説明

微生物の分解活性を測定するための試薬、この試薬を用いた微生物の標識方法、分解活性の測定方法、及び分解活性の測定用キット、並びにこの試薬の製造方法

【課題】 微生物によるビフェニル又はその誘導体の分解活性を、直接、しかも微生物が生存した状態で検知する。
【解決手段】 式(1)の化合物を、ビフェニルジオキシゲナーゼ及びジヒドロジオールデヒドロゲナーゼを発現する菌により変換して、式(2)の化合物を得る。微生物を含む検体に、式(2)の化合物を作用させて式(3)の化合物を得る。式(3)の化合物の蛍光を検出することにより、微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性を測定するための試薬、この試薬を用いた微生物の標識方法、分解活性の測定方法、及び分解活性の測定用キット、並びにこの試薬の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
難分解性化合物として深刻な環境汚染物質として、ポリ塩化ビフェニル(以下PCBという)やジベンゾフランなどのビフェニル誘導体が挙げられる。これらの汚染物質を安全かつ効果的に分解する方法の開発が望まれ、その中の有力な方法として微生物による分解が挙げられる。
【0003】
微生物によるPCB分解は、ビフェニル分解に関与する酵素群によって行われる。例えば、ビフェニル又はその誘導体(例えばPCB)の分解微生物シュードモナス属細菌(Pseudomonas sp.)KKS102株及びKKS103株では、図1に示す経路で分解が行なわれることが知られている。この経路において、PCBは、まず、ビフェニルジオキシゲナーゼ(BphA)により、2つの水酸基(OH)が付加される。BphAは4つのサブユニット(BphA1、BphA2、BphA3、BphA4)から構成されている。
ついでジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(BphB)によって、BphAの産物から2つの水素が除かれた後、2,3−ジヒドロキシビフェニルジオキシゲナーゼ(BphC)により、BphB産物に酸素1分子が付加され、6-phenyl HODA(BphDの誘導基質)が生成する。
ついで、2−ヒドロキシ−6−オキソ−6−フェニルヘキサ−2,4−ジエン酸ヒドロラーゼ(BphD)が、6-phenyl HODAを安息香酸と2−ヒドロキシペンタ−2,4−ジエノエートとに分解する。そして2−ヒドロキシペンタ−2,4−ジエノエートヒドラターゼ(BphE)、4−ヒドロキシ−2−オキソバレレートアルドラーゼ(BphF)及びアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(BphG)によりアセチルCoAとピルビン酸に転換されると考えられる。
【0004】
従来より、PCB分解能を持つ多くの微生物が分離されているが、それらの微生物をそのままPCB処理に用いるのでは効率が低いため、適切な改良を施した後に用いることが行われている(特許文献1)。
このような手法によるPCB等のビフェニル誘導体の分解効率を評価するために、例えば、土壌中の所定の微生物を特異的に検出する方法として、16SrRNAをプローブにしたFISH(fluorescence in situ hybridization)法がある。しかし、FISH法では微生物を固定して検出を行うため、その微生物の生理活性を検出と同時に測定することはできない。また、土壌中の微生物の生育能力評価には、コロニー計数法(CFU)が広く用いられている。しかし、コロニー計数法は測定に時間がかかる。
このような事情から、本発明者らは、先に、所定の微生物に結合し、所定の波長の蛍光を発する第1の蛍光色素と、前記微生物において生理活性に関与する遺伝子に取り込まれ、前記遺伝子により発現する、前記第1の蛍光色素とは異なる波長の蛍光を発する第2の蛍光色素と、前記微生物の死細胞に取り込まれ、前記第1の蛍光色素および前記第2の蛍光色素とは異なる波長の蛍光を発する第3の蛍光色素とを、前記微生物を含む検体に作用せしめ、前記検体において生じる蛍光の波長差に基づいて前記検体に含まれる前記微生物の全細胞数、生理活性および生存状態を測定することを提案した(特許文献2)。
【特許文献1】特開2003−88363号公報
【特許文献2】特開2003−284592号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2に記載の測定方法は、蛍光色素の発現遺伝子をポリ塩化ビフェニル代謝遺伝子等のプロモータ下流に導入し、蛍光色素が発現すればポリ塩化ビフェニル代謝遺伝子等も発現していると考えられることに基づく、間接的な活性測定法である。
すなわち、微生物がポリ塩化ビフェニル代謝遺伝子等を有していることは確認できても、ポリ塩化ビフェニル代謝活性を直接測定するものではなかった。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、微生物によるビフェニル又はその誘導体の分解活性を、直接、しかも微生物が生存した状態で検知できる、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物の標識方法、分解活性の測定方法、分解活性の測定用キット、及び標識に用いる化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を達成するために、本発明者らは、微生物によるビフェニルの代謝物である芳香環の開裂物質が蛍光物質であることに着目し、これにより微生物を標識することを検討した。しかし、上記芳香環の開裂物質は水溶性であり、微生物の細胞内に留まり難く、標識物質としては不適当であった。そこで、本発明者らは、さらに検討を進め、ビフェニルの芳香環の一方のパラ位にアルキル鎖を付加することを試みた。その結果、その芳香環の開裂物質は微生物の細胞内に残留し、蛍光検出が可能であることを見いだした。すなわち、本発明は、以下の態様を備える。
【0007】
[1]微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性を測定するための試薬であって、下式(2)の化合物を含有することを特徴とする試薬(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化1】

[2]微生物を含む検体に、下式(2)の化合物を作用させてビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を標識することを特徴とする微生物の標識方法(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化2】

[3]微生物を含む検体に、下式(2)の化合物を作用させてビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を標識し、標識された微生物の蛍光検出を行うことを特徴とする分解活性の測定方法(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化3】

[4]微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性を測定するため、下式(2)の化合物を含有する試薬を備えることを特徴とする分解活性の測定用キット(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化4】

[5]下式(1)の化合物を、ビフェニルジオキシゲナーゼ及びジヒドロジオールデヒドロゲナーゼを発現する菌により変換することを特徴とする下式(2)の化合物の製造方法。
【化5】

【発明の効果】
【0008】
[1]の発明によれば、上記式(2)の化合物の代謝物が微生物の細胞内に残留するため、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物の観察に好適に使用できる。
[2]の発明によれば、上記式(2)の化合物の代謝物が微生物の細胞内に残留するため、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を感度良く標識することができる。
[3]、[4]の発明によれば、上記式(2)の化合物の代謝物が微生物の細胞内に残留するため、その蛍光を検出することによりビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を感度良く測定することができる。
[5]の発明によれば、上記式(2)の化合物を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本明細書においては、式(1)で表される化合物を「化合物(1)」のようにも記す。他の式で表される化合物についても同様に記す。本発明の概要は、図2のように示すことができる。なお、図2において、Rはアルキル基である。
すなわち、[5]の発明においては、化合物(1)からビフェニルジオキシゲナーゼ及びジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(BphA・B)により化合物(2)を製造する。[1]の発明は、この化合物(2)を含有する試薬である。また、[2]〜[4]の発明においては、得られた化合物(2)から2,3−ジヒドロキシビフェニルジオキシゲナーゼ(BphC)の作用により化合物(3)を得、この化合物(3)を標識物質とすることにより、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を標識し、また、その分解活性を測定する。
【0010】
[BphA・Bを発現する菌の製造]
化合物(2)は、化合物(1)をBphA・Bの作用により変換することにより得られる。具体的には、化合物(1)をBphA・Bを発現する菌により変換する。
【0011】
(BphA・B菌)
BphA・Bを発現する菌は、大量生産が容易であることから、大腸菌等の宿主にBphA・Bを発現する遺伝子を導入した形質転換体(BphA・B菌)であることが好ましい。このような形質転換体は、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物の全DNAからBphA・Bを発現する遺伝子断片を単離し、ベクターを用いて宿主に導入することにより得られる。
【0012】
遺伝子断片を提供する微生物としては、ゲノム上にビフェニル分解(以下、PCB分解ともいう)酵素の遺伝子とこれを制御する制御タンパク質の遺伝子を有する微生物であればよく、このような微生物は通常ビフェニルを単一の炭素源として生育し得る微生物として見出される。
好ましい微生物の例としては、例えば、シュードモナス属細菌KKS102及びKKS103(大坪ら、Gene 256(2000)p.223-228)、コマモナステストステロニTK102(Journal of Fermentation and Bioengineering, Vol. 81, No. 6, pp.573-576. Complete degradation of polychlorinated biphenyls by a combination of ultraviolet and biological treatments.Shimura M. et al)、ロドッコカスオパカスTSP203(Enzyme and Microbial Technology. Vol.23 p34-41 1998. Degradation of polychlorinated biphenyl by cells of Rodococcus opacus strain TSP203 immobilized in alginate and in solution.)、ロドッコカスRHA1(Masai, E.ら、Characterization of biphenyl catabolic genes of gram-positive polychlorinated biphenyl degrader Rhodococcus sp.RHA1. Appl. Environ. Microbiol. 1995. vol61. p2079-2085)、ブルクホルデリアLB400及びシュードモナス・シュードアリカリゲネスKF707(Gibson ,D.T. ら、Oxidation of polychlorinated biphenyls by Pseudomonas sp. strain LB400 and Pseudomonas pseudoalcaligenes KF707. J. Bacteriol. vol175. p4561-4564)などが挙げられる。
なお、コマモナス・テストステロニTK102及びロドコッカス・オパカスTSP203は、工業技術院生命工学工業技術所に寄託されており、受託番号は、コマモナス・テストステロニTK102がFERM P−14591であり、ロドコッカス・オパカスTSP203がFERM P−15408である。
形質転換の宿主−ベクター系としては、大腸菌−プラスミド系が好ましい。
【0013】
(BphC破壊菌)
BphA・Bを発現する菌は、上述のゲノム上にビフェニル分解酵素の遺伝子とこれを制御する制御タンパク質の遺伝子を有する微生物のBphCを発現する遺伝子を破壊した変異株(BphC破壊菌)であってもよい。
BphCを発現する遺伝子の破壊は、BphCを発現する遺伝子領域の置換、欠失、挿入、及び/又は付加変異導入等当業者に周知の方法で行うことができる。なかでも、相同的組換えの手法を用いることが好ましい。
【0014】
相同的組換えは、直鎖DNAを微生物内に導入して形質転換された微生物を選択することにより得られる。分解微生物を形質転換し、相同的組換えを起こす方法としては、各微生物に対して一般に用いられる形質転換方法、例えば塩化カルシウムを使用するカルシウム処理、リン酸カルシウム法によるトランスフェクション、エレクトロポレーション、またはリポフェクションなどが適用できる(Sambrookら, Molecular Biology: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York 1989など)。
【0015】
相同的組換えによるBphC破壊菌は、例えば、以下のようにして得られる。まず、形質転換に用いるコマモナステストステロニTK102のエレクトロポレーション用のコンピテントセルは以下のように調製することができる。
1/3LB寒天培地で12時間培養したTK102株の野生種を、100mLのLB培地に植菌し、OD600 = 0.5に達するまで培養する。培養液を6,000rpm、4℃で5分間遠心し、得られた菌体を滅菌蒸留水で2回洗浄する。再び6,000rpm、4℃で5分間遠心し、得られた菌体を滅菌蒸留水に懸濁する。この菌懸濁液を50μLずつチューブに分注し、−80℃で使用するまで保存する。
【0016】
シュードモナス属細菌KKS102からすでに単離されているビフェニル分解酵素遺伝子群をプローブとして、TK102株の染色体DNAとサザンハイブリダイゼーションを行い、ビフェニル分解酵素遺伝子群を含む10KbのSmaI消化断片を単離する。これを適当な制限酵素で消化し、BphC遺伝子領域を含むプラスミドDNAを作製する。次に、このプラスミドDNAのBphCをコードする領域にマーカーとなるカナマイシン耐性遺伝子を導入し、BphC遺伝子領域を破壊した遺伝子断片を含むプラスミドDNAを作製する。
【0017】
この変異が導入されたプラスミドDNA1μg程度を、50μLのコンピテントセルに加え、氷冷したエレクトロポレーション用キュベット(gap:0.2cm,Bio-Rad社製)に入れて、10分間氷中に放置する。
Gene-Pulser II(Bio-Rad社製)を使用し、2.5KV、25μF、200Ωでエレクトロポレーションを行い、直ちに氷中に移し、5分間放置する。その後、500μLの1/3LB培地を添加し、30℃で1時間培養する。この菌懸濁液を3,000rpm、4℃で1分間遠心し、菌液を濃縮する。300μg/mLのカナマイシンを含む1/3LB寒天培地に菌液を全量を塗布し、30℃で24時間培養する。
この培養によりBphC破壊菌が得られたことは、培養後、生育してきた菌体から全DNAを抽出し、サザンハイブリダイゼーションを行い、ダブルクロスオーバーにより確認できる。
【0018】
[化合物(2)の製造]
化合物(1)のBphA・Bを発現する菌による変換は、例えば以下のように行う。まず、BphA・Bを発現する菌の培地に、基質として化合物(1)を与え、BphA・Bを発現する菌を培養する。なお、化合物(1)としては、通常の市販品を使用することができる。その後、菌体を破砕し、酢酸エチル、ヘキサン等で抽出することにより、化合物(2)を含む溶液を得る。そして、この溶液から高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等を用いて化合物(2)を分離精製することにより化合物(2)を得ることができる。
なお、得られた化合物(2)は、−20〜−80℃で保存することが好ましい。
【0019】
[化合物(2)を用いた微生物の標識]
化合物(2)を用いた微生物の標識は、具体的には、微生物を含む検体の培地に、基質として化合物(2)を与え培養することにより行う。この検体中に、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物が存在すれば、化合物(2)が当該微生物の細胞内に取り込まれる。そして、微生物の代謝作用、具体的には微生物が発現するBphCの作用により、化合物(2)が化合物(3)に変換される。この化合物(3)は蛍光物質であり、かつ、微生物の細胞内に残留するため標識物質となる。
ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物が存在しなければ、化合物(3)が生成しない。すなわち、化合物(3)は、ビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物のみ標識する。
【0020】
化合物(3)が微生物の細胞内に残留しやすいのは、疎水基であるアルキル基を有することにより、疎水性の細胞膜から離脱して、細胞外に溶出することが妨げられるためであると考えられる。
なお、化合物(2)が、化合物(3)と同じアルキル基を有しているにも関わらず、なぜ疎水性の細胞膜を有する細胞内への取り込みが阻害されないのか、その理由は定かでない。1つの可能性として考えられるのは、アルキル基部分は細胞表層に留まり、それ以外の基質となる部分が細胞の中に入ることにより、代謝が可能となっていることが考えられる。
【0021】
化合物(2)、化合物(3)、及び化合物(2)の出発物質となる化合物(1)において、Rは直鎖であるか分岐鎖であるかを問わないアルキル基であるが、直鎖のアルキル基であることが好ましい。また、炭素数は、1〜7であることが好ましく、4〜6であることがより好ましい。炭素数が小さすぎると化合物(3)が細胞内に残留する効果が得にくくなり、炭素数が大きすぎると得られる蛍光が小さくなる傾向がある。特に好ましいアルキル基は、n−ブチル基である。
【0022】
[化合物(3)を標識物質とする分解活性の測定方法]
微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性は、化合物(3)で標識された微生物の蛍光検出を行うことにより測定できる。
蛍光検出においては、例えば液体系ではフローサイトメトリ(FCM)、固体系においてはレーザスキャニングサイトメータ(LSC)を用いることが好ましい。特に、個々の細胞の観察も可能であることから、レーザスキャニングサイトメータを用いることが好ましい。
これら方法においては、励起光を検体に照射し、それにより生じた光を光学検出器により簡単に測定することができる。本発明では、励起光の波長として460〜490nm、検出波長として510〜550nmを選択することが好ましい。
【0023】
蛍光検出は、微生物を含む検体の培地に、基質として化合物(2)を与えてから1〜10分の間におこなうことが好ましく、3〜6分の間におこなうことがより好ましい。
化合物(2)の添加からの時間が短すぎると、化合物(3)の生成が不充分となり、充分な蛍光が得られない。一方、化合物(2)の添加からの時間が長すぎると、微生物による代謝がさらに進んで化合物(3)の存在量が減少し、蛍光が退色してしまう。
【0024】
[測定用キット]
本発明の測定用キットは、本発明の測定方法に必要な試薬その他を纏めたものである。本発明の測定用キットは、化合物(2)を備えていればよく、緩衝液や希釈用の生理食塩水、あるいは試験管等の分析に必要なその他の試薬や器具を含めることもできる。また、化合物(2)を、1回の分析の必要量毎に包装したり、希釈用の目盛付容器に封入したりするなどの形態を適用することができる。
また、測定対象に応じて、前処理のために必要な試薬や器具等を含めることもできる。たとえば、水中の微生物の活性を調べるためには、ゴミを除くためのフィルターや濃縮するための器具等を含めることができる。また、土壌中の微生物の活性を調べるためには、土壌粒子から微生物を分離するためのフィルター等を含めることができる。
【実施例】
【0025】
以下本発明の実施例を説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されない。
[2,3−ジヒドロキシ体の製造]
市販されているブチルビフェニルを、以下の手順により、BphA・Bを発現する大腸菌を用いて2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルへと変換し、精製した。
【0026】
まず、PCB/ビフェニル分解菌コマモナス・テストステロニTK102(受託番号:FERM P−14591)の全DNAを制限酵素SacIとC1aIで切断し、BphA・Bを発現する遺伝子を含む約4kbの遺伝子断片を単離した。その遺伝子断片をプラスミドベクターpUC118のSacI、SmaI部位に挿入しBphA・Bを発現する遺伝子を保持するプラスミド、pUC118+BphA・Bを作成した。
【0027】
次に、そのプラスミドで大腸菌を形質転換し、アンピシリンを含むLB培地で大腸菌を培養した。OD600が1程度になったときにイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシドガラクトース(IPTG)を終濃度0.1 mMとなるように添加し、基質として30mg/Lの4−ブチルビフェニル((株)ワコーケミカル製、商品名:4−ブチルビフェニル)を添加後16時間培養した。ついで集菌し、50mMのリン酸カリウムバッファー(pH7.4)で一度洗浄した。
再度、同じバッファーに懸濁し、菌体の超音波破砕を行った。その後、4℃、15000rpm、10分遠心して上清をとり、その上清に少量の塩酸を加えてpH2以下とし酢酸エチルを加えた。2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルは酢酸エチル相に移るので、酢酸エチル相を取り出し、窒素雰囲気下で蒸発乾固した。
【0028】
得られた固形物を展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=2:1)に溶かし、順相カラム(和光純薬のWakogel C-100)にかけた。BphC(メタ開裂酵素)の添加により黄色を呈する画分を集め、窒素雰囲気下で蒸発乾固した。得られた固形物をHPLCバッファー(HPLCバッファー:60%メタノール、40%水)に溶かし、逆相カラム(アジレントテクノロジー社のZORBAX 300SB-C18カラム)にかけ、100%メタノールを流速2mL/minで流した。BphC(メタ開裂酵素)の添加により黄色を呈する、およそ6.7〜7.4分後に溶出する画分を集めた。得られた画分を窒素雰囲気下で蒸発乾固させ、2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルを得た。
2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルが得られたことは、GC/MSで確認した。図3に、2,3−ジヒドロキシブチルビフェニル(Mw:242)のGC/MSスペクトルを示す。
【0029】
基質として、上記4−ブチルビフェニルに代えて、4−エチルビフェニル(和光純薬工業(株)製、商品名:4−エチルビフェニル)、又は4−ヘプチルビフェニル((株)ワコーケミカル製、商品名:4−ヘプチルビフェニル)を用いた他は同様にして、2,3−ジヒドロキシエチルビフェニル、又は2,3−ジヒドロキシヘプチルビフェニルを各々製造した。
得られた各2,3−ジヒドロキシ体の保存は−80℃で行なった。
【0030】
[2,3−ジヒドロキシ体の細胞内外の存在率]
上記[2,3−ジヒドロキシ体の製造]で示した製造過程の菌体の超音波破砕を行う工程の前に4℃、5000rpm、5分遠心し、細胞内成分を含む沈殿物と、細胞外の成分を含む上清とを分離した。その後は、上記と同様にして、抽出精製処理を行った。
2,3−ジヒドロキシビフェニル、2,3−ジヒドロキシエチルビフェニル、2,3−ジヒドロキシブチルビフェニル、2,3−ジヒドロキシヘプチルビフェニルの各々について、沈殿物と上清の各々から得られた量をGC/MSで定量し、細胞内外における存在比率を調べた。結果を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
表1に示すように、アルキル基を有さない2,3−ジヒドロキシビフェニルは、大部分が細胞外に存在していた。これに対して、アルキル基を有する他の3種類の2,3−ジヒドロキシ体では、細胞内に存在する比率が高く、特に、アルキル鎖が長いほど、細胞内に存在する2,3−ジヒドロキシ体が増加する傾向が見られた。
ただし、2,3−ジヒドロキシヘプチルビフェニルは、単位細胞あたりの全生産量が低く、細胞への蓄積量・生産量において、2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルが最適であることがわかった。
【0033】
[2,3−ジヒドロキシ体を用いた微生物の標識]
PCB/ビフェニル分解菌コマモナス・テストステロニTK102(受託番号:FERM P−14591)を、白金耳により1/3LB寒天培地に塗抹し、30℃で24時間培養した。次に、寒天培地よりシングルコロニーを採取し、1/3LB培地5.0mLが入ったL字管に植菌し、30℃、80rpmで振とう培養した。この菌液を前培養液とした。次に、1/3LB培地100mLが入った坂口フラスコに、培養液の1/100量の前培養液を加え、28℃、117rpmで培養を行った。OD600がおよそ1.6(Stationary phase)に達した時点で培養を止めた。培養後、4℃、5000rpm、5分で遠心分離し、集菌した。菌体を50mMのリン酸カリウムバッファー(pH7.4)で2回洗浄後、再度、同じバッファー100μLに懸濁した。この細胞懸濁液1μLをスライドグラス上に塗布し、乾燥させた。これを測定に用いる生細胞サンプルとした。
【0034】
次に、上記のようにして製造した2,3−ジヒドロキシブチルビフェニル100mg/Lの溶液を調製し、この生細胞サンプル上に4μL滴下後、カバーガラスをのせ、3分後、9分後、15分後に蛍光顕微鏡観察を行った。
また、比較のために、市販の2,3−ジヒドロキシビフェニル(和光純薬工業(株)製、商品名:2,3−ジヒドロキシビフェニル)100mg/Lの溶液を調製し、この生細胞サンプル上に4μL滴下後、カバーガラスをのせ、3分後、9分後、15分後に蛍光顕微鏡観察を行った。
さらに、この生細胞サンプルを70%エタノールで固定し、死細胞サンプルとした。そして、上記のようにして製造した2,3−ジヒドロキシブチルビフェニル100mg/Lの溶液を調製し、この死細胞サンプル上に4μL滴下後、カバーガラスをのせ、3分後、9分後、15分後に蛍光顕微鏡観察を行った。
【0035】
蛍光観察においては、緑色蛍光観察用のWIBフィルター を用いた。蛍光顕微鏡は、落射蛍光照明装置、散乱検出器を備えたOLYMPUS BX-50(オリンパス社製)を用いた。光源は、目視観察においてはハロゲンランプ、蛍光像写真撮影においては水銀ランプを用いた。観察は、接眼レンズ(×10)、対物レンズ(×40)を用い行った。図4に、蛍光像写真を示す。
【0036】
図4に示すように、2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルを用いることにより、分解活性の有無をな蛍光の差として明確に捉えることができた。これに対して、2,3−ジヒドロキシビフェニルを用いた場合には、生細胞であるにもかかわらず、蛍光の観察ができなかった。これは、2,3−ジヒドロキシビフェニルの芳香環の開裂物質が細胞外に溶出してしまうことにより、細胞内外の発光度が均一になってしまったためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、微生物によるビフェニル又はその誘導体の分解活性を直接、しかも微生物が生存した状態で検知できる。したがって、微生物による環境浄化システムの発達に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】微生物におけるビフェニルの分解経路と、それに関与する酵素を示す図である。
【図2】本発明の概要を示す図である。
【図3】2,3−ジヒドロキシブチルビフェニルのGC/MSスペクトルである。
【図4】蛍光像写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性を測定するための試薬であって、下式(2)の化合物を含有することを特徴とする試薬(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化1】

【請求項2】
微生物を含む検体に、下式(2)の化合物を作用させてビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を標識することを特徴とする微生物の標識方法(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化2】

【請求項3】
微生物を含む検体に、下式(2)の化合物を作用させてビフェニル又はその誘導体の分解活性を有する微生物を標識し、標識された微生物の蛍光検出を行うことを特徴とする分解活性の測定方法(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化3】

【請求項4】
微生物のビフェニル又はその誘導体の分解活性を測定するため、下式(2)の化合物を含有する試薬を備えることを特徴とする分解活性の測定用キット(ただし、Rはアルキル基を示す。)。
【化4】

【請求項5】
下式(1)の化合物を、ビフェニルジオキシゲナーゼ及びジヒドロジオールデヒドロゲナーゼを発現する菌により変換することを特徴とする下式(2)の化合物の製造方法。
【化5】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−254874(P2006−254874A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−80455(P2005−80455)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月22日 社団法人日本生物工学会主催の「平成16年度 日本生物工学会大会」において文書をもって発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(000173784)財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】