説明

常圧カチオン可染性ポリエステル樹脂組成物およびその繊維

【課題】ポリ乳酸からなる常圧カチオン可染性を有するポリエステル樹脂組成物及びその繊維を提供する。
【解決手段】主としてポリ乳酸からなり固有粘度が0.70dL/g以上のポリエステル成分Aと、主として共重合ポリブチレンテレフタレートからなり固有粘度が0.40dL/g以上のポリエステル成分Bとを、A:B=70:30〜95:5の重量比率でブレンドしたポリエステル樹脂組成物であって、ポリエステル成分Bが、下記化学式(1)で表される有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分を、ポリエステル成分Bを構成する全酸成分を基準として4〜12モル%共重合された共重合ポリブチレンテレフタレートである、常圧カチオン染料に対して可染性を有するポリエステル樹脂組成物などによって解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリエステル樹脂組成物に関し、更に詳しくは、常圧下においてもカチオン染料による可染性を有する、常圧カチオン可染ポリエステル樹脂組成物およびその繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラスチック材料は、石油を原料として製造される樹脂であるため、石油資源を消費するうえに、使用後廃棄する際、ゴミの量を増し、さらに自然環境下で分解され難いため、埋設処理しても、半永久的に地中に残留する。そして焼却処理された場合には大気中の二酸化炭素を増加させ、温暖化を助長する懸念がある。また投棄されたプラスチック類により、景観が損なわれ地上ならびに海洋生物の生活環境が破壊されるなど、生態系に対して直接的に悪影響を及ぼすような問題が起こっている。近年の資源保全、環境保護の観点から、非石油資源を原料とし、廃棄時の減容化および細粒化の容易性、生分解性等の環境に配慮したバイオベースポリマーが注目を集め、特にポリ乳酸系樹脂は、近年、原料であるL−乳酸が発酵法により大量かつ安価に製造されるようになってきたこと、剛性が強いという優れた特徴を有すること等により、その利用分野の拡大が期待されている。
【0003】
このポリ乳酸系樹脂を衣料用繊維として使用した場合、その化学的特性から分散染料、アゾイック染料でしか染色できないため、鮮明かつ深みのある色相が得られにくいという欠点があった。かかる欠点を解消する方法として、ポリエステルにスルホイソフタル酸の金属塩を2〜3モル%共重合する方法が提案されており(例えば、特許文献1、2参照。)、ポリ乳酸系繊維にこの技術を応用することも考えられる。
【0004】
しかしながら、かかる方法によって得られるポリ乳酸系繊維を十分濃色に染色するには、高温・高圧下で染色することが必要であり、天然繊維やウレタン繊維などと交編、交織した後に染色すると、天然繊維、ウレタン繊維が脆化するという問題があった。これを常圧、100℃付近の温度で十分に染色しようとすれば、スルホイソフタル酸の金属塩を多量に共重合されることが必要となる。しかしこの場合、スルホン酸の金属塩基による増粘効果から、ポリ乳酸系樹脂の重合度を高くすることができず、溶融紡糸にて得られるポリ乳酸系繊維の強度が著しく低下し、さらに紡糸操業性が著しく悪化するという問題があった。
【0005】
またポリ乳酸系繊維に対して、かかるスルホイソフタル酸成分を共重合した場合、その親水性ゆえに熱水溶解性が高まり、プロセス上熱水を使用する必要のあるペレット化工程や染色工程で一部が溶解してしまう、という欠点があった。
さらにかかるポリ乳酸系繊維にスルホイソフタル酸成分を共重合した場合、その融点が低下し、もともと融点が170℃程度と低いポリ乳酸系樹脂の融点がさらに低下し、耐熱性がさらに低下してしまう、という問題もあった。
【0006】
さらに、これもポリエチレンテレフタレートをはじめとするポリエステル樹脂の技術ではあるが、前述のスルホン酸の金属塩基による増粘効果による繊維の強度低下を解決するために、イオン結合性分子間力の小さいカチオン可染モノマーを共重合する技術(例えば、特許文献3、4参照。)や、スルホイソフタル酸の金属塩に加え、分子量が2000以上のポリエチレングリコールを共重合する方法、アジピン酸、セバシン酸などの直鎖炭化水素のジカルボン酸を共重合する方法、あるいはジエチレングリコール、ネオペンチルグリコール、シクロヘキサンジメタノールのようなグリコール成分を共重合する方法が提案されている。(例えば、特許文献5、6参照。)。
【0007】
また、5−ナトリウムスルホイソフタル酸を共重合したポリエステルを鞘部に、95モル%以上がエチレンテレフタレートの繰返し単位からなるポリエステルを芯部に配した複合繊維が提案されている(例えば、特許文献7参照。)。確かにこの方法で染色性を高めることは可能であるが、鞘部を構成する共重合ポリエステル中のスルホイソフタル酸成分の共重合量には、前述と同様の理由で限界があり、十分な染着性を得ることが困難であった。 すなわち、以上のような従来良く知られたポリエステル繊維の染色性改善技術を応用したとしても、ポリ乳酸系繊維のカチオン染料染色性を改善することは困難であった。したがって、これを改善するために、ポリ乳酸系樹脂自体に共重合を施すのではなく、カチオン可染剤を高濃度に共重合したマスターバッチをポリ乳酸系樹脂にブレンドすることで解決できる可能性が考えられる。しかしながら、もっとも一般的に用いられるポリエチレンテレフタレートでは、高濃度の5−ナトリウムスルホイソフタル酸を添加すると極度に強度が劣化し、熱水に溶解するため染色時に溶出する、またポリ乳酸系樹脂との融点差が大きいために溶融粘度差がつきすぎてブレンドが困難である、という問題点があった。
【0008】
【特許文献1】特公昭34−010497号公報
【特許文献2】特開昭62−089725号公報
【特許文献3】特開平01−162822号公報
【特許文献4】特開2006−176628号公報
【特許文献5】特開2002−284863号公報
【特許文献6】特開2006−200064号公報
【特許文献7】特開平07−126920号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記従来技術を背景になされたもので、その目的は、常圧下においてもカチオン染料による非常に優れた可染性を有し、かつ熱水への溶解物の溶出が抑制された、主としてポリ乳酸からなる常圧カチオン可染性を有するポリエステル樹脂組成物およびその繊維を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、かかる課題に鑑み検討を重ねた結果、本発明の目的は、次に表すブレンドしたポリエステル樹脂組成物によって達成されることを見出した。
すなわち本発明は、
主としてポリ乳酸からなり固有粘度が0.70dL/g以上のポリエステル成分Aと、主として共重合ポリブチレンテレフタレートからなり固有粘度が0.40dL/g以上のポリエステル成分Bとを、A:B=70:30〜95:5の重量比率でブレンドしたポリエステル樹脂組成物であって、ポリエステル成分Bが、下記化学式(1)で表される有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分を、ポリエステル成分Bを構成する全酸成分を基準として4〜12モル%共重合された共重合ポリブチレンテレフタレートであるポリエステル樹脂組成物およびその繊維であり、当該発明によって上述の目的を達成することができる。
【0011】
【化1】

[上記式中、Rは水素原子または炭素数1〜10のアルキル基を表し、Xはアルカリ金属元素、4級ホスホニウム塩または4級アンモニウム塩を表す。]
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、常圧下においてもカチオン染料による非常に優れた可染性を有し、かつ熱水への溶解物の溶出が抑制された、主としてポリ乳酸からなる常圧カチオン可染性を有するポリエステル樹脂組成物およびその繊維を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明に用いられる主としてポリ乳酸からなるポリエステル成分Aとは、下記式(2)で表されるL−乳酸単位およびまたはD−乳酸単位から実質的になる。
【0014】
【化2】

【0015】
ポリ−L−乳酸は、好ましくは90〜100モル%、より好ましくは95〜100モル%、さらに高融点を実現するためには99〜100モル%の、L−乳酸単位から構成されることがさらに好ましい。他の構成単位としては、D−乳酸単位、乳酸以外の共重合成分単位が挙げられる。このD−乳酸単位、乳酸以外の共重合成分単位は、好ましくはポリエステル成分Aを構成する繰り返し単位を基準として0〜10モル%、より好ましくは0〜5モル%、さらに好ましくは0〜2モル%共重合されていることである。ポリ−D−乳酸は、好ましくは90〜100モル%、より好ましくは95〜100モル%、さらに高融点を実現するためには99〜100モル%の、D−乳酸単位から構成されることがさらに好ましい。他の単位としては、L−乳酸単位、乳酸以外の共重合成分単位が挙げられる。L−乳酸単位、乳酸以外の共重合成分単位は、好ましくはポリエステル成分Aを構成する繰り返し単位を基準として0〜10モル%、より好ましくは0〜5モル%、さらに好ましくは0〜2モル%である。
【0016】
共重合成分単位は、2個以上のエステル結合形成可能な官能基を持つジカルボン酸、多価アルコール、ヒドロキシカルボン酸、ラクトン等由来の単位およびこれら種々の構成成分からなる各種ポリエステル、各種ポリエーテル、各種ポリカーボネート等由来の単位が例示される。
【0017】
ジカルボン酸としては、コハク酸、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、テレフタル酸、イソフタル酸等が挙げられる。多価アルコールとしてはエチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、オクタンジオール、グリセリン、ソルビタン、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等の脂肪族多価アルコール等あるいはビスフェノールにエチレンオキシドが付加させたものなどの芳香族多価アルコール等が挙げられる。ヒドロキシカルボン酸として、グリコール酸、ヒドロキシ酪酸等が挙げられる。ラクトンとしては、グリコリド、ε−カプロラクトングリコリド、ε−カプロラクトン、β−プロピオラクトン、δ−ブチロラクトン、β−またはγ−ブチロラクトン、ピバロラクトン、δ−バレロラクトン等が挙げられる。
【0018】
ステレオコンプレックスポリ乳酸は、ポリ−L−乳酸、ポリ−D−乳酸の混合物であり、ステレオコンプレックス結晶を形成しうる。ポリ−L−乳酸およびポリ−D−乳酸は、共に重量平均分子量が、好ましくは10万〜50万、より好ましくは15万〜35万である。
【0019】
ポリ−L−乳酸およびポリ−D−乳酸は、公知の方法で製造することができる。例えば、L−またはD−ラクチドを金属重合触媒の存在下、加熱し開環重合させ製造することができる。また、金属重合触媒を含有する低分子量のポリ乳酸を結晶化させた後、減圧下または不活性ガス気流下で加熱し固相重合させ製造することができる。さらに、有機溶媒の存在/非存在下で、乳酸を脱水縮合させる直接重合法で製造することができる。
【0020】
重合反応は、従来公知の反応容器で実施可能であり、例えばヘリカルリボン翼等、高粘度用攪拌翼を備えた縦型反応器あるいは横型反応器を単独、または並列して使用することができる。また、回分式あるいは連続式あるいは半回分式のいずれでも良いし、これらを組み合わせてもよい。重合開始剤としてアルコールを用いてもよい。かかるアルコールとしては、ポリ乳酸の重合を阻害せず不揮発性であることが好ましく、例えばデカノール、ドデカノール、テトラデカノール、ヘキサデカノール、オクタデカノールなどを好適に用いることができる。
【0021】
固相重合法では、前述した開環重合法や乳酸の直接重合法によって得られた、比較的低分子量の乳酸ポリエステルをプレポリマーとして使用する。プレポリマーは、そのガラス転移温度(Tg)以上融点(Tm)未満の温度範囲にて予め結晶化させることが、乳酸ポリエステルプレポリマーチップ同士の融着防止の面から好ましい形態と言える。結晶化させたプレポリマーは固定された縦型或いは横型反応容器、またはタンブラーやキルンの様に容器自身が回転する反応容器(ロータリーキルン等)中に充填され、プレポリマーのガラス転移温度(Tg)以上融点(Tm)未満の温度範囲に加熱される。重合温度は、重合の進行に伴い段階的に昇温させても何ら問題はない。また、固相重合中に生成する水を効率的に除去する目的で前記反応容器類の内部を減圧することや、加熱された不活性ガス気流を流通する方法も好適に併用される。
【0022】
本発明で用いるポリ乳酸の重量平均分子量は、10万〜50万である。より好ましくは10万〜30万である。重量平均分子量は溶離液にクロロホルムを用いたゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)測定による標準ポリスチレン換算の重量平均分子量値である。
【0023】
本発明で用いるポリ乳酸の融解エンタルピーは、20J/g以上、好ましくは30J/g以上である。融解エンタルピーが小さく結晶性に乏しいポリ乳酸では十分な成形性が得られず、所望の低成形収縮性が実現できない。この融解エンタルピーの範囲を満たすには、結晶性が良好となるように、溶融固化条件を急冷条件を避ける、一旦固化した後も加熱し結晶化を促進させる、結晶核剤となる物質を固化前までの工程で投入するなどの手段から適宜選択し、その条件を調整する事で可能となる。
【0024】
本発明においては、ポリ乳酸樹脂組成物中のポリ乳酸樹脂成分のカルボキシル末端基濃度が15eq/ton以下であることが好ましい。この範囲内にある時には、溶融安定性、湿熱耐久性が良好な組成物を得ることができる。15eq/ton以下にする場合には、具体的には、ポリエステルにおいて公知のカルボキシル末端基濃度低減方法をいずれも採用することができ、例えば、末端封止剤の添加、具体的には、モノカルボジイミド類、ジカルボジイミド類、ポリカルボジイミド類、オキサゾリン類、エポキシ化合物等の添加や、または、末端封止剤を添加せず、アルコール、アミンによってエステルまたはアミド化することもできる。
【0025】
なおポリエステル成分Aの固有粘度は0.70dL/g以上であることが必要である。固有粘度が0.70dL/g未満ではポリエステル樹脂組成物の成形により得られる成形品の強度、弾性率が低く、実用に適さない。
一方、本発明に用いられるポリエステル成分Bとは、テレフタル酸またはそのエステル形成性誘導体と、テトラメチレングリコール成分とを重縮合反応せしめて得られるブチレンテレフタレートを主たる繰返し単位とするポリエステルである。
【0026】
また上記ポリエステル成分Bには、本発明の目的の達成が実質的に損なわれない範囲内で他の成分が共重合されていてもよい。本発明の目的の達成が実質的に損なわれない範囲内とは、具体的には構成する全繰り返し単位あたり10モル%、好ましくは5モル%以内である。他の共重合成分としては、ジカルボン酸成分では、例えばナフタレンジカルボン酸、イソフタル酸、ジフェニルジカルボン酸、ジフェニノキシエタンジカルボン酸、β−ヒドロキシエトキシ安息香酸、p−オキシ安息香酸、アジピン酸、セバシン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸のような芳香族、脂肪族、脂環族のジカルボン酸成分を挙げることができる。さらに、トリメリット酸、ピロメリット酸のような三官能性以上のポリカルボン酸を共重合成分として用いても良い。また、ジオール成分では、例えばトリメチレングリコール、エチレングリコール、シクロヘキサン−1,4−ジメタノール、ネオペンチルグリコールのような脂肪族、脂環族、芳香族のジオール成分を挙げることができる。さらに、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトールのような三官能性以上のポリオールを共重合成分として用いてもよい。
【0027】
なおポリエステル成分Bの固有粘度は0.40dL/g以上であることが必要である。固有粘度が0.40dL/g未満では得られるポリエステル樹脂組成物を成形した場合に、強度、弾性率などの機械的物性が低くなり、実用に適さない。
【0028】
該ポリエステル成分Bには、共重合成分として、下記化学式(1)で表される有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分が共重合されていることが必要である。
【0029】
【化3】

[上記式中、Rは水素原子または炭素数1〜10のアルキル基を表し、Xはアルカリ金属元素、4級ホスホニウム塩または4級アンモニウム塩を表す。]
【0030】
本発明で使用される有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分としては、5−スルホイソフタル酸のアルカリ金属塩(ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩)、5−スルホイソフタル酸の4級ホスホニウム塩、または5−スルホイソフタル酸の4級アンモニウム塩が例示される。また、これらのエステル形成性誘導体も好ましく例示される。これらの群の中では、5−スルホイソフタル酸のナトリウム塩、4級ホスホニウム塩が好ましく例示される。4級ホスホニウム塩の4つある置換基は同一であっても異なっていても良い。上記化学式(1)で表される化合物の具体例としては、5−スルホイソフタル酸テトラブチルホスホニウム塩、5−スルホイソフタル酸エチルトリブチルホスホニウム塩、5−スルホイソフタル酸ベンジルトリブチルホスホニウム塩、5−スルホイソフタル酸フェニルトリブチルホスホニウム塩、5−スルホイソフタル酸テトラフェニルホスホニウム塩、5−スルホイソフタル酸ブチルトリフェニルホスホニウム塩、5−スルホイソフタル酸ベンジルトリフェニルホスホニウム塩、あるいはこれらイソフタル酸誘導体のジメチルエステル、ジエチルエステルが好ましく例示されるが、製造時の安定性やコストの面から特に5−スルホイソフタル酸テトラブチルホスホニウム塩が特に好ましく用いられる。
またこれらの有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分は、1種類を単独で用いても、2種類以上を混合使用しても良い。
【0031】
本発明において、上記化学式(1)で表される有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分は、ポリエステル成分Bを構成する全酸成分を基準として4モル%以上12モル%以下共重合されている必要がある。共重合量が4モル%以下であると、常圧下での染色性は不十分であり、12モル%を超えると、重合度が低くなり、糸が脆化しやすくなる。共重合量は、5〜10モル%の範囲が好ましく、7〜10モル%の範囲がさらに好ましい。
【0032】
本発明の常圧カチオン可染ポリエステル樹脂組成物は、上記のポリエステル成分AおよびBが重量比率A:B=70:30〜95:5の重量比率でブレンドされたポリエステル樹脂組成物でなくてはならない。ポリエステル成分Aが95重量%を越える場合は、常圧カチオン染色性が不十分となる一方、上記ポリエステル成分Aが70重量%未満の場合は、繊維等の成形品にした場合の強度が低下し、実用に適さない。ポリエステル成分AおよびBの重量比率は、80:20〜95:5の範囲が好ましく、85:15〜90:10の範囲が更に好ましい。
【0033】
驚くべきことに、本発明で得られるポリエステル樹脂組成物を溶融紡糸した繊維は、非常に優れた耐熱水溶解性を有している。本明細書の[背景技術]の項に記載のとおり、高いカチオン染色性を付与すべく、カチオン染色に寄与するスルホイソフタル酸成分を多量に共重合した場合、その親水性ゆえに熱水溶解性が高まり、熱水を使用するポリマーのペレット化工程や染色工程で一部が溶解してしまう。しかしながら本発明のポリエステル樹脂組成物を構成しているポリエステル成分Bは、ポリブチレンテレフタレートを主成分としているために結晶化度が高く、またポリエチレンテレフタレート対比親水性を大幅に低下させることが可能となり、ゆえに多量のスルホイソフタル酸成分を共重合しているにもかかわらず、100℃の沸騰水中で30分間熱処理した際の熱水への溶出物量は糸量1gあたり50mg以下、という低いレベルの溶出量が実現される。またポリブチレンテレフタレートを主成分としているために、ポリ乳酸対比、単位重量あたりのエステル結合数が減少することも、多量のスルホイソフタル酸成分を共重合しているにもかかわらず、100℃の沸騰水中で30分間熱処理した際の熱水への溶出物量は糸量1gあたり50mg以下、という低いレベルの溶出量が実現できている要因である。
【0034】
本発明に用いるポリエステル成分Bの製造方法については特に限定はなく、テレフタル酸をグリコール成分と直接エステル化せしめた後重合せしめる方法、またはテレフタル酸のエステル形成性誘導体をグリコール成分とエステル交換反応せしめた後重合せしめる方法のいずれを採用しても良い。ここでエステル形成性誘導体とは低級アルキルエステル、低級アリールエステル、酸ハライド物等を表す。また本発明に用いるポリエステル成分Bを重縮合する際の触媒としては、特に限定はなく一般的なポリエステル製造時に使用される触媒が採用される。具体的には重縮合触媒としてアンチモン化合物、ゲルマニウム化合物またはチタン化合物等が好ましく用いられる。テレフタル酸のエステル形成性誘導体をグリコール成分とエステル交換反応せしめた後、重合せしめる方法を採用する場合は、エステル交換反応触媒としてチタン化合物、マンガン化合物、カルシウム化合物、マグネシウム化合物、亜鉛化合物、ナトリウム化合物またはコバルト化合物等が好ましく用いられる。これらの重縮合触媒およびエステル交換触媒に用いる化合物は単一であっても複数種を用いてもよい。
【0035】
本発明に用いられる有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分は、ポリエステル成分Bの重合反応が完了するまでの任意の段階で添加しても良いが、エステル系生成誘導体を用いてエステル交換反応を行う場合には、エステル交換反応の初期に、直接エステル化反応を行う場合には重合反応が開始される直前に添加されるのが好ましい。
【0036】
本発明に用いられるポリエステル成分Aおよびポリエステル成分Bには、必要に応じて少量の添加剤、例えば滑剤、顔料、染料、酸化防止剤、固相重合促進剤、蛍光増白剤、帯電防止剤、抗菌剤、紫外線吸収剤、光安定剤、熱安定剤、遮光剤または艶消剤等を含んでいてもよく、特に酸化チタンなどの艶消剤は好ましく添加される。
【0037】
本発明の常圧カチオン可染ポリエステル樹脂組成物は、例えば以下の方法により製造することができる。すなわちポリエステル成分Aとポリエステル成分Bとを、加熱可能な混練機や、もしくは一軸または二軸のスクリューを有する溶融混練装置を用いて、溶融温度200〜250℃、好ましくは210〜240℃で重量比が所定の割合となるように溶融混合する。このときの溶融混合条件は、2種類のポリマーが十分に溶融すれば厳密に規定するものではないが、混練時間は2〜60分であることが望ましい。混練時間が短いとブレンドが不十分となり、後の製糸時に糸切れの原因になる。また混練時間が長すぎると、同じポリエステルであるポリエステル成分Aとポリエステル成分Bが反応しはじめ、反応が進むにつれて融点の低下が発生してしまう。
【0038】
また得られた常圧カチオン可染ポリエステル樹脂組成物は、直ちに冷却されて常法によりペレット化された後再溶融されるか、または溶融されたまま配管を経由するかいずれかの方法で、紡糸工程に輸送される。紡糸は従来公知の溶融紡糸方法が採用されるが、例えば溶融温度200〜250℃、好ましくは210〜240℃で溶融紡出され、該吐出糸条に冷却風を吹付けて固化させた後に引取速度1000〜8000m/分、好ましくは2000〜6500m/分の速度で引き取り、一旦巻取ってから、または一旦巻取ることなく連続して、必要に応じて延伸・熱処理することにより得ることができる。なお、引き取る際のローラーの数は特に限定されず、単独でも2以上の複数であってもよいが、通常は一対のローラー群を介して引き取られる。この際、第一のローラーと第二のローラーの回転速度(周速)は、紡糸安定性を損なわずかつ本発明の目的を阻害しない範囲内で異ならしめてもよいが、通常は同一速度とすることが好ましい。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何等制限されるものではない。なお実施例中の分析項目などは、下記記載の方法により測定した。実施例中「部」は、特に断らない限り重量基準である。
【0040】
(ア)固有粘度(IV):
ポリエステル成分AまたはBを1,1,2,2−テトラクロロエタン/フェノール=40/60(重量比)混合液に溶解した希薄溶液を、35℃でウベローデ型粘度計を用いて測定した値から求めた。
【0041】
(イ)繊維の引張強度:
JIS L1013記載の方法に準拠して測定を行った。
【0042】
(ウ)カチオン可染性(染着率):
実施例にて得られたポリエステル繊維から常法により編地を作成し、その編地をCATHILON BLUE CD−FRLH)0.5g/L、CD−FBLH0.5g/L(いずれも保土ヶ谷化学)、硫酸ナトリウム3g/L、酢酸0.3g/Lの染色液中にて100℃で1時間、浴比1:50で染色し、次式により染着率を求めた。このときの布帛に対する染料の重量比は5%である(以下5%owfと表記する)。染色後の残液は、日立(株)製U−3010紫外分光光度計により、青色の吸収波長である576nmの吸光度を測定し、下記式から染着率を求めた。
染着率=(OD−OD)/OD
OD:染色前の染液の576nmの吸光度
OD:染色後の染液の576nmの吸光度
本発明では、染着率98%以上を常圧カチオン可染性良好と判断した。
【0043】
(エ)熱水溶出性評価:
得られた常圧カチオン可染ポリエステル樹脂組成物を溶融紡糸して得られた繊維のメリヤス編地を作成し、その編地1gをアセトンで洗浄後、100gの沸騰した蒸留水中で30分間処理した。処理水をガラスフィルター(柴田科学器械工業社製1Gフィルター)でろ過後、蒸発乾固させて残渣の重量を測定し、溶出量とした。
【0044】
(オ)有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分の共重合量:
ポリエステルBの有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分の共重合量は、粒状のポリエステルサンプルをアルミ板上で加熱溶融した後、圧縮プレス機で平面を有する成形体に形成し、それぞれのサンプルを蛍光X線装置(理学電機工業株式会社製3270E型)に供して、硫黄分を定量分析することにより求めた。得られた硫黄の重量から表1記載のようにモル量に換算した。
【0045】
(カ)ガラス転移点(Tg)および融点(Tm):
ポリエステル樹脂組成物マーサンプルを、TAインスツルメンツ社製Q10型示差走査熱量計を用いて窒素気流下、20℃/分の昇温条件にて常法に従い測定した。
【0046】
[参考例1](ポリ−L−乳酸の製造)
Lラクチド(株式会社武蔵野化学研究所製、光学純度100%)100重量部に対し、オクチル酸すずを0.005重量部加え、窒素雰囲気下攪拌翼のついた反応機中にて、180℃で2時間反応し、その後、減圧して残存するラクチドを除去し、チップ化し、ポリ−L−乳酸を得た。得られたポリ−L−乳酸は固有粘度1.20dL/g、ガラス転移点(Tg)は63℃、融点(Tm)は180℃であった。
【0047】
[参考例2]
反応終了時間を早めた以外は参考例1と同様に行い、固有粘度0.60dL/gのポリ−L−乳酸を得た。結果を表1に示す。得られた参考例1、参考例2のポリ乳酸をポリエステルA成分として用いた。
【0048】
[参考例3]
テレフタル酸ジメチル100重量部、5−ナトリウムスルホイソフタル酸ジメチル8.5重量部とテトラメチレングリコール77重量部の混合物に、酢酸マンガン0.03重量部、酢酸ナトリウム三水和物0.12重量部をエステル交換反応槽中に添加し、140℃から240℃まで徐々に昇温しつつ、反応の結果生成するメタノールをエステル交換反応槽外に留出させながらエステル交換反応を行った。その後、正リン酸0.03重量部を添加し、エステル交換反応を終了させた。
【0049】
その後、エステル交換反応で得られた反応生成物に三酸化アンチモン0.05重量部と5−スルホイソフタル酸テトラブチルホスホニウム塩14.5重量部と水酸化テトラエチルアンモニウム0.3重量部とトリエチルアミン0.003重量部を添加して重合容器に移し、285℃まで昇温し、30Pa以下の高真空にて重縮合反応を行い、常法に従いチップ化して固有粘度0.56dL/gのポリエステルを得た。結果を表1に示した。
【0050】
[参考例4〜11]
5−ナトリウムスルホイソフタル酸ジメチルまたは5−スルホイソフタル酸テトラブチルホスホニウム塩を、ポリエステル成分Bとなる共重合ポリブチレンテレフタレートを構成する全酸成分を基準として表1記載の含有率になるように実施した以外は参考例3と同様に行った。結果を表1に示した。
【0051】
[参考例12]
重合反応時間を短縮し、得られるポリエステル成分Bの固有粘度(IV)を変更した以外は参考例3と同様に行った。結果を表1に示した。得られた参考例4〜12の共重合ポリブチレンテレフタレートをポリエステル成分Bとして用いた。
【0052】
[実施例1]
参考例1で得られたポリエステル成分A90重量部と、参考例3で得られたポリエステル成分B10重量部とを、通常のポリエステル重合に使用する反応釜に投入し、窒素雰囲気下で30分間溶融攪拌して混練した。混練終了後、ブレンド物を釜の下部から吐出し、水で急冷後、ペレット状にカットした。得られたペレットは定法にしたがい紡糸温度240℃にて、紡糸速度2500m/minで巻取り、84dtex/24filの未延伸糸を得た。さらに、延伸ローラー温度80℃、延伸倍率1.6倍、スリットヒーター温度170℃にて延伸し、パーン形状に巻取った。得られた糸をメリヤス編みし、5%owfでの常圧カチオン可染性評価および熱水溶出試験を実施した。結果を表1に示した。
【0053】
[実施例2〜7、比較例1,2,5,6]
参考例1で得られたポリエステル成分Aと、参考例3〜9で得られたポリエステル成分Bとを、表1記載の条件で実施例1と同様にブレンドして得られたペレットを溶融紡糸し、実施例位置と同様の評価を行った。結果を表1に示した。
【0054】
[比較例3,4,7,8]
表1記載のとおり、参考例1または2で得られたポリエステル成分Aと、参考例3、10〜12で得られたポリエステル成分Bとを、表1記載の条件で実施例1と同様にブレンドして得られたペレットの溶融紡糸を試みたが、残念ながら製糸性が悪く、繊維は得られなかった。
【0055】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明で得られる、常圧下においてもカチオン染料による非常に優れた可染性を有し、かつ熱水への溶解物の溶出が抑制されている。このため、上述のポリエステル樹脂組成物を溶融紡糸して得られる繊維を衣料とすれば、特に高い染色性が要求されるファッション衣料やスポーツ衣料用途に優れた衣料を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主としてポリ乳酸からなり固有粘度が0.70dL/g以上のポリエステル成分Aと、主として共重合ポリブチレンテレフタレートからなり固有粘度が0.40dL/g以上のポリエステル成分Bとを、A:B=70:30〜95:5の重量比率でブレンドしたポリエステル樹脂組成物であって、ポリエステル成分Bが、下記化学式(1)で表される有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分を、ポリエステル成分Bを構成する全酸成分を基準として4〜12モル%共重合された共重合ポリブチレンテレフタレートであるポリエステル樹脂組成物。
【化1】

[上記式中、Rは水素原子または炭素数1〜10のアルキル基を表し、Xはアルカリ金属元素、4級ホスホニウム塩または4級アンモニウム塩を表す。]
【請求項2】
有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分が5−ナトリウムスルホイソフタル酸である請求項1記載のポリエステル樹脂組成物。
【請求項3】
有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分が5−スルホイソフタル酸テトラブチルホスホニウム塩である請求項1記載のポリエステル樹脂組成物。
【請求項4】
有機スルホン酸塩基含有芳香族ジカルボン酸成分として、5−ナトリウムスルホイソフタル酸と5−スルホイソフタル酸テトラブチルホスホニウム塩を混合使用する請求項1〜3のいずれか1項記載のポリエステル樹脂組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載のポリエステル樹脂組成物を溶融紡糸して得られるポリエステル繊維。

【公開番号】特開2010−111764(P2010−111764A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−285412(P2008−285412)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】