説明

完全暗所下で緑化する光合成生物

【課題】完全暗所下で緑化する植物を提供する。
【解決手段】完全暗所下で緑化すること、具体的には緑色物質(例えばクロロフィルc様色素)を産生することを特徴とする、植物、緑藻類、藍藻類などの光合成生物、並びに、この光合成生物を完全暗所下で発芽、育成し、緑色物質を産生すること、さらには緑色物質を分離することを含む、緑色物質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、完全暗所下で緑化する光合成生物に関する。具体的には、本発明の光合成生物は、完全暗所下で緑化物質を産生することを特徴とする。
本発明はまた、完全暗所下で緑化する表現型を示す、光合成生物の突然変異体のスクリーニング方法に関する。
本発明はさらに、上記光合成生物からの暗所緑化物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、植物は、緑化のために必ず光を必要とする。この緑化に関わる物質はクロロフィルである。クロロフィルは光エネルギーを補足し、これを化学エネルギーに変換する働きをもつため、植物での光合成にとって必須の触媒である(非特許文献1)。
【0003】
特に、暗所下で被子植物を発芽させると、モヤシなどのように黄化芽生えを起こし、緑化の表現型は現れない。被子植物などの緑色植物は、明所下でクロロフィルa及びbのみを合成するが、暗所下ではクロロフィルの合成が起こらない。被子植物が暗所で黄化するのは、暗所でのクロロフィル合成に必要な光非依存型プロトクロロフィリドレダクターゼをもっていないためであるが、ひとたび光照射を受けると光依存型プロトクロロフィリドレダクターゼが活性化されることによってクロロフィルの蓄積が開始される(非特許文献1)。
【0004】
緑化の過程では、暗所で小さなエチオプラストの状態に留まっていた色素体がエチオクロロプラストを経てクロロプラスト(葉緑体)に発達し、それに伴い、プロラメラボディの消失、プロチラコイドの形成、チラコイド膜の発達、光合成装置の形成、光合成活性の出現、色素体の蛋白質含量や体積の顕著な増大などが生じる(非特許文献2)。
【0005】
植物と同様に光合成を行う生物には、真核生物である緑藻類、原核生物である藍藻類(シアノバクテリア)などがある。緑藻類はクロロフィルa及びbを生合成し、藍藻類はクロロフィルaを生合成する。
【0006】
一方、褐藻類、珪藻類、ハプト藻、クリプト藻などの藻類のなかには、暗所下又は弱光下でクロロフィルa及びcを産生するものがある。特にクロロフィルcは、緑色植物、緑藻類、藍藻類などで生合成されないクロロフィルである(非特許文献3)。
クロロフィルcは、ポルフィリン環を基本骨格とし、プロピオン酸側鎖をもたず、17位の炭素にアクリル酸側鎖が結合している。ポルフィリン骨格に結合する側鎖の違いによりいくつかの分子種(例えばc,c,c)が存在し、ポルフィリン環を基本骨格としているため440〜450nm付近の吸収が大きく、赤色光付近の吸収は小さいという吸収特性を示す(非特許文献3)。
【0007】
【非特許文献1】増田建及び高宮健一郎、化学と生物42巻3号183〜188頁(2004年)
【非特許文献2】光合成事典(2003年初版)370頁「緑化」(日本光合成研究会編、学会出版センター)
【非特許文献3】光合成事典(2003年初版)94頁「クロロフィルc」(日本光合成研究会編、学会出版センター)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、完全暗所下で緑化する光合成生物、より具体的に完全暗所下で緑化物質を産生する光合成生物、を提供することである。
【0009】
本発明の別の目的は、上記光合成生物に完全暗所下で緑化物質を産生させること、並びに、上記光合成生物から、産生した緑化物質を製造する方法を提供することである。
【0010】
本発明のさらに別の目的は、完全暗所下で緑化する表現型を示す、光合成生物の突然変異体をスクリーニングする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、要約すると、以下の特徴を有する。
【0012】
本発明は、完全暗所下で緑化することを特徴とする光合成生物を提供する。
本発明の実施形態において、光合成生物が、植物、緑藻類又は藍藻類からなる群から選択される。
本発明の別の実施形態において、光合成生物は完全暗所下で緑化物質を産生することを特徴とする。
本発明の別の実施形態において、緑化物質がクロロフィルc様色素であることを特徴とする。
本発明はまた、完全暗所下でクロロフィルc様色素を産生することを特徴とする、植物、緑藻類又は藍藻類からなる群から選択される光合成生物を提供する。
本発明の実施形態において、クロロフィルc様色素がクロロフィルcであることを特徴とする。
【0013】
本発明の光合成生物はさらに、次のような性質を有することができる。
(1)完全暗所下で発芽したのち光にさらすと枯死する;あるいは、
(2)最初から光照射下で発芽、育成すると生育し、種子を形成する;あるいは、
(3)最初から光照射下で発芽・生長したのち完全暗所下に置くと成長点から枯れる。
【0014】
本発明の別の実施形態により、光合成生物がアブラナ科に属する植物であることを特徴とする。
本発明の別の実施態様により、アブラナ科に属する植物がシロイヌナズナであり、シロイヌナズナが例えばシロイヌナズナGRD−51系統(FERM P−20935)であることを特徴とする。
【0015】
本発明はまた、完全暗所下で緑化しクロロフィルc様色素を産生することを特徴とする、シロイヌナズナGRD−51系統(FERM P−20935)を提供する。
【0016】
本発明はさらに、上に定義した光合成生物又はシロイヌナズナGRD−51系統(FERM P−20935)を完全暗所下で発芽、育成して緑化物質を作ることを含む、緑化物質の製造方法を提供する。
【0017】
本発明の実施形態において、上記の方法は、光合成生物又はGRD−51系統(好ましくは、その葉部)から緑化物質を分離することをさらに含むことを特徴とする。
本発明の別の実施形態において、緑化物質がクロロフィルc様色素であることを特徴とする。
本発明の別の実施形態において、クロロフィルc様色素がクロロフィルcであることを特徴とする。
本発明の別の実施形態において、上記の分離工程が溶媒抽出工程を含むことを特徴とする。
本発明の別の実施形態において、上記の分離工程が液体クロマトグラフィー工程をさらに含むことを特徴とする。
【0018】
本発明はさらに、変異原処理した植物種子、緑藻類又は藍藻類のなかから、ブラシノステロイド生合成阻害剤を含む培地にて、完全暗所下で緑化する表現型を示す突然変異体をスクリーニングする方法を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の光合成生物(例えば植物、緑藻類又は藍藻類)は、完全暗所下で発芽、育成し、クロロフィル色素を生合成し緑化するという、これまでの常識を覆す特性を有している。完全暗所下での緑化が可能であることから、例えばビルの地下などの暗所にて栽培又は増殖して緑化した光合成生物を得ることが可能になる。さらに、本発明の光合成生物は、完全暗所にて本来生合成されることのない緑化物質であるクロロフィル色素、特にクロロフィルc様色素を産生するため、渇藻類とは異なり陸上で光合成生物を栽培又は増殖し、該生物から緑色色素を簡便に生産することができるなどの利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の光合成生物は、完全暗所下で緑化する、すなわち緑化物質を産生することを特徴とする。
【0021】
本明細書中で使用する「緑化」とは、光合成生物において、完全暗所にて緑色物質が生合成されることを意味する。
【0022】
本明細書中で使用する「緑化物質」とは、クロロフィル色素、より具体的にはクロロフィルc様色素をいう。
【0023】
本明細書中で使用する「完全暗所」とは、好ましくは光の非照射状態又は場所をいうが、場合により、緑色の波長500〜550nm辺りの光は存在することができる。
【0024】
本明細書中で使用する「光合成生物」とは、光合成を行うことができる真核又は原核生物であり、明所又は光の照射下でクロロフィルa及び/又はbを生合成するがクロロフィルcを生合成しない生物である。
【0025】
本発明の実施形態によれば、光合成生物は、植物、緑藻類又は藍藻類からなる群から選択される。
また、本発明の実施形態によれば、本発明の光合成生物は、完全暗所下でクロロフィルc様色素を産生することを特徴とする。
【0026】
従来公知の植物、緑藻類又は藍藻類は、一般に暗所では緑色物質であるクロロフィル色素を合成できないが、光の照射下でクロロフィルを合成することができる。このとき合成されるクロロフィルは、クロロフィルa又はbである。これに対して、本発明の光合成生物は、光のない完全暗所下で緑色物質を生合成することを可能にするため、驚くべき特性を有する。本発明の光合成生物が暗所下で合成する緑色物質はクロロフィルc様色素であり、クロロフィルa及びbではない。
【0027】
本発明において、クロロフィルc様色素は、クロロフィルcと同様のポルフィリン環を基本骨格とし、UVスペクトル上435〜445nmに吸収極大を有しており、例えばワカメ(褐藻類)のクロロフィルcのUVスペクトルと実質的に同一の微細構造を有している。このことから、本発明におけるクロロフィルc様色素はクロロフィルcを包含する。クロロフィルcにおいては、ポルフィリン骨格に結合する側鎖の違いによりいくつかの分子種(例えばc,c,c)が存在するが、本発明では、クロロフィルc様色素又はクロロフィルcは、上記の特徴を有する分子であればよく、その単一分子種でもよいし又はそれらの混合物であってもよい。
【0028】
本発明の暗所下で緑色物質(クロロフィルc様色素)を産生する光合成生物は、以下の手順によって作製することができる。
【0029】
(1)光合成生物を準備する。植物の場合、その種子を1000粒以上、好ましくは5000粒以上、より好ましくは1万粒以上、例えば約5万粒〜約10万粒準備する。緑藻類及び藍藻類の場合、培養藻類を準備する。緑藻類の培養は、例えば、クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)でTris−acetate phosphate(TAP)培地(Gorman and Levine,Proc. Natl Acad Sci USA, 54:1665−1669,1965)、23時間明期及び1時間暗期、25℃の培養条件で、また、藍藻類の培養は、例えばSynechosystis sp. PCC6803株で、BG−11培地(Stanier et al., Bacteriol Rev. 35:171−205,1971)、34℃、CO(1%,v/v)、70μmol photon m−2−1の培養条件で行うことができる。
【0030】
(2)植物種子又は培養藻類を、培地の存在下又は非存在下で化学変異原又は物理的変異原で処理する。
化学変異原としては、例えばエチルメタンスルホン酸(EMS)、1−メチル−1−ニトロソ尿素(MNU)などを使用することができる。この変異原による処理は、例えば0.3〜1.5%のEMS、25℃、6〜20時間(撹拌しながら)浸し、滅菌水で3回ほど洗浄した後、土や培地へ播種などの手順によって行うことができる。
【0031】
物理的変異原としては、放射線、例えばγ線、中性子線、重イオンビームなどを使用することができる。この変異原による処理は、例えばγ線だと30〜50krad、中性子線だと40〜60Gy、重イオンビーム(炭素)5〜150Gyの種子への照射を行い、M2での表現型を調べる、などの手順によって行うことができる。
【0032】
(3)暗所下で緑色物質(クロロフィルc様色素)を産生する突然変異体の選抜を行う。
植物種子の場合、初めに、種子を殺菌剤で処理する。殺菌剤は、種子の殺菌用のいずれの薬剤も使用可能である。殺菌剤の例は、0.005〜0.05%(容量)の界面活性剤を含有する70〜100%(容量)エタノール水溶液である。界面活性剤は、イオン性及び非イオン性界面活性剤のいずれでもよく、特に限定されないが、例えばTriton Xなどの界面活性剤、中性洗剤(家庭用の市販のもの)などが含まれる。
【0033】
殺菌した種子を風乾したのち、約3μMのブラシノステロイド生合成阻害剤(Asami, T. et al., Trends in Plant Sci. 4:348−353 (1999);Asami, T. et al., Plant Physiol. 123:93−99,2000);中野雄司及び浅見忠男、植物ホルモンのシグナル伝達(秀潤社)第6章、2:ブラシノステロイドのシグナル伝達、176−186頁、2004年)を含有する1/2M培地(Murashige & Skoog medium;和光純薬カタログ392−00591を半分に希釈する)を含むシャーレに播く。ブラシノステロイド生合成阻害剤は、暗所で植物の茎が伸びないでかつ葉が開くようにする作用をもつため、この阻害剤の使用は、葉の緑化を判定するうえで重要である。ブラシノステロイド生合成阻害剤の例は、Brz−220、Brz−2001、Brz−91(Asami, T. et al., Trends in Plant Sci. 4:348−353 (1999);Asami, T. et al., Plant Physiol. 123:93−99,2000)などである。
【0034】
前処理として約3時間の光照射処理を施し、アルミホイルで培地容器(シャーレ)全体を被覆し、4℃にて2〜4日間放置した。続いて、暗所にて22℃、約6日間以上静置したのち、拡大鏡下で目視観察により緑化を基準にして暗所下で緑化物質(例えば、クロロフィルc様色素)を産生する突然変異体のスクリーニングを行う。
【0035】
緑藻類及び藍藻類の場合、例えば次のように暗所下で緑化物質(例えば、クロロフィルc様色素)を産生する突然変異体をスクリーニングすることができる。
【0036】
EMS(0.3%以下)あるいは重イオンビーム照射(炭素:5〜150Gy)で変異誘発した緑藻類、藍藻類を暗所下で培養する。変異体は明所では緑色に、青色光下(波長440〜450nm程度)で観察すると蛍光を発光するものとして観察される。
【0037】
(4)選抜された突然変異体系統を光照射下で発芽、育成して、或いは培養して種子又は培養藻類を採取する。特に植物の場合、ホモ系統を単離し、野生株との戻し交雑を行い、純化する。このようにして、暗所下で緑色物質(例えば、クロロフィルc様色素)を産生する突然変異体系統を得る。
【0038】
本発明によれば、上記の手順を実施するための生物対象は、すべての被子植物及び裸子植物である。被子植物は双子葉植物及び単子葉植物のいずれも含む。双子葉植物の例は、以下のものに限定されないが、アブラナ科、例えばシロイヌナズナ、ダイコン、ナタネ、ブロッコリーなど、ナス科、例えばタバコ、トマトなど、マメ科、例えばダイズ、ミヤコグサなどである。また、単子葉植物の例は、イネ科、例えばイネ、小麦、大麦、トウモロコシ、サトウキビなどである。また、裸子植物の例は、限定されないが、マツ、スギなどである。
【0039】
さらに本発明によれば、上記の手順を実施するための別の生物対象は、緑藻類及び藍藻類である。緑藻類の例は、以下のものに限定されないが、アオミドロ、ヒラアオノリ、クラミドモナス、クロレラなどである。また、藍藻類の例は、以下のものに限定されないが、Gloeobacter violaceus、Thermosynechococcus elongates、Synechococcus sp.などである。
【0040】
後述の実施例では、植物としてアブラナ科植物、例えばその代表的植物であるシロイヌナズナを選択し、上記の手順を実施し、完全暗所下で発芽させたときに緑色を呈する緑化突然変異体を得た。具体的には、化学変異原EMS処理を施した約4万粒のM2種子群、或いは、速中性子線を照射したシロイヌナズナ(Columbia系統)約8万粒のM2種子群から、ブラシノイド生合成阻害剤を用いたスクリーニングによって、暗所緑化の表現型を示す突然変異体を見出した。さらに、それぞれ系統化し、1300系統に絞り込んだのち、後代を各々チェックし、ヘテロとして分離する1系統を単離した。この系統は、白(野生型):緑(変異体)=3:1で安定して分離した。
【0041】
単離されたこの変異体は、発芽後暗所を経験しないと枯れないことが判明したため、純系の暗所緑化変異体系統を作出し、さらに、自家交雑で代を重ねると枯死率の高い系統が出現するため分離比に注意しながら7回の野生株との戻し交雑を行い、これによって、シロイヌナズナの暗所緑化突然変異体GRD−51系統を得た。GRD−51系統の種子は、独立行政法人産業技術総合研究所、特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に平成18年6月16日付けで寄託し、受領番号FERM AP−20935(受託番号FERM P−20935)を受領した。
【0042】
本発明の暗所下で緑色物質を産生し緑化する光合成生物は、次のような性質によって特徴付けられる。
最も主要な特徴は、緑化物質としてクロロフィルc様色素を産生することである。
この色素は、ワカメ(褐藻類)のクロロフィルcのUVスペクトルと実質的に同一の微細構造を有することから、おそらくクロロフィルcであると考えられる。
【0043】
クロロフィルc様色素などの緑色物質の分離は、次のようにして行うことができる。
植物の場合、葉部を切り取り、粉砕し溶媒抽出する。例えば、液体窒素で固体化し、吸湿のためにシリカゲルを適量入れた乳鉢等の容器内で葉部を粉砕する。次に、メタノール、アセトンなどの極性有機溶媒にて抽出を行い、必要に応じて濃縮し溶媒を除去する。
【0044】
抽出物は、次いで、HPLCなどの液体クロマトグラフィーによって処理して、クロロフィルc様色素などの緑色物質を単離する。クロマトグラフィーの好ましい担体は、シリカゲルである。好ましいクロマトグラフィーは、HPLCであり、例えばカラム:PEGASIL ODS−II(センシュー科学製)、溶離液:(A)MeOH:CHCN:1M MeCOONH=5:3:2,(B)CHCN:EtOAc=1:1のグラジエントA:B=100:0からA:B=0:100(20分間)、温度:室温、検出:励起波長(Ex)420nm、発光波長(Em)650nm、流速:0.2ml/分の条件で分取可能である。
【0045】
クロロフィルc様色素などの緑色物質の分析は、上記と同様の条件下でのHPLCによる分析、UVスペクトル分析、薄層クロマトグラフィー(TLC)分析、FT−MS(質量分析)、NMR(H又は13C核磁気共鳴スペクトル分析)、IR(赤外線吸収スペクトル分析)などによって行うことができる。
【0046】
HPLCによる分析は、上記の条件で、野生型シロイヌナズナ(暗所発芽)の葉部、本発明のシロイヌナズナGRD−51系統(暗所発芽)の葉部、及びワカメからのメタノール抽出物について行い、それぞれ図1、図2、図3に示した。保持時間約10.4分のピークは、野生型に存在しないが、GRD−51系統とワカメに存在し、これはクロロフィルcを示す。因みに、図3の保持時間約24.2分のピークは、ワカメのクロロフィルaを示すが、このピークは、野生型及びGRD−51系統のいずれにも観察されない。
【0047】
UVスペクトル分析は、フォトダイオードアレイ(200nmから729nmへ)の条件下で行うことができる。本発明のGRD−51系統(暗所発芽)から単離したクロロフィルc様色素及びワカメから単離したクロロフィルcのUVスペクトルをそれぞれ図4及び図5に示した。GRD−51系統から単離したクロロフィルc様色素は、437nmに非常に強い吸収、632nmに弱い吸収からなるスペクトルを示した。一方、ワカメから単離したクロロフィルcは、443nmに非常に強い吸収、632nmに弱い吸収からなるスペクトルを示した。これらのUVスペクトルの微細構造は実質的に同じである。
【0048】
TLC分析は、本発明のGRD−51系統(暗所発芽)から単離したクロロフィルc様色素及びワカメから単離したクロロフィルcについて、シリカゲルプレート:Silica gel60 F254(MERCK社)、溶離液:アセトン/ヘキサン(50/50、容量%)の条件で行い、クロロフィルスポット(緑色)を目視で検出し、結果を図6に示した。サンプルをミックスしたときのワカメクロロフィルcと本発明クロロフィルc様色素の移動度は完全に一致した。
【0049】
以上の分析結果から、本発明のGRD−51系統(暗所発芽)から単離したクロロフィルc様色素は、ワカメのクロロフィルcに非常に類似したものであると推定される。
【0050】
本発明の光合成生物、特に植物は、さらに次のような特徴を有する。
(1)完全暗所下で発芽したのち光にさらすと枯死する。
(2)最初から光照射下で発芽、育成すると、野生型と同様に生育し種子を形成する。この場合には、クロロフィルa及びbが合成され、クロロフィルc様色素は合成されない。
(3) 最初から光照射下で発芽し、生長したのち完全暗所下に置くと成長点から枯れるが、根は生き延びる。芽が出るところまで成長したあとは、芽からの新たな生長が可能になる。
【0051】
以下の実施例によって本発明をさらに説明するが、本発明の範囲は、この実施例によって制限されないものとする。
【実施例】
【0052】
完全暗所下でクロロフィルc様色素を産生するシロイヌナズナ突然変異体
化学変異原EMS処理(濃度:0.3%、処理時間:16時間)を施したシロイヌナズナ約4万粒のM2種子群、或いは、速中性子線を照射(55Gy)したシロイヌナズナ(Columbia系統)約8万粒のM2種子群から、ブラシノステロイド生合成阻害剤(名称:Brz220,Brz2001又はBrz91(Asami, T. et al., Trends in Plant Sci. 4:348−353 (1999);Asami, T. et al., Plant Physiol. 123:93−99,2000)、濃度:3μM)を含む1/2MS培地上でのスクリーニングによって、暗所緑化の表現型を示す突然変異体を見出した。劣性の形質であることを想定し、約8万粒の種子を大凡1000粒程度のカテゴリーに分け、そのうちの1つで再度暗所緑化形質を示す個体群を見出した。さらに、そのカテゴリーの種子から植物体を育成後、それぞれから採種・系統化し、後代をチェックした。その中から、ヘテロとして分離する1系統を単離した。この系統は、白(野生型):緑(変異体)=3:1で安定して分離した。
【0053】
単離されたこの変異体は、発芽後暗所を経験しないと枯れないことが判明したため、純系の暗所緑化変異体系統を作出し、さらに、7回の野生株との戻し交雑を行い、これによって、完全暗所下でクロロフィルc様色素を産生するシロイヌナズナ突然変異体GRD−51系統を得た。
【0054】
GRD−51系統の種子は、独立行政法人産業技術総合研究所、特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に平成18年6月16日付けで寄託し、受領番号FERM AP−20935(受託番号FERM P−20935)を受領した。
【0055】
完全暗所下で発芽、育成したGRD−51系統からのクロロフィルc様色素の分離は、葉部をメタノール抽出し、上記の分取条件でHPLCに掛けることによって行い、HPLC分析とTLC分析により、ワカメのクロロフィルcと同一又は非常に類似していることが分かった(図4〜図6)。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明で得ることができるクロロフィルc様色素は、緑色色素として、或いは光増感色素として利用可能であるし、また、ダイオキシンなどの有毒物質の体外排出のために利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】野生型シロイヌナズナ(暗所発芽)の葉部のメタノール抽出物のHPLC分析結果を示す。
【図2】本発明のシロイヌナズナGRD−51系統(暗所発芽)の葉部のメタノール抽出物のHPLC分析結果を示す。矢印は、クロロフィルc様色素を示すピーク(図4も参照)である。
【図3】ワカメのメタノール抽出物のHPLC分析結果を示す。矢印は、ワカメのクロロフィルcを示すピーク(図5も参照)である。
【図4】本発明のGRD−51系統(暗所発芽)から(HPLC分取により)単離したクロロフィルc様色素(図2のピーク)の吸光スペクトルを示す。
【図5】ワカメから(HPLC分取により)単離したクロロフィルc(図3のピーク)の吸光スペクトルを示す。
【図6】本発明のGRD−51系統(暗所発芽)から(HPLC分取により)単離したクロロフィルc様色素及びワカメから(HPLC分取により)単離したクロロフィルcのTLCの結果を示す。レーン1は、GRD−51系統(暗所発芽)の葉からセトン抽出した緑色物質サンプル、レーン2は、1と3のサンプルを混ぜてスポッティングしたサンプル、レーン3は、ワカメの葉からセトン抽出した緑色物質サンプルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
完全暗所下で緑化することを特徴とする光合成生物。
【請求項2】
光合成生物が、植物、緑藻類又は藍藻類からなる群から選択される、請求項1に記載の光合成生物。
【請求項3】
完全暗所下で緑化物質を産生することを特徴とする、請求項1又は2に記載の光合成生物。
【請求項4】
緑化物質がクロロフィルc様色素であることを特徴とする、請求項3に記載の光合成生物。
【請求項5】
完全暗所下でクロロフィルc様色素を産生することを特徴とする、植物、緑藻類又は藍藻類からなる群から選択される光合成生物。
【請求項6】
クロロフィルc様色素がクロロフィルcであることを特徴とする、請求項4又は5に記載の光合成生物。
【請求項7】
完全暗所下で発芽したのち光にさらすと枯死することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の光合成生物。
【請求項8】
最初から光照射下で発芽、育成すると生育し、種子を形成することを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の光合成生物。
【請求項9】
最初から光照射下で発芽し、生長したのち完全暗所下に置くと成長点から枯れることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載の光合成生物。
【請求項10】
植物がアブラナ科に属する植物であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の光合成生物。
【請求項11】
アブラナ科に属する植物がシロイヌナズナであることを特徴とする、請求項10に記載の光合成生物。
【請求項12】
シロイヌナズナがシロイヌナズナGRD−51系統(FERM P−20935)であることを特徴とする、請求項11に記載の光合成生物。
【請求項13】
シロイヌナズナGRD−51系統(FERM P−20935)。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の光合成生物又は請求項13に記載のシロイヌナズナGRD−51系統(FERM P−20935)を完全暗所下で発芽、育成して緑化物質を作ることを含む、緑化物質の製造方法。
【請求項15】
光合成生物又はGRD−51系統から緑化物質を分離することをさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
緑化物質がクロロフィルc様色素であることを特徴とする、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
クロロフィルc様色素がクロロフィルcであることを特徴とする、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
分離工程が溶媒抽出工程を含むことを特徴とする、請求項14〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
分離工程が液体クロマトグラフィー工程をさらに含むことを特徴とする、請求項14〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
変異原処理した植物種子、緑藻類又は藍藻類のなかから、ブラシノステロイド生合成阻害剤を含む培地にて、完全暗所下で緑化する表現型を示す突然変異体をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−17718(P2008−17718A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−189773(P2006−189773)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】