説明

懸濁した動物細胞の灌流培養による生物学的物質の製造方法

本発明は、無血清細胞培養用培地に懸濁した動物細胞を灌流培養することにより生物学的物質を製造する方法に関し、この場合、生物学的物質は細胞から濾過により分離され、細胞培養用培地に少なくとも0.001w/w%の非イオン性界面活性剤が存在することを特徴とする。細胞培養用培地に非イオン性界面活性剤が存在すると、フィルターパフォーマンスが向上することが見出されている。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、無血清細胞培養用培地に懸濁した動物細胞を灌流培養することにより生物学的物質を製造する方法に関し、この場合、生物学的物質は細胞から濾過により分離される。
【0002】
そのような方法は、当技術分野では知られており、例えば、灌流培養についての総説がTokashikiら、1993年、Cytotechnology、第13巻、149から159頁に記載されている。生物学的物質は細胞から濾過により分離される灌流培養では、濾過は、(1)細胞がフィルターによって保持され、一方、(2)生物学的物質を含む液体がフィルターを通過するようにすることが好ましい。フィルターがこれら2つの作業をいかに良く行うかを示す指標は、細胞培養中の平均総細胞濃度とフィルターを通過する総体積との積(フィルターパフォーマンス)である。フィルターパフォーマンスは、生物学的物質の収量に比例する。
【0003】
ところが、生物学的物質が細胞から濾過により分離される灌流培養の短所は、プロセス中にフィルターの目詰まりが生じることである。フィルターの目詰まりはフィルターを通過することができる総体積を制限し、結果としてフィルターパフォーマンスを制限し、したがって生物学的物質の収量をも制限する。
【0004】
本発明の目的は、無血清細胞培養用培地に懸濁した動物細胞を灌流培養することにより生物学的物質を製造する方法であって、生物学的物質を細胞から濾過により分離され、かつフィルターの目詰まりが減少される(即ち、フィルターパフォーマンスが増進される)方法を提供することである。
【0005】
この目的は、細胞培養用培地中に少なくとも0.001w/w%の量の非イオン性界面活性剤が存在する本発明によって達成される。
【0006】
哺乳動物細胞用の無血清培地に非イオン性界面活性剤の使用は、米国特許第5372943号公報より知られているが、米国特許第5372943号公報では、その使用の目的は、細胞培養用培地中で生物的に利用可能な形態の必須脂質を提供することである。本出願者は、驚くべきことに、哺乳動物細胞用の無血清培地に非イオン性界面活性剤を使用すると、フィルターの目詰まりも減少させることを見出した。
【0007】
無血清培地に使用される非イオン性界面活性剤の量の上限は、原則として、さほど重要ではない。しかし、この上限は、例えば、非イオン性界面活性剤の毒性レベルおよび/または可溶性によって制限されることがある。上限は、さらにプロセス条件に依存することがあり、当業者であれば容易に決定することができる。通常、細胞培養用培地に存在する非イオン性界面活性剤の量の上限は1w/w%である。
【0008】
本発明の方法では、非イオン性界面活性剤は、脂肪酸エステル、例えば、脂肪酸のグリセロールエステルもしくはジグリセロールエステル、または式1で表されるポリオキシアルキレンソルビタン脂肪酸エステルが好ましい。
【化1】


式中、R、R、RおよびRは、それぞれ独立に、水素、または脂肪酸残基(restgroup)、即ち脂肪酸とアルコールとの縮合物の残り部分を表し、但し、RからRの少なくとも1つは脂肪酸残基であり、ここで、Aはエチレン基またはプロピレン基を表し、n、o、pおよびqはそれぞれ独立に0から100の値を表し、この場合、n、o、pおよびqの合計が50から300であることが好ましい。
【0009】
脂肪酸残基は、10から20の炭素原子を含むことが好ましい。脂肪酸の例として、デカン酸、ラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、トール油脂肪酸などが含まれる。
【0010】
市販される式1の化合物の例として、Tween(商標)化合物、例えば、Tween(商標)−80、Tween(商標)−21、Tween(商標)−40、Tween(商標)−60、Tween(商標)−20、Tween(商標)−61、Tween(商標)−65、Tween(商標)−81、Tween(商標)−85が含まれる。勿論、本発明の方法では、様々な非イオン性界面活性剤の組合せを使用することも可能である。
【0011】
これらの脂肪酸エステルが少量存在していても、生物学的物質を医療用途で使用する際に障害が生じないため、本発明の方法では特に好都合である。
【0012】
細胞培養用培地中の非イオン性界面活性剤の量は、好ましくは少なくとも0.005w/w%、より好ましくは少なくとも0.01w/w%、最も好ましくは少なくとも0.02w/w%である。
【0013】
本発明の方法で使用することのできる動物細胞は、例えば哺乳動物細胞、例えば、CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞、ハイブリドーマ、BHK(仔ハムスター腎臓)細胞、骨髄腫細胞、ならびにヒト細胞、例えばHEK−293細胞およびヒトリンパ芽球様細胞である。
【0014】
濾過は、原則として細胞の保持に適する全てのフィルターで行われることができる。そのようなフィルターの例としてスタティックフィルター、例えば、中空糸フィルターまたはタンジェンシャルフローフィルター、あるいは回転フィルター、例えばスピンフィルターがある。生物学的物質が生物薬剤学的生成物である場合、外部フィルターを使用するとGMP(good manufacturing practice)基準により生物薬剤学的生成物の製造プロセスの承認にさらなるバリデーションが必要であるため、好ましくは内部フィルターが用いられる。適切な内部フィルターの例は、内部スピンフィルターである。
【0015】
フィルターの最も適切なメッシュサイズは、保持される細胞の細胞直径に依存し、当業者であれば容易に決定することができる。メッシュにおけるポアサイズが懸濁した細胞の直径に近く、確実に細胞が高度に保持される一方で、細胞残屑がフィルターを通過することができるように、メッシュサイズを選択することが好ましい。メッシュサイズが、500×3000から50×300の間であることが好ましい。
【0016】
本発明は、原則として、動物細胞の培養に適するあらゆるタイプの細胞培養用培地を用いて使用されることができる。細胞培養用培地および細胞培養条件を選択するためのガイドラインはよく知られており、例えば、Freshney,R.I.、動物細胞の培養(基本テクニックのマニュアル)(Culture of animal cells(a manual of basic techniques))の第8、9章、第4版、2000年、Wiley−Liss、およびDoyle,A.,Griffiths,J.B.,Newell,D.G.細胞と組織の培養:実験手順(Cell & Tissue culture:Laboratory Procedures)、1993年、John Wiley & Sonsで提供される。
【0017】
血清由来成分を含む培地は、ウィルスに汚染されることが多く、プリオン感染の危険性があり、生物薬剤学的生成物の後処理プロセス(即ち、細胞培養用培地から生物薬剤学的生成物のさらなる精製)に大きな障害となる可能性があるため、生物薬剤学的生成物を製造する上では、無血清培地は血清由来成分を含む培地よりも好ましい。哺乳動物由来の化合物も感染の危険性があるため、細胞培養用培地は血清を含まないだけでなく、哺乳動物由来成分も含まないことが好ましい。細胞培養用培地は哺乳動物由来成分を含まないだけでなく、動物由来成分も含まないのがより好ましい。
【0018】
細胞培養用培地のpH、温度、溶解酸素濃度および浸透圧は、原則として重要ではなく、選択する細胞のタイプに依存する。好ましくは、pH、温度、溶解酸素濃度および浸透圧は、細胞の増殖および生産性に最適となるように選択される。当業者であれば、灌流培養の最適pH、温度、溶解酸素濃度および浸透圧をどのようにして見つけるかを知っている。通常、最適pHは6.6から7.6の間であり、最適温度は30から39℃の間であり、最適浸透圧は260から400mOsmの間であり、細胞培養用培地中の溶解酸素濃度は空気飽和の5から95%の間である。
【0019】
灌流培養による動物細胞により適切に産生することができる生物学的物質は、原則として動物細胞で産生することのできる全ての生物学的物質、例えば治療用および診断用タンパク質、例えば、モノクローナル抗体、成長因子および酵素、例えば遺伝子治療に使用することのできるDNA、ワクチン、ホルモンなどである。本発明による方法は、医療用途を有する生物学的物質である生物薬剤学的生成物の産生に使用されることが好ましい。生物薬剤学的生成物の例は以下の通りである(生物薬剤学的生成物に対応する商標名の例をカッコ内に示す):テネクテプラーゼ(TN Kase(商標))、(リコンビナント)抗血友病因子(ReFacto(商標))、リンパ芽球様インターフェロンα−n1(Wellferon(商標))、(リコンビナント)凝固因子(NovoSeven(商標))、エタネルセプト(Enbrel(商標))、トラスツズマブ(Herceptin(商標))、インフリキシマブ(Remicade(商標))、バシリキシマブ(Simulect(商標))、ダクリズマブ(Zenapaz(商標))、(リコンビナント)凝固因子IX(Benefix(商標))、エリスロポエチンアルファ(Epogen(登録商標))、G−CSF(Neupogen(登録商標)Filgrastim)、インターフェロンアルファ−2b(Infergen(登録商標))、リコンビナントインスリン(Humulin(登録商標))、インターフェロンベータ1a(Avonex(登録商標))、VIII因子(KoGENate(登録商標))、グルコセレブロシダーゼ(Cerezyme(商標))、インターフェロンベータ1b(Betaseron(登録商標))、TNFアルファレセプター(Enbrel(登録商標))、濾胞刺激ホルモン(Gonal−F(登録商標))、アブシキマブ(Synagis(登録商標)、ReoPro(登録商標))、リツキシマブ(Rituxan(登録商標))、組織プラスミノーゲン活性化因子(Activase(登録商標)、Actilyase(登録商標))、ヒト成長ホルモン(Protropin(登録商標)、Norditropin(登録商標)、GenoTropin(商標))。医療用途に適する可能性があるDNAの例として、遺伝子治療用プラスミドDNAがある。遺伝子治療用DNAのいくつかは、医療用途の適用について臨床試験で現在試験中である。ワクチンの例として、生の経口用4価ロタウィルスワクチン(RotaShield(商標))、狂犬病ワクチン(RanAvert(商標))、B型肝炎ワクチン(RECOMBIVAX HB(登録商標)、Engerix(登録商標))、および不活化A型肝炎ワクチン(VAQTA(商標))がある。
【0020】
フィルターを通過した生物学的物質を、いわゆる後処理プロセスでさらに精製することができる。後処理プロセスは、通常、いくつかの精製ステップを様々な組合せおよび順番で含む。後処理プロセスの精製ステップの例として、分離ステップ(例えば、アフィニティークロマトグラフィーおよび/またはイオン交換クロマトグラフィーによる)、生物学的物質を濃縮するステップ(例えば、限外濾過またはダイアフィルトレーションによる)、緩衝液を交換するステップおよび/またはウィルスを取り除くもしくは不活性化するステップ(例えば、ウィルス濾過、pHシフト、または有機溶媒/界面活性処理による)がある。
【実施例】
【0021】
本発明は、以下の実施例により説明されるが、これらに限定されない。
【0022】
(実施例1)
PFU−83ハイブリドーマ細胞は、コルチコトロピン放出因子に対するラットIgGを産生する、ラット/マウスヘテロハイブリドーマ細胞である(J.W.A.M.van Oersら、1989年、Endocrinology、124巻、1239から1246頁)。PFU−83ハイブリドーマ細胞は、哺乳動物由来成分を含まない最小培地で37℃で培養した。使用した哺乳動物由来成分を含まない最小培地は、アスコルビン酸(5mg/l)、リコンビナントヒトインスリン(5mg/l)、グルタチオン(1mg/l)、プルロニック(Pluronic)(商標)F68(500mg/l)、NaSeO(15μg/l)の形のセレニウム、重炭酸ナトリウム(3g/l)、エタノールアミン(7μl/l)を含む3:1DMEM/Ham’sF12培地に、グルタミン(最終濃度584.5mg/l)、ピルビン酸ナトリウム(最終濃度110mg/l)、およびトランスフェリン(5mg/l)を補充し、浸透圧を320mOsmとした。pHを7.0にし、溶解酸素濃度を空気飽和の30%にした。培養は、様々な濃度のTween(商標)−80(0、15mg/l、および50mg/l、即ち約0、0.015w/w%、および0.050w/w%に対応する)の存在下、325×2300のメッシュサイズのスピンフィルターを用いて、有効体積4lで作動する7lアプリコン(Applikon)発酵槽で行われた。4から5日後に約5×10の生存細胞濃度に達した。
【0023】
全ての異なる操作で、細胞保持は100%であった。フィルターが完全に目詰まりするまでの時間(スピンフィルターが溢れる点)を測定して、スピンフィルターパフォーマンスを計算した。スピンフィルターパフォーマンスは、スピンフィルターを通過した産生物の総体積と発酵槽中の平均総細胞濃度との積で規定される。発酵槽中の細胞濃度は、発酵槽の操作中に採取した細胞培養サンプル中の生細胞および死細胞の総数を、フックス−ローゼンタール(Fuchs−Rosenthal)血球計算盤を用い、死細胞の染色にトリパンブルー排除試験を用いて光学顕微鏡下で計数して決定した。この実験の結果を下の表1に示す。表1より、Tween(商標)−80を添加すると、目詰まりするまでの時間が増大し、スピンフィルターパフォーマンスが向上することがわかる。
【0024】
【表1】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
無血清細胞培養用培地に懸濁した動物細胞を灌流培養することにより生物学的物質を製造する方法であって、生物学的物質は細胞から濾過により分離され、少なくとも0.001w/w%の式1で表されるポリオキシアルキレンソルビタン脂肪酸エステルが、
【化1】


(式中、
、R、RおよびRは、それぞれ独立に、水素、または脂肪酸残基、即ち脂肪酸とアルコールとの縮合物の残り部分を表し、但し、RからRの少なくとも1つは脂肪酸残基であり、ここで、Aはエチレン基またはプロピレン基を表し、n、o、pおよびqはそれぞれ独立に0から100の値を表す)
細胞培養用培地中に存在することを特徴とする方法。
【請求項2】
式1において、n、o、pおよびqの合計が50から300であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
少なくとも0.01w/w%の式1の化合物が細胞培養用培地中に存在することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
動物細胞が哺乳動物細胞であることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
式1の化合物がTween(商標)化合物であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
濾過が内部フィルターを用いて行われることを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
内部フィルターがスピンフィルターであることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
生物学的物質が生物薬剤学的生成物であることを特徴とする、請求項1から7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
無血清細胞培養用培地が、哺乳動物由来成分を含まない培地でもあることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
生物学的物質が後処理プロセスによりさらに精製されることを特徴とする、請求項1から9のいずれか1項に記載の方法。

【公表番号】特表2006−525015(P2006−525015A)
【公表日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−507879(P2006−507879)
【出願日】平成16年5月3日(2004.5.3)
【国際出願番号】PCT/NL2004/000300
【国際公開番号】WO2004/097006
【国際公開日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(503220392)ディーエスエム アイピー アセッツ ビー.ブイ. (873)
【Fターム(参考)】