説明

形状測定方法及び形状測定装置

【課題】回折光学素子のように滑らかでない面の形状を高精度に測定する。
【解決手段】プローブを第1の走査軌跡に沿って走査させて第1の測定データを得る。次に、プローブを、第1の走査軌跡と所定の分解能の同じ範囲を通り、第1の走査軌跡と反対向きの走査方向を有する第2の走査軌跡に沿って走査させて第2の測定データを得る。これらの測定データの安定区間と不安定区間とを抽出する。そして、安定区間の測定データを選択し、選択後の測定データに基づいて面形状を演算する。これにより、滑らかでない面の形状を高精度に測定できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、光学素子やこれを作るための金型などの面形状を高精度に測定する形状測定方法及び形状測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
撮像カメラをはじめレーザビームプリンタ、複写機、半導体露光装置など各種光学装置の性能向上に伴い、これらの光学装置に組み込まれる光学素子に求められる要求はますます高度化してきている。特に近年では、光の回折現象を利用した回折光学素子が、様々な製品に利用されている。このような回折光学素子では、表面に数百nmから数十μmの凹凸を規則的に配置することで、光の位相差をつけて、回折現象を発生させている構造のものが多い。または、光の波長よりも短い周期(数nmから数百nm)をもつ表面構造を作成することで、屈折率分布を制御して、回折現象、反射防止、偏光などの特性を持たせた光学素子もある。このように光学素子の面形状、または光学素子成形用金型の面形状を高精度に測定するために、従来から接触式のプローブを用いた走査型形状測定装置が広く利用されている。
【0003】
以下に、光学素子あるいは光学素子成形用金型を被測定物とし、この被測定物の被測定面の形状を測定する従来技術について説明する。測定装置は、例えば、プローブと、このプローブをXY方向に移動させるXYステージと、このXYステージにプローブをZ方向の変位自在に支持するガイドと、プローブの3次元位置を測定する変位測定装置を備える。このプローブはZ方向に関し被測定面に向かう方向に付勢されており、この付勢力にプローブの先端が被側面に追従するようになっている。このような測定装置による被測定面の測定は図9に示すように行う。
【0004】
まず、測定が開始されると(S201)、プローブで被測定面を倣い走査して、プローブの3次元位置を測定することで測定データを得る(S202)。即ち、プローブを被測定面に沿ってXY方向に走査して、Z方向の変位を検知する。このようなプローブによる走査は、予め指定した押し込み力や走査速度、走査軌跡といった走査条件にしたがって行われる。被測定面の走査が終了すると、測定データの解析を行い、被測定面の面形状を演算する(S203)。そして、S204で、面形状の解析後、形状測定を終了する(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、回折光学素子のように段差を有するような被測定面を測定する場合には、この段差を超える際にプローブの跳ね上げや振動が生じ易い。このため、プローブのZ方向の変位として被測定面に倣った変位以外の要素が大きくなり、測定データが不安定になる。この結果、高精度に被測定面の形状を得にくい。
【0006】
これに対して、プローブの走査方向を、回折光学素子の段差の稜線に直交する方向とする発明が開示されている(特許文献2参照)。この発明によれば、段差の走査区間を短くすることができ、測定データが不安定となる区間のデータの取り込みを少なくできる。
【0007】
また、プローブの付勢力を調整する発明が開示されている(特許文献3参照)。この発明の場合、被測定面上のごみなどによりプローブの跳ね上げを検知すると、プローブのシャフトに素早く力を加えて、プローブを被測定面に戻すことができる。これにより、プローブによる被測定面の走査を安定させることができる。
【0008】
また、被測定面に大口径や大傾斜角を有する被測定物を何通りかに傾斜させて、それぞれ被測定面を測定し、測定したデータをつなぎ合わせる発明が開示されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−141443号公報
【特許文献2】特開2005−84002号公報
【特許文献3】特開2007−57308号公報
【特許文献4】特開平7−91933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の特許文献2に開示された発明の場合、プローブが段差を超える際に生じる跳ね上げや振動については何ら考慮されておらず、被測定面の形状を得るために不安定な測定データが使用されることは避けられず、高精度に被測定面の形状を得にくい。
【0011】
また、特許文献3に開示された発明の場合、プローブの跳ね上げや振動を収束させて安定化させるのに時間を要する。つまり安定化するまでの時間に走査した区間は、不安定な測定データになってしまう。このため、被測定面の形状を得るために不安定な測定データが使用されることは避けられず、高精度に被測定面の形状を得にくい。また、プローブを被測定面に戻すように力を加えることは、キズの発生原因になる可能性がある。
【0012】
また、特許文献4に開示された発明の場合、被測定物を傾斜させて測定するため、測定基準が変化、即ち、被測定物の被測定面とプローブ先端との基準となる距離が変化することになる。したがって、数nmと言うレベルの測定を対象とした場合、測定基準が異なる測定データをつなぎ合わせることで生じる誤差を無視できない。
【0013】
本発明は、上述のような事情に鑑み、回折光学素子のように滑らかでない面の形状を高精度に測定する形状測定方法及び形状測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、プローブを被測定面に倣い走査させて、前記被測定面の形状を測定する形状測定方法において、前記プローブを第1の走査軌跡に沿って走査させ、第1の測定データを取得する第1の測定工程と、前記プローブを、前記第1の走査軌跡と所定の分解能の同じ範囲を通り、前記第1の走査軌跡と反対向きの走査方向を有する第2の走査軌跡に沿って走査させ、第2の測定データを取得する第2の測定工程と、前記第1の測定データ及び前記第2の測定データから、測定データが安定している安定区間と測定データが不安定となる不安定区間とを抽出する抽出工程と、前記抽出工程で抽出した前記安定区間と前記不安定区間とのうち、前記安定区間の測定データを選択する選択工程と、を有し、前記選択工程により選択した安定区間の測定データを用いて前記被測定面の形状の測定を行う、ことを特徴とする形状測定方法にある。
【発明の効果】
【0015】
本発明の場合、所定の分解能の同じ範囲内で、第1の測定データと第2の測定データとの安定区間の測定データを選択して被測定面の形状を測定している。第1の測定データと第2の測定データとは、互いに反対向きの走査軌跡に基づくものであり、不安定となる区間は走査方向に関してずれる。このため、所定の分解能の同じ範囲内の走査方向に関する測定データを安定区間の測定データによりほぼ連続させられる。本発明の場合、このように安定区間の測定データを選択して被測定面の形状の測定を行うことで、プローブ2が滑らかでない面を通過した際に測定データに与える影響を低減して、回折光学素子のように滑らかでない面の形状を高精度に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る形状測定装置の概略構成図。
【図2】形状測定装置の別例の一部を拡大した図。
【図3】第1の実施形態の測定の流れを示すフローチャート。
【図4】走査軌跡の2例を示す模式図。
【図5】走査方向が異なる走査軌跡で、それぞれ段差を通過した時のプローブの振動を模式的に示す図。
【図6】第1の実施形態で不安定区間を抽出する方法を説明するための模式図。
【図7】測定データの安定区間と不安定区間とから安定区間を選択する概念を模式的に示す図。
【図8】本発明の第2の実施形態で不安定区間を抽出する方法を説明するための模式図。
【図9】従来例による形状測定方法の手順を説明するためのフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<第1の実施形態>
本発明の第1の実施形態について、図1ないし図7を用いて説明する。
【0018】
[形状測定装置]
まず、図1により本実施形態の形状測定装置について説明する。形状測定装置1は、プローブ2と、定盤3と、プローブ2を支持する支持手段4と、支持手段4を介してプローブ2を移動させる移動手段5と、プローブ2の変位を測定する変位測定手段6と、制御部7と、を備える。そして、定盤3の上に載置された被測定物(ワーク)Wの被測定面Sの形状を測定する。特に、本実施形態の場合、被測定物Wとして、被測定面Sに数nmから数十μmの凹凸からなる段差を有する光学素子、或いは、光学素子成形用金型のように、滑らかでない面を有するものを対象としている。
【0019】
プローブ2は、先端に小さい曲率半径の球を有する棒状の部材で、先端を被測定物Wの被測定面Sに接触させる。先端の曲率半径は、数nmから数十μmの凹凸を検知可能な程度に小さい。即ち、プローブ2の先端球は、光学素子の段差の谷部付近に接触可能な程度の小さい曲率半径を有する。
【0020】
定盤3は、プローブ2の先端と対向するように配置され、表面をプローブ2の配設方向(Z方向)と直角な平面(XY平面)としている。そして、この表面(載置面)に被測定物Wを被測定面Sがプローブ2側となるように載置している。なお、定盤3は、床からの振動による影響を抑えるために、除振機能を備えていることが好ましい。例えば、床との設置部と載置面との間にゴムなどの弾性部材を設置する。
【0021】
支持手段4は、リニアガイド4aと、力発生手段4bと、ハウジング4cと、XYステージ4dとを有する。このうちのリニアガイド4aは、プローブ2をZ方向の変位自在に支持するものである。また、リニアガイド4aの基端部には、プローブ2の自重を補償し、所定の力でプローブ2を被測定面Sに向けて付勢することができるように、例えばばねなどを有する力発生手段4bが取り付けられている。これにより、プローブ2を走査時に被測定面Sに追従させる。このようなリニアガイド4aは、ハウジング4cを介してXYステージ4dに取り付けられている。
【0022】
移動手段5は、XYステージ4dを互いに直角な方向であるX方向とY方向とに(2次元的に)移動させるものであり、例えば、ステッピングモータとボールねじ機構とを備えたものである。移動手段5によりXYステージ4d、ハウジング4c、リニアガイド4aを介してプローブ2が、X方向及びY方向に移動される。
【0023】
このような本実施形態の場合、プローブ2は、上述のように3軸並進方向、即ち、X、Y、Zの各方向に移動可能である。なお、定盤3をXY方向に移動可能とし、プローブ2をZ方向にのみ移動可能としても良い。この場合もプローブ2は、定盤3に載置された被測定物Wに対して3軸並進方向に移動可能である。要は、プローブ2と定盤3とが相対的に2次元的に移動すれば良い。
【0024】
また、プローブ2の移動方向は、例えば、1軸回転方向と2軸並進方向とすることもできる。即ち、図2に示すように、X方向に移動可能なXステージ41の一部に、プローブ2をZ方向に変位可能に支持する。また、ステージ41は、Z方向と平行な中心軸Nを中心とした回転方向(R方向)に回転可能である。なお、この構造の場合も、X方向とR方向の移動を定盤3に行わせるようにしても良い。
【0025】
変位測定手段6は、プローブ2の基端部に反射ミラーを設け、干渉計測などを利用して、プローブ2の3次元位置を測定する。例えば、プローブ2の基端部の周囲に基準ミラーを設け、レーザにより反射ミラーと基準ミラーとの距離を測定することにより、プローブ2の3次元位置を測定する。
【0026】
制御部7は、データサンプリング装置7aと、演算装置であるCPU7bとを有する。変位測定手段6により測定されたプローブ2の3次元位置は、データサンプリング装置7aにおいて、所定の時間間隔でサンプリングされる。サンプリングされた離散データは、制御部7内のメモリに測定データとして保存され、被測定面Sの形状の演算に使用される。また、CPU7bは、移動手段5を制御して、XYステージを予め設定された走査軌跡に沿って移動させる。
【0027】
[形状測定方法]
このように構成される形状測定装置1により、次のような形状測定方法で、被測定物Wの被測定面Sの形状を測定する。即ち、移動手段5によりXYステージを移動させて、プローブ2を被測定面Sに接触させた状態で倣い走査させる。そして、プローブ2の3次元位置を変位測定手段6により測定することにより、被測定面Sの形状を測定する。
【0028】
特に、本実施形態の形状測定方法では、第1の測定工程と、第2の測定工程と、抽出工程と、選択工程とを有する。図3に示すように、測定が開始されると(S101)、まず、第1の工程で、プローブ2を予め設定された第1の走査軌跡に沿って走査させ、第1の測定データを取得する(S102)。次いで、第2の測定工程で、プローブ2を、第1の走査軌跡と所定の分解能の同じ範囲を通り、第1の走査軌跡と反対向きの走査方向を有する第2の走査軌跡に沿って走査させ、第2の測定データを取得する(S103)。
【0029】
本実施形態では、第1の測定データと第2の測定データとのうち、一方の測定データを基準データとし、他方の測定データを参照データとして選択する(S104)。基準データの選択は、予め決めておいても良いし、測定データ取得後に演算を行い、エラー量が小さいと思われる方を選択しても良い。
【0030】
次いで、抽出工程で、それぞれの測定データの安定区間と不安定区間とを抽出する(S105)。そして、選択工程で、このように抽出工程で抽出した安定区間と不安定区間とのうち、安定区間の測定データを選択する(S106)。具体的には、基準データの不安定区間の測定データを除去し、当該区間に対応する参照データの安定区間の測定データを使用する。このように安定区間を選択した後の測定データに基づいて、CPU7bにより面形状を演算し、被測定面Sの形状の測定を行う(S107)。S108で測定を終了する。以下、詳しく説明する。
【0031】
[第1、第2の測定工程]
まず、上述の第1の測定工程及び第2の測定工程について説明する。ここで、上述した所定の分解能とは、形状測定に求められる被測定面Sの面内方向の解像距離とする。
【0032】
本実施形態では、第2の測定工程で、第1の走査軌跡と第2の走査軌跡とが一致するようにプローブ2を移動させるように制御するが、実際にこれらの軌跡を完全に一致させることは難しい。即ち、これらの軌跡は、形状測定装置1がプローブ2を移動可能な制御量の最小単位でずれる可能性がある。ただし、形状測定に求められる被測定面Sの面内方向の解像距離の範囲でずれているのであれば、使用上問題はない。言い換えれば、第1の走査軌跡と第2の走査軌跡とが一致した場合と同様に、測定データを扱える。
【0033】
このような第1の走査軌跡及び第2の走査軌跡の具体例の2例について、図4を用いて説明する。図4に示すように、被測定物Wに複数の段差201が互いに平行に形成されているとする。図4(a)の場合、第1の走査軌跡202aは、端点P1から端点P2に向かって一方向に連続した軌跡である。したがって、このように端点P1から端点P2に向かってプローブ2を走査して取得した測定データが第1の測定データとなる。続いて、第2の走査軌跡202bは、第1の走査軌跡202aと反対向きに、端点P2から端点P1に向かって一方向に連続した軌跡である。即ち、第2の走査軌跡では、前述した所定の分解能の同じ範囲内で第1の走査軌跡202aをなぞるように、第1の走査軌跡202aの走査方向と反対方向にプローブ2を走査させる。そして、このように端点P2から端点P1に向かってプローブ2を走査して取得した測定データが第2の測定データとなる。
【0034】
一方、図4(b)の場合、端点P1から端点P2に至る軌跡のうちに、同一走査線上(所定の分解能の同じ範囲内)を往復して走査している区間がある。即ち、上述の図4(a)のように、端点P1から端点P2まで走査してから反対向きに端点P2から端点P1まで走査するのではなく、端点P1から端点P2に至るまでの間に、各走査区間を往復させている。したがって、図4(b)の場合、第1の走査軌跡203aと第2の走査軌跡203bとを交互に走査することになり、測定データも、第1の測定データと第2の測定データとを区間毎に交互に取得することになる。
【0035】
なお、ここでは、段差が平行に形成された被測定物について説明したが、同心円状や楕円状、自由曲線状に段差が形成された被測定物についても、同様である。また、段差とは、2つの面がZ方向にずれた個所であり、段差の形状自体は問わない。即ち、段差面が2つの面に対して直角となるような構成だけではなく、段差面が2つの面に対して傾斜している構成や、段差面が湾曲している構成なども含む。要は、プローブが通過した際に、Z方向に振動が生じてしまうような形状であれば段差に含むものとする。
【0036】
なお、本実施形態の場合、第1の測定工程と第2の測定工程とは、プローブ2と被測定面Sとの基準となる距離が同一である。即ち、第1の測定工程が終わった後、プローブ2と被測定物Wの測定基準を維持したまま、第2の測定工程を行う。例えば、被測定物Wをプローブ2に対して動かしたり、反射ミラーと基準ミラーとの距離を測定するレーザ光を一旦切断したりした場合、プローブ2に対する被測定物Wの測定基準が変化する。測定基準が変化した場合、測定データをつなぎ合わせる際に、この基準の変化を考慮する必要があり、本実施形態のような数nmと言うオーダで測定する装置の場合には、この変化を考慮して測定データをつなぎ合わせることは難しい。
【0037】
そこで、第1の測定工程と第2の測定工程との間で、例えば、被測定物Wをプローブ2に対して動かしたり、反射ミラーと基準ミラーとの距離を測定するレーザ光を切断したりしないで、プローブ2と被測定物Wとの測定基準をそのままとしている。
【0038】
[抽出工程]
抽出工程では、上述の第1、第2の測定工程で取得した第1の測定データ及び第2の測定データから、測定データが安定している安定区間と測定データが不安定となる不安定区間とを抽出する。本実施形態の被測定物Wの被測定面Sは、例えば、光学素子の段差を有するものである。このため、プローブ2がこの段差を通過する際には、プローブ2が被測定面Sに対し遠近動する方向に振動(跳ね上げを含む)することは避けられない。そして、この振動が生じた区間は、この振動も変位測定手段6により測定されるため、測定データとして不安定となる。本実施形態では、不安定区間を、段差の通過によりプローブ2が振動する区間としている。この点について図5を用いて説明する。
【0039】
図5は、プローブ2が段差101aを通過するように走査した際のプローブ2の先端球2aの中心の挙動を説明する図である。図5(a)は、段差101aを上るよう(走査方向102a)に通過する図であり、図5(b)は、段差101aを下るよう(走査方向102b)に通過する図である。ここでは、説明を簡単にするため、プローブ2を段差101aの稜線に対して直交するように走査していることとする。
【0040】
図5(a)に示すように、プローブ2の先端球2aが被測定面Sに形成された段差101aを上るように通過すると、先端球2aの中心は線103aに示すように挙動する。即ち、プローブ2が段差101aに衝突することで大きく跳ね上げられ、その後減衰振動して収束する。このように、プローブ2が振動している間は、不安定区間になる。ここで、線103aのように得られるデータが第1の測定データに相当する(以下、第1の測定データ103aとする)。
【0041】
なお、跳ね上げ量は、プローブ2を被測定面Sに向けて付勢する付勢力やプローブ2とリニアガイド4aとの間の剛性に大きく依存する。測定感度を高めるためには、これら付勢力と剛性を小さくすることが好ましいが、これら付勢力と剛性を小さくするほど、上述のプローブ2の跳ね上げが大きくなる。このように、測定感度と不安定区間は相反する関係にある。
【0042】
一方、図5(b)に示すように、プローブ2の先端球2aが段差101aを下るように通過すると、先端球2aの中心は線103bに示すように挙動する。即ち、段差101aを通過したプローブ2が、被測定面Sに衝突し、跳ね上げられ、その後減衰振動して収束する。このように、プローブ2が振動している間は、やはり不安定区間になる。ここで、線103bのように得られるデータが第2の測定データに相当する(以下、第2の測定データ103bとする)。
【0043】
以上のように、段差101aを通過するようにプローブ2を倣い走査すると、段差101aを通過した直後の測定データが不安定になる。逆にいうと、プローブ2が段差101aを通過する直前までの測定データは安定していると言える。
【0044】
次に、本実施形態の不安定区間の抽出方法について説明する。本実施形態の場合、前述の抽出工程で、第1の測定データ103aと第2の測定データ103bとのそれぞれ不安定区間を抽出する。このために、前述のように、所定の分解能の同じ範囲内で得られた第1の測定データ103aと第2の測定データ103bとを比較し、被測定面Sから離れる方向の測定データを有する範囲を、不安定区間として抽出する。この点について、図6を用いて詳しく説明する。
【0045】
段差101aの通過によるプローブ2の跳ね上げや振動を直接的に検知することは困難である。しかしながら、プローブ2の跳ね上げや振動が生じている測定データは、安定に走査している測定データと比較して、被測定面Sから離れる方向に測定される。即ち、第1の測定データ103aと第2の測定データ103bとの2つの測定データを比較して、被測定面Sから離れる方向に測定される測定データは、跳ね上げや振動が生じていると言える。図6は、2つの測定データを重ねて表示した図である。即ち、図6は、図5で示した測定データ103a、103bを重ねたものに相当する。図6の下側に被測定面Sがあるとすると、区間105a、105bに示される破線は、跳ね上げや振動が生じている部分である。つまり、これらの区間を不安定区間として抽出することができる。不安定区間が抽出できれば、その他が安定区間である。
【0046】
[選択工程]
選択工程では、上述のように抽出した不安定区間と安定区間とから安定区間を選択する。即ち、図7に示すように、段差を走査方向両側から通過させた場合にそれぞれ存在する不安定区間を除去し、安定区間のみを使用する。例えば、基準データから不安定区間を除去し、除去した部分を、その部分に相当する参照データの安定区間のデータによりつなぎ合わせる。ここでは、段差を上る方向(図5の走査方向102a)に走査して取得した第1の測定データ103aを基準データとし、下る方向(図5の走査方向102b)に走査して取得した第2の測定データ103bを参照データとする。なお、段差の上りと下りを反対にしても同様に考えられる。
【0047】
図7(a)に示すように、段差を上る方向にプローブ2を走査させると段差に衝突した後にデータが不安定になる。したがって、前述の抽出工程でデータ演算により、基準データから不安定区間104aを抽出する。次に、図7(b)に示すように、参照データから基準データの不安定区間104aに対応する区間104bの測定データを抽出する。即ち、段差を下る方向にプローブを走査させた場合の段差を通過する直前のデータを抽出する。そして、図7(c)に示すように、基準データの不安定区間104aのデータを除去し、除去した部分を参照データで抽出した区間104bの測定データでつなぎ合わせることで、不安定区間のない新しい測定データ(補正データ)103cを得る。このように得られた新しい測定データ103cに基づいてCPU7bが演算を行い、被測定面Sの形状を求める。
【0048】
本実施形態の場合、上述したように、所定の分解能の同じ範囲内で、第1の測定データと第2の測定データとの安定区間の測定データを選択して被測定面Sの形状を測定している。第1の測定データと第2の測定データとは、互いに反対向きの走査軌跡に基づくものであり、不安定となる区間は走査方向に関してずれる。即ち、プローブ2が段差を通過した直後が不安定区間であり、走査方向が反対であれば、段差を通過する方向も反対となるため、走査方向が互いに反対である第1の測定データと第2の測定データとでは、当然に不安定区間が走査方向に関してずれる。
【0049】
このため、図7(c)の測定データ103cのように、所定の分解能の同じ範囲内の走査方向に関する測定データを安定区間の測定データによりほぼ連続させられる。即ち、上述のように基準データの不安定区間の測定データを除去し、除去した部分を、当該部分に該当する参照データの安定区間の測定データによりつなぎ合わせることができる。また、前述したように第1の測定工程と第2の測定工程で測定基準を同じとしているため、このような測定データのつなぎ合わせの際に誤差が生じることはない。
【0050】
本実施形態の場合、このように安定区間の測定データを選択して被測定面Sの形状の測定を行うことで、プローブ2の段差通過時に生じる振動の影響を低減して、回折光学素子のように滑らかでない面の形状を高精度に測定できる。
【0051】
<第2の実施形態>
本発明の第2の実施形態について、図8を用いて説明する。なお、本実施形態は、不安定区間の抽出方向が上述の第1の実施形態と異なるだけである。このため、第1の実施形態と重複する説明及び図示は、省略または簡略にし、以下、第1の実施形態と異なる部分を中心に説明する。
【0052】
本実施形態では、抽出工程で、被測定面Sの設計形状から段差101aの位置を予測し、その位置からプローブ2の走査方向に関し所定の範囲を、不安定区間として抽出している。即ち、被測定面Sの設計形状から段差101aの位置は凡そ把握できる。言い換えれば、段差101aの位置は予測可能である。また、プローブ2の先端球2aの曲率半径や真球度は、別の方法で予め測定することが可能であり、既知である。
【0053】
次に、図8に示すように、プローブ2の先端球2aが段差101aで、2点101bと101cで接触する状態を考える。前述したように、プローブ2が段差101を通過した直後に不安定区間が存在することから、この2点を境にして走査方向に関し所定の範囲が不安定区間となることが予測できる。したがって、上述の段差101aの位置が予測できれば、プローブ2の先端球2aの曲率半径などが既知であるため、経験則に基づいて不安定区間が予測できる。
【0054】
即ち、図8(a)に示すように、プローブ2が段差101aを上る方向に走査した場合、段差101aの予測位置から、先端球2aの中心から所定の区間106aが不安定区間となることが、例えば実験データなどに基づいて予測できる。同様に、図8(b)に示すように、プローブ2が段差101aを下る方向に走査した場合、段差101aの予測位置から、先端球2aの中心から所定の区間106bが不安定区間となることが、例えば実験データなどに基づいて予測できる。
【0055】
本実施形態では、このように不安定区間を段差101aの位置などに基づいて予測することにより、不安定区間と安定区間とを抽出するようにしている。その他の構成及び作用は、上述の第1の実施形態と同様である。
【符号の説明】
【0056】
1・・・形状測定装置、2・・・プローブ、3・・・定盤、4・・・支持手段、5・・・移動手段、6・・・変位測定手段、7・・・制御部、101a・・・段差、103a・・・第1の測定データ、103b・・・第2の測定データ、202a、203a・・・第1の走査軌跡、202b、203b・・・第2の走査軌跡、W・・・被測定物、S・・・被測定面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブを被測定面に倣い走査させて、前記被測定面の形状を測定する形状測定方法において、
前記プローブを第1の走査軌跡に沿って走査させ、第1の測定データを取得する第1の測定工程と、
前記プローブを、前記第1の走査軌跡と所定の分解能の同じ範囲を通り、前記第1の走査軌跡と反対向きの走査方向を有する第2の走査軌跡に沿って走査させ、第2の測定データを取得する第2の測定工程と、
前記第1の測定データ及び前記第2の測定データから、測定データが安定している安定区間と測定データが不安定となる不安定区間とを抽出する抽出工程と、
前記抽出工程で抽出した前記安定区間と前記不安定区間とのうち、前記安定区間の測定データを選択する選択工程と、を有し、
前記選択工程により選択した安定区間の測定データを用いて前記被測定面の形状の測定を行う、
ことを特徴とする形状測定方法。
【請求項2】
前記第1の測定工程と前記第2の測定工程とは、前記プローブと前記被測定面との基準となる距離が同一である、
ことを特徴とする、請求項1に記載の形状測定方法。
【請求項3】
前記被測定面は段差を有し、前記不安定区間は、前記段差の通過により前記プローブが振動する区間である、
ことを特徴とする、請求項1又は2に記載の形状測定方法。
【請求項4】
前記抽出工程は、前記所定の分解能の同じ範囲内で得られた前記第1の測定データと前記第2の測定データとを比較し、前記被測定面から離れる方向の測定データを有する範囲を、前記不安定区間として抽出する、
ことを特徴とする、請求項1ないし3のうちの何れか1項に記載の形状測定方法。
【請求項5】
前記抽出工程は、前記被測定面の設計形状から前記段差の位置を予測し、その位置からプローブの走査方向に関し所定の範囲を、前記不安定区間として抽出する、
ことを特徴とする、請求項3に記載の形状測定方法。
【請求項6】
前記被測定面は、段差を有する面である、
ことを特徴とする、請求項1ないし5のうちの何れか1項に記載の形状測定方法。
【請求項7】
プローブと、前記プローブと対向して配置される定盤と、前記プローブと前記定盤とを相対的に2次元的に移動させる移動手段と、前記プローブを前記定盤に対し遠近動する方向に変位自在に支持する支持手段と、前記プローブの3次元位置を測定する変位測定手段と、を備え、前記定盤に載置された被測定物の被測定面を、前記移動手段により前記プローブを倣い走査させ、前記変位測定手段により測定した測定データに基づいて、前記被測定面の形状を測定する形状測定装置において、
前記移動手段により前記プローブを、第1の走査軌跡、及び、前記第1の走査軌跡と所定の分解能の同じ範囲を通り、前記第1の走査軌跡と反対向きの走査方向を有する第2の走査軌跡に沿って走査させ、前記第1の走査軌跡の走査により取得した第1の測定データと、前記第2の走査軌跡の走査により取得した第2の測定データとから、測定データが安定している安定区間と測定データが不安定となる不安定区間とを抽出し、前記安定区間の測定データを用いて前記被測定面の形状の測定を行う制御部を有する、
ことを特徴とする形状測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−132748(P2012−132748A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−284197(P2010−284197)
【出願日】平成22年12月21日(2010.12.21)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】