空間的に区切られた二つの超伝導体の間を、ジョセフソン接合で結び、この接合を介して結ばれる、二つの超伝導体の間の相互作用として定義される。バンド間ジョセフソン相互作用は、波数空間(運動量空間)で定義される二つのバンドの上にある超伝導成分の間の相互作用として定義される。多バンド超伝導に限らず、二つの超伝導成分が、空間的に重畳する場合にも、その間の相互作用として定義され、その場合は、成分間ジョセフソン相互作用と呼ぶことができる。ジョセフソン相互作用の起源は、二つの超伝導の間の超伝導電子対のホッピングである。空間的に隔てられた超伝導体の間では、このホッピングは、電子対の空間移動である。一方、バンド間のジョセフソン相互作用の時には、電子対が一つのバンドから、もう一つのバンドに飛ぶことに相当する。成分間ジョセフソン相互作用の場合には、電子対が、一つの成分からもう一つの成分に転換することを意味する。三重項超伝導体では、上向きスピンと下向きスピンの二つの超伝導状態のあいだの成分の転換に相当する。
【0011】
カイラルドメインやドメイン壁を出現させるために、従来は、成分間ジョセフソン相互作用の消去を前提とするため、三重項超伝導という特殊な超伝導が必須条件とされていた。三重項超伝導の超伝導転移温度Tcは数K以下と低く、これを実現しても実際の超伝導特性の向上は、産業的には役に立たないものであった。
【0012】
2バンド超伝導体を代表とする多バンド超伝導体においては、ジョセフソン相互作用が、バンド間の位相差をなくす(もしくは、πに固定する)ため、そもそもカイラルドメインを作ることができなかった。
【0013】
非特許文献6のように、2バンド超伝導体と1バンド超伝導体のバルクを接合し、その接合部分の2バンド超伝導側でカイラル対称性が破れた状態を実現する方法もある。しかし、接合界面から、2バンド超伝導体のバルク内部の深さ方向に向かって、バンド間位相差ソリトンまたはその部分構造ができてしまい、この方法で、産業的応用の可能なカイラルドメインを作ることはできなかった。そもそもこの方法では、接合部分でのジョセフソン結合が十分大きくならないと、カイラル対称性の破れ自体もおきなかった。
【0014】
これらの問題を解決するため、本発明は、成分間ジョセフソン相互作用の消去やバルクの接合を前提としない、カイラル対称性の破れを実現する方法と、それによりドメイン壁の生成エネルギーを下げ、かつ、ドメイン壁の厚みを薄くできる方法及びそれらの方法により実現した超伝導体並びに該超伝導体を用いた超伝導デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記目的を達成するために、超伝導を3バンド化(もしくは3成分化)、または、それ以上の数に多成分化させ、そのことによって、基底状態において、「0またはπ」以外の成分間位相差を生じさせることを特徴とするものである。ここで成分間位相差とは、たとえば、多バンド超伝導ではバンド間の量子位相差、磁場侵入長やソリトン長より十分薄い超伝導積層膜では、積層膜間の超伝導量子位相差、3重項超伝導では、上向きスピンをもつ成分と下向きスピンをもつ成分の各成分の量子位相の間の位相差である。
【0016】
本発明の多バンド超伝導体は以下の特徴を有するものである。本発明の多バンド超伝導体は、バンド間で符号が異なる超伝導ギャップを持つ2バンド超伝導体に、3番目のバンドを導入して、バンド間位相差のフラストレーションが生じた多バンド超伝導体であることを特徴とする。ここで、2バンド超伝導体では、バンド間の相互作用の符号が正の場合には、バンド間で符号が異なる超伝導ギャップが生成している。本発明の多バンド超伝導体は、バンド間ジョセフソン相互作用が正である2バンド超伝導に、フラストレーションを生じさせ、カイラル対称性の破れを生じさせたことを特徴とする。フラストレーションは、3バンド目に、既存の2バンドとそれぞれ同符号のジョセフソン相互作用を持たせて実現する。すなわち、1バンド目と3バンド目の間に正のジョセフソン相互作用を持たせたときには、2バンド目と3バンド目にも正のジョセフソン相互作用を持たせる。1バンド目と3バンド目の間に負のジョセフソン相互作用を持たせたときには、2バンド目と3バンド目にも負のジョセフソン相互作用を持たせる。もし、1バンド目と3バンド目が正のジョセフソン相互作用をもつ時、2バンド目と3バンド目が、負のジョセフソン相互作用を持つと、フラストレーションが生じないので、注意する。1バンド目と3バンド目が負のジョセフソン相互作用をもつ時、2バンド目と3バンド目が、正のジョセフソン相互作用を持つ時も、同様にフラストレーションは生じない。そして、本発明の多バンド超伝導体は、バンド間位相差のフラストレーションを生じさせることによって、カイラリティーを生じさせ、カイラル対称性の破れが生じていることを特徴とする。
【0017】
そして、前記カイラル対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする。前記ドメイン構造は、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出される。また、前記ドメイン構造は、超伝導体の不均一性によりピン止めされて安定化されている。また、前記ドメイン構造は、該ドメイン構造を囲むドメイン壁によって、磁束をピン止めする。前記多バンド超伝導体の代表的なものは、3バンド超伝導体や、3バンド超伝導体を模擬する3成分超伝導体である。具体的には、バンド間の位相差がπである2バンド超伝導体であるBa1−xFeAsの組成を有する超伝導体の薄膜に、鉛などの超伝導を貼り付けた薄膜で実現できる。
【0018】
本発明の超伝導デバイスは、本発明の前記多バンド超伝導体を用いたデバイスであり、前記ドメイン構造を囲むドメイン壁を、位相差ソリトンの代替として用いることを特徴とする。
【0019】
本発明の多バンド超伝導体の作成方法は、以下の特徴を有するものである。本発明の多バンド超伝導体の作成方法は、バンド間で符号が異なる超伝導ギャップを持つ2バンド超伝導体に、3番目のバンドを導入することによって、バンド間位相差にフラストレーションを生じさせ、該フラストレーションによって、カイラリティーを生じさせて、カイラル対称性の破れを生じさせることを特徴とする。本発明の方法では、超伝導環境下において、バンド間ジョゼフソン相互作用が正である2バンド超伝導に、3バンド目を導入し、フラストレーションを生じさせ、カイラル対称性を破ることを特徴とする。そして、前記カイラル対称性の破れによりドメイン構造を有する。具体的には、ドメイン構造を、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出すことを特徴とする。また、前記ドメイン構造を、超伝導体の不均一性によりピン止めして安定化させることを特徴とする。
【0020】
作成方法についてより具体的に述べる。まず、正のバンド間ジョセフソン相互作用を持つ2バンド超伝導体を用意する。そうすると、バンド間の位相差がπになる。さらに、3バンド目を入れる。3バンド目には、1バンド目、2バンド目と、それぞれ正の相互作用をもたせるか、1バンド目、2バンド目とそれぞれ負の相互作用を持たせるかいずれかにする。そうすると、1バンド目と2バンド目の位相差はπではなくなり、また、0にもならない。3バンド目が、1バンド目、2バンド目と、それぞれ正の相互作用を持つ時には、すべてのバンドの間で位相差をπにしようとするが、これでは、合計が2πにならない。この矛盾をフラストレーションと表現する。3バンド目が、1バンド目、2バンド目と、それぞれ負の相互作用を持つ時には、この負の相互作用が、1バンド目と3バンド目の位相差も、2バンド目と3バンド目の位相差も、ともにゼロにしようとするので、このままでは、1バンド目と2バンド目の位相差がゼロになるはずである。しかし、1バンド目と2バンド目の正の相互作用は1バンド目と2番目の位相差をπにしようとする。この食い違いを、フラストレーションと表現している。
【発明の効果】
【0021】
本発明のように、3バンド目を導入し、フラストレーションを生じさせて作った超伝導体では、ドメイン壁を通過するときに回るバンド間位相差の角度が通常のバンド間位相差ソリトンで回る角度2πより小さくなるため、生成エネルギーがより小さくなりドメインが生成しやすくなる。また、ドメイン壁を薄くすることもできる。このように、ジョセフソン相互作用を使って、カイラル対称性の破れを実現することができるので、それによりドメイン壁の生成エネルギーを下げ、かつ、ドメイン壁の厚みを薄くできるものである。
【0022】
本発明により、カイラルドメインを有する超伝導体を作ることができるので、カイラルドメインを、ピニングセンターとして用いることができる。また、本発明により、カイラルドメインを作ることができるので、カイラルドメインを、位相差ソリトンの代替として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】従来例の2バンド超伝導体において、バンド間ジョセフソン相互作用が、バンド間位相差を0またはπに固定していることを示した図。
【図2】本発明の3バンド超伝導体における超伝導ギャップのギャップ関数を表した図面。すべてのバンド間のジョセフソン相互作用が正の場合。
【図3】本発明の3バンド超伝導体における超伝導ギャップのギャップ関数を表した図面。バンド1とバンド2の間のバンド間のジョセフソン相互作用が正で、それ以外の負の場合。
【図4】鉄系超伝導のバンド構造を模式的に示した図。a,bは格子定数、k,kは波数ベクトルを表し、円と楕円はフェルミを模式的に表したもの。
【図5】本発明の実施例2に係る擬似的な3バンド超伝導体を作り出した場合の積層構造を示した図面。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明では、バンド間ジョゼフソン相互作用が正である2バンド超伝導に、3バンド目を導入し、フラストレーションを生じさせることにより、ジョセフソン相互作用を使って、カイラル対称性の破れを実現するものである。本発明では、カイラル対称性の破れが実現することにより、ドメイン構造を備え、ドメイン壁の薄いまま安定したドメイン構造を備える超伝導体が得られる。以下、実施の形態について述べる。
【0025】
LaFeAsO1−yのような2バンド超伝導体(非特許文献4参照)の組成を変えることによって、三つ目のバンドを生じせしめ、バンド構造を(1−y)によって調整することができる。(1−y)=0.6くらいでは、フェルミ面は、Γ点を取り巻くグループと、M点を取り巻くグループの2グループしかないが、(1−y)=0.9では、3グループ存在する。3グループ目が出現する超伝導体の組成すなわち、(1−y)=0.7前後0.05くらいが、下記の機構によるカイラルドメインの実現に適合した条件といえる。以下、このことを念頭に、より一般的なケースにも当てはまるように、図1乃至3を参照して説明する。
【0026】
たとえば、バンド1での超伝導ギャップ関数をΔ=|Δ|exp(iθ)、バンド2での超伝導ギャップ関数をΔ=|Δ|exp(iθ)、バンド3での超伝導ギャップ関数をΔ=|Δ|exp(iθ)とする。θ、θとθは各バンドの超伝導凝縮の位相を表す。2バンド超伝導体の基底状態では、ジョセフソン相互作用が負のときには、θ=θ(図1(a))、正の時は、θ=θ+π(図1(b))にバンド間位相差を固定する。図1は、従来例の2バンド超伝導体において、バンド間ジョセフソン相互作用が、バンド間位相差を0またはπに固定していることを示した図である。なお、超伝導ギャップのギャップ関数を複素平面上のベクトルとして表現している。
【0027】
θ=θ+πの場合、3バンド目を入れると、フラストレーションが生じる。つまり、3バンド目が、バンド1、バンド2それぞれと、正のジョセフソン相互作用を持つとき、θ−θ、θ−θ、θ−θは全てπとなろうとするが、そうすると、合計が2πを超えてしまうので、π以外の値をとらざるを得ない。また、3バンド目が、バンド1、バンド2それぞれと、負のジョセフソン相互作用を持つとき、θ−θ、θ−θは全て0になろうとする、つまり、3バンド目はθ−θを0としようとするが、バンド1とバンド2の間のバンド間ジョセフソン相互作用はθ−θをπとしようとするので、この二つの要求は両立しなくなる。
【0028】
次にこのような場合の超伝導ギャップを決める方程式を示す。
ギャップ方程式を決める、3バンド超伝導の有効ハミルトニアンHは、(数1)のようにかける。
【0029】
【数1】

【0030】
(数1)において、iとjはバンドの番号、εi,kは常伝導時の一粒子励起エネルギー、kは、運動量を決める波数ベクトル、cj,k,σ,cj,k,σとnj,k,σは常伝導状態での一粒子の生成、消滅および数演算子、Vijは、i番目とj番目の間の超伝導粒子対の遷移確率を決めるパラメータで、バンド間ジョセフソン相互作用の値を決めている。Vij=Vjiである。Viiは、バンド内の超伝導粒子対の遷移確率を決めるパラメータである。このハミルトニアンに超伝導ギャップを与えるBardeen−Cooper−Schrieffer(BCS理論)をあてはめると、(数2)のようなギャップ方程式があたえられる。
【0031】
【数2】

【0032】
ここで、Ej,kは、超伝導状態での励起エネルギーを与える式で、次の式(数3)であたえられる。
【0033】
【数3】

【0034】
ここで、jはバンドの番号、ξj,kは常伝導の一粒子励起のエネルギーをフェルミレベルから計ったものである。
【0035】
(数2)の実数部分を詳細に展開すると(数4)に示す次の3つの式があたえられる。
【0036】
【数4】

【0037】
(数2)の虚数部分を詳細に展開すると(数5)に示す次の3つの式があたえられる。
【0038】
【数5】

【0039】
ただし(数5)の3つの式は独立ではなく、2つの式のみが独立である。
【0040】
したがって(数4)の3つの式と(数5)の2つの式から、|Δ|、|Δ|、|Δ|、θ―θ、θ−θの5変数が決まる。
【0041】
ijがすべて正の時には、(数5)より、π/2<θ−θ<π、−π<θ−θ<−π/2、または、π/2<θ−θ<π、−π<θ−θ<−π/2、に解を持つ。例を図2に示す。図2は、本発明の3バンド超伝導体における超伝導ギャップのギャップ関数を表した図面であり、すべてのバンド間のジョセフソン相互作用が正の場合を示す。右の図(b)と左の図(a)は、手のひらで言うと右手と左手の関係にあり、縮退しているが、複素平面内の回転で重ね合わせることはできない。つまりカイラリティーがある。超伝導の基底状態では、カイラル対称性が破れ、右か左か何れかの状態を取っている。左の状態になっている場合には、右の状態がドメインとして、左の状態の内部に縞状に生成する励起状態が存在できる。
【0042】
12が正、V23、V32が負の時に、(数5)より、0<θ−θ<π/2、−π/2<θ−θ<0、または、0<θ−θ<π/2、−π/2<θ−θ<0、に解を持つ。例を図3に示す。図3は、本発明の3バンド超伝導体における超伝導ギャップのギャップ関数を表した図面であり、バンド1とバンド2の間のバンド間のジョセフソン相互作用が正で、それ以外の負の場合を示す。この場合もカイラリティーがあり、同じようにドメインがある励起状態が存在できる。
【0043】
3バンドあれば、かならずカイラリティーのある超伝導体になるわけではなく、次の条件を満たすように、材料を合成しなければならない。すなわち、三つあるバンド間ジョセフソン相互作用の係数のうち、一つ、または三つを、正にしなければならない。つまり、V12×V23×V32>0である。これを表にまとめると、(表1)のようになる。
【0044】
【表1】

【0045】
また、ドメイン壁は、位相差ソリトンとなっている。位相差ソリトンの中では、たとえば、θ−θが、変わっている。左の状態でΘ=θ−θとすれば、左のドメインから右のドメインに入る時には、θ−θはΘから徐々に小さくなり、ゼロを通った後、さらにマイナスになり、最終的には右のドメインでは−Θとなる。したがって、位相差ソリトン中での位相差は通常の2バンド超伝導体の位相差ソリトンの回転角2πより小さくでき、生成エネルギーを抑えることができる。
【0046】
(実施例1)
3バンドの超伝導を実現する方法として、たとえば鉄系の超伝導体がある。図4に鉄系の超伝導体のフェルミ面を概念的に示す。図4は、鉄系超伝導のバンド構造を模式的に示した図であり、a,bは格子定数、k,kは波数ベクトルを表し、円と楕円はフェルミを模式的に表したものである。この系でのフェルミ面は、非特許文献4にあるように、結晶構造や、結晶構造の中の原子の位置に大変敏感である。特に、図4に記載されたXで示されたフェルミ面は、出たり消えたりする。たとえば、LaFeAsO1−yでは、1−yの量を変えることによって、Xのフェルミ面の大きさを変えることができる。鉄系では、反強磁性揺らぎによるバンド間の超伝導電子対の遷移が超伝導を引き起こす一つの要因となっているが、この遷移確率は、フェルミ面の形状に大きく依存する。1−yの量を変えることによって、遷移確率を所望の値に調整し、カイラリティーのある超伝導体を合成することができる。実際にできたかどうかは、ドメイン壁に捕獲される分数量子磁束を観測することで確認できる。
【0047】
(実施例2)
本発明の第2の実施例として、2枚の超伝導層と一枚の非超伝導層からなる3層構造の積層薄膜にして、擬似的な3成分超伝導を実現する方法がある。2バンド超伝導体で、バンド間の位相差がπであるような超伝導体1に、非超伝導層2をはさんで、単バンド超伝導体3を積層する。図5にこの薄膜の断面図を示す。図5のように、2バンド超伝導体1、非超伝導層2、単バンド超伝導体3からなる積層構造にすることにより、非超伝導層を介したジョセフソン相互作用が、単バンド超伝導と2バンド超伝導体の各バンド間に生じ、実質的に3バンド超伝導体と同じ系ができる。具体的には、バンド間の位相差がπである2バンド超伝導体であるBa1−xFeAsの組成を有する超伝導体の薄膜に、鉛やニオブなどの超伝導を貼り付けた薄膜で実現できる。非超伝導層は、金や酸化アルミ、酸化ニオブなどが適切である。代表例は、2バンド超伝導体のc軸配向のBa0.60.4FeAs(1.4nm〜7nm)/非超伝導体のAu(0.5nm〜2.5nm)/単バンド超伝導体のPb(5nm〜10nm)からなる積層構造である。また、2バンド超伝導体として、LaFeAs(O1−x)(但しxは0.1以上)又はLaFeAsO1−y(但しyは0.1以上0.2以下)を用いることができる。ただし、LaFePOは、上記条件を満たさないので用いることはできない。非超伝導層として、Al等を用いることができる。Ba0.60.4FeAsのc軸方向へのコヒーレンス長が1から5nmであるので、単バンド超伝導体との間に十分強いジョセフソン相互作用を持たせるため、非超伝導層はできるかぎり薄い方がよい。薄い上に、ピンホールも防がなければならない。これらの理由から、非超伝導層の膜厚は、1〜5原子層、好ましくは2〜5原子層が望ましい。単バンド超伝導体として、Al又はPb等を用いることができる。積層膜の合計の厚みは、2バンド超伝導体の磁場侵入長より十分薄いことが望ましい。Ba0.60.4FeAsの磁場侵入長が300nm程度以上であるので、単バンド超伝導の膜厚は、10nm以下がのぞましい。2バンド超伝導体の膜厚は、2バンド超伝導体の位相差ソリトン長より十分小さくする必要もある。2バンド超伝導体の膜厚が十分薄くないと、非特許文献6にあるように、接合面付近で、積層方向に向かって、2バンド超伝導体内に位相差ソリトンが生じ、2バンド超伝導体の中の位相差に垂直方向の空間的な変化が生じ、望む3成分超伝導とならない。2バンド超伝導体のソリトンは、磁場侵入長の10分の1程度なので、2バンド超伝導体として、Ba0.60.4FeAsを使う場合は、2バンド超伝導体の膜厚は7nm程度が望ましい。
【0048】
2バンド超伝導体としては、鉄系の超伝導体でもよいし、銅酸化物高温超伝導体でもよい。銅酸化物高温超伝導体のd波超伝導では、波数ベクトルによって、超伝導ギャップの符号がプラスのところとマイナスのところがあり、この二つの異なった符号を持つ超伝導ギャップが、2バンド超伝導体のバンド間で符号が反転する超伝導と同等の働きをする。2バンド超伝導体として銅酸化物高温超伝導体を使うときには、この超伝導体のコヒーレンス長が2nm以下ととても短いので、非超伝導層は、単原子または2原子層程度が望ましい。またソリトン長も格子定数程度であるので、銅酸化物超伝導体も1から2単位格子が望ましい。
【0049】
以上の実施例では3バンド超伝導体の例で説明したが、本発明は、3バンド超伝導体にかぎらず、3より多くのバンドを持つ多バンド超伝導体でも適用できる。
【0050】
本発明のドメイン構造は、超伝導転移温度直下で、熱的なエネルギーの注入によって励起され、低温にすることによって、試料の厚みの空間的な不均一性(試料の凸凹等のピニングセンター)に捕獲され固定される。
【0051】
本発明により多バンド超伝導体において生成したドメイン壁を、磁束のピニングに活用したり、バンド間位相差ソリトンの代わりに使って情報処理に用いることができる。
【0052】
上記実施の形態や実施例で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0053】
1 2バンド超伝導体
2 非超伝導層
3 単バンド超伝導体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バンド間で符号が異なる超伝導ギャップを持つ2バンド超伝導体に、3番目のバンドを導入して、バンド間位相差のフラストレーションが生じた多バンド超伝導体であって、カイラリティーを有し、カイラル対称性の破れが生じていることを特徴とする多バンド超伝導体。
【請求項2】
前記カイラル対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする請求項1記載の多バンド超伝導体。
【請求項3】
鉄系の超伝導体において3成分以上とし、基底状態において、0またはπ、以外の成分間位相差を生じさせることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項4】
2バンド超伝導体でバンド間の位相差がπであるような超伝導体と、非超伝導層と、単バンド超伝導体とを順に積層してなる構造を有することを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項5】
前記ドメイン構造は、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出されたことを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項6】
前記ドメイン構造は、超伝導体の不均一性によりピン止めされていることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項7】
前記ドメイン構造は、該ドメイン構造を囲むドメイン壁によって、磁束をピン止めすることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項8】
前記ドメイン構造を囲むドメイン壁を、位相差ソリトンの代替として用いることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体を用いた超伝導デバイス。
【請求項9】
多バンド超伝導体の作成方法であって、バンド間で符号が異なる超伝導ギャップを持つ2バンド超伝導体に、3番目のバンドを導入することによって、バンド間位相差にフラストレーションを生じさせ、該フラストレーションによって、カイラリティーを生じさせて、カイラル対称性の破れを生じさせることを特徴とする多バンド超伝導体の作成方法。
【請求項10】
前記カイラル対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする請求項9記載の多バンド超伝導体の作成方法。
【請求項11】
前記ドメイン構造を、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出すことを特徴とする請求項10記載の多バンド超伝導体の作成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−15427(P2012−15427A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152588(P2010−152588)
【出願日】平成22年7月5日(2010.7.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構委託研究「多重秩序材料の情報通信技術への応用探索」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】