説明

平坦度に優れるIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板、その製造方法、IPMモータのロータ鉄心及びIPMモータ

【課題】IPMモータのロータ鉄心として用いるときにIPMモータのリラクタンストルクの低下を招くことなく、高強度化を図ることが可能で、平坦度にも優れるロータ鉄心用鋼板を提供する。
【解決手段】C:0.06超〜0.90質量%以下、Si:0〜3.0質量%、Mn:0.05〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005〜3.0質量%かつSi+Al:3.1質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板を冷延し、連続焼入れライン又は連続焼鈍ラインにて800℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、その後200〜450℃の温度域に20秒以上保持し、同温度域に保持した状態でプレステンパー処理を施すか、又は同温度域に保持した状態で1〜200N/mmの範囲の引張張力を付与するテンションアニーリング処理を施すことにより、降伏強度が780N/mm以上であり、磁束密度B8000が1.65T以上である平坦度に優れるロータ鉄心用冷延鋼板を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車やハイブリッド自動車或いは工作機械などに主に使用される永久磁石埋め込み型モータ(IPMモータ)のロータ鉄心用冷延鋼板、その製造方法、IPMモータのロータ鉄心及びIPMモータに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、IPMモータは、誘導電動機モータと比べ、高価な永久磁石を使用するため、コストは高くなるものの、高効率であり、ハイブリッド自動車や電気自動車の駆動用モータや発電用モータ、さらには各種工作機械用のモータとして広く使用されてきている。
【0003】
IPMモータの鉄心は、ステータ(固定子)とロータ(回転子)とに分けられるが、ステータ側には巻線を通じて、交流磁界が直接付与されるため、高効率化のためには、鉄心には高透磁率であることが求められるとともに、体積抵抗率を高めて、鉄損を低減する必要があった。そのため、ステータ用の鉄心には、極低炭素鋼にSiやAlを添加して軟磁気特性を改善した電磁鋼板が用いられている。
【0004】
一方、ロータ側には、永久磁石が埋め込まれ、鉄心は主にヨークとして磁束密度を高める役割を担っており、ステータ側から発生する僅かな交流磁界の影響は受けるもののその影響は限定的である。しかし、ステータのみに電磁鋼板を使用すると、電磁鋼板の製品歩留りが低下してモータの製造コストが高くなることもあって、通常はステータ側と全く同じ電磁鋼板を素材として用いていた。
【0005】
一般に、自動車駆動用のIPMモータでは、高速回転化による体格の小型化が推進されているが、ロータには永久磁石を埋め込んでいるため、回転速度が速くなり過ぎると、永久磁石に働く遠心力によってロータの突極部近傍が変形してステータと接触し、最終的にはモータの破損に至る。
【0006】
回転速度の限界は、ロータ用鉄心の板厚や形状が同一の場合には、ロータ用鉄心の降伏強度に依存する。例えば、3質量%程度のSiを含有する無方向性電磁鋼板(35A300)の場合、磁性焼鈍後の降伏強度は約400N/mm程度であり、現状ではせいぜい15000rpm程度までが回転速度の限界と考えられている。これまでも、電磁鋼板をベースに鉄心の降伏強度を高くする検討が種々行われている。
【0007】
例えば、特許文献1には磁気特性及び耐変形性の優れた電磁鋼板及びその製造方法が開示されている。また、特許文献2には、鉄損特性の内、ヒステリシス損よりも渦電流損の改善に着目し、高強度化との両立を図った鋼板及びその製造方法が開示されている。特許文献2に開示される製造方法は、Cを通常の電磁鋼板よりも高め、連続焼鈍設備にて変態強化することを特徴とする。また、特許文献3には、C:0.06質量%超〜0.90質量%以下、Si:0.05質量%〜3.0質量%、Mn:0.2質量%〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005質量%〜4.95質量%を、Si+Al:5.0質量%以下なる条件で含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する熱間圧延鋼板を冷延し、連続焼鈍ライン又は連続焼入れラインにて750℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、その後200〜500℃の温度域に120秒以上保持するIPMモータのロータ鉄心用鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−133175号公報
【特許文献2】特開2005−60811号公報
【特許文献3】特開2009−46738号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1で提案される方法では、軟磁気特性の改善に力を注いでいるため、十分な強度が確保することができない。また、特許文献2に開示される方法では、焼入れままではヒステリシス損が大きくなり過ぎて交流磁界を付与しても十分に励磁することができず、磁束密度が低くなる。そのため、IPMモータのリラクタンストルクが低下してモータ効率が低下する。なお、特許文献2の図2において、焼入れままの電磁鋼板は、同じ体積抵抗率の従来技術による電磁鋼板よりも渦電流損が低い値となっているが、これは、同じ条件で励磁しても、磁壁の移動が磁界の変化に追随できず、磁界の変化幅が見かけ上小さくなったためと考えられる。すなわち、特許文献2に開示される電磁鋼板では、鋼中の転位密度が非常に高く、しかも複雑に絡み合っているために、励磁しても磁壁の移動が磁界の変化に追随できず、結果的に磁束密度の値が低くなっている。また、特許文献3では、高強度かつ高磁束密度の鋼帯を得ることが可能であるが、連続的な焼入れ・焼戻し処理のままでは、焼入れ時の体積膨張に伴うひずみのため、十分な平坦度が得られない。そのため、特許文献3で得られる鋼板を積層してロータを作製すると、占積率が低くなり、ロータの製造性の悪化を招くとともに、ロータのバランスが悪化して、高速回転時に大きな振動が発生しやすくなるといった問題があった。
【0010】
従って、本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、IPMモータのロータ用鉄心として用いるときにIPMモータのリラクタンストルクの低下を招くことなく、高強度化によるスムーズな高速回転が可能な平坦度に優れるロータ鉄心用鋼板を提供することを目的とする。
また、本発明は、そのようなIPMモータのロータ鉄心用鋼板の製造方法、IPMモータのロータ鉄心及びIPMモータを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者らは、上記課題を解決すべく、高速回転に耐え得る高強度を図ると同時に、磁気特性の劣化を最小限に抑制してモータのリラクタンストルクを最大限に有効活用する方策を探索した。そして、本発明者らは、鋼材の成分組成、金属組織の調整法等を鋭意検討した結果、特定の成分組成とした上で、マルテンサイト変態後やベイナイト変態後の焼戻し温度域でプレステンパー処理又はテンションアニーリング処理を施すことにより、焼き入れ歪や残留応力が低減され、高速回転に耐え得る高強度、高いリラクタンストルクを得るための高磁束密度及びスムーズな高速回転を得るための優れた平坦度を有する鋼板が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、C:0.06質量%超〜0.90質量%以下、Si:0質量%〜3.0質量%、Mn:0.05質量%〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005質量%〜3.0質量%かつSi+Al:3.1質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、引張試験による降伏強度が780N/mm以上であり、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度B8000が1.65T以上であり、板幅当りの急峻度で定義される平坦度が0.1%以下であることを特徴とするIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板である。
【0012】
本発明のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、金属組織が、マルテンサイト単相、ベイナイト単相又はマルテンサイト+フェライトからなるとともにマルテンサイトの体積率が90%以上の相であることが望ましい。
【0013】
また、本発明のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、鋼板の少なくとも片方の表面に、有機材料からなる絶縁皮膜、無機材料からなる絶縁皮膜又は有機・無機複合材料からなる絶縁皮膜が形成されていることが好ましい。
【0014】
上述のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、上述の成分組成を有する熱間圧延鋼板を冷間圧延し、連続焼入れラインにて800℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、200〜450℃の温度域に20秒以上保持するとともに、同温度域に保持した状態でプレステンパー処理を施すか、又は同温度域に保持した状態で1〜200N/mmの範囲の引張張力を付与するテンションアニーリング処理を施すことにより製造される。また、連続焼鈍ラインにて800℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、一旦室温まで冷却した後、オフラインにて200〜450℃の温度域で20秒以上保持してプレステンパー処理を施すか、または同温度域に保持した状態で1〜200N/mmの範囲の引張張力を付与するテンションアニーリング処理を施すことによっても製造可能である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、強度、磁気特性及び平坦度の優れるロータ鉄心用鋼板を提供することができる。この鋼板をIPMモータのロータ鉄心として用いることにより、IPMモータのリラクタンストルクの低下を招くことなく、高強度で高速回転可能なIPMモータのロータが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例で作製したロータの正面図である。
【図2】実施例で作製したロータの部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、C:0.06質量%超〜0.90質量%以下、Si:0質量%〜3.0質量%、Mn:0.05質量%〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005質量%〜3.0質量%かつSi+Al:3.1質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、引張試験による降伏強度が780N/mm以上であり、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度B8000が1.65T以上であり、板幅当りの急峻度で定義される平坦度が0.1%以下であることを特徴とするものである。鋼材の成分には、Ti、Nb及びVからなる群から選択される1種以上の成分が、合計で0.01質量%〜0.20質量%含有されてもよく、また、Mo:0.1質量%〜0.6質量%、Cr:0.1質量%〜1.0質量%及びB:0.0005質量%〜0.005質量%からなる群から選択される1種以上の成分が含有されてもよい。
【0018】
鋼材の成分組成を限定した理由は以下の通りである。
<C:0.06質量%超〜0.90質量%以下>
Cは、鋼中に固溶またはセメンタイト(FeC)として析出し、高強度化に有効な元素である。780N以上の降伏強度を得るためには、0.06質量%を超えるCを含有させる必要がある。しかし、0.90質量%を超えて含有させると、磁束密度が低くなる。
【0019】
<Si:0質量%〜3.0質量%>
Siは、高強度化に有効である上に、体積抵抗率を高め、渦電流損を小さくするのに有効な元素であるが、本発明では添加しなくてもよい。渦電流損の抑制や高強度化の効果を得ようとするためには、0.01質量%以上含有させる必要がある。しかし、3.0質量%を超えて含有させると、鋼板の靭性が劣化するとともに、かえって磁束密度の低下を招く。
【0020】
<Mn:0.05質量%〜2.5質量%>
Mnは、高強度化に有効な元素である。その効果を得るためには、0.05質量%以上の含有させることが必要である。しかし、2.5質量%を超えて含有させると、強度の向上効果は飽和するとともに、かえって磁束密度の低下を招く。
【0021】
<P:0.05質量%以下>
Pは、高強度化に有効な元素であるが、鋼の靭性を著しく低下させる。0.05質量%までは許容できるため、上限を0.05質量%とする。
<S:0.02質量%以下>
Sは、高温脆化を引き起こす元素であり、大量に含有させると、熱間圧延時に表面欠陥を生じ、表面品質を劣化させる。したがって、できるだけ低減することが望まれる。0.02質量%までは許容できるため、上限を0.02質量%とする。
【0022】
<酸可溶Al:0.005質量%〜3.0質量%、Si+Al:3.1質量%以下>
Alは脱酸剤として添加されるほか、Siと同様に鋼の体積抵抗率を上昇させるのに有効な元素である。その効果を発揮するためには、0.005質量%以上の酸可溶Alを含有させることが必要である。しかしSiとの合計で3.1質量%を越えて含有させると磁束密度の低下が大きくなり、モータの性能が劣化する。
【0023】
<Ti、Nb及びVの1種以上:0.01質量%〜0.20質量%>
Ti、Nb及びVは、鋼中で炭窒化物を形成し、析出強化による高強度化に有効な元素である。その効果を得るためには、1種又は2種以上を合計で、0.01質量%以上の添加が必要である。しかし、0.20質量%を超えて添加しても、析出物の粗大化により強度上昇は飽和するとともに、製造コストの増大を招く。
【0024】
<Mo:0.1質量%〜0.6質量%、Cr:0.1質量%〜1.0質量%及びB:0.0005質量%〜0.005質量%の1種以上>
Mo、Cr及びBは、鋼の焼入れ性を高め、高強度化に有効な元素である。その効果を得るためには、Mo、Cr及びBの1種以上を、それぞれ設定した下限値以上添加することが必要である。しかし、それぞれ設定した上限値を超えて添加してもその効果は飽和するととともに製造コストの増加を招く。なお、1種だけの添加でも2種以上の添加でもその効果は認められるが、2種以上を添加する場合は、それぞれ設定した上限値の1/2を超える量を添加すると、その効果に比して製造コストの上昇が大きくなるので、1/2以下の量で添加することが望ましい。
【0025】
機械的特性を限定した理由は以下の通りである。
<降伏強度:780N/mm以上>
15000rpmを超える超高速回転における遠心力でのロータの変形を抑制するため、鋼板の降伏強度は780N/mm以上とした。なお、本発明における降伏強度は、JIS5号引張試験片を用い、JIS Z2241に準拠した引張試験方法により測定されるものである。
【0026】
<平坦度:0.1%以下>
ロータは、ロータの形状に打抜いた鋼板を積層して製造されるため、積層した際の占積率が良好であることが必要である。良好な占積率を得るため、板幅当たりの急峻度で定義される平坦度は0.1%以下とした。なお、本発明における平坦度は、長さ1m以上の鋼板を定盤の上に乗せたときの幅方向単位長さあたりの最高高さ(板厚を除いた高さ)を百分率で表したものである。
【0027】
磁気特性を限定した理由は以下の通りである。
<磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度B8000:1.65T以上>
ロータ鉄心に用いられる鋼板は、主にヨークの役割を果たすとともに、ロータとして高速回転する際に磁石を挿入した位置(d軸)と挿入していない位置(q軸)でのインダクタンスの値の差に基づくリラクタンストルクを有効に活用し、とくに高速回転領域において従来の鋼板と同等以上のトルク性能を発揮するためには、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度が1.65T以上であることが必要である。
【0028】
上述した通り、本発明のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、高速回転に耐え得る高強度及び高いリラクタンストルクを得るための高磁束密度を有しているにも関わらず、優れた平坦度も有している。このようなIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、鋼板の成分組成を調整するだけでは得られず、マルテンサイト変態やベイナイト変態によって高強度化を図る際に、変態後の焼戻し温度域でプレステンパー処理又はテンションアニーリング処理を施すことによって得ることができる。以下に、製造条件の詳細について説明する。
【0029】
<熱間圧延・冷間圧延条件>
熱間圧延・冷間圧延条件は、とくに規定する必要は無く、通常の方法に従い実施すればよいが、熱間圧延の仕上げ温度は、γ単相域で実施することが望ましい。また、巻取り温度は高温になり過ぎると酸化スケールが厚くなり、その後の酸洗性を阻害するため、700℃以下とすることが望ましい。
【0030】
<焼鈍加熱温度:800℃以上>
連続熱処理により高強度化を図る場合、加熱温度が800℃未満ではオーステナイト化が不十分で、十分な降伏強度が得られない。従って、800℃以上の温度に加熱することが必要である。
【0031】
<冷却条件:450℃以下まで平均冷却速度10℃/s以上で冷却、200〜450℃に20秒以上保持>
冷却速度が10℃/s未満の場合あるいは冷却終了温度が450℃より高い場合、硬質相の体積率が小さくなり、十分な降伏強度が得られない。また、冷却後の保持温度が200℃未満又は保持時間が20秒未満では、焼戻しによる靭性の回復が不十分である上、プレステンパー処理やテンションアニーリング処理の効果も不十分となる。一方、冷却後の保持温度が450℃を超えると軟質化し、十分な降伏強度が得られなくなる。
【0032】
<プレステンパー処理>
焼入れままの鋼板に、焼戻し温度域でプレステンパー処理を施すことにより、焼戻しによる靭性の回復と同時に焼入れ歪や残留応力も回復し、鋼板の平坦度を改善することが可能となる。加熱温度が200℃未満では、良好な平坦度が得られず、一方、450℃を超えると、前述の通り軟質化し、十分な降伏強度が得られなくなる。なお、プレステンパーの圧力は、鋼板の形状が平坦に保たれる程度であれば、特別に大きくする必要は無く、例えば板厚が1.0mm以下の薄鋼板の場合、1kg/cm未満の低い圧力でも十分である。プレステンパー処理は、連続焼入れ装置のインラインで焼入れ処理後の焼戻し加熱保持時に実施しても、一旦焼入れ処理を施した後、オフラインにて200〜450℃まで再加熱して実施しても同様の効果が得られる。この場合、焼戻し処理をプレステンパーに先立って行っても発明の効果は十分に得られるが、焼入れままの鋼板にプレステンパー処理を行うことが望ましい。
【0033】
<テンションアニーリング処理>
前記のプレステンパー処理と同様に、焼入れままの鋼板に、焼戻し温度域でテンションアニーリング処理を施すことにより、焼戻しによる靭性の回復と同時に焼入れ歪や残留応力も回復し、鋼板の平坦度を改善することが可能となる。加熱温度が200℃未満では、良好な平坦度が得られず、450℃を超えると、前述の通り軟質化し、十分な降伏強度が得られなくなる。また、テンションアニーリングの引張張力は、鋼板の形状が平坦に保たれる程度であれば、特別に大きくする必要は無く、1N/mm以上の張力で十分にその効果が得られる。しかし、200N/mmを超える張力を付与すると、炉内での板切断が生じる場合があり、上限を200N/mmにすることが望ましい。テンションアニーリング処理は、連続ラインのインラインでの焼戻し加熱保持時に実施しても、一旦焼入れ処理を施した後、オフラインにて200〜450℃まで再加熱して実施しても同様の効果が得られる。この場合、焼戻し処理をテンションアニーリングに先立って行っても発明の効果は十分に得られるが、焼入れままの鋼板にテンションアニーリング処理を行うことが望ましい。
【0034】
<金属組織>
上述した成分組成の調整及び変態後の焼戻し温度域でのプレステンパー処理又はテンションアニーリング処理により得られた鋼板の金属組織は、マルテンサイト単相であるか、ベイナイト単相であるか又はマルテンサイトに加えて10体積%未満のフェライトを有する複合組織であることが望ましい。マルテンサイト相やベイナイト相のように転位密度が高い金属組織では、焼戻しによる微細な炭化物の析出や転位の回復に伴う組織変化がプレステンパー処理やテンションアニーリング処理中に生じ、鋼板の形状を平坦な状態に凍結することが可能となる。これら以外の組織形態では、プレステンパーやテンションアニーリング処理を施しても、形状修正効果は得られにくい。
【0035】
<絶縁皮膜の形成>
本発明では、ロータに発生する渦電流損の低減を目的として、鋼板の少なくとも片方の表面に、有機材料からなる絶縁皮膜、無機材料からなる絶縁皮膜及び有機・無機複合材料からなる絶縁皮膜を形成することが好ましい。無機材料からなる絶縁皮膜の例としては、六価クロムのような有害物質を含まず、リン酸二水素アルミニウムを含有する無機質系水溶液が挙げられるが、良好な絶縁が得られれば、有機材料からなる絶縁皮膜または有機・無機複合材料からなる絶縁皮膜を用いてもよい。絶縁被膜は、上記で例示した材料を鋼板の表面に塗布することにより形成することができる。また、オフラインにてプレステンパー処理を施す場合は、プレステンパー処理に先立ち、上記で例示した材料を鋼板の表面に塗布することが好ましい。
【0036】
本発明のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板を所定の形状に打抜いて打抜き片とし、これを複数枚積層させることにより、IPMモータのロータ鉄心を得ることができる。このロータ鉄心に設けられた磁石埋め込み用の収容孔に永久磁石を埋め込むことで、IPMモータ用のロータを得ることができる。本発明のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板は、極めて高強度であるために、永久磁石間のセンターブリッジを省略しても、高速回転に耐え得るロータ強度を確保することができる。このようにセンターブリッジを省略することで、永久磁石からの漏れ磁束を抑止することができるので、トルク性能の向上したIPMモータとすることができる。結果として、IPMモータの更なる小型化や永久磁石の小型化が期待できる。
【実施例】
【0037】
<実施例1>
表1に示す成分組成を有する鋼を溶解し、これらの連鋳片を1250℃に加熱し、850℃で仕上げ圧延して560℃で巻取り、板厚1.8mmの熱間圧延鋼板を得た。これらの熱間圧延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して板厚0.35mmの冷間圧延鋼板を得た。
得られた冷間圧延鋼板を、900℃まで加熱し、300℃に設定したPb−Bi合金浴中へ通板して、100℃/sの平均冷却速度で300℃まで冷却し、引き続き400℃に設定した電気炉中に60秒保持しつつ、プレステンパー処理(圧力約1kg/cm)を施した。一部のサンプルについては、比較のためプレステンパーを行わない条件で通板した。その後、Cr系酸化物及びMg系酸化物を含有する半有機組成の約1μmの厚さの絶縁皮膜を鋼板の両面に形成した。
【0038】
【表1】

【0039】
得られた冷延鋼帯の板幅当たりの急峻度を測定するとともに、得られた冷延鋼帯からJIS5号試験片を切り出し、引張試験に供した。また、内径33mm及び外形45mmのリング状の試験片を打抜きにより作製し、磁化測定に供した。曲げ試験において、割れが発生しなかったものを曲げ性良好(○)、割れが発生したものを曲げ性不良(×)として曲げ性を評価した。金属組織は、圧延方向の板厚断面を2%ナイタール試薬(2%硝酸・エチルアルコール溶液)にてエッチングを施し、走査型電子顕微鏡を用いた観察により、その組織形態から、マルテンサイト、ベイナイト、フェライト及びパーライトの組織に分類した。マルテンサイトの面積率は、倍率1000倍、10視野での画像解析により求めた。
各サンプルの平坦度、降伏強さ、引張強さ、曲げ性、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度(B8000)及び金属組織を表2に示した。
【0040】
【表2】

【0041】
表2の結果から明らかなように、C含有量の少ないNo.1鋼では、降伏強さが低くなった。また、C、Mn、Si及び酸可溶AlやSi+Alの添加量が本発明の範囲を超えるNo.12、13及びNo.15〜17鋼では、B8000が1.65T未満となっていた。
Si及びPの添加量が本発明の範囲を超えるNo.14及び15鋼では、曲げ性に劣っておりロータ形状への加工が困難となることがわかった。また、本発明の範囲を満足する成分組成であるか否かに関係なく、No.2、8、11、13、16、19及び21鋼でプレステンパー処理を行わなかったものについては、0.1%を超える平坦度となっていた。
一方、本発明の範囲を満足する成分組成を有し、プレステンパー処理を施したものに関しては、高強度かつ高磁束密度を有するとともに平坦度にも優れており、機械的強度が要求される高速回転IPMモータのロータ用鋼板として好適である。
【0042】
<実施例2>
表1に示した成分組成を有する鋼の内、No.2〜No.11について、実施例1と同様に連鋳片を1250℃に加熱し、850℃で仕上げ圧延して560℃で巻取り、板厚1.8mmの熱間圧延鋼板を得た。これらの熱間圧延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して板厚0.30mmの冷間圧延鋼板を得た。
得られた冷間圧延鋼板を、連続焼鈍ラインにて850℃まで加熱し、ガスジェット方式の冷却にて80℃/sの平均冷却速度で250℃まで冷却し、引き続き200〜250℃の温度域に360秒保持した。一旦室温まで冷却し、Cr系酸化物及びMg系酸化物を含有する半有機組成の約1μmの厚さの絶縁皮膜を鋼板の両面に形成したコイルを、長さ2mに切断し、得られた切板を汎用の鋼製定盤上に積層し、片側の表面を0.05mmの平坦度に加工した板厚30mmの厚鋼板を加工面を下にして、積層した切板上に載せた状態で、350℃×5h加熱して、プレステンパー処理(圧力約0.02kg/cm)を施した。
【0043】
各サンプルの平坦度、降伏強さ、引張強さ、曲げ性、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度(B8000)及び金属組織を実施例1と同様にして評価した。結果を表3に示した。なお、比較のため、プレステンパー処理を施す前の鋼板の評価結果も表4に示した。
【0044】
【表3】

【0045】
表3の結果から明らかなように、本発明の範囲を満足する成分組成を有していれば、780N/mm以上の降伏強さ及び1.65T以上の高い磁束密度が得られることがわかる。また、オフラインでプレステンパー処理を施すことにより、IPMモータのロータ鉄心材として十分な平坦度が確保できることがわかる。
【0046】
<実施例3>
表1に示した成分組成を有する鋼の内、No.4、5及び7鋼について実施例1と同様に連鋳片を1250℃に加熱し、850℃で仕上げ圧延して560℃で巻取り、板厚1.8mmの熱間圧延鋼板を得た。これらの熱間圧延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して板厚0.35mmの冷間圧延鋼板を得た。
得られた冷間圧延鋼板に、表4に示す条件の熱処理を施した。プレステンパー処理における圧力は約0.5kg/cmとした。なお、条件Fについては、冷却終了後は空冷とし、加熱保持は行わなかった。また、絶縁皮膜の形成は実施していない。
【0047】
各サンプルの平坦度、降伏強さ、引張強さ、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度(B8000)、曲げ性及び金属組織を実施例1と同様にして評価した。結果を表5に示した。
【0048】
【表4】

【0049】
【表5】

【0050】
表5の結果から明らかなように、本発明の範囲を満足する成分組成を有する鋼板に本発明の範囲を満足する条件A及びBの熱処理を施した場合、780N/mm以上の降伏強さ、1.65T以上の高磁束密度及び0.1%以下の平坦度を有する鋼板が得られる。しかしながら、本発明の範囲を満足する成分組成を有する鋼板であっても、加熱温度が低すぎる条件C、冷却速度が遅い条件D及び再加熱温度が高い条件Eでは、軟化が大きく、降伏強さが780N/mmを下回っている。また、再加熱処理を施さず焼入れままとした条件F及び再加熱時間が短い条件Gでは、磁束密度が低下して一部のサンプルでは1.65Tを下回ったほか、曲げ性に劣ることがわかる。さらに、プレステンパー処理を施さなかった条件F、G及び加熱温度が低く焼き入れ組織が得られない条件Cでは、平坦度に劣ることがわかる。
なお、条件Bで熱処理を施したNo.4鋼及びNo.7鋼の金属組織は、フェライト+マルテンサイト組織であったが、マルテンサイトの体積率は90%以上であった。
【0051】
<実施例4>
表1に示した成分組成を有する鋼の内、No.4、5及び7鋼について実施例1と同様に連鋳片を1250℃に加熱し、850℃で仕上げ圧延して560℃で巻取り、板厚1.8mmの熱間圧延鋼板を得た。これらの熱間圧延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して板厚0.35mmの冷間圧延鋼板を得た。
得られた冷間圧延鋼板を、880℃に加熱後、75℃/sで250℃まで冷却し、250〜350℃の範囲の温度に360秒保持した状態で、インラインにて表6に示す条件でのテンションアニーリング処理を施した。その後、Cr系酸化物及びMg系酸化物を含有する半有機組成の約1μmの厚さの絶縁皮膜を鋼板の両面に形成した。さらに、一部のサンプルでは、インラインでのテンションアニーリング処理は施さずに、絶縁皮膜材料を塗布した後、オフラインにて300〜350℃の温度範囲で30秒加熱しつつオフラインにてテンションアニーリング処理を施した。
【0052】
各サンプルの平坦度、降伏強さ、引張強さ、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度(B8000)、曲げ性及び金属組織を実施例1と同様にして評価した。結果を表7に示した。
【0053】
【表6】

【0054】
【表7】

【0055】
表7の結果から明らかなように、インラインまたはオフラインにてテンションアニーリング処理を施した条件H〜Kのサンプルでは、機械的強度及び磁気特性に優れるとともに良好な平坦度を有しており、IPMモータのロータ鉄心材として好適である。しかし、テンションアニーリング処理を施していない条件Lでは、強度及び磁気特性は良好となるものの平坦度に劣り、IPMモータのロータ鉄心材には不適である。
【0056】
<IPMモータとしての評価>
No.5鋼及びNo.15鋼について、図1及び2に示す8極(4極対)構造のロータを打抜き加工により作製し、負荷トルクを付与したモータ性能評価試験に供した。また、ステータは1ヶのみ製造し、製造したロータを組替えてモータとしての性能評価に供した。モータの最大出力はいずれも4.5kWである。この性能評価では、10000rpm以上で弱め界磁制御を行った。
なお、市販の電磁鋼板(35A300、板厚:0.35mm)について、本発明の素材鋼板と同様の方法による機械的特性及び磁気的特性を評価したところ、降伏強さが381N/mmであり、引張強さが511N/mmであり、飽和磁束密度B8000が1.76Tであり、保磁力が75A/mであった。
【0057】
作製したロータ及びステータの仕様は以下の通りである。
◎ロータの仕様
外径:80.1mm、軸長50mm
・積層枚数:0.35mm/140枚
・センターブリッヂ、アウターブリッヂの幅:1.00mm
・永久磁石:ネオジム磁石(NEOMAX-38VH)、9.0mm幅×3.0mm厚×50mm長さ、合計16ヶ埋め込み
◎ステータの仕様
・ギャップ長:0.5mm
・外径:138.0mm、ヨーク厚:10mm、長さ:50mm
・鉄心素材:電磁鋼板(35A300)、板厚0.35mm
・積層枚数:140枚
・巻線方式:分布巻き
【0058】
それぞれのロータを組み込んだIPMモータの7500rpm及び15000rpmにおける最大トルク及び効率を表8に示した。
【0059】
【表8】

【0060】
表8の結果から明らかなように、平坦度が0.1%を超えたNo.5鋼(プレステンパー無)では十分な占積率が得られず、また、磁束密度B8000が1.65T未満のNo.15鋼(プレステンパー有)では十分なマグネットトルクが得られないため、本発明例であるNo.5鋼(プレステンパー有)と比較して約5〜10%低いトルク及び効率しか得られなかった。
【符号の説明】
【0061】
1 ロータ、10 ロータ鉄心、11 永久磁石挿入孔、11a,11b 第1及び第2挿入孔、11c ブリッヂ、12 永久磁石。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.06質量%超〜0.90質量%以下、Si:0質量%〜3.0質量%、Mn:0.05質量%〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005質量%〜3.0質量%かつSi+Al:3.1質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、引張試験による降伏強度が780N/mm以上であり、磁界の強さが8000A/mのときの磁束密度B8000が1.65T以上であり、板幅当りの急峻度で定義される平坦度が0.1%以下であることを特徴とするIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板。
【請求項2】
Ti、Nb及びVからなる群から選択される1種以上の成分を合計して0.01質量%〜0.20質量%さらに含有する請求項1に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板。
【請求項3】
Mo:0.1質量%〜0.6質量%、Cr:0.1質量%〜1.0質量%及びB:0.0005質量%〜0.005質量%からなる群から選択される1種以上の成分をさらに含有する請求項1又は2に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板。
【請求項4】
金属組織が、マルテンサイト単相、ベイナイト単相又はマルテンサイトに加えて10%未満のフェライトを有する複合組織であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板。
【請求項5】
冷延鋼板の少なくとも片方の表面に、有機材料からなる絶縁皮膜、無機材料からなる絶縁皮膜又は有機・無機複合材料からなる絶縁皮膜が形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板。
【請求項6】
C:0.06質量%超〜0.90質量%以下、Si:0質量%〜3.0質量%、Mn:0.05質量%〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005質量%〜3.0質量%かつSi+Al:3.1質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する熱間圧延鋼板を冷間圧延し、連続焼入れラインにて800℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、200〜450℃の温度域に20秒以上保持するとともに、同温度域に保持した状態でプレステンパー処理を施すか、又は同温度域に保持した状態で1〜200N/mmの範囲の引張張力を付与するテンションアニーリング処理を施すことを特徴とするIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板の製造方法。
【請求項7】
C:0.06質量%超〜0.90質量%以下、Si:0質量%〜3.0質量%、Mn:0.05質量%〜2.5質量%、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005質量%〜3.0質量%かつSi+Al:3.1質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する熱間圧延鋼板を冷間圧延し、連続焼鈍ラインにて800℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、一旦室温まで冷却した後、オフラインにて200〜450℃の温度域で20秒以上保持してプレステンパー処理を施すか、又は同温度域に保持した状態で1〜200N/mmの範囲の引張張力を付与するテンションアニーリング処理を施すことを特徴とするIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板の製造方法。
【請求項8】
熱間圧延鋼板が、Ti、Nb及びVからなる群から選択される1種以上の成分を合計して0.01質量%〜0.20質量%さらに含有する請求項6又は7に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板の製造方法。
【請求項9】
熱間圧延鋼板が、Mo:0.1質量%〜0.6質量%、Cr:0.1質量%〜1.0質量%及びB:0.0005質量%〜0.005質量%からなる群から選択される1種以上の成分をさらに含有する請求項6〜8のいずれか一項に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のIPMモータのロータ鉄心用冷延鋼板の打抜き片を積層させたことを特徴とするIPMモータのロータ鉄心。
【請求項11】
請求項10に記載のロータ鉄心に永久磁石を埋め込んでなるロータを備えることを特徴とするIPMモータ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−76158(P2013−76158A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−147413(P2012−147413)
【出願日】平成24年6月29日(2012.6.29)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】