説明

弾性波素子

【課題】温度変化などの環境の変化に伴う弾性波の伝播特性の変動の少ない弾性波素子を提供することを目的とする。
【解決手段】この目的を達成するために、本発明は、圧電基板1と、前記圧電基板上に設けられた櫛形電極2と、前記櫛形電極を覆い、アルゴンを含有する酸化ケイ素膜3と、前記酸化ケイ素膜上に設けられた酸化窒化ケイ素膜4と、を備え、前記酸化ケイ素膜の膜厚Hと前記圧電基板を伝播する弾性波の波長λはH/λ≧0.15の関係を満たし、前記酸化窒化ケイ素膜の膜厚は3nm以上である構成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電基板を用いた弾性波素子に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載されている弾性波素子は、圧電基板と、圧電基板上に配置された櫛形電極と、櫛形電極上に設けられた酸化ケイ素膜とを備える。圧電基板の温度特性を向上させるために、酸化ケイ素膜は圧電基板より小さい熱膨張率を有し、圧電基板の温度変化に伴う熱膨張を拘束する。
【0003】
櫛形電極上に酸化ケイ素膜は化学気相成長(CVD)法やスパッタリング法で形成される。CVD法によって形成された酸化ケイ素膜の密度は低い。酸化ケイ素膜の低い密度は、数十MHz程度の周波数の長い波長の弾性波の伝播にはあまり影響しないが、数百MHz〜数GHzの周波数の短い波長の弾性波に対しては伝播損失を大きくする。このような高い周波数帯の弾性波が伝播する弾性波素子では、酸化ケイ素膜はスパッタリング法で形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−209458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スパッタリング法で形成された酸化ケイ素膜を有する弾性波素子は、温度変化などの環境の変化に伴い弾性波の伝播特性が変動する場合がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
弾性波素子は、圧電基板と、圧電基板上に設けられた櫛形電極と、櫛形電極を覆う酸化ケイ素膜と、酸化ケイ素膜上に設けられた酸化窒化ケイ素膜とを備える。酸化ケイ素膜の膜厚Hと圧電基板を伝播する弾性波の波長λはH/λ≧0.15の関係を満たし、酸化窒化ケイ素膜の膜厚は3nm以上である。
【発明の効果】
【0007】
この弾性波素子は弾性波の伝播特性の変動を抑制し、高い信頼性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施の形態による弾性波素子の断面図
【図2】実施の形態による弾性波素子での酸化ケイ素膜と酸化窒化ケイ素膜のアルゴンの組成比率の変化を示す図
【発明を実施するための形態】
【0009】
図1は本発明の実施の形態による弾性波素子1001の断面図である。弾性波素子1001は弾性波の一種である弾性表面波を利用した弾性表面波素子である。弾性波素子1001は、圧電基板1と、圧電基板1の上面1A上に設けられた櫛形電極2、22と、櫛形電極2、22上に設けられた酸化ケイ素よりなる酸化ケイ素膜3と、酸化ケイ素膜3上に設けられた酸化窒化ケイ素(酸窒化ケイ素)よりなる酸化窒化ケイ素膜(酸窒化ケイ素膜)4とを備える。酸化ケイ素膜3は櫛形電極2、22を覆う。圧電基板1は、回転YカットX伝播で回転角を5度としたニオブ酸リチウム基板である。櫛形電極2、22はアルミを主成分とする。櫛形電極2は複数の電極指102を有し、櫛形電極22は複数の電極指122を有する。複数の電極指102と複数の電極指122とは交互に配置されている。なお、実施の形態による弾性波素子1001は、中心周波数が約2GHzのフィルタである。圧電基板1を伝播する弾性波(弾性表面波)の波長は約2μmであり、櫛形電極2の電極指102のピッチに等しく、櫛形電極22の電極指122のピッチに等しい。櫛形電極2、22の厚みは約150nmである。
【0010】
酸化ケイ素膜3は、圧電基板1の熱膨張率等の温度変化に起因する周波数変動等の特性変化を抑制する。酸化ケイ素膜3は櫛形電極2、22のショートを防止する。さらに、圧電基板1の温度による特性変動を緩和させるために、酸化ケイ素膜3の膜厚Hと弾性波の波長をλとした時にH/λ≧0.15の関係を満たす。ここで膜厚Hは、櫛形電極2、22の上面2A、22Aからの酸化ケイ素膜3の厚さ、すなわち櫛形電極2、22の上面2A、22Aから酸化ケイ素膜3の上面3Aまでの距離である。実施の形態では、弾性波の波長が2μmの場合には、酸化ケイ素膜3の膜厚Hは、H/λの値が0.15である300nmより厚い400nmに設定している。酸化ケイ素膜3の上面3Aが凹凸である場合は、櫛形電極2、22の上面2A、22Aから上面2A、22Aの真上方の酸化ケイ素膜3の上面3Aまでの距離である。ここで、比H/λの上限は弾性波素子1001が製品として合理的なサイズを有するように、例えば弾性波素子1001を収容するケースのサイズや弾性波素子1001を搭載する部分の大きさで規定される。
【0011】
弾性波素子1001で酸化窒化ケイ素膜4を有しない比較例の弾性波素子を作製した。比較例の弾性波素子を気密パッケージに封入し、85℃の温度で1000時間放置する高温放置試験を行なったところ、中心周波数が約−1000ppm変化した。
【0012】
比較例の弾性波素子の酸化ケイ素膜3は、酸化ケイ素基板をターゲットとしアルゴンガスを用いてスパッタリング法で形成した。この方法で形成された酸化ケイ素膜3にアルゴンが混入しており、混入したアルゴンが温度変化などの環境の変化に伴い酸化ケイ素膜3から外部に放出される。これにより酸化ケイ素膜3の弾性率や密度等の物理的特性が変化し、これに伴い比較例の弾性波素子の温度による中心周波数の変動という特性変動が起こったと考えられる。
【0013】
実施の形態による弾性波素子1001では、酸化ケイ素膜3の上面3A上に酸化窒化ケイ素膜4が設けられている。酸化窒化ケイ素膜4は、酸化ケイ素基板をターゲットとしてアルゴンガスと窒素ガスの混合ガスを用いてスパッタリング法で酸化窒化ケイ素を酸化ケイ素膜3の上面3Aに蒸着させることにより形成する。酸化窒化ケイ素膜4は、酸化ケイ素膜3に混入したアルゴンが酸化ケイ素膜3から外部に放出されることを抑制し、温度による弾性波素子1001の特性変動を抑制し、弾性波素子1001は高い信頼性を有する。
【0014】
比較例の弾性波素子と実施の形態による弾性波素子1001を作製後、300℃まで昇温して12時間放置するエージング処理を施した。図2は弾性波素子の酸化ケイ素膜3のアルゴン組成比率を示す。比較例の弾性波素子のエージング処理前の酸化ケイ素膜3のアルゴン組成比率は約1.3%であり、エージング処理後のアルゴン組成比率は0.1%以下であり、多くのアルゴンが放出されている。
【0015】
比較例の弾性波素子では、エージング処理により酸化ケイ素膜3の上面3Aを含む表面の近傍のアルゴンが酸化ケイ素膜3から放出され、その放出により形成された隙間に近傍のアルゴンが移動して、移動したアルゴンが放出されることが繰り返されている。これにより酸化ケイ素膜3の弾性率や密度等の物理的な特性が変化し、これに伴い弾性波素子の特性変動が誘発されている。
【0016】
図2は、実施の形態による実施例の弾性波素子1001の酸化窒化ケイ素膜4と酸化ケイ素膜3のアルゴンの組成比率を示す。酸化窒化ケイ素膜4のエージング処理前後のアルゴン組成比率は共に約0.4%で変化は見られず、エージング処理によりアルゴンが放出されていない。実施の形態による弾性波素子の酸化ケイ素膜3のエージング処理前後のアルゴン組成比率は共に約1.3%であり、ほとんど変化が見られなかった。このように、弾性波素子1001での温度による酸化ケイ素膜3のアルゴンの組成比率の変化が抑制され、酸化ケイ素膜3の弾性率や密度等の物理的特性の温度による変化が抑制されている。
【0017】
酸化窒化ケイ素膜4を有する弾性波素子を気密パッケージに封入し、85℃の温度で1000時間放置する高温放置試験を行なったところ、中心周波数の変化を−250ppm程度に抑えることができた。
【0018】
比較例の弾性波素子では、酸化ケイ素膜3に混入したアルゴンはエージング処理により放出され、酸化ケイ素膜3にはアルゴンが抜けた経路に空隙が形成される。この経路を通って湿気が進入しやすくなり、比較例の弾性波素子の耐湿性が劣化する。比較例の弾性波素子を気密パッケージに封止することにより、耐湿性を向上させることができるが、そのような気密パッケージは高価である。実施例の弾性波素子1001では、混入したアルゴンは酸化ケイ素膜3からほとんど放出されないので、酸化ケイ素膜3には湿気が侵入する空隙は形成されない。したがって、実施例の弾性波素子1001は安価な樹脂で封止することができ、かつ高生産性で製造できる。
【0019】
櫛形電極2、22上の酸化ケイ素膜3が厚い場合には、弾性波は圧電基板1の上面1Aのみならず酸化ケイ素膜3を含む領域を伝播する。その場合、比較例の弾性波素子では酸化ケイ素膜3の中に空隙があるので、その空隙で弾性波の伝播ロスが生じ、弾性波素子の挿入損失が大きい。実施の形態による弾性波素子では酸化ケイ素膜3の中に空隙ができるのを防ぐことができ、このような挿入損失の増加を防止することができる。
【0020】
圧電基板1と圧電基板1の上面1A上に設けられた絶縁膜との境界を弾性波が伝播する弾性境界波素子では、この絶縁膜中の伝播ロスは弾性境界波素子の挿入損失に影響しやすいので、実施の形態による酸化窒化ケイ素膜4を弾性境界波素子に用いることはより望ましい。
【0021】
以上のように、酸化窒化ケイ素膜4を被覆させ酸化ケイ素膜3中にアルゴンを混入した状態を維持させることで、長期的に弾性波素子1001の周波数安定性を向上させるとともに、耐湿性および電気的性能を向上させることができる。
【0022】
酸化窒化ケイ素膜4は、酸化ケイ素膜3からのアルゴンの放出を抑制するために、大きい厚みを有することが望ましい。成膜に伴う酸化窒化ケイ素膜4に生じる応力は酸化ケイ素膜3に生じる応力より大きい。酸化窒化ケイ素膜4に過度に大きな応力が生じた場合、その応力が酸化ケイ素膜3を介して圧電基板1に伝達され、伝達された応力の影響により櫛形電極2、22におけるインターモジュレーション(IM)特性が劣化する。
【0023】
酸化窒化ケイ素膜4と酸化ケイ素膜3の膜厚の比率を変えてIM特性の劣化を確認する実験により、酸化窒化ケイ素膜4の膜厚が酸化ケイ素膜3の膜厚の3%を越えた際にIM特性の劣化が実使用上で問題が出る程度に大きくなることが判明した。
【0024】
また、酸化窒化ケイ素膜4でアルゴンの放出を防止するためには酸化窒化ケイ素膜4の厚みは3nm以上であることが必要である。酸化窒化ケイ素膜4の厚みが3nm未満の場合はアルゴンの放出を防止できない場合がある。すなわち、酸化ケイ素膜3上に設けられた酸化窒化ケイ素膜4の膜厚は3nm以上で且つ酸化ケイ素膜3の膜厚の3%以下に設定することが望ましい。
【0025】
弾性波素子1001は圧電基板1上に設けられた櫛形電極2、22を備えた比較的単純な構成を有する。実施の形態による弾性波素子は、櫛形電極2、22の複数の組を備えたフィルタや、このフィルタを適宜組み合わせた分波器、共用器等の各種弾性波装置において同様の作用効果を奏する。実施の形態による弾性波素子は、特に大きなパワーによりIM特性の劣化が顕著に現れる送信系のフィルタや、送信系のフィルタを有する共用器には特に有用である。
【0026】
なお、実施の形態において「上面」「真上方」等の方向を示す用語は圧電基板1や櫛形電極2、22、酸化ケイ素膜3、酸化窒化ケイ素膜4等の構成部材の位置に拠る相対的な方向を示しているに過ぎず、上下方向等の絶対的な方向を示すものではない。絶対的な方向は構成部材の位置によって変わる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明に係る弾性波素子は弾性波の伝播特性の変動を抑制して、高い信頼性を有し、通信機器等に用いられる高周波回路に有用である。
【符号の説明】
【0028】
1 圧電基板
2 櫛形電極
3 酸化ケイ素膜
4 酸化窒化ケイ素膜
22 櫛形電極
1001 弾性波素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電基板と、前記圧電基板上に設けられた櫛形電極と、前記櫛形電極を覆い、アルゴンを含有する酸化ケイ素膜と、前記酸化ケイ素膜上に設けられた酸化窒化ケイ素膜と、を備え、前記酸化ケイ素膜の膜厚Hと前記圧電基板を伝播する弾性波の波長λはH/λ≧0.15の関係を満たし、前記酸化窒化ケイ素膜の膜厚は3nm以上である弾性波素子。
【請求項2】
前記櫛形電極を覆う膜は、酸化ケイ素膜と酸化窒化ケイ素膜の2層構造である請求項1に記載の弾性波素子。
【請求項3】
前記酸化窒化ケイ素膜の膜厚は12nm以下である請求項1に記載の弾性波素子。
【請求項4】
前記酸化ケイ素膜のアルゴン組成比率は約1.3%である請求項1に記載の弾性波素子。
【請求項5】
前記弾性波素子は、送信フィルタに用いられる請求項1に記載の弾性波素子。
【請求項6】
前記酸化窒化ケイ素膜の膜厚は、前記酸化ケイ素膜の前記膜厚Hの3%以下である請求項4または請求項5に記載の弾性波素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−254549(P2011−254549A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194510(P2011−194510)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【分割の表示】特願2009−516166(P2009−516166)の分割
【原出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】