説明

多層塗工膜の製造方法及び多層塗工膜

【課題】ゼラチン等のゲル化剤を用いず、ハードコート性や透明性等の各種機能を付与し得る多層塗工膜の製造方法であって、複数の水系塗工液を一括塗布することで、層間の密着性に極めて優れる多層塗工膜を、簡便かつ生産性良く製造する方法、及び該方法により得られる多層塗工膜を提供する。
【解決手段】複数の水系塗工液をあらかじめ多層化し、多層化した水系塗工液を基材上に転移させる工程を有する多層塗工膜の製造方法において、積層しようとする2種の水系塗工液間に、下記の含水有機溶剤を中間層として挿入することにより、多層化することを特徴とする、多層塗工膜の製造方法。含水有機溶剤:親水性有機溶剤と水の混合液であって、該親水性有機溶剤は、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜55質量部溶解し得る性質の有機溶剤である。含水有機溶剤中の水の含有量は、親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の10〜120質量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層塗工膜の製造方法及び該製造方法により得られる多層塗工膜に関する。さらに詳しくは、複数の塗工液を一括で塗布することにより、層間の密着性に極めて優れる多層塗工膜を、簡便かつ生産性良く製造する方法、及び該方法により得られる多層塗工膜に関する。
【背景技術】
【0002】
多層塗工膜の形成には、「有機溶剤系」塗工液を用いる方法と、「水系」塗工液を用いる方法が知られているが、工業的に実施する場合における環境保全や健康の観点から、水系塗工液や、有害物質であるトルエン等を使わない、いわゆるノントル系の塗工液を用いる方法が好ましいと言える。
多層塗工膜の形成方法としては、複数の塗工液を用いて、塗布と乾燥処理を繰り返すタンデム塗工方式が知られている。該タンデム塗工方式では、下層塗工液が上層塗工液によって流されることのないよう、上層塗工液を塗布する前に下層を定着させておく必要がある。特に、水系塗工液を用いた多層塗工膜の製造では、1つの乾燥工程に非常に多くの時間及びエネルギーを要するため、塗布と乾燥処理を繰り返すタンデム塗工方式では極めて多くの時間及びエネルギーが必要となり、該タンデム塗工方式は水系塗工液を用いた多層塗工膜の製造には適さない。また、タンデム塗工方式では、塗布と乾燥処理を繰り返すために、層間に必然的に空気が入り込むため、層間密着性が不十分となる傾向にある。さらには、層数を増やすほど異物混入の確立が高まるため、このことが歩留まりの低下につながる。
【0003】
一方、上記問題を解決する方法として、走行する基材上に1回の塗布プロセスにより多層を形成する多層塗工方式が知られており、該多層塗工方式は、写真フィルム等の塗工プロセスに広く利用されている。多層塗工方式は、例えば図1に示すように、塗布ヘッド1における複数の狭いスリットから塗工液A及びBを押し出し、傾斜したスライド面2上を重力の作用により自然流下させ、重なりあった塗工液A及びBをロール3によって、走行する基材4上に転移させて多層塗工膜を形成するものである。
水系塗工液を用いた方法であって、このような多層塗工方式を採用した方法としては、ゼラチンをバインダーとするハロゲン化乳化剤を同時多層塗布し、その後冷却する方法(特許文献1参照)が知られている。この方法は、ゼラチンのゾル−ゲル変換特性を利用して多層膜をゲル化させて超高粘状態にし、層間の混合を起こり難くした上で熱風乾燥等により塗膜(塗工膜)を形成するものである。
【0004】
また、有機溶剤系塗工液を用いた方法では、水系に比較して表面張力が低いため、拡散混合が起こり易いため、増粘剤等の粘度調整成分を添加することにより、接する2層の界面における流動性や、混合の度合いを制御する方法(特許文献2参照)や、2種以上の非水系塗布液の少なくとも1種に電子線硬化性化合物を含有させ、同時多層塗布後、電子線を照射して塗布層を硬化あるいは増粘させ、乾燥することで多層塗工膜を得る方法(特許文献3参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭58−199074号公報
【特許文献2】特公昭63−20584号公報
【特許文献3】特開昭61−74675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された方法のように、従来の水系塗工液を用いた多層塗工膜の製造方法は、積層構造を確保するために、ゼラチンに代表されるゲル化剤を多量に用いる。そのため、例えばハードコート性や透明性等の各種機能を付与することができず、さらにゲル化剤と相溶しない又は反応してしまう成分を用いることができない等の理由により、得られる多層塗工膜の用途が限定されてしまうという問題がある。
また、特許文献2に記載の有機溶剤系塗工液を用いた方法では、粘度調整用に一定量の増粘剤が必要であり、これら添加物は、一般に低分子量有機材料であり、多層塗工、積層体形成後に層中、層間を移動し、機械的特性や、層間の密着性低下が想定され、用途によっては適用できない場合があった。特許文献3に記載の有機溶剤系塗工液を用いた方法では、塗布工程の後、塗布液が拡散混合しないうちに、電子線照射工程を行う必要があり、操作が煩雑であると共に、大掛かりな装置が必要となるという問題点がある。
【0007】
本発明は、このような状況下になされたものであり、1回の塗布プロセスにより多層を形成する多層塗工方式であり、ゼラチン等のゲル化剤を用いる必要が無く、例えばハードコート性や透明性等の各種機能を付与し得る多層塗工膜の製造方法であって、複数の水系塗工液を一括で塗布することにより、層間の密着性に極めて優れる多層塗工膜を、簡便かつ生産性良く製造する方法、及び該方法により得られる多層塗工膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、1回の塗布プロセスにより多層を形成する多層塗工方式において、積層しようとする2種の水系塗工液間に、特定の含水有機溶剤を中間層として挿入することにより、この中間層が2種の水系塗工液層の混合を抑制し、明確な境界面は持たないものの、2種の水系塗工液の積層構造(界面近傍は濃度勾配構造)が良好に形成されることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
【0009】
すなわち、本発明は、下記[1]〜[8]に関する。
[1]複数の水系塗工液をあらかじめ多層化し、多層化した水系塗工液を基材上に転移させる工程を有する多層塗工膜の製造方法において、積層しようとする2種の水系塗工液間に、下記の含水有機溶剤を中間層として挿入することにより、多層化することを特徴とする、多層塗工膜の製造方法。
含水有機溶剤:親水性有機溶剤と水の混合液であって、該親水性有機溶剤は、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜55質量部溶解し得る性質の有機溶剤である。含水有機溶剤中の水の含有量は、親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の10〜120質量%である。
[2]前記含水有機溶剤が、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜25質量部溶解し得る性質の有機溶剤である、上記[1]に記載の多層塗工膜の製造方法。
[3]前記親水性有機溶剤が、アルキルアセテート、(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテル、(ジ)アルキレングリコールジアルキルエーテル、(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルアセテート又はアルキレングリコールジアセテートである、上記[1]又は[2]に記載の多層塗工膜の製造方法。
[4]前記親水性有機溶剤が、メチルアセテート、エチルアセテート、イソプロピルアセテート、n−プロピルアセテート、n−ブチルアセテート、イソブチルアセテート、t−ブチルアセテート、ジプロピレングリコールn−プロピルエーテル、プロピレングリコールn−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールn−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、ジプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールジアセテート又は1,3−ブチレングリコールジアセテートである、上記[1]又は[2]に記載の多層塗工膜の製造方法。
[5]前記親水性有機溶剤の沸点が70〜180℃である、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の多層塗工膜の製造方法。
[6]積層しようとする2種の水系塗工液が含有する被膜を形成し得る成分(被膜形成成分)の各水系塗工液における濃度がそれぞれ20〜50質量%である、上記[1]〜[5]のいずれかに記載の多層塗工膜の製造方法。
[7]複数の水系塗工液をあらかじめ多層化する際に傾斜したスライド面を使用し、該スライド面の傾斜角度が、水平方向に対して5〜40度である、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の多層塗工膜の製造方法。
[8]上記[1]〜[7]のいずれかに記載の製造方法により得られた多層塗工膜。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、水系塗工膜を用いた多層塗工膜の製造方法であって、ゼラチン等のゲル化剤を用いなくとも、積層しようとする2種の水系塗工液の混合を抑制でき、層間の密着性に極めて優れる多層塗工膜を、簡便かつ生産性良く製造する方法を提供することができる。本発明の製造方法では、多層塗工膜に例えばハードコート性や透明性等の各種機能を付与することも可能である。
本発明では、上記の通り、ゲル化剤等の添加剤を用いなくて済むため、添加剤による悪影響を排除でき、製造コストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】同時多層塗工方法を行う装置の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の多層塗工膜の製造方法について詳細に説明する。なお、以下に、2層の同時多層塗工膜の製造方法を例として説明するが、本発明は2層に限定されるものではなく、3層以上の同時多層塗工膜の製造にも適用が可能である。
【0013】
本発明は、複数の水系塗工液をあらかじめ多層化し、多層化した水系塗工液を基材上に転移させる工程を有する多層塗工膜の製造方法において、積層しようとする2種の水系塗工液間に、後述する特定の含水有機溶剤を中間層として挿入することにより、多層化することを特徴とする、多層塗工膜の製造方法である。
本発明の多層塗工膜の製造方法は、上記の通り、上層水系塗工液A及び下層水系塗工液Bをあらかじめ多層化し、多層化した水系塗工液を、基材上に転移させて多層塗工膜を製造する工程を含む。
上層水系塗工液A及び下層水系塗工液Bをあらかじめ多層化する方法に特に制限は無いが、例えば(1)傾斜したスライド面上にて多層化させる方法、(2)水平な平面状にて多層化させる方法、(3)円形シリンダー上にて多層化させる方法、(4)傾斜した放物面上にて多層化させる方法等が挙げられる。これらの中でも、通常、方法(1)が好ましく利用される。
本発明は、積層しようとする2種の水系塗工液間に、特定の含水有機溶剤を中間層として挿入することで、明確な境界面は形成されないものの、全体としては層分離構造が確保された多層塗工膜を形成するものである。なお、該中間層を挿入しない場合、水系塗工液AとBは混ざり合ってしまい、層分離構造を保つことはできない。
【0014】
(水系塗工液の媒体)
水系塗工液A及び水系塗工液Bは、媒体として水を含有する水系塗工液である。水系塗工液が含有する水としては、特に制限はなく、イオン交換水、蒸留水等を用いることができる。水系塗工液中の媒体としては、水以外に、アセトン、メタノール、メチルエチルケトン等の水溶性の有機溶剤が併用されていてもよい。媒体中における水の含有量は、本発明を工業的に実施する場合における環境保全の観点及び被膜形成成分の溶解性の観点から、媒体全量に対して80質量%以上であり、好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは実質100質量%である。
【0015】
(被膜形成成分)
水系塗工液A及びBに含有させる被膜を形成し得る成分、つまり被膜形成成分としては、親水性であり、かつ被膜を形成し得る成分であれば特に制限はなく、例えばヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、けん化度50モル%以上のポリビニルアルコール(PVA)及びその誘導体、スルホン化度50モル%以上のポリスチレンスルホン酸、エチレン−ビニルアルコール共重合体、ポリアクリル酸及びその誘導体、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、アルギン酸塩類等が挙げられる。
なお、前記PVA及びその誘導体のけん化度は、水溶性を高める観点から、好ましくは55モル%以上、より好ましくは60モル%以上、さらに好ましくは70モル%以上である。また、ポリスチレンスルホン酸及びその誘導体のスルホン化度は、水溶性を高める観点から、好ましくは55モル%以上、より好ましくは60モル%以上、さらに好ましくは70モル%以上である。
被膜形成成分の重量平均分子量は、好ましくは5千〜100万、より好ましくは1万〜50万、さらに好ましくは5万〜20万である。なお、本明細書において、重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定したポリスチレン換算の値である。
なお、ポリビニルアルコールの誘導体の具体例としては、カルボキシル化ポリビニルアルコール、スルホン化ポリビニルアルコール、アセトアセチル化ポリビニルアルコール、及びこれらの混合物等が挙げられる。
本発明において、積層しようとする2種の水系塗工液A及びBにおける被膜形成成分の濃度は、多層塗工膜形成性及び生産性等のバランスの観点から、通常、それぞれ好ましくは20〜50質量%、より好ましくは25〜45質量%である。
【0016】
(その他の成分)
前記の各水系塗工液には、さらに必要に応じて、各種添加剤、例えば酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、レベリング剤、消泡剤、充填剤、潤滑剤、滑剤等を含有させることができる。
なお、本発明における塗工液の固形分濃度及び粘度については、塗工可能な濃度及び粘度であればよく、特に制限されず、状況に応じて適宜選定することができる。
【0017】
(含水有機溶剤)
本発明で使用する含水有機溶剤は、親水性有機溶剤と水の混合液であって、該親水性有機溶剤は、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜55質量部溶解し得る性質の有機溶剤である。該含水有機溶剤中の水の含有量は、親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の10〜120質量%である。
該親水性有機溶剤は、層分離構造を確保する観点から、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜25質量部溶解し得る性質の有機溶剤であることが好ましい。また、該含水有機溶剤中の水の含有量は、層分離構造を確保する観点から、親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の好ましくは110質量%以下、より好ましくは105質量%以下、さらに好ましくは実質100質量%以下である。つまり、水が飽和していても、上記範囲内であれば、さらに過剰に水を含有させてもよい。さらに、該含水有機溶剤中の水の含有量は、層分離構造を確保する観点から、親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の10質量%以上であることが好ましい。
【0018】
前記親水性有機溶剤としては、例えば、アルキルアセテート、(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテル、(ジ)アルキレングリコールジアルキルエーテル、(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルアセテート又はアルキレングリコールジアセテート等が好ましい。
アルキルアセテートとしては、例えばメチルアセテート、エチルアセテート、イソプロピルアセテート、n−プロピルアセテート、n−ブチルアセテート、イソブチルアセテート、t−ブチルアセテート等が挙げられる。
(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルとしては、例えばジプロピレングリコールn−プロピルエーテル、プロピレングリコールn−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールn−ブチルエーテル等が好ましく挙げられる。
(ジ)アルキレングリコールジアルキルエーテルとしては、例えばジプロピレングリコールジメチルエーテル等が好ましく挙げられる。
(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルアセテートとしては、例えばエチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート又はジプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等が好ましく挙げられる。
アルキレングリコールジアセテートとしては、例えばプロピレングリコールジアセテート、1,3−ブチレングリコールジアセテート等が好ましく挙げられる。
なお、親水性有機溶剤の沸点は、乾燥工程におけるエネルギー負荷及び乾燥時間の軽減の観点から、好ましくは70〜180℃、より好ましくは80〜150℃である。
【0019】
本発明においては、前記中間層を挿入することにより、濃度勾配がつき、上層水系塗工液Aと下層水系塗工液Bとが混合するのを抑制できたものと考えられる。該中間層は、ウェット膜厚として、1μm〜100μmで挿入することが好ましく、5μm〜80μmで挿入することがより好ましく、10μm〜50μmで挿入することがさらに好ましい。
ところで、前記含水有機溶剤からなる中間層の挿入により、なぜ効果的に上下の水系塗工液が層分離構造を維持するかについては明確には分からない。中間層が水を含有しているために、上下の水系塗工液と混合してしまうようにも考えられる。それにも関らず、本発明で層分離構造を維持できた理由は、おそらく、中間層が2種の上下水系塗工液と接触した後、中間層中の水が、上層の水系塗工液及び下層の水系塗工液の方へと移動することにより、上層の水系塗工液から下層への混入及び下層の水系塗工液から上層への混入が効果的に抑制されたためと推測される。なお、中間層から上下層への水の移動のため、境界面近傍は明確な境界面が存在するのではなく、親水性有機溶剤の濃度勾配がついた状態になっており、そのために層間の密着性が極めて高くなるものと推測される。
【0020】
(基材)
多層化した塗工液を転移させる基材に特に制限はなく、多層塗工膜を有する部材の用途によって適宜選択することができる。基材としては、例えば、ポリエチレンテレフタレートフィルム、ポリブチレンテレフタレートフィルム、ポリエチレンナフタレートフィルム等のポリエステル系フィルム;ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム等のポリオレフィン系フィルム;セロファン、ジアセチルセルロースフィルム、トリアセチルセルロースフィルム、アセチルセルロースブチレートフィルム等のセルロース系フィルム;ポリ塩化ビニルフィルム、ポリ塩化ビニリデンフィルム等の塩化ビニル系フィルム;ポリビニルアルコールフィルム;エチレン−酢酸ビニル共重合体フィルム等のビニル系共重合体フィルム;ポリスチレンフィルム;ポリカーボネートフィルム;ポリメチルペンテンフィルム;ポリスルホンフィルム;ポリエーテルエーテルケトンフィルム、ポリエーテルスルホンフィルム、ポリエーテルイミドフィルム等のポリエーテル系フィルム;ポリイミドフィルム;フッ素樹脂フィルム;ポリアミドフィルム;アクリル樹脂フィルム;ノルボルネン系樹脂フィルム;シクロオレフィン樹脂フィルム等が挙げられる。
【0021】
これらの基材は、透明、半透明のいずれであってもよく、また、着色されていてもよいし、無着色のものでもよく、用途に応じて適宜選択すればよい。
これらの基材の厚さに特に制限はなく、状況に応じて適宜選定されるが、通常、15〜250μm、好ましくは30〜200μmの範囲である。また、この基材は、その表面に設けられる層との密着性を向上させる目的で、所望により片面又は両面に、酸化法や凹凸化法等により表面処理を施すことができる。上記酸化法としては、例えばコロナ放電処理、クロム酸処理(湿式)、火炎処理、熱風処理、オゾン・紫外線照射処理等が挙げられ、また、凹凸化法としては、例えばサンドブラスト法、溶剤処理法等が挙げられる。これらの表面処理法は基材の種類に応じて適宜選ばれるが、一般にはコロナ放電処理法が効果及び操作性等の面から、好ましく用いられる。
【0022】
(多層塗工膜の形成)
本発明においては、前述の通り、複数の水系塗工液をあらかじめ多層化し、多層化した水系塗工液を基材上に転移させる方法が採られる。
多層化する際に傾斜したスライド面を利用する場合、水系塗工液を流動させるための、傾斜したスライド面を有するものとしては、例えば図1に示すようなスライドコーターが好ましく挙げられる。なお、本発明においては、スライド面2上の水系塗工液A及びB用スリット間に、含水有機溶剤用のスリットを設ける。
効率的に多層塗工膜を形成する観点から、スライド面の傾斜角度は、水平方向に対して5〜40度が好ましく、10〜35度がより好ましく、15〜35度がさらに好ましい。また、効率的に多層塗工膜を形成する観点から、スライド面上への水系塗工液の吐出口の中心と、隣り合う水系塗工液の吐出口の中心との距離は、8〜30cmが好ましく、10〜28cmがより好ましく、12〜26cmがさらに好ましい。さらに、効率的に多層塗工膜を形成する観点から、複数のスライド面上への水系塗工液の吐出口の内、水系塗工液を基材へ転移する部位に最も近い吐出口の中心と、基材との距離は、2〜14cmが好ましく、3〜12cmがより好ましく、4〜11cmがさらに好ましい。特に、このように設計されたスライドコーターを使用した場合に、本発明の効果が顕著に現れる傾向にある。
以下に、図1のスライドコーターを参照して、水系塗工液を多層化する方法の一例を詳細に説明する。
少なくとも3つのスリット状の吐出口を有する塗布ヘッド1における各吐出口から、それぞれ水系塗工液A、含水有機溶剤及び水系塗工液Bを押し出し、傾斜したスライド面2上を重力の作用により自然流下させ、水系塗工液A及びBを含水有機溶剤を介して多層化する。多層化した水系塗工液(塗工膜)は、ロール3によって走行する基材4上に転移させる。
【0023】
多層化した水系塗工液(塗工膜)を基材4上に転移させた後、加熱乾燥させることにより、多層塗工膜を形成することができる。加熱乾燥温度は、通常、好ましくは50〜130℃、より好ましくは60〜120℃である。加熱乾燥時間に特に制限は無いが、通常、1分〜5分程度必要である。
このようにして形成された乾燥後の多層塗工膜の厚さは、通常、0.1μm〜10μm程度、好ましくは1μm〜5μmであり、各水系塗工液からなる層が分離している。この層分離構造は、例えばスラブ型光導波路分光法を利用した界面紫外可視分光測定装置を用いて確認することができる。また、断面の走査型電子顕微鏡(SEM)や光学顕微鏡によっても確認することができる。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
【0025】
製造例1(上層用水系塗工液)
ポリビニルアルコール(関東化学(株)製)30g、純水(関東化学(株)製)70g、及び識別用着色剤としてインジゴ(関東化学(株)製)0.5gを室温で混合及び攪拌し、青色の水系塗工液1(ポリビニルアルコールの濃度:約30質量%)を得た。
【0026】
製造例2(下層用水系塗工液)
ヒドロキシエチルセルロース(ダイセル化学工業(株)製)35g、純水(関東化学(株)製)65g、及び識別用着色剤としてアントラキノン(関東化学(株)製)0.5gを室温で混合及び攪拌し、赤色の水系塗工液2(ヒドロキシエチルセルロースの濃度:約35質量%)を得た。
【0027】
製造例3(中間層用含水有機溶剤1)
室温下でプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(東京化成工業(株)製、100gに対して水を約18g溶解し得る。)98gに対し、純水(関東化学(株)製)2.0g(親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の11.7質量%相当。)を混合し、含水有機溶剤1(含水率:2質量%)を得た。
【0028】
製造例4(中間層用含水有機溶剤2)
室温下でプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(東京化成工業(株)製)94gに対し、純水(関東化学(株)製)6.0g(親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の35.6質量%相当。)を混合し、含水有機溶剤2(含水率:6質量%)を得た。
上記製造例1〜4で得た水系塗工液1及び2並びに含水有機溶剤1及び2の組成について、表1にまとめる。
【0029】
【表1】

【0030】
実施例1
上層水系塗工液として製造例1で製造した水系塗工液1を用い、下層水系塗工液として製造例2で製造した水系塗工液2を用い、さらに中間層(混合防止層)として製造例3で製造した含水有機溶剤1を用い、図1に示すような装置(ただし、スライド面2上の水系塗工液A及びB用スリット間に、中間層用のスリットを設けた装置を使用。スライド面の傾斜角度;水平方向に対して25度、隣り合う吐出口の距離;8cm、水系塗工液を基材へ転位する部位に最も近い吐出口の中心と基材との距離;10cm)を用いて、厚さ100μmのポリエチレンテレフタレートフィルム「コスモシャインA4100」(東洋紡績(株)製)上に塗工した後、70℃のオーブン中で2分間乾燥し、塗工膜を得た。
該塗工膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、識別用着色剤を加えた上層及び下層の2層において、識別用着色剤の大幅な混合は見られず、良好な多層塗工膜の形成が確認できた。
【0031】
実施例2
実施例1において、中間層(混合防止層)として、含水有機溶剤1の代わりに製造例4で製造した含水有機溶剤2を用いたこと以外は同様にして操作を行い、塗工膜を得た。
該塗工膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、識別用着色剤を加えた上層及び下層の2層において、識別用着色剤の大幅な混合は見られず、良好な多層塗工膜の形成が確認できた。
【0032】
比較例1
実施例1において、含水有機溶剤1を中間層として挿入しなかったこと以外は同様にして、ポリエチレンテレフタレートフィルム上に塗工膜を形成した。該塗工膜の断面をSEMで観察したところ、識別用着色剤が混合していて、界面が確保されておらず、層分離構造の形成を確認できなかった。
【0033】
比較例2
実施例1において、中間層として、含水有機溶剤1の代わりに脱水したプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(東京化成工業(株)製)を用いたこと以外は同様にして、ポリエチレンテレフタレートフィルム上への塗工を試みた。しかし、スライド面上で、水系塗工液1と中間層のプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートとがはじき合い、積層構造を形成することができなかった。
【0034】
比較例3
実施例1において、中間層として、含水有機溶剤1の代わりにトルエンを用いたこと以外は同様にして、ポリエチレンテレフタレートフィルム上への塗工を試みた。しかし、スライド面上で、水系塗工液1と中間層のトルエンとがはじき合い、積層構造を形成することができなかった。
【0035】
比較例4〜6
実施例1において、中間層として、含水有機溶剤1の代わりに、水と任意の割合で溶解し得るジオキサン(それぞれ、含水率1質量%、50質量%、100質量%のものを使用した。)を用いたこと以外は同様にして操作を行い、ポリエチレンテレフタレートフィルム上に塗工膜を形成した。
それぞれの塗工膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、いずれにおいても識別用着色剤が混合していて、界面が確保されておらず、層分離構造の形成を確認できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の製造方法は、有害物質であるトルエン等を用いない、いわゆるノントル系塗工液と水系塗工液とを用いるため、健康及び環境保全の観点からも、工業的に広く利用され得る方法である。また、本発明により得られる多層塗工膜には、例えばハードコート性や透明性等の各種機能を付与し得るため、各種光学フィルム、車用等のフィルムアンテナ、放熱シート、熱線反射フィルム等として利用可能である。
【符号の説明】
【0037】
1:塗布ヘッド
2:スライド面
3:ロール
4:基材
A:上層水系塗工液
B:下層水系塗工液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の水系塗工液をあらかじめ多層化し、多層化した水系塗工液を基材上に転移させる工程を有する多層塗工膜の製造方法において、積層しようとする2種の水系塗工液間に、下記の含水有機溶剤を中間層として挿入することにより、多層化することを特徴とする、多層塗工膜の製造方法。
含水有機溶剤:親水性有機溶剤と水の混合液であって、該親水性有機溶剤は、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜55質量部溶解し得る性質の有機溶剤である。含水有機溶剤中の水の含有量は、親水性有機溶剤が溶解し得る水の最大量の10〜120質量%である。
【請求項2】
前記含水有機溶剤が、該親水性有機溶剤100質量部に対して水を1〜25質量部溶解し得る性質の有機溶剤である、請求項1に記載の多層塗工膜の製造方法。
【請求項3】
前記親水性有機溶剤が、アルキルアセテート、(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテル、(ジ)アルキレングリコールジアルキルエーテル、(ジ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルアセテート又はアルキレングリコールジアセテートである、請求項1又は2に記載の多層塗工膜の製造方法。
【請求項4】
前記親水性有機溶剤が、メチルアセテート、エチルアセテート、イソプロピルアセテート、n−プロピルアセテート、n−ブチルアセテート、イソブチルアセテート、t−ブチルアセテート、ジプロピレングリコールn−プロピルエーテル、プロピレングリコールn−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールn−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、ジプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールジアセテート又は1,3−ブチレングリコールジアセテートである、請求項1又は2に記載の多層塗工膜の製造方法。
【請求項5】
前記親水性有機溶剤の沸点が70〜180℃である、請求項1〜4のいずれかに記載の多層塗工膜の製造方法。
【請求項6】
積層しようとする2種の水系塗工液が含有する被膜を形成し得る成分(被膜形成成分)の各水系塗工液における濃度がそれぞれ20〜50質量%である、請求項1〜5のいずれかに記載の多層塗工膜の製造方法。
【請求項7】
複数の水系塗工液をあらかじめ多層化する際に傾斜したスライド面を使用し、該スライド面の傾斜角度が、水平方向に対して5〜40度である、請求項1〜6のいずれかに記載の多層塗工膜の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法により得られた多層塗工膜。

【図1】
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【公開番号】特開2011−206709(P2011−206709A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−77650(P2010−77650)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】