説明

抗スミノリ病バクテリオファージ及び養殖海苔のスミノリ病防止方法

【課題】 抗スミノリ病バクテリオファージ、及び該抗スミノリ病バクテリオファージを用いて養殖海苔のスミノリ病を防止する方法を提供する。
【解決手段】 抗スミノリ病バクテリオファージ液Bを処理槽1内の処理用液Wに、1×105pfu〜1×108pfu程度のオーダになるように添加混合し、種付けがなされ、略−20℃で冷凍保存された冷凍保存された海苔養殖用網10をそのまま、又は解凍させた後に処理槽1内の処理用液Wに浸漬させる。そして、海苔養殖用網10をそのまま、又は海水で洗浄してから養殖場に展帳させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラボバクター属に属し、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌に特異的に感染して海苔のスミノリ病を防止することができる抗スミノリ病バクテリオファージ、及びこの抗スミノリ病バクテリオファージを用いて養殖海苔のスミノリ病を防止する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
養殖される海苔の病としてスミノリ病が知られている。スミノリ病を発症した海苔はその葉体から原形質が吐出されてしまうため、かかる葉体を乾燥して得られる乾燥海苔製品は表面に光沢がなく、商品価値がほとんどない。
【0003】
ところで、従来より海苔養殖にあっては、品質の低下及び病害をもたらす雑藻類等を駆除するために、葉体を有機酸で処理する酸処理が行われているが、この酸処理はスミノリ病の予防にも効果を奏するものであった。
【0004】
そのような酸処理剤として、後記する特許文献1にはフマル酸及びアジピン酸等の難溶性有機酸と、クエン酸及び乳酸等の水溶液からなる酸性溶液と、分散剤としてキサンタンガムとを含有するものが開示されている。
【特許文献1】特開2005−60273号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような酸処理法では、酸処理剤の大量使用によって、環境が汚染される可能性を否定できない。
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、フラボバクター属に属し、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌に特異的に感染して海苔のスミノリ病を防止することができる抗スミノリ病バクテリオファージ、及び該抗スミノリ病バクテリオファージを用いて養殖海苔のスミノリ病を防止する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の本発明は、フラボバクター属に属し、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌に特異的に感染し、該病原性細菌による海苔のスミノリ病を防止することができる抗スミノリ病バクテリオファージであることを特徴とする。
【0007】
請求項2記載の本発明は、前記病原性細菌たるフラボバクター エスピー エイチ14エルワイ(Flavobacter sp.H14LY)に特異的に感染するバクテリオファージU2(NITE AP−398)であることを特徴とする。
【0008】
請求項3記載の養殖海苔のスミノリ病防止方法は、請求項1又は2に記載の抗スミノリ病バクテリオファージを適宜の液体に懸濁させて処理用液を調整し、海苔の種付けが実施された海苔養殖用網を、前記処理用液で処理することを特徴とする。
【0009】
請求項4記載の養殖海苔のスミノリ病防止方法は、請求項3において、前記海苔養殖用網を前記処理用液に浸漬させることを特徴とする。
【0010】
本発明者らは、フラボバクター属に属し、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌を分離するとともに、その病原性細菌を用いて、海苔のスミノリ病を防止することができる抗スミノリ病バクテリオファージを分離することに成功して本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、病原性細菌としてフラボバクター エスピー エイチ14エルワイ(Flavobacter sp.H14LY)を、佐賀県有明海の養殖海苔で発生したスミノリ病罹病葉体から分離した。
【0012】
そして、分離した病原性細菌を用いて、佐賀県有明海の海水又は干潟泥土から、当該病原性細菌に特異的に感染して、この病原性細菌による海苔のスミノリ病を防止することができる抗スミノリ病バクテリオファージU2(NITE AP−398)を分離した。
【0013】
このように分離した抗スミノリ病バクテリオファージを海水といった適宜の液体に分散させて処理用液を調整し、海苔の種付けが実施された海苔養殖用網を、前記処理用液で処理する。
【0014】
処理方法としては、海苔養殖用網を処理用液に浸漬させる方法を採用することができる。浸漬方法としては、海苔養殖用網の全部を処理用液に浸漬させてもよく、また、海苔養殖用網の一端から他端へ、その一部を順次処理用液内に浸漬させるようにしてもよい。
【0015】
なお、処理方法としては、海苔養殖用網を処理用液に浸漬させる以外に、海苔養殖用網に処理用液を霧状又はシャワー状に噴き付けるようにしてもよい。ただし、かかる方法より前述した浸漬方法の方が、設備が簡単であり、設備費が廉価であるのに加え、海苔養殖網の全領域を漏れなく均一に処理することができ、また比較的長い時間処理しても一度で済むため全体的には短時間であり、比較的長い時間処理することによってスミノリ病病原性細菌に確実に感染させることができるので好適である。
【0016】
これによって、酸処理剤を用いることなく養殖海苔のスミノリ病を防止することができるため、酸処理剤による環境汚染を低減させることができる。また、抗スミノリ病バクテリオファージは、感染した病原性細菌内で増殖し、病原性細菌の破裂とともに放出されて他の病原性細菌に感染することができるため、処理操作初期よりも適宜時間経過した後の方がスミノリ病防止作用が増大する。
【0017】
一方、本発明に係る抗スミノリ病バクテリオファージは環境中に元々存在するものであるのに加え、バクテリオファージは宿主特異性が高いため、抗スミノリ病バクテリオファージが環境中に放出された場合であっても環境に悪影響を与える虞は無い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(本発明の実施形態)
まず、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌について説明する。
【0019】
(病原性細菌の分離)
養殖海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌を次のようにして分離した。
佐賀県有明海の養殖海苔で発生したスミノリ病罹病葉体を採取し、滅菌した乳鉢内に投入し、これに滅菌した海砂を加えて当該葉体を磨砕して磨砕物を得た。この磨砕物に滅菌海水を添加して混合させた後、複数の改変ZoBell寒天平板培地上で複数回画線し、20℃にて培養することによって単コロニー分離を行った。得られた複数の単コロニーからそれぞれ釣菌して、相異なる改変ZoBell寒天斜面培地に接種し、20℃にて培養して複数の原株を得た。ここでは合計20株の原株を得、それぞれA〜Tの識別文字を付した。
【0020】
なお、海水(NaClを略2.4質量/容量%含む)1000mlにポリペプトン(日本製薬株式会社)5g及び酵母エキス(日本製薬株式会社)1gの割合で溶解させた後、この溶液をpH7.6に調整してなる改変ZoBell液体培地に、寒天(和光純薬工業株式会社)を1.5質量/容量%となるように添加し、オートクレーブにより滅菌して改変ZoBell寒天培地を調製した。
【0021】
各原株についてそれぞれ前同様の単コロニー分離を行い、各原株それぞれに複数の株を得、病原性細菌であるか否かを検査する供試菌株とした。ここでは、原株それぞれについて20株程度の供試菌株を得、それぞれに原株を示す識別文字と各別の識別番号とを含む識別表示を付した。
【0022】
このようにして得た各供試菌株についてスミノリ病の発症試験を次のように行った。
すなわち、葉長が2〜3cmに成長した海苔養殖用網から海苔の葉体を採取し、その葉体を−20℃で冷凍保存した。この葉体を5℃で解凍させた後、ストレプトマイシン(和光純薬工業株式会社)を300mg/l及びペニシリンGカリウム(和光純薬工業株式会社)を100mg/lの濃度になるように溶解させた海水中に前記葉体を投入して、通気状態で20時間除菌処理して供試葉体とした。
【0023】
100mlの滅菌海水を貯留させた複数の三角フラスコ内へ、供試葉体を投入した後、各供試菌株から一白金耳ずつ釣菌し、それを各別の三角フラスコ内に接種した。これを温度が15℃であり、照度が5000lxであり、日長が12時間明期/12時間暗期である条件下で5日間保持した後、供試葉体を採取して純水に20分間浸漬させ、顕微鏡下で観察して、原形質が吐出されている細胞が存在する場合、当該葉体はスミノリ病を発症していると判断した。
【0024】
各葉体について、原形質が吐出されている細胞数と、原形質が吐出されていない細胞数とをそれぞれ計数して、原形質が吐出されて細胞の割合をそれぞれ求めたところ、H14LY株に係る値が最も高く、当該菌株はスミノリ病の病原性が強いことが確認された。このH14LY株を病原性細菌として用いることとした。
【0025】
(細菌の同定)
このようにして分離されたH14LY株について、16SrDNA解析により同定を行った。なお、H14LY株は、通性嫌気性であり、グラム陰性の桿菌(0.8〜1.0μm×1.0〜10.0μm)であった。また、運動性を有し、コロニーの形態は淡黄色で光沢を有していた。
【0026】
16SrDNA解析は次のようにして行った。
すなわち、対数増殖期まで増殖させた病原性細菌H14LYを直接、フェノール処理及びクロロホルム処理することによって菌体内からDNAを抽出した後、2倍量のエタノールを加えることによって抽出したDNAを沈殿・回収した。このDNAを鋳型として、2種類のプライマー(5´AACGAGCGMRACCC3´及び5´GACGGGCGGTGTGTRC3´)を用いて、PCR法により16SrDNA断片を増幅させた。
【0027】
増幅断片はKlenowDNAポリメラーゼによって処理することによって平滑末端化させ、HincIIによって消化させたpUC18(平滑末端消化断片)に組み込んでクローニングした。
【0028】
このようにしてクローニングした16SrDNA断片の塩基配列をpUC18の既知塩基配列に基づいたプライマーを利用して決定した。
そして、決定した塩基配列をBLASTNによって相同検索し、病原性細菌H14LYの属及び種名を定めた。
【0029】
解析して得られた塩基配列は後記する配列番号1に示した。
この配列番号1に示した塩基配列を有する菌株はFlavobacter属の細菌と99%以上の相同性が認められた。
【0030】
発明者らは、この病原性細菌をフラボバクター エスピー エイチ14エルワイ(Flavobacter sp.H14LY)と命名した。
なお、このFlavobacter sp.H14LYは、国立大学法人佐賀大学農学部内に保存されており、外部への分譲も行うことができるようになっている。
【0031】
(スミノリ病発症確認試験)
前述したように分離したFlavobacter sp.H14LYによるスミノリ病発症の確認試験を次のようにして行った。
前述したZoBell寒天斜面培地にてFlavobacter sp.H14LYを継代培養する一方、直近に継代培養して得られた親株から新たなZoBell寒天斜面培地に植菌し、20℃で48時間培養して供試菌体とした。
【0032】
一方、供試葉体は前同様、葉長が2〜3cmに成長した海苔養殖用網から採取した海苔の葉体を用いて前述したように調製した。
そして、200mlの滅菌海水を貯留させた枝付き丸型フラスコ内へ、供試葉体5・6枚を投入した後、6.8×109細胞の供試菌体を接種した。これを温度が15℃であり、照度が5000lxであり、日長が12時間明期/12時間暗期であり、通気状態である条件下で120時間(5日間)保持し、72時間(3日)後、96時間(4日)後及び120時間(5日)後のタイミングで、供試葉体の一部を取得し、部分葉体を純水に20分間浸漬させた後、顕微鏡下で観察して、原形質が吐出されている細胞数と、原形質が吐出されていない細胞数とをそれぞれ計数して、原形質が吐出されて細胞の割合を求めた。
その結果を次の表1に示した。なお、対照として供試菌体を接種しない以外は前同様の操作を行った結果も示してある。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示したように、3日後から原形質が吐出している細胞が観察され、4日後及び5日後になるにつれて、原形質が吐出している細胞の割合が増加している。一方、対照は3日後、4日後及び5日後のいずれのタイミングでも原形質の吐出は観察されなかった。
次に本発明に係る抗スミノリ病バクテリオファージについて説明する。
【0035】
(バクテリオファージの分離)
抗スミノリ病バクテリオファージは佐賀県有明海の海水及び干潟泥土から次のようにして分離した。
すなわち、海水は孔径が0.22μmの無菌濾過器で濾過し、得られた濾液を供試液とした。一方、干潟泥土は、略1gを10mlの滅菌海水に懸濁し、室温で10分間、1300×gで遠心分離した。その上清を前述した無菌濾過器で濾過し、得られた濾液を供試液とした。
【0036】
一方、前述した改変ZoBell液体培地を10ml分注したL字型試験管にFlavobacter sp.H14LYを接種し、20℃で一晩振盪培養した。得られた培養液0.1mlを新たな培地10mlが入っているL字型試験管に接種して、OD660nmの値が略0.6になるまで20℃で振盪培養して供試菌液を得た。
【0037】
このようにして得た供試液及び供試菌液を0.1mlずつ分取し、寒天濃度を0.5質量/容量%に調整し、40℃に保持した改変ZoBell軟寒天培地に両者を添加して混合し、寒天濃度を1.5質量/容量%に調整した改変ZoBell寒天プレート上に、均一の厚さになるように素早く播いて重層させた。
【0038】
このような二重寒天プレートを各供試液について複数枚ずつ調製し、各二重寒天プレートを20℃で2日間培養して、プラーク形成の有無を観察した。
そして、形成された各プラークから、白金耳を用いてバクテリオファージを無菌的に採取し、改変ZoBell液体培地で培養したFlavobacter sp.H14LYの培養液にそれを接種して1株の抗スミノリ病バクテリオファージを得た。
【0039】
本発明者らは、この抗スミノリ病バクテリオファージをバクテリオファージU2と命名した。なお、バクテリオファージU2は海水から分離されたものである。
このバクテリオファージU2は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに2007年8月10日に寄託し、受領番号(NITE AP−398)が付与されている。
【0040】
(バクテリオファージの性質・形態)
次に、前述したように分離されたバクテリオファージの性質・形態について検討した結果について説明する。
まず、一段階増殖試験を行った結果について説明する。
バクテリオファージ液の調製は次のように行った。
【0041】
すなわち、L字型試験管に改変ZoBell液体培地を10ml分注したのち、Flavobacter sp.H14LYを植菌して、20℃で6時間、振盪培養した後、培養液にバクテリオファージU2(NITE AP−398)を含む培養液を0.1ml添加し、更に20℃で一晩振盪培養した。この培養液を、20℃で5分間、12000×gで遠心分離して上清を得、この上清を孔径が0.22μmの無菌濾過器でそれぞれ濾過し、得られた濾液をバクテリオファージU2液とした。
【0042】
一段階増殖試験は、まず、L字型試験管に改変ZoBell液体培地を10ml分注したのち、宿主たるFlavobacter sp.H14LYを植菌して、20℃で6時間培養した。この培養液に前述したバクテリオファージU2液0.1mlを添加し、5分間静置してバクテリオファージU2を宿主に感染させた。
【0043】
次に、前記培養液を遠心分離してバクテリオファージU2が感染した宿主を集菌し、得られた菌体を滅菌した100mMリン酸緩衝液(PBS)(pH7.0)に懸濁させた後、再び遠心分離によって集菌する洗浄操作を2回繰り返した。
【0044】
このようにして残存するバクテリオファージを洗浄・除去して得られた各菌体を、新しい改変ZoBell液体培地に略1×104個/mlとなるように各別に懸濁させ、20℃で静置培養した。
【0045】
各培養液から適宜の時間を隔てて所定量ずつサンプルを採取し、各サンプルをクロロホルム処理して宿主細菌の増殖を停止させた。その後、各サンプル0.1mlを前述した供試菌液を0.1mlと共に改変ZoBell軟寒天培地に添加して混合し、前同様にして二重寒天プレートを調製し、20℃で培養して形成したプラークを計数した。
【0046】
図2はバクテリオファージU2について一段階増殖試験を行った結果を示すグラフであり、縦軸は形成されたプラークの数を対数で、横軸はサンプルを採取した時間をそれぞれ示している。なお、バクテリオファージを洗浄して得られた菌体を新しい培地に懸濁させたタイミングを0時間とした。
【0047】
図2に示したように、一段階増殖曲線はシグモイド形状をなしており、宿主に感染してから放出が終了するまでの時間(潜伏期+放出期)は、略60分であった。
また、宿主1細胞当たりのファージ放出数であるバーストサイズは、略40であった。
これらの結果よりバクテリオファージU2はビルレントファージであることが確認された。
なお、形成されたプラークは、顕微鏡写真図を図3に示したように、直径が6〜9mmと比較的大きなものであった。。
【0048】
次に、バクテリオファージU2から抽出した遺伝子の切断パターンを検討した結果について説明する。
前同様の操作を行って調製したバクテリオファージU2液にフェノールを添加して、水層を分取することによってバクテリオファージU2の遺伝子を抽出した後、分取した水層にエタノールを添加し、例えば−20℃の温度下で静置することによって、抽出した遺伝子を沈殿させた。
【0049】
この液体を遠心分離して上清を廃棄することによって沈殿させた遺伝子をそれぞれ取得し、取得した各遺伝子をエタノールで洗浄し、減圧下で乾燥させた後、適量の50mMトリス−EDTA緩衝液(pH7.0)に溶解させてバクテリオファージU2の供試遺伝子溶液とした。
【0050】
このように調整した各供試遺伝子溶液10μlに制限酵素HindIII(ニッポンジーン株式会社)を2.0単位添加し、37℃で略1時間保持して各遺伝子を特定部位で切断した後、試料溶液を0.7%のアガロースゲル(ニッポンジーン株式会社)の電気泳動に供した。
【0051】
図4は、アガロースゲル電気泳動を行った結果を示す写真図である。なお、Mは分子量マーカーとしてλファージのDNAをHindIIIで切断したものであり、各フラグメントの分子量の数値が左側に記載されている。なお、分子量の単位はkbpである。
【0052】
このようにバクテリオファージU2から抽出した遺伝子は、DNAの特定部位を認識する制限酵素HindIIIによって切断されることより、バクテリオファージU2の遺伝子はDNAであることが確認された。
【0053】
次に、本発明に係る抗スミノリ病バクテリオファージの感染力安定性を検討した結果について説明する。
図5は、バクテリオファージU2の感染力安定性を検査した結果を示すグラフであり、縦軸は感染力を、横軸は保持期間を示している。
【0054】
前述したように調製したバクテリオファージU2液を4℃で70日間保持し、保持開始から14日おきに試料液の一部を採取し、試料液1ml当たりのプラーク形成数を検出して感染力とした。なお、プラーク形成のための宿主細菌はFlavobacter sp.H14LYを用い、培地は改変ZoBell培地を用いた。
図5から明らかなように、バクテリオファージU2の感染力は70日経過した後であっても、初期感染力の90%以上を有しており、感染力安定性は高いものであった。
【0055】
(抗スミノリ病作用)
次に、バクテリオファージU2を用いて養殖海苔のスミノリ病を防止する抗スミノリ病作用について試験した結果について説明する。
供試葉体、供試菌体及びバクテリオファージU2液の調製は前同様に行った。
【0056】
200mlの滅菌海水を貯留させた枝付き丸型フラスコ内へ、供試葉体5・6枚を投入した後、感染区及びファージ処理区にあっては略1×109細胞の供試菌体を接種した。なお、対照区では供試菌体及び後述するバクテリオファージU2の接種は行っていない。
ファージ処理区では、供試菌体の接種を行ってから5分経過した後に、バクテリオファージU2液を略1×108pfuになるように添加した。
【0057】
そして、温度が15℃であり、照度が3000lxであり、日長が12時間明期/12時間暗期であり、通気状態である条件下で7日間保持した後に、それぞれ供試葉体を取得し、それらを純水に20分間浸漬させた後、原形質が吐出されているか否かを顕微鏡下で観察した。
その結果、感染区では略30%の細胞から原形質が吐出されていたが、対照区及びファージ処理区にあっても略5%の細胞から原形質が吐出されているに過ぎなかった。
従って、バクテリオファージU2は抗スミノリ病作用を有していることが確認された。
【0058】
なお、対照区及びファージ処理区において、僅かではあるが原形質が吐出した細胞が存在するのは、細胞壁が薄い比較的若い細胞が、純水に曝されたことによる浸透圧ショックに耐えられなかったためであると考えられる。
対照区、感染区及びファージ処理区における顕微鏡観察結果の一部を図6〜図8に示す。
【0059】
図6は対照区における葉体の顕微鏡写真図であり、図7は感染区における葉体の顕微鏡写真図であり、図8はファージ処理区おける葉体の顕微鏡写真図である。
【0060】
図7から明らかなように、感染区の葉体にあっては、原形質が吐出する一方、純水が浸入して相対的にサイズが大きい細胞が多く観察された。
一方、図6及び図8から明らかなように、対照区及びファージ処理区の葉体では、そのような相対的にサイズが大きい細胞は殆ど観察されなかった。
【0061】
次に、本発明に係る抗スミノリ病バクテリオファージを用いて養殖海苔のスミノリ病を防止する方法について図面に基づいて詳述する。
図1は、本発明に係るスミノリ病防止方法の一実施様態を示す一部破断斜視図であり、図中、1は処理槽であり、10は海苔養殖用網である。この処理槽1は、折畳んだ状態の海苔養殖用網10,10,…を適宜枚数収納できる容積を有していればよく、液体を保持できる材質であれば硬質材・軟質材のいずれであってもよい。
【0062】
例えば、底面積が1m2で200lの容量の容器を用いた場合、海苔養殖用網10を10〜15枚処理することができる。一方、処理槽1の壁部をシート状になした場合、処理槽1を縮小させた状態で持ち運ぶことができ、処理槽1の運搬作業を容易にすることができる。
【0063】
図1に示した例では、金属製のフレーム部材に防水性を有するシート部材を固定させて処理槽1を構成してある。
処理槽1の周壁は暗系色にしてあり、太陽光を吸収して処理槽1内の温度を上昇させ得るようになっている。また、処理槽1の開口は暗系色の蓋部材2で着脱自在に塞止されるようになっており、蓋部材2で処理槽1の開口を塞止することによって、処理槽1内から外部への放熱を抑制して処理槽1内の温度を更に上昇させ得るようになっている。
【0064】
これによって、海苔養殖用網を処理する主な季節である秋〜冬季であっても他の熱源を用いることなく、処理槽1内に貯留した処理用液を所要の温度である20℃程度に昇温させることができる。
このような処理槽1を用いて、海苔養殖用網10,10,…を次のように処理する。
【0065】
処理槽1内に、海水といった処理用液Wを海苔養殖用網10,10,…が浸るように流入させた後に、蓋部材2にて処理槽1の開口を塞止し、太陽光の吸収によって処理槽1内の処理用液Wを5℃〜20℃程度まで昇温させる。
【0066】
前述した処理用液Wとしては海水を用いることができるが、淡水に1〜3質量/容量%となるようにNaClを溶解させた溶液等、所要の塩濃度を有する液体を用いることができる。更に、塩化マグネシウム等の他の無機成分を添加してもよい。
【0067】
一方、抗スミノリ病バクテリオファージ液Bを調整しておく。すなわち、改変ZoBell液体培地でFlavobacter sp.H14LYを培養した培養液にバクテリオファージU2を含む培養液を添加して、更に培養する。そして、この培養液を遠心分離して上清を得、この上清を孔径が0.22μmの無菌濾過器で濾過するのである。
【0068】
なお、かかるZoBell培地以外に、例えばmarine groth2216E培地(和光純薬工業株式会社)等、適当な濃度の塩、ペプチド、及びビタミン類等を含有する培地を使用することができる。また、前述したように無菌濾過器して得られた濾液に適量の抗生物質を無菌的に添加しておいてもよい。更に、前記濾液を用い、高速遠心分離によってファージを濃縮する操作を実施してもよい。
【0069】
このようにして調整した抗スミノリ病バクテリオファージ液Bを処理槽1内の処理用液Wに、1×105pfu〜1×108pfu程度のオーダになるように添加混合し、種付けがなされ、略−20℃で冷凍保存された冷凍保存された海苔養殖用網10,10,…をそのまま、又は解凍させた後に処理槽1内の処理用液Wに浸漬させる。
【0070】
なお、種付けした海苔養殖網10を冷凍保存せずに使用する場合は、種付け後の海苔養殖網10をそのまま処理槽1内の処理用液Wに浸漬させる。
そして、このようにして抗スミノリ病バクテリオファージで処理した海苔養殖用網10,10,…をそのまま、又は海水で洗浄してから養殖場に展帳させる。
ここで、前述したようにバクテリオファージは宿主特異性が高いため、抗スミノリ病バクテリオファージは養殖海苔には感染することはない。
【0071】
なお、本実施の形態では、海苔養殖用網10,10,…の全部を処理槽1の処理用液W内に浸漬させるようにしてあるが、本発明はこれに限らず、海苔養殖用網10の一端から他端へ、その一部を順次、処理用液W内に浸漬させるようにしてもよい。
【0072】
また、海苔養殖用網10を処理用液Wに浸漬させる以外に、海苔養殖用網10に処理用液Wを霧状又はシャワー状に噴き付けるようにしてもよい。
ただし、かかる方法より前述した浸漬方法の方が、設備が簡単であり、設備費が廉価であるのに加え、海苔養殖網の全領域を漏れなく均一に処理することができ、また比較的長い時間処理しても一度で済むため全体的には短時間であり、比較的長い時間処理することによってスミノリ病病原性細菌に確実に感染させることができるので好適である。
【0073】
とろこで、以上の実施の形態より本発明は、フラボバクター属に属し、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌に特異的に感染し、該病原性細菌による海苔のスミノリ病の発症を予防することができる抗スミノリ病バクテリオファージを有効な成分とする抗スミノリ病剤も提供している。
この抗スミノリ病剤に用いる抗スミノリ病バクテリオファージは、前述したようにバクテリオファージU2である。
なお、前述した病原性細菌はFlavobacter sp.H14LYである。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明に係るスミノリ病防止方法の一実施様態を示す一部破断斜視図である。
【図2】バクテリオファージU2について一段階増殖試験を行った結果を示すグラフである。
【図3】バクテリオファージU2によって形成されたプラークの顕微鏡写真図である。
【図4】アガロースゲル電気泳動を行った結果を示す写真図である。
【図5】バクテリオファージU2の感染力安定性を検査した結果を示すグラフである。
【図6】対照区における葉体の顕微鏡写真図である。
【図7】感染区における葉体の顕微鏡写真図である。
【図8】ファージ処理区おける葉体の顕微鏡写真図である。
【符号の説明】
【0075】
1 処理槽
2 蓋部材
10 海苔養殖用網
W 処理用液
B 抗スミノリ病バクテリオファージ液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラボバクター属に属し、海苔にスミノリ病を発症させる病原性細菌に特異的に感染し、該病原性細菌による海苔のスミノリ病を防止することができる抗スミノリ病バクテリオファージ。
【請求項2】
前記病原性細菌たるフラボバクター エスピー エイチ14エルワイ(Flavobacter sp.H14LY)に特異的に感染するバクテリオファージU2(NITE AP−398)である請求項1記載の抗スミノリ病バクテリオファージ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の抗スミノリ病バクテリオファージを適宜の液体に懸濁させて処理用液を調整し、海苔の種付けが実施された海苔養殖用網を、前記処理用液で処理することを特徴とする養殖海苔のスミノリ病防止方法。
【請求項4】
前記海苔養殖用網を前記処理用液に浸漬させる請求項3記載の養殖海苔のスミノリ病防止方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−45000(P2009−45000A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213648(P2007−213648)
【出願日】平成19年8月20日(2007.8.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年2月20日 国立大学法人 佐賀大学主催の「平成18年度卒業論文発表会」に文書をもって発表
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(590003722)佐賀県 (38)
【Fターム(参考)】