強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法
【課題】Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、不可避不純物と、からなる強磁性形状記憶合金に関し、高い機械的硬度を有する強磁性形状記憶合金、および、高い機械的硬度を有する強磁性形状記憶合金を容易に製造できる製造方法を提供する。
【解決手段】強磁性形状記憶合金Aの組織を、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなりマルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相1と、第一相1を取り囲みfcc構造をもつ第二相2と、からなる二相組織とする。第一相1が靭性に富む高強度の第二相2で取り囲まれることで破壊が抑制され、強磁性形状記憶合金Aの機械的強度が向上する。
【解決手段】強磁性形状記憶合金Aの組織を、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなりマルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相1と、第一相1を取り囲みfcc構造をもつ第二相2と、からなる二相組織とする。第一相1が靭性に富む高強度の第二相2で取り囲まれることで破壊が抑制され、強磁性形状記憶合金Aの機械的強度が向上する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁場誘起逆変態して、磁性変化を伴って形状を回復する強磁性形状記憶合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
形状記憶合金はマルテンサイト変態の逆変態に伴う顕著な形状記憶効果を有し、アクチュエータ用材料等として有用である。形状記憶合金からなるアクチュエータは、通常、冷却によるマルテンサイト変態と加熱による逆変態により熱駆動される。形状記憶合金では、一般に冷却時の変態温度より加熱時の逆変態温度の方が高い。変態温度と逆変態温度との差を温度ヒステリシスという。温度ヒステリシスが小さい熱弾性型マルテンサイト変態では、通常約5%に及ぶ大きな形状回復歪が得られる。しかし熱駆動アクチュエータは冷却過程が熱放散により律速されるため、応答速度が遅いという問題がある。
【0003】
そこで、磁場によりマルテンサイト変態を誘起したり、マルテンサイト相を双晶変形させたり、といった形状記憶効果をもつNi−Co−Al系合金、Ni−Mn−Ga系合金、などの強磁性形状記憶合金が注目されている。強磁性形状記憶合金は磁場誘起逆変態が可能であり、応答速度が高く、アクチュエータ用材料として有望である。
【0004】
たとえば、特許文献1には、Ni−Co−Al系合金であって、B2構造のβ相と、β相の粒界に存在するfcc構造のγ相と、からなる2相構造を有する強磁性形状記憶合金が開示されている。2相構造を有する強磁性形状記憶合金の製造は、所定の組成を有する合金を溶製して凝固させたインゴットに、1段階または2段階以上の熱処理を施して2相分離させることで得られる。β相の粒界にγ相が多く生成されると、延性に富むγ相がβ相の結晶粒界を補いβ相単独の場合に生じる破壊が阻止される反面、β相単独の場合に比べ形状記憶合金としての能力は低下する。そのため、熱処理によって生成されるγ相の量を調整する必要があるが、熱処理では、精密な組織制御は困難である。
【0005】
また、特許文献2には、ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金が開示されている。特許文献2に開示の合金は、実用温度域(−40〜+200℃)において優れた形状記憶特性を示し、実用温度域で磁場誘起逆変態して磁性変化を伴って形状を回復する。このような合金は、磁場駆動素子および熱磁気駆動素子として使用される。
【特許文献1】特開2004−277865号公報
【特許文献2】国際公開第2007/001009号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2では、強磁性形状記憶合金の製造方法として、溶解鋳造が挙げられている。ところが、この強磁性形状記憶合金は、典型的な金属間化合物である。そのため、通常の溶解鋳造により作製された強磁性形状記憶合金の多結晶体は単相組織をもち、金属間化合物特有の結晶粒界での脆さにより、外部から作用する力、場合によっては温度または磁場変化による変態により崩壊しやすいという問題がある。また、本来この強磁性形状記憶合金は平衡相であるため、単相からなる組織を、特許文献1に記載のような鋳造後の熱処理により2相に分離させることができない。
【0007】
つまり、特許文献2に記載の強磁性形状記憶合金は、単結晶体で使用するのが望ましい。しかしながら、単結晶体は、製造プロセスが複雑であるため、多結晶体と比較して製造コストが高く、用途が限定される。そのため、多結晶体であっても高い機械的強度を有する強磁性形状記憶合金、およびその製造方法の開発が求められている。
【0008】
本発明者等は、Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、不可避不純物と、からなる強磁性形状記憶合金において、非平衡相であるfcc構造をもつ相が高い靭性を有することを新たに見出した。そして、この強磁性形状記憶合金の組織を、マルテンサイト変態を示す相と、靭性に富む相と、からなる二相組織とすることで、多結晶体であっても高い機械的強度を示すことに想到した。
【0009】
すなわち、本発明は、高い機械的硬度を有する強磁性形状記憶合金、および、高い機械的硬度を有する強磁性形状記憶合金を容易に製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の強磁性形状記憶合金は、ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金であって、
マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相と、該第一相を取り囲みfcc構造をもつ第二相と、からなる組織を有し、前記第一相は、該第一相全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、からなる強磁性形状記憶合金は、既に述べたように、単相組織の多結晶体である場合には、脆性が高く結晶粒界から崩壊しやすい。そこで本発明では、マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ相(第一相)と、この相を取り囲みfcc構造をもつ相(第二相)と、からなる二相組織とする。第一相は単独では脆いが、靭性に富む高強度の第二相で取り囲まれることで破壊が抑制され、強磁性形状記憶合金の機械的強度が向上する。
【0012】
また、本発明の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法は、上記本発明の強磁性形状記憶合金を製造する方法のひとつである。本発明の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法は、全体を100原子%としたときに、マンガン(Mn)を25〜50原子%、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)を0.1〜15原子%、含み残部がニッケル(Ni)および不可避不純物からなりbcc構造をもつ強磁性形状記憶合金の合金粉末を製造する粉末製造工程と、
前記合金粉末を成形体に成形する成形工程と、
前記合金粉末の表層部を加熱して、該表層部をfcc構造とするとともに前記成形体を焼結体とする焼結工程と、
を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明の強磁性形状記憶合金は、焼結法を用いることにより容易に製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法を実施するための最良の形態を説明する。
【0015】
[強磁性形状記憶合金]
本発明の強磁性形状記憶合金は、主として、ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金である。
【0016】
本発明の強磁性形状記憶合金は、マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相と、第一相を取り囲みfcc構造をもつ第二相と、からなる組織を有する。図1は、本発明の強磁性形状記憶合金の断面組織を模式的に示す説明図である。強磁性形状記憶合金Aにおいて、第一相1は、マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ相である。つまり、第一相は、マルテンサイト変態終了温度(Mf)が室温より低い場合はbcc構造をもつ母相であり、Mfが室温より高い場合はマルテンサイト相(以下「M相」と略記)である。第二相2は、第一相10を取り囲む。第二相は、上記組成の強磁性形状記憶合金において通常には生成されない非平衡相であって、fcc構造をもつ。以下に、第一相および第二相について詳説する。
【0017】
[第一相]
第一相は、第一相全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつ。
【0018】
Mnは、bcc構造を有する強磁性母相の生成を促進する元素である。Mnの含有量を調節することにより、マルテンサイト変態の開始温度(Ms)および終了温度(Mf)、マルテンサイト逆変態の開始温度(As)および終了温度(Af)、ならびにキュリー温度(Tc)を変化させることができる。Mnの添加量を25原子%未満とすると、マルテンサイト変態が生じない。一方、50原子%超とすると、強磁性形状記憶合金は母相単相とならない。好ましいMnの含有量は28〜45原子%さらには36〜42原子%である。
【0019】
In、SnおよびSbは、磁気特性を向上させる元素である。これらの元素の含有量を調節することにより、MsおよびTcを変化させることができるとともに、基地組織も強化する。これらの元素の合計含有量を5原子%未満とすると、MsがTc以上になる。一方、18原子%超とすると、マルテンサイト変態が生じない。これらの元素の含有量は合計で7〜16原子%さらには9〜15原子%であるのが好ましく、Snを単独で用いる場合には10〜13原子%であるのが特に好ましい。
【0020】
CoおよびFeは、Tcを上昇させる作用を有する。これらの元素の合計含有量が15原子%を超えると第一相の脆性が高まり、強磁性形状記憶合金の機械的強度が低下する恐れがある。これらの元素の含有量は、合計で0.5〜10原子%さらには4〜8原子%であるのが好ましく、Coを単独で用いる場合には6〜8原子%であるのが特に好ましい。
【0021】
Niは、形状記憶特性および磁気特性を向上させる元素である。Ni含有量が不足すると強磁性が消失し、過剰であると形状記憶効果が発現しない。優れた形状記憶特性および強磁性を得るために、Ni含有量は35原子%超であるのが好ましく、40原子%以上であるのがより好ましく、42原子%以上であるのが特に好ましい。
【0022】
本発明の強磁性形状記憶合金において、第一相は、さらに、チタン(Ti)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、珪素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、鉛(Pb)およびビスマス(Bi)からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属を、合計で0.1〜15原子%含有してもよい。このとき、形状記憶特性および磁気特性の点から、Niの含有量は、40原子%以上であるのが好ましい。Ti、Pd、Pt、Al、Ga、Si、Ge、PbおよびBiからなる群から選ばれる少なくとも一種の金属は、形状記憶特性を向上させる。また、その含有量の調節により、MsおよびTcを変化させる。中でもTi、Al、Ga、SiおよびGeは、M相の長周期積層構造を安定化する作用を有する。また、Pd、Pt、PbおよびBiは、M相を構成する常磁性相、反強磁性相またはフェリ磁性相、特に、常磁性相または反強磁性相を安定化する作用を有する。これらの元素の合計含有量が15原子%を超えると第一相の脆性が高まり、強磁性形状記憶合金の機械的強度が低下する恐れがある。これらの元素の含有量は、合計で0.5〜8原子%であるのが好ましい。
【0023】
以上詳説した組成を有する第一相は、実用温度域(−40〜+200℃)より高いMfを有し、実用温度域でマルテンサイト相状態であるので、良好な形状記憶特性を安定的に示す。そして、第一相単相の場合の形状回復率[=100×(与歪み−残留歪み)/与歪み]は95%以上であり、実質的に100%である。また、第一相は、実用温度域より低いAfを有し、実用温度域で安定かつ良好な超弾性を示す。通常、与歪みが6〜8%でも、変形解放後の形状回復率は95%以上である。
【0024】
第一相は、母相とM相との間および母相間で、それぞれ熱弾性型マルテンサイト変態および逆変態を行う。M相は、2M、6M、10M、14M、4O等の積層構造(積層構造を示す数字は細密面である<001>面の積層周期を表し、積層構造を示す記号Mは単斜晶を表し、記号Oは斜方晶を表す。)を有するが、温度ヒステリシスを小さくするために6M、10M、14M、4O等の長周期積層構造が好ましい。
【0025】
[第二相]
第二相は、上記第一相を取り囲み、本発明の強磁性形状記憶合金の機械的強度を向上させる。
【0026】
第二相は、Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、からなる強磁性形状記憶合金において通常には生成されない非平衡相であって、fcc構造をもつ。第二相の組成を規定するならば、第二相は、第二相全体を100原子%としたときに、Mnを34〜42原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で7〜15原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを4〜12原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつのが好ましい。組成がこの範囲であれば、第二相はfcc構造をもち靭性に富む。
【0027】
第二相は、第一相に類似の組成を有する必要がある。本発明の強磁性形状記憶合金の高強度化のためには、第一相と第二相とが類似した結晶構造や熱膨張係数を有する必要があるためである。したがって、第二相において好ましいMnの含有量は36〜40原子%さらには37〜39原子%である。In、SnおよびSbの含有量は、合計で8〜12原子%さらには8〜10原子%であるのが好ましく、Snを単独で用いる場合には7〜10原子%であるのが特に好ましい。CoおよびFeの含有量は、合計で6〜11原子%さらには8〜10原子%であるのが好ましく、Coを単独で用いる場合には8〜10原子%であるのが特に好ましい。Ni含有量は38原子%以上、40原子%以上、さらには42原子%以上であるのが好ましい。
【0028】
第二相は、さらに、炭素(C)を含んでもよい。第二相は、黒鉛製の型内で焼結されることで炭素を含有することもある。炭素の含有量は、第二相全体を100原子%としたときに、5原子%以下さらには0.001〜3原子%であるのがよい。また、第二相は、さらに、Ti、Pd、Pt、Al、Ga、Si、Ge、PbおよびBiからなる群から選ばれる少なくとも一種の金属を含有してもよい。これらの元素の含有量は、第二相全体を100原子%としたときに、合計で0.01〜5原子%であるのが好ましい。
【0029】
なお、前述の第一相および第二相の構造は、たとえば、X線回折(XRD)や電子線回折などにより決定される。また、組成は、エネルギー分散型蛍光X線分析(EDX)、X線光電子分光分析(XPS)、電子線マイクロアナライザ(EPMA)などにより分析すればよい。
【0030】
第二相は、第一相と異なり、マルテンサイト変態を示さない。また、磁気特性についても、第一相は、母相で強磁性、M相で常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を示すが、第二相は、常に強磁性を示す。したがって、本発明の強磁性形状記憶合金の変態特性を最大限に発揮させるためには、合金全体に占める第二相の体積割合が少ない方が好ましい。したがって、第二相の体積割合は、第一相と第二相との合計を100体積%としたときに、
2〜30体積%さらには2〜20体積%であるのがよい。第二相の体積割合が2体積%未満では、温度や磁場の変化により自己崩壊することがあるため望ましくない。
【0031】
また、本発明の強磁性形状記憶合金は、本合金全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなるのが好ましい。なお、本発明の強磁性形状記憶合金は二相組織を有するが、上記の組成の範囲は本合金の全体組成を示す。全体組成が上記の範囲であれば、第一相がマルテンサイト変態を示すのに好ましい組成、fcc構造をもつ第二相が形成されるのに好ましい組成、がともに維持される。Mnのさらに好ましい含有量は、40〜46原子%である。In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種のさらに好ましい含有量は、8〜14原子%であり、Snを単独で用いる場合には9〜13原子%であるのが特に好ましい。Coおよび/またはFeのさらに好ましい含有量は、4〜10原子%であり、Coを単独で用いる場合には5〜9原子%であるのが特に好ましい。
【0032】
本発明の強磁性形状記憶合金では、第一相が第二相に取り囲まれた状態であっても、第一相が有する変態特性が発現する。以下に、本発明の強磁性形状記憶合金が有する変態特性(磁場誘起逆変態特性、熱弾性変態特性、応力誘起変態特性)および電気抵抗特性を説明する。
【0033】
(I)磁場誘起逆変態特性
第一相は、常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を有するM相状態の強磁性形状記憶合金に磁場を印加すると、M相は強磁性母相にマルテンサイト逆変態し、磁場を除去するとマルテンサイト変態してM相に戻る。そのため、本発明の強磁性形状記憶合金は、二方向形状記憶効果が得られる。
【0034】
第一相は、母相状態では磁場の磁気的エネルギー(ゼーマンエネルギー)を蓄えるが、M相状態では蓄えないので、母相とM相との間に大きな磁化の差がある。強磁性形状記憶合金に磁場を印加すると、ゼーマンエネルギーによりMs、Mf、AsおよびAfが大きく低下し、M相は安定な母相に逆変態する。限定的ではないが、実用温度域(−40〜+200℃)で本発明の強磁性形状記憶合金にマルテンサイト逆変態を起こさせるには、磁場の強さは0.5〜100kOe(398〜7958kA/m)であるのが好ましい。
【0035】
(II)熱弾性変態特性
第一相は、熱弾性型マルテンサイト変態/逆変態を生じる。本発明の強磁性形状記憶合金の無磁場でのMsおよびAsは、通常、−200℃〜+100℃の範囲内である。また、TcとMsの差は40℃以上であり、広い温度領域で強磁性母相が存在する。Msは、上記の各元素の配合比により調整できる。本発明の強磁性形状記憶合金では、M相状態の第一相は常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を有するが、反強磁性またはフェリ磁性の場合、常磁性の場合より変態エネルギーの変換効率が高い。
【0036】
(III)応力誘起変態特性
母相状態の第一相に応力をかけるとマルテンサイト変態が起こり、応力を除くとマルテンサイト逆変態が起こる。
【0037】
(IV)電気抵抗特性
第一相の電気抵抗は、M相の方が母相より格段に大きい。無磁場で、母相の電気抵抗ρPに対するM相の電気抵抗ρMの比ρM/ρPは、2以上である。したがって、本発明の強磁性形状記憶合金から、温度、磁場または応力により誘起されたマルテンサイト変態/逆変態により電気抵抗が変化する素子が得られる。特に(Mf−100℃)以上〜Mf未満の温度で磁場を印加し、除去すると、電気抵抗が可逆的に変化する巨大磁気抵抗効果が得られる。
【0038】
[用途]
本発明の強磁性形状記憶合金は、実用温度域(−40〜+200℃)で優れた形状記憶特性および磁性変化特性を有する。そのため、用途としては、実用温度域で高い応答速度およびエネルギー効率を有する磁場駆動素子、熱磁気駆動素子、発熱吸熱素子(特に磁気冷凍材)、応力−磁気特性、応力−抵抗特性および磁気−抵抗素子、等が挙げられる。
【0039】
磁場誘起マルテンサイト逆変態する第一相組織を含む本発明の強磁性形状記憶合金を用いると、応答速度が早く出力が大きな磁場駆動マイクロアクチュエータ、磁場駆動スイッチ等の磁場駆動素子が得られる。磁場駆動素子は本発明の強磁性形状記憶合金からなる駆動体(回動体、変形体、移動体等)を具備し、磁場の印加により駆動体に生じた形状変化および/または磁性変化を利用するが、必ずしもこれに限定されない。パルス磁場を印加すると、磁場駆動素子の応答速度は高まる。磁場駆動素子を高応答速度で連続的に作動させるには、Mf未満の温度で使用するのが好ましい。
【0040】
本発明の強磁性形状記憶合金を感温磁性体として利用すると、エネルギー効率の高い熱磁気駆動素子が得られる。熱磁気駆動素子はたとえば、本発明の強磁性形状記憶合金からなる駆動体(回動体、変形体、移動体等)、加熱手段(レーザー光照射装置、赤外線照射装置等)、および磁場印加手段(永久磁石等)を具備し、加熱により駆動体に生じる磁性変化を利用して動力を発生するが、必ずしもこれに限定されない。本発明の強磁性形状記憶合金を用いる熱磁気駆動素子の例として、感温磁性体が加熱された時に永久磁石に吸着し、冷却された時に磁石から離脱する原理を利用した電流スイッチおよび流体制御弁、感温磁性体の一部を加熱して強磁性とし、そこに永久磁石を作用させて感温磁性体を駆動する熱磁気モータ等が挙げられる。これらの熱磁気駆動素子の詳細は特開2002−129273号に記載されている。
【0041】
M相状態の第一相を有する強磁性形状記憶合金に磁場を印加すると、吸熱を伴うマルテンサイト逆変態が生じ、実用温度域(−40〜+200℃)で大きな磁気エントロピー変化が生じる。たとえば21℃で0〜90kOe(0〜7162kA/m)の磁場変化に対する磁気エントロピー変化は約20J/kgKである。このような大きな磁気吸熱効果により、冷凍能力が高い磁気冷凍材が得られる。この磁気冷凍材を用いて、たとえば、磁気冷凍材を充填した作業室、磁気冷凍室の近傍に配置された磁場印加用永久磁石、磁気冷凍材と熱交換される冷媒、冷媒を循環させる配管を具備した磁気冷凍システム、などが得られる。
【0042】
本発明の強磁性形状記憶合金を用いて、マルテンサイト変態に伴う発熱を利用した発熱素子、またはマルテンサイト逆変態に伴う吸熱を利用した吸熱素子が得られる。発熱吸熱素子は、たとえば自動温度制御用の素子として利用できる。発熱吸熱素子の構成自体は特に制限されず、本発明の強磁性形状記憶合金からなる発熱体および/または吸熱体を具備すればよい。
【0043】
Af温度超で応力誘起マルテンサイト変態/逆変態することができる本発明の強磁性形状記憶合金は、変態/逆変態に伴う磁性変化を利用して、応力−磁気素子に用いることができる。応力−磁気素子として、たとえば応力の付与または除去により生じる磁性変化を検出する歪みセンサ(応力センサ)等が挙げられる。応力−磁気素子の構成自体は特に制限されず、たとえば本発明の強磁性形状記憶合金からなる検知体、および検知体に生じた磁性変化を検出する手段(たとえばピックアップコイル等の磁気センサ)を具備すればよい。
【0044】
本発明の強磁性形状記憶合金を用いて、応力誘起マルテンサイト変態/逆変態に伴う電気抵抗変化を利用した歪みセンサ(応力センサ)等の応力−抵抗素子が得られる。応力−抵抗素子の構成自体は特に制限されず、たとえば強磁性形状記憶合金からなる検知体、および検知体に生じる電気抵抗変化を検出する手段(たとえば電流計)を具備すればよい。
【0045】
磁気抵抗効果を有する本発明の強磁性形状記憶合金は、磁場検知用の磁気抵抗素子に用いることができる。磁気抵抗素子の構成自体は特に制限されず、たとえば、本発明の強磁性形状記憶合金からなる素子の2点に電極を付ければよい。本発明の強磁性形状記憶合金を用いた磁気抵抗素子は、たとえば磁気ヘッド等に用いることができる。
【0046】
本発明の強磁性形状記憶合金からなりMsが異なる複数の部材に、たとえばピックアップコイル等の磁気センサを取り付けると、温度変化に応じて磁性変化した強磁性形状記憶合金部材(Msが既知)を特定できるので、温度センサが得られる。
【0047】
[強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法]
以上説明した本発明の強磁性形状記憶合金は、焼結法により製造される焼結体であるのが望ましい。すなわち、本発明の強磁性形状記憶合金は、第一相からなる内部と第二相からなる表層部とをもつ粒子と、第二相からなり粒子間を結合する粒界結合部と、からなる焼結体であるのが好ましい。図2は、本発明の強磁性形状記憶合金が焼結体である場合の断面組織を模式的に示す説明図である。図2には、説明のため簡略化して、4つの真球粒子を焼結させた場合を示す。強磁性形状記憶合金焼結体A’において、粒子10は、第一相(図1の“1”に相当)からなる内部11と第二相(図1の“2”に相当)からなる表層部12とをもつ。つまり、第一相は、第二相に取り囲まれて存在する。さらに、隣接する粒子10の間は、第二相からなる粒界結合部20により結合され、焼結体A’が構成される。なお、粒子10と結合部20との間隙は、気孔30となる。以下に、強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法について説明する。
【0048】
本発明の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法は、主として、粉末製造工程と、成形工程と、焼結工程と、を含む。
【0049】
粉末製造工程は、全体を100原子%としたときに、マンガン(Mn)を25〜50原子%、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)を0.1〜15原子%、含み残部がニッケル(Ni)および不可避不純物からなりbcc構造をもつ強磁性形状記憶合金の合金粉末を製造する工程である。なお、合金粉末の組成は、既に説明した本発明の強磁性形状記憶合金の全体組成とすればよいが、第一相の組成からなる合金粉末を調製しても所望の機械的強度をもつ強磁性形状記憶合金焼結体が得られる。
【0050】
粉末製造工程は、従来から行われている通常の方法で行われれば特に限定はない。合金粉末は、上記の組成をもつ強磁性形状記憶合金の溶湯流に対して空気や窒素ガス、アルゴンガスなどの気体を衝突させて粉末化するガスアトマイズ法により製造されるのが望ましい。その他にも、上記の組成をもち固体状の強磁性形状記憶合金を機械的に粉砕する粉砕法、アトマイズ媒として水や油などの液体を用いたり遠心力を用いたりする各種アトマイズ法、などによる製造が可能である。合金粉末の粒子径としては、平均粒径が5〜300μmさらには10〜100μmであるのが望ましい。粒子径が小さい程緻密で高強度の焼結体が得られるが、平均粒径が5μm未満では、焼結条件によっては粒子のほとんどがfcc構造となるため、強磁性形状記憶合金焼結体に占める第二相の体積割合が多くなり、第一相がもつ形状記憶特性が十分に発揮されないことがある。平均粒径が300μmを超えると、焼結体としての強度が低下するため望ましくない。
【0051】
また、粉末製造工程の後で得られた合金粉末を溶体化処理する溶体化処理工程を含むのが望ましい。溶体化処理は、粉末製造工程で得られた合金粉末を固溶化温度まで加熱し、組織を母相単相にさせた後、急冷する。固溶化温度は、700℃以上が望ましく、750〜1100℃さらには800〜1000℃がより望ましい。固溶化温度での保持時間は1分以上であればよい。急冷速度に特に限定はないが、急冷速度は50℃/秒以上が望ましい。なお、加熱後急冷することにより母相組織を有する合金粉末が得られるが、合金のMfが室温未満の場合、合金粉末の組織はほぼM相となる。
【0052】
また、溶体化処理工程後に時効処理を行ってもよい。時効処理により、合金粉末の基地が強化されるとともに、形状記憶特性が向上する。時効処理は、100℃以上の温度で行う。100℃未満では十分な時効効果が得られない。時効処理温度の上限に特に限定はないが、700℃未満が望ましい。時効処理時間は、時効処理温度および合金粉末の組成により異なるが、1分間以上であるのが望ましく、30分間以上であるのがより望ましい。時効処理時間の上限は、母相が析出しない限り特に制限されない。
【0053】
成形工程は、合金粉末を成形体に成形する工程である。成形工程では、所定の形状の成形型内に合金粉末を充填すればよい。充填された合金粉末は、合金粉末を加圧成形した後に焼結工程に供してもよいし、成形型内で加圧すると同時に焼結を行ってもよい。
【0054】
焼結工程は、合金粉末の表層部を加熱して、表層部をfcc構造とするとともに成形体を焼結体とする工程である。焼結方法としては、合金粉末の表層が選択的に温度上昇する方法を用いるのが望ましい。焼結方法としては、成形体に通電することにより合金粉末の間隙に生じる放電現象を利用して焼結を行う通電焼結法が特に望ましい。成形体に直流パルス電流を通電すると、合金粉末の間隙に放電が生じる。この放電現象により、合金粉末の表層部に、非平衡相である第二相が形成され易い。
【0055】
焼結工程が、放電プラズマ焼結(Spark Plasma Sintering:SPS)法により成形体を焼結する工程であると、合金粉末にfcc構造の表層部が容易に形成される。SPS法では、成形体を圧縮した状態で、成形体に直流のON−OFFパルス電流を印加する。ON時に合金粉末の間隙に高温の放電プラズマが発生するため、合金粉末の表面は活性化され、合金粉末の表層部に非平衡相である第二相が容易に形成される。互いに隣接する合金粉末には、表層部で結合が生じるため、成形された形状で固まる。
【0056】
焼結工程における焼結条件を調整することにより、第二相の割合を容易に調整することができる。焼結温度としては、700〜1000℃が望ましく、さらに望ましくは800〜950℃である。焼結温度が700℃未満では第二相が形成されにくく、得られる焼結体の機械的強度が十分に発揮されない場合がある。焼結温度が高いほど緻密な焼結体が得られるが、焼結温度が1000℃を超えると、マルテンサイト変態を示す第一相の体積割合が減少するため、望ましくない。また、上記範囲の焼結温度で1〜60分さらには10〜20分保持するとよい。
【0057】
以上、本発明の強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0058】
以下に、本発明の強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0059】
[合金粉末の製造]
Ni43Co7Mn39Sn11合金(重量組成で43.2%Ni−38.8%Mn−6.9%Co−11.0%Sn)を、アルゴンガスを用いたガスアトマイズ法により平均粒径が50μm程度の粉末状とした。得られた合金粉末の光学顕微鏡写真を図3に示す。次に、得られた粉末を溶体化処理した。溶体化処理は、真空中800℃または900℃で24時間行い、溶体化処理温度の異なる2種類の合金粉末を得た。800℃での溶体化処理後の合金粉末の光学顕微鏡写真を図4に示す。溶体化処理を行うことで、bcc構造をもつ単相組織となった。これらの合金粉末を、粒度25〜63μmに篩い分けた。
【0060】
[合金粉末の磁性変化特性]
溶体化処理前の合金粉末P0、800℃で溶体化処理した合金粉末P8および900℃で溶体化処理した合金粉末P9について、熱磁化曲線を測定した。熱磁化曲線の測定は、500Oe(40kA/m)の磁場中で、−268〜+120℃の間で冷却/加熱(昇温/降温速度;2℃/分)し、SQUID(超伝導量子干渉素子)を用いて測定した。各粉末の熱磁化曲線の測定結果を図5に示す。なお、図5のグラフにおいて、横軸は温度(単位はK)、縦軸は磁化の強さである。溶体化処理前の合金粉末P0では、マルテンサイト変態による磁化の変化はあるものの変化量は小さく、低温域でも強い磁化が残った。一方、溶体化処理した合金粉末P8およびP9では、磁化の変化量が大きかった。つまり、合金粉末P8およびP9は、溶体化によりマルテンサイト変態を示す単相組織となった。さらに、溶体化処理温度が高い合金粉末P9では、合金粉末P8に比べ、マルテンサイト変態による磁化の変化が急峻であった。つまり、溶体化処理の温度が高温である方が、十分に溶体化されることがわかった。
【0061】
[強磁性形状記憶合金焼結体の作製]
合金粉末P9を用いて、強磁性形状記憶合金焼結体を作製した。焼結には、SPSシンテックス株式会社製の放電プラズマ焼結装置(型番;DR SINTER)を用いた。このSPS装置の基本構成を図6に示す。SPS装置90は、互いに対向し共に円柱形状で黒鉛製の上部パンチ91および下部パンチ92と、その対向部間の周囲に配置された円筒形(内径15mmφ)で黒鉛製の焼結ダイ93と、を備える。上部パンチ91、下部パンチ92、および焼結ダイ93によって区画形成される空間内(キャビティ94)に合金粉末P9が充填される。上部パンチ91と下部パンチ92の対向する端部と反対側のそれぞれ端部には、上部パンチ電極95および下部パンチ電極96の一端がそれぞれ設けられ、真空チャンバー97内に収容されている。真空チャンバー97の上下端部から上部パンチ電極95および下部パンチ電極96の他端がそれぞれ引き出されて、外部に突出している。上部パンチ電極95および下部パンチ電極96のそれぞれの他端には、図示しない加圧機構と焼結電源がそれぞれ接続されている。
【0062】
合金粉末P9を原料として、焼結条件の異なる3種類の焼結体を作製した。はじめに、下部パンチ92の端面がキャビティ94内に位置する状態で、所定量の合金粉末P9をキャビティ94内に充填した。次に、加圧機構を作動させて、充填された合金粉末P9を各パンチ91、92により50MPaで加圧し成形体を得た。加圧した状態のまま焼結電源を作動させて、成形体を焼結した。焼結は、約800℃まで10分で昇温させた後、2〜3分で所定の焼結温度まで昇温させ、焼結温度で5分または15分間保持して行った。なお、昇温前に真空チャンバー97内を約1Paまで排気することで、真空雰囲気で焼結を行った。
【0063】
上記の手順で、焼結体S80(焼結温度800℃で15分焼結)、焼結体S85(焼結温度850℃で15分焼結)、焼結体S90(焼結温度900℃で15分焼結)および焼結体S90’(焼結温度900℃で5分焼結)、の4種類の焼結体を作製した。なお、焼結温度は、焼結体の作製に用いた放電プラズマ焼結装置の設定温度である。温度は、黒鉛製の焼結ダイ93に外側からキャビティ94の壁面に向かって挿入された熱電対93tで測定される。
【0064】
焼結体S80、焼結体S85および焼結体S90について、光学顕微鏡観察および熱磁化曲線の測定を行った。光学顕微鏡観察は、それぞれの焼結体の断面を観察した。熱磁化曲線の測定は、20kOe(1600kA/m)および500Oe(40kA/m)の磁場中で、各焼結体を−268〜+120℃の間で冷却/加熱(昇温/降温速度;2℃/分)し、SQUIDを用いて測定した。結果を図7および図8(焼結体S80)、図9および図10(焼結体S85)、図11および図12(焼結体S90)にそれぞれ示す。なお、各図のグラフにおいて、横軸は温度(単位はK)、縦軸は磁化の強さである。
【0065】
[強磁性形状記憶合金焼結体の組織および磁性変化特性]
それぞれの光学顕微鏡写真から、焼結温度が高いほど、気孔(黒い部分)の体積分率が減少して緻密になることがわかった。800℃で焼結された焼結体S80は、合金粉末が接触部分のみで連結した組織であった(図7)。また、850℃で焼結された焼結体S85および900℃で焼結された焼結体S90では、コントラストの明るい相(第一相)と、その周りを取り囲むコントラストの暗い相(第二相)と、からなる二相組織が明確に観察された(図9および図11)。第一相は合金粉末に由来する粒子の内部に位置し、第二相は粒子の表層部で隣接する粒子同士を結合させていた。この第二相は、EPMAによる測定結果から、fcc構造をもつことがわかった。また、第一相および第二相をEDXにより測定した。第一層の組成は、Ni44Co7Mn38Sn11、第二相の組成は、Ni44Co9Mn 38Sn9であった。
【0066】
また、各焼結体の熱磁化曲線より、いずれの焼結体においてもマルテンサイト変態による大きな磁化の変化が確認された。ここで、焼結前の合金粉末P9の熱磁化曲線(図5)と、各焼結体の熱磁化曲線とを比較すると、低温における焼結体の磁化の強さが高かった。これは、非平衡相であるために合金粉末には存在しないfcc構造をもつ第二相が、焼結により生成されたためである。fcc構造をもつ第二相は、低温でも強磁性を示す。低温での強磁性は、全ての焼結体において表れたため、全ての焼結体で第二相が生成されたことがわかった。
【0067】
なお、溶解鋳造によって作製した同様の合金組成を有する多結晶体は、温度変化させてマルテンサイト変態させるだけで自己崩壊した。一方、上記の焼結体では、熱磁化曲線の測定において温度を変化させても、測定中に焼結体が崩壊することはなかった。
【0068】
[機械的特性]
焼結体S80、焼結体S90’および焼結体S90について、破壊歪みの測定を行った。各焼結体を切り出して6mm×3mm×3mm程度の板状の試験片とし、万能試験機を用いて試験片をその長手方向に圧縮した。なお、圧縮は、室温でクロスヘッド速度0.1mm/分の条件で行い、試験片が破壊するまで圧縮した。試験片が破壊したときの歪みを表1に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
破壊歪みが1〜2%程度あれば形状記憶合金として使用可能であるため、これらの焼結体は、形状記憶合金として十分使用できることがわかった。また、5%以上の変形に耐えられるため、加工性もよいことがわかった。
【0071】
[形状記憶特性]
上記の試験片を用い、焼結体S80、焼結体S90’および焼結体S90について、形状記憶特性を評価した。はじめに、各試験片の長手方向の長さを測定した(表2の「初期」)。次に、圧縮試験機により試験片に2%程度の歪みまで圧縮応力をかけ、除荷後の試験片の長手方向の長さを測定した(表2の「圧縮後」)。圧縮した試験片を140℃で5分間加熱し、その後の試験片の長手方向の長さを測定した(表2の「加熱後」)。各測定値を表2に示す。また、圧縮後の歪み、加熱後の歪み、および、これらの値から算出される形状回復率を表3に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
試験片を変形させた後、加熱することで、形状が5割程度回復した。すなわち、これらの焼結体は、形状記憶特性を有することがわかった。
【0075】
[電気抵抗特性]
電気抵抗測定装置を用い、温度変化に伴う焼結体S90の電気抵抗変化を四端子法により測定した。抵抗測定は、無磁場、あるいは40kOe(3200kA/m)、80kOe(6400kA/m)の磁場中で、各焼結体を−268〜+80℃の間で冷却/加熱(昇温/降温速度;2℃/分)して行った。結果を図13に示す。なお、図13のグラフにおいて、横軸は温度(単位はK)、縦軸は電気抵抗である。母相からM相への変態に伴い、電気抵抗が大幅に増加した。
【0076】
[磁歪測定]
焼結体S90に2%の圧縮歪みを印加した後、温度310Kで磁場を印加し、三端子容量法により磁歪を測定した。結果を図14に示す。なお、図14において、横軸は外部磁場、縦軸は形状回復歪み量である。印加磁場の増加とともにマルテンサイト逆変態に伴う形状変化が起こり、80kOe(6400kA/m)印加時に約0.6%の形状回復率が得られた。すなわち、磁場による形状記憶効果が観察された。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の強磁性形状記憶合金の断面組織を模式的に示す説明図である。
【図2】本発明の強磁性形状記憶合金が焼結体である場合の断面組織を模式的に示す説明図である。
【図3】ガスアトマイズ法により得られたNi43Co7Mn39Sn11合金粉末の光学顕微鏡写真である。
【図4】ガスアトマイズ法により得られたNi43Co7Mn39Sn11合金粉末の溶体化処理後の光学顕微鏡写真である。
【図5】合金粉末P0、P8およびP9を磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図6】放電プラズマ焼結装置の軸方向断面を示す概略図である。
【図7】焼結体S80を光学顕微鏡で観察した断面組織写真である。
【図8】焼結体S80を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図9】焼結体S85を光学顕微鏡で観察した断面組織写真である。
【図10】焼結体S85を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図11】焼結体S90を光学顕微鏡で観察した断面組織写真である。
【図12】焼結体S90を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図13】焼結体S90を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの磁場−電気抵抗曲線を示すグラフである。
【図14】焼結体S90の形状回復歪み−磁場曲線を示すグラフである。
【符号の説明】
【0078】
A:強磁性形状記憶合金 1:第一相 2:第二相
A’:強磁性形状記憶合金焼結体
10:粒子 11:内部 12:表層部
20:結合部
30:気孔
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁場誘起逆変態して、磁性変化を伴って形状を回復する強磁性形状記憶合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
形状記憶合金はマルテンサイト変態の逆変態に伴う顕著な形状記憶効果を有し、アクチュエータ用材料等として有用である。形状記憶合金からなるアクチュエータは、通常、冷却によるマルテンサイト変態と加熱による逆変態により熱駆動される。形状記憶合金では、一般に冷却時の変態温度より加熱時の逆変態温度の方が高い。変態温度と逆変態温度との差を温度ヒステリシスという。温度ヒステリシスが小さい熱弾性型マルテンサイト変態では、通常約5%に及ぶ大きな形状回復歪が得られる。しかし熱駆動アクチュエータは冷却過程が熱放散により律速されるため、応答速度が遅いという問題がある。
【0003】
そこで、磁場によりマルテンサイト変態を誘起したり、マルテンサイト相を双晶変形させたり、といった形状記憶効果をもつNi−Co−Al系合金、Ni−Mn−Ga系合金、などの強磁性形状記憶合金が注目されている。強磁性形状記憶合金は磁場誘起逆変態が可能であり、応答速度が高く、アクチュエータ用材料として有望である。
【0004】
たとえば、特許文献1には、Ni−Co−Al系合金であって、B2構造のβ相と、β相の粒界に存在するfcc構造のγ相と、からなる2相構造を有する強磁性形状記憶合金が開示されている。2相構造を有する強磁性形状記憶合金の製造は、所定の組成を有する合金を溶製して凝固させたインゴットに、1段階または2段階以上の熱処理を施して2相分離させることで得られる。β相の粒界にγ相が多く生成されると、延性に富むγ相がβ相の結晶粒界を補いβ相単独の場合に生じる破壊が阻止される反面、β相単独の場合に比べ形状記憶合金としての能力は低下する。そのため、熱処理によって生成されるγ相の量を調整する必要があるが、熱処理では、精密な組織制御は困難である。
【0005】
また、特許文献2には、ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金が開示されている。特許文献2に開示の合金は、実用温度域(−40〜+200℃)において優れた形状記憶特性を示し、実用温度域で磁場誘起逆変態して磁性変化を伴って形状を回復する。このような合金は、磁場駆動素子および熱磁気駆動素子として使用される。
【特許文献1】特開2004−277865号公報
【特許文献2】国際公開第2007/001009号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2では、強磁性形状記憶合金の製造方法として、溶解鋳造が挙げられている。ところが、この強磁性形状記憶合金は、典型的な金属間化合物である。そのため、通常の溶解鋳造により作製された強磁性形状記憶合金の多結晶体は単相組織をもち、金属間化合物特有の結晶粒界での脆さにより、外部から作用する力、場合によっては温度または磁場変化による変態により崩壊しやすいという問題がある。また、本来この強磁性形状記憶合金は平衡相であるため、単相からなる組織を、特許文献1に記載のような鋳造後の熱処理により2相に分離させることができない。
【0007】
つまり、特許文献2に記載の強磁性形状記憶合金は、単結晶体で使用するのが望ましい。しかしながら、単結晶体は、製造プロセスが複雑であるため、多結晶体と比較して製造コストが高く、用途が限定される。そのため、多結晶体であっても高い機械的強度を有する強磁性形状記憶合金、およびその製造方法の開発が求められている。
【0008】
本発明者等は、Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、不可避不純物と、からなる強磁性形状記憶合金において、非平衡相であるfcc構造をもつ相が高い靭性を有することを新たに見出した。そして、この強磁性形状記憶合金の組織を、マルテンサイト変態を示す相と、靭性に富む相と、からなる二相組織とすることで、多結晶体であっても高い機械的強度を示すことに想到した。
【0009】
すなわち、本発明は、高い機械的硬度を有する強磁性形状記憶合金、および、高い機械的硬度を有する強磁性形状記憶合金を容易に製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の強磁性形状記憶合金は、ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金であって、
マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相と、該第一相を取り囲みfcc構造をもつ第二相と、からなる組織を有し、前記第一相は、該第一相全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、からなる強磁性形状記憶合金は、既に述べたように、単相組織の多結晶体である場合には、脆性が高く結晶粒界から崩壊しやすい。そこで本発明では、マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ相(第一相)と、この相を取り囲みfcc構造をもつ相(第二相)と、からなる二相組織とする。第一相は単独では脆いが、靭性に富む高強度の第二相で取り囲まれることで破壊が抑制され、強磁性形状記憶合金の機械的強度が向上する。
【0012】
また、本発明の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法は、上記本発明の強磁性形状記憶合金を製造する方法のひとつである。本発明の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法は、全体を100原子%としたときに、マンガン(Mn)を25〜50原子%、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)を0.1〜15原子%、含み残部がニッケル(Ni)および不可避不純物からなりbcc構造をもつ強磁性形状記憶合金の合金粉末を製造する粉末製造工程と、
前記合金粉末を成形体に成形する成形工程と、
前記合金粉末の表層部を加熱して、該表層部をfcc構造とするとともに前記成形体を焼結体とする焼結工程と、
を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明の強磁性形状記憶合金は、焼結法を用いることにより容易に製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法を実施するための最良の形態を説明する。
【0015】
[強磁性形状記憶合金]
本発明の強磁性形状記憶合金は、主として、ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金である。
【0016】
本発明の強磁性形状記憶合金は、マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相と、第一相を取り囲みfcc構造をもつ第二相と、からなる組織を有する。図1は、本発明の強磁性形状記憶合金の断面組織を模式的に示す説明図である。強磁性形状記憶合金Aにおいて、第一相1は、マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ相である。つまり、第一相は、マルテンサイト変態終了温度(Mf)が室温より低い場合はbcc構造をもつ母相であり、Mfが室温より高い場合はマルテンサイト相(以下「M相」と略記)である。第二相2は、第一相10を取り囲む。第二相は、上記組成の強磁性形状記憶合金において通常には生成されない非平衡相であって、fcc構造をもつ。以下に、第一相および第二相について詳説する。
【0017】
[第一相]
第一相は、第一相全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつ。
【0018】
Mnは、bcc構造を有する強磁性母相の生成を促進する元素である。Mnの含有量を調節することにより、マルテンサイト変態の開始温度(Ms)および終了温度(Mf)、マルテンサイト逆変態の開始温度(As)および終了温度(Af)、ならびにキュリー温度(Tc)を変化させることができる。Mnの添加量を25原子%未満とすると、マルテンサイト変態が生じない。一方、50原子%超とすると、強磁性形状記憶合金は母相単相とならない。好ましいMnの含有量は28〜45原子%さらには36〜42原子%である。
【0019】
In、SnおよびSbは、磁気特性を向上させる元素である。これらの元素の含有量を調節することにより、MsおよびTcを変化させることができるとともに、基地組織も強化する。これらの元素の合計含有量を5原子%未満とすると、MsがTc以上になる。一方、18原子%超とすると、マルテンサイト変態が生じない。これらの元素の含有量は合計で7〜16原子%さらには9〜15原子%であるのが好ましく、Snを単独で用いる場合には10〜13原子%であるのが特に好ましい。
【0020】
CoおよびFeは、Tcを上昇させる作用を有する。これらの元素の合計含有量が15原子%を超えると第一相の脆性が高まり、強磁性形状記憶合金の機械的強度が低下する恐れがある。これらの元素の含有量は、合計で0.5〜10原子%さらには4〜8原子%であるのが好ましく、Coを単独で用いる場合には6〜8原子%であるのが特に好ましい。
【0021】
Niは、形状記憶特性および磁気特性を向上させる元素である。Ni含有量が不足すると強磁性が消失し、過剰であると形状記憶効果が発現しない。優れた形状記憶特性および強磁性を得るために、Ni含有量は35原子%超であるのが好ましく、40原子%以上であるのがより好ましく、42原子%以上であるのが特に好ましい。
【0022】
本発明の強磁性形状記憶合金において、第一相は、さらに、チタン(Ti)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、珪素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、鉛(Pb)およびビスマス(Bi)からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属を、合計で0.1〜15原子%含有してもよい。このとき、形状記憶特性および磁気特性の点から、Niの含有量は、40原子%以上であるのが好ましい。Ti、Pd、Pt、Al、Ga、Si、Ge、PbおよびBiからなる群から選ばれる少なくとも一種の金属は、形状記憶特性を向上させる。また、その含有量の調節により、MsおよびTcを変化させる。中でもTi、Al、Ga、SiおよびGeは、M相の長周期積層構造を安定化する作用を有する。また、Pd、Pt、PbおよびBiは、M相を構成する常磁性相、反強磁性相またはフェリ磁性相、特に、常磁性相または反強磁性相を安定化する作用を有する。これらの元素の合計含有量が15原子%を超えると第一相の脆性が高まり、強磁性形状記憶合金の機械的強度が低下する恐れがある。これらの元素の含有量は、合計で0.5〜8原子%であるのが好ましい。
【0023】
以上詳説した組成を有する第一相は、実用温度域(−40〜+200℃)より高いMfを有し、実用温度域でマルテンサイト相状態であるので、良好な形状記憶特性を安定的に示す。そして、第一相単相の場合の形状回復率[=100×(与歪み−残留歪み)/与歪み]は95%以上であり、実質的に100%である。また、第一相は、実用温度域より低いAfを有し、実用温度域で安定かつ良好な超弾性を示す。通常、与歪みが6〜8%でも、変形解放後の形状回復率は95%以上である。
【0024】
第一相は、母相とM相との間および母相間で、それぞれ熱弾性型マルテンサイト変態および逆変態を行う。M相は、2M、6M、10M、14M、4O等の積層構造(積層構造を示す数字は細密面である<001>面の積層周期を表し、積層構造を示す記号Mは単斜晶を表し、記号Oは斜方晶を表す。)を有するが、温度ヒステリシスを小さくするために6M、10M、14M、4O等の長周期積層構造が好ましい。
【0025】
[第二相]
第二相は、上記第一相を取り囲み、本発明の強磁性形状記憶合金の機械的強度を向上させる。
【0026】
第二相は、Niと、Mnと、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種と、Coおよび/またはFeと、からなる強磁性形状記憶合金において通常には生成されない非平衡相であって、fcc構造をもつ。第二相の組成を規定するならば、第二相は、第二相全体を100原子%としたときに、Mnを34〜42原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で7〜15原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを4〜12原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつのが好ましい。組成がこの範囲であれば、第二相はfcc構造をもち靭性に富む。
【0027】
第二相は、第一相に類似の組成を有する必要がある。本発明の強磁性形状記憶合金の高強度化のためには、第一相と第二相とが類似した結晶構造や熱膨張係数を有する必要があるためである。したがって、第二相において好ましいMnの含有量は36〜40原子%さらには37〜39原子%である。In、SnおよびSbの含有量は、合計で8〜12原子%さらには8〜10原子%であるのが好ましく、Snを単独で用いる場合には7〜10原子%であるのが特に好ましい。CoおよびFeの含有量は、合計で6〜11原子%さらには8〜10原子%であるのが好ましく、Coを単独で用いる場合には8〜10原子%であるのが特に好ましい。Ni含有量は38原子%以上、40原子%以上、さらには42原子%以上であるのが好ましい。
【0028】
第二相は、さらに、炭素(C)を含んでもよい。第二相は、黒鉛製の型内で焼結されることで炭素を含有することもある。炭素の含有量は、第二相全体を100原子%としたときに、5原子%以下さらには0.001〜3原子%であるのがよい。また、第二相は、さらに、Ti、Pd、Pt、Al、Ga、Si、Ge、PbおよびBiからなる群から選ばれる少なくとも一種の金属を含有してもよい。これらの元素の含有量は、第二相全体を100原子%としたときに、合計で0.01〜5原子%であるのが好ましい。
【0029】
なお、前述の第一相および第二相の構造は、たとえば、X線回折(XRD)や電子線回折などにより決定される。また、組成は、エネルギー分散型蛍光X線分析(EDX)、X線光電子分光分析(XPS)、電子線マイクロアナライザ(EPMA)などにより分析すればよい。
【0030】
第二相は、第一相と異なり、マルテンサイト変態を示さない。また、磁気特性についても、第一相は、母相で強磁性、M相で常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を示すが、第二相は、常に強磁性を示す。したがって、本発明の強磁性形状記憶合金の変態特性を最大限に発揮させるためには、合金全体に占める第二相の体積割合が少ない方が好ましい。したがって、第二相の体積割合は、第一相と第二相との合計を100体積%としたときに、
2〜30体積%さらには2〜20体積%であるのがよい。第二相の体積割合が2体積%未満では、温度や磁場の変化により自己崩壊することがあるため望ましくない。
【0031】
また、本発明の強磁性形状記憶合金は、本合金全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなるのが好ましい。なお、本発明の強磁性形状記憶合金は二相組織を有するが、上記の組成の範囲は本合金の全体組成を示す。全体組成が上記の範囲であれば、第一相がマルテンサイト変態を示すのに好ましい組成、fcc構造をもつ第二相が形成されるのに好ましい組成、がともに維持される。Mnのさらに好ましい含有量は、40〜46原子%である。In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種のさらに好ましい含有量は、8〜14原子%であり、Snを単独で用いる場合には9〜13原子%であるのが特に好ましい。Coおよび/またはFeのさらに好ましい含有量は、4〜10原子%であり、Coを単独で用いる場合には5〜9原子%であるのが特に好ましい。
【0032】
本発明の強磁性形状記憶合金では、第一相が第二相に取り囲まれた状態であっても、第一相が有する変態特性が発現する。以下に、本発明の強磁性形状記憶合金が有する変態特性(磁場誘起逆変態特性、熱弾性変態特性、応力誘起変態特性)および電気抵抗特性を説明する。
【0033】
(I)磁場誘起逆変態特性
第一相は、常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を有するM相状態の強磁性形状記憶合金に磁場を印加すると、M相は強磁性母相にマルテンサイト逆変態し、磁場を除去するとマルテンサイト変態してM相に戻る。そのため、本発明の強磁性形状記憶合金は、二方向形状記憶効果が得られる。
【0034】
第一相は、母相状態では磁場の磁気的エネルギー(ゼーマンエネルギー)を蓄えるが、M相状態では蓄えないので、母相とM相との間に大きな磁化の差がある。強磁性形状記憶合金に磁場を印加すると、ゼーマンエネルギーによりMs、Mf、AsおよびAfが大きく低下し、M相は安定な母相に逆変態する。限定的ではないが、実用温度域(−40〜+200℃)で本発明の強磁性形状記憶合金にマルテンサイト逆変態を起こさせるには、磁場の強さは0.5〜100kOe(398〜7958kA/m)であるのが好ましい。
【0035】
(II)熱弾性変態特性
第一相は、熱弾性型マルテンサイト変態/逆変態を生じる。本発明の強磁性形状記憶合金の無磁場でのMsおよびAsは、通常、−200℃〜+100℃の範囲内である。また、TcとMsの差は40℃以上であり、広い温度領域で強磁性母相が存在する。Msは、上記の各元素の配合比により調整できる。本発明の強磁性形状記憶合金では、M相状態の第一相は常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を有するが、反強磁性またはフェリ磁性の場合、常磁性の場合より変態エネルギーの変換効率が高い。
【0036】
(III)応力誘起変態特性
母相状態の第一相に応力をかけるとマルテンサイト変態が起こり、応力を除くとマルテンサイト逆変態が起こる。
【0037】
(IV)電気抵抗特性
第一相の電気抵抗は、M相の方が母相より格段に大きい。無磁場で、母相の電気抵抗ρPに対するM相の電気抵抗ρMの比ρM/ρPは、2以上である。したがって、本発明の強磁性形状記憶合金から、温度、磁場または応力により誘起されたマルテンサイト変態/逆変態により電気抵抗が変化する素子が得られる。特に(Mf−100℃)以上〜Mf未満の温度で磁場を印加し、除去すると、電気抵抗が可逆的に変化する巨大磁気抵抗効果が得られる。
【0038】
[用途]
本発明の強磁性形状記憶合金は、実用温度域(−40〜+200℃)で優れた形状記憶特性および磁性変化特性を有する。そのため、用途としては、実用温度域で高い応答速度およびエネルギー効率を有する磁場駆動素子、熱磁気駆動素子、発熱吸熱素子(特に磁気冷凍材)、応力−磁気特性、応力−抵抗特性および磁気−抵抗素子、等が挙げられる。
【0039】
磁場誘起マルテンサイト逆変態する第一相組織を含む本発明の強磁性形状記憶合金を用いると、応答速度が早く出力が大きな磁場駆動マイクロアクチュエータ、磁場駆動スイッチ等の磁場駆動素子が得られる。磁場駆動素子は本発明の強磁性形状記憶合金からなる駆動体(回動体、変形体、移動体等)を具備し、磁場の印加により駆動体に生じた形状変化および/または磁性変化を利用するが、必ずしもこれに限定されない。パルス磁場を印加すると、磁場駆動素子の応答速度は高まる。磁場駆動素子を高応答速度で連続的に作動させるには、Mf未満の温度で使用するのが好ましい。
【0040】
本発明の強磁性形状記憶合金を感温磁性体として利用すると、エネルギー効率の高い熱磁気駆動素子が得られる。熱磁気駆動素子はたとえば、本発明の強磁性形状記憶合金からなる駆動体(回動体、変形体、移動体等)、加熱手段(レーザー光照射装置、赤外線照射装置等)、および磁場印加手段(永久磁石等)を具備し、加熱により駆動体に生じる磁性変化を利用して動力を発生するが、必ずしもこれに限定されない。本発明の強磁性形状記憶合金を用いる熱磁気駆動素子の例として、感温磁性体が加熱された時に永久磁石に吸着し、冷却された時に磁石から離脱する原理を利用した電流スイッチおよび流体制御弁、感温磁性体の一部を加熱して強磁性とし、そこに永久磁石を作用させて感温磁性体を駆動する熱磁気モータ等が挙げられる。これらの熱磁気駆動素子の詳細は特開2002−129273号に記載されている。
【0041】
M相状態の第一相を有する強磁性形状記憶合金に磁場を印加すると、吸熱を伴うマルテンサイト逆変態が生じ、実用温度域(−40〜+200℃)で大きな磁気エントロピー変化が生じる。たとえば21℃で0〜90kOe(0〜7162kA/m)の磁場変化に対する磁気エントロピー変化は約20J/kgKである。このような大きな磁気吸熱効果により、冷凍能力が高い磁気冷凍材が得られる。この磁気冷凍材を用いて、たとえば、磁気冷凍材を充填した作業室、磁気冷凍室の近傍に配置された磁場印加用永久磁石、磁気冷凍材と熱交換される冷媒、冷媒を循環させる配管を具備した磁気冷凍システム、などが得られる。
【0042】
本発明の強磁性形状記憶合金を用いて、マルテンサイト変態に伴う発熱を利用した発熱素子、またはマルテンサイト逆変態に伴う吸熱を利用した吸熱素子が得られる。発熱吸熱素子は、たとえば自動温度制御用の素子として利用できる。発熱吸熱素子の構成自体は特に制限されず、本発明の強磁性形状記憶合金からなる発熱体および/または吸熱体を具備すればよい。
【0043】
Af温度超で応力誘起マルテンサイト変態/逆変態することができる本発明の強磁性形状記憶合金は、変態/逆変態に伴う磁性変化を利用して、応力−磁気素子に用いることができる。応力−磁気素子として、たとえば応力の付与または除去により生じる磁性変化を検出する歪みセンサ(応力センサ)等が挙げられる。応力−磁気素子の構成自体は特に制限されず、たとえば本発明の強磁性形状記憶合金からなる検知体、および検知体に生じた磁性変化を検出する手段(たとえばピックアップコイル等の磁気センサ)を具備すればよい。
【0044】
本発明の強磁性形状記憶合金を用いて、応力誘起マルテンサイト変態/逆変態に伴う電気抵抗変化を利用した歪みセンサ(応力センサ)等の応力−抵抗素子が得られる。応力−抵抗素子の構成自体は特に制限されず、たとえば強磁性形状記憶合金からなる検知体、および検知体に生じる電気抵抗変化を検出する手段(たとえば電流計)を具備すればよい。
【0045】
磁気抵抗効果を有する本発明の強磁性形状記憶合金は、磁場検知用の磁気抵抗素子に用いることができる。磁気抵抗素子の構成自体は特に制限されず、たとえば、本発明の強磁性形状記憶合金からなる素子の2点に電極を付ければよい。本発明の強磁性形状記憶合金を用いた磁気抵抗素子は、たとえば磁気ヘッド等に用いることができる。
【0046】
本発明の強磁性形状記憶合金からなりMsが異なる複数の部材に、たとえばピックアップコイル等の磁気センサを取り付けると、温度変化に応じて磁性変化した強磁性形状記憶合金部材(Msが既知)を特定できるので、温度センサが得られる。
【0047】
[強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法]
以上説明した本発明の強磁性形状記憶合金は、焼結法により製造される焼結体であるのが望ましい。すなわち、本発明の強磁性形状記憶合金は、第一相からなる内部と第二相からなる表層部とをもつ粒子と、第二相からなり粒子間を結合する粒界結合部と、からなる焼結体であるのが好ましい。図2は、本発明の強磁性形状記憶合金が焼結体である場合の断面組織を模式的に示す説明図である。図2には、説明のため簡略化して、4つの真球粒子を焼結させた場合を示す。強磁性形状記憶合金焼結体A’において、粒子10は、第一相(図1の“1”に相当)からなる内部11と第二相(図1の“2”に相当)からなる表層部12とをもつ。つまり、第一相は、第二相に取り囲まれて存在する。さらに、隣接する粒子10の間は、第二相からなる粒界結合部20により結合され、焼結体A’が構成される。なお、粒子10と結合部20との間隙は、気孔30となる。以下に、強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法について説明する。
【0048】
本発明の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法は、主として、粉末製造工程と、成形工程と、焼結工程と、を含む。
【0049】
粉末製造工程は、全体を100原子%としたときに、マンガン(Mn)を25〜50原子%、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)を0.1〜15原子%、含み残部がニッケル(Ni)および不可避不純物からなりbcc構造をもつ強磁性形状記憶合金の合金粉末を製造する工程である。なお、合金粉末の組成は、既に説明した本発明の強磁性形状記憶合金の全体組成とすればよいが、第一相の組成からなる合金粉末を調製しても所望の機械的強度をもつ強磁性形状記憶合金焼結体が得られる。
【0050】
粉末製造工程は、従来から行われている通常の方法で行われれば特に限定はない。合金粉末は、上記の組成をもつ強磁性形状記憶合金の溶湯流に対して空気や窒素ガス、アルゴンガスなどの気体を衝突させて粉末化するガスアトマイズ法により製造されるのが望ましい。その他にも、上記の組成をもち固体状の強磁性形状記憶合金を機械的に粉砕する粉砕法、アトマイズ媒として水や油などの液体を用いたり遠心力を用いたりする各種アトマイズ法、などによる製造が可能である。合金粉末の粒子径としては、平均粒径が5〜300μmさらには10〜100μmであるのが望ましい。粒子径が小さい程緻密で高強度の焼結体が得られるが、平均粒径が5μm未満では、焼結条件によっては粒子のほとんどがfcc構造となるため、強磁性形状記憶合金焼結体に占める第二相の体積割合が多くなり、第一相がもつ形状記憶特性が十分に発揮されないことがある。平均粒径が300μmを超えると、焼結体としての強度が低下するため望ましくない。
【0051】
また、粉末製造工程の後で得られた合金粉末を溶体化処理する溶体化処理工程を含むのが望ましい。溶体化処理は、粉末製造工程で得られた合金粉末を固溶化温度まで加熱し、組織を母相単相にさせた後、急冷する。固溶化温度は、700℃以上が望ましく、750〜1100℃さらには800〜1000℃がより望ましい。固溶化温度での保持時間は1分以上であればよい。急冷速度に特に限定はないが、急冷速度は50℃/秒以上が望ましい。なお、加熱後急冷することにより母相組織を有する合金粉末が得られるが、合金のMfが室温未満の場合、合金粉末の組織はほぼM相となる。
【0052】
また、溶体化処理工程後に時効処理を行ってもよい。時効処理により、合金粉末の基地が強化されるとともに、形状記憶特性が向上する。時効処理は、100℃以上の温度で行う。100℃未満では十分な時効効果が得られない。時効処理温度の上限に特に限定はないが、700℃未満が望ましい。時効処理時間は、時効処理温度および合金粉末の組成により異なるが、1分間以上であるのが望ましく、30分間以上であるのがより望ましい。時効処理時間の上限は、母相が析出しない限り特に制限されない。
【0053】
成形工程は、合金粉末を成形体に成形する工程である。成形工程では、所定の形状の成形型内に合金粉末を充填すればよい。充填された合金粉末は、合金粉末を加圧成形した後に焼結工程に供してもよいし、成形型内で加圧すると同時に焼結を行ってもよい。
【0054】
焼結工程は、合金粉末の表層部を加熱して、表層部をfcc構造とするとともに成形体を焼結体とする工程である。焼結方法としては、合金粉末の表層が選択的に温度上昇する方法を用いるのが望ましい。焼結方法としては、成形体に通電することにより合金粉末の間隙に生じる放電現象を利用して焼結を行う通電焼結法が特に望ましい。成形体に直流パルス電流を通電すると、合金粉末の間隙に放電が生じる。この放電現象により、合金粉末の表層部に、非平衡相である第二相が形成され易い。
【0055】
焼結工程が、放電プラズマ焼結(Spark Plasma Sintering:SPS)法により成形体を焼結する工程であると、合金粉末にfcc構造の表層部が容易に形成される。SPS法では、成形体を圧縮した状態で、成形体に直流のON−OFFパルス電流を印加する。ON時に合金粉末の間隙に高温の放電プラズマが発生するため、合金粉末の表面は活性化され、合金粉末の表層部に非平衡相である第二相が容易に形成される。互いに隣接する合金粉末には、表層部で結合が生じるため、成形された形状で固まる。
【0056】
焼結工程における焼結条件を調整することにより、第二相の割合を容易に調整することができる。焼結温度としては、700〜1000℃が望ましく、さらに望ましくは800〜950℃である。焼結温度が700℃未満では第二相が形成されにくく、得られる焼結体の機械的強度が十分に発揮されない場合がある。焼結温度が高いほど緻密な焼結体が得られるが、焼結温度が1000℃を超えると、マルテンサイト変態を示す第一相の体積割合が減少するため、望ましくない。また、上記範囲の焼結温度で1〜60分さらには10〜20分保持するとよい。
【0057】
以上、本発明の強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0058】
以下に、本発明の強磁性形状記憶合金および強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0059】
[合金粉末の製造]
Ni43Co7Mn39Sn11合金(重量組成で43.2%Ni−38.8%Mn−6.9%Co−11.0%Sn)を、アルゴンガスを用いたガスアトマイズ法により平均粒径が50μm程度の粉末状とした。得られた合金粉末の光学顕微鏡写真を図3に示す。次に、得られた粉末を溶体化処理した。溶体化処理は、真空中800℃または900℃で24時間行い、溶体化処理温度の異なる2種類の合金粉末を得た。800℃での溶体化処理後の合金粉末の光学顕微鏡写真を図4に示す。溶体化処理を行うことで、bcc構造をもつ単相組織となった。これらの合金粉末を、粒度25〜63μmに篩い分けた。
【0060】
[合金粉末の磁性変化特性]
溶体化処理前の合金粉末P0、800℃で溶体化処理した合金粉末P8および900℃で溶体化処理した合金粉末P9について、熱磁化曲線を測定した。熱磁化曲線の測定は、500Oe(40kA/m)の磁場中で、−268〜+120℃の間で冷却/加熱(昇温/降温速度;2℃/分)し、SQUID(超伝導量子干渉素子)を用いて測定した。各粉末の熱磁化曲線の測定結果を図5に示す。なお、図5のグラフにおいて、横軸は温度(単位はK)、縦軸は磁化の強さである。溶体化処理前の合金粉末P0では、マルテンサイト変態による磁化の変化はあるものの変化量は小さく、低温域でも強い磁化が残った。一方、溶体化処理した合金粉末P8およびP9では、磁化の変化量が大きかった。つまり、合金粉末P8およびP9は、溶体化によりマルテンサイト変態を示す単相組織となった。さらに、溶体化処理温度が高い合金粉末P9では、合金粉末P8に比べ、マルテンサイト変態による磁化の変化が急峻であった。つまり、溶体化処理の温度が高温である方が、十分に溶体化されることがわかった。
【0061】
[強磁性形状記憶合金焼結体の作製]
合金粉末P9を用いて、強磁性形状記憶合金焼結体を作製した。焼結には、SPSシンテックス株式会社製の放電プラズマ焼結装置(型番;DR SINTER)を用いた。このSPS装置の基本構成を図6に示す。SPS装置90は、互いに対向し共に円柱形状で黒鉛製の上部パンチ91および下部パンチ92と、その対向部間の周囲に配置された円筒形(内径15mmφ)で黒鉛製の焼結ダイ93と、を備える。上部パンチ91、下部パンチ92、および焼結ダイ93によって区画形成される空間内(キャビティ94)に合金粉末P9が充填される。上部パンチ91と下部パンチ92の対向する端部と反対側のそれぞれ端部には、上部パンチ電極95および下部パンチ電極96の一端がそれぞれ設けられ、真空チャンバー97内に収容されている。真空チャンバー97の上下端部から上部パンチ電極95および下部パンチ電極96の他端がそれぞれ引き出されて、外部に突出している。上部パンチ電極95および下部パンチ電極96のそれぞれの他端には、図示しない加圧機構と焼結電源がそれぞれ接続されている。
【0062】
合金粉末P9を原料として、焼結条件の異なる3種類の焼結体を作製した。はじめに、下部パンチ92の端面がキャビティ94内に位置する状態で、所定量の合金粉末P9をキャビティ94内に充填した。次に、加圧機構を作動させて、充填された合金粉末P9を各パンチ91、92により50MPaで加圧し成形体を得た。加圧した状態のまま焼結電源を作動させて、成形体を焼結した。焼結は、約800℃まで10分で昇温させた後、2〜3分で所定の焼結温度まで昇温させ、焼結温度で5分または15分間保持して行った。なお、昇温前に真空チャンバー97内を約1Paまで排気することで、真空雰囲気で焼結を行った。
【0063】
上記の手順で、焼結体S80(焼結温度800℃で15分焼結)、焼結体S85(焼結温度850℃で15分焼結)、焼結体S90(焼結温度900℃で15分焼結)および焼結体S90’(焼結温度900℃で5分焼結)、の4種類の焼結体を作製した。なお、焼結温度は、焼結体の作製に用いた放電プラズマ焼結装置の設定温度である。温度は、黒鉛製の焼結ダイ93に外側からキャビティ94の壁面に向かって挿入された熱電対93tで測定される。
【0064】
焼結体S80、焼結体S85および焼結体S90について、光学顕微鏡観察および熱磁化曲線の測定を行った。光学顕微鏡観察は、それぞれの焼結体の断面を観察した。熱磁化曲線の測定は、20kOe(1600kA/m)および500Oe(40kA/m)の磁場中で、各焼結体を−268〜+120℃の間で冷却/加熱(昇温/降温速度;2℃/分)し、SQUIDを用いて測定した。結果を図7および図8(焼結体S80)、図9および図10(焼結体S85)、図11および図12(焼結体S90)にそれぞれ示す。なお、各図のグラフにおいて、横軸は温度(単位はK)、縦軸は磁化の強さである。
【0065】
[強磁性形状記憶合金焼結体の組織および磁性変化特性]
それぞれの光学顕微鏡写真から、焼結温度が高いほど、気孔(黒い部分)の体積分率が減少して緻密になることがわかった。800℃で焼結された焼結体S80は、合金粉末が接触部分のみで連結した組織であった(図7)。また、850℃で焼結された焼結体S85および900℃で焼結された焼結体S90では、コントラストの明るい相(第一相)と、その周りを取り囲むコントラストの暗い相(第二相)と、からなる二相組織が明確に観察された(図9および図11)。第一相は合金粉末に由来する粒子の内部に位置し、第二相は粒子の表層部で隣接する粒子同士を結合させていた。この第二相は、EPMAによる測定結果から、fcc構造をもつことがわかった。また、第一相および第二相をEDXにより測定した。第一層の組成は、Ni44Co7Mn38Sn11、第二相の組成は、Ni44Co9Mn 38Sn9であった。
【0066】
また、各焼結体の熱磁化曲線より、いずれの焼結体においてもマルテンサイト変態による大きな磁化の変化が確認された。ここで、焼結前の合金粉末P9の熱磁化曲線(図5)と、各焼結体の熱磁化曲線とを比較すると、低温における焼結体の磁化の強さが高かった。これは、非平衡相であるために合金粉末には存在しないfcc構造をもつ第二相が、焼結により生成されたためである。fcc構造をもつ第二相は、低温でも強磁性を示す。低温での強磁性は、全ての焼結体において表れたため、全ての焼結体で第二相が生成されたことがわかった。
【0067】
なお、溶解鋳造によって作製した同様の合金組成を有する多結晶体は、温度変化させてマルテンサイト変態させるだけで自己崩壊した。一方、上記の焼結体では、熱磁化曲線の測定において温度を変化させても、測定中に焼結体が崩壊することはなかった。
【0068】
[機械的特性]
焼結体S80、焼結体S90’および焼結体S90について、破壊歪みの測定を行った。各焼結体を切り出して6mm×3mm×3mm程度の板状の試験片とし、万能試験機を用いて試験片をその長手方向に圧縮した。なお、圧縮は、室温でクロスヘッド速度0.1mm/分の条件で行い、試験片が破壊するまで圧縮した。試験片が破壊したときの歪みを表1に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
破壊歪みが1〜2%程度あれば形状記憶合金として使用可能であるため、これらの焼結体は、形状記憶合金として十分使用できることがわかった。また、5%以上の変形に耐えられるため、加工性もよいことがわかった。
【0071】
[形状記憶特性]
上記の試験片を用い、焼結体S80、焼結体S90’および焼結体S90について、形状記憶特性を評価した。はじめに、各試験片の長手方向の長さを測定した(表2の「初期」)。次に、圧縮試験機により試験片に2%程度の歪みまで圧縮応力をかけ、除荷後の試験片の長手方向の長さを測定した(表2の「圧縮後」)。圧縮した試験片を140℃で5分間加熱し、その後の試験片の長手方向の長さを測定した(表2の「加熱後」)。各測定値を表2に示す。また、圧縮後の歪み、加熱後の歪み、および、これらの値から算出される形状回復率を表3に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
試験片を変形させた後、加熱することで、形状が5割程度回復した。すなわち、これらの焼結体は、形状記憶特性を有することがわかった。
【0075】
[電気抵抗特性]
電気抵抗測定装置を用い、温度変化に伴う焼結体S90の電気抵抗変化を四端子法により測定した。抵抗測定は、無磁場、あるいは40kOe(3200kA/m)、80kOe(6400kA/m)の磁場中で、各焼結体を−268〜+80℃の間で冷却/加熱(昇温/降温速度;2℃/分)して行った。結果を図13に示す。なお、図13のグラフにおいて、横軸は温度(単位はK)、縦軸は電気抵抗である。母相からM相への変態に伴い、電気抵抗が大幅に増加した。
【0076】
[磁歪測定]
焼結体S90に2%の圧縮歪みを印加した後、温度310Kで磁場を印加し、三端子容量法により磁歪を測定した。結果を図14に示す。なお、図14において、横軸は外部磁場、縦軸は形状回復歪み量である。印加磁場の増加とともにマルテンサイト逆変態に伴う形状変化が起こり、80kOe(6400kA/m)印加時に約0.6%の形状回復率が得られた。すなわち、磁場による形状記憶効果が観察された。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の強磁性形状記憶合金の断面組織を模式的に示す説明図である。
【図2】本発明の強磁性形状記憶合金が焼結体である場合の断面組織を模式的に示す説明図である。
【図3】ガスアトマイズ法により得られたNi43Co7Mn39Sn11合金粉末の光学顕微鏡写真である。
【図4】ガスアトマイズ法により得られたNi43Co7Mn39Sn11合金粉末の溶体化処理後の光学顕微鏡写真である。
【図5】合金粉末P0、P8およびP9を磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図6】放電プラズマ焼結装置の軸方向断面を示す概略図である。
【図7】焼結体S80を光学顕微鏡で観察した断面組織写真である。
【図8】焼結体S80を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図9】焼結体S85を光学顕微鏡で観察した断面組織写真である。
【図10】焼結体S85を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図11】焼結体S90を光学顕微鏡で観察した断面組織写真である。
【図12】焼結体S90を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの熱磁化曲線を示すグラフである。
【図13】焼結体S90を異なる強さの磁場中で冷却/加熱したときの磁場−電気抵抗曲線を示すグラフである。
【図14】焼結体S90の形状回復歪み−磁場曲線を示すグラフである。
【符号の説明】
【0078】
A:強磁性形状記憶合金 1:第一相 2:第二相
A’:強磁性形状記憶合金焼結体
10:粒子 11:内部 12:表層部
20:結合部
30:気孔
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金であって、
マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相と、該第一相を取り囲みfcc構造をもつ第二相と、からなる組織を有し、前記第一相は、該第一相全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつことを特徴とする強磁性形状記憶合金。
【請求項2】
前記第二相は、第二相全体を100原子%としたときに、Mnを34〜42原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で7〜15原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを4〜12原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつ請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項3】
前記第二相は、第二相全体を100原子%としたときに、さらに炭素(C)を5原子%以下含む請求項2記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項4】
強磁性形状記憶合金全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項5】
前記第一相からなる内部と前記第二相からなる表層部とをもつ粒子と、前記第二相からなり該粒子間を結合する粒界結合部と、からなる焼結体である請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項6】
前記焼結体は、放電プラズマ焼結により焼結されてなる請求項5記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項7】
前記第一相は母相で強磁性、マルテンサイト相で常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を示し、前記第二相は強磁性を示す請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項8】
全体を100原子%としたときに、マンガン(Mn)を25〜50原子%、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)を0.1〜15原子%、含み残部がニッケル(Ni)および不可避不純物からなりbcc構造をもつ強磁性形状記憶合金の合金粉末を製造する粉末製造工程と、
前記合金粉末を成形体に成形する成形工程と、
前記合金粉末の表層部を加熱して、該表層部をfcc構造とするとともに前記成形体を焼結体とする焼結工程と、
を含むことを特徴とする強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項9】
前記焼結工程は、前記成形体に通電することで前記合金粉末間に生じる放電現象により焼結を行う通電焼結法により焼結を行う工程である請求項8記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項10】
前記通電焼結法は、放電プラズマ焼結法である請求項9記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項11】
前記粉末製造工程の後で得られた合金粉末を溶体化処理する溶体化処理工程を含む請求項8記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項12】
請求項8記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法により作製された強磁性形状記憶合金焼結体。
【請求項1】
ニッケル(Ni)と、マンガン(Mn)と、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種と、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)と、からなる強磁性形状記憶合金であって、
マルテンサイト変態を示すbcc構造をもつ第一相と、該第一相を取り囲みfcc構造をもつ第二相と、からなる組織を有し、前記第一相は、該第一相全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつことを特徴とする強磁性形状記憶合金。
【請求項2】
前記第二相は、第二相全体を100原子%としたときに、Mnを34〜42原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で7〜15原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを4〜12原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる組成をもつ請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項3】
前記第二相は、第二相全体を100原子%としたときに、さらに炭素(C)を5原子%以下含む請求項2記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項4】
強磁性形状記憶合金全体を100原子%としたときに、Mnを25〜50原子%、In、SnおよびSbからなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、Coおよび/またはFeを0.1〜15原子%、含み残部がNiおよび不可避不純物からなる請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項5】
前記第一相からなる内部と前記第二相からなる表層部とをもつ粒子と、前記第二相からなり該粒子間を結合する粒界結合部と、からなる焼結体である請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項6】
前記焼結体は、放電プラズマ焼結により焼結されてなる請求項5記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項7】
前記第一相は母相で強磁性、マルテンサイト相で常磁性、反強磁性またはフェリ磁性を示し、前記第二相は強磁性を示す請求項1記載の強磁性形状記憶合金。
【請求項8】
全体を100原子%としたときに、マンガン(Mn)を25〜50原子%、インジウム(In)、錫(Sn)およびアンチモン(Sb)からなる群から選ばれた少なくとも一種を合計で5〜18原子%、ならびに、コバルト(Co)および/または鉄(Fe)を0.1〜15原子%、含み残部がニッケル(Ni)および不可避不純物からなりbcc構造をもつ強磁性形状記憶合金の合金粉末を製造する粉末製造工程と、
前記合金粉末を成形体に成形する成形工程と、
前記合金粉末の表層部を加熱して、該表層部をfcc構造とするとともに前記成形体を焼結体とする焼結工程と、
を含むことを特徴とする強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項9】
前記焼結工程は、前記成形体に通電することで前記合金粉末間に生じる放電現象により焼結を行う通電焼結法により焼結を行う工程である請求項8記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項10】
前記通電焼結法は、放電プラズマ焼結法である請求項9記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項11】
前記粉末製造工程の後で得られた合金粉末を溶体化処理する溶体化処理工程を含む請求項8記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法。
【請求項12】
請求項8記載の強磁性形状記憶合金焼結体の製造方法により作製された強磁性形状記憶合金焼結体。
【図1】
【図2】
【図5】
【図6】
【図8】
【図12】
【図13】
【図14】
【図3】
【図4】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図5】
【図6】
【図8】
【図12】
【図13】
【図14】
【図3】
【図4】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−235454(P2009−235454A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−80485(P2008−80485)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]