説明

大腸癌抑制物質

【課題】本発明の目的は、結晶性パラミロン若しくはこの結晶性パラミロンの結晶構造を変化させた物質であるアモルファスパラミロンの効能を利用した大腸癌抑制物質を提供することにある。
【解決手段】大腸癌疾患を抑制するための物質に関する。
ユーグレナ由来のパラミロンからなる大腸癌抑制物質であって、特に、ユーグレナ由来の結晶性パラミロンをアモルファス化したアモルファスパラミロンからなる大腸癌抑制物質に関するものである。また、本アモルファスパラミロンは、X線回折法による結晶性パラミロンの結晶度に対する相対結晶度が20%以下の物質である。
この大腸癌抑制物質は、大腸癌の前癌病変であるACFの発生を有効に抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性パラミロン若しくはパラミロンの結晶構造を変化させた物質であるアモルファスパラミロンの効能を利用した大腸癌抑制物質に関する。
【背景技術】
【0002】
β-グルカン(β-glucan)は、大きく分けてキノコ類、酵母類、海草類などに存在している多糖である。
β-グルカンが存在するものとして、キノコ類としてはアガリクス、ハナビラダケ、メシマコブ、マイタケ、カバノアナタケ、霊芝、シイタケ等が例示されるとともに、酵母類としてはパン酵母及び黒酵母、また、オーツ麦及び大麦等も例示される。また、藻類としては、フコイダン等が例示される。
【0003】
このβ-グルカンの中で、特にβ-1,3/1,6-D-グルカンは、抗腫瘍作用や抗癌剤の副作用を抑える効果があることが報告されている。
この他、β-1,3/1,6-D-グルカンは、アレルギー性疾患や糖尿病にも高い効果を示すことが知られている。
【0004】
シイタケ由来の免疫賦活成分であるレンチナンは、β-1,3-グルカンであり、進行大腸癌患者に対する有用性が見出されている。
動物実験によって、シイタケのグルカン部分やレンチナンをマウスに摂取させることで、癌細胞が縮小することが確認されている。
【0005】
ユーグレナ(Euglena)に含まれているパラミロン(paramylon)は、β-1,3-グルカンの一種である。
このパラミロンは、約700個のグルコースが、β-1,3結合により重合した高分子体であり、ユーグレナが含有する貯蔵多糖である。このパラミロンの構造は、図13に示す。
【0006】
このパラミロンは、これまでに高い安全性が確認されているのみでなく、高分子体で多孔質であるため、コレステロール等を吸着することにより抗メタボリック症候群効果があると言われている。
この他、抗アレルギー作用や抗変異原性等の種々の有効性が見出されている。
【0007】
このような状況下、ユーグレナよりパラミロンを単離し、この種々の有効性と可能性をもつパラミロンを含有した健康食品やサプリメント等が開発されているとともに、薬剤等様々な用途に利用する技術が開発されている。
【0008】
その一例として、例えば、特許文献1には、パラミロンを含有する凍結乾燥した薬剤の技術が開示されている。
特許文献1に記載の技術では、培養したユーグレナ細胞からパラミロンを単離し、このパラミロンを含有させた非経口投与又は経口投与の薬剤を製造する。
そして、その薬剤は、生体用マトリックス、特にプラスター、栄養補助剤としての使用、化粧品成分、医薬成分の投与のため使用される。
【0009】
また、特許文献2には、水溶性パラミロン誘導体、その製造方法及びそれを含む抗ガン性組成物が開示されている。
特許文献2では、β-1,3-glucan構造を有するパラミロンは水に不溶性であるため、それ自体の抗ガン作用は不明であるとした上で、水溶性パラミロン誘導体を合成し、この水溶性パラミロン誘導体が抗ガン作用を有することを開示している。
この水溶性パラミロン誘導体は、パラミロンをエピクロロヒドリンと反応させ、パラミロンの水酸基を部分的又は完全に架橋修飾したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2003−529538号公報
【特許文献2】特開平01−252601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、ユーグレナより単離されたパラミロンは、その有効性から様々な用途に使用され実績をあげている。
一方、このようにユーグレナより単離されたパラミロンの可能性を追求し、更に有効に活用する用途の開発が課題となっており、よって、出願人はこの問題を解決するために鋭意研究を重ねた。
つまり、様々な可能性を有するパラミロンの更なる有用な用途を開拓するとともに、パラミロンが奏する有用な機能を更に大きく発現させるべく、パラミロン自体に改良を加え、有用な知見を得たものである。
【0012】
本発明において、出願人は、結晶性パラミロンをそのまま利用して更なる用途を追求するのみならず、パラミロンをアモルファス化し、「アモルファスパラミロン」として利用した。
「アモルファス」(amorphous)とは、非晶質のことであり、これは、結晶のような長距離秩序は無いが、短距離秩序を有する物質の状態を指す。
熱力学的には、自由エネルギーの極小(非平衡準安定状態)にある状態のことをいう。
同じ物質であっても、結晶状態とアモルファス状態とでは、同じ材料でも物性が大幅に変わることがある。
例えば、電気伝導性、熱伝導性、光透過性、物理的強度、耐触性、超伝導性等が大幅に変わってしまうことがあることが報告されている。
アモルファスパラミロンとは、パラミロンの異性体で非結晶体である。
パラミロンをアルカリで溶解し、酸で中和することにより、パラミロンの結合が切断されてアモルファスパラミロンが生成される。
なお、本明細書において、「結晶性パラミロン」とは、アモルファス化されていないパラミロン(つまり、通常のパラミロン)を指し、「アモルファスパラミロン」という用語との対比として使用している。
【0013】
本発明は、この結晶性パラミロン及びアモルファスパラミロンの抗癌作用を見出したものである。
悪性新生物、心疾患、脳血管疾患は日本人の三大死因である。
大腸癌は、消化器系の中では、胃癌に次いで多い癌であり、2015年には、胃癌を抜いて罹患率1位になると言われている。
大腸癌が発生する因子としては、近年のライフスタイルや食事の変化が挙げられる。
特に、食事においては、脂肪の摂取量が多い人は発症のリスクが高くなることが報告されている。
本発明において、発明者らは、鋭意研究を重ね、化学発癌物質であるDMH(1,2-Dimethylhydrazine)投与による大腸癌誘発マウスを用いて、ユーグレナ、ユーグレナに含まれるβ-グルカンであるパラミロン及びアモルファスパラミロン摂取による大腸癌抑制効果を検討した。
【0014】
本発明の目的は、上記各問題点を解決し、より効果の高い結晶性パラミロン及びアモルファスパラミロンの用途を開発することにあり、特に、パラミロンの結晶構造を変化させた物質であるアモルファスパラミロンの効能を利用した大腸癌抑制物質に関する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題は、請求項1に係る発明である大腸癌抑制物質は、ユーグレナ由来のパラミロンからなることにより解決される。
また、このとき、大腸癌抑制物質であるパラミロンとしては、ユーグレナ由来の結晶性パラミロンをアモルファス化したアモルファスパラミロンであると好適である。
更に、このとき、このアモルファスパラミロンの特性は、X線回折法による、前記結晶性パラミロンの結晶度に対する相対結晶度が20%以下として特定される。
【0016】
このように、本発明においては、大腸癌抑制物質として特定されるのは、ユーグレナ由来のパラミロンである。
この「パラミロン」は上位概念であり、ユーグレナから分離精製された態様の「結晶性パラミロン」及びこれから派生したパラミロンも含まれる。
また、請求項1に記載のパラミロンとしては、有効効果を向上させるべく、結晶性パラミロンをアモルファス化した、「アモルファスパラミロン」が好適に利用される。
なお、「結晶性パラミロン」とは、培養されたユーグレナより公知の方法で精製されたパラミロンを指し、通常粉末体として提供される。
つまり、本明細書においては、「アモルファス」との物質的区別を図るべく「結晶性」という文言を使用したものである。
このように、本発明によれば、結晶性パラミロンをアモルファス化し、非晶性とした(ただし、「全く結晶構造を持たない」という意味合いではなく、「結晶性パラミロンと比して結晶性が低くなっている」という意味合いで「非晶性」という文言を使用する)。
以上のように、本発明に係る「結晶性パラミロン」及び「アモルファスパラミロン」は、大腸癌抑制物質として有効に作用する。
【0017】
このように、アモルファス化することにより得た本発明に係るアモルファスパラミロンにおいては、X線回折法による、結晶性パラミロンの結晶度に対する相対結晶度が20%以下となっている。
このように、アモルファス化されたアモルファスパラミロンは、結晶性パラミロン粉末体とは異なった物性を示し(比重、結晶の大きさ等)、特に、大腸癌抑制効果を有する有効な物質となる。
また本発明に係る前記パラミロン(結晶性パラミロン及びアモルファスパラミロン両者を含む)は、大腸粘膜における異型陰窩巣の発生を抑制することにより、大腸癌を抑制する。
【0018】
上記のような特性を有した、本発明に係る大腸癌抑制物質は、食品、薬品、飼料から選択される少なくとも一の製品に含有されて提供されることにより、有効な効果である大腸癌抑制機能を有効に奏するものである。
【0019】
なお、「含有」という文言は、「少なくとも一部に成分として含まれる」という意味であり、「全てが結晶性パラミロン若しくはアモルファスパラミロン(大腸癌抑制物質)で構成される」こともその概念に含む。
このように、本発明に係るアモルファスパラミロンからなる大腸癌抑制物質は、あらゆる形態で大腸癌抑制機能を有する物質として提供され得るとともに、広く活用の場を想定することができる有用な物質である。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る大腸癌抑制物質は、結晶性パラミロン若しくは結晶性パラミロンの結晶構造を変化させた物質であるアモルファスパラミロンの効能を利用したものである。
この結晶性パラミロンで構成される大腸癌抑制物質を投与することによって、大腸癌の発生が有効に抑制されるとともに、特に、アモルファスパラミロンで構成される大腸癌抑制物質を投与することによって、大腸癌の発生がより有効に抑制されることがわかった。
このように、本発明に係る大腸癌抑制物質は、大腸癌を有効に阻止するために広く活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】大腸癌の発生過程を示す模式図である。
【図2】ACFの発生経路の模式図である。
【図3】本発明の一実施形態に係るアモルファスパラミロンの製造工程を示す工程図である。
【図4】本発明の一実施形態に係るアモルファスパラミロンの回折ピーク位置確認フルスキャン結果を示すスキャンチャートである。
【図5】本発明の一実施形態に係るアモルファスパラミロンの回折強度測定用詳細スキャン結果を示すスキャンチャートである。
【図6】ACF数計測結果を示すグラフである。
【図7】糞重量、盲腸内容物重量及び盲腸内容物pHの測定結果を示すグラフである。
【図8】パイエル板の個数及び面積の測定結果を示すグラフである。
【図9】ヤッフェ法のスキームである。
【図10】尿中のヘキサノイルリジン濃度の測定結果を示すグラフである。
【図11】脾臓重量、肝臓重量、盲腸重量の測定結果を示すグラフである。
【図12】体重測定結果及び飼料摂取量測定結果を示すグラフである。
【図13】パラミロンの化学構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
なお、以下に説明する構成は本発明を限定するものでなく、本発明の趣旨の範囲内で種々改変することができるものである。
本実施形態は、結晶性パラミロン若しくはこの結晶性パラミロンをアモルファス化し、結晶性パラミロンよりも有用効果を向上させたアモルファスパラミロンの大腸癌抑制効果に関するものである。
【0023】
図1乃至図12は、本発明に係る一実施形態を示すものであり、図1は大腸癌の発生過程を示す模式図、図2はACFの発生経路の模式図、図3はアモルファスパラミロンの製造工程を示す工程図、図4はアモルファスパラミロンの回折ピーク位置確認フルスキャン結果を示すスキャンチャート、図5はアモルファスパラミロンの回折強度測定用詳細スキャン結果を示すスキャンチャート、図6はACF数計測結果を示すグラフ、図7は糞重量、盲腸内容物重量及び盲腸内容物pHの測定結果を示すグラフ、図8はパイエル板の個数及び面積の測定結果を示すグラフ、図9はヤッフェ法のスキーム、図10は尿中のヘキサノイルリジン濃度の測定結果を示すグラフ、図11は脾臓重量、肝臓重量、盲腸重量の測定結果を示すグラフ、図12は体重測定結果及び飼料摂取量測定結果を示すグラフである。
【0024】
まず、図1及び図2により、大腸癌の発生機構を簡単に示す。
大腸癌は、腸の粘膜から発生する悪性の腫瘍である。
大腸癌は、正常細胞が、発癌物質や放射線等のイニシエーション因子により、異常細胞となることから進行が開始する。
この異常細胞が、プロモーション(増殖)を起こし、複数個集合して前癌病変である異型陰窩巣(ACF:aberrant crypt foci)となり、プログレッションを起こし、大腸癌が発生する。
【0025】
また、図2にACFの発生経路の模式図を示す。
肝臓内に導入された大腸癌誘発剤であるDMH(1,2-Dimethylhydrazine)は、この肝臓内で、MAM(Metylazoxymethanol)となり、これがグルクロニドの作用により、グルクロン酸が付加抱合されてMAM−G(Metylazoxymethanol-grucronid)に変化する。
肝臓内で生成されたMAM−Gは、大腸内で、腸内細菌のβ-グルクロニターゼの作用によりグルクロン酸が加水分解されて、MAMに再度変化する。
この大腸内のMAMがラジカルを生成し、このラジカルがDNAを損傷させ、この結果大腸内の細胞に異常が生じ、最終的にACFが発生する。
【0026】
図3により、アモルファスパラミロンの製造方法について説明する。
なお、本製造方法は、約40gのアモルファスパラミロンを製造するための例であり、アモルファスパラミロンの製造量を増減させるためには、適宜スケールを変更することにより対応する。手順は同様である。
【0027】
まず、工程1で、1Nの水酸化ナトリウム水溶液を調整する。
本実施形態においては、水酸化ナトリウム水溶液を2リットル調整した。
次いで、工程2で、1N水酸化ナトリウム水溶液に結晶性パラミロン粉末を50g添加して溶解させる。
結晶性パラミロン粉末は、1〜2時間スターラで撹拌することにより、1N水酸化ナトリウム水溶液に溶解させた。
この結晶性パラミロン粉末は、培養したユーグレナより、公知の方法で分離精製されたものである。
【0028】
次いで、工程3で、1N塩酸により、結晶性パラミロン粉末が溶解した1N水酸化ナトリウム水溶液を中和した。
なお、1N塩酸を滴下するに従い、滴下部分がゲル化するが、このゲルをスパーテル等で崩しながら、中和が確認されるまで中和反応を継続した。
中和が完了した時点では、水分がゲルに完全に抱き込まれ、全体がゼリー状となる。
【0029】
次いで、工程4で、水分を分離すべく、遠心分離を行った。
この遠心分離は、水分が分離し、沈殿を回収することができる条件で行えばよい。
本実施形態においては、100ml遠沈管で2500rpm、10分間の遠心分離を行った。
【0030】
次いで、工程5で、上清を捨て、沈殿の洗浄を行う。
この工程では、蒸留水を沈殿に添加して撹拌し、遠心分離を行う。
つまり、上清廃棄→蒸留水添加→撹拌→遠心分離という工程を繰り返し実施することにより沈殿を洗浄し、沈殿したゲルを回収する。
本実施形態においては、4回の上記洗浄工程を繰り返した。
【0031】
次いで、工程6で、回収したゲルをバットに広げ、冷凍庫で凍結させ、工程7で凍結乾燥機により凍結乾燥させ、アモルファスパラミロンを得た。
このようにして回収したアモルファスパラミロンは、吸湿性が高いため、ある程度手でほぐした後、乾燥剤を入れたデシケータで保存する。
この操作で、約40gのアモルファスパラミロンを作成することができた。
【0032】
次いで、本発明に係るアモルファスパラミロンについて説明する。
アモルファスパラミロンの結晶度を測定するために、各パラミロンサンプルのX線回折を行った。
サンプルとしては、以下のサンプルを準備した。
(1)サンプル
1.サンプルA 結晶性パラミロン
2.サンプルB アモルファスパラミロン(30g生産スケール)
3.サンプルC アモルファスパラミロン(15g生産スケール)
4.サンプルD アモルファスパラミロン(5g生産スケール)
これらのサンプルは、粉砕機により粉砕された後、X線回折装置により分析される。
なお、サンプルAは、結晶性パラミロン粉末であるが、サンプルB乃至サンプルDを粉砕するため、前処理条件を同一とする目的で粉砕処理を実施した。
また、サンプルAは対照であり、アモルファス化されたパラミロンであるサンプルB乃至サンプルDのサンプルAに対する相対結晶度を算定する。
【0033】
(2)前処理
1.粉砕器
Retsh社製ボールミルMM400
粉砕条件:振動数20回/秒、粉砕時間5分
2.X線回折装置
スペクトリス社製H’PertPRO
測定条件:管電圧45KV、管電流40mA
測定範囲:2θ 5〜70°(回折ピーク位置確認フルスキャン)
2θ 5〜30°(強度測定用詳細スキャン)
【0034】
(3)分析
1.ピーク位置確認
フルスキャンで回折ピーク位置を確認し、回折ピーク強度測定に用いる角度を決定した。
2.回折ピーク強度測定
上記ピーク位置確認で決定した角度で詳細スキャンを実施し、回折ピーク強度を測定した。
その結果を基に、回折ピーク強度比を相対結晶度として算出した。
【0035】
(4)結果
1.ピーク位置確認
回折ピーク位置確認フルスキャンの結果を図4に示す。
図4に示すとおり、サンプルAにおいて、2θ=20°の付近に顕著なピークを観測することができた。
よって、強度測定用詳細スキャンを行う範囲を2θが5°乃至30°の範囲と決定した。
2.強度測定結果
強度測定用詳細スキャンの結果を図5に示す。
図5に示すように、サンプルB乃至サンプルDにおける2θ=20°の付近の回折ピークが、サンプルAの回折ピークに比して小さくなっていることが認められ、このことより、サンプルB乃至サンプルDの結晶度がサンプルAの結晶度に比して小さくなっていることがわかる。
3.結晶度算出
強度測定結果とアモルファスパラミロンのサンプルであるサンプルB乃至サンプルDの相対結晶度の算出結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
相対結晶度は、強度測定結果に基づき下式にて算出する。
相対結晶度(%)=(サンプル回折ピーク強度/対照回折ピーク強度)×100
つまり、対照である結晶性パラミロンの結晶度を100%とし、アモルファス化したパラミロンの結晶度を算出したものである。
このように、アモルファスパラミロンの相対結晶度は、相対結晶度20%以下程度であると考えられ、より詳しくは、相対結晶度16%以下となっていることがわかる。
【0038】
なお、回折ピーク位置確認フルスキャンの結果である図4には、その他、2θ=20°付近のピークの他に、数本のシャープなピークが存在する。
これは、サンプルB乃至サンプルDに共通に現れていることから、同様の構造によるものであると考えられ、このことからも、アモルファス化によって、結晶構造が変化し、結晶性パラミロンとは異なる構造となったことがわかる。
【0039】
これは、元は3重螺旋であったβ-1,3-glucanの結晶構造が、アモルファス化を行うことによって無くなり、β-1,3-glucanの螺旋構造ではない立体構造のピーク若しくはノーマルな一本鎖のβ-1,3-glucanのピーク等が現れている可能性があると推測される。
【0040】
以上のように、結晶性パラミロンをアモルファス化し、アモルファスパラミロンを形成することによって、結晶構造を変化させ、これに伴う有用な効果を創出することができる。
つまり、通常の結晶構造の結晶性パラミロンには無い若しくは通常構造の結晶性パラミロンにおいては低い効能を、アモルファスパラミロンは高く発揮することができるものである。
【0041】
次いで、大腸癌抑制効果確認試験とその結果を示す。
1.大腸癌誘発マウスの作成と群分け
化学発癌剤であるDMH(1,2-Dimethylhydrazine)を作用させた、大腸癌誘発マウスを使用する。
4週齢のJcl:ICR系雄マウスを60匹購入した(日本クレア株式会社)。
1週間予備飼育した後、各群の体重が等しくなるように8群に群分けし、11週間飼育した。
この群分けを、下記表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
飼料は、一般飼料(AIN-93M)及び、一般飼料にセルロースの代わりとして、ユーグレナ、結晶性パラミロン、アモルファスパラミロンをそれぞれ2%添加した飼料を摂取させた。
飼料組成を、下記表3に示す。
なお、飼料と水は自由摂取とし、毎週体重を測定した。
【0044】
【表3】

【0045】
DMH(+)群には、飼育開始8日目から週に1回、6週間に渡り、DMHを腹腔内投与した。
つまり、DMHを20mg/BWkg/weekで腹腔内投与した。
なお、この期間中、各群ともに水と飼料は自由摂取とした。
飼育室は、温度23℃、明暗12時間サイクル(明期9:00〜21:00)の条件とし、各群マウスの飼育を行った。
11週間飼育後、ジエチルエーテル麻酔下で開腹し、大静脈より採血して屠殺した。
次いで、肝臓、脾臓、小腸、盲腸、結腸を摘出した。
摘出した肝臓、脾臓、盲腸の重量を測定し、盲腸は内容物を採取した。
なお、屠殺2日前に代謝ゲージに入れて、24時間、尿及び糞を採取し、測定まで−40℃で保存した。
【0046】
2.各試験結果及び結果
A.大腸粘膜における異型陰窩巣(Aberrant Crypt Foci:以下、単に「ACF」と記す)の計測
(方法)
大腸癌の発生過程で見られるACFについて測定を行った。
結腸は、内容物を取出し、生理食塩水で洗浄した。
次いで、20%中性緩衝ホルマリン溶液で一晩固定し、イオン交換水で洗浄した。
その後、0.2%メチレンブルー溶液で1分間染色した。
染色後、ACFを実体顕微鏡下で検鏡及び撮影を行い、ACF数をカウントした。
【0047】
(結果)
大腸粘膜におけるACF数計測結果を図6に示す。
なお、以下、得られたデータの統計学処理は、Excel2003(Microsoft社)及び、アドインソフト(OMS出版)を用い、有意水準1%(「p<0.01」とも記す)又は有意水準5%(「p<0.05」とも記す)とした。
【0048】
図6に示すように、各飼育群ともに、DMHを投与することで、大腸癌の前癌病変であるACF数が増加した。
つまり、DMH非投与群は、全てコントロール(+)群及びユーグレナ(+)投与群よりもACF数は有意に少ないことが確認された。
また、DMHを投与しなかった各飼育群間においては、ACF数に有意な差は認められなかった。
【0049】
DMHを投与した各群を比較すると、下記のような差異が認められた。
コントロール(+)群に比して、ユーグレナ(+)群・結晶性パラミロン(+)群・アモルファスパラミロン(+)群においては、ACF数が有意に低いことが確認された。
特に、コントロール(+)群と、結晶性パラミロン(+)群及びアモルファスパラミロン(+)投与群とでは、有意差(有意水準1%)が認められ、結晶性パラミロン(+)群及びアモルファスパラミロン(+)投与群は、コントロール(+)群よりもACF数が特に有意に低いことが確認された。
【0050】
また、ユーグレナ(+)投与群と、アモルファスパラミロン(+)投与群とでは、有意差(有意水準5%)が認められ、アモルファスパラミロン(+)投与群は、ユーグレナ(+)投与群よりもACF数が有意に小さいことが確認された。
また、アモルファスパラミロン(+)投与群は、結晶性パラミロン(+)投与群よりも、ACF数は小さく推移した。
【0051】
この結果より、結晶性パラミロン及びアモルファスパラミロンは、ACF数を減少させることが確認されるとともに、そのACF数を減少させる効果は、結晶性パラミロンに比してアモルファスパラミロンの方が高いことが確認された。
【0052】
B.糞重量、盲腸内容物重量及び盲腸内容物pH分析
(方法)
11週間飼育後の屠殺2日前に代謝ゲージに入れて、24時間糞を採取して重量を測定した。なお、測定までは、−40℃で保存した。
屠殺後摘出した盲腸より、内容物を採取し、重量を測定した。
また、盲腸内容物のpHの測定は、重量測定した盲腸内容物に1mlの蒸留水を加えてよく懸濁し、この懸濁液のpHをpHメータにて測定することにより行った。
【0053】
(結果)
糞重量、盲腸内容物重量及び盲腸内容物pHの測定結果を図7に示す。
図7(1)に糞重量測定結果を示し、図7(2)に盲腸内容物重量測定結果を示す。また、図7(3)に盲腸内容物pH測定結果を示す。
各飼料群ともに、DMH投与による糞重量、盲腸内容物重量、盲腸内容物pHへの影響は認められなかった。
DMHを投与しなかった各群の間では、図7(3)に示すように、盲腸内容物pHが、ユーグレナ(−)群がアモルファスパラミロン(−)群よりも低かったが、その他の群では、変化は確認されなかった。
DMHを投与した各群の間では、図7(1)及び図7(2)に示すように、糞重量及び盲腸内容物重量が、コントロール(+)群より、結晶性パラミロン(+)群が有意に高かった。
【0054】
C.小腸のパイエル板(Peyer’s patch)の個数及び面積測定
(方法)
小腸のパイエル板の個数及び面積を測定した。
【0055】
(結果)
パイエル板の個数及び面積の測定結果を図8に示す。
図8(1)にパイエル板の個数測定結果を、図8(2)にパイエル板の面積測定結果を示す。
図8(1)(2)に示すように、小腸パイエル板の個数及び面積ともに、各群内のばらつきが大きく、有意差は認められなかった。
【0056】
D.尿中のヘキサノイルリジン(HEL)濃度の測定
(方法)
ヘキサノイルリジン測定キット(日研ザイル(株)製)を使用し、細胞損傷のマーカである尿中のヘキサノイルリジン濃度を測定した。
なお、ヤッフェ法(Jaffe法)によりクレアチニンを測定し、尿中のクレアチニン補正を行った。
【0057】
ヤッフェ法のスキームについては、図9に示す。
簡単に説明すると、クレアチニン標準液(10mg/dL)及び各サンプル溶液50μlを準備し、除タンパク試薬(0.33mol/L硫酸、10%タングステン酸ナトリウム)300μlを各々に添加し撹拌する。
室温にて10分放置し、遠心分離(3000rpm、10分)する。
上清を100μl分取し、22mol/Lピクリン酸試薬を50μl及び0.75N水酸化ナトリウム溶液75μlを各々に添加する。
室温で20分放置した後、520nmの吸光度を測定する。
以上の測定を行った結果より、各サンプルのクレアチニン量を算出する。
【0058】
(結果)
尿中のヘキサノイルリジン濃度の測定結果を図10に示す。
図10に示すように、ヘキサノイルリジン濃度は、各群内のばらつきが大きく、有意差は認められなかった。
【0059】
E.脾臓重量、肝臓重量、盲腸重量の測定
(方法)
ジエチルエーテル麻酔下で開腹し、大静脈より採血して屠殺した。
次いで、肝臓、脾臓、盲腸を摘出し、重量を測定した。
【0060】
(結果)
脾臓重量、肝臓重量、盲腸重量の測定結果を図11に示す。
各飼育群とも、DMH投与による各臓器重量への影響は認められなかった。
図11(3)に示すように、DMHを投与しなかった各群を比較すると、盲腸重量が、ユーグレナ(−)群に比して、アモルファスパラミロン(−)群で有意に(有意水準5%)低値を示した。
また、図11(2)に示すように、DMHを投与した各群を比較すると、肝臓重量が、コントロール(+)群とユーグレナ(+)群に比して、結晶性パラミロン(+)群で有意(有意水準5%)に低値を示した。
【0061】
F.マウスの体重変化及び飼料摂取量
(方法)
飼料は、一般飼料(AIN-93M)及び、一般飼料にセルロースの代わりとして、ユーグレナ、結晶性パラミロン、アモルファスパラミロンをそれぞれ2%添加した飼料を自由摂取させ、
毎週飼料摂取量及び体重を測定した。
【0062】
(結果)
体重測定結果及び飼料摂取量測定結果を図12に示す。
図12(1)に示すように、各群ともにほぼ同様の体重増加を示した。
また、解剖時における体重にも各群に有意な差は認められなかった。
更に、図12(2)に示すように、飼料摂取量に関しても、各群に有意な差は認められなかった。
【0063】
以上のように、結晶性パラミロン自体にも、大腸癌を抑制する効果は認められることが検証された。
また、このような通常の結晶性パラミロンに比して、アモルファスパラミロンは、更に大腸癌を抑制する効果が更に高いことが検証された(特に、ACF数を示す図6参照)。
【0064】
β-1,3-glucanであるパラミロンは、ユーグレナ乾燥重量の約50〜70%含有されていると言われている。
パラミロンは、難消化性成分である食物繊維に分類されると同時に、免疫賦活作用が報告されている天然由来成分である。
ユーグレナ及び結晶性パラミロン投与ラットにおいては、コレステロールの吸収抑制、消化管通過時間の短縮、糞便量の増加が認められている。
また、結晶性パラミロンは、腫瘍抑制効果と大腸菌や黄色ブドウ球菌などに対する抗菌活性も確認されている。
【0065】
大腸癌を化学的に誘発する物質のDMHは、1967年にDruckreyらによって発見された。
DMHは、肝臓において、MAMに代謝され、グルクロン酸抱合を受け、MAM−Gになる。このMAM−Gは、腸内細菌のβ-グルクロニターゼによって、グルクロン酸抱合が加水分解されてMAMになり、容易に活性Methyldiazonium
ionやCarbonium ionなどのラジカルを生成する。
これらのラジカルがDNAを損傷させるイニシエータとなり、ACFを発生させる要因となる。
【0066】
ACFは、Birdらによって発見された大腸の微小病変であり、大きなものは線種に移行することから大腸前癌病変として位置づけられている。
正常な大腸粘膜は、メチレンブルーで均一に染色されるが、ACFは、メチレンブルーに強く染色され、細胞が肥大した形態を示す。
【0067】
上記、試験においては、大腸癌誘発物質であるDMHの投与によって、ACF数が有意に増加することが確認された。
また、DMH投与によるACFの発生が、ユーグレナの摂取により32%抑制されるとともに、結晶性パラミロン摂取では59%抑制された。
更に、結晶性パラミロンをアモルファス化したアモルファスパラミロンの摂取により、ACFの発生が73%抑制された。
この結果により、ユーグレナにACF発生抑制効果が認められ、特に結晶性パラミロン、更には、アモルファスパラミロン成分がACF発生を有効に抑制していることが確認された。
【0068】
糞重量は、DMHの投与による影響は見られなかった。
DMHを投与した群において、コントロール(+)群に比して、結晶性パラミロン(+)群は優位に糞重量が増加していた。
また、DMHの投与の有無に関わらず、ユーグレナ・結晶性パラミロン・アモルファスパラミロンの摂取により糞便量が増加する傾向が確認された。
【0069】
ユーグレナから精製した未変性の結晶性パラミロン顆粒は、どの生物起源のβ-1,3-glucanaseを用いても加水分解されない。
結晶性パラミロン群で特に糞重量が大きかったのは、腸内発酵を受けなかったことが理由の一つとして挙げられる。
糞便量の増加と消化管通過時間の間には逆相関があると報告されている。
上記試験において、糞便量が増加し、消化管通過時間が短縮されることが、ACF抑制につながった一因と考えられる。
【0070】
また、結晶性パラミロンには、吸着作用があることが確認されている。
この吸着作用によって、大腸癌誘発剤であるDMHの排出が促進された可能性が示唆される。
一方、アモルファスパラミロンは、結晶性パラミロンの結合が切れている状態であるので、DMHを吸着する表面積が大きくなり、結晶性パラミロンよりも強いACF発生抑制効果が発揮された可能性が考えられる。
【0071】
ユーグレナについては、乳酸菌増殖促進が報告されている。
有機酸分析を行ったところ、乳酸の量が増加していた。
このことから、腸内環境の改善をもたらし、β-グルクロニターゼの生産が抑制されたことにより、大腸癌の発生が抑制された可能性も示唆される。
【0072】
このように、結晶性パラミロンのみならず、アモルファスパラミロンは、結晶性パラミロンをアモルファス化することにより、通常の結晶性パラミロンが有する効果がより増幅された物質となることがわかる。
つまり、結晶性パラミロンが、大腸癌を有効に抑制する大腸癌抑制物質として機能することが検証されているとともに、特に、アモルファスパラミロンは、大腸癌を有効に抑制する大腸癌抑制物質として機能することが検証されている。
なお、本実施形態においては、結晶性パラミロン及びアモルファスパラミロンを経口投与したが、投与方法はこれに限られることはなく、本発明の趣旨を逸脱するものでなければ、どのような投与方法でもよい。
【0073】
また、薬品としての使用にとどまらず、他の材料と混和して健康食品として活用することも可能であるし、飼料等としての用途も想定することができる。
以上のように、本発明に係る結晶性パラミロン及びアモルファスパラミロンは、大腸癌抑制物質として、広い用途に供することが期待されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸癌を抑制するための物質であって、
ユーグレナ由来のパラミロンからなることを特徴とする大腸癌抑制物質。
【請求項2】
前記パラミロンは、ユーグレナ由来の結晶性パラミロンをアモルファス化したアモルファスパラミロンからなることを特徴とする請求項1に記載の大腸癌抑制物質。
【請求項3】
前記アモルファスパラミロンは、X線回折法による、前記結晶性パラミロンの結晶度に対する相対結晶度が20%以下であることを特徴とする請求項2に記載の大腸癌抑制物質。
【請求項4】
前記パラミロンは、大腸粘膜における異型陰窩巣の発生を抑制することにより、大腸癌を抑制することを特徴とする請求項1乃至請求項3に記載の大腸癌抑制物質。
【請求項5】
食品、薬品、飼料から選択される少なくとも一の製品に含有されていることを特徴とする請求項1乃至請求項4いずれか一項に記載の大腸癌抑制物質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−75869(P2013−75869A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−217474(P2011−217474)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(506141225)株式会社ユーグレナ (12)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【Fターム(参考)】