説明

感温性調光ポリマーおよびその製造方法

【課題】感温性調光ポリマーであるポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]の一般的なラジカル重合法に製造コスト高の問題があり、また、相転移前後にポリマー水溶液の相分離問題およびポリマーハイドロゲルの不均一な体積変化問題がある。
【解決手段】本発明は、ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド] 水溶液およびハイドロゲルの製造方法に簡便で安価な水溶液ラジカル重合法を採用した。ポリマー水溶液の相分離問題は適当量のポリビニルアルコール類添加により、また、ポリマーハイドロゲルの体積変化問題はポリビニルアルコール類添加と高温離水処理により解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周囲の環境温度に応答して自律的に光透過率を制御する感温性調光ポリマーに関するものであり、調光窓や調光シートの材料として利用できる。
【背景技術】
【0002】
近年、オプトエレクトロニクス分野の発達の下、光透過を有効に制御する技術の必要性が生じている。また、近年、地球温暖化問題における二酸化炭素排出削減の具体的対策が求められる中、太陽光線や人工光線を有効かつ省エネルギー的に利用し、動植物の生育やヒトの快適環境をコントロールできる調光窓や調光シートが必要とされている。
【0003】
これらの要求を実現するための材料として、液晶(特許文献1)、エレクトロクロミック、フォトクロミック(特許文献2)、サーモクロミックおよびサーモトロピック材料が提出されているが、一般に液晶は高価であり、エレクトロクロミック、フォトクロミック材料は耐光性が悪いという問題がある。一方、サーモクロミック、サーモトロピック材料は制御がより簡便で省エネルギー的であり、製造、維持コストが安価であることから実用面で優れている。
【特許文献1】特開平01−62615号公報
【特許文献2】特開平02−85274号公報
【0004】
サーモクロミック、サーモトロピック材料として、従来、両親媒性物質と非イオン性水溶性高分子の混合液(特許文献3)やポリアルキレングリコール共重合体(特許文献4)等が提案されているが、薄層化、薄膜化に対応できる相転移シャープ性、高白濁性を満足しておらず、低コスト製造法の確立や調光シート化の実現には至っていない。
【特許文献3】特開平11−26500号公報
【特許文献4】特開2001−215456号公報
【0005】
一方、サーモトロピック材料のポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]は、水の存在下、アルキル置換基の種類に依存した曇点温度において、可逆的でシャープな相転移を示すことが知られている(非特許文献1)。例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)の水溶液は約32℃の曇点温度を有し、曇点温度以下では透明溶液であるが、曇点温度以上では白濁不溶化する。この相転移現象の作用メカニズムはコイルーグロビュール反応と呼ばれ、ポリマーと水分子間の相互作用が曇点温度を境界に劇的に変化することで説明されている(非特許文献2)。
【非特許文献1】伊藤昭二、高分子論文集、1989年
【非特許文献2】前田寧、高分子、2002年
【0006】
従来、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)を含むポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]水溶液またはハイドロゲルを利用して、調光材料が提案されてきたが(特許文献5、特許文献6、特許文献7)、水溶液中では白濁不溶化の相転移状態が継続すると、白濁粒子が凝集沈殿する相分離の問題があり、また、ハイドロゲル中では相転移前後に体積変化が生じ速やかな可逆性が得られないという問題があるなど実用化には至っていない。さらに、一般的なラジカル重合法によるポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]の製造は、有機溶媒中、約50℃以上で数時間の重合反応後、精製、乾燥、調製と4段階以上の工程と有機溶媒を含む試薬類の使用を要し、製造コスト上昇の要因となっている。
【特許文献5】特開平09−220787号公報
【特許文献6】特開平09−140268号公報
【特許文献7】特開平05−181169号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
解決しようとする問題点は、ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]水溶液の相分離問題、ハイドロゲルの体積変化問題、一般的なラジカル重合法の製造コスト高の問題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]を含む調光材料の最終形態が水溶液またはハイドロゲルとなることに着目し、製造工程が簡便な室温条件における水溶液ラジカル重合を採用した。また、上記した水溶液の相分離問題、ハイドロゲルの体積変化問題を解決するため、添加剤のスクリーニングを行い、鋭意検討した結果、適当量のポリビニルアルコール類の添加が有効であることを見出し、本発明に至った。
【発明の効果】
【0009】
本発明による感温性調光ポリマー溶液の製造方法は、室温、10分間、静置反応と、従来の加温、数時間、攪拌反応を要した一般的なラジカル重合方法に比べて大幅に簡素化できた。また、ポリビニルアルコール類の添加により、相分離問題を解決できた。さらに、合成後、有機溶媒等を用いた精製を要せずに、水による希釈または溶媒組成変化により、容易に白濁度や曇点温度をコントロールすることが可能となり、製造コストを削減することができた。
【0010】
本発明による感温性調光ポリマーゲルの製造方法は、低温、静置反応によるモノマーからの直接ゲル化法を用い、一般的なラジカル重合製造方法に比べて大幅に簡素化できた。また、ポリビニルアルコール類の添加と高温離水処理により、ゲルの体積変化問題を解決できた。さらに、溶媒組成を変化させることにより、容易に曇点温度をコントロールすることが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、設定した特定の曇点温度に応答して、光透過率を可逆的に制御できる感温性調光材料に関するものである。
【0012】
本発明は、ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]とポリビニルアルコール類の複合体に、水および水以外の極性溶媒を含む水溶液またはハイドロゲルを基本形態とする感温性調光材料である。
【0013】
上記材料は、曇点温度未満において透明で光を透過し、曇点温度以上では白濁して光を遮断することができる。また、この透明―白濁の相状態は、周囲の環境温度変化に応答して可逆的に転移する。つまり、温度変化に対応して自律的に光の透過性を制御できる。
【0014】
本発明の水溶液は、曇点温度以上の温度が継続しても、複合化したポリビニルアルコール類が白濁微粒子の凝集沈殿を抑制することから、均一な白濁エマルジョン状態が保持される。
【0015】
本発明のハイドロゲルは、曇点温度以上の温度が継続しても、複合化したポリビニルアルコール類が収縮を伴う不均一な体積変化を抑制することから、相転移前後における均一な立体構造が保持される。
【0016】
本発明に含まれる、ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]は下記、化学式1で示されるものである。
【化1】

【0017】
本発明の感温性調光ポリマーを合成する際に使用するN-アルキル置換(メタ)アクリルアミドモノマーは、例えばN-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド等の水溶性モノマーに限られる。
【0018】
本発明の感温性調光ポリマーに含まれるポリビニルアルコール類は、水溶性が高く、水溶液に調製した際、透明性、乳化安定性の高い変性ポリビニルアルコールが好ましい。例えば、本発明の最終形態を水溶液とする場合、アニオン性ポリビニルアルコール類であるクラレ社製のKM−118、KM―618、SK―5102や日本合成社製のT−330、T−330H、T−350等があり、分子量、ケン化度を特に限定することなく広く使用できる。また、前記したものに限定されることなく、水溶性、反応性、透明性、乳化安定性の高い変性ポリビニルアルコールも広く使用できる。
【0019】
例えば、本発明の最終形態をハイドロゲルとする場合、カチオン性ポリビニルアルコール類であるクラレ社製のC−506や日本合成社製のK−210、アニオン性ポリビニルアルコール類であるクラレ社製のKM−118、KM―618、SK―5102や日本合成社製のT−330、T−330H、T−350、さらに反応型ポリビニルアルコールである日本合成社製のZ−200、Z−320、Z−410等があり、分子量、ケン化度を特に限定することなく広く使用できる。また、前記したものに限定されることなく、水溶性、反応性、透明性、乳化安定性の高い変性ポリビニルアルコールも広く使用できる。
【0020】
次に、本発明の水溶液ラジカル重合に使用する重合開始剤は過硫酸アンモニウムが好ましく、重合促進剤はN,N,N‘,N’−テトラメチルエチレンジアミンが好ましい。最終形態をハイドロゲルとする場合に使用する架橋剤は、N,N’−メチレンビスアクリルアミドが好ましい。また、前記したものに限定されることなく、水溶性、反応性の高い重合開始剤、重合促進剤、架橋剤も広く使用できる。
【0021】
本発明の感温性調光材料の曇点温度を設計、設定するために、以下の極性溶媒または添加剤を加えても良い。曇点温度を下げる極性溶媒として、一価アルコールであるメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等や多価アルコールであるエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセロール、ジエチレングリコール等を0容量%から70容量%の範囲において添加できる。曇点温度を下げる添加剤として塩化ナトリウム等の無機塩類や硫酸等の無機酸類を添加できる。曇点温度を上げる添加剤として、界面活性剤、さらに好ましくは陰イオン性界面活性剤を使用できる。例えば、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(日本油脂社製、ニューレックスペーストH)、アルキルスルホン酸ナトリウム(花王社製、ラテムルPS)、ジ2−エチルヘキシルスルホコハク酸ナトリウム(日本油脂社製、ラピゾールA−80)等が使用できる。また、前記したものに限定されることなく、水溶性の陰イオン性界面活性剤は広く使用できる。
【0022】
本発明に使用する水は蒸留水あるいは精製水を使用する。
【0023】
本発明において最終形態を水溶液とする場合、合成時の試薬濃度条件は下記(試薬濃度条件1)のとおりである。
(試薬濃度条件1)
試薬1.N-アルキル置換(メタ)アクリルアミドは0.5重量%から15重量%、好ましくは3重量%から9重量%。
試薬2.ポリビニルアルコール類は0.01重量%から1重量%、好ましくは0.05重量%から0.5重量%。
試薬3.極性溶媒または添加剤は0.01重量%から70重量%。
試薬4.陰イオン性界面活性剤は0.1重量%から10重量%、好ましくは2重量%から6重量%。
試薬5.重合促進剤は0.01重量%から1重量%、好ましくは0.1重量%から0.5重量%。
試薬6.重合開始剤は0.02重量%から2重量%、好ましくは0.2重量%から1重量%。
【0024】
上記試薬類を0℃から30℃の範囲、好ましくは20℃から25℃の室温において、5分以上、好ましくは10分間反応させる。反応は設定曇点温度に5分以上静置して終了する。曇点温度を調節するため、試薬3、4は反応前後のいずれにおいて添加しても良く、添加しなくても良い。白濁度を制御するために、試薬1、2の濃度を調節でき、また、反応液は水で希釈できる。
【0025】
本発明において最終形態をハイドロゲルとする場合、合成時の試薬濃度条件は下記(試薬濃度条件2)のとおりである。
(試薬濃度条件2)
試薬1.N-アルキル置換(メタ)アクリルアミドは1重量%から20重量%、好ましくは3重量%から9重量%。
試薬2.ポリビニルアルコール類は0.5重量%から15重量%、好ましくは3重量%から9重量%。
試薬3.架橋剤は0.01重量%から1重量%、好ましくは0.02重量%から1重量%。
試薬4.極性溶媒または添加剤は0.01重量%から70重量%。
試薬5.陰イオン性界面活性剤は0.1重量%から10重量%、好ましくは2重量%から6重量%。
試薬6.重合促進剤は0.01重量%から1重量%、好ましくは0.1重量%から0.5重量%。
試薬7.重合開始剤は0.02重量%から2重量%、好ましくは0.2重量%から1重量%。
【0026】
上記試薬類を0℃から30℃の範囲、好ましくは20℃から25℃の室温において、5分以上、好ましくは10分間反応させる。反応後、40℃から120℃、好ましくは50℃から80℃の温度において、1時間以上静置し、分離液を除去する。必要に応じて、ゲルの洗浄、膨潤、乾燥の操作を行う。曇点温度を調節するため、試薬4、5は反応前後のいずれにおいて添加しても良く、添加しなくても良い。白濁度を制御するために、試薬1、2の濃度を調節できる。
【0027】
本発明を実施例により、さらに詳細に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
濃度15重量%のN−イソプロピルアクリルアミドモノマー(興人社製)水溶液を8ml、20重量%のSK−5102(クラレ製)水溶液を0.25ml、蒸留水を11.75ml添加混合した。さらに、超音波発生装置により脱気後、40重量%の過硫酸アンモニウム(和光純薬社製)水溶液0.1mlとN,N,N‘,N’−テトラメチルエチレンジアミン(和光純薬社製)0.1mlを素早く添加混合した。この混合液を室温23℃において10分間静置して、水溶液ラジカル重合反応を行った。この反応液を60℃、10分間加温して反応を終了し、均一な白濁エマルジョンを得、蒸留水10mlを添加して曇点温度33℃の貯蔵溶液とした。次に、表1に示した配合により、曇点温度が−5℃から50℃まで5℃間隔設定の感温性調光ポリマー水溶液を調製した。これらの水溶液試料は、温度インターバル透過率測定(0.1℃間隔、昇温速度:1℃/min、日本分光製分光光度計V−560、温度コントローラーETC−505T)を行い、図1に示すような設定どおりの曇点温度を確認した。
【0029】
【表1】

【実施例2】
【0030】
濃度15重量%のN−イソプロピルアクリルアミドモノマー(興人社製)水溶液を8ml、20重量%のSK−5102(クラレ社製)水溶液を2ml、20重量%のC−506(クラレ社製)水溶液4ml、1重量%のN,N’−メチレンビスアクリルアミド(和光純薬社製)水溶液0.9mlおよび蒸留水5.1ml添加混合した。さらに、超音波発生装置により脱気後、40重量%の過硫酸アンモニウム(和光純薬社製)水溶液0.1mlとN,N,N‘,N’−テトラメチルエチレンジアミン(和光純薬社製)0.1mlを素早く添加混合した。この混合液を85mm角のアクリルケースへ流し込み、室温23℃において10分間静置して、水溶液ラジカル重合反応を行った。この反応液を60℃、8時間加温して分離液を除去し、蒸留水50mlで洗浄すると、曇点温度が30℃から33℃で相転移前後に体積変化のない、厚さ2mmの均一なゲルシートを得た。次に、このゲルシートを1.5容量%ブタノール水溶液に15時間浸漬した後、60℃、8時間加温乾燥して分離液を除去すると、曇点温度が28℃から31℃の可逆的で均一な相転移機能を持つ、感温性調光ゲルシートを得た。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、温度刺激に応答して、透明(光透過)状態、白濁(遮光)状態を自律的に制御できる、感温性調光ポリマーおよびその製造方法に関するものであり、調光窓、調光シートの材料として利用できる。例えば、調光シートをビルや住宅の窓内側に装着すると、曇点温度未満の低温側において、透明な開放感を確保するが、直射日光の放射熱により曇点温度以上に温度が上昇すると白濁し、カーテンやブラインドのような遮光効果を発揮する。この調光機能は電力を要さずに省エネルギー的に制御でき、特に夏季の冷房効率を促進できることから、二酸化炭素排出削減効果が期待できる。調光窓、調光シートは、ビルや住宅以外にも、自動車、鉄道車両、船舶、航空機等の運輸関連や温室、エクステリア、ディスプレイ、温度センサー等の農業、建築、工業製品関連など幅広い分野に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】曇点温度を5℃間隔に設定した感温性調光ポリマー水溶液の相転移

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]とポリビニルアルコール類を含み、水溶液ラジカル重合により合成された感温性調光ポリマー溶液。
【請求項2】
ポリ[N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド]とポリビニルアルコール類および架橋剤を含み、水溶液ラジカル重合により合成された感温性調光ポリマーゲル。

【図1】
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【公開番号】特開2006−2104(P2006−2104A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−182063(P2004−182063)
【出願日】平成16年6月21日(2004.6.21)
【出願人】(304021532)
【Fターム(参考)】