説明

大腸癌細胞増殖抑制物質

【課題】これまでにない作用を有する大腸癌細胞増殖抑制物質を提供する。
【解決手段】クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養上清液及び/またはその処理物を有効成分として含有する、大腸癌細胞増殖抑制物質である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌細胞増殖抑制物質に関する。
【背景技術】
【0002】
癌は、日本及び欧米を始めとする世界各国においてその主要な死亡原因となる極めて悪性度の高い病気である。癌は、正常な組織から誘導されて腫瘍実体を形成する異常な、又は腫瘍性の細胞数の増加、これらの腫瘍性腫瘍細胞による隣接組織の侵襲、及び最終的に血液やリンパ系を介して局所のリンパ節及び離間部位に拡散(転移)する悪性細胞の生成を特徴とする。癌性状態においては、正常細胞が成長しない条件下で細胞が増殖する。癌自体は、異なる侵襲及び攻撃性の程度で特徴付けられる広範な種々の形態で顕現する。
【0003】
癌は、生体内のほぼ全ての部位で起こりうる疾患であるが、なかでも近年、大腸癌患者の数が急増し、深刻化している(厚生労働省:平成18年人口動態統計月報年計(概数)の概況)。そのため、これまでにない画期的な作用を有する新薬の開発が強くかつ早急に求められている。
【0004】
大腸癌治療に関しても、他の部位の癌治療に劣らず、これまでに膨大な研究がなされている。例えば、酪酸が介在する大腸癌細胞の増殖抑制機構が開示されている(非特許文献1)。
【非特許文献1】Proc.Natl.Acad.Sci.USA、1998年6月、Vol.95、pp.6791−6796
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、その患者数は増加の一途を辿っており、結局のところ、上記文献に開示された研究結果を含め、これまでの研究によっては患者数の増加傾向に歯止めをかけることができていないという問題があった。
【0006】
そこで本発明の目的は、これまでにない作用を有する大腸癌細胞増殖抑制物質を提供することである。また、本発明の他の目的は、前記大腸癌細胞増殖抑制物質を含む大腸癌治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、かかる強い要望に応えるべく鋭意検討を行った結果、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養上清液及び/またはその処理物を大腸癌細胞に添加すると、効果的に大腸癌細胞の増殖を抑制させることができることを見出した。
【0008】
さらに、抽出された大豆タンパク及び大豆粉末からなる群より選択される1種以上を含む培養液中で、クロストリジウム・ブチリカムを培養することにより得られた培養上清液及び/またはその処理物を大腸癌細胞に添加すると、大腸癌細胞の増殖を抑制するどころか、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死を促進させることができることを見出した。このようにして、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、上記目的を達成するための本発明は、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養上清液及び/またはその処理物を有効成分として含有する大腸癌細胞増殖抑制物質である。
【0010】
また、上記目的を達成するための本発明は、前記培養上清液及び/またはその処理物が、抽出された大豆タンパク及び大豆粉末からなる群より選択される1種以上を含む培養液中で、前記クロストリジウム・ブチリカムを培養することにより得られ、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死誘導促進活性を有する、請求項1に記載の大腸癌細胞増殖抑制物質である。
【0011】
上記目的を達成するための大腸癌細胞増殖抑制物質は、前記培養上清液及び/またはその処理物は加熱処理されてなることが好ましい。
【0012】
上記目的を達成するための大腸癌細胞増殖抑制物質は、前記加熱処理が90℃〜100℃で10分〜30分間行われることが好ましい。
【0013】
上記目的を達成するための大腸癌細胞増殖抑制物質は、前記クロストリジウム・ブチリカムは、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ 588(Clostridium butyricum MIYAIRI 588、FERM BP−2789)、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ585(FERM BP−06815)、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ595(FERM BP−06816)及びクロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ630(FERM BP−06817)からなる群より選択される1種以上であることが好ましい。
【0014】
また、上記目的を達成するための本発明の大腸癌治療剤は、前記大腸癌細胞増殖抑制物質を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、大腸癌細胞増殖抑制物質が得られ、さらに所定の条件下では、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死誘導促進活性を有する大腸癌細胞増殖抑制物質が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
[第1態様]
本発明の第1態様は、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養上清液及び/またはその処理物を有効成分として含有する、大腸癌細胞増殖抑制物質である。
【0017】
本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質は、クロストリジウム・ブチリカムの培養液由来の上清中に含有されるので、培養上清液それ自体及び/またはその処理物を本発明に係る該物質として使用することを特徴とする。
【0018】
前記培養上清液とは、培養液の分離処理により得られる液体成分を意味する。前記分離処理の方法としては、遠心分離や濾過などが挙げられる。すなわち、培養液の濾液または除菌液(除菌フィルターを通した後の液など)は、前記培養上清液に含まれる。
【0019】
前記処理物としては、上記培養上清液の濃縮物または乾燥固化物(凍結乾燥、噴霧乾燥)が挙げられる。さらに、場合によっては、緩衝液や水などによる希釈液や、その固化物など、従来公知のあらゆる処理方法により得られる培養液由来の処理物もまた、本発明の処理物に含まれうる。
【0020】
クロストリジウム・ブチリカムとは、栄養のバランスがとれている間は分裂増殖を繰り返す(栄養細胞)が、そのバランスが崩れると菌体内に胞子を生じる芽胞形成性かつ嫌気性のグラム陽性桿菌である。嫌気性細菌に限らず、多くの細菌は、栄養細胞の形態を有する際には、乾燥状態で放置されると容易に死滅する。しかしながら、芽胞は休止細胞であるため、乾燥、熱や化学薬品などの様々な外的環境に対して強い抵抗性を有し、保存には好都合である。
【0021】
また、上述したように、クロストリジウム・ブチリカムは芽胞形成性であり、芽胞の状態にある際には、様々な外的環境に対して抵抗性を有する。このため、クロストリジウム・ブチリカムが芽胞の形態で人や動物に経口投与されると、胃酸、腸液や胆汁酸などの消化液と接しても、クロストリジウム・ブチリカムは完全には死滅せずに小腸下部から大腸に至るまでの発酵部位にも到達し増殖することが可能となる。
【0022】
さらに、クロストリジウム・ブチリカムは、生菌剤、飼料添加物や食品として広く市販されており、人や家畜などの哺乳動物に長期間にわたって投与しても全く副作用を認めず、高い安全性が保証されている。
【0023】
このようなクロストリジウム・ブチリカムの特性に着目し、本発明者が検討した結果、クロストリジウム・ブチリカムの培養上清液が、大腸で増殖する癌細胞に対して有効に作用しうることを見出したのである。すなわち、クロストリジウム・ブチリカムの培養上清液は、大腸癌細胞の増殖を抑制する有効成分を含んでいることを見出した。
【0024】
上記クロストリジウム・ブチリカムのなかでも、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ、クロストリジウム・ブチリカム・NIP1020(Clostridium butyricum NIP1020)、クロストリジウム・ブチリカム・NIP1021(Clostridium butyricum NIP1021)、クロストリジウム・ブチリカム(FERM P−11868)、クロストリジウム・ブチリカム(FERM P−11868)、クロストリジウム・ブチリカム(FERM P−11869)、及びクロストリジウム・ブチリカム(FERM P−11870)、クロストリジウム・ブチリカム・ATCC859(Clostridium butyricum ATCC859)、クロストリジウム・ブチリカム・NBRC3315(Clostridium butyricum NBRC3315)、クロストリジウム・ブチリカム・ATCC860(Clostridium butyricum ATCC860)またはクロストリジウム・ブチリカム・ATCC19398(Clostridium butyricum ATCC19398)が好ましい。より好ましくは、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ 588(Clostridium butyricum MIYAIRI 588、FERM BP−2789)、クロストリジウム・ブチリカム ミヤイリ585(FERM BP−06815)、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ595(FERM BP−06816)及びクロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ630(FERM BP−06817)からなる群より選択される1種以上であり、さらに好ましくはクロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ 588(Clostridium butyricum MIYAIRI 588、FERM BP−2789)である。
【0025】
クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリは生菌剤としてミヤリサン製薬(株)から市販されており、人や動物に長期に投与しても全く副作用の無いものであるため、本発明における使用にとって特に好適である。
【0026】
本発明において、クロストリジウム・ブチリカムの培養に使用する培地は、使用する菌株の種類等によっても異なるが、使用するクロストリジウム・ブチリカムが資化しうる炭素源、適量の窒素源、無機塩及びビタミン類などのその他の栄養素を含有する培地であれば、合成培地または天然培地のいずれでもよい。また、市販品であっても実験室などで調製したものであってもよい。
【0027】
例えば、本発明による培地中で使用される炭素源の例として、使用する菌株が資化できる炭素源であれば特に制限されない。炭素源としては、必ずしも糖に制限されないが、菌体の増殖を考慮すると、使用する細菌が利用可能な糖または糖を含むものが好ましく使用される。使用できる炭素源の具体例としては、資化性を考慮して、セロビオース、グルコース、フルクトース、ガラクトース、ラクトース、マルトース、マンノース、メリビオース、ラフィノース、サリシン、スターチ、シュクロース、トレハロース、キシロース、デキストリン、及び糖蜜等が挙げられる。これらの炭素源のうち、スターチ、グルコース、フルクトース、シュクロース及び糖蜜が好ましく使用される。上記した炭素源を、使用するクロストリジウム・ブチリカムを考慮して、1種または2種以上選択して使用してもよい。この際、炭素源の添加濃度は、使用するクロストリジウム・ブチリカムや炭素源の種類及び使用する培地の炭素源以外の培地組成等によっても異なるが、好ましくは0.5〜5(w/v)%、より好ましくは2〜4(w/v)%である。
【0028】
また、窒素源及びビタミン類としては、例えば、肉エキス、ペプトン、酵母エキス、味液等の大豆及び小麦の加水分解物、大豆粉末、ミルクカゼイン、カザミノ酸、各種アミノ酸、コーンスティープリカー、その他の動物、植物、微生物の加水分解物等の有機窒素化合物及び硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩が挙げられる。これらの窒素源のうち、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカー及び味液が好ましく使用される。上記した窒素源及びビタミン類を、使用するクロストリジウム・ブチリカムの生育を向上させるために、1種または2種以上選択して使用してもよい。その際、上記窒素源の添加濃度は、使用する菌株や窒素源の種類及び使用する培地の窒素源以外の培地組成等によっても異なるが、窒素源を多く含むペプトンを使用する際には、好ましくは0.5〜4(w/v)%、より好ましくは1〜3(w/v)%であり、窒素源及びビタミン類を多く含む味液やコーンスティープリカーを使用する際には、好ましくは0.5〜5(w/v)%、より好ましくは1〜4(w/v)%であり、さらに、ビタミン類を多く含む酵母エキスあるいは肉エキスを使用する際には、好ましくは0.5〜4(w/v)%、より好ましくは1〜3(w/v)%である。
【0029】
ここで、前記培養上清液及び/またはその処理物は、抽出された大豆タンパク及び大豆粉末からなる群より選択される1種以上の成分を含む培養液中で、前記クロストリジウム・ブチリカムを培養することにより得られることが特に好ましい。かような培養上清液及び/またはその処理物は、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死誘導促進活性を有するため、本発明の目的にとって非常に好適である。抽出された大豆タンパクの形態としては、特に制限されることはないが、粗抽出物、単離物(精製物)や濃縮物などが挙げられる。また、抽出された大豆タンパクの状態としては、特に制限されることなく、液体、粉末や顆粒などが挙げられる。好ましくは粉末状である。一方、大豆からタンパク質成分を抽出したもののみならず、抽出前の大豆、好ましくは大豆粉末を用いてもよい。これらのなかでも、最も好ましくは抽出された大豆タンパクである。特に、大豆タンパクを培地に添加して、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死誘導促進活性をより向上させようとする場合、添加濃度は、2〜4(w/v)%であることが好ましい。
【0030】
さらに、無機塩としては、マグネシウム、マンガン、カルシウム、ナトリウム、カリウム、モリブデン、ストロンチウム、ホウ素、銅、鉄、スズ及び亜鉛などのリン酸塩、塩酸塩、硫酸塩、酪酸塩、プロピオン酸塩及び酢酸塩等から選択される1種または2種以上を使用することができる。また、培地中に、必要に応じて、消泡剤、植物油、界面活性剤、血液及び血液成分、ビタミン類もしくは抗生物質などの薬剤、植物または動物ホルモンなどの生理活性物質等を適宜添加してもよい。
【0031】
本発明において行われる培養の条件は、本発明に使用するクロストリジウム・ブチリカムの生育の範囲(pHや温度等)等の生理学的性質によって異なるが、クロストリジウム・ブチリカムは偏性嫌気性であるため、通気しない、または窒素若しくは炭酸ガスを通気しながら、または培地中に還元剤を加えることにより酸化還元電位を下げるなどによって嫌気的条件下培養されることが必要である。その際の培養条件は、使用される菌株の生育の範囲、培地の組成や培養法によって適宜選択され、本菌株が増殖できる条件であれば特に制限されない。具体的には、培養温度は、好ましくは20〜42℃、より好ましくは35〜40℃である。また、培養時間は、好ましくは16〜48時間、より好ましくは32〜48時間である。
【0032】
また、本発明において、クロストリジウム・ブチリカムの培養は、培養中に産生される酸をアルカリで中和することにより増殖が促進されるため、予め培地に炭酸カルシウムを添加することが好ましい。この際、炭酸カルシウムの添加量は、好ましくは0.1〜4(w/v)%、より好ましくは0.2〜2.5(w/v)%である。または、上記中和工程を、水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化カリウム及び炭酸カリウム等のアルカリ水溶液によって培地のpHを設定pHの範囲内に抑えながら行うことも好ましい。なお、アルカリ水溶液を使用する場合には、「設定pH」とは、培養期間中に予め設定されている培地のpHを意味し、「設定pHの範囲」とは、培養期間中に許容されるpHの範囲であり、一般的には、設定pH±許容差で表わす。本発明によると、設定pHは、好ましくは5.0〜7.5、より好ましくは5.5〜6.5の範囲内で設定され、設定pHの範囲は、好ましくは設定pH±0.5、より好ましくは設定pH±0.2である。
【0033】
なお、本発明において、培養を行う間の培地のpHは、菌の接種時では中性付近、好ましくは6.5〜7.5とする。なお、アルカリ水溶液を使用する場合には、酸素が混入しないように緩やかに攪拌しながら設定pHの範囲内に入るよう維持することが好ましい。このように菌の接種時及び菌の増殖時のpHを制御することによって、菌密度を飛躍的に増大させることができる。
【0034】
また、クロストリジウム・ブチリカムを培養する際、好ましくはクロストリジウム・ブチリカムを前培養した後、得られた前培養液を用いて本培養を行う。本培養後の培養液中に存在するクロストリジウム・ブチリカムの菌数(濃度)としては、1×10〜1×1010個/mlであることが好ましく、1×10〜5×10個/mlであることがより好ましい。上記範囲内の場合、得られる培養上清液及び/またはその処理物による、大腸癌細胞の細胞増殖抑制効果(アポトーシス様細胞死誘導促進効果)を向上させることができる。
【0035】
また、前記培養上清液及び/またはその処理物は、加熱処理されてなることが好ましい。かような場合、第1に、細菌等に由来する、本発明の目的達成に好ましくないような酵素等を失活させることができる。さらに、第2として、後述の実施例で述べるように、大豆タンパクを含む培養液中で前記クロストリジウム・ブチリカムを培養することにより得られる培養上清液及び/またはその処理物は、加熱処理によって大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死誘導促進効果が顕著に増強しうる。そのため、前記培養上清液及び/またはその処理物に加熱処理を施すことは極めて好ましい。
【0036】
前記加熱処理の条件としては、90℃〜100℃で10分〜30分間行われることが好ましい。かような範囲の条件で加熱処理を行うことにより、所望の効果が得られる。なお、95℃程度の加熱温度であれば、10分程度またはそれ以上の時間であっても(例えば30分以上であっても)同様の効果が得られうることを確認している。
【0037】
本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質が、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死を誘導する場合に、どのような作用機序によってそのアポトーシス様細胞死を引き起こすかは、これまでにない画期的な作用を有する新薬の開発を進める上で非常に重要な点である。本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質は、クロストリジウム・ブチリカムの培養液に由来するため、上記文献(非特許文献1)に記載の酪酸媒介型アポトーシス様細胞死が想定されうる。また、典型的なアポトーシスとして、カスパーゼが関与するタイプのアポトーシス様細胞死も想定されうる。しかし、後述の実施例で実証しているように、上記したタイプのいずれでもないことが明らかとなっており、本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質は、これまでにない作用を有する可能性が高いと考えられる。
【0038】
生体内において、アポトーシス様細胞死を起こした細胞はマクロファージ等によって除去されるが、その際、マクロファージ等はアポトーシス様細胞死が生じた細胞の表層の変化を認識しているということが明らかとなっている。かかる細胞表層の変化について詳述すると、細胞膜中のリン脂質の非対称性が次第に喪失する。かかる変化に起因して、正常細胞では脂質二重層の内側(膜内層)に存在している負電荷を有するフォスファチジルセリン(PS)が、外側(膜外層)に移動する現象が起こる。そして、膜外層に移動してきたPSをマクロファージ等が認識していると報告されている。かかる現象は、(FITC標識)Annexin Vや、ヨウ化プロピジウム(propidium iodide、以下、「PI」ともいう)を添加することによって、解析や観察が可能である。
【0039】
Annexin Vは、Ca2+存在下でPSと高い親和性を示す。正常細胞では、PSが内膜層に存在するため、Annexin Vは細胞膜と結合できない。しかし、アポトーシス様細胞死を起こした細胞では、PSが細胞表層に露出するため、アポトーシス様細胞死を起こした細胞を効果的に検出できる。すなわち、FITC標識したAnnexin Vは、アポトーシス様細胞死に起因する前記細胞表層の変化を検出するプローブとして利用できるという特徴を有する。なお、PSの細胞表層への露出は、初期のアポトーシス(アポトーシス様細胞死)でも見られるため、FITC標識Annexin Vは、初期から後期に亘るアポトーシス様細胞死を起こした細胞全般を検出できる。
【0040】
PIは、核染色蛍光色素の一種であり、正常細胞に対しては細胞膜を通過して細胞質に入ることができない一方、前記細胞表層の変化によって膜構造が壊れると、細胞内に入り込んで、主に核のDNAと結合し、蛍光を発するという特徴を有する。なお、膜構造の崩壊は、後期のアポトーシス(アポトーシス様細胞死)ではじめて見られる現象である。
【0041】
具体的な手法としては、FITC−Annexin VとPIとの二重染色による観察や、FITC−Annexin VとPIとの二変量によるフローサイトメトリー(flow cytometry:FCM)解析などが挙げられる。一般的には、PI Positiveを示す細胞はネクローシス細胞であると判定され、FITC−Annexin V及びPIのDouble Positiveを示す細胞は後期のアポトーシス様細胞死を起こした細胞であると判定されうる。したがって、必要な細胞周期解析を行い、細胞周期の差に妥当な考慮を払った上で上記のアポトーシス様細胞死に関する解析を行うことにより、初期のアポトーシス(アポトーシス様細胞死)と後期のアポトーシス(アポトーシス様細胞死)とを区別できる可能性がある。
【0042】
[第2態様]
本発明の第2態様は、上記第1態様の大腸癌細胞増殖抑制物質を含む大腸癌治療剤である。
【0043】
本発明に係る大腸癌治療剤は、前記大腸癌細胞増殖抑制物質からなってもよく、またはは、該物質を有効成分として他の成分とともに含まれてもよい。
【0044】
本発明に係る大腸癌治療剤は、前記大腸癌細胞増殖抑制物質そのままの形態で、または前記大腸癌細胞増殖抑制物質に製薬上許容される担体を配合して経口投与用または非経口投与用組成物として患者(家畜、家禽やヒト等の哺乳動物、及び魚を含む)に投与できる。本剤を経口投与用とする場合には、上記大腸癌細胞増殖抑制物質を適当な添加剤、例えば、乳糖、ショ糖、マンニット、トウモロコシデンプン、合成若しくは天然ガム、及び結晶セルロース等の賦形剤、デンプン、カルボキシメチルセルーロースやメチルセルーロース等のセルロース誘導体、アラビアゴム、ゼラチン、及びポリビニルピロリドン等の結合剤、カルボキシメチルセルーロースカルシウム、カルボキシメチルセルーロースナトリウム、デンプン、コーンスターチ、炭酸水素ナトリウム及びアルギン酸ナトリウム等の崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウム、及びステアリン酸ナトリウム等の滑沢剤、及び炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、リン酸カルシウム、及びリン酸ナトリウム等の充填剤または希釈剤などと適宜混合して、錠剤、散剤(粉末)、丸剤、及び顆粒剤などの固形形態にすることができる。または、経口投与用の大腸癌治療剤は、カプセル剤の形態を有していてもよく、この際、カプセルとしては、硬質あるいは軟質のゼラチンカプセルが用いられる。これらの固形製剤には、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート、セルロースアセテートフタレート、及びメタアクリレートコポリマー等の被覆用基剤を用いて腸溶性被覆を施してもよい。さらに、前記大腸癌細胞増殖抑制物質を、精製水等の一般的に用いられる不活性希釈剤またはトリカプリン、トリアセチン等のグリセリンエステル類またはエタノール等のアルコール類に懸濁して、必要に応じて、この溶液に浸潤剤、乳化剤、分散助剤若しくは界面活性剤、甘味料、フレーバー若しくは芳香物質などを適宜添加することにより、シロップ剤やエリキシル剤等の液状製剤とすることもできる。
【0045】
本発明の大腸癌治療剤中に含まれる大腸癌細胞増殖抑制物質の濃度は、投与時の形態、病気の種類や重篤度や目的とする投与量などによって様々であるため、特に限定されることはない。
【0046】
本発明の大腸癌治療剤の投与量は、患者の年齢、体重及び症状、目的とする投与形態や方法、治療効果、及び処置期間等によって異なり、正確な量は医師が決定するものである。具体的には、本発明の大腸癌治療剤を経口投与する場合には、好ましくは0.01mg〜1g/kg体重/回、より好ましくは1mg〜0.1g/kg体重/回の投与量の範囲で、1日に好ましくは1〜6回、より好ましくは1〜3回に分けて投与されるのが好ましい。その際、1日当たりの投与量が多い場合には、1回に複数個の錠剤等の製剤に分けて投与してもよい。また、本発明の大腸癌治療剤を非経口投与する場合には、好ましくは0.01mg〜1g/kg体重/回、より好ましくは1mg〜0.1g/kg体重/回の投与量の範囲で、1日に好ましくは1〜6回、より好ましくは1〜3回に分けて投与されるのが好ましい。
【実施例】
【0047】
[実施例1〜2、比較例1]
(培養上清液等の調製)
Clostridium butyricum MIYAIRI 588(以下、「CBM588」ともいう)株を用意した。GAMブイヨン「ニッスイ」(日水製薬製)(以下、「GAM」ともいう)(実施例1)、または大豆タンパク(和光純薬工業製)を4(w/v)%添加したGAMブイヨン(以下、「4%SBP添加GAM」ともいう)(実施例2)において、該菌株の前培養液を37℃下、最長で48時間本培養した。本培養後の培養液中に存在するクロストリジウム・ブチリカムの菌数(濃度)は、2×10個/mlであった。得られた培養液を4℃で6,000×g、20分間遠心分離して培養上清液を得た。これを水酸化ナトリウムで中和した後、孔径0.45μmのフィルターでろ過滅菌したものを実験に使用した。なお、使用前に95℃で10分間インキュベートして、細菌由来の酵素等を失活させた。
【0048】
また、CBM588を接種しなかったこと以外は上記と同様の操作を行い、得られた液をコントロール(比較例1)とした。
【0049】
(供試用HCT116の調製)
ヒト大腸癌細胞株HCT116としては、10%FBSを添加したMcCoy’s 5a培地を用いて、37℃、5%COの条件で培養したものを供試した。
【0050】
以上のようにして調製した培養上清液の、HCT116に対する効果を確認するため、以下の解析、測定及び観察を行った。
【0051】
<培養上清液中でのCBM588の培養時間とHCT116細胞の増殖度との間の相関性の解析>
HCT116細胞は、24穴プレートを用いて2×10細胞/穴となるように培養した。細胞の増殖は、中性赤(neutral red)の取り込みにより測定した。まず、細胞を生理食塩水で洗い、0.5mlの中性赤を50μg/ml含むMcCoy’s 5a培地中で2時間インキュベートした。そして、生理食塩水で2度洗浄した後、50%エタノール−1%酢酸水溶液を用いて、室温で20分間ゆっくり振とうしながら抽出し、540nmの吸光度を測定して、取り込まれた中性赤を定量した(CPE−dye−uptake法)。
【0052】
上述の培養上清液(GAM培地由来(実施例1)または4%SBP添加GAM培地(実施例2))に、さらに加熱処理(95℃、10分間、加熱処理の条件については以下も同様)を施し、加熱処理済の培養上清液を調製した。上述の供試用HCT116の培養系に、得られた培養上清液を10体積%加えて、最長で4日間培養し、540nmでの吸光度を測定することにより生細胞数を求めた。結果を図1及び図2に示す。なお、図中、「0h」のグラフは、CBM588の開始直後に細菌由来の酵素等を失活させた系であり、GAMのみ(実施例1)またはGAM及びSBPのみ(実施例2)による、HCT116への効果を確認した「コントロール」に相当する。
【0053】
結果として、GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液に細胞増殖抑制効果があること(実施例1、図1)、及び4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液にアポトーシス様細胞死誘導促進効果があること(実施例2、図2)を見出した。
【0054】
<培養上清液中でのCBM588の生存能力と培養上清液の加熱処理の有無との間の相関性の解析>
加熱処理(95℃、10分間)済または加熱処理なしの培養上清液を、HCT116細胞の培養系に10体積%加えて3日間培養し、生細胞数を求めた。結果を図3に示す。なお、図3の縦軸は、比較例1について上記と同様の操作を行った後のHCT116の生細胞数(ネガティブコントロール:NT)に対する、実施例1及び2における生細胞数の割合(%)を示す。
【0055】
結果として、GAM培地由来の培養上清液(実施例1)では、加熱しても細胞増殖抑制効果(アポトーシス様細胞死誘導促進効果)に変化は見られなかった。一方、4%SBP添加GAM培地由来の培養上清液(実施例2)では、加熱すると細胞増殖抑制効果(アポトーシス様細胞死誘導促進効果)が顕著に増強されることを見出したのである。かかる結果は、本発明の大腸癌細胞増殖抑制物質に起因した大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死は、これまでに報告されている典型的なアポトーシスとは異なるメカニズムによって起こることを示唆するものであり、極めて有効な新知見を得たのである。
【0056】
<CBM588の産生する酪酸による、HCT116の生存能力への影響評価>
上記した文献(非特許文献1)に開示されているように、酪酸が介在する大腸癌細胞の増殖抑制機構が存在する。一方で、本発明で使用するクロストリジウム・ブチリカムは酪酸生成菌であるため、本発明により得られる大腸癌細胞増殖抑制物質の効果が酪酸によるものであるか否かを調べた。
【0057】
酪酸の定量は0.45μmのフィルターでろ過したものを試料とした。分析はShim−pak SCR−102Hカラム(島津製作所製)を用い、ポストカラムpH緩衝化電気伝導度検出法により測定した。結果を図4に示す。
【0058】
結果として、GAM(実施例1)及び4%SBP添加GAM(実施例2)由来の培養上清液の酪酸濃度を測定すると、加熱処理による酪酸濃度の変化は認められなかった。したがって、上記図3で見られた効果は、酪酸によるものではないことを確認した。すなわち、4%SBP添加GAM(実施例2)由来の加熱処理後の培養上清液が、HCT116のアポトーシス様細胞死誘導促進効果を顕著に増強させた要因は、酪酸ではない別の成分ないし作用機序に起因するということが明らかとなった。したがって、本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質は、これまでにない作用を有する可能性が高いといえる。
【0059】
<実施例1〜2で得られた培養上清液と細胞の形態との間の相関性の解析>
上述の培養上清液(GAM培地由来(実施例1)または4%SBP添加GAM培地由来(実施例2))に、さらに加熱処理(95℃、10分間)を施し、加熱処理済の培養上清液を調製した。そして、細胞の形態観察用として、上記の調整培地を10%添加してポリ−D−リジンをコートした直径35mmの培養シャーレ中で、1×10細胞/シャーレとなるようにHCT116を、37℃、5%COで2日間インキュベートした。
【0060】
培養2日後のHCT116細胞をPBSでリンスした後、メタノール−酢酸(3:1)の固定液で1時間固定した。50μgのアクリジンオレンジ(acridine orange)及び5μgのヨウ化プロピジウム(propidium iodide:PI)を、1mlのPBSで溶かして作製した蛍光染色液中で1時間染色し、蛍光顕微鏡による観察を行った。結果を図5に示す。
【0061】
結果として、4%SBP添加GAM培地(実施例2)由来の加熱処理済の培養上清液で処理すると、核で強い蛍光(核の濃縮)が見られることを見出した(図5C)。一方、CBM588無添加で加熱処理済のコントロール(比較例1、図5A)、及びGAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例1、図5B)では変化が見られなかった。かかる結果より、4%SBP添加GAM培地(実施例2)由来の加熱処理済の培養上清液で処理すると、大腸癌細胞はアポトーシス様細胞死の後期まで進行することが確認され、マクロファージ等によって除去されうるものと推測される。
【0062】
<実施例2で得られた培養上清液中での大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死進行に関する解析>
FITC−Annexin VとPIとの二変量によるフローサイトメトリー(flow cytometry:FCM)解析を行った。本実験における大腸癌細胞の活性評価において、2種類の核染色色素(FITC−Annexin V及びPI)で二重染色された大腸癌細胞に励起光を照射することにより発生する核染色色素由来の蛍光の強度をフローサイトメーターにより測定した。
【0063】
35mmのシャーレ(4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液を10体積%含有)中で、1×10細胞/シャーレとなるようにHCT116細胞を37℃、5%COで1日間インキュベートした。
【0064】
その後、トリプシン処理によって、HCT116細胞を回収した。得られた細胞をPBSでリンスした後、TACS Annexin V−FITC Apoptosis Detection Kit(R&D Systems社製)を用いてFITC標識annexin VとPIで染色し、フローサイトメーターとして、EPICS XL−MCL System II flow cytometer(Beckman Coulter社製)を使用し、蛍光強度を測定した。なお、比較例1で得られた液についても、上記と同様の操作を行った(「control」)。以上の結果を図6及び下記の表1に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
図6は、前記2種類の蛍光の強度を座標軸とする2次元座標に大腸癌細胞(HCT116細胞)をプロットして作成した分布図である。大腸癌細胞集団中の生細胞及び死細胞のそれぞれの比率に基づき、大腸癌細胞の活性を判定した。表1は、フローサイトメーターで測定して得られた、Annexin V陽性細胞の蛍光強度(Annexin V positive)、PI陽性細胞の蛍光強度(PI positive)、Annexin V及びPIが共に陽性の細胞における蛍光強度(Double positive)、並びにAnnexin V及びPIが共に陰性の細胞における蛍光強度(Double negative)を示すデータである。ここで、「フローサイトメーター」とは、流体中の粒子(細胞など)にレーザー光による励起光を照射し、個々の粒子から発生する蛍光を測定するフローサイトメトリーの原理を用いた測定器を意味する。
【0067】
さらに、上記の表の見方について説明する。細胞膜に含まれる脂質の一種であるホスファチジルセリンは、生細胞の細胞膜では細胞質側にのみ局在し、細胞の外側に向いた部分には存在しない。なお、Double negativeの数値が高いほど生細胞数が多いことを示す。しかし、アポトーシス様細胞死を起こした細胞では膜の相転移がおこり、ホスファチジルセリンが細胞の外側に向いた部分に存在するようになる。Annexin Vはホスファチジルセリンと特異的に結合するので、FITCという蛍光色素をつけたAnnexin Vでアポトーシス様細胞死を起こした細胞を検出することができる。なお、Annexin V positiveの数値が高いほど、アポトーシス様細胞死を起こした細胞数が多いことを示す。
【0068】
一方、PIはDNAと結合することによって蛍光を発するが、欠損等のない通常の細胞膜を通過することはできないという性質がある。そのため、欠損等のない通常の細胞膜を有する生細胞をPIで染色することはできず、膜の破壊を伴う細胞死、すなわちネクローシスを起こした細胞はPIで染色される。なお、PI positiveの数値が高いほど、ネクローシス細胞数が多いことを示す。アポトーシス様細胞死の初期段階では膜の相転移が起こり、ホスファチジルセリンが細胞の内側から外側に露出されるが、細胞膜自体は何ら欠損等のない「完全な状態」で存在するため、PIでは染色されない。しかし、アポトーシス様細胞死過程が進行して、細胞が濃縮したアポトーシス小体(断片)が形成され、これにより膜の通常状態が損なわれる。このような細胞ではDouble negativeの数値が高くなる。
【0069】
表1の結果より、実施例2で得られた培養上清液を添加したHCT116細胞は、control(コントロール)の場合と比較して、特に、Annexin V positive及びPI positiveの数値が顕著に高いことが分かる。かかる結果より、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液で処理した大腸癌細胞はAnnexin V positiveの細胞、すなわちアポトーシス様細胞死を起こした細胞数が増加していることが分かった。
【0070】
また、図6の結果より、4%SBP添加GAM培地(実施例2、図6B)由来の加熱処理済の培養上清液で処理すると、CBM588無添加で加熱処理済のコントロール(比較例1、図6A)の結果と比較して、Annexin V陽性の細胞が増加した。このことから、加熱処理した4%SBP添加GAM由来の培養上清液は、大腸癌細胞(HCT116)にアポトーシス様細胞死を引き起こすことが明らかとなった。
【0071】
<抗酸化物質による、HCT116のアポトーシス様細胞死誘導阻害解析>
グルタチオン等の抗酸化物質がアポトーシス反応を阻害するという報告がなされている(例えば、特開2007−22923号公報)。そこで、本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質に起因して生じる大腸癌細胞へのアポトーシス様細胞死誘導が、抗酸化物質によって抑えられるか否かを調べた。
【0072】
1mM reduced−form グルタチオン(GSH)、1mM N−アセチルシステイン(NAC)をそれぞれ、HCT116細胞の培養系に添加した。添加してから30分後に、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例2)を10体積%加え、3日間培養し(37℃、5%CO)、生細胞数を求めた。なお、解析は、上記したCPE−dye−uptake法により、540nmの吸光度を測定して、取り込まれた中性赤を定量することにより行った。結果を図7に示す。
【0073】
結果として、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液に見られたアポトーシス様細胞死誘導効果(図3)は、抗酸化物質によっては抑えられないことが示された。このことから、本発明に係る大腸癌細胞増殖抑制物質に起因して生じる大腸癌細胞へのアポトーシス様細胞死の原因は、酸化による傷害ではないことを確認した。
【0074】
<HCT116のミトコンドリア膜電位測定による、アポトーシス様細胞死誘導効果の解析>
60mmのシャーレにおいて、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例2)10体積%をHCT116細胞の培養系に添加し、最終的に2×10細胞/シャーレとなるように、37℃、5%COで0〜2日間培養した。培養終了後、トリプシン処理によって細胞を回収した。PBSで洗浄した後、1M ローダミン123(rhodamine−123)を含むPBS中で、37℃で60分間遮光しながらインキュベートした。このようにして、付着している細胞にローダミン123を取り込ませて、ローダミン123で染色された細胞について、フローサイトメトリー解析によりミトコンドリアの膜電位の変化を調べた。なお、かかる解析には、EPICS XL−MCL System II flow cytometer(Beckman Coulter社製)を用いた。結果を図8に示す。
【0075】
結果として、4%SBP添加GAM培地由来の培養上清液(実施例2)で処理すると、ミトコンドリアの膜電位が経時的に減少することを明らかにした。
【0076】
<カスパーゼによるHCT116の生存能力への影響評価>
4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液中で培養した後のHCT116のカスパーゼ(Caspase;アポトーシス誘導プロテアーゼ)活性を測定した。60mmのシャーレにおいて、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例2)10体積%をHCT116細胞の培養系に添加し、最終的に2×10細胞/シャーレとなるように2日間培養した(37℃、5%CO)。培養終了後、トリプシン処理により細胞を回収した。PBSで洗浄した後、0.1%SDS及び1%ノニデットP−40(Nonidet P−40)を含む少量のPBSで懸濁した。その後、0℃で30分間静置して、HCT116細胞の内容物を抽出した。得られた抽出物(無細胞抽出液)を4℃で17,000×g、10分間遠心分離して、その上清を酵素アッセイに供試した。無細胞抽出液中のCaspase−8及びCaspase−9の活性は、Caspase−Glo Assay Kits(Promega社製)及びBerthold LUMAT LB9507 luminometerを用いて測定した。なお、コントロール(比較例1)についても上記と同様の操作を行った。結果を図9Aに示す。
【0077】
図9Aは、Caspase−8及びCaspase−9の活性を示すグラフである。グラフの縦軸は、ルシフェラーゼ反応による発光量(RLU値)を表す。結果として、Caspase−8及びCaspase−9の活性は、コントロール(比較例1)と同程度であり、活性の増大は認められなかった。
【0078】
<DNA断片解析>
60mmのシャーレにおいて、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例2)5体積%及び10「体積」%をHCT116細胞の培養系に添加し、最終的に2×10細胞/シャーレとなるように2日間培養した(37℃、5%CO)。また、前記培養上清液無添加(0%)で同様に2日間培養したものも用意した。その後、各試験区において、浮遊した細胞と付着した細胞とを回収した。そして、2×10細胞/シャーレの該細胞より、Apoptotic DNA Ladder Kit(Roch Diagnostics社製)を用いてDNAを抽出し、2%アガロースゲルで電気泳動を行った。結果を図9Bに示す。
【0079】
図9Bは、DNA断片解析結果を示す写真である。写真中、「M」はマーカーを示す。4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例2)で処理すると、500bp以上の比較的大きなDNA断片は認められた。しかし、アポトーシスに典型的な、500bpを下回るような小さなDNA断片(DNAの破壊、切断や断片化)は認められなかった。
【0080】
上記図9A及び図9Bの結果より、本発明の大腸癌細胞増殖抑制物質を用いた場合、典型的なアポトーシスとは異なるメカニズムによって、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死が引き起こされていることが示唆された。
【0081】
<アポトーシス誘導因子(AIF)の検出による、HCT116細胞のアポトーシス様細胞死誘導に関する分析>
アポトーシス誘導因子(apoptosis−inducing factor:AIF)は、カスパーゼ非依存性のタンパク質であり、好ましくはミトコンドリアの膜間腔に位置している。しかし、アポトーシスシグナルを細胞が受け取ると、ミトコンドリアから細胞質中へとAIFが放出されて、最終的には核に移動してDNA破壊及びアポトーシスが誘導されると報告されている。そこで、本発明の大腸癌細胞増殖抑制物質に起因して、HCT116の細胞質に放出されるAIF量を、イムノブロッティングにより検出した。
【0082】
60mmのシャーレにおいて、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液(実施例2)をHCT116細胞の培養系に10体積%添加し、最終的に2×10細胞/シャーレとなるように1日から2日間培養した(37℃、5%CO)。その後、回収した該細胞を、500Lのlysis buffer(20mM Tris−HCl(pH8.0)、137mM NaCl、10%グリセロール、1%ノニデットP−40、10mM EDTA、1mM フッ化フェニルメチルスルホニル(phenylmethylsulfonyl fluoride)、2mg/mlのアプロチニン(aprotinin)及び1mg/mlのロイペプチン(leupeptin)からなる混合液中で懸濁して、凍結融解を行った。得られた細胞溶解液を12,000×gで20分間遠心分離して、20gの抽出タンパク質を、10%ポリアクリルアミドゲルを用いてSDS−PAGEを行った。その後、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)メンブレンにエレクトロブロット(electroblotting)した。得られたメンブレンを、ウサギの抗AIF抗体(1:2000希釈)及びマウスの抗アクチン抗体(1:2000希釈)と反応させて、ECL Western−blotting starter kit及びHyperfilm ECL(アマシャム バイオサイエンス社製)を用いて、バンドを検出した。AIF及びβ−アクチンに対してウエスタンブロッティングを行った。なお、シグナル強度は、Scion Image for Windows(登録商標) 4.02 softwareにより解析した。結果を図10に示す。
【0083】
結果として、4%SBP添加GAM培地由来の加熱処理済の培養上清液を用いて、HCT116細胞を培養すると、該細胞の細胞質中のAIF量が増加し、アポトーシス様細胞死が起こったことを確認した。
【0084】
以上の結果を総合すると、本発明の大腸癌細胞増殖抑制物質に起因して、大腸癌細胞のミトコンドリアから細胞質中へとAIFが放出されて、アポトーシス様細胞死が誘導されることが示唆された。その一方で、本発明に起因して生じる大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死は、上述のように、これまでに報告されているアポトーシスやアポトーシス様細胞死とは異なるメカニズムによるものであることが示唆された。このように、本発明の大腸癌細胞増殖抑制物質ないし該物質を含む大腸癌治療剤は、これまでにない作用を有することが客観的かつ定量的なデータと共に示され、大腸癌治療において、これまでにない画期的な作用を有する、大腸癌患者用の新薬の開発に繋がりうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】実施例1で得られたCBM588培養上清の培養時間とHCT116細胞の増殖率との相関性を示すグラフである。
【図2】実施例2で得られたCBM588培養上清の培養時間とHCT116細胞の増殖率との相関性を示すグラフである。
【図3】実施例2で得られたCBM588培養上清の加熱処理がHCT116の生存率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図4】CBM588の産生する酪酸がHCT116の生存率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図5A】比較例1で得られた液で処理した細胞の形態を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図5B】実施例1で得られた培養上清液で処理した細胞の形態を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図5C】実施例2で得られた培養上清液で処理した細胞の形態を示す顕微鏡写真である。
【図6A】比較例1で得られた液で処理したHCT116細胞のAnnexin V及びPIの蛍光の強度を座標軸とする分布図である。
【図6B】実施例2で得られた液で処理したHCT116細胞のAnnexin V及びPIの蛍光の強度を座標軸とする分布図である。
【図7】抗酸化物質による、HCT116のアポトーシス様細胞死誘導阻害を示すグラフである。
【図8】HCT116のミトコンドリア膜電位測定による、アポトーシス様細胞死誘導の解析結果を示すグラフである。
【図9A】比較例1で得られた液と実施例2で得られた培養上清液によって処理したHCT116のCaspase−8及びCaspase−9の活性を示すグラフである。
【図9B】実施例2で得られた培養上清液によって処理したHCT116のDNA断片化を示すグラフである。
【図10】AIFの検出による、HCT116細胞のアポトーシス様細胞死誘導に関する分析結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養上清液及び/またはその処理物を有効成分として含有する、大腸癌細胞増殖抑制物質。
【請求項2】
前記培養上清液及び/またはその処理物は、抽出された大豆タンパク及び大豆粉末からなる群より選択される1種以上を含む培養液中で、前記クロストリジウム・ブチリカムを培養することにより得られ、大腸癌細胞のアポトーシス様細胞死誘導促進活性を有する、請求項1に記載の大腸癌細胞増殖抑制物質。
【請求項3】
前記培養上清液及び/またはその処理物は加熱処理されてなる、請求項1または2に記載の大腸癌細胞増殖抑制物質。
【請求項4】
前記加熱処理は、90℃〜100℃で10分〜30分間行われる、請求項3に記載の大腸癌細胞増殖抑制物質。
【請求項5】
前記クロストリジウム・ブチリカムは、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ 588(Clostridium butyricum MIYAIRI 588、FERM BP−2789)、クロストリジウム・ブチリカム ミヤイリ585(FERM BP−06815)、クロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ595(FERM BP−06816)及びクロストリジウム・ブチリカム・ミヤイリ630(FERM BP−06817)からなる群より選択される1種以上である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の大腸癌細胞増殖抑制物質。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の大腸癌細胞増殖抑制物質を含む、大腸癌治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【図9A】
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【図9B】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−269836(P2009−269836A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−119783(P2008−119783)
【出願日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【出願人】(000114282)ミヤリサン製薬株式会社 (8)
【Fターム(参考)】