説明

層状ルテニウム酸化合物膜

【課題】
大きな電荷蓄積能と優れたサイクル安定性を有し、基板への密着性が良い層状ルテニウム酸化合物膜、および簡便で効率の良いそれの製造方法を提供する。
【解決手段】
層状ルテニウム酸化合物膜は、非プロトン性高誘電率溶媒中でコロイド状であるルテニウム酸化合物が、電気泳動により層状に堆積して膜を形成している。その製造方法は、酸化ルテニウムとアルカリ金属化合物とを焼成または溶融する工程、それを酸、アルキルアミン、テトラアルキルアミンの各溶液中で順次撹拌してルテニウム酸化合物の層状微粒子を形成する工程、該微粒子を非プロトン性高誘電率溶媒に分散し層剥離させたコロイド状ルテニウム酸化合物を形成する工程、および該コロイド状ルテニウム酸化合物を電気泳動により層状に堆積させて、膜を形成する工程を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気エネルギーすなわち電荷を効率的に蓄積する電気化学キャパシタの原材である層状ルテニウム酸化合物膜、およびそれを有し電源として用いられる電気化学キャパシタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
携帯電話や携帯パーソナルコンピュータのような電子機器の電源、負荷変動の大きな携帯用電源の補助デバイス等には、電気化学蓄電素子が用いられる。電気化学蓄電素子の一つとして、二次電池よりも動作が速くてサイクル寿命が長く、大容量であって、急速充放電が可能な電気化学キャパシタがある。
【0003】
携帯用電源として注目され、例えば非特許文献1に記載されているような超小型の直接メタノール形燃料電池(μ−DMFC:micro direct methanol fuel cell)をさらに高効率、高性能化するために、一層小型で大きな電荷蓄積能を有する電気化学キャパシタが求められている。従来このような電気化学キャパシタの原材料は粉末であったため、その小型化が図れなかった。
【0004】
そこで本発明者らは、特許文献1に記載されているように、電極材料として優れている酸化ルテニウムに注目し、電気化学キャパシタの原材料となる層状ルテニウム酸化合物を開発している。またそれの電気化学キャパシタとしての特性を評価して、非特許文献2で報告している。この層状ルテニウム酸化合物は、プロトン・電子混合導電性を有し、また大きな電荷蓄積能と優れたサイクル安定性とを有していた。
【0005】
それを分散溶媒中で層剥離させた荷電性のコロイドから、分散溶媒を揮発させて得た積層膜は、層表面を活性サイトとしてより有効に利用できるため、層未剥離のルテニウム酸化合物微粒子に比べ、一層高い比静電容量を示していた。この積層膜から電気化学キャパシタが得られる。
【0006】
別な膜の製法として、非特許文献3のように基板へスピンコートを施す方法や、非特許文献4のように静電引力を介し基板への自己組織化による方法が知られている。また、非特許文献5には、層状ペロブスカイトとアルコールの反応により、層間表面にアルコキシル基が修飾されることが記載されている。非特許文献6および7には、層剥離していない層状チタン酸と層状ニオブ酸とを有機溶媒中に分散させ、電気泳動により膜を得た旨記載されている。
【0007】
従来の膜の製法は、基板に対する膜の密着性が不十分であったり、膜の製造時間が長く生産効率が悪かったりするという問題があった。これに対し、非特許文献8には層剥離させた層状チタン酸化合物を電気泳動により膜を得た旨記載されている。しかし、層状チタン酸化合物は電気化学キャパシタ用の電極材料としては機能しないという問題がある。
【0008】
【特許文献1】特開2004−315347号公報
【非特許文献1】S.Motokawa, M.Mohamedi, T.Momma, S.Shoji and T.Osaka, Electrochem.Commun., 6, 562(2004)
【非特許文献2】W.Sugimoto, H.Iwata, Y.Yasunaga, Y.Murakami and Y.Takasu, Angew.Chem.Int.Ed., 42, 4092(2003)
【非特許文献3】K.Koinuma, Y.Matsumoto, T.Sumida and K.Domen, Electrochem.Solid-State Lett., 3, 481(2000)
【非特許文献4】M.Fang, D.M.Kaschak, A.C.Sutorik and T.E.Mallouk, J.Am.Chem.Soc., 119, 12184(1997)
【非特許文献5】S.Tahara and Y.Sugahara, Langmuir, 19, 9473 (2003)
【非特許文献6】Y.Matsumoto, A.Funatsu, D.Matsuo, U.Unal and K.Ozawa, J.Phys.Chem.B, 105, 10893(2001)
【非特許文献7】K.Koimuma, H.Seki and Y.Matsumoto, J.Electroanal.Chem., 531, 81(2002)
【非特許文献8】W.Sugimoto, O.Terabayashi, Y. Murakami and Y.Takasu, J.Mater.Chem., 12, 3814(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、大きな電荷蓄積能と優れたサイクル安定性を有し、基板への密着性が良い層状ルテニウム酸化合物膜、および簡便で効率の良いそれの製造方法を提供することを目的とする。また、この層状ルテニウム酸化合物膜を用いた小型の電気化学蓄電素子である電気化学キャパシタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載の層状ルテニウム酸化合物膜は、非プロトン性高誘電率溶媒中でコロイド状であるルテニウム酸化合物が、電気泳動により層状に堆積して膜を形成していることを特徴とする。
【0011】
この層状ルテニウム酸化合物膜は、薄膜であって、大きな電荷蓄積能と、優れたサイクル安定性とを有している。
【0012】
同じく前記の目的を達成するためになされた請求項2に記載の層状ルテニウム酸化合物膜の製造方法は、
酸化ルテニウムとアルカリ金属化合物とを焼成または溶融する工程、
それを酸、アルキルアミン、テトラアルキルアミンの各溶液中で順次撹拌して、ルテニウム酸化合物の層状微粒子を形成する工程、
該微粒子を非プロトン性高誘電率溶媒に分散し、層剥離させたコロイド状ルテニウム酸化合物を形成する工程、
および該コロイド状ルテニウム酸化合物を電気泳動により層状に堆積させて膜を形成する工程
を有していることを特徴とする。
【0013】
この製造方法によれば、層状ルテニウム酸化合物の層間イオンの脱インターカレートと別なイオンのインターカレートとを行ないイオン交換させ、層剥離させてから、電気泳動を行なうというソフトな化学的手法で簡便に効率よく、層状ルテニウム酸化合物膜を得ることができる。
【0014】
この非プロトン性高誘電率溶媒は、高い誘電率を有していると、層剥離したルテニウム酸化合物を安定に分散させることができる。
【0015】
請求項3に記載の層状ルテニウム酸化合物膜の製造方法は、前記非プロトン性高誘電率溶媒が、アセトニトリル(AN)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、炭酸エチレン、炭酸プロピレンおよびニトロメタンから選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする。
【0016】
この溶媒は、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミドであると一層好ましい。
【0017】
ナノオーダーの厚さの極微小な層剥離片いわゆるナノシートを形成している荷電性のこのコロイド状ルテニウム酸化合物に、1対の電極を浸し電圧を印加して電気泳動を施すと、コロイド状ルテニウム酸化合物がアノード表面に向かって移動し、再度層状に堆積する。その際、コロイド安定化剤として機能していたテトラアルキルアンモニウムイオンはカソードに移動する。このようにしてルテニウム酸化合物がアノードで固定化され、薄膜を形成する。この製造方法は、電気泳動の際にバインダーを用いる必要がなく簡便であるうえ、短時間ですみ生産効率が良い。さらに、基板と膜との密着性が優れている。また電気泳動時間や電圧等を調節することによりその活物質量を0.01〜10mgに制御して、電荷蓄積能を調整することができる。
【0018】
同じく前記の目的を達成するためになされた請求項4に記載の電気化学蓄電素子は、電極が、請求項1に記載の層状ルテニウム酸化合物膜を有していることを特徴とする。
【0019】
請求項5に記載の電気化学蓄電素子は、電気化学キャパシタであることを特徴とする。
【0020】
この層状ルテニウム酸化合物膜を有する電気化学キャパシタは、大きな電荷蓄積能を有し、小型化が可能である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の層状ルテニウム酸化合物膜は、大きな電荷蓄積能とサイクル安定性とを有し、急速充放電が可能で、エネルギー密度や出力密度が高いため、超小型電源の原材として用いられる。
【0022】
それの製造方法によれば、簡便で生産効率が良く、高品質なものを大量に製造することが可能である。製造の際の電気泳動時間等を調整することにより、電荷蓄積能を調節することができる。
【0023】
この層状ルテニウム酸化合物膜を用いた電気キャパシタのような電気化学蓄電素子は、小型でも大容量である。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されない。
【0025】
本発明の層状ルテニウム酸化合物膜は、第1〜6工程の製造方法により作製される。
【0026】
第1工程で、酸化ルテニウムとアルカリ金属化合物との混合物を700〜900℃で焼成、または500〜700℃で溶融し、層間にアルカリ金属イオンが介在している層状ルテニウム酸化合物を得る。
【0027】
第2工程で、この化合物を、硫酸水溶液のような酸性水溶液中で撹拌し、介在するカリウムイオンの少なくとも一部をプロトンに交換させ、層間にプロトンが介在している層状ルテニウム酸微粒子を得る。
【0028】
第3工程で、層状ルテニウム酸微粒子を、アルキルアミン水溶液中で撹拌して、介在するプロトンの少なくとも一部をアルキルアンモニウムイオンに交換させ、層間にアルキルアンモニウムイオンが介在している層状ルテニウム酸化合物中間体を得る。このアルキルアミンのアルキル基として直鎖、分岐鎖または環状で炭素数18以下の基が挙げられる。アルキルアミンはエチルアミンであることが特に好ましい。
【0029】
第4工程で、この中間体を、テトラアルキルアンモニウムヒドロキシド水溶液中で撹拌して、介在するアルキルアンモニウムイオンの少なくとも一部をテトラアルキルアンモニウムイオンに交換させ、層間にテトラアルキルアンモニウムイオンが介在している層状ルテニウム酸化合物の微粒子を得る。テトラアルキルアンモニウムのアルキル基として直鎖、分岐鎖または環状で炭素数18以下の基が挙げられ、前記アルキルアミンのアルキル基と同一であっても異なっていてもよい。テトラアルキルアンモニウムの各アルキル基が同一であっても異なっていてもよい。このようなテトラアルキルアンモニウムヒドロキシドとしてテトラn−ブチルアンモニウムヒドロキシドが特に好ましい。
【0030】
第5工程で、この微粒子を、非プロトン性高誘電率溶媒中に分散させ、層剥離させて、それの上澄みからコロイド状ルテニウム酸化合物を得る。
【0031】
第6工程で、コロイド状ルテニウム酸化合物に1対の電極を浸し電極間に電圧を印加し、電気泳動を施して、該コロイド状ルテニウム酸化合物を基板上で再び層状に堆積させ、層間にテトラアルキルアンモニウムイオンのようなイオンが非介在である膜を形成する。水で洗浄すると、層状ルテニウム酸化合物膜が得られる。
【0032】
電気泳動は、通常より遥かに低い1〜10Vの泳動電圧で印加されることが好ましい。約5Vであるとなお一層好ましい。基板は、特にAu基板やSi上にパターニングした基板であることが好ましい。
【0033】
それの具体的な作製例を実施例1および2に示す。
【0034】
(実施例1)
(第1工程)酸化ルテニウム(和光純薬工業(株)製;ルテニウム含有量74.4〜77.5%)と炭酸カリウムとを、アセトンで湿潤させつつ1時間混合し、圧搾してペレット化した。それをArガス気流下、850℃で12時間加熱し焼成した。得られた焼成物を水で洗浄し、層間カリウムイオン介在層状ルテニウム酸化合物を得た。それの層間距離は、理学電機(株)製の商品名RINT2550H/PCにより測定したところ、0.73nmであった。
【0035】
(第2工程)これを0.5mol/LのHSO水溶液に加え、60℃で48時間撹拌し、介在しているイオンを交換させた。それを水で洗浄し、濾過または遠心分離した後、120℃で乾燥することにより、層間プロトン介在層状ルテニウム酸微粒子を得た。前記と同様にして測定した層間距離は、0.46nmであった。
【0036】
(第3工程)この層状ルテニウム酸微粒子を70%のエチルアミン水溶液に加え、25℃で24時間撹拌し、介在しているイオンを交換させた。それをアセトンで洗浄し、濾過または遠心分離した後、真空乾燥することにより、層間エチルアンモニウムイオン介在層状ルテニウム酸化合物中間体を得た。前記と同様にして測定した層間距離は、0.82nmであった。
【0037】
(第4工程)この中間体を10%のテトラn−ブチルアンモニウムヒドロキシド水溶液に加え、25℃で50時間撹拌し、介在しているイオンを交換させた。それをヘプタンで洗浄し、濾過または遠心分離した後、真空乾燥することにより、層間テトラn−ブチルアンモニウムイオン介在層状ルテニウム酸化合物の微粒子を得た。前記と同様にして測定した層間距離は、1.67nmであった。
【0038】
(第5工程)この微粒子0.02gを、アセトニトリル20mLに分散させ、30分間超音波を照射し、ルテニウム酸化合物を層剥離させた。その液を、2000r.p.m.で30分間25℃にて遠心分離させた。その上澄み液を分取すると、コロイド状ルテニウム酸化合物が得られた。
【0039】
(第6工程)1cm×1cmのAu基板(ニラコ(株)製)上にコロイド状ルテニウム酸化合物を付した。電気化学測定システム(北斗電工(株)製;商品名HZ−3000)を用い、コロイド状ルテニウム酸化合物に電気泳動を施した。電気泳動条件は、泳動電圧が5V、泳動時間が10分間、電極間距離が1cm、対極がPtメッシュ(ニラコ(株)製)であるというものである。電気泳動により、該コロイド状ルテニウム酸化合物を基板上で再び層状に堆積させ薄膜を得た。これを水で洗浄した後、乾燥させると、その層間にテトラn−ブチルアンモニウムイオンが非介在である層状ルテニウム酸化合物膜が得られた。
【0040】
(実施例2)
実施例1の第5工程中、分散溶媒としてアセトニトリルの代わりにN,N−ジメチルホルムアミドを用いたことと、第6工程中、泳動時間を2、5、10、20および30分間とする5種類のものを作製したこと以外は、実施例1と同様にして、別な層状ルテニウム酸化合物膜を作製した。
【0041】
(実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜の物性評価)
実施例1および2で得たコロイド状ルテニウム酸化合物の分散性を評価した。また各実施例の層状ルテニウム酸化合物膜について、走査型電子顕微鏡(SEM)による観察、X線回折分析(XRD)、および電気化学測定を行なった。
【0042】
(実施例1および2のコロイド状ルテニウム酸化合物の分散性評価)
実施例1および2の第5工程で得たコロイド状ルテニウム酸化合物の分散性について目視で観察した。その結果、コロイド状ルテニウム酸化合物は、分散溶媒がアセトニトリル、ジメチルホルムアミドの何れであっても、良好な分散性を示した。
【0043】
コロイド状ルテニウム酸化合物を含んでいる分散液中で、層剥離しているルテニウム酸化合物やテトラアルキルアンモニウムイオンは、電解質の一種として作用していると推察される。そのため、この溶媒は、これらを安定に分散させるのに、十分な誘電率を有する有機溶媒でなければならない。アセトニトリル、ジメチルホルムアミドは、下記表1に示すように、高い誘電率を示すものであるから、これらを安定に分散させることができたと考えられる。
【0044】
【表1】

【0045】
(実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜の走査型電子顕微鏡による観察)
Au基板と、その上に10分間電気泳動を施して作製された実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜とを、夫々走査型電子顕微鏡により観察した。それの撮影写真を、夫々図1の(a)〜(c)に示す。なお走査型電子顕微鏡の観察条件は、入射加速電圧が10kVという条件である。
【0046】
図1から明らかなように、ルテニウム酸化合物は、Au基板全体に泳動されていた。
【0047】
(実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜のX線回折分析)
10分間電気泳動を施して作製された実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜のX線回折パターンを、各々図2に示す。
【0048】
図2から明らかなように、実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜のX線回折パターンは、異なっており、各々異なるd値を示した。このことから、ルテニウム酸化合物の層間に、アセトニトリルまたはジメチルホルムアミドを含む化合物が、夫々形成されていると考えられる。
【0049】
(実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜の電気化学測定)
(A)同一の電気泳動時間で作製した層状ルテニウム酸化合物膜の電気化学測定
10分間電気泳動を施して作製された実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜について、サイクリックボルタンメトリーによる電気化学測定を行なった。それのサイクリックボルタモグラムを図3の(c)と(f)に、その時の電位走査速度と比静電容量の関係を図4の(c)と(f)に示す。
【0050】
なおその電気化学測定の測定条件は、電気化学測定システム(北斗電工(株)製;商品名HZ−3000)を用い、電位走査範囲が0.2〜1.2V vs. RHE、電解液が0.5M HSO、対極がPtメッシュ(ニラコ(株)製)、参照電極がAg/AgCl電極というものである。
【0051】
図3および4から、分散溶媒がアセトニトリルである実施例1の場合とジメチルホルムアミドである実施例2の場合との相違が明らかとなった。電位走査速度2mVs−1の場合、層状ルテニウム酸化合物膜の比静電容量は、分散溶媒がアセトニトリルである場合の方が、ジメチルホルムアミドである場合よりも約2.5倍大きかった。その理由は、前記表1で示したように、ジメチルホルムアミドの粘性率がアセトニトリルのそれよりも約2.5倍も高いことに起因しているためと考えられる。
【0052】
分散溶媒がアセトニトリルの場合とジメチルホルムアミドの場合とで同等の比静電容量を有する層状ルテニウム酸化合物膜を作製するには、ジメチルホルムアミドの場合にアセトニトリルの場合よりも電気泳動時間を長くすればよい。
【0053】
電位走査速度依存性は、分散溶媒がアセトニトリルである場合よりもジメチルホルムアミドである場合の方が良好であった。その理由は、分散溶媒がアセトニトリルである層状ルテニウム酸化合物膜の方が厚いことに起因しているためと考えられる。また、図2から明らかなように層状ルテニウム酸化合物膜に含まれている溶媒のうち、ジメチルホルムアミドは、親プロトン性溶媒であり、一方アセトニトリルは疎プロトン性溶媒であるため、その相違がプロトン移動に影響を与えているからであると推察される。さらに電極に泳動される速度も影響を与えているからであると推察される。
【0054】
(B)異なる電気泳動時間で作製した層状ルテニウム酸化合物膜の電気化学測定
そこで、実施例2で2、5、10、20および30分間電気泳動を施して作製した層状ルテニウム酸化合物膜について、前記と同様にして電気化学測定を行なった。夫々の層状ルテニウム酸化合物膜のサイクリックボルタモグラムを図3の(a)〜(e)に示す。またそれらの電位走査速度と比静電容量の関係を、図4の(a)〜(e)に示す。図3および4から次のことが明らかとなった。泳動時間に比例して比静電容量は増大した。したがって泳動時間を調整することにより比静電容量の制御が可能であることがわかった。
【0055】
また、分散溶媒をジメチルホルムアミドとし30分間電気泳動を施した層状ルテニウム酸化合物膜は、分散溶媒をアセトニトリルとし10分間電気泳動を施した層状ルテニウム酸化合物膜よりも、高い比静電容量を有していた。分散溶媒をジメチルホルムアミドとした層状ルテニウム酸化合物膜は、泳動時間を長くするにつれ電位走査速度依存性が高くなった。
【0056】
次いで、層状ルテニウム酸化合物膜のRuO質量あたりの比静電容量を算出した。実施例2において30分間電気泳動して作製した層状ルテニウム酸化合物膜の比静電容量は620F(g−RuO−1という高い値を示した。
【0057】
以下に、本発明を適用外の層状ルテニウム酸化合物膜を作製した例を示す。
【0058】
(比較例1)
実施例1の第5工程中、分散溶媒としてメタノールを用いたこと、および第6工程中、電気泳動時間を30分間としたこと以外は、実施例1と同様にして、別な層状ルテニウム酸化合物膜を作製した。
【0059】
(比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜の物性評価)
比較例1で得たコロイド状ルテニウム酸化合物の分散性を評価した。また比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜について、X線回折分析、および電気化学測定を行なった。
【0060】
(比較例1のコロイド状ルテニウム酸化合物の分散性評価)
比較例1の第5工程で得たコロイド状ルテニウム酸化合物の分散性について目視で観察した。その結果、分散溶媒がメタノールであっても、実施例1でのアセトニトリルや実施例2でのジメチルホルムアミドを分散溶媒とする場合と同様に分散性が良好であった。
【0061】
(比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜のX線回折分析)
比較例1の第6工程中、室温乾燥させて得た層状ルテニウム酸化合物膜と、それをさらに120℃で24時間乾燥させて得た膜とのX線回折パターンを、各々図5に示す。室温乾燥後の膜のX線回折パターンからd=0.75nmの回折ピークが検出された。しかしこの回折ピークは、120℃で24時間乾燥した膜には認められない。このことから室温乾燥後のこの層状ルテニウム酸化合物膜には、メタノールが含まれていると考えられる。
【0062】
(比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜の電気化学測定)
(A)層状ルテニウム酸化合物膜の電気化学測定
30分間電気泳動を施した比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜について、前記と同様にしてサイクリックボルタンメトリーによる電気化学測定を行なった。それのサイクリックボルタモグラムを図6に、その時の電位走査速度と比静電容量の関係を図7に示す。
【0063】
30分間電気泳動を施した比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜は、ほとんど基板上に固定化されず、高い比静電容量が得られないものであった。泳動時間を30分以上にすると副生沈殿物が沈降し始めたが、それがAu基板上に固定化されたことを目視で確認できなかった。
【0064】
(B)副生沈殿物の電気化学測定
比較例1で電気泳動時間を30分としたときに副生した沈殿物で、キャスト膜を作製した。それを室温で乾燥したものと、さらに120℃で24時間乾燥したものとのX線回折パターンを、図8に示す。沈殿物のキャスト膜は、室温乾燥後であっても120℃24時間乾燥後であっても、それの回折ピークの位置は変化しなかった。これは、図5で示した比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜の場合と異なる傾向である。前記の非特許文献5に層状ペロブスカイトとアルコールの反応により層間表面でアルコキシル基が修飾されると報告されていることを考慮すると、この沈殿物は、層剥離したルテニウム酸化合物の表面にメトキシ基が修飾された化合物であると考えられる。そして、ルテニウム酸化合物が安定分散することができなくなった結果、電極に泳動されなかったと推察される。
【0065】
(比較例2)
前記非特許文献6および7に準じ、以下のようにして、本発明を適用外の層剥離していない層状ルテニウム酸化合物微粒子からルテニウム酸化合物膜を作製した。
【0066】
層状ルテニウム酸微粒子0.02gをジメチルホルムアミド20mLに加え、30分間超音波照射し、層状ルテニウム酸分散液を得た。これを用いて、電気化学測定システム(北斗電工(株)製;商品名HZ−3000)により電気泳動を施した。電気泳動の条件は、泳動電圧が5V、泳動時間が30分間、電極間距離が1cm、基板がAu(1cm×1cm)、対極がPtメッシュ(ニラコ(株)製)というものである。電気泳動により、層非剥離層状ルテニウム酸膜が得られた。
【0067】
(比較例2の層非剥離層状ルテニウム酸膜の物性評価)
層非剥離層状ルテニウム酸膜とAu基板とのサイクリックボルタモグラムを図9に示す。
【0068】
なおその電気化学測定の測定条件は、電気化学測定システム(北斗電工(株)製;商品名HZ−3000)を用い、電位走査範囲が0.2〜1.2V vs. RHE、電解液が0.5M HSO、対極がPtメッシュ(ニラコ(株)製)、参照電極がAg/AgCl電極というものである。
【0069】
目視では層状ルテニウム酸が、Au基板上に固定化されている様子を確認できなかったが、アノード側のサイクリックボルタモグラムから層状ルテニウム酸特有の酸化還元ピークが検出された。しかし、層状ルテニウム酸はほとんど泳動されておらず、2mVs−1の場合に、比静電容量は約2mFcm−2であった。一方、同様な条件で作製した実施例2の層状ルテニウム酸化合物膜の比静電容量は約400mFcm−2である。このことから明らかなように、電気泳動法による電極化は、実施例のように一旦層剥離させたコロイド状ルテニウム酸化合物を電気泳動した層状ルテニウム酸化合物膜を用いることが有効である。
【0070】
(比較例3)
コロイド状ルテニウム酸化合物の分散溶媒揮発によりルテニウム酸化合物を基板上で再び積層させた再積層体は、実施例2と同様に比静電容量が660F(g−RuO−1と大きなものであった。しかし、再積層可能な量は0.02mg/cm程度が限界であったことから、実施例1および2のように電気泳動した層状ルテニウム酸化合物膜を用いることが有効であることが分った。
【0071】
以下に、電気化学キャパシタを作製した例を示す。基板上でコロイド状ルテニウム酸化合物に電気泳動を施し、電極に層状ルテニウム酸化合物膜を形成させると、マイクロ電気化学キャパシタが得られる。
【0072】
(実施例3)
超小型直接メタノール形燃料電池(μ−DMFC)作製用のSi基板上にパターニングし、この基板を用いて、実施例2で得られたコロイド状ルテニウム酸化合物を電気泳動させ、マイクロ電気化学キャパシタを作製した。電気泳動の条件は、電気化学測定システム(北斗電工(株)製;商品名HZ−3000)を用い、泳動電圧が5V、泳動時間が10分間、電極間距離が1cm、基板が縦2.5cm×横2cmのSi基板、電気泳動した部分の見かけ表面積は(縦0.6cm×横0.05cm)×2=0.06cm、対極がPtメッシュ(ニラコ(株)製)であるというものである。それの電気泳動前後の写真を図10に示す。電極が層状ルテニウム酸化合物膜を有していることが確認できた。
【0073】
(実施例3のマイクロ電気化学キャパシタの物性評価)
得られたマイクロ電気化学キャパシタのサイクリックボルタモグラムを図11に示す。その時の電位走査速度と比静電容量の関係を図12に示す。比静電容量は見かけ表面積(0.06cm)あたりの値である。
【0074】
なおその電気化学測定の測定条件は、電気化学測定システム(北斗電工(株)製;商品名HZ−3000)を用い、電位走査範囲が−0.5〜0.5V、電解液が0.5M HSO、2電極式セルで行うというものである。
【0075】
マイクロ電気化学キャパシタは、比静電容量が約0.5mFと大きいものであった。2mVs−1での比静電容量を100として規格化した場合、その比静電容量は500mVs−1という極めて速い走査速度でも94%という優れた保持率を示した。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の層状ルテニウム酸化合物膜は、携帯電話や携帯パーソナルコンピュータのような電子機器の電源、負荷変動の大きな携帯用電源の補助デバイス、マイクロリアクター、ハイブリッド電気自動車の電源、太陽光や風の自然エネルギーシステムの蓄電のための電気化学キャパシタ等の電気化学蓄電素子として用いられる。また、1ミクロン線電極のような超小型の電気化学蓄電素子として用いられる。超小型燃料電池のようなパワーソースとのハイブリッド化に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】Au基板と、本発明を適用する実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜との走査型電子顕微鏡による撮影写真である。
【0078】
【図2】本発明を適用する実施例1および2の層状ルテニウム酸化合物膜のX線回折パターンを示す図である。
【0079】
【図3】本発明を適用する実施例1および2で時間毎に電気泳動して作製した層状ルテニウム酸化合物膜の電位走査速度毎におけるサイクリックボルタモグラムを示す図である。
【0080】
【図4】本発明を適用する実施例1および2で異なる時間毎に電気泳動して作製した層状ルテニウム酸化合物膜の電位走査速度と比静電容量との関係を示す図である。
【0081】
【図5】本発明を適用外の比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜のX線回折パターンを示す図である。
【0082】
【図6】本発明を適用外の比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜の電位走査速度毎におけるサイクリックボルタモグラムを示す図である。
【0083】
【図7】本発明を適用外の比較例1の層状ルテニウム酸化合物膜の電位走査速度と比静電容量との関係を示す図である。
【0084】
【図8】本発明を適用外の比較例1の電気泳動の際に副生した沈殿物のキャスト膜のX線回折パターンを示す図である。
【0085】
【図9】本発明を適用外の比較例2の層非剥離ルテニウム酸化合物膜とAu基板とのサイクリックボルタモグラムを示す図である。
【0086】
【図10】本発明を適用する実施例3のマイクロ電気化学キャパシタの作製の前後の写真である。
【0087】
【図11】本発明を適用する実施例3のマイクロ電気化学キャパシタの電位走査速度毎におけるサイクリックボルタモグラムを示す図である。
【0088】
【図12】本発明を適用する実施例3のマイクロ電気化学キャパシタの電位走査速度と比静電容量との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非プロトン性高誘電率溶媒中でコロイド状であるルテニウム酸化合物が、電気泳動により層状に堆積して膜を形成していることを特徴とする層状ルテニウム酸化合物膜。
【請求項2】
酸化ルテニウムとアルカリ金属化合物とを焼成または溶融する工程、
それを酸、アルキルアミン、テトラアルキルアミンの各溶液中で順次撹拌して、ルテニウム酸化合物の層状微粒子を形成する工程、
該微粒子を非プロトン性高誘電率溶媒に分散し、層剥離させたコロイド状ルテニウム酸化合物を形成する工程、
および該コロイド状ルテニウム酸化合物を電気泳動により層状に堆積させて、膜を形成する工程
を有していることを特徴とする層状ルテニウム酸化合物膜の製造方法。
【請求項3】
前記非プロトン性高誘電率溶媒が、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、炭酸エチレン、炭酸プロピレンおよびニトロメタンから選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする請求項2に記載の層状ルテニウム酸化合物膜の製造方法。
【請求項4】
電極が、請求項1に記載の層状ルテニウム酸化合物膜を有していることを特徴とする電気化学蓄電素子。
【請求項5】
電気化学キャパシタであることを特徴とする請求項4に記載の電気化学蓄電素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−233232(P2006−233232A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−44963(P2005−44963)
【出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】