説明

微生物担体の製造方法

【課題】担持される微生物の生物活性を維持したまま、微生物の付着を促進させることができる微生物担体の製造方法を提供する。
【解決手段】金属、セラミックス及びガラスからなる群から選択される少なくとも1種から形成された基材表面を、細胞外ポリマーを生成する微生物により生成された細胞外ポリマーで被覆することを特徴とする微生物担体の製造方法である。このような方法により得られた微生物担体は、バイオリアクター用として好適に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外ポリマーで基材表面を被覆する微生物担体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微生物の生物活性(代謝、同化、酵素反応等)を利用した各種のバイオリアクター(生物反応器)が開発されており、例えば食品分野では機能性を有する糖類、ペプチド、天然色素、ビタミン類、アルコール等の製造が、医薬品分野では抗腫瘍剤、抗生物質、モノクロナール抗体、農薬等の製造が、化学の分野ではファインケミカル、酵素、界面活性剤、油脂等の製造が、エネルギーの分野ではバイオ燃料の製造が、環境衛生の分野では、廃水、廃ガス、廃棄物の処理等への活用が進められている。
【0003】
バイオリアクターの開発や運転操作においては、リアクター反応部に微生物菌体を短期間で高密度かつ安定に担持することが求められており、微生物の担持を容易にするための目的で、微生物が付着する固体担体の物理形状を粗にして表面積を増加させる処理や、固体担体の表面特性を化学的に改質する処理等を施すことも行われている。
【0004】
例えば、特開平10−150982号公報には、機械的強度が大きく、安価で、微生物の固定化量の多いバイオリアクター用担体として、ゼオライトを加熱処理して表面に開放した5〜400μmの細孔を有する多孔質粒子を製造する方法が開示されている。しかしながら、この担体上への微生物の担持は、微生物の自発的な付着現象を利用した固定化方法であり、一定の微生物数を担持するためには比較的長期間を要することとなり、また、水力学的な力が作用する環境では付着した微生物が脱離しやすいという課題があった。
【0005】
また、特開平7−99960号公報には、セラミックス担体に微生物や酵素を長期かつ安定に固定化するために、ビーズ状、ペレット状、馬蹄状のセラミックス担体やハニカム構造を持つセラミックモノリスの表面に、長さ1〜100μm、太さ0.1〜10μmの針状又は柱状のムライト結晶を芝生状に高密度で成長させた後、グルタルアルデヒド法により結晶間にキトサン膜を埋め込んだ長期安定性バイオリアクター担体を得る方法が開示されている。この担体の表面改質方法に用いられているグルタルアルデヒド法などの架橋法では、担体表面にアミノ基を予め導入しておかなければならず、極めて煩雑な前処理なしに微生物や酵素を固定化することはできなかった。更に、架橋法による結合が、水溶液中での生体反応により加水分解されて切断される場合があり、時間とともに固定化量が減少することが避けられず、長期間にわたり微生物を安定に担持することができない場合も多く改善が望まれていた。
【0006】
更に、特開2003−202329号公報には、ポリエチレンイミン(PEI)などのアミノ基またはイミノ基を有する化合物を担体に固定化し、グラム陰性細菌のリポ多糖を吸着するためのリポ多糖吸着体、及び、これを用いてイムノアッセイによりリポ多糖を検出する検出方法が開示されている。しかしながら、リポ多糖吸着体を製造する際に、PEI等のポリカチオンを担体表面に化学的に固定化するための煩雑な前処理が必要であったり、吸着されたグラム陰性菌の増殖を抑制してしまい、特にバイオリアクターとして用いた場合には生物活性の維持が困難であった。
【0007】
ここで、自然界に存在する微生物は、何らかの固体表面に付着した状態で生息しており、これらはしばしばバイオフィルム(生物膜)と呼ばれる膜状に堆積した集合体を形成する。バイオフィルム内の微生物は、浮遊状態で存在している時の細胞と比較すると生理学的に大きく異なっていることが知られており、バイオフィルムを形成することで生物的に安定になり、また、薬剤に対して高い抵抗性を示すようになる等、より生物的な機能性を発揮すると考えられている。また、固体表面上に形成されたバイオフィルム中には、微生物菌体の他に、粘着性のポリマー様物質が蓄積されていることが特徴である。
【0008】
細菌が細胞外にポリマー様物質を生成することは従来から知られており、例えば、特開2004−208563号公報には、国内外の土壌、地下水などからEnterobacter属に属する新規微生物をスクリーニングにより取得し、フコース、ガラクトース、グルコース及びグルクロン酸を主成分として構成される水溶性多糖類を製造する方法が開示されている。この方法により得られる水溶性多糖類は、生体適合材料、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の媒体、機能性食品、医薬品、吸収保水剤等の用途に用いることができるとされている。しかしながら、多価の金属イオンの存在下で酸性条件に曝されると、多糖類分子鎖の遊離のカルボキシル基がマスクされる結果、ゲル化して不溶化し、あるいは固体表面に対する吸着親和性が著しく減少するなど、環境条件によっては表面改質剤としての性質が失われる場合があった。
【0009】
また、特表2002−527072号公報には、少なくとも1種のアグロバクテリウム・ラジオバクターI−2001(又はDSM 12095)菌株、その組換え体又はその突然変異体と、前記菌株、その組換え体又はその突然変異体によって同化することができる炭素源とを含む培地中で発酵によって得ることのできるヘテロ多糖類について記載されている。このヘテロ多糖類は、例えば石油、農薬、食品、化粧品、工業用洗剤中の増粘剤又はゲル化剤として用いることができるとされている。しかしながら、このようなヘテロ多糖類を微生物担体に用いることについての記載はなかった。
【0010】
更に、特表2004−500806号公報には、非毒性で非抗原性であり、中性糖、酸性糖、アミン糖から構成されるエキソ多糖を生成する微生物について記載されている。このエキソ多糖類は、例えば土壌改良剤、食品又は薬物の添加剤、血漿増量剤、生物生長防止剤として用いることができるとされている。しかしながら、このようなエキソ多糖を微生物担体に用いることについての記載はなかった。
【0011】
また、特開平6−239608号公報には、粘質物質を生産する能力を有する微生物および該微生物により生産された粘質物質を担持せしめてなる活性炭について記載されている。これによれば、粘質物質を生産する能力を有する微生物や、必要により他の微生物菌体を活性炭に固定化させると、微生物菌体を固定化した活性炭が安価に製造できるようになり、得られた活性炭は高い物質除去能力を有するとされている。しかしながら、活性炭以外の基材の表面に微生物を固定化させることが求められていた。
【0012】
【特許文献1】特開平10−150982号公報
【特許文献2】特開平7−99960号公報
【特許文献3】特開2003−202329号公報
【特許文献4】特開2004−208563号公報
【特許文献5】特表2002−527072号公報
【特許文献6】特表2004−500806号公報
【特許文献7】特開平6−239608号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、細胞外ポリマーで基材表面を被覆することにより、担持される微生物の生物活性を維持したまま、微生物の付着を促進させることができる微生物担体の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題は、金属、セラミックス及びガラスからなる群から選択される少なくとも1種から形成された基材表面を、細胞外ポリマーを生成する微生物により生成された細胞外ポリマーで被覆することを特徴とする微生物担体の製造方法を提供することによって解決される。
【0015】
このとき、基材表面が金属から形成されてなることが好適であり、細胞外ポリマーの被覆量が全有機炭素量として0.1〜10mg/mであることが好適である。また、細胞外ポリマーが、多糖類又はタンパク質、及びこれらの混合物であることが好適であり、細胞外ポリマーが、水溶液中で静電的に両性であることが好適である。また、細胞外ポリマーの見掛けの実効電荷が、pHが3のときに1C/g以上であり、かつpHが12のときに−1C/g以下であることが好適であり、細胞外ポリマーを生成する微生物がAgrobacterium属に属する微生物であることが好適である。
【0016】
また、このとき、細胞外ポリマーを生成する微生物が以下の菌学的性質を有するものであることが好適である。特に好適な菌株は、Agrobacterium属11−4株(受領番号FERM AP−21298)である。また、細胞外ポリマーを生成する微生物がフォスホマイシン及びアンピシリンに対する抵抗性を有するものであることも好適である。
(細胞形態)
桿菌 大きさ:0.5-1.0×0.8-2.0μm
運動性 +(周毛性)
グラム染色 −
内生胞子 −
(生理的性質)
ゼラチン液化 −
リトマスミルク 変化なし
インドールの生成 −
エスクリンの分解 −
硝酸塩からの亜硝酸塩の生成還元 +
カタラーゼ +
でんぷんの加水分解 −
OFテスト −/+
糖の分解
グルコース +
ガラクトース +
アラビノース +
スクロース +
ラクトース −
マルトース +
マンニトール +
N−アセチル−グルコサミン同化 +
グルコン酸カリウム同化 +
n−カプリン酸同化 −
アジピン酸同化 −
dl−リンゴ酸同化 +
クエン酸ナトリウム同化 −
酢酸フェニル(PAC)同化 −
チトクロームオキシダーゼ +
酸素に対する態度 好気性
生育温度 20-37℃
至適pH 7.2
【0017】
本発明の好適な実施態様は、上記微生物担体の製造方法により得られた微生物担体に微生物を担持させることを特徴とする微生物固定化方法であり、また、本発明の他の好適な実施態様は、上記微生物担体の製造方法により得られた微生物担体を用いて排水処理を行うことを特徴とする排水処理方法である。また、上記微生物担体の製造方法により得られたバイオリアクター用微生物担体も本発明の好適な実施態様である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の微生物担体の製造方法によれば、細胞外ポリマーで基材表面を被覆することにより、担持される微生物の生物活性を維持したまま、微生物の付着を促進させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、細胞外ポリマーを生成する微生物により生成された細胞外ポリマーで基材表面を被覆することを特徴とする微生物担体の製造方法に関するものである。
【0020】
本発明の微生物担体の製造方法は、細胞外ポリマーで基材表面を被覆することを特徴とする。このことにより、得られる微生物担体への菌体の付着を促進させることができる。ここで、細胞外ポリマーとは、細胞外ポリマーを生成する微生物により生成されるものであり、微生物を担持する能力を有するものであれば特に限定されず、例えば、多糖類、ポリアミノ酸(ペプチド)、タンパク質、リポ多糖等が挙げられ、吸着親和性の観点から好ましくは、多糖類又はタンパク質、及びこれらの混合物である。多糖類を構成する単糖としては、例えば、グルコース、ガラクトース、キシロース、マンノース、ラムノース、フコース、アラビノース、リボース等の中性糖;ガラクツロン酸、アルギン酸、グルコン酸、イズロン酸、マンヌロン酸、グルクロン酸等のウロン酸;グルコサミン、ガラクトサミン、マンノサミン等のアミノ糖などが挙げられる。
【0021】
中でも、細胞外ポリマーを構成する多糖類が、カルボキシル基を有するウロン酸を含むことが好ましく、このことにより、親水性である金属、セラミックス及びガラス等から形成された基材表面に対して細胞外ポリマーが不可逆的に吸着する。特に、正の表面電荷が大きい金属からなる基材表面に対して、きわめて強い相互作用で良好に吸着するため好ましい。本発明では、上記ウロン酸がガラクツロン酸換算で20重量%以上含まれていることが好ましく、30重量%以上含まれていることがより好ましい。一方、通常、ウロン酸の含有量は、90重量%以下である。
【0022】
また、本発明の微生物担体の製造方法により得られる細胞外ポリマーが、牛血清アルブミン換算で0.5重量%以上のタンパク質を含むことが好ましく、1重量%以上のタンパク質を含むことがより好ましい。このことにより、細胞外ポリマーが静電的に両性となり、正又は負の静電的特性を有する種々の基材表面に対して細胞外ポリマーが良好に被覆される。一方、通常、タンパク質の含有量は、60重量%以下である。
【0023】
上記細胞外ポリマーを生成する微生物としては、細胞外ポリマーを生成できる微生物であれば特に限定されず、シュードモナス(Pseudomonas)属、バチルス(Bacillus)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、ユーグレナ(Euglena)属、キサントモナス(Xanthomonas)属、アセトバクター(Acetobacter)属、グルコノバクター(Gluconobacter)属等に属する微生物を用いることができる。中でも、安全性の観点から、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属であることが好ましい。
【0024】
本発明者が見出した具体的な菌株は、Agrobacterium属11−4株(受領番号FERM AP−21298、以下「11−4株」と略記することがある)であり、下記の菌学的性質を有するものである。以下の記載において、+は陽性を、−は陰性を意味する。
(細胞形態)
桿菌 大きさ:0.5-1.0×0.8-2.0μm
運動性 +(周毛性)
グラム染色 −
内生胞子 −
(生理的性質)
ゼラチン液化 −
リトマスミルク 変化なし
インドールの生成 −
エスクリンの分解 −
硝酸塩からの亜硝酸塩の生成還元 +
カタラーゼ +
でんぷんの加水分解 −
OFテスト −/+
糖の分解
グルコース +
ガラクトース +
アラビノース +
スクロース +
ラクトース −
マルトース +
マンニトール +
N−アセチル−グルコサミン同化 +
グルコン酸カリウム同化 +
n−カプリン酸同化 −
アジピン酸同化 −
dl−リンゴ酸同化 +
クエン酸ナトリウム同化 −
酢酸フェニル(PAC)同化 −
チトクロームオキシダーゼ +
酸素に対する態度 好気性
生育温度 20-37℃
至適pH 7.2
【0025】
上記Agrobacterium属11−4株は、平成19年5月16日に独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託され、受領番号FERM AP−21298が付与された。
【0026】
本発明では、細胞外ポリマーを生成する微生物が抗生物質や抗菌剤等に対する抵抗性を有するものであることが好ましく、具体的にはフォスホマイシン及びアンピシリンに対する抵抗性を有するものであることが好ましい。このように細胞外ポリマーを生成する微生物が抗生物質や抗菌剤等に対する抵抗性を有するものである場合、生成された細胞外ポリマー自体が、抗生物質や抗菌剤等に対する保護機能を有しており、本発明で得られる微生物担体に付着する微生物の生物活性を維持することができるため好ましい。この点は、後述する実施例における細胞外ポリマーを生成しない変異株との対比試験においても示されている。
【0027】
本発明は、細胞外ポリマーで基材表面を被覆することを特徴とするが、前記基材表面は金属、セラミックス及びガラスからなる群から選択される少なくとも1種から形成されてなるものである。静電的相互作用又は配位結合によって細胞外ポリマーを不可逆的に吸着させる観点から、基材表面は、正又は負の表面電荷を持っていることが好ましい。
【0028】
基材に用いられる金属としては特に限定されず、耐食性、耐薬品性及び耐久性の観点から、ステンレス鋼、チタン、アルミニウム、アルミニウム合金等が例示される。また、基材に用いられるセラミックスやガラスとしては特に限定されず、耐食性、耐薬品性及び耐久性の観点から、アルミナ、ジルコニア、チタニア等の金属酸化物であることが好ましく、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、石英ガラス等であることが好ましい。
【0029】
中でも、基材表面が金属から形成されてなることが好ましい。基材表面が金属から形成されてなる場合、通常、微生物が吸着しにくいとともに、金属が有する抗菌作用のため吸着する微生物の生物活性が低下してしまうおそれがある。本発明により得られる微生物担体は、基材表面が金属から形成されてなる場合であっても生物活性が低下することがなく、微生物の付着を促進させることができ、更に付着した微生物は水洗浄等で容易に離脱することがないため好ましい。
【0030】
また、基材本体は別の材料とし、表面をめっきすることも可能であり、電気ニッケルめっき、無電解ニッケルめっき、無電解ニッケル複合めっき等のめっき皮膜等が形成された基材を用いることもできる。
【0031】
上記基材の形状については特に限定されず、例えば、平滑面や凹凸面を有する板材等の平板型;配管、ノズル、カラム等の管状型;マイクロチャネル等の溝状型;不織布、繊維等の繊維状型;微粒子、破砕片、球等の粒子状型;焼結体、圧密体等の多孔質状型等が挙げられ、中でも反応効率の観点から、管状型や溝状型のような形状が好ましい。このような基材表面を有する具体的な製品としては、バイオリアクター、バイオセンサー、マイクロリアクター、分析器具等が例示される。
【0032】
本発明の微生物担体の製造方法は、細胞外ポリマーで基材表面を被覆することを特徴とするが、基材表面を被覆する際の細胞外ポリマーの被覆量が全有機炭素量として0.1〜10mg/mであることが好ましい。ここで、細胞外ポリマーの被覆量は、強アルカリ洗浄により基材表面から細胞外ポリマーを強制的に離脱させ、その回収液を燃焼させた際のCO量から算出される。細胞外ポリマーの被覆量が0.1mg/m未満の場合、微生物の付着量が不十分となるおそれがあり、より好適には0.2mg/m以上であり、更に好適には0.5mg/m以上である。一方、基材表面と細胞外ポリマー間の吸着力は大きいが、細胞外ポリマー間の相互作用は弱いことから、細胞外ポリマーの被覆量が10mg/mを超える場合、多分子層皮膜となり最上部に吸着した細胞外ポリマーの離脱の原因となるおそれがあり、より好適には8mg/m以下であり、更に好適には5mg/m以下である。
【0033】
本発明の微生物担体の製造方法において、細胞外ポリマーを含む水溶液を基材表面に塗布することが好ましい。このとき、細胞外ポリマーを含む水溶液の濃度は、0.1〜5g/Lであることが好ましい。細胞外ポリマーを含む水溶液の濃度が0.1g/L未満の場合、基材表面を十分に被覆することができなくなるおそれがあり、より好適には0.5g/L以上である。一方、細胞外ポリマーを含む水溶液の濃度が5g/Lを超える場合、基材表面に細胞外ポリマーが過剰に吸着してしまうため最上部に吸着した細胞外ポリマー層が離脱するおそれがあり、より好適には3g/L以下である。
【0034】
上記細胞外ポリマーを含む水溶液のpHは、3〜10の範囲にあることが好ましい。細胞外ポリマーを含む水溶液のpHが3未満の場合、細胞外ポリマーの凝集が起こるため基材表面を均一に被覆することができなくなるおそれがあり、より好適には、pHは6以上である。一方、細胞外ポリマーを含む水溶液のpHが10を超える場合、細胞外ポリマーの吸着量が低下するおそれがあり、より好適には、pHは9以下である。また、細胞外ポリマーを生成する微生物は、細胞外ポリマーを生成した後に遠心分離により菌株を分離して再利用することもできる。
【0035】
本発明では、基材表面を被覆した細胞外ポリマーが、水溶液中で静電的に両性であることが好ましい。このことにより、正又は負の静電的特性を有する種々の基材表面に対して細胞外ポリマーが良好に被覆される。また、細胞外ポリマーの見掛けの実効電荷が、pHが3のときに1C/g以上であり、かつpHが12のときに−1C/g以下であることが好ましい。このように、pHが3〜12の範囲で、見掛けの実効電荷がゼロC/gを挟んで一定量以上変動するため、基材表面を被覆した細胞外ポリマーが、水溶液中で静電的に両性であることがわかる。
【0036】
細胞外ポリマーを含む水溶液は、本発明の効果を阻害しない範囲であれば、その他の成分を含有しても構わない。また、細胞外ポリマーを含む水溶液に対して殺菌処理を行っても良い。特に、細胞外ポリマーを生成する微生物を再利用する場合には、菌株を分離後に殺菌処理を行うことが好ましい。また、得られる細胞外ポリマーを精製する工程を省略することもできる。
【0037】
本発明において、細胞外ポリマーを基材表面に被覆する際の温度は、10〜40℃であることが好ましい。温度が10℃未満の場合、細胞外ポリマーの分子収縮が起こり、細胞外ポリマー1分子あたりの被覆面積が減少するおそれがあり、より好適には20℃以上である。一方、被覆する際の温度が40℃を超える場合、細胞外ポリマーの吸着量が低下するおそれがあり、より好適には、30℃以下である。
【0038】
また、本発明において、細胞外ポリマーを基材表面に被覆する際の処理時間は、5分以上であることが好ましい。処理時間が5分未満の場合、吸着平衡に達しないため吸着量が不十分となるおそれがあり、より好適には30分以上であることが好ましい。一方、通常、処理時間は48時間以下である。
【0039】
本発明において、細胞外ポリマーを基材表面に被覆する方法としては特に限定されないが、基材表面と細胞外ポリマーを含む水溶液とを均一に接触させることが好ましい。具体的には、静置浸漬、振とう浸漬、流動接触等が挙げられる。
【0040】
上述のように、本発明の微生物担体の製造方法により得られた微生物担体は、そのままの状態、すなわち細胞外ポリマーが水分を含んだゲル状のままで商品として流通させてもよいし、効果を阻害しない範囲で細胞外ポリマーが含む水分を乾燥させた後に商品として流通させてもよい。
【0041】
本発明の製造方法により得られる微生物担体の好適な実施態様は、微生物担体に微生物を担持させることを特徴とする微生物固定化方法である。特に、本発明により得られる微生物担体は、担持される微生物の生物活性を維持したまま、付着を促進させる効果を有するため好ましい。担持される微生物としては、特に限定されず、種々の微生物を適宜選択することができ、例えば、Alcaligenes属等が挙げられる。
【0042】
本発明において、好適な実施態様は、本発明の製造方法により得られる微生物担体を用いて排水処理を行うことを特徴とする排水処理方法である。本発明の製造方法により得られる微生物担体は、担持される微生物の付着が多いため、効率の良い排水処理を行うことができる。
【0043】
また、本発明の製造方法により得られる微生物担体は、例えば、バイオリアクター、バイオセンサー、マイクロリアクター、分析器具等の用途に用いることができ、中でも、好適な実施態様は、バイオリアクター用微生物担体である。本発明の製造方法により得られる微生物担体は、担持される微生物の付着量が多いため、微生物の固定化量の多いバイオリアクターとして好適に用いることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明する。
【0045】
[菌株の単離]
細胞外ポリマー高生産菌を分離するために、土壌や廃水等から数十種類の試料を採取し、各試料を滅菌水で0.1g/mlとなるように懸濁した後、滅菌水で希釈系列を作成して栄養寒天培地に塗沫した。32℃で数日間培養後、細胞外ポリマーの生産が高い菌を目視観察により分離した。分離した菌の中で簡便な性状調査(培養温度、増殖、培地に対する選択性)により選別した結果、良好な性質を持つ株であるAgrobacterium属11−4株(受領番号FERM AP−21298)を取得した。また、得られた11−4株を32℃で96時間培養した場合に形成されるコロニーを観察したところ、白色であった。
【0046】
[菌学的性質]
11−4株に対する光学顕微鏡を用いた形態観察、及び生理・生化学試験を調べたところ、以下に示す結果が得られた。以下の記載において、+は陽性を、−は陰性を意味する。
(細胞形態)
桿菌 大きさ:0.5-1.0×0.8-2.0μm
運動性 +(周毛性)
グラム染色 −
内生胞子 −
(生理的性質)
ゼラチン液化 −
リトマスミルク 変化なし
インドールの生成 −
エスクリンの分解 −
硝酸塩からの亜硝酸塩の生成還元 +
カタラーゼ +
でんぷんの加水分解 −
OFテスト −/+
糖の分解
グルコース +
ガラクトース +
アラビノース +
スクロース +
ラクトース −
マルトース +
マンニトール +
N−アセチル−グルコサミン同化 +
グルコン酸カリウム同化 +
n−カプリン酸同化 −
アジピン酸同化 −
dl−リンゴ酸同化 +
クエン酸ナトリウム同化 −
酢酸フェニル(PAC)同化 −
チトクロームオキシダーゼ +
酸素に対する態度 好気性
生育温度 20-37℃
至適pH 7.2
【0047】
[同定試験]
11−4株の表現形質による分類学的性質に基づき、Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology, Vol. 1, N. R. Krieg, J. G. Holt (ed), Williams & Wilkins, Baltimore (1984) 及びBergey’s Manual of Determinative Bacteriology, (第9版), J. G. Holt, N. R. Krieg, P. H. A. Sneath, J. T. Staley, S. T., Williams (ed), Williams & Wilkins, Baltimore (1994)を参考に分類・同定を行った結果、本菌株はAgrobacterium属であることが妥当であると判断された。
【0048】
[細胞外ポリマーの生成]
シャーレ内に入れた20mlのLB固体培地(トリプトン1%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム1%、寒天1.5%)にAgrobacterium属11−4株の培養菌液(0.1ml/シャーレ)を均一に塗沫し、32℃の恒温器で約3日間培養して、細胞外ポリマーを生成させた。1シャーレあたり20mlの10mMのPBS緩衝液(リン酸−塩化ナトリウム、pH7.4)を添加し、固体培地上の菌体−細胞外ポリマー混合物を懸濁し、この懸濁液を収集した。30枚のプレートから得られた菌体−細胞外ポリマー混合懸濁液から細胞外ポリマー画分を分離するために、1時間、室温にてスターラーを用いて撹拌した。撹拌後、20,000×gで30分間遠心分離することにより菌体と粗細胞外ポリマーを分離した。上層の粗細胞外ポリマーは菌体の混入を除くために80℃で30分加熱して菌体を死滅させた後、遠心分離(20,000×g、30分)により菌体残渣を除いた。上清画分に対して冷エタノールを終濃度80%となるように添加して、粗細胞外ポリマー画分を沈殿させた。−20℃で一夜放置した後、遠心分離(30,000×g、30分、4℃)により細胞外ポリマー画分を得た。この細胞外ポリマー画分をPBS緩衝液に溶解し、DNase及びRNaseを各10μg/mlとなるように添加し、37℃で3時間保持して核酸残渣を分解させた。その後、80℃、30分で上記酵素の不活化処理を行った後、遠心分離により蛋白残渣を除去し、再度エタノール沈殿により細胞外ポリマー画分を分離した。得られた沈殿物を80℃で乾燥して、粗細胞外ポリマー抽出物とした。この方法により30枚のシャーレから乾燥重量として600mgの粗細胞外ポリマーを得た。
【0049】
[糖の存在確認]
Agrobacterium属11−4株から分離した粗細胞外ポリマー中に糖が存在することを確認するために、フェノール硫酸法及びカルバゾール硫酸法により簡易定量を行った。その結果、マンノース換算で約5重量%の中性糖が、ガラクツロン酸換算で約40重量%の酸性糖が含まれていると推定された。また、ペプチド結合の存在を確認するためにビウレット反応を行った結果、牛血清アルブミン換算で約2重量%のタンパク質が含まれていることがわかった。なお、イオン交換水に約1mg/mlとなるように粗細胞外ポリマーを溶解させ、その吸収スペクトルを測定したが、核酸の存在を示す特別な吸収極大ピークは観察されなかった。
【0050】
[細胞外ポリマーの実効電荷測定]
10mgの粗細胞外ポリマーを100mlの0.1M KNO溶液に懸濁して、電位差滴定法により粗細胞外ポリマーの実効電荷を測定した。得られたpHと実効電荷との関係を図1に示す。粗細胞外ポリマーの零電荷点はpH8付近にあり、pH8よりも低いpHでは正に荷電し、pH8よりも高いpHでは負に荷電する性質を有することがわかった。このように、Agrobacterium属11−4株が生成する細胞外ポリマーは静電的に両性であることが判明した。
【0051】
[抗生物質に対する抵抗性]
Agrobacterium属11−4株の各種抗生物質に対する感受性を調べるために、フォスフォマイシン、アンピシリン及びクロラムフェニコールに対する感受性試験を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0052】
Agrobacterium属11−4株の培養菌液(約1×10個/ml)に、99.9%以上の菌が死滅する条件で紫外線照射を行って、細胞外ポリマーを生成しない変異株を造成し、これをAgrobacterium属Fos1−1株とした。以下、「Fos1−1株」と略記することがある。続いて、Fos1−1株を用いて上記と同様にフォスフォマイシン、アンピシリン及びクロラムフェニコールに対する感受性試験を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0053】
【表1】

【0054】
表1からわかるように、Agrobacterium属11−4株は、フォスフォマイシン及びアンピシリンに対しては抵抗性を有することがわかった。このことから、細胞外ポリマーの存在により、抗生物質の作用から細胞を保護する働きがあることが示された。また、Fos1−1株を用いた感受性試験の結果からわかるように、細胞外ポリマーの生産能力を失うことにより、Agrobacterium属11−4株は、試験した全ての抗生物質に対して抵抗性を有さなくなり、細胞外ポリマーの生成の有無によって、薬剤耐性能力が明確に異なることがわかる。
【0055】
[実施例1]
Agrobacterium属11−4株から分離した粗細胞外ポリマー100mgを用いて濃度2g/Lの水溶液(pH7.2)を調整し、これを用いて、粒径30μmのチタン粒子に全有機炭素量として1mg/mで吸着させた。このようにして得られた微生物担体である表面改質チタン粒子0.5gを、Fos1−1株の培養菌液(1×10個/ml)に添加し、32℃にて一定期間接触させた。接触後、菌体が付着したチタン粒子を10mlの滅菌水を用いて遠心分離操作により2回洗浄した後、1%非界面活性剤(Tween 80)を添加した滅菌水中で超音波処理を10分間行って粒子に吸着した菌体を離脱させた。この脱離液中の菌数を平板希釈法によって測定し、付着菌数を算出した。得られた結果を表2にまとめて示す。
【0056】
[比較例1]
実施例1において、微生物担体である表面改質チタン粒子0.5gを用いる代わりに、未処理の粒径30μmのチタン粒子0.5gを用いた以外は実施例1と同様にしてFos1−1株を接触させて、付着菌数を算出した。得られた結果を表2にまとめて示す。
【0057】
【表2】

【0058】
表2からわかるように、未処理のチタン粒子を用いた比較例1と比べて、細胞外ポリマーでチタン粒子表面を被覆した実施例1では、付着菌数が約2桁多い多いことがわかる。
【0059】
[実施例2]
Agrobacterium属11−4株から分離した粗細胞外ポリマー100mgを用いて濃度2g/Lの水溶液(pH7.2)を調整し、これを用いて、ステンレス鋼の平板(縦20mm×横50mm)に全有機炭素量として1mg/mで吸着させた。このようにして得られた微生物担体である表面改質ステンレス鋼の平板を、Fos1−1株の培養菌液(1×10個/ml)に添加し、32℃にて5日間接触させた。接触後、菌体が付着したステンレス鋼の平板表面を滅菌水で浸漬洗浄後、余分な水分を除いた。その上にLiving/Dead蛍光試薬(Molecular Probe社製)を適量滴下し菌を染色後、共焦点レーザー顕微鏡でステンレス鋼の平板表面への菌の吸着状況を観察した。この場合、生物活性を維持している生細胞は緑色に、死細胞は赤色に染色されるが、本実施例2では、菌体が多量かつ一様に付着しており、ほとんど全ての付着菌体が緑色に染色されていた。このことにより、基材表面を細胞外ポリマーで被覆することにより、微生物の生物活性を維持したまま、付着を促進させる効果があることがわかる。
【0060】
[比較例2]
実施例2において、微生物担体である表面改質ステンレス鋼の平板を用いる代わりに、未処理のステンレス鋼の平板(縦20mm×横50mm)を用いた以外は実施例2と同様にしてFos1−1株を接触させて、菌の吸着状況を観察した。比較例2では、菌体がまばらに付着しており、付着菌体の中には赤色に染色されるものも観察された。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】pHと見掛けの実効電荷との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属、セラミックス及びガラスからなる群から選択される少なくとも1種から形成された基材表面を、細胞外ポリマーを生成する微生物により生成された細胞外ポリマーで被覆することを特徴とする微生物担体の製造方法。
【請求項2】
基材表面が金属から形成されてなる請求項1記載の微生物担体の製造方法。
【請求項3】
細胞外ポリマーの被覆量が全有機炭素量として0.1〜10mg/mである請求項1又は2記載の微生物担体の製造方法。
【請求項4】
細胞外ポリマーが、多糖類又はタンパク質、及びこれらの混合物である請求項1〜3のいずれか記載の微生物担体の製造方法。
【請求項5】
細胞外ポリマーが、水溶液中で静電的に両性である請求項1〜4のいずれか記載の微生物担体の製造方法。
【請求項6】
細胞外ポリマーの見掛けの実効電荷が、pHが3のときに1C/g以上であり、かつpHが12のときに−1C/g以下である請求項1〜5のいずれか記載の微生物担体の製造方法。
【請求項7】
細胞外ポリマーを生成する微生物がAgrobacterium属に属する微生物である請求項1〜6のいずれか記載の微生物担体の製造方法。
【請求項8】
細胞外ポリマーを生成する微生物が以下の菌学的性質を有するものである請求項1〜7のいずれか記載の微生物担体の製造方法。
(細胞形態)
桿菌 大きさ:0.5-1.0×0.8-2.0μm
運動性 +(周毛性)
グラム染色 −
内生胞子 −
(生理的性質)
ゼラチン液化 −
リトマスミルク 変化なし
インドールの生成 −
エスクリンの分解 −
硝酸塩からの亜硝酸塩の生成還元 +
カタラーゼ +
でんぷんの加水分解 −
OFテスト −/+
糖の分解
グルコース +
ガラクトース +
アラビノース +
スクロース +
ラクトース −
マルトース +
マンニトール +
N−アセチル−グルコサミン同化 +
グルコン酸カリウム同化 +
n−カプリン酸同化 −
アジピン酸同化 −
dl−リンゴ酸同化 +
クエン酸ナトリウム同化 −
酢酸フェニル(PAC)同化 −
チトクロームオキシダーゼ +
酸素に対する態度 好気性
生育温度 20-37℃
至適pH 7.2
【請求項9】
細胞外ポリマーを生成する微生物がAgrobacterium属11−4株(受領番号FERM AP−21298)である請求項7又は8記載の微生物担体の製造方法。
【請求項10】
細胞外ポリマーを生成する微生物がフォスホマイシン及びアンピシリンに対する抵抗性を有するものである請求項1〜9のいずれか記載の微生物担体の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか記載の方法により得られた微生物担体に微生物を担持させることを特徴とする微生物固定化方法。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれか記載の方法により得られた微生物担体を用いて排水処理を行うことを特徴とする排水処理方法。
【請求項13】
請求項1〜10のいずれか記載の方法により得られたバイオリアクター用微生物担体。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2008−289424(P2008−289424A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−139069(P2007−139069)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年3月5日付社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2007年度(平成19年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(591060980)岡山県 (96)
【出願人】(502169478)財団法人岡山県産業振興財団 (8)
【Fターム(参考)】