説明

急性肝機能障害の予防、治療剤

【課題】安全性が高い天然の動植物由来成分を有効成分とした、急性肝機能障害(特に薬物性の急性肝機能障害)に有効な予防及び/又は治療組成物(医薬品及び/又は健康食品)を提供する。
【解決手段】動植物中に広く含有し、安全性の高いアミノ酸誘導体であるベタイン(トリメチルグリシン)を有効成分とした組成物を投与することで、急性肝機能障害の原因となる肝臓中の有害物質の排出を促進させ、急性肝機能障害を予防、治療する。この組成物は、薬物性の急性肝機能障害の予防、治療に特に有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安全性の高い天然の動植物由来成分を有効成分とした、急性肝機能障害の予防及び/又は治療剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、糖質、タンパク質および脂質の代謝と貯蔵、胆汁の生成と分泌、循環血液量の調節などの他に、食品や大気、飲料水あるいは飲酒や喫煙、投薬などを通して日常的に体内に運び込まれる様々な有害物質を代謝、無毒化又は体外へ速やかに排出する働きを行っており、ヒトにとって最も重要な臓器のひとつである。しかし、人間ドック等において発見される疾病のうち肝機能障害が占める割合は高く、日本人成人の30%が肝機能障害を持つと言われている。肝機能障害は、その原因や症状などから慢性肝機能障害(慢性肝炎)と急性肝機能障害(急性肝炎)に大別される。
【0003】
慢性肝機能障害(慢性肝炎)は、長期にわたって持続的に肝炎が続く肝機能障害であり、初期症状がほとんどなく、主な原因として高脂肪食の過度の摂取などによる脂肪肝(非アルコール性脂肪性肝炎)、長期かつ過度のアルコール摂取(アルコール性肝炎)、ウイルスの長期感染状態(ウイルス性肝炎)などが挙げられる。一方、急性肝機能障害(急性肝炎)は、医薬品(薬物)摂取、急激なアルコール摂取やウイルス感染などにより発熱などの初期症状を生ずる急性の肝機能障害であり、重篤な症状になる場合もある。特に、薬物の代謝は肝臓で行われるのがほとんどであり、また、薬物代謝により様々な代謝産物も出現するため、医薬品の副作用として肝機能障害の割合は非常に高い。
【0004】
これらの肝機能障害の予防や治療には、様々な化学合成医薬品等が処方されるのが一般的であるが、上述の通り、これらの医薬品自体の副作用の危険性もあり、また、医薬品によっては効果が充分でないものもあるため、通常は食事療法の併用などが必要になるなど問題は多かった。
【0005】
このような背景の中、最近、天然物由来で食経験も豊富な安全性の高い成分であるベタイン及びラフィノースの2成分を有効成分とする脂肪肝改善及びこれに伴う肝障害改善剤が提供されている(特許文献1)。また、ベタインの脂肪肝抑制をはじめとする脂質代謝における役割についても詳細にされており(非特許文献1)、ベタインがメチル基供与体としてリン脂質合成において不可欠な役割を果たしていることが知られている。このリン脂質合成が低下すると肝臓よりの脂質の運び出しが充分に行えなくなり、脂肪肝などを引き起こすことになる。
【0006】
ベタインは別名トリメチルグリシンといい、ビート(甜菜)中に比較的多く(0.07〜0.30%)存在し、19世紀中頃ビート糖の廃糖蜜からはじめて単離されている。ビート以外の植物及び動物にも広く見いだされ、動物ではエビ、カニ、イカ、貝類などの水産物に多く含まれており、植物では麦芽、キノコ類、植物の葉、タケノコ、種子などに含まれ、小麦のフスマには約0.35%も含有されている。このため、我々のベタインの食経験は古くより豊富であり、安全性の高い天然成分といえる。
【0007】
さらに、ベタインは、長年、飼料添加物及び発酵助剤として量的に使用されており、近年では化粧品への用途が広がっている。また我が国においては、ベタインは、天然アミノ酸類(調味料)として認められているが、調味料としての呈味性は、一般のアミノ酸と比べ、乏しいといえる。しかし、ベタインの物理化学的性質(味覚改善、褐変防止、保湿性・吸湿性、水分活性低下など)を利用した食品素材として、水産加工品を中心として使用されている。
【0008】
上述のように、ベタインは安全性が高く、また食経験も豊富であり、そのリン脂質合成を介した脂質代謝調整作用による脂肪肝予防効果(つまり慢性の非アルコール性脂肪性肝炎予防効果)も確認されているが、その他の肝機能障害に対する生理機能については知られていない。そして、肝機能障害には急性であり且つ高脂肪食長期摂取や脂肪肝が要因でないもの(薬剤、ウイルス、急性アルコール障害等)も多くあり、当業界において、これらの急性肝機能障害にも充分な予防治療効果を示す天然由来で安全な成分の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−155242号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】FEEDING,Vol34,No.6,51−56(1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、安全性が高い天然の動植物由来成分を有効成分とした、急性肝機能障害(特に薬物性の急性肝機能障害)に有効な予防及び/又は治療組成物(医薬品及び/又は健康食品)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究の結果、動植物中に広く含有し、安全性の高いアミノ酸誘導体であるベタイン(トリメチルグリシン)を有効成分とした組成物を所定量経口投与することで、肝臓中の酵素であるグルタチオンリダクターゼ活性を増強し、また、肝臓中の還元型グルタチオン量を増加させることを見出した。そして、この還元型グルタチオンがグルタチオン抱合により解毒化合物として働き、急性肝機能障害(特に薬物性の急性肝機能障害)の予防、治療に有効であることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)ベタインを有効成分として含有することを特徴とする、急性肝機能障害の予防及び/又は治療剤。
(2)急性肝機能障害が、薬物性の(例えば、ガラクトサミンや肝機能障害の副作用を示す医薬品などにより誘発された)急性肝機能障害であることを特徴とする、(1)に記載の剤。
(3)肝臓中のグルタチオンリダクターゼ活性を増強することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の剤。
(4)肝臓中のグルタチオンリダクターゼ活性を増強して肝臓中(及び/又は血清中)の還元型グルタチオン量を増加させ、急性肝機能障害の原因物質(薬物等やその代謝産物など)を還元型グルタチオン抱合体により排出するものであることを特徴とする、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の剤。
(5)経口投与により、1日あたりベタインとして20〜200mg/kg、好ましくは30〜100mg/kgの量にて投与されることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の剤。
(6)ヒト又はヒトを除く動物に、(1)〜(5)のいずれか1つに記載の剤を経口投与することを特徴とする、ヒト又はヒトを除く動物の急性肝機能障害予防及び/又は治療方法。
(7)肝機能障害(特に急性肝機能障害)を誘発する副作用を示す薬物とベタインを含有することを特徴とする、薬物の肝機能障害の副作用が抑制された医薬品。
(8)ベタインを有効成分として含有することを特徴とする、副作用として肝機能障害を誘発する薬物における当該副作用を抑制するための医薬品。
(9)ベタインを有効成分とすることを特徴とする、肝機能障害者の療養用食品組成物。
(10)ベタインを添加又は混合することを特徴とする、肝機能障害者の療養用食品組成物を製造する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ベタインの投与により、肝臓中の酵素であるグルタチオンリダクターゼ(GR)活性を増強し、また、肝臓中、血清中の還元型グルタチオン量を増加させる。そして、この還元型グルタチオンがグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)の作用により、反応性に富む発がん性物質のような親電子物質(有害物質)とグルタチオンとの内転形成(グルタチオン抱合)を引き起こし、有害物質を抱合体ごと細胞外へ速やかに排出する。これにより、急性肝機能障害の原因物質(有害物質)を肝臓より除去することができ、急性肝機能障害を予防、治療することができる。また、肝機能障害まではいかなくとも、肝機能自体が健常者より低下している人のための、投薬などによる急性肝機能障害発生を予防する医薬品や健康食品を提供することもできる。さらには、副作用として肝機能障害を誘発する医薬成分とベタインを併用することにより、所定の薬理効果が充分得られながら肝機能障害の副作用が抑制された医薬品を提供することができる。また、肝機能障害者の療養用食品組成物(健康食品など)も提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ラットへのベタイン投与試験における、体重、摂食量、肝臓重量、肝臓総脂質量の比較を示した(a、bの異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図2】ラットへのベタイン投与試験における、血清AST、ALT、LDH活性の比較を示した(a、bの異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図3】ラットへのベタイン投与試験における、肝臓GST、GPx、カタラーゼ活性の比較を示した。
【図4】ラットへのベタイン投与試験における、TBARS値、肝臓GR活性、GSH量の比較を示した(a、b、cの異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図5】ガラクトサミン誘発性肝機能障害ラットへのベタイン投与試験における、体重、摂食量、肝臓重量の比較を示した(異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図6】ガラクトサミン誘発性肝機能障害ラットへのベタイン投与試験における、アテローム性動脈硬化指数、血清コレステロール値の比較を示した(異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図7】ガラクトサミン誘発性肝機能障害ラットへのベタイン投与試験における、血清GOT及びGPT活性、血清ALP活性、血清LDH活性の比較を示した(a、b、cの異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図8】ガラクトサミン誘発性肝機能障害ラットへのベタイン投与試験における、血清及び肝臓のGSH量の比較を示した(a、bの異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【図9】ガラクトサミン誘発性肝機能障害ラットへのベタイン投与試験における、肝臓GST、GPx、GR活性の比較を示した(異符号間にP>0.05で有意差あり)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明においては、ベタインを有効成分として使用する。ベタインは、多くの植物や動物から抽出されたもの、又は生合成物から抽出した天然由来のものを使用することができる。特に、ビート(甜菜)から常法により抽出、精製したものを用いるのが好ましいが、ビート由来のベタインに限定されるものではない。形態も液状、粉末状、顆粒状、ペースト状等どのようなものでも使用することができ、特に限定されるものではない。
【0017】
本発明に係る組成物は、ヒト又はヒトを除く動物の、肝臓中のグルタチオンリダクターゼ活性を増強し、肝臓中の還元型グルタチオン量を増加させ、急性肝機能障害の予防、治療用途に用いるものである。特に、本発明に係る組成物は、薬物摂取や急激なアルコール摂取などで誘発される急性肝機能障害に非常に有効であることが特徴である。また、肝臓が、酸化ストレス状態となっていなくても(肝臓が正常な状態でも)有効に働くという点でも非常に有効であり、よって、高脂肪食過剰摂取や脂肪肝などが要因の肝機能障害ではない肝機能障害(例えば薬物副作用による肝機能障害など)に充分に予防治療効果を奏するのが特徴である。
【0018】
さらには、ベタインと肝機能障害(特に急性肝機能障害)を誘発する副作用を有する薬物(医薬成分)の両方を医薬品中に含有させることで、肝機能障害の副作用が抑制されながら所定の薬理効果が充分に発揮される医薬品を提供することもできる。あるいは、副作用として肝機能障害を誘発する薬物投与時に、ベタインを有効成分として含有する医薬品を併用することによっても、当該副作用を抑制することができる。医薬成分の肝機能障害の副作用については肝細胞障害型、胆うっ滞型、これらの混合型などがあり、解熱消炎鎮痛薬、抗がん剤、抗真菌薬などでみられる副作用である。また、単独では肝機能障害を引き起こさなくても、複数の薬を一緒に飲むと肝機能障害が出る場合もある。
【0019】
肝機能障害を誘発する医薬成分としては、アセトアミノフェン、ジクロフェナトリウム、ロキソプロフェンナトリウム、アセチルサリチル酸、メフェナム酸、イブプロフェン、インドメタシン、プラノプロフェン(解熱消炎鎮痛剤成分)、ハロタン(麻酔薬成分)、トログリタゾン、アカルボース、ボグリボース、グリベンクラミド、エパルレスタット(代謝性疾患剤成分)、ベンズブロマロン(痛風治療薬成分)、シクロホスファミド、6−メルカプトプリン(抗がん剤成分)、リファンピシン、イソニアジド、サラゾスルファピリジン、オフロキサシン、レボフロキサシン、ノルフロキサシン、塩酸シプロフロキサシン、スルファメトキサゾール・トリメトプリム、グリセオフルビン(化学療法剤成分)、フェニトイン、カルバマゼピン、バルプロ酸ナトリウム、塩酸クロルプロマジン、ハロペリドール(精神・神経用薬成分)、塩酸アプリンジン、アジマリン、トラピジル、ニフェジピン、塩酸ニカルジピン、メチルドパ(循環器用薬成分)、チオプロニン、ファモチジン、ランソプラゾール、シメチジン、スルピリド、オメプラゾール、塩酸ラニチジン(消化器用薬成分)、ピペラシリンナトリウム、セフォチアム、セファクロル、塩酸ミノサイクリン、セファゾリンナトリウム、アンピシリン、セフメタゾールナトリウム、ホスホマイシン、クラリスロマイシン、アモキシシリン、セフテラムピボキシル、セフポドキシムプロキセチル、フロモキセフナトリウム(抗菌剤成分)などが例示される。
【0020】
本発明に係る組成物は、ヒト又はヒトを除く動物に経口投与を行う。投与量は、例えばヒトにおいては、1日あたりベタインとして20〜200mg/kg(体重)、好ましくは30〜100mg/kg(体重)の量にて投与するのが有効である。ヒトを除く動物においては、ヒトへの投与量から所定の換算を行って投与量を設定すればよい。
【0021】
このように、本発明のベタインを有効成分とする組成物の投与、あるいは、ベタインと肝機能障害を誘発する副作用を有する薬物の併用投与により、肝臓中のグルタチオンリダクターゼ活性を増強し、肝臓中の還元型グルタチオン量を増加させる。そして、この還元型グルタチオンがグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)の作用により、有害物質とグルタチオンとのグルタチオン抱合を引き起こし、有害物質を抱合体ごと細胞外へ速やかに排出し、急性肝機能障害を予防、治療することができる。
したがって、ベタインを有効成分とする組成物として、急性肝機能障害の予防治療医薬品、肝機能障害者の療養用食品組成物(健康食品など)等が提供できる。
【0022】
医薬品の場合、その形態としては例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等をあげることができる。これらの各種製剤は、常法にしたがって有効成分を賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤などの医薬の製剤技術分野において通常使用しうる既知の補助剤を用いて製剤化することができる。
療養用食品組成物としての形態についても限定はなく、肝機能障害者が食しやすいように固体状(粉末、顆粒状その他)、ゲル状、ペースト状、液状ないしは懸濁状など、さらには、これらを通常の食品に添加、混合するなど、適宜選択することができる。
【0023】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
ベタイン投与の正常状態の肝臓への影響を確認するための試験を行った。実験動物として、8週齢のF344系雄ラット15匹を日本チャールズリバー株式会社から購入した。飼育条件は、室温23±1℃、 湿度60±5%として明暗周期12時間(明7:00、暗19:00)とした。
【0025】
AIN93G基準食投与群(C)、ベタイン1%添加食投与群(B1)、ベタイン2%添加食投与群(B2)の3群を設けて、各群5匹ずつにそれぞれ4週間経口給与し効果を比較した。なお、各飼料の組成を表1に示した。
【0026】
【表1】

【0027】
血清は毎週、肝臓、盲腸及び糞便は投与最終日に採取した。指標として、血清AST(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)、ALT(アラニンアミノ基転移酵素)、LDH(乳酸脱水素酵素)活性、肝臓中のカタラーゼ、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、グルタチオンリダクターゼ(GR)、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)活性及び還元型グルタチオン(GSH)量、血清及び肝臓のチオバルビツール酸反応物質(TBARS)値を測定した。
【0028】
なお、血清AST、ALT、LDH活性についてはJSCC標準化対応法により測定し、肝臓カタラーゼ活性は過酸化水素を基質とした定法により測定した。
GSH量の測定は、Chon and Lyeの方法(Anal.Biochem.,14:434−440(1966))により、GR活性測定はWorthingtonとRosemeyerの方法(Eur J Biochem.67(1),231−238(1976))により、GPx活性測定はLawrenceとBurkの方法(J Clin Invest 65(5):1024−1031(1980))により行った。
【0029】
GST活性測定は、肝臓細胞質液を200mMリン酸緩衝液(pH6.5)で5倍に希釈し、1サンプルにつき200mMリン酸緩衝液(pH6.5)が500μl、10mMGSHが100μl、超純水が200μl、10mMの1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼン(CDNB)が100μlとなるように反応液を調整し、この反応液とサンプル100μlを混合してすぐに340nmの吸光度時間変化を測定する方法で行った。
【0030】
結果としては、各群とも投与期間中の体重、摂食量に変化はなかったが、肝臓重量についてはベタイン投与群が有意に増加した(図1)。また、肝障害の指標となる血清AST、ALT、LDH活性についてもベタイン投与群が有意に低下した(図2)。さらに、TBARS値、肝臓GST及びGPx活性には差が見られなかったが、活性酸素消去に補助的な作用を有する酵素であるGRの活性が増加し、GSH量も有意に増加した(図3、図4)。
【0031】
グルタチオンは細胞内の抗酸化成分のひとつであり、また、毒物などを細胞外に排出することで、細胞を内的・外的な環境の変化から守るトランスポーターの役割も果たしている。そのため、細胞中のグルタチオン量が大きく減少すると細胞に障害が起こることが知られている。また、グルタチオンには還元型と酸化型が存在するが、酸化ストレスの改善及び毒物排出については還元型グルタチオンの作用が重要であることがわかっている。
上述の結果より、酸化ストレスのない条件下の正常な肝臓においても、ベタイン摂取が還元型グルタチオン量を増加させることが示され、薬物などによる急性肝機能障害の予防効果を示すことが示唆された。
【実施例2】
【0032】
ベタイン投与の急性肝機能障害への影響をさらに確認するための試験を行った。実験動物として、8週齢のF344系雄ラット20匹を日本チャールズリバー株式会社から購入した。飼育条件は、室温23±1℃、 湿度60±5%として明暗周期12時間(明7:00、暗19:00)とした。
【0033】
AIN93G基準食投与群(C)、AIN93G基準食+ガラクトサミン投与群(CG)、ベタイン1%添加食+ガラクトサミン投与群(B1G)、ベタイン2%添加食+ガラクトサミン投与群(B2G)の4群を設けて、各群5匹ずつにそれぞれ2週間経口給与し効果を比較した。なお、各群の試料投与の詳細は、C群は実施例1の表1の基準食(C)を投与し、CG群、B1G群およびB2G群は、表1のC、B1、B2の各試料を2週間経口投与した後、それぞれの群にガラクトサミンを400mg/kg体重あたりの割合になるように1mlの生理食塩水に溶かして腹腔内投与した。また、C群は基準食を2週間投与後、生理食塩水を1ml腹腔内投与した。
【0034】
なお、ガラクトサミンは生体内ではN−アセチルガラクトサミンとして存在するアミノ酸の一種である。肝毒性を有する薬剤であり、ラット等に投与することで急性の肝機能障害が誘発されることが知られている。ガラクトサミンによる肝機能障害は、肝臓でのウリジンの過量な消費によって生じる。詳細なメカニズムは、ガラクトサミンがその代謝経路において、UDP−ガラクトサミンからUDP−グルコサミンとなってUTPを捕捉し、このため、肝細胞内のUTP、UDP、UMPあるいはUDP−グルコース、UDP−グルクロン酸が減少し、核酸、タンパク質および脂質代謝能が阻害されるとされている。
【0035】
各群の血清は毎週、肝臓、盲腸及び糞便は投与最終日に採取した。指標として、血清コレステロール値(T−Chol、HDL−Chol、VLDL+IDL+LDL−Chol)、アテローム性動脈硬化指数(A index)、血清GOT(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ)及びGPT(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ)活性、血清ALP(アルカリフォスファターゼ)活性、血清LDH活性及び血清GSH量、肝臓中のGSH量、GST活性、GR活性、GPx活性を測定した。
【0036】
血清GOT及びGPT活性、血清LDH活性及び血清GSH量、肝臓中のGSH量、GST活性、GR活性、GPx活性は実施例1と同様の方法により測定を行った。血清ALP活性は、JSCC標準化対応法であるP−ニトロフェニルリン酸法により測定を行った。コレステロール値は直接検査法により測定を行い、アテローム性動脈硬化指数は総コレステロール値及びHDLコレステロール値からの計算により求めた。
【0037】
結果としては、各群とも投与期間中の摂食効率(体重増加量/摂食量)に変化はなかったが、肝臓重量は低下傾向を示した(図5)。血清成分については、ベタイン投与により善玉コレステロールであるHDLコレステロール(HDL−Chol)の減少を抑制し、アテローム性動脈硬化指数の増加も抑制した(図6)。なお、総コレステロール(T−Chol)及び悪玉コレステロール(VLDL+IDL+LDL−Chol)量についてもやや増加傾向を示した(図6)。さらに、ベタイン1%投与群において、血清GOT、GPT活性、及び薬物性肝障害の指標となるといわれている血清ALP活性、血清LDH活性の増加を有意に抑制し(図7)、血清及び肝臓中のGSH量を有意に増加した(図8)。
なお、グルタチオンリダクターゼ(GR)、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)及びグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)の活性については、ガラクトサミン投与群で全て活性が低下していたが、ベタイン投与群においてその活性の回復傾向(活性低下抑制傾向)が見られた(図9)。
【0038】
この結果から、ガラクトサミンで誘発される急性肝機能障害において、ベタイン摂取が血清及び肝臓中の還元型グルタチオン量を増加させ、薬物性の急性肝機能障害の予防、治療効果を示すことが示された。特に、ラットでの試験においてベタイン1%飼料投与群が有効であり、有効成分としてのベタイン投与量を特定の範囲とすることで急性肝機能障害の予防、治療効果が高まることが示された。
【0039】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0040】
本発明は、安全性が高い天然の動植物由来成分を有効成分とした、急性肝機能障害(特に薬物性の急性肝機能障害)に有効な予防及び/又は治療組成物(医薬品及び/又は健康食品)を提供することを目的とする。
【0041】
そして、動植物中に広く含有し、安全性の高いアミノ酸誘導体であるベタイン(トリメチルグリシン)を有効成分とした組成物を投与することで、急性肝機能障害の原因となる肝臓中の有害物質の排出を促進させ、急性肝機能障害を予防、治療する。この組成物は、薬物性の急性肝機能障害の予防、治療に特に有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベタインを有効成分として含有することを特徴とする、急性肝機能障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項2】
急性肝機能障害が、薬物性の急性肝機能障害であることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
肝臓中のグルタチオンリダクターゼ活性を増強することを特徴とする、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
肝臓中のグルタチオンリダクターゼ活性を増強して肝臓中の還元型グルタチオン量を増加させ、急性肝機能障害の原因物質を還元型グルタチオン抱合体により排出するものであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の剤。
【請求項5】
経口投与により、1日あたりベタインとして20〜200mg/kgの量にて投与されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の剤。
【請求項6】
ヒトを除く動物に、請求項1〜5のいずれか1項に記載の剤を経口投与することを特徴とする、ヒトを除く動物の急性肝機能障害予防及び/又は治療方法。
【請求項7】
肝機能障害を誘発する副作用を示す薬物とベタインを含有することを特徴とする、薬物の副作用が抑制された医薬品。
【請求項8】
ベタインを有効成分として含有することを特徴とする、副作用として肝機能障害を誘発する薬物における当該副作用を抑制するための医薬品。
【請求項9】
ベタインを有効成分とすることを特徴とする、肝機能障害者の療養用食品組成物。
【請求項10】
ベタインを添加又は混合することを特徴とする、肝機能障害者の療養用食品組成物を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−93861(P2011−93861A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251169(P2009−251169)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名「第39回日本栄養・食糧学会北海道支部会 食物アレルギーフォーラム in 札幌」,主催者名「日本栄養・食糧学会北海道支部」,開催日「平成21年10月18日」
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、「都市エリア産学官連携促進事業」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【出願人】(596075417)財団法人十勝圏振興機構 (20)
【出願人】(000231981)日本甜菜製糖株式会社 (58)
【Fターム(参考)】