説明

形彫放電加工方法および形彫放電加工装置

【課題】深く細いスリットを加工する放電加工方法および放電加工装置を得ること。
【解決手段】帯状の工具電極11の厚さの垂直方向がスリット形成加工進行方向となるように、工具電極11をフレーム18で把持し、工具電極11の短手方向に工具電極11を相対的に移動させつつ、被加工物2と工具電極11との間にパルス状の電圧を印加し、放電加工を行う形彫放電加工方法において、被加工物2を保持具36に導電性を維持して接着する固着工程と、被加工物2を工具電極11でスリット加工する加工工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長さよりも幅、幅よりも厚さが著しく小さい、帯状、リボン状、ブレード状の工具電極を用いて、被加工物に工具電極の厚さ程度の幅を持つスリット形状を加工する形彫放電加工方法および形彫放電加工装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工具電極を用いて被加工物を放電加工する技術として、ワイヤ状の電極を繰り出しつつ、ワイヤの軌跡を制御することにより任意の形状を加工するワイヤ放電加工や、工具電極の形状を被加工物に転写する形彫放電加工がある。このような放電加工では、工具電極と被加工物との間にアーク放電を発生させて被加工物を微小量ずつ溶融除去するので、工具電極と被加工物とが非接触の状態で加工される。
【0003】
このような放電加工を用いて、被加工物にスリットを形成するスリット加工は、従来ワイヤ放電加工が広く用いられていた。しかしながら、ワイヤ放電加工では、通常φ0.3mm程度のワイヤ電極を用いるため、ワイヤを断線させることなく付与可能な張力は、あまり大きくない。そのため、加工中のワイヤ振動を十分に抑制できず、被加工物の上下端面付近(すなわち、ワイヤの両支持点近傍)の加工スリット幅に比べて、被加工物の板厚方向中央付近(すなわち、ワイヤの両支持点から等距離の中央部近傍)の加工スリット幅が広くなり、スリット部分の加工形状精度が低下するという難点がある。
【0004】
なお、この傾向はワイヤが細くなるほど顕著になるとともに、ワイヤの支持点間の距離が長くなるほど顕著になるので、加工するスリットの幅が細いほど加工スリット幅の精度が悪化し、被加工物が厚いほど加工スリット幅の精度が悪化する。また、複数の電極を用いて一度に複数のスリットを加工する場合には、各ワイヤ電極毎に繰り出しと巻き取りの機構が必要となるため機構が複雑化する。したがって、多数の電極を同時に使用して、一度に多くのスリットを加工する方法は現実的ではなかった。
【0005】
一方、被加工物へのスリット加工において、ブレード状の工具電極を用いた形彫放電加工が特許文献1に記載されている。特許文献1に記載された技術は、ブレード状電極の両端を非常に強い張力で把持し、形彫放電加工を行うものである。ワイヤ放電加工を用いた加工スリットと同じ幅のスリットを加工するためには、ブレード状電極の厚さをワイヤ電極の直径と同程度とする必要があるが、ブレード状電極の幅はワイヤ電極の直径よりも数十倍〜数百倍以上大きくすることができるため、ブレード状電極にはワイヤ電極よりも著しく強い張力を付与できる。したがって、ブレード状の工具電極を用いた場合には、ワイヤ電極を用いる場合よりも加工中の工具電極振動を大幅に減少できるので、厚い被加工物に細いスリットを加工する場合に形状精度の高いスリットを加工できる。
【0006】
ところで、工具電極を用いて被加工物を放電加工する際には、工具電極と被加工物の間に発生する加工屑などを効率良く排出しながら、迅速に被加工物を加工していく必要があり、特許文献1に記載の放電加工では、工具電極の長手方向と同一ライン上に工具電極よりも厚さの薄い加工溝清掃用プレートを設け、放電条件の切り替え毎にワークテーブルを移動させることで加工溝に堆積する加工屑を排除しながら被加工物に溝加工を施している。
【0007】
【特許文献1】特開平1−188233号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1では、放電条件の切替えごとに加工溝清掃用薄板を加工間隙(溝)内に移動させて加工屑を排出している。このため、加工中には加工屑を排出できず、加工屑を排出させるためには加工を中断する必要がある。加工屑の排出には、工具電極の端に位置している加工溝清掃用薄板を、加工溝の全長にわたって移動させる必要があるから、加工屑の排出動作には多くの時間を要する。したがって、この方法のみで加工屑の滞留による異常放電を防止しつつ加工能率の著しい低下を避けることは、実際には困難であった。
【0009】
そこで、加工間隙内の加工屑を排出するための一般的な形彫放電加工で実現されている周知のジャンプ動作、すなわち、工具電極と被加工物を数秒周期で定期的に引き離しては接近させることにより、工具電極と被加工物の間に形成される加工間隙の体積変化に伴うポンプ作用を生ぜしめて、加工間隙内の加工液の流出および流入に伴って加工屑を排出させる動作、を併用する必要がある。
【0010】
しかしながら、ブレード状の電極を用いたスリット加工の場合には、加工されたスリットが深くなった場合に、ジャンプ動作では十分な加工屑の排出作用を得られない問題がある。
【0011】
ジャンプ動作で加工屑の排出作用を得るためには、電極をジャンプさせることによって加工間隙の体積を大きく変化させ、外部から加工間隙に清浄な加工液を流入させることが必要である。ジャンプ動作では、加工部分から外部へ引き出された工具電極の体積に相当する加工液が加工間隙へ流入することになるから、ジャンプ動作の前には加工された部分のほとんどを工具電極が占めていて、ジャンプ動作により工具電極の多くの部分が加工部分から引き出されるような場合には、加工屑の排出効果が十分に得られることになる。しかし、ブレード電極を用いたスリット加工の場合には、加工深さ方向の工具電極の幅が小さいため、加工スリットが深くなると、ジャンプ動作では加工済みのスリット内部で工具電極が移動するのみで、加工スリット部分から外部へ工具電極が引き出されない。したがって、この場合のジャンプ動作は、加工されたスリット内部に存在する加工液の循環を図る作用しか持ちえず、加工スリット部分の外部から加工間隙への加工液の流入作用がほとんど期待できないため、十分な加工屑の排出作用が得られない。
【0012】
すなわち、特許文献1に開示された技術は、それのみでは加工能率の低下を避けつつ加工屑を効率的に排除して異常放電を防止することは実質的に困難であり、電極のジャンプ動作を併用した場合においても、加工深さが電極の加工進行方向の幅よりも大きいと十分な加工屑排出効果が得られない。したがって、特許文献1に開示された技術は、加工深さが電極の加工進行方向の幅と同程度の浅いスリット加工を対象とした技術である。
【0013】
特許文献1に開示された技術が、比較的浅いスリット加工を対象としていることは、電極を把持する構成からも判明する。また、特許文献1に開示された技術は、加工された2本のスリットの間隔が比較的広い加工を対象としていることも判明する。なぜならば、特許文献1に開示された技術では、電極本体の両側に溝加工用の薄板電極を設置し、電極本体の両端に設けた把持部により薄板電極に張力を付与している。したがって、加工スリットが深くなった場合には、加工された2本のスリットの間に残った被加工物が、電極本体と干渉する状態となるため、あまり深くスリットを加工できない。また、2枚の溝加工用薄板電極の間に電極本体が位置しているが、この電極本体を用いて溝加工用薄板電極に張力を付与するため、電極本体は比較的厚い構造を有する必要がある。したがって、この電極本体の両側に位置している2枚の溝加工用薄板電極の間隔を狭くできないので、加工スリットの間隔も狭くできず、被加工物を薄くスライスできない。
【0014】
したがって、以上に述べたような技術では、被加工物を薄くかつ僅かな切り代で高精度に切断したり、深く細いスリットを加工するといった、例えば、太陽電池等に用いられるシリコンブロックの加工に適用することが、従来のワイヤ放電加工或いはブレード状電極を用いた形彫放電加工では実現できなかった。
【0015】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、被加工物を薄くかつ僅かな切り代で高精度に切断したり、深く細いスリットを加工するといった技術を放電加工により確立することを目的とするものである。
【0016】
また、加工に際しては、工具電極と被加工物の間に発生する加工屑を効率良く排出しながら迅速に被加工物を加工する放電加工方法および放電加工装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
帯状の工具電極の厚さの垂直方向がスリット形成加工進行方向となるように、前記工具電極を把持し、前記工具電極を相対的に移動させつつ、被加工物と前記工具電極との間にパルス状の電圧を印加し、放電加工を行う形彫放電加工方法において、前記被加工物を被加工物保持部材に導電性を維持して接着する固着工程と、前記被加工物をスリット加工する加工工程と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
被加工物を被加工物保持部材に導電性を維持して接着しているので、被加工物が加工された後に落下することはなく、深く細いスリットを加工することが可能になるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明に係る形彫放電加工方法および形彫放電加工装置の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0020】
実施の形態1.
まず、本実施の形態に係る放電加工の概念について説明する。図1は、本実施の形態に係る放電加工の概念を説明するための説明図であり、説明の便宜上、以下では工具電極11の長手方向をZ軸方向、短手(幅)方向をX軸方向、厚さ方向をY軸方向として説明する。
【0021】
図に示される如く、形彫放電を行なうブレード状(薄板の帯状)の工具電極11を用いて太陽電池用シリコンブロックなどの被加工物2を放電加工する際に、工具電極11を厚さ方向(Y軸方向)と垂直な平面(すなわち、X軸方向およびZ軸方向に平行な平面)に沿って進めることにより、工具電極11の厚さより放電間隙長分だけ幅の広い溝を被加工物2に加工する。図に示されるように、工具電極11を直立させて、工具電極11の幅方向(X軸方向)を加工進行方向と一致させる方法が最も一般的と考えられるため、以下では便宜上X軸方向を加工進行方向として説明する。しかし、本発明における放電加工は、これに限られるわけではなく、例えば工具電極11を鉛直方向から傾けた状態で加工を水平方向へ進行させるなど、加工進行方向と工具電極11の幅方向が異なっている場合も含まれる。なお、実際には、工具電極11を複数枚並べて被加工物2に加工を行い、複数の加工スリット(加工溝)を一度に加工する。
【0022】
次に、本発明の実施の形態に係る放電加工装置について、図2を用いて説明する。放電加工装置100は、保持具36に保持された被加工物2に対し、電極機構1により複数保持されたブレード状の工具電極11を用いて、形彫り放電加工を実行してスリット溝を加工する装置であり、以下に述べる構成となっている。
【0023】
ブレード状の工具電極11は電極機構1に複数枚並べられた状態で保持される。電極機構1は主軸3に接続され、NC制御装置31の指令に基づきZ軸方向、すなわち工具電極11の長手方向に駆動制御されている。また、被加工物2が載置された定盤35は、NC制御装置31の加工プログラムからの指令に基づきモータ32を介して加工槽33と共にXY軸方向に移動する。
【0024】
加工電源37は、電極機構1を介した工具電極11と、定盤35、保持具36を介した被加工物2の間にパルス電圧を供給し、これにより油性液や脱イオン水等の加工液を貯留した加工槽33内で放電加工が行われる。なお、加工電源37は、各工具電極11毎に個別にパルス電圧を印加可能な構成となっており、一般的には各工具電極11毎に接続された複数の独立した電源の集合体である。加工電源37内のそれぞれの電源は、各工具電極11毎に、被加工物2に対して低ピーク短パルスの小エネルギー放電を高い周波数で繰り返し発生させて被加工物2を加工するため、例えばパルス幅1μsec〜4μsecで、放電のピーク電流が10A〜50Aの範囲となるような群パルス電圧を各工具電極11に印加する。なお、加工電源37が印加する電圧パルスは、単極性でもよいし両極性でもよい。
【0025】
保持具36は、被加工物2の少なくとも一つの面で被加工物2との導電性を維持しつつ被加工物2を保持するものであり、保持には導電性接着剤による接着などの方策が用いられる。なお、図2に示したように、工具電極11の長手方向を鉛直方向に設定し、被加工物2の前側面から加工を開始する場合、保持具36は被加工物2の底面と上面、および加工終了時に最後に加工される背側面の少なくともいずれか一つの面から被加工物2を保持する。被加工物2の底面や上面から保持具36により保持される構成の場合には、被加工物2の加工と同時に被加工物2を保持している保持具36も共にスリット加工が施される。また、被加工物2の背側面から保持される構成の場合には、保持具36の保持面が僅かに加工される位置まで加工が施される。
【0026】
また、加工液調整部38は、クーラーにより加工槽33内の加工液34を所定の温度に調整し、フィルタにより加工液34内の加工屑を除去するなど、放電加工を継続する上で加工液に必要な循環管理を実行する。
【0027】
NC制御装置31は、工具電極11と被加工物2が微小間隙を隔てて対向するようサーボ制御を行い、モータ32を制御することで、工具電極11と被加工物2の加工進行方向の相対位置を制御する。また、NC制御装置31は、主軸3を制御して、電極機構1を間歇的にもしくは連続的にZ軸方向に往復運動させる。換言すると、NC制御装置31は、電極機構1に摺動動作を行なわせる。なお、ここでのNC制御装置31が特許請求の範囲に記載の摺動手段に対応する。
【0028】
なお、ここでは主軸3が電極機構1を往復運動させる構成としたが、主軸3で保持具36及び被加工物2を保持し、定盤35に固定した電極機構1に保持される工具電極11との間で放電加工を実行しつつ、保持具36及び被加工物2を工具電極11の長手方向に往復運動させる構成としてもよい。
【0029】
また、ここではモータ32により定盤35を駆動し、主軸3により電極機構1を駆動したが、工具電極11と被加工物2が相対的にXYZ軸方向に駆動されるような、いかなる駆動方式を用いてもよい。
【0030】
つぎに、電極機構1の詳細な構成について、図3、図4、図5、図6を用いて説明する。薄くて細長いブレード形状をなした導電性材料よりなる複数の工具電極11は、図3および図4に示すように、少なくとも表面がセラミックスなどの不導体であるスペーサ12と交互に積み重ねられ、工具電極11の長手方向の両端部に設けられた各穴と、スペーサ12に設けられた穴に電極保持部14A,14Bを貫通させることによって、平行かつ所定間隔のすだれ状に位置決め固定されている。換言すると、工具電極11は、工具電極11の一端を櫛歯状に固定されている。なお、ここでの電極保持部14A,14Bが特許請求の範囲に記載の連結部材に対応する。なお、電極保持部14Aおよび14Bは、工具電極11に設けられた穴と接する表面が不導体材料からなっており、それぞれの工具電極11が電極保持部14A、14Bを介して互いに導通状態とならないよう構成されている。また、それぞれの工具電極11には、それぞれ個別の給電線51が、加工電源37を構成するそれぞれ独立の電源より接続されている。
【0031】
そして、図5に示すように、工具電極11の両端に設けられた穴の間隔より僅かに広い間隔で電極保持部14A,14Bがフレーム18に固定されることにより、工具電極11は長手方向に所定の張力が付与され、電極機構1が形成される。なお、工具電極11の厚さが100μm程度の場合には、工具電極11の長手方向に付与する張力は1kgf以上、望ましくは3kgf以上で30kgf程度以下、さらに望ましくは10kgf程度である。
【0032】
ここで、被加工物2の厚さが150mm程度であって、加工するスリットの幅が100μm程度の場合、工具電極11のY軸方向の厚さは50〜100μm程度、短手方向すなわちX軸方向の幅は1〜3mm程度、長手方向すなわちZ軸方向の高さは180〜220mm程度が望ましい。また、材質は洋白(洋銀)、リン青銅、ベリリウム銅などの導電性のバネ材料が望ましいが、純銅、鉄などの一般の金属材料でもよく、これらの材質からなるリボン状の箔で工具電極は構成される。
【0033】
また、電極機構1のZ軸方向の往復運動によってスペーサ12と被加工物2とが衝突することを避けるため、上側のスペーサ12と下側のスペーサ12との間の間隔は、往復運動の片道工程距離と、被加工物2のZ軸方向の厚さと、保持具36の厚みの和よりも大きく設定されている。
【0034】
さらに、工具電極11を保持するフレーム18は、スリットを深くまで加工しても被加工物2と干渉しないように、次のような構造となっている。フレーム18は、Y軸方向(すなわち工具電極11の厚さ方向)には被加工物2のY軸方向の厚さよりも大きい空間であって、Z軸方向(すなわち工具電極の長手方向)には被加工物2および保持具36のZ軸方向の厚さと工具電極11の往復運動の片道工程距離の和よりも大きい空間を、Y軸方向およびZ軸方向の三方もしくは四方から取り囲む構造となっている。換言すると、フレーム18は、工具電極11を囲繞する位置に配設された壁面であって、工具電極11をスリット形成加工進行方向に進めた際に壁面が工具電極11によって加工される被加工物2の加工位置を通過しない壁面を用いて工具電極11を保持している。このように、フレーム18は、工具電極11を外側で保持する外側保持具であり、工具電極11で形成するスリット部分に被加工物2の加工領域全てが内包されるように被加工物2が載置されている。多くの場合、工具電極11のうち電極保持部14A,14Bを貫通させる穴などの放電加工しない部位を除いた部分は、この空間内に保持される構成となるが、フレーム18が取り囲む空間と工具電極11のうち放電加工する部位との位置が加工進行方向にずれていても支障はない。
【0035】
加工の進行に伴って、工具電極11と、被加工物2および保持具36との加工進行方向の相対位置が変化し、図6に示すような位置関係となるが、フレーム18が上記のように被加工物2のY軸方向およびZ軸方向の外側から工具電極11を保持する構成となっているので、フレーム18は加工開始から終了まで被加工物2および保持具36の外側を通過し、フレーム18と被加工物2および保持具36が干渉することはない。
【0036】
なお実用上は、フレーム18が取り囲む空間のY軸方向の幅を、被加工物2のY軸方向の厚さよりも10mm程度以上大きくし、フレーム18が取り囲む空間のZ軸方向の幅を、被加工物2のZ軸方向の厚さと工具電極11と被加工物2のZ軸方向の相対的な往復運動の片道工程距離の和よりも10mm程度以上大きくなるようにフレーム18を構成すれば、上記が容易に実現できる。
【0037】
また、上記ではフレーム18により被加工物2を取り囲む構成としたが、電極保持部14Aや14Bなど、電極機構1の構成要素のうち工具電極11を保持する要素をフレーム18の一部として代用して被加工物2を取り囲む構成としても同様の効果を奏する。
【0038】
つぎに、各工具電極11からそれぞれの給電線51を加工電源37へ接続する方法について、図7を用いて説明する。各工具電極11からそれぞれ個別に放電を発生させるため、各工具電極11と接続される給電線51を、各工具電極11毎に並列に加工電源37を構成するそれぞれの電源へ接続する必要がある。しかし、工具電極11やスペーサ12が薄い場合には、隣接する工具電極11や給電線51と接触させることなく、目的の工具電極11のみに給電線51を接続することが困難である。そのため、例えば各工具電極11に給電線51と接続させるための凸部状の電源接続部を段階状に設け、隣接する工具電極11や給電線51との接触を防止する。具体的には、図7に示される如く、工具電極11の長手方向の端部近傍に、工具電極における長手方向の位置が異なる電源接続部52A〜52Cの何れかを設ける。これにより、各工具電極11とスペーサ12を交互に重ねた場合に、各電源接続部52A〜52Cは、所定間隔離間して位置することになるから、目的の工具電極11のみに給電線51を接続することが容易となり、各工具電極11間の導通を防止できる。
【0039】
なお、工具電極11において長手方向の位置が異なる電源接続部を2種類または4種類以上準備しておき、これらの電源接続部を備えた工具電極11を組み合わせて電極機構1を構成してもよい。また、電源接続部の種類数は、工具電極11とスペーサ12の厚さ、給電線51の太さ、給電線51と工具電極11の接合部に必要な大きさなどに基づいて設定する。
【0040】
次に、図8を用いて、実際の加工動作について説明する。被加工物2及び電極機構1は、加工液34で満たされた加工槽33内に対向設置され、X軸方向で相対的に近づけて加工電源37よりパルス電圧を印加することで、工具電極11と被加工物2との間に放電を発生させる。その結果、電極機構1によるX軸方向の加工が進行し、工具電極11の厚さよりも僅かに大きい幅のスリットが工具電極11の枚数分だけ被加工物2に形成される。
【0041】
このとき、主軸3を制御して電極機構1をZ軸方向に往復運動させながら、X軸方向の加工を行なうが、工具電極11を保持するフレーム18は、既に述べたように被加工物2及び被加工物2の底面や上面と接合している保持具36の外側を通過する構造となっているので、深くまで溝加工を行っても被加工物2や保持具36と干渉することはない。
【0042】
被加工物2を加工進行方向へ全て加工完了した後に、被加工物2と保持具36とを接着している接着剤を剥離させる薬液に浸漬させたり、加熱するなどの処理により保持具36から離脱させると、スペーサ12の厚さから所定の放電ギャップを減じた厚さの薄板が得られる。
【0043】
ここで、保持具36が被加工物2を底面や上面から保持している場合には、保持具36も被加工物2と共に放電加工されるが、被加工物2のうち加工されずに残された薄板部分の底面部もしくは上面部には保持具36も残留しているから、被加工物2が加工後に落下することはない。また、保持具36が被加工物2を背側面から保持している場合には、加工終了時に保持具36も僅かに加工されるが、被加工物2のうち加工されずに残された薄板部分に接している保持具36は引き続き被加工物2を保持しているから、被加工物2が加工後に落下することはない。
【0044】
次に、工具電極11と被加工物2を、相対的にZ軸方向に往復運動させることの意義について説明する。なお、以下の説明では、便宜上、被加工物2を固定し、工具電極11を移動させる場合について説明するが、両者の相対的な運動に基づく効果であるから、どちらを移動させても同じ説明が成立する。
【0045】
工具電極11がZ軸方向で往復運動を行なっている間、加工スリット内で工具電極11の周囲に存在する加工液34は、加工液34の粘性のため工具電極11とともに移動する。これにより、工具電極11のZ軸方向の往復運動によって加工スリット内の加工液の一部が工具電極11とともにZ軸方向へ移動して加工スリット外へ流出し、新たな加工液34が加工スリット外から工具電極11とともに加工スリット内へ流入する。
【0046】
この加工液34の流出と流入に伴って、加工間隙内で発生した加工屑や気泡が加工スリット外へ排出される。工具電極11のZ軸方向の往復運動に伴って入れ替わる加工液34の量が多いほど加工屑の排出作用が強くなり、異常放電等を起こしにくくなることから加工精度が大きく向上する。なお、工具電極11の短手方向の幅が広いほど加工屑の排出作用が強くなり、また、工具電極11の往復運動の距離が長いほど加工屑の排出作用が強くなる。
【0047】
一方、工具電極11の幅が狭いほど、工具電極11の短手方向(幅方向)と加工進行方向の平行度の誤差による加工溝幅の誤差が小さくなり、また、往復運動の距離が短いほど、工具電極11の長手方向と往復運動方向の平行度の誤差による加工間隙長の変動が小さくなる。このため、工具電極11の短手方向の幅、往復運動の距離は、適宜実験により求めることで最適なパラメータを得ることが必要である。
【0048】
本実施の形態では、例えば、工具電極11の厚さ(Y軸方向)が10μm〜500μm程度の場合、工具電極11の短手方向の幅を500μm〜25mm程度に、往復運動の距離を100μm程度以上、被加工物のZ軸方向の厚さ以下、望ましくは5mm以下にすることで、平行度及び加工面粗さの向上を図ることができる。
【0049】
なお、工具電極11の短手方向の幅や往復運動の距離は、加工液34の粘性、往復運動の速度、加工屑の大きさ、被加工物2の材質や厚さ、工具電極11の材質などに基づいて設定してもよい。
【0050】
なお、本実施の形態の説明では、工具電極11の長手方向が鉛直方向となるよう電極機構1を配設して電極機構1を上下方向に往復運動させたが、工具電極11の長手方向が水平方向や斜め方向となるよう電極機構1を配設し、電極機構1を工具電極11の長手方向へ往復運動させながら被加工物2を加工してもよい。
【0051】
ただし、工具電極11の長手方向を鉛直方向に設定した場合には、加工間隙内で発生する加工屑と気泡の排出に、加工液の粘性だけでなく重力の作用も働く。これにより、加工屑は下方への排出が促進されるとともに、気泡は上方への排出が促進され、効率良く加工屑を排出することが可能となる。
【0052】
また、本実施の形態の説明では、工具電極11のZ軸方向の移動速度については言及しなかった。一般の形彫り放電加工におけるジャンプ動作と同様に、工具電極11の移動に際し、往路と復路に同じ移動速度を用いてもよい。しかし、通常のジャンプ動作とは異なり、Z軸方向の往復運動中にも工具電極11と被加工物2は近接したままであるから、加工液の粘性による加工屑や気泡の移動は、工具電極11のZ軸方向の往復運動中にも生じている。したがって、工具電極11のZ軸方向における往復運動において、往路と復路で異なる運動(移動)速度を採用すれば、加工屑や気泡が徐々に一つの方向へ移動して排出されるため、加工屑や気泡をより多く排出できる。
【0053】
また、本実施の形態における工具電極11のZ軸方向の往復運動は、従来の形彫り放電加工におけるジャンプ動作のような、加工進行方向と反対方向の工具電極の移動を伴わない。このため、往復運動中も工具電極11と被加工物2の間の微小間隙を保つことができ、工具電極11と被加工物2の間に放電を発生させつづけることができる。すなわち、本実施の形態によれば、従来の形彫り放電加工におけるジャンプ動作と異なり、加工間隙から加工屑を排出している間も放電加工を同時並行的に実行できるから、高速なスリット加工が実現される。
【0054】
ただし、本実施の形態においては、従来の形彫り放電加工におけるジャンプ動作を併用しても、工具電極11のZ軸方向の往復運動による効果は得られるから、ジャンプ動作を併用しても支障はない。特に、加工スリットが浅い場合などに見られるように、ジャンプ動作による加工屑排出効果が加工中断による加工効率の低下を上回る場合には、ジャンプ動作の併用により加工性能が向上する。
【0055】
以上のように、本実施の形態によれば、被加工物をなす面のうち、ブレード状の工具電極が横断する面と、加工終了時に加工される面のうち少なくとも一つの面に保持具を固着し、被加工物と共に保持具も加工するため、加工終了後に残留した被加工物は保持具に保持されるので、被加工物の落下が防止される効果が得られる。
【0056】
また、本実施の形態によれば、加工中に被加工物の外側から薄いブレード状工具電極を保持しつつ強い張力を付与する電極機構を用いて、工具電極の厚さ方向と垂直な方向へスリット加工を実行するので、被加工物を薄くかつ僅かな切り代で高精度に切断できる効果と、深いスリット加工の際にも工具電極以外の電極機構が被加工物と干渉しない効果が得られる。
【0057】
また、本実施の形態によれば、被加工物の厚さよりも長い複数のブレード状の工具電極を、互いに間隙を空けつつ、各工具電極の厚さ方向が平行となるように保持する電極機構を用いて、各工具電極の厚さ方向に垂直な方向へ形彫り放電加工を進行させることにより、被加工物に複数のスリットを同時に加工できるので、ワイヤ放電加工装置のように加工中に各工具電極11の巻き取り処理や繰り出し処理を行なう必要がなく、簡便な構成で被加工物に多数のスリット加工を行える効果が得られる。
【0058】
また、本実施の形態によれば、段階状に複数の位置に給電部を設けたので、各工具電極の間隔が狭い場合にも、互いに短絡させることなく給電線を接続できる効果が得られる。また、本実施の形態によれば、薄いブレード状の工具電極の長手方向に往復運動させつつスリット加工を行うので、工具電極の幅よりも深いスリット加工の際にも加工屑を排出できるため、異常放電を発生させずに深いスリット加工を実現できる効果が得られる。
【0059】
また、本実施の形態によれば、ブレード状の工具電極と、その両端に薄板状のスペーサを交互に重ねて電極構造をなし、両端のスペーサ間の距離を被加工物の厚さより大きく設定したので、工具電極の長手方向への往復運動が可能となり、深いスリット加工が実現できる効果が得られる。
【0060】
また、本実施の形態によれば、工具電極の長手方向を鉛直方向に設定するので、加工間隙内で発生する加工屑と気泡の排出に、加工液の粘性だけでなく重力の作用を働かせることができるため、効率良く加工屑を排出できる効果が得られる。
【0061】
また、本実施の形態では、工工具電極の長手方向の往復運動において、往路と復路で異なる移動速度を採用したので、加工屑や気泡が徐々に一つの方向へ移動して排出されるため、加工屑や気泡をより多く排出できる効果が得られる。また、本実施の形態では、工具電極の長手方向の往復運動中も放電を発生させつづけるので、高速なスリット加工を実現する効果が得られる。
【0062】
実施の形態2.
本実施の形態では、電極機構1の他の変形例について、説明する。図9は、本実施の形態における工具電極11の長手方向に張力を与える機構を説明するための図、図10は、電極機構1をフレーム18に固定する構造を説明するための図である。
【0063】
まず、本実施の形態における工具電極11の長手方向に張力を与える機構を説明する。本実施の形態における電極機構1は、電極保持部14A,14Bの両端に、中央部が凸部となり概略弓状の引張部13X,13Yを、図9に示すように弓状の頂部が外側(すなわち、工具電極11と反対側)を向く方向に装着したものである。さらに詳細に説明すれば、引張部13X,13Yの長手方向の両端部に設けた貫通穴に、工具電極11の貫通穴とスペーサ12の貫通穴に挿入した電極保持部14A,14Bの両端を挿入した後、電極保持部14A,14Bの両端にナット13Zをねじ込んで締結したり、接着剤にて固定する等の方策により装着する。なお、ナットにより締結する場合には、電極保持部14A、14Bの両端に図9に示すようなネジを形成する。引張部13X,13Yを電極保持部14A,14Bへ取り付けた状態で、引張部13X,13Yの湾曲した弓状の凸部を図9の矢印に示した方向へ押すことにより、湾曲部分が広がり、工具電極11は互いに平行を保ちながら長手方向に張力を付与されることになる。
【0064】
つぎに、このように構成された電極機構1をフレーム18に固定する構造を説明する。図10に示すように、電極保持部14A、14Bは、フレーム18のY軸方向の大きさよりも長く、その両端にはネジが形成されており、フレーム18に設けられた貫通穴41A、41Bに挿入されている。また、フレーム18には、引張部13X,13Yの頂部を押す際に用いるボルト17X,17Y用のネジ穴41X,41Yも設けられている。ここで、引張部13X,13Yの頂部をボルト17X,17Yにより押して工具電極1に張力を付与すると、電極保持部14Aと14Bの間の距離が大きくなるので、フレーム18に設けられた貫通穴41A、41Bのいずれか一方もしくは両方は、挿入される電極保持部14A、14Bの両端に形成されているネジの直径よりも、工具電極1の(少なくとも)長手方向には大きく形成され、この電極保持部14A、14B間の距離が増大しても締結可能となるように構成されている。
【0065】
以上のような構成で、ボルト17X,17Yを締め付けることにより工具電極11の長手方向に張力を付与し、ナット15A、15Bをフレーム18の外側から電極保持部14A,14Bの両端のネジ部に装着して締め付けることにより、電極機構1をフレーム18に固定する。
【0066】
なお、ボルト17X,17Yによる引張部13X、13Yへの押圧により電極保持部14Aと14Bの間の距離が大きくなるので、ナット15A、15Bのうち、電極保持部14A、14Bの両端に形成されているネジの直径よりも大きく形成された貫通穴41A、41Bを介して電極保持部14A、14Bを締め付けるナット(ナット15A、15Bが双方とも相当する場合には少なくともいずれか一方のナット)の締め付けは、ボルト17X,17Yの締め付けよりも後に実行する。
【0067】
なお、上記実施例では被加工物をY軸方向の両側とZ軸方向の片側の三方から取り囲むコの字形状のフレームを採用し、Z軸方向の残った一方向は電極保持部14Bを代用して取り囲む構成としたが、電極保持部14Bよりも外側にフレームの下辺も設けて左右を連結し、フレームをロの字形状になせば、より剛性の高い構成とすることができる。また、本実施の形態においても、実施の形態1で述べたような、段階状の給電部を設けることにより、隣接する工具電極や給電線との短絡を防止する方法を併用することが可能である。なお、本実施の形態におけるフレーム18が特許請求の範囲に記載の第1の保持部に対応する。
【0068】
以上のように、本実施の形態によれば、ボルトのねじ込み量を変化させることにより工具電極に付与する張力を調節できるので、工具電極の材質、幅、厚さ、長さ等を変更した場合にも、フレームを再製作することなく最適な張力を工具電極に付与できる。
【0069】
また、本実施の形態によれば、加工中に被加工物の外側から薄いブレード状工具電極を保持しつつ強い張力を付与する電極機構を用いて、工具電極の厚さ方向と垂直な方向へスリット加工を実行するので、被加工物を薄くかつ僅かな切り代で高精度に切断できる効果と、深いスリット加工の際にも工具電極以外の電極機構が被加工物と干渉しない効果が得られる。
【0070】
また、本実施の形態によれば、被加工物の厚さよりも長い複数のブレード状の工具電極を、互いに間隙を空けつつ、各工具電極の厚さ方向が平行となるように保持する電極機構を用いて、各工具電極の厚さ方向に垂直な方向へ形彫り放電加工を進行させることにより、被加工物に複数のスリットを同時に加工できるので、ワイヤ放電加工装置のように加工中に各工具電極11の巻き取り処理や繰り出し処理を行なう必要がなく、簡便な構成で被加工物に多数のスリット加工を行える効果が得られる。また、本実施の形態によれば、段階状に複数の位置に給電部を設けたので、各工具電極の間隔が狭い場合にも、互いに短絡させることなく給電線を接続できる効果が得られる。
【0071】
実施の形態3.
本実施の形態では、電極機構1の他の変形例について、図11、12を用いて説明する。本実施の形態では、加工中に被加工物2を取り囲むフレーム18上に、工具電極11の位置を固定する位置ぎめピン22と、ブレード状の工具電極11を巻きつけて張力を付与するコマ23を設ける。
【0072】
フレーム18は、図11に示すような形状であって、実施の形態1と同様に、スリットを深くまで加工しても被加工物と干渉しないように、Y軸方向(すなわち工具電極11の厚さ方向)には被加工物のY軸方向の厚さよりも大きい空間であって、Z軸方向(すなわち工具電極の長手方向)には被加工物および保持具のZ軸方向の厚さと工具電極11の往復運動の片道工程距離の和よりも大きい空間を、Y軸方向およびZ軸方向の三方もしくは四方から取り囲むコの字形状もしくはロの字形状となっている。ただし、コの字形状の場合には、Z軸方向の両側とY軸方向の片側の三方から取り囲む形状を成している。
【0073】
工具電極11は、図11に示すように、位置ぎめピン22の側面を経由してコマ23に両端が巻きつけられている。位置ぎめピン22は、工具電極11の1枚につき、それぞれ工具電極11の長手方向に被加工物2を挟んだ両側に一つずつ、計二つ一組をフレーム18上に設ける。また、位置ぎめピン22は、側面が工具電極11の幅方向に平行となるように設置され、その側面位置により工具電極11の厚さ方向(すなわち、Y軸方向)の位置を確定させる。コマ23は、位置ぎめピン22の一つにつき一つがフレーム18上に設けられ、位置ぎめピン22の側面を経由した工具電極11を巻きつける。工具電極11の巻き取り量をコマ23の回転量により調整することにより、工具電極11には所定の張力が付与される。なお、コマ23の回転角はネジを用いた締結により設定および固定してもよいが、逆回転を防止するラチェット機構を採用すれば工具電極11の巻き取りとコマ23の回転角の設定作業が容易となる。
【0074】
以上の構成を複数の工具電極11それぞれに対して施す。その際、図11に示すように、複数の位置ぎめピン22を、その側面の位置が少しずつずらされるように設置することにより、複数の工具電極11がY軸方向に微小な間隙を隔てて平行に設置される。なお、それぞれの工具電極11が、互いに電気的に絶縁され、個別にパルス電圧を印加可能な状態で加工電源に接続される必要がある点は、実施の形態1と同様である。この接続を実現するには、例えば工具電極11を、フレーム18、位置ぎめピン22、コマ23と絶縁し、工具電極11にはすでに図7を用いて説明したような段階的な電源接続部を設ける方法がある。
【0075】
工具電極11をフレーム18と絶縁するには、例えば、工具電極11をフレーム18と直接接触しないように引き離して設置したり、フレーム18全体を絶縁性のセラミックスで構成したり、フレーム18の表面に絶縁性塗料を塗布するなどの方法が考えられ、工具電極11と位置ぎめピン22およびコマ23を絶縁する方法には、位置ぎめピン22とコマ23の工具電極11と接する表面を絶縁性材料で構成するなどの方法が考えられる。
【0076】
なお、上記実施の形態では工具電極を位置ぎめピンやコマから絶縁したが、各工具電極に対応する位置ぎめピンやコマを介して給電する構成も可能である。例えば、導電性の位置ぎめピンやコマを絶縁物で製作したブシュやスリーブを介してフレームに固定したり、絶縁物で製作したフレームに固定するなどの方策により、それぞれの位置ぎめピンとコマを互いに電気的に絶縁状態となした状態とし、そこに工具電極を設置すれば、各工具電極は、接触しているそれぞれの位置ぎめピンやコマとは導通状態であるが、他の工具電極および他の工具電極に接触している位置ぎめピンやコマとは非導通状態となるので、導通している位置ぎめピンやコマに給電線を接続することにより、各工具電極に個別に給電する構成が実現でき、電源接続部を省略できる効果が得られる。
【0077】
また、上記実施の形態ではフレーム18の片面に工具電極11を張りわたしたが、図12に示すように、フレーム18を2枚として位置ぎめピン22やコマ23の両端を保持する構成としたり、フレーム18の両面に工具電極11を交互に張るなどの方法を採用すれば、フレーム18が受ける張力の偏りを大きく減少させることができるので、多数の工具電極11を架設した場合の工具電極11の張力の偏りによるフレーム18の湾曲を防止できる。なお、本実施の形態におけるフレーム18が特許請求の範囲に記載の第2の保持部に対応する。
【0078】
以上のように、本実施の形態によれば、各工具電極それぞれを対応する位置ぎめピンとコマにより個別に架設しているので、フレームを再製作することなく各工具電極毎に最適な張力を付与できる効果や、工具電極が一部損傷した場合にも全体を分解することなく損傷部分のみ交換可能となる効果が得られる。
【0079】
また、本実施の形態によれば、導電性の位置ぎめピンやコマそれぞれを互いに電気的に絶縁状態となした状態で工具電極を設置し、位置ぎめピンやコマに給電線を接続したので、各工具電極に個別に給電する構成が容易に実現できる効果が得られる。
【0080】
また、本実施の形態によれば、フレーム18を2枚として位置ぎめピン22やコマ23の両端を保持する構成としたので、多数の工具電極11を架設した場合の工具電極11の張力の偏りによるフレーム18の湾曲を防止する効果が得られる。
【0081】
また、本実施の形態によれば、フレーム18の両面に工具電極11を交互に張る構成としたので、多数の工具電極11を架設した場合の工具電極11の張力の偏りによるフレーム18の湾曲を防止する効果が得られる。
【0082】
また、本実施の形態によれば、加工中に被加工物の外側から薄いブレード状工具電極を保持しつつ強い張力を付与する電極機構を用いて、工具電極の厚さ方向と垂直な方向へスリット加工を実行するので、被加工物を薄くかつ僅かな切り代で高精度に切断できる効果と、深いスリット加工の際にも工具電極以外の電極機構が被加工物と干渉しない効果が得られる。
【0083】
また、本実施の形態によれば、被加工物の厚さよりも長い複数のブレード状の工具電極を、互いに間隙を空けつつ、各工具電極の厚さ方向が平行となるように保持する電極機構を用いて、各工具電極の厚さ方向に垂直な方向へ形彫り放電加工を進行させることにより、被加工物に複数のスリットを同時に加工できるので、ワイヤ放電加工装置のように加工中に各工具電極11の巻き取り処理や繰り出し処理を行なう必要がなく、簡便な構成で被加工物に多数のスリット加工を行える効果が得られる。また、本実施の形態によれば、段階状に複数の位置に給電部を設けたので、各工具電極の間隔が狭い場合にも、互いに短絡させることなく給電線を接続できる効果が得られる。
【0084】
実施の形態4.
本実施の形態では、工具電極11の往復運動の変形例について説明する。図13は、工具電極11の移動経路の一例を示す図であり、工具電極11と被加工物2をY軸方向から見た断面図を示している。
【0085】
実施の形態1では、工具電極11を長手方向へ往復運動させることにより加工屑および気泡を排出したが、本実施の形態では、往復運動の往路と復路のいずれか一方において、工具電極11を加工進行方向から僅かに後退させた状態で移動させる。
【0086】
例えば、図13に示すように、工具電極11がNC制御装置31のサーボ機能により加工進行方向に進んで、被加工物2へのスリット加工を進める(1)。この加工中に工具電極11をZ軸方向の例えば下方向に所定の距離(距離L)だけ移動させる(2)。これにより、被加工物2の加工によって発生した加工間隙内の加工屑と気泡が被加工物2の下面側から排出される。つぎに、往復運動の折り返し位置で工具電極11を加工進行方向と逆側に所定の微小距離(距離B)だけ後退させ、Z軸方向の上方向に所定の距離(距離L)だけ移動させ、さらに加工進行方向に所定の微小距離(距離B)だけ前進させる(3)。これにより、被加工物2の加工によって発生した加工間隙内の気泡が被加工物2の上面側から排出される。この処理(1)〜(3)を繰り返すことによって、加工を進行させる。なお、処理(1)と処理(2)は、同時に行なってもよい。
【0087】
ここで、所定の微小距離Bは、加工中の加工間隙長である10μm前後の数倍以上がふさわしく、例えば100μm程度が採用される。したがって、上記の処理工程のうち、工具電極11が所定の微小距離Bだけ後退し、被加工物2との距離が増大する工程(3)では、放電がほとんど発生しない状態となり、何の効果も得られないように思われる。しかしながら、工程(1)では工具電極11と被加工物2とが近接しているため、工具電極11の移動により被加工物2近傍の加工屑および気泡も工具電極11の移動方向へ移動するが、微小距離Bだけ後退した工程(3)では工具電極11と被加工物2とが離れているため、工具電極11が移動しても被加工物2近傍の加工屑および気泡が工具電極11の移動方向へ移動しない状態が実現される。したがって、上記処理工程(1)〜(3)を繰り返すことにより、加工間隙に存在する加工屑や気泡は、工程(1)にて工具電極11が移動する方向へ移動を続け、ついには加工間隙外へ排出される。特に、図13に示したように、工程(1)にて工具電極を鉛直下方へ移動させる方法は、気泡に比べて排出の難しい加工屑を重力の方向と同じ方向へ移動させる作用を持っているので、加工屑を排出する効果が高い。
【0088】
なお、本実施の形態においても、実施の形態1の説明で述べたような、工具電極の往復運動を往路と復路で異なる速度にて実行することにより加工屑の排出を促進する効果も併用できる。
【0089】
以上のように、本実施の形態によれば、工具電極を長手方向へ往復運動させる際に、往路と復路のいずれか一方において、工具電極を加工進行方向から僅かに後退させた状態で移動させるので、通常の形彫り放電加工で周知のジャンプ動作や本発明の実施の形態1に示した方法を用いても加工屑や気泡を排除できずに加工が不可能となるような難しい加工においても、効率的に加工屑や気泡を排除し、加工を継続できる効果が得られる。
【0090】
また、本実施の形態によれば、工具電極を後退させないで移動させる方向を鉛直下方としたので、気泡に比べて排出の難しい加工屑を重力の方向と同じ方向へ移動させることができ、さらに効率的に加工屑を排出する効果が得られる。
【0091】
また、本実施の形態では、工工具電極の長手方向の往復運動において、往路と復路で異なる移動速度を採用したので、加工屑や気泡が徐々に一つの方向へ移動して排出されるため、加工屑や気泡をより多く排出できる効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
以上のように、本発明に係る形彫放電加工方法および形彫放電加工装置は、帯状の工具電極を用いて被加工物にスリット形状を加工する際の放電加工に適している。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】実施の形態に係る放電加工の概念を説明するための説明図である。
【図2】実施の形態に係る放電加工装置の構成を示す図である。
【図3】電極機構の構成を説明するための図(1)である。
【図4】電極機構の構成を説明するための図(2)である。
【図5】電極機構の構成を示す図である。
【図6】工具電極と、被加工物および保持具との加工進行方向の相対位置を説明するための図である。
【図7】工具電極毎に加工電源を接続する場合の工具電極の構成を説明するための図である。
【図8】電極機構の構成および動作を説明するための図である。
【図9】工具電極に与える長手方向の張力を説明するための図である。
【図10】引張部とともに工具電極をフレームに装着させた場合の電極機構の構成を示す図である。
【図11】電極機構の他の構成の一例を示す上面図である。
【図12】2枚のフレームで工具電極を挟み込む場合の電極機構の構成を示す断面図である。
【図13】電極機構の移動経路の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0094】
1 電極機構
2 被加工物
3 主軸
11 工具電極
12 スペーサ
13X,13Y 引張部
13Z,15A,15B ナット
14A,14B 電極保持部
17X,17Y ボルト
18 フレーム
22 位置ぎめピン
23 コマ
31 NC制御装置
32 モータ
33 加工槽
34 加工液
35 定盤
36 保持具
37 加工電源
38 加工液調整部
41A,41B 貫通穴
41X,41Y ネジ穴
51 給電線
52A〜52C 電源接続部
100 放電加工装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
帯状の工具電極の厚さの垂直方向がスリット形成加工進行方向となるように、前記工具電極を把持し、前記工具電極を相対的に移動させつつ、被加工物と前記工具電極との間にパルス状の電圧を印加し、放電加工を行う形彫放電加工方法において、
前記被加工物を被加工物保持部材に導電性を維持して接着する固着工程と、
前記被加工物をスリット加工する加工工程と、
を備えたことを特徴とする形彫放電加工方法。
【請求項2】
前記加工工程は、前記被加工物をスリット加工する際に前記被加工物保持部材ごとスリット加工することを特徴とする請求項1に記載の形彫放電加工方法。
【請求項3】
前記加工工程は、所定間隔離間してスリットを形成するよう複数配置された帯状の工具電極を外側保持具で保持した電極部材を用い、該スリット部分に被加工物加工領域全てが内包されるように前記被加工物を載置し、加工を行うことを特徴とする請求項1または2に記載の形彫放電加工方法。
【請求項4】
前記加工工程は、前記工具電極を、前記被加工物に形成されたスリット中に介在させた状態で、前記工具電極の長手方向に、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させる摺動工程を備えたことを特徴とする請求項3に記載の形彫放電加工方法。
【請求項5】
前記摺動工程は、前記被加工物の放電加工中に、前記被加工物と前記工具電極との間の放電を維持した状態で、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させることを特徴とする請求項4に記載の形彫放電加工方法。
【請求項6】
前記摺動工程は、前記被加工物と前記工具電極との間の放電を休止した状態で、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させることを特徴とする請求項4に記載の形彫放電加工方法。
【請求項7】
前記摺動工程は、前記工具電極の長手方向に、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させる往復運動の際の往路と復路とで、前記工具電極の移動速度を異なる移動速度で移動させることを特徴とする請求項4〜6のいずれか1つに記載の形彫放電加工方法。
【請求項8】
前記摺動工程は、前記往復運動の際の工具電極の折り返し位置で、前記工具電極と前記被加工物との極間距離を離す方向に所定の距離だけ後退させることを特徴とする請求項7に記載の形彫放電加工方法。
【請求項9】
帯状の工具電極の厚さの垂直方向がスリット形成加工進行方向となるように、前記工具電極を外側保持具で把持し、前記工具電極を相対的に移動させつつ、被加工物と前記工具電極との間にパルス状の電圧を印加し、放電加工を行う形彫放電加装置において、
前記工具電極は、所定間隔離間してスリットを形成するよう複数配置され、該スリット部分は該スリット部分に被加工物加工領域全てが内包される大きさを有するものであることを特徴とする形彫放電加工装置。
【請求項10】
前記工具電極を囲繞する位置に配設された壁面であって、前記工具電極をスリット形成加工進行方向に進めた際に前記壁面が前記工具電極によって加工される被加工物の加工位置を通過しない壁面を用いて前記工具電極は保持されることを特徴とする請求項9に記載の形彫放電加工装置。
【請求項11】
前記工具電極は、工具電極の一端を櫛歯状に固定したものであることを特徴とする請求項9に記載の形彫放電加工装置。
【請求項12】
前記工具電極は、当該工具電極の両端近傍にスペーサを介して複数積層されると共に、前記スペーサ及び前記工具電極に設けられた貫通穴に連結部材を貫通させ、該連結部材を工具電極長手方向に張力を付与した状態で保持することを特徴とする請求項11に記載の形彫放電加工装置。
【請求項13】
前記工具電極の表面側および裏面側から前記連結部材を保持する第1の保持部と、
前記第1の保持部に頂部を押接された状態で保持されるとともに両端近傍で前記連結部材が貫通する湾曲部材と、
を備え、
前記湾曲部材は、前記頂部の押接によって自身が伸ばされるとともに、自身の伸びによって前記連結部材に工具電極長手方向の張力を付与することを特徴とする請求項9〜12のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。
【請求項14】
前記各工具電極は、前記工具電極毎にそれぞれの加工電源と接続する電源接続部を備え、
前記各電源接続部は、隣り合う電源接続部とは工具電極長手方向の位置が異なる位置に配設されていることを特徴とする請求項9〜13のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。
【請求項15】
前記工具電極を円環状の一方の主面上で保持する第2の保持部をさらに備え、
前記工具電極は、前記主面と前記工具電極の短手方向が垂直となるよう前記主面上に複数配設されると共に、工具電極長手方向に張力が付与された状態で前記第2の保持部に保持されることを特徴とする請求項11に記載の形彫放電加工装置。
【請求項16】
前記工具電極の長手方向の端部を保持するとともに回転による前記工具電極の巻き取りによって前記工具電極の長手方向に張力を付与するコマと、
前記工具電極の主面と当接して回転するとともに前記工具電極の端部を前記コマへ導くピンと、
をさらに備えることを特徴とする請求項15に記載の形彫放電加工装置。
【請求項17】
前記工具電極は、前記コマまたはピンを介して給電されることを特徴とする請求項16に記載の形彫放電加工装置。
【請求項18】
前記第2の保持部は2枚からなり、かつ前記工具電極は前記第2の保持部の間に配設されることを特徴とする請求項15〜17のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。
【請求項19】
前記工具電極は、前記各第2の保持部が備えるそれぞれのコマに保持されることを特徴とする請求項16〜18のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。
【請求項20】
前記工具電極を、前記被加工物に形成されたスリット中に介在させた状態で、前記工具電極の長手方向に、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させる摺動手段をさらに備えたことを特徴とする請求項9〜19のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。
【請求項21】
前記摺動手段は、前記被加工物の放電加工中に、前記被加工物と前記工具電極との間の放電を維持した状態で、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させることを特徴とする請求項20に記載の形彫放電加工装置。
【請求項22】
前記摺動手段は、前記被加工物と前記工具電極との間の放電を休止した状態で、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させることを特徴とする請求項20に記載の形彫放電加工装置。
【請求項23】
前記摺動手段は、前記工具電極の長手方向に、前記工具電極と被加工物とを相対的に移動させる往復運動の際の往路と復路とで、前記工具電極の移動速度を異なる移動速度で移動させることを特徴とする請求項20〜22のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。
【請求項24】
前記摺動手段は、前記往復運動の際の工具電極の折り返し位置で、前記工具電極と前記被加工物との極間距離を離す方向に所定の距離だけ後退させるとともに、その後、前記工具電極をスリット形成加工進行方向に進めて元の位置に戻すことを特徴とする請求項23に記載の形彫放電加工装置。
【請求項25】
前記工具電極によって形成するスリットは、鉛直方向であることを特徴とする請求項9〜24のいずれか1つに記載の形彫放電加工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2010−105051(P2010−105051A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−33960(P2007−33960)
【出願日】平成19年2月14日(2007.2.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「太陽光発電システム未来技術研究開発 未来型超薄型多結晶シリコン太陽電池の研究開発(放電加工スライス、セルプロセス)」委託契約、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】