説明

微生物の不活化剤

【課題】 本発明は、水中の微生物を簡便に不活化する手段を提供することを課題とする。さらに、飲用水を簡便に製造する方法を提供することをも課題とする。
【解決手段】 γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物からなる微生物の不活化剤により、水中の微生物を不活化する。さらに、前記微生物の不活化剤に静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を含有させることにより、飲用に適するレベルまで、水中の種々の微生物を不活化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の不活化剤、微生物を不活化する方法、及び飲用水を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲用水や生活用水の原水となる河川や湖沼等の水中には、ブドウ球菌等の病原性細菌が存在する。
中でもブドウ球菌は、ヒト及び動物における各種炎症、例えば皮膚化膿症、結膜炎、副鼻腔炎、中耳炎、膀胱炎、肺炎、骨髄炎、関節炎、内臓膿瘍の起炎菌として知られている。中でも黄色ブドウ球菌(S. aureus)はヒト及び動物の化膿症の重要な原因菌であり、その産生する腸管毒エンテロトキシンにより食中毒の原因菌ともなるものである。
水道法で定める水道水質基準にあるように、飲用に適するには水中のブドウ球菌を不活化することが必要であり、通常は塩素酸による殺菌処理が行われる。プール用水や浴場用水等の生活用水についてもブドウ球菌等の存在は好ましくなく、飲用水同様に通常殺菌処理がされる。
しかしながら、発展途上国等では、水道設備が普及していないため、17億人もの安全な飲用水を確保できない人がおり、飲み水による食中毒で子供を多数含む5000人/日もが死亡する現状がある。そのため、安定した飲用水を供給するための簡便な処理方法が望まれている。また、地震等の災害時で水道設備を利用できない場合も、動力や大がかりな設備を要しない代替の手段が必要となる。
一般に微生物の不活化処理を行う場合は、抗生物質や殺菌・抗菌剤等が用いられるが、このような効果が強い薬剤では、飲用水に適用するには安全性の点で問題がある。
このような状況下、ブドウ球菌等の微生物を簡便に不活化して飲用水や生活用水を得る手段が求められている。
【0003】
γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の放射線架橋体はアニオン性のポリマーであり、近年これを主成分とする組成物が開発されている。これまでに前記組成物が、下廃水や上水道水において汚濁物質、金属イオン、ダイオキシン類を凝集沈殿させたり、食品含有水や発酵水において目的の食品や発酵物を凝集させて取得したりする機能を有することが知られている(特許文献1)。
しかしながら、γ−ポリグルタミン酸やγ−ポリグルタミン酸の架橋物を主成分として含有する組成物が、ブドウ球菌等の微生物を不活化できることは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−210307号公報
【特許文献2】特開2004−174326号公報
【特許文献3】特開2004−202441号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、水中の微生物を簡便に不活化する手段を提供することを課題とする。さらに、飲用水を簡便に製造する方法を提供することをも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を行った。その結果、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有す
る組成物が、微生物を不活化できることを見出した。本発明者らは係る知見に基づき、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物を含む微生物の不活化剤。
(2)さらに静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を含有する(1)に記載の微生物の不活化剤。
(3)前記静菌剤及び殺菌剤がカチオン性化合物である、(2)に記載の微生物の不活化剤。
(4)前記カチオン性化合物が、塩基性アミノ酸を主体とするポリペプチドである、(3)に記載の微生物の不活化剤。
(5)前記ポリペプチドが、ε−ポリ−L−リジンである、(4)に記載の微生物の不活化剤。
(6)前記組成物と前記ε−ポリ−L−リジンの含有質量比が1:10〜500:1である、(5)に記載の微生物の不活化剤。
(7)微生物を含有する水にγ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物を接触させる工程を含む、前記微生物を含有する水において前記微生物を不活化する方法。
(8)前記組成物を接触させる工程が、前記微生物を含有する水に前記組成物を添加する工程、及び前記添加後の水を攪拌する工程を含むことを特徴とする、(7)に記載の方法。
(9)前記微生物がブドウ球菌である(7)又は(8)に記載の方法。
(10)さらに前記微生物を含有する水に静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を添加する工程を含む(7)〜(9)の何れかに記載の方法。
(11)γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物と静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上とを同時に水に添加することを特徴とする(10)に記載の方法。
(12)前記静菌剤及び殺菌剤がカチオン性化合物である、(10)又は(11)に記載の方法。
(13)前記カチオン性化合物が、塩基性アミノ酸を主体とするポリペプチドである、(12)に記載の方法。
(14)前記ポリペプチドが、ε−ポリ−L−リジンである、(13)に記載の方法。
(15)前記組成物の濃度が1〜50000ppm、前記ε−ポリ−L−リジンの濃度が0.1〜100ppmになるように添加する、(14)に記載の方法。
(16)前記組成物と前記ε−ポリ−L−リジンの質量濃度比が1:10〜500:1になるように添加する、(14)又は(15)に記載の方法。
(17)(10)〜(16)の何れかに記載の方法を用いて飲用水を製造する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、水中の微生物を簡便に不活化する手段が提供され、飲用水や生活用水を簡便に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の微生物の不活化剤は、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物を含む。具体的には、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン
供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物を含む。なお、前記γ−ポリグルタミン酸及び前記γ−ポリグルタミン酸の架橋物において、γ−ポリグルタミン酸の一部又は全部が塩になっていてもよい。
【0010】
本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中のγ−ポリグルタミン酸は、例えば特開2002−210307号公報に開示されているように、微生物による発酵方法や化学合成法等の公知の方法で製造することができる。
γ−ポリグルタミン酸の重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーにおいて数十万〜数百万に分布しているものが好ましく、また、1000万以下が好ましい。γ−ポリグルタミン酸中、グルタミン酸以外のアミノ酸も含まれていても良い。その場合グルタミン酸以外のアミノ酸は10質量%以下であることが好ましい。
γ−ポリグルタミン酸の架橋物やγ−ポリグルタミン酸の架橋物は、例えば特開2002−210307号公報に開示されているように、γ−ポリグルタミン酸塩を放射線で架橋させて製造することができる。架橋させる前記γ−ポリグルタミン酸塩は、特開2002−210307号公報に開示されているように、γ−ポリグルタミン酸と塩基性化合物の中和反応により得ることができる。前記塩基性化合物としては、アルカリ金属やアルカリ土類金属の水酸化物が挙げられ、具体例として水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムなどや、アミンなどの有機性の塩基性化合物などを挙げることができる。
γ−ポリグルタミン酸の架橋物は、γ−ポリグルタミン酸塩化物の直鎖が2〜1000本架橋連結される程度の架橋度が好ましい。γ−ポリグルタミン酸の架橋物の重量平均分子量はゲル浸透クロマトグラフィーにおいて1000万〜10000万以下が好ましい。
本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上の含有量は好ましくは0.1〜30質量%であり、より好ましくは0.5〜20質量%である。
【0011】
本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中のカルシウムイオン供与体としては、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いてもよい。好ましくは、硫酸カルシウム及び炭酸カルシウムを用いる。本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中、カルシウムイオン供与体の含有量は40〜90質量%が好ましく、さらに好ましくは80〜90質量%である。
本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中のナトリウムイオン供与体としては、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ポリ塩化ナトリウム、珪酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いてもよい。好ましくは炭酸ナトリウムを用いる。本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中、ナトリウムイオン供与体の含有量は0.1〜20質量%が好ましく、さらに好ましくは0.1〜10質量%である。
本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中のアルミニウムイオン供与体としては、硫酸アルミニウム、塩化アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いてもよい。好ましくは硫酸アルミニウムを用いる。本発明の微生物の不活化剤に係る組成物中、アルミニウムイオン供与体の含有量は0.01〜10質量%が好ましく、さらに好ましくは0.1〜5質量%である。
また、本発明の微生物の不活化剤に係る組成物は、上記の金属イオン供与体の他に、さらに鉄イオン供与体及び/又はマグネシウムイオン供与体を含有しても良い。鉄イオン供与体としては、硫酸第二鉄、塩化第二鉄等が挙げられ、マグネシウムイオン供与体としては、酸化マグネシウム、塩化マグネシウム等が挙げられる。
【0012】
本発明の微生物の不活化剤に係る組成物の、好ましい成分及びその含有量は、γ−ポリグルタミン酸の架橋物1〜10質量%、硫酸カルシウム70〜80質量%、炭酸カルシウム10〜20質量%、炭酸ナトリウム1〜10質量%、硫酸アルミニウム0.1〜3質量%である。これは市販品であるPGα21Ca(日本ポリグル株式会社)として入手でき
る。
【0013】
本発明の微生物の不活化剤は水中で浮遊粒子を形成し、水中の微生物は該浮遊粒子に吸着する。前記浮遊粒子に吸着した微生物は静置により沈澱するので、処理後の水の上清において活性な微生物はいなくなる。本明細書において微生物の不活化とは、微生物を静菌及び/又は殺菌することのみならず、上述した如く処理後の水の上清に活性な微生物が存在しない(除去された)状態にすることをも含む。本発明の微生物の不活化剤は、特に、ブドウ球菌や酵母を除去し、不活化する効果に優れる。係る作用は、これまでγ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物に知られていなかった機能である。
【0014】
本発明の微生物の不活化剤は、さらに静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を含有してもよい。係る静菌剤及び殺菌剤としては、ブドウ球菌以外の微生物を不活化するものが好ましい。γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物と、静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を組み合わせることにより、多種の微生物を不活化させることができる。
ここで、静菌剤及び殺菌剤としては、食品添加物等の人体生理的に許容される物質を用いる。本発明で用いる静菌剤及び殺菌剤として例えばカチオン性化合物、グレープフルーツ種子抽出物、トリクロサン等が挙げられる。さらにカチオン性化合物としてはポリカチオン性化合物や四級アンモニウム塩等、ポリカチオン性化合物としては塩基性アミノ酸を主体とするポリペプチドが挙げられ、好ましいものとしてその構成の60%モル以上が塩基性アミノ酸であるε−ポリ−L−リジン、プロタミン等を例示できる。
【0015】
ε−ポリ−L−リジンは殺菌作用を有することが知られており、食品添加物として利用されている(特開昭63−109762号公報)。
また、プロタミンは、サケやニシン等の魚類精子核由来のヒストン様ペプチドの総称であるが、アルギニンリッチな構造を有するポリペプチドである。プロタミンも抗菌性を有することが知られており、やはり食品添加物として利用されている(T.Motohiro: Bio Industry, 6(2), 5(1989))。
これらのポリペプチドの重合度は特に限定はしないが、1000〜5000が好ましい。
後述の実施例に示すように(試験例2)、これらの物質は、水中に存在する大腸菌やサルモネラ菌等の微生物を不活化させることができる。そのため、本発明の微生物の不活化剤において、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物と組み合わせて用いることにより、簡便に水中に存在する種々の微生物を不活化させることができる。
特に、ε−ポリ−L−リジンは、一般的な塩素系の殺菌剤と異なり、その不活化効果を長時間維持できるので好ましい。すなわち、追加添加することなく不活化処理後の水を長期保存することができる上、処理後に発生した微生物汚染も抑制できるので、飲料水や生活用水用への処理用途に適する。
後述の実施例に示すように(試験例3)、ε−ポリ−L−リジン及びプロタミンはポリカチオン性であるのにも関わらず、ポリアニオン性であるγ−ポリグルタミン酸、γ−ポリグルタミン酸の架橋物などと共存させても、それぞれの機能を打ち消し合うことなく作用する点は、本発明に関する検討着手時の予想を超えた現象であり、特筆大書すべき発見である。
【0016】
上記で説明した静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を含有する態様の本発明の微生物の不活化剤は、一般に上水道水、下廃水、河川、湖沼等に存在しうる微生物を一度に不活化できる。具体的には、大腸菌、サルモネラ菌、緑膿菌、肺炎桿菌等のグラム陰性菌、ブドウ球菌、枯草菌、セレウス菌、リステリア菌等のグラム陽性菌、酵母等の微生物を不
活化できる。
【0017】
本発明の微生物の不活化剤は、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物と、静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上とを、同時に使用できるキットの形態であってもよいし、一の配合剤に含有させた形態であってもよい。配合剤の形態の方が、一度に前記組成物と静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上とを使用でき、簡便なため好ましい。
【0018】
本発明の微生物を不活化する方法は、微生物を含有する水にγ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物を接触させる工程を含む。上記組成物を接触させる工程は、微生物を含有する水に上記組成物を添加する工程及び添加後の水を攪拌する工程により行われてもよいし、上記組成物を固定した貯水槽(容器)に微生物を含有する水を貯水することにより行われてもよいし、上記組成物を固定した通路(注水管・排水管や水の循環経路等)に微生物を含有する水を通過させることにより行われてもよい。手順の簡便さから、微生物を含有する水に上記組成物を添加する工程及び添加後の水を攪拌する工程により行われることが好ましい。この上記組成物を接触させる工程の後に、水を静置する工程をさらに行ってもよい。後述の実施例に示すように(試験例1)、本方法により、水中の微生物、特にブドウ球菌や酵母を不活化することができる。
さらに、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物に加え、静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を、同時に又は順次添加してもよい。同時に添加することにより、簡便に微生物の不活化処理を行うことができるので、好ましい。
γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物と共に、ポリ−L−リジンを同時に用いる方法では、次のような態様とすることで、水中の微生物を長期間不活化させることもできる。例えば、線維等に固定化したε−ポリ−L−リジンを貯水槽(容器)に存在させる態様が考えられる。前記貯水槽は、給水タンク、プール、噴水、池等が挙げられる。また、種々の注水管・排水管やエアコンの室外機等の水の循環経路にε−ポリ−L−リジンを固定化等により存在させて、そのような流路に微生物を含有する水を通過させることにより、新たに接触する微生物についても不活化する態様も考えられる。
【0019】
本発明の方法を用いることにより、微生物が不活化された飲用水や生活用水を簡便に得ることができる。この場合、本発明の方法を用いた処理後の水は、不活化剤を添加したまま、その上清を飲用やプール・浴場用に供することができる。もちろん、処理後にさらに濾過を行って、濾液を飲用等に供してもよい。
本発明の方法により飲用水を製造する場合、原水としては、河川や湖沼等の自然水のみでなく、上水道水や下廃水も含まれる。
【0020】
本発明の方法において、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物は、微生物の不活化剤は人体的に許容できる範囲において、任意の濃度で水に含有させることができる。特に、ブドウ球菌を不活化させる場合、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上の濃度は、水と当該組成物の合量に対して1〜50000ppm、好ましくは10〜10000ppm、特に好ましくは50〜5000ppmになるように添加する。この範囲において、例えばブドウ球菌を106個/mL以上含む水に対して、そのブドウ球菌を飲用に許容できる103個/mL以下にまで不活化できる。前記組成物を添加して、3
0分後、好ましくは2時間後に上記効果を得ることができる。
本発明の方法において、静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上は、人体的に許容できる範囲において、任意の濃度で水に含有させることができる。特に微生物の不活化剤がε−ポリ−L−リジンである場合、その濃度は、水と当該組成物とε−ポリ−L−リジンとの合量に対して0.1〜100ppm、好ましくは0.5〜50ppmになるように添加する。この範囲において、例えば大腸菌及びサルモネラ菌を各107個/mL以上含む水に対して、それらの菌を飲用に許容できる102個/mL以下にまで不活化できる。前記組成物を添加して、1時間後、好ましくは2時間後に上記効果を得ることができる。
また、本発明の方法において、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物と、殺菌剤であるε−ポリ−L−リジンとを添加する場合、前記組成物の濃度は、水と当該組成物の合量に対して1〜50000ppm、好ましくは10〜10000ppm、特に好ましくは50〜5000ppm、前記ε−ポリ−L−リジンの濃度は、水と当該組成物とε−ポリ−L−リジンとの合量に対して0.1〜100ppm好ましくは0.5〜50ppmになるように添加する。また、前記組成物とε−ポリ−L−リジンの質量濃度比が1:10〜500:1、好ましくは1:2〜200:1、さらに好ましくは2.5:1〜200:1の範囲になるように添加する。この範囲において、例えばブドウ球菌、大腸菌、サルモネラ菌を各106個/mL以上含む水に対して、それらの菌を飲用に許容できる102個/mL以下にまで不活化できる。前記組成物を添加して、1時間後、好ましくは2時間後に上記効果を得ることができる。
【0021】
また、本発明の方法は任意のpHの水に対して適用できるが、特に6〜9、好ましくは6.5〜8で用いる。
また、本発明の方法は任意の温度の水に対して適用できるが、特に加温・冷却をしなくても室温・常温であれば十分に処理を行うことができる。
【実施例】
【0022】
以下に実施例を掲げて、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0023】
後述の各試験において、微生物の不活化の効果は以下の手順に従って測定した。
<試験微生物の調製>
各試験菌を普通ブイヨン培地に植菌し、各試験菌の至適温度で対数増殖期後期まで振とう培養した。その菌液から集菌し、生理食塩水1.5mLで2〜3回洗浄した後(遠心分離13000rpm、1分間)、菌体を生理食塩水1.5mLに懸濁した。前記懸濁液から1mLを取り、滅菌水9mLに入れ十分に攪拌した(これを10-1希釈液とする)。前記10-1希釈液から順次10-2〜10-8希釈液を調製した。各希釈液を1mLずつフィルム培地(サニ太くん、大腸菌・大腸菌群用、黄色ブドウ球菌用、サルモネラ菌用、一般性菌用、又は真菌用:チッソ株式会社)に塗末し、各試験菌の至適温度で24〜72時間培養した後、フィルム培地上の菌数を測定した。
<微生物の不活化効果の測定>
滅菌ビーカーに滅菌水500mLを入れ、106〜1010個/mLの菌液0.20mLを接種し、初発菌数が103〜107個/mLになるよう調整した。なお、特に断りがない場合のpHは6〜8である。5分間ゆっくり攪拌した後、PGα21Ca(日本ポリグル株式会社)及び/又は静菌剤もしくは殺菌剤を、所定の終濃度になるように添加した。室温で10〜15分間ゆっくり攪拌した後、所定の時間静置した。上清を採取し抗菌剤不活性化培地(BHI培地等)で適宜希釈したものを、1mLずつフィルム培地に塗末した。各試験菌の至適温度で24〜72時間培養した後、フィルム培地上の菌数(個/mL)を測定した。
なお、PGα21Caの組成は、γ−ポリグルタミン酸の架橋物1〜10質量%、硫酸
カルシウム70〜80質量%、炭酸カルシウム10〜20質量%、炭酸ナトリウム1〜10質量%、硫酸アルミニウム3質量%未満の混合物である。
また、静菌剤又は殺菌剤は以下のものを用いた。
・ε−ポリ−L−リジン:50%ε−ポリ−L−リジン粉末、25%ε−ポリ−L−リジン水溶液(チッソ株式会社)
・プロタミン:鮭由来硫酸プロタミン(会社名:和光純薬工業株式会社)
・グレープフルーツ種子抽出物:DF−100(会社名:Chemie Research & Manufacturing Co Inc)
また、試験菌は大腸菌(Escherichia coli)、サルモネラ菌(Salmonella enterica、Salmonella choleraesuis)、緑膿菌(Pseudonionas aeruginosa)、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)、ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、枯草菌(Bacillus subtilis)、セレウス菌(Bacillus cereus)、リステリア菌(Listeria monocytogenes)、酵母(Candida albicans、Pichia anomala)を用いた。
【0024】
<試験例1> 本発明の微生物の不活化剤に係る組成物の単独使用における効果
(1)大腸菌、サルモネラ菌、ブドウ球菌、緑膿菌、セレウス菌、肺炎桿菌又はリステリア菌を含む水に対して、本発明の微生物の不活化剤に係る組成物であるPGα21Caを単独で添加した場合の不活化効果を検討した。結果を表1に示す。PGα21Caによりこれらの微生物が不活化され、特にブドウ球菌や緑膿菌に対して高い効果が得られたことが分かる。
【0025】
【表1】

【0026】
(2)酵母を含む水に対しても、本発明の微生物の不活化剤に係る組成物であるPGα2
1Caを単独で添加した場合の不活化効果を検討した。結果を表2に示す。これにより
、本発明の微生物の不活化剤は、酵母に対しても緩慢ではあるものの不活化効果がある
ことがわかる。
【0027】
【表2】

【0028】
<試験例2> 静菌剤又は殺菌剤の単独使用における効果
(1)種々の微生物を含む水(pH8)に対して、本発明の微生物の不活化剤に係る静菌剤又は殺菌剤(ε−ポリ−L−リジン、プロタミン、グレープフルーツ種子抽出物)単独の微生物不活化効果を検討した。静菌剤又は殺菌剤の各添加濃度は10ppmとした。結果を表3に示す。これより、上記静菌剤又は殺菌剤は10ppmの濃度で十分に、水中に104〜105個/mL含まれる微生物を不活化することが分かる。
また、他のpHの範囲においても、ε−ポリ−L−リジンはpH6〜9で、プロタミンはpH6〜9で、グレープフルーツ種子抽出物はpH5〜9で同様の微生物の不活化作用を示した。
【0029】
【表3】

【0030】
(2)種々の微生物を含む水に対して、本発明の微生物の不活化剤に係る殺菌剤であるε−ポリ−L−リジンを単独で添加した場合の不活化効果を検討した。結果を表4及び表5に示す。これによりε−ポリ−L−リジンは河川や湖沼に通常存在する微生物に対して速やかに不活化効果を示すが、ブドウ球菌に対しては効果が緩慢であることが分かる。
【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
(3)大腸菌、サルモネラ菌又はブドウ球菌を含む水に対して、本発明の微生物の不活化剤に係る殺菌剤であるε−ポリ−L−リジンを単独で添加し、所定時間経過後にさらに上記各微生物を追加した場合の不活化効果を検討した。微生物の追加は24、48、72及び144時間後の各サンプリング後に行った。また、ε−ポリ−L−リジンの添加濃度は5ppmとした。結果を表6に示す。
これにより、ε−ポリ−L−リジンの不活化作用は長時間持続し、またε−ポリ−L−リジンを追加しなくても新たに追加された菌に対しても効果を示すことが分かる。
【0034】
【表6】

【0035】
<試験例3> 殺菌剤をも含有する微生物の不活化剤の併用における効果
(1)大腸菌、サルモネラ菌又はブドウ球菌(各初発菌数103〜106オーダー個/mL)を含む水に対して、PGα21Caを50又は100ppm、及びε−ポリ−L−リジンを0〜5ppmになるように添加した場合の不活化効果を検討した。これらの範囲において、ほぼ全ての場合に遅くとも2時間後には生存菌数が<10個/mLとなった。代表例として、大腸菌(初発菌数1.1×106個/mL)、サルモネラ菌(初発菌数5.2×106個/mL)又はブドウ球菌(初発菌数2.6×106個/mL)を含む水に対し、PGα21Caを50ppm、ε−ポリ−L−リジンを0〜5ppm添加した場合の結果を表7に示す。また、大腸菌(初発菌数7.6×106個/mL)、サルモネラ菌(初発菌数1.5×106個/mL)又はブドウ球菌(初発菌数1.4×106個/mL)を含む水に対し、PGα21Caを100ppm、ε−ポリ−L−リジンを0〜5ppm添加した場合の結果を表8に示す。
これより、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物と、殺菌剤であるε−ポリ−L−リジンとの質量濃度比が、1:10〜500:1の範囲内において、飲用に用いることができるレベルまで水中の微生物を不活化できたことが分かる。
【0036】
【表7】

【0037】
【表8】

【0038】
(2)酵母を含む水に対して、PGα21Caを50又は100ppm、及びε−ポリ−L−リジンを0〜100ppmになるように添加した場合の不活化効果を検討した。C. albicansに対する結果を表9に、P. anomalaに対する結果を表10に示す。
これより、γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上を主成分として含有する組成物と、殺菌剤であるε−ポリ−L−リジンとの質量濃度比が、1:10〜500:1の範囲において、飲用に用いることができるレベルまで水中の酵母を不活化できたことが分かる。
【0039】
【表9】

【0040】
【表10】

【0041】
(3)大腸菌、サルモネラ菌又はブドウ球菌を含む水に対して、PGα21Caを50又は100ppm、及びε−ポリ−L−リジンを5ppmになるように添加し、所定時間経過後にさらに上記各微生物を追加した場合の不活化効果を検討した。微生物の追加は24、48及び72時間後の各サンプリング後に行った。PGα21Ca濃度が50ppm及びε−ポリ−L−リジンを5ppmになるように添加したときの結果を表11に、PGα21Caを100ppm及びε−ポリ−L−リジンを5ppmになるように添加したときの結果を表12に示す。前述のε−ポリ−L−リジンのみの使用と同様に、本発明の微生物の不活化剤の作用は長時間持続し、また不活化剤を追加しなくても新たに追加された菌に対しても効果を示した。
【0042】
【表11】

【0043】
【表12】

【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、水中の微生物を簡便に不活化でき、飲用水や生活用水を簡便に得ることもできるので、産業上非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物を含む微生物の不活化剤。
【請求項2】
さらに静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を含有する請求項1に記載の微生物の不活化剤。
【請求項3】
前記静菌剤及び殺菌剤がカチオン性化合物である、請求項2に記載の微生物の不活化剤。
【請求項4】
前記カチオン性化合物が、塩基性アミノ酸を主体とするポリペプチドである、請求項3に記載の微生物の不活化剤。
【請求項5】
前記ポリペプチドが、ε−ポリ−L−リジンである、請求項4に記載の微生物の不活化剤。
【請求項6】
前記組成物と前記ε−ポリ−L−リジンの含有質量比が1:10〜500:1である、請求項5に記載の微生物の不活化剤。
【請求項7】
微生物を含有する水にγ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物を接触させる工程を含む、前記微生物を含有する水において前記微生物を不活化する方法。
【請求項8】
前記組成物を接触させる工程が、前記微生物を含有する水に前記組成物を添加する工程、及び前記添加後の水を攪拌する工程を含むことを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記微生物がブドウ球菌である請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
さらに前記微生物を含有する水に静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上を接触させる工程を含む請求項7〜9の何れか一項に記載の方法。
【請求項11】
γ−ポリグルタミン酸及びγ−ポリグルタミン酸の架橋物から選ばれる1種以上、カルシウムイオン供与体、ナトリウムイオン供与体、及びアルミニウムイオン供与体を含有する組成物と静菌剤及び殺菌剤から選ばれる1種以上とを同時に水に添加して接触させることを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記静菌剤及び殺菌剤がカチオン性化合物である、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
前記カチオン性化合物が、塩基性アミノ酸を主体とするポリペプチドである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記ポリペプチドが、ε−ポリ−L−リジンである、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記組成物の濃度が1〜50000ppm、前記ε−ポリ−L−リジンの濃度が0.1〜100ppmになるように添加する、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記組成物と前記ε−ポリ−L−リジンの質量濃度比が1:10〜500:1になるよ
うに添加する、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
請求項10〜16の何れか一項に記載の方法を用いて飲用水を製造する方法。

【公開番号】特開2011−42603(P2011−42603A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−190719(P2009−190719)
【出願日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】