説明

密封装置

【課題】 シール隙間を狭くせずに、低速から高速までの広い範囲に亘って密封流体の漏洩を防止することのできる密封装置を提供する。
【解決手段】 回転体3と静止部5との間にシール隙間25を設け、このシール隙間25に、厚さ寸法Tを1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lを3以上とする移動可能な浮動リング6を配設する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転体の回転により密封流体の漏洩を非接触で防止するのに好適な密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、密封流体の漏洩を防止する密封装置の一種として、オイルシールに代表されるリップシールが多く使用されている。リップシールは、リップが回転軸と接触するので、回転軸との摩擦が発生し、回転軸の回転トルクをロスしたり、接触部の摩耗により経時的に密封機能が低下するなどの問題点があった。
【0003】
低トルクを要求される部位での密封流体の漏洩を防止する密封装置として、回転体と静止部との間にシール隙間を設け、回転体の回転により密封流体の漏れ量を非接触で許容限界以下とすることのできるラビリンスシールが知られている。このラビリンスシールは、特に低トルクを要求される部位での密封流体の漏洩の防止に適しており、例えばターボチャージャなどに用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、密封流体の漏れ量を非接触で許容限界以下とすることのできるものとして、移動可能なフローティングリング(浮動リング)を備えたフローティングリングシールが知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
なお、ラビリンスシールおよびフローティングリングシールは、密封流体の漏れ量を非接触で許容限界以下とするものであり、密封流体の漏洩を確実に防止することはできないものである。
【0006】
【特許文献1】特開平5−1559号公報
【特許文献2】特許第2583194号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、前述した従来の密封装置、例えばラビリンスシールにおいて、回転体の回転時における密封流体の漏れ量を実質的に無視できるほど少なくするためには、回転体と静止部との間に設けるシール隙間を狭くかつばらつきを小さく、すなわち精密に管理する必要がある。また、回転時の密封流体の漏れ量を実質的に無視できるほど少なくするためには、回転速度が高速になればなるほど、シール隙間を狭くする必要がある。例えば、回転体の回転速度を8000rpmとした場合、回転体と静止部との間に設けられているシール隙間を0.1mm程度に形成する必要がある。
【0008】
しかしながら、従来のラビリンスシールにおいて、0.1mmのシール隙間を形成するには、ラビリンスシール自身の加工精度およびラビリンスシールの取付精度を極めて高くする必要がある。そして、ラビリンスシールの加工精度を高くするには、高精度の装置を必要とするとともに、このような装置により製せられるラビリンスシールを大量に製造するには、極めて多量の装置と場所が必要となり、生産効率が悪く、経済的負担が増加するという問題点があった。さらに、ラビリンスシールの取付精度を高くするには、やはり高精度の取付装置を必要とし、生産効率が悪く、経済的負担が増加するという問題点があった。また、シール隙間を0.1mm程度に形成したとしても、回転体の回転時における密封流体の漏洩を確実に防止することはできないという問題点があった。
【0009】
そこで、シール隙間を狭くせずに、低速から高速までの広い範囲に亘って密封流体の漏洩を確実に防止することのできる密封装置が求められている。
【0010】
なお、前記従来のラビリンスシールは、0.1mm程度の高精度のシール隙間および高精度の取付精度を必要とされるターボチャージャなどに適用されるものであり、その構成をターボチャージャなどに比較して加工精度の低い自動車のエンジンやミッションなどの密封部位には適用することができないという問題点があった。
【0011】
本発明はこの点に鑑みてなされたものであり、シール隙間を狭くせずに、低速から高速までの広い範囲に亘って密封流体の漏洩を長期間に亘り確実に防止することのできる密封装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前述した目的を達成するため特許請求の範囲の請求項1に係る本発明の密封装置の特徴は、回転体と静止部との間にシール隙間を設け、前記回転体の回転により密封流体の漏洩を非接触で防止することのできる密封装置において、前記シール隙間に移動可能な浮動リングを設けるとともに、この浮動リングが、その厚さ寸法を1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法を3以上とするように形成されている点にある。
【0013】
また、請求項2に係る本発明の密封装置の特徴は、請求項1において、前記浮動リングが、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂から選択された1種もしくは複数種の樹脂により形成されている点にある。
【0014】
また、請求項3に係る本発明の密封装置の特徴は、請求項1または請求項2において、前記浮動リングが、フッ素樹脂により形成されている点にある。
【0015】
また、請求項4に係る本発明の密封装置の特徴は、請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記浮動リングに厚さ方向に対して直交する方向に沿って回転中心に向かう環状の切り込みが設けられている点にある。
【0016】
また、請求項5に係る本発明の密封装置の特徴は、請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、前記浮動リングの表面に凹凸模様が設けられている点にある。
【0017】
また、請求項6に係る本発明の密封装置の特徴は、請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、前記シール隙間および浮動リングが、軸方向両端を異径とする筒状に形成されている点にある。
【0018】
また、請求項7に係る本発明の密封装置の特徴は、請求項1ないし請求項6のいずれか1項において、前記回転体に回転体の少なくとも回転停止時における前記シール隙間からの密封流体の漏洩を防止するシール部材が設けられている点にある。
【発明の効果】
【0019】
本発明の密封装置によれば、シール隙間を狭くせずに、低速から高速までの広い範囲に亘って密封流体の漏洩を長期間に亘り確実に防止することができるなどの極めて優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る密封装置の第1実施形態の要部を示す断面図
【図2】性能評価試験に用いた密封装置の構成を示す断面図
【図3】本発明の密封装置の第2実施形態の要部を示す図1と同様の図
【図4】本発明の密封装置の第3実施形態の要部を示す図1と同様の図
【図5】本発明の密封装置の第4実施形態の要部を示す図1と同様の図
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を図面に示す実施形態により説明する。
【0022】
図1は本発明に係る密封装置の第1実施形態の要部を示す半断面図である。
【0023】
本実施形態の密封装置は、自動車のエンジンにおける潤滑油の密封に用いるものを例示している。
【0024】
図1に示すように、本実施形態の密封装置1は、回転体としての回転軸2に装着される回転部材3と、静止部としてのハウジング4に回転部材3と対向するように装着される固定部材5と、浮動リング6とを有している。この密封装置1は、図1左側が密封流体、例えば潤滑油が存在する密封側OSとされ、密封装置1の図1右側が大気側ASとされている。
【0025】
前記回転部材3は、金属あるいは樹脂などにより形成された環状の回転部材用環体7に、ゴム様弾性体で形成された回転部材用弾性シール8が焼き付けられて一体に形成されている。
【0026】
前記回転部材用環体7は、内側円筒部9を備えている。この内側円筒部9は、回転軸2より若干大径に形成されるとともに、図1の左右方向に示す軸方向に沿った長さ寸法が回転軸2の長さ寸法より短い所定の寸法に形成されている。そして、内側円筒部9の密封側OSに位置する左端縁には、ハウジング4の内周面に向かって径方向外側にほぼ直角に折曲された側面ほぼ環状の内側直立壁部10が延出形成されている。この内側直立壁部10の外周縁は、回転軸2の外周面とハウジング4の内周面とのほぼ中間部分に位置するように形成されている。そして、内側直立壁部10の外周縁には、大気側ASに向かってほぼ直角に折曲された中間円筒部11が軸方向に沿って延出形成されている。この中間円筒部11の長さ寸法は、内側円筒部9の長さ寸法より短く形成されており、その右端縁には、ハウジング4の内周面に向かって径方向外側にほぼ直角に折曲された側面ほぼ環状の回転側シール隙間形成用壁部12が延出形成されている。
【0027】
前記回転部材用弾性シール8は、回転軸装着部14と、回転軸2の少なくとも回転停止時における後述するシール隙間25からの密封流体の漏洩を防止するシール部材としてのリップシール15とを有している。
【0028】
一方の回転軸装着部14は、前記回転部材用環体7の内側円筒部9の内周面に配置されており、回転軸2に対して適宜な締代を備えている。
【0029】
他方のリップシール15は、回転部材用環体7の内側直立壁部10の大気側ASに位置する側面に基部が配置されており、大気側ASにリップ先端16が配置されている。このリップシール15は、内側直立壁部10の大気側ASの側面から大気側ASに向かって徐々に拡径するように形成されている。また、リップシール15は、回転軸2の回転停止時においては図1に示すように固定部材5の後述するシール当接面21に対してリップ先端16が適宜な締代をもって弾接し、回転軸2の回転時においては回転軸2の回転にともなう遠心力によってリップ先端16がシール当接面21から離間するように形成されている。
【0030】
すなわち、リップシール15のリップ先端16は、シール当接面21に対して接離可能に形成されている。
【0031】
なお、リップシール15は、設計コンセプトなどの必要に応じて設ければよい。
【0032】
前記固定部材5は、金属あるいは樹脂などにより形成された環状の固定部材用環体17に、ゴム様弾性体で形成された固定部材用弾性シール18が焼き付けられて一体に形成されている。
【0033】
前記固定部材用環体17は、外周面がハウジング4の内周面と対向する軸方向に平行な水平筒状部19と、この水平筒状部19の大気側ASに位置する右端縁から径方向中心に向かってほぼ直角に折曲された内向きフランジ状の固定側シール隙間形成用壁部20とを有する断面ほぼL字状に形成されている。そして、水平筒状部19の内周面は、取付状態において前記回転部材用環体7の外側円筒部13の外周面と適宜な間隔をおいて対向するように配置されている。さらに、固定側シール隙間形成用壁部20の密封側OSの側面は、回転側シール隙間形成用壁部12の大気側ASの側面と所定の間隔をおいて対向するように配置されている。すなわち、固定側シール隙間形成用壁部20と回転側シール隙間形成用壁部12とは、相互にほぼ平行に配置されている。また、固定側シール隙間形成用壁部20の密封側OSの側面の内周側近傍は、回転軸2の停止時においてリップシール15のリップ先端16が当接されるシール当接面21とされている。
【0034】
前記固定部材用弾性シール18は、固定部材用環体17の水平筒状部19の外周を被覆するように形成されており、水平筒状部19の外周を覆う部分は、ハウジング4の内周面に対して適宜な締代を備えたハウジング装着部22とされている。
【0035】
なお、静止部としてのハウジング4の一部に固定側シール隙間形成用壁部20を一体形成する構成としてもよい。
【0036】
前記浮動リング6は、回転側シール隙間形成用壁部12と固定側シール隙間形成用壁部20との相互間に配置されている。この浮動リング6は、軸方向に位置する厚さ寸法Tを1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lを3以上とするように形成されている。この厚さ寸法Tと長さ寸法Lとの関係において、長さ寸法Lが3を下回ると、後に詳しく述べるように密封流体が漏洩する傾向がある。
【0037】
前記浮動リング6の素材としては、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂から選択された1種もしくは複数種の樹脂により形成されている。本実施形態においてはフッ素樹脂が単独で用いられている。
【0038】
前記熱可塑性樹脂としては、フッ素樹脂以外に、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリイミド(PI)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリアミド(PA)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリアセタール、ポリエステルなどを例示できる。
【0039】
前記熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂などを例示できる。
【0040】
前記フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)などを例示できる。
【0041】
なお、複数の樹脂を混合使用することもできる。さらに、樹脂には、設計コンセプトなどの必要に応じて、充填剤、顔料などの各種の配合剤を添加することができる。
【0042】
前記浮動リング6の構成としては、複数種の樹脂を軸方向に積層した多層構造としてもよい。
【0043】
前記浮動リング6は、回転側シール隙間形成用壁部12と固定側シール隙間形成用壁部20との相互間において、径方向および軸方向に移動可能に配置されている。
【0044】
すなわち、回転側シール隙間形成用壁部12と固定側シール隙間形成用壁部20との相互間の間隔Gは、浮動リング6の軸方向に示す厚さTより大きく形成されている。そして、回転側シール隙間形成用壁部12と浮動リング6との対向面間の隙間23と、固定側シール隙間形成用壁部20と浮動リング6との対向面間の隙間24との両者によりシール隙間25が形成されている。
【0045】
したがって、回転側シール隙間形成用壁部12と浮動リング6との対向面間の隙間23のサイズと、固定側シール隙間形成用壁部20と浮動リング6との対向面間の隙間24のサイズとを加算した値、言い換えると、回転側シール隙間形成用壁部12と固定側シール隙間形成用壁部20との相互間の間隔Gから浮動リング6の厚さTを減算した値が、シール隙間25のサイズとなっている。
【0046】
なお、浮動リング6の内外径のサイズとしては、回転軸2が停止している回転停止状態および回転軸2が回転している回転状態において、リップシール15と接触しないサイズとすることが好ましい。
【0047】
つぎに、前述した構成からなる本実施形態の作用について説明する。
【0048】
本実施形態の密封装置1によれば、回転軸2の回転停止時および低速時においては、リップシール15のリップ先端16が自身の弾性復元力により、固定部材5のシール当接面21に弾接しているので、密封側OSから大気側ASへの密封流体の漏れを確実かつ容易に防止することができる。
【0049】
そして、回転軸2が回転を開始すると、回転が上がるにつれてリップシール15のリップ先端16は、回転軸2の回転にともなう遠心力によって径方向外側に向かって弾性変形する。この弾性変形により、リップシール15のリップ先端16が拡開し、リップシール15のリップ先端16がシール当接面21から離間する。その結果、回転軸2の回転時において、リップシール15のリップ先端16とシール当接面21を非接触状態に保持することができる。
【0050】
なお、回転軸2の回転にともなう遠心力によってシール当接面21から離間したリップシール15のリップ先端16は、回転軸2の回転が低速になるとあるいは停止すると、自身の弾性復元力によってシール当接面21に当接したもとの状態に容易に復帰する。
【0051】
したがって、本実施形態の密封装置1によれば、回転軸2の回転が低速あるいは停止時における密封流体の漏れを確実かつ容易に防止することができる。
【0052】
また、本実施形態の密封装置1によれば、回転軸2が回転を開始すると、回転が上がるにつれて、回転部材3に接している密封流体としての潤滑油は、回転軸2に装着されている回転部材3の回転にともなう遠心力によって、固定部材5の内周面側に移動するが、固定部材5は遠心力が働かないので移動した潤滑油の一部がシール隙間25を通って密封側OSから大気側ASに流出しようとする。
【0053】
しかし、シール隙間25を通って大気側ASに流出しようとする潤滑油は、シール隙間25に配設されている厚さ寸法Tを1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lを3以上とした浮動リング6によって捕捉されて大気側ASへの流出が阻止され、潤滑油の大気側ASへの漏洩が防止される。
【0054】
この時、浮動リング6がシール隙間25において移動可能に配設されているので、浮動リング6は、潤滑油との接触によって回転軸2の回転速度より遅い速度で回転するとともに、回転側シール隙間形成用壁部12と浮動リング6との対向面間の隙間23に存在する潤滑油の圧力と、固定側シール隙間形成用壁部20と浮動リング6との対向面間の隙間24に存在する潤滑油の圧力とが均衡を保つように最適な位置に移動する。すなわち、浮動リング6は、回転軸2と同軸上に保持されるとともに、浮動リング6の左右に形成される隙間23,24が保持されるように自動調心されることになる。
【0055】
このように、本実施形態の密封装置1によれば、回転側シール隙間形成用壁部12と固定側シール隙間形成用壁部20との間に、厚さ寸法Tを1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lを3以上とした浮動リング6が配設されているから、シール隙間25のサイズを狭くせずに、非接触で、低速から高速までの広い範囲に亘って潤滑油の大気側ASへの漏洩を確実かつ容易に防止することができる。
【0056】
このことは、性能評価試験により確認することができた。この性能評価試験には、図2に示すように、外径80mmの回転軸の外周面に回転部材3の代用として断面ほぼL字状の環体により軸方向に対して垂直な金属製の回転側垂直壁31を設けるとともに、内径100mmのハウジング4の内周面に固定部材5の代用として断面ほぼL字状の環体により軸方向に対して垂直な大気側ASより観察できる透明な樹脂製の固定側垂直壁32を設け、回転側垂直壁31と固定側垂直壁32との相互間に浮動リング6を配設し、かつ0.5mm(回転側垂直壁31と固定側垂直壁32との相互間の間隔Gから浮動リング6の厚さTを減算した値)のシール隙間25を設けたものを本発明品とし、回転側垂直壁31と固定側垂直壁32との相互間に浮動リング6を配設せずに単に0.5mmのシール隙間25を設けたものを従来品として用いた。さらに、本発明品として、浮動リング6の厚さ寸法Tと幅方向の長さ寸法Lとの比が1:3、1:4.5、1:9の3種類のものを用い、浮動リング6の厚さ寸法Tと幅方向の長さ寸法Lとの比が1:2.5、1:1.75、1:1.4の3種類のものを比較品として用いた。
【0057】
また、潤滑油としてキャッスルSL 5W−20(トヨタ製商品名)を用いて、潤滑油の油温を150℃とし、回転軸2の回転数は、750、1000、2000、3000、4000、5000、6000、7000、8000rpmの9段階で回転させ、シール隙間25のサイズを0.1、0.2、0.3、0.4、0.5mmの5段階としたときの潤滑油の漏洩の有無も評価した。
【0058】
なお、潤滑油は、回転軸2を回転させた状態で密封側OSに供給し、漏洩の有無は、密封側OSに潤滑油を供給した後、24時間経過したときに大気側ASに潤滑油の漏洩があるか否かを目視により評価した。
【0059】
前記性能評価試験結果について説明する。
【0060】
本発明品は、シール隙間25を0.5mmとした場合であっても全回転領域(750〜8000rpm)において潤滑油の漏洩がなく良好な密封性能を有することが判明した。
【0061】
これに対して、従来品は、シール隙間25が最も少ない0.1mmの場合であっても回転軸2の回転数が4000rpmを越えると潤滑油の漏洩が発生し、シール隙間25が大きくなると潤滑油の漏洩が発生する回転軸の回転数が低下し、シール隙間25が0.5mm場合には、回転軸2の回転数が750rpmにおいても潤滑油の漏洩が発生する。
【0062】
また、性能評価試験において、潤滑油の漏洩がない状態では、シール隙間25に潤滑油の大気との境界部分である油面が環状に保持されているとともに、この油面が回転に沿って安定した流れ(層流)の状態で回転することが判明した。また、漏洩状態は、油面が波打つように乱れて(乱流)、油面の一部が剥離して大気側ASに飛散することにより生じることが判明した。
【0063】
すなわち、回転が高速になるにしたがい、潤滑油の流れが層流から乱流となり、浮動リング6および回転側シール隙間形成用壁部12の表面から剥離しやすくなり、遠心力を伝達できない潤滑層ができるという現象が生じる。この現象は、周速の違いから浮動リング6および回転側シール隙間形成用壁部12の外周部に発生しやすいものである。
【0064】
また、性能評価試験において、潤滑油の漏洩が浮動リング6の厚さ寸法Tと長さ寸法Lに関係があることが判明した。
【0065】
すなわち、性能評価試験の範囲ではシール隙間25にかかわらず、本発明品の如く、浮動リング6の厚さ寸法を1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lが3以上となった場合に、潤滑油の漏洩を防止することができる。これに対して比較品の如く、浮動リング6の厚さ寸法を1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lが3を下回った場合には、潤滑油の漏洩が発生する。
【0066】
このことは、性能評価試験において大気側ASから潤滑油の流れを観察すると、浮動リング6の厚さ寸法Tが長さ寸法Lの1/2になると、浮動リング6の表面に接触している潤滑油の流れが乱れて乱流となり潤滑油が漏洩し、浮動リング6の厚さ寸法Tが長さ寸法Lの1/3になると回転軸2の回転数を8000rpmの高速としても潤滑油の流れの乱れが無く潤滑油の漏洩を防止できることからも確認できた。
【0067】
このような、潤滑油の漏洩が、浮動リング6の厚さ寸法Tと長さ寸法Lに関係するのは、浮動リング6と接触する潤滑油は、浮動リング6の端面により遠心力が付与されて、浮動リング6の端面に沿って径方向外側に移動するが、厚さ寸法Tが大きいと、浮動リング6と固定部材5との間の潤滑油の粘性抵抗が大きくなり浮動リング6の回転に乱れを起こし、潤滑油の流れが乱れるためと推考する。これに対して、厚さ寸法Tに対して浮動リング6の長さ寸法Lが十分大きい場合には、浮動リング6と固定部材5との間の潤滑油の粘性抵抗が小さくなり浮動リング6は安定した回転となり乱流を防止できるものと推考する。
【0068】
また、性能評価試験により、浮動リング6の素材として、PTFE、ガラスを充填したPTFE、PEEK、PI、PPSおよびフェノール樹脂を用いた場合、シール隙間25を0.5mmとした場合であっても全回転領域(750〜8000rpm)において潤滑油の漏洩がなく良好な密封性能を有することが判明した。
【0069】
これに対して、浮動リングの素材をアルミニウムとした場合には、4000rpmで潤滑油の漏洩が発生し、鉄とした場合には750ppmで潤滑油の漏洩が発生することが判明した。
【0070】
本実施形態の浮動リング6の素材が、潤滑油の漏洩がなく良好な密封機能をもたらす理論は定かではないが、性能評価に供した金属素材との比較においては、潤滑油の粘性によって回転力を得られ易い軽さ(低比重)、潤滑油の動きに追随し易い柔軟性(低弾性率)があるためと推考する。このことから、浮動リング6の素材として金属の発泡体を用いることも可能であると推考する。
【0071】
なお、本実施形態の密封装置1を製造して実際の製品による性能試験を行ったところ、全回転領域(0〜8000rpm)において油漏れがなく良好な密封性能を有することが確認できた。
【0072】
したがって、本実施形態の密封装置1によれば、従来に比べてシール隙間25を広く設定できるので、シール隙間25のサイズを狭くせずに、低速から高速までの広い範囲に亘って密封流体の漏洩を長期間に亘り確実かつ容易に防止することができる。
【0073】
また、本実施形態の密封装置1によれば、回転時における潤滑油の漏洩の防止を非接触で行うことができるので、回転軸の回転トルクのロスを少なくすることができるとともに、経時的な変化が少ないので、長期間に亘り安定した密封機能を保持することができる。
【0074】
さらに、本実施形態の密封装置1によれば、シール隙間25を広く設定できるので、密封装置1の製作時の許容差および密封装置1の取付精度を緩和することができ、しかも回転軸2の軸方向のガタを吸収することもできるので、生産性の向上および低コスト化を容易に図ることもできる。
【0075】
図3は本発明に係る密封装置の第2実施形態を示すものである。
【0076】
本実施形態の密封装置1Aは、潤滑油の乱流の発生を抑制することができるようにしたものである。
【0077】
すなわち、本実施形態の密封装置1Aは、浮動リング6Aに、厚さ方向に対して直交する方向に沿って回転中心に向かう環状の切り込み35を設けることにより形成されている。本実施形態の切り込み35は、浮動リング6Aの外周面の軸方向に沿った厚さ方向の中央部分に形成されているとともに、その深さが、長さ寸法Lの70%程度とされている。
【0078】
なお、切り込み35の深さ、位置、数などは、浮動リングの外径寸法、内径寸法、厚さ寸法T、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lなどによって変更することができる。
【0079】
また、図3は、切り込み35が開いた状態を誇張して示してある。
【0080】
その他の構成は前述した第1実施形態の密封装置1と同様とされているので、その詳しい説明は省略する。
【0081】
このような構成により、本実施形態の密封装置1Aは、前述した第1実施形態の密封装置1と同様の効果を奏することができるとともに、高速回転時における浮動リング6Aの表面から潤滑油の一部が剥離するのをより確実に防止することができるので、シール隙間25をより大きくすることができる。
【0082】
このことは、前述した第1実施形態と同様の性能評価試験により確認することができた。
【0083】
本実施形態の密封装置1Aの性能評価試験結果について説明すると、回転軸2の回転が4000rpmまでの回転域においては、浮動リング6Aおよび浮動リング6Aの表面に接触している潤滑油の流れがともに安定した回転運動をしていることが観察できる。そして、さらなる回転数の増加とともなって徐々に潤滑油の流れに乱れが生じると、浮動リング6Aに設けられた切り込み35が開き始めるのが観察できる。そして、回転数のよりさらなる増加により、浮動リング6Aに接している潤滑油の流れが大きく乱れ乱流になると、浮動リング6Aの切り込み35が流れの乱れに応じて開閉し、回転時における浮動リング6Aの表面から潤滑油の一部が剥離するのを防止しているの観察することができる。この観察は、ストロボ発光下において明瞭に観察できる。
【0084】
すなわち、浮動リング6Aに厚さ方向に対して直交する方向に沿って回転中心に向かう環状の切り込み35を設けることで、浮動リング6Aに接する潤滑油の回転側と静止側との挙動の違い(流速の違い)に各々追随させて浮動リング6Aを回転させることができる。これにより、浮動リング6Aの表面に乱流が発生するのを抑制あるいは乱流が発生する回転数をより高くすることができるので、シール隙間25をより大きくしても、高速回転時における浮動リング6Aの表面から潤滑油の一部が剥離して大気側ASに漏洩するのをより確実に防止することができる。
【0085】
なお、本実施形態の密封装置1Aを製造して実際の製品による性能試験を行ったところ、全回転領域(0〜8000rpm)において油漏れがなく良好な密封性能を有することが確認できた。
【0086】
図4は本発明に係る密封装置の第3実施形態を示すものである。
【0087】
本実施形態の密封装置1Bは、潤滑油の乱流の発生を抑制することができるようにした構成の変形例である。
【0088】
すなわち、本実施形態の密封装置1Bは、浮動リング6Bの表面に凹凸模様36を設けることにより形成されている。この凹凸模様36は、成型金型のキャビティの表面に予め形成した梨地模様を転写することにより、表面粗さを10〜15μmRz程度とすることにより形成されている。
【0089】
なお、凹凸模様36は、浮動リング6Bの表面を機械的に加工する方法や、浮動リング6Bの表面をケミカルエッチングする方法などを用いて形成することができる。
【0090】
また、凹凸模様36は、凹凸(模様の深さ)が大きすぎると、潤滑油を攪拌する騒音が発生したり、逆効果となる場合があるので、密封部分のサイズや回転領域などに応じて、凹凸の大きさ、形状などを設定することが肝要である。
【0091】
さらに、図4に示すように、凹凸模様36を、浮動リング6Bの表面と、シール隙間25の回転部分である回転側シール隙間形成用壁部12の表面との両者に設けてもよい。
【0092】
なお、本実施形態の浮動リング6Bに、前述した第2実施形態の密封装置1Aの浮動リング6Aと同様の切り込み35を設ける構成としてもよい。
【0093】
その他の構成は前述した第1実施形態の密封装置1と同様とされているので、その詳しい説明は省略する。
【0094】
このような構成により、本実施形態の密封装置1Bは、前述した第1実施形態の密封装置1と同様の効果を奏することができるとともに、高速回転時における浮動リング6Bの表面から潤滑油の一部が剥離するのをより確実に防止することができるので、シール隙間25をより大きくすることができる。
【0095】
すなわち、浮動リング6Bの表面に設けた凹凸模様36は、浮動リング6Bと潤滑油との接触面積を容易に増加させることができるので、高速回転時における浮動リング6Bの表面に潤滑油の乱流が発生するのを抑制あるいは乱流が発生する回転数をより高くすることができる。
【0096】
なお、本実施形態の密封装置1Bを製造して実際の製品による性能試験を行ったところ、全回転領域(0〜8000rpm)において油漏れがなく良好な密封性能を有することが確認できた。
【0097】
図5は本発明に係る密封装置の第4実施形態を示すものである。
【0098】
本実施形態の密封装置1Cは、シール隙間25Cおよび浮動リング6Cを軸方向両端を異径とする筒状に形成したものである。
【0099】
すなわち、本実施形態の密封装置1Cの回転部材3Cの回転部材用環体7Cは、前述した第1実施形態における中間円筒部11が設けられておらす、大気側ASに向かうにしたがって拡径されたテーパーリング状の回転側シール隙間形成用壁部12Cを、内側直立壁部10Cの外周縁に延出形成することにより形成されている。
【0100】
本実施形態の密封装置1Cの固定部材5Cの固定部材用環体17Cは、前述した第1実施形態における固定側シール隙間形成用壁部20のかわりに、大気側ASに向かうにしたがって拡径されたテーパーリング状の固定側シール隙間形成用壁部20Cが設けられており、この固定側シール隙間形成用壁部20Cの外面が回転側シール隙間形成用壁部12Cの内面と所定の間隔をおいて平行に延在するように対向配置されている。
【0101】
そして、回転側シール隙間形成用壁部12Cと固定側シール隙間形成用壁部20Cとの相互間に、大気側ASに向かうにしたがって拡径されたテーパーリング状の浮動リング6Cが径方向および軸方向に移動可能に配置されている。この浮動リング6Cも、前述した第1実施形態の密封装置1の浮動リング6と同様に、厚さ寸法Tを1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法Lを3以上とするように形成されている。
【0102】
すなわち、本実施形態のシール隙間25Cおよび浮動リング6Cは、大気側ASが大径とされ、密封側OSが小径とされた、軸方向両端を異径とする筒状に形成されている。
【0103】
その他の構成は前述した第1実施形態の密封装置1と同様とされているので、その詳しい説明は省略する。
【0104】
なお、本実施形態の浮動リング6Cに、前述した第2実施形態の密封装置1Aの浮動リング6Aと同様の切り込み35および第3実施形態の密封装置1Bの浮動リング6Bと同様の凹凸模様36の一方もしくは両者を設けてもよい。ここで、切り込み35を設ける浮動リング6Cの面は、浮動リング6Cの大径側の端面となる。
【0105】
このような構成により、本実施形態の密封装置1Cは、前述した第1実施形態の密封装置1と同様の効果を奏することができるとともに、設置範囲の自由度が大きくなる。
【0106】
すなわち、本実施形態の密封装置1Cによれば、回転側シール隙間形成用壁部12Cおよび浮動リング6Cに、回転軸2の径方向に沿った垂直方向の遠心力を発生させることができるので、前述した第1実施形態の密封装置1と同様に、潤滑油の大気側ASへの漏洩を防止できるし、回転軸2とハウジング4との相互間の間隔が狭い場合であっても、軸方向のサイズに余裕があれば密封装置1Cを設置することができる。
【0107】
なお、本実施形態の密封装置1を製造して実際の製品による性能試験を行ったところ、全回転領域(0〜8000rpm)において油漏れがなく良好な密封性能を有することが確認できた。
【0108】
また、本実施形態の密封装置1Cにおいて、シール隙間25Cおよび浮動リング6Cの大気側ASを大径とし密封側をOSを小径とする構成の方が、大気側ASを大小径とし密封側OSを大径とする構成より密封性能が優れていることが実験により判明した。これは、大気側ASを大径とし密封側をOSを小径とした構成の方が、回転軸2に装着されている回転部材3Cの回転にともなう遠心力によって径方向外側にはじき飛ばされるように流動する潤滑油が、シール隙間形成用壁部12Cの大気側ASに向かって拡径する内面に張り付きやすく、常に回転力を付与された潤滑油が浮動リング6Cに沿って流動しているものと推考する。
【0109】
本発明の密封装置は、自動車のエンジンのみならず、ミッション、足回りの潤滑部分などに用いることができる。
【0110】
また、本発明の密封装置は、多種多様の密封流体の漏洩防止に用いることができる。
【0111】
なお、本発明は、前記各実施形態に限定されるものではなく、必要に応じて種々変更することができる。例えば、第1実施形態の密封装置において、リップシールを除去したり、第1実施形態の浮動リングに、切り込みおよび凹凸模様の一方もしくは両者を設けたりすることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体と静止部との間にシール隙間を設け、前記回転体の回転により密封流体の漏洩を非接触で防止することのできる密封装置において、
前記シール隙間に移動可能な浮動リングを設けるとともに、この浮動リングが、その厚さ寸法を1とした場合、厚さ方向に対して直交する幅方向の長さ寸法を3以上とするように形成されていることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記浮動リングが、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂から選択された1種もしくは複数種の樹脂により形成されていることを特徴とする請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記浮動リングが、フッ素樹脂により形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の密封装置。
【請求項4】
前記浮動リングに、厚さ方向に対して直交する方向に沿って回転中心に向かう環状の切り込みが設けられていることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の密封装置。
【請求項5】
前記浮動リングの表面に凹凸模様が設けられていることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の密封装置。
【請求項6】
前記シール隙間および浮動リングが、軸方向両端を異径とする筒状に形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の密封装置。
【請求項7】
前記回転体に回転体の少なくとも回転停止時における前記シール隙間からの密封流体の漏洩を防止するシール部材が設けられていることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【国際公開番号】WO2005/045286
【国際公開日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【発行日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515304(P2005−515304)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016393
【国際出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(000143307)株式会社荒井製作所 (100)
【Fターム(参考)】