導電性ペプチドナノファイバー及びその製造方法
【課題】導電性を有するペプチドナノファイバーを提供する。
【解決手段】ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーであって、前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、導電性ペプチドナノファイバー。
【解決手段】ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーであって、前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、導電性ペプチドナノファイバー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノファイバー形成能を有するペプチド又は前記ペプチドの誘導体により形成されたペプチドナノファイバーであって、導電性を有するペプチドナノファイバー及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで大きな物質を削ってナノメートルスケールにまで微細化していく「トップダウン」型アプローチを用いて、半導体素子や大規模集積回路(LSI)を作製する技術開発が盛んに行われてきた。しかしながら、その技術にも限界があり、20nm以下の微細構造を作ることができない。そこで近年、分子の自己組織化を利用し、規則的な微細構造を作り上げる研究が急速に進展している。このような自己組織化を利用した「ボトムアップ」型アプローチを模倣する代表例として生物の細胞があり、これをモデルシステムとした生体分子による新規材料開発の研究が大変注目を集めている。生体を作るタンパク質や核酸などの生体分子で材料を作る利点としては、外部からエネルギーを加えることなく自己組織化的に材料が構築されることから無駄のない製造システムであること、そして物質自体が生分解性であることなどが挙げられ、地球環境や生物に対して負荷が非常に少ないといえる。特にタンパク質は構成する天然アミノ酸の種類が20種類存在し、形成される構造や機能は多種多様であり、タンパク質を利用したナノテクノロジーは今後様々な分野において重要になってくると考えられる。
【0003】
図1は、アミノ酸がペプチド結合をして鎖状構造を形成し、これが自発的に最終的な立体構造を形成する過程を示したものである。図1に示すように、生体高分子であるタンパク質は20種類のアミノ酸(比較的単純な有機分子)(図1(a))が脱水縮合により一次元的に結合した鎖状構造(図1(b))を有し、これが折り畳まれて複雑な立体構造(図1(c))を形成する。タンパク質は生体中のさまざまな機能を担う重要な物質であり、例としてヒトの場合、およそ数万種類のタンパク質を用いているといわれている。またタンパク質は、折り畳み過程を通じて配列上の多くの残基が比較的規則的な二次構造から構成されている。その主なものはα螺旋構造、及びβシート構造であり、立体構造中のほとんどがα螺旋構造になっているもの(αタンパク質)、ほとんどがβシート構造になっているもの(βタンパク質)、また両者が混ざったもの(αβタンパク質)などがある。このようにタンパク質はそれぞれのアミノ酸配列にしたがって固有の立体構造をもち、その立体構造がそれぞれのタンパク質の機能を決定している。
【0004】
ところが近年、一種類あるいは多種類のタンパク質が本来の固有構造から変性し、線維状に自発的に凝集する現象が発見された。これらの多くは、体内において毒性をもち、アルツハイマー病、BSE(いわゆる狂牛病)などの疾患と関係しているといわれている。このようなタンパク質やペプチドの自己組織化によって形成されたナノメートルサイズの線維状集合体をアミロイド線維と呼ぶ。図2は、アミロイド線維形成の様子を示した模式図である。複数のタンパク質が線維状に凝集する現象では、多くの場合、線維を形成している部分はβシート構造になっており、本来βシートを持たないタンパク質であっても、線維形成にかかわる部分がβシート構造をもつ。結果として、図2(a)、(b)に示すように、分子間の水素結合によりβシートが多数連なり線維を形成すると考えられており、アミロイド線維に特徴的な構造である。アミロイド線維はナノメートルスケールで非常に規則正しい構造をしていると考えられており、工業的または産業的利用が期待されるにもかかわらず、いまだ確立されていないのが現状である。
【0005】
一般的に形成されたアミロイド線維の多くは、非常に安定で、高温状態(摂氏百度近く)でも壊れることがない。これは、アミロイド線維が線維状になる際の水素結合が、線維の凝集によって周囲の水溶液から隔離され、水素結合が水分子によって壊されにくい状態になっているからであると考えられる。これまでアミロイド線維はアルツハイマー病やBSEなどの疾患と関連して研究が進められてきたが、このような安定な線維構造という要素は工業的な観点から考慮すると、線維状の形態を保ちつつさらに種々の加工を施す際に重要な性質であると考えられる。またアミロイド線維は、直径が数ナノメートル程度で、長さは数百ナノメートル〜数十ミクロンに達することもあり、ナノファイバーとして利用することができる。さらにナノファイバーをより利用価値の高いものとするためには、ナノファイバーになんらかの機能を持たせることが考えられる。
【0006】
上述のように、ナノファイバーはβシートが連なった構造をしていると考えられており、これはナノスケールレベルで制御された超精密構造材と考えられ、機能性分子をナノレベルで制御して配列させることも可能であり、工業的および産業的に重要なテクノロジーに寄与する素材になると考えられる。
【0007】
また、ナノファイバーの1つであるアミロイド線維の構造は非常に安定であることから構造材料としての利用価値が高いと考えられ、また生分解性を有することから環境に優れた材料ということができる。従って、このようなナノファイバーに機能を付加させ、機能性ナノファイバーを作ることができれば、様々な分野でその応用が期待される。その応用分野の1例として、昨今の半導体プロセス技術の動向をみると、半導体内機能素子間の配線においてその配線の幅はますます小さなものが要求されている。このような中でナノファイバーを用いて配線をする技術についても注目されており、そのため導電性を有する有機分子などが着目されている。非特許文献1には、アミロイド線維を形成する病原性タンパク質を利用し、形成した線維に金粒子を結合させ、導電性機能を付加した例が報告されている。これは253残基からなる巨大な病原性タンパク質の1残基をCysに置換し、そのCysに金粒子を結合させ、銀メッキを施した後、さらに金メッキを施すことで導電性機能を付加させている。
【非特許文献1】Scheibel, T., Parthasarathy, R., Sawicki, G., Lin, X. M., Jaeger, H., Lindquist, S. L., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 4527-4532 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1に記載の方法により形成される導電性のアミロイド線維は、巨大なタンパク質がβシート構造をもって凝集したものであるが、配列上どの領域がβシート構造を形成しているのか明らかでないので、所望の3次元的位置に機能性分子を付加することが難しく、所望の性質を付加するための設計が困難である。ひいては、所望の性質を有するナノファイバーを得ることが困難である。または、所望の導電性を付加するために、2度も金属メッキを施す必要がある。さらに、Cysを持つタンパク質は特別に溶液を還元状態にしておかなくては、Cys同士でジスルフィド結合を形成してしまう恐れが生じる。
【0009】
導電性ナノファイバーとして、工業的に利用する上では巨大なタンパク質を用いるより、ファイバー形成に必要な部分のみの短いペプチドの用いる方が都合良い。その理由の1つはFmoc法等を利用した現行の固相ペプチド合成法では、合成する際に配列が長いほど合成効率が指数関数的に悪くなり、また合成に要する時間も長くなるためである。従って最終的に産業展開を見据えた場合、合成効率と合成時間の点からペプチドの残基数は短いほど都合良いことになる。
【0010】
また2つ目の理由としては合成されたペプチドの精製分離の容易さにある。構成アミノ酸残基数が多くなればなるほど、目的とするペプチドに近い分子量の副生成物も多くなり精製分離が困難になるが、短いペプチドになると副生成物も少なくなり容易に精製分離することができる。なお、ペプチドナノファイバーは、構造が比較的推測しやすく、したがって所望の性質を得るための設計が容易であり、また、金粒子を結合させても金粒子同士の距離が非常に近くなることから、1度の金属メッキで導電性を持たせることが可能であるなど、上述した巨大なタンパク質を用いた導電性のナノファイバーの問題点が解決される。また、ペプチドをナノファイバーとして用いると、形成されるナノファイバーの形態が非常に均質であること、ナノファイバー形成速度が早いことなど多くの利点がある。
【0011】
本発明は、アミノ酸配列中のCysを利用することなく導電性が付加された導電性ペプチドナノファイバーを提供することを目的とする。前記目的達成のための課題として、以下の2点がある。a)ペプチドナノファイバーに導電性をいかにして付加するか。b)導電性付加のための処理によってナノファイバー形成が阻害されたり、形成されたナノファイバーが破壊されることのない安定したファイバー形成能をもつペプチド配列はいかなるものか。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記目的を達成するために、次のものを提供する。
【0013】
(1)ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーであって、前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、導電性ペプチドナノファイバー。(1)においては、導電性物質をアミノ基に付加することにより導電性を付加することができ、上記課題a)を解決する。また、(1)において、「ペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバー」とは、ペプチドの塩又は前記誘導体の塩が自己組織化的に形成したナノファイバーを含むものとする。ナノファイバー形成に際して、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するペプチド、前記誘導体、またはこれらの塩を用いることにより、安定したファイバー形成能を実現し、さらに導電性付加処理においても、ファイバー形成能を保持し、あるいは形成したファイバーが破壊されないようにすることが可能であり、上記課題b)を解決する。
【0014】
(2)Xaa1及びXaa2は、Asp、Glu、Arg、Lys、His、Asn、及びGlnからなる群から選択されるアミノ酸である、(1)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0015】
(3)前記アミノ基は、N末端のアミノ基である、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0016】
(4)Xaa1、Xaa2の少なくとも一方がLysであり、前記アミノ基は、Lysの側鎖末端のアミノ基である、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0017】
(5)Xaa1はGluであり、Xaa2はLysである、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0018】
(6)前記導電性物質は金粒子である、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0019】
(7)前記金粒子は、直径が1nm以上でかつ20nm以下である、(6)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0020】
(8)前記金粒子は、これを核として金属イオンを析出してなる金属により被覆されている、(6)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0021】
(9)前記金属イオンは、金イオン又は銀イオンである、(8)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0022】
(10)前記導電性物質は、アミノ基反応性材料を介して、前記ペプチド又は前記ペプチドの誘導体のアミノ基に付加されている、(1)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0023】
(11)ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーを調製する工程(a)、前記工程(a)の後、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に、導電性物質を付加する工程(b)、を有する導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【0024】
(12)前記導電性物質は、金粒子である、(11)に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【0025】
(13)前記工程(b)の後、前記金粒子を核として金属イオンを析出させる工程(c)、をさらに有する、(12)に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明は、工業的に生産効率の高い7残基という短いペプチドを用いて、導電性ナノファイバーを提供することができ、微細配線を必要とする分野における導電性配線部材の1つの可能性を提供する。また、短いペプチドを用いるので、3次元構造が推測しやすく、所望の性質を得るための設計が容易である。なお、本発明においては、Cysを利用することなく導電性物質を付加することができるので、還元状態の溶液中でなくても導電性ペプチドナノファイバーを製造することができる。
【0027】
ペプチドナノファイバーは生物を利用して調製することも可能であり、環境に悪影響を及ぼすことがない。また生分解性であるため、この点からも環境に配慮したナノファイバーであるといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明のペプチドについて、実施の形態及び実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
本発明は、ナノファイバー形成能を有し、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーに関する。前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記ペプチドの誘導体のアミノ基に付加されている。ペプチド又はペプチドの誘導体は、N末端のアミノ基、アミノ酸残基の側鎖のアミノ基、またペプチドの誘導体である場合にはペプチドに結合した官能基のアミノ基を有する可能性があり、これらのアミノ基に前記導電性物質を付加しうる。Xaa1及びXaa2は、天然のアミノ酸である場合、酸性の側鎖を有するAsp、Glu、塩基性の側鎖を有するArg、Lys、His、あるいは酸性又は塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するAsn、Glnである。
【0030】
前記導電性物質の一例として、フェニル基を有する分子等のπ電子を有する分子、金属粒子等が挙げられる。前記導電性物質は、例えばアミノ基反応性材料を介してペプチド又はペプチドの誘導体のアミノ基に付加される。アミノ基反応性材料の一例として、sulf-N-hydroxy succinimideが挙げられ、これが付加された金粒子が入手容易であること等の理由から、前記導電性物質としては金粒子が好ましく用いられる。
【0031】
尚、前記ペプチド又はペプチド誘導体のアミノ基に金属粒子を付加した場合、この金属粒子を核として金属イオンを析出させ金属粒子を被覆することにより、異なるアミノ基に付加された金属同士が接触しやすくなり、導電性を確保しやすくなるので好ましい。
【0032】
例えば、ペプチド又はペプチド誘導体のアミノ基に金ナノ粒子を付加した場合、金ナノ粒子同士が互いに接しないと導電性を確保できないので、その場合、金ナノ粒子が互いに接するように金ナノ粒子の周囲に銀イオンまたは金イオンを析出させる方法を用いる。金メッキもしくは銀メッキする場合、メッキする試料にあらかじめ核となる金属が付加されていないと金属メッキされないため、金ナノ粒子をナノファイバー上に固定化する必要がある。
【0033】
図3は、導電性ナノファイバーを製造する方法の一例を模式的に示す断面図である。まず、Glu-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Lys (配列番号2)のペプチドからなるナノファイバー11を用意する(図3(a))。次に、直径1.4nmの金ナノ粒子14をペプチドのアミノ基12、13に付加する。ペプチド内には、N末端のアミノ基13と、Lys残基のアミノ基12が存在するので、これらのアミノ基12、13に金ナノ粒子14が付加される(図3(b))。金ナノ粒子は、1nm以上でかつ20nm以下が好ましく用いられ、1nm以上でかつ5nm以下がさらに好ましく用いられる。初めから大きな金ナノ粒子(例えば直径10nm以上)を用いることもできるが、その場合、ペプチドのアミノ基が金ナノ粒子と結合する可能性が著しく小さくなるため、最初に小さい金ナノ粒子(例えば直径1nm以上でかつ5nm以下)を付加し、ついでこれを金イオンの析出によって拡大するほうが、高い導電性を持たせることができるからである。
【0034】
次に、金ナノ粒子14を核として、その周囲に金イオンを析出させ、析出された金により金ナノ粒子14を被覆する(図3(c))。この工程により、金ナノ粒子14同士が接し、導電性ペプチドナノファイバーが製造される。尚、図3においては、金ナノ粒子がペプチドの全てのアミノ基に付加される様子を示したが、これは模式的であり、実際には、全てのアミノ基に金ナノ粒子が付加されることはないが、その場合であっても、複数本のペプチドナノファイバー11が互いに接触することや、金ナノ粒子を拡大すること等により、導電性を有するペプチドナノファイバーを製造することができる。
【0035】
尚、上記製造方法においては、7残基の短いペプチドを用いたが、短いペプチドを用いることでナノファイバー上の金ナノ粒子同士が非常に接近することになり、1回の金属メッキで導電性機能を持たせることも可能であり、導電性を付与する工程において、無駄が少なく効率が良いと考えられる。
【0036】
本明細書において、「ペプチドの誘導体」とは、ペプチドを構成するアミノ酸の主鎖及び/又は側鎖に官能基が共有結合したものをいう。ペプチドの誘導体の例としては、ペプチドの主鎖及び/又は側鎖にメチル基、アセチル基、リン酸基、ホルムアミド基等が共有結合したものが挙げられる。
【0037】
ペプチドの塩またはペプチドの誘導体の塩の例としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リン酸塩、酢酸塩、塩酸塩等が挙げられる。
【0038】
ペプチドは、液相法または固相法を用いた化学合成により調製したものであっても、目的の配列をコードするcDNAを用いて大腸菌等により発現、精製して調製したものであっても良い。この際用いるcDNAは通常の化学合成により調製すれば良い。
【実施例】
【0039】
本実施例において、導電性機能を付加させたペプチドナノファイバーのアミノ酸配列は、Glu-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Lys (配列番号2)であり、その略号をEK7aaとする。
【0040】
(実験方法)
1.ペプチド合成
ペプチドの合成は、固相合成法に基づきペプチド合成機(peptide synthesis system, Pioneer; Applied Biosystems)で行った。固相合成で用いた支持体レジンはPEG-PS樹脂(Applied Biosystems)でNα-アミノ基の保護に9-fluorenylmethoxycarbonyl (Fmoc) 保護基が付加されており、リジン残基側鎖の保護にはt-butoxycarbonyl (tBoc)保護基、グルタミン酸側鎖の保護にはt-butoxy (OtBu)保護基が付加されたものを使用した。アミノ酸のカップリングには保護基が導入されたアミノ酸(ペプチド研究所)を使用し、カップリング試薬としてN-[(Dimethylamino)-1H-1,2,3-triazole[4,5-6]pyridin-1-ylmethylene]-N-methylmethanaminium hexafluorophosphate N-oxide (HATU)(Applied Biosystems)を用いた。ペプチド保護基の脱保護反応は、混合溶液(0.5ml精製水、9.5ml TFA)中で、1時間半〜2時間かけて室温で行った。その後脱保護されたペプチドはt-butyl methyl ether (MTBE)で抽出し、遠心回収後、真空乾燥により得た。
【0041】
ペプチドの精製はDevelosil ODS column (Nomura Chemical)を用いてreverse-phase high-pressure liquid chromatography (RP-HPLC)(日立製作所)によって行われた。流速は10ml/minで、溶出の際のグラジエントは溶離液Bの濃度を30分で 20%から50%に変化させて行った。使用した溶離液Aは精製水(0.1%TFA)、溶離液Bはアセトニトリル(0.1%TFA)である。HPLCによって精製されたペプチドの確認は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted laser desorption ionization; MALDI)法を用いて飛行時間型質量分析機(AXIMA-CFR, 島津製作所)で行った。
【0042】
2.ナノファイバー形成反応
ペプチドを秤量し、90%メタノール水溶液を加えてそれを溶かし、これを3mMのペプチドストック溶液とした。さらにリン酸緩衝溶液(pH7.5)を調製し、ペプチドストック溶液から一定量分取し、リン酸緩衝溶液でペプチド濃度を300μM(9%メタノール、25mMリン酸緩衝溶液、pH7.5)に希釈して線維形成反応を開始した。
【0043】
3.原子間力顕微鏡(AFM)観察
各試料から2μl分取し、それを雲母基板(約1cm四方)上へ滴下し、1〜5分間室温で放置した。その後、基板洗浄のためにマイクロピペットを用いて50μlの精製水を傾けた基板の上端から滴下し、これを2回行った後、室温にて完全に乾燥させ、AFM(SPM-9500J2、島津製作所)観察を行った。
【0044】
4.円ニ色性(CD)分光測定
ペプチド溶液を約200μl分取し、それを光路長0.1cmの円筒型石英セルに入れ、250nm〜190nmの遠紫外領域のCD(Jasco J-720 spectropolarimeter、日本分光)測定を行った。
【0045】
5.光学顕微鏡観察
(1)コンゴーレッド(CR)結合アッセイ
秤量したCR(ナカライテスク)に80%メタノール水溶液を加えた後、ボルテックスで溶液を懸濁し、残りのCRの塊は1分間超音波をかけて粉砕した。10分間遠心(15000rpm)した後、 その上澄み溶液を孔径0.45μmのフィルター(sartorius)に2回通してCR飽和溶液を作製した。スライドガラス(松浪硝子工業)に試料を10μl滴下し、一度乾燥させた後、先に調製したCR飽和溶液を乾燥した試料の上に10μl滴下し、再度乾燥させた。作製した試料は偏光顕微鏡(Nikon ECLIPSE E600 POL、ニコン)を用いて観察を行った。
【0046】
(2)明視野観察
試料を5〜10μl分取し、スライドガラスにのせ、乾燥させた。その後、光学顕微鏡(Nikon ECLIPSE E600 POL、ニコン)を用いて、明視野観察を行った。倍率が500倍の時のみ、微分干渉フィルター(ニコン)をかけて同様に観察を行った。
【0047】
6.ナノファイバーのビオチン化とビオチン化効率測定
ナノファイバーのビオチン化に用いたビオチン化試薬はBiotin-(AC5)2Sulfo-Osu(以下単にビオチンと称する)(同仁化学研究所)であり、これは結合部位としてペプチドの遊離のアミノ基(リジン残基のε-アミノ基など)と結合する。このビオチン化試薬をペプチド濃度(300μM)の10倍になるようにナノファイバーに添加し、25℃で12時間、振とうを行った。その後溶液をすべて回収し、未反応のビオチンを除くために18時間以上透析(Spectra/Por membrane, MWCO: 3500)を行った。
【0048】
ビオチン化効率を見積もるために4-Hydrooxyazobenzene-2-carboxylic acid(HABA)(Pierce)を秤量し、10mMHABAになるように10mMNaOH水溶液を加える(HABA溶液の調製)。さらに、アビジン(Pierce)を秤量し、phosphate buffered saline (PBS)と先に調整したHABA溶液を加えて、アビジンの最終濃度が約7μM、HABAの最終濃度が約300μMになるように調製した(HABA-アビジン溶液の調製)。180μlのHABA-アビジン溶液を、ミクロセル(光路長1cm)に入れ、紫外分光光度計(HITACHI U-3210 spectrophotometer)で500nmの吸光度を測定した。これを3回繰り返し、3回の平均値をその値とした(これをAbsAとする)。次に180μlのHABA-アビジン溶液に20μlのビオチン化ファイバーを加え、5分間以上静置した後、同様に500nmの吸光度を測定した(これをAbsBとする)。AbsAとAbsBの値より、下記の式(1)に従いファイバーに固定化されたビオチン濃度[A(mol/l)]を算出した。
【0049】
式(1)
A(mol/l)= [104×(0.9×AbsA-AbsB)/34] ×10-6
ビオチン化されたペプチド濃度をB(mol/l)とすると以下の式(2)により、ペプチド1分子をラベル化したビオチンの数を計算することができる。
【0050】
式(2)
A/B = ペプチド1分子に結合したビオチンの数(mol/mol)
7.導電性機能付加法
導電性機能付加は、形成されたナノファイバー表面に露出していると思われるペプチドのN末端またはリジン残基側鎖のアミノ基に、官能基としてsulf-N-hydroxy succinimideが付加した金ナノ粒子(直径1.4nm)(以下単に金ナノ粒子と称する)を共有結合させて行った。実際にはナノファイバー形成後2日以上経過したナノファイバー溶液から400μl分取し、これを凍結乾燥状態の金ナノ粒子が入ったチューブ(Nanoprobes)に加え、軽くボルテックスで撹拌した後、4℃の低温で12〜18時間ローター(プチローターMODEL2210、和研薬株式会社)で撹拌を行った。その後溶液をすべて回収し、未反応の金ナノ粒子を除くために18時間以上透析(Spectra/Por membrane, MWCO: 10000)を行った。透析膜からナノファイバー溶液を回収後、4℃、10000rpmで10分間遠心を行い、上澄溶液を捨て、再度精製水を加えて同様に遠心を行った。この遠心操作を5回行った。
【0051】
(1)銀メッキ化
ナノファイバー水溶液に等量のLI Silver混合溶液を加え、20分間室温で反応させることで、ナノファイバー上に修飾された金ナノ粒子を銀メッキした。この時のLI Silver混合溶液の調製は、LI Silver Initiator溶液(Nanoprobes)とLI Silver Enhancer溶液(Nanoprobes)を1:1の比率で混ぜ合わせたものである。
【0052】
(2)金メッキ化
ナノファイバー水溶液に等量のGoldEnhance LM混合溶液を加え、20分間室温で反応させることで、ナノファイバー上に修飾された金ナノ粒子を金メッキした。この時のGoldEnhance LM混合溶液の調製は、GoldEnhance LM溶液A、B、C、そしてDを1:1:1:1の比率で混ぜ合わせたものである。
【0053】
各種メッキ化した後、4℃、10000rpmで10分間遠心を行い、上澄溶液を捨て、再度精製水を加えて同様に遠心を行った。この遠心操作を5回行った。
【0054】
8.導電性測定
図4は、導電性測定の工程を模式的に示す図である。導電性測定には、歯部26aを有する第1の電極26と、歯部27aを有する第2の電極27とからなるくし形電極21(電極幅10μm、電極間隔5μm、電極材料:炭素)(ビー・エー・エス(株)製)を使用した(図4(a)参照)。まず、図4(a)に示すように、調製したEK7aaペプチドナノファイバー、金ナノ粒子を付加したナノファイバー、銀メッキしたナノファイバー、そして金メッキしたナノファイバーのいずれかのナノファイバー25を含む試料をナノファイバー溶液22とし、注入手段23を用いてナノファイバー溶液22を0.5μlくし形電極21の上方から滴下し、歯部26a、27aにのせ、次に図4(b)に示すように乾燥させた。EK7aaのペプチドナノファイバーは、溶媒にリン酸が含まれているので、ナノファイバー溶液22を歯部26a、27aにのせ乾燥させた後、50μlの精製水で3回電極21を洗浄した。導電性測定は(北斗電工(株)製HAG-1510m)を使用し、直流電流測定、インピーダンス測定をおこなった。
【0055】
(実験結果)
1.Glu-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Lys(略称名:EK7aa)の合成とナノファイバー形成
EK7aaの合成とナノファイバー形成反応は上記の実験方法により行った。図5(a)はEK7aaを模式的に示し、図5(b)はEK7aaのファイバー形成開始から7日後の0mM塩化ナトリウム中で形成されたナノファイバーのAFM画像を示し、図4(c)はEK7aaの0mM塩化ナトリウムでのCD測定のグラフを示す。図5(a)に示すように、EK7aaは両末端のアミノ酸側鎖電荷がN、C両末端の電荷を打ち消すアミノ酸配列になっている。
【0056】
タンパク質の二次構造(α-ヘリックス、β-シート、ランダムコイル構造)の有無は、CD測定を行うことによって確認することができる。一般にランダムコイル構造のCDスペクトルは約200nm付近に負の極小を持つことが知られているが、このペプチドはファイバー形成開始直後のCDスペクトルは約200nmに正の極大、約225nmに負の極大値を示した(図5(c))。これはβ-シート構造に特徴的なスペクトルであり、反応直後のペプチドはすでに分子間相互作用によりβ-シート様の構造を形成している事を示している。その後時間が経過するとともにCDスペクトルも変化し、3日後にはその変化は無くなった。これは3日間かけてナノファイバーが成長していることを示している。
【0057】
また図5(b)に示すように、AFM観察により形成されたナノファイバーは比較的直線性が高く、その高さは5〜20nm、また長さは1〜10μmであることが確認された。それぞれのファイバーを詳細に観察したところ、さらに細いファイバーが束になってファイバーを形成していることがわかった。
【0058】
有機化合物のコンゴーレッド(CR)はアミロイド線維の検出に古くから使われる染色試薬あり、CRがアミロイド線維に結合すると緑色の複屈折が偏光顕微鏡で確認される。このCRはアミロイド線維に特異的に結合することが知られており、緑色複屈折の確認は凝集体がアミロイド線維であるという証拠の1つとなる。そこでEK7aaから形成されたナノファイバーをCRで染色し、偏光顕微鏡で観察してみると、緑色の複屈折が確認された。これはEK7aaによって形成されたナノファイバーはアミロイド線維であることを示している。
【0059】
2.ペプチドナノファイバーのビオチン化
EK7aaから形成されるナノファイバーに機能性分子が結合されるかどうか確認するために、金ナノ粒子と同様の官能基sulf-N-hydroxy succinimideが付加されたビオチンをナノファイバーに結合させる実験を行った。ビオチン化効率を見積もった結果、0.077±0.001mol/molであった。EK7aaの配列中にビオチンが結合し得るアミノ基は2つ(N末端とリジン残基側鎖末端)存在するので、EK7aa約13分子に1つの割合でビオチンがナノファイバーに結合していることが確認された。この結果は、ペプチドの配列上に存在するアミノ基を利用して、ペプチドナノファイバーの表面になんらかの分子を付加することができることを示している。
【0060】
3.ペプチドナノファイバーの金ナノ粒子付加と金属メッキ
さらにEK7aaから成るナノファイバーに導電性機能を付加するために、ビオチン化の時と同様の官能基sulf-N-hydroxy succinimideが付加された金ナノ粒子をナノファイバーに結合させる実験を行った。図6は、金ナノ粒子を付加する前のナノファイバーの、通常の明視野での光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけた場合の光学顕微鏡画像(b)である。図7は、金ナノ粒子を付加させたナノファイバーの、通常の明視野での光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけた場合の光学顕微鏡画像(b)と、AFM画像(c)である。
【0061】
金ナノ粒子を付加する前のナノファイバーを光学顕微鏡で観察すると、通常の明視野ではその存在を確認することが難しいが(図6(a))、微分干渉フィルターをかけて観察を行うと、明確にファイバーの存在を確認することができた(図6(b))。また図5(b)で示すようにAFMで観察したファイバー表面は、比較的なめらかであることがわかる。そこで金ナノ粒子を付加させたナノファイバーを光学顕微鏡で観察したところ、この場合も通常の明視野ではファイバーの存在は確認しにくかったが(図7(a))、微分干渉フィルターをかけて観察を行うと、ファイバーが存在することが確認できた(図7(b))。さらにこのファイバーをAFMで観察したところ、図7(c)に示すように、金ナノ粒子を付加する前のファイバーと同様に比較的ファイバー表面はなめらかで金ナノ粒子の存在を明確に確認することはできなかった。これは使用した金ナノ粒子の直径が1.4nmで、非常に小さい粒径であったからと考えられる。
【0062】
ナノファイバーに結合された金ナノ粒子同士が密に接していない可能性が考えられるので、金属メッキにより金ナノ粒子の粒径を大きくさせ、金属粒子同士の間隔を狭めることを行った。
【0063】
(1)銀メッキ
金属中でもっとも抵抗率の低い金属種である銀(抵抗率=1.6×10-8Ωm(20℃))をナノファイバー上の金ナノ粒子の周りに析出させた。図8は、20分間銀メッキさせた後のナノファイバーの、通常の明視野での光学顕微鏡画像(a)と、AFM画像(b)である。これまでナノファイバーは通常の明視野では確認しにくかったが、銀メッキを施した場合、図8(a)に示すように通常の明視野でも明らかにナノファイバーを確認することができた。ナノファイバーは黒色になり、ファイバーの周りに銀が析出したことが伺える。またAFM観察を行ったところ、図8(b)に示すように、メッキさせる前のファイバーの表面とは大きく異なり、直径5〜20nmの粒子がナノファイバー上に付着していることが確認された。
【0064】
(2)金メッキ
銀メッキと同様に比較的抵抗率の小さい金属種である金(抵抗率=2.4×10-8Ωm(20℃))をナノファイバー上の金ナノ粒子の周りに析出させることを行った。20分間金メッキさせた後、光学顕微鏡で通常の明視野観察を行ったところ、銀メッキと同様に、赤茶色のナノファイバーを確認することができた(図9(a))。さらにAFMでも表面観察を行ったところ、直径5〜20nmの粒子がナノファイバー上に付着しているのを確認した(図9(b))。
【0065】
以上の結果は、確認しにくかった金ナノ粒子は確実にナノファイバー上に付加されていることを示しており、また銀メッキおよび金メッキにより金属粒子をより接近させることに成功したことを示している。さらに、金属メッキをさせている間またはファイバーを遠心回収している間にファイバーは崩れることなく金属粒子で覆われたナノファイバーを得ることができたことから、EK7aaから成るナノファイバーは非常に構造的に安定であることを示しており、これは種々の加工プロセスが想定される工業生産の観点からも有用な物性であるといえる。
【0066】
4.導電性ナノファイバーの導電性測定
実際に作製した導電性ナノファイバーが導電性機能を有しているのか確認するため、以下の4種類のナノファイバーの導電性測定を行った。
(i)EK7aaから成るナノファイバー
(ii)金ナノ粒子を付加させたEK7aaナノファイバー
(iii)銀メッキさせたEK7aaナノファイバー
(iv)金メッキさせたEK7aaナノファイバー
これら4種類の試料をくし形電極21(図4(a)参照)にのせ、乾燥させた状態(図4(b)参照)で直流電流測定とインピーダンス測定を行った。なお基準測定として何も試料をのせずに電極そのものの測定も行った。
【0067】
(1)直流電流測定
試料(i)、(iii)は電圧値を変化させても電流は流れず、オーム抵抗を求めることができなかった。試料(iii)は銀メッキさせたナノファイバーでもっとも導電性が高いと思われたが、これは銀メッキさせている間に溶液中で銀が酸化されてしまい、絶縁体となったためであると考えられる。試料(ii)、(iv)は電流が流れることが確認され、オーム抵抗を求めることができた。図10(a)は、試料(ii)の電圧−電流特性を示す図であり、図10(b)は、試料(iv)の電圧−電流特性を示す図である。図10(a)に示すように、試料(ii)の抵抗値は10.9GΩであった。また、図10(b)に示すように、試料(iv)の抵抗値は5.03MΩであった。電極21の歯部26a、27aの上に約1000本のナノファイバーがのっているとすると、それぞれ1本のナノファイバーの抵抗値は、試料(ii)では約10.5TΩ、試料(iv)では約5.03GΩであることがわかる。
【0068】
(2)インピーダンス測定
図11は、電極のみと各試料の50mVでのインピーダンス|Z|(図11(a) )とφの周波数特性(図11(b))を測定した結果を示す。低周波数において電極のみ、試料(i)、試料(iii)の抵抗値はほぼ同じで約100GΩ程度であり、ほぼ絶縁体であることがわかる。しかし、試料(ii)、(iv)の低周波数における抵抗値はそれぞれ約10GΩと約5MΩであることがわかる。これらの値は直流電流測定から得られた抵抗値と良い一致を示す。
【0069】
以上の結果は、金ナノ粒子を付加させたナノファイバーと金メッキしたナノファイバーは明らかに電流が流れたことを示し、導電性機能付加が成功したことを示している。さらに試料(ii)と試料(iv)を比較すると、試料(iv)のほうが試料(ii)よりも約1000倍導電性が向上している。これは金メッキすることで金ナノ粒子の粒径が増加し、金属粒子同士が密に接したためと考えられる。
【0070】
上記実施例においては、EK7aaについてのみ、そのナノファイバー形成能を確認し、また導電性を付加しうることを確認したが、本発明に係る配列番号1に記載のその他のペプチドの一部に関し、ナノファイバー形成能を有することは、本発明者の一人である田村らによってなされた特願2003-385670及び特願2004-151698において確認されている。また、本発明に係るその他のペプチドに関しても、本発明者は、前記出願の知見に基づき、ナノファイバー形成能を実現しうると考える。また、本発明に係るいずれのペプチドもアミノ基を有するので、上述の方法により導電性物質を付加することにより、導電性を示すペプチドナノファイバーを形成しうると考える。
【産業上の利用可能性】
【0071】
ますます微細で大規模な電子回路の開発が必要とされる中で、本発明に係るナノスケールの導電性ペプチドナノファイバーは非常に有効である。本発明の導電性ペプチドナノファイバーを用いることによって、10ナノメートル以下の太さの導電性を有するナノファイバーが可能となり、これによって現在の半導体プロセス技術で可能なものよりも、数分の1のスケールの導電路を形成することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】アミノ酸がペプチド結合し、最終的な立体構造を形成する過程を示した図。
【図2】アミロイド線維形成の様子を示した模式図。
【図3】導電性ナノファイバーを製造する方法の一例を模式的に示す断面図。
【図4】導電性測定の工程を模式的に示す図。
【図5】EK7aaの模式図(a)と、ナノファイバーのAFM画像(b)、およびCD測定のグラフ(c)。
【図6】EK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけて観察した光学顕微鏡画像(b)。
【図7】金ナノ粒子を付加したEK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけて観察した光学顕微鏡画像(b)、およびAFM画像(c)。
【図8】銀メッキしたEK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、AFM画像(b)。
【図9】金メッキしたEK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、AFM画像(b)。
【図10】金ナノ粒子を付加したナノファイバーの直流電流測定の結果(a)と、金メッキ化したナノファイバーの直流電流測定の結果(b)。
【図11】各ナノファイバーのインピーダンス測定の結果(a)と位相周波数測定の結 果(b)。
【符号の説明】
【0073】
11 ナノファイバー
12,13 アミノ基
14 金ナノ粒子
21 くし形電極
22 ナノファイバー溶液
23 注入手段
25 ナノファイバー
26 第1の電極
26a 歯部
27 第2の電極
27a 歯部
【配列表のフリーテキスト】
【0074】
〈210〉1
〈223〉1番目の残基のXaaは任意のアミノ酸残基であり、7番目の残基のXaaは任意のアミノ酸残基である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノファイバー形成能を有するペプチド又は前記ペプチドの誘導体により形成されたペプチドナノファイバーであって、導電性を有するペプチドナノファイバー及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで大きな物質を削ってナノメートルスケールにまで微細化していく「トップダウン」型アプローチを用いて、半導体素子や大規模集積回路(LSI)を作製する技術開発が盛んに行われてきた。しかしながら、その技術にも限界があり、20nm以下の微細構造を作ることができない。そこで近年、分子の自己組織化を利用し、規則的な微細構造を作り上げる研究が急速に進展している。このような自己組織化を利用した「ボトムアップ」型アプローチを模倣する代表例として生物の細胞があり、これをモデルシステムとした生体分子による新規材料開発の研究が大変注目を集めている。生体を作るタンパク質や核酸などの生体分子で材料を作る利点としては、外部からエネルギーを加えることなく自己組織化的に材料が構築されることから無駄のない製造システムであること、そして物質自体が生分解性であることなどが挙げられ、地球環境や生物に対して負荷が非常に少ないといえる。特にタンパク質は構成する天然アミノ酸の種類が20種類存在し、形成される構造や機能は多種多様であり、タンパク質を利用したナノテクノロジーは今後様々な分野において重要になってくると考えられる。
【0003】
図1は、アミノ酸がペプチド結合をして鎖状構造を形成し、これが自発的に最終的な立体構造を形成する過程を示したものである。図1に示すように、生体高分子であるタンパク質は20種類のアミノ酸(比較的単純な有機分子)(図1(a))が脱水縮合により一次元的に結合した鎖状構造(図1(b))を有し、これが折り畳まれて複雑な立体構造(図1(c))を形成する。タンパク質は生体中のさまざまな機能を担う重要な物質であり、例としてヒトの場合、およそ数万種類のタンパク質を用いているといわれている。またタンパク質は、折り畳み過程を通じて配列上の多くの残基が比較的規則的な二次構造から構成されている。その主なものはα螺旋構造、及びβシート構造であり、立体構造中のほとんどがα螺旋構造になっているもの(αタンパク質)、ほとんどがβシート構造になっているもの(βタンパク質)、また両者が混ざったもの(αβタンパク質)などがある。このようにタンパク質はそれぞれのアミノ酸配列にしたがって固有の立体構造をもち、その立体構造がそれぞれのタンパク質の機能を決定している。
【0004】
ところが近年、一種類あるいは多種類のタンパク質が本来の固有構造から変性し、線維状に自発的に凝集する現象が発見された。これらの多くは、体内において毒性をもち、アルツハイマー病、BSE(いわゆる狂牛病)などの疾患と関係しているといわれている。このようなタンパク質やペプチドの自己組織化によって形成されたナノメートルサイズの線維状集合体をアミロイド線維と呼ぶ。図2は、アミロイド線維形成の様子を示した模式図である。複数のタンパク質が線維状に凝集する現象では、多くの場合、線維を形成している部分はβシート構造になっており、本来βシートを持たないタンパク質であっても、線維形成にかかわる部分がβシート構造をもつ。結果として、図2(a)、(b)に示すように、分子間の水素結合によりβシートが多数連なり線維を形成すると考えられており、アミロイド線維に特徴的な構造である。アミロイド線維はナノメートルスケールで非常に規則正しい構造をしていると考えられており、工業的または産業的利用が期待されるにもかかわらず、いまだ確立されていないのが現状である。
【0005】
一般的に形成されたアミロイド線維の多くは、非常に安定で、高温状態(摂氏百度近く)でも壊れることがない。これは、アミロイド線維が線維状になる際の水素結合が、線維の凝集によって周囲の水溶液から隔離され、水素結合が水分子によって壊されにくい状態になっているからであると考えられる。これまでアミロイド線維はアルツハイマー病やBSEなどの疾患と関連して研究が進められてきたが、このような安定な線維構造という要素は工業的な観点から考慮すると、線維状の形態を保ちつつさらに種々の加工を施す際に重要な性質であると考えられる。またアミロイド線維は、直径が数ナノメートル程度で、長さは数百ナノメートル〜数十ミクロンに達することもあり、ナノファイバーとして利用することができる。さらにナノファイバーをより利用価値の高いものとするためには、ナノファイバーになんらかの機能を持たせることが考えられる。
【0006】
上述のように、ナノファイバーはβシートが連なった構造をしていると考えられており、これはナノスケールレベルで制御された超精密構造材と考えられ、機能性分子をナノレベルで制御して配列させることも可能であり、工業的および産業的に重要なテクノロジーに寄与する素材になると考えられる。
【0007】
また、ナノファイバーの1つであるアミロイド線維の構造は非常に安定であることから構造材料としての利用価値が高いと考えられ、また生分解性を有することから環境に優れた材料ということができる。従って、このようなナノファイバーに機能を付加させ、機能性ナノファイバーを作ることができれば、様々な分野でその応用が期待される。その応用分野の1例として、昨今の半導体プロセス技術の動向をみると、半導体内機能素子間の配線においてその配線の幅はますます小さなものが要求されている。このような中でナノファイバーを用いて配線をする技術についても注目されており、そのため導電性を有する有機分子などが着目されている。非特許文献1には、アミロイド線維を形成する病原性タンパク質を利用し、形成した線維に金粒子を結合させ、導電性機能を付加した例が報告されている。これは253残基からなる巨大な病原性タンパク質の1残基をCysに置換し、そのCysに金粒子を結合させ、銀メッキを施した後、さらに金メッキを施すことで導電性機能を付加させている。
【非特許文献1】Scheibel, T., Parthasarathy, R., Sawicki, G., Lin, X. M., Jaeger, H., Lindquist, S. L., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 4527-4532 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1に記載の方法により形成される導電性のアミロイド線維は、巨大なタンパク質がβシート構造をもって凝集したものであるが、配列上どの領域がβシート構造を形成しているのか明らかでないので、所望の3次元的位置に機能性分子を付加することが難しく、所望の性質を付加するための設計が困難である。ひいては、所望の性質を有するナノファイバーを得ることが困難である。または、所望の導電性を付加するために、2度も金属メッキを施す必要がある。さらに、Cysを持つタンパク質は特別に溶液を還元状態にしておかなくては、Cys同士でジスルフィド結合を形成してしまう恐れが生じる。
【0009】
導電性ナノファイバーとして、工業的に利用する上では巨大なタンパク質を用いるより、ファイバー形成に必要な部分のみの短いペプチドの用いる方が都合良い。その理由の1つはFmoc法等を利用した現行の固相ペプチド合成法では、合成する際に配列が長いほど合成効率が指数関数的に悪くなり、また合成に要する時間も長くなるためである。従って最終的に産業展開を見据えた場合、合成効率と合成時間の点からペプチドの残基数は短いほど都合良いことになる。
【0010】
また2つ目の理由としては合成されたペプチドの精製分離の容易さにある。構成アミノ酸残基数が多くなればなるほど、目的とするペプチドに近い分子量の副生成物も多くなり精製分離が困難になるが、短いペプチドになると副生成物も少なくなり容易に精製分離することができる。なお、ペプチドナノファイバーは、構造が比較的推測しやすく、したがって所望の性質を得るための設計が容易であり、また、金粒子を結合させても金粒子同士の距離が非常に近くなることから、1度の金属メッキで導電性を持たせることが可能であるなど、上述した巨大なタンパク質を用いた導電性のナノファイバーの問題点が解決される。また、ペプチドをナノファイバーとして用いると、形成されるナノファイバーの形態が非常に均質であること、ナノファイバー形成速度が早いことなど多くの利点がある。
【0011】
本発明は、アミノ酸配列中のCysを利用することなく導電性が付加された導電性ペプチドナノファイバーを提供することを目的とする。前記目的達成のための課題として、以下の2点がある。a)ペプチドナノファイバーに導電性をいかにして付加するか。b)導電性付加のための処理によってナノファイバー形成が阻害されたり、形成されたナノファイバーが破壊されることのない安定したファイバー形成能をもつペプチド配列はいかなるものか。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記目的を達成するために、次のものを提供する。
【0013】
(1)ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーであって、前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、導電性ペプチドナノファイバー。(1)においては、導電性物質をアミノ基に付加することにより導電性を付加することができ、上記課題a)を解決する。また、(1)において、「ペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバー」とは、ペプチドの塩又は前記誘導体の塩が自己組織化的に形成したナノファイバーを含むものとする。ナノファイバー形成に際して、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するペプチド、前記誘導体、またはこれらの塩を用いることにより、安定したファイバー形成能を実現し、さらに導電性付加処理においても、ファイバー形成能を保持し、あるいは形成したファイバーが破壊されないようにすることが可能であり、上記課題b)を解決する。
【0014】
(2)Xaa1及びXaa2は、Asp、Glu、Arg、Lys、His、Asn、及びGlnからなる群から選択されるアミノ酸である、(1)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0015】
(3)前記アミノ基は、N末端のアミノ基である、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0016】
(4)Xaa1、Xaa2の少なくとも一方がLysであり、前記アミノ基は、Lysの側鎖末端のアミノ基である、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0017】
(5)Xaa1はGluであり、Xaa2はLysである、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0018】
(6)前記導電性物質は金粒子である、(2)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0019】
(7)前記金粒子は、直径が1nm以上でかつ20nm以下である、(6)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0020】
(8)前記金粒子は、これを核として金属イオンを析出してなる金属により被覆されている、(6)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0021】
(9)前記金属イオンは、金イオン又は銀イオンである、(8)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0022】
(10)前記導電性物質は、アミノ基反応性材料を介して、前記ペプチド又は前記ペプチドの誘導体のアミノ基に付加されている、(1)に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【0023】
(11)ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーを調製する工程(a)、前記工程(a)の後、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に、導電性物質を付加する工程(b)、を有する導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【0024】
(12)前記導電性物質は、金粒子である、(11)に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【0025】
(13)前記工程(b)の後、前記金粒子を核として金属イオンを析出させる工程(c)、をさらに有する、(12)に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明は、工業的に生産効率の高い7残基という短いペプチドを用いて、導電性ナノファイバーを提供することができ、微細配線を必要とする分野における導電性配線部材の1つの可能性を提供する。また、短いペプチドを用いるので、3次元構造が推測しやすく、所望の性質を得るための設計が容易である。なお、本発明においては、Cysを利用することなく導電性物質を付加することができるので、還元状態の溶液中でなくても導電性ペプチドナノファイバーを製造することができる。
【0027】
ペプチドナノファイバーは生物を利用して調製することも可能であり、環境に悪影響を及ぼすことがない。また生分解性であるため、この点からも環境に配慮したナノファイバーであるといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明のペプチドについて、実施の形態及び実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
本発明は、ナノファイバー形成能を有し、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーに関する。前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記ペプチドの誘導体のアミノ基に付加されている。ペプチド又はペプチドの誘導体は、N末端のアミノ基、アミノ酸残基の側鎖のアミノ基、またペプチドの誘導体である場合にはペプチドに結合した官能基のアミノ基を有する可能性があり、これらのアミノ基に前記導電性物質を付加しうる。Xaa1及びXaa2は、天然のアミノ酸である場合、酸性の側鎖を有するAsp、Glu、塩基性の側鎖を有するArg、Lys、His、あるいは酸性又は塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するAsn、Glnである。
【0030】
前記導電性物質の一例として、フェニル基を有する分子等のπ電子を有する分子、金属粒子等が挙げられる。前記導電性物質は、例えばアミノ基反応性材料を介してペプチド又はペプチドの誘導体のアミノ基に付加される。アミノ基反応性材料の一例として、sulf-N-hydroxy succinimideが挙げられ、これが付加された金粒子が入手容易であること等の理由から、前記導電性物質としては金粒子が好ましく用いられる。
【0031】
尚、前記ペプチド又はペプチド誘導体のアミノ基に金属粒子を付加した場合、この金属粒子を核として金属イオンを析出させ金属粒子を被覆することにより、異なるアミノ基に付加された金属同士が接触しやすくなり、導電性を確保しやすくなるので好ましい。
【0032】
例えば、ペプチド又はペプチド誘導体のアミノ基に金ナノ粒子を付加した場合、金ナノ粒子同士が互いに接しないと導電性を確保できないので、その場合、金ナノ粒子が互いに接するように金ナノ粒子の周囲に銀イオンまたは金イオンを析出させる方法を用いる。金メッキもしくは銀メッキする場合、メッキする試料にあらかじめ核となる金属が付加されていないと金属メッキされないため、金ナノ粒子をナノファイバー上に固定化する必要がある。
【0033】
図3は、導電性ナノファイバーを製造する方法の一例を模式的に示す断面図である。まず、Glu-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Lys (配列番号2)のペプチドからなるナノファイバー11を用意する(図3(a))。次に、直径1.4nmの金ナノ粒子14をペプチドのアミノ基12、13に付加する。ペプチド内には、N末端のアミノ基13と、Lys残基のアミノ基12が存在するので、これらのアミノ基12、13に金ナノ粒子14が付加される(図3(b))。金ナノ粒子は、1nm以上でかつ20nm以下が好ましく用いられ、1nm以上でかつ5nm以下がさらに好ましく用いられる。初めから大きな金ナノ粒子(例えば直径10nm以上)を用いることもできるが、その場合、ペプチドのアミノ基が金ナノ粒子と結合する可能性が著しく小さくなるため、最初に小さい金ナノ粒子(例えば直径1nm以上でかつ5nm以下)を付加し、ついでこれを金イオンの析出によって拡大するほうが、高い導電性を持たせることができるからである。
【0034】
次に、金ナノ粒子14を核として、その周囲に金イオンを析出させ、析出された金により金ナノ粒子14を被覆する(図3(c))。この工程により、金ナノ粒子14同士が接し、導電性ペプチドナノファイバーが製造される。尚、図3においては、金ナノ粒子がペプチドの全てのアミノ基に付加される様子を示したが、これは模式的であり、実際には、全てのアミノ基に金ナノ粒子が付加されることはないが、その場合であっても、複数本のペプチドナノファイバー11が互いに接触することや、金ナノ粒子を拡大すること等により、導電性を有するペプチドナノファイバーを製造することができる。
【0035】
尚、上記製造方法においては、7残基の短いペプチドを用いたが、短いペプチドを用いることでナノファイバー上の金ナノ粒子同士が非常に接近することになり、1回の金属メッキで導電性機能を持たせることも可能であり、導電性を付与する工程において、無駄が少なく効率が良いと考えられる。
【0036】
本明細書において、「ペプチドの誘導体」とは、ペプチドを構成するアミノ酸の主鎖及び/又は側鎖に官能基が共有結合したものをいう。ペプチドの誘導体の例としては、ペプチドの主鎖及び/又は側鎖にメチル基、アセチル基、リン酸基、ホルムアミド基等が共有結合したものが挙げられる。
【0037】
ペプチドの塩またはペプチドの誘導体の塩の例としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リン酸塩、酢酸塩、塩酸塩等が挙げられる。
【0038】
ペプチドは、液相法または固相法を用いた化学合成により調製したものであっても、目的の配列をコードするcDNAを用いて大腸菌等により発現、精製して調製したものであっても良い。この際用いるcDNAは通常の化学合成により調製すれば良い。
【実施例】
【0039】
本実施例において、導電性機能を付加させたペプチドナノファイバーのアミノ酸配列は、Glu-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Lys (配列番号2)であり、その略号をEK7aaとする。
【0040】
(実験方法)
1.ペプチド合成
ペプチドの合成は、固相合成法に基づきペプチド合成機(peptide synthesis system, Pioneer; Applied Biosystems)で行った。固相合成で用いた支持体レジンはPEG-PS樹脂(Applied Biosystems)でNα-アミノ基の保護に9-fluorenylmethoxycarbonyl (Fmoc) 保護基が付加されており、リジン残基側鎖の保護にはt-butoxycarbonyl (tBoc)保護基、グルタミン酸側鎖の保護にはt-butoxy (OtBu)保護基が付加されたものを使用した。アミノ酸のカップリングには保護基が導入されたアミノ酸(ペプチド研究所)を使用し、カップリング試薬としてN-[(Dimethylamino)-1H-1,2,3-triazole[4,5-6]pyridin-1-ylmethylene]-N-methylmethanaminium hexafluorophosphate N-oxide (HATU)(Applied Biosystems)を用いた。ペプチド保護基の脱保護反応は、混合溶液(0.5ml精製水、9.5ml TFA)中で、1時間半〜2時間かけて室温で行った。その後脱保護されたペプチドはt-butyl methyl ether (MTBE)で抽出し、遠心回収後、真空乾燥により得た。
【0041】
ペプチドの精製はDevelosil ODS column (Nomura Chemical)を用いてreverse-phase high-pressure liquid chromatography (RP-HPLC)(日立製作所)によって行われた。流速は10ml/minで、溶出の際のグラジエントは溶離液Bの濃度を30分で 20%から50%に変化させて行った。使用した溶離液Aは精製水(0.1%TFA)、溶離液Bはアセトニトリル(0.1%TFA)である。HPLCによって精製されたペプチドの確認は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted laser desorption ionization; MALDI)法を用いて飛行時間型質量分析機(AXIMA-CFR, 島津製作所)で行った。
【0042】
2.ナノファイバー形成反応
ペプチドを秤量し、90%メタノール水溶液を加えてそれを溶かし、これを3mMのペプチドストック溶液とした。さらにリン酸緩衝溶液(pH7.5)を調製し、ペプチドストック溶液から一定量分取し、リン酸緩衝溶液でペプチド濃度を300μM(9%メタノール、25mMリン酸緩衝溶液、pH7.5)に希釈して線維形成反応を開始した。
【0043】
3.原子間力顕微鏡(AFM)観察
各試料から2μl分取し、それを雲母基板(約1cm四方)上へ滴下し、1〜5分間室温で放置した。その後、基板洗浄のためにマイクロピペットを用いて50μlの精製水を傾けた基板の上端から滴下し、これを2回行った後、室温にて完全に乾燥させ、AFM(SPM-9500J2、島津製作所)観察を行った。
【0044】
4.円ニ色性(CD)分光測定
ペプチド溶液を約200μl分取し、それを光路長0.1cmの円筒型石英セルに入れ、250nm〜190nmの遠紫外領域のCD(Jasco J-720 spectropolarimeter、日本分光)測定を行った。
【0045】
5.光学顕微鏡観察
(1)コンゴーレッド(CR)結合アッセイ
秤量したCR(ナカライテスク)に80%メタノール水溶液を加えた後、ボルテックスで溶液を懸濁し、残りのCRの塊は1分間超音波をかけて粉砕した。10分間遠心(15000rpm)した後、 その上澄み溶液を孔径0.45μmのフィルター(sartorius)に2回通してCR飽和溶液を作製した。スライドガラス(松浪硝子工業)に試料を10μl滴下し、一度乾燥させた後、先に調製したCR飽和溶液を乾燥した試料の上に10μl滴下し、再度乾燥させた。作製した試料は偏光顕微鏡(Nikon ECLIPSE E600 POL、ニコン)を用いて観察を行った。
【0046】
(2)明視野観察
試料を5〜10μl分取し、スライドガラスにのせ、乾燥させた。その後、光学顕微鏡(Nikon ECLIPSE E600 POL、ニコン)を用いて、明視野観察を行った。倍率が500倍の時のみ、微分干渉フィルター(ニコン)をかけて同様に観察を行った。
【0047】
6.ナノファイバーのビオチン化とビオチン化効率測定
ナノファイバーのビオチン化に用いたビオチン化試薬はBiotin-(AC5)2Sulfo-Osu(以下単にビオチンと称する)(同仁化学研究所)であり、これは結合部位としてペプチドの遊離のアミノ基(リジン残基のε-アミノ基など)と結合する。このビオチン化試薬をペプチド濃度(300μM)の10倍になるようにナノファイバーに添加し、25℃で12時間、振とうを行った。その後溶液をすべて回収し、未反応のビオチンを除くために18時間以上透析(Spectra/Por membrane, MWCO: 3500)を行った。
【0048】
ビオチン化効率を見積もるために4-Hydrooxyazobenzene-2-carboxylic acid(HABA)(Pierce)を秤量し、10mMHABAになるように10mMNaOH水溶液を加える(HABA溶液の調製)。さらに、アビジン(Pierce)を秤量し、phosphate buffered saline (PBS)と先に調整したHABA溶液を加えて、アビジンの最終濃度が約7μM、HABAの最終濃度が約300μMになるように調製した(HABA-アビジン溶液の調製)。180μlのHABA-アビジン溶液を、ミクロセル(光路長1cm)に入れ、紫外分光光度計(HITACHI U-3210 spectrophotometer)で500nmの吸光度を測定した。これを3回繰り返し、3回の平均値をその値とした(これをAbsAとする)。次に180μlのHABA-アビジン溶液に20μlのビオチン化ファイバーを加え、5分間以上静置した後、同様に500nmの吸光度を測定した(これをAbsBとする)。AbsAとAbsBの値より、下記の式(1)に従いファイバーに固定化されたビオチン濃度[A(mol/l)]を算出した。
【0049】
式(1)
A(mol/l)= [104×(0.9×AbsA-AbsB)/34] ×10-6
ビオチン化されたペプチド濃度をB(mol/l)とすると以下の式(2)により、ペプチド1分子をラベル化したビオチンの数を計算することができる。
【0050】
式(2)
A/B = ペプチド1分子に結合したビオチンの数(mol/mol)
7.導電性機能付加法
導電性機能付加は、形成されたナノファイバー表面に露出していると思われるペプチドのN末端またはリジン残基側鎖のアミノ基に、官能基としてsulf-N-hydroxy succinimideが付加した金ナノ粒子(直径1.4nm)(以下単に金ナノ粒子と称する)を共有結合させて行った。実際にはナノファイバー形成後2日以上経過したナノファイバー溶液から400μl分取し、これを凍結乾燥状態の金ナノ粒子が入ったチューブ(Nanoprobes)に加え、軽くボルテックスで撹拌した後、4℃の低温で12〜18時間ローター(プチローターMODEL2210、和研薬株式会社)で撹拌を行った。その後溶液をすべて回収し、未反応の金ナノ粒子を除くために18時間以上透析(Spectra/Por membrane, MWCO: 10000)を行った。透析膜からナノファイバー溶液を回収後、4℃、10000rpmで10分間遠心を行い、上澄溶液を捨て、再度精製水を加えて同様に遠心を行った。この遠心操作を5回行った。
【0051】
(1)銀メッキ化
ナノファイバー水溶液に等量のLI Silver混合溶液を加え、20分間室温で反応させることで、ナノファイバー上に修飾された金ナノ粒子を銀メッキした。この時のLI Silver混合溶液の調製は、LI Silver Initiator溶液(Nanoprobes)とLI Silver Enhancer溶液(Nanoprobes)を1:1の比率で混ぜ合わせたものである。
【0052】
(2)金メッキ化
ナノファイバー水溶液に等量のGoldEnhance LM混合溶液を加え、20分間室温で反応させることで、ナノファイバー上に修飾された金ナノ粒子を金メッキした。この時のGoldEnhance LM混合溶液の調製は、GoldEnhance LM溶液A、B、C、そしてDを1:1:1:1の比率で混ぜ合わせたものである。
【0053】
各種メッキ化した後、4℃、10000rpmで10分間遠心を行い、上澄溶液を捨て、再度精製水を加えて同様に遠心を行った。この遠心操作を5回行った。
【0054】
8.導電性測定
図4は、導電性測定の工程を模式的に示す図である。導電性測定には、歯部26aを有する第1の電極26と、歯部27aを有する第2の電極27とからなるくし形電極21(電極幅10μm、電極間隔5μm、電極材料:炭素)(ビー・エー・エス(株)製)を使用した(図4(a)参照)。まず、図4(a)に示すように、調製したEK7aaペプチドナノファイバー、金ナノ粒子を付加したナノファイバー、銀メッキしたナノファイバー、そして金メッキしたナノファイバーのいずれかのナノファイバー25を含む試料をナノファイバー溶液22とし、注入手段23を用いてナノファイバー溶液22を0.5μlくし形電極21の上方から滴下し、歯部26a、27aにのせ、次に図4(b)に示すように乾燥させた。EK7aaのペプチドナノファイバーは、溶媒にリン酸が含まれているので、ナノファイバー溶液22を歯部26a、27aにのせ乾燥させた後、50μlの精製水で3回電極21を洗浄した。導電性測定は(北斗電工(株)製HAG-1510m)を使用し、直流電流測定、インピーダンス測定をおこなった。
【0055】
(実験結果)
1.Glu-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Lys(略称名:EK7aa)の合成とナノファイバー形成
EK7aaの合成とナノファイバー形成反応は上記の実験方法により行った。図5(a)はEK7aaを模式的に示し、図5(b)はEK7aaのファイバー形成開始から7日後の0mM塩化ナトリウム中で形成されたナノファイバーのAFM画像を示し、図4(c)はEK7aaの0mM塩化ナトリウムでのCD測定のグラフを示す。図5(a)に示すように、EK7aaは両末端のアミノ酸側鎖電荷がN、C両末端の電荷を打ち消すアミノ酸配列になっている。
【0056】
タンパク質の二次構造(α-ヘリックス、β-シート、ランダムコイル構造)の有無は、CD測定を行うことによって確認することができる。一般にランダムコイル構造のCDスペクトルは約200nm付近に負の極小を持つことが知られているが、このペプチドはファイバー形成開始直後のCDスペクトルは約200nmに正の極大、約225nmに負の極大値を示した(図5(c))。これはβ-シート構造に特徴的なスペクトルであり、反応直後のペプチドはすでに分子間相互作用によりβ-シート様の構造を形成している事を示している。その後時間が経過するとともにCDスペクトルも変化し、3日後にはその変化は無くなった。これは3日間かけてナノファイバーが成長していることを示している。
【0057】
また図5(b)に示すように、AFM観察により形成されたナノファイバーは比較的直線性が高く、その高さは5〜20nm、また長さは1〜10μmであることが確認された。それぞれのファイバーを詳細に観察したところ、さらに細いファイバーが束になってファイバーを形成していることがわかった。
【0058】
有機化合物のコンゴーレッド(CR)はアミロイド線維の検出に古くから使われる染色試薬あり、CRがアミロイド線維に結合すると緑色の複屈折が偏光顕微鏡で確認される。このCRはアミロイド線維に特異的に結合することが知られており、緑色複屈折の確認は凝集体がアミロイド線維であるという証拠の1つとなる。そこでEK7aaから形成されたナノファイバーをCRで染色し、偏光顕微鏡で観察してみると、緑色の複屈折が確認された。これはEK7aaによって形成されたナノファイバーはアミロイド線維であることを示している。
【0059】
2.ペプチドナノファイバーのビオチン化
EK7aaから形成されるナノファイバーに機能性分子が結合されるかどうか確認するために、金ナノ粒子と同様の官能基sulf-N-hydroxy succinimideが付加されたビオチンをナノファイバーに結合させる実験を行った。ビオチン化効率を見積もった結果、0.077±0.001mol/molであった。EK7aaの配列中にビオチンが結合し得るアミノ基は2つ(N末端とリジン残基側鎖末端)存在するので、EK7aa約13分子に1つの割合でビオチンがナノファイバーに結合していることが確認された。この結果は、ペプチドの配列上に存在するアミノ基を利用して、ペプチドナノファイバーの表面になんらかの分子を付加することができることを示している。
【0060】
3.ペプチドナノファイバーの金ナノ粒子付加と金属メッキ
さらにEK7aaから成るナノファイバーに導電性機能を付加するために、ビオチン化の時と同様の官能基sulf-N-hydroxy succinimideが付加された金ナノ粒子をナノファイバーに結合させる実験を行った。図6は、金ナノ粒子を付加する前のナノファイバーの、通常の明視野での光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけた場合の光学顕微鏡画像(b)である。図7は、金ナノ粒子を付加させたナノファイバーの、通常の明視野での光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけた場合の光学顕微鏡画像(b)と、AFM画像(c)である。
【0061】
金ナノ粒子を付加する前のナノファイバーを光学顕微鏡で観察すると、通常の明視野ではその存在を確認することが難しいが(図6(a))、微分干渉フィルターをかけて観察を行うと、明確にファイバーの存在を確認することができた(図6(b))。また図5(b)で示すようにAFMで観察したファイバー表面は、比較的なめらかであることがわかる。そこで金ナノ粒子を付加させたナノファイバーを光学顕微鏡で観察したところ、この場合も通常の明視野ではファイバーの存在は確認しにくかったが(図7(a))、微分干渉フィルターをかけて観察を行うと、ファイバーが存在することが確認できた(図7(b))。さらにこのファイバーをAFMで観察したところ、図7(c)に示すように、金ナノ粒子を付加する前のファイバーと同様に比較的ファイバー表面はなめらかで金ナノ粒子の存在を明確に確認することはできなかった。これは使用した金ナノ粒子の直径が1.4nmで、非常に小さい粒径であったからと考えられる。
【0062】
ナノファイバーに結合された金ナノ粒子同士が密に接していない可能性が考えられるので、金属メッキにより金ナノ粒子の粒径を大きくさせ、金属粒子同士の間隔を狭めることを行った。
【0063】
(1)銀メッキ
金属中でもっとも抵抗率の低い金属種である銀(抵抗率=1.6×10-8Ωm(20℃))をナノファイバー上の金ナノ粒子の周りに析出させた。図8は、20分間銀メッキさせた後のナノファイバーの、通常の明視野での光学顕微鏡画像(a)と、AFM画像(b)である。これまでナノファイバーは通常の明視野では確認しにくかったが、銀メッキを施した場合、図8(a)に示すように通常の明視野でも明らかにナノファイバーを確認することができた。ナノファイバーは黒色になり、ファイバーの周りに銀が析出したことが伺える。またAFM観察を行ったところ、図8(b)に示すように、メッキさせる前のファイバーの表面とは大きく異なり、直径5〜20nmの粒子がナノファイバー上に付着していることが確認された。
【0064】
(2)金メッキ
銀メッキと同様に比較的抵抗率の小さい金属種である金(抵抗率=2.4×10-8Ωm(20℃))をナノファイバー上の金ナノ粒子の周りに析出させることを行った。20分間金メッキさせた後、光学顕微鏡で通常の明視野観察を行ったところ、銀メッキと同様に、赤茶色のナノファイバーを確認することができた(図9(a))。さらにAFMでも表面観察を行ったところ、直径5〜20nmの粒子がナノファイバー上に付着しているのを確認した(図9(b))。
【0065】
以上の結果は、確認しにくかった金ナノ粒子は確実にナノファイバー上に付加されていることを示しており、また銀メッキおよび金メッキにより金属粒子をより接近させることに成功したことを示している。さらに、金属メッキをさせている間またはファイバーを遠心回収している間にファイバーは崩れることなく金属粒子で覆われたナノファイバーを得ることができたことから、EK7aaから成るナノファイバーは非常に構造的に安定であることを示しており、これは種々の加工プロセスが想定される工業生産の観点からも有用な物性であるといえる。
【0066】
4.導電性ナノファイバーの導電性測定
実際に作製した導電性ナノファイバーが導電性機能を有しているのか確認するため、以下の4種類のナノファイバーの導電性測定を行った。
(i)EK7aaから成るナノファイバー
(ii)金ナノ粒子を付加させたEK7aaナノファイバー
(iii)銀メッキさせたEK7aaナノファイバー
(iv)金メッキさせたEK7aaナノファイバー
これら4種類の試料をくし形電極21(図4(a)参照)にのせ、乾燥させた状態(図4(b)参照)で直流電流測定とインピーダンス測定を行った。なお基準測定として何も試料をのせずに電極そのものの測定も行った。
【0067】
(1)直流電流測定
試料(i)、(iii)は電圧値を変化させても電流は流れず、オーム抵抗を求めることができなかった。試料(iii)は銀メッキさせたナノファイバーでもっとも導電性が高いと思われたが、これは銀メッキさせている間に溶液中で銀が酸化されてしまい、絶縁体となったためであると考えられる。試料(ii)、(iv)は電流が流れることが確認され、オーム抵抗を求めることができた。図10(a)は、試料(ii)の電圧−電流特性を示す図であり、図10(b)は、試料(iv)の電圧−電流特性を示す図である。図10(a)に示すように、試料(ii)の抵抗値は10.9GΩであった。また、図10(b)に示すように、試料(iv)の抵抗値は5.03MΩであった。電極21の歯部26a、27aの上に約1000本のナノファイバーがのっているとすると、それぞれ1本のナノファイバーの抵抗値は、試料(ii)では約10.5TΩ、試料(iv)では約5.03GΩであることがわかる。
【0068】
(2)インピーダンス測定
図11は、電極のみと各試料の50mVでのインピーダンス|Z|(図11(a) )とφの周波数特性(図11(b))を測定した結果を示す。低周波数において電極のみ、試料(i)、試料(iii)の抵抗値はほぼ同じで約100GΩ程度であり、ほぼ絶縁体であることがわかる。しかし、試料(ii)、(iv)の低周波数における抵抗値はそれぞれ約10GΩと約5MΩであることがわかる。これらの値は直流電流測定から得られた抵抗値と良い一致を示す。
【0069】
以上の結果は、金ナノ粒子を付加させたナノファイバーと金メッキしたナノファイバーは明らかに電流が流れたことを示し、導電性機能付加が成功したことを示している。さらに試料(ii)と試料(iv)を比較すると、試料(iv)のほうが試料(ii)よりも約1000倍導電性が向上している。これは金メッキすることで金ナノ粒子の粒径が増加し、金属粒子同士が密に接したためと考えられる。
【0070】
上記実施例においては、EK7aaについてのみ、そのナノファイバー形成能を確認し、また導電性を付加しうることを確認したが、本発明に係る配列番号1に記載のその他のペプチドの一部に関し、ナノファイバー形成能を有することは、本発明者の一人である田村らによってなされた特願2003-385670及び特願2004-151698において確認されている。また、本発明に係るその他のペプチドに関しても、本発明者は、前記出願の知見に基づき、ナノファイバー形成能を実現しうると考える。また、本発明に係るいずれのペプチドもアミノ基を有するので、上述の方法により導電性物質を付加することにより、導電性を示すペプチドナノファイバーを形成しうると考える。
【産業上の利用可能性】
【0071】
ますます微細で大規模な電子回路の開発が必要とされる中で、本発明に係るナノスケールの導電性ペプチドナノファイバーは非常に有効である。本発明の導電性ペプチドナノファイバーを用いることによって、10ナノメートル以下の太さの導電性を有するナノファイバーが可能となり、これによって現在の半導体プロセス技術で可能なものよりも、数分の1のスケールの導電路を形成することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】アミノ酸がペプチド結合し、最終的な立体構造を形成する過程を示した図。
【図2】アミロイド線維形成の様子を示した模式図。
【図3】導電性ナノファイバーを製造する方法の一例を模式的に示す断面図。
【図4】導電性測定の工程を模式的に示す図。
【図5】EK7aaの模式図(a)と、ナノファイバーのAFM画像(b)、およびCD測定のグラフ(c)。
【図6】EK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけて観察した光学顕微鏡画像(b)。
【図7】金ナノ粒子を付加したEK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、微分干渉フィルターをかけて観察した光学顕微鏡画像(b)、およびAFM画像(c)。
【図8】銀メッキしたEK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、AFM画像(b)。
【図9】金メッキしたEK7aaのナノファイバーの光学顕微鏡画像(a)と、AFM画像(b)。
【図10】金ナノ粒子を付加したナノファイバーの直流電流測定の結果(a)と、金メッキ化したナノファイバーの直流電流測定の結果(b)。
【図11】各ナノファイバーのインピーダンス測定の結果(a)と位相周波数測定の結 果(b)。
【符号の説明】
【0073】
11 ナノファイバー
12,13 アミノ基
14 金ナノ粒子
21 くし形電極
22 ナノファイバー溶液
23 注入手段
25 ナノファイバー
26 第1の電極
26a 歯部
27 第2の電極
27a 歯部
【配列表のフリーテキスト】
【0074】
〈210〉1
〈223〉1番目の残基のXaaは任意のアミノ酸残基であり、7番目の残基のXaaは任意のアミノ酸残基である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーであって、前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項2】
Xaa1及びXaa2は、Asp、Glu、Arg、Lys、His、Asn、及びGlnからなる群から選択されるアミノ酸である、請求項1に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項3】
前記アミノ基は、N末端のアミノ基である、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項4】
Xaa1、Xaa2の少なくとも一方がLysであり、前記アミノ基は、Lysの側鎖末端のアミノ基である、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項5】
Xaa1はGluであり、Xaa2はLysである、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項6】
前記導電性物質は金粒子である、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項7】
前記金粒子は、直径が1nm以上でかつ20nm以下である、請求項6に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項8】
前記金粒子は、これを核として金属イオンを析出してなる金属により被覆されている、請求項6に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項9】
前記金属イオンは、金イオン又は銀イオンである、請求項8に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項10】
前記導電性物質は、アミノ基反応性材料を介して、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項11】
(a) ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーを調製する工程、
(b) 前記工程(a)の後、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に、導電性物質を付加する工程、
を有する導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【請求項12】
前記導電性物質は、金粒子である、請求項11に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【請求項13】
(c) 前記工程(b)の後、前記金粒子を核として金属イオンを析出させる工程、
をさらに有する、請求項12に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【請求項1】
ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーに、導電性物質を付加してなる、導電性ペプチドナノファイバーであって、前記導電性物質は、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項2】
Xaa1及びXaa2は、Asp、Glu、Arg、Lys、His、Asn、及びGlnからなる群から選択されるアミノ酸である、請求項1に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項3】
前記アミノ基は、N末端のアミノ基である、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項4】
Xaa1、Xaa2の少なくとも一方がLysであり、前記アミノ基は、Lysの側鎖末端のアミノ基である、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項5】
Xaa1はGluであり、Xaa2はLysである、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項6】
前記導電性物質は金粒子である、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項7】
前記金粒子は、直径が1nm以上でかつ20nm以下である、請求項6に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項8】
前記金粒子は、これを核として金属イオンを析出してなる金属により被覆されている、請求項6に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項9】
前記金属イオンは、金イオン又は銀イオンである、請求項8に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項10】
前記導電性物質は、アミノ基反応性材料を介して、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に付加されている、請求項2に記載の導電性ペプチドナノファイバー。
【請求項11】
(a) ナノファイバー形成能を有する、Xaa-Phe-Ile-Val-Ile-Phe-Xaa(配列番号1)(N末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa1であり、C末端のXaaは任意のアミノ酸残基Xaa2であり、Xaa1及びXaa2は、酸性側鎖を有するアミノ酸、塩基性側鎖を有するアミノ酸、又は酸性及び塩基性に準ずる極性をもつ側鎖を有するアミノ酸である)のアミノ酸配列からなるペプチド又は前記ペプチドの誘導体が自己組織化的に形成したナノファイバーを調製する工程、
(b) 前記工程(a)の後、前記ペプチド又は前記誘導体のアミノ基に、導電性物質を付加する工程、
を有する導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【請求項12】
前記導電性物質は、金粒子である、請求項11に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【請求項13】
(c) 前記工程(b)の後、前記金粒子を核として金属イオンを析出させる工程、
をさらに有する、請求項12に記載の導電性ペプチドナノファイバーの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図10】
【図11】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図10】
【図11】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2006−117602(P2006−117602A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−308542(P2004−308542)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]