説明

安定化プロリントランスポーター

【課題】 遺伝子変異によって得られた安定化プロリントランスポーターPut4およびそれをコードする遺伝子、並びにその遺伝子を用いて酵母を形質転換して得られる、麦汁等の原料中のプロリンを高効率で利用可能なサッカロミセス属の酵母を提供する。
【解決手段】安定化された変異型プロリントランスポーターPut4を用いることにより、麦汁などアルコール飲料の原材料中に含まれる難資化性プロリン等の窒素源の効率的利用が可能となる。窒素源を多く摂取できる酵母による醗酵は、炭素源の資化促進をもたらし、アルコール飲料の生産性を高めることが可能である。また、難資化性窒素源の利用は資源節約につながり、環境にやさしいアルコール飲料生産を行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
発明の属する技術分野
本発明は、安定化プロリントランスポーターおよびそれをコードする遺伝子、並びにその遺伝子を用いて酵母を形質転換して得られる、麦汁等の原料中のプロリンを高効率で利用可能なサッカロミセス(Saccharomyces)属の酵母に関する。
【0002】
従来の技術
プロリンは麦汁等のアルコール飲料原料に含まれる主要なアミノ酸のひとつである。しかし、他のアミノ酸やアンモニア等、酵母がより好む窒素源が共存する場合には、プロリンは酵母に積極的に取り込まれず資化されない。これは、プロリンの取り込みを担うプロリントランスポーターPUT4遺伝子(以下、「PUT4遺伝子」という。)の転写が、他のアミノ酸やアンモニアなどの存在下では抑制されること、およびプロリントランスポーターPut4(以下、「Put4」という。)の安定性が極めて低いことに依存している。
【0003】
そこで、プロリン等の酵母による利用性を高める試みがなされている。ワイン酵母は、一般的に、細胞中へプロリンを輸送する能力に乏しいため、ぶどう果汁中のプロリンをほとんど資化できないとされている。そのため、ぶどう果汁中の窒素含有量が少ない場合、プロリンがあるにもかかわらず、発酵を促進させるためにリン酸二アンモニウム等の窒素源の添加が必要である。特開平2001−346573には、広範な酵母群からぶどう果汁中のプロリンを資化する能力を有する酵母のスクリーニングを試み、プロリンを資化する能力を有するサッカロミセス属に属する一菌株が得られたことが記載されている。さらに、その酵母を用いてワインを醸造することにより、従来の酵母では発酵中に資化することができないぶどう果汁中のプロリンが資化され、その濃度が減少するとともに、エタノール濃度が比較的高く、味に幅と厚みがあり、マイルドな香味を持つワインが得られている。
【特許文献1】特開平2001−346573
【0004】
一方、アミノ酸トランスポーターの安定性に関するアミノ酸レベルでの解析も試みられている。トリプトファントランスポーターTat2は、トランスポーター自身が不安定化し、分解を受けることによってトリプトファンの取り込みを調節しているが、N末端の31アミノ酸残基中の5つのリジンを全てアルギニンに置換することにより、トリプトファントランスポーターTat2が安定化されることが報告されている(Thomas BeckらによるThe Journal of Cell Biology, Volume146, Number 6, September 20, 1999 1227-1237)。
【非特許文献1】The Journal of Cell Biology, Volume146, Number 6, September 20, 1999 1227-123
【0005】
また、Fumihiko OmuraらによるBiochemical and Biophysical Research Communications 287, 1045-1050(2001)には、イソロイシン・ロイシン・バリンの取込みに重要な役割を持つトランスポーターBap2の転写後の調節機構を解析した結果が報告されており、転写後調節にN末端49残基中のリジン残基などが関与していることが示されている。
【非特許文献2】Biochemical and Biophysical Research Communications 287, 1045-1050(2001)
【0006】
また、非特異的アミノ酸トランスポーターGap1pの転写・翻訳後の分解調節にはN末端の9番目と16番目のリジン残基が関わっていることが知られており、これらのアミノ酸をアルギニン残基に置換することによってGap1pが安定化することが報告されている。
【非特許文献3】Soetens, O. et al. J. Biol. Chem., vol. 276, 43949-43957 (2001)
【0007】
しかし、麦汁等のアルコール飲料原料に含まれる主要なアミノ酸のひとつであるプロリンの取込みに関与するPut4の安定化に関わるアミノ酸残基に関する報告はない。従って、発酵におけるプロリンの利用性向上のために、Put4の安定性を向上させること、ひいてはビール原料である麦汁等の醗酵原料に含まれるプロリンを含むすべてのアミノ酸を効率良く利用し、生産性の高い醸造株を作成することが望まれている。

発明が解決しようとする課題
上述のように、プロリンは麦汁等のアルコール飲料原料に含まれる主要なアミノ酸のひとつであるにもかかわらず、他のアミノ酸やアンモニア等、酵母がより好む窒素源が共存する場合には、それが酵母によって積極的に取り込まれ、資化されることがない。これは、プロリンの取り込みを担うPUT4遺伝子の転写が、他のアミノ酸やアンモニアなどの存在下では抑制されること、およびPut4の安定性が極めて低いことに依存している。本発明は、遺伝子変異導入手法、例えば部位特異的変異の手法によりPut4の分解を抑制することによって当該トランスポーターの安定性を向上させること、およびビール原料である麦汁等の醗酵原料に含まれるプロリンを含むすべてのアミノ酸を効率良く利用し、生産性の高い醸造株を作成することを目的とする。
【0008】
課題を解決するための手段
本発明は、遺伝子変異によって得られた安定化プロリントランスポーターおよびそれをコードする遺伝子、並びにその遺伝子を用いて酵母を形質転換して得られる、麦汁等の醗酵原料中のプロリンを高効率で利用可能なサッカロミセス属の酵母に関する。
【0009】
本発明者らは、Put4のN末端側のアミノ酸9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンの少なくともひとつがアルギニンに置換されることにより、好ましくは当該リジンの少なくとも6個がアルギニンに置換されることにより、さらに好ましくは当該リジンすべてがアルギニンに置換されることによりPut4が安定化されることを見出し、さらにその安定化されたPut4を発現する酵母は、ビール原料である麦汁等の醗酵原料に含まれるプロリンを含むすべてのアミノ酸を効率良く利用し、生産性が高いことを見出し、本発明を完成した。
【0010】
即ち、本発明は、N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンの少なくともひとつがアルギニンに置換された変異型プロリントランスポーターPut4(以下、「変異型Put4」という。)である。
【0011】
本発明はまた、N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンの少なくとも6個がアルギニンに置換された変異型Put4である。
【0012】
本発明はまた、N末端アミノ酸残基番号60、68、71、93、105および107のリジンがアルギニンに置換された変異型Put4である。
【0013】
本発明はまた、N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジン全てがアルギニンに置換された変異型Put4である。
【0014】
本発明はまた、N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子の少なくともひとつがアルギニンをコードする遺伝子に置換された変異型プロリントランスポーターPUT4遺伝子(以下、「変異型PUT4遺伝子」という。)である。
【0015】
本発明はまた、N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子の少なくとも6個がアルギニンをコードする遺伝子に置換された変異型PUT4遺伝子である。
【0016】
本発明はまた、N末端アミノ酸残基番号60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子がアルギニンをコードする遺伝子に置換された変異型PUT4遺伝子である。
【0017】
さらに本発明は、N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子全てがアルギニンをコードする遺伝子に置換された変異型PUT4遺伝子である。
【0018】
本発明はまた、上述の遺伝子を含有する組換えベクター、またはその組換えベクターを含有する酵母であり、特にサッカロミセス属の酵母、より具体的には、ビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母等である。
【0019】
さらに本発明は、ビール、雑酒またはワインの製造方法であって、前記酵母の存在下で発酵工程を行う製造方法である。
【発明の実施の形態】
【0020】
<PUT4遺伝子>
酵母サッカロミセス・セレビジエーのPUT4遺伝子は既にクローニングされており、その塩基配列が報告されている(例えば、Gene, volume83, (1989年),153-159, Vandenbol, M.他 参照)。従って、PUT4遺伝子は、その塩基配列情報をもとに、酵母サッカロミセス・セレビジエーから調製した染色体DNAをPCRの鋳型に使用して、PUT4遺伝子をPCRによって増幅、単離することにより得ることができる。
【0021】
PUT4遺伝子の調製に用いる染色体DNAは、PUT4遺伝子を有するサッカロミセス・セレビジエーに属する酵母であれば何れの酵母から調製されたものであってもよい。サッカロミセス・セレビジエーに属する酵母としては、例えばサッカロミセス・セレビジエーX2180-1A(Rose, M.D., Winston, F. and Hieter, P. (1990): Methods in Yeast Genetics: A Laboratory Course Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY)を挙げることができる。染色体DNAを用いたPCRによる目的遺伝子の増幅およびその後の単離は、PCRプライマーの調製を含め、当業者に周知な方法で行うことができる。
<部位特異的変異の導入>
部位特異的変異の導入は、当業者に周知の方法で行うことができる。部位特異的変異の導入には、制限的でない例として(1)Oligonucleotide-directed Dual Amber法(ODA法)/Takara Biomedicals、(2)LA PCR in vitro mutagenesis /Takara Biomedicalsおよび(3)ExSite TMPCR-Based Site-Directed Mutagenesis Kit /STRATAGENEを利用することができる。以下、各方法について簡単に説明する。
【0022】
(1)Oligonucleotide-directed Dual Amber法(ODA法)/Takara Biomedicals
カナマイシン耐性遺伝子(Km)上にアンバー変異を持つようなプラスミド(pKF 18k-2/19k-2等)に目的遺伝子を挿入する。得られたDNAを熱変性によって一本鎖DNAにした後に、Kmのアンバー変異を修復する合成オリゴヌクレオチドと目的遺伝子中に目的変異を導入するための変異用合成オリゴヌクレオチドとを同時にハイブリダイズさせる。このDNAを導入された変異を維持しつつ複製させ、最終的にはKmのアンバー変異が完全に修復されたDNAのみを選ぶ。選ばれたDNAには高い確率で目的遺伝子中に目的とする変異が導入される。
(2)LA PCR in vitro mutagenesis /Takara Biomedicals
変異を導入したいDNA断片を任意のプラスミドのマルチクローニングサイトに挿入する。目的遺伝子の目的とする変異を導入するようなプライマーとマルチクローニングサイト近辺のプライマーとでPCR(I)を行う。一方で、目的遺伝子の変異導入と逆の向きでマルチクローニングサイトのうちひとつのサイト(A)を消失させるようなプライマーで挿入したDNA断片全体をカバーするようなPCR(II)を行う。PCR(I)(II)の産物を混合し、導入した変異を含み、挿入したDNA断片全体が増幅するようなPCRを行う。ここで得られるDNA断片のうち、目的とする変異を有するものは、クローニングサイト(A)が消失しているので、PCR産物を制限酵素(A)で消化後、サイト(A)を利用したサブクローニングの操作を行えば、そこにリクローニングされてくるものは理論上すべて目的とする変異が導入されているものである。
(3)ExSite TM PCR-Based Site-Directed Mutagenesis Kit /STRATAGENE
変異を導入したいDNA断片を適当なプラスミドへ挿入する。得られたDNAをdam+(DNAメチラーゼ活性あり)の大腸菌で増やすことによってGATCの配列中のAがメチル化された状態にする。このプラスミドを鋳型とし、目的とする変異を導入するための合成オリゴヌクレオチドをセンス、アンチセンス両向きで合成し、これらをプライマーとしてPCRを行う。PCR後、得られたDNA断片をメチル化されたDNAだけを消化する制限酵素DpnIで消化し、目的とする変異を含むDNAフラグメントのみを残す。これをT4DNAリガーゼで連結し、環状DNAの形にすると目的の遺伝子に目的の変異が導入されたプラスミドが回収される。
【0023】
本発明では、Put4の安定化のために、Put4のN末端に近い部分に位置するリジン残基がアルギニン残基に置換されることとなる変異を導入する。すなわち、リジンをコードするコドンであるAAGまたはAAAを、アルギニンをコードするコドンであるAGGまたはAGAに置換する。変異導入処理の確認は、変異操作を終了したDNAを当業者に周知の方法で塩基配列を解析することにより行うことができる。
【0024】
本発明の一態様では、PCRを利用し得られたオープンリーディングフレーム(ORF)の一部をプラスミドDNA上にクローニングした後、Put4のN末端に近い部分に位置するリジン残基(アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジン残基)のうちの1つないし9つ全てがアルギニン残基に置換される結果となる変異をクンケルの方法によって施す。具体的には、Put4のアミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107の位置のリジン残基のうちの1つないし9つ全てがアルギニンに置換されるように合成DNAを調製する。複数のリジン残基をアルギニン残基置換されるような変異を誘起する場合は、複数の合成DNAを混合して使用することができる。部位特異的変異は、宝酒造社製のキットMutan-Kを使用し、Kunkelの方法(Kunkel, T.A., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488, 1985)で行うことができる。
<酵母の形質転換>
酵母の形質転換は、前記方法により得られた変異型PUT4遺伝子ORFを酵母での構成的発現の可能なプラスミドベクターにクローニングし、得られたDNA構築物を用いて酵母を形質転換することにより行うことができる。酵母は、何れの酵母であっても用いることができるが、サッカロミセス属の酵母、特にビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母が好ましい。
【0025】
この方法において酵母に変異型PUT4遺伝子を導入する際のベクターは、酵母での構成的発現の可能なプラスミドベクターであればよい。例えば、染色体組み込み型のpUP3GLP(Omura, F. et al., FEMS Microbiol. Lett., 194, 207, 2001)や、pYCGPY (Kodama, Y. et al., Appl. Environ. Microbiol., 67, 3455, 2001)等の単コピー複製型のプラスミドも使用可能である。
【0026】
形質転換株は、発現プラスミドに薬剤耐性遺伝子、例えばシクロヘキシミドに対する薬剤耐性遺伝子を組込むことにより、当該薬剤を含む(例えば0.3μg/ml)寒天培地で選択することができる。
【0027】
得られた形質転換株での導入した変異型PUT4遺伝子の発現は、PUT4 mRNA発現量をノザンブロッティングにより解析することにより調べることができる。例えば、供試菌株を培養液から対数増殖期で回収し、酵母菌体を洗浄後、0.2 mMのLETSバッファー(0.1 M LiCl、1%(w/v) SDS、0.2 M Tris-HCl (pH7.4), 0.01 M EDTA)に懸濁し、0.4 gのグラスビーズを加えて、激しく撹拌し、菌体を破砕する。得られた菌体破砕液を10,000 x g、10分間遠心して上清を得、フェノール処理を3回施した後にエタノールを加え、-20℃で全RNAを沈澱させる。得られた全RNA20μgを常法(Sambrook, J., Fritsch, E.F. and Maniatis, T. (1989): Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY)どおりホルムアルデヒドゲル電気泳動で展開後、ナイロンメンブレンに転写し、PUT4 mRNAの検出を行う。検出はロシュ社製のDIG-ノザンブロッティング検出キットによって行う。
【0028】
変異型Put4の菌体内蓄積量は、ウエスタンブロッティング等により調べることができる。例えば、変異型Put4を発現する株を10mlの培養液から対数増殖期で回収し、溶解バッファー(8 M 尿素、5 % (w/v) SDS、40 mM Tris-HCl (pH6.8)、0.1 mM EDTA、1 % β-メルカプトエタノール)中でグラスビーズによる撹拌によって破壊し、細胞抽出液を得る。総タンパク60μgのサンプルをSDS-ゲル電気泳動で展開し、ニトロセルロース膜に転写した後にウサギポリクローナル抗HA抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)を用いてウエスタンブロッティングを行う。変異型Put4は、天然型Put4に比べ、細胞内での分解・代謝が抑制され、壊れにくくなった結果、細胞内での蓄積量が増加する。
<変異型Put4>
本発明の変異型Put4は、Put4のN末端側のアミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンの少なくともひとつがアルギニンに置換された変異体である。また、本発明の変異型Put4は、前記リジンの少なくとも6個がアルギニンに置換された変異体である。さらに本発明の変異型Put4は、前記リジンすべてがアルギニンに置換された変異体である。
【0029】
本発明の変異型Put4は、酵母内で安定性が高いという特徴を有する。
<変異型Put4を構成的に発現している酵母を用いた培養>
変異型Put4を構成的に発現している酵母によるアミノ酸の取り込みは、当該酵母に適した条件下にて好気培養し、培地中の各アミノ酸量を測定することにより評価することができる。アミノ酸の測定は、当業者に周知の方法、例えば液体クロマトグラフィーにより測定することができる。本発明の酵母では、プロリンの取り込みが改善され、またグリシン及びアラニンの取り込み・資化も促進される。
【0030】
変異型Put4をビール酵母、ワイン酵母、または清酒酵母に形質転換し、当該酵母を用いてビール、雑酒(発泡酒を含む)、ワインまたは清酒を製造することができる。ビール、雑酒、ワイン、または清酒の製造は、当業者に周知の方法で行うことができる。各醗酵におけるアミノ酸資化の状況は、醗酵液中の各アミノ酸量を測定することにより評価することができる。

実施例
以下に本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明は以下実施例に限定されるものではない。
実施例1. PUT4遺伝子の単離と変異導入
酵母サッカロミセス・セレビジエーのPUT4遺伝子は既にクローニングされており、その塩基配列が報告されているので、この情報をもとにPUT4遺伝子をPCRによって増幅、単離した。PCRの鋳型には研究室酵母X2180-1A(Rose, M.D., Winston, F. and Hieter, P. (1990): Methods in Yeast Genetics: A Laboratory Course Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY)から調製した染色体DNAを用いた。この時、後で発現させたPut4pタンパクの安定性を調べる目的でPUT4 ORFのATG開始コドンの上流にインフルエンザウイルスヘマグルチニン(HA)由来のアミノ酸配列10残基をタグとして付加する形でPUT4 ORFを調製した(Chen, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 6508, 1993)。PUT4のORFを増幅させるためのPCR用プライマーとして5’-GAGCTCATGT ACCCATACGA TGTTCCGGAT TACGCTAGCG TAAATATACT GCCCTTCCAC AAGA-3’(配列番号:1)および5’-GGATC CTTAC AACAA GGCGT CCAAG AACTT GTC-3’(配列番号:2)の合成DNAを用いた。得られた約1.9kbのPCR産物はTOPO TA クローニングキット(Invitrogen社製)を利用してクローニングし、プラスミドpCR-PUT4を得た。
【0031】
部位特異的変異を行うために、まずPUT4 ORFの一部をpCR-PUT4から408bpのSacI-KpnI断片として調製し、それをpUC119(宝酒造社製)のSacI /KpnI制限酵素サイトへ挿入して、プラスミドpUC-PUT4を得た。pUC-PUT4からヘルパーファージなどを用いて一本鎖DNAを調製し(Vieira, J. and Messing, J., Methods in Enzymology, 153, 3, 1987)、これを部位特異的変異操作時の鋳型として用いた。Put4pのアミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107の位置のリジン残基のうちいくつかがアルギニンに置換されるように、次の6本の合成DNAをすべて混合して変異を誘起するためのプライマーとして用いた:5’-GCCCT TCCAC AGGAA CAATA GACAC-3’(配列番号:3)、5’-GGCGA CACCA GAAGG GAGGA GGATG T-3’(配列番号:4)、5’-GCGAC AATGA AAGAG ATGAC GCCA-3’(配列番号:5)、5’-TCCGT ATGGA GAGAA TATCT AGGAA CCAGT CCGC-3’(配列番号:6)、5’-GGACT TGGAG AGATC GCCCT CC-3’(配列番号:7)、5’-GAGCC GCACA GACTA AGACA AGGTT TGCA-3’(配列番号:8)。尚、上記配列番号3〜8中の下線部分が、アルギニンをコードするコドンに変異させるために導入されている置換部分である。部位特異的変異は、宝酒造社製のキットMutan-Kを使用し、Kunkelの方法(Kunkel, T.A., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488, 1985)で行った。変異操作を終了したDNAを塩基配列の確認後、3種類の変異型プロリントランスポーターPut4(mPut4#10、mPut4#18、mPut4#20(図1))をコードする遺伝子が得られていることが判ったのでこれらについて二本鎖プラスミドDNAの形で回収し、SacIとKpnIで消化後、408bpのSacI-KpnI断片を調製した。

実施例2. 変異型PUT4遺伝子のビール酵母での発現
3種類の変異型PUT4遺伝子のORFの一部をコードする408bpのSacI-KpnI断片を、pCR-PUT4から別途調製したORFの残りの部分をコードする1508bpのKpnI-BamHI断片とともに発現ベクターpUP3GLPのSacI/BglIIサイトへ挿入し、変異型mPut4#10、#18、#20をビール酵母で発現させるためのプラスミドを作成した。コントロールとして、HAタグの付いた天然型PUT4 ORFを1916bp SacI-BamHI断片として調製し、発現ベクターpUP3GLPのSacI/BglIIサイトへ挿入して天然型Put4発現用プラスミドを作成した。得られた発現用プラスミドを用いてビール酵母であるサッカロミセス・セレビジエー VLB Rasse J株を酢酸リチウム法(Rose, M.D., Winston, F. and Hieter, P. (1990): Methods in Yeast Genetics: A Laboratory Course Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY)によって形質転換した。用いた発現プラスミドはシクロヘキシミドに対する薬剤耐性遺伝子を有しているので、形質転換株は0.3μg/mlのシクロヘキシミドを含む寒天培地で選択した。
【0032】
得られた形質転換株が導入したPUT4遺伝子を発現しているかどうかを調べる目的でPUT4 mRNA発現量をノザンブロッティングによって解析した。天然型Put4、変異型mPut4#10、 mPut4#18、 mPut4#20を発現する各形質転換株、および親株のVLB Rasse J株を10mlの培養液から対数増殖期で回収し、酵母菌体を洗浄後、0.2 mMのLETSバッファー(0.1 M LiCl、1%(w/v) SDS、0.2 M Tris-HCl (pH7.4), 0.01 M EDTA)に懸濁し、0.4 gのグラスビーズを加えて、激しく撹拌し、菌体を破砕した。得られた菌体破砕液を10,000 x g、10分間遠心して上清を得、フェノール処理を3回施した後にエタノールを加え、-20℃で全RNAを沈澱させた。得られた全RNA20μgを常法(Sambrook, J., Fritsch, E.F. and Maniatis, T. (1989): Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY)どおりホルムアルデヒドゲル電気泳動で展開後、ナイロンメンブレンに転写し、PUT4 mRNAの検出を行った。検出はロシュ社製のDIG-ノザンブロッティング検出キットによって行った。いずれの形質転換株でも、導入されたPUT4のmRNAは同程度に高発現していることが判明した(図2)。

実施例3. 変異型Put4の菌体内蓄積量評価
変異型プロリントランスポーターmPut4#10、mPut4#18、mPut4#20及び天然型トランスポーターPut4(以下、「天然型Put4」という。)を発現する株を10mlの培養液から対数増殖期で回収し、溶解バッファー(8 M 尿素、5 % (w/v) SDS、40 mM Tris-HCl (pH6.8)、0.1 mM EDTA、1 % β-メルカプトエタノール)中でグラスビーズによる撹拌によって破壊し、細胞抽出液を得た。総タンパク60μgのサンプルをSDS-ゲル電気泳動で展開し、ニトロセルロース膜に転写した後にウサギポリクローナル抗HA抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)を用いてウエスタンブロッティングを行った。HAタグを付加した天然型Put4及び変異型Put4の検出は、Amersham Biosciences社のECLキットを用い、ケミルミネッセンスを利用して行った。変異型プロリントランスポーターmPut4#20は、天然型Put4に比べ、細胞内での分解・代謝が抑制され、壊れにくくなった結果、細胞内での蓄積量が増加した(図3)。別の変異型プロリントランスポーターmPut4#18も同様に安定化し、タンパクの蓄積が見られたが、安定化の程度はmPut4#20よりも小さかった(図3)。

実施例4. 変異型Put4を発現する株によるアミノ酸取り込み能評価
変異型(mPut4#20)または天然型Put4を発現する株、及び親株VLB Rasse J株を吸光度(OD 600 nm)=0.5の菌体濃度で合成培地2xSC(標準的な合成培地SC培地(Rose, M.D., Winston, F. and Hieter, P. (1990): Methods in Yeast Genetics: A Laboratory Course Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY)の窒素源のみを2倍濃度にし、さらにプロリンを最終濃度7.5 mMに増加した培地)に植菌し、30℃で時間好気的に震盪培養した。開始時と、9時間後、23時間後の培養サンプル中のアミノ酸含量をアミノ酸分析器(Hitachi L-8800)によって定量した。天然型Put4の高発現によってもプロリンの取り込み改善にある程度の効果を示したが、変異型プロリントランスポーターmPut4#20を高発現する株では、プロリンの取り込みが大幅に改善され、また、グリシンやアラニンの取込みも促進されていた(図4)。

実施例5. 変異型Put4を発現する株を用いたビール試験醗酵
変異型mPut4#20を構成的に発現している酵母(FOY336)を用い、2リットル用円筒型タンクで麦芽比率100%の麦汁を使って試験醗酵した。1.5リットルの麦汁に対して酵母を15 x 106 cells/ml の細胞密度で投入し、温度18℃で醗酵を行った。醗酵開始時の糖エキス濃度は12.87 % (w/v)、pH 4.93、溶存酸素は8.6 ppmであった。醗酵時間77時間までの糖エキス濃度の変化をAnton Paar社製の濃度計(DMA-48)を用いて測定し、同時に醗酵もろみ中に残存する総アミノ酸量(総アミノ態窒素)の変化を分析した。親株VLB Rasse Jと変異型mPut4#20を発現する株FOY336の糖資化、総アミノ態窒素資化の経時的変化をグラフによって示した(図5)。グラフから、変異型mPut4#20を発現している株は、コントロールの親株に比べ炭素源、窒素源とも取り込み、資化が促進されていることが判った。変異型mPut4#20を発現している株の醗酵77時間後の各アミノ酸の取込みを、親株による取り込みに対して相対的に表すと、mPut4#20を発現するFOY336株ではプロリンの取り込みが親株の4倍以上促進していることが判った(図6)。変異型mPut4#20を発現するFOY336株で作ったビールの分析値を下表に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
以上の結果から、変異型mPut4#20を発現している株を用いて造ったビールは、アルコール醗酵度が高く、高級アルコールやエステル等の華やかな香味の豊かなものとなることが判った。さらに、他の変異型トランスポーターmPut4#10やmPut4#18を導入した株を用いて造ったビールにおいても、雑味の少ないすっきりとした好ましい味となることが判った。

発明の効果
本発明に於いては、安定化した変異型Put4を用いることにより、麦汁などアルコール飲料の原材料中に含まれる難資化性プロリン等の窒素源の効率的利用が可能となる。窒素源を多く摂取できる酵母による醗酵は、炭素源の資化促進をもたらし、アルコール飲料の生産性を高めることが可能である。また、難資化性窒素源の利用は資源節約につながり、環境にやさしいアルコール飲料生産を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は、実施例1で得られた3種類の変異型Put44の配列を模式的に表したものである。変異型Put4では、アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105、107のリジン残基(K)のうちいずれか、またはすべてがアルギニン残基(R)に置換されている。
【図2】図2は、天然型Put4(WT Put4)及び実施例1で得られた変異型Put4(mPut4#10、mPut4#18、mPut4#20)を有するビール酵母の形質転換体3種と、その親株VLB Rasse J株中で発現しているPUT4 mRNAを示したものである。ACT1 mRNAの検出も内部標準として行った。
【図3】図3は、実施例1で得られた変異型プロリントランスポーターPut4(mPut4#10、mPut4#18、mPut4#20)を有するビール酵母の形質転換体3種と、天然型Put4(WT Put4)を有する株中で発現・蓄積しているPut4の量を示したものである。導入したPut4はHAタグが付加されており、抗HA抗体によるウエスタンブロッティングによって検出することが可能である。
【図4】図4は、変異型Put4を発現する株(mPUT4#20)または天然型Put4を発現する株(WT PUT4)、及び親株VLB Rasse J株のプロリン、グリシン、アラニンの取り込み・資化能を示したものである。これらの株を合成培地中で好気的に震盪培養し、0、9、23時間後の培地中の各アミノ酸量を測定し、グラフにプロットした。
【図5】図5は、親株BH422と変異型プロリントランスポーターmPut4#20を発現する株を用いてビール試験醗酵を行った際の糖資化、総アミノ態窒素資化の経時的変化をグラフによって示したものである。
【図6】図6は、親株VLB Rasse Jと変異型プロリントランスポーターmPut4#20を発現する株を用いてビール試験醗酵を行った際の醗酵77時間での各種アミノ酸の取り込み・資化をVLB Rasse Jの価を100%として示したものである。グラフ中のアミノ酸は3文字表記法で示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンの少なくともひとつがアルギニンに置換された、変異型プロリントランスポーターPut4。
【請求項2】
N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンの少なくとも6個がアルギニンに置換された、請求項1記載の変異型プロリントランスポーターPut4。
【請求項3】
N末端アミノ酸残基番号60、68、71、93、105および107のリジンがアルギニンに置換された、請求項2記載の変異型プロリントランスポーターPut4。
【請求項4】
N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジン全てがアルギニンに置換された、請求項1記載の変異型プロリントランスポーターPut4。
【請求項5】
N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子の少なくともひとつがアルギニンをコードする遺伝子に置換された、変異型プロリントランスポーターPUT4遺伝子。
【請求項6】
N末端アミノ酸残基番号 9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子の少なくとも6個がアルギニンをコードする遺伝子に置換された、請求項5記載の遺伝子。
【請求項7】
N末端アミノ酸残基番号60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子がアルギニンをコードする遺伝子に置換された、請求項6記載の遺伝子。
【請求項8】
N末端アミノ酸残基番号9、34、35、60、68、71、93、105および107のリジンをコードする遺伝子の全てがアルギニンをコードする遺伝子に置換された、請求項5記載の遺伝子。
【請求項9】
請求項5、6、7または8のいずれか1項記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項10】
請求項9記載の組換えベクターを含有する酵母。
【請求項11】
サッカロミセス属の酵母である、請求項10記載の酵母。
【請求項12】
サッカロミセス属の酵母が、ビール酵母またはワイン酵母である、請求項11記載の酵母。
【請求項13】
ビールまたはワインの製造方法であって、請求項11記載の酵母の存在下で醗酵を行う工程を含む、前記製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−6106(P2006−6106A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−183220(P2004−183220)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】