多点リン酸化ペプチド(タンパク)認識化合物、それを用いる検出方法
【課題】アルツハイマー病脳で観察される過剰リン酸化タウタンパクを特異的に検出する化合物、該化合物を用いるアルツハイマー病のインビトロ、インビボ診断法を提供する。
【解決手段】二つのジピコリルアミン(Dpa)と発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団から成るスペーサーを有する金属錯体化合物を、多点リン酸化ペプチドもしくは多点リン酸化タンパクと接触させることで、該化合物はリン酸基間の距離を認識し、該ペプチドもしくは該タンパクに特異的に結合することで引き起こされる、発光変化を測定することで、多点リン酸化ペプチドもしくは多点リン酸化タンパク、或いはキナーゼ活性を光学的に検出する、或いは、該発光変化に適用する光学的イメージング法により、多点リン酸化ペプチドもしくはタンパク、或いはキナーゼ活性をイメージングする。
【解決手段】二つのジピコリルアミン(Dpa)と発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団から成るスペーサーを有する金属錯体化合物を、多点リン酸化ペプチドもしくは多点リン酸化タンパクと接触させることで、該化合物はリン酸基間の距離を認識し、該ペプチドもしくは該タンパクに特異的に結合することで引き起こされる、発光変化を測定することで、多点リン酸化ペプチドもしくは多点リン酸化タンパク、或いはキナーゼ活性を光学的に検出する、或いは、該発光変化に適用する光学的イメージング法により、多点リン酸化ペプチドもしくはタンパク、或いはキナーゼ活性をイメージングする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸化ペプチドあるいはリン酸化タンパク質を検出するための、リン酸基を多点で認識する化合物に関するものである。また、本発明は、該化合物を使用した試料中の多点リン酸化ペプチドあるいは多点リン酸化タンパクの検出方法に関する。特に、過剰リン酸化されたタウタンパク質を特異的に認識する化合物ならびに該化合物を使用した試料中のリン酸化タウタンパク質の検出方法。
【背景技術】
【0002】
生体内のタンパク質は、様々な生化学的修飾を受けることによって、その高次構造、機能、ならびに活性を変化させ、生命機能を制御している。タンパク質修飾の一つであるタンパク質のリン酸化は、ATPをリン酸基供与体としてタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)が行う翻訳後修飾である。そして、糖代謝、細胞の増殖・分裂、細胞内シグナル伝達、酵素活性調節など様々な細胞活動に密接に関係している。タンパク質のリン酸化はタンパク活性を制御する重要なプロセスであり、真核生物ではおよそ3割のタンパク質が何らかの形でリン酸化を受けていると予測されている(例えば非特許文献1を参照)。生体内のリン酸化状態は、タンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)と脱リン酸化酵素(フォスファターゼ)によって厳密に制御されており、生体内機能を正常に維持している。従って、リン酸化の制御に異常をきたした場合、ガンをはじめとする種々の疾患を引き起こすことも報告されており、リン酸化を制御する薬剤の探索が行われ、いくつかのキナーゼ阻害剤が臨床応用されている。
【0003】
異常にリン酸化されたタンパク質を病理変化の特徴とする疾患のひとつに、アルツハイマー病が知られている。アルツハイマー病は治療の困難な疾病の1つであり、正確な早期診断、早期治療にむけた研究が進められている。アルツハイマー病の病理学的特徴として、老人斑と神経原線維変化が患者脳内で確認される。後者の神経原線維変化は、神経細胞内にペアードヘリカルフィラメント(paired helical filament(PHF))と呼ばれる二重らせん状の繊維状タンパク質が蓄積してくるものである。その構成成分の一つが、脳に特異的な微小管付随タンパク質の一種であるタウタンパク質である(例えば非特許文献2ならびに非特許文献3を参照)。このアルツハイマー病脳のPHF中に組み込まれたタウタンパク質は、通常のタウタンパク質よりも異常にリン酸化されていることがわかっており、そのリン酸化部位も決定されている(例えば特許文献1を参照)。アルツハイマー病以外にも、タウタンパク質の脳内蓄積を主徴とする疾病(タウオパチー)としてピック病、進行性核上性麻痺および前頭側頭型認知症(Frontotemporal Dementia)などがある。いずれの疾病もリン酸化されたタウタンパク質が密接に関与している。従って、体内外に関わらず、リン酸化されたタウタンパク質をマーカーとして検出することは、リン酸化タウが蓄積する疾患、特にアルツハイマー病の優れた診断法の1つである。
【0004】
上述のように、疾病と密接に関連するタンパク質のリン酸化をモニタリングすることは、医学生物学研究、臨床検査分野ならびに体内画像診断領域において、極めて重要かつ有効であることに異論は無い。これを高感度かつ高精度で実現するためには、リン酸化タンパク質を特異的に高感度にモニタリングする化合物分子やそれらを検出する手法の開発が必要である。
【0005】
リン酸化タンパク質を検出するための化合物は、インビトロ、インビボに使用されるいずれの形態についても、文献に開示されている。インビトロにおいて、一般には、放射性同位体を用いる方法、抗体を用いる方法、リン酸化前後の物理化学的性質の変化を利用する方法が行われている。放射性同位体を用いる方法では、例えば、32Pを細胞に取り込ませて培養した後、細胞からタンパク質を抽出する。そして、抽出したタンパク質を電気泳動法によって分離し、CBB染色等によってタンパク質を検出し、なおかつオートラジオグラフィーによって32Pのタンパク質への取り込みを検出することで、リン酸化状態を解析する。この手法では、高感度でリン酸化タンパクを検出できるが、放射性同位体を用いるための施設が必要であり、煩雑な操作、被爆、汚染の問題がある。抗リン酸化抗体を用いる方法では、タンパク質試料を電気泳動した後にメンブレンに転写し、抗リン酸化抗体を用いてリン酸化タンパクを検出する。この手法では、目的タンパクに対する抗体の存在が前提であること、煩雑な操作が必要であることが問題である。リン酸化前後の物理化学的性質の変化を利用する方法では、例えば、リン酸化によるタンパク全体の荷電状態の変化による電気泳動の移動度変化などを指標とするものである。この検出法では精度が低いという課題がある。
【0006】
ところで、アルツハイマー病などのタウが蓄積する疾患の診断を目的として、脳脊髄液中のタウタンパク質を定量する方法が報告されている。例えば、脳髄液中のタウタンパク質を、抗体を用いてその存在を確認する方法が提案されている(例えば非特許文献4を参照)。また、PHF中のリン酸化タウタンパク質のリン酸化部位に着目してアルツハイマー病を検出する方法も開発されている(例えば非特許文献5および非特許文献6を参照)。抗体は特異性の点では優れた化合物であるが、抗体産生のためのコストが課題となる。また、脳内でのイメージングを考えると、分子量が150kDaと大きいため、脳内への低い移行性が大きな問題となる。アルツハイマー病の研究あるいは診断において、アルツハイマー患者の脳切片を染色することが行われている。コンゴーレッドやチオフラビンSなどの従来の染色剤は、脳内の老人斑および神経原線維変化の両者に陽性であることが特徴であり、タウタンパク質を特異的に染色することは不可能である。タウタンパク質に対する特異性が高く、非侵襲的にインビボでのタウタンパク質を定量することを目的とした化合物が開示されている(特許文献2を参照)。しかしながら、特許文献2に開示される化合物は、基本的にクロスベータ構造を認識しタウタンパク質凝集体と結合するため、同じくクロスベータ構造をとるアミロイドベータにも弱く結合する。従って、アルツハイマー病を始めとするタウタンパク質が蓄積する疾患の診断のための、タウタンパクに特異性の高い低分子有機化合物は見あたらない。
【0007】
ところで、リン酸化ペプチドに対する配列選択的なセンサー化合物が報告されている(例えば特許文献3を参照)。ここでは、亜鉛ジピコリルアミン二核錯体は、生体内の条件に相応する水溶液中において、リン酸イオンならびにリン酸化ペプチドを蛍光検出することができることがわかっている。また、同化合物を用いた多点リン酸化ペプチドを認識できる化合物も報告されている(例えば非特許文献7を参照)。これは、複数のリン酸基を架橋型の金属-配位子相互作用で認識できる化合物である。しかしながら、この化合物では、リン酸基間の距離の違いによる親和性の差は大きくないため、当該リン酸基間の距離を基準として特定の多点リン酸化部位を認識することは困難である。これは化合物分子の剛直性が低く、分子の高い運動性により、リン酸基認識部位間の距離が大きく変化してしまうことが原因と考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6-239893号公報
【特許文献2】特開2004-67659号公報
【特許文献3】特開2003-246788号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Matthias Mann et al., Trends Biotechnol. (2002) 20, 261-268
【非特許文献2】Yasuo Ihara et al., Journal of Biochemistry (Tokyo),(1986) 99,1807-1810
【非特許文献3】Inge Grundke-Iqbal et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA,(1986) 83, 4913- 4917
【非特許文献4】Benjamin Wolozin et al., Annals of Neurology, (1987) 22, 521-526
【非特許文献5】Koichi Ishiguro et al., Neuroscience Letters, (1999) 270, 91-94
【非特許文献6】Nobuo Itoh et al., Annals of Neurology, (2001) 50, 150-156
【非特許文献7】Akio Ojida et al., J. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
アルツハイマー病脳におけるタウタンパク質の異常リン酸化などのリン酸化の異常に起因する疾患の研究、診断及び治療においては、異常リン酸化タンパクを特異的にインビトロ、インビボで検出できる化合物ならびに該化合物を用いた簡便な検出方法が必要である。
【0011】
そこで、本発明は、多点リン酸化タンパク質もしくは多点リン酸化ペプチドをリン酸化部位特異的に捕捉する新規な化合物ならびにそれを用いた多点リン酸化タンパク質もしくは多点リン酸化ペプチドの検出方法を提供することを目的とする。特に、アルツハイマー病脳で観察される過剰リン酸化タウタンパク質を特異的に検出する化合物、該化合物を用いるアルツハイマー病のインビトロ、インビボ診断法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、二つの2,2’−ジピコリルアミン(Dpa)とスペーサーXとからなる式(1)で表される構造を有する化合物である(ただし、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い)。
【0013】
【化1】
【発明の効果】
【0014】
本発明のリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチド検出のための化合物は、該タンパクもしくはペプチドのリン酸化部位をリン酸化部位間の距離特異的に認識し、該ペプチドに結合できるので、リン酸化された被捕捉物の検出が特異的かつ高感度で迅速にできる。化合物とタンパクもしくはペプチドとの結合の結果、化合物からの発色もしくは発光の変化が誘起され、この変化を測定することにより、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの検出もしくはキナーゼ活性の高感度測定が可能になる。本発明の化合物は、特定の位置において多点リン酸化されたリン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチドを選択的に認識しこれに結合する性質を有するので、多点リン酸化タンパク質もしくは多点リン酸化ペプチドを分離や精製する手段として用いることも出来る。本発明のリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドを検出する化合物はまた、細胞内シグナル伝達機構を解明するための分子ツール、あるいは特定のリン酸基を介したタンパク質間相互作用を阻害する阻害剤として利用できる可能性を有している。本発明によれば、リン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドへの特異的な認識能を利用して、新規な過剰リン酸化タウタンパク質検出用の化合物、およびそれを用いたアルツハイマー病の診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明で提供される多点リン酸基認識化合物を用いたリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの検出方法の模式図を示している(Pはリン酸基、Xは二つのDpaのスペーサーを示す)。
【図2】本発明で提供される多点リン酸基認識化合物を用いたキナーゼ活性の検出方法の模式図を示している(Pはリン酸基、Xは二つのDpaのスペーサーを示す)。
【図3】合成したZn(Dpa)Stilbazole型錯体化合物1の構造式を示す図である。
【図4】合成した単核Dpa化合物2の構造式を示す図である。
【図5】Zn(Dpa)Stilbazole型錯体1と単核Dpa化合物2の合成スキームを示す図である。
【図6】合成したリン酸化タウタンパク質の部分配列ペプチドを示す図である。下線はリン酸化残基を示す。
【図7】Tau210-2202Pの滴下に伴った化合物1(10μM)の蛍光変化(A)と各波長の滴定プロット(lem = 350nm : ●, lem = 430nm :■)(B)を示す図である。
【図8】Tau210-2202Pの滴下に伴った化合物2 (10μM)の蛍光変化(A)と化合物1及び化合物2の蛍光スペクトル比較(B)を示す図である。
【図9】化合物1に種々のペプチドを滴下した際の各波長における結合定数を示す表である。
【図10】Tau204-216 3Pの滴下に伴った化合物1(10μM)の蛍光変化(A)と各波長の滴定プロット(B)を示す図である。(Tau204-2163P (lem = 350nm, ●), Tau204-2163P (lem = 430nm, ■), Tau204-2162P (i, i+6) (lem = 350nm, ○), Tau204-2162P (i, i+6) (lem = 430nm,□))
【図11】化合物1にTau210-220 2Pを添加した際の熱量変化を示す図である。
【図12】ITC測定から算出された化合物1と各ペプチド(Tau210-220 2P、Tau204-216 3P、Tau204-216 2P (i, i+6))とのストイキオメトリー (N), 会合定数 (K, M-1), エンタルピー (ΔH, kcal mol-1), エントロピー (TΔS, kcal mol-1)を示す表である。
【図13】Tau210-2202Pを添加した場合のCDスペクトル変化(A)とTau210-2202Pと化合物1との組み合わせにおけるJob's Plot(B)を示す図である。
【図14】BODIPY-Zn(Dpa)(化合物9)の合成スキームを示す図である。
【図15】合成したリン酸化タウタンパク質の部分配列ペプチドを示す図である。
【図16】Tau 2Pの滴下に伴ったBODIPY-Zn(Dpa) (5μM)の蛍光変化(A)とTau 0P(○)、Tau 1P(■)、及びTau 2P(●)添加時の蛍光強度変化(B)を示す図である。
【図17】BODIPY-Zn(Dpa)とTau 2Pの複合体形成に関するJob プロットを示す図である。ここでは、[BODIPY-Zn(Dpa)] + [Tau2P] = 5 mM、c = [BODIPY-Zn(Dpa)] / [ [BODIPY-Zn(Dpa)] + [Tau2P] ]である。
【図18】BODIPY-Zn(Dpa)、Tau P1、ならびにGSK−3βを共存させた系における蛍光スペクトルの経時変化を示す図である。
【図19】BODIPY-Zn(Dpa)、Tau P1、ならびにGSK−3βを共存させた系における蛍光強度変化のキナーゼ濃度依存性を示す図である。
【図20】DAPI(細胞核)、Aβ42(抗Aβ抗体)、AT8(抗リン酸化タウ抗体)、Tau-2(抗タウ抗体)ならびにBODIPY-Zn(Dpa) を用いたヒトアルツハイマー(AD)脳ならびにヒト正常脳の海馬組織切片の蛍光染色像を示す図である。スケールバー:50μm。
【図21】脱リン酸化酵素(PP2A)処理後のヒトアルツハイマー(AD)脳海馬組織切片の蛍光染色像を示す図である。染色にはDAPI(細胞核)、BODIPY-Zn(Dpa)、Tau-2(抗タウ抗体)ならびに AT8(抗リン酸化タウ抗体)を用いた。スケールバー:50μm。
【図22】脱リン酸化酵素(PP2A)処理前後のヒトアルツハイマー(AD)脳海馬組織切片におけるBODIPY-Zn(Dpa)の蛍光強度変化を示す図である。
【図23】BODIPY-Zn(Dpa)を含むZn/Dpa2核錯体化合物a-dの構造式を示す図である。
【図24】Zn/Dpa2核錯体化合物a-dによるヒトAD脳海馬組織切片の蛍光染色像を示す図である。染色にはDAPI(細胞核)、BODIPY-Zn(Dpa)ならびに AT8(抗リン酸化タウ抗体)を用いた。BODIPY-Zn(Dpa)の蛍光と抗リン酸化タウ抗体AT8の蛍光が重なる部分を図中矢印で示した。スケールバー:50μm。
【図25】Zn/Dpa2核錯体化合物a-dの最大吸収波長ならびに水−オクタノール系での分配係数(Pow)を示す図である。
【図26】マウス脳内へのBODIPY-Zn(Dpa)の移行の測定結果を示す図である。投与後2分(a)、30分(b)の脳ホモジネート液のHPLCチャート。保持時間16〜18分にBODIPY-Zn(Dpa)のピークが現れた。
【図27】チオフラビンT(ThT; 上段)ならびにBODIPY-Zn(Dpa) (下段)によるリン酸化タウ凝集体の蛍光同時染色像を示す。スケールバー=10μm。(p-Tau)リン酸化タウ凝集体、(p-Tau + PPi)ピロリン酸存在下のリン酸化タウ凝集体、(n-Tau)タウ凝集体、(Aβ)Aβ凝集体。
【図28】BODIPY-Zn(Dpa)に対するリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体の滴定曲線を示す。
【図29】リン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対するBODIPY-Zn(Dpa)の滴定曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の化合物は、二つの2,2’−ジピコリルアミン(以下、Dpaと略することがある)とスペーサーXとからなる下記の式(1)で表される構造を有する化合物である(ただし、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い)。
【0017】
【化2】
【0018】
本発明の化合物を表わす式(1)においてXは、スペーサー部位を構成する。Xは発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団を単独で有しているか、又はスペーサーXが結合しているピリジン環の少なくとも一つとともに形成しており、好ましくはスペーサーXが結合している二つのピリジン環の距離が変化しないような構造を有している。Xの好ましい例は、下記の式(2)〜(5)で表されるものである。
【0019】
【化3】
【0020】
[式(2)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0021】
【化4】
【0022】
[式(3)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0023】
【化5】
【0024】
[式(4)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0025】
【化6】
【0026】
[式(5)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示す。]
また、式(1)の化合物において、エチレングリコール鎖、発光性物質、発色性物質、核磁気共鳴活性核種、常磁性体、磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種のいずれかを有していてもよい。例えば、式(1)の化合物におけるDpa中の水素原子あるいは、スペーサーX中の水素原子あるいはフェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子が、次のいずれかのもので置換されていてもよい。エチレングリコール鎖、発光性物質、発色性物質、核磁気共鳴活性核種、常磁性体、磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種。
【0027】
Dpaは金属Mと錯体を形成することができる。例えば、Zn、Ni、Fe、Co、Mnなどの遷移金属は配位が可能である。このような金属錯体化合物は、ジピコリルアミン(Dpa)が金属Mと錯体を形成している下記の一般式(6)で表される構造を有する化合物である。
ただし、式(6)中、Xはスペーサー分子を表し、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。
【0028】
【化7】
【0029】
多点リン酸化タンパクもしくは多点リン酸化ペプチドを認識する本発明の化合物の好適な例として、下記の一般式(式7)で表わされる化合物が挙げられる。一般式(式7)で表される化合物は、2つのDpaと亜鉛とから構成される亜鉛錯体化合物(リン酸基認識亜鉛錯体部位とも呼ぶ)が、スペーサーXで連結される化合物である。
【0030】
この場合、Dpaは三座配位子であり、四面体構造をとる亜鉛イオンに対し高い親和性を示し、亜鉛イオンの1つの配位子が空位となっている。式(7)の化合物は、水溶液中で脱離してアニオンと成る官能基または原子団の塩として存在する。対イオンの例としては、NO3、ハロゲン原子(特に、塩素または臭素)、ClO4(過塩素酸イオン)などを挙げることができる。
【0031】
【化8】
【0032】
式(7)のDpaの亜鉛錯体化合物は、生体内の条件(生理的条件)に相応する中性pHの水溶液中で、リン酸アニオンの存在下に顕著な蛍光変化を示すリン酸基選択的発光性化合物とすることができる(特開2003-246788号公報を参照)。これは、Dpaの亜鉛錯体化合物が、水中において対イオンが脱離してリン酸アニオンと入れ替わることによりリン酸アニオンを選択的に捕捉し、これが蛍光変化として出現することに因るものと考えられる。かくして、本発明の式(7)で表わされる発光性化合物も、同様にして、μMオーダーのきわめて低濃度の多点リン酸ペプチドの存在下に明瞭な蛍光変化を示す多点リン酸化ペプチドの高感度化合物として機能する(後述の実施例参照)。
【0033】
本発明の化合物を表わす式(7)においてXは、スペーサー部位を構成する。スペーサ
ーXは発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団を単独で有している、又はスペーサ
ーXが結合しているピリジン環の少なくとも一つとともに形成している。より好ましくは
スペーサーXが結合している二つのピリジン環の距離が変化しないような構造を有してい
る。スペーサーXの好ましい例は、下記の(8)〜(11)で表されるものである。また、スペーサーXは、化合物が二つのリン酸基を距離選択的に認識できるように二つのDpaが夫々有するピリジン環の間を連結している。
【0034】
このスペーサーとなるXは、剛直性のある分子が好ましい。剛直性はリン酸基の多点認識において、非常に重要な因子である。ここでいう剛直性とは、スペーサーXを構成する原子間の結合が強固であり、Xが分子内に回転性を有さず、また伸びの小さい分子構造から構成されていることをいう。従って、平面構造を有し、π共役系を有する官能基や化合物を剛直性を与えるものとして用いることが出来る。具体的には、例えば、炭素−炭素の二重結合、炭素−炭素三重結合、芳香族環、スチルベン、ナフタルイミド、ペリレン、クマリン、フルオレセイン、ローダミン、シアニン色素、BODIPY色素などを用いることが出来る。スペーサーの回転は、二つのZn間の距離を大きく変化させる。また、特開2003-246788号公報に開示されているような、メチレンを介してZn/Dpa錯体をスペーサーに連結している化合物では、メチレン鎖の分子運動や回転運動により二つのZn間の距離が大きく変化する。このような二つのZn間の距離の変化により、リン酸基間の距離が異なるペプチド間での選択性は大きく低下してしまうと考えられる。本発明の化合物は、Dpaのピリジン環にスペーサーを直接連結させ、分子全体の剛直性を高め、スペーサーが結合している二つのピリジン環の距離が変化し難い構造とすることで、二つのZn間の距離が大きく変化しないように工夫されている。
【0035】
【化9】
【0036】
[式(8)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0037】
【化10】
【0038】
[式(9)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0039】
【化11】
【0040】
[式(10)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0041】
【化12】
【0042】
[式(11)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示す。]
本発明の化合物は、様々な機能分子を修飾することが可能であり、修飾に用いることができる分子として例えば以下のものを挙げることが出来る。水溶性向上のためにエチレングリコール鎖、あるいは発光・蛍光センシングのための、例えば、ルミノール、イソルミノール、ルシフェリン、ジオキセタン、フルオレセイン、ローダミン等の発色性物質・発光性物質。また、核磁気共鳴法による検出のための常磁性体、磁性粒子や核磁気共鳴活性核種、γカウンター検出のための123I、201Tl、67Ga、99mTc、111Inなどの放射性核種、15O、13N、11C、18Fなどの陽電子放出種。さらに、治療のための薬剤など。特に、化合物の水溶性向上のためのエチレングリコール鎖が好ましい。また、常磁性体としてはガドリニウム、磁性粒子として酸化鉄微粒子をそれぞれ好適に用いることができる。また、核磁気共鳴活性核種として1H、13C、15N、19F、23Na、29Si、31Pなどを好適に用いることができる。
【0043】
このうち19Fは、1Hと同様に天然存在率がほぼ100%のNMR核種であり、検出感度が1Hの83%と高い。生体内のフッ素量は極めて少ないため、含フッ素化合物を造影剤として用いることにより、19Fを有する分子をプローブとしたイメージングが可能である(例えば特開平06−181890号公報、特表平05−506432号公報を参照)。フッ素イメージングは、汎用の1H用MRI装置で測定が可能である。19Fを有する分子は、インビボ以外でも、タンパク質の構造変化や相互作用の解析のためのプローブとして用いられている。そのため、19Fを検出核とするNMR(以下、F−NMRと略すことがある)、MRI(以下、F−MRIと略すことがある)は学術的にも臨床的にも利用価値は高い。この点については例えばYu JX et al., Curr Med Chem., 12, 819-848, 2005に報告されている。また、たとえば、パーフルオロ化合物で標識した移植細胞の検出が生体内で行われている(例えばAhrens ET et al.,Nat Biotechnol., 23, 983-987, 2005を参照)。また、アルツハイマーのアミロイドタンパクイメージング(例えばHiguchi M et al., Nat Neurosci., 8, 527-533,2005を参照)について報告がなされている。さらに、腫瘍イメージングについても報告されている(例えばMason RP et al., Magnetic Resonance Imaging, 7, 475-485, 1989を参照)。上記の様々な機能分子の修飾は、Dpa中の水素原子を置換することによって行ってもよく、スペーサーX中の水素原子あるいはフェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子を置換することによって行ってもよい。
【0044】
かくして、本発明のリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチド検出用化合物の特に好ましい例は、下記の式(12)〜(16)で表わされるものである。なお、式(12)で表される化合物は式(2)あるいは式(8)のフェニル基中の水素原子が置換された例であり、式(14)の化合物は式(3)あるいは式(9)のフェニル基中の水素原子が置換された例である。
【0045】
【化13】
【0046】
【化14】
【0047】
【化15】
【0048】
【化16】
【0049】
【化17】
【0050】
このような亜鉛二核錯体型の本発明の化合物はスペーサーXによって画定される距離に応じて、特定の距離でリン酸化残基を有するタンパク質またはペプチドに対し、上記のように空位のある亜鉛がリン酸基に特異的に結合する。これにより、そのタンパク質またはペプチドを選択的に認識・捕捉する機能を有する。例えば、上記の式(16)に示される化合物は、スペーサーとしてビニル基を採用したStilbazole(スチルバゾール)骨格を有する型である。当該型を有する化合物は多点リン酸化部位におけるi番目とi+2番目にリン酸化されたアミノ酸配列をもつタンパク質またはペプチドを選択的に認識する(後述の実施例1参照)。また、上記の式(12)に示される化合物は、スペーサーとしてBODIPY骨格を有する亜鉛二核錯体である。この亜鉛二核錯体は、多点リン酸化部位におけるi番目とi+4番目にリン酸化されたアミノ酸配列を有するタンパク質またはペプチドに対して良好な認識能を示し得る(後述の実施例2参照)。いずれの化合物も、非リン酸化ペプチドやリン酸化アミノ酸を一つ有するペプチドには結合しない。このようにして、本発明の化合物は、水中において特定のリン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチド、すなわち、特定の位置でリン酸基が存在するタンパク質またはペプチドを認識し、亜鉛がリン酸基に配位してそれぞれのリン酸基に結合する。これにより、2つのリン酸基間で該タンパク質またはペプチドを架橋認識して1:1の複合体を形成する形で化合物がタンパク質もしくはペプチドを捕捉する。ここで、架橋認識とは、本発明の化合物が有する2つのDpaのそれぞれがリン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチドの有するリン酸基を認識し、2つのリン酸基間で架橋している状態となっていることをいう。また、本発明の化合物が、架橋認識により、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの2つのリン酸基間で架橋している状態で当該タンパク質もしくはペプチドに結合することを架橋的な結合という。なお、リン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチドは3つ以上のリン酸基を有していてもよい。このような架橋的な結合は、後述の実施例に示すように、円偏光二色性(CD)スペクトルを測定することによって確かめられている。すなわち本発明にかかる化合物は多点リン酸化ペプチドもしくは多点リン酸化タンパクを検出することができる。
【0051】
本発明のリン酸化ペプチド(タンパク質)を検出する方法においては、本発明に係る化合物とリン酸化ペプチド(タンパク質)とを接触させ、該化合物とリン酸化ペプチド(タンパク質)の複合体を形成させ、該複合体の形成を検出する。ここで、該複合体は、該化合物が該リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクのリン酸基に架橋的に結合することにより形成されることもある。検出は、該複合体の形成により誘発される、結合前後における該化合物が発する蛍光信号や発光信号などの光学的信号のシグナル変化を測定することにより行えばよい。また、円偏光二色性(CD)等の光学的検出法を用いて、被捕捉物であるリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク側の構造変化を検出してもよい。検出方法はこれらに限定されず、蛍光物質、発光物質、酵素、蛍光タンパク質、発光タンパク質、磁性体、導電性物質等のシグナルを発し得る標識物質をスペーサーXに導入し、リン酸化ペプチドとの相互作用後に、適切な検出系で観測することも出来る。これらの物質を直接測定する以外にも、本発明の化合物に、蛍光等のシグナルを発し得る物質を二次的に特異的に結合させて該シグナルを検出することにより該化合物を検出してもよい。この場合、リン酸化ペプチドを捕捉している化合物は、蛍光分光光度計、γカウンター等を用いて標識に用いた物質から発せられる光や放射線等のシグナルを検出することにより行う。標識物質は限定されず、下記に挙げるような公知の標識物質ならびにそれらの誘導体あるいは付加物を用いることができる。例えば、蛍光標識物質としては以下のものを用いることができる。Alexa-350、Cy2、BODIPY 505/515、インチオシアン酸フルオレセイン(FITC)、イソチオシアン酸エオシン、Alexa-488、Alexa-430、Alexa-532、Alexa-555、Cy3、Alexa-546、PE、Rhordamine B、Cy3.5、Alexa-568、BODIPY 580/605、Alexa-594、Texas Red、Alexa-633、APC、Alexa-647、Cy5、Alexa-660、Alexa-680、Cy5.5、Alexa-750、Cy7、インドシアニングリーン、ユウロピウムやサマリウムなどのランタノイド錯体等。発光標識物質としては、次のものを用いることが出来る。ルミノール、イソルミノール、ルシフェリン、ジオキセタン、ルシゲニン(ビス−N−メイチルアクリジニウムナイトレート)、アクリジニウムエステル、アダマンチル1,2−ジオキセタンアリルリン酸、ナイトリックオキサイド、ビス(2,4,6−トリクロロフェニル)オキサレートなど。また、酵素と該酵素の発色・発光性基質の組み合わせを用いることも可能である。例えば、酵素としてルシフェラーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼが挙げられる。これらの基質として次の発色剤を組み合せることにより発色させることができる。ルシフェリン、3,3′−ジアミノベンジジン(DAB)、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルリン酸(BCIP)、3,3′−(3,3′−ジメトキシ−4,4′−ビフェニレン)ビス[2−(4−ニトロフェニル)−5−フェニル−2H−テトラゾリウム クロライド](NBT)等。核磁気共鳴法による検出のための標識物質として、ガドリニウムに代表される常磁性体、酸化鉄微粒子に代表される磁性粒子や核磁気共鳴活性核種を好適に用いることができる。γカウンター検出のための放射性核種としては、123I、201Tl、67Ga、99mTc、111Inなどが挙げられる。陽電子放出種として15O、13N、11C、18Fなどを用いることができる。また、核磁気共鳴活性核種として1H、13C、15N、19F、23Na、29Si、31Pなどを用いることができる。このような核磁気共鳴活性核種を有する場合、核磁気共鳴法を利用してリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクを検出することができる。すなわち、リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクと本発明に係る化合物とを接触させ、接触の前後での該化合物に由来するNMRシグナルの変化を測定することでリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクの検出ができる。さらに、上記の検出方法を用いることによりリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクのイメージングを行うこともできる。
【0052】
また、キナーゼの活性化を検出するためのキナーゼ活性検出化合物としても利用できる。この場合は、目的キナーゼ、基質ペプチド(基質タンパク)及び本発明の化合物の存在下、キナーゼによる基質ペプチドのリン酸化により、本発明の化合物がペプチドに結合することで起こる該化合物の発光信号などのシグナルの変化をキナーゼ活性として観測する。なお、本発明の化合物とペプチドとの結合は、該化合物がリン酸化された基質ペプチドもしくは基質タンパクのリン酸基に架橋的に結合することもある。さらに、この検出方法を用いることによりキナーゼ活性のイメージングを行うこともできる。
【0053】
また前述のような核磁気共鳴活性核種を有する場合、核磁気共鳴法を利用してキナーゼ活性を検出することができる。すなわち、基質ペプチドもしくは基質タンパクの存在下、該キナーゼの活性化にともなって、本発明に係る化合物がリン酸化された基質ペプチドもしくは基質タンパクのリン酸基に架橋的に結合する。その結果、該化合物の核磁気共鳴信号の変化が誘発され、この変化を測定することにより検出できる。さらに、この検出方法を用いることによりキナーゼ活性のイメージングを行うことも可能である。
【0054】
本発明の化合物の重要かつ有効なターゲットのひとつとして、タウタンパク質がある。タウタンパク質は、主に脳で発現される熱安定なタンパク質で、単一遺伝子の選択的スプライシングによる6つのアイソフォームが存在する。このタンパク質は、神経細胞や星状細胞、乏突起膠細胞内に存在する微小管の安定性や配向性を制御している。タウタンパク質の主な機能は、神経アクソン(軸索)内で微小管を安定化させ、束ねることである。タウタンパク質の異常なリン酸化により、微小管結合能を失うため微小管が不安定化する。微小管は細胞骨格を形成しているため、形態維持が不可能となり、神経細胞死を招く。この時、過剰にリン酸化されたタウタンパク質は繊維化し、蓄積する(神経原線維変化)。この様な神経原線維変化は、アルツハイマー病に代表される神経変性疾患の脳において最も顕著に見られる病理学的特徴として知られている。アルツハイマー病におけるタウタンパク質のリン酸化部位は、質量分析法やリン酸化依存性抗タウ抗体を用いて同定されており、タウタンパク質上の25箇所のセリンまたはトレオニンである。また、タウリン酸化酵素として、GSK3β、MAPキナーゼ(ERK1、ERK2、p38)、CDK5、JNK3、PKA、PKC、CaMキナーゼII、SAPキナーゼが知られている。これらの知見に基づき、タウタンパク質のリン酸化部位の中でも特定部位のリン酸化を選択的に認識可能な化合物は、過剰リン酸化されたタウタンパク質の存在に基づくアルツハイマー病の研究、診断が出来る。例えば、Koichi Ishiguro et al., Neuroscience Letters, (1999) 270, 91-94、にはアルツハイマー病検出の有効性について報告がされている。具体的には、多点リン酸化タウタンパク質の231番目トレオニン(Thr231)と235番目セリン(Ser235)のリン酸化を検出することに基づいて、アルツハイマー病を検出することができることが報告されている。さらには、特定のリン酸化部位の凝集体形成への関与の解明、凝集体形成の阻害あるいは特定のキナーゼ阻害剤の開発に貢献できる。すなわち、本発明にかかる化合物によって検出することのできる多点リン酸化タウタンパク質もしくは多点リン酸化タウタンパク質は、部分配列ペプチドであってもよい。さらには、少なくともThr231とSer235がリン酸化されているタウタンパク質もしくはリン酸化タウタンパク質の部分配列ペプチドでもよい。
【0055】
実施の一例としては、脳脊髄液や脳病理切片と化合物を接触させ、リン酸化タウタンパク質の存在を検出することができる。さらには、アルツハイマー病脳内の過剰リン酸化タウタンパクのインビボイメージング用化合物としても利用できる。化合物を投与した個体中における、過剰リン酸化タウタンパクの存在を、適切な検出系で観察する。この際には、化合物は近赤外領域に励起・発光する蛍光物質、ガドリニウムなどの常磁性体や酸化鉄微粒子などの磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種を含有することが望ましい。
【0056】
よって、本発明は、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチド、あるいはキナーゼ活性の検出方法、好ましくは発光検出方法を包含し、該方法は、以下の工程を有することを特徴とする。本発明にかかる多点リン酸基認識化合物を関心対象のタンパクもしくはペプチドと接触させる工程と、発光測定による化合物の発光変化からリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの存在あるいはキナーゼ活性を検出する工程とを有する。
【0057】
本発明の多点リン酸基認識化合物は、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドのイメージング方法およびキナーゼ活性のイメージング方法に用いることができる。そのため、該化合物はリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの量あるいは、キナーゼ活性との相関を有する疾病の診断に用いることができる。好ましくは、疾病に関連したタンパク質の異常なリン酸化もしくはキナーゼ活性のイメージング方法、好ましくは発光イメージングに用いることもできる。発光イメージング化合物の使用は、培養された細胞や組織を測定試料として疾病の研究を目的として使用することができる。また、当該疾病の患者の状態の診断や健常者における疾病の予防のための診断を目的とするイメージング方法に用いることもできる。具体的には、当該化合物を生体、あるいは生体から取得した細胞もしくは組織に導入してリン酸化タンパク質やキナーゼ活性のイメージング方法、好ましくは蛍光イメージングに用いることもできる。
【0058】
また、本発明にかかる化合物を用いてリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクを検出することでアルツハイマー病の診断を行うことができる。具体的には、本発明に係る化合物を培養細胞、生体から採取した細胞もしくは組織、又は生体に導入する。そうすると、リン酸化ペプチドもしくは該リン酸化タンパクと該化合物の接触にともなって、該化合物が該リン酸化ペプチドもしくは該リン酸化タンパクのリン酸基に架橋的に結合する。その結果、該化合物の発光信号の変化が誘発され、この変化を検出することにリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクの存否を検出し、アルツハイマーであるか否かを診断することができる。
【0059】
また、核磁気共鳴法を利用し、リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクを検出することでアルツハイマー病であるか否かを診断することもできる。すなわち、本発明に係る化合物を培養細胞、生体から採取した細胞もしくは組織、又は生体に導入し、リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクと本発明にかかる化合物とを接触させる。そして、接触の前後での該化合物に由来するNMRシグナルの変化を測定し、このシグナルの変化からリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクの存否を検出することで、アルツハイマー病の診断を行うことができる。
【0060】
なお、上記アルツハイマー病の診断方法は、アルツハイマー病など疾病に関連したリン酸化タンパク(ペプチド)もしくはキナーゼ活性を検出することにより疾病の位置と状態をモニタリングする工程、を有していてもよい。
【0061】
本発明の多点リン酸基認識化合物を用いる発光検出による診断方法は、以下の工程を有する。すなわち、化合物を培養細胞、生体から採取した細胞もしくは組織、又は生体に導入する工程と、疾病に関連したリン酸化タンパク質もしくはキナーゼ活性を検出することにより疾病の位置と状態をモニタリングする工程である。
【0062】
本発明はまた、上に定義した研究用あるいは診断用アッセイを実施するために使用できるキットに関する。リン酸化タウペプチド、リン酸化タウタンパク、多点リン酸化ペプチド、多点リン酸化タンパク質の存在を検出あるいは定量したり、キナーゼ活性を測定するためのキットであって、少なくとも本発明の化合物を含んでなるキットが提供される。更に、このようなキットは、必要であれば、その測定に使用される試薬、たとえばターゲットペプチドもしくはタンパク質を認識する抗体を含む。この抗体は、モノクローナル抗体やポリクローナル抗体であり、必要であれば検出のために標識されている抗体を含む。また、容器やバッファー類などのアッセイに必要な試薬類、陽性コントロール試薬、陰性コントロール試薬、キナーゼ阻害剤、取扱説明書などを適宜含むことができる。上述したように、アルツハイマー病に関連した多点リン酸化タウタンパク質や多点リン酸化タウペプチドを検出することが出来る本発明の化合物を含む診断キットは、アルツハイマー病の診断を迅速および経済的に実施することができる非侵襲性の手段を提供する。
【0063】
図1は、本発明で提供されるリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの検出方法の模式図を示している。リン酸基認識化合物(A)は多点のリン酸基(B)間の距離を認識し、リン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からのシグナル(D)、例えば蛍光が、結合の前後でその強度や極大波長が異なるので、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出することができる。
【0064】
また、核磁気共鳴(NMR)の信号を利用する場合、核磁気共鳴活性核種を有するリン酸基認識化合物(A)は多点のリン酸基(B)間の距離を認識する。この認識した距離に基づいてリン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からの磁気共鳴シグナル(NMRシグナル)(D)を観察する、あるいは結合前後のシグナル強度やケミカルシフト変化を観察することで、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出することができる。 図2は、本発明で提供されるキナーゼ活性の検出方法の模式図を示している。キナーゼ(E)によるリン酸化が多点で生じると、共存させているリン酸基認識化合物(A)はそのリン酸基(B)間の距離を認識し、リン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からのシグナル(D)、例えば蛍光が、結合の前後でその強度や極大波長が異なるので、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出する結果、キナーゼ活性を検出できる。
【0065】
また、核磁気共鳴(NMR)の信号を利用する場合、キナーゼ(E)によるリン酸化が多点で生じると、共存させている核磁気共鳴活性核種を有するリン酸基認識化合物(A)はそのリン酸基(B)間の距離を認識する。この認識した距離に基づいてリン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からの磁気共鳴シグナル(D)を観察する、あるいは結合前後のシグナル強度やケミカルシフト変化を観察することで、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出する結果、キナーゼ活性を検出できる。
【実施例】
【0066】
以下に、本発明の特徴をさらに明らかにするために実施例に沿って本発明を説明するが、本発明はこの実施例によって制限されるものではない。なお、本明細書および図面中の化学構造式においては、慣用的な表現法に従い、炭素原子や水素原子を省略して示していることもある。また、化学構造式において、破線で示しているのは配位結合である。
【0067】
(実施例1:発光性化合物の合成)
本発明に従う発光性化合物として、既述の式(16)で表されるZn(Dpa) Stilbazole型錯体1(図3)を以下のスキームで合成した。また比較のため、Dpaを一つ有する化合物2(図4)も合成した。図5に合成スキームを示す。
【0068】
(実施例1(1)化合物3-1の合成)
100ml三口ナスフラスコに、2-ピリジンカルボン酸塩酸塩 5.0g (31.7mmol)、塩化チオニル 15mlを入れ氷浴上で攪拌した。その溶液に、蒸留水 0.5ml (31.7mmol / 1eq)をゆっくり滴下し、滴下後に加熱還流を開始した。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、3日後に反応の終了を確認した。溶媒を減圧留去し、さらにトルエンを加えて減圧留去を行った。残渣にトルエンを30ml加え、氷浴で冷却し、MeOH (1.3eq)をゆっくり滴下すると固体が析出した。析出した固体をろ別し、トルエンで洗浄した。得られた固体をクロロホルムに溶解し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去した。精製はカラムクロマトグラフィー (シリカゲル, Hexane / EtOAc = 3 / 1)により行い、白色固体 2.52g (46.3%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 4.02 (3H, s), 7.49 (1H, dd, J=2.0, 4.8 Hz), 8.14 (1H, ds J=2.0 Hz), 8.65 (1H, d, J=4.8 Hz). FAB-LRMS m/e 172 [M+H]+.)
(実施例1(2)化合物3-2の合成)
50ml二口ナスフラスコに、化合物3-1 1.5g (8.74mmol)、THF 5ml、MeOH 10mlを入
れ、氷浴上で攪拌した。その溶液にCaCl2 3.8g (4.0eq)、NaBH4 658mg(2.0eq)を加え、そ
のまま攪拌を続けた。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、1時間後に
反応の終了を確認した。反応溶液に酢酸エチルを加え、酢酸エチルにより抽出を行った。
有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去し、無色オイル状化合物
1.23g (quant.)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、
CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 4.75 (s, 2H), 7.22 (d, 1H, J=5.2 Hz), 7.31 (s, 1H), 8.45 (d,1H, J=5.2 Hz). FAB-LRMS m/e 144 [M+H]+ )
(実施例1(3)化合物3-3の合成)
100ml二口ナスフラスコに、化合物3-2 1.23g (8.56mmol)、クロロホルム 15ml、二酸化
マンガン 9.2g (7.5times(wt.) S.M.)を入れ、加熱還流した。反応追跡はTLC (Hexane /
EtOAc = 1 / 1) により行い、2時間後に反応の終了を確認した。不溶物をセライトろ過により取り除き、ろ液を減圧留去し、淡黄色オイル状化合物1.20g (quant.)を得た。同定は
1H-NMR、CI-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 7.52
(dd, 1H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.95 (ds, 1H, J=2.0 Hz), 8.68 (d, 1H, J=5.2 Hz), 10.1 (s, 1H).CI-MS m/e 140[M-H]+ )
(実施例1(4)化合物3-4の合成)
50ml二口ナスフラスコに、化合物3-3 600mg (4.24mmol)、メタノール 15ml、オルトギ酸トリメチル 0.71ml (2.1eq)、p-トルエンスルホン酸一水和物 32.2mg (0.04eq)を入れ、加熱還流を行った。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、5時間後に反応の終了を確認した。溶媒を減圧留去し、酢酸エチルを加え、2N 水酸化ナトリウム水溶液により洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去し、淡黄色オイル状化合物 571.2mg(80.1%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 3.41 (s, 6H), 5.36 (s, 1H), 7.27 (dd, 1H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.58 (ds, 1H, J=2.0 Hz), 8.51 (d, 1H, J=5.2 Hz). FAB-LRMS m/e 188 [M+H]+)
(実施例1(5)化合物3-5の合成)
脱気アルゴン置換を行った100ml二口ナスフラスコに、化合物3-4 571.2mg (3.04
mmol)、乾燥トルエン 20ml、トリブチルビニルスズ 1.1ml (1.2eq)、Pd(PPh3)4 350mg
(10%mol of S.M.)を入れ、加熱還流を行った。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、1日後に反応の終了を確認した。不溶物をセライトろ過によりろ別し、ろ液を減圧留去した。ジイソプロピルエーテルを加え、析出した不溶物をろ別し、ろ液を減圧留去した。精製はカラムクロマトグラフィー (シリカゲル, Hexane / EtOAc = 3 / 1)により行い、黄色オイル状化合物 446.8mg(82.0%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 3.42 (s, 6H), 5.37 (s, 1H), 5.50 (d, 1H,J=10.8 Hz), 6.00 (d, 1H, J=17.6 Hz), 6.68 (dd, 1H, J=10.8, 17.8 Hz), 7.23 (dd, 1H, J=1.6,5.2 Hz), 7.53 (s, 1H), 8.56 (d, 1H, J=4.8 Hz). FAB-LRMS m/e 180[M+H]+.)
(実施例1(6)化合物3-6の合成)
50ml二口ナスフラスコに、化合物3-5 308.9mg (1.72mmol)、乾燥トルエン 15ml、グラ
ブス触媒 57mg(2nd generation, 5%mol)を加え、加熱還流を行った。反応追跡はTLC
(Hexane / EtOAc = 1 / 5) により行い、1日後に反応の終了を確認した。不溶物をセライトろ過によりろ別し、ろ液を減圧留去した。ジイソプロピルエーテルを加え、析出した不溶物をろ別し、ろ液を減圧留去した。次にヘキサンを加え、析出した不溶物をろ別し、ろ液を減圧留去すると、固体が析出した。ヘキサン/ジイソプロピルエーテル= 1 : 1の混合溶媒により固液洗浄を行い、得られた個体を減圧乾燥した。淡茶色固体 109.4mg (38.2%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 3.44 (s, 12H), 5.41 (s, 2H), 7.28 (s, 2H), 7.34 (dd, 2H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.68 (s, 2H), 8.62 (d, 2H, J=2.0, 5.2 Hz). FAB-LRMS m/e 331 [M+H]+.)
(実施例1(7)化合物3-7の合成)
25ml二口ナスフラスコに、化合物3-6 50mg (0.15mmol)、THF 7ml、1N HCl水溶液 3mlを入れ、室温で攪拌した。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 5) により行ったが、原料の消失が確認されなかったため、濃塩酸を1ml加え50℃で攪拌した。加熱を開始して4時間後に原料の消失をTLCにより確認したため、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で中和を行い、酢酸エチルによる抽出を行った。有機層を飽和食塩水により洗浄し、硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去し、淡茶色オイル状化合物 46.8mg(quant.)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 7.39 (s, 2H), 7.61 (dd, 2H, J=2.0, 5.2 Hz), 8.11 (s, 2H), 8.83 (d, 2H, J=5.2 Hz), 10.1 (s, 2H). FAB-LRMS m/e 239 [M+H]+.)
(実施例1(8)化合物3-8の合成)
100ml二口ナスフラスコに、次の物質を加え、室温で攪拌した。化合物3-7 35.7mg (0.15mmol)、ジクロロエタン 15ml、酢酸1滴、ピコリルアミン67.0mg (HBr塩, 2.2eq)、Na(OAc)3BH 150mg (4.0eq)。反応追跡はTLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, NH3aq入り) により行い、7時間後に反応の終了を確認した。反応溶液に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて中和し、クロロホルムによる抽出を行った。有機層を飽和食塩水により洗浄し、硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去した。精製はカラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 40 / 1 → 20 / 1, NH3aq入り)により行い、黄色オイル状化合物 446.8mg(82.0%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CD3OD、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.30 (s, 6H), 3.78 (s, 8H), 7.30 (t, 2H, J=4,8 Hz), 7.51 (s, 2H), 7.54 (d, 2H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.65 (d, 2H, J=8.0 Hz), 7.80-7.84 (m, 4H), 8.46-8.49 (m, 4H). FAB-LRMS m/e 451 [M+H]+)
(実施例1(9)化合物3-9の合成)
化合物3-8の合成と同様に行った。異なる点は、ピコリルアミンを1等量とし、ピコリルアミンのジクロロエタン溶液を氷浴上でゆっくり滴下したことである。また、二つのアルデヒドの一方が反応中にNa(OAc)3BHによりベンジルアルコールへと酸化されたものが主生成物であった。化合物3-7を出発原料とし(35.7mg (0.15mmol))、黄色オイル状化合物 35.1mg(67.3%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CD3OD、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.36 (s, 3H), 3.80 (s, 4H), 4.80 (s, 2H), 7.17 (t, 1H, J=4.4 Hz), 7.31 (d, 1H, J=5.2 Hz), 7.37 (s, 1H), 7.49 (d, 1H, J=7.6 Hz), 7.65-7.69 (m, 2H), 8.55-8.59 (3H). FAB-LRMS m/e 347 [M+H]+)
(実施例1(10)化合物1の合成)
50ml一口ナスフラスコに、化合物3-8 42.9mg (0.095mmol)、アセトニトリル 10ml、305.99mM Zn(NO3)2水溶液 591.2ml(1.9eq)を入れ、室温で攪拌した。2時間後、反応溶液中に固体が析出していたため、その固体をろ別し、アセトニトリルで洗浄した後に得られた固体を減圧乾燥した。白色固体49.1mg(62.1%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MS及び元素分析により行った。(1H-NMR (400MHz、D2O、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.27 (s, 6H), 4.03-4.17 (m, 8H), 7.45-7.52 (m, 6H), 7.63-7.67 (m, 4H), 7.96 (t, 2H, J=7.6 Hz), 8.51-8.53 (m, 4H).FAB-LRMS m/e 768 [M-NO3-+H]+ . Anal Calcd for C28H30N6・2Zn(NO3)2 : C, 40.55; H, 3.65; N, 16.89. Found: C, 40.71; H, 3.65; N, 17.02.)
(実施例1(11)化合物2の合成)
化合物1の合成と同様に行った。Zn(NO3)2水溶液を1eqとし、攪拌をおこなったが、固体の析出が見られなかったため、溶媒を減圧留去したところ、固体の析出が確認された。析出した固体をアセトニトリルで固液洗浄し、得られた固体を減圧乾燥した。化合物3-9を出発原料とし(20.0mg (0.058mmol))、黄色オイル状化合物 7.0mg(22.5%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-HRMSにより行った。(1H-NMR (400MHz、D2O、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.26 (s, 3H), 4.04-4.16 (m, 4H), 7.39-7.52 (m, 5H), 7.59-7.66 (m, 3H), 7.97 (t, 1H, J=7.6 Hz), 8.39 (d, 1H, J=5.2 Hz), 8.49 (d, 1H, J=5.2 Hz), 8.53 (d, 1H, J=4.8 Hz).ベンジルプロトンがD2Oピークと重なっている。FAB-HRMS m/e 472.0963 [M-NO3-+H]+)
(実施例1(12)ターゲットとする多点リン酸化ペプチドの設計)
タウタンパク質のリン酸化部位の中でも特に(i, i+2)の位置でリン酸化を受けている部分配列を採用し、それらを設計・合成した。また、(i, i+4)や(i, i+6)の位置に二つのリン酸基を有しているタウ配列ペプチドもコントロールペプチドとして合成した。さらに、本発明の化合物分子が、特定のリン酸化部位のみを認識可能であるかを評価するため、(i, i+4, i+6)の位置がリン酸化されている三リン酸化ペプチドも同時に合成した(Tau204-216 3P)。図6に合成したリン酸化ペプチドを示す。
【0069】
(実施例1(13)多点リン酸化ペプチド合成)
全てのペプチドは、ペプチド自動合成機 (ABI 433A, Applied Biosystems)で行った。ソフトウェアは、Standard Fmoc-based FastMoc coupling chemistryを用いた。ペプチド合成に用いたFmoc保護アミノ酸及び試薬は渡辺化学工業から購入した。Amide resin樹脂(導入率0.64mmol / g, 0.1mmolスケール)に対して4等量のFmocアミノ酸(0.4mmol)を合成用バイアルに入れ、自動合成した (N末端アミノ酸の脱保護まで行った)。樹脂からの切り出し及び脱保護は以下の操作に従って行った。得られた樹脂を50mlのナスフラスコに入れ、切り出し・脱保護用試薬(m-クレゾール, チオアニソール, トリフルオロ酢酸)をそれぞれ必要量加え、室温で1時間撹拌した。各試薬の必要量は、樹脂300mgに対し、m-クレゾール 0.06ml, チオアニソール 0.36ml, トリフルオロ酢酸2.58mlである。樹脂をろ別し、ろ液を減圧留去した。TBMEを加え、生じた粗ペプチドの沈澱物をろ別し、デシケーター中で減圧乾燥した。得られた粗ペプチドを蒸留水に溶解させ、不溶物をメンブレンフィルターによりろ過したものをHPLCでの精製に用いた。HPLCの条件は次のとおりである。カラム:ODS-A (YMC社 , 10mm×250mm , 30mm)、移動相: A / B= 5 / 95〜40 / 60 , 40分かけてグラジエント。A:アセトニトリル(0.1% TFA)、B:蒸留水(0.1% TFA)、流速:3ml / min、検出波長:220nm。同定はMALDI-TOF MSにより行い、その結果は次のとおりである。Tau210-220-2P;計算値 ([M-H]-) 1512.61、測定値1506.83。Tau231-238-2P;計算値 ([M-H]-) 1117.39、測定値1111.81。Tau227-238-2P;計算値 ([M-H]-) 1542.47、測定値1552.0。Tau204-216-3P;計算値 ([M-H]-) 1808.47、測定値1813.8。Tau204-216-2P (i,i+4);計算値 ([M-H]-) 1730.72、測定値1722.75。Tau204-216-2P (i,i+6);計算値 ([M-H]-) 1730.72、測定値1733.9。分取したペプチド溶液は凍結乾燥した。
【0070】
(実施例1(14)化合物1及び化合物2のペプチド認識能の評価)
(Tau210-2202Pを用いた検討)
蛍光スペクトル測定により、化合物1及び化合物2のペプチド認識能の評価を行った。
測定は、[化合物1あるいは2] = 10mM、 光路長1cm、 pH7.2、 50mM HEPES buffer、25℃で行った。励起波長は次のとおりである。化合物1はλex = 323nm, Ex / Em = 15nm / 10nm,、Tau210-220-2Pのみλex = 323nm, Ex / Em = 5nm / 10nmとした。化合物2 はλex = 305nm, Ex / Em = 10nm / 12nmとした。図7に示すように、化合物1にTau210-2202Pを添加すると、350nmの蛍光強度が減少し、430nm付近の長波長側の蛍光強度が増加した。この変化はペプチドを過剰に加えていくと飽和をむかえた。それぞれの蛍光変化から会合定数を算出したところほぼ105M-1オーダーであった。一方、図8Aに示すように、化合物2にTau210-2202Pを滴下した結果、蛍光が全体的に緩やかに減少するだけであった。以上の結果から、化合物1における蛍光の二波長変化は、化合物1の二つの亜鉛錯体がペプチド上の二つのリン酸基を認識したためであると示唆された。化合物1及び化合物2自体の蛍光スペクトルを比較すると、化合物1より化合物2が短波長側の蛍光が極端に小さく、長波長側の蛍光が大きいことが明らかとなった(図8B)。測定は、[化合物1あるいは2] = 10mM, λex = 305nm, Ex / Em = 10nm / 12nm、50mM HEPES buffer, 1cm セル, 25℃で行った。この結果から、化合物1のペプチド添加に伴った蛍光の二波長変化は、ペプチド上のリン酸基への結合に伴ったスペーサー(ビニル基)に連結するピリジンへの亜鉛イオンの配位状態の変化が要因であることが明らかとなった。これはスチルバゾール骨格の回転抑制を要因とする当初の予想とは異なる結果であった。
【0071】
(その他のペプチド及びフェニルリン酸での検討)
化合物1に、各ペプチドを滴下した際の各波長における結合乗数を図9に示す。二つのリン酸基がi, i+2の距離に位置しているペプチドを滴下した場合には、いずれも蛍光の二波長変化が観測された。また、蛍光変化から算出された各ペプチドとの結合定数も全てほぼ105オーダーの値を示した。一方、二つのリン酸基がi, i+4やi, i+6の距離に位置しているペプチドでは、顕著な蛍光変化は観測されなかった。また、小分子リン酸種であるフェニルリン酸においても、顕著な蛍光変化は観測されなかった。これらの結果の中でも特筆すべきはTau204-216 3Pでは蛍光の二波長変化が生じたが、Tau204-216 2P (i, i+4)やTau204-216 2P (i, i+6)では顕著な蛍光変化が生じなかったことである(図9、図10)。以上の結果から、化合物1は、ペプチド上のi, i+2のリン酸化状態を選択的に認識することが明らかとなった。また、同一配列上に複数のリン酸基が存在する中でも、特定の位置に存在するリン酸基に特異的に結合していることも明らかとなった。
【0072】
(実施例1(15)化合物1のタウ配列ペプチドへの親和性の評価)
以上の検討により、化合物1にi, i+2の位置にリン酸基を有するタウ配列ペプチドを添加すると、蛍光の二波長変化が生じた。この蛍光変化が結合に伴った変化であるかを評価するため、特にTau210-220 2P、Tau204-216 3P、Tau204-216 2P (i, i+6)の三種類のペプチドを用いてITC測定による親和性の評価を行った。ITC測定の条件は次のとおりである。Tau210-2202P : [化合物1] = 100μM, [peptide] = 2mM。Tau204-216 3P : [化合物1] = 50μM, [peptide] = 1mM。Tau204-216 2P (i, i+6) : [化合物1] = 100μM, [peptide] = 3.24mM。この濃度で滴定回数 : 24回, 測定温度 : 25℃、pH7.2、50mM HEPES buffer中で行った。化合物1にTau210-220 2Pを添加した際の熱量変化を図11に、三種類のペプチドそれぞれにおける熱量変化から得られた各種熱力学的パラメータを図12に示す。ペプチド滴下に伴った熱量変化は、エントロピー駆動的な吸熱過程であった(ΔS > 0、ΔH > 0)。この変化は、化合物分子やリン酸化ペプチドに水和している水分子が結合に伴って脱水和したことに由来すると考えられる。Tau210-220 2PやTau204-216 3Pにおいて得られた会合定数(K = 3.33 x 105 M-1、K = 2.88 x 105 M-1)は、蛍光変化により算出した値とほぼ同等の値であった。この結果は、化合物1にTau210-220 2PやTau204-216 3Pを添加した際の蛍光変化が、結合を反映した変化であることを示している。一方、Tau204-216 2P (i, i+6)では、N = 0.51となり、ペプチド上の二つのリン酸基それぞれに化合物二分子がそれぞれ個別に相互作用していると考えられる。また、算出されたKaもモノZn / Dpa錯体と同等の値となったことも架橋構造ではなく、1 : 2の相互作用をしていることを示唆している。以上の結果から、化合物1がTau210-220 2PやTau204-216 3P上のi, i+2の位置に存在する二つのリン酸基を選択的に架橋認識していることが明らかとなった。
【0073】
(実施例1(16)化合物1のTau210-2202Pへの結合様式の検証)
化合物1のTau210-2202Pへの相互作用モードを評価するため、化合物分子へのペプチド添加前後におけるCDスペクトル変化を測定した。CDスペクトル測定は次の条件で行った。[化合物1] = 20uM, [Tau210-2202P] = 0 or 20uM。 pH8.0 Borate buffer, 2mmセル, 室温、スキャンスピード : 200nm / min, 積算 : 10回, レスポンス : 2sec, バンド幅 : 1.0nm。化合物1にTau210-2202Pを添加したところ、化合物分子の吸収極大波長をゼロとし、正と負のコットンピークが観測された(図13A)。この結果は、化合物分子がTau210-2202P上の二つのリン酸基に架橋的に結合することで、ペプチドの不斉が化合物に反映されていることを示す。次に、化合物1へのTau210-2202P添加に伴ったCDスペクトル変化(λ = 291nm)を利用して、Job's Plotを作成し化学量論比の決定を行った。
Job's plotの作成には次の条件で測定を行った。[化合物1] + [Tau210-2202P] = 20uM。 pH7.2 HEPES buffer, 1cmセル, 室温、スキャンスピード : 200nm / min, 積算 : 10回, レスポンス : 2sec, バンド幅 : 1.0nm。[Tau210-2202P] : [化合物] = 1 : 1の場合に最大値をとるようなプロットが得られ(図13B)、Tau210-2202Pと化合物1が1 : 1で結合していることが明らかとなった。以上の検討から、化合物1がTau210-2202P上の二つのリン酸基に架橋認識して1 : 1で結合していることが明らかとなった。
【0074】
(実施例1(17)まとめ)
以上の結果をまとめると、化合物分子自身の骨格を剛直にするため、スペーサー(ビニル基)にZn / Dpa錯体を直結させ、スペーサーをDpaのピリジン環の4位に直接導入した新規Stilbazole型化合物を合成した(化合物1及び化合物2)。化合物1は、タウタンパク質の多点リン酸化配列上のi, i+2の位置に離れて存在するリン酸基を架橋認識して1 : 1で結合し、蛍光の二波長変化によって読み出すことに成功した(Ka = 〜105 M-1)。さらに化合物1は、複数のリン酸基が存在する中でi,i+4やi,i+6に位置する二つのリン酸基には結合せず、i, i+2に位置する二つのリン酸基のみを選択的に認識することが明らかとなった。既に報告されている、スペーサーが亜鉛錯体部分の窒素原子に結合している多点リン酸化ペプチド認識化合物では、リン酸基の距離認識性は3倍程度の親和性の差で示されている。詳細はJ. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185, Akio Ojida et al.を参照のこと。すなわち、弱くではあるがリン酸基距離の異なる複数のジリン酸化ペプチドと相互作用する。用いられている基質ペプチド配列が本実施例の配列と異なるため直接的な比較は出来ないが、蛍光強度変化を指標にした場合には、本発明の化合物1は、ジリン酸間における距離認識性が向上していると言える。
【0075】
ペプチドへの結合に伴った蛍光の二波長のメカニズムを検討した結果、ペプチド上のリン酸基への配位に伴ったスペーサー内のピリジンへの亜鉛イオンの配位状況の変化に由来することが明らかとなった。本化合物は、タウタンパク質上の特定リン酸化配列のみを認識可能であるため、タウタンパク質の検出や分離、さらには特定のタウキナーゼの阻害剤開発や特定のタウキナーゼの凝集体形成への関与の解明などに展開可能である。
【0076】
(実施例2:発光性化合物の合成(BODIPY-Zn(Dpa))
本発明に従う別の発光性化合物として、既述の式(12)で表されるBODIPY-Zn(Dpa)(化合物9とする)を以下のように合成した。図14に合成スキームを示した。
【0077】
(実施例2(1)化合物11の合成)
100ml三口ナスフラスコに、以下の物質を加え、100℃で攪拌した。3,5-ジヒドロキシ-ベンズアルデヒド 1.0g (7.24mmol)、炭酸カリウム 2.5g (18.1mmol, 2.5eq)、リチウムブロマイド 628.7mg (7.24mmol, 1.0eq)、乾燥DMF 35ml。その後、反応溶液にトリエチレングリコールモノクロロヒドリンの乾燥DMF溶液 (2.31ml (15.9mmol, 2.2eq) / 10ml)を滴下し、100℃で引き続き攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、五日後に反応の終了を確認した。不溶物をろ別後、ろ液を減圧留去した。酢酸エチル及び10% w/v 炭酸カリウム水溶液を加え、酢酸エチルにより抽出を行った。その後、有機層を10% w/v 炭酸カリウム水溶液により洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 15 / 1)により行い、薄茶色オイル状化合物を得た(収量 (収率):2.75g (98.0%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0078】
【表1】
【0079】
(実施例2(2)化合物12の合成)
二口50mlナスフラスコに化合物11 1.0g (2.57mmol)、2,4-ジメチルピロール514.3mg (0.56ml / 2.1eq)、乾燥CH2Cl2、TFA一滴を入れ、室温で攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、24時間後に反応の終了を確認した。反応溶液をCH2Cl2により希釈し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 10 / 1)により行い、茶色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 824.2mg (55.7%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0080】
【表2】
【0081】
(実施例2(3)化合物13の合成)
二口50mlナスフラスコに次の物質を入れ、0℃で攪拌した。化合物12 824mg (1.43mmol)、ヨウ素 798.5mg (3.15mmol / 2.2eq)、炭酸カリウム 593mg (4.29mmol / 3.0eq)、メタノール 10ml。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、12時間後に反応の終了を確認した。クロロホルムにより抽出を行い、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液により洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。褐色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 886.3mg (75.1%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0082】
【表3】
【0083】
(実施例2(4)化合物14の合成)
二口50mlナスフラスコに、化合物13 880.0mg (1.07mmol)、DIEA 6.52ml (35eq / 37.5mmol)、乾燥CH2Cl2 15mlを入れ、0℃で10分攪拌した。その後、BF3-OEt2 5.95ml(48eq / 51.4mmol)を加え、0℃でさらに攪拌を行った。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、2時間後に反応の終了を確認した。反応溶液を蒸留水及び2N NaOH水溶液により洗浄し、有機層を硫酸ナトリウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。黒赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 866.3mg (92.8%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0084】
【表4】
【0085】
(実施例2(5)化合物15の合成)
脱気アルゴン置換を行った二口50mlナスフラスコに次の物質を入れ、室温で10分攪拌した。化合物14 465.4mg (0.53mmol)、ピリジンボロン酸 739.7mg (1.33mmol / 2.5eq)、dry DMF 10ml、Pd(OAc)2 (S. M.に対して5%mol)、PPh3 (S. M.に対して10%mol)。その後、2M Na2CO3水溶液 2ml加え、70℃で攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, シリカゲル) により行い、2時間後に反応の終了を確認した。溶媒を減圧留去し、残渣にCH2Cl2を加え、不溶成分をろ別し、ろ液を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 10 / 1)により行い、赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 283.5mg (58.0%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0086】
【表5】
【0087】
(実施例2(6)化合物16の合成)
二口50mlナスフラスコに、化合物15 280mg (0.30mmol)、AcOH-H2O (3 / 2) 15mlを入れ、加熱還流を行った。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, シリカゲル) により行い、3時間後に反応の終了を確認した。反応溶液を氷に注ぎ、炭酸カリウムにより中和を行った。その後、クロロホルムにより抽出し、有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した。赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 56.0mg)。同定は1H-NMRにより行った。
【0088】
【表6】
【0089】
(実施例2(7)化合物17の合成)
二口50mlナスフラスコに、化合物16 56.0mg (0.067mmol)、乾燥CH2Cl2 10ml、酢酸2滴、アミノメチルピコリン21.4mg (2.5eq)を入れ、室温で10分間攪拌した。その後、NaBH(OAc)3 61.3mg (3.0eq)を加え、室温で攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, NH3aq入り, シリカゲル) により行い、24時間後に反応の終了を確認した。反応溶液に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、クロロホルムにより抽出を行った。有機層を硫酸ナトリウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 30 / 1, NH3aq入り)により行い、赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 44.7mg (63.6%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0090】
【表7】
【0091】
(実施例2(8)化合物9の合成)
一口50mlナスフラスコに、化合物17 26.5mg (0.025mmol)、単蒸留アセトニトリル / メタノール 10mlを加え、均一溶液になるまで攪拌を行った。その後、305.99mM Zn(NO3)2水溶液 161.91μl (1.95eq)を加え、室温で一時間攪拌した。反応溶液を減圧留去し、少量の蒸留水を加え、凍結乾燥を行った。得られた固体を酢酸エチル及びヘキサンにより洗浄し、減圧乾燥した。橙色固体を得た(収量 (収率) : 30.5mg (84.5%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0092】
【表8】
【0093】
(実施例2(9)ターゲットとする多点リン酸化ペプチドの設計)
タウタンパク質のリン酸化部位の中で(i, i+4)の位置でリン酸化を受けている部分配列ペプチド(Tau 2P)を合成した。231番目のトレオニンと235番目のセリンがリン酸化されている。また、コントロールペプチドとしてリン酸化なしペプチド(Tau 0P)、およびiの位置にリン酸基を有しているモノリン酸化タウ配列ペプチド(Tau 1P)も合成した。ペプチド合成は(実施例1(13))に従って行った。図15に合成したリン酸化ペプチドを示す。
【0094】
(実施例2(10)リン酸化タウモデルペプチドとBODIPY-Zn(Dpa)の相互作用解析)
蛍光スペクトル測定により、BODIPY-Zn(Dpa)化合物9(以後、BODIPY-Zn(Dpa)と略す)のリン酸化ペプチド認識能の評価を行った。測定は、[BODIPY-Zn(Dpa)] = 5 mM、pH7.2、50mM HEPES buffer、25℃で行った。励起波長は、λex = 530 nmとした。図16Aに示すように、BODIPY-Zn(Dpa)にTau 2Pを添加すると、540 nmの蛍光強度が増加した。この変化はTau 2Pを過剰に加えていくと飽和をむかえた。蛍光の変化から会合乗数を算出したところ2.75x105 M-1であった。一方、BODIPY-Zn(Dpa)にTau 0PもしくはTau 1Pを滴下した結果、ペプチドの添加に伴って、蛍光強度は緩やかな減少を示したが大きな変化は認められなかった。(図16B)。これらの結果を表9に示す。この結果より、Tau P2添加系における蛍光強度の増加はBODIPY-Zn(Dpa)の二つの亜鉛錯体がペプチド上の二つのリン酸基を認識したためであると考えられる。以上の結果から、BODIPY-Zn(Dpa)はTau 2P、ここでは「i」と「i+4」番目のアミノ酸がリン酸化されたタウペプチドの検出が可能であることがわかった。
【0095】
実施例1で用いたペプチドTau 204-216 3PもしくはTau 204-216 2Pを滴下した際の蛍光変化量を測定し、親和性(会合定数)を算出した。その結果を表9に示す。「i」と「i+4」番目のアミノ酸がリン酸化されたペプチドTau 204-216 3Pの検出が可能であったことに対し、「i」と「i+6」番目のアミノ酸がリン酸化されたペプチドTau 204-216 2Pの検出はできなかった。以上から、BODIPY-Zn(Dpa)はペプチド上の二つのリン酸基を架橋型の相互作用により距離選択的に認識していることが示された。
【0096】
【表9】
【0097】
前述の既に報告されているスペーサーが亜鉛錯体部分の窒素原子に結合している多点リン酸化ペプチド認識化合物では、10倍の親和性の差を示すものの、モノリン酸化ペプチド、ジリン酸化ペプチドともに相互作用する。詳細はJ. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185, Akio Ojida et al.を参照のこと。一方、BODIPY-Zn(Dpa)ではモノリン酸化ペプチドTau 1Pでは蛍光強度は変化しない。用いられている基質ペプチドの配列が本実施例の配列と異なるため直接的な比較は出来ないが、蛍光強度変化を指標にした場合、ジリン酸化ペプチドに対する選択性が向上していることがわかった。
【0098】
さらに、BODIPY-Zn(Dpa)は、「iとi+6番目」がリン酸化されたペプチドTau 204-216 2Pに対しては、蛍光強度の変化は観察されず、相互作用しなかった。前述の既に報告されている多点リン酸化ペプチド認識化合物では、弱くではあるがリン酸基距離の異なる複数のジリン酸化ペプチドと相互作用する。詳細はJ. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185, Akio Ojida et al.を参照のこと。この結果からも、BODIPY-Zn(Dpa)は、蛍光強度変化を指標にした場合、ジリン酸化ペプチド間におけるリン酸基の距離認識性が向上していることがわかった。
【0099】
BODIPY-Zn(Dpa)とTau 2Pの濃度の合計が5μMの系でJob's プロットを行った結果を図17に示した。グラフはモル比0.5で最大値となることから、BODIPY-Zn(Dpa)とTau 2Pは化学量論比1:1 の複合体を形成することを示している。
【0100】
(実施例2(11)BODIPY-Zn(Dpa) を用いたキナーゼアッセイ)
タウタンパク質のリン酸化部分配列ペプチドTau 1P、BODIPY-Zn(Dpa)、ならびに231番目トレオニンをリン酸化するGSK−3βを用いたキナーゼアッセイを試みた。実験条件は次のとおりである。Tau 1Pの濃度は20μM、BODIPY-Zn(Dpa)濃度は20μM、 ATPを100μM, BSAを2μg, 50 mM HEPES, 10mM MgCl2, 10mM DTT, 2μM EDTA, pH7.2、30℃とした。励起波長は540 nmとした。結果を図18に示した。図18から明らかなように、時間と共に蛍光強度の増加が確認された。これは、GSK−3βによるTau 1Pの231番目のトレオニンのリン酸化をBODIPY-Zn(Dpa)が認識し相互作用した結果である。また図19から明らかなように、GSK−3βの濃度依存性が認められた。以上の結果より、BODIPY-Zn(Dpa)は2つのリン酸化部位を認識し、キナーゼによるリン酸化をリアルタイムに検出できることが明らかとなった。
【0101】
(実施例2(12)BODIPY-Zn(Dpa)を用いたヒト脳海馬組織の蛍光染色)
脳組織内の過剰リン酸化タウタンパク質の検出が可能かどうかを調査するため、BODIPY-Zn(Dpa) を用いたヒトアルツハイマー(AD)脳ならびに正常脳の海馬組織切片の蛍光染色実験を行った。具体的には、ヒトADもしくは正常脳海馬組織切片を脱パラフィン処理(キシレン浸漬5 minを3回繰り返した後、100%、90%、80%、70% エタノール水溶液に段階的に浸漬(各2 min)し、最後に水洗5 minを2回した。次に、リポフスチン除去処理を以下のように行なった。PBS 洗浄2 min×2 、0.25 wt%過マンガン酸カリウム/PBS浸漬30 min、PBS 洗浄2 min2回、1 wt% Oxalic acid、1 wt% Potassium pyrosulfate/PBS 浸漬6 min、最後にPBS 洗浄2 minを2回。続けて、トリプシン処理(室温でPBS-Tween 洗浄2 min2回、37℃で0.05 % Trypsin/PBSを15 min)、最後に室温でPBS-Tween 洗浄5minを2回した。その後、抗体ならびにBODIPY−Zn(Dpa)で共染色した。まず10%ヤギ血清(37℃, 30 min)でブロッキングを行い、10%ヤギ血清を除去後、1次抗体を添加し、4℃で17-19 時間反応させた。その後、PBS-Tween 洗浄を2 分間を5回(アイスバス上)行い、2次抗体(AlexaFluor 633 ラベルヤギIgG 抗体(抗マウスIgG ))を添加し、37℃、1 h反応させた。PBS-Tweenで2分間、3回洗浄(アイスバス上)した。その後、10 μM BODIPY-Zn(Dpa), 0.0001% DAPI/HBS溶液100 μLを室温, 10 min反応させ、0.5 mM Zn(NO3)2 水溶液で2分間洗浄を2回(アイスバス上)した。その後、PermaFluorTM(Beckman Coulter製)で封入した。本実験では、一次抗体として、以下の抗体を用いた。抗アミロイドベータタンパク抗体(Aβ42;Aβ染色kit(Wako)付属の溶液)。抗リン酸化タウ抗体(AT8;エピトープpSer202/pThr205、1: 5000希釈)。抗タウ抗体(Tau-2;リン酸化タウならびに非リン酸化タウいずれも認識する抗体、1: 5000希釈)。染色切片の観察は、共焦点レーザー顕微鏡観察を用いた。DAPIは励起波長351 nm、蛍光波長は400-500 nmで観察した。BODIPY-Zn(Dpa)は励起波長488 nm、蛍光波長500-555 nm、ならびにAlexaFluor 633は励起波長633nm Laser、蛍光波長645-745 nmで観察した。染色結果を図20に示す。
【0102】
図20の蛍光染色像から明らかなように、ヒトAD脳海馬組織において、Tau-2と
BODIPY-Zn(Dpa) の蛍光が、AT8(抗リン酸化タウ抗体)とBODIPY-Zn(Dpa) の蛍光が
共存していることがわかった。このことは、BODIPY-Zn(Dpa)がリン酸化タウタンパクに
結合することが可能であることを示している。一方、ヒトAD脳海馬組織において、Aβ42
(抗Aβ抗体)とBODIPY-Zn(Dpa) の蛍光は共存しなかった。このことは、
BODIPY-Zn(Dpa)はアミロイドベータタンパクには結合しないことを示している。さらに興味深いことに、ヒト正常脳海馬組織においては、BODIPY-Zn(Dpa) の蛍光が見られないことから、BODIPY-Zn(Dpa)はアルツハイマー脳特異的な化合物であることが示された。以上の結果より、本発明に従うBODIPY-Zn(Dpa)は、リン酸化タウタンパクを高い選択性を持って捕捉し、染色することが可能であり、一方でアミロイドβ凝集体を認識しない化合物であることが理解される。
【0103】
(実施例2(13)脱リン酸化酵素処理ヒト脳海馬組織の蛍光染色)
BODIPY-Zn(Dpa)がリン酸化アミノ酸を認識して、組織切片上のタウタンパクを染めているのかを明らかにするために、ヒトAD脳海馬組織切片に対し、脱リン酸化酵素(PP2A)処理を行い、BODIPY-Zn(Dpa)染色像の変化を調べた。染色前に、脱リン酸化酵素処理(PP2A; 0.5 units / 50 μL, 37℃, 24 h)を行い、実施例2(12)の手順に従って、海馬組織切片の蛍光染色実験を行った。図21に染色結果を示した。PP2Aで組織上のタウタンパクを脱リン酸化することでBODIPY-Zn(Dpa)染色およびAT8染色で見られた蛍光のドットが消失した。一方でTau-2染色像でははっきりとした蛍光のドットが確認され、PP2A
処理後も組織切片中にタウタンパク凝集体が存在することが確認された。
【0104】
BODIPY-Zn(Dpa)染色で見られた蛍光のドットはタウタンパク質のリン酸化に依存して検出された。図22には、PP2A処理前後の海馬組織におけるBODIPY-Zn(Dpa)の蛍光強度変化を示している。蛍光強度測定の結果からも明らかなように、PP2A処理後は処理前に比較して、BODIPY-Zn(Dpa)の蛍光強度が有意に低下していることがわかる。これらの結果より、BODIPY-Zn(Dpa)がリン酸化アミノ酸を認識してヒトAD脳海馬組織中のタウタンパク凝集体を染色していることが示された。
【0105】
(実施例2(14)Zn/Dpa2核錯体化合物によるヒトAD脳海馬組織の蛍光染色)
類似の構造を持つZn/Dpa2核錯体化合物(図23a-d)についてヒトAD脳海馬組織を用いた蛍光染色実験を行った。それらを用いたヒトAD脳海馬組織の染色結果を図24に示した。全てのZn/Dpa2核錯体化合物で抗リン酸化タウ抗体AT8と重なる蛍光のドット(図中矢印)が観測され、これらのZn/Dpa2核錯体化合物がリン酸化タウタンパクプローブとして有用である可能性が示された。
【0106】
(実施例2(15)Zn/Dpa2核錯体化合物の分配係数評価(水−オクタノール系))
Zn/Dpa2核錯体化合物の血液脳関門(BBB; Blood Brain Barrier)透過性を見積もるために水−オクタノール系での分配係数(Pow)を評価した。Pow > 0.1でBBBを単純拡散で透過する可能性がある。10 μM のZn/Dpa2核錯体化合物水溶液 150 μLに1−オクタノール 150 μLを加え、激しく混合した。遠心分離(1500 rpm)を2分間行った後、水相中の化合物濃度を測定することで分配係数を決定した。図25には実施例2(14)で用いられたZn/Dpa2核錯体化合物a-dの最大吸収波長と分配係数(Pow)を示した。全ての化合物でPow は0.1以上となり、単純拡散によるBBB透過の可能性が示された。
【0107】
(実施例2(16)BODIPY-Zn(Dpa)の19F−NMR測定)
BODIPY-Zn(Dpa)の19F−NMR測定を行った結果、−120 ppmにシングルピークでFのNMR信号を検出することが可能であった。この結果より、本発明の化合物BODIPY-Zn(Dpa)は、リン酸化タウタンパク質あるいはリン酸化タウペプチドを19F−NMRあるいは19F−MRIで検出可能であることが示された。
【0108】
(実施例2(17)BODIPY-Zn(Dpa)の脳内移行試験)
ICRマウス(male、7週齢)にBODIPY-Zn(Dpa)を静脈投与し、インビボにおける脳移行性を測定した。具体的には、投与量1 mg/kgとなるように、BODIPY-Zn(Dpa) (50 μM HBS溶液,400 μL)を尾静脈より注入し、投与後2分または30分に脳を採取した。脳(424 〜488 mg)は採取後、3 mL のHBS溶液中でスパーテルを用いてホモジナイズし、超音波照射によって均一化した。逆相HPLCにより、脳内に含まれていたBODIPY-Zn(Dpa) の定量を行い、投与量に対する脳内のBODIPY-Zn(Dpa)含有量(% ID/g: % injected dose par gram of brain)を求めた。HPLCでの検出は、化合物由来の蛍光(励起520nm/蛍光545nm)を利用した。
【0109】
図26に本発明の化合物BODIPY-Zn(Dpa)を静脈投与されたマウス脳ホモジネート液のHPLCチャートを示す。投与後2分では、マウス脳グラム当たり投与量の0.5 %(0.496 % ID/g,99.3 pmol/g brain)のBODIPY-Zn(Dpa)が脳に存在することがわかった。投与後30分では、マウス脳グラム当たり投与量の0.02 %(0.020% ID/g,3.96 pmol/g brain)が脳に存在することがわかった。SPECTイメージングやPETイメージングにおいて、中枢神経系造影剤として求められる脳移行性は、0.5 % ID/g以上である(特開2004−67659)。そうすると、上記の結果から明らかなように、本発明の化合物は実用的な脳移行性を有するリン酸化タウの造影剤として使用が可能である。
【0110】
(実施例2(18)in vitroで調製したリン酸化タウ凝集体へのBODIPY-Zn(Dpa)結合試験)
大腸菌により発現させたタウタンパク質(8μM)とヘパリン(1.6μM)を37℃で20日間インキュベートすることでタウ凝集体を調製した。GSK-3βによりin vitroでリン酸化したタウタンパク質を用いて、リン酸化タウ凝集体を同様にして調製した。in vitroのリン酸化は、SDS-PAGE後のPro-Q diamond染色結果から、リン酸化度 = 6 mol P/mol Tauであることを確認した。
【0111】
調製したタウ凝集体あるいはリン酸化タウ凝集体に10μMのBODIPY-Zn(Dpa)ならび
に10μMのチオフラビンT(ThTと略す事がある)を添加した。添加後、0.5 mM Zn(NO3)2で2回洗浄した後、染色されたリン酸化タウ凝集体の懸濁液(0.5 μL)をカバーガラス上で風乾させ、共焦点レーザー走査型顕微鏡で観察した(OLYMPUS FV-1000, Obj. lens100x)。チオフラビンTの観察には励起波長458nm、蛍光波長470-490 nmで、BODIPY-Zn(Dpa)の観察には、励起波長488 nm、蛍光波長560-580 nmで行った。
【0112】
図27にチオフラビンT(ThT; 上段)ならびにBODIPY-Zn(Dpa) (下段)によるリン酸化タウ凝集体の蛍光同時染色像を示す。図27(p-Tau)の蛍光像から,ThTの蛍光とBODIPY-Zn(Dpa)の蛍光が重なることが確認された。この結果より、BODIPY-Zn(Dpa)蛍光はp-Tau凝集体上からのものであり、BODIPY-Zn(Dpa)がpTau凝集体に結合し染色可能であることが明らかになった。図27(p-Tau + PPi)の蛍光像から明らかなように、ピロリン酸(PPi)の存在下では、ThTは凝集体を染色するが、BODIPY-Zn(Dpa)は凝集体を染色しなかった。この結果は、PPiによりBODIPY-Zn(Dpa)とp-Tau間の相互作用が阻害されていることを意味しており、BODIPY-Zn(Dpa)はリン酸を認識してpTau凝集体と結
合していることがわかった。図27(n-Tau)からは、ThT蛍光では凝集体が観察されたが、BODIPY-Zn(Dpa)蛍光では凝集体が観察されないことがわかった。この結果は、リン酸基が凝集体上になければBODIPY-Zn(Dpa)では染まらないことを意味しており、BODIPY-Zn(Dpa)はリン酸基を認識してp-Tau凝集体と結合していることが確認された。
図27(Aβ)では、ThT蛍光では凝集体が観察されたが、BODIPY-Zn(Dpa)蛍光では凝集
体が観察されなかった。この結果は、BODIPY-Zn(Dpa)はAβ凝集体を染色せず、pTau凝
集体を染色することを意味しており、p-Tau凝集体への結合選択性を示すものである。以上の結果より、本発明にかかるBODIPY-Zn(Dpa)のリン酸化タウ凝集体への高い結合選択性
が確認された。
【0113】
(実施例2(19)リン酸化タウ凝集体とBODIPY-Zn(Dpa)の相互作用評価1(蛍光滴定))
BODIPY-Zn(Dpa)に対してリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体を滴定し、凝集体が相互作用する濃度範囲を調べた。100 nMのBODIPY-Zn(Dpa)に対し、タウ濃度0 − 320 nM (0 −14 μg/mL)の範囲で滴定を行った。溶媒はHBS (10 mM HEPES (pH7.4), 150 mM NaCl) に10% DMSO、10 μM Zn(NO3)2を含むものを用いた。37°C, 60 分のインキュベート後に蛍光を測定した(励起波長:490 nm、蛍光波長:545 nm)。
【0114】
図28にBODIPY-Zn(Dpa)に対するリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体の滴定曲線を示す。タウ凝集体がnMの範囲でBODIPY-Zn(Dpa)と相互作用することが確認された。リン酸化タウ凝集体で最も低濃度で蛍光変化が起こることがわかった。
【0115】
(実施例2(20)リン酸化タウ凝集体とBODIPY-Zn(Dpa)の相互作用評価2(蛍光滴定))
リン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対してBODIPY-Zn(Dpa)を滴定することで、EC50(蛍光強度変化の最大値(ΔFmax)の半分の値を示すプローブ濃度)を求めた。一定濃度の凝集体(1 μg/mL)にBODIPY-Zn(Dpa)を滴定し、各濃度における蛍光強度の変化量(ΔF)をプロットした。溶媒はHBS (10 mM HEPES (pH7.4), 150 mM NaCl) に10% DMSO、100 μM Zn(NO3)2を含むものを用いた。37°C, 30 分のインキュベート後に蛍光を測定した(励起波長:490 nm、蛍光波長:545 nm)。
【0116】
図29にリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対するBODIPY-Zn(Dpa)の滴定曲線を示す。EC50の値は、リン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対して、それぞれ9.1 nM、80 nM、650 nMであった。BODIPY-Zn(Dpa)のリン酸化タウ凝集体に対する親和性(EC50)はタウ凝集体の9倍、Aβ凝集体の70倍であり、リン酸化タウ凝集体への高い結合選択性が確認された。
【符号の説明】
【0117】
A:リン酸基認識化合物
B:リン酸基
C:タンパクもしくはペプチド鎖
D:化合物(A)からのシグナル
E:キナーゼ
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸化ペプチドあるいはリン酸化タンパク質を検出するための、リン酸基を多点で認識する化合物に関するものである。また、本発明は、該化合物を使用した試料中の多点リン酸化ペプチドあるいは多点リン酸化タンパクの検出方法に関する。特に、過剰リン酸化されたタウタンパク質を特異的に認識する化合物ならびに該化合物を使用した試料中のリン酸化タウタンパク質の検出方法。
【背景技術】
【0002】
生体内のタンパク質は、様々な生化学的修飾を受けることによって、その高次構造、機能、ならびに活性を変化させ、生命機能を制御している。タンパク質修飾の一つであるタンパク質のリン酸化は、ATPをリン酸基供与体としてタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)が行う翻訳後修飾である。そして、糖代謝、細胞の増殖・分裂、細胞内シグナル伝達、酵素活性調節など様々な細胞活動に密接に関係している。タンパク質のリン酸化はタンパク活性を制御する重要なプロセスであり、真核生物ではおよそ3割のタンパク質が何らかの形でリン酸化を受けていると予測されている(例えば非特許文献1を参照)。生体内のリン酸化状態は、タンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)と脱リン酸化酵素(フォスファターゼ)によって厳密に制御されており、生体内機能を正常に維持している。従って、リン酸化の制御に異常をきたした場合、ガンをはじめとする種々の疾患を引き起こすことも報告されており、リン酸化を制御する薬剤の探索が行われ、いくつかのキナーゼ阻害剤が臨床応用されている。
【0003】
異常にリン酸化されたタンパク質を病理変化の特徴とする疾患のひとつに、アルツハイマー病が知られている。アルツハイマー病は治療の困難な疾病の1つであり、正確な早期診断、早期治療にむけた研究が進められている。アルツハイマー病の病理学的特徴として、老人斑と神経原線維変化が患者脳内で確認される。後者の神経原線維変化は、神経細胞内にペアードヘリカルフィラメント(paired helical filament(PHF))と呼ばれる二重らせん状の繊維状タンパク質が蓄積してくるものである。その構成成分の一つが、脳に特異的な微小管付随タンパク質の一種であるタウタンパク質である(例えば非特許文献2ならびに非特許文献3を参照)。このアルツハイマー病脳のPHF中に組み込まれたタウタンパク質は、通常のタウタンパク質よりも異常にリン酸化されていることがわかっており、そのリン酸化部位も決定されている(例えば特許文献1を参照)。アルツハイマー病以外にも、タウタンパク質の脳内蓄積を主徴とする疾病(タウオパチー)としてピック病、進行性核上性麻痺および前頭側頭型認知症(Frontotemporal Dementia)などがある。いずれの疾病もリン酸化されたタウタンパク質が密接に関与している。従って、体内外に関わらず、リン酸化されたタウタンパク質をマーカーとして検出することは、リン酸化タウが蓄積する疾患、特にアルツハイマー病の優れた診断法の1つである。
【0004】
上述のように、疾病と密接に関連するタンパク質のリン酸化をモニタリングすることは、医学生物学研究、臨床検査分野ならびに体内画像診断領域において、極めて重要かつ有効であることに異論は無い。これを高感度かつ高精度で実現するためには、リン酸化タンパク質を特異的に高感度にモニタリングする化合物分子やそれらを検出する手法の開発が必要である。
【0005】
リン酸化タンパク質を検出するための化合物は、インビトロ、インビボに使用されるいずれの形態についても、文献に開示されている。インビトロにおいて、一般には、放射性同位体を用いる方法、抗体を用いる方法、リン酸化前後の物理化学的性質の変化を利用する方法が行われている。放射性同位体を用いる方法では、例えば、32Pを細胞に取り込ませて培養した後、細胞からタンパク質を抽出する。そして、抽出したタンパク質を電気泳動法によって分離し、CBB染色等によってタンパク質を検出し、なおかつオートラジオグラフィーによって32Pのタンパク質への取り込みを検出することで、リン酸化状態を解析する。この手法では、高感度でリン酸化タンパクを検出できるが、放射性同位体を用いるための施設が必要であり、煩雑な操作、被爆、汚染の問題がある。抗リン酸化抗体を用いる方法では、タンパク質試料を電気泳動した後にメンブレンに転写し、抗リン酸化抗体を用いてリン酸化タンパクを検出する。この手法では、目的タンパクに対する抗体の存在が前提であること、煩雑な操作が必要であることが問題である。リン酸化前後の物理化学的性質の変化を利用する方法では、例えば、リン酸化によるタンパク全体の荷電状態の変化による電気泳動の移動度変化などを指標とするものである。この検出法では精度が低いという課題がある。
【0006】
ところで、アルツハイマー病などのタウが蓄積する疾患の診断を目的として、脳脊髄液中のタウタンパク質を定量する方法が報告されている。例えば、脳髄液中のタウタンパク質を、抗体を用いてその存在を確認する方法が提案されている(例えば非特許文献4を参照)。また、PHF中のリン酸化タウタンパク質のリン酸化部位に着目してアルツハイマー病を検出する方法も開発されている(例えば非特許文献5および非特許文献6を参照)。抗体は特異性の点では優れた化合物であるが、抗体産生のためのコストが課題となる。また、脳内でのイメージングを考えると、分子量が150kDaと大きいため、脳内への低い移行性が大きな問題となる。アルツハイマー病の研究あるいは診断において、アルツハイマー患者の脳切片を染色することが行われている。コンゴーレッドやチオフラビンSなどの従来の染色剤は、脳内の老人斑および神経原線維変化の両者に陽性であることが特徴であり、タウタンパク質を特異的に染色することは不可能である。タウタンパク質に対する特異性が高く、非侵襲的にインビボでのタウタンパク質を定量することを目的とした化合物が開示されている(特許文献2を参照)。しかしながら、特許文献2に開示される化合物は、基本的にクロスベータ構造を認識しタウタンパク質凝集体と結合するため、同じくクロスベータ構造をとるアミロイドベータにも弱く結合する。従って、アルツハイマー病を始めとするタウタンパク質が蓄積する疾患の診断のための、タウタンパクに特異性の高い低分子有機化合物は見あたらない。
【0007】
ところで、リン酸化ペプチドに対する配列選択的なセンサー化合物が報告されている(例えば特許文献3を参照)。ここでは、亜鉛ジピコリルアミン二核錯体は、生体内の条件に相応する水溶液中において、リン酸イオンならびにリン酸化ペプチドを蛍光検出することができることがわかっている。また、同化合物を用いた多点リン酸化ペプチドを認識できる化合物も報告されている(例えば非特許文献7を参照)。これは、複数のリン酸基を架橋型の金属-配位子相互作用で認識できる化合物である。しかしながら、この化合物では、リン酸基間の距離の違いによる親和性の差は大きくないため、当該リン酸基間の距離を基準として特定の多点リン酸化部位を認識することは困難である。これは化合物分子の剛直性が低く、分子の高い運動性により、リン酸基認識部位間の距離が大きく変化してしまうことが原因と考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6-239893号公報
【特許文献2】特開2004-67659号公報
【特許文献3】特開2003-246788号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Matthias Mann et al., Trends Biotechnol. (2002) 20, 261-268
【非特許文献2】Yasuo Ihara et al., Journal of Biochemistry (Tokyo),(1986) 99,1807-1810
【非特許文献3】Inge Grundke-Iqbal et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA,(1986) 83, 4913- 4917
【非特許文献4】Benjamin Wolozin et al., Annals of Neurology, (1987) 22, 521-526
【非特許文献5】Koichi Ishiguro et al., Neuroscience Letters, (1999) 270, 91-94
【非特許文献6】Nobuo Itoh et al., Annals of Neurology, (2001) 50, 150-156
【非特許文献7】Akio Ojida et al., J. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
アルツハイマー病脳におけるタウタンパク質の異常リン酸化などのリン酸化の異常に起因する疾患の研究、診断及び治療においては、異常リン酸化タンパクを特異的にインビトロ、インビボで検出できる化合物ならびに該化合物を用いた簡便な検出方法が必要である。
【0011】
そこで、本発明は、多点リン酸化タンパク質もしくは多点リン酸化ペプチドをリン酸化部位特異的に捕捉する新規な化合物ならびにそれを用いた多点リン酸化タンパク質もしくは多点リン酸化ペプチドの検出方法を提供することを目的とする。特に、アルツハイマー病脳で観察される過剰リン酸化タウタンパク質を特異的に検出する化合物、該化合物を用いるアルツハイマー病のインビトロ、インビボ診断法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、二つの2,2’−ジピコリルアミン(Dpa)とスペーサーXとからなる式(1)で表される構造を有する化合物である(ただし、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い)。
【0013】
【化1】
【発明の効果】
【0014】
本発明のリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチド検出のための化合物は、該タンパクもしくはペプチドのリン酸化部位をリン酸化部位間の距離特異的に認識し、該ペプチドに結合できるので、リン酸化された被捕捉物の検出が特異的かつ高感度で迅速にできる。化合物とタンパクもしくはペプチドとの結合の結果、化合物からの発色もしくは発光の変化が誘起され、この変化を測定することにより、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの検出もしくはキナーゼ活性の高感度測定が可能になる。本発明の化合物は、特定の位置において多点リン酸化されたリン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチドを選択的に認識しこれに結合する性質を有するので、多点リン酸化タンパク質もしくは多点リン酸化ペプチドを分離や精製する手段として用いることも出来る。本発明のリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドを検出する化合物はまた、細胞内シグナル伝達機構を解明するための分子ツール、あるいは特定のリン酸基を介したタンパク質間相互作用を阻害する阻害剤として利用できる可能性を有している。本発明によれば、リン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドへの特異的な認識能を利用して、新規な過剰リン酸化タウタンパク質検出用の化合物、およびそれを用いたアルツハイマー病の診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明で提供される多点リン酸基認識化合物を用いたリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの検出方法の模式図を示している(Pはリン酸基、Xは二つのDpaのスペーサーを示す)。
【図2】本発明で提供される多点リン酸基認識化合物を用いたキナーゼ活性の検出方法の模式図を示している(Pはリン酸基、Xは二つのDpaのスペーサーを示す)。
【図3】合成したZn(Dpa)Stilbazole型錯体化合物1の構造式を示す図である。
【図4】合成した単核Dpa化合物2の構造式を示す図である。
【図5】Zn(Dpa)Stilbazole型錯体1と単核Dpa化合物2の合成スキームを示す図である。
【図6】合成したリン酸化タウタンパク質の部分配列ペプチドを示す図である。下線はリン酸化残基を示す。
【図7】Tau210-2202Pの滴下に伴った化合物1(10μM)の蛍光変化(A)と各波長の滴定プロット(lem = 350nm : ●, lem = 430nm :■)(B)を示す図である。
【図8】Tau210-2202Pの滴下に伴った化合物2 (10μM)の蛍光変化(A)と化合物1及び化合物2の蛍光スペクトル比較(B)を示す図である。
【図9】化合物1に種々のペプチドを滴下した際の各波長における結合定数を示す表である。
【図10】Tau204-216 3Pの滴下に伴った化合物1(10μM)の蛍光変化(A)と各波長の滴定プロット(B)を示す図である。(Tau204-2163P (lem = 350nm, ●), Tau204-2163P (lem = 430nm, ■), Tau204-2162P (i, i+6) (lem = 350nm, ○), Tau204-2162P (i, i+6) (lem = 430nm,□))
【図11】化合物1にTau210-220 2Pを添加した際の熱量変化を示す図である。
【図12】ITC測定から算出された化合物1と各ペプチド(Tau210-220 2P、Tau204-216 3P、Tau204-216 2P (i, i+6))とのストイキオメトリー (N), 会合定数 (K, M-1), エンタルピー (ΔH, kcal mol-1), エントロピー (TΔS, kcal mol-1)を示す表である。
【図13】Tau210-2202Pを添加した場合のCDスペクトル変化(A)とTau210-2202Pと化合物1との組み合わせにおけるJob's Plot(B)を示す図である。
【図14】BODIPY-Zn(Dpa)(化合物9)の合成スキームを示す図である。
【図15】合成したリン酸化タウタンパク質の部分配列ペプチドを示す図である。
【図16】Tau 2Pの滴下に伴ったBODIPY-Zn(Dpa) (5μM)の蛍光変化(A)とTau 0P(○)、Tau 1P(■)、及びTau 2P(●)添加時の蛍光強度変化(B)を示す図である。
【図17】BODIPY-Zn(Dpa)とTau 2Pの複合体形成に関するJob プロットを示す図である。ここでは、[BODIPY-Zn(Dpa)] + [Tau2P] = 5 mM、c = [BODIPY-Zn(Dpa)] / [ [BODIPY-Zn(Dpa)] + [Tau2P] ]である。
【図18】BODIPY-Zn(Dpa)、Tau P1、ならびにGSK−3βを共存させた系における蛍光スペクトルの経時変化を示す図である。
【図19】BODIPY-Zn(Dpa)、Tau P1、ならびにGSK−3βを共存させた系における蛍光強度変化のキナーゼ濃度依存性を示す図である。
【図20】DAPI(細胞核)、Aβ42(抗Aβ抗体)、AT8(抗リン酸化タウ抗体)、Tau-2(抗タウ抗体)ならびにBODIPY-Zn(Dpa) を用いたヒトアルツハイマー(AD)脳ならびにヒト正常脳の海馬組織切片の蛍光染色像を示す図である。スケールバー:50μm。
【図21】脱リン酸化酵素(PP2A)処理後のヒトアルツハイマー(AD)脳海馬組織切片の蛍光染色像を示す図である。染色にはDAPI(細胞核)、BODIPY-Zn(Dpa)、Tau-2(抗タウ抗体)ならびに AT8(抗リン酸化タウ抗体)を用いた。スケールバー:50μm。
【図22】脱リン酸化酵素(PP2A)処理前後のヒトアルツハイマー(AD)脳海馬組織切片におけるBODIPY-Zn(Dpa)の蛍光強度変化を示す図である。
【図23】BODIPY-Zn(Dpa)を含むZn/Dpa2核錯体化合物a-dの構造式を示す図である。
【図24】Zn/Dpa2核錯体化合物a-dによるヒトAD脳海馬組織切片の蛍光染色像を示す図である。染色にはDAPI(細胞核)、BODIPY-Zn(Dpa)ならびに AT8(抗リン酸化タウ抗体)を用いた。BODIPY-Zn(Dpa)の蛍光と抗リン酸化タウ抗体AT8の蛍光が重なる部分を図中矢印で示した。スケールバー:50μm。
【図25】Zn/Dpa2核錯体化合物a-dの最大吸収波長ならびに水−オクタノール系での分配係数(Pow)を示す図である。
【図26】マウス脳内へのBODIPY-Zn(Dpa)の移行の測定結果を示す図である。投与後2分(a)、30分(b)の脳ホモジネート液のHPLCチャート。保持時間16〜18分にBODIPY-Zn(Dpa)のピークが現れた。
【図27】チオフラビンT(ThT; 上段)ならびにBODIPY-Zn(Dpa) (下段)によるリン酸化タウ凝集体の蛍光同時染色像を示す。スケールバー=10μm。(p-Tau)リン酸化タウ凝集体、(p-Tau + PPi)ピロリン酸存在下のリン酸化タウ凝集体、(n-Tau)タウ凝集体、(Aβ)Aβ凝集体。
【図28】BODIPY-Zn(Dpa)に対するリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体の滴定曲線を示す。
【図29】リン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対するBODIPY-Zn(Dpa)の滴定曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の化合物は、二つの2,2’−ジピコリルアミン(以下、Dpaと略することがある)とスペーサーXとからなる下記の式(1)で表される構造を有する化合物である(ただし、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い)。
【0017】
【化2】
【0018】
本発明の化合物を表わす式(1)においてXは、スペーサー部位を構成する。Xは発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団を単独で有しているか、又はスペーサーXが結合しているピリジン環の少なくとも一つとともに形成しており、好ましくはスペーサーXが結合している二つのピリジン環の距離が変化しないような構造を有している。Xの好ましい例は、下記の式(2)〜(5)で表されるものである。
【0019】
【化3】
【0020】
[式(2)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0021】
【化4】
【0022】
[式(3)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0023】
【化5】
【0024】
[式(4)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0025】
【化6】
【0026】
[式(5)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示す。]
また、式(1)の化合物において、エチレングリコール鎖、発光性物質、発色性物質、核磁気共鳴活性核種、常磁性体、磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種のいずれかを有していてもよい。例えば、式(1)の化合物におけるDpa中の水素原子あるいは、スペーサーX中の水素原子あるいはフェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子が、次のいずれかのもので置換されていてもよい。エチレングリコール鎖、発光性物質、発色性物質、核磁気共鳴活性核種、常磁性体、磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種。
【0027】
Dpaは金属Mと錯体を形成することができる。例えば、Zn、Ni、Fe、Co、Mnなどの遷移金属は配位が可能である。このような金属錯体化合物は、ジピコリルアミン(Dpa)が金属Mと錯体を形成している下記の一般式(6)で表される構造を有する化合物である。
ただし、式(6)中、Xはスペーサー分子を表し、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。
【0028】
【化7】
【0029】
多点リン酸化タンパクもしくは多点リン酸化ペプチドを認識する本発明の化合物の好適な例として、下記の一般式(式7)で表わされる化合物が挙げられる。一般式(式7)で表される化合物は、2つのDpaと亜鉛とから構成される亜鉛錯体化合物(リン酸基認識亜鉛錯体部位とも呼ぶ)が、スペーサーXで連結される化合物である。
【0030】
この場合、Dpaは三座配位子であり、四面体構造をとる亜鉛イオンに対し高い親和性を示し、亜鉛イオンの1つの配位子が空位となっている。式(7)の化合物は、水溶液中で脱離してアニオンと成る官能基または原子団の塩として存在する。対イオンの例としては、NO3、ハロゲン原子(特に、塩素または臭素)、ClO4(過塩素酸イオン)などを挙げることができる。
【0031】
【化8】
【0032】
式(7)のDpaの亜鉛錯体化合物は、生体内の条件(生理的条件)に相応する中性pHの水溶液中で、リン酸アニオンの存在下に顕著な蛍光変化を示すリン酸基選択的発光性化合物とすることができる(特開2003-246788号公報を参照)。これは、Dpaの亜鉛錯体化合物が、水中において対イオンが脱離してリン酸アニオンと入れ替わることによりリン酸アニオンを選択的に捕捉し、これが蛍光変化として出現することに因るものと考えられる。かくして、本発明の式(7)で表わされる発光性化合物も、同様にして、μMオーダーのきわめて低濃度の多点リン酸ペプチドの存在下に明瞭な蛍光変化を示す多点リン酸化ペプチドの高感度化合物として機能する(後述の実施例参照)。
【0033】
本発明の化合物を表わす式(7)においてXは、スペーサー部位を構成する。スペーサ
ーXは発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団を単独で有している、又はスペーサ
ーXが結合しているピリジン環の少なくとも一つとともに形成している。より好ましくは
スペーサーXが結合している二つのピリジン環の距離が変化しないような構造を有してい
る。スペーサーXの好ましい例は、下記の(8)〜(11)で表されるものである。また、スペーサーXは、化合物が二つのリン酸基を距離選択的に認識できるように二つのDpaが夫々有するピリジン環の間を連結している。
【0034】
このスペーサーとなるXは、剛直性のある分子が好ましい。剛直性はリン酸基の多点認識において、非常に重要な因子である。ここでいう剛直性とは、スペーサーXを構成する原子間の結合が強固であり、Xが分子内に回転性を有さず、また伸びの小さい分子構造から構成されていることをいう。従って、平面構造を有し、π共役系を有する官能基や化合物を剛直性を与えるものとして用いることが出来る。具体的には、例えば、炭素−炭素の二重結合、炭素−炭素三重結合、芳香族環、スチルベン、ナフタルイミド、ペリレン、クマリン、フルオレセイン、ローダミン、シアニン色素、BODIPY色素などを用いることが出来る。スペーサーの回転は、二つのZn間の距離を大きく変化させる。また、特開2003-246788号公報に開示されているような、メチレンを介してZn/Dpa錯体をスペーサーに連結している化合物では、メチレン鎖の分子運動や回転運動により二つのZn間の距離が大きく変化する。このような二つのZn間の距離の変化により、リン酸基間の距離が異なるペプチド間での選択性は大きく低下してしまうと考えられる。本発明の化合物は、Dpaのピリジン環にスペーサーを直接連結させ、分子全体の剛直性を高め、スペーサーが結合している二つのピリジン環の距離が変化し難い構造とすることで、二つのZn間の距離が大きく変化しないように工夫されている。
【0035】
【化9】
【0036】
[式(8)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0037】
【化10】
【0038】
[式(9)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0039】
【化11】
【0040】
[式(10)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【0041】
【化12】
【0042】
[式(11)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示す。]
本発明の化合物は、様々な機能分子を修飾することが可能であり、修飾に用いることができる分子として例えば以下のものを挙げることが出来る。水溶性向上のためにエチレングリコール鎖、あるいは発光・蛍光センシングのための、例えば、ルミノール、イソルミノール、ルシフェリン、ジオキセタン、フルオレセイン、ローダミン等の発色性物質・発光性物質。また、核磁気共鳴法による検出のための常磁性体、磁性粒子や核磁気共鳴活性核種、γカウンター検出のための123I、201Tl、67Ga、99mTc、111Inなどの放射性核種、15O、13N、11C、18Fなどの陽電子放出種。さらに、治療のための薬剤など。特に、化合物の水溶性向上のためのエチレングリコール鎖が好ましい。また、常磁性体としてはガドリニウム、磁性粒子として酸化鉄微粒子をそれぞれ好適に用いることができる。また、核磁気共鳴活性核種として1H、13C、15N、19F、23Na、29Si、31Pなどを好適に用いることができる。
【0043】
このうち19Fは、1Hと同様に天然存在率がほぼ100%のNMR核種であり、検出感度が1Hの83%と高い。生体内のフッ素量は極めて少ないため、含フッ素化合物を造影剤として用いることにより、19Fを有する分子をプローブとしたイメージングが可能である(例えば特開平06−181890号公報、特表平05−506432号公報を参照)。フッ素イメージングは、汎用の1H用MRI装置で測定が可能である。19Fを有する分子は、インビボ以外でも、タンパク質の構造変化や相互作用の解析のためのプローブとして用いられている。そのため、19Fを検出核とするNMR(以下、F−NMRと略すことがある)、MRI(以下、F−MRIと略すことがある)は学術的にも臨床的にも利用価値は高い。この点については例えばYu JX et al., Curr Med Chem., 12, 819-848, 2005に報告されている。また、たとえば、パーフルオロ化合物で標識した移植細胞の検出が生体内で行われている(例えばAhrens ET et al.,Nat Biotechnol., 23, 983-987, 2005を参照)。また、アルツハイマーのアミロイドタンパクイメージング(例えばHiguchi M et al., Nat Neurosci., 8, 527-533,2005を参照)について報告がなされている。さらに、腫瘍イメージングについても報告されている(例えばMason RP et al., Magnetic Resonance Imaging, 7, 475-485, 1989を参照)。上記の様々な機能分子の修飾は、Dpa中の水素原子を置換することによって行ってもよく、スペーサーX中の水素原子あるいはフェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子を置換することによって行ってもよい。
【0044】
かくして、本発明のリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチド検出用化合物の特に好ましい例は、下記の式(12)〜(16)で表わされるものである。なお、式(12)で表される化合物は式(2)あるいは式(8)のフェニル基中の水素原子が置換された例であり、式(14)の化合物は式(3)あるいは式(9)のフェニル基中の水素原子が置換された例である。
【0045】
【化13】
【0046】
【化14】
【0047】
【化15】
【0048】
【化16】
【0049】
【化17】
【0050】
このような亜鉛二核錯体型の本発明の化合物はスペーサーXによって画定される距離に応じて、特定の距離でリン酸化残基を有するタンパク質またはペプチドに対し、上記のように空位のある亜鉛がリン酸基に特異的に結合する。これにより、そのタンパク質またはペプチドを選択的に認識・捕捉する機能を有する。例えば、上記の式(16)に示される化合物は、スペーサーとしてビニル基を採用したStilbazole(スチルバゾール)骨格を有する型である。当該型を有する化合物は多点リン酸化部位におけるi番目とi+2番目にリン酸化されたアミノ酸配列をもつタンパク質またはペプチドを選択的に認識する(後述の実施例1参照)。また、上記の式(12)に示される化合物は、スペーサーとしてBODIPY骨格を有する亜鉛二核錯体である。この亜鉛二核錯体は、多点リン酸化部位におけるi番目とi+4番目にリン酸化されたアミノ酸配列を有するタンパク質またはペプチドに対して良好な認識能を示し得る(後述の実施例2参照)。いずれの化合物も、非リン酸化ペプチドやリン酸化アミノ酸を一つ有するペプチドには結合しない。このようにして、本発明の化合物は、水中において特定のリン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチド、すなわち、特定の位置でリン酸基が存在するタンパク質またはペプチドを認識し、亜鉛がリン酸基に配位してそれぞれのリン酸基に結合する。これにより、2つのリン酸基間で該タンパク質またはペプチドを架橋認識して1:1の複合体を形成する形で化合物がタンパク質もしくはペプチドを捕捉する。ここで、架橋認識とは、本発明の化合物が有する2つのDpaのそれぞれがリン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチドの有するリン酸基を認識し、2つのリン酸基間で架橋している状態となっていることをいう。また、本発明の化合物が、架橋認識により、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの2つのリン酸基間で架橋している状態で当該タンパク質もしくはペプチドに結合することを架橋的な結合という。なお、リン酸化タンパク質またはリン酸化ペプチドは3つ以上のリン酸基を有していてもよい。このような架橋的な結合は、後述の実施例に示すように、円偏光二色性(CD)スペクトルを測定することによって確かめられている。すなわち本発明にかかる化合物は多点リン酸化ペプチドもしくは多点リン酸化タンパクを検出することができる。
【0051】
本発明のリン酸化ペプチド(タンパク質)を検出する方法においては、本発明に係る化合物とリン酸化ペプチド(タンパク質)とを接触させ、該化合物とリン酸化ペプチド(タンパク質)の複合体を形成させ、該複合体の形成を検出する。ここで、該複合体は、該化合物が該リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクのリン酸基に架橋的に結合することにより形成されることもある。検出は、該複合体の形成により誘発される、結合前後における該化合物が発する蛍光信号や発光信号などの光学的信号のシグナル変化を測定することにより行えばよい。また、円偏光二色性(CD)等の光学的検出法を用いて、被捕捉物であるリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク側の構造変化を検出してもよい。検出方法はこれらに限定されず、蛍光物質、発光物質、酵素、蛍光タンパク質、発光タンパク質、磁性体、導電性物質等のシグナルを発し得る標識物質をスペーサーXに導入し、リン酸化ペプチドとの相互作用後に、適切な検出系で観測することも出来る。これらの物質を直接測定する以外にも、本発明の化合物に、蛍光等のシグナルを発し得る物質を二次的に特異的に結合させて該シグナルを検出することにより該化合物を検出してもよい。この場合、リン酸化ペプチドを捕捉している化合物は、蛍光分光光度計、γカウンター等を用いて標識に用いた物質から発せられる光や放射線等のシグナルを検出することにより行う。標識物質は限定されず、下記に挙げるような公知の標識物質ならびにそれらの誘導体あるいは付加物を用いることができる。例えば、蛍光標識物質としては以下のものを用いることができる。Alexa-350、Cy2、BODIPY 505/515、インチオシアン酸フルオレセイン(FITC)、イソチオシアン酸エオシン、Alexa-488、Alexa-430、Alexa-532、Alexa-555、Cy3、Alexa-546、PE、Rhordamine B、Cy3.5、Alexa-568、BODIPY 580/605、Alexa-594、Texas Red、Alexa-633、APC、Alexa-647、Cy5、Alexa-660、Alexa-680、Cy5.5、Alexa-750、Cy7、インドシアニングリーン、ユウロピウムやサマリウムなどのランタノイド錯体等。発光標識物質としては、次のものを用いることが出来る。ルミノール、イソルミノール、ルシフェリン、ジオキセタン、ルシゲニン(ビス−N−メイチルアクリジニウムナイトレート)、アクリジニウムエステル、アダマンチル1,2−ジオキセタンアリルリン酸、ナイトリックオキサイド、ビス(2,4,6−トリクロロフェニル)オキサレートなど。また、酵素と該酵素の発色・発光性基質の組み合わせを用いることも可能である。例えば、酵素としてルシフェラーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼが挙げられる。これらの基質として次の発色剤を組み合せることにより発色させることができる。ルシフェリン、3,3′−ジアミノベンジジン(DAB)、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルリン酸(BCIP)、3,3′−(3,3′−ジメトキシ−4,4′−ビフェニレン)ビス[2−(4−ニトロフェニル)−5−フェニル−2H−テトラゾリウム クロライド](NBT)等。核磁気共鳴法による検出のための標識物質として、ガドリニウムに代表される常磁性体、酸化鉄微粒子に代表される磁性粒子や核磁気共鳴活性核種を好適に用いることができる。γカウンター検出のための放射性核種としては、123I、201Tl、67Ga、99mTc、111Inなどが挙げられる。陽電子放出種として15O、13N、11C、18Fなどを用いることができる。また、核磁気共鳴活性核種として1H、13C、15N、19F、23Na、29Si、31Pなどを用いることができる。このような核磁気共鳴活性核種を有する場合、核磁気共鳴法を利用してリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクを検出することができる。すなわち、リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクと本発明に係る化合物とを接触させ、接触の前後での該化合物に由来するNMRシグナルの変化を測定することでリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクの検出ができる。さらに、上記の検出方法を用いることによりリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクのイメージングを行うこともできる。
【0052】
また、キナーゼの活性化を検出するためのキナーゼ活性検出化合物としても利用できる。この場合は、目的キナーゼ、基質ペプチド(基質タンパク)及び本発明の化合物の存在下、キナーゼによる基質ペプチドのリン酸化により、本発明の化合物がペプチドに結合することで起こる該化合物の発光信号などのシグナルの変化をキナーゼ活性として観測する。なお、本発明の化合物とペプチドとの結合は、該化合物がリン酸化された基質ペプチドもしくは基質タンパクのリン酸基に架橋的に結合することもある。さらに、この検出方法を用いることによりキナーゼ活性のイメージングを行うこともできる。
【0053】
また前述のような核磁気共鳴活性核種を有する場合、核磁気共鳴法を利用してキナーゼ活性を検出することができる。すなわち、基質ペプチドもしくは基質タンパクの存在下、該キナーゼの活性化にともなって、本発明に係る化合物がリン酸化された基質ペプチドもしくは基質タンパクのリン酸基に架橋的に結合する。その結果、該化合物の核磁気共鳴信号の変化が誘発され、この変化を測定することにより検出できる。さらに、この検出方法を用いることによりキナーゼ活性のイメージングを行うことも可能である。
【0054】
本発明の化合物の重要かつ有効なターゲットのひとつとして、タウタンパク質がある。タウタンパク質は、主に脳で発現される熱安定なタンパク質で、単一遺伝子の選択的スプライシングによる6つのアイソフォームが存在する。このタンパク質は、神経細胞や星状細胞、乏突起膠細胞内に存在する微小管の安定性や配向性を制御している。タウタンパク質の主な機能は、神経アクソン(軸索)内で微小管を安定化させ、束ねることである。タウタンパク質の異常なリン酸化により、微小管結合能を失うため微小管が不安定化する。微小管は細胞骨格を形成しているため、形態維持が不可能となり、神経細胞死を招く。この時、過剰にリン酸化されたタウタンパク質は繊維化し、蓄積する(神経原線維変化)。この様な神経原線維変化は、アルツハイマー病に代表される神経変性疾患の脳において最も顕著に見られる病理学的特徴として知られている。アルツハイマー病におけるタウタンパク質のリン酸化部位は、質量分析法やリン酸化依存性抗タウ抗体を用いて同定されており、タウタンパク質上の25箇所のセリンまたはトレオニンである。また、タウリン酸化酵素として、GSK3β、MAPキナーゼ(ERK1、ERK2、p38)、CDK5、JNK3、PKA、PKC、CaMキナーゼII、SAPキナーゼが知られている。これらの知見に基づき、タウタンパク質のリン酸化部位の中でも特定部位のリン酸化を選択的に認識可能な化合物は、過剰リン酸化されたタウタンパク質の存在に基づくアルツハイマー病の研究、診断が出来る。例えば、Koichi Ishiguro et al., Neuroscience Letters, (1999) 270, 91-94、にはアルツハイマー病検出の有効性について報告がされている。具体的には、多点リン酸化タウタンパク質の231番目トレオニン(Thr231)と235番目セリン(Ser235)のリン酸化を検出することに基づいて、アルツハイマー病を検出することができることが報告されている。さらには、特定のリン酸化部位の凝集体形成への関与の解明、凝集体形成の阻害あるいは特定のキナーゼ阻害剤の開発に貢献できる。すなわち、本発明にかかる化合物によって検出することのできる多点リン酸化タウタンパク質もしくは多点リン酸化タウタンパク質は、部分配列ペプチドであってもよい。さらには、少なくともThr231とSer235がリン酸化されているタウタンパク質もしくはリン酸化タウタンパク質の部分配列ペプチドでもよい。
【0055】
実施の一例としては、脳脊髄液や脳病理切片と化合物を接触させ、リン酸化タウタンパク質の存在を検出することができる。さらには、アルツハイマー病脳内の過剰リン酸化タウタンパクのインビボイメージング用化合物としても利用できる。化合物を投与した個体中における、過剰リン酸化タウタンパクの存在を、適切な検出系で観察する。この際には、化合物は近赤外領域に励起・発光する蛍光物質、ガドリニウムなどの常磁性体や酸化鉄微粒子などの磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種を含有することが望ましい。
【0056】
よって、本発明は、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチド、あるいはキナーゼ活性の検出方法、好ましくは発光検出方法を包含し、該方法は、以下の工程を有することを特徴とする。本発明にかかる多点リン酸基認識化合物を関心対象のタンパクもしくはペプチドと接触させる工程と、発光測定による化合物の発光変化からリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの存在あるいはキナーゼ活性を検出する工程とを有する。
【0057】
本発明の多点リン酸基認識化合物は、リン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドのイメージング方法およびキナーゼ活性のイメージング方法に用いることができる。そのため、該化合物はリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの量あるいは、キナーゼ活性との相関を有する疾病の診断に用いることができる。好ましくは、疾病に関連したタンパク質の異常なリン酸化もしくはキナーゼ活性のイメージング方法、好ましくは発光イメージングに用いることもできる。発光イメージング化合物の使用は、培養された細胞や組織を測定試料として疾病の研究を目的として使用することができる。また、当該疾病の患者の状態の診断や健常者における疾病の予防のための診断を目的とするイメージング方法に用いることもできる。具体的には、当該化合物を生体、あるいは生体から取得した細胞もしくは組織に導入してリン酸化タンパク質やキナーゼ活性のイメージング方法、好ましくは蛍光イメージングに用いることもできる。
【0058】
また、本発明にかかる化合物を用いてリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクを検出することでアルツハイマー病の診断を行うことができる。具体的には、本発明に係る化合物を培養細胞、生体から採取した細胞もしくは組織、又は生体に導入する。そうすると、リン酸化ペプチドもしくは該リン酸化タンパクと該化合物の接触にともなって、該化合物が該リン酸化ペプチドもしくは該リン酸化タンパクのリン酸基に架橋的に結合する。その結果、該化合物の発光信号の変化が誘発され、この変化を検出することにリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクの存否を検出し、アルツハイマーであるか否かを診断することができる。
【0059】
また、核磁気共鳴法を利用し、リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクを検出することでアルツハイマー病であるか否かを診断することもできる。すなわち、本発明に係る化合物を培養細胞、生体から採取した細胞もしくは組織、又は生体に導入し、リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクと本発明にかかる化合物とを接触させる。そして、接触の前後での該化合物に由来するNMRシグナルの変化を測定し、このシグナルの変化からリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパクの存否を検出することで、アルツハイマー病の診断を行うことができる。
【0060】
なお、上記アルツハイマー病の診断方法は、アルツハイマー病など疾病に関連したリン酸化タンパク(ペプチド)もしくはキナーゼ活性を検出することにより疾病の位置と状態をモニタリングする工程、を有していてもよい。
【0061】
本発明の多点リン酸基認識化合物を用いる発光検出による診断方法は、以下の工程を有する。すなわち、化合物を培養細胞、生体から採取した細胞もしくは組織、又は生体に導入する工程と、疾病に関連したリン酸化タンパク質もしくはキナーゼ活性を検出することにより疾病の位置と状態をモニタリングする工程である。
【0062】
本発明はまた、上に定義した研究用あるいは診断用アッセイを実施するために使用できるキットに関する。リン酸化タウペプチド、リン酸化タウタンパク、多点リン酸化ペプチド、多点リン酸化タンパク質の存在を検出あるいは定量したり、キナーゼ活性を測定するためのキットであって、少なくとも本発明の化合物を含んでなるキットが提供される。更に、このようなキットは、必要であれば、その測定に使用される試薬、たとえばターゲットペプチドもしくはタンパク質を認識する抗体を含む。この抗体は、モノクローナル抗体やポリクローナル抗体であり、必要であれば検出のために標識されている抗体を含む。また、容器やバッファー類などのアッセイに必要な試薬類、陽性コントロール試薬、陰性コントロール試薬、キナーゼ阻害剤、取扱説明書などを適宜含むことができる。上述したように、アルツハイマー病に関連した多点リン酸化タウタンパク質や多点リン酸化タウペプチドを検出することが出来る本発明の化合物を含む診断キットは、アルツハイマー病の診断を迅速および経済的に実施することができる非侵襲性の手段を提供する。
【0063】
図1は、本発明で提供されるリン酸化タンパク質もしくはリン酸化ペプチドの検出方法の模式図を示している。リン酸基認識化合物(A)は多点のリン酸基(B)間の距離を認識し、リン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からのシグナル(D)、例えば蛍光が、結合の前後でその強度や極大波長が異なるので、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出することができる。
【0064】
また、核磁気共鳴(NMR)の信号を利用する場合、核磁気共鳴活性核種を有するリン酸基認識化合物(A)は多点のリン酸基(B)間の距離を認識する。この認識した距離に基づいてリン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からの磁気共鳴シグナル(NMRシグナル)(D)を観察する、あるいは結合前後のシグナル強度やケミカルシフト変化を観察することで、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出することができる。 図2は、本発明で提供されるキナーゼ活性の検出方法の模式図を示している。キナーゼ(E)によるリン酸化が多点で生じると、共存させているリン酸基認識化合物(A)はそのリン酸基(B)間の距離を認識し、リン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からのシグナル(D)、例えば蛍光が、結合の前後でその強度や極大波長が異なるので、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出する結果、キナーゼ活性を検出できる。
【0065】
また、核磁気共鳴(NMR)の信号を利用する場合、キナーゼ(E)によるリン酸化が多点で生じると、共存させている核磁気共鳴活性核種を有するリン酸基認識化合物(A)はそのリン酸基(B)間の距離を認識する。この認識した距離に基づいてリン酸化されたタンパクもしくはペプチド(C)に結合する。化合物(A)からの磁気共鳴シグナル(D)を観察する、あるいは結合前後のシグナル強度やケミカルシフト変化を観察することで、化合物によるリン酸化タンパクもしくはリン酸化ペプチドの有無を検出する結果、キナーゼ活性を検出できる。
【実施例】
【0066】
以下に、本発明の特徴をさらに明らかにするために実施例に沿って本発明を説明するが、本発明はこの実施例によって制限されるものではない。なお、本明細書および図面中の化学構造式においては、慣用的な表現法に従い、炭素原子や水素原子を省略して示していることもある。また、化学構造式において、破線で示しているのは配位結合である。
【0067】
(実施例1:発光性化合物の合成)
本発明に従う発光性化合物として、既述の式(16)で表されるZn(Dpa) Stilbazole型錯体1(図3)を以下のスキームで合成した。また比較のため、Dpaを一つ有する化合物2(図4)も合成した。図5に合成スキームを示す。
【0068】
(実施例1(1)化合物3-1の合成)
100ml三口ナスフラスコに、2-ピリジンカルボン酸塩酸塩 5.0g (31.7mmol)、塩化チオニル 15mlを入れ氷浴上で攪拌した。その溶液に、蒸留水 0.5ml (31.7mmol / 1eq)をゆっくり滴下し、滴下後に加熱還流を開始した。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、3日後に反応の終了を確認した。溶媒を減圧留去し、さらにトルエンを加えて減圧留去を行った。残渣にトルエンを30ml加え、氷浴で冷却し、MeOH (1.3eq)をゆっくり滴下すると固体が析出した。析出した固体をろ別し、トルエンで洗浄した。得られた固体をクロロホルムに溶解し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去した。精製はカラムクロマトグラフィー (シリカゲル, Hexane / EtOAc = 3 / 1)により行い、白色固体 2.52g (46.3%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 4.02 (3H, s), 7.49 (1H, dd, J=2.0, 4.8 Hz), 8.14 (1H, ds J=2.0 Hz), 8.65 (1H, d, J=4.8 Hz). FAB-LRMS m/e 172 [M+H]+.)
(実施例1(2)化合物3-2の合成)
50ml二口ナスフラスコに、化合物3-1 1.5g (8.74mmol)、THF 5ml、MeOH 10mlを入
れ、氷浴上で攪拌した。その溶液にCaCl2 3.8g (4.0eq)、NaBH4 658mg(2.0eq)を加え、そ
のまま攪拌を続けた。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、1時間後に
反応の終了を確認した。反応溶液に酢酸エチルを加え、酢酸エチルにより抽出を行った。
有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去し、無色オイル状化合物
1.23g (quant.)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、
CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 4.75 (s, 2H), 7.22 (d, 1H, J=5.2 Hz), 7.31 (s, 1H), 8.45 (d,1H, J=5.2 Hz). FAB-LRMS m/e 144 [M+H]+ )
(実施例1(3)化合物3-3の合成)
100ml二口ナスフラスコに、化合物3-2 1.23g (8.56mmol)、クロロホルム 15ml、二酸化
マンガン 9.2g (7.5times(wt.) S.M.)を入れ、加熱還流した。反応追跡はTLC (Hexane /
EtOAc = 1 / 1) により行い、2時間後に反応の終了を確認した。不溶物をセライトろ過により取り除き、ろ液を減圧留去し、淡黄色オイル状化合物1.20g (quant.)を得た。同定は
1H-NMR、CI-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 7.52
(dd, 1H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.95 (ds, 1H, J=2.0 Hz), 8.68 (d, 1H, J=5.2 Hz), 10.1 (s, 1H).CI-MS m/e 140[M-H]+ )
(実施例1(4)化合物3-4の合成)
50ml二口ナスフラスコに、化合物3-3 600mg (4.24mmol)、メタノール 15ml、オルトギ酸トリメチル 0.71ml (2.1eq)、p-トルエンスルホン酸一水和物 32.2mg (0.04eq)を入れ、加熱還流を行った。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、5時間後に反応の終了を確認した。溶媒を減圧留去し、酢酸エチルを加え、2N 水酸化ナトリウム水溶液により洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去し、淡黄色オイル状化合物 571.2mg(80.1%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 3.41 (s, 6H), 5.36 (s, 1H), 7.27 (dd, 1H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.58 (ds, 1H, J=2.0 Hz), 8.51 (d, 1H, J=5.2 Hz). FAB-LRMS m/e 188 [M+H]+)
(実施例1(5)化合物3-5の合成)
脱気アルゴン置換を行った100ml二口ナスフラスコに、化合物3-4 571.2mg (3.04
mmol)、乾燥トルエン 20ml、トリブチルビニルスズ 1.1ml (1.2eq)、Pd(PPh3)4 350mg
(10%mol of S.M.)を入れ、加熱還流を行った。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 1) により行い、1日後に反応の終了を確認した。不溶物をセライトろ過によりろ別し、ろ液を減圧留去した。ジイソプロピルエーテルを加え、析出した不溶物をろ別し、ろ液を減圧留去した。精製はカラムクロマトグラフィー (シリカゲル, Hexane / EtOAc = 3 / 1)により行い、黄色オイル状化合物 446.8mg(82.0%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 3.42 (s, 6H), 5.37 (s, 1H), 5.50 (d, 1H,J=10.8 Hz), 6.00 (d, 1H, J=17.6 Hz), 6.68 (dd, 1H, J=10.8, 17.8 Hz), 7.23 (dd, 1H, J=1.6,5.2 Hz), 7.53 (s, 1H), 8.56 (d, 1H, J=4.8 Hz). FAB-LRMS m/e 180[M+H]+.)
(実施例1(6)化合物3-6の合成)
50ml二口ナスフラスコに、化合物3-5 308.9mg (1.72mmol)、乾燥トルエン 15ml、グラ
ブス触媒 57mg(2nd generation, 5%mol)を加え、加熱還流を行った。反応追跡はTLC
(Hexane / EtOAc = 1 / 5) により行い、1日後に反応の終了を確認した。不溶物をセライトろ過によりろ別し、ろ液を減圧留去した。ジイソプロピルエーテルを加え、析出した不溶物をろ別し、ろ液を減圧留去した。次にヘキサンを加え、析出した不溶物をろ別し、ろ液を減圧留去すると、固体が析出した。ヘキサン/ジイソプロピルエーテル= 1 : 1の混合溶媒により固液洗浄を行い、得られた個体を減圧乾燥した。淡茶色固体 109.4mg (38.2%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 3.44 (s, 12H), 5.41 (s, 2H), 7.28 (s, 2H), 7.34 (dd, 2H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.68 (s, 2H), 8.62 (d, 2H, J=2.0, 5.2 Hz). FAB-LRMS m/e 331 [M+H]+.)
(実施例1(7)化合物3-7の合成)
25ml二口ナスフラスコに、化合物3-6 50mg (0.15mmol)、THF 7ml、1N HCl水溶液 3mlを入れ、室温で攪拌した。反応追跡はTLC (Hexane / EtOAc = 1 / 5) により行ったが、原料の消失が確認されなかったため、濃塩酸を1ml加え50℃で攪拌した。加熱を開始して4時間後に原料の消失をTLCにより確認したため、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で中和を行い、酢酸エチルによる抽出を行った。有機層を飽和食塩水により洗浄し、硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去し、淡茶色オイル状化合物 46.8mg(quant.)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CDCl3、25℃、TMS) δ/ ppm ; 7.39 (s, 2H), 7.61 (dd, 2H, J=2.0, 5.2 Hz), 8.11 (s, 2H), 8.83 (d, 2H, J=5.2 Hz), 10.1 (s, 2H). FAB-LRMS m/e 239 [M+H]+.)
(実施例1(8)化合物3-8の合成)
100ml二口ナスフラスコに、次の物質を加え、室温で攪拌した。化合物3-7 35.7mg (0.15mmol)、ジクロロエタン 15ml、酢酸1滴、ピコリルアミン67.0mg (HBr塩, 2.2eq)、Na(OAc)3BH 150mg (4.0eq)。反応追跡はTLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, NH3aq入り) により行い、7時間後に反応の終了を確認した。反応溶液に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて中和し、クロロホルムによる抽出を行った。有機層を飽和食塩水により洗浄し、硫酸マグネシウムにより乾燥した後、溶媒を減圧留去した。精製はカラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 40 / 1 → 20 / 1, NH3aq入り)により行い、黄色オイル状化合物 446.8mg(82.0%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CD3OD、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.30 (s, 6H), 3.78 (s, 8H), 7.30 (t, 2H, J=4,8 Hz), 7.51 (s, 2H), 7.54 (d, 2H, J=2.0, 5.2 Hz), 7.65 (d, 2H, J=8.0 Hz), 7.80-7.84 (m, 4H), 8.46-8.49 (m, 4H). FAB-LRMS m/e 451 [M+H]+)
(実施例1(9)化合物3-9の合成)
化合物3-8の合成と同様に行った。異なる点は、ピコリルアミンを1等量とし、ピコリルアミンのジクロロエタン溶液を氷浴上でゆっくり滴下したことである。また、二つのアルデヒドの一方が反応中にNa(OAc)3BHによりベンジルアルコールへと酸化されたものが主生成物であった。化合物3-7を出発原料とし(35.7mg (0.15mmol))、黄色オイル状化合物 35.1mg(67.3%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MSにより行った。(1H-NMR (400MHz、CD3OD、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.36 (s, 3H), 3.80 (s, 4H), 4.80 (s, 2H), 7.17 (t, 1H, J=4.4 Hz), 7.31 (d, 1H, J=5.2 Hz), 7.37 (s, 1H), 7.49 (d, 1H, J=7.6 Hz), 7.65-7.69 (m, 2H), 8.55-8.59 (3H). FAB-LRMS m/e 347 [M+H]+)
(実施例1(10)化合物1の合成)
50ml一口ナスフラスコに、化合物3-8 42.9mg (0.095mmol)、アセトニトリル 10ml、305.99mM Zn(NO3)2水溶液 591.2ml(1.9eq)を入れ、室温で攪拌した。2時間後、反応溶液中に固体が析出していたため、その固体をろ別し、アセトニトリルで洗浄した後に得られた固体を減圧乾燥した。白色固体49.1mg(62.1%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-MS及び元素分析により行った。(1H-NMR (400MHz、D2O、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.27 (s, 6H), 4.03-4.17 (m, 8H), 7.45-7.52 (m, 6H), 7.63-7.67 (m, 4H), 7.96 (t, 2H, J=7.6 Hz), 8.51-8.53 (m, 4H).FAB-LRMS m/e 768 [M-NO3-+H]+ . Anal Calcd for C28H30N6・2Zn(NO3)2 : C, 40.55; H, 3.65; N, 16.89. Found: C, 40.71; H, 3.65; N, 17.02.)
(実施例1(11)化合物2の合成)
化合物1の合成と同様に行った。Zn(NO3)2水溶液を1eqとし、攪拌をおこなったが、固体の析出が見られなかったため、溶媒を減圧留去したところ、固体の析出が確認された。析出した固体をアセトニトリルで固液洗浄し、得られた固体を減圧乾燥した。化合物3-9を出発原料とし(20.0mg (0.058mmol))、黄色オイル状化合物 7.0mg(22.5%)を得た。同定は1H-NMR、FAB-HRMSにより行った。(1H-NMR (400MHz、D2O、25℃、TMS) δ/ ppm ; 2.26 (s, 3H), 4.04-4.16 (m, 4H), 7.39-7.52 (m, 5H), 7.59-7.66 (m, 3H), 7.97 (t, 1H, J=7.6 Hz), 8.39 (d, 1H, J=5.2 Hz), 8.49 (d, 1H, J=5.2 Hz), 8.53 (d, 1H, J=4.8 Hz).ベンジルプロトンがD2Oピークと重なっている。FAB-HRMS m/e 472.0963 [M-NO3-+H]+)
(実施例1(12)ターゲットとする多点リン酸化ペプチドの設計)
タウタンパク質のリン酸化部位の中でも特に(i, i+2)の位置でリン酸化を受けている部分配列を採用し、それらを設計・合成した。また、(i, i+4)や(i, i+6)の位置に二つのリン酸基を有しているタウ配列ペプチドもコントロールペプチドとして合成した。さらに、本発明の化合物分子が、特定のリン酸化部位のみを認識可能であるかを評価するため、(i, i+4, i+6)の位置がリン酸化されている三リン酸化ペプチドも同時に合成した(Tau204-216 3P)。図6に合成したリン酸化ペプチドを示す。
【0069】
(実施例1(13)多点リン酸化ペプチド合成)
全てのペプチドは、ペプチド自動合成機 (ABI 433A, Applied Biosystems)で行った。ソフトウェアは、Standard Fmoc-based FastMoc coupling chemistryを用いた。ペプチド合成に用いたFmoc保護アミノ酸及び試薬は渡辺化学工業から購入した。Amide resin樹脂(導入率0.64mmol / g, 0.1mmolスケール)に対して4等量のFmocアミノ酸(0.4mmol)を合成用バイアルに入れ、自動合成した (N末端アミノ酸の脱保護まで行った)。樹脂からの切り出し及び脱保護は以下の操作に従って行った。得られた樹脂を50mlのナスフラスコに入れ、切り出し・脱保護用試薬(m-クレゾール, チオアニソール, トリフルオロ酢酸)をそれぞれ必要量加え、室温で1時間撹拌した。各試薬の必要量は、樹脂300mgに対し、m-クレゾール 0.06ml, チオアニソール 0.36ml, トリフルオロ酢酸2.58mlである。樹脂をろ別し、ろ液を減圧留去した。TBMEを加え、生じた粗ペプチドの沈澱物をろ別し、デシケーター中で減圧乾燥した。得られた粗ペプチドを蒸留水に溶解させ、不溶物をメンブレンフィルターによりろ過したものをHPLCでの精製に用いた。HPLCの条件は次のとおりである。カラム:ODS-A (YMC社 , 10mm×250mm , 30mm)、移動相: A / B= 5 / 95〜40 / 60 , 40分かけてグラジエント。A:アセトニトリル(0.1% TFA)、B:蒸留水(0.1% TFA)、流速:3ml / min、検出波長:220nm。同定はMALDI-TOF MSにより行い、その結果は次のとおりである。Tau210-220-2P;計算値 ([M-H]-) 1512.61、測定値1506.83。Tau231-238-2P;計算値 ([M-H]-) 1117.39、測定値1111.81。Tau227-238-2P;計算値 ([M-H]-) 1542.47、測定値1552.0。Tau204-216-3P;計算値 ([M-H]-) 1808.47、測定値1813.8。Tau204-216-2P (i,i+4);計算値 ([M-H]-) 1730.72、測定値1722.75。Tau204-216-2P (i,i+6);計算値 ([M-H]-) 1730.72、測定値1733.9。分取したペプチド溶液は凍結乾燥した。
【0070】
(実施例1(14)化合物1及び化合物2のペプチド認識能の評価)
(Tau210-2202Pを用いた検討)
蛍光スペクトル測定により、化合物1及び化合物2のペプチド認識能の評価を行った。
測定は、[化合物1あるいは2] = 10mM、 光路長1cm、 pH7.2、 50mM HEPES buffer、25℃で行った。励起波長は次のとおりである。化合物1はλex = 323nm, Ex / Em = 15nm / 10nm,、Tau210-220-2Pのみλex = 323nm, Ex / Em = 5nm / 10nmとした。化合物2 はλex = 305nm, Ex / Em = 10nm / 12nmとした。図7に示すように、化合物1にTau210-2202Pを添加すると、350nmの蛍光強度が減少し、430nm付近の長波長側の蛍光強度が増加した。この変化はペプチドを過剰に加えていくと飽和をむかえた。それぞれの蛍光変化から会合定数を算出したところほぼ105M-1オーダーであった。一方、図8Aに示すように、化合物2にTau210-2202Pを滴下した結果、蛍光が全体的に緩やかに減少するだけであった。以上の結果から、化合物1における蛍光の二波長変化は、化合物1の二つの亜鉛錯体がペプチド上の二つのリン酸基を認識したためであると示唆された。化合物1及び化合物2自体の蛍光スペクトルを比較すると、化合物1より化合物2が短波長側の蛍光が極端に小さく、長波長側の蛍光が大きいことが明らかとなった(図8B)。測定は、[化合物1あるいは2] = 10mM, λex = 305nm, Ex / Em = 10nm / 12nm、50mM HEPES buffer, 1cm セル, 25℃で行った。この結果から、化合物1のペプチド添加に伴った蛍光の二波長変化は、ペプチド上のリン酸基への結合に伴ったスペーサー(ビニル基)に連結するピリジンへの亜鉛イオンの配位状態の変化が要因であることが明らかとなった。これはスチルバゾール骨格の回転抑制を要因とする当初の予想とは異なる結果であった。
【0071】
(その他のペプチド及びフェニルリン酸での検討)
化合物1に、各ペプチドを滴下した際の各波長における結合乗数を図9に示す。二つのリン酸基がi, i+2の距離に位置しているペプチドを滴下した場合には、いずれも蛍光の二波長変化が観測された。また、蛍光変化から算出された各ペプチドとの結合定数も全てほぼ105オーダーの値を示した。一方、二つのリン酸基がi, i+4やi, i+6の距離に位置しているペプチドでは、顕著な蛍光変化は観測されなかった。また、小分子リン酸種であるフェニルリン酸においても、顕著な蛍光変化は観測されなかった。これらの結果の中でも特筆すべきはTau204-216 3Pでは蛍光の二波長変化が生じたが、Tau204-216 2P (i, i+4)やTau204-216 2P (i, i+6)では顕著な蛍光変化が生じなかったことである(図9、図10)。以上の結果から、化合物1は、ペプチド上のi, i+2のリン酸化状態を選択的に認識することが明らかとなった。また、同一配列上に複数のリン酸基が存在する中でも、特定の位置に存在するリン酸基に特異的に結合していることも明らかとなった。
【0072】
(実施例1(15)化合物1のタウ配列ペプチドへの親和性の評価)
以上の検討により、化合物1にi, i+2の位置にリン酸基を有するタウ配列ペプチドを添加すると、蛍光の二波長変化が生じた。この蛍光変化が結合に伴った変化であるかを評価するため、特にTau210-220 2P、Tau204-216 3P、Tau204-216 2P (i, i+6)の三種類のペプチドを用いてITC測定による親和性の評価を行った。ITC測定の条件は次のとおりである。Tau210-2202P : [化合物1] = 100μM, [peptide] = 2mM。Tau204-216 3P : [化合物1] = 50μM, [peptide] = 1mM。Tau204-216 2P (i, i+6) : [化合物1] = 100μM, [peptide] = 3.24mM。この濃度で滴定回数 : 24回, 測定温度 : 25℃、pH7.2、50mM HEPES buffer中で行った。化合物1にTau210-220 2Pを添加した際の熱量変化を図11に、三種類のペプチドそれぞれにおける熱量変化から得られた各種熱力学的パラメータを図12に示す。ペプチド滴下に伴った熱量変化は、エントロピー駆動的な吸熱過程であった(ΔS > 0、ΔH > 0)。この変化は、化合物分子やリン酸化ペプチドに水和している水分子が結合に伴って脱水和したことに由来すると考えられる。Tau210-220 2PやTau204-216 3Pにおいて得られた会合定数(K = 3.33 x 105 M-1、K = 2.88 x 105 M-1)は、蛍光変化により算出した値とほぼ同等の値であった。この結果は、化合物1にTau210-220 2PやTau204-216 3Pを添加した際の蛍光変化が、結合を反映した変化であることを示している。一方、Tau204-216 2P (i, i+6)では、N = 0.51となり、ペプチド上の二つのリン酸基それぞれに化合物二分子がそれぞれ個別に相互作用していると考えられる。また、算出されたKaもモノZn / Dpa錯体と同等の値となったことも架橋構造ではなく、1 : 2の相互作用をしていることを示唆している。以上の結果から、化合物1がTau210-220 2PやTau204-216 3P上のi, i+2の位置に存在する二つのリン酸基を選択的に架橋認識していることが明らかとなった。
【0073】
(実施例1(16)化合物1のTau210-2202Pへの結合様式の検証)
化合物1のTau210-2202Pへの相互作用モードを評価するため、化合物分子へのペプチド添加前後におけるCDスペクトル変化を測定した。CDスペクトル測定は次の条件で行った。[化合物1] = 20uM, [Tau210-2202P] = 0 or 20uM。 pH8.0 Borate buffer, 2mmセル, 室温、スキャンスピード : 200nm / min, 積算 : 10回, レスポンス : 2sec, バンド幅 : 1.0nm。化合物1にTau210-2202Pを添加したところ、化合物分子の吸収極大波長をゼロとし、正と負のコットンピークが観測された(図13A)。この結果は、化合物分子がTau210-2202P上の二つのリン酸基に架橋的に結合することで、ペプチドの不斉が化合物に反映されていることを示す。次に、化合物1へのTau210-2202P添加に伴ったCDスペクトル変化(λ = 291nm)を利用して、Job's Plotを作成し化学量論比の決定を行った。
Job's plotの作成には次の条件で測定を行った。[化合物1] + [Tau210-2202P] = 20uM。 pH7.2 HEPES buffer, 1cmセル, 室温、スキャンスピード : 200nm / min, 積算 : 10回, レスポンス : 2sec, バンド幅 : 1.0nm。[Tau210-2202P] : [化合物] = 1 : 1の場合に最大値をとるようなプロットが得られ(図13B)、Tau210-2202Pと化合物1が1 : 1で結合していることが明らかとなった。以上の検討から、化合物1がTau210-2202P上の二つのリン酸基に架橋認識して1 : 1で結合していることが明らかとなった。
【0074】
(実施例1(17)まとめ)
以上の結果をまとめると、化合物分子自身の骨格を剛直にするため、スペーサー(ビニル基)にZn / Dpa錯体を直結させ、スペーサーをDpaのピリジン環の4位に直接導入した新規Stilbazole型化合物を合成した(化合物1及び化合物2)。化合物1は、タウタンパク質の多点リン酸化配列上のi, i+2の位置に離れて存在するリン酸基を架橋認識して1 : 1で結合し、蛍光の二波長変化によって読み出すことに成功した(Ka = 〜105 M-1)。さらに化合物1は、複数のリン酸基が存在する中でi,i+4やi,i+6に位置する二つのリン酸基には結合せず、i, i+2に位置する二つのリン酸基のみを選択的に認識することが明らかとなった。既に報告されている、スペーサーが亜鉛錯体部分の窒素原子に結合している多点リン酸化ペプチド認識化合物では、リン酸基の距離認識性は3倍程度の親和性の差で示されている。詳細はJ. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185, Akio Ojida et al.を参照のこと。すなわち、弱くではあるがリン酸基距離の異なる複数のジリン酸化ペプチドと相互作用する。用いられている基質ペプチド配列が本実施例の配列と異なるため直接的な比較は出来ないが、蛍光強度変化を指標にした場合には、本発明の化合物1は、ジリン酸間における距離認識性が向上していると言える。
【0075】
ペプチドへの結合に伴った蛍光の二波長のメカニズムを検討した結果、ペプチド上のリン酸基への配位に伴ったスペーサー内のピリジンへの亜鉛イオンの配位状況の変化に由来することが明らかとなった。本化合物は、タウタンパク質上の特定リン酸化配列のみを認識可能であるため、タウタンパク質の検出や分離、さらには特定のタウキナーゼの阻害剤開発や特定のタウキナーゼの凝集体形成への関与の解明などに展開可能である。
【0076】
(実施例2:発光性化合物の合成(BODIPY-Zn(Dpa))
本発明に従う別の発光性化合物として、既述の式(12)で表されるBODIPY-Zn(Dpa)(化合物9とする)を以下のように合成した。図14に合成スキームを示した。
【0077】
(実施例2(1)化合物11の合成)
100ml三口ナスフラスコに、以下の物質を加え、100℃で攪拌した。3,5-ジヒドロキシ-ベンズアルデヒド 1.0g (7.24mmol)、炭酸カリウム 2.5g (18.1mmol, 2.5eq)、リチウムブロマイド 628.7mg (7.24mmol, 1.0eq)、乾燥DMF 35ml。その後、反応溶液にトリエチレングリコールモノクロロヒドリンの乾燥DMF溶液 (2.31ml (15.9mmol, 2.2eq) / 10ml)を滴下し、100℃で引き続き攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、五日後に反応の終了を確認した。不溶物をろ別後、ろ液を減圧留去した。酢酸エチル及び10% w/v 炭酸カリウム水溶液を加え、酢酸エチルにより抽出を行った。その後、有機層を10% w/v 炭酸カリウム水溶液により洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 15 / 1)により行い、薄茶色オイル状化合物を得た(収量 (収率):2.75g (98.0%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0078】
【表1】
【0079】
(実施例2(2)化合物12の合成)
二口50mlナスフラスコに化合物11 1.0g (2.57mmol)、2,4-ジメチルピロール514.3mg (0.56ml / 2.1eq)、乾燥CH2Cl2、TFA一滴を入れ、室温で攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、24時間後に反応の終了を確認した。反応溶液をCH2Cl2により希釈し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 10 / 1)により行い、茶色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 824.2mg (55.7%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0080】
【表2】
【0081】
(実施例2(3)化合物13の合成)
二口50mlナスフラスコに次の物質を入れ、0℃で攪拌した。化合物12 824mg (1.43mmol)、ヨウ素 798.5mg (3.15mmol / 2.2eq)、炭酸カリウム 593mg (4.29mmol / 3.0eq)、メタノール 10ml。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、12時間後に反応の終了を確認した。クロロホルムにより抽出を行い、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液により洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。褐色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 886.3mg (75.1%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0082】
【表3】
【0083】
(実施例2(4)化合物14の合成)
二口50mlナスフラスコに、化合物13 880.0mg (1.07mmol)、DIEA 6.52ml (35eq / 37.5mmol)、乾燥CH2Cl2 15mlを入れ、0℃で10分攪拌した。その後、BF3-OEt2 5.95ml(48eq / 51.4mmol)を加え、0℃でさらに攪拌を行った。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1) により行い、2時間後に反応の終了を確認した。反応溶液を蒸留水及び2N NaOH水溶液により洗浄し、有機層を硫酸ナトリウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。黒赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 866.3mg (92.8%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0084】
【表4】
【0085】
(実施例2(5)化合物15の合成)
脱気アルゴン置換を行った二口50mlナスフラスコに次の物質を入れ、室温で10分攪拌した。化合物14 465.4mg (0.53mmol)、ピリジンボロン酸 739.7mg (1.33mmol / 2.5eq)、dry DMF 10ml、Pd(OAc)2 (S. M.に対して5%mol)、PPh3 (S. M.に対して10%mol)。その後、2M Na2CO3水溶液 2ml加え、70℃で攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, シリカゲル) により行い、2時間後に反応の終了を確認した。溶媒を減圧留去し、残渣にCH2Cl2を加え、不溶成分をろ別し、ろ液を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 10 / 1)により行い、赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 283.5mg (58.0%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0086】
【表5】
【0087】
(実施例2(6)化合物16の合成)
二口50mlナスフラスコに、化合物15 280mg (0.30mmol)、AcOH-H2O (3 / 2) 15mlを入れ、加熱還流を行った。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, シリカゲル) により行い、3時間後に反応の終了を確認した。反応溶液を氷に注ぎ、炭酸カリウムにより中和を行った。その後、クロロホルムにより抽出し、有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した。赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 56.0mg)。同定は1H-NMRにより行った。
【0088】
【表6】
【0089】
(実施例2(7)化合物17の合成)
二口50mlナスフラスコに、化合物16 56.0mg (0.067mmol)、乾燥CH2Cl2 10ml、酢酸2滴、アミノメチルピコリン21.4mg (2.5eq)を入れ、室温で10分間攪拌した。その後、NaBH(OAc)3 61.3mg (3.0eq)を加え、室温で攪拌した。反応追跡は、TLC (CHCl3 / MeOH = 10 / 1, NH3aq入り, シリカゲル) により行い、24時間後に反応の終了を確認した。反応溶液に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、クロロホルムにより抽出を行った。有機層を硫酸ナトリウムにより乾燥し、溶媒を減圧留去した。精製は、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル, CHCl3 / MeOH = 30 / 1, NH3aq入り)により行い、赤色オイル状化合物を得た(収量 (収率) : 44.7mg (63.6%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0090】
【表7】
【0091】
(実施例2(8)化合物9の合成)
一口50mlナスフラスコに、化合物17 26.5mg (0.025mmol)、単蒸留アセトニトリル / メタノール 10mlを加え、均一溶液になるまで攪拌を行った。その後、305.99mM Zn(NO3)2水溶液 161.91μl (1.95eq)を加え、室温で一時間攪拌した。反応溶液を減圧留去し、少量の蒸留水を加え、凍結乾燥を行った。得られた固体を酢酸エチル及びヘキサンにより洗浄し、減圧乾燥した。橙色固体を得た(収量 (収率) : 30.5mg (84.5%))。同定は1H-NMRにより行った。
【0092】
【表8】
【0093】
(実施例2(9)ターゲットとする多点リン酸化ペプチドの設計)
タウタンパク質のリン酸化部位の中で(i, i+4)の位置でリン酸化を受けている部分配列ペプチド(Tau 2P)を合成した。231番目のトレオニンと235番目のセリンがリン酸化されている。また、コントロールペプチドとしてリン酸化なしペプチド(Tau 0P)、およびiの位置にリン酸基を有しているモノリン酸化タウ配列ペプチド(Tau 1P)も合成した。ペプチド合成は(実施例1(13))に従って行った。図15に合成したリン酸化ペプチドを示す。
【0094】
(実施例2(10)リン酸化タウモデルペプチドとBODIPY-Zn(Dpa)の相互作用解析)
蛍光スペクトル測定により、BODIPY-Zn(Dpa)化合物9(以後、BODIPY-Zn(Dpa)と略す)のリン酸化ペプチド認識能の評価を行った。測定は、[BODIPY-Zn(Dpa)] = 5 mM、pH7.2、50mM HEPES buffer、25℃で行った。励起波長は、λex = 530 nmとした。図16Aに示すように、BODIPY-Zn(Dpa)にTau 2Pを添加すると、540 nmの蛍光強度が増加した。この変化はTau 2Pを過剰に加えていくと飽和をむかえた。蛍光の変化から会合乗数を算出したところ2.75x105 M-1であった。一方、BODIPY-Zn(Dpa)にTau 0PもしくはTau 1Pを滴下した結果、ペプチドの添加に伴って、蛍光強度は緩やかな減少を示したが大きな変化は認められなかった。(図16B)。これらの結果を表9に示す。この結果より、Tau P2添加系における蛍光強度の増加はBODIPY-Zn(Dpa)の二つの亜鉛錯体がペプチド上の二つのリン酸基を認識したためであると考えられる。以上の結果から、BODIPY-Zn(Dpa)はTau 2P、ここでは「i」と「i+4」番目のアミノ酸がリン酸化されたタウペプチドの検出が可能であることがわかった。
【0095】
実施例1で用いたペプチドTau 204-216 3PもしくはTau 204-216 2Pを滴下した際の蛍光変化量を測定し、親和性(会合定数)を算出した。その結果を表9に示す。「i」と「i+4」番目のアミノ酸がリン酸化されたペプチドTau 204-216 3Pの検出が可能であったことに対し、「i」と「i+6」番目のアミノ酸がリン酸化されたペプチドTau 204-216 2Pの検出はできなかった。以上から、BODIPY-Zn(Dpa)はペプチド上の二つのリン酸基を架橋型の相互作用により距離選択的に認識していることが示された。
【0096】
【表9】
【0097】
前述の既に報告されているスペーサーが亜鉛錯体部分の窒素原子に結合している多点リン酸化ペプチド認識化合物では、10倍の親和性の差を示すものの、モノリン酸化ペプチド、ジリン酸化ペプチドともに相互作用する。詳細はJ. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185, Akio Ojida et al.を参照のこと。一方、BODIPY-Zn(Dpa)ではモノリン酸化ペプチドTau 1Pでは蛍光強度は変化しない。用いられている基質ペプチドの配列が本実施例の配列と異なるため直接的な比較は出来ないが、蛍光強度変化を指標にした場合、ジリン酸化ペプチドに対する選択性が向上していることがわかった。
【0098】
さらに、BODIPY-Zn(Dpa)は、「iとi+6番目」がリン酸化されたペプチドTau 204-216 2Pに対しては、蛍光強度の変化は観察されず、相互作用しなかった。前述の既に報告されている多点リン酸化ペプチド認識化合物では、弱くではあるがリン酸基距離の異なる複数のジリン酸化ペプチドと相互作用する。詳細はJ. Am. Chem. Soc., (2003) 125, 10184-10185, Akio Ojida et al.を参照のこと。この結果からも、BODIPY-Zn(Dpa)は、蛍光強度変化を指標にした場合、ジリン酸化ペプチド間におけるリン酸基の距離認識性が向上していることがわかった。
【0099】
BODIPY-Zn(Dpa)とTau 2Pの濃度の合計が5μMの系でJob's プロットを行った結果を図17に示した。グラフはモル比0.5で最大値となることから、BODIPY-Zn(Dpa)とTau 2Pは化学量論比1:1 の複合体を形成することを示している。
【0100】
(実施例2(11)BODIPY-Zn(Dpa) を用いたキナーゼアッセイ)
タウタンパク質のリン酸化部分配列ペプチドTau 1P、BODIPY-Zn(Dpa)、ならびに231番目トレオニンをリン酸化するGSK−3βを用いたキナーゼアッセイを試みた。実験条件は次のとおりである。Tau 1Pの濃度は20μM、BODIPY-Zn(Dpa)濃度は20μM、 ATPを100μM, BSAを2μg, 50 mM HEPES, 10mM MgCl2, 10mM DTT, 2μM EDTA, pH7.2、30℃とした。励起波長は540 nmとした。結果を図18に示した。図18から明らかなように、時間と共に蛍光強度の増加が確認された。これは、GSK−3βによるTau 1Pの231番目のトレオニンのリン酸化をBODIPY-Zn(Dpa)が認識し相互作用した結果である。また図19から明らかなように、GSK−3βの濃度依存性が認められた。以上の結果より、BODIPY-Zn(Dpa)は2つのリン酸化部位を認識し、キナーゼによるリン酸化をリアルタイムに検出できることが明らかとなった。
【0101】
(実施例2(12)BODIPY-Zn(Dpa)を用いたヒト脳海馬組織の蛍光染色)
脳組織内の過剰リン酸化タウタンパク質の検出が可能かどうかを調査するため、BODIPY-Zn(Dpa) を用いたヒトアルツハイマー(AD)脳ならびに正常脳の海馬組織切片の蛍光染色実験を行った。具体的には、ヒトADもしくは正常脳海馬組織切片を脱パラフィン処理(キシレン浸漬5 minを3回繰り返した後、100%、90%、80%、70% エタノール水溶液に段階的に浸漬(各2 min)し、最後に水洗5 minを2回した。次に、リポフスチン除去処理を以下のように行なった。PBS 洗浄2 min×2 、0.25 wt%過マンガン酸カリウム/PBS浸漬30 min、PBS 洗浄2 min2回、1 wt% Oxalic acid、1 wt% Potassium pyrosulfate/PBS 浸漬6 min、最後にPBS 洗浄2 minを2回。続けて、トリプシン処理(室温でPBS-Tween 洗浄2 min2回、37℃で0.05 % Trypsin/PBSを15 min)、最後に室温でPBS-Tween 洗浄5minを2回した。その後、抗体ならびにBODIPY−Zn(Dpa)で共染色した。まず10%ヤギ血清(37℃, 30 min)でブロッキングを行い、10%ヤギ血清を除去後、1次抗体を添加し、4℃で17-19 時間反応させた。その後、PBS-Tween 洗浄を2 分間を5回(アイスバス上)行い、2次抗体(AlexaFluor 633 ラベルヤギIgG 抗体(抗マウスIgG ))を添加し、37℃、1 h反応させた。PBS-Tweenで2分間、3回洗浄(アイスバス上)した。その後、10 μM BODIPY-Zn(Dpa), 0.0001% DAPI/HBS溶液100 μLを室温, 10 min反応させ、0.5 mM Zn(NO3)2 水溶液で2分間洗浄を2回(アイスバス上)した。その後、PermaFluorTM(Beckman Coulter製)で封入した。本実験では、一次抗体として、以下の抗体を用いた。抗アミロイドベータタンパク抗体(Aβ42;Aβ染色kit(Wako)付属の溶液)。抗リン酸化タウ抗体(AT8;エピトープpSer202/pThr205、1: 5000希釈)。抗タウ抗体(Tau-2;リン酸化タウならびに非リン酸化タウいずれも認識する抗体、1: 5000希釈)。染色切片の観察は、共焦点レーザー顕微鏡観察を用いた。DAPIは励起波長351 nm、蛍光波長は400-500 nmで観察した。BODIPY-Zn(Dpa)は励起波長488 nm、蛍光波長500-555 nm、ならびにAlexaFluor 633は励起波長633nm Laser、蛍光波長645-745 nmで観察した。染色結果を図20に示す。
【0102】
図20の蛍光染色像から明らかなように、ヒトAD脳海馬組織において、Tau-2と
BODIPY-Zn(Dpa) の蛍光が、AT8(抗リン酸化タウ抗体)とBODIPY-Zn(Dpa) の蛍光が
共存していることがわかった。このことは、BODIPY-Zn(Dpa)がリン酸化タウタンパクに
結合することが可能であることを示している。一方、ヒトAD脳海馬組織において、Aβ42
(抗Aβ抗体)とBODIPY-Zn(Dpa) の蛍光は共存しなかった。このことは、
BODIPY-Zn(Dpa)はアミロイドベータタンパクには結合しないことを示している。さらに興味深いことに、ヒト正常脳海馬組織においては、BODIPY-Zn(Dpa) の蛍光が見られないことから、BODIPY-Zn(Dpa)はアルツハイマー脳特異的な化合物であることが示された。以上の結果より、本発明に従うBODIPY-Zn(Dpa)は、リン酸化タウタンパクを高い選択性を持って捕捉し、染色することが可能であり、一方でアミロイドβ凝集体を認識しない化合物であることが理解される。
【0103】
(実施例2(13)脱リン酸化酵素処理ヒト脳海馬組織の蛍光染色)
BODIPY-Zn(Dpa)がリン酸化アミノ酸を認識して、組織切片上のタウタンパクを染めているのかを明らかにするために、ヒトAD脳海馬組織切片に対し、脱リン酸化酵素(PP2A)処理を行い、BODIPY-Zn(Dpa)染色像の変化を調べた。染色前に、脱リン酸化酵素処理(PP2A; 0.5 units / 50 μL, 37℃, 24 h)を行い、実施例2(12)の手順に従って、海馬組織切片の蛍光染色実験を行った。図21に染色結果を示した。PP2Aで組織上のタウタンパクを脱リン酸化することでBODIPY-Zn(Dpa)染色およびAT8染色で見られた蛍光のドットが消失した。一方でTau-2染色像でははっきりとした蛍光のドットが確認され、PP2A
処理後も組織切片中にタウタンパク凝集体が存在することが確認された。
【0104】
BODIPY-Zn(Dpa)染色で見られた蛍光のドットはタウタンパク質のリン酸化に依存して検出された。図22には、PP2A処理前後の海馬組織におけるBODIPY-Zn(Dpa)の蛍光強度変化を示している。蛍光強度測定の結果からも明らかなように、PP2A処理後は処理前に比較して、BODIPY-Zn(Dpa)の蛍光強度が有意に低下していることがわかる。これらの結果より、BODIPY-Zn(Dpa)がリン酸化アミノ酸を認識してヒトAD脳海馬組織中のタウタンパク凝集体を染色していることが示された。
【0105】
(実施例2(14)Zn/Dpa2核錯体化合物によるヒトAD脳海馬組織の蛍光染色)
類似の構造を持つZn/Dpa2核錯体化合物(図23a-d)についてヒトAD脳海馬組織を用いた蛍光染色実験を行った。それらを用いたヒトAD脳海馬組織の染色結果を図24に示した。全てのZn/Dpa2核錯体化合物で抗リン酸化タウ抗体AT8と重なる蛍光のドット(図中矢印)が観測され、これらのZn/Dpa2核錯体化合物がリン酸化タウタンパクプローブとして有用である可能性が示された。
【0106】
(実施例2(15)Zn/Dpa2核錯体化合物の分配係数評価(水−オクタノール系))
Zn/Dpa2核錯体化合物の血液脳関門(BBB; Blood Brain Barrier)透過性を見積もるために水−オクタノール系での分配係数(Pow)を評価した。Pow > 0.1でBBBを単純拡散で透過する可能性がある。10 μM のZn/Dpa2核錯体化合物水溶液 150 μLに1−オクタノール 150 μLを加え、激しく混合した。遠心分離(1500 rpm)を2分間行った後、水相中の化合物濃度を測定することで分配係数を決定した。図25には実施例2(14)で用いられたZn/Dpa2核錯体化合物a-dの最大吸収波長と分配係数(Pow)を示した。全ての化合物でPow は0.1以上となり、単純拡散によるBBB透過の可能性が示された。
【0107】
(実施例2(16)BODIPY-Zn(Dpa)の19F−NMR測定)
BODIPY-Zn(Dpa)の19F−NMR測定を行った結果、−120 ppmにシングルピークでFのNMR信号を検出することが可能であった。この結果より、本発明の化合物BODIPY-Zn(Dpa)は、リン酸化タウタンパク質あるいはリン酸化タウペプチドを19F−NMRあるいは19F−MRIで検出可能であることが示された。
【0108】
(実施例2(17)BODIPY-Zn(Dpa)の脳内移行試験)
ICRマウス(male、7週齢)にBODIPY-Zn(Dpa)を静脈投与し、インビボにおける脳移行性を測定した。具体的には、投与量1 mg/kgとなるように、BODIPY-Zn(Dpa) (50 μM HBS溶液,400 μL)を尾静脈より注入し、投与後2分または30分に脳を採取した。脳(424 〜488 mg)は採取後、3 mL のHBS溶液中でスパーテルを用いてホモジナイズし、超音波照射によって均一化した。逆相HPLCにより、脳内に含まれていたBODIPY-Zn(Dpa) の定量を行い、投与量に対する脳内のBODIPY-Zn(Dpa)含有量(% ID/g: % injected dose par gram of brain)を求めた。HPLCでの検出は、化合物由来の蛍光(励起520nm/蛍光545nm)を利用した。
【0109】
図26に本発明の化合物BODIPY-Zn(Dpa)を静脈投与されたマウス脳ホモジネート液のHPLCチャートを示す。投与後2分では、マウス脳グラム当たり投与量の0.5 %(0.496 % ID/g,99.3 pmol/g brain)のBODIPY-Zn(Dpa)が脳に存在することがわかった。投与後30分では、マウス脳グラム当たり投与量の0.02 %(0.020% ID/g,3.96 pmol/g brain)が脳に存在することがわかった。SPECTイメージングやPETイメージングにおいて、中枢神経系造影剤として求められる脳移行性は、0.5 % ID/g以上である(特開2004−67659)。そうすると、上記の結果から明らかなように、本発明の化合物は実用的な脳移行性を有するリン酸化タウの造影剤として使用が可能である。
【0110】
(実施例2(18)in vitroで調製したリン酸化タウ凝集体へのBODIPY-Zn(Dpa)結合試験)
大腸菌により発現させたタウタンパク質(8μM)とヘパリン(1.6μM)を37℃で20日間インキュベートすることでタウ凝集体を調製した。GSK-3βによりin vitroでリン酸化したタウタンパク質を用いて、リン酸化タウ凝集体を同様にして調製した。in vitroのリン酸化は、SDS-PAGE後のPro-Q diamond染色結果から、リン酸化度 = 6 mol P/mol Tauであることを確認した。
【0111】
調製したタウ凝集体あるいはリン酸化タウ凝集体に10μMのBODIPY-Zn(Dpa)ならび
に10μMのチオフラビンT(ThTと略す事がある)を添加した。添加後、0.5 mM Zn(NO3)2で2回洗浄した後、染色されたリン酸化タウ凝集体の懸濁液(0.5 μL)をカバーガラス上で風乾させ、共焦点レーザー走査型顕微鏡で観察した(OLYMPUS FV-1000, Obj. lens100x)。チオフラビンTの観察には励起波長458nm、蛍光波長470-490 nmで、BODIPY-Zn(Dpa)の観察には、励起波長488 nm、蛍光波長560-580 nmで行った。
【0112】
図27にチオフラビンT(ThT; 上段)ならびにBODIPY-Zn(Dpa) (下段)によるリン酸化タウ凝集体の蛍光同時染色像を示す。図27(p-Tau)の蛍光像から,ThTの蛍光とBODIPY-Zn(Dpa)の蛍光が重なることが確認された。この結果より、BODIPY-Zn(Dpa)蛍光はp-Tau凝集体上からのものであり、BODIPY-Zn(Dpa)がpTau凝集体に結合し染色可能であることが明らかになった。図27(p-Tau + PPi)の蛍光像から明らかなように、ピロリン酸(PPi)の存在下では、ThTは凝集体を染色するが、BODIPY-Zn(Dpa)は凝集体を染色しなかった。この結果は、PPiによりBODIPY-Zn(Dpa)とp-Tau間の相互作用が阻害されていることを意味しており、BODIPY-Zn(Dpa)はリン酸を認識してpTau凝集体と結
合していることがわかった。図27(n-Tau)からは、ThT蛍光では凝集体が観察されたが、BODIPY-Zn(Dpa)蛍光では凝集体が観察されないことがわかった。この結果は、リン酸基が凝集体上になければBODIPY-Zn(Dpa)では染まらないことを意味しており、BODIPY-Zn(Dpa)はリン酸基を認識してp-Tau凝集体と結合していることが確認された。
図27(Aβ)では、ThT蛍光では凝集体が観察されたが、BODIPY-Zn(Dpa)蛍光では凝集
体が観察されなかった。この結果は、BODIPY-Zn(Dpa)はAβ凝集体を染色せず、pTau凝
集体を染色することを意味しており、p-Tau凝集体への結合選択性を示すものである。以上の結果より、本発明にかかるBODIPY-Zn(Dpa)のリン酸化タウ凝集体への高い結合選択性
が確認された。
【0113】
(実施例2(19)リン酸化タウ凝集体とBODIPY-Zn(Dpa)の相互作用評価1(蛍光滴定))
BODIPY-Zn(Dpa)に対してリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体を滴定し、凝集体が相互作用する濃度範囲を調べた。100 nMのBODIPY-Zn(Dpa)に対し、タウ濃度0 − 320 nM (0 −14 μg/mL)の範囲で滴定を行った。溶媒はHBS (10 mM HEPES (pH7.4), 150 mM NaCl) に10% DMSO、10 μM Zn(NO3)2を含むものを用いた。37°C, 60 分のインキュベート後に蛍光を測定した(励起波長:490 nm、蛍光波長:545 nm)。
【0114】
図28にBODIPY-Zn(Dpa)に対するリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体の滴定曲線を示す。タウ凝集体がnMの範囲でBODIPY-Zn(Dpa)と相互作用することが確認された。リン酸化タウ凝集体で最も低濃度で蛍光変化が起こることがわかった。
【0115】
(実施例2(20)リン酸化タウ凝集体とBODIPY-Zn(Dpa)の相互作用評価2(蛍光滴定))
リン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対してBODIPY-Zn(Dpa)を滴定することで、EC50(蛍光強度変化の最大値(ΔFmax)の半分の値を示すプローブ濃度)を求めた。一定濃度の凝集体(1 μg/mL)にBODIPY-Zn(Dpa)を滴定し、各濃度における蛍光強度の変化量(ΔF)をプロットした。溶媒はHBS (10 mM HEPES (pH7.4), 150 mM NaCl) に10% DMSO、100 μM Zn(NO3)2を含むものを用いた。37°C, 30 分のインキュベート後に蛍光を測定した(励起波長:490 nm、蛍光波長:545 nm)。
【0116】
図29にリン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対するBODIPY-Zn(Dpa)の滴定曲線を示す。EC50の値は、リン酸化タウ凝集体、タウ凝集体、Aβ凝集体に対して、それぞれ9.1 nM、80 nM、650 nMであった。BODIPY-Zn(Dpa)のリン酸化タウ凝集体に対する親和性(EC50)はタウ凝集体の9倍、Aβ凝集体の70倍であり、リン酸化タウ凝集体への高い結合選択性が確認された。
【符号の説明】
【0117】
A:リン酸基認識化合物
B:リン酸基
C:タンパクもしくはペプチド鎖
D:化合物(A)からのシグナル
E:キナーゼ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二つの2,2’−ジピコリルアミン(Dpa)とスペーサーXとからなる式(1)で表される構造を有する化合物(ただし、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い)。
【化1】
【請求項2】
ジピコリルアミン(Dpa)が金属Mと錯体を形成している式(6)で表される構造を有する請求項1に記載の化合物。
【化2】
[式(6)中、Xはスペーサー分子を表し、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【請求項3】
ジピコリルアミン(Dpa)が亜鉛と錯体を形成している式(7)で表される構造を有する請求項1または2に記載の化合物。
【化3】
[式(7)中、Xはスペーサー分子を表し、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【請求項4】
前記スペーサーXが、発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団を、単独で有している、又は該スペーサーXが結合しているピリジン環の少なくとも一つとともに形成していることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の化合物。
【請求項5】
前記スペーサーXが下記式(2)、式(3)、式(4)および式(5)のいずれかから選ばれることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の化合物。
【化4】
[式(2)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【化5】
[式(3)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【化6】
[式(4)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【化7】
[式(5)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示す。]
【請求項6】
前記式(1)で表される構造に加えて、エチレングリコール鎖、発光性物質、発色性物質、核磁気共鳴活性核種、常磁性体、磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種のいずれかを有する請求項1乃至5のいずれかに記載の化合物。
【請求項7】
請求項2乃至6のいずれかに記載の化合物による、2つのリン酸基を有するリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパク質の光学的検出方法であって、該リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパク質と該化合物の接触にともなって、該化合物が該ペプチドもしくはタンパク質の有する2つのリン酸基間で架橋的に結合する結果、該化合物の発光信号の変化が誘発され、この変化を測定することを特徴とするリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパク質の検出方法。
【請求項1】
二つの2,2’−ジピコリルアミン(Dpa)とスペーサーXとからなる式(1)で表される構造を有する化合物(ただし、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い)。
【化1】
【請求項2】
ジピコリルアミン(Dpa)が金属Mと錯体を形成している式(6)で表される構造を有する請求項1に記載の化合物。
【化2】
[式(6)中、Xはスペーサー分子を表し、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【請求項3】
ジピコリルアミン(Dpa)が亜鉛と錯体を形成している式(7)で表される構造を有する請求項1または2に記載の化合物。
【化3】
[式(7)中、Xはスペーサー分子を表し、Dpa中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【請求項4】
前記スペーサーXが、発色性もしくは発光性の官能基もしくは原子団を、単独で有している、又は該スペーサーXが結合しているピリジン環の少なくとも一つとともに形成していることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の化合物。
【請求項5】
前記スペーサーXが下記式(2)、式(3)、式(4)および式(5)のいずれかから選ばれることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の化合物。
【化4】
[式(2)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【化5】
[式(3)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子及び/又はフェニレン基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【化6】
[式(4)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示し、フェニル基中の水素原子は水素以外の原子或いは原子団で置換されていても良い。]
【化7】
[式(5)中、点線はDpaのピリジン環に結合する部位を示す。]
【請求項6】
前記式(1)で表される構造に加えて、エチレングリコール鎖、発光性物質、発色性物質、核磁気共鳴活性核種、常磁性体、磁性粒子、γ線放出核種または陽電子放出核種のいずれかを有する請求項1乃至5のいずれかに記載の化合物。
【請求項7】
請求項2乃至6のいずれかに記載の化合物による、2つのリン酸基を有するリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパク質の光学的検出方法であって、該リン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパク質と該化合物の接触にともなって、該化合物が該ペプチドもしくはタンパク質の有する2つのリン酸基間で架橋的に結合する結果、該化合物の発光信号の変化が誘発され、この変化を測定することを特徴とするリン酸化ペプチドもしくはリン酸化タンパク質の検出方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図22】
【図23】
【図25】
【図26】
【図20】
【図21】
【図24】
【図27】
【図28】
【図29】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図22】
【図23】
【図25】
【図26】
【図20】
【図21】
【図24】
【図27】
【図28】
【図29】
【公開番号】特開2009−280567(P2009−280567A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−46253(P2009−46253)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、文部科学省、「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成(高次生体イメージング先端テクノハブ)」に係わる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、文部科学省、「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成(高次生体イメージング先端テクノハブ)」に係わる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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