説明

形彫放電加工用工具電極

【課題】製造コストの上昇を抑えつつ、導体の消耗を抑制する被覆層の導体に対する密着力を高めることができる形彫放電加工用の工具電極を提供する。
【解決手段】タンタル銅からなる導体41を覆うように導体41より硬度の高い硬質被覆層(TiCN層)43が設けられている形彫放電加工用の工具電極40において、導体41とTiCN層43との間に、無電解メッキまたは電解メッキのいずれかでメッキされてなり、導体41の硬度よりも高くTiCN層43の硬度よりも低い硬度を有する中間層(Ni−Pメッキ層)42が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形彫放電加工に使用される放電加工用工具電極に関する。
【背景技術】
【0002】
工具電極と被加工物との間にアーク放電を発生させて、被加工物を微小量ずつ溶融除去する放電加工という加工方法がある。このような放電加工においては、アーク放電の高いエネルギーによる高い熱と大きい衝撃が工具電極に加わり、工具電極が消耗するという問題が発生する。放電加工の一つに、工具電極の形状を被加工物に転写する形彫放電加工がある。形彫放電加工では、工具電極の形状が被加工物に転写されるため、アーク放電により工具電極が消耗し、工具電極の形状が変化すると、加工精度が低下してしまう。
【0003】
そこで、工具電極の消耗を抑制するために様々な工夫がなされてきた。例えば、特許文献1(特開平7−290318号公報)には、銅などの良熱伝導材料からなる導体の表面に、TiNを被覆する工具電極が提案されている。このように構成された工具電極では、TiNが導電性耐熱材料であることから、アーク放電により発生する高温に対して工具電極が保護されることとなる。また、導体が銅などの良熱伝導材料からなっているので加工時に熱せられた工具電極の熱を速やかに逃がすことができる。このようにして、特許文献1では工具電極の消耗を防いでいる。
【0004】
また、特許文献1において、TiNからなる被覆層は、導体から被覆層の間が傾斜組成となるようにイオンミキシング法によって導体に被覆されている。これにより、導体と被覆層との間にTiNの組成が導体から被覆層に向かって多くなるようなミキシング層が形成される。このミキシング層が形成されることにより、導体と被覆層との膨張率の相違に起因する応力が緩和され、被覆層の導体からの剥離が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−290318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1の技術では、上記ミキシング層を、一般的な物理蒸着(PVD)や化学蒸着(CVD)や無電解メッキや電解メッキなどの被覆方法に比べ高価なイオンミキシング法によって形成している。
【0007】
この一方で、特許文献1には、イオンミキシング法に代えて、物理蒸着(PVD)や化学蒸着(CVD)によって導体の表面にTiNなどの硬度の高い被覆層を設けることが開示されている。しかし、TiN層を形成する場合、導体と被覆層との間にミキシング層を設けることが不可能となり、放電加工時のアーク放電に起因する衝撃圧力により導体から被覆層が剥離しやすくなるという問題が発生する。
【0008】
このTiNの硬度は、導体として使用している銅の硬度に比べ非常に高い。しかし、TiNは、銅に比べ非常に脆い性質を有する。直接、銅からなる導体に、硬度の高いTiNを被覆したものを工具電極として用いると、放電加工時の衝撃圧力が導体に伝播し、導体である銅が大きく撓む。この導体の大きな撓みにより、被覆層の割れや導体からの被覆層の剥離が発生するのである。
【0009】
以上説明したように、イオンミキシング法により被覆層を形成する形態では、導体に対する密着力の点では優れるが、その反面、製造コストが高くなる。一方、被覆層を物理蒸着(PVD)や化学蒸着(CVD)により形成する形態では、イオンミキシング法を用いて被覆する形態に比べ製造コストの上昇を抑えることができるが、その反面、被覆層に割れが発生したり、被覆層が導体から剥離しやすくなる。
【0010】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、製造コストの上昇を抑えつつ、導体の消耗を抑制する被覆層の導体に対する密着力を高めることができる形彫放電加工用の工具電極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1記載の発明は、銅を含有する導体が、前記導体より硬度の高い硬質被覆層によって覆われている形彫放電加工用工具電極であって、
前記導体と前記硬質被覆層との間に、無電解メッキまたは電解メッキのいずれかでメッキされてなり、前記導体の硬度よりも高く前記硬質被覆層の硬度よりも低い硬度を有する厚み方向の成分が均一な中間層が設けられていることを特徴とする。
【0012】
銅を含有する導体が硬度の高い硬質被覆層によって覆われることによれば、放電加工時のアーク放電に起因する衝撃圧力による導体の消耗を効果的に抑制することができる。しかし、導体と、導体に直接被覆される硬質被覆層の硬度差が非常に大きい場合では、放電加工時の衝撃圧力により、硬質被覆層が割れたり、導体から硬質被覆層が剥離したりするおそれがある。これは、工具電極に入力された衝撃圧力が導体にまで伝わることにより、硬度の比較的低い導体が大きく撓むことが原因であると考えられる。導体が大きく撓むことにより、硬度の高い硬質被覆層が導体の大きな撓みに追従できず、硬質被覆層が割れたり、硬質被覆層が導体から剥離したりするのである。
【0013】
これに対し、請求項1記載の発明では、導体と硬質被覆層との間に、導体の硬度よりも高く、硬質被覆層の硬度よりも低い硬度を有する中間層を設けている。この層を設けることにより、硬質被覆層に入力された衝撃圧力は直接導体には伝わらずに、一旦中間層に入力されることとなる。中間層では、入力された衝撃圧力に応じて撓み、衝撃圧力のエネルギーがここである程度消費される。このため、導体への衝撃圧力のエネルギーが減少することとなる。これにより、衝撃圧力が硬質被覆層から直接導体に伝わる場合よりも、導体の撓みは小さくなる。また、中間層の硬度は、導体よりも高く、硬質被覆層よりも低いため、導体ほど大きくは撓まない。以上のことにより、中間層が衝撃圧力により撓んだとしても、硬質被覆層が導体に直接被覆されている場合に比べ、硬質被覆層の割れや剥離の発生が抑えられるのである。
【0014】
また、請求項1記載の発明では、衝撃圧力の緩和機能を有し、硬質被覆層の剥離抑制効果を発揮する中間層を、イオンミキシング法により得られるミキシング層ではなく、無電解メッキまたは電解メッキのいずれかでメッキされてなる厚み方向に成分が均一な層としている。このため、イオンミキシング法により中間の層を作成する従来技術に場合に比べ安価に工具電極を製造することができる。なお、請求項1記載の発明において、「厚み方向に成分が均一な中間層」とは、中間層を構成する材料の成分を意図的に変化させたものではないということを意味している。
【0015】
導体を覆っている中間層としては、導体が銅を含有する材料であることから銅との密着性が重要な要素となる。また、銅との密着性を確保した上で、請求項1記載の発明のように所定の硬度を確保することが必要となる。さらに、その上で、メッキ処理によりなされるメッキ層の厚さのばらつきを小さくする必要がある。形彫放電加工用工具電極の寸法精度は加工精度と関連性が高く、メッキ層の厚さがばらつくと加工精度が低下してしまうからである。加えて、メッキ処理を行う際の温度条件が導体を変質させない程度の温度で行える材料でなければならない。導体がメッキ処理時の温度によって変質してしまうと工具電極の寸法精度が低下してしまうからである。
【0016】
請求項2記載の発明のように、工具電極の導体を覆う中間層としてNi−P合金からなるNi−Pメッキ層を用いることによれば、上述した条件を全て満足するため、良質な形彫放電加工用工具電極を提供することができる。
【0017】
請求項3記載の発明のように、中間層は無電解メッキされてなっているので、電解メッキされてなるものよりもより層の厚さのばらつきを抑えることが可能となる。これにより、工具電極としての寸法精度を高めることができ、加工精度の高い工具電極を提供することができる。
【0018】
請求項4記載の発明のように、導体に含まれる銅をタフピッチ銅または無酸素銅とすることによれば、導体として銅合金を使用する場合に比べ工具電極の製造コストの上昇を抑制することができる。
【0019】
請求項5記載の発明のように、硬質被覆層として、炭窒化チタンを使用することが好ましい。炭窒化チタンの硬度は例えばビッカース硬さで数千Hv程度であり、放電加工時に発生する衝撃圧力に対して十分か耐衝撃性を確保することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】形彫放電加工装置の概略構成を示す構成図である。
【図2】図1の形彫放電加工装置に用いられる本発明の一実施形態における工具電極の概略構成を示す図であり、(a)は放電加工装置における移動装置側の平面図であり、(b)は(a)のA−A線に沿う断面図であり、(c)は被加工物側の平面図である。
【図3】比較例における工具電極の概略構成を示す図であり、図2(b)に対応する図である。
【図4】図3に示す比較例における工具電極がアーク放電による衝撃圧力を受けたときの状態を説明する写真である。
【図5】図2に示す一実施形態における工具電極がアーク放電による衝撃圧力を受けたときの状態を説明する写真である。
【図6】図2に示す工具電極以外の形状を有する工具電極の概略構成を示す図であり、(a)は工具電極の被加工物側の部分の軸直角方向の断面を示す図であり、(b)は工具電極の側面を示す図である。
【図7】図2に示す工具電極以外の形状を有する工具電極の概略構成を示す図であり、(a)は工具電極の被加工物側の部分の軸直角方向の断面を示す図であり、(b)は工具電極の側面を示す図である。
【図8】図2に示す工具電極以外の形状を有する工具電極の概略構成を示す図であり、(a)は工具電極の被加工物側の部分の軸直角方向の断面を示す図であり、(b)は工具電極の側面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
(一実施形態)
(形彫放電加工装置)
図1は、形彫放電加工装置10の概略構成を示す図である。形彫放電加工装置10は、工具電極40と被加工物70との間にアーク放電81を発生させて、被加工物70を微小量ずつ溶融除去することにより、工具電極40の形状を被加工物70に転写する装置である。
【0023】
形彫放電加工装置10は、加工槽20、放電発生装置30、工具電極40、および移動装置50などから構成されている。この装置10によって加工される被加工物70は、加工液60で満たされる加工槽20の底部に配置される。本実施形態では、加工液60として炭化水素系のものを使用する。被加工物70の加工予定箇所には、微小隙間を介して工具電極40が配置される。
【0024】
被加工物70および工具電極40は、放電発生装置30から高電圧が加えられたときに、被加工物70が陰極となり、工具電極40が陽極となるように放電発生装置30に接続されている。放電発生装置30は、工具電極40と被加工物70との間に高電圧をパルス状に加える装置である。図1に示すように工具電極40は移動装置50に把持されている。移動装置50は被加工物70に対する工具電極40の位置をアーク放電81が発生可能な位置に調整する装置である。
【0025】
図2は、図1の形彫放電加工装置10に用いられる本発明の第一実施形態における工具電極40の概略構成を示す図であり、(a)は放電加工装置10における移動装置50側の平面図であり、(b)は(a)のA−A線に沿う断面図であり、(c)は被加工物70側の平面図である。図1および図2に示すように工具電極40の被加工物70と対向する被加工物70側の形状は角柱状となっている。また、被加工物70とは反対側は、移動装置50が把持可能な円柱状となっている。
【0026】
工具電極40と被加工物70との距離が移動装置50により調整され、放電発生装置30より両要素40,70の間にパルス状の高電圧が加えられると、両要素40,70が最も接近した部分にアーク放電81が生じる。このアーク放電81により、短時間のうちに被加工物70の表面が溶融、蒸発されて除去される。除去された部分は加工液60により再凝固し、微小な加工屑82となって、加工液60とともに両要素40,70間から排出される。
【0027】
両要素40,70に発生するアーク放電81は、両要素40,70の最も近いところで発生する。アーク放電81が発生した箇所の被加工物70の一部が除去されると、その部分の距離は遠くなり、別の部分が近くなる。そうすると、その別の部分にアーク放電81が発生し、その部分の被加工物70の一部が除去されることとなる。これが繰り返されることにより、放電加工が進行する。これにより、工具電極40の形状が被加工物70に転写され被加工物70表面に角柱状の穴80が形成されるのである。
【0028】
(工具電極)
工具電極40は、角柱状部分と円柱状部分とを有する電極の母材となる導体41、導体41の角柱状部分を被覆する中間層42、および中間層42を被覆する硬質被覆層43からなっている。本実施形態では、導体41として良熱伝導材料であり、かつ良導電性材料であるタフピッチ銅を採用している。
【0029】
中間層42は、導体41の角柱部分を被覆する層であり、硬度が導体41の硬度よりも高い。本実施形態では、中間層42はNi−P合金からなるNi−Pメッキ層42となっている。このNi−Pメッキ層42は、導体41の表面に無電解メッキまたは電解メッキのいずれかのメッキ処理により被覆されている。本実施形態のNi−Pメッキ層42において、硬度は500〜700Hv(ビッカース硬さ)となっており、厚さは5μm程度となっている。なお、本実施形態では、Ni−Pメッキ層42を構成するNi−P合金の成分は厚み方向においてほぼ均一となっている。ここでいう均一とは、意図的に厚み方向の成分を変化させていないという意味である。
【0030】
硬質被覆層43は、中間層42を被覆する層であり、硬度がNi−Pメッキ層42よりも高い。本実施形態では、硬質被覆層43は炭窒化チタン(TiCN)からなるTiCN層43となっている。このTiCN層43は、Ni−Pメッキ層42の表面に物理蒸着(PVD)によって蒸着されている。本実施形態のTiCN層43において、硬度は約2800Hv(ビッカース硬さ)となっており、厚さは2μm程度となっている。
【0031】
(工具電極の製造方法)
以下、図1および図2に示す形状を有する工具電極40の製造手順について説明する。
【0032】
まず、被加工物70側の形状が転写形状(角柱状)となるように加工されたタフピッチ銅からなる導体41を用意する。その後、導体41における角柱状部分の表面にNi−Pメッキ層42を被覆する。本実施形態では、Ni−Pメッキ層42は、無電解メッキにより100℃以下の温度条件で導体41の表面に被覆される。これにより、メッキ処理時の熱による導体41の変質を抑制することができる。なお、上述したように上記温度条件を満たすことができれば、電解メッキによりNi−Pメッキ層42を被覆してもよい。
【0033】
ただ、好ましくは無電解メッキにより導体41にNi−Pメッキ層42を被覆するのがよい。無電解メッキによるメッキ処理によれば、よりNi−Pメッキ層42の厚さのばらつきを抑えることができるからである。
【0034】
電解メッキは導体41に電流を流しながらメッキする方法である。電解メッキの場合、原則として導体41にメッキされる層の厚さは、流した電気量(電流×時間)に比例する。一つの導体41をメッキ処理する場合、導体41の各部位のメッキ時間は同じと考えられる。しかしながら、導体41を流れる電流は、各部位で流れ方が一様ではなく異なっているため、導体41に電流分布が発生することとなる。上述したようにメッキされる層の厚さは、流した電気量に比例するため、導体41に電流分布が発生するとメッキされる層の厚さがばらついてしまう。これでは、工具電極40の寸法精度を高めることができない。
【0035】
一方、無電解メッキは、電解メッキとは異なり化学反応を利用するメッキ方法であるため、メッキ液と接触している部位は一様に反応することとなり、メッキ層の厚さのばらつきを電解メッキに比べ低く抑えることが可能となる。これにより、工具電極40の寸法精度を高めることができる。
【0036】
その後、Ni−Pメッキ層42の表面にTiCN層43を被覆する。本実施形態では、このTiCN層43は物理蒸着(PVD)により500℃以下の温度条件でNi−Pメッキ層42の表面に被覆される。この温度条件でTiCN層43の被覆を行えばNi−Pメッキ層42や導体41の変質を伴なうことなくTiCN層43をNi−Pメッキ層42の表面に被覆することができる。このような手順により、工具電極40は製造される。Ni−Pメッキ層42へのTiCNの蒸着は、化学蒸着(CVD)を用いてもよい。ただ、極力低い温度で蒸着する必要がある。TiCNを蒸着する際のNi−Pメッキ層42や導体41への熱による変質を抑制するためである。
【0037】
(工具電極の作用効果)
次に、上記手順によって製造された二層構造の工具電極40の作用効果について説明する。形彫放電加工装置10の移動装置50が被加工物70の加工予定箇所に工具電極40を接近させた状態で、放電発生装置30がパルス状の高電圧を工具電極40と被加工物70との間に印加すると両要素40,70の間にアーク放電81が発生する。このアーク放電81の発生により、被加工物70の表面の一部が溶融、蒸発されて除去される。このとき、両要素40,70のアーク放電81発生箇所には、アーク放電81による衝撃圧力が加わることとなる。
【0038】
以下、アーク放電81による衝撃圧力の工具電極40への影響について、タフピッチ銅のみで形成される工具電極400と、上で説明した本実施形態の構造を有する工具電極40とを比較して説明する。図3は、比較例における工具電極400の概略構成を示す図である。図4は、図3に示す比較例における工具電極400がアーク放電81による衝撃圧力を受けたときの状態を説明する写真である。また、図5は、図2に示す一実施形態における工具電極40がアーク放電81による衝撃圧力を受けたときの状態を説明する写真である。図4および図5に示す工具電極400および工具電極40の状態は、通電電流・電圧、高電圧供給周期、工具電極の形状、放電加工時間などの加工条件を同じにして放電加工を行った後の状態を示している。
【0039】
まず、本実施形態の工具電極40と対比される工具電極400のについて説明する。工具電極400は、タフピッチ銅のみからなっている。タフピッチ銅の表面にはタフピッチ銅を保護するような被覆層は何も設けられていない。工具電極400の被加工物70側の形状は、本実施形態の工具電極40と同じ角柱状となっている。
【0040】
図3に示すような構造を有する工具電極400を用いて放電加工を行うと、図4に示すように工具電極400の応力が集中しやすい角部がアーク放電81による衝撃圧力を受け、大きく消耗してしまう。一方、図2に示す本実施形態の工具電極40では、図5に示すように図4の工具電極400と比較して、工具電極40の角部の形状は消耗されずに維持されている。これは、導体41の表面が硬度の非常に高いTiCN層43により保護されているためである。このようにTiCN層43により導体41を保護することにより、導体41の消耗を抑制し、加工精度を長期間に亘り維持することができる。加工精度を長期間に亘り維持することができるので、所定の加工精度を維持するために必要な工具電極40の数を低減することができる。
【0041】
また、本実施形態では、炭化水素系からなる加工液60中でアーク放電81させている。このように加工液60を炭化水素系のものとすることにより、アーク放電81を繰り返すことで、加工液60中の炭素がイオン化し、工具電極40のTiCN層43の表面に硬質なパイログラファイトが析出することがある(図示せず)。このパイログラファイトは非常に硬質な物質であるため、より一層の工具電極40の消耗抑制効果が発揮される。
【0042】
このようなパイログラファイトは、図3に示す工具電極400の表面にも析出するが、工具電極400では、図4に示すように、パイログラファイトが析出する前に電極400の一部、特に角部が消耗してしまい、所定の加工精度を長期間に亘り維持することはできない。
【0043】
以上説明したように、本実施形態の工具電極40は、図2に示すように、硬質なTiCN層43を導体41に設けることにより、導体41の消耗を抑制することができる。しかしながら、このTiCN層43を単に導体41に設けただけでは、アーク放電81による衝撃圧力が加わったときTiCN層43が導体41から剥離してしまうおそれがある。
【0044】
以下、そのことについて詳細に説明する。タフピッチ銅からなる導体41は、TiCN層43に比べると硬度が非常に低く、外力による撓みがTiCN層43に比べ非常に大きい。一方、TiCN層43は硬度が非常に高い。しかしながら、TiCN層43はタフピッチ銅に比べ脆いという性質を有している。このように硬度と靭性の特性が正反対の層が隣り合って設けられる場合、TiCN層43に衝撃圧力が加わると、その衝撃圧力は導体41に伝播し、導体41が大きく撓む。そうすると、表層のTiCN層43はこの導体41の大きな撓みに追従しようとする。しかし、TiCN層43は靭性が導体41よりも劣っているため、割れが発生したり、導体41から剥離したりするおそれがある。
【0045】
この問題に対し、本実施形態では、導体41とTiCN層43との間に、硬度が導体41よりも高く、TiCN層43よりも低いNi−Pメッキ層42を設ける構成を採用した。この構造を採用することにより、TiCN層43に入力された衝撃圧力は直接導体41には伝わらずに、一旦Ni−Pメッキ層42に入力されることとなる。このNi−Pメッキ層42では、入力された衝撃圧力に応じて撓み、衝撃圧力のエネルギーがここである程度消費される。このため、導体41への衝撃圧力のエネルギーが減少することとなる。これにより、衝撃圧力がTiCN層43から直接導体41に伝わる場合よりも、導体41の撓みは小さくなる。また、Ni−Pメッキ層42の硬度は、導体よりも高く、硬質被覆層よりも低いため、導体41ほど大きくは撓まない。以上のことにより、Ni−Pメッキ層42が衝撃圧力により撓んだとしても、TiCN層43が導体41に直接被覆されている場合に比べ、TiCN層43の割れや剥離の発生が抑えられるのである。
【0046】
また、本実施形態では、衝撃圧力の緩和機能を有し、TiCN層43の剥離抑制効果を発揮するNi−Pメッキ層42を、イオンミキシング法により得られるミキシング層ではなく、無電解メッキまたは電解メッキのいずれかでメッキされてなる厚み方向に成分が均一な層としている。このため、イオンミキシング法により中間の層を作成する従来技術に場合に比べ安価に工具電極40を製造することができる。
【0047】
ここで、中間層42として、Ni−Pメッキ層42を採用した理由について説明する。タフピッチ銅などの銅を含有する金属からなる導体41の表面に被覆される層としては、銅との密着性が重要な要素となる。また、銅との密着性を確保した上で、衝撃圧力の緩和機能を発揮するための硬度を確保することが必要となる。さらに、その上で、メッキ処理によりなされるメッキ層42の厚さのばらつきを小さくする必要がある。形彫放電加工装置10に使用する工具電極40の寸法精度は加工精度と関連性が非常に高く、メッキ層42の厚さがばらつくと加工精度が低下してしまうからである。加えて、メッキ処理を行う際の温度条件がメッキ層42や導体41を変質させない程度の温度で行える材料でなければならない。導体41がメッキ処理時の温度に変質してしまうと工具電極40の寸法精度が低下してしまうからである。
【0048】
上述の条件のうち、銅との密着性を確保することができるメッキ層としては、スズメッキや硬質クロムメッキなどがNi−Pメッキの他に存在するが、他の要素を全て満足できるのはNi−Pメッキだけであった。本実施形態では、上記したような考え方に基づいて中間層42としてNi−Pメッキ層42を採用したのである。
【0049】
また、本実施形態ではタフピッチ銅を導体41として選定している。このタフピッチ銅は、銅を含有する金属の中でも比較的安価な材料である。このように導体41としてタフピッチ銅を使用することによれば、工具電極40の製造コストの上昇を抑えることができるのである。
【0050】
(その他の実施形態)
以上、本発明の複数の実施形態について説明した。本発明は、上記実施形態に限定して解釈されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において種々の実施形態に適用することができる。
【0051】
上記実施形態では、無電解メッキまたは電解メッキのいずれかでメッキされてなり、導体41の硬度よりも高く硬質被覆層43の硬度よりも低い硬度を有する厚み方向に成分が均一な中間層42が導体41と硬質被覆層43との間に設けられていれば、両者41、43との間に設けられる層の数は一層に限らずともよい。
【0052】
工具電極40は上述した形状に限らずどのような形状であってもよい。その変形例を図6〜図8に示す。各図6〜図8の(a)はそれぞれの工具電極40a,40b,40cの被加工物70側の部分の軸直角方向の断面を示し、(b)はそれぞれの工具電極40a,40b,40cの側面を示している。
【0053】
工具電極40aの被加工物70側の部位を、図6(a),(b)に示すように円環状の断面を軸方向に延ばしたような形状としてもよい。工具電極40bの被加工物70側の部位を、図7(a),(b)に示すように径外方向に突出する突起部を周方向に複数有する歯車形状の断面を軸方向に延ばしたような形状としてもよい。工具電極40cの被加工物70側の部位を、図8(a),(b)に示すように二つの円弧の端部を円弧の突出方向が正反対となるように組み合わせた波型形状の断面を軸方向に延ばしたような形状としてもよい。
【0054】
いずれの工具電極40a,40b,40cであっても、導体41の表面にNi−Pメッキ層42およびTiCN層43を被覆することで、上述した実施形態と同じ効果を得ることができる。
【0055】
また、タフピッチ銅に代えて無酸素銅を使用してもよい。無酸素銅も比較的安価な材料であり、工具電極40,40a,40b,40cの製造コストの上昇を抑えることができる。
【符号の説明】
【0056】
10 形彫放電加工装置、20 加工槽、30 放電発生装置、40 工具電極、41 導体、42 中間層(Ni−Pメッキ層)、43 硬質被覆層(TiCN層)、50 移動装置、60 加工液、70 被加工物、80 穴、81 アーク放電、82 加工屑

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅を含有する導体が、前記導体より硬度の高い硬質被覆層によって覆われている形彫放電加工用工具電極であって、
前記導体と前記硬質被覆層との間に、無電解メッキまたは電解メッキのいずれかでメッキされてなり、前記導体の硬度よりも高く前記硬質被覆層の硬度よりも低い硬度を有する厚み方向の成分が均一な中間層が設けられていることを特徴とする形彫放電加工用工具電極。
【請求項2】
前記中間層は、Ni−P合金からなるNi−Pメッキ層であることを特徴とする請求項1に記載の形彫放電加工用工具電極。
【請求項3】
前記中間層は、無電解メッキされてなっていることを特徴とする請求項1または2に記載の形彫放電加工用工具電極。
【請求項4】
前記導体に含まれる銅は、タフピッチ銅または無酸素銅であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の形彫放電加工用工具電極。
【請求項5】
前記硬質被覆層は、炭窒化チタンからなる被覆層であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の形彫放電加工用工具電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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