説明

微生物検出方法及び微生物検出装置

【課題】測定に要する時間が短いうえに、測定精度が高く、高価な装置を必要としない、細菌等の微生物検出方法を提供する。
【解決手段】液体培地に検体を添加する工程、前記液体培地にキノン(メナジオン)を添加する工程、次に培地のpHを調節試薬によりアルカリ性に調整後、培地中の溶存酸素量を酸素電極を用いて測定する工程を備える、細菌の検出方法を確立した。また、前記方法のための、容器、キノン添加機構、酸素電極と、pH試薬添加機構を備える、検出装置を作成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、測定に要する時間が短く、かつ、測定精度が高い微生物検出方法及び微生物検出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、液体培地中の細菌を検出するには、液体培地中の溶存酸素濃度を酸素センサを用いて測定し、その減少率(酸素消費量)を所定のプログラムに基づいて演算処理し、液体培地中に存在する細菌数を算出する方法が用いられている(特許文献1)。
【0003】
このような方法では、細菌が呼吸により消費した酸素量のみを測定するため、測定には最大1日程度の時間を要する。また、液体培地中の溶存酸素量が少なくなると、細菌の呼吸が衰えるので、測定精度が低下するという欠点がある。
【0004】
一方で、固体培地(寒天培地)を用いて細菌を検出する方法は、固体培地上に生育したコロニーを計数するコロニーカウンタは高価であるうえ、細菌の培養に1〜2日を要する。
【0005】
また、PCR法を用いて細菌数を測定する方法は、装置が高価であるうえ、DNAを増幅させるには8時間以上を要する。
【特許文献1】特開2000−287699
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、測定に要する時間が短いうえに、測定精度が高く、高価な装置を必要としない微生物検出方法及びその検出方法を実現する微生物検出装置を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち本発明に係る微生物検出方法は、液体培地に検体を添加する工程、前記液体培地にキノンを添加する工程、及び、前記液体培地中の溶存酸素量を測定する工程を備えていることを特徴とする。
【0008】
また、本発明に係る微生物検出装置は、液体培地を収容する収容容器と、前記収容容器中の液体培地にキノンを添加するキノン添加機構と、前記液体培地中の溶存酸素量を測定するための酸素電極と、前記溶存酸素電極からの出力信号に基づいて、前記液体培地中の溶存酸素量を測定する検出装置本体と、を備えていることを特徴とする。
【0009】
微生物の細胞中に存在するニコチンアミドアデニンジヌクレオチドは、生体内で酸化還元酵素に関与する補酵素の1つであり、NAD(酸化型)とNADH(還元型)とが交互に変換することにより、生体内の電子伝達を司る。
【0010】
液体培地に測定対象の検体とメナジオン(ビタミンK)等のキノンを添加して、検体に含まれる微生物を培養すると、微生物の細胞中のNADHはキノンによりその電子を奪われてNADとなり、NADHから電子を奪い還元されたキノン(ヒドロキノン)は溶存酸素に電子を渡し、ヒドロキノンから電子を渡された溶存酸素はスーパーオキシドアニオン(O)に変換する。また、微生物の細胞中のNADHがキノンによりその電子を奪われることにより、微生物の代謝は促進される。
【0011】
このため、キノンを含有する液体培地中で微生物を培養すると、キノンが微生物の細胞中のNADHから電子を奪う結果、呼吸による酸素消費に加えて、キノンが還元されて生じたヒドロキノンが溶存酸素を消費することとともに、微生物の代謝が促進されることにより、相乗的に溶存酸素の消費が増大される。
【0012】
本発明によれば、相乗的に消費が増大した溶存酸素量を測定して微生物を検出するので、測定に要する時間を効果的に短縮することができる。また、本発明によれば、微生物の代謝とヒドロキノンによる酸素の還元の2通りの経路により酸素が消費されるので、液体培地中の溶存酸素量が少なくなり、微生物の代謝が衰えても、精度の高い測定を行うことができる。
【0013】
前記液体培地にキノンを添加する工程は、液体培地に検体を添加する前であっても後であっても良く、培養開始後であってもよい。
【0014】
このような溶存酸素量(溶存酸素濃度)は、例えば、酸素電極を用いて測定することができる。前記酸素電極は、ポーラログラフ式のものであっても、ガルバニ電池式のものであってもよい。
【0015】
NADHからキノンへの電子の伝達及びヒドロキノンから溶存酸素への電子の伝達は、液体培地のpHを変化させることによって促進することができ、pHを酸性にした場合はNADHからキノンへの電子の伝達が促進される。次いで、pHをアルカリ性にすることによってヒドロキノンから溶存酸素への電子の伝達が促進される。このため、測定に要する時間をより短縮するためには、液体培地のpHをまず酸性とし、次いでアルカリ性に変化させることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
このように本発明によれば、キノンを含有する液体培地中で微生物を培養することにより、キノンが微生物の細胞中のNADHから電子を奪う結果、微生物の代謝が促進されることに加えて、キノンが還元されて生じたヒドロキノンが溶存酸素を消費することから、相乗的に溶存酸素の消費が増大され、測定時間を短縮することができる。また、微生物の代謝とヒドロキノンによる酸素の還元との2通りの経路により酸素が消費されるので、液体培地中の溶存酸素量が減少し、微生物の代謝が衰えても、精度の高い測定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を図面を参照して説明する。
【0018】
本実施形態に係る微生物検出装置1は、図1に示すように、携帯可能な小型のものであり、検出装置本体2と、その検出装置本体2に有線ケーブルCLで接続された酸素電極3と、液体培地を収容するとともに酸素電極3が設置される収容容器4と、収容容器4中の液体培地にキノンを添加するキノン添加機構5と、を備えている。
【0019】
以下に各部を説明する。酸素電極3は、テフロン(登録商標)等からなる酸素透過膜、銀(Ag)からなる作用極、鉛(Pb)からなる対極、及び、攪拌機能を備え、電解液として水酸化カリウム(KOH)溶液が充填された、いわゆる隔膜式ガルバニ電池法によるものである。酸素電極3は取り外し可能に検出装置本体2に接続してある。
【0020】
収容容器4は、図2に示すように、例えばガラス製で内容積50mlの二重管構造であり、その内部には恒温水(本実施形態では37℃)を循環させている。これが、収容容器4の温度調節機構として機能する。また、その上部には、キノンを添加するためのキノン添加機構5の供給管51が設けられている。また、酸素電極3を収容容器4内に設置するために、当該酸素電極3が挿入される挿入孔41が設けられている。さらに、収容容器4内は、供給管51が設けられている部分及び挿入孔41以外は密閉されている。収容容器4の構造は、液体培地を収容したときの液体培地以外の空間が可及的に小さくなるようにしている。また、底部には、液体培地などを撹拌するためのスターラなどの撹拌機構6を設けている。
【0021】
キノン添加機構5は、図2に示すように、図示しないキノン収容タンクから収容容器4内にキノンを添加するものであり、図示しないポンプと、当該ポンプによりキノン収容タンクから収容容器4にキノンを供給する供給管51とを有している。この供給管51は、収容容器4上部に接続されていて、液体培地の上部からキノンを添加するものである。また、必要に応じて、切替バルブ等を通してキノンの他にpHを調整するpH調節試薬を添加することができ、試薬添加機構としても機能するものである。なお、このとき、pH調節試薬は、図示しない試薬収容タンクから供給している。
【0022】
検出装置本体2は、酸素電極3からの電気信号に基づいて微生物量を算出するものであり、図3及び図4に示すように、ハードウェア構成として、A/D変換器21、CPU22、記憶装置23、入力手段24、表示部25等を一体的に備えた専用のものである。そしてCPU22や必要に応じてその周辺機器が、記憶装置23に格納したプログラムに基づいて動作することにより、計時部211、検出部212、検量線格納部213及び微生物量算出部214等としての機能を発揮する。
【0023】
計時部211は、酸素電極3で検出された液体培地中の溶存酸素濃度の出力信号の供給が開始されたことに応答して所要時間の計時を開始するとともに、後述する検出部212からの検出信号に応答して計時動作を停止する。
【0024】
検出部212は、酸素電極3からの出力信号が所定の閾値に達したこと(溶存酸素濃度が所定の濃度に低下したこと)を検出する。
【0025】
検量線格納部213は、所要時間と微生物量との関係を示す検量線のデータを格納する。検量線格納部213には、各液体培地や温度条件等に応じた検量線データが格納されており、入力手段24を介して培地等が指定されると対応する検量線データを選択して出力する。
【0026】
微生物量算出部214は、計時部211により計時された所要時間の出力信号に応答して、検量線格納部213にアクセスし、そこに格納されている検量線データを得て、所要時間と検量線データとから微生物量を算出して出力し、表示部25に供給する。
【0027】
そして、本微生物検出装置1によれば、酸素電極3からの出力信号が検出装置本体2に入力されると、計時部211により所要時間の計測が開始され、検出部212において酸素電極3からの出力信号が所定の閾値に達したことが検出されると、計時部211はこの検知信号に応答して計時動作を停止する。次いで、微生物量算出部214が計時部211により計時された所要時間の出力信号に応答して、検量線格納部213にアクセスして格納されている検量線データを取得し、計時部211により計時された所要時間と検量線データとから微生物量を算出して出力し、表示部25に供給する。なお、この際予め、入力手段24を介して液体培地の種類や温度条件等が指定されていることが必要である。
【0028】
次いで本実施形態の微生物検出装置1を用いて微生物量を測定する方法を以下に説明する。
【0029】
本実施形態の微生物検出装置1を用いて測定対象の検体が含有する微生物量を測定するには、所定量の液体培地に当該検体とメナジオン等のキノンを添加し、ホモジナイザー等を用いて検体を粉砕し培地中に均一に分散・混合し、これを検査サンプルとして、所定の温度下で培養し、溶存酸素が所定濃度以下になるのに要した時間を測定する。そして、測定された所要時間と検量線データとを対照することにより、検体中の微生物量を算出する。
【0030】
本発明において使用されるキノンとしては、メナジオンに限定されず、電子受容体でありマンキュード(mancude)環系から誘導されるジケトンであれば良く、例えば、1,2−ナフトキノン、1,4−ナフトキノン−2−スルホン酸、2−メチル−3−フィチル−1,4−ナフトキノン、2−オキソ−1,4−ナフトキノン、1,4−ナフトキノン、1,4−ベンゾキノン、テトラメチル−1,4−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、アントラキノン、アントラキノン−2,6−ジスルホン酸ジナトリウム、クロラニル酸、ユビキノンQ1〜12等であってもよい。
【0031】
前記液体培地にキノンを添加するのは、液体培地に検体を添加する前であっても後であっても良く、培養開始後であってもよい。
【0032】
測定対象とする微生物の選択は、液体培地の種類を変えることにより行いうる。本発明において測定対象とされる微生物としては、例えば、サルモネラ、リステリア菌、ブドウ球菌、腸炎ビブリオ、大腸菌(病原性大腸菌を含む)、腸球菌、セレウス菌、ウエルシュ菌、カンピロバクター、エルシニア、NAGビブリオ、豚丹毒菌、経口伝染病菌、ボツリヌス菌、緑膿菌、インフルエンザ菌、溶血連鎖球菌、バシラス、真菌等が挙げられる。
【0033】
本実施形態の微生物検出装置1を用いて微生物量を測定するには、予め検量線を作成することが必要である。検量線を作成するには、例えば、異なる濃度になるよう液体培地に微生物を懸濁した複数のサンプルを用意し、所定の温度下で、それぞれのサンプルについて溶存酸素濃度が所定濃度以下になるのに要した時間を測定し、所要時間と微生物量との関係を示す検量線を作成する。ここで、液体培地には前記キノンが添加されていることが必要である。
【0034】
液体培地の種類、キノンの種類、培養温度等が異なる場合は、別途検量線を作成することが必要である。
【0035】
なお、液体培地のpHを調節する場合、まずは液体培地をpH6以下に調節し、ホウ酸緩衝液等のアルカリ溶液を添加することで好ましくはpH8〜11、さらに好ましくはpH9〜10とすることで効率よく測定することができる。
【0036】
次に本実施形態の微生物検出装置1を用いて大腸菌の測定を行った場合の実施例について図5を参照して説明する。
【0037】
本実施例における実験条件は、まず、室温条件(恒温水の温度が約37℃)で、全重量に対して1%のグルコースを含む液体培地に大腸菌を1×10個添加して、その添加後の酸素消費量を、酸素電極3を用いて測定した。当該測定の途中で、キノン添加機構5により0.5%メナジオンを適量(1ml)添加して改めて酸素消費量を測定した。
【0038】
このような実験条件の下、測定した結果を図5に示す。
【0039】
液体培地に1×10個の大腸菌を添加したときの酸素消費速度(毎分)は、0.48mg/Lである。メナジオンを添加した後の酸素消費速度(毎分)は、0.80mg/Lとなり、メナジオンを添加することにより大腸菌の酸素消費速度が、1.67倍になったことが確認できる。
【0040】
つまり、メナジオンを添加することで大腸菌の代謝が促進されて、酸素消費量が多くなったことを示している。
【0041】
このような本実施形態によれば、液体培地にキノンが添加されていることにより、呼吸による酸素消費に加えて、細菌のNADHからキノンが電子を奪って酸素に渡しスーパーオキシドアニオンに変換することにより酸素が消費されるうえに、NADHからキノンが電子を奪うことにより微生物の代謝も促進されることにより、相乗的に酸素消費が増大し微生物量の測定に要する時間を短縮することができる。
【0042】
また、キノンが関与する反応系は、電子伝達系であることから、キノン自身が消費される量は極めて少なく、添加するキノンの量は少量で済むことが可能である。
【0043】
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0044】
例えば、前記実施形態において、計時部211が、溶存酸素濃度の変化率が所定値以上になるまでの所要時間を計測するようにしてもよい。
【0045】
そして、この場合には、溶存酸素濃度の変化率が所定値以上になるまでの所要時間に基づいて、上記実施態様と同様に検体中の微生物量を高精度に測定することができる。
【0046】
本実施形態における酸素電極3の代わりにpH電極を用いることにより、pH変化を測定することを介して微生物量を測定することもできる。
【0047】
すなわち、微生物が酸素を消費し代謝活動を行うと、当該微生物は代謝物として二酸化炭素を排出する。そして液体培地中の溶存二酸化炭素の濃度が増加すると液体培地のpHが低下する。このため液体培地のpH変化を測定することにより微生物量を測定することができる。
【0048】
また、本実施形態における酸素電極3の代わりにポーラログラフィー用センサを用いることにより、ヒドロキノンを測定することを介して微生物量を測定することもできる。
【0049】
さらに、前記実施形態では、キノン添加機構が、試薬添加機構の機能を兼ね備えたものであったが、試薬添加機構をキノン添加機構とは別に設けるようにしても良い。
【0050】
ポーラログラフィー用センサは、作用電極、対電極、及び、参照電極、ポテンショガルバノスタット等が一体に設けられたものである。
【0051】
前記作用電極、対電極、及び、参照電極としては公知の電極を適宜選択して使用することができ、例えば、白金、炭素、グラッシーカーボン、ステンレス、金、ダイヤモンド、SnO等からなる電極や、標準水素電極、銀塩化銀電極、水銀塩化水銀電極、水素パラジウム電極等を用いることができる。
【0052】
酸素電極3に代えて印加電圧可変型のポーラログラフィー用センサを用いると、当該センサに内臓された対電極、作用電極及び参照電極が液体培地に接触した状態で、作用電極と対電極との間に所定の電圧が印加されることにより、微生物のNADHからキノンが奪った電子が更に作用電極に伝達されて、電気化学的反応が起こる。当該電気化学的反応によって生じた電流値(電気信号)はポテンショガルバノスタットに伝達し各電極における信号の制御・検出が行われる。ポテンショガルバノスタットで検出された信号は検出装置本体2において、予め作成された検量線データと対照されて、微生物量の測定が行われる。
【0053】
その他、前記実施形態を含む前記した各構成を適宜組み合わせるようにしてもよく、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の一実施形態に係る微生物検出装置の平面図。
【図2】同実施形態に係る収容容器を主として示す図。
【図3】同実施形態に係る検出装置本体のハードウェア構成を示すハードウェア構成図。
【図4】同実施形態に係る検出装置本体の機能ブロック図。
【図5】同実施形態の微生物検出装置を用いて大腸菌の測定を行った場合の結果を示す図。
【符号の説明】
【0055】
1 ・・・微生物検出装置
2 ・・・検出装置本体
3 ・・・酸素電極
4 ・・・収容容器
5 ・・・キノン添加機構
24・・・入力手段
25・・・表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体培地に検体を添加する工程、
前記液体培地にキノンを添加する工程、及び、
前記液体培地中の溶存酸素量を測定する工程を備えていることを特徴とする微生物検出方法。
【請求項2】
前記キノンはメナジオンである請求項1記載の微生物検出方法。
【請求項3】
前記液体培地のpHを酸性からアルカリ性に変化させる工程を備えている請求項1又は2記載の微生物検出方法。
【請求項4】
液体培地を収容する収容容器と、
前記収容容器中の液体培地にキノンを添加するキノン添加機構と、
前記液体培地中の溶存酸素量を測定するための酸素電極と、
前記溶存酸素電極からの出力信号に基づいて、前記液体培地中の溶存酸素量を測定する検出装置本体と、を備えている微生物検出装置。
【請求項5】
前記液体培地のpHを調節するためのpH調節試液を添加する試液添加機構をさらに備えている請求項4記載の微生物検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−248071(P2007−248071A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−68149(P2006−68149)
【出願日】平成18年3月13日(2006.3.13)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】