説明

差分吸収ライダ装置

【課題】エアロゾル等の微粒子からの散乱光と、所望のハードターゲットからの散乱光とを分別し、より高い精度で計測対象となる気体の濃度を計測することを可能にする差分吸収ライダ装置を提供する。
【解決手段】計測する気体の光吸収量が大きい波長と小さい波長からなる光信号に与える強度変調の変調信号にチャープ信号を用い、2つのチャープ信号のチャープ範囲が重ならないようにすることで、2波長を同時に送受した場合でも両者を分別できるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、2波長のレーザ光を空間中に送信して反射体からの散乱光を受信し、各波長に関する受信光強度の比から、空間中における計測対象となる気体、例えば炭酸ガス、オゾン、水蒸気といったものの濃度を計測する差分吸収ライダ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の差分吸収ライダ装置としては、例えば特許文献1に開示されるものが知られている。この特許文献1に開示される差分吸収ライダ装置では、2波長のレーザ光に異なる周波数で強度変調をかけた後、このレーザ光を空間中に送信し、ハードターゲットとなる地面からの散乱光を受信して、この受信光を直接検波する。直接検波することにより得られた信号の周波数スペクトルを求め、この周波数スペクトルに生じる2つの変調周波数成分の信号強度から、2波長の各々を分別し、この2波長について受信光の検出を行っている。
【0003】
このとき、空間中に送信される2波長のうち、一方の波長を計測対象となる気体に関する光吸収係数が大きい波長に設定し、他方の波長を計測対象となる気体に関する光吸収係数が小さい波長に設定している。このように設定しておくことで、受信光量において、差分吸収ライダ装置−ハードターゲット間で計測対象となる気体濃度に応じた比が生じることとなり、この比から気体濃度を計測している。
【0004】
この特許文献1に開示されるタイプの差分吸収ライダ装置は、他の差分吸収ライダ装置に対し、2波長のレーザ光を同時に送受信しつつ、受信において2波長の受信光を分別することができるという点において優位性があり、具体的には二酸化炭素濃度の計測における高精度・リアルタイム計測性の向上において効果がある。これは、非特許文献1において実証されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−248126号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S. Kameyama et al.、Development of 1.6 micron CW modulation ground-based DIAL system for CO2 monitoring, Proceedings of SPIE, Vol. 7153, 71530L-1, 2008
【非特許文献2】日野幹雄著、スペクトル解析、朝倉書店、初版第26刷、pp. 86-89.
【非特許文献3】日野幹雄著、スペクトル解析、朝倉書店、初版第26刷、pp. 93.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に開示される従来の差分吸収ライダ装置では、より高精度な気体濃度計測を行ううえで、次のような課題があった。
【0008】
まず、上記特許文献1の実施の形態1において示される差分吸収ライダ装置を用いて理想的な計測を実現するためには、1つの前提条件を満足している必要がある。それは、差分吸収ライダ装置−ハードターゲット間においてレーザ光を散乱する媒質が全く存在しない、もしくはこの媒質からの散乱が無視できるというものである。
【0009】
しかし実際には、差分吸収ライダ装置−ハードターゲット間には、エアロゾル、花粉等の微粒子が存在し、これらの微粒子によっても微弱ながらもレーザ光に対する散乱光が生じる。これらの微粒子による微弱な散乱光が所望の散乱光であるハードターゲットからの受信光に重畳されると、検出した2波長の受光量に微弱なオフセットが生じ、このオフセットが乗った状態で受光量の比をとると、結果として気体濃度計測値に微小ながらも誤差が生じる。以上のような理由から、気体濃度の計測に対する要求が厳しい場合、この要求を実現することはできないという課題があった。
【0010】
また、上記特許文献1の実施の形態2において、特定距離からの信号のみを抽出できる差分吸収ライダ装置について開示されているが、これを実現するには光ミキサを設ける必要がある。しかしながら、この光ミキサは光挿入損失が非常に大きく、十分なSN(Signal to Noise)比での計測が困難であるため、高精度計測が困難であるという課題があった。
【0011】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、光ミキサを設けることなく、エアロゾル等の微粒子からの散乱光と、所望のハードターゲットからの散乱光とを分別し、より高い精度で計測対象となる気体の濃度を計測することを可能にする差分吸収ライダ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明に係る差分吸収ライダ装置は、計測する気体の光吸収量が大きい波長と小さい波長からなるレーザ光を発生する光源と、互いに異なるチャープ範囲を持つチャープ信号を発生するチャープ信号発生器と、光源により発生されたレーザ光の各波長に対し、チャープ信号発生器により発生された各チャープ信号で強度変調をかける光強度変調器と、光強度変調器により強度変調をかけられたレーザ光を合波する光合波器と、光合波器により合波されたレーザ光を空間中に送信する送信光学系と、送信光学系により送信されたレーザ光に対して、空間中に存在するハードターゲットから生じる散乱光を受信する受信光学系と、受信光学系により受信された散乱光を直接検波により電気信号に変換する光受信機と、受信機により変換された電気信号を分配する電気信号分配器と、電気信号分配器により分配された電気信号と、チャープ信号発生器により発生されたチャープ信号とをミキシングするミキサと、ミキサによりミキシングされた信号においてダウンコンバート成分のみの信号を抽出するフィルタと、フィルタにより抽出されたダウンコンバート成分のみの信号の各々の周波数スペクトルを求め、周波数スペクトルにおけるピーク周波数からハードターゲットからの散乱光成分のみを抽出して、ピーク周波数における信号強度の比から計測対象となる気体の濃度を検出する信号処理器とを備えたものである。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、上記のように構成したので、光ミキサを設けることなく、気体濃度を高精度に計測する上で妨害となる、差分吸収ライダ装置−ハードターゲット間に存在する微粒子からの散乱光の影響を除去することが可能となり、高精度な計測が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】この発明の実施の形態1に係る差分吸収ライダ装置の構成を示す図である。
【図2】この発明の実施の形態1に係る差分吸収ライダ装置における使用波長を説明するための図である。
【図3】この発明の実施の形態1に係る差分吸収ライダ装置における信号の周波数スペクトルを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、この発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1に係る差分吸収ライダ装置の構成を示す図である。
差分吸収ライダ装置は、図1に示すように、光源1、チャープ信号発生器2、電気信号分配器3,10、光強度変調器4、光合波器5、光アンプ6、送信光学系7、受信光学系8、光受信機9、ミキサ11、フィルタ12及び信号処理器13により構成される。
【0016】
光源1は2つの異なる波長からなるCW光(レーザ光)信号を発生させる機能を有しており、図1に示すように、光源1a及び光源1bにより構成される。この光源1a及び光源1bにより発生されるCW光信号は光強度変調器4に送られる。ここで、光源1aにより発生されるCW光信号の波長はλONであり、光源1bにより発生されるCW光信号の波長はλOFFである。
【0017】
図2はこの発明の実施の形態1に係る差分吸収ライダ装置において使用波長を説明するための図である。ここで、図2の横軸は光源1が発生させるCW光信号の波長であり、縦軸は計測対象となる気体の光吸収量である。
図2に示すように、光源1aにより発生されるCW光信号の波長λONは、計測対象となる気体(炭酸ガス、オゾン、水蒸気等)での光吸収量が大きい波長に設定する。また光源1bにより発生されるCW光信号の波長λOFFは、計測対象となる気体の光吸収量が小さい波長に設定する。
【0018】
ここで図2では、光源1aにより発生されるCW光信号の波長λONは、計測対象となる気体の光吸収量が最大となる波長に設定されているが、光源1bにより発生されるCW光信号の波長λOFFに対し光吸収量が大きくなるような波長であればよく、特に計測対象となる気体の光吸収量が最大となる波長に制限されるものではない。
【0019】
また、図1では示していないが、光源1a及び光源1bの少なくともいずれか1つから発生されるCW光信号を分配して、一部を不図示の光制御回路に送り、この光制御回路と光源1a及び光源1bの少なくともいずれか1つを接続して制御するように構成する。このように構成して、光源1a及び光源1bにより発生されるCW光信号の波長を所望の値、つまりλON及びλOFFに保持されるように、光源1a及び光源1bの少なくともいずれか1つに対して制御をかけることにより、気体濃度計測の精度改善に寄与することができる。
【0020】
チャープ信号発生器2は、2つの互いに異なるチャープ範囲を持つチャープ信号を発生する機能を有しており、図1に示すように、チャープ信号発生器2a及びチャープ信号発生器2bにより構成される。
【0021】
具体的には、光源1aにより発生される波長λONのCW光信号に対してチャープ信号発生器2aにより発生されるチャープ信号は、スタート周波数:f1、チャープ範囲:fw、チャープ時間:Tとする。同様に、光源1bにより発生される波長λOFFのCW光信号に対してチャープ信号発生器2bが発生するチャープ信号は、スタート周波数:f2、チャープ範囲:fw、チャープ時間:Tとする。このとき、f2>f1+fwとなるようにして、チャープする2つの周波数範囲が重ならないように設定する。
【0022】
このチャープ信号発生器2a及びチャープ信号発生器2bにより発生されるチャープ信号は電気信号分配器3に送られる。
【0023】
電気信号分配器3は、チャープ信号発生器2により発生されるチャープ信号を2つに分配する機能を有しており、図1に示すように、電気信号分配器3a及び電気信号分配器3bにより構成される。電気信号分配器3aはチャープ信号発生器2aからのチャープ信号を2つに分割し、電気信号分配器3bはチャープ信号発生器2bからのチャープ信号を2つに分割する。この電気信号分配器3a及び電気信号分配器3bにより2つに分割されたチャープ信号は光強度変調器4及びミキサ11に送られる。
【0024】
光強度変調器4は、光源1により発生されるCW光信号の各波長成分に対して、チャープ信号発生器2から電気信号分配器3を介して送られるチャープ信号を変調信号として強度変調をかける機能を有しており、図1に示すように、光強度変調器4a及び光強度変調器4bにより構成される。光強度変調器4aは光源1aにより発生されるCW光信号の各波長成分に対して、チャープ信号発生器2aから電気信号分配器3aを介して送られるチャープ信号に基づいて強度変調をかけ、光強度変調器4bは光源1bにより発生されるCW光信号の各波長成分に対して、チャープ信号発生器2bから電気信号分配器3bを介して送られるチャープ信号に基づいて強度変調をかける。この光強度変調器4a及び光強度変調器4bにより強度変調をかけられたCW光信号は光合波器5に送られる。
【0025】
光合波器5は、図1に示すように、光強度変調器4a及び光強度変調器4bにより強度変調をかけられた各波長を有する2つのCW光信号を合波する機能を有している。この光合波器5により合波された2波長を有するCW光信号は光アンプ6に送られる。
【0026】
光アンプ6は、図1に示すように、光合波器5からの合波された2波長を有するCW光信号を増幅する機能を有している。この光アンプ6により増幅された2波長を有するCW光信号は送信光学系7に送られる。
【0027】
送信光学系7は、図1に示すように、光アンプ6からの増幅された2波長を有するCW光信号を所定のビームサイズ、ビーム形状に成形して空間中に放射する機能を有している。
【0028】
受信光学系8は、図1に示すように、送信光学系7により送信された2波長を有するCW光信号に対して、空間中に存在する構造物の壁や樹木等のハードターゲット14から生じる散乱光を受信光として受信する機能を有している。この受信光学系8により受信された散乱光は光受信機9に送られる。
【0029】
光受信機9は、図1に示すように、受信光学系8により受信されたハードターゲット14からの散乱光を直接検波することにより電気信号に変換する機能を有している。この光受信機9により変換された電気信号は電気信号分配器10に送られる。
【0030】
電気信号分配器10は、図1に示すように、光受信機9により変換された電気信号を2つに分配する機能を有している。この電気信号分配器10により2つに分割された電気信号はミキサ11に送られる。
【0031】
ミキサ11は、図1に示すように、チャープ信号発生器2から電気信号分配器3を介して送られるチャープ信号と、光受信機9から電気信号分配器10を介して送られる電気信号をミキシングする機能を有しており、ミキサ11a及びミキサ11bにより構成される。ミキサ11aはチャープ信号発生器2aから電気信号分配器3aを介して送られるチャープ信号及び光受信機9から電気信号分配器10を介して送られる電気信号をミキシングする。ミキサ11bはチャープ信号発生器2bから電気信号分配器3bを介して送られるチャープ信号及び光受信機9から電気信号分配器10を介して送られる電気信号をミキシングする。このミキサ11a及びミキサ11bによりミキシングされた信号はフィルタ12に送られる。
【0032】
フィルタ12は、ミキサ11によりミキシングされた信号をフィルタリングし、ダウンコンバート成分のみの信号を抽出する機能を有しており、フィルタ12a及びフィルタ12bにより構成される。図1に示すように、フィルタ12aはミキサ11aによりミキシングされた信号をフィルタリングし、ダウンコンバート成分のみの信号を抽出し、フィルタ12bはミキサ11bによりミキシングされた信号をフィルタリングし、ダウンコンバート成分のみの信号を抽出する。このフィルタ12a及びフィルタ12bによりフィルタリングされたダウンコンバート成分のみの信号は信号処理器13に送られる。
【0033】
信号処理器13は、図1に示すように、フィルタ12a及びフィルタ12bにより抽出された2つのダウンコンバート成分のみの信号を信号処理する機能を有している。この信号処理器13は、フィルタ12a及びフィルタ12bにより抽出された2つのダウンコンバート成分のみの信号の各々の周波数スペクトルを求め、その周波数スペクトルにおけるピーク周波数からハードターゲットからの散乱成分のみを抽出し、このピーク周波数における信号強度の比から、空間中における計測対象となる気体の濃度を検出する。
【0034】
ここで、図1に示すように、光源1aと光強度変調器4aとの間、光源1bと光強度変調器4bとの間、光強度変調器4aと光合波器5との間、光強度変調器4bと光合波器5との間、光合波器5と光アンプ6との間、光アンプ6と送信光学系7との間、および受信光学系8と光受信機9との間は、全て光ファイバ等の光回路線により接続されている。
【0035】
また、図1に示すように、チャープ信号発生器2aと電気信号分配器3aとの間、電気信号分配器3aと光強度変調器4aとの間、チャープ信号発生器2bと電気信号分配器3bとの間、電気信号分配器3bと光強度変調器4bとの間、光受信機9と電気信号分配器10との間、電気信号分配器10とミキサ11aとの間、電気信号分配器10とミキサ11bとの間、電気信号分配器3aとミキサ11aとの間、電気信号分配器3bとミキサ11bとの間、ミキサ11aとフィルタ12aとの間、ミキサ11bとフィルタ12bとの間、フィルタ12aと信号処理器13との間、フィルタ12bと信号処理器13との間は、全て電線ケーブルにより接続されている。
【0036】
また、図1において、送信光学系7により送信されるCW光信号に対して散乱光を生じるハードターゲット14は構造物の壁や樹木等であるが、この差分吸収ライダ装置−ハードターゲット14間にはエアロゾル・花粉等の微粒子が存在し、これらの微粒子からも微弱ながらも散乱光が生じている。
【0037】
次に、上記のように構成される差分吸収ライダ装置の動作について説明する。
まず、光源1aは計測対象気体の光吸収量が大きい波長λONのCW光信号を発生し、光源1bは計測対象気体の光吸収量が小さい波長λOFFのCW光信号を発生する。この光源1aにより発生された波長λONのCW光信号は光強度変調器4aに送られ、光源1bにより発生された波長λOFFのCW光信号は光強度変調器4bに送られる。
【0038】
次いで、チャープ信号発生器2a及びチャープ信号発生器2bは、互いに異なる周波数範囲を持つチャープ信号を発生する。このチャープ信号発生器2aにより発生されたチャープ信号は電気信号分配器3aを介して光強度変調器4aに送られ、チャープ信号発生器2bにより発生されたチャープ信号は電気信号分配器3bを介して光強度変調器4bに送られる。
【0039】
次いで、光強度変調器4aは、チャープ信号発生器2aから電気信号分配器3aを介して送られるチャープ信号に基づいて、光源1aから送られるCW光信号に強度変調をかける。同様に、光強度変調器4bは、チャープ信号発生器2bから電気信号分配器3bを介して送られるチャープ信号に基づいて、光源1bから送られるCW光信号に強度変調をかける。これにより、波長λONのCW光信号は、スタート周波数:f1、チャープ範囲:fw、チャープ時間:Tのチャープ波形で強度変調され、波長λOFFのCW光信号は、スタート周波数:f2、チャープ範囲:fw、チャープ時間:Tで強度変調される。この光強度変調器4a及び光強度変調器4bにより強度変調をかけられたCW光信号は光合波器5に送られる。
【0040】
次いで、光合波器5は、光強度変調器4a及び光強度変調器4bから送られる強度変調された各波長のCW光信号を合波する。この光合波器5により合波された2波長のCW光信号は光アンプ6に送られる。
【0041】
次いで、光アンプ6は、光合波器5から送られる合波された2波長のCW光信号を増幅する。この光アンプ6により増幅された2波長のCW光信号は送信光学系7に送られる。
【0042】
次いで、送信光学系7は、光アンプ6から送られる増幅された2波長のCW光信号を所定のビームサイズ、ビーム形状に成形して空間中に放射する。このとき、光合波器5で合波した2波長のCW光信号を増幅、放射しているので、2つの異なる波長λONおよび波長λOFFのCW光信号を、同時に放射していることとなる。なお、この空間中に放射する2波長のCW光信号の送信パワーは、必ずしも同一である必要はないが、以下説明を簡単にするため、同一の送信パワーで放射するものとして説明を行う。
【0043】
この送信光学系7により空間中に放射されたCW光信号の各波長は、計測対象となる気体の光吸収量が異なるため、空間中を伝搬する過程における減衰量に1:1ではない比が生じる。したがって、このCW光信号の各波長では、差分吸収ライダ装置−ハードターゲット14間の往復伝搬過程において減衰量の差が生じる。
【0044】
次いで、受信光学系8は、送信光学系7により送信されるCW光信号に対してハードターゲット14により生じる散乱光を受信する。この受信光学系8により受信される散乱光は光受信機9に送られる。
【0045】
次いで、光受信機9は、受信光学系8により受信された受信光を直接検波して電気信号に変換する。この直接検波により、受信光学系8により受信された受信光の強度信号が電気信号に変換される。波長λON成分については、スタート周波数:f1、チャープ範囲:fw、チャープ時間:Tのチャープ波形となり、波長λOFF成分については、スタート周波数:f2、チャープ範囲:fw、チャープ時間:Tのチャープ波形となるが、これらの波長λON及び波長λOFFは、光強度変調器4により強度変調されたときの波形に対して、差分吸収ライダ装置からハードターゲット14までの光往復の時間だけ遅延した波形となる。この光受信機9により変換された電気信号は電気信号分配器10に送られる。
【0046】
次いで、電気信号分配器10は光受信機9により変換される電気信号を2つに分配する。この電気信号分配器10により2つに分割された電気信号はミキサ11a及びミキサ11bに送られる。
【0047】
次いで、ミキサ11aは、チャープ信号発生器2aから電気信号分配器3aを介してから送られるチャープ信号と光受信機9から電気信号分配器10を介して送られる電気信号とをミキシングする。ミキサ11bは、チャープ信号発生器2bから電気信号分配器3bを介してから送られるチャープ信号と光受信機9から電気信号分配器10を介して送られる電気信号とをミキシングする。このミキサ11aによりミキシングされた信号はフィルタ12aに送られ、ミキサ11bによりミキシングされた信号はフィルタ12bに送られる。
【0048】
次いで、フィルタ12aはミキサ11aによりミキシングされた信号をフィルタリングし、ダウンコンバート成分のみの信号を抽出する。フィルタ12bはミキサ11bによりミキシングされた信号をフィルタリングし、ダウンコンバート成分のみの信号を抽出する。このフィルタ12aによりフィルタリングされたダウンコンバート成分のみの信号及びフィルタ12bによりフィルタリングされたダウンコンバート成分のみの信号は信号処理器13に送られる。
【0049】
ここで、光受信機9での直接検波により得られた電気信号の波形は、光強度変調器4により光強度変調をかけた際のCW光信号の波形に対し、差分吸収ライダ装置からハードターゲット14までの光往復の時間だけ遅延した波形であるので、フィルタ12a及びフィルタ12bから出力されるダウンコンバート成分のみの信号において、ハードターゲット14により生じる散乱光成分の周波数は、波長λON及び波長λOFFのいずれの信号についても、fw/T×(2L/c)(L:ハードターゲット14までの距離、c:光速)となる。
これに対し、差分吸収ライダ装置―ハードターゲット14間に存在するエアロゾル、花粉等の微粒子により生じる散乱光成分の周波数は、波長λON及び波長λOFFのいずれの信号についても、fw/T×(2La/c)(La:各微粒子までの距離、c:光速)となる。つまり、所望のハードターゲット14により生じる散乱光成分と、妨害となる微粒子から生じる散乱光成分とは、フィルタ12a及びフィルタ12bから出力される信号においては異なる周波数を持つこととなる。
【0050】
次いで、信号処理器13は、フィルタ12a及びフィルタ12bによりフィルタリングされたダウンコンバート成分のみの信号の各々の周波数スペクトルを求め、その周波数スペクトルにおけるピーク周波数からハードターゲット14により生じる散乱成分のみを抽出し、抽出された2波長のピーク周波数における信号強度の比から気体濃度を計測する。ここで、信号処理器13は高速フーリエ変換を用いることにより、フィルタ12により得られるダウンコンバート成分のみの信号から周波数スペクトルを求める。
【0051】
図3はこの発明の実施の形態1に係る差分吸収ライダ装置における信号の周波数スペクトルを説明するための図である。図3(a)は波長λONの信号における周波数と信号強度の関係を示す図であり、図3(b)は波長λOFFの信号における周波数と信号強度の関係を示す図である。
図3に示すように、波長λON及び波長λOFFのいずれの信号においても、周波数fw/T×(2L/c)の位置にハードターゲット14により生じる散乱光成分に相当する高いピークが生じる。これに対し微粒子により生じる散乱光成分は、微粒子が差分吸収ライダ装置―ハードターゲット14間に拡散して存在しているため、fw/T×(2L/c)以外の周波数帯に拡散される。
【0052】
一般的に、ハードターゲット14の光に対する散乱係数とエアロゾルの散乱光係数とを比較した場合、桁違いにハードターゲット14の散乱光係数の方が高いため、信号処理器13により波長λONの信号及び波長λOFFの信号の周波数スペクトルのピーク周波数を検出すれば、ハードターゲット14により生じる散乱光成分のみを検出することが可能となる。つまり、2つの周波数スペクトルのピーク周波数における信号強度が、波長λON及び波長λOFFの受信光強度に対応することとなる。
【0053】
また、差分吸収ライダ装置―ハードターゲット14間の空間に、計測対象となる気体がほとんど存在しない場合、波長λON及び波長λOFFが空間中の伝搬過程において受ける光吸収の影響はいずれも殆どないので、このときの各ピーク周波数における信号強度はほぼ同じとなる。それに対し差分吸収ライダ装置−ハードターゲット14間の空間に、計測対象となる気体が高い濃度で存在する場合、波長λON及び波長λOFFが空間中の伝搬過程において受ける光吸収の影響は大きく、これに伴い、このときの各ピーク周波数における信号強度にも1:1ではない比が生じる。
【0054】
具体的には、図3に示すように、波長λONに対応するピーク周波数における信号強度は、波長λOFFに対応するピーク周波数における信号強度と比較して、顕著に小さくなる。この時間波形の振幅の差異は、波長λON及び波長λOFFの受信光量の差異と対応づけることができ、この受信光量の差異は波長λON及びλOFFの空間中における計測対象となる気体に関する光吸収量の差異に対応づけることができ、さらに、この光吸収量の差異は空間中における気体濃度と対応づけることができる。したがって、ピーク周波数における信号強度の差異から、空間中における計測対象となる気体の濃度を検出することが可能となる。
【0055】
以上のように、この発明の実施の形態1によれば、計測する気体の光吸収量が大きい波長と小さい波長の2波長からなる光信号に与える強度変調の変調信号にチャープ信号を用いて、2つのチャープ信号のチャープ範囲が重ならないように構成したので、差分吸収ライダ装置−ハードターゲット14間に存在する微粒子からの散乱光の影響を受けない計測が可能であり、より高精度の気体濃度計測が可能となる。さらに、この差分吸収ライダ装置では光ミキサは不要であり、十分なSN比での計測を行うことができ、高精度の気体濃度計測が可能となる。
【0056】
なお、以上に述べたこの発明の実施の形態1における信号処理器13では、周波数スペクトルを求める際に高速フーリエ変換を用いたが、この周波数スペクトルを求めるのに、非特許文献2に記載された最大エントロピー法ないしは自己回帰法を用いることにより、さらに別の効果を得ることができる。
【0057】
一般的に、この発明の実施の形態1に記載した、ハードターゲット14からの散乱光を直接検波により検出する差分吸収ライダ装置では、受信感度の観点から、受信帯域幅を小さくすることで受信する際のSN比を改善することができる。しかし、信号処理に高速フーリエ変換を用いると、所要距離分解能を実現するのに必要なチャープ範囲fwが、次式(1)により制限される。

ここで、ΔL:所要距離分解能、Ts:計測時間、fR:周波数分解能であり、高速フーリエ変換を用いる場合、周波数分解能は1/Tsなので、

となる。
【0058】
したがって、上式(2)に示すように、高速フーリエ変換を用いて周波数スペクトルを求める場合には受信帯域幅をfwより大きくする必要があり、受信感度を小さくする要求と矛盾する。一例として、実際の計測で見込まれる具体的な値で考えてみると、必要な距離分解能:15mの場合に必要チャープ範囲:10MHzとなるのに対し、受信感度高感度化の観点から使用できるチャープ範囲が1MHz以下であり、両者は整合しないこととなる。これは、周波数スペクトルを求める際に高速フーリエ変換を用いると、周波数分解能が計測時間の逆数により決まってしまうことに依存している。このようになる理由は、高速フーリエ変換では有限時間信号が無限に繰り返すことを仮定して演算しているためである。
【0059】
これに対し、最大エントロピー法ないしは自己回帰法では、演算において繰り返しを仮定せずにスペクトル推定を行うため、計算時間はかかるが、周波数分解能が計測時間の制限を受けることはない(例えば、非特許文献3参照)。したがって、周波数スペクトルを求める手段として最大エントロピー法ないしは自己回帰法を適用することで、差分吸収ライダ装置の高感度化と高距離分解能化とを両立することが可能となる。
【符号の説明】
【0060】
1,1a,1b 光源、2,2a,2b チャープ信号発生器、3,3a,3b,10 電気信号分配器、4,4a,4b 光強度変調器、5 光合波器、6 光アンプ、7 送信光学系、8 受信光学系、9 光受信機、11,11a,11b ミキサ、12,12a,12b フィルタ、13 信号処理器、14 ハードターゲット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測する気体の光吸収量が大きい波長と小さい波長からなるレーザ光を発生する光源と、
互いに異なるチャープ範囲を持つチャープ信号を発生するチャープ信号発生器と、
前記光源により発生されたレーザ光の各波長に対し、前記チャープ信号発生器により発生された各チャープ信号で強度変調をかける光強度変調器と、
前記光強度変調器により強度変調をかけられたレーザ光を合波する光合波器と、
前記光合波器により合波されたレーザ光を空間中に送信する送信光学系と、
前記送信光学系により送信されたレーザ光に対して、空間中に存在するハードターゲットから生じる散乱光を受信する受信光学系と、
前記受信光学系により受信された散乱光を直接検波により電気信号に変換する光受信機と、
前記受信機により変換された電気信号を分配する電気信号分配器と、
前記電気信号分配器により分配された電気信号と、前記チャープ信号発生器により発生されたチャープ信号とをミキシングするミキサと、
前記ミキサによりミキシングされた信号においてダウンコンバート成分のみの信号を抽出するフィルタと、
前記フィルタにより抽出されたダウンコンバート成分のみの信号の各々の周波数スペクトルを求め、前記周波数スペクトルにおけるピーク周波数からハードターゲットからの散乱光成分のみを抽出して、前記ピーク周波数における信号強度の比から計測対象となる気体の濃度を検出する信号処理器と
を備えた差分吸収ライダ装置。
【請求項2】
前記信号処理器は、最大エントロピー法ないしは自己回帰法を用いることにより、前記フィルタにより抽出されたダウンコンバート成分のみの信号の各々の周波数スペクトルを求める
ことを特徴とする請求項1記載の差分吸収ライダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−276368(P2010−276368A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126623(P2009−126623)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】