説明

小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法及び小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップ

【課題】 入手が容易で増殖率が高い細胞系を利用して小胞体ストレスに関与する物質を簡便且つ的確に判別することが可能な小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法及び細胞評価チップを提供する。
【解決手段】 小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無による細胞生存率回復濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価する。あるいは、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無によるBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価する。これら両者を併用してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小胞体ストレスに関与する物質をスクリーニングするためのスクリーニング方法に関するものであり、さらには前記スクリーニングに用いる細胞評価チップに関するものである。
【背景技術】
【0002】
疾病発症に関わる生体ストレスとしては酸化ストレスが知られており、これを抑制する多様な機能性物質が探索され、研究されている。一方、近年、新たなストレスとして小胞体ストレスが見出され、酸化ストレスと同様に、各種疾病への関与が示唆されている。
【0003】
小胞体ストレスとは、小胞体内において生合成途中の不安定なタンパク質が物理・化学的刺激によって正常な折り畳み構造の構築に失敗し、異常タンパク質となって小胞体に蓄積してしまう状態を言う。小胞体内において、生合成途中の不安定なタンパク質は物理・化学的刺激を受けやすく、その刺激によって異常な折り畳み構造を持つ異常タンパク質へと変化してしまう。小胞体で正しく折り畳まれたタンパク質はゴルジ体へと運ばれるが、折り畳みに失敗した前記異常タンパク質は小胞体内に停留される。
【0004】
アルツハイマー病やパーキンソン病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮生側索硬化症(ALS)等に代表される神経変性疾患においては、多くの場合、神経細胞内に異常なタンパク質が凝集体を形成していることが認められ、神経変性との関連が強く示唆されてきた。最近になり、小胞体ストレスと神経細胞死との関連性が次々と指摘され、神経変性疾患における小胞体ストレスの役割がにわかに脚光を浴びている。その他にも、インシュリンを盛んに合成分泌する膵臓のβ細胞等、タンパク合成を盛んに行う細胞で小胞体ストレスが生じやすく、糖尿病を初めとした生活習慣病の発症にも関わっていることも示唆されている。
【0005】
現在、加齢や疾病への幅広い関与から、酸化ストレスについて健康関連市場等で非常に注目されているが、小胞体ストレスもこれに匹敵する大きな要因となる可能性が高く、今後は小胞体ストレスについても関心が高まるものと予想される。
【0006】
このような状況から、例えば小胞体ストレスの測定方法や小胞体ストレスに影響を及ぼす物質の探索についての研究が各方面で進められており(例えば、特許文献1〜特許文献7等を参照)、小胞体ストレスの研究を進める上で、有用な情報が得られるようになってきている。
【特許文献1】特開2001−066302号公報
【特許文献2】特開2003−212790号公報
【特許文献3】特開2004−309186号公報
【特許文献4】特開2005−065692号公報
【特許文献5】特開2005−204516号公報
【特許文献6】特開2005−245247号公報
【特許文献7】特開2006−034288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、前述の各特許文献に記載される技術の多くは、遺伝子改変を行った特殊な細胞、若しくはトランスジェニック動物、特定の病態動物、特定の遺伝子が欠損している特定の細胞等に小胞体ストレスを誘導する物質と被検物質とを作用させ、例えばアポトーシスに特異的な変化を調べるという手法に関するものであり、いずれも遺伝子改変細胞や遺伝子改変動物が必要である。
【0008】
しかしながら、遺伝子改変細胞や遺伝子改変動物は、その作成が容易ではなく、コスト等の点において、汎用の手法とするには課題が多い。また、小胞体ストレスマーカの発現量を測定する方法も提案されているが、複雑な生化学的手法が必要であるという問題がある。さらに、例えば特許文献6等において、単純にアポトーシス等を調べることで小胞体ストレスに影響を及ぼす物質を探索することが提案されているが、様々な変動要因があり、また判別する基準も明確でないため、小胞体ストレスに影響を及ぼす物質を正確に選別することは難しい。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、入手が容易で増殖率が高い細胞系を利用した簡易な手法でありながら小胞体ストレスに関与する物質を的確に判別することが可能な小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法を提供することを目的とし、さらにはこれに用いる小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前述の目的を達成するために、本発明の小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法は、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無による細胞生存率回復濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価することを特徴とする。あるいは、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無によるBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価することを特徴とする。さらには、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無による細胞生存率回復濃度の相違及びBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価することを特徴とする。
【0011】
本発明者らは、小胞体ストレスに関与する物質を的確に判別する方法を模索して、種々の研究を重ねてきた。その結果、小胞体ストレス誘導物質の濃度がある閾値を越えると細胞死が抑制され、細胞の生存率が回復するという現象を見出した。すなわち、細胞に作用する小胞体ストレス誘導物質の濃度を次第に高めていくと、細胞の生存率が低下していくが、ある濃度で急激に細胞の生存率が回復することを見出した。そして、この細胞の生存率が回復する時の小胞体ストレス誘導物質濃度は、小胞体ストレスに関与する物質が共存した場合、低濃度側、あるいは高濃度側にシフトすることがわかってきた。
【0012】
本発明の第1のスクリーニング方法は、前記現象を利用したものである。すなわち、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無により細胞生存率回復濃度(細胞生存率が回復する小胞体ストレス誘導物質濃度)が変化した場合、被検物質は小胞体ストレスに関与するものと判別される。
【0013】
また、細胞が備えている小胞体ストレスの防御機構の細胞内情報伝達系でこの機構を活性化するタンパクの1つであるBiPについての検討を行ったところ、やはり小胞体ストレス誘導物質の濃度がある閾値を越えるとBiPが検出され、小胞体ストレスに関与する物質が共存した場合、このBiPが検出される濃度もシフトすることがわかった。
【0014】
本発明の第2のスクリーニング方法は、このような現象を利用したものである。すなわち、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無によりBiP検出開始濃度(BiPが検出される最低小胞体ストレス誘導物質濃度)が変化した場合、被検物質は小胞体ストレスに関与するものと判別される。
【0015】
さらに、これら両者の結果に基づいて判別することで、より正確に小胞体ストレスに関与する物質が選別される。
【0016】
小胞体ストレスを抑制する物質や、逆に小胞体ストレスを促進する物質を的確に選別することができれば、小胞体ストレスの研究を進める上で大きな前進となる。本発明のスクリーニング方法においては、遺伝子改変細胞や遺伝子改変動物等は不要であり、細胞生物学の分野で広く使用されている株化細胞を使用してスクリーニングを行うことができ、コスト等の点で有利であり、また煩雑な生化学的手法も不要である。さらに、単純にアポトーシス等を調べる手法と異なり、細胞培養の精度や測定精度等の影響を受け難く、小胞体ストレスに影響を与える否かを正確に把握でき、従来技術に対する優位性は大きい。
【0017】
一方、本発明の小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップは、小胞体ストレス誘導物質溶液が導入される第1の流路と、前記小胞体ストレス誘導物質溶液を希釈する希釈液が導入される第2の流路が略平行に形成され、前記第1の流路には所定の間隔で複数の分岐流路が形成され、当該分岐流路に細胞培養セルが形成されるとともに、各分岐流路の上流位置に前記第1の流路と第2の流路を繋ぐ連結流路が形成されていることを特徴とする。
【0018】
前記構成の細胞評価チップにおいては、第1の流路に所定の濃度の小胞体ストレス誘導物質溶液を流し、第2の流路に希釈液を流すことで、各細胞培養セルに段階的に異なる濃度の小胞体ストレス誘導物質溶液が供給される。したがって、前述の小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて行う細胞の培養が、1つの細胞評価チップで一括して行われ、効率的なスクリーニングが実現される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、入手が容易で増殖率が高い細胞系を利用した簡易な手法でありながら、小胞体ストレスに関与する物質を的確に判別することが可能である。また、小胞体ストレスを減らす方法は1種類ではなく、小胞体シャペロンの誘導、翻訳の減衰、異常タンパク質の分解を挙げることができるが、これら3種類を効率的に機能させるには、ストレスを減じるだけでなく増加させた方が良い場合もある。本発明では、幅広い濃度範囲を設定して評価を行うことが可能であり、ストレスの増減について幅広く評価を行うことが可能である。したがって、本発明を利用することで、小胞体ストレスに関する研究を飛躍的に発展させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を適用した小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法、さらには小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップについて、図面を参照して詳細に説明する。
【0021】
小胞体ストレスとは、小胞体内において生合成途中の不安定なタンパク質は物理・化学的刺激を受けやすく、その刺激によって小胞体内に異常な折り畳み構造をもつタンパク質が蓄積してしまうことである。これら小胞体ストレスに対して、基本的に細胞はUPR(Unfolded protein response)並びにERAD(Endoplasmic reticulum-associated degradation)と呼ばれる小胞体特異的なストレス応答機構(危機管理)によって異常タンパク質蓄積による小胞体の破綻を回避しようとする。
【0022】
前記ERADは、小胞体内の異常タンパク質をユビキチン化を伴う未解明の分子メカニズムで細胞質側へ引きずり出し、プロテアソームによって分解するシステムである。一方、UPRは、小胞体に局在する分子シャペロンを転写レベルで誘導することによって異常タンパク質の蓄積を回避する転写誘導機構と、小胞体負荷を軽減するためにタンパク質合成を翻訳レベルで抑制する翻訳抑制機構とに分けられる。そして、例えば哺乳類のUPRは、BiPの発現に伴って発現するIRE1、PERK、ATF6という少なくとも3種類の小胞体膜貫通タンパク質によって巧妙に制御されている。例えば、PERKは、翻訳抑制し、異常タンパク質の発生を抑える。ATF6は、転写誘導し、小胞体内のフォールディング能力を増強する。IRE1は、ERAD関連因子を活性化し、分解処理能力を増強する。
【0023】
BiPは、非ストレス時にはIRE1、PERK、ATF6のセンサー領域に結合しており、ストレス時に解離することでIRE1とPERKは多量体化し、ATF6は単量体で活性化する。つまり、BiPは小胞体ストレスセンサーとして働いていることになる。そして活性化したIRE1はアポトーシス経路へ、PERKは翻訳抑制へ、ATF6は転写抑制へとそれぞれ移行することが知られている。
【0024】
本発明のスクリーニング方法は、その詳細な機構は不明であるが、前述のストレス応答機構を利用したものと言うことができ、ストレス応答機構に基づく細胞生存率の回復や、小胞体ストレスセンサーとして働くBiPの分析により、被検物質が小胞体ストレスに関与するか否かを判別する。
【0025】
先ず、本発明のスクリーニング方法の第1の実施形態について説明する。第1の実施形態のスクリーニング方法は、ストレス応答機構に基づく細胞生存率の回復を利用したものであり、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無による細胞生存率回復濃度(細胞生存率が回復する小胞体ストレス誘導物質濃度)の変化を見る。そして、そのパターンを指標として被検物質の小胞体ストレス誘導性アポトーシスに対する効果を評価する。具体的には、被検物質を加えた時と加えない時で細胞生存率が回復する小胞体ストレス誘導物質濃度が変化(シフト)した場合には、被検物質は小胞体ストレスに何らかの関与するものと判断する。前記変化が見られない場合には、被検物質は小胞体ストレスに関与していないと判断する。
【0026】
図1は、小胞体ストレス誘導物質濃度と細胞生存率の関係を模式的に示すものである。小胞体ストレス誘導物質濃度が増加するのに伴って、細胞の生存率は次第に低下するが、ある濃度において急激に細胞の生存率が回復する。その理由について、詳細は不明であるが、前述のストレス応答機構が関与しているものと推測される。ここで、例えば被検物質を加えない時の細胞生存率回復濃度をC1とする。同様の実験を被検物質を加えた系で行うと、図中一点鎖線で示すように、前記細胞生存率回復濃度が低濃度側にシフトしてC2となることがある。このような場合、被検物質は小胞体ストレスに何らかの影響を与えたものと推測される。例えば、前記低濃度側へのシフトは、被検物質における小胞体ストレス誘導性アポトーシスの抑制作用、若しくは小胞体ストレスを回復させる作用を示唆するものと考えられる。
【0027】
なお、小胞体ストレス誘導物質濃度と細胞生存率の関係を調べた場合、細胞培養における種々の変動要因や測定誤差等により、微小な山や谷が観察されることがある。このような場合、前記細胞生存率回復濃度か否かを判断する指標として、細胞生存率が回復する前後における生存率の差を挙げることができる。例えば、図1において、細胞生存率が回復する前の谷における生存率L1と、細胞生存率が回復した後の山における生存率をL2とした際に、生存率L1と生存率L2の差(L2−L1)が生存率L2の50%以上であれば、前記細胞生存率の回復と判断すればよい。
【0028】
前述の第1の実施形態のスクリーニングを行うためには、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えた細胞の培養を、被検物質が存在する場合と存在しない場合について行う必要がある。この時、使用する細胞は、任意の細胞を使用することができるが、入手が容易で安定して増殖率が高い株化細胞が好適である。具体的には、ヒト白血病性T細胞株(Jurkat細胞)、メラノーマ細胞、PC12細胞、大腸癌細胞等を挙げることができる。
【0029】
また、使用する小胞体ストレス誘導物質も任意である。例えば、ツニカマイシンの他、小胞体のCaを減少させるタプシガルギン(Tg)、小胞体−ゴルジ装置間の輸送を止めるブレフェルジンA(BFA)、グルコースの枯渇をもたらす2−デオキシグルコース(2−DG)、還元剤であるDTT等を挙げることができるが、ツニカマイシンは最も典型的な小胞体ストレス誘導物質である。小胞体ストレス誘導物質の濃度範囲及び段階的に濃度を変化させる場合の濃度刻みについても、任意に設定することができるが、例えばツニカマイシンを使用した場合、濃度範囲を0〜2.5μM程度とし、0.2μM程度の刻みで濃度を変化させればよい。
【0030】
細胞の生存率は、例えばMTTアッセイに類似した細胞増殖試験により算出することができる。また、例えば培養した細胞を所定の色素で染色し、蛍光顕微鏡等で観察することにより、アポトーシスやネクローシスを判定することも可能である。例えば、商品名ヘキスト33342は核膜を通過し、DNAに取り込まれて青色の蛍光を発するため、生細胞、初期アポトーシスの検出に用いることができる。ヨウ化プロピジウム(PI)は、核膜を透過せず、死細胞のDNAに取り込まれ、赤色の蛍光を発するため、後期アポトーシス、ネクローシスの検出に用いることができる。
【0031】
以上が本発明のスクリーニング方法の第1の実施形態であるが、前記細胞生存率の回復の他、前述のBiPの解析によっても被検物質が小胞体ストレスに関与するか否かを判別することが可能である。これが本発明のスクリーニング方法の第2の実施形態である。
【0032】
前述の通り、BiPは小胞体ストレスセンサーとして働いていることが推測されている。したがって、このBiPを分析することで、やはり小胞体ストレスの状態を把握することが可能であると考えられる。本発明者らは、このような知見に基づいて実験を重ねたところ、小胞体ストレス誘導物質濃度が増加すると、所定の濃度(BiP検出開始濃度)に到達した時点でBiPが検出されること、被検物質が小胞体ストレスに関与する場合、前記BiP検出開始濃度がシフトすることを見出すに至った。
【0033】
本実施形態は、これを利用して被検物質が小胞体ストレスに関与するか否かを判別する。すなわち、前記BiP検出開始濃度をモニターし、先の第1の実施形態と同様、被検物質を加えた時と加えない時でBiP検出開始濃度が変化(シフト)した場合には、被検物質は小胞体ストレスに何らかの関与するものと判断する。前記変化が見られない場合には、被検物質は小胞体ストレスに関与していないと判断する。
【0034】
この第2の実施形態においても、スクリーニングに際して、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えた細胞の培養を、被検物質が存在する場合と存在しない場合について行うことは同様である。使用する細胞や小胞体ストレス誘導物質も同様である。BiPの分析は、電気泳動等により行うことができる。
【0035】
前述の被検物質の有無による細胞生存率回復濃度の変化に基づくスクリーニング(第1の実施形態のスクリーニング)と、被検物質の有無によるBiP検出開始濃度の変化に基づくスクリーニング(第2の実施形態のスクリーニング)は、それぞれ単独で行ってもよいし、併用して行ってもよい。これら2つのスクリーニングを併用することで、より正確な評価が可能になる。例えば、被検物質の添加により細胞生存率回復濃度が低濃度側にシフトし、BiP検出開始濃度も低濃度側にシフトすれば、かなりの確率で被検物質が小胞体ストレス誘導性アポトーシスの抑制作用、若しくは小胞体ストレスを回復させる作用を有するものと予測することが可能である。
【0036】
次に、小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えた細胞の培養を簡単且つ一括して行うことが可能な細胞評価チップについて説明する。
【0037】
図2は、本発明を適用した細胞評価チップの一例を示すものである。この細胞評価チップは、基板上に小胞体ストレス誘導物質溶液が導入される第1の流路1と、前記小胞体ストレス誘導物質溶液を希釈する希釈液が導入される第2の流路2が平行(ほぼ平行であればよく、若干の角度のズレは許容される。)に形成されるとともに、分岐流路3a〜3fや細胞培養セル4a〜4f、さらには第1の流路と第2の流路を繋ぐ連結流路5a〜5fが形成されて構成されている。
【0038】
ここで、基板にはポリジメチルシロキサン(PDMS)等の材料を用いることができ、光学的な加工等により多様な形態のチップを形成することが可能である。前述の各流路や細胞培養セルを形成した基板上には第2の基板を重ねて密閉構造とするが、第2の基板としてはガラス基板が好適である。重ねる基板をガラス基板とすることで、これを透過して細胞培養セルの様子を確認することができ、また細胞培養セルに対して直接分光分析等を行うことも可能である。なお、前記PDMS及びガラスは、いずれも細胞への毒性が低く、長時間の浸潤に耐えるという特徴も有する。
【0039】
前記分岐流路3a〜3fは、前記第1の流路1から直交方向に分岐され、第1の流路1にほぼ等間隔で設けられている。各分岐流路3a〜3fの中途部には、例えば円形の細胞培養セル4a〜4fが形成されており、この細胞培養セル4a〜4f内で細胞培養が行われる。細胞培養セル4a〜4fには、前記分岐流路3a〜3fの下流部分として排出流路6a〜6fが形成されており、余剰の溶液等がここから排出される。また、これら排出流路6a〜6fから各細胞培養セル4a〜4fに培養細胞を導入することができる。
【0040】
また、前記第1の流路1において、各分岐流路3a〜3fの上流位置には、それぞれ第2の流路から分岐され第1の流路1と第2の流路2を繋ぐ連結流路5a〜5fが形成されている。第1の流路1に導入された小胞体ストレス誘導物質溶液は、前記連結流路5a〜5fによって第1の流路1内に流入する希釈液(バッファー)によって順次希釈され、第1の流路1の下流部分1a〜1fで混合されて各細胞培養セル4a〜4fに注入される。したがって、細胞培養セル4a〜4f内には段階に濃度が異なる小胞体ストレス誘導物質溶液が注入されることになる。例えば、細胞培養セル4aには最も濃度の高い小胞体ストレス誘導物質溶液が注入され、細胞培養セル4fには最も濃度の薄い小胞体ストレス誘導物質溶液が注入される。なお、各細胞培養セル4a〜4fに注入される小胞体ストレス誘導物質溶液の濃度は、例えば連結流路5a〜5fの太さ(断面積)を変えることで任意に変更することが可能である。
【0041】
前述の細胞評価チップを用いて被検出物質のスクリーニングを行う場合には、先ず、前記細胞評価チップの細胞培養セル4a〜4f内に等量の細胞を導入し、固定する。導入する細胞は、例えばヒト白血病性T細胞株(Jurkat細胞)、メラノーマ細胞、PC12細胞、大腸癌細胞等である。生きた細胞は、各細胞培養セル4a〜4f内に吸着して自ずと固定される。
【0042】
次に、第1の流路1の注入口10から所定の濃度の小胞体ストレス誘導物質溶液を注入し、第2の流路2の注入口20から希釈液(バッファー)を注入する。これにより各細胞培養セル4a〜4fに段階的に濃度が異なる小胞体ストレス誘導物質溶液が注入される。前記小胞体ストレス誘導物質溶液の注入が終わった後、所定の培養条件で各細胞培養セル4a〜4f内で細胞の培養を行う。
【0043】
細胞培養の後、細胞培養セル4a〜4f内で分光分析等により細胞生存率の測定を行う。あるいは、各細胞培養セル4a〜4fから培養した細胞を取り出し、細胞生存率の測定を行ってもよい。ここで測定される小胞体ストレス誘導物質濃度と細胞生存率の関係が基準パターンとなり、細胞の生存率が回復する濃度が基準小胞体ストレス誘導物質濃度になる。
【0044】
次に、被検物質を導入して細胞の培養を行うが、この場合の手順もほとんど同じである。唯一異なるのは、第1の流路1の注入口10から注入される小胞体ストレス誘導物質溶液と、第2の流路2の注入口20から注入される希釈液(バッファー)に、同じ濃度で被検物質を混合することである。前記小胞体ストレス誘導物質溶液と希釈液(バッファー)に同じ濃度(完全に同じ濃度であることが理想的であるが、若干のズレは許容される。)の被検物質を混合することにより、各細胞培養セル4a〜4fに注入される小胞体ストレス誘導物質溶液における被検物質濃度は、全て同一の濃度となる。また、各細胞培養セル4a〜4fに注入される小胞体ストレス誘導物質溶液における小胞体ストレス誘導物質濃度は、段階的に変化する。
【0045】
被検物質を導入した場合についても、同様の培養条件で各細胞培養セル4a〜4f内で細胞の培養を行う。細胞培養の後、細胞培養セル4a〜4f内で分光分析等により細胞生存率の測定を行う。あるいは、各細胞培養セル4a〜4fから培養した細胞を取り出し、細胞生存率の測定を行う。これにより得られたパターンを前記基準パターンと比較し、細胞の生存率が回復する濃度が基準小胞体ストレス誘導物質濃度からシフトしていた場合、被検物質は小胞体ストレスに影響を与える物質と判定する。逆に、細胞の生存率が回復する濃度が基準小胞体ストレス誘導物質濃度と同じであれば、被検物質は小胞体ストレスに影響を与えない物質と判定する。
【0046】
なお、各細胞培養セル4a〜4f内で培養した細胞について、BiPを抽出して分析することで、被検物質の評価を行ってもよいし、細胞の生存率が回復する小胞体ストレス誘導物質濃度とBiP検出開始濃度の両者に基づいて被検物質の評価を行ってもよい。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。
【0048】
(1)細胞処理
(1−1) 細胞培養
ヒト白血病性T細胞株Jurkatは理化学研究所細胞バンクより譲渡されたものを用いた。Jurkat細胞は10%非働化ウシ胎児血清(FETAL BOVINE SERUM:FBS)(SIGMA社)を含むRPMI1640培地(GIBCO社)を用いて150mmシャーレ(Corning社)内で37℃、5%CO条件下で培養した。継代は3日に1回、10%非働化FBSを含むRPMI1640培地にその1/10量の細胞懸濁液を加えることにより行った。細胞の保存に関しては、約70%コンフルエントに達した細胞を遠心分離(1,000rpm、5分間)して集め、1mlセルバンカー(日本全薬工業社)に懸濁し(1.5×10cell/ml)、保存チューブ(IWAKI社)に添加した。その後、バイセルに入れ、−80℃で1日間静置して、液体窒素中に保存した。細胞は継代培養していると形態変化を喪失するため、1ヶ月に1回保存したストック細胞を改めて融解し、再度継代培養した。また、融解直後の細胞は凍結ストレスにより、増殖に異常がみられることがあるので、3回以上継代をした細胞を実験に用いた。
【0049】
(1−2) ツニカマイシン(Tm)処理
Tm培地は以下のように作製した。Tm(WAKO社)をDMSOに溶かした後、RPMI1640培地で適当な濃度に希釈し、0.22μmニューステラディスク(KURABO社)に供し、フィルター滅菌した。Jurkat細胞は約70%コンフルエントになった細胞を15ml遠心チューブ(IWAKI社)に移し、遠心分離(1,000rpm、5分)した。血球計算盤を用いて細胞数を数え、細胞濃度2×10cell/mlになるよう調整し、Tm培地で37℃、5%COの条件下で適当な時間培養した。
【0050】
(1−3) Tm及びリノール酸同時処理
リノール酸はDMSOに溶かした後、RPMI1640培地で適当な濃度に希釈し、0.22μmニューステラディスク(KURABO社)に供し、フィルター滅菌した。その後、Tm培地に終濃度が25μMになるように添加した。Jurkat細胞は約70%コンフルエントになった細胞を15ml遠心チューブ(IWAKI社)に移し、遠心分離(1,000rpm、5分)した。血球計算盤を用いて細胞数を数え、細胞濃度2×10cell/mlになるよう調整し、リノール酸入りTm培地で37℃、5%COの条件下で適当な時間培養した。
【0051】
(2) 細胞増殖試験を用いた生存率の測定
MTTアッセイに類似した細胞増殖試験(Cell titer 96 Aqueous(Promega社))により、細胞生存率を産出した。これは、テトラゾリウム化合物であるMTS(3−(4,5−dimethylthiazol−2−yl)−5−(3−carboxymethoxyphenyl)−2−(4−sulfophenyl)−2H−tetrazolium,inner salt)が細胞中の脱水素酵素によって490nmに吸収をもつホルマザンに変換されることを利用している。MTSとホルマザンの構造を化1に示す。
【0052】
【化1】

【0053】
10%非働化FBSを含むRPMI1640培地にBPAを添加して濃度を調整し、96穴プレート(IWAKI社)に加えた。1穴につき2×10個の細胞を添加した。処理を開始してから24、48時間後にMTS/PMS(phenazine methosulfate)混合溶液(MTS溶液:PMS溶液=20:1)を1穴につき20μlずつ添加して2時間培養(37℃、5%CO)した。培養後、マイクロプレートリーダー(BIO RAD社、model450)で490nmの吸光度を測定した(対照波長655nm)。未処理細胞の吸光度を基準として、下記式に従って相対細胞生存率を算出した。式中Xは培地のみの値を示す。Tm処理後の細胞生存率(24時間処理)を図3に、Tm及びリノール酸同時処理後の細胞生存率(24時間処理)を図4に示す。
細胞生存率=(実験値−X/コントロール値−X)×100
【0054】
先ず、図3に示すように、Tmに細胞を暴露した場合、生存率が次第に低下し、Tm1.7μM付近で生存率の回復が観察された。これは時間依存ではなく濃度依存であった。一方、被検物質であるリノール酸を添加した場合、生存率の回復ポイントが低濃度側(Tm0.8μM付近)にシフトした。したがって、前記リノール酸は、小胞体ストレスに関与する物質と判断できる。
【0055】
(3)ウェスタンブロッティング
(3−1) サンプル調製
Jurkat細胞を各濃度のTmまたはTmとリノール酸で処理し、適当な時間培養した後、サンプル(2×10細胞)を回収した。Lysis緩衝液(表1)50μlに回収した細胞を溶解させ、2×SDS−PAGEサンプル緩衝液(表2)を50μl添加した。約20〜30秒間氷冷しながら超音波処理して溶液を均一に溶かした。98℃で5分間熱処理し、5分間氷冷後、遠心分離(12,000rpm、5分間)したものを10%SDS−PAGEに供した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
(3−2) SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)
濃縮ゲル(表3)は4%、分離ゲル(表4)は10%になるように40%アクリルアミド(第一化学薬品社)溶液(表5)を加えた。泳動用緩衝液はSDS−PAGE用緩衝液(表6)を使用した。分子量マーカーは、プレステインドタンパク質マーカー(ナカライテスク社)を用いた。
【0059】
【表3】

【0060】
【表4】

【0061】
【表5】

【0062】
【表6】

【0063】
(3−3) 目的タンパク質のPVDF膜へのブロッティング
SDS−PAGEのゲルと同じ大きさのpolyvinylidene difluoride(PVDF)膜を、100%メタノールに20秒間浸し、B液(表8)中で約30分間振とうした。ゲル1枚につきゲルと同じ大きさのアブソーベントペーパー(ATTO社)をA液(表7)に2枚、B液に1枚、C液(表9)に3枚ずつ浸した。また、電気泳動後のゲルはB液中で30分間振とうした。ブロッティング装置はホライズブロット(ATTO社)を用いた。A液で湿らせておいた下部電極に、A液に浸しておいたアブソーベントペーパーを2枚重ね、その上にB液に浸しておいたアブソーベントペーパーを1枚重ねた。PVDF膜をさらに上に重ね、B液を数ml程度かけて気泡の入らないようにゲルを載せた。その後、C液を上から少量かけ、C液に浸しておいたアブソーベントペーパー3枚を同様に重ね、上からしっかり押さえて、ゲル、PVDF膜、アブソーベントペーパーを密着させた。最後に、上部電極をおろして100mA(ゲル面積1cm当たり2mA程度)で35分間通電し、目的タンパク質をPVDF膜上にブロッティングした。
【0064】
【表7】

【0065】
【表8】

【0066】
【表9】

【0067】
(3−4) BiPの活性化
ブロッティング後のPVDF膜をブロッキング緩衝液(5%(w/v)skim milk in TBST(表10))20mlに1時間浸し、TBST溶液で5分間ずつ3回洗浄後、PVDF膜上のタンパク質とBiPの一次抗体(フナコシ社、Anti−BiP、(H−129)、Human (Rabbit))を4℃で一晩反応させた。反応後、TBST溶液で5分間ずつ3回洗浄し、PVDF膜上のタンパク質と二次抗体(抗ウサギIgG(SIGMA社))を室温で2時間反応させた。反応後、TBST溶液で5分間ずつ3回洗浄し、AP緩衝液(表12)に5分間浸した後、展開溶媒(表13)に浸し、染色させた。染色後、TBS溶液(表11)で5分間ずつ3回洗浄した。Tm処理後(6時間処理)のBiP発現の検出結果を図5に、Tm及びリノール酸同時処理後(6時間処理)のBiP発現の検出結果を図6に示す。
【0068】
【表10】

【0069】
【表11】

【0070】
【表12】

【0071】
【表13】

【0072】
これら図5及び図6を見ると、リノール酸の添加によってBiPの発現ポイント(BiP検出開始濃度)が0.3μMから0.1μMへと低濃度側にシフトしている。したがって、このことからも前記リノール酸が小胞体ストレスに関与する物質と判断することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】小胞体ストレス誘導物質濃度と細胞生存率の関係を模式的に示す図である。
【図2】細胞評価チップの一例を示す概略平面図である。
【図3】Tmで24時間処理した後の細胞生存率を示す図である。
【図4】Tm及びリノール酸で24時間同時処理した後の細胞生存率を示す図である。
【図5】Tmで6時間処理した後のBiP発現の検出結果を示す写真である。
【図6】Tm及びリノール酸で6時間同時処理した後のBiP発現の検出結果を示す写真である。
【符号の説明】
【0074】
1 第1の流路、2 第2の流路、3a〜3f 分岐流路、4a〜4f 細胞培養セル、5a〜5f 連結流路、6a〜6f 排出流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無による細胞生存率回復濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価することを特徴とする小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無によるBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価することを特徴とする小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無による細胞生存率回復濃度の相違及びBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価することを特徴とする小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記細胞が株化細胞であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記細胞が、ヒト白血病性T細胞株(Jurkat細胞)、メラノーマ細胞、PC12細胞、大腸癌細胞から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項4記載の小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記小胞体ストレス誘導物質がツニカマイシンであることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項記載の小胞体ストレス関与物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
小胞体ストレス誘導物質溶液が導入される第1の流路と、前記小胞体ストレス誘導物質溶液を希釈する希釈液が導入される第2の流路が略平行に形成され、
前記第1の流路には所定の間隔で複数の分岐流路が形成され、当該分岐流路に細胞培養セルが形成されるとともに、
各分岐流路の上流位置に前記第1の流路と第2の流路を繋ぐ連結流路が形成されていることを特徴とする小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップ。
【請求項8】
各細胞培養セルに排出流路が形成されており、培養細胞がこれら排出流路から前記細胞培養セルに導入されることを特徴とする請求項7記載の小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップ。
【請求項9】
被検物質が前記第1の流路に導入される小胞体ストレス誘導物質溶液及び第2の流路に導入される希釈液に略同一濃度で溶解されて細胞培養セルに導入されることを特徴とする請求項7または8記載の小胞体ストレス関与物質スクリーニング用細胞評価チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−131899(P2008−131899A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−320650(P2006−320650)
【出願日】平成18年11月28日(2006.11.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度経済産業省地域新生コンソーシアム研究開発事業委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【出願人】(505437907)有限会社バイオデバイステクノロジー (10)
【Fターム(参考)】