説明

微粒子回収装置

【課題】 標的微粒子を外部に取り出すことが容易である微粒子回収用チャンバーを有する微粒子回収装置を提供する。
【解決手段】 微粒子を回収するための回収部と、レーザビーム照射部と、当該回収部とレーザビーム照射部との間に、気体又は液体を流すための流路とを備え、前記回収部が前記流路側に開口を向けて配置された微粒子回収用チャンバーにおいて、前記レーザビーム照射部が少なくとも1つのレーザビーム照射口を有し、当該レーザビーム照射口からレーザビームを、前記流路に交差させる。 該操作を行う微粒子回収装置において、微粒子回収用チャンバーの少なくとも一部に凹陥部を有し、当該凹陥部の位置に対応する微粒子回収用チャンバーの上部に開閉可能な孔を有することを特徴とする微粒子回収装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞などの微粒子の回収装置に関する。更に詳細には、本発明は光圧を利用して細胞などの微粒子を回収するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
集光された光の光圧を用いて微粒子などを別々に捕捉して移送させたり、捕捉した微粒子を分離回収するための光学装置として光ピンセットが知られている。このような光ピンセットは半導体製造における汚染粒子の除去や、熱核融合における燃料ペレットの非接触遠隔操作などに利用できると言われている。
【0003】
最近は、光ピンセットの重要な用途として、免疫学的分野、血液学的分野、医学的分野、遺伝子工学的分野、応用生命科学的分野などにおいて、種々の細胞の採取や単離、特定細胞のクローニングや増殖、細胞表面に特定抗原を発現した細胞の分取、細胞膜分子の動体解析、細胞染色体の解析、尿中の有形成分類の解析などが特に注目されるようになってきた。細胞は大きさが数μm程度であり、光ピンセットで掴みやすい寸法であり、しかも、光ピンセットには、壊れやすい細胞を非接触で操作できるというメリットがある。このため、細胞動態の解析には不可欠の手段となりつつあり、現在最も強力に応用研究が進められている。
【0004】
最近、マイクロ・トータル・アナリシス・システムズ(μTAS)又はラブ・オン・チップ(Lab-on-Chip)などの総称で呼ばれるように、2枚の貼り合わせ基板内に所定の形状の流路を構成するマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を設け、該微細構造内で物質の化学反応、合成、精製、抽出、生成及び/又は分析など各種の操作を行う装置が提案され、一部実用化されている。このような目的のために製作された、2枚の貼り合わせ基板内にマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を有する装置は一般的に、「マイクロ流体デバイス」とか「マイクロチップ」と呼ばれることがある。
【0005】
光圧を用いた光ピンセットを前記のような「マイクロ流体デバイス」とか「マイクロチップ」に組み込んで微粒子を回収する装置の試作と研究開発が活発に行われている。
【0006】
光圧を用いた光ピンセットで微粒子などを回収する装置は例えば、特許文献1に記載されている。図7は特許文献1に記載された微粒子回収装置の一例の部分概要平面図であり、図8は図7におけるVIII−VIII線に沿った部分概要断面図である。特許文献1に記載された微粒子回収装置100は細胞などの回収したい所望の微粒子(標的微粒子)102を所定の方向(例えば、図中の実矢線方向)に流すための流路(マイクロチャネル)104を有する。流路104の幅及び高さは数十μm〜数百μm程度である。この流路104の所定の箇所に微粒子回収用チャンバー106が配設されている。微粒子回収用チャンバー106の開口幅は被捕捉微粒子102のサイズを考慮して適宜決定される。例えば、数μm〜数十μm程度である。流路104と直交し、微粒子回収用チャンバー106に入射する収束光(例えば、レーザビーム)108を照射するための光源(例えば、レーザ光源)110が微粒子回収装置100に隣接して配置されている。流路104内を通過する回収したい所望の微粒子(標的微粒子)102に対して選択的にレーザビーム108を照射すれば、光圧に応答する標的微粒子102だけがその運動方向をレーザビーム108の収束方向に偏向されて、微粒子回収用チャンバー106内に回収され、蓄積(濃縮)される。
図示されていないが、流路104の一端は入口ポートに接続され、他端は出口ポートに接続されている。流路104内には前記入口ポートから標的捉微粒子102を含有する気体又は液体が流される。
図8に示されるように、微粒子回収装置100は、第1の基板112と第2の基板114の2枚の基板を貼り合わせて構成されており、流路104及び微粒子回収用チャンバー106を一方の基板(図8では第1の基板112)に配設し、他方の基板(図8では第2の基板114)で流路104及び微粒子回収用チャンバー106を封止する。第1の基板112及び第2の基板114はガラス又はポリジメチルシロキサン(PDMS)などから形成されている。
【0007】
しかし、特許文献1に記載された微粒子回収装置100は次のような欠点を有する。
(a)微粒子回収用チャンバー106内に回収された標的微粒子102がレーザビーム108に長時間曝露されるため、レーザビーム108の熱により標的微粒子102が変性したり、蒸発されたり、焼損する危険性がある。
(b)第1の基板112の上部から微粒子回収用チャンバー106内に回収用ピペット(図示されていない)を突き刺す際、ピペットの押圧力により標的微粒子102が微粒子回収用チャンバー106から流路104に押し戻されてしまう危険性がある。
(c)微粒子回収装置100を用いて標的微粒子102を回収する場合、先ず、微粒子回収装置100内の流路104及び微粒子回収用チャンバー106を緩衝液などで満たさなければならないが、微粒子回収用チャンバー106には空気の抜け道が無いので、微粒子回収用チャンバー106内に緩衝液を充填するのが困難である。
【0008】
【特許文献1】特開2004−167479号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的は、標的微粒子がレーザビームに長時間曝露されることが無く、標的微粒子を外部に取り出す際に、流路に押し戻されることが無く、しかも、液体を充填しやすい微粒子回収用チャンバーを有する微粒子回収装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するための手段として、請求項1における発明は、光圧に応答する微粒子を回収するための回収部と、レーザビーム照射部と、当該回収部とレーザビーム照射部との間に、光圧に応答する微粒子及び光圧に応答しない成分を含有する気体又は液体を流すための流路とを備え、
前記回収部が前記流路側に開口を向けて配置された少なくとも1つの微粒子回収用チャンバーを有し、
前記レーザビーム照射部が少なくとも1つのレーザビーム照射口を有し、当該レーザビーム照射口からレーザビームを、前記流路に交差させて、前記回収部の微粒子回収用チャンバーの開口に向けて当該開口より遠方に収束するように照射する微粒子回収装置において、
前記微粒子回収用チャンバーの少なくとも一部に凹陥部を有し、当該微粒子回収用チャンバーの上部に開閉可能な孔を有することを特徴とする微粒子回収装置を提供する。
【0011】
前記請求項1に記載された微粒子回収装置によれば、捕捉された標的微粒子は、重力により、微粒子回収用チャンバーの凹陥部内に沈降し、レーザビームの照射から逃れることができる。しかも、チャンバー上部の開閉可能な孔を通して、緩衝液の注入の際の空気抜きが行われることにより緩衝液を流路の他、チャンバー内に極めて容易に充填することができ、しかも、この開閉可能な孔を通して、捕捉した標的微粒子をピペットなどで極めて容易に装置外に取り出すことができる。
【0012】
前記課題を解決するための手段として、請求項2における発明は、第1の基板と第2の基板を貼り合わせた構造を有し、前記流路、微粒子回収用チャンバー及び開閉可能孔が第1の基板内に形成され、前記凹陥部が第2の基板内に形成されていることを特徴とする請求項1記載の微粒子回収装置を提供する。
【0013】
2枚の基板を貼り合わせることにより、流路、微粒子回収用チャンバー及び凹陥部を液漏れしない構造にすることができる。
【0014】
前記課題を解決するための手段として、請求項3における発明は、第1の基板がポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されており、第2の基板がPDMS又はガラスから形成されていることを特徴とする請求項2記載の微粒子回収装置を提供する。
【0015】
PDMS同士又はPDMSとガラスは自己吸着性が非常に高く、接着剤などの特別な材料を使用しなくとも基板同士をしっかりと貼り合わせることができる。
【0016】
前記課題を解決するための手段として、請求項4における発明は、第1の基板がポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されており、第2の基板がPDMSから形成されている場合、第2の基板の下面に支持基板が更に貼り合わされていることを特徴とする請求項3記載の微粒子回収装置を提供する。
【0017】
PDMS同士は自己吸着性が非常に高く、流路、微粒子回収用チャンバー及び凹陥部などを形成し易いので量産性に優れているが、柔軟過ぎて剛性に欠けることがあるが、支持基板を使用することによりその欠点を補うことができる。
【0018】
前記課題を解決するための手段として、請求項5における発明は、前記開閉可能な孔は、凹陥部の位置に対応する微粒子回収用チャンバーの上部に対応する第1の基板の上面から下面にまで貫通する亀裂を配設することにより構成されることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の微粒子回収装置を提供する。
【0019】
亀裂のままの状態では、微粒子回収用チャンバーに連通する孔は形成されないが、この亀裂を押し広げれば、微粒子回収用チャンバーに連通する孔を開くことができる。亀裂を押し広げるための応力を除けば、亀裂は再び閉じ、その結果、孔も閉じられる。
【0020】
前記課題を解決するための手段として、請求項6における発明は、前記開閉可能な孔は、凹陥部の位置に対応する微粒子回収用チャンバーの上部に予め貫通孔を開設し、該貫通孔を覆う着脱可能なPDMS製シートを第1の基板上面に配置することにより構成され、前記PDMS製シートはその一部が第1の基板の上面に恒久接着され、残りの部分が第1の基板の上面に自己吸着していることを特徴とする請求項1又は2記載の微粒子回収装置を提供する。
【0021】
微粒子回収用チャンバーの上部に予め貫通孔が開設されており、PDMS製シートの自己吸着部分を第1の基板上面から着脱することによりこの貫通孔を容易に開閉可能にすることができる。
【0022】
前記課題を解決するための手段として、請求項7における発明は、請求項1〜6の何れかに記載の微粒子回収装置を具備したマイクロチップを提供する。
【0023】
本発明の微粒子回収装置はマイクロチップ内で実現することが最も好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明の微粒子回収装置によれば、微粒子回収用チャンバーの少なくとも一部に凹陥部が配設されており、捕捉された標的微粒子(例えば、細胞)は重力により凹陥部内に沈降し、レーザビームの照射から逃れることができる。その結果、レーザビームの熱により標的細胞が変性したり、蒸発されたり、焼損することは殆ど無くなる。また、チャンバー上部の開閉可能な開口を通して、緩衝液の注入の際の空気抜きが行われることにより緩衝液を流路の他、チャンバー内に極めて容易に充填することができ、作業性が飛躍的に向上する。更に、この開閉可能な開口を通して、捕捉した標的細胞を生きたままの状態でピペットなどの公知慣用の手段により極めて容易に装置外に取り出すことができ、分析能力が飛躍的に向上される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照しながら本発明の微粒子回収装置の好ましい実施態様について具体的に説明する。
図1Aは本発明の微粒子回収装置の一例の部分概要断面図である。本発明の微粒子回収装置1、は図7に示されるような特許文献1の微粒子回収装置と同様に、第1の基板3と第2の基板5とからなる2枚の基板を貼り合わせた構造を有する。第1の基板3には細胞などの回収したい所望の微粒子(標的微粒子)102を所定の方向に流すための流路(マイクロチャネル)7を有する。流路7の幅及び高さは数十μm〜数百μm程度である。本発明の微粒子回収装置における回収部となる微粒子回収用チャンバー9はその開口11が流路側に向くように配設されている。また、微粒子回収用チャンバー9は凹陥部13を有する。流路7を流下してきた標的微粒子102は、レーザビーム照射部となるレーザ光源110から放射されるレーザビーム108による光圧に応答して、その運動方向をレーザビーム108の収束方向に偏向されて、微粒子回収用チャンバー9の凹陥部13に向かって移動する。標的微粒子102は質量を有する有体物であるため、重力により凹陥部13内に沈降する。その結果、レーザビーム108に曝露されることなく、標的微粒子102を凹陥部13内に格納することができる。凹陥部13の深さは標的微粒子102を格納するのに必要十分なものであればよい。微粒子回収用チャンバー9は、図示されたような1個だけの実施態様に限定されず、2個以上配設する実施態様も可能である。
【0026】
微粒子回収用チャンバー9の上部には、上面から下面にまで貫通する亀裂15が配設されている。第1の基板3が例えば、PDMSなどのような柔軟で弾性のあるプラスチック材料から形成されている場合、この亀裂15を押し広げることにより、流路7からチャンバー9への液体の充填の際の空気抜き孔又は捕捉微粒子102をチャンバー9外へ取り出すための取出孔を形成することができる。応力を解除すれば、PDMSの弾性により孔はもとの亀裂15に戻り密閉される。一例として、図1Bに示されるように、亀裂15の上端から先端が鋭利な中空状ピペット又はキャピラリ16を微粒子回収用チャンバー9の凹陥部13内に差し込むことにより、この中空状ピペット又はキャピラリ16を介してチャンバー9内の空気を抜いたり、凹陥部13内の捕捉された標的微粒子102を装置外へ取り出すことができる。ピペット又はキャピラリ16を抜けば、PDMSの弾性により亀裂15は再び密閉される。
【0027】
図2は本発明の微粒子回収装置の別の例の部分概要断面図である。図2の装置1Aでは、微粒子回収用チャンバー9の開口11と反対側に凹陥部13が形成されている。レーザ光源110から照射されるレーザビーム108を、流路7に交差させて、微粒子回収用チャンバー9の開口11に向けて当該開口より遠方に収束するように照射する場合、開口11よりも奥側に凹陥部13が存在することが好ましい。図1の装置1の場合、微粒子回収用チャンバー9の開口11と凹陥部13が同位置にあるため、標的微粒子以外の微粒子も凹陥部13に落ち込んでくる可能性がある。
【0028】
図3は本発明の微粒子回収装置の更に別の例の部分概要断面図である。図1及び図2に示されるような亀裂15の代わりに、所定のサイズの孔17を予め微粒子回収用チャンバー9の上部に開設しておく。この孔17の上部にPDMS製のシート19を配置することにより、孔17を開閉可能に構成することができる。例えば、PDMS製シート19の下面の一方の端部の所定面積部分21だけをPDMS製の第1の基板3の上面に恒久接着させ、他の下面を自己吸着させる。PDMS同士が恒久接着すると、その部分は剥離させることはできないが、自己吸着部分は剥離させ、その後再度自己吸着させることが何度でも可能である。従って、PDMS製シート19の自己吸着部分を「蓋」又は「カバー」として使用することにより、微粒子回収用チャンバー9の上部の孔17を開閉可能に構成することができる。
【0029】
図4はPDMS製シート19の自己吸着部分を剥離して、孔17を露出させた状態の部分概要断面図である。この露出された孔17から捕捉された細胞などの標的微粒子102をピペッター(図示されていない)などの公知慣用の手段で吸い出して装置外へ取り出すことができる。また、この露出された孔17は、流路7、微粒子回収用チャンバー9及び凹陥部13に、微粒子流下用の液体を満たす際の空気抜き孔としても使用することができる。
【0030】
微粒子回収用チャンバー9の凹陥部13が形成されている第2の基板5の素材はガラス又はプラスチックなどであることができる。第2の基板5がガラス製の場合、凹陥部13の形成コストがやや高くなるので、第2の基板5は、凹陥部13を安価に量産可能なプラスチック製であることが好ましい。この場合、第2の基板5の形成材料としては、第1の基板3が例えば、PDMS製であれば、このPDMS基板と恒久接着及び/又は自己吸着可能なプラスチック材料を選択することが好ましい。従って、第2の基板5の形成材料としては、第1の基板3と同様に、PDMSを使用することが好ましい。
【0031】
図5は本発明の微粒子回収装置の更に他の例の部分概要断面図である。前記のように、第1の基板3及び第2の基板5が両方ともPDMS製である場合、装置全体の機械的剛性が弱くなるので、図5に示されるように、第2の基板5の下面に支持基板23を接着させることが好ましい。支持基板23としては、PDMSとの間で優れた接着性を発揮するガラスを使用することが好ましい。言うまでもなく、ガラスの他に、光透過性で必要十分な機械的剛性を有するプラスチック材料も支持基板として使用することができる。支持基板23を使用する利点は、第2の基板5の厚さを薄くすることができることである。従って、支持基板23の上面をそのまま凹陥部13の底面として使用できる。
【0032】
第1の基板3に流路7及び微粒子回収用チャンバー9を形成する方法及び第2の基板5に凹陥部13を形成する方法自体は当業者に周知である。例えば、これらはレジスト鋳型を用いた光リソグラフィー法により容易に形成することができる。また、第1の基板3に亀裂15を入れたり、孔17を開設する方法自体も当業者に周知である。例えば、これらは機械的方法により容易に形成することができる。更に、PDMS製シート19の一部を第1の基板3の上面に恒久接着させ、残余の部分を自己吸着させる方法自体も当業者に周知である。例えば、PDMS製シート19の一部を第1の基板3の上面に恒久接着させる場合、マスクを用いてその部分だけを選択的に酸素プラズマ又はエキシマUV光に曝露させ、酸素プラズマやエキシマUV光によって発生したオゾンや励起酸素原子で表面改質を行うことにより実施できる。表面改質処理が行われなかった部分は自己吸着性となり、剥離可能となる。
【0033】
本発明の微粒子回収装置はマイクロチップの形態にすることができる。このようなマイクロチップは、本発明の微粒子回収装置だけを有することもできるが、その他の目的に使用されるポート、マイクロバルブ、マイクロポンプ、電極、マイクロチャネルなどのような他の構成要素類を混在させ、これらの構成要素類と微粒子回収装置を有機的に関連させて使用することもできる。何れにしろ、本発明の微粒子回収装置を利用すれば、従来提案されているマイクロチップを用いて流体制御を行う技術では困難であった複数種類の微粒子を、一度の操作で非常に迅速に、精度良く効率的に弁別することができる。特に、本発明の微粒子回収装置を利用すれば、従来のマイクロチップを用いて流体制御を行う技術に比べて、微量のサンプルを利用して簡便に複数種類の微粒子を弁別することができる。
【0034】
本発明の微粒子回収装置による目的微粒子の回収は、光圧に応答する微粒子を含む液体又は気体を入口ポートから流路(マイクロチャネル)に流し込み、該液体又は気体の流れ方向と直交するようにレーザビームを照射し、該流路内を流れる標的微粒子の運動方向をレーザビームの収束方向に偏向させ、光圧に応答しない成分と分別することにより実施できる。照射されたレーザビームの照射領域に光圧に応答する微粒子が流れてくると、該照射領域内には光の場に不均一が生じているため、その中で微粒子は、これを取り囲む物質との間の屈折率、誘電率などの違いによって、これに作用する光の力(例えば、光の放射圧、誘電泳動力などであり、これらを総称して「光圧」という)に差を生じる。この力の差によって、光圧に応答する微粒子は流体力学的流れ方向に逆らってビームの光軸方向に沿って、光の場の密な位置に向かって移動する。この光圧は、微粒子とそれを取り囲む物質との屈折率(又は誘電率)の差の値が大きいほど大きく、また、微粒子の体積が大きいほど大きい。
【0035】
本発明の微粒子回収装置において、流路に流す気体又は液体は例えば、空気、不活性ガス(例えば、炭酸ガス又は窒素など)、純水、燐酸塩緩衝生理食塩水、蒸留水、精製水などである。使用する気体又は液体は、光圧に応答する微粒子との関連において、その屈折率などが当該微粒子の屈折率よりも小さいものであることが好ましい。この要件を満たすことにより、該気体又は液体自体は「光圧に応答しない成分」と言い得る。
【0036】
前記気体又は液体中に含有させ得る「光圧に応答する微粒子」は例えば、細胞(例えば、動物細胞(赤血球など)又は植物細胞など)、微生物(例えば、大腸菌などの細菌類、タバコモザイクウイルスなどのウイルス類、イースト菌などの菌類など)、生体高分子物質(例えば、各種細胞を構成する染色体、リポソーム、ミトコンドリア、オルガネラ(細胞小器官)など)、有機高分子材料(例えば、ポリスチレン、スチレン・ジビニルベンゼン、ポリメチルメタクリレートなど)、無機材料(例えば、ガラス、シリカ、磁性体材料など)、金属(例えば、金コロイド、アルミニウムなど)などであるが、これらに限定されない。微粒子のサイズも特に限定されることはないが、一般的に、約数nm〜数十μmの範囲内であることが好ましい。同様に、微粒子の形状及び質量なども特に限定されない。形状は定形又は不定形、整形又は不整形、立体形又は平面形、球形又は非球形のいずれであることもできる。微粒子の質量は、レーザビームが照射された際に、レーザビームの収束方向に偏向させることができる範囲内の質量であればよい。
【0037】
微粒子は気体又は液体などの媒体中に混合、配合又は懸濁させて、流路に流される。従って、微粒子自体はその元の形状を維持し続けるものであり、媒体中に溶解してはならない。媒体中に含まれる微粒子の個数は特に限定されないが、一般的に、1x10〜1x10個/mlの範囲内であることが好ましい。微粒子を含む気体又は液体の流速は、レーザビームの照射によってその流れ方向をレーザビームの収束方向に偏向させ得ることを前提として、微粒子の種類、質量、個数、形状、及び該微粒子に照射されるレーザビームの種類、出力などを考慮して適宜決定することができる。
【0038】
本発明の微粒子回収装置において回収される標的微粒子の好ましい具体例としては、一般的なフローサイトメトリーのセルソーティング方法(FACS)に従って蛍光標識などで標識された抗体を結合(コーティング)させた細胞、同様に蛍光色素などで標識した生体高分子などを挙げることができる。また、蛍光標識によらない場合、蛍光物質に代えて、抗体の種類に応じて異なる大きさのビーズ(例えば、ポリスチレンビーズ、シリカビーズ、金コロイドビーズなど)を用いることもできる。この場合、当該ビーズに抗体をコーティングした後、該抗体を血液などの献体サンプルと混合して免疫反応させ、得られた反応物(微粒子)を含む液体を流路7に流すサンプルとして使用すると、微粒子の大きさの相違に基づいて、同時に異なる複数種の抗原抗体反応物(すなわち、異なる細胞、タンパク質など)を分別回収して解析することができる。
【0039】
本発明の微粒子回収装置で使用されるレーザ光源110自体は公知慣用のレーザ光源と同じものである。例えば、Nd:YAGレーザ(波長:1064nm)又はNd:VANレーザ(波長:1064nm)などを使用できる。これらの光源から照射されるレーザビームは生物に対する影響が少ないので好ましい。レーザビーム照射条件も公知慣用の条件を使用できる。例えば、レーザビームは100mW〜2Wの範囲内の連続波(CW)を連続的に又は間欠的に照射することができる。
【0040】
レーザビームの照射は、一般的に、気体又は液体の流れ方向に直交するように行うことが好ましいが、気体又は液体の流れ方向と交差する限り、すなわち、微粒子の流れる方向が偏向される限り、特にその照射角度は重要ではない。また、レーザビームの形状は円形に限らず、楕円形であることもできる。
【0041】
光圧に応答する異なる特性を有する複数の微粒子を標的とする場合、例えば、微粒子回収用チャンバー9を並列させて複数個配置し、各チャンバーの開口11に向けて複数のレーザビーム108を照射すれば、これによって目的とする各標的微粒子をそれぞれ別々のチャンバーの凹陥部13内に分別回収することができる。凹陥部13内に回収された標的微粒子(例えば、細胞、微生物又はタンパク質など)は、各凹陥部内で免疫反応の検出を行うか、又は各凹陥部13に蓄積された標的微粒子を、亀裂15を介するか又はPDMS製シート19の自己吸着部分を剥離して、孔17を露出させることにより、ピペット又はマイクロシリンジなどで装置外に取り出し、別個に常法通りに生化学的分析に供して免疫測定などを行うこともできる。
【0042】
図示されていないが、本発明の微粒子回収装置を実際に使用する場合、流路7を流れる気体又は液体中の光圧に応答する微粒子102を検出し、解析するための、検出及び解析装置を併用することが好ましい。このような検出及び解析装置は、特許文献1に記載されるような検出及び解析装置を使用することもできるし、あるいは当業者に公知慣用の他の装置を使用することもできる。例えば、検出装置は、流路7内を流れる微粒子含有液体試料又は気体試料にレーザ光を照射するための検出用レーザ光源と、検出用レーザ光源から照射されたレーザ光を当てて、該流路を通過した微粒子102から得られる散乱光を受光するか、若しくは、標的微粒子を予め蛍光標識で標識した場合、当該蛍光標識された微粒子の各種蛍光を受光し、測定するための受光検出器を有することができる。また、解析装置は、前記受光検出器によって検出されたデータをデジタル変換してサイトグラム及び/又はヒストグラムとして表示するための解析表示装置を有することができる。これら検出装置及び解析装置は、レーザ光源110と連動させることができ、検出装置で得られ、解析装置で解析されたデータに基づいて、流路7の予定照射領域に、選択された標的微粒子102が流れてきたときのみ、当該標的微粒子102に選択的にレーザビーム108が照射されるように装置設計することができる。
【実施例1】
【0043】
(1)本発明の微粒子回収装置を具備したマイクロチップの作製
図3及び図4に示されるような微粒子回収装置を具備したマイクロチップを作製した。第1の基板3として、60mmx24mmで厚さ5mmのPDMS基板を使用した。第2の基板5として、60mmx24mmで厚さ5mmのPDMS基板を使用した。第1のPDMS基板3には50μm幅、25μm深さの流路7が形成されており、この流路7に直交するように、35μm幅、35μm奥行、25μm深さの微粒子回収用チャンバー9が形成されており、該チャンバー9の開口部と反対側の他端上部には大気に向かって開口する直径0.5mmの孔17が形成されていた。第2のPDMS基板5には、前記微粒子回収用チャンバー9及び孔17に連通する凹陥部13(500μm幅、500μm奥行、200μm深さ)が形成されていた。図示されていないが、流路7の両端には大気に連通するポートが配設されていた。このポートは液体又は気体の入口及び出口となるものである。前記第1のPDMS基板の流路及び微粒子回収用チャンバー形成面と、第2のPDMS基板の凹陥部形成面とを位置合わせして接着させた。その後、第1のPDMS基板の孔17を遮蔽するためのPDMS製シート19(10mmx3mm、厚さ0.3mm)を第1のPDMS基板上に部分的に恒久接着させた。第1のPDMS基板3の端面から流路7までの間隔は300μmであった。
(2)流下試験
前記(1)で作製された本発明の微粒子回収装置を具備したマイクロチップにおいて、出口側のポートを塞ぎ、PDMS製シート19の自己吸着部分を剥離して孔17を露出させた状態で、入口側のポートから流路7に超純水を流したところ、流路全体及び微粒子回収用チャンバー(凹陥部を含む)全体が極めて短時間のうちに超純水で満たされ、孔17の上面にまで達した時点で超純水の流下を止め、PDMS製シート19を再び第1のPDMS基板3の上面に自己吸着させて孔17を遮蔽した。
(3)捕捉試験
前記(2)で、流路及び微粒子回収用チャンバーが超純水で満たされた本発明の微粒子回収装置を具備したマイクロチップを水平な状態に維持しながら、微粒子回収用チャンバーの開口部と正対する位置にレーザ光源110(Nd:VANレーザ,波長1064nm)を配置した。言うまでもなく、レーザ光源110には、ビームを収束させ、焦点距離を調整するための対物レンズやビーム径を調整するためのビームエキスパンダーなどの公知慣用の光学素子類が組み込まれていた。また、この試験では、流路を流れてくる微粒子を検出・解析するために、蛍光顕微鏡(Axiovert135TV, Carl Zeiss社製)をレーザ操作システムと結合・連動させて用いた。
この試験では、直径2μmの蛍光ラテックスビーズ(Polysciences, Inc.社製)を光圧に応答する微粒子として用いた。該微粒子を超純水に1x10個/mlとなる濃度で懸濁させた液をサンプル液として利用した。該サンプル液は、シリンジポンプ(シリンジフィーダー)を利用して入口側ポートから流路7内に導入した。流路7内を流れるサンプル液の流速は192μm/秒とした。流路7を通過したサンプル液は出口側ポートから回収した。
蛍光顕微鏡で流路を流れてくる微粒子を観察し、微粒子回収用チャンバーの開口部手前付近に達した時点でレーザ光源からレーザビームを照射した。レーザビームは微粒子回収用チャンバーの奥方向に合焦するように照射した。
(4)試験結果
微粒子が微粒子回収用チャンバーの開口部から凹陥部にまで異動され、凹陥部内に集積されたかを確認するため、蛍光ラテックスビーズが経時的に凹陥部内に回収集積できるか否かを調べた。すなわち、レーザビームの照射を連続的に行って、凹陥部内の蛍光強度を経時的に測定した。蛍光強度はビデオテープに記録した画像をコンピュータに取り込んだ後、画像解析ソフト(NIH image: http://rsb.info.nih.gov/nih-image/)を用いて、凹陥部内領域のビデオフレーム毎(30フレーム/秒)の蛍光強度を解析することにより求めた。蛍光強度の測定結果は相対値として示される。得られた結果を図6示す。図6に示される結果から明らかなように、凹陥部内の蛍光強度は60秒間にわたって、時間に比例して増加している。このことから、レーザビームを連続的に照射することによって、流路を通過する標的微粒子の流れを光圧によってチャンバー方向に偏向させ、更に、凹陥部内に標的微粒子を回収蓄積できることが確認された。
(5)凹陥部からの標的微粒子の取出試験
レーザビームの照射を止めた後、PDMS製シート19を剥離し、凹陥部内の液体をマイクロピペットで取り出した。この液体を別の蛍光検出器で分析したところ、取り出した液体中に蛍光ラテックスビーズが含まれていることが確認できた。従って、本発明の微粒子回収装置によれば、凹陥部内に回収蓄積させた標的微粒子を装置外へ簡単に取り出すことが出来ることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の装置は、2枚の基板を貼り合わせたマイクロ流体デバイス又はマイクロチップと呼ばれる超小型装置として実現することができる。
【0045】
本発明の装置は、免疫学的分野、血液学的分野、医学的分野、遺伝子工学的分野、応用生命科学的分野などにおいて、種々の細胞の採取や単離、特定細胞のクローニングや増殖、細胞表面に特定抗原を発現した細胞の分取、細胞膜分子の動体解析、細胞染色体の解析、尿中の有形成分類の解析などの目的に有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】(A)は本発明の微粒子回収装置の一例の部分概要断面図であり、(B)は亀裂15にピペット又はキャピラリ16を挿脱する状態を示す部分概要断面図である。
【図2】本発明の微粒子回収装置の別の例の部分概要断面図である。
【図3】本発明の微粒子回収装置の更に別の例の部分概要断面図である。
【図4】図3に示された装置におけるPDMS製シート19の自己吸着部分を剥離して、孔17を露出させた状態の部分概要断面図である。
【図5】本発明の微粒子回収装置の更に他の例の部分概要断面図である。
【図6】実施例1で行った試験において、微粒子回収用チャンバーの凹陥部内に標的微粒子が経時的に回収、蓄積されることを示す、該凹陥部内の蛍光強度推移を示す特性図である。
【図7】特開2004−167479号公報(特許文献1)に記載された微粒子回収装置の部分概要平面図である。
【図8】図7におけるVIII−VIII線に沿った部分概要断面図である。
【符号の説明】
【0047】
1、1A、1B、1C 本発明の微粒子回収装置
3 第1の基板
5 第2の基板
7 流路
9 微粒子回収用チャンバー
11 微粒子回収用チャンバーの開口
13 微粒子回収用チャンバーの凹陥部
15 亀裂
16 ピペット又はキャピラリ
17 微粒子回収用チャンバーの上部孔
19 PDMS製シート
21 PDMS製シートの恒久接着部
23 支持基板
100 特開2004−167479号公報(特許文献1)に記載された微粒子回収装置
の部分概要平面図
102 標的微粒子
104 流路
106 微粒子回収用チャンバー
108 レーザビーム
110 レーザ光源
112 第1の基板
114 第2の基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光圧に応答する微粒子を回収するための回収部と、レーザビーム照射部と、当該回収部とレーザビーム照射部との間に、光圧に応答する微粒子及び光圧に応答しない成分を含有する気体又は液体を流すための流路とを備え、
前記回収部が前記流路側に開口を向けて配置された少なくとも1つの微粒子回収用チャンバーを有し、
前記レーザビーム照射部が少なくとも1つのレーザビーム照射口を有し、当該レーザビーム照射口からレーザビームを、前記流路に交差させて、前記回収部の微粒子回収用チャンバーの開口に向けて当該開口より遠方に収束するように照射する微粒子回収装置において、
前記微粒子回収用チャンバーの少なくとも一部に凹陥部を有し、当該凹陥部の位置に対応する微粒子回収用チャンバーの上部に開閉可能な孔を有することを特徴とする微粒子回収装置。
【請求項2】
第1の基板と第2の基板を貼り合わせた構造を有し、前記流路、微粒子回収用チャンバー及び開閉可能孔が第1の基板内に形成され、前記凹陥部が第2の基板内に形成されていることを特徴とする請求項1記載の微粒子回収装置。
【請求項3】
前記第1の基板がポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されており、前記第2の基板がPDMS又はガラスから形成されていることを特徴とする請求項2記載の微粒子回収装置。
【請求項4】
前記第1の基板がポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されており、前記第2の基板がPDMSから形成されている場合、前記第2の基板の下面に支持基板が更に貼り合わされていることを特徴とする請求項3記載の微粒子回収装置。
【請求項5】
前記開閉可能な孔は、凹陥部の位置に対応する微粒子回収用チャンバーの上部に対応する第1の基板の上面から下面にまで貫通する亀裂を配設することにより構成されることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の微粒子回収装置。
【請求項6】
前記開閉可能な孔は、凹陥部の位置に対応する微粒子回収用チャンバーの上部に予め貫通孔を開設し、該貫通孔を覆う着脱可能なPDMS製シートを第1の基板上面に配置することにより構成され、前記PDMS製シートはその一部が第1の基板の上面に恒久接着され、残りの部分が第1の基板の上面に自己吸着していることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の微粒子回収装置。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載の微粒子回収装置を具備したマイクロチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−175581(P2007−175581A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−374910(P2005−374910)
【出願日】平成17年12月27日(2005.12.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(502338454)フルイドウェアテクノロジーズ株式会社 (11)
【Fターム(参考)】