説明

幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動に基づき該幹細胞での多能性又は分化能を判定又は検出する方法

【課題】Tex19の機能及び分子的基礎、特に、精原幹細胞における機能を解明し、様々な分野での利用に資すること。
【解決手段】幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動に基づき該幹細胞での多能性又は分化能を判定又は検出する方法、Tex19遺伝子の発現産物から成る、精原幹細胞における精子形成能の検出マーカー、雄性不稔性を示すTex19ノックアウト動物、該Tex19ノックアウト動物を用いる雄性不稔治療用物質をスクリーニングする方法、及び、Tex19が破壊されている幹細胞株等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動に基づき該幹細胞での多能性又は分化能を判定又は検出する方法、Tex19遺伝子の発現産物から成る、精原幹細胞における精子形成能の検出マーカー、雄性不稔性を示すTex19ノックアウト動物、該Tex19ノックアウト動物を用いる雄性不稔治療用物質をスクリーニングする方法、及び、Tex19が破壊されている幹細胞株等に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに胚幹細胞(ES)と生殖幹細胞との密接な関係が示されている。生殖幹細胞は自発的に多能性幹細胞に変換することが可能な組織幹細胞である(Kanatsu-Shinohara et al., 2004)。 更に、多能性周期(Pan and Thonpson, 2007; Wang et al., 2006)に属する遺伝子であるNanog, Oct3/4(POUドメイン、class5転写因子1: Pou5f1)は生殖細胞系列でも発現することがよく知られている (Chambers et al., 2007; Yoshimizu et al, 1999)。
【0003】
Tex19(Testis Expressed gene 19)遺伝子は、初め精原細胞と卵巣特異的遺伝子として特定された(非特許文献1)。最近、2種類のTex19パラログである、Tex19(Tex19.1)及び理研cDNA 4921530G0遺伝子(Tex19.2)がマウスゲノムで報告された。Tex19.1はマウス及びヒトの胚幹細胞で発現している(非特許文献2)。更に、該遺伝子の発現は胎児の早期発生段階、即ち、1細胞期から胚盤胞までの間、及び未受精の卵母細胞において認められる。更に、Tex19遺伝子及びOct3/4の発現プロファイルは非常に類似していることが示されている。更に、Tex19ノックアウトマウスが雄性不妊を示し、減数分裂時に異常を示すことが報告された(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Wang, P. J., McCarrey, J. R., Yang, F. and Page, D. C. (2001). An abundance of X-linked genes expressed in spermatogonia. Nat Genet 27, 422-426.
【非特許文献2】Kuntz, S., Kieffer, E., Bianchetti, L., Lamoureux, N., Fuhrmann, G. and Viville, S. (2008). Tex19, a mammalian-specific protein with a restricted expression in pluripotent stem cells and germ line. Stem Cells. 26,734-744. Epub 2007.
【非特許文献3】Ollinger R, Childs AJ, Burgess HM, Speed RM, Lundegaard PR, Reynolds N, Gray NK, Cooke HJ, Adams IR. (2008) Deletion of the pluripotency-associated Tex19.1 gene causes activation of endogenous retroviruses and defective spermatogenesis in mice.PLoS Genet. 4, e1000199.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
精子形成は、種を維持する為に必要であり、精原幹細胞(Spermatogenial stem cells:SSCs)は極めて高い活性を有している為に発生生物学者の多大な関心を引いてきた。これまでに、SSCで発現されているいくつかの遺伝子が同定されている(Buaas et al., 2004; Costoyaetal.,2004; Naughton et al., 2006; Raverotet al., 2005;Yoshida et al., 2004)が、SSCsにおけるそれらの機能の分子的基礎は未だ理解されていない。
【0006】
そこで、本発明の主な目的は、Tex19の機能及び分子的基礎、特に、精原幹細胞における機能を解明し、様々な分野での利用に資することである。
【0007】
本発明者はTex19ノックアウトマウスを作製し、Tex19遺伝子の成体SSCsにおける特異的発現及びその機能を解明した。本発明は、かかる新たな知見に基づき完成したものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明は以下の各態様に係るものである。
[態様1]幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定することにより、該幹細胞の多能性又は分化能を判定又は検出する方法。
[態様2](1)幹細胞に被検物質を接触させる工程、及び(2)該幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定する工程を含む、該幹細胞の多能性を維持若しくは阻害する物質、又は、該幹細胞の分化能を増大若しくは阻害する物質をスクリーニングする方法。
[態様3]Tex19遺伝子の発現量の変動を該遺伝子のmRNAの発現量に基づき測定することを特徴とする、態様1又は2記載の方法。
[態様4]Tex19遺伝子の発現量の変動をHiCEP法に基づき作製される遺伝子発現プロファイルから求めることを特徴とする、態様1又は2記載の方法。
[態様5]Tex19遺伝子の発現量の変動をTex19遺伝子のmRNAの発現量をPCRで測定することを特徴とする、態様1〜4のいずれか一項に記載の方法。
[態様6]Tex19遺伝子の発現量の変動を該遺伝子産物(蛋白質)の発現量に基づき測定することを特徴とする、態様1又は2記載の方法。
[態様7]Tex19蛋白質の発現量をウェスタンブロット法で測定することを特徴とする、態様6記載の方法。
[態様8]幹細胞が精原幹細胞又は胚性幹細胞である、態様1〜7のいずれか一項に記載の方法。
[態様9]幹細胞がiPS細胞株である、態様1〜7のいずれか一項に記載の方法。
[態様10]Tex19遺伝子の発現産物から成る、精原幹細胞における精子形成能の検出マーカー。
[態様11]Tex19遺伝子の発現産物が、該遺伝子のmRNA,cDNA,若しくは、それらの部分塩基配列を含む核酸分子、又は、該遺伝子がコードする蛋白質又はその部分ポリペプチドである、態様10記載の検出マーカー。
[態様12]態様1〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法に用いるスクリーニングキットであって、Tex19遺伝子の発現産物と特異的に反応する化合物を含む該キット。
[態様13]雄性不稔性を示すTex19ノックアウト動物。
[態様14]精子形成不全(異常)を示すTex19ノックアウト動物。
[態様15]Tex19遺伝子座位にβ−ガラクトシダーゼ遺伝子が挿入されている、態様13又は14に記載のTex19ノックアウト動物。
[態様16]Tex19ノックアウトマウスである、態様14記載のTex19ノックアウト動物。
[態様17](1)態様12〜15のいずれか一項に記載のTex19ノックアウト動物に被検物質を投与する工程、及び(2)該ノックアウト動物の精子形成を検出する工程を含む、雄性不稔性、精子形成不全(異常)又は精原幹細胞の分化停止(低下)に関連する疾患に対する治療薬をスクリーニングする方法。
[態様18]Tex19が破壊されている幹細胞株。
[態様19]Tex19が破壊されているES細胞株。
[態様20]Tex19が破壊されているマウスES細胞株。
[態様21]Tex19が破壊されているiPS細胞株。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法により、Tex19が成体精子形成における原生殖細胞及び幹細胞に発現しており、その機能として、多能性には関与せず、精原幹細胞における分化、即ち、精子形成に関与していることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】(A)ES細胞において、LIFを培地から除去した後の、Tex19, Oct3/4 及びNanog のmRNAの相対量を示す。(B)In situ ハイブリダイゼーションで検出したTex19の生殖細胞における発現を以下に示す。各写真におけるスケールバーの大きさは50μmである。
【図2】(A)マウスTex19の目標破壊の構図を示す。サザンハイブリダーゼーションに用いた各プローブの位置及び認識部位、あら日に、検出領域を示してある。ORFはTex19の読み取り枠を示す。(B)サザンハイブリダーゼーションの結果を示す。尚、ゲノムDNAはApaLIで消化した。(C)ノックアウトマウスの尾を用いたゲノムタイピングである。(D)1週齢雄性マウス(Tex19+/+, Tex19+/-及びTex19-/-)の精巣から調製した抽出物を用いた、ウェスタンブロットの結果を示す。(E)Tex19ノックアウトマウスの雄(8週零)における精巣の大きさを較べたものである。各種のマウスのデータの平均値は図中の水平バーで示されている。(F)Tex19ノックアウトマウスの成体(1、8、及び20週零)の精巣の組織学及び免疫組織化学分析の結果を示す。精原細胞、伸長した精子細胞、及び、セルトリ細胞は、夫々、黒矢印、黒矢じり、及び、白矢印で示されている。スケールバーは100μmである。(G)1週零及び8週零のTex19ノックアウトマウスの精巣の半定量的PCR分析の結果を示す。(「N.T. 」は検査せず)
【図3】(A)精巣細胞のHE染色の結果を示す。(B)精巣細胞におけるCAGプロモーターの調節下で構成的に発現されるGFPの結果を示す。(C)セルトリ細胞のマーカーであるGATA1に対する抗体によるセルトリ細胞の免疫組織学分析の結果を示す。
【図4】(A)8週齢のマウスの精巣を抗PLAZF抗体及び抗Tex19抗体を用いて二重染色した免疫組織化学的分析の結果を示す。(B)FACSでソートされたLacZ陽性細胞におけるマーカー遺伝子の発現プロファイルを示す。縦軸は、mRNAの相対量「発現(LacZ陽性細胞)/発現(LacZ陰性細胞)」を示す。
【図5】8週齢のTex19+/- マウス及びTex19-/- マウスの精巣からFACSによって取得したLacZ陽性細胞を用いた定量的RNA分析の結果を示す。
【図6】(A)各種ES細胞のサザンブロットハイブリダイゼーション分析の結果を示す。(B)リアルタイムPCR分析による、各種ES細胞におけるTex19転写物の発現の結果を示す。(C)リアルタイムPCR分析による、多能性ES細胞及び分化ES細胞のマーカーの転写物の発現の結果を示す。R1:Tex19+/+, No.14: Tex19-/-, No.15: Tex19-/-
【発明を実施するための形態】
【0011】
Tex19遺伝子はヒト及びマウス等の哺乳類に特異的である遺伝子である。マウス及びヒトの胚幹細胞及び精原細胞等で発現することが知られている。因みに、ヒト及びマウスのTex19遺伝子の塩基配列は、夫々、GenBank Accession No.:AK093086及びGenBank Accession No. NM_028602として公的機関の各データベースから容易に入手可能である。
【0012】
本発明方法は、Tex19が成体精子形成における原生殖細胞及び幹細胞に発現しており、その機能として、精原幹細胞における分化、即ち、精子形成に関与することに基づき、幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定することにより、該幹細胞の多能性又は分化能を判定又は検出するものである。上記遺伝子の発現量の変動(増加、減少)は、該遺伝子の発現の任意の段階において、例えば、該遺伝子のmRNA又はその蛋白質の発現量に基づき、当業者に公知の任意の方法で半定量的又は定量的に測定することが出来る。
【0013】
即ちTex19遺伝子の発現量が減少した場合には分化能が喪失又は減少したものであると判定される。
【0014】
従って、該遺伝子の発現量は、このような公知の情報に基づき設計したプライマーを用いるHICEP法、逆転写PCR(RT−PCR)、リアルタイムRT−PCR、又は競合的PCR、マイクロアレイチップ(DNAチップ)等の当業者に公知の任意の定量的方法で定量的に測定することが出来る。或いは、電気泳動後に染色等の適当な手段で可視化したcDNAを検出すること、又はノーザンブロット法によっても半定量的に測定することが可能である。一方、該遺伝子の蛋白質の発現は、例えば、その蛋白質に対する抗体を用いるウェスタンブロット法又は固相酵素免疫測定法(ELISA)で定量的に測定することが出来る。
【0015】
「幹細胞」とは、潜在的にどのような体細胞にも分化できる多分化能を有する細胞である。本発明の各種方法で使用される幹細胞の種類及び由来等に特に制限はないが、マウス、サル、ヒトなどの哺乳動物由来の精原幹細胞、例えば、成体由来の精巣由来の精原幹細胞、又は、胚性幹細胞(ES細胞:個体になり得る全分化能を有する細胞)を挙げることが出来る。
【0016】
更に、Oct3/4, Sox2, Nanog, Klp4, 及びC-Myc, Lin28 等の遺伝子群から選択された一種又は数種の遺伝子を用いる組み換え、又は、それら遺伝子産物も若しくは適当な化合物を作用させることによって、体細胞を人工的に初期化することによって得られる人工多能性幹細胞(iPS:Induced Pluripotent Stem Cell)も本明細書における「幹細胞」含まれる。
【0017】
本発明のスクリーニング方法で使用する幹細胞としては、経済的及び効率的観点からは既に樹立されて入手容易な適当な幹細胞株を使用することが好ましい。これに対して、「体細胞」とは、多細胞生物における生殖細胞以外の全ての種類の細胞を意味する。
【0018】
本発明のスクリーニング方法は、既に記載したTex19の機能に基づき、幹細胞の多能性の維持(増大)若しくは阻害(減少)、又は分化能を増大(分化の促進)若しくは阻害(減少)する物質をスクリーニングするものである。従って、該幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定することが可能な任意の方法で実施することが出来る。一例として、(1)幹細胞に被検物質を接触させる工程、及び(2)該幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定する工程を含む、該幹細胞の多能性を維持若しくは阻害する物質、又は、該幹細胞の分化能を増大若しくは阻害する物質をスクリーニングする方法、を挙げることが出来る。
【0019】
その結果、Tex19遺伝子の発現量が減少した場合には、該被検物質は該幹細胞の分化能の阻害(減少)という作用・機能を有していると考えられる。
【0020】
従って、Tex19遺伝子の発現産物は、精原幹細胞における精子形成能の検出マーカーとして有用なものである。該発現産物は当業者に公知の任意の形態又は分子でありえる。例えば、該遺伝子の発現産物とは、該遺伝子のmRNA,cDNA,若しくは、それらの部分塩基配列を含む核酸分子、又は、該遺伝子がコードする蛋白質を含む。
【0021】
Tex19遺伝子の発現産物の発現量の測定は、測定方法・原理に応じて、定量的、半定量的、又は定性的であり得る。尚、発現量を変動させる物質の選択は、例えば、被検物質の非存在下でのTex19遺伝子の発現産物の発現量との比較をすることにより実施することが出来る。
【0022】
例えば、Tex19遺伝子のmRNA(又は、cDNA)は、例えば、該遺伝子の塩基配列に基づき適宜設計したプライマー又はプローブを使用したRT−PCR法、リアルタイム逆転写PCR(リアルタイムRT−PCR)等の各種定量的PCR法、HiCEP法、並びに各種のマイクロアレイ(DNAチップ)法等の当業者に公知の方法で増幅・検出することが出来る。PCR法で増幅された核酸分子の検出・同定は、その塩基配列を直接決定する方法(シークエンス法)、又は電気泳動との組み合わせ等、適当な方法で行うことが出来る。尚、HiCEP法の具体的な工程は、例えば、WO02/48352及びWO2005/118791に詳細に記載されている。
【0023】
上記のプライマー又はプローブの塩基配列は、鋳型との特異的な結合が可能となるような塩基数、例えば、15−40塩基、より具体的には、15−25塩基程度を有することが好ましく、更には、プライマー内でヘアピン構造をとったり、センス鎖とアンチセンス鎖とが互いにアニーリングしないような塩基配列とすることも重要である。例えば、OligoTM(National Bioscience Inc.製)のような市販のプライマー設計用のソフトウェアを使用することも可能である。
【0024】
Tex19遺伝子がコードする蛋白質の産生量は、当業者に公知の任意の方法で測定することが可能である。例えば、適当な抗体を用いたウェスタンブロット等の免疫染色及びEIA等の各種の免疫学的特異反応を利用する方法、エドマン法を用いた気相シークエンサー等ペプチドのアミノ酸配列分析法、更には、MALDI−TOF/MS及びESI Q−TOF/MS法等に代表される質量分析によって検出することが出来る。
【0025】
上記の方法の中でも、ウェスタンブロット法及びEIA等の酵素免疫測定法等の、該蛋白質に特異的な抗体との抗原抗体反応によって該白質の発現量を測定する検査方法が好適である。このような抗体には、酵素、放射性同位体蛍光色素、及び金属原子等の当業者に公知の各種の標識物質で標識されているものも含まれる。
【0026】
従って、上記抗体は、該蛋白質又はその適当な部分ポリペプチド(ペプチド断片)又はそれらの各種誘導体又は複合体等を抗原物質又は免疫原として用いて、当業者に公知の適当な方法で調製することが可能である。例えば、ポリクローナル抗体の場合には、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ニワトリ等の適当な動物に投与し、その抗血清から調製することが可能である。或いは、モノクローナル抗体作成法(「単クローン抗体」、長宗香明、寺田弘共著、廣川書店、1990年; "Monoclonal Antibody" James W. Goding, third edition, Academic Press, 1996)等に記載の公知の細胞融合を用いる方法でモノクローナル抗体として調製することも可能である。
【0027】
スクリーニングに使用する細胞は、その目的等に応じて当業者に公知の任意のものを使用することができるが、ヒト治療用に使用する薬剤をスクリーニングする場合には、治療対象となる臓器又は組織由来のヒト由来の幹細胞を標的細胞として使用することが好ましい。
【0028】
本発明のスクリーニング方法に使用されるキットは、測定対象又は測定原理等に応じて、適当な構成をとることが出来る。該キットは、その構成要素として、例えば、上記蛋白質に特異的な抗体、各種の二次抗体(標識抗体)、上記のmRNA(cDNA)の増幅用プライマー及びDNAチップ等で使用するハイブリダイゼーション用のプローブ(例えば、10〜100個程度の連続した塩基配列から成る)のような、Tex19遺伝子の発現産物と特異的に反応する化合物を含む。更に、上記キットには、その構成・使用目的などに応じて、当業者に公知の他の要素又は成分、例えば、各種試薬、酵素、緩衝液、反応プレート(容器)等が含まれる。尚、PCR反応後の検出を容易にするために、これらプライマーの少なくともいずれかの末端に、当業者に公知の任意の蛍光物質等の標識物質が結合していることが好ましい。例えば、適当な蛍光物質として、6−カルボキシフルオレッセイン(FAM)、4,7,2’,4’,5’,7’−ヘキサクロロー6−カルボキシフルオレッセイン(HEX)、NED(アプライドシステムズジャパン社)及び6−カルボキシ−X−ローダミン(Rox)等を挙げることが出来る。
【0029】
以上の各測定に使用する材料及び器具・装置などは当業者に容易に入手可能であり、各測定操作の手順・条件等は、使用する器具・装置に添付のマニュアルに従うか、又は、使用する細胞の種類等のその他条件に応じて適宜設定することが出来る。
【0030】
本発明者において、Tex19ノックアウト動物、特に、ホモ接合体であるTex19ノックアウト動物は、雄性不稔性、精子形成不全(異常)又は精原幹細胞の分化が停止(低下)していることが見出された。かかるTex19ノックアウト動物の一例として、実施例に記載されているように、Tex19遺伝子座位にβ−ガラクトシダーゼ遺伝子が挿入されているTex19ノックアウト動物を挙げることが出来る。このノックアウト動物では、フローサイトメトリーによって、LacZ陽性細胞をソートすることにより、Tex19遺伝子に代わってβ−ガラクトシダーゼ遺伝子が発現している細胞を容易に選択回収することが出来る。
【0031】
更に、このようなTex19ノックアウト動物を利用することによって、例えば、Tex19ノックアウト動物に被検物質を投与する工程、及び(2)該ノックアウト動物の精子形成を検出する工程によって、雄性不稔性、精子形成不全(異常)又は精原幹細胞の分化停止(低下)に関連する疾患に対する治療薬となり得る物質をスクリーニングことが可能となる。
【0032】
本発明は、又、Tex19が破壊されている幹細胞株、特に、マウスES細胞株及びiPS細胞株に係る。これら各幹細胞は当業者に公知の方法で作製することが出来る。これらの幹細胞は、多能性は維持しながら、雄性不稔性、精子形成不全(異常)又は精原幹細胞の分化が停止(低下)している、という特性を有するものである。
【実施例】
【0033】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の技術的範囲を何等限定するものではない。当業者であれば、本明細書の記載に基づき、本発明の技術的範囲を逸脱せずに、多くの変形及び修飾を実施することが可能である。
【0034】
以下に、本実施例で使用した主な実験操作方法を記載する。他に特に記載のない限り、各実験条件及びその他の実験操作は当業者に公知の適当な方法で実施した。
【0035】
リアルタイムPCR
リアルタイムPCRは常法で実施した。即ち、ES細胞からRNeasy mini kit (Qiagen, Hilden, Germany) で全RNAを調製し、これらをDNase(Invitrogen/)で処理し、SuperScriptIII (Invitrogen, Carlsbad, CA)を用いて、一本鎖cDNAを合成し、Ex taq (Takara Bio, Otsu, Japan)を用いてPCRを実施した。反応にはオリゴd(T)18 プライマーを使用した。リアルタイムPCRは、SYBER GREEN PCR MASTER MIX (Applied Biosysteems, Foster City, CA) 、又は、Quantitect SYBER-PCR kit (Qiagen)を用いて行い、ABI PRISM 7700(Applied Biosysteems)で分析した。各試料の結果は、グリッセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH)の発現レベルに対して標準化した。PCR条件は、95.0℃で10分間、95.0℃で15秒間を50サイクル、60.0℃で30秒間、及び、78.0℃で40秒間であった。
【0036】
尚、このリアルタイムPCRに使用した各プライマーのヌクレオチド配列は以下のとおりである。
Tex19:
センス:GAGCAAGAGGTTGCCTGTTC (配列番号1)
アンチセンス:CCATAACACCCACCACACAA (配列番号2)
Oct3/4:
センス:TCTTTCCACCAGGCCCCCGGCTC (配列番号3)
アンチセンス:TGCGGGCGGACATGGGGAGATCC (配列番号4)
Nanog:
センス:TAGGCTTTGGAGACAGTGAG (配列番号5)
アンチセンス:TCGAGAGTAGCCACCATATC (配列番号6)
Plzf:
センス:TGTACATGAGGGGCAGATGA (配列番号7)
アンチセンス:CACGAAATGAAGTGGGTGTG (配列番号8)
Ret:
センス:ATCCACACCTTCGGACTCAC (配列番号9)
アンチセンス:AACCCAGTGCTAGTGCCATC (配列番号10)
Ngn3:
センス:GGCCCATAGATGATGTTCGT (配列番号11)
アンチセンス:ACACGGGAGACAAGTTGGAG (配列番号12)
Calmegin:
センス:ACCTGAGGACTGGAGTGACG (配列番号13)
アンチセンス:TCTGGGTTGGGAATCTTCTG (配列番号14)
Oppo1:
センス:TCGGCTGGAGCTATTTCATT (配列番号15)
アンチセンス:GACTCCTGGCTGTTCTCCTG (配列番号16)
Rex1:
センス:GCAAGGCCAGTCCAGAATAC (配列番号17)
アンチセンス:CTTCTCGCAGCCATCAAAAG (配列番号18)
Laminin B1:
センス:AGGCAGTACATTCAGGACCG (配列番号19)
アンチセンス:GTAGGGCATGAGAACAAGCG (配列番号20)
【0037】
ゲノムタイピング及びIn situ ハイブリダイゼーション
マウスTex19遺伝子cDNA(GenBank Accession Ni. NM_028602)の第1320-1704番目のヌクレオチドに相当する385bpのDNA断片をpGEMT-Easy ベクター(Promega, Madison, USA)にサブクローニングし、DIG RNA Labeling Mix (Roche, Basel, Switzerland) を用いて、以下のヌクレオチド配列を有する2種類のセンス及びアンチセンスRNAプライマーを作製しゲノムタイピングに使用した。尚、In situ ハイブリダイゼーションは当業者に公知の方法(Hoshino et al., 1999)で実施した。
【0038】
作製したノックアウトマウスのゲノタイプは以下のプライマーP1及びP2(野生型対立遺伝子)、並びに、プライマーP3及びP4(変異型対立遺伝子)を用いたPCRで決定した(図2、C)。ここで、P1〜P4はゲノタイプ決定に使用した以下に記載のヌクレオチド配列を有するプライマーを示す。
P1(センス): CTTAGCTGCAGACAGACTTCTTGAC (配列番号21)
P2(アンチセンス): GTAGCATCTGTGATAAACAGCCTCTC(配列番号22)
P3(センス): GATTGAACAAGATGGATTGCACGCAGGTTC(配列番号23)
P4(アンチセンス): CTAAAAGCACTGGTTACTCTCCTAGAGG(配列番号24)
【0039】
抗マウスTex19抗体の作製
MBL(Ina,Japan)を使用して、マウスTex19のアミノ酸配列における326-351番目のアミノ酸から成る合成ペプチドでラビットを免疫して抗血清を取得した。
ウェスタンブロット法
1週齢雄性マウス(Tex19+/+, Tex19+/-及びTex19-/-)の精巣から調製した抽出物を溶解緩衝液(10% グリセロール、5% ドデシル硫酸マトリウム、50 mM DTT、62.5 mM Tris-HCl, pH6.8)中で沸騰処理し、10% SDS-PAGE 上で電気泳動させ、その後、タンパク質をImmunobilon PVDF 膜(Millipore, Bedford, MA) に電気的に移動させた。膜を0.1 % Tween 20含有のTris 緩衝食塩水(TBST)で洗浄した。5%非脂肪ミルク含有TBSTで膜を1時間ブロック処理し、第一次抗体として上記のラビット抗マウスTex19ポリクローナル抗体と共に、4℃で一晩インキュベートした。尚、第一次抗体は全て、3%ウシ血清アルブミン含有TBSTで1000倍に希釈して使用した。この第一次抗体による処理後、膜をTBSTで3回洗浄し、1000倍に希釈した、抗ラビットIgG−西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合体 (DAKO, Glostrup, Denmark) と反応させた。これら第二次抗体との反応は室温で1時間おこなった。その後、膜をTBSTで3回洗浄し、SuperSignal West Dura Extended duration substrate 試薬(PIERCE, Rockford, IL)を用いてシグナルを検出した。定量的測定はLightCapture(AE-6960, ATTO, Tokyo, Japan)を用いて実施した。
【0040】
組織学分析
精巣試料をBouin固定液で固定しパラフィンに包埋した。それを3μm切片に切断しワックスを除去し、ヘマトキシリン及びエオシンで染色(HE染色)した。
【0041】
免疫組織学分析
免疫組織化学分析においては、精巣試料を4%パラホルムアルデヒドで4℃、一晩固定し、OCT化合物(Sakura Finetek, Tokyo, Japan)に埋め込み、クライオスタットミクロームを用いて10μm切片に切断した。一次抗体として、抗GATA1抗体 (Santa Cruz, Heidelberg, Germany)、抗PLZF抗体(Santa Cruz, Heidelberg, Germany)及び上記の抗Tex19抗体を2μg/mlの濃度で使用した。上記の各抗体の検出には、夫々、Alexa Fluor 488抗ラット 、Alexa Fluor 488抗マウス、及び、Alexa Fluor 594抗ラビット(Molecular Probes)を500倍希釈で使用した。
【0042】
RT−PCR分析
Superscript III (Invitroge) 及びEx taq (Takara Bio Otsu, Japan) を用いて、1本鎖cDNA合成及びPCRを夫々実施した。26,30,34及び38回のことなるサイクル数におけるPCR産物を2.0 %アガロースゲルに載せ、対数期における反応を分析できるようした。各遺伝子のPCRに使用したプライマーのヌクレオチド配列は上記のリアルタイムPCRに使用したものと同じである。尚、GDNF遺伝子については以下のプライマーを使用した。
【0043】
GDNFセンス: GACTGGGAAGTGGAGCTACG(配列番号25)
GDNFアンチセンス:TGCTGAGTTCTCCAGGGATT(配列番号26)
【0044】
フローサイトメトリー分析
精巣細胞を1mg/mlのコラゲナーゼ(IV型, Sigma, St. Louis, MO)で15分間消化し、0.25% トリプシン/0.04% EDTAで37℃、10分間消化して個々の細胞から成る懸濁液を調製した。FluoRecepter LAcZ Flow Cytometry Kit (Invitrogen) 及びFACSAria (BD, Franklin Lakes, NJ) を使用してLac-Z 陽性細胞をソートした。
【0045】
トランスクリプトーム分析
HiCEP法を用いて行った(Fukumura et al., 2003)。ここで、HiCEP法は、制限酵素DNA断片長多型(RFLP)とポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に基づき開発された遺伝子発現プロファイル法であり、PCR産物の電気泳動から得られる移動距離とピークのデータから、ある条件下における特定の細胞における遺伝子の発現パターン、公知及び未知遺伝子の発現の有無、それらの発現量等に関する情報から成る遺伝子発現プロファイルを得、それらに基づき、遺伝子発現頻度の解析及び各遺伝子の同定をする方法である。このHiCEP法では、擬陽性シグナルを2%以下にすることが可能であり、その結果、存在率の高い4塩基認識制限酵素を使用することにより、80%という非常に高いカバー率(全発現転写物の中で観察可能な転写物の割合)を達成することが出来、更に、1.2倍までの発現差を検出することも可能である。
【0046】
HiCEP法に関する条件及び使用する装置等は、国際公開02/48352号パンフレット及び国際公開2005/118791号パンフレットの記載を参照することが出来る。尚、得られた遺伝子発現プロファイルは、当業者に公知の解析ソフトウェア、例えば、GeneScan(登録商標)(アプライドバイオシステムズジャパン社)を使用して解析することが出来る。尚、上記の基本的特徴を有している限り、更なる技術的改良又は変更が加えられた方法であっても、本明細書中の「HiCEP法」に含まれるものである。
【0047】
具体的には、SuperScriptIII First Strand Synthesis System (Invitrogen, Carlsbad, CA)を用いて、該製造者のプロトコールに従い、5.0μl 反応容量で一本鎖DNAを合成した。50 mM Biotin-d(T)18 (0.25μl), 10 mM dNTP(0.25μl)及び2μl RNA溶液を慎重に混合し、その後、65℃で5分間インキュベートした。直ちに、氷上で3分間冷やした。製造者マニュアルに記載されている緩衝混合液2.5μlを加えて十分に混合し、50℃で60分間維持し、その後、85℃で5分間維持した。これらの全ての操作は200μl試験管内で実施した。この一本鎖DNA合成後の反応工程は、上記文献に記載のとおりに実施した。修正点としては、既報告にあるエタノール沈殿工程に代えて、磁気ビーズ技術(Dinabeads M-280 Streptavidin; Veritas, Oslo, Norway)を使用したことである。
【0048】
実施例1: Tex19の発現
未分化のES細胞である、E14細胞(ノックアウトマウス作出用に世界中で最も広く使用されているES細胞株の一つ。エジンバラ大学のDr. M Hooper 研究室にて保管され、希望により分与可能)、TT2細胞(C57BL/6系統のマウスとCBA系統のマウスとのF1雑種から採取されたES細胞。 当時GIBCOより購入したものを使用した。現在理研BRCより入手可能)、及び、R1細胞(129X1/SvJ 系統のマウスと 129S1系統のマウスとのF1雑種から採取されたES細胞。トロント大学のA.Nagy博士より分与可能)の培地から、白血球阻害因子(LIF)を除いた結果、発現量が減少する(down-regulated)遺伝子を、定量的リアルタイムPCRにより同定した。
尚、各細胞は、まず、5% KSR (GIBCO), 6 mM L-glutamine, 100 μM 2-mercaptoethanol (2-ME) 及び500 unitsのLIF (CHEMICON, Temecula, CA) を添加したKO-DMEM (GIBCO, Gaithersburg, MD) で培養した後、培地からLIFを除去した。
その結果、上記の3種類の全てのES細胞において、発現量が減少した遺伝子として、Oct3/4 及びNanog (Chambers et al., 2003;Mitsui et al., 2003; Niwa t al, 2000)に加えて、更にTex19が同定された。TT2細胞に関する結果を図1Aに示す。
更に、Tex19は生殖細胞での発現が確認されている(Wang et al., 2001)ことに鑑みて、以上の結果は、Tex19, Oct3/4 及びNanogの発現プロファイルが極めて類似していることを示している。
【0049】
次に、Tex19の生殖細胞における発現をIn situ ハイブリダイゼーションで検出した。その結果、胎生12.5 日から成体に至るまで、基底膜における少数の細胞(全精巣細胞の約0.1%)においてTex19の発現が確認された(図1B)。このTex19陽性細胞の数は、最も初期の精原細胞であるAシグナル(As)型の精原細胞の数(Tegelenbosch and de Rooij, 1993)に近く、Tex19が成体精子形成における原生殖細胞及び幹細胞に発現していることを示唆している。
【0050】
実施例2: Tex19ノックアウトマウスの作製
インビボにおけるTex19の機能を明らかにする目的で、Tex19のノックアウトマウスを当業者に公知の方法で作製した(Nagy et al., 2002)。尚、図2、Aに例示された基本構造を有する3種類のTex19ノックアウト構築物を用いて、5つの独立したノックアウトマウス系を作製した。ノックアウトマウス作製の実験計画は放射線医学総合研究所の動物使用委員会に承認されたものである。5系統のノックアウトマウスのうち2系統は本件に記載したコンストラクトから独立にES細胞を得た。更に、β-geo部分をEGFPおよびDsRed2に置き換えたノックアウトマウスをそれぞれ1系統、2系統作成した。
【0051】
マウスTex19遺伝子の目標破壊
351個のアミノ酸から成るマウスTex19遺伝子の読み取り枠(ORF)のN末端の46個のアミノ酸だけを残して、該Tex19遺伝子の殆ど全てを、理化学研究所CDB(神戸、日本)の丹羽氏から提供されたIRES(Internal ribosome entry site)−β-geo (β−ガラクトシダーゼ及びネオマイシン耐性コード遺伝子)カセット(Mountford et al., 1994)で置き換えてTex19ノックアウトコンストラクトを作製した。その構図を図2、Aに示す。
【0052】
作製したノックアウトマウスにおけるTex19遺伝子の破壊はサザンハイブリダーゼーションで確認した。
ES細胞のサザンハイブリダイゼーションは当業者に公知の方法に従い、以下のヌクレオチド配列を有するプローブを用いて実施した(図2、B)。
プローブ(配列番号27):a agctcagaca ttccccaggg ccctggggac tgtgaagagc aagaggttgc ctgttctgag cagctcaggg gaacagttgg tccaggactt gagggggcat cttgaacatc ctgtgagctt atgaacctca gagggaagtc tggcatgttc gtgtcagtgt tcagtgtttg gtaggtgagg cctagctgta tgtttagctg tatggagtgt tgtgtggtgg gtgttatggg ggctccggtc acagatctac gtatgtatgg actctgaggc actagttgac cttactgtca taggggtcat atgcttactg tcttagggtc aagatacctg attttagggt tcactgtttt tgttgtttta ctttgttcgt tactcgtgct cctt
【0053】
更に、野生型マウス及びノックアウトマウスについてのPCRを用いてゲノムタイピングを行った(図2、C).
【0054】
実施例3: Tex19ノックアウトマウスにおけるTex19の発現の有無の確認
更に、ノックアウトマウスにおけるTex19発現の有無をウェスタンブロット法を用いて確認した。その結果、Tex19-/-マウスにおいて、Tex19の発現が消滅していることが確認された(図2、D)。
【0055】
実施例4: Tex19ノックアウトマウスの表現型
こうして作製したTex19ノックアウトマウスは、以下の表1に示されるように、正常な表現型を有する成体に成長したが、その全ての系において雄は不稔性であった。又、Tex19-/-ノックアウトマウスの雄(8週零)では精巣の大きさにかなりの減少が見られた(図2、E)。以上の結果は、Tex19が多能性には関与せず、精子形成に関与していることを示すものである。
【0056】
【表1】

【0057】
実施例5: Tex19ノックアウトマウスの組織学分析
組織学分析の結果から、Tex19ノックアウトマウスの8週零及び20週零の成体の精巣では、多数の分裂細胞が含まれるものの、減数分裂細胞の数は僅かであることが判る(図2、F)。因みに、これに類似した表現型は、検討した中の最高齢であった56週零のマウスで観察された。又、Tex19ノックアウトマウスのセルトリ細胞には特に異常は見られなかった。
【0058】
更に、半定量的RT−PCRの結果から、セルトリ細胞から分泌される精原幹細胞支持因子である「Gdnf」の発現にTex19-/-マウス及び正常マウスで相違が見られなかった。一方、これに対して、分化マーカーであるOppo1遺伝子の発現が全く見られないこと、Calmegin, Haspin遺伝子の発現量が減少していることから、発生の初期段階において精原細胞の分化が停止していることが判った(図2、G)。
【0059】
実施例6: 移植実験
Tex19-/-マウスの精巣に見られた異常を確認するために、移植実験を行った。即ち、増強緑蛍光タンパク質(EGFP)遺伝子を導入するために、C57BL/6-トランスジェニック(GAG-EGFP)マウス(Okabe et al., 1997)(SLC, Hamamatsu, Japan)と雌性Tex19-/-マウスを交尾させた。移植操作は当業者に公知の方法で実施した(Ogawa et al., 1997)。上記交尾の結果得られた、5週齢のEGFPトランスジェニックTex19-/-マウスから得た細胞を、内因性精子形成能のない8週齢のWBB6F1-W/Wvマウス(日本SLCより入手、Ogawa et al., 1997)の精巣に移植した。移植後8週間に移植マウスを殺し、精巣細胞を蛍光分析及びフローサイトメトリー分析で検討した。
【0060】
精巣細胞のHE染色(図3、A)及び、GFP蛍光(図3、B上)により、GFP陽性である細精管が受容マウスの精巣内に形成されたことが確認された。又、GFP陽性細胞は細精管の基底膜に沿って点在していることが確認された(図3、B下)。更に、抗GATA1抗体によるセルトリ細胞の免疫組織学分析(Yomogida et al., 1994)の結果、Tex19遺伝子の破壊によっても精子形成を支持する系には影響がないことが判明した。
【0061】
実施例7: SSCにおけるTex19の局在
上記のTex19ノックアウトマウスはLacZ遺伝子が挿入されているので、LacZ陽性細胞をフローサイトメトリーで検出した。その結果、8週齢マウスにおいて睾丸細胞の約0.4+0.09%(n=4)がLacZ陽性であった。この割合はAs細胞の割合に類似していることから、このLacZ陽性細胞はSSCであると考えられる(Tegelenbosch and de Rooiji, 1993)。
【0062】
更に、抗Plzf抗体及び抗Tex19抗体を用いた免疫組織化学的分析を実施した。その結果、8週齢のマウスの精巣において、Tex19陽性細胞は抗Plzf抗体でも染色され、少数の陽性細胞は基底膜の近傍に観察された(図4、A)。これに対して、2週齢のマウスの精巣では相当数の陽性細胞が観察された。
【0063】
8週齢のTex19+/- マウス及びTex19-/- マウスの精巣からLacZ陽性細胞をFACSによって取得した。こうして得られたLacZ陽性細胞の定量的リアルタイムRNA分析を行った結果、このLacZ陽性細胞にはSSCが多量に含まれていることが判明した。即ち、図4、Bに示されるように、SSCのマーカーである、Plzf, Ret及び Ngn3の発現が非常に高く、これに対して、精子形成マーカーであるCalmegin 及びOppo1の発現は殆ど見られなかった(Ikawa et al., 1997; Nakamura et al., 2002; Tanaka et al., 1999)。
【0064】
実施例8:トランスクリプトーム分析
8週齢のTex19+/- マウス及びTex19-/- マウスの精巣からFACSによって取得した約500個のLacZ陽性細胞(全RNA量:約5ng)を出発材料として用いてHiCEP法によるトランスクリプトーム分析を実施した。その結果、約30,000種類の転写物を定量的に検出できた。Tex19+/- マウスとTex19-/- マウスとの間で発現量に3倍以上の差が見られるものを挙げた(表2)。正常分化精巣で発現されることが知られている「4921525O09Rik」の発現がTex19-/- マウスではTex19+/- マウスに比べて10分の1以下に減少していることから、Tex19-/- マウスのSSCには分化能力に欠陥のあることが示された。一方で、Akt3 及びTnks2の発現はTex19-/- マウスで3倍以上に増加していることから、SSCの多能性を維持のために必須であるGdnf1経路における異常が示唆された。
【0065】
【表2】

【0066】
実施例9:定量的RNA分析
8週齢のTex19+/- マウス及びTex19-/- マウスの精巣からFACSによって取得したLacZ陽性細胞を用いて定量的RNA分析を実施した。その結果、幹細胞関連遺伝子であるPlzf, Ret及び Ngn3のSSCにおける発現がTex19-/- マウスではTex19+/- マウスと比べて増大していることが判った(図5)。又、ハウスキーピング遺伝子群には差異は見られなかった。以上の結果から、Tex19-/- マウスのSSC細胞はTex19+/- マウスに比べて未成熟であることを示すものである。
【0067】
更に、実施例2におけるTex19ノックアウトマウスの作製の際に調製したTex19+/- ES細胞から当業者に公知の組み換え方法(Mortensen, et al., 1992)によって2つのTex19-/-ES細胞株を樹立した。これらを用いて、両対立遺伝子においてTex19が破壊された影響を調べた。その結果、Tex19の欠損によって、幹細胞マーカーであるNanog及びRex1の発現が増加したことが判った(図6)。
【0068】
尚、本明細書中で括弧内の数字で引用した公知文献は以下の通りである。
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【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の結果から、Tex19遺伝子産物は、幹細胞における分化のメディエーターとして機能し、幹細胞(多能性)の維持に必要な遺伝子を抑制していることが考えられる。従って、Tex19遺伝子の機能等に関する研究が、幹細胞における多能性の維持及び分化の機能の解明に大いに役立つものと期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定することにより、該幹細胞の多能性又は分化能を判定又は検出する方法。
【請求項2】
(1)幹細胞に被検物質を接触させる工程、及び(2)該幹細胞におけるTex19遺伝子の発現量の変動を測定する工程を含む、該幹細胞の多能性を維持若しくは阻害する物質、又は、該幹細胞の分化能を増大若しくは阻害する物質をスクリーニングする方法。
【請求項3】
Tex19遺伝子の発現量の変動を該遺伝子のmRNAの発現量に基づき測定することを特徴とする、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
Tex19遺伝子の発現量の変動をHiCEP法に基づき作製される遺伝子発現プロファイルから求めることを特徴とする、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
Tex19遺伝子の発現量の変動をTex19遺伝子のmRNAの発現量をPCRで測定することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
Tex19遺伝子の発現量の変動を該遺伝子産物(蛋白質)の発現量に基づき測定することを特徴とする、請求項1又は2記載の方法。
【請求項7】
Tex19蛋白質の発現量をウェスタンブロット法で測定することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項8】
幹細胞が精原幹細胞である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
精原幹細胞が成体の精巣由来である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
幹細胞が胚性幹細胞である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
幹細胞がiPS細胞である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
Tex19遺伝子の発現産物から成る、精原幹細胞における精子形成能の検出マーカー。
【請求項13】
Tex19遺伝子の発現産物が、該遺伝子のmRNA,cDNA,若しくは、それらの部分塩基配列を含む核酸分子、又は、該遺伝子がコードする蛋白質又はその部分ポリペプチドである、請求項12記載の検出マーカー。
【請求項14】
請求項1〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法に用いるスクリーニングキットであって、Tex19遺伝子の発現産物と特異的に反応する化合物を含む該キット。
【請求項15】
(1)Tex19ノックアウト動物に被検物質を投与する工程、及び(2)該ノックアウト動物の精子形成を検出する工程を含む、雄性不稔性、精子形成不全(異常)又は精原幹細胞の分化停止(低下)に関連する疾患に対する治療薬となり得る物質をスクリーニングする方法。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−172225(P2010−172225A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−16246(P2009−16246)
【出願日】平成21年1月28日(2009.1.28)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【Fターム(参考)】