説明

微細構造体

【課題】耐久性に優れ、水に対する所望の濡れ特性(撥水性あるいは親水性)を長期に亘って発揮することができる微細構造体と、このような構造体を用いた自動車部品を提供する。
【解決手段】二次元的に配置された複数の微細凹部及び/又は微細凸部12から成る微細凹凸を有する樹脂製基部10と、上記微細凹凸の表面に化学結合した被覆層20とを備えた微細構造体であって、上記樹脂製基部10を構成する高分子主鎖と上記被複層20が次式で表される化学構造を含む。−CRO−(M(OX)j−O)n−CR−(式中のR〜Rはそれぞれ独立してCα2α+1(α=0〜20)、COOCα2α+1(α=0〜20)、NH、CHO、SH、NO、Cl及びBrのいずれか1種、Mは周期表第4族、第13族及び第14族のいずれかの原子、XはH又はCβ2β+1(β=1〜4))

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に被複層を備え、親水性あるいは撥水性を発揮する微細構造体に関し、さらに詳しくは、その表面に形成されている被覆層が摩擦等の外力によって損傷され難く、所望の親水・撥水機能を長期に亘って発揮する微細構造体と、これを備えた自動車用部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微細構造体は、表面に微細な凹凸を備えた構造を有し、その材料や形状・寸法に応じて、撥水・親水機能や反射防止機能などを発揮するので、基材表面に微細構造体を適用することによって、その基材表面に、水や油、汚れ、指紋などの付着を防止したり、光の反射を防止したりする機能を付与することができる。
このとき、上記微細凹凸の表面に種々の材料をコーティングして、微細凹凸を構成する材料の表面特性を変化させることができれば、当該微細構造体の撥水性や親水性、すなわち濡れ性のより広範囲な調整が可能になる。
【0003】
一方、無機ガラス表面にスパッタリングなどによって形成された無機化合物の蒸着被膜上に、シラン化合物による処理を行うことで、無機ガラス表面とシラン化合物が化学結合を形成し、様々な性能を長期的に付与できることが従来より広く知られており、工業的にも広く利用されている。
しかし、シラン化合物被膜は、無機ガラス表面に対しては、化学結合の形成により密着性に優れるものの、一般の樹脂表面とは化学結合し難く、このため樹脂表面にシラン化合物被膜を形成させても、簡単に剥離し、耐久性に劣るという欠点があった。
【0004】
そこで、樹脂材料から成る微細凹凸表面に撥水官能基を導入するためには、真空プロセスを用いてシリカなどのプライマーを物理吸着させ、その表面にシランなどの撥水官能基を化学吸着させることが行われている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平7−86146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、例えば車両の外装部位のように、布拭き等の摩擦力を受け得る使用環境では、このプライマーが物理吸着であることから、物理吸着面から表面処理層(プライマーと、これに化学吸着させたシラン化合物)が剥がれるという現象が発生し、これにより付与した性能が経時的に悪化することがわかってきた。
【0007】
このように、摩擦環境下において、樹脂製の微細凹凸表面とそこにシラン化合物を導入するためのプライマー(以下、プライマーを含む層を「被覆層」と言う場合がある)との間の密着性に問題があり、微細構造体として、特にその耐久性に課題があった。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、耐久性に優れ、水に対する所望の濡れ特性(撥水性あるいは親水性)を長期に亘って発揮することができる微細構造体と、このような構造体を用いた自動車部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、微細凹凸を備えた樹脂製基部を構成する高分子主鎖と、この樹脂製基部の微細凹凸表面に化学結合した被覆層とが特定の化学構造を含む構造体とすることにより、被覆層を樹脂製基部に強固に結合させることができ、当該微細構造体の耐久性が著しく向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の微細構造体は、二次元的に配置された複数の微細凹部及び/又は凸部から成る微細凹凸を有する樹脂製基部と、上記微細凹凸の表面に化学結合した被覆層とを備え、上記樹脂製基部を構成する高分子主鎖と上記被複層とが特定の化学構造、すなわち式(1)で表される化学構造を含んでいることを特徴とする。
−CRO−(M(OX)j−O)n−CR− ・・・ (1)
(式中のR〜Rはそれぞれ独立してCα2α+1(α=0〜20)、COOCα2α+1(α=0〜20)、NH、CHO、SH、NO、Cl及びBrのいずれか1種、Mは周期表第4族、第13族及び第14族のいずれかの原子、XはH又はCβ2β+1(β=1〜4)であり、jは0,1又は2、nは自然数を示す)
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、微細凹凸を有する樹脂製基部と、この微細凹凸表面上の被覆層とが、特定の化学構造を介して化学的に結合していることとしたため、被覆層を物理吸着によって形成した場合に較べて、被覆層が剥離し難いものとなり、耐久性が向上する。また、被複層の種類の変更や、さらにこの表面に機能層を付与することによって、微細凹凸表面の濡れ特性を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の微細構造体の実施形態の一例を示す断面説明図である。
【図2】本発明の微細構造体における微細凹凸の形態例を示す断面説明図である。
【図3】本発明の微細構造体における樹脂製基部と被複層の結合状態を示す概念説明図である。
【図4】本発明の微細構造体における撥水性(a)と親水性(b)の機構を示す概略説明図である。
【図5】本発明の微細構造積層体の実施形態における微細突起に対する圧縮方向及びせん断方向の入力の状態を説明する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の微細構造体について、その製造方法などと共に、さらに具体的・詳細に説明する。
【0014】
図1は、本発明の微細構造体の一実施形態を示す断面図であって、図示する微細構造体1は、二次元的に配置された複数の微細凸部及び又は微細凹部から成る(この例では、微細凸部12から成る)微細凹凸を備えた樹脂製基部10と、特定の化学構造を有して上記微細凹凸の表面に化学結合した被覆層20とを備える。そして、樹脂製基部10を構成する高分子主鎖が式(1)に示す化学構造を含んでいると共に、被覆層20もまた式(1)に示す化学構造を有している。
−CRO−(M(OX)j−O)n−CR− ・・・ (1)
(式中のR〜Rはそれぞれ独立してCα2α+1(α=0〜20)、COOCα2α+1(α=0〜20)、NH、CHO、SH、NO、Cl及びBrのいずれか1種、Mは周期表第4族、第13族及び第14族のいずれかの原子、XはH又はCβ2β+1(β=1〜4)であり、jは0,1又は2、nは自然数を示す)
なお、上記微細構造体1は、図に示すように、例えば、基板フィルム30上に形成されることがある。
【0015】
樹脂製基部10は、その表面に微細凹凸を備えており、この微細凹凸として、図1には台形断面、すなわち円錐台、角錐台状の微細凸部12から成るものを例示したが、微細凸部の形状としては、特に限定はなく、例えば、図2に示すような種々の錐体形状を採用することができる。なお、後述するような光の反射防止特性を重視しない場合は、錐体形状、すなわち先細り形状にする必要性はなく、円柱状や角柱状の凸部であっても特に差し支えはない。
【0016】
ここで、錐体とは、厳密には平面状の側面を有する角錐(稜線が直線)や直線状の母線を有する円錐を意味する。但し、本実施形態における錐体形状としては、このような厳密な意味での円錐や角錐のみならず、先細り形状をなす限り、母線や稜線形状が曲線をなす釣り鐘形や椎の実形、半紡錘形、更には、側面が二次元曲面や三次元曲面を有する角錐状のものであってもよい。
また、成形性や耐破壊性を考慮して、先端部を平坦(円錐台や角錐台形状)にしたり、丸みをつけたりすることも可能であり、本発明においては、本来の円錐や角錐のみならず、このような形状のものも含めて錐体形状と称する。
【0017】
上記微細凸部12は、その複数個が二次元的に連なって配置されており、この配列は特に限定されないが、隙間無く均一に並べるためには直交配列や六方細密配列が好ましい。 また、このような直交配列や六方細密配列などの配列については、金型の作り方などに起因する、いわゆる製造ばらつきを許容するものとする。
例えば、正確な直交配列や六方細密配列に配列する場合もあれば、自己組織化的に配列が成長した結果、直交配列と六方細密配列の中間的な配列をとる場合もある。
【0018】
また、図1には、微細凹凸の形態例として、微細凸部12のみから成るものを示したが、微細凹部から成るもの、すなわち樹脂製基部の表面に微細凹部(つまり、微細な穴)を上記同様の配列したものとすることができる。この場合、凸部に較べて、耐損傷性に優れた微細凹凸となる。
また、微細な凸部と凹部の混在したもの、すなわち上記のような微細凸部12の間に微細凹部を配置することも可能である。
【0019】
ここで、微細凸部12が周期性をもって配置されている場合、そのピッチ(頂部間距離)Pは、微細凸部12が錐台状の場合、錐台頂面が円形のときは隣接する頂面の中心間距離、錐台頂面が多角形の場合は隣接する頂面の外接円の中心間距離とする。なお、微細凸部12が直交配列を採る場合、頂部間距離Pとしては、大きい方(ピッチとしては、長い方)を採用する。これは、微細凹部についても同様である。
また、微細凸部12の高さHは、微細凸部12の底面から先端(錐台の場合ならば、頂面)までの底面に垂直な方向の長さである。なお、微細凸部12と微細凹部が交互に配列されている場合には、凸部の高さと凹部の深さの和ということになる。
【0020】
微細凹凸のピッチPとしては、当該微細構造体の用途、すなわち必要な特性に応じて好適範囲が異なることになる。
例えば、親水機能については、構造内部まで濡れるモードであるため、ピッチPによる影響を受けることは特にないが、撥水機能を発揮させるためには、想定される水滴の径よりも小さくする必要があり、0.5mm以下とすることが望ましい。すなわち、本発明における微細凹凸とは、ピッチPが0.5mm以下のものを意味する。
【0021】
一方、車両への用途を考慮して、0.1mm程度の水滴をも弾かせることを前提とすると、上記ピッチPは、50μm以下であることが好ましい。
すなわち、ピッチPが50μmを超えると霧雨のような雨滴が微細凹凸間に引っかかり、水滴転落性が阻害される可能性が生じるためである。
【0022】
また、可視光線に対する透明性を確保するためには、ピッチPを380nm以下とすることが好ましく、さらには250nm以下が好ましく、どの角度から見ても全く回折光が発生しないピッチPは、150nm以下である。
この場合、さらに光の反射防止特性を得るためには、微細凸部を錐状のような先細り形状とすることが必要であり、同様に微細凹部については、底部の窄まった擂り鉢状とする必要がある。
【0023】
微細凸部や微細凹部の高さH(深さ)/ピッチPで表されるアスペクト比については、3以下であることが好ましく、2以下であれば耐摩耗性が著しく向上する。一方、3を超える場合、布拭きなどによる外力によって微細凹凸構造が折損し易くなる。
さらなる撥水性の向上に着眼した場合の好ましい範囲のアスペクト比は、1〜2である。撥水用途では、微細凹凸間に空気層を作るメカニズム(Cassie理論)から、アスペクト比が1以上であることが好ましく、1未満の場合には、空気層を作り難くなり、撥水性を損なう(接触角低下)の原因となる。
【0024】
樹脂製基部10の材料としては、ポリ(メタ)アクリル酸メチル、ポリ(メタ)アクリル酸アルキル、ポリ(メタ)アクリル酸2エチルヘキシルなどのポリ(メタ)アクリル酸系樹脂やポリスチレン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエポキシ系樹脂、フッ素系樹脂、シリコーン系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、その他ポリビニル系樹脂などを用いることが可能である。
また、実際の使用における耐溶剤性や耐熱性などを向上させるためには構造が架橋されていても良い。さらに、無機化合物などと複合された構造とすることもできるが、いずれの場合も、当該基部10の弾性率Ebが後述する被複層20との関係で、好適範囲に含まれるようにすることが望ましい。
【0025】
樹脂製基部10の弾性率Eaについては、特に限定はないが、当該弾性率Eaが1〜5Gpaであることが好ましく、これによって微細構造体1の微細凹凸が布拭き時などの外力によって破壊され難いものとなる。
この弾性率範囲とすることによって、微細凸部12(微細凹凸)が弾性変形領域で入力をいなすことができることによる。一方、Eaが1Gpaより低い場合には、塑性変形により微細凸部12が容易に座屈してしまい、5Gpaより高い場合には、構造の根元に応力が集中するため、微細凸部12が根元から破断しやすくなる傾向がある。
【0026】
樹脂製基部10を構成する材料を形成する方法としては、紫外線や電子線などのエネルギー線を照射し、前述の各種樹脂に対応するモノマーを重合させる方法や、熱によりモノマーを重合する方法などが挙げられる。特に、金型を用いて微細凹凸形状を付与する場合は、エネルギー線による硬化方法が形状転写の時間が短縮されることから好ましい。
さらに、上記基部材料の平板を加熱し、微細凹凸に対応する形状の金型を押し当てることで微細凹凸を転写する方法もあるが、昇温・冷却に時間がかかることや、基部材料の耐溶剤性などの物性向上が困難なことから、この方法は、光学系レンズなど、薬品への接触や摩耗が比較的少ない部位に用いる場合が多い。
【0027】
本発明の微細構造体1は、樹脂製基部10と、この基部10の微細凹凸表面に化学結合した被覆層20とを備えたものであり、上記したように、樹脂製基部10を構成する高分子主鎖と共に、被覆層20も式(1)に示した化学構造を含んでいる。
【0028】
ここで、樹脂製基部10を構成する高分子主鎖に式(1)の化学構造を含ませる方法には、特に限定はないが、好適な方法として、基部10の樹脂材料分子中のC−C結合に原子Mを含む活性官能基を導入する方法を例示できる。
活性官能基としては、−OH、−OR、−COOH、−NH等を例示することができる。後述するコロナ放電やプラズマ処理などの方法を用いる場合、−OHや−NHなどが簡便に導入できる。
【0029】
活性官能基を導入する方法として、基部10に活性官能基を含む材料を共重合やグラフト重合する方法、基部10表面を化学的にエッチングし活性官能基を作る方法、エネルギー照射により活性官能基を導入する方法などを挙げることができる。これらの中では、製造条件の制御が簡単なことや、活性官能基密度の高いものを製造できることから、エネルギー照射方法が好ましく、さらにエネルギー照射の中でも、コロナ放電やプラズマを用いた処理が条件制御が容易で好ましい。
【0030】
エネルギーの照射強度は、対象とする基部10の材料に応じて調節する必要があるが、特に架橋アクリル(PMMA)樹脂の場合、400〜1500W/mの範囲であれば基部10と被覆層20との間に良好な密着性が得られる。
その他の基部材料については、予め予備試験を行い任意のエネルギー照射強度における微細凹凸形状の確認と、活性官能基密度の確認をすればよい。
【0031】
図3は、微細凹凸を構成する微細凸部12の表面にエネルギー照射処理を施した後、被覆層20を形成した状態を示す。ここで、Yは被覆層20を構成する材料の骨格構造を示し、Aは被覆層20を構成する材料の末端基部分を示す。
エネルギー照射された樹脂製基部表面に被覆部が化学結合することで、エネルギー照射により高分子鎖を切断された樹脂製基部に被覆部が化学結合し、強固な有機無機複合鎖を形成する。また、このように被覆層が強固に結合するので、物理吸着による被覆層よりも耐磨耗性が向上する。
【0032】
被覆層20の材料としては、例えば、下記の一般式(2)で表される両末端エポキシ化合物、一般式(3)で表される両末端アミン化合物、一般式(4)で表される両末端シラノール化合物などの有機化合物の重合体や、一般式(5)で表される(半)金属アルコキシド、あるいは(半)金属水酸化物を前駆体とする縮合体を用いることができる。
特に(半)金属アルコキシド、(半)金属水酸化物は基部との密着性及び後述する機能層付与時の結合性が良好である。
【0033】
【化1】

【0034】
【化2】

【0035】
【化3】

【0036】
【化4】

【0037】
さらに被覆層20の表面濡れ性に応じて、撥水性又は親水性の微細構造体とすることができる。
例えば、酸化チタンや酸化ケイ素、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウムなどの金属酸化物は、概ね水滴に対する接触角が90°未満の親水性を示す。一方、ハフニアなど一部の金属酸化物や、親水基(水酸基、アミノ基、カルボキシル基など)を持たないシリコーンなどでは、概ね接触角が90°以上の撥水性を示すものもある。
【0038】
被覆層20を構成する材料の水滴に対する接触角が90°未満であれば、微細構造体1は、図4(a)に示すWenzelの理論より表面積の増大効果と併せて超親水現象を発現することができる。
逆に、被覆層20を構成する材料の水滴に対する接触角が90°以上であれば、微細構造体1は、図4(b)に示すCassieの理論より表面積の増大効果及び空気の閉じ込め効果と併せて超撥水現象を発現することができる。
【0039】
なお、被覆層20の材料や基部10の樹脂材料自体の水滴に対する接触角については、表面粗さRaを300nm程度以下に調整した平板状の試料を用い、JIS R3257の静滴法に準拠して測定することができる。
【0040】
上記した被覆層20の材料のうち、酸化チタンや酸化ケイ素、酸化ジルコニウムなど無機化合物の縮合体は、一般に両末端に水酸基を有することが知られている。このように、被覆層20の材料が複数の水酸基を有する場合には、後述する機能層の付与時に機能層の結合密度が高くなり、機能をより発現しやすくなるので好ましい。
また、被覆層20が単一又は複数の金属酸化物から成る場合には、表面硬度が高くなり耐摩耗性が向上するとともに、表面の水酸基密度が高く後述する機能層との結合が容易となるので好ましい。
【0041】
被覆層20の弾性率Ebについても、特に限定はないが、1〜210Gpaの範囲内にあることが好ましい。弾性率Ebが上記範囲にあると、せん断方向の外力に対して被覆層20の脆性破壊は起こりにくくなる。
また、樹脂製基部10が前述の樹脂系材料から成る場合、せん断方向の連続入力に対して、先端から摩耗しやすい。そこで、耐摩耗性を向上させるためには、被覆層20の弾性率Ebが基部10の弾性率Eaよりも高いことが好ましい。
【0042】
上記被覆層20の膜厚については、1〜30nmの範囲内であることが好ましく、3〜20nmとすることがより好ましい。特に、微細凸部12や微細凹部のピッチPが380nm以下の構造に対しては、被覆層20の膜厚が3〜10nmであることがさらに好ましい。
被覆層20の膜厚が30nm以内であれば、被覆層20の脆性破壊を防止し易くなり、1nm以上であれば、被覆層20によって微細凹凸の全体を均一に被覆することが容易になる。
【0043】
上記被覆層20を形成する方法についても、特に限定はないが、好適な方法として物理蒸着(PVD)、化学蒸着(CVD)やスパッタリングなどの真空プロセスを例示することができる。
これらの真空プロセスによれば、被覆層20の膜厚制御が容易で、微細凹凸を埋めることなく均一に被覆できるので好ましい。
【0044】
上記被覆層20の表面における濡れ性のさらなる制御を要する場合には、被覆層20の表面に、さらに機能層を形成することができる。
このような機能層の材料には、撥水性を示すものとして、フッ素系やシリコーン系、炭化水素系などの官能基を持つ酸化金属化合物を例示することができる。一方、親水性を示すものとしては、アルコール系やアミン系などの官能基をもつ酸化金属化合物を例示することができる。
【0045】
特に、撥水・撥油性を付与したい場合には、フッ素系官能基をもつ酸化金属化合物を機能層に用いることが望ましい。
被覆層20における接触角の場合と同様の理由により、機能層を構成する材料の水滴に対する接触角が90°未満であれば、微細構造体1は、表面積の増大効果と併せて超親水現象を発現することができる。逆に、機能層を構成する材料の水滴に対する接触角が90°以上であれば、微細構造体1は、表面積の増大効果及び空気の閉じ込め効果と併せて超撥水現象を発現することができる。
【0046】
上記機能層の厚みについては、0.1〜15nmであることが好ましい。すなわち、機能層の厚さが0.1nmに満たないと、撥水や親水などの機能を発現しにくく、15nmを超えた場合には、微細凹凸の凹部を埋めてしまったり、凸部先端に過剰に付着したりして、微細凹凸の形状が変化して、所望の性能が得られなくなる可能性があることによる。 なお、機能層のより好ましい厚みの範囲は、単分子膜を形成することが可能な0.1〜5nmである。
【0047】
このような機能層の形成方法としては、前述した材料をそのまま、あるいは適宜希釈して被覆層20に塗布し、加熱することにより被覆層20表面に化学的に結合させる方法を例示することができる。
【0048】
さらに、他の実施形態の微細構造積層体は、樹脂製基部の被覆層と反対側の面に配置される基板を備えている。そして、被覆層の弾性率Eb、樹脂製基部の弾性率Ea、基板の弾性率Ecがこの順に低くなることが好ましい。このような構成とすることによって、樹脂製基部の微細突起の破壊、すなわち摩耗及び損傷を防止することができる。
つまり、布拭き取り等の外部入力は、樹脂製基部表面にほぼ沿ったせん断方向の入力と、表面にほぼ垂直な圧縮方向の入力とに大きく分けられる。このうち、せん断方向の入力に対しては、被覆層が樹脂製基部よりも高い弾性率Ebを有することで摩耗し難くなり、さらに樹脂製基部へ伝播するせん断入力を緩和し、分散する。また、樹脂製基部が被覆層よりも低い弾性率Eaを有することで、微細突起へのせん断入力を柔軟に緩和する。
【0049】
一方、圧縮方向の入力に対しては、樹脂製基部よりも低い弾性率Ecを有する基板がこの入力を主に受けて弾性的に変形することで、微細突起の破壊を抑制する。ここで、樹脂製基部は、微細突起の成形時の寸法精度を高める、また微細突起を爪引っ掻きから保護するという観点から、ある水準の弾性率Eaを必要とする。しかし、樹脂製基部をより高い弾性率Ebを有する被覆層を設けただけの状態では、圧縮方向の入力に対して樹脂製基部が主に弾性変形を担い、被覆層はさほど弾性変形しない。この分、樹脂製基部の弾性変形量が相対的に大きくなるために、耐摩耗性の確保が難しくなる。しかし、樹脂製基部の微細突起と反対側の面に、樹脂製基部よりも低い弾性率Ecを有する基板が存在すると、基板が弾性的な変形を担うことで、樹脂製基部や被覆層の弾性変形量を抑制できる。
【0050】
微細突起に対する圧縮方向及びせん断方向の入力の影響について、さらに詳細に説明する。図5の(a)〜(c)では、被覆層が形成されていない微細構造積層体を示している。さらに図5(b)では基板の弾性率Ecと樹脂製基部の弾性率Eaの関係がEc>Eaとなっており、図5(c)では基板の弾性率Ecと樹脂製基部の弾性率Eaの関係がEa>Ecとなっている。この状態で図5(b)に示すように圧縮方向の荷重Wが掛かった場合、基板の弾性率Ecは樹脂製基部の弾性率Eaより大きいことから、樹脂製基部が主として変形し、基板が変形しにくい状態となる。そのため、微細突起に荷重Wが集中し、微細突起が押し潰されてしまう(符号C参照)。しかし、図5(c)に示すように、基板の弾性率Ecが樹脂製基部の弾性率Eaより小さい場合には、樹脂製基部だけでなく基板も変形し、微細突起に掛かる荷重Wが分散される。その結果、微細突起が押し潰されるのを防止することができる。
【0051】
ただ、微細構造積層体に被覆層が形成されていない場合には、特に樹脂製基部が上述する樹脂系材料のような弾性率Eaを有する材料であると、せん断方向の連続入力に対して、先端から磨耗しやすい。そのため、本発明の微細構造積層体では、耐摩耗性を向上させるために、弾性率が高く硬直な被覆層を形成している。しかし、たとえ被覆層を形成したとしても、基板の弾性率Ecが樹脂製基部の弾性率Eaより大きい場合、または基板を設けない場合には、図5(d)に示すように、微細突起が折れやすくなる。つまり、被覆層の表面が剛直であるため、せん断方向(水平方向)の入力に対し、微細突起の稜線の一部Dにモーメントが集中し、折れやすくなってしまう。また、荷重Wが被覆層表面に均一に接した状態で摺動した場合には、被覆層表面が硬いため磨耗し難いが、不均一に接した状態で摺動すると、局部的に入力が大きくなり、微細突起が被覆層の脆性により折れてしまう。しかし、上述のように、基板の弾性率Ecが樹脂製基部の弾性率Eaより小さい場合には、基板が変形し、微細突起に掛かる荷重Wが分散される。そのため、微細突起へのモーメントの集中を防止し、微細突起を折れにくくすることができる。
以上の様に、樹脂製基部、被覆層及び基板が布拭き取り等の外部入力に対する機能を分担し合うことにより、微細突起の破壊を抑制することができる。
【0052】
上記したように、本発明の微細構造体は、微細凹凸構造の形状やサイズ、ピッチ、被覆層及び機能層の材質に応じて、撥水性、親水性、防汚性、防曇性、透明性、光の反射防止性などの機能を発揮することができる。
したがって、本発明の微細構造体は、これらの特性が要求される種々の自動車用部品、例えば、車体、ウインドシールド、ウインドウガラス、バックミラー、サイドミラー、メーターカバー、各種ディスプレイ装置などに適用することができる。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
なお、以下に示す実施例において、各種の物性の評価方法については、以下の試験方法に従った。
【0054】
(1)静止接触角(水滴に対する接触角)
接触角計(協和界面化学製:CA−A型)を使用し、室温下で6μLの純水を針先につくり、これを測定試料の表面に触れさせて、試料の表面に水滴を載置した。このときに生ずる水滴と試料面との角度を測定し、三点プロット(θ/2法)で5点測定し、これらの値の平均値を静止接触角とした。
【0055】
(2)耐摩耗性(耐久性)
30×30mmの圧子にキャンパス布を取り付け、得られた微細構造体の表面を1000往復摺動させた後、上記した方法によって静止接触角を5点測定した。これらの値の平均値を耐久接触角θとした。
そして、撥水性構造体の場合には、θ≧140°のときを◎、120°≦θ<140°のときを○、90°≦θ<120°を△、θ<90°のときを×と評価した。また、構造体が親水性を示す場合には、θ≦30°のときを◎、30°<θ≦60°のときを○、60°<θ<90°を△、90°≦θのときを×と評価した。
【0056】
(3)弾性率
JIS K6911に記載の方法に基づいて測定した。
【0057】
(実施例1〜10、13)
まず、シリコンウェハにEB描画した後、エッチングにより錐状をなす無数の凹部を形成することによって金型を作成した。
そして、この金型に紫外線硬化樹脂を塗布し、空気が混入しないよう基板フィルムを貼り付け、紫外線を照射することによって樹脂を硬化させたのち、これを金型から離型し、架橋PMMA(メタクリル樹脂)から成り、表面に微細凹凸構造を備えた樹脂製基部を得た。
【0058】
得られた樹脂製基部の微細凹凸表面に、それぞれの条件のもとに放電処理を施すことによって活性官能基を導入した後、当該表面に被覆層の前駆体をそれぞれ塗布し、反応を完結させることによって被覆層を形成した。
そして、更に機能層が必要なものについては、機能層の前駆体となる化合物を塗布することによって、表面濡れ性を制御した微細構造体を作製した。
【0059】
(実施例11、12、14〜21)
被覆層の形成方法について、上記実施例における前駆体塗布に代えて、蒸着やスパッタリングなどの真空プロセスとしたこと以外は、上記実施例と同様の操作を行い、表面濡れ性を制御した微細構造体を作製した。
【0060】
(比較例1)
樹脂製基部に放電処理を施すことなく、被覆層を形成したこと以外は、上記実施例12と同様の操作を行い、比較例1の微細構造体を作製した。
【0061】
(比較例2)
実施例12と同じ形状の樹脂製基部に、放電処理を施しただけで、被覆層を形成することなく微細構造体を作製し、比較例2とした。
【0062】
(比較例3)
被覆層を樹脂製基部より柔らかいシリコーン(ポリメチルシロキサン)で形成したこと以外は、実施例2と同様の操作を行い、比較例1の微細構造体を作製した。
【0063】
上記実施例及び比較例によって得られたそれぞれの微細構造体の水との濡れ特性(接触角)、耐摩耗性(耐久性)について、それぞれの構造体の仕様と共に、表1〜4に示す。
【0064】
(実施例22)
基板としてPETフィルム(厚さ25μm、弾性率3.5GPa)を準備し、実施例8の微細構造体に適用して微細構造積層体を作製した。この微細構造積層体を用いて下記耐摩耗性評価試験を実施した。
【0065】
(比較例4)
基板としてPETフィルム(厚さ25μm、弾性率3.5GPa)を準備し、比較例2の微細構造体に適用して微細構造積層体を作製した。この微細構造積層体を用いて下記耐摩耗性評価試験を実施した。
【0066】
[耐摩耗性評価試験方法]
トラバース式摩耗試験機を用いて、以下の条件で200往復させた後、目視にて傷付きを確認した。結果を表5に示す。なお、表5において、目視にて傷付きがない場合を○、若干の傷があるが目視で問題ない場合△、傷付きがあり外観が白濁している場合を×とした。
摩擦布:キャンバス布(JIS L 3102)
荷重:9.8kPa
ストローク長:100mm
摩擦速度:30往復/分
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

【0069】
【表3】

【0070】
【表4】

【0071】
【表5】

【0072】
この結果、放電処理を施すことなく被覆層を形成したり、放電処理だけで被覆層を形成しなかったりした比較例の構造体においては、耐久性に劣る結果となった。
これに対し、放電処理の後、被複層を設け、さらに必要に応じて機能層を形成した本発明の微細構造体においては、被複層あるいは機能層の物性に応じて、優れた撥水性あるいは親水性を示すと共に、優れた耐久性を備えていることが確認された。
さらには被覆層の弾性率Eb、樹脂製基部の弾性率Ea、基板の弾性率Ecがこの順に低くなる実施例22は耐摩耗性に優れることが確認された。
【符号の説明】
【0073】
1 微細構造体
10 樹脂製基部
12 微細凸部
20 被複層
30 基板フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二次元的に配置された複数の微細凸部及び/又は微細凹部から成る微細凹凸を有する樹脂製基部と、
式(1)で表される化学構造を有し、上記微細凹凸の表面に化学結合した被覆層とを備え、
上記樹脂製基部を構成する高分子主鎖が式(1)で表される化学構造を含んでいることを特徴とする微細構造体。
−CRO−(M(OX)j−O)n−CR− ・・・ (1)
(式中のR〜Rはそれぞれ独立してCα2α+1(α=0〜20)、COOCα2α+1(α=0〜20)、NH、CHO、SH、NO、Cl及びBrのいずれか1種、Mは周期表第4族、第13族及び第14族のいずれかの原子、XはH又はCβ2β+1(β=1〜4)であり、jは0,1又は2、nは自然数を示す)
【請求項2】
被覆層の弾性率Eb及び基部の弾性率Eaが、Eb>Eaの関係を満たすことを特徴とする請求項1に記載の微細構造体。
【請求項3】
被覆層の弾性率Ebが1〜210Gpaであることを特徴とする請求項1又は2に記載の微細構造体。
【請求項4】
被覆層が複数の水酸基を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項5】
被覆層が真空プロセス中で形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項6】
被覆層が単一又は複数の金属酸化物から成ることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項7】
被覆層の膜厚が1〜30nmであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項8】
被覆層を構成する材料の水滴に対する接触角が90°未満であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項9】
被覆層を構成する材料の水滴に対する接触角が90°以上であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項10】
被覆層の表面にさらに機能層を備え、該機能層を構成する材料の水滴に対する接触角が90°未満であることを特徴とする請求項8又は9に記載の微細構造体。
【請求項11】
被覆層の表面にさらに機能層を備え、該機能層を構成する材料の水滴に対する接触角が90°以上であることを特徴とする請求項8又は9に記載の微細構造体。
【請求項12】
機能層の厚みが0.1〜15nmであることを特徴とする請求項10又は11に記載の微細構造体。
【請求項13】
上記微細凹凸のピッチが50μm以下であり、高さ/ピッチで表されるアスペクト比が3以下であることを特徴とする請求項1〜12のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項14】
上記微細凹凸のピッチが380nm以下であることを特徴とする請求項1〜13のいずれか1つの項に記載の微細構造体。
【請求項15】
上記樹脂製基部の被覆層と反対面に基板を設け、
該基板の弾性率Ecが被覆層の弾性率Eb、基部の弾性率Eaに対して、Eb>Ea>Ecの関係を満たすことを特徴とする請求項1〜14のいずれか1つの項に記載の微細構造積層体。
【請求項16】
請求項1〜14のいずれか1つの項に記載の微細構造体又は請求項15に記載の微細構造積層体を用いたことを特徴とする自動車部品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−171277(P2012−171277A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37029(P2011−37029)
【出願日】平成23年2月23日(2011.2.23)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】