説明

大麦の選抜方法及び選抜マーカー

【課題】麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法を提供し、選抜された大麦を原料として泡持ちの良い麦芽発酵飲料の製造に貢献すること。麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜マーカーを提供すること。
【解決手段】本発明は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、大麦の種子、その種子から得た麦芽、その麦芽から得た麦汁、その麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液、に含まれるプロテインZ7の濃度を測定する測定ステップと、この濃度が低い場合に、この大麦は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップとを備える選抜方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大麦の選抜方法及び選抜マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
大麦の選抜方法には、優良株を交配して得られた交配後代を目的の形質を表現するまで栽培して選抜する方法の他に、交配後代のゲノムDNAやタンパク質を種子や実生苗の段階で調べ、選抜マーカーとなるDNA領域又はタンパク質の有無を指標に選抜する方法がある。
【0003】
麦芽発酵飲料の泡持ちは、麦芽発酵飲料の品質を判断するための重要な要素の1つであり、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦が求められている。大麦に含まれる麦芽発酵飲料の泡持ちに関与するタンパク質としては、LTP−1及びホルデインが報告されている(非特許文献1及び2)。
【0004】
最近では、植物の選抜にプロテオミクスが利用されるようになり、大麦の種子中のタンパク質組成を網羅的に解析する試みや、麦芽特性と二次元電気泳動パターンとを比較して麦芽特性に関与するタンパク質を同定する試みがなされている(非特許文献3〜5)。
【0005】
【非特許文献1】Bamforthら、2004年、J. Sci. Food Agric.、84巻、p.1001−1004
【非特許文献2】Van Nieropら、2004年、J. Agric. Food. Chem.、52巻、p.3120−3129
【非特許文献3】Ostergaardら、2004年、Proteomics、4巻、p.2437−2447
【非特許文献4】Sass Bak−Jensenら、2004年、Proteomics、4巻、p.728−742
【非特許文献5】FinnieとSvensson、2004年、Proc. 9th International Barley Genetics Symposium、p.431−436
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜を可能とする選抜マーカーは見出されておらず、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法についても未だ存在しない。
【0007】
大麦中のLTP−1やホルデインは、麦芽発酵飲料の泡持ちに関連すると報告されてはいるが、泡持ちの良さの判定基準であるNIBEM値との間の相関関係については明らかにされておらず、泡持ちの良い麦芽発酵飲料の製造に使用する大麦の選抜マーカーとして使用することは困難である。
【0008】
そこで、本発明の目的は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法を提供し、選抜された大麦を原料として泡持ちの良い麦芽発酵飲料の製造に貢献することにある。本発明の目的はまた、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜マーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は、プロテインZ7を選抜マーカーとして使用する、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、大麦の種子、その種子から得た麦芽、その麦芽から得た麦汁、その麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又はその麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液、に含まれるプロテインZ7の濃度を測定する測定ステップと、この濃度が低い場合に、この大麦は麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップと、を備える選抜方法を提供する。
【0010】
本発明者らは、プロテオミクスをツールとしてビール中のタンパク質を網羅的に解析し、泡持ちの良さの判定基準であるNIBEM値が高い泡持ちの良いビールでは、その原料として使用される大麦の種子及び麦汁中のプロテインZ7の濃度並びに当該ビール中のプロテインZ7の濃度が低いことを明らかにした。さらに、上記プロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係を統計的に解析した結果、上記プロテインZ7の濃度を調べることにより、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さを判定し、予測できることを見出した。
【0011】
このため、大麦の種子、麦芽、麦汁、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液に含まれるプロテインZ7の濃度を測定すれば、最終製品である麦芽発酵飲料のNIBEM値を直接測定することなく、泡持ちを良くする大麦を選抜することが可能となる。また、NIBEM値は、温度、天候、さらには人為的な要因が大きく影響するため、異なる条件で測定されたNIBEM値を相互に比較して泡持ちの良さを判定することは困難であるが、プロテインZ7の濃度は、これらの要因の影響を排除して測定でき、プロテインZ7の濃度とNIBEM値との間には相関関係があるため、泡持ちの良さの判定にも利用できる。
【0012】
上記測定ステップは、大麦の種子、その種子から得た麦芽、その麦芽から得た麦汁、その麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液からタンパク質を抽出する抽出ステップと、抗プロテインZ7抗体を使用して、タンパク質に含まれるプロテインZ7を定量する定量ステップとを備えることが好ましい。
【0013】
プロテインZ7は、抗プロテインZ7抗体により特異的に認識されるため、ELISA法、ウェスタンブロッティング法、プロテインチップ等を使用してプロテインZ7を高感度に検出でき、その濃度を簡易に定量できる。
【0014】
また本発明は、プロテインZ7を選抜マーカーとして使用する、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、大麦の種子又はその種子から得た麦芽からRNAを抽出する抽出ステップと、大麦の種子又は麦芽中に発現するプロテインZ7mRNAを定量する定量ステップと、プロテインZ7mRNAの発現量が低い場合に、この大麦は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップとを備える選抜方法を提供する。
【0015】
プロテインZ7を特異的に認識する抗プロテインZ7抗体が入手できない場合であっても、例えば、PCR法、ノーザンブロッティング法、DNAチップ等を使用して、プロテインZ7mRNAを高感度に検出でき、その発現量を簡易に定量できる。
【0016】
また本発明は、プロテインZ7からなる、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜マーカーを提供する。
【0017】
プロテインZ7は、麦芽発酵飲料の泡持ちに対して負の要因として捉えることができ、プロテインZ7の濃度が低い大麦の種子を原料として製造した麦芽発酵飲料の泡持ちが良くなるため、上記選抜マーカーは、泡持ちの良い麦芽発酵飲料の原料に使用する大麦品種の選抜に使用できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、大麦を原料に使用した最終製品である麦芽発酵飲料のNIBEM値を直接測定することなく、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦を選抜できる。また、プロテインZ7の濃度の測定は、温度、天候、さらには人為的な要因の影響を排除して行うことができ、プロテインZ7の濃度とNIBEM値との間には相関関係があるため、本発明の選抜方法は、泡持ちの良い麦芽発酵飲料の判定方法としても使用できる。
【0019】
さらに本発明の選抜マーカーは、泡持ちの良い麦芽発酵飲料に使用する大麦の選抜に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0021】
本発明の選抜方法は、プロテインZ7を選抜マーカーとして使用する、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、大麦の種子、その種子から得た麦芽、その麦芽から得た麦汁、その麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又はその麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液、に含まれるプロテインZ7の濃度を測定する測定ステップと、この濃度が低い場合に、この大麦は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップとを備えることを特徴とする。
【0022】
本明細書における「大麦」とは、学名がHordeum vulgareである植物のことをいい、大麦品種、大麦系統及び大麦の各大麦個体が該当する。
【0023】
また、「泡持ち」とは、麦芽発酵飲料をグラスに注いだときに生じる泡が消えるまでに要する時間のことをいい、「泡持ちが良い」とは、この時間が長いことを意味し、「泡持ちが悪い」とはこの時間が短いことを意味する。「泡持ちを良くする大麦」とは、当該大麦を原料として麦芽発酵飲料を製造した場合に、大麦以外は同一の原料から製造した麦芽発酵飲料と比較して、泡持ちを良くすることに貢献する大麦のことをいう。
【0024】
「麦芽発酵飲料」とは、麦芽を原料に用いて醸造した飲料のことをいい、例えば、ビール、発泡酒又は原料に麦芽を含有する雑酒が挙げられる。ビールとは、麦芽、ホップ及び水を原料として発酵させたもの又は麦芽、ホップ、水及び麦その他の政令で定める物品(麦、米、とうもろこし、こうりゃん、ばれいしょ、でんぷん、糖類、又は財務省で定める苦味料若しくは着色料)を原料として発酵させたものであって、麦芽使用率が2/3以上のものをいい、発泡酒とは、麦芽又は麦を原料の一部とした酒類で発泡性を有する酒類であって、麦芽使用率が2/3未満のものをいう。
【0025】
「麦芽発酵飲料の発酵前原料液」とは、麦芽から麦汁を得る途中の仕込工程から麦汁を得るまでの間の原料液若しくは煮沸前の麦汁、又は、麦汁を煮沸し、引き続き冷却し、酵母を投入する前の冷麦汁ができるまでの間の麦汁若しくは冷麦汁のことをいう。「麦芽発酵飲料の発酵中原料液」とは、上記冷麦汁に酵母を投入した後、発酵工程を経て麦芽発酵飲料となるまでの全ての発酵液のことをいう。
【0026】
また、「プロテインZ7」とは、大麦の種子又はビール中に存在するセリンプロテアーゼインヒビターであり、分子量が約43kDaのタンパク質である(NCBI Accession CAA64599)。大麦種子中には、プロテインZ7以外に、同じ大麦セリンプロテアーゼインヒビターのサブファミリーに属するプロテインZ4(NCBI Accession CAA66232)が存在し、そのアミノ酸配列は、プロテインZ7と約73%の相同性を有している。
【0027】
上記測定ステップは、大麦の種子、その種子から得た麦芽、その麦芽から得た麦汁、その麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液からタンパク質を抽出する抽出ステップと、抗プロテインZ7抗体を使用して、タンパク質に含まれるプロテインZ7を定量する定量ステップとを備えることが好ましい。例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によってプロテインZ7の濃度を定量できる。
【0028】
ELISA法又はウエスタンブロッティング法で使用する抗プロテインZ7抗体は、発酵に使用する大麦のプロテインZ7を特異的に認識できる抗体が好ましく、例えば、プロテインZ7のアミノ酸配列を基に合成したペプチドを抗原として使用し、ウサギやマウス等に免疫して作成できる。尚、これらの免疫学的手法については、当業者にとっては周知であるため本明細書では詳述しない。このような方法を記載する教本としては、例えば、「Antibodies:a laboratory manual」(Harlow and Lane、1988年、Cold Spring Harbor Laboratory)等を参照されたい。
【0029】
また、本発明の選抜方法は、プロテインZ7を選抜マーカーとして使用する、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、大麦の種子又はその種子から得た麦芽からRNAを抽出する抽出ステップと、大麦の種子又は麦芽中に発現するプロテインZ7mRNAを定量する定量ステップと、プロテインZ7mRNAの発現量が低い場合に、この大麦は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップとを備えることを特徴とする。
【0030】
上記抽出ステップでは、例えば、ホットフェノール法(加温したフェノールとドデシル硫酸ナトリウムで大麦の種子又は麦芽を溶解しながらRNAを抽出する方法)に従ってRNAを抽出できるが、分解度の低い高純度RNAを得るために、大麦の種子又は麦芽を液体窒素で凍結した後、磨砕機で磨砕し、グアニジンチオシアネートを含有するRNA抽出試薬でRNAを抽出ことがより好ましい。RNA抽出試薬としては、IsogenTM(ニッポンジーン社製)が挙げられる。
【0031】
上記定量ステップでは、抽出ステップで抽出された大麦由来のRNAに含まれるプロテインZ7mRNAを、例えば、RT−PCR、ノーザンブロッティング法、DNAチップ等を使用して高感度に検出し、その発現量を定量できる。これらの方法は、例えば、「Molecular cloning」(Maniatisら、1989年、コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー・プレス)や「Current Protocols in Molecular Biology」(F. M. Ausubel、1988年、John Wiley & Sons,Inc.)等の遺伝子工学プロトコールに記載されている。
【0032】
また、本発明の、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜マーカーは、プロテインZ7からなることを特徴とする。
【0033】
プロテインZ7は、麦芽発酵飲料の泡持ちに対して負の要因として捉えることができ、プロテインZ7の濃度が低いと麦芽発酵飲料の泡持ちは良くなるため、この知見を利用すれば泡持ち判定用マーカーとして使用でき、泡持ちの良い麦芽発酵飲料の原料に使用する大麦の選抜マーカーとして使用できる。これまで、プロテインZ7が負の要因として、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定及び泡持ちの良い麦芽発酵飲料の原料に使用する大麦の選抜に利用できることについては全く知られていなかった。
【0034】
ここで、「泡持ち判定用マーカー」とは、大麦の種子、麦芽、麦汁、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液中での濃度がNIBEM値と相関性を示すタンパク質のことをいい、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さを判定又は予測するために指標とできるタンパク質のことをいう。
【0035】
プロテインZ7は、大麦の種子、麦芽、麦汁、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液中に存在し、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によって測定できる。
【0036】
さらに、本発明の麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜マーカーを使用すれば、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法を提供できる。すなわち、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法であって、麦芽発酵飲料に使用する大麦の種子、その種子から得た麦芽、その麦芽から得た麦汁、その麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又はその麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液に含まれるプロテインZ7の濃度(MZ7)を泡持ちに対する負の要因として、泡持ちの良さを判定する判定方法を提供できる。
【0037】
大麦の種子、麦芽、麦汁、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液に含まれるプロテインZ7の濃度を測定すれば、NIBEM値を測定することなく泡持ちの良さを判定することが可能となり、プロテインZ7の濃度の測定は、温度、天候、さらには人為的な要因の影響を排除して行うことができるため、NIBEM値の測定と比べて汎用性があり、かつ、正確な泡持ちの良さの判定を実現できる。
【0038】
ここで「NIBEM値」とは、20℃の麦芽発酵飲料をNIBEM値測定用の標準泡注ぎ出し機により炭酸ガスを用いて標準グラスに注ぎ出して生じる泡の高さが30mm降下するのに要する時間(秒)のことをいう。
【0039】
上記判定方法は、上記のプロテインZ7の濃度(MZ7)に負の係数を乗じた数値が小さい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定することが好ましく、例えば、この数値を、a−b×MZ7(但し、aは正の数、負の数又は0であり、bは正の数である。)として算出することがより好ましい。また、このa及びbがMZ7を変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する単回帰式の単回帰係数であればさらに好ましい。
【0040】
麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する単回帰式の単回帰係数は、NIBEM値を測定した複数の麦芽発酵飲料について、大麦の種子、麦芽、麦汁、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ7の濃度(MZ7)を測定し、各麦芽発酵飲料のNIBEM値を目的変数とし、上記プロテインZ7の濃度(MZ7)を説明変数として単回帰式分析をすれば求めることができる。
【実施例】
【0041】
本発明を以下の実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)ビールの原料となる大麦の種子中のプロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係
7種類の大麦品種(品種A:はるな二条、品種B:CDC Kendall、品種C:あまぎ二条、品種D:CDC Copeland、品種E:北育39号、品種F:りょうふう、品種G:Lofty Nijo)の種子からそれぞれ麦芽を製造し、ビールの醸造に必要な麦芽以外の原料については同一の原料を使用して7種類のビールを醸造した。ビールの原料として使用した7種類の大麦品種の種子中のプロテインZ7の濃度と7種類のビールのNIBEM値をそれぞれ測定し、各大麦品種の種子中のプロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係について調べた。
【0043】
7種類の大麦品種の種子に含まれるプロテインZ7の濃度は、以下のようにして定量した。まず、粉砕した各大麦品種の種子(50mg)を、2mLのスクリューキャップ付きチューブに取り、ジチオトレイトール(和光株式会社)を0.28%含むPBS(Phosphate Buffer Saline)を1mL加えて懸濁し、4℃で一晩振とうすることによりプロテインZ7を抽出した。その後、この縣濁液を4℃で5分間、15,000回転で遠心分離し、得られた上清を適宜希釈して、抗プロテインZ7抗体でプロテインZ7濃度を定量した。抗プロテインZ7抗体は、オーストラリアタスマニア大学のEvans博士から分譲されたものであり、抗プロテインZ7抗体を用いたプロテインZ7の定量は、Evans博士らの論文(Amer. Soc. Brew. Chem.、2003年、61巻、p.55−62)に従って行った。
【0044】
また、各大麦品種の種子を単独で用いたビールの醸造については、以下の方法で行った。まず、7種類の大麦品種(品種A〜G)の種子を浸麦槽で水に浸漬して水分含量を約43%とし、発芽室で6日間発芽させ、熱風で焙燥することにより7種類の大麦品種の麦芽をそれぞれ製造した。
【0045】
その後、各麦芽に副原料であるコーンスターチ、コーングリッツ及び米と水を加え、50〜60℃で20分、65℃で40分、73℃で3分間の糖化処理を行い(糖化工程)、こうして得られた麦汁にホップを加えて90分間煮沸し、10℃まで冷却した後に酵母を加え、10〜15℃で7〜10日間アルコール発酵させた(発酵工程)。発酵終了後は、−1〜2℃で2〜3週間熟成させ、得られた発酵物をビールとしてNIBEM値の測定に供した。
【0046】
NIBEM値の測定は、HAFFMANS社のNIBEM−T装置、INPACK2000及びNIBEM値測定用の標準グラスを用いて行った。具体的には、上記の麦芽発酵飲料をそれぞれ20℃の状態にし、泡注ぎ出し機により炭酸ガスを用いて標準グラスに注ぎ出し、生じた泡の高さの降下をNIBEM−T装置で追尾し、泡の高さが30mm降下するのに要した時間(秒)をNIBEM値として測定した。
【0047】
表1は、7種類の大麦品種(品種A〜G)の種子に含まれるプロテインZ7の濃度と、7種類の大麦品種の種子をそれぞれ原料として醸造した7種類のビールのNIBEM値とを示した表である。
【0048】
【表1】

【0049】
図1は、NIBEM値を目的変数とし、大麦の種子中のプロテインZ7の濃度を説明変数として単回帰分析を行ったグラフである。図中の*は、危険率5%で有意であることを示す。
【0050】
その結果、NIBEM値と大麦の種子中のプロテインZ7の濃度との間には統計的に有意な相関関係が認められた。単回帰式は、NIBEM値=273.31+(−0.126×プロテインZ7の濃度)となった(r=0.848)。
【0051】
以上の結果より、大麦の種子中のプロテインZ7の濃度は、当該大麦の種子を原料とする麦芽発酵飲料の泡持ちに対する負の要因として麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定に利用でき、大麦の種子中のプロテインZ7の濃度を測定することにより、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦を選抜できることが明らかとなった。
【0052】
(実施例2)コングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係
7種類の大麦品種(品種A:はるな二条、品種B:CDC Kendall、品種C:あまぎ二条、品種D:CDC Copeland、品種E:北育39号、品種F:りょうふう、品種G:Lofty Nijo)の種子からそれぞれ麦汁を製造し、ビールの醸造に必要な麦芽以外の原料については同一の原料を使用して7種類のビールを醸造した。ビールの原料として使用した7種類の大麦品種の種子から製造したコングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度と7種類のビールのNIBEM値をそれぞれ測定し、各コングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係について調べた。
【0053】
コングレス麦汁の製造は以下の方法で行った。実施例1に記載した手順に従って製造した各大麦品種の麦芽を粉砕し、粉砕した麦芽(50g)に200mLの水を加え、45℃で30分間保持した後、1分間に1℃の割合で70℃まで加熱昇温し、70℃に達した時点で100mLの水を加えて1時間保持した。その後、そこに水を加えて全量を450gになるようにし、ろ過して得られた麦汁をコングレス麦汁とした。
【0054】
ビールの醸造及びNIBEM値の測定は、実施例1で記載した方法と同じ手順で行った。コングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度の定量は、それぞれの液を適宜希釈し、抗プロテインZ7抗体によるELISA法により定量した。
【0055】
表2は、7種類の大麦品種(品種A〜G)の種子から製造したコングレス麦汁に含まれるプロテインZ7の濃度と、7種類の大麦種子をそれぞれ原料として醸造した7種類のビールのNIBEM値とを示した表である。
【0056】
【表2】

【0057】
図2は、NIBEM値を目的変数とし、コングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度を説明変数として単回帰分析を行ったグラフである。図中の*は、危険率5%で有意であることを示す。
【0058】
その結果、NIBEM値とコングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度との間には統計的に有意な相関関係が認められた。単回帰式は、NIBEM値=273.05+(−0.9006×プロテインZ7の濃度)となった(r=0.852)。
【0059】
以上の結果より、コングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度は、当該麦汁を原料とする麦芽発酵飲料の泡持ちに対する負の要因として麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定に利用でき、麦汁中のプロテインZ7の濃度を測定することにより、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦を選抜できることが明らかとなった。
【0060】
(実施例3)ビール中のプロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係
7種類の大麦品種(品種A:はるな二条、品種B:CDC Kendall、品種C:あまぎ二条、品種D:CDC Copeland、品種E:北育39号、品種F:りょうふう、品種G:LoftyNijo)の種子からそれぞれ麦芽を製造し、ビールの醸造に必要な麦芽以外の原料については同一の原料を使用して7種類のビールを醸造した。7種類のビールに含まれるプロテインZ7の濃度と7種類のビールのNIBEM値をそれぞれ測定し、ビール中のプロテインZ7の濃度とNIBEM値との相関関係について調べた。
【0061】
ビールの醸造及びNIBEM値の測定は、実施例1で記載した方法と同じ手順で行った。ビール中のプロテインZ7の濃度の定量は、それぞれの液を適宜希釈し、抗プロテインZ7抗体によるELISA法により定量した。
【0062】
表3は、7種類の大麦品種(品種A〜G)の種子を原料として醸造した7種類のビールに含まれるプロテインZ7の濃度と、7種類のビールのNIBEM値とを示した表である。
【0063】
【表3】

【0064】
図3は、NIBEM値を目的変数とし、ビール中のプロテインZ7の濃度を説明変数として単回帰分析を行ったグラフである。図中の**は、危険率1%で有意であることを示す。
【0065】
その結果、NIBEM値とビール中のプロテインZ7の濃度との間には統計的に有意な相関関係が認められた。単回帰式は、NIBEM値=266.50+(−2.8089×プロテインZ7の濃度)となった(r=0.920)。
【0066】
以上の結果より、ビール中のプロテインZ7の濃度は、当該ビールの泡持ちに対する負の要因として麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定に利用でき、ビール中のプロテインZ7の濃度を測定することにより、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦を選抜できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】NIBEM値を目的変数とし、大麦の種子中のプロテインZ7の濃度を説明変数として単回帰分析を行ったグラフである。
【図2】NIBEM値を目的変数とし、コングレス麦汁中のプロテインZ7の濃度を説明変数として単回帰分析を行ったグラフである。
【図3】NIBEM値を目的変数とし、ビール中のプロテインZ7の濃度を説明変数として単回帰分析を行ったグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテインZ7を選抜マーカーとして使用する、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、
前記大麦の種子、前記種子から得た麦芽、前記麦芽から得た麦汁、前記麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又は前記麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液、に含まれるプロテインZ7の濃度を測定する測定ステップと、
前記濃度が低い場合に、前記大麦は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップと、
を備える選抜方法。
【請求項2】
前記測定ステップは、前記大麦の種子、前記種子から得た麦芽、前記麦芽から得た麦汁、前記麦汁を発酵させて得た麦芽発酵飲料又は前記麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液からタンパク質を抽出する抽出ステップと、
抗プロテインZ7抗体を使用して、前記タンパク質に含まれる前記プロテインZ7を定量する定量ステップと、
を備える請求項1記載の選抜方法。
【請求項3】
プロテインZ7を選抜マーカーとして使用する、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜方法であって、
前記大麦の種子又は前記種子から得た麦芽からRNAを抽出する抽出ステップと、
前記大麦の種子又は前記麦芽中に発現するプロテインZ7mRNAを定量する定量ステップと、
前記プロテインZ7mRNAの発現量が低い場合に、前記大麦は、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦であると判断する判断ステップと、
を備える選抜方法。
【請求項4】
前記プロテインZ7からなる、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くする大麦の選抜マーカー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−216207(P2008−216207A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−57632(P2007−57632)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】