説明

強度異方性と被削性に優れた機械構造用鋼および機械構造用部品

【課題】Pbフリーであっても良好な被削性(特に工具寿命向上)を発揮すると共に、横目の強度を確保することによって強度の異方性をも低減した機械構造用鋼、およびこうした機械構造用鋼から得られる機械構造用部品を提供する。
【解決手段】本発明の機械構造用鋼は、下記(1)式の関係を満足しつつ化学成分組成を適切に調整し、且つ、圧延方向の断面を観察したときに、Al23含有量が50%以上である酸化物系介在物が10面積%以下であり、CaO含有量が4〜50%である複合酸化物を核とする硫化物系介在物が20面積%以上で存在するものである。
([Al]+[Ca])/[S]≦0.7 …(1)
但し、[Al]、[Ca]および[S]は、夫々Al、CaおよびSの鋼中の含有量(質量%)を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体に有害であるPbを使用することなく、良好な被削性を発揮すると共に、浸炭や浸炭窒化処理等の表面硬化処理を施した後においても強度の異方性が発生しないような機械構造用鋼、およびこうした機械構造用鋼から得られる機械構造用部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用変速機や差動装置をはじめとする各種歯車伝達装置へ利用される歯車、シャフト、プーリや等速ジョイント等の機械構造用部品は、鍛造等の加工を施した後、切削加工を施すことによって最終形状に仕上げられるのが一般的である。この切削加工に要するコストは製作費に占める割合が大きいことから、上記機械構造用部品を構成する鋼材は被削性が良好であることが要求される。
【0003】
一方、上記のような機械構造用部品では、最終形状にされた後、浸炭や浸炭窒化処理(大気圧、低圧、真空、プラズマ雰囲気を含む)等の表面硬化処理を施されて所定の強度が確保されるのであるが、こうした処理の際に強度低下が生じることがある。特に鋼材の圧延方向に対して垂直な方向(以下、「T方向」と呼ぶことがある)の低下が生じ易く、その結果として圧延方向(L方向)とT方向において強度的な差が生じて、強度の異方性が生じるという問題がある。
【0004】
機械構造用鋼の強度を低下させることなく、被削性を改善する元素としては、従来から鉛(Pb)が知られており、このPbは被削性改善に極めて有効な元素である。しかしながら、Pbは人体への有害性が指摘され、また溶製時の鉛のヒュームや切削屑等の処理の点で問題も多く、近年ではPbを添加することなく(Pbフリー)、良好な被削性を発揮することが求められている。
【0005】
Pbを添加することなく良好な被削性を確保する技術として、S含有量を0.06%程度まで増加させる鋼材が知られている(硫黄添加肌焼快削鋼)。しかしながら、こうした快削鋼においては、上記T方向における強度が低下しやすいという問題がある。こうした問題を解消するために、SeやTe等を含有させて硫化物の紡錘状化による強度改善を図ることも行われているが、強度と被削性とは相反する特性であり、両特性を兼備することは困難である。
【0006】
Pbフリーで被削性を改善するために、これまでにも様々な技術が提案されており、その主流は鋼材中の介在物の制御を図ることによって、被削性を改善する技術が大半を占めている。こうした技術として例えば特許文献1では、Ca含有硫化物をCa含有量によって区分し、夫々の面積率を規定することによって旋削加工性(工具寿命)を改善した技術が提案されている。しかしながら、多量のCaを含む硫化物の割合が多くなると、個々の硫化物が粗大化し、強度異方性が劣化する上、硫化物減少による被削性劣化が生じることになる。
【0007】
また特許文献2には、切り屑分断性のばらつきを抑制するために、Ca含有硫化物の個数を規定する技術が提案されている。しかしながら、この技術では実施例に示されるように、有効な硫化物形態を得るための脱酸元素として用いられるAlを0.018%以上含有させる必要があり、鋼材中に存在する酸化物が主に硬質なAl23系酸化物となるので工具寿命が劣化するという問題がある。
【0008】
一方、工具寿命を改善するための技術として、(1)酸化物を含む二重構造硫化物中のCaO量と硫化物Caを規定する技術(特許文献3)、(2)Tiを多量添加しつつCa硫化物とCa系酸化物を共存させる技術(特許文献4)、(3)Ca/Al比を増大させてAl23系の酸化物介在物と硫化物を(Ca,Mn)S系に改質する技術(特許文献5)、(4)CaとAlを所定の比率に制御することによって、酸化物組成をAl23に富む酸化物ではなくCaO−Al23系酸化物に改質した二重構造硫化物における酸化物と硫化物の面積比、および全硫化物の二重構造硫化物個数比率を規定した技術(特許文献6)、等も提案されている。
【0009】
上記(1)〜(4)の技術は、いずれも工具寿命を改善して鋼材の被削性を向上という観点では有用なものといえるが、T方向(以下、「横目」と呼ぶことがある)の強度については考慮されているとは言えず、必ずしも強度異方性が改善されているとは言えないのが実情である。
【特許文献1】特開2000−34538号公報
【特許文献2】特開2000−219936号公報
【特許文献3】特開2003−55735号公報
【特許文献4】特開2005−272903号公報
【特許文献5】特開2005−27300号公報
【特許文献6】特開2005−350702号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、Pbフリーであっても良好な被削性(特に工具寿命向上)を発揮すると共に、横目の強度を確保することによって強度の異方性をも低減した機械構造用鋼、およびこうした機械構造用鋼から得られる機械構造用部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成することのできた本発明の機械構造用鋼とは、C:0.10〜0.30%(質量%の意味、化学成分組成について以下同じ)、Si:0.03〜1.5%、Mn:0.3〜1.8%、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、Cr:0.3〜2.5%、Al:0.001〜0.009%、Ca:0.0005〜0.005%、N:0.009%以下(0%を含まない)、O:0.005%以下(0%を含まない)を夫々含有すると共に、下記(1)式の関係を満足し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、且つ、圧延方向の断面を観察したときに、酸化物系介在物のうちAl23含有量が50%以上である酸化物系介在物が10面積%以下であり、硫化物系介在物のうちCaO含有量が4〜50%である複合酸化物を核とする硫化物系介在物が20面積%以上で存在するものである点に要旨を有するものである。
([Al]+[Ca])/[S]≦0.7 …(1)
但し、[Al]、[Ca]および[S]は、夫々Al、CaおよびSの鋼中の含有量(質量%)を示す。
【0012】
本発明の機械構造用鋼には、必要によって、更に(a)Cu:0.5%以下(0%を含まない)、(b)Ni:2.0%以下(0%を含まない)、(c)Mo:1.0%以下(0%を含まない)および/またはB:0.005%以下(0%を含まない)、(d)Zr:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、Ti:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(e)Bi:0.1%以下(0%を含まない)、(f)Se:0.01%以下(0%を含まない)および/またはTe:0.01%以下(0%を含まない)、等を含有させることも有効であり、含有される元素の種類に応じて機械構造用鋼の特性が更に改善される。
【0013】
また上記本発明の機械構造用鋼を用いて機械構造用部品とすることによって、強度異方性が少なく、希望する機械的特性を発揮する部品が得られる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、S、AlおよびCaを低減しつつこれらの元素の含有比率を制御して化学成分組成を規定する共に、所定の形態を有する酸化物系介在物および硫化物系介在物の面積率を規定することによって、良好な被削性(特に工具寿命向上)を発揮すると共に、横目の強度を確保することによって強度の異方性をも低減した機械構造用鋼が実現できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明者らは、こうした状況の下で、切削時の工具寿命向上を発揮すると共に、強度の異方性を改善するべく、様々な角度から検討した。そして、これらの特性に関して、次のような知見が得られた。
【0016】
(A)鋼材において強度異方性が生じるのは、圧延方向に長く展伸する硫化物(主にMnS)が破壊の起点となること、および多量の硫化物の存在自体が横目における強度低下の原因となる。
【0017】
(B)工具寿命が低下するのは、工具逃げ面摩耗特性が不十分若しくはばらつくことによるものであり、これは展伸した低融点の硫化物(主にMnS)の存在によって、工具すくい面のベラーグ形成が不安定になることが原因となる。
【0018】
(C)多量のAl23を含む酸化物は硬質であり、Ti、Nb、VおよびZr等の多量添加は硬質の窒化物、炭化物を生成させてしまい、工具寿命低下の原因となる。
【0019】
上記知見に基づいて、上記目的を達成させるための具体的手段について、更に検討した。そして、まずSの含有量を0.03%未満にして強度異方性を引き起こす硫化物を低減することを前提とし、その上でCaを微量添加(0.0005〜0.005%)させることによるシリコンキルド処理をすることによって、CaO−Al23−SiO2系低融点酸化物を核とした紡錘状の硫化物系介在物を所定量生成させることが有効であることが判明した。
【0020】
上記のような硫化物(後述する「Ca複合酸化物含有硫化物」)を生成させることによって、この硫化物の展伸抑制によって、圧延方向に垂直な方向(前記T方向)における強度低下に繋がる破壊の起点を減らし、強度異方性が改善されることになる。また硫化物で酸化物を覆うことによって、工具寿命も抑制されることになる。こうした効果を発揮させるためには、鋼材の圧延方向の断面を観察したときに、全硫化物系介在物のうち、上記硫化物の存在が20面積%以上となるようにする必要がある。
【0021】
本発明で対象とする硫化物は、低融点の酸化物(複合酸化物)を核としたものであるが、そのためには該複合酸化物中に含まれるCaO含有量は4〜50%とする必要がある。即ち、このCaO含有量が4%未満であれば、硫化物中酸化物がコランダム、ムライト、クリストバライト等のAl23、SiO2を主成分とする硬質な高融点酸化物となり、硫化物で包含しても切削工具の摩耗を十分に抑制することができない。また、CaO含有量が50%を超えると、ライムと呼ばれるCaOを主成分とする硬質な高融点酸化物となり、硫化物で包含しても切削工具の摩耗を十分に抑制することができない。
【0022】
更に、Al含有量を少量に抑えつつCa、AlおよびSの含有量比率を制御することによって、酸化物系介在物のうち、単独に存在する硬質の酸化物(Al23含有量が50%以上である酸化物系介在物)を低減し、たとえこの単独酸物が存在しても、Caを少量含有させることによって、上記硫化物の核として取り込んで低融点化(軟質化)を促進させることで、工具寿命を改善することができる。こうした観点から、Ca、AlおよびSの含有量比率は、上記(1)式の関係を満足するように制御する必要があり、(1)式の関係を満足しないときには、硬質の酸化物の含有量が増加することになる。また、上記(1)の関係を満足させる結果として、鋼材の圧延方向の断面を観察したときに、上記硬質の酸化物は10面積%以下のものとなる。
【0023】
本発明の機械構造用鋼では、その化学成分組成も適切に規定する必要があるが、上記したS、AlおよびCaを含め、その基本成分であるC,Si,Mn,P,S,Cr,Al,Ca,NおよびOにおける範囲限定理由は以下の通りである。
【0024】
[C:0.10〜0.30%]
Cは、機械構造用部品としての必要な芯部硬さを確保する上で重要な元素であり、こうした効果を発揮させるためには0.10%以上含有させる必要がある。しかしながら、Cを過剰に含有させると鋼材の硬さが過度に高くなり過ぎて、被削性(特に、切削加工時の工具寿命)や冷間鍛造性が低下することになる。こうした観点から、C含有量は0.30%以下とする必要がある。尚、C含有量の好ましい下限は、0.13%であり、好ましい上限は0.25%である。
【0025】
[Si:0.03〜1.5%]
Siは、表面硬化層の軟化抵抗性の向上に大きく寄与する元素である。こうした効果を発揮させるためには、0.03%以上含有させる必要がある。しかしながら、Si含有量が過剰になって1.5%を超えると、機械加工時の被削性や冷間鍛造性が著しく劣化することになる。尚、Si含有量の好ましい下限は0.1%であり、好ましい上限は1.0%である。
【0026】
[Mn:0.3〜1.8%]
Mnは、脱酸剤として作用し、酸化部物系介在物を低減して鋼部材の内部品質を高めると共に、焼入れ性を向上させて鋼部品の芯部硬さや硬化層深さを高め、部品の強度を確保するのに有効な元素である。こうした作用を発揮させるためには、Mn含有量が0.3%以上とする必要があるが、1.8%を超えて過剰になると、Pの粒界への偏析を助長して粒界強度が低下する、疲労強度を低下させることになる。尚、Mn含有量の好ましい下限は0.4%であり、好ましい上限は1.5%である。
【0027】
[P:0.03%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼材中に不可避的に含まれる元素(不純物)であり、熱間加工後の割れを助長するので、できるだけ低減する必要がある。こうした観点から、P含有量の上限は0.03%とした。尚、P含有量の好ましい上限は0.020%であり、より好ましくは0.010%以下とするのがよい。
【0028】
[S:0.03%以下(0%を含まない)]
Sは、鋼中でMnと反応してMnS系介在物を形成し、鋼部品の衝撃強度の異方性を誘発するので、できるだけ低減することが好ましい。こうした観点から、S含有量は0.03%以下とする必要がある。尚、S含有量の好ましい上限は0.02%である。
【0029】
[Cr:0.3〜2.5%]
Crは、鋼材の焼入れ性を高め、安定した硬化層深さや必要な芯部硬さを与えることによって、歯車などの構造部品としての静的強度および疲労強度を確保する上で重要な元素である。こうした作用を発揮させるためには、Crは0.3%以上含有させる必要がある。しかしながら、Cr含有量が過剰になって2.5%を超えると、旧オーステナイト(γ)粒界に炭化物として偏析するため、疲労強度低下の原因となる。尚、Cr含有量の好ましい下限は0.8%であり、好ましい上限は2.0%である。
【0030】
[Al:0.001〜0.009%]
Alは溶製時に脱酸剤として有用に作用し、そのためには0.001%以上含有させる必要がある。Al含有量が増加するにつれて、酸化物(Al23)等の非金属介在物が生成し、切削時の工具摩耗を増大させてしまうので、その上限を0.009%とする必要がある。尚、好ましい上限は0.007%であり、より好ましくは0.005%以下とするのが良い。
【0031】
[Ca:0.0005〜0.005%]
Caは、鋼材中の硫化物の展伸を抑制して、衝撃特性の異方性を低減させると共に、切削時の工具表面にCa含有酸化物がベラーグとして付着し、工具摩耗を抑制する効果を発揮する。こうした効果を有効に発揮させるためには、Ca含有量は0.0005%以上とする必要があるが、0.005%を超えると、粗大なCa酸化物が生成し、強度を却って低下させる恐れがある上、Ca含有硫化物も硬くなって、工具寿命を低下させることになる。そのため、Ca含有量は0.005%以下とする必要があり、好ましくは0.003%以下とするのが良い。
【0032】
[N:0.009%以下(0%を含まない)]
Nは他の元素と窒化物を形成し、組織微細化に寄与するが、硬質窒化物を生成するため、工具寿命を劣化させることになる。しかも、熱間加工性および延性に悪影響を及ぼすので、0.009%以下に抑える必要があり、好ましくは0.007%以下に抑えるのが良い。
【0033】
[O:0.005%以下(0%を含まない)]
Oは、鋼材に不可避的に含まれる元素であり、他元素と反応して粗大な酸化物系介在物を生成して鋼材の熱間加工および延性に悪影響を及ぼすので、できるだけ少なくすることが好ましい。こうした観点から、O含有量は0.005%以下に抑制する必要がある。O含有量の好ましい上限は0.003%である。
【0034】
本発明の機械構造用鋼においては、上記成分の他(残部)は鉄および不可避不純物からなるものであるが、これら以外にも被削性や強度特性を阻害しない程度の微量成分を含み得るものであり、こうした成分を含むものも本発明の技術的範囲に含まれる。こうした成分としては、例えば、Mg,Ba,As,Sb,Sn,Ta,Co,Wおよび希土類元素等が挙げられる。
【0035】
また本発明の機械構造用鋼には、必要によって、更に(a)Cu:0.5%以下(0%を含まない)、(b)Ni:2.0%以下(0%を含まない)、(c)Mo:1.0%以下(0%を含まない)および/またはB:0.005%以下(0%を含まない)、(d)Zr:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、Ti:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(e)Bi:0.1%以下(0%を含まない)、(f)Se:0.01%以下(0%を含まない)および/またはTe:0.01%以下(0%を含まない)、等を含有させることも有効であるが、これらの範囲限定理由は下記の通りである。
【0036】
[Cu:0.5%以下(0%を含まない)]
Cuは、耐候性向上に有効な元素であり、こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、過剰に含有させると鋼材の熱間加工性および延性を低下させて割れや疵が発生しやすくなるので、0.5%以下とすることが好ましい。尚、Cuを含有させることによる効果をより有効に発揮させるためには、その含有量は0.1%以上とすることが好ましい。またCuを含有させるときには、熱間加工性の低下(熱間加工脆性)の劣化を発生させないという観点から、後述するNiとの同時添加が好ましい。
【0037】
[Ni:2.0%以下(0%を含まない)]
Niはマトリックス中に固溶し、脆性を増大させる上で有効な元素であり。こうした効果は、その含有量が増加するにつれて増大するが、過剰に含有させるとベイナイトやマルテンサイト組織が発達し、靭性の劣化を招くのでその上限は2.0%とすることが好ましい。尚、Niを含有させることによる効果をより有効に発揮させるためには、その含有量は0.1%以上とすることが好ましい。
【0038】
[Mo:1.0%以下(0%を含まない)および/またはB:0.005%以下(0%を含まない)]
MoおよびBは、鋼材の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。このうち、Moは鋼材の焼入れ性を確保して不完全焼入れ組織の生成を抑制するのに有効に作用する。しかしながら、その含有量が過剰になると、芯部の硬度が必要以上に硬くなって機械加工時における被削性や冷間鍛造性が劣化するので、1.0%以下(より好ましくは0.5%以下)とすることが好ましい。
【0039】
一方、Bは微量で鋼材の焼入れ性を向上させることに加えて、結晶粒界強化によって衝撃強度を高める作用を発揮する。しかしながら、B含有量が過剰になるとB窒化物が生成しやすくなり、冷間および熱間加工性を劣化させるので、0.005%以下(より好ましくは0.003%以下)とすることが好ましい。
【0040】
尚、MoやBによる上記効果を有効に発揮させるためには、Moで0.1%以上、Bで0.0005%以上(より好ましくは0.0008%以上)含有させることが好ましい。
【0041】
[Zr:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、Ti:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Zr,V,TiおよびNbは、いずれも炭素や窒素を活発に反応し、微細な析出物を形成することによって、結晶粒粗大化防止特性を向上できるが、その含有量が過剰になると、硬質な窒化物や炭化物が多量に生成して工具寿命を低下させるので、いずれも0.1%以下(より好ましくは0.05%以下)とすることが好ましい。
【0042】
[Bi:0.1%以下(0%を含まない)]
Biは、鋼材の被削性を向上させる元素であり、必要によって含有させることも有効である。しかしながら、過剰に含有させると、強度が低下するので、その上限を0.1%とすることが好ましい。尚、その効果を有効に発揮させるための好ましい下限は0.02%であり、より好ましい上限は0.08%である。
【0043】
[Se:0.01%以下(0%を含まない)および/またはTe:0.01%以下(0%を含まない)]
SeおよびTeは、Mn(S,Se)、Mn(S,Te)等の化合物を形成し、硫化物の展伸抑制に働くことによって圧延方向に垂直な方向(T方向)の強度低下を抑えるのに有効な元素である。こうした効果性は、その含有量が増加するにつれて増大するが、過剰に含有させてもその効果が飽和するだけであるので、いずれも0.01%以下(より好ましくは0.004%以下)とすることが好ましい。
【0044】
従来では、不純物のAl含有量が1%程度のフェロシリコンやAl含有物を用いて鋼中の脱酸をしていたので、Al23系酸化物が生成していたが、こうした方法では、本発明で規定する介在物の形態を得ることはできない。上記のように酸化物系介在物および硫化物系介在物の形態を制御して本発明の機械構造用鋼を製造するには、次のようなプロセスで行えば良い。即ち、本発明では、不純物Alが0.01%以下であるようなフェロシリコンを添加し、溶鋼中のAl濃度が高くならないように制御しながら脱酸処理を行い、Al23系酸化物の生成を抑制しつつ主要元素を添加し、転炉処理を行う。次に、溶鋼処理時に真空脱ガスを行いながら、Caを添加することでフリー酸素(溶存酸素)を制御し、本発明で規定するように介在物の形態を制御すればよい。
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0046】
小型溶製炉(150kg規模)を用いて不純物Al量が0.01%以下のフェロシリコンを添加して真空脱ガス処理を行い、下記表1に示す各種化学成分組成の鋼材(鋼種A〜P)を溶製した。このとき、通常のフェロシリコン(Al含有量が1%程度)を添加して真空脱ガス処理を行った鋼材についても溶製した(表1の鋼種Q〜T)。
【0047】
【表1】

【0048】
得られた鋳片から、1200℃での熱間鍛造によって直径:80mmの鍛伸材を作成した後、1250℃で溶体化処理、および焼きならしを行い、直径:75mmまで皮削り加工を行った。
【0049】
直径:75mmの鍛伸材から、径方向(T方向)に沿ってノッチ形状がR10(mm)のシャルピー衝撃試験片(長手方向断面がL方向)を削り出し、930℃浸炭−油焼入れした後、170℃で焼戻し処理を行い、衝撃値(横目のシャルピー衝撃値)を測定した。このとき、上記鍛伸材から、圧延方向(L方向)に沿って上記のようなシャルピー衝撃試験片(長手方向断面がT方向)を削り出し、以下上記と同様にして衝撃値(縦目のシャルピー衝撃値)も測定した。また、下記の条件で、鋼中の各種介在物の形態およびその量(面積率)を下記の方法で測定すると共に、被削性について下記の基準で評価した。
【0050】
[鋼中の各種介在物の形態およびその量(面積率)の測定]
硫化物(CaO含有量が4〜50%である複合酸化物を核とする硫化物系介在物:「Ca複合酸化物含有硫化物」と呼ぶ)および酸化物系介在物(Al23含有量が50%以上である酸化物系介在物:「Al含有酸化物」と呼ぶ)の判定は、エネルギー分散型電子プルーブマイクロアナライザー(「JXA8100」JEOL製)にて、鋼材長手方向断面(圧延方向断面)の1/4半径位置を50mm2の視野で介在物の定性分析を行い、ZAFのよる定量補正法(但し、原子番号効果、吸収効果、蛍光励起効果による補正)を用いてX線スペクトル強度から定量分析をした。また、画像解析から各介在物(Ca複合酸化物含有硫化物およびAl含有酸化物)のサイズを測定して面積率を算出した。
【0051】
[被削性評価]
被削性評価は、切削速度:200m/分、送り:0.25mm/rev、切り込み:1.5mmの乾式条件で超硬旋削加工を行い、逃げ面摩耗量が0.05mmになるまでの時間(分)によって工具寿命を測定した。
【0052】
これらの結果を、(1)式の左辺の値[([Al]+[Ca])/[S]:以下「A値」と呼ぶ]と共に、下記表2に示す。尚、下記表2には、縦目のシャルピー衝撃値と横目のシャルピー衝撃値の比(これを、「横目衝撃値/縦目衝撃値」と表す)も同時に示した。また、Ca複合酸化物含有硫化物の面積率と横目衝撃値/縦目衝撃値の関係を図1に、Al含有酸化物の面積率と工具寿命の関係を図2に、Ca複合酸化物を含む硫化物の形態(試験No.3のもの)を図3(図面代用電子顕微鏡写真)に夫々示す。
【0053】
【表2】

【0054】
これらの結果から、明らかなように、本発明で規定する要件を満足するもの(実験No.1〜16)では、旋削工具寿命がいずれも20分以上となっており、横目衝撃値/縦目衝撃値も0.6以上と大幅に改善されており、被削性および強度のいずれも飛躍的に向上していることが分かる。
【0055】
これに対して、本発明で規定する要件のいずれかを欠くもの(試験No.17〜20では、いずれかの特性が劣化していることが分かる。このうち試験No.17〜19のものでは、Al含有酸化物量が多い(面積率が大きい)ので、工具寿命が短くなっており、試験No.17〜20ではCa複合酸化物含有硫化物が少なく、試験No.20では、A値は規定する範囲を満足するものの、S含有量が多いので、展伸したMnSが増加してシャルピー衝撃値が低位のままである。尚、試験No.18で用いた鋼種はJIS SCM420相当鋼であり、化学成分的にはAl含有量を除き、本発明で規定する範囲に重複するものであるが、前記A値を満足させること、およびCa複合酸化物含有硫化物やAl含有酸化物の面積率を適切に規定することによって、初めて強度異方性低減および工具寿命の改善が達成されることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】Ca複合酸化物含有硫化物の面積率と横目衝撃値/縦目衝撃値の関係を示すグラフである。
【図2】Al含有酸化物の面積率と工具寿命の関係を示すグラフである。
【図3】Ca複合酸化物を含む硫化物の形態(試験No.3のもの)を示す図面代用電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.10〜0.30%(質量%の意味、化学成分組成について以下同じ)、Si:0.03〜1.5%、Mn:0.3〜1.8%、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、Cr:0.3〜2.5%、Al:0.001〜0.009%、Ca:0.0005〜0.005%、N:0.009%以下(0%を含まない)、O:0.005%以下(0%を含まない)を夫々含有すると共に、下記(1)式の関係を満足し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、且つ、圧延方向の断面を観察したときに、酸化物系介在物のうちAl23含有量が50%以上である酸化物系介在物が10面積%以下であり、硫化物系介在物のうちCaO含有量が4〜50%である複合酸化物を核とする硫化物系介在物が20面積%以上で存在するものであることを特徴とする強度異方性と被削性に優れた機械構造用鋼。
([Al]+[Ca])/[S]≦0.7 …(1)
但し、[Al]、[Ca]および[S]は、夫々Al、CaおよびSの鋼中の含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
更に、Cu:0.5%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1に記載の機械構造用鋼。
【請求項3】
更に、Ni:2.0%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の機械構造用鋼。
【請求項4】
更に、Mo:1.0%以下(0%を含まない)および/またはB:0.005%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の機械構造用鋼。
【請求項5】
更に、Zr:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、Ti:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の機械構造用鋼。
【請求項6】
更に、Bi:0.1%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜5のいずれかに記載の機械構造用鋼。
【請求項7】
更に、Se:0.01%以下(0%を含まない)および/またはTe:0.01%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜6のいずれかに記載の機械構造用鋼。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の機械構造用鋼からなる機械構造用部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−46722(P2009−46722A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213048(P2007−213048)
【出願日】平成19年8月17日(2007.8.17)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】