説明

抗うつ薬による治療時に有害事象を発現する危険性のある患者の識別方法

本発明は、(a)患者から遺伝物質の試料を得ること、および(b)治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大と関連する、患者における遺伝子型の存在について該試料をアッセイすること、を含む、治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大を示す可能性が高い患者を識別するための、患者のスクリーニング方法であって、該遺伝子型が、グルタミン受容体、イオンチャネル型、カイニン酸2(GRIK2);グルタミン酸受容体イオンチャネル型AMPA 3(GRIA3);およびこれらの組み合わせからなる群から選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる、方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(発明の背景)
うつ病は、人口の大部分を冒す疾患であり、複数の要因の結果である。世界保健機関(WHO)によれば、うつ病は障害のトップ10の原因に入り、2020年までに世界的な健康負担の2番目に大きな原因となる。世界中で推計1億2100万人が治療を必要とするうつ病性障害を患っている。全男性の5.8%および全女性の9.5%がある年にうつ病性障害を患い、全男性および女性の17%がその生涯のいずれかの時点でうつ病性障害を患うであろうと推定されている。
【背景技術】
【0002】
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、三環系抗うつ薬、およびモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)などのいくつかの種類の抗うつ薬がうつ病性障害を治療するために用いられている。SSRI、ならびにドパミンおよびノルエピネフリンなどの神経伝達物質に影響を及ぼす他の薬物は、一般に三環系抗うつ薬よりも少ない副作用を有する。しかしながら、諸研究は、抗うつ薬の使用と自殺傾向の発生とが関連する可能性を報告している。いくつかの研究によれば、自殺念慮(suicidal ideation)(SI)は、抗うつ薬治療の際に現れ得る、あまり見られないが潜在的に危険な現象である。観察された連関の根拠は明確に理解されていないが、食品医薬品局(FDA)は、いくつかの抗うつ薬を服用する成人患者および小児患者の双方におけるうつ病および/または自殺傾向の発生(すなわち自殺思考または自殺行動の発現)を悪化させる潜在的な危険性について黒枠警告を公布した。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
FDAの警告を考慮して、抗うつ薬を特に子供および青年に処方することを医師がためらうことが増大している。これらの危険な副作用を発現する危険性のある個体を識別する方法についての必要性が存在する。本発明は、治療によって発現する自殺念慮(treatment-emergent suicidal ideation)(TESI)に対する患者の感受性についての情報を提供し得る方法を提供する。本発明のこれらおよび他の目的および利点、ならびにさらなる発明の特徴は、本明細書中に提供される本発明の説明から明らかになる。
【課題を解決するための手段】
【0004】
(発明の概要)
本発明は、(a)患者から遺伝物質の試料を得ること、および(b)治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大と関連する、患者における遺伝子型の存在について該試料をアッセイすること、を含む、治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大を示す可能性が高い患者を識別するための、患者のスクリーニング方法であって、該遺伝子型が、グルタミン受容体、イオンチャネル型、カイニン酸2(GRIK2);グルタミン酸受容体イオンチャネル型AMPA 3(GRIA3);およびこれらの組み合わせからなる群から選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる、方法を提供する。
【発明の効果】
【0005】
(発明の詳細な説明)
SSRIなどの抗うつ薬による治療後の、治療によって発現する自殺念慮(TESI)の生物学的根拠は、これまでは知られていなかった。本発明者らは、特定の遺伝子マーカーがTESIの原因を解明し得、TESIの危険性が高く、かつ、より綿密なモニタリング、代替的治療、および/または特殊医療から恩恵を受け得る個体を識別するのに役立ち得ると判定した。
【発明を実施するための形態】
【0006】
本発明者らは、うつ病軽減のための代替的連続治療法(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)(STAR*D)試験を利用したが、該試験は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のシタロプラムを用いて治療された患者において、特定の遺伝子マーカーがTESIを予測し得るかを検定するための大うつ病の大掛かりな前向き治療試験である。
【0007】
本発明者らは、SSRIシタロプラムによる治療時に自殺思考を発現する危険性の高い患者を識別する遺伝子マーカーを同定した。これらのマーカーは、グルタミン受容体、イオンチャネル型、カイニン酸2(GRIK2)遺伝子;およびグルタミン酸受容体イオンチャネル型AMPA 3(GRIA3)遺伝子に存在する。
【0008】
GRIK2およびGRIA3は、興奮性神経伝達物質グルタミン酸の受容体をコードする。グルタミン酸受容体は、哺乳動物の脳における主要な興奮性神経伝達物質受容体であり、種々の通常の神経生理学的過程において活性化される。こうした受容体は、複数のサブユニットを備えた、異種タンパク質の複合体であり、それぞれのサブユニットは膜貫通領域を有し、全てのサブユニットは配列してリガンド依存性イオンチャネルを形成する。グルタミン酸受容体の分類は、種々の薬理学的アゴニストによるそれらの活性化に基づく。
【0009】
GRIK2は、カイニン酸型グルタミン酸受容体のサブユニットをコードする。GRIK2は、EAA4、GLR6、GLUR6、GLuR-6、およびGluR-6としても公知である。GRIK2は、染色体6q16.3-q21に位置している。GRIK2は、GenBankアクセッション番号BC037954およびAAH37954、ならびにIMAGEクローン5728492によって同定されている。
【0010】
GRIA3は、α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体のファミリーに属する。選択的スプライシングは、いくつかの異なるアイソフォームをもたらし、該アイソフォームはそのシグナル伝達特性が異なり得る。GRIA3は、GLUR-K3、GLUR3、GLURC、GluR-3、GluR-K3、およびgluR-Cとしても公知である。GRIA3は、染色体Xq25-q26に位置している。GRIA3は、GenBankアクセッション番号BC032004およびAAH32004、ならびにIMAGEクローン4753474によって同定されている。
【0011】
本発明は、(a)患者から遺伝物質の試料を得ること、および(b)TESIの危険性の増大と関連する、患者における遺伝子型の存在について該試料をアッセイすること、を含む、治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大を示す可能性が高い患者を識別するための、患者のスクリーニング方法であって、該遺伝子型が、GRIK2、GRIA3、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる、方法に関する。
【0012】
TESIは、SSRIを用いた治療などの治療後の自殺思考および/または自殺行動の出現を指す。例えば、自殺思考および自殺行動としては、限定されないが、以下のもの:人生はむなしいと感じること、および/または人生は生きる価値があるのだろうかと思うこと;1週間に数回自殺または死について数分間考えること;1日に数回自殺または死について幾分詳しく考えること;自殺についての具体的な計画を立てること;および自殺を試み、または自殺に成功すること、が挙げられる。
【0013】
患者とは、うつ病の治療などの医療および治療を待っているか、または受けている個体を指す。本発明の方法は、ヒト患者(例えば男性および女性のヒト患者)用に設計されているが、かかる方法は任意の適切な個体に適用でき、該個体としては、限定されないが、マウス、ラット、ウサギ、ハムスター、モルモット、ネコ、イヌ、ヤギ、ウシ、ウマ、ブタ、およびサルなどの哺乳動物が挙げられる。
【0014】
遺伝物質の試料は、任意の適切な方法によって患者から得ることができる。該試料は、唾液、頬側細胞、毛根、血液、臍帯血、羊水、間質液、腹水、絨毛膜絨毛、精液、または他の適切な細胞もしくは組織の試料を含む供給源から単離することができる。種々の供給源からゲノムDNAを単離する方法は、当該技術分野で周知である。
【0015】
多型とは、遺伝子の複数の対立遺伝子の1つを指す。好ましくは、多型は一塩基多型(SNP)である。
【0016】
TESIの危険性の増大と関連する多型は、当該技術分野で公知の任意の適切な方法によって検出し得る。例えば、多型は、アレル特異的ハイブリダイゼーション、アレル特異的オリゴヌクレオチドライゲーション(allele specific oligonucleotide ligation)、プライマー伸長法、ミニ配列分析、質量分析法、ヘテロ二本鎖分析、一本鎖高次構造多型分析(SSCP)、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ分析、温度勾配ゲル電気泳動(TGGE)、およびこれらの組み合わせなどの技術によって検出することができる。
【0017】
GRIK2遺伝子におけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはGRIK2(GenBankアクセッション番号NM_021956)のイントロン1内にある。かかる状況においてGRIK2のイントロン1は、典型的には配列番号:1を含み、配列番号:1は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないGRIK2のイントロン1に存在する)ではなくシトシンを含む。
【0018】
GRIA3遺伝子におけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはGRIA3(GenBankアクセッション番号NM_000828)のイントロン3内にある。かかる状況においてGRIA3のイントロン3は、典型的には配列番号:2、配列番号:3を含む。つまり、配列番号:2は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないGRIA3のイントロン3に存在する)ではなくチミンを含む。配列番号:3は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないGRIA3遺伝子に存在する)ではなくグアニンを含む。
【0019】
本発明はまた、TESIの危険性の増大と関連する遺伝子型の存在についてアッセイすることを含み、該遺伝子型は、グルタミン酸受容体、イオンチャネル型、N-メチルD-アスパラギン酸(GRIN)2A;神経栄養性チロシン受容体キナーゼ(neurotrophic tyrosine receptor kinase)(NTRK)2;5-ヒドロキシトリプタミン(セロトニン)受容体(HTR)3B;GRIA1;パピリン(papilin)(PAPLN);インターロイキン28受容体α(IL28RA);およびこれらの組み合わせからなる群から選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる。これらの遺伝子のある多型は、SSRIのシタロプラムを用いた治療の際に自殺思考を発現する危険性の増大と相関している。
【0020】
GRIN2AにおけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはGRIN2A(GenBankアクセッション番号NM_000833)のイントロン3内にある。かかる状況においてGRIN2Aのイントロン3は、典型的には配列番号:4を含み、配列番号:4は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないGRIN2A遺伝子に存在する)ではなくシトシンを含む。
【0021】
NTRK2におけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはNTRK2(GenBankアクセッション番号NM_001018064)のイントロン14内にある。かかる状況においてNTRK2のイントロン14は、典型的には配列番号:5を含み、配列番号:5は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないNTRK2遺伝子に存在する)ではなくグアニンを含む。
【0022】
HTR3BにおけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはHTR3B(GenBankアクセッション番号NM_006028)のイントロン6内にある。かかる状況においてHTR3Bのイントロン6(境界(boundary))は、典型的には配列番号:6を含み、配列番号:6は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないHTR3B遺伝子に存在する)ではなくグアニンを含む。
【0023】
GRIA1におけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはGRIA1(GenBankアクセッション番号NM_000827)のイントロン5内にある。かかる状況においてGRIA1のイントロン5は、典型的には配列番号:7を含み、配列番号:7は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないGRIA1遺伝子に存在する)ではなくシトシンを含む。
【0024】
PAPLNにおけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはPAPLN(GenBankアクセッション番号NM_173462)のイントロン13内にある。かかる状況においてPAPLNのイントロン13(境界)は、典型的には配列番号:8を含み、配列番号:8は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないPAPLN遺伝子に存在する)ではなくグアニンを含む。同様に、かかる状況においてPAPLNのイントロン13(境界)は、配列番号:9を含み得、配列番号:9は201位にシトシン(該シトシンは、TESIの危険性の増大と関連しないPAPLN遺伝子に存在する)ではなくチミンを含む。
【0025】
IL28RAにおけるTESIの危険性の増大と関連する多型は、典型的にはIL28RA(GenBankアクセッション番号NM_170743)のエキソン7またはイントロン4内にある。かかる状況においてIL28RAのエキソン7は、典型的には配列番号:10を含み、配列番号:10は201位にアデニン(該アデニンは、TESIの危険性の増大と関連しないIL28RA遺伝子に存在する)ではなくグアニンを含む。同様に、IL28RAのエキソン7は、配列番号:11を含み得、配列番号:11は201位にシトシン(該シトシンは、TESIの危険性の増大と関連しないIL28RA遺伝子に存在する)ではなくチミンを含む。同様に、かかる状況においてIL28RAのイントロン4は、典型的には配列番号:12を含み、配列番号:12は201位にシトシン(該シトシンは、TESIの危険性の増大と関連しないIL28RA遺伝子に存在する)ではなくチミンを含む。
【0026】
感度は、患者が障害を有する場合に症状が存在する(すなわちスクリーニング試験が陽性である)確率である。本発明の方法におけるTESIと関連する多型の感度は、任意の適切な感度であり得る。好ましくは、該感度は約0.5以上(例えば約0.55、約0.6、約0.65、約0.7、約0.75、約0.8、約0.85、約0.9、約0.95、およびこれらの範囲)である。
【0027】
特異度は、患者が障害を有さない場合に、症状が存在しない(すなわちスクリーニング試験が陰性である)確率である。本発明の方法におけるTESIと関連する多型の特異度は、任意の適切な特異度であり得る。好ましくは、該特異度は約0.5以上(例えば約0.55、約0.6、約0.65、約0.7、約0.75、約0.8、約0.85、約0.9、約0.95、およびこれらの範囲)である。
【0028】
陽性適中率は、陽性の試験結果が得られたときに、患者が障害を有する確率である。本発明の方法におけるTESIと関連する多型の陽性適中率は、任意の適切な値であり得る。好ましくは、該陽性適中率は約0.05以上(例えば約0.1、約0.2、約0.25、約0.3、約0.4、約0.5、約0.55、約0.6、約0.65、約0.7、約0.75、約0.8、約0.85、約0.9、約0.95、およびこれらの範囲)である。
【0029】
陰性適中率は、陰性の試験結果が得られたときに、患者が障害を有する確率である。本発明の方法におけるTESIと関連する多型の陰性適中率は、任意の適切な値であり得る。好ましくは、該陰性適中率は約0.5以上(例えば約0.55、約0.6、約0.65、約0.7、約0.75、約0.8、約0.85、約0.9、約0.95、およびこれらの範囲)である。
【0030】
本発明はまた、本発明の方法を適用するのに適切な試薬を含むキットを含む。該キットは、適切な容器に包装された、多型を識別するために必要な物質を提供する。少なくとも該キットは、TESIなどの選択された形質と関連する選択された遺伝子における多型を識別する試薬を含む。好ましくは、該試薬は、該遺伝子もしくはその断片とハイブリダイズする、一組のプライマー、またはPCRセット(一組のプライマー、DNAポリメラーゼ、および4種のヌクレオシド三リン酸)である。該キットはまた、検出可能な実体および/または対照を検出、または測定するための他の試薬を含み得る。ハイブリダイゼーション、プレハイブリダイゼーション、DNA抽出、可視化などのために使用される他の試薬もまた含まれ得る。
【0031】
以下の実施例は、本発明をさらに説明するが、当然、本発明の範囲をなんら限定するものではないと解釈するべきである。
【実施例】
【0032】
本実施例は、シタロプラムなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に曝された場合に治療によって発現する自殺念慮(TESI)を発現する、大うつ病性障害を有する個体を識別するために、遺伝子マーカーを使用することができることを実証する。
【0033】
実験計画
うつ病軽減のための代替的連続治療法(STAR*D)試験に登録された大うつ病性障害を有する1938人の外来患者の臨床的に代表的なコホートからDNAを収集した。ベースラインの17項目のハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale)(Hamiltonら, J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry, 23: 56-62 (1960);およびHamilton, Br. J. Soc. Clin. Psychol., 6(4): 278-296 (1967)参照)(HRSD17)スコアが14以上の18〜75歳の外来患者であって、非精神病性大うつ病性障害(MDD)についての精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)(DSM)-IVの基準を満たした外来患者を該試験に対して適格とした。
【0034】
シタロプラムを用い、典型的には20 mg/日から始め、推奨された手順(Trivediら, Am. J. Psychiatry, 163(1): 28-40 (2006)参照)に従った用量の増大を伴う初期治療をすべての参加者が受けた。14週までの間、標準的なプロトコルに従ってシタロプラムによって患者を治療した。全血からDNAを抽出し、68個の候補遺伝子における768個の一塩基多型(SNP)について、Illuminaのビーズアレイ(Bead Array)プラットフォーム(Gundersonら, Genome Res., 14(5): 870-877 (2004)参照)で遺伝子型を同定した。遺伝子は、抗うつ薬効果において潜在的に重要な5つの広範囲のシグナル伝達経路:セロトニン(20遺伝子)、グルタミン酸(16遺伝子)、ドパミン(3遺伝子)、ノルエピネフリン(4遺伝子)、およびニューロトロフィン(4遺伝子)、ならびに他の経路において選択された遺伝子(21遺伝子)、を標本抽出するように選択した。最も知られたヒト遺伝子中およびその近傍における109,000個のSNPのそれぞれにおけるDNA試料の遺伝子型を測定する、Illuminaの109K Exon-Centricチップを用いて、TESIを有する全ての発端者、およびTESIを有さない発端者のサブセットもまたスクリーニングした。
【0035】
16項目のうつ症状簡易評価項目−自己報告(Quick Inventory of Depressive Symptomatology - Self-report)(QIDS-SR16)を症状の重症度の尺度として用い(Rushら, Int. J. Methods Psychiatr. Res., 9: 45-59 (2000): Rushら, Biol. Psychiatry, 54(5): 573-583 (2003); Trivediら, Psychol. Med., 34(1): 73-82 (2004); Rushら, Neuropsychompharmacology, 30(2): 405-416 (2005); およびRushら, Biol. Psychiatry, 59(6): 493-501 (2006)を参照)、ベースライン時およびそれぞれの隔週の(bi-weekly)来診時に得た。TESIはQIDS-SR16の項目12(「死または自殺の思考」)に対する回答によって規定した。可能な回答としては、「私は自殺や死を考えない」(=0)、「私は人生はむなしいと感じるか、または人生は生きる価値があるのだろうかと思う」(=1)、「私は1週間に数回自殺または死について数分間考える」(=2)、および「私は1日に数回自殺もしくは死について幾分詳しく考えるか、または私は自殺についての具体的な計画を立てたことがあるか、もしくは実際に自殺を試みたことがある(=3)が挙げられる。シタロプラム治療の前に本項目に関して0のスコアを得たが、少なくとも一度シタロプラムを受けている間に同じ項目に関して1、2、または3のスコアを得た参加者を、TESIの症例として定義した(n=120)。比較群(n=1742)は、治療時に発現する自殺念慮を否定したすべての参加者からなるものであった。この群は、最初の来診およびその後の来診のときに自殺念慮を否定した参加者(n=765)、ならびにその後の報告が何であれ、治療を開始する前に最初の来診時に自殺念慮を認めた参加者(n=977)を含んだ。自殺念慮のデータが欠けている参加者(n=53)は除外した。
【0036】
統計解析
TESIを発現した120人の参加者とTESIを発現しなかった参加者との間で、対立遺伝子頻度および遺伝子型頻度を比較した。対立遺伝子による検定は、共優性または優性の様式で危険性を与える対立遺伝子について最も有効であるが、遺伝子型による検定は劣性モデルがあてはまる場合により有効である。対立遺伝子による比較は、すべてのオッズ比(OR)が1に等しいという帰無仮説の下に、尤度に基づく関連性の検定を推定する、UNPHASEDパッケージの中のCocaphase(Dudbridgeら, Am. J. Hum. Genet., 75(3): 424-435 (2004)参照)を用いて行った。遺伝子型による比較は、2×3分割表においてピアソンのカイ二乗検定を用いて行った。実験によるp値は、症例-対照の表示を10,000回並べ替えることによって推定した。実際のデータにおいて観測された最も低いp値以下のp値の数を集計した。常染色体マーカーおよびX連鎖マーカーについて別に並べ替え検定を行った。選択されたマーカーについてハーディ・ワインベルグ(Hardy-Weinberg)平衡をPEDSTATSを用いて計算した(Weggintonら, Bioinformatics, 21(16): 3445-3447 (2005)参照)。
【0037】
実験による0.05未満のp値を有する、最初の検定をパスしたSNPをさらに調査した。関連性の検定は、TESIについての名義従属変数を用い、SAS 9.1.3 Enterprise Guide 3.0(SAS Institute, Cary, NC)により計算される、ロジスティック回帰モデルを含むものであった。X連鎖マーカーを、男性および女性において別個に解析した。単一マーカーの検定を共優性、優性、および劣性のモデルの下で行った。各モデルを尤度比検定(Likelihood Ratio Test)(LRT)によって比較した。最も適合するモデルを複数マーカー解析に使用した。参照モデルは、単一マーカーのモデルにおいて同定された最も大きなORを有するSNPに基づくものであった。残りの共変量を、ORの降順で段階的な様式で加えた。各変数をモデルから取り除いたときの2log尤度(-2Log L)を使用し、適合度の改善を評価した。ホスマー・レメショウ(Hosmer-Lemeshow)検定を使用し、最終的なモデルの適合度について検定した。
【0038】
二変数法を用いて症例および対照を臨床的に特徴付けた。諸群の間の差異は、名義変数および順序変数についてカイ二乗統計によって検定し、連続変数についてt統計によって検定した。
【0039】
結果
2つのマーカーは有意にTESIと関連していた。6型のグルタミン酸受容体をコードする6番染色体上の遺伝子GRIK2におけるマーカー(マーカー157)は、遺伝子型による検定においてTESIと関連していた(名義p=2.43×10-5; 並べ替えp<0.003)。このマーカーは、対立遺伝子による検定においては有意には関連していなかったが、この遺伝子における3つの他のマーカーは、対立遺伝子の関連性の名義的に有意な証拠を生じた。
【0040】
AMPA受容体をコードするX染色体上の遺伝子GRIA3における第二のマーカー(マーカー239)は、対立遺伝子による検定においてTESIと関連していた(名義p=7.84×10-5; 並べ替えp<0.01)。このマーカーの遺伝子型による検定もまた、この遺伝子における4つの近傍のマーカーの対立遺伝子による検定と同様に、女性において関連性の名義的に有意な証拠を生じた(p=0.0062)。
【0041】
2つのマーカーとTESIとの、実験による有意な関連性を確立した後、人種などの非遺伝的変数の、観察された遺伝的関連性に対する影響を調査した。表1は120人の参加者および1742人の対照についての人口統計データおよび臨床データを含む。
【0042】
【表1−1】

【0043】
【表1−2】

【0044】
両方のマーカー、最大シタロプラム用量、および16項目のうつ症状簡易評価項目(QIDS)−臨床医評価(QIDS-C)(16-Item Quick Inventory of Depressive Symptomatology (QIDS) - Clinician Rating (QIDS-C))による寛解の組み合わせによって、最も適合するモデルに達した。人種は、このモデルにおいて、有意な共変量ではなかった。適合させたORは適合させていないモデルのORに非常に近接していた。ホスマー・レメショウ検定は、双方の性別について有意ではなく、良好にモデルが適合することを示した。
【0045】
表2および表3は、2つのマーカーを段階的に選択したロジスティック回帰モデルを示すものであり、人種をそれぞれのモデルに入れた。
【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
マーカー157およびマーカー239についての臨床的パラメータを表4において報告する。マーカー157の危険性の高い遺伝子型は、GRIK2のイントロン1(例えば配列番号:1)中のSNPと相関している。マーカー239の危険性の高い対立遺伝子は、GRIA3のイントロン3(例えば配列番号:2および3)中にSNPを含む。検定した危険性の高い対立遺伝子と危険性の高い遺伝子型の6つの組み合わせのうち、最も高いORは、マーカー239の危険性の高い対立遺伝子とマーカー157の危険性の高い遺伝子型の双方を持っている患者において観察された(OR=14.98、95%信頼区間(CI)=3.7, 60.674)。8人の患者だけがこれを持っていたが、対立遺伝子のこの特定の組み合わせは、TESIについて99.8%の特異度を有した。最も高感度な検定(57%)は、マーカー239の1つ以上の危険性の高い対立遺伝子の存在のみを必要とした。双方のマーカーのTESIの危険性に対する影響の組み合わせは、少なくとも相加的のようであるが、標本の大きさが相互作用の様式の正確な推定を妨げる。
【0049】
【表4】

【0050】
これらの同定されたマーカーは、一緒になって、高い特異度で、しかし中程度でしかない感度で、この標本におけるTESIを予測する。このことは、検定される遺伝子が比較的少数であること、および非遺伝的な要因がTESIの危険性に寄与し得ることを考慮すると、驚くべきではない。それでもなお、該知見は、いくつかの直接的な臨床的意味を有する。
【0051】
これらのマーカーは、TESIの危険性の高い患者を識別するのに役立ち得る。かかる患者は、より綿密なモニタリング、代替的治療、および/または特殊医療から恩恵を受けることとなる。これらから恩恵を受け得る患者に対する抗うつ薬の処方の減少に寄与する警告を規制機関に公布させている懸念を、かかる検査は和らげ得る。これらのマーカーの同定は、抗うつ薬を処方する診療に不適切に影響を与え得る広範囲の警告ではなく、抗うつ薬により治療された患者におけるTESIの危険性という異質な性質をより巧みに捉えるより狭い警告が適切であり得ることを示している。こうした知見は、その異質性の少なくとも一部が遺伝的な根拠を有していることを示唆している。
【0052】
TESIの危険性の増大と相関するいくつかの他のマーカーを同定した。これらのマーカーは、次の遺伝子:GRIN2A、NTRK2、HTR3B、GRIA1、およびPAPLNにおいて同定された。GRIN2Aのイントロン3(例えば配列番号:4)、NTRK2のイントロン14(例えば配列番号:5)、HTR3Bのイントロン16(例えば配列番号:6)、GRIA1のイントロン5(配列番号:7)、およびPAPLNのイントロン13(例えば配列番号:8または9)におけるSNPは、シタロプラムを用いて治療された者におけるTESIの危険性の増大と関連していた。
【0053】
本明細書中に引用された刊行物、特許出願、および特許を含むすべての参照文献は、本明細書中にそれぞれの参照文献が個別にかつ具体的に参照によって援用されるように示され、その全体が記述されているのと同じ程度に、本明細書によって参照によって援用される。
【0054】
本明細書中に別段示されない限り、または文脈によって明らかに否定されない限り、本発明の説明との関係における(特に以下の特許請求の範囲との関係における)、語「1つの(a)」および「1つの(an)」および「該(the)」、ならびに類似の指示対象の使用は、単数および複数の双方をカバーするように解釈されるべきである。別段記載しない限り、用語「含む(comprising)」、「有する(having)」、「含む(including)」、および「含む(containing)」は、オープンエンドの用語(すなわち「含むが限定されない」を意味する)として解釈されるべきである。本明細書中に別段示さない限り、本明細書中の値の範囲の記載は、該範囲に入るそれぞれの別個の値を個々に指す略記方法として役立つことを意図したものであるにすぎず、それぞれの別個の値は、それが本明細書中に個々に記載されているかのように本明細書中に取り込まれる。本明細書中に別段示されない限り、または文脈によって別段明らかに否定されない限り、本明細書中に記載されたすべての方法は、任意の適切な順序で行うことができる。別段特許請求しない限り、本明細書中に提供される任意の、かつすべての例または例示的な言葉(例えば「など」)の使用は、本発明をより上手く説明することを意図したものにすぎず、本発明の範囲に限定をもたらすものではない。本明細書における言葉は、特許請求がなされていない任意の要素を本発明の実施に不可欠なものとして示すものと解釈されるべきではない。
【0055】
本発明の好ましい実施態様は、本明細書中に記載されており、本発明者らが知る本発明を実施するための最良の形態を含んでいる。こうした好ましい実施態様の変形形態は、前述の説明を読んだ際に当業者に明らかになり得る。本発明者らは当業者はかかる変形形態を適宜使用するものと思っており、本発明者らは本発明が本明細書において具体的に説明したのとは別の方法で実施されることを意図している。したがって、本発明は、本明細書に添付された特許請求の範囲に記載された対象の、適用法によって許容されるすべての改変形態および均等物を含む。また、本明細書中に別段示されない限り、または文脈によって別段明らかに否定されない限り、上記要素のすべての可能な変形形態における上記要素の任意の組み合わせは、本発明に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)患者から遺伝物質の試料を得ること、および
(b)治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大と関連する、患者における遺伝子型の存在について該試料をアッセイすること、
を含む、治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大を示す可能性が高い患者を識別するための、患者のスクリーニング方法であって、
該遺伝子型が、グルタミン受容体、イオンチャネル型、カイニン酸2(GRIK2);グルタミン酸受容体イオンチャネル型AMPA 3(GRIA3);およびこれらの組み合わせからなる群から選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる、方法。
【請求項2】
アッセイすることが、アレル特異的ハイブリダイゼーション、アレル特異的オリゴヌクレオチドライゲーション、プライマー伸長法、ミニ配列分析、質量分析法、ヘテロ二本鎖分析、一本鎖高次構造多型分析(SSCP)、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ分析、温度勾配ゲル電気泳動(TGGE)、およびこれらの組み合わせによって多型を検出することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
遺伝子がGRIK2である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
多型がGRIK2のイントロン1内にある、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
GRIK2のイントロン1が配列番号:1を含む、請求項4記載の方法。
【請求項6】
遺伝子がGRIA3である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
多型がGRIA3のイントロン3内にある、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
GRIA3のイントロン3が配列番号:2を含む、請求項7記載の方法。
【請求項9】
GRIA3のイントロン3が配列番号:3を含む、請求項7または8記載の方法。
【請求項10】
GRIA3のイントロン3が配列番号:13を含む、請求項7〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大と関連する、患者における遺伝子型の存在についてアッセイすることをさらに含む、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法であって、該遺伝子型が、グルタミン酸受容体、イオンチャネル型、N-メチルD-アスパラギン酸(GRIN)2A;神経栄養性チロシン受容体キナーゼ(NTRK)2;5-ヒドロキシトリプタミン(セロトニン)受容体(HTR)3B、GRIA1;パピリン(PAPLN);インターロイキン28受容体α(IL28RA);およびこれらの組み合わせからなる群から選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる、方法。
【請求項12】
遺伝子型の存在についてアッセイすることが、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6、配列番号:7、配列番号:8、配列番号:9、配列番号:10、配列番号:11、配列番号:12、またはこれらの組み合わせの存在を検出することを含む、請求項11記載の方法。
【請求項13】
(a)患者から遺伝物質の試料を得ること、および
(b)治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大と関連する、患者における遺伝子型の存在について該試料をアッセイすること、
を含む、治療によって発現する自殺念慮の危険性の増大を示す可能性が高い患者を識別するための、患者のスクリーニング方法であって、
該遺伝子型が、グルタミン酸受容体、イオンチャネル型、N-メチルD-アスパラギン酸(GRIN)2A;神経栄養性チロシン受容体キナーゼ(NTRK)2;5-ヒドロキシトリプタミン(セロトニン)受容体(HTR)3B、GRIA1;パピリン(PAPLN);インターロイキン28受容体α(IL28RA);およびこれらの組み合わせから選択される遺伝子の多型によって特徴付けられる、方法。
【請求項14】
アッセイすることが、アレル特異的ハイブリダイゼーション、アレル特異的オリゴヌクレオチドライゲーション、プライマー伸長法、ミニ配列分析、質量分析法、ヘテロ二本鎖分析、一本鎖高次構造多型分析(SSCP)、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ分析、温度勾配ゲル電気泳動(TGGE)、およびこれらの組み合わせによって多型を検出することを含む、請求項13記載の方法。
【請求項15】
遺伝子がGRIN2Aである、請求項13または14記載の方法。
【請求項16】
多型がGRIN2Aのイントロン3内にある、請求項13〜15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
GRIN2Aのイントロン3が配列番号:4を含む、請求項16記載の方法。
【請求項18】
遺伝子がNTRK2である、請求項13〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
多型がNTRK2のイントロン14内にある、請求項13〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
NTRK2のイントロン14が配列番号:5を含む、請求項19記載の方法。
【請求項21】
遺伝子がHTR3Bである、請求項13〜20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
多型がHTR3Bのイントロン6内にある、請求項13〜21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
HTR3Bのイントロン6が配列番号:6を含む、請求項22記載の方法。
【請求項24】
遺伝子がGRIA1である、請求項13〜23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
多型がGRIA1のイントロン5内にある、請求項13〜24のいずれか1項に記載の方法。
【請求項26】
GRIA1のイントロン5が配列番号:7を含む、請求項25記載の方法。
【請求項27】
遺伝子がPAPLNである、請求項13〜26のいずれか1項に記載の方法。
【請求項28】
多型がPAPLNのイントロン13内にある、請求項13〜27のいずれか1項に記載の方法。
【請求項29】
PAPLNのイントロン13が配列番号:8を含む、請求項28記載の方法。
【請求項30】
PAPLNのイントロン13が配列番号:9を含む、請求項28または29記載の方法。
【請求項31】
多型がIL28RAのエキソン7内にある、請求項13〜30のいずれか1項に記載の方法。
【請求項32】
IL28RAのエキソン7が配列番号:10を含む、請求項31記載の方法。
【請求項33】
IL28RAのエキソン7が配列番号:11を含む、請求項31または32記載の方法。
【請求項34】
多型がIL28RAのイントロン4内にある、請求項13〜33のいずれか1項に記載の方法。
【請求項35】
IL28RAのイントロン4が配列番号:12を含む、請求項34記載の方法。


【公表番号】特表2010−508029(P2010−508029A)
【公表日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−534893(P2009−534893)
【出願日】平成19年10月26日(2007.10.26)
【国際出願番号】PCT/US2007/082683
【国際公開番号】WO2008/052167
【国際公開日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(304048296)アメリカ合衆国 (18)
【出願人】(591217403)ボード オブ リージェンツ, ザ ユニバーシティ オブ テキサス システム (49)
【氏名又は名称原語表記】BOARD OF REGENTS,THE UNIVERSITY OF TEXAS SYSTEM
【Fターム(参考)】