説明

抗原物質の製造方法

本発明は、無細胞タンパク質合成手段を利用して、ネイテイブな抗原性を維持した抗原物質を製造する手段を提供することを課題とする。特に、多量のATを含有する遺伝子からの抗原物質の発現のように、コドンユーセージに支配されることなく抗原物質を製造する手段を提供することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、無細胞タンパク質合成手段のうちコムギ胚芽を利用した系で、抗原性を維持した抗原物質特にマラリアワクチン製造に有用なマラリア抗原の調製に成功し、本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコムギ胚芽を利用する無細胞タンパク質合成による抗原物質の製造方法に関する。さらに具体的には、AT含量が50%以上の遺伝子にコードされる抗原物質の製造方法、特にマラリア原虫由来抗原物質の製造方法に関し、該製造方法で得られる抗原物質、抗原物質を含むワクチン、抗原物質によって調製される抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内におけるタンパク質合成を試験管等の生体外で行う方法としては、例えばリボソームやその他のタンパク質合成に必要な成分を生物体から抽出し(本明細書中では、これを「無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物」と称することがある)、これらを用いた試験管内での無細胞タンパク質合成法の研究が盛んに行われている(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5)。
【0003】
無細胞タンパク質合成系は、翻訳反応の正確性や速度において生細胞に匹敵する性能を保持し、かつ目的とするタンパク質を複雑な精製工程を実施することなく得ることができる有用な方法である。そのため該合成系をより産業上に適用するため、合成効率の上昇のみならず、合成用コムギ胚芽抽出物含有液やレディメイド型コムギ胚芽抽出物含有液を安定的に高品質を保持して提供することが必要である。
【0004】
一方、マラリアは、薬剤耐性マラリア原虫等の出現により世界的に患者数が急増し、人類の脅威となっているが、いまだ実用化されたワクチンは無い。2002年、熱帯熱マラリア原虫ゲノムの解読終了と共に5000余りの遺伝子が同定され、ゲノムワイドに研究できる環境が整った。しかしこれまでのマラリア研究においては、研究を進める上で既存の系では発現が困難な組み換えタンパク質が多いという重大な障害があり、本願発明者らを含む研究者達は、既存の系で発現可能な原虫タンパク質に絞り込んでワクチン研究を実施してきた。
【0005】
これまでに、米国国立保健研究所のグループによってPfs25に関して種々の発現系が試され、人工合成遺伝子と酵母を用いた発現系により比較的原虫タンパク質の立体構造に近い組み換えタンパク質を大量に得ることができた。この方法で合成したPfs25を用いて熱帯熱マラリア伝搬阻止ワクチンの第一相臨床試験が1997年に米国で行われた。その結果、ボランティアの血清中の抗体による伝搬阻止活性は認められたものの最大50%程度と低く、実用化に向けては解決すべき課題が残されていた(非特許文献1)。
一方、アフリカ以外の熱帯地域で熱帯熱マラリアと同等に流行している三日熱マラリアの伝搬阻止ワクチン開発については、アフリカ地域の熱帯熱マラリア対策を主な目標とする欧米では注目されておらず、その研究は全く進んでいなかった。そこで我々は三日熱マラリア伝搬阻止ワクチン開発に取り組んだ。Pvs25とPvs28の遺伝子をクローニングした後(非特許文献2;特許文献6)、酵母を用いて組み換えタンパク質を発現し動物に免疫した。その結果、この組み換えタンパク質は有効な伝搬阻止抗体を誘導できることが判明した{(非特許文献3)(非特許文献4)}。
大部分の三日熱マラリアの流行地域には熱帯熱マラリアも存在しており、この両種の原虫に対するワクチンを同時期に開発することは、実用化を考慮する際に重要な点であると考えられている。また、マラリア原虫は抗原変異や多型をはじめとする宿主の免疫を回避する機構を有していることから、実用化を目指す際には、ワクチン候補抗原も複数準備する必要があるとされている。しかし、今日熱帯熱マラリア原虫および三日熱マラリア原虫において伝搬阻止ワクチン候補と目され研究が進められている分子は、わずか3種類のタンパク質に過ぎない(非特許文献5)。
【0006】
以上のマラリアワクチンの状況にもかかわらず、これまで有望な抗原物質を無細胞合成手段で製造することは、製造されるタンパク質の立体構造の問題、付加する糖の問題から困難と考えられてきた。
また、大腸菌由来の無細胞タンパク質合成系で製造した抗体では、抗原を認識するための立体構造を十分に保持できないために、低いKd値しか示していないことが知られている(非特許文献6、7)。
【0007】
【特許文献1】特開平6−98790号公報
【特許文献2】特開平6−225783号公報
【特許文献3】特開平7−194号公報
【特許文献4】特開平9−291号公報
【特許文献5】特開平7−147992号公報
【特許文献6】国際特許出願PCT/US98/25742
【非特許文献1】D.C. KaslowTransmission-blocking vaccines.P. Perlmann, M. Troye-Blomberg (eds): Malaria immunology. Chem. Immunol. Basel, vol. 80, 287-307, 2002.
【非特許文献2】T. Tsuboi, D.C. Kaslow, M.M.G. Gozar, M. Tachibana, Y-M. Cao, M. ToriiSequence polymorphism in two novel Plasmodium vivax ookinete surface proteins,Pvs25 and Pvs28, that are malaria transmission-blocking vaccine candidates. Mol. Med. 4, 772-782, 1998
【非特許文献3】H. Hisaeda, A.W. Stowers, T. Tsuboi, W.E. Collins, J. Sattabongkot, N.Suwanabun, M. Torii, D.C. Kaslow Antibodies to malaria vaccine candidates Pvs25 and Pvs28 completely block theability of Plasmodium vivax to infect mosquitoes. Infect. Immun. 68, 6618-6623, 2000.
【非特許文献4】Arakawa, T. Tsuboi, A. Kishimoto, J. Sattabongkot, N. Suwanabun, T.Rungruang, Y. Matsumoto, N. Tsuji, H. Hisaeda, A. Stowers, I. Shimabukuro, Y. Sato, M. ToriiSerum antibodies induced by intranasal immunization of mice with Plasmodiumvivax Pvs25 co-administered with cholera toxin completely block parasitetransmission to mosquitoes. Vaccine 21: 3143-3148, 2003.
【非特許文献5】T. Tsuboi, M. Tachibana , O. Kaneko, M.ToriiTransmission-blocking vaccine of vivax malaria. Parasitol. Int. 52:1-11, 2003.
【非特許文献6】ALEXANDER ZDANOV.,et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., Vol 91,pp.6423-6427(1994)、
【非特許文献7】C.Roger Mackenzie.,et al., THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY., Vol271, pp.1527-1533(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、無細胞タンパク質合成手段を利用して、ネイテイブな抗原性を維持した状態での抗原物質を製造する手段を提供することを課題とする。特に、多量のATを含有する遺伝子からの抗原物質の発現のように、コドンユーセージに支配されることなく抗原物質を製造する手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、無細胞タンパク質合成手段のうちコムギ胚芽を利用した系で、抗原性を維持した抗原物質特にマラリアワクチン製造に有用なマラリア抗原の調製に成功し、本発明を完成した。
【0010】
つまり本発明は以下よりなる。
「1.コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質の製造方法。
2.コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用するタンパク質をコードする領域の塩基配列のAT含量が50%以上の遺伝子にコードされる抗原物質の製造方法。
3.コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用するマラリア原虫由来抗原物質の製造方法。
4.胚乳及び低分子合成阻害物質が実質的に除去されたコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段である前項1〜3の何れか一に記載の製造方法。
5.前項4の製造方法で得られる抗原物質。
6.前項5に記載の抗原物質のアミノ酸配列が、配列番号2、4、6又は8並びにそれらの配列と70%以上相同性があるアミノ酸配列であることを特徴とする抗原物質。
7.前項6に記載の抗原性を維持した抗原物質。
8.前項5〜7のいずれか1に記載の抗原物質を利用したワクチンの製造方法。
9.前項8の製造方法で得られる抗原物質を含むワクチン。
10.前項9のワクチンによって調製される抗体。
11.前項5〜7のいずれか1に記載の抗原物質と免疫学的に反応する抗体。
12.前項10又は11に記載の抗体を含む診断薬。
13.前項12の診断薬を含んでなる診断用キット。
14.以下の工程を含むコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質のスクリーニング方法;
1)所望の候補遺伝子の選択された領域を含有する遺伝子を調製する工程
2)1)で調製した遺伝子からmRNAを合成する工程
3)2)で合成されたmRNAを翻訳鋳型としてコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段で翻訳し、ポリペプチドを合成するか、又は1)で合成された遺伝子を鋳型として、転写・翻訳一体型の無細胞タンパク質合成系により、ポリペプチドを合成する工程
4)3)で合成したポリペプチドについて、個々に哺乳動物に免疫処理し、抗血清を得る工程
5)所望ターゲット微生物又は該微生物由来タンパク質と、上記抗血清を反応させ、反応性を分析する工程
6)反応性が確認された抗血清の由来する候補遺伝子の選択された領域を候補抗原物質とする工程。」
【発明の効果】
【0011】
本発明のコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質の製造方法は、無細胞タンパク質合成系でネイテイブな抗原性を維持した抗原物質の提供を初めて可能にしたものである。さらに本発明では、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系では、合成すべきタンパク質をコードする遺伝子のAT含量が、タンパク質合成に影響を与えないことを明らかにした。すなわちAT含量が高い遺伝子であっても、コドンを変更することなく当該合成系においてタンパク合成が可能であることを明らかにした。この結果、コドンユーセージに拘束されることなく広く抗原物質の無細胞合成手段を提供し、ワクチン等の抗原物質の無細胞合成系による製造法を達成した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
(1)無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液の調製
本発明においては無細胞タンパク質合成系においてコムギ胚芽抽出物が用いられる。ここで、無細胞タンパク質合成系とは、細胞内に備わるタンパク質翻訳装置であるリボソーム等を含む成分をコムギ胚芽から抽出し、この抽出液に転写、または翻訳鋳型、基質となる核酸、アミノ酸、エネルギー源、各種イオン、緩衝液、及びその他の有効因子を加えて試験管内で行う方法である。このうち、鋳型としてRNAを用いるもの(これを以下「無細胞翻訳系」と称することがある)と、DNAを用い、RNAポリメラーゼ等転写に必要な酵素をさらに添加して反応を行うもの(これを以下「無細胞転写/翻訳系」と称することがある)がある。本発明における無細胞タンパク質合成系は、上記の無細胞翻訳系、無細胞転写/翻訳系のいずれをも含む。
【0013】
本発明に用いられるコムギ胚芽抽出物含有液はPROTEIOSTM(TOYOBO社製)として市販されている。
コムギ胚芽抽出液の調製法における、コムギ胚芽の単離方法として、例えばJohnston,F.B.et al.,Nature,179,160-161(1957)に記載の方法等が用いられ、また単離した胚芽からのコムギ胚芽抽出物含有液の抽出方法としては、例えば、Erickson,A.H.etal.,(1996)Meth.In Enzymol., 96,38-50等に記載の方法を用いることができる。その他、国際特許出願PCT/JP03/00995に記載の方法が例示される。
【0014】
本発明で好適に利用されるコムギ胚芽抽出物は、原料細胞自身が含有する又は保持するタンパク質合成機能を抑制する物質(トリチン、チオニン、リボヌクレアーゼ等の、mRNA、tRNA、翻訳タンパク質因子やリボソーム等に作用してその機能を抑制する物質)を含む胚乳がほぼ完全に取り除かれ純化されている。ここで、胚乳がほぼ完全に取り除かれ純化されているとは、リボソームが実質的に脱アデニン化されない程度まで胚乳部分を取り除いた胚芽抽出物のことであり、また、リボソームが実質的に脱アデニン化されない程度とは、リボソームの脱アデニン化率が7%未満、好ましくは1%以下になっていることをいう。
【0015】
上記コムギ胚芽抽出物は、コムギ胚芽抽出物含有液由来(および必要に応じて別途添加される)タンパク質を含有する。その含有量は、特に限定されないが、凍結乾燥状態での保存安定性、使い易さ等の点から、凍結乾燥前の組成物において、当該組成物全体の好ましくは1〜10重量%、より好ましくは2.5〜5重量%であり、また、凍結乾燥後の凍結乾燥組成物において、当該凍結乾燥組成物全体の好ましくは10〜90重量%、より好ましくは25〜70重量%である。なお、ここでいうタンパク質含有量は、吸光度(260,280, 320 nm)を測定することにより算出されるものである。
【0016】
(2)コムギ胚芽抽出物含有液からの潮解性物質の低減化
上記コムギ胚芽抽出物含有液は、抽出溶媒、あるいは抽出した後に行うゲルろ過に用いる緩衝液などが酢酸カリウム、酢酸マグネシウムなどの潮解性物質を含んでいる。このため、該コムギ胚芽抽出物含有液を使い翻訳反応溶液を調製し、そのまま乾燥製剤とした場合、凍結乾燥工程において溶解等が起こり、その結果該製剤の品質の低下が見られるという問題がある。品質の低下とは、該製剤に水を添加した際、製剤が完全に溶解せず、これを用いたタンパク質合成反応における合成活性も低下するものである。そこで、該コムギ胚芽抽出物含有液に含まれる潮解性物質の濃度を凍結乾燥した後に製剤の品質に影響を及ぼさない程度に低減する。潮解性物質の具体的な低減方法としては、例えば、予め潮解性物質を低減、または含まない溶液で平衡化しておいたゲル担体を用いたゲルろ過法、あるいは透析法等が挙げられる。このような方法により最終的に調製される翻訳反応溶液中の潮解性物質の終濃度として60mM以下となるまで低減する。具体的には、最終的に調製される翻訳反応溶液中に含まれる酢酸カリウムの濃度を60mM以下、好ましくは50mM以下に低減する。そして、さらに凍結乾燥処理された製剤における、潮解性を示す物質(潮解性物質)は、凍結乾燥状態での保存安定性を低下させない含有量は、当該凍結乾燥製剤中に含有されるタンパク質1重量部に対して、0.01重量部以下が好ましく、特に0.005重量部以下が好ましい。
【0017】
(3)夾雑微生物の除去
コムギ胚芽抽出物含有液には、微生物、特に糸状菌(カビ)などの胞子が混入していることがあり、これら微生物を除去しておくことが好ましい。特に長期(1日以上)の無細胞タンパク質合成反応中に微生物の繁殖が見られることがあるので、これを阻止することは重要である。微生物の除去手段は特に限定されないが、ろ過滅菌フィルターを用いるのが好ましい。フィルターのポアサイズとしては、混入する可能性のある微生物が除去可能なサイズであれば特に限定されないが、通常0.1〜1マイクロメーター、好ましくは0.2〜0.5マイクロメーターが適当である。
【0018】
(4)コムギ胚芽抽出物含有液から低分子合成阻害物質の除去方法
以上のような操作に加えて、コムギ胚芽抽出物含有液の調製工程の何れかの段階において低分子合成阻害物質の除去工程を加えることにより、より好ましい効果を有する抗原物質の無細胞タンパク質合成を行うためのコムギ胚芽抽出物含有液とすることができる。
胚乳成分が実質的に除去され調製されたコムギ胚芽抽出物含有液は、タンパク質合成阻害活性を有する低分子の合成阻害物質(以下、これを「低分子合成阻害物質」と称することがある)を含んでおり、これらを取り除くことにより、タンパク質合成活性の高いコムギ胚芽抽出物含有液を取得することができる。具体的には、コムギ胚芽抽出物含有液の構成成分から、低分子合成阻害物質を分子量の違いにより分画除去する。低分子合成阻害物質は、コムギ胚芽抽出物含有液中に含まれるタンパク質合成に必要な因子のうち最も小さいもの以下の分子量を有する分子として分画することができる。具体的には、分子量50,000〜14,000以下、好ましくは14,000以下のものとして分画、除去し得る。低分子合成阻害物質のコムギ胚芽抽出物含有液からの除去方法としては、それ自体既知の通常用いられる方法が用いられるが、具体的には、透析膜を介した透析による方法、ゲルろ過法、あるいは限外ろ過法等が挙げられる。このうち、透析による方法が、透析内液に対しての物質の供給のし易さ等の点において好ましい。
【0019】
透析による低分子合成阻害物質の除去操作に用いる透析膜としては、50,000〜12,000の除去分子量を有するものが挙げられる、具体的には除去分子量12,000〜14,000の再生セルロース膜(ViskaseSales,Chicago製)や、除去分子量50,000のスペクトラ/ポア6(SPECTRUM LABOTRATORIES INC.,CA,USA製)等が好ましく用いられる。このような透析膜中に適当な量のコムギ胚芽抽出物含有液等を入れ、常法を用いて透析を行う。透析を行う時間は、30分〜24時間程度が好ましい。
【0020】
低分子合成阻害物質の除去を行う際、コムギ胚芽抽出物含有液に不溶性成分が生成される場合には、この生成を阻害する(以下、これを「コムギ胚芽抽出物含有液の安定化」と称することがある)ことにより、最終的に得られるコムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液のタンパク質合成活性を高めることができる。コムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液の安定化の具体的な方法としては、上述した低分子合成阻害物質の除去を行う際に、コムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液を、少なくとも高エネルギーリン酸化合物、例えばATPまたはGTP等(以下、これを「安定化成分」と称することがある)を含む溶液として行う方法が挙げられる。高エネルギーリン酸化合物としては、ATPが好ましく用いられる。また、好ましくは、ATPとGTP、さらに好ましくはATP、GTP、及び20種類のアミノ酸を含む溶液中で行う。
【0021】
これらの成分は、予め安定化成分を添加し、インキュベートした後、これを低分子阻害物質の除去工程に供してもよいし、低分子合成阻害物質の除去に透析法を用いる場合には、透析外液にも安定化成分を添加して透析を行って低分子合成阻害物質の除去を行うこともできる。透析外液にも安定化成分を添加しておけば、透析中に安定化成分が分解されても常に新しい安定化成分が供給されるのでより好ましい。このことは、ゲルろ過法や限外ろ過法を用いる場合にも適用でき、それぞれの担体を安定化成分を含むろ過用緩衝液により平衡化した後に、安定化成分を含むコムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液を供し、さらに上記緩衝液を添加しながらろ過を行うことにより同様の効果を得ることができる。
【0022】
安定化成分の添加量、及び安定化処理時間としては、コムギ胚芽抽出物含有液の種類や調製方法により適宜選択することができる。これらの選択の方法としては、試験的に量及び種類をふった安定化成分をコムギ胚芽抽出物含有液に添加し、適当な時間の後に低分子阻害物質の除去工程を行い、取得された処理後コムギ胚芽抽出物含有液を遠心分離等の方法で可溶化成分と不溶化成分に分離し、そのうちの不溶性成分が少ないものを選択する方法が挙げられる。さらには、取得された処理後コムギ胚芽抽出物含有液を用いて無細胞タンパク質合成を行い、タンパク質合成活性の高いものを選択する方法も好ましい。また、上述の選択方法において、コムギ胚芽抽出物含有液と透析法を用いる場合、適当な安定化成分を透析外液にも添加し、これらを用いて透析を適当時間行った後、得られたコムギ胚芽抽出物含有液中の不溶性成分量や、得られたコムギ胚芽抽出物含有液のタンパク質合成活性等により選択する方法も挙げられる。
【0023】
このようにして選択されたコムギ胚芽抽出物含有液の安定化条件の例として、具体的には、透析法により低分子合成阻害物質の除去工程を行う場合においては、そのコムギ胚芽抽出物含有液、及び透析外液中に,ATPとしては100μM〜0.5mM、GTPは25μM〜1mM、20種類のアミノ酸としてはそれぞれ25μM〜5mM添加して30分〜1時間以上の透析を行う方法等が挙げられる。透析を行う場合の温度は、コムギ胚芽抽出物含有液のタンパク質合成活性が失われず、かつ透析が可能な温度であれば如何なるものであってもよい。具体的には、最低温度としては、溶液が凍結しない温度で、通常−10℃、好ましくは−5℃、最高温度としては透析に用いられる溶液に悪影響を与えない温度の限界である40℃、好ましくは38℃である。
【0024】
また、低分子合成阻害物質の除去をコムギ胚芽抽出物含有液として調製した後に行えば、上記安定化成分をコムギ胚芽抽出物含有液にさらに添加する必要はない。
【0025】
(5)コムギ胚芽抽出物含有液の還元剤濃度の低減方法
コムギ胚芽抽出物含有液に含まれる還元剤の濃度を低減させて無細胞タンパク質合成を行うことによれば、目的抗原物質の分子内に存在するジスルフィド結合が形成された状態でタンパク質を取得することができる。コムギ胚芽抽出物含有液中の還元剤の低減方法としては、コムギ胚芽抽出物含有液を調製するに至る工程の何れかにおいて還元剤低減工程を行う方法が用いられる。還元剤は、最終的に調製されるコムギ胚芽抽出物含有液中の濃度として、該コムギ胚芽抽出物含有液を用いた翻訳反応において抗原物質が合成され得て、かつ分子内ジスルフィド結合が形成、保持され得る濃度に低減される。具体的な還元剤の濃度としては、ジチオスレイトール(以下、これを「DTT」と称することがある)の場合、コムギ胚芽抽出物含有液から調製された最終的な翻訳反応溶液中の終濃度が、20〜70μM、好ましくは30〜50μMに低減される。また、2−メルカプトエタノールの場合には、翻訳反応溶液中の最終濃度が、0.1〜0.2mMに低減される。さらに、グルタチオン/酸化型グルタチオンの場合には、翻訳反応溶液中の最終の濃度が30〜50μM/1〜5μMとなるように低減される。上述した具体的な還元剤の濃度は、これら限定されるものではなく、合成しようとするタンパク質、あるいは用いる無細胞タンパク質合成系の種類により適宜変更することができる。
【0026】
還元剤の至適濃度範囲の選択法としては、特に制限はないが、例えば、ジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の効果によって判断する方法を挙げることができる。具体的には、還元剤の濃度を様々にふったコムギ胚芽抽出物含有液由来翻訳反応溶液を調製し、これらにジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素を添加して分子内にジスルフィド結合を有する抗原物質の合成を行う。また、対照実験として同様の翻訳反応溶液にジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素を添加しないで同様のタンパク質合成を行う。ここで合成される抗原物質の可溶化成分を、例えば遠心分離等の方法により分離する。この可溶化成分が全体の50%(可溶化率50%)以上であり、またその可溶化成分がジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の添加により増加した反応液が、該抗原物質の分子内ジスルフィド結合を保持したまま合成する反応液として適していると判断することができる。さらには、上記のジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の効果によって選択された還元剤の濃度範囲のうち、合成される抗原物質量の最も多い還元剤の濃度をさらに好ましい濃度範囲として選択することができる。
【0027】
具体的な還元剤の低減方法としては、還元剤を含まないコムギ胚芽抽出物含有液を調製し、これに無細胞タンパク質合成系に必要な成分とともに、上記の濃度範囲となるように還元剤を添加する方法や、コムギ胚芽抽出物含有液由来の翻訳反応溶液から上記の濃度範囲となるように還元剤を除去する方法等が用いられる。無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液はこれを抽出する際に高度の還元条件を必要とするため、抽出後にこの溶液から還元剤を取り除く方法がより簡便である。コムギ胚芽抽出物含有液から還元剤を取り除く方法としては、ゲルろ過用担体を用いる方法等が挙げられる。具体的には、例えば、セファデックスG−25カラムを予め還元剤を含まない適当な緩衝液で平衡化してから、これにコムギ胚芽抽出物含有液を通す方法等が挙げられる。
【0028】
(6)翻訳反応溶液の調製
以上のように調製されたコムギ胚芽抽出物含有液は、これにタンパク質合成に必要な核酸分解酵素阻害剤、各種イオン、基質、エネルギー源等(以下、これらを「翻訳反応溶液添加物」と称することがある)および翻訳鋳型となる目的抗原物質をコードするmRNA及び所望によりイノシトール、トレハロース、マンニトールおよびスクロースーエピクロロヒドリン共重合体からなる群から選択される成分を含有する安定化剤を添加して翻訳反応溶液を調製する。各成分の添加濃度は、自体公知の配合比で達成可能である。
【0029】
翻訳反応溶液添加物として、具体的には、基質となるアミノ酸、エネルギー源、各種イオン、緩衝液、ATP再生系、核酸分解酵素阻害剤、tRNA、還元剤、ポリエチレングリコール、3',5'−cAMP、葉酸塩、抗菌剤等が挙げられる。また、それぞれ濃度は、ATPとしては100μM〜0.5mM、GTPは25μM〜1mM、20種類のアミノ酸としてはそれぞれ25μM〜5mM含まれるように添加することが好ましい。これらは、翻訳反応系に応じて適宜選択して組み合わせて用いることができる。具体的には、コムギ胚芽抽出物含有液としてコムギ胚芽抽出液を用いた場合には、20mMHEPES-KOH(pH7.6)、100mM酢酸カリウム、2.65mM酢酸マグネシウム、0.380mMスペルミジン(ナカライ・テスク社製)、各0.3mML型アミノ酸20種類、4mMジチオスレイトール、1.2mMATP(和光純薬社製)、0.25mMGTP(和光純薬社製)、16mMクレアチンリン酸(和光純薬社製)、1000U/mlRnaseinhibiter(TAKARA社製)、400μg/mlクレアチンキナーゼ(Roche社製)を加え、十分溶解した後に、目的抗原物質をコードするmRNAを担持する翻訳鋳型mRNAを入れたもの等が例示される。
【0030】
ここで、目的抗原物質をコードするmRNAは、コムギ胚芽からなる無細胞タンパク質合成系において合成され得る抗原物質をコードするものが、適当なRNAポリメラーゼが認識する配列と、さらに翻訳を活性化する機能を有する配列の下流に連結された構造を有している。RNAポリメラーゼが認識する配列とは、T3またはT7RNAポリメラーゼプロモーター等が挙げられる。また、無細胞タンパク質合成系において翻訳活性を高める配列としてΩ配列又はSp6等をコーディング配列の5'上流側に連結させた構造を有するものが好ましく用いられる。
【0031】
(7)マラリア抗原
本発明では、ゲノム情報に基き(Gardnerら:Genome sequence of the human malaria parasitePlasmodium falciparum. Nature 419:498-511, 2002)、熱帯熱マラリア原虫のゲノム(その大きさが22.9Mbpで、5268個の遺伝子)を好適に利用できる。それらがコードするタンパク質のうち、約6割は既知のどのタンパク質にも類似しておらず機能の予測すら出来ないことから、これまでその機能解析が殆どおこなわれていなかった。そのうえ、熱帯熱マラリア原虫のタンパク質は、エクソン領域のAT含量が平均76%にも及び、従来の系では組み換えタンパク質の発現が困難であった。
本発明では三日熱マラリアのゲノムをもまた好適に利用できる。特に三日熱マラリア伝搬阻止ワクチン開発で使われたPvs25とPvs28の遺伝子(T.Tsuboi, D.C. Kaslow, M.M.G. Gozar, M. Tachibana, Y-M. Cao, M. Torii :Sequencepolymorphism in two novel Plasmodium vivax ookinete surface proteins, Pvs25 andPvs28, that are malaria transmission-blocking vaccine candidates. Mol. Med. 4,772-782, 1998)も利用できる。これらは酵母を用いて組み換えタンパク質を発現し、次に動物免疫し、その組み換えタンパク質は有効な伝搬阻止抗体を誘導できることが判明している(H. Hisaeda, A.W. Stowers, T. Tsuboi, W.E. Collins, J. Sattabongkot, N.Suwanabun, M. Torii, D.C. Kaslow :Antibodies to malaria vaccine candidatesPvs25 and Pvs28 completely block the ability of Plasmodium vivax to infectmosquitoes. Infect. Immun. 68, 6618-6623, 2000)(T. Arakawa, T. Tsuboi, A.Kishimoto, J. Sattabongkot, N. Suwanabun, T. Rungruang, Y. Matsumoto, N. Tsuji,:H.Hisaeda, A. Stowers, I. Shimabukuro, Y. Sato, M. Torii:Serum antibodies inducedby intranasal immunization of mice with Plasmodium vivax Pvs25 co-administeredwith cholera toxin completely block parasite transmission to mosquitoes. Vaccine21: 3143-3148, 2003)が、本発明の無細胞合成系でも同様に有効な伝搬阻止抗体を誘導できた。
【0032】
本発明の抗原物質は、上記のような既知マラリア抗原及び本発明手段で調製される新たな抗原物質も本発明の対象とする。本発明にあっては、コドンユーセージに支配されることなく抗原物質を無細胞合成系で調製できるから、ゲノム情報から所望の塩基配列部位を選択し、コドンユーセージにあわせた変換をすることなく、そのまま本発明の合成系で転写/翻訳すれば、立体構造をネイテイブに近い状態で容易に抗原物質を調製できる。さらに、得られた抗原物質を免疫原物質として免疫処理し、調製された抗血清と標的微生物又は該微生物由来物質との反応性を確認することによって、容易に有用な抗原物質をスクリーニング可能である。
具体例としては、配列番号1、3、5、7の塩基配列をもとに転写し、翻訳鋳型のmRNAを調製して抗原物質の無細胞合成をおこない、得られたポリペプチドを使い免疫処理することを例示したが、これらは好適な例として開示したにすぎず決して限定されるものではない。具体例で示された抗原のアミノ酸配列は配列番号2、4、6、8に記載されている。
なお、本発明に係る抗原性を維持した抗原物質とは、単にタンパク質合成系で合成されたネイティブの抗原物質と同一のアミノ酸配列あるいは70%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質を意味するのではなく、ネイティブの抗原物質と同様に抗体に認識されるタンパク質を意味する。その立体構造は、ネイティブのタンパク質と同様であるものと考えられる。
【0033】
(8)無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を用いたタンパク質の合成方法
上記で調製された無細胞タンパク質合成用細胞抽出液は、前記で低減した潮解性物質および水をタンパク質合成反応に適した濃度になるように添加した溶解液で溶解し、それぞれ選択されたそれ自体既知のシステム、または装置に投入してタンパク質合成を行うことができる。タンパク質合成のためのシステムまたは装置としては、バッチ法(Pratt,J.M.etal.,Transcription and Tranlation, Hames, 179-209,B.D.&Higgins,S.J.,eds,IRLPress,Oxford(1984))のように、本発明の無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を溶解した翻訳反応溶液を適当な温度に保って行う方法や、無細胞タンパク質合成系に必要なアミノ酸、エネルギー源等を連続的に反応系に供給する連続式無細胞タンパク質合成システム(Spirin,A.S.etal.,Science, 242,1162-1164(1988))、透析法(木川等、第21回日本分子生物学会、WID6)、あるいは無細胞タンパク質合成系に必要なアミノ酸、エネルギー源等を含む溶液を翻訳反応溶液上に重層する方法(重層法:Sawasaki,T., et al., FEBS LETTERS, 514, 102-105 (2002))等が挙げられる。
【0034】
ここで、還元剤濃度を低減した無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を用いた場合には、無細胞タンパク質合成系に必要なアミノ酸、エネルギー源等を供給する溶液についても同様の還元剤の濃度に調製する。さらに、翻訳反応をジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の存在下で行えば、分子内のジスルフィド結合が保持された抗原物質を高効率で合成することができる。ジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素としては、例えばタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ等が挙げられる。これらの酵素の上記無細胞翻訳系への添加量は、酵素の種類によって適宜選択することができる。具体的には、コムギ胚芽から抽出した無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液であって、還元剤としてDTTを20〜70、好ましくは30〜50μM含有する翻訳反応溶液にタンパク質ジスルフィドイソメラーゼを添加する場合、翻訳反応溶液としての最終濃度で0.01〜10μMの範囲、好ましくは0.5μMとなるように添加する。また、添加の時期はジスルフィド結合が形成される効率から翻訳反応開始前に添加しておくことが好ましい。
【0035】
(抗原物質の調製法)
本発明の具体例として示すマラリア抗原は、上記の既知配列をもとに重要な生物学的機能が示唆された領域(例えば配列番号2、4、6、8のようなポリペプチド)として示される。該抗原物質を構成するアミノ酸は、必ずしも既知マラリア抗原のアミノ酸配列と同一である必要はなく、該ポリペプチドと同様の免疫原としての機能を有するものであれば、該ポリペプチドのアミノ酸配列に、適宜、欠失、置換、付加、挿入などの変異を導入したポリペプチドであってもよいし、さらには70%以上の相同性があるアミノ酸配列でもよい。このような抗原は、ポリペプチド若しくはタンパク質の精製法として公知のあらゆる方法で容易に調製が可能である。有用な抗原物質が同定できれば、組み変えタンパク質に自体公知のタグを付けて、該タグに対してのアフィニテイー精製、又はその抗原に対する抗体を使ってアフィニテイークロマトグラフィーをすれば容易に回収可能である。
本発明において有用な抗原物質は、必ずしも上記配列に限定されない。本発明のスクリーニング手法を応用すれば容易に新規な抗原物質を確保できる。
また、当業者であれば、自体公知のスクリーニング手法により、エピトープ部分を同定し、適宜少なくとも3個以上、好ましくは5個〜15個のポリペプチドを合成して抗原物質として利用可能である。
【0036】
(抗体の調製)
本発明では、上記のように調製された抗原物質を使って、これを免疫学的に認識する抗体が調製される。該抗体は、例えば配列番号2、4、6、8のポリペプチドに対する抗体である。しかし、本発明で得られる抗原物質は、ネイテイブに近い立体構造を構築できることから、これらに限定されず、本発明の方法で調製されたあらゆる抗原物質に対する抗体も本発明の対象とする。
抗体は、抗原性ポリペプチドによって、アジュバンドの存在下または非存在下で、 単独でまたは担体に連結して、細胞性応答および/または体液性応答による誘導によって調製される。抗原性ポリペプチドは、例えば配列番号2、4、6、8のアミノ酸配列を含む抗原物質をそのまま免疫原として使用してもよいが、またこれらにより設計して調製してもよい。通常5個程度のアミノ酸からなる断片が抗原性領域を特徴付けていることから、例えば配列番号2、4、6、8の配列を中心として、少なくとも5個のアミノ酸配列を抗原性ポリペプチドとする。小さすぎて抗原性が十分でない場合には、このポリペプチドを、適当な担体に結合させればよい。
このような結合を得るための多くの方法が当該分野で公知であり、 それには、Pierce Company,Rockford,Illinoisから入手されるN-スクシンイミジル-3-(2-ピリジルチオ)プロピオネート(SPDP)およびスクシンイミジル4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレート(SMCC) を用いてジスルフィド結合を形成する方法が包含される〔例えばImmun.Rev.(1982)62:185〕。担体としては、それ自身が宿主に対して有害な抗体の生産を誘導しないものであれば、いずれの担体も用いられ得る。適当な担体は、典型的には、タンパク、多糖体、重合アミノ酸、アミノ酸共重合体および不活性ウイルス粒子がある。特に有用なタンパク質には、血清アルブミン、 キーホールリンペットヘモシアニン、免疫グロブリン分子、 チログロブリン、卵アルブミン、 テタヌス毒素 および当業者に公知の他のタンパクがある。
【0037】
調製された抗原物質は、ポリクローナルおよびモノクローナルの両抗体を生産するのに用いられる。ポリクローナル抗体が所望であれば、抗原物質を用いて、 選択された哺乳動物(例えば、マウス、 ウサギ、ヤギ、ウマなど)を免疫する。免疫された動物から得られた血清を回収し、公知の方法によって処理する。ポリクローナル抗体を含有する血清が所望以外の抗原に対する抗体を含んでいる場合には、このポリクローナル抗体は免疫アフィニティークロマトグラフィーによって精製され得る。ポリクローナルな抗血清を生産し、加工処理する方法は、 当該分野では公知である。 例えばMayer およびWalker(1987):IMMUNOCHEMICAL METHODS INCELLAND MOLECULAR BIOLOGY (Academic Press, London)等に記載の方法である。
モノクローナル抗体もまた、当業者により容易に生産され得る。ハイブリドーマによってモノクローナル抗体を調製する一般的な方法は公知である。永久増殖性の抗体産生細胞系は、細胞融合によって調製することができる。さらに、腫瘍原性DNAを用いたBリンパ球の直接形質転換、 あるいはEpstein-Barrウイルスを用いたトランスフェクションのような他の方法によってもまた調製することができる。例えば、J. Virol. 60:1153.Schreier, M.ら(1980); Virology 162:167.Hammerlingら(1981);BritishMedical J. 295:946.Kennett ら(1980)等に記載の方法である。また、ヒトの疾患の診断・治療に使用可能なように、これらのモノクローナル抗体をヒト化することをも含む。
【0038】
形成されたモノクローナル抗体およびポリクローナル抗体は、 いずれも抗原物質の配列の一部を認識可能な抗体であり、抗原抗体反応性において優れている。そして、得られた抗体の有用性は、標的微生物又は該微生物由来タンパク質との反応性を確認することで選別可能である。本発明の方法で得られる抗体は、実験例に示すように高い免疫反応性を有するものである。その結果、本発明の方法で得られる抗体は、微生物に対する抗体、例えば抗マラリア原虫抗体(以下、マラリア抗体と呼ぶことがある)として有用である。
【0039】
さらにモノクローナル抗体を調製し、その抗体についてのマラリア抗体としての有用性をスクリーニングすれば、有用な抗原物質の選択が可能となり、そのエピトープ情報をもとに、エピトープ部分を選択し、容易に低分子ワクチンの製造も可能である。
【0040】
本発明に係るワクチンは、例えば、薬学的に許容可能な担体またはアジュバンドと一緒に配合して医薬組成物の形態で提供することができる。本発明で用いることができる薬学的に許容可能な担体とは、生体の免疫担当細胞がワクチン抗原を認識するのに適したものである。また、医薬組成物を調製するために用いることができる免疫用アジュバントは、当技術分野で周知である。当業者は、医薬組成物を形成するための適切なアジュバントを適宜選択することができる。本発明のワクチンは、カプセル剤、懸濁液、エリキシル剤又は溶液のような任意の投与形態で用いることができる。また、単回投与量のワクチンを含む医薬組成物を調製するために担体物質と組み合わせるべきタンパク質の量は、一般的には、投与経路および投与方法、抗原タンパク質の安定性および活性(免疫原性)、被験者の性別、年齢、体重、全体的な健康状態、予防または治療の対象となるウイルス病原体のタイプ等を含む多くの要因に依存する。投与すべきワクチン量はまた、薬学的に許容可能な担体およびアジュバンドの種類および量にも依存する。
【0041】
本発明に係る抗体を含む診断薬は、該抗体を固定化用担体あるいは標識物質に結合させて用いることによってできるが特には限定されない。固定化用担体としては、ポリスチレン樹脂、アクリルアミド樹脂、ラテックス粒子、ゼラチン粒子等が挙げられる。標識物質としては、酵素(ペルオキシダーゼ、β−D−ガラクトシダーゼなど;酵素免疫測定法)、蛍光発光物質(FITCなど;蛍光免疫測定法)、ラジオアイソトープ(125Iなど;ラジオイムノアッセイ)、化学発光物質(ルミノールなど;化学発光イムノアッセイ)、金コロイド等が挙げられる。なお、本発明に係る抗体と固定化用担体あるいは標識物質とを結合させるとき、これらの間にスペーサー構造物を共有結合等により介在させてもよい。また、測定法としては、酵素免疫測定法、蛍光免疫測定法、ラジオイムノアッセイ、化学発光イムノアッセイ、粒子凝集法、免疫クロマト法等、あらゆる免疫測定法に用いることができる。さらに、上記に示した診断薬を含む診断用キットは、迅速かつ容易な診断ツールとして提供できる。
【0042】
本発明に係るコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質のスクリーニング方法は以下の工程を含む。
1) 所望の候補遺伝子の選択された領域を含有する遺伝子を調製する。
ゲノム情報に基き候補遺伝子領域を選択する。ここで、本発明のコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成系では、合成すべきタンパク質をコードする遺伝子のAT含有量がタンパク質合成に影響を与えないので、選択された候補遺伝子領域がATリッチなものも対象となる。さらに、合成したポリペプチドの精製に必要なタグ配列を含んでもよい。
2)1)で調製した遺伝子からmRNAを合成する。
転写は、従来既知の方法で可能である。
3)2)で合成されたmRNAを翻訳鋳型としてコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段で翻訳し、ポリペプチドを合成する。又は、1)で合成された遺伝子を鋳型として、転写・翻訳一体型の無細胞タンパク質合成系により、ポリペプチドを合成する。
コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を容器に添加する。続いて、ポリペプチド合成に必要な物質、翻訳鋳型若しくは転写鋳型及び安定化剤を含む溶液を添加して、ポリペプチドを合成する。合成は、ピペットマン等及び/又は自動分注器のチャンネルピペッターにより複数の領域に区画された容器のそれぞれ異なるウェルに細胞抽出液を分注することにより行うこともできる。この場合、コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成用細胞抽出液をウェルの容量に適した量で添加し、続いてポリペプチド合成に必要な物質、翻訳鋳型若しくは転写鋳型及び安定化剤を含む溶液をピペットマン等及び/又は自動分注器のチャンネルピペッターにより各ウェルに必要量添加して、ポリペプチドを合成する。
4)上記3)で合成したポリペプチドについて、個々に哺乳動物に免疫処理し、抗血清を得る。
3)で合成したポリペプチドは、哺乳動物(例えば、マウス、 ウサギ、ヤギ、ウマなど)を用いて従来既知の方法で免疫する。免疫された動物から得られた血清を回収し、公知の方法によって処理する。ポリクローナル抗体を含有する血清が所望以外の抗原に対する抗体を含んでいる場合には、このポリクローナル抗体は免疫アフィニティークロマトグラフィーによって精製され得る。ポリクローナルな抗血清を生産し、加工処理する方法は、 当該分野では公知である。さらに、モノクローナル抗体もまた、当業者により容易に生産され得る。
5)所望ターゲット微生物又は該微生物由来タンパク質と、上記抗血清を反応させ、反応性を分析する。
所望ターゲット微生物例えば原虫に4)で得た抗血清が反応するかを見る。また、微生物由来タンパク質に4)で得た抗血清が反応するかを見ることもできる。これらの反応には蛍光ラベル化された抗体などの二次抗体を用いてもよい。この場合、二次抗体による蛍光を顕微鏡観察などにより確認する。
6)反応性が確認された抗血清の由来する候補遺伝子の選択された領域を候補抗原物質とする。
5)で蛍光の検出などにより反応が確認された抗血清の作成に用いたポリペプチドは、抗原性を維持した抗原物質であると言える。
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
無細胞タンパク質合成
(1)コムギ胚芽抽出液の調製
北海道産チホクコムギ種子又は愛媛産チクゴイズミを1分間に100gの割合でミル(Fritsch社製:Rotor Speed Millpulverisette14型)に添加し、回転数8,000rpmで種子を温和に粉砕した。篩いで発芽能を有する胚芽を含む画分(メッシュサイズ0.7〜1.00mm)を回収した後、四塩化炭素とシクロヘキサンの混合液(容量比=四塩化炭素:シクロヘキサン=2.4:1)を用いた浮選によって、発芽能を有する胚芽を含む浮上画分を回収し、室温乾燥によって有機溶媒を除去した後、室温送風によって混在する種皮等の不純物を除去して粗胚芽画分を得た。
次に、ベルト式色彩選別機BLM−300K(製造元:株式会社安西製作所、発売元:株式会社安西総業)を用いて、次の通り、色彩の違いを利用して粗胚芽画分から胚芽を選別した。この色彩選別機は、粗胚芽画分に光を照射する手段、粗胚芽画分からの反射光及び/又は透過光を検出する手段、検出値と基準値とを比較する手段、基準値より外れたもの又は基準値内のものを選別除去する手段を有する装置である。
色彩選別機のベージュ色のベルト上に粗胚芽画分を1000乃至5000粒/cm2となるように供給し、ベルト上の粗胚芽画分に蛍光灯で光を照射して反射光を検出した。ベルトの搬送速度は、50m/分とした。受光センサーとして、モノクロのCCDラインセンサー(2048画素)を用いた。
まず、胚芽より色の黒い成分(種皮等)を除去するために、胚芽の輝度と種皮の輝度の間に基準値を設定し、基準値から外れるものを吸引により取り除いた。次いで、胚乳を選別するために、胚芽の輝度と胚乳の輝度の間に基準値を設定し、基準値から外れるものを吸引により取り除いた。吸引は、搬送ベルト上方約1cm位置に設置した吸引ノズル30個(長さ1cm当たり吸引ノズル1個並べたもの)を用いて行った。
この方法を繰り返すことにより胚芽の純度(任意のサンプル1g当たりに含まれる胚芽の重量割合)が98%以上になるまで胚芽を選別した。
得られたコムギ胚芽画分を4℃の蒸留水に懸濁し、超音波洗浄機を用いて洗浄液が白濁しなくなるまで洗浄した。次いで、ノニデット(Nonidet:ナカライ・テクトニクス社製)P40の0.5容量%溶液に懸濁し、超音波洗浄機を用いて洗浄液が白濁しなくなるまで洗浄してコムギ胚芽を得、以下の操作を4℃で行った。
洗浄した胚芽湿重量に対して2倍容量の抽出溶媒(80mM HEPES−KOH pH7.8、200mM酢酸カリウム、10mM酢酸マグネシウム、8mMジチオスレイトール、(各0.6mMの20種類のL型アミノ酸を添加しておいてもよい))を加え、ワーリングブレンダーを用い、5,000〜20,000rpmで30秒間ずつ3回の胚芽の限定破砕を行った。このホモジネートから、高速遠心機を用いた30,000×g、30分間の遠心により得られる遠心上清を再度同様な条件で遠心し、上清を取得した。本試料は、−80℃以下の長期保存で活性の低下は見られなかった。取得した上清をポアサイズが0.2μmのフィルター(ニューステラデイスク25:倉敷紡績社製)を通し、ろ過滅菌と混入微細塵芥の除去を行った。
次に、このろ液をあらかじめ溶液〔40mM HEPES-KOH(pH7.8)、それぞれ100mM酢酸カリウム、5mM酢酸マグネシウム、8mMジチオスレイトール、各0.3mMの20種類L型アミノ酸混液(タンパク質の合成目的に応じて、アミノ酸を添加しなくてもよいし、標識アミノ酸であってもよい)〕で平衡化しておいたセファデックスG−25カラムでゲルろ過を行った。得られたろ液を、再度30,000×g、30分間の遠心し、回収した上清の濃度を、A260nmが90〜150(A260/A280=1.4〜1.6)に調整した。
得られたタンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液に20mM HEPES-KOH(pH7.6)、100mM酢酸カリウム、2.65mM酢酸マグネシウム、0.380mMスペルミジン(ナカライ・テクトニクス社製)、各0.3mML型アミノ酸20種類、4mMジチオスレイトール、1.2mMATP(和光純薬社製)、0.25mMGTP(和光純薬社製)、16mMクレアチンリン酸(和光純薬社製)、1000U/mlRnaseinhibitor(TAKARA社製)、400μg/mlクレアチンキナーゼ(Roche社製)を添加して翻訳反応溶液原料を調製した。
【0045】
(2)転写鋳型の調製と翻訳
転写鋳型の調製は、配列番号1、3、5、7を用いコムギ胚芽無細胞タンパク質合成系用のプラスミド、pEU3-NII(SP6)(Proc Natl Acad Sci USA,2002, vol 99, p14652-14657 :Sawasaki,T et al.)のマルチプルクローニングサイトのEcoRV部位に各遺伝子をクローニングした。本発明では原虫由来の改変していない塩基配列をコドンユーセージの至適化なしに用いた。下記に示すPfs25-TBV(Pfs25-TBV配列を含むInvitrogen社製品のプラスミドから、本発明者坪井がクローニングしたものを使用した)、Pfs25-3D7(本発明者坪井が熱帯熱マラリア原虫のゲノムDNAからクローニングしたものを使用した)、Pvs25(本発明者坪井が三日熱マラリア原虫のゲノムDNAからクローニングしたものを使用した)及びPvs28(本発明者坪井が三日熱マラリア原虫のゲノムDNAからクローニングしたものを使用した)の遺伝子を組み込んだpEU3NII(SP6)ベクターを転写鋳型とし、1mlの系で37℃、3hr転写を行った。得られたmRNAのペレット全量を1mlの上記(1)のコムギ胚芽Extract(60O.D.)抽出液に添加し26℃、48hタンパク質合成を行った。
【0046】
抗原物質の精製は、得られたタンパク合成反応液450μlをMicroSpin G-25 Column(Amersham Biosciences社)にてバッファー交換し、250μlのNi-NTASuperflow(QIAGEN社)に供した。樹脂洗浄後、200 mM イミダゾールにて無細胞合成タンパクを溶出させ、溶出液をSuperdex 75 pg(AmershamPharmacia Biotech社)に供し精製タンパク質を得た。
【0047】
a.遺伝子の特定:
・Pfs25-3D7 (Nature. 1988 May 5;333(6168):74-6)
Pfs25は熱帯熱マラリア原虫の蚊の中腸内の発育ステージであるオーキネートの表面タンパクの一つである。3D7はこの遺伝子をクローニングした熱帯熱マラリア原虫の培養株の名称である。Pfs25の疎水性のN末のシグナル配列及びC末のGPIアンカーシグナルを除いた、EGF-likeドメイン(類似ドメインの4回繰り返し)と呼ばれる部位で、熱帯熱マラリア原虫3D7培養株のゲノムDNAを鋳型にして、センスプライマー(配列番号9)とアンチセンスプライマー(配列番号10)を用いたPCRで増幅した。配列中には、合計22個のシステイン残基が含まれている。発現に用いた配列は配列表の配列番号1に示した(人工的に挿入した開始コドン、6個の連続するヒスチジンタグと終止コドンを持ち、561塩基、His-tag以外の部位のAT含量は70.2%)。また、そのコードするアミノ酸配列は配列表の配列番号2に示した(186残基)。
【0048】
・Pfs25-TBV {Biotechnology (N Y). 1994 May;12(5):494-9}
この抗原は上記Pfs25の遺伝子を酵母での発現に適したコドンに変え人工合成したものである。現在熱帯熱マラリア伝搬阻止ワクチン抗原として、米国NIHマラリアワクチン開発部門において、酵母(Pichiapastoris)を用いて発現し、第1相臨床試験用のワクチンを製造中である。酵母での組み換えタンパク質の発現時に障害となる3カ所のNグリコシレーション部位をアスパラギン(N)からグルタミン(Q)に置換し、C末端には6個の連続するヒスチジンタグを付加してある。無細胞タンパク質合成系用のコンストラクトはNIHから分与された人工合成DNAを鋳型にして、センスプライマー(配列番号11)とアンチセンスプライマー(配列番号12)を用いたPCRで増幅した。発現に用いた配列は配列表の配列番号3に示した(人工的に挿入した開始コドン、6個の連続するヒスチジンタグと終止コドンをもち、540塩基、His-tag以外の部位のAT含量は58.4%)。またそのコードするアミノ酸配列は配列表の配列番号4に示した(179残基)。
【0049】
・Pvs25 (Mol. Med. 4, 772-782, 1998;Infect. Immun. 68, 6618-6623, 2000)
Pvs25は三日熱マラリア原虫の蚊の中腸内の発育ステージであるオーキネートの表面タンパクの一つである。発現に用いたのは、疎水性のN末のシグナル配列及びC末のGPIアンカーシグナルを除いた、EGF-likeドメイン(類似ドメインの4回繰り返し)と呼ばれる部位で、三日熱マラリア原虫SalvadorI株のゲノムDNAを鋳型にして、センスプライマー(配列番号13)とアンチセンスプライマー(配列番号14)を用いたPCRで増幅した。合計22個のシステイン残基が含まれている。発現に用いた配列は配列表の配列番号5に示した(人工的に挿入した開始コドン、6個の連続するヒスチジンタグと終止コドンをもち、555塩基、His-tag以外の部位のAT含量は57.5%)。またそのコードするアミノ酸配列は配列表の配列番号6に示した(184残基)。
【0050】
・Pvs28(Mol. Med. 4, 772-782, 1998;Infect. Immun. 68, 6618-6623, 2000)
Pvs28も三日熱マラリア原虫の蚊の中腸内の発育ステージであるオーキネートの表面タンパクの一つである。発現に用いたのは、疎水性のN末のシグナル配列及びC末のGPIアンカーシグナルを除いた、EGF-likeドメイン(類似ドメインの4回繰り返し)と呼ばれる部位に加えてGSGGE/Dのアミノ酸の6回繰り返しリピート配列が存在している。NIHにおいて三日熱マラリア原虫SalvadorI株からクローン化したPvs28遺伝子のうち、N末から130残基目のNグリコシレーション部位をアスパラギン(N)からグルタミン(Q)に置換したDNAを鋳型にして、センスプライマー(配列番号15)とアンチセンスプライマー(配列番号16)を用いたPCRで増幅した。合計20個のシステイン残基が含まれている。発現に用いた配列は配列表の配列番号7に示した(人工的に挿入した開始コドン、6個の連続するヒスチジンタグと終止コドンを持ち、612塩基、His-tag以外の部位のAT含量は52.6%)。またそのコードするアミノ酸配列は配列表の配列番号8に示した(203残基)。
【実施例2】
【0051】
抗原物質の発現の確認
実施例1によって、Pfs25-TBV、Pfs25-3D7、Pvs25、Pvs28のタンパク質合成終了後にHis-tag精製処理を行った。得られた試料を12.5%のポリアクリルアミドゲルを用いて還元条件下でSDS-PAGEを行い、CBB染色した(図1)。Totalのレーンにはタンパク合成反応液を0.5μl、その他のレーンにはその約3倍量相当の試料を電気泳動した。その結果、4種類のタンパク質いずれもほぼ目的のサイズ(図1*印)の位置にほぼ同程度の量のタンパク質発現が確認された。注目すべきことに、AT含量が58.4%の人工合成遺伝子Pfs25-TBVとほぼ同量のタンパク質が、AT含量が70.2%の熱帯熱マラリア原虫本来のコドンを用いたPfs25-3D7においても認められた。この結果は、既存の組み換えタンパク発現方法には無い、全遺伝子の平均AT含量が76%の熱帯熱マラリア原虫タンパク質をゲノムワイドに発現する際にきわめて有用なことを示唆する。また、Nグリコシレーションサイトの有無によっても、タンパク発現量に有意な差異は認められなかった(Pfs25-TBV:無し、Pfs25-3D7:3カ所)。
【実施例3】
【0052】
血清によるマラリア原虫の免疫染色
(抗Pvs25または抗Pvs28マウス血清、抗Pfs25-3D7または抗Pfs25-TBVマウス血清)
実施例1及び2で得られた精製タンパク質をそれぞれ10μg/50μl PBSに濃度調整し、75μl のフロイント完全アジュバント(和光純薬)と共に乳化させ、8週齢のBALB/c雌マウス(日本クレア)1匹の腹腔内に投与した。各群2匹ずつマウスを用い、陰性コントロール群には無細胞タンパク質合成系で上記と同様に作成した植物由来のタンパク(FT、His-tag付き)を同様に免疫した。初回免疫から3週間後にフロイント不完全アジュバント(和光純薬)を用いて追加免疫を行い、以後2週間間隔で合計3回追加免疫を行った。合計4回目の免疫から2週間後にエーテル麻酔下で心臓から全採血を行った。採決後、血液を室温で1時間、さらに4度で一晩置き、翌日血清分離を行った。分離した血清は、-80度で実験に使用するまで凍結保存した。
(試験法)
タイの三日熱マラリア流行地の患者から、三日熱マラリア原虫生殖母体を精製し、オーキネート培養液を用いて26度で一晩培養し、オーキネートを得た。培養した原虫を、スライドグラス上にスポットし、アセトンで固定した後、上記抗Pvs25または抗Pvs28マウス血清を一次抗体に用い、二次抗体にはFITCでラベルされた抗マウス抗体及び核染色にDAPIを用いた。染色された標本は、NikonC1共焦点レーザー顕微鏡で観察した。また、同様にして熱帯熱マラリア患者の生殖母体を用いて作成した熱帯熱マラリア原虫オーキネートを抗原に用いて、上記抗Pfs25-3D7または抗Pfs25-TBVマウス血清を用いて、上記と同様に染色した。図2は抗Pvs28マウス血清で染色した三日熱マラリア原虫オーキネートを代表として示す。
(試験結果)
これまでの研究で、上記4種のタンパクは、マラリア原虫オーキネートの表面に発現していることが判っていた。それを証明する際最も重要だった点は、原虫タンパクの立体構造を認識する抗体が必須であったことである。例えば、Pfs25の組み換えタンパクを大腸菌で発現させ、動物に免疫した際、もちろんこの組み換えタンパクに対する抗体は産生されたが、この抗体は原虫のタンパクと反応することはできなかった。
コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて合成した上記4種類のタンパクに対する抗体が、原虫のタンパクと反応できるかどうかは、抗原として用いたタンパクの立体構造が原虫の本来のタンパク質の立体構造とどの程度類似しているかどうかを確認する最も重要なポイントである。既存の系で最も発現が困難とされてきたオーキネート表面タンパクでの抗原性の確認は本発明の意義を確認するのにもっとも有用である。
図2は患者血液から培養して作成した三日熱マラリア原虫オーキネートを、無細胞タンパク質合成系で作成したPvs28に対するマウス抗血清で染色したものである。左側は原虫と周囲に存在する赤血球(直径7μm)を光学顕微鏡像で撮影したものである。右側の写真は、同一視野をレーザースキャンし、原虫の厚みの中央部分の断層写真を蛍光撮影したものである。緑色で染色されているのがPvs28の原虫における局在を示しており、青色は原虫の核を示している。この結果は、抗Pvs28マウス血清の中に、原虫本来のPvs28タンパク質と結合することのできる抗体が含まれていることを示しており、Pvs28はオーキネートの表面に発現していることを示している。同様に、Pvs25抗血清は三日熱マラリア原虫オーキネートを、抗Pfs25-TBVおよび抗Pfs25-3D7抗血清は熱帯熱マラリア原虫オーキネーを染色することができた。したがって、これらの結果から、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系はマラリア伝搬阻止ワクチン候補抗原である4種のタンパク質を、原虫の本来の構造に類似した状態で作成することが可能であることを確認した。
【実施例4】
【0053】
抗Pvs25 又はPvs28マウス血清によるマラリア伝搬阻止活性の確認
タイ・ミャンマー国境に位置するタイ国政府のマラリア診療所を受診した三日熱マラリア患者から、患者同意の下に原虫の感染した血液を採血し、300μlずつ分注し患者自身の血漿を除去した後、感染赤血球に下記の条件で各種血清を添加して血液を再構築し、それぞれ別々にタイにおけるマラリア媒介蚊(Anophelesdirus)に人工膜吸血装置を用いて30分間吸血させた。
【0054】
1.150μlの健康人のAB型血清を添加
2.75μlの健康人のAB型血清プラス75μlの抗FTマウス血清(陰性コントロール)を添加
3.75μlの健康人のAB型血清プラス75μlの抗Pvs25マウス血清を添加(1:2)
4.131μlの健康人のAB型血清プラス19μlの抗Pvs25マウス血清を添加(1:8)
5.145.3μlの健康人のAB型血清プラス4.7μlの抗Pvs25マウス血清を添加(1:32)
6.75μlの健康人のAB型血清プラス75μlの抗Pvs28マウス血清を添加(1:2)
7.131μlの健康人のAB型血清プラス19μlの抗Pvs28マウス血清を添加(1:8)
8.145.3μlの健康人のAB型血清プラス4.7μlの抗Pvs28マウス血清を添加(1:32)
【0055】
吸血後、未吸血の蚊を除去した後在タイ米軍医学研究所(バンコク市)に持ち帰り、1週間26度で蚊を飼育し、各群20匹の蚊を顕微鏡下に解剖し、中腸表面に感染しているマラリア原虫(オーシスト)の数を数え、伝搬阻止活性の指標とした。図3は2人の患者から得られたデーターの合計である(合計各群40匹の蚊)。
【0056】
マラリア伝搬阻止ワクチンの原理は、蚊の中腸内ステージ(主に接合体からオーキネート)のマラリア原虫表面に特異的に発現するタンパク質(Pfs25、Pvs25、Pvs28)でヒトを免疫して特異抗体を作らせ、そのヒトから吸血した蚊の中腸内で、これらの表面タンパク質とヒトの抗体とが抗原抗体反応を引き起こし、上記の原虫の発育を阻害する、というものである。その結果、蚊の体内の次の発育ステージであるオーシストの形成が阻害され、媒介蚊によるマラリアの伝搬はブロックされる。
そこで、マウスで作成した抗血清のマラリア伝搬阻止ワクチン活性を確かめるために、三日熱マラリア原虫をモデルに実験を行った。その結果、図3のように、抗FTマウス血清(1:2)を吸血した蚊1匹あたりの平均オーシスト数4.15と比較して、抗Pvs25マウス血清(1:2)群はオーシストが感染した蚊は1匹も存在しておらず、この抗血清の非常に高い伝搬阻止活性が明らかとなった。この活性は1:8に希釈しても平均オーシスト数0.35と有意にオーシスト数を減少させていた(P<0.0001)。また、抗Pvs28マウス血清(1:2)においても、抗Pvs25マウス血清と比較すると弱いながら、有意な伝搬阻止活性(P<0.02)が認められた。
【実施例5】
【0057】
抗Pfs25-3D7又は抗Pfs25-TBVマウス血清によるマラリア伝搬阻止活性の確認
実施例4と同様な方法により、抗Pfs25-3D7マウス血清によるマラリア伝搬阻止活性の確認を行った。さらに、抗Pfs25-TBVマウス血清でも行った。Pfs25-TBVは、上記で説明した通り、AT-rich codonのPfs25を酵母タンパク質合成系で合成するために、コドンを調整したものである。また、実施例4とは異なり、抗FTマウス血清(陰性コントロール)を用いず、Adjuvant血清(マウスにPBSバッファーとアジュバンドを加えて免疫して得たマウス血清)を陰性コントロールとして用いた。
【0058】
1.150μlの健康人のAB型血清を添加
2.75μlの健康人のAB型血清プラス75μlのAdjuvant血清(陰性コントロール)を添加
3.75μlの健康人のAB型血清プラス75μlの抗Pfs25-3D7マウス血清を添加(1:2)
4.131μlの健康人のAB型血清プラス19μlの抗Pfs25-3D7マウス血清を添加(1:8)
5.145.3μlの健康人のAB型血清プラス4.7μlの抗Pfs25-3D7マウス血清を添加(1:32)
6.75μlの健康人のAB型血清プラス75μlの抗Pfs25-TBVマウス血清を添加(1:2)
7.131μlの健康人のAB型血清プラス19μlの抗Pfs25-TBVマウス血清を添加(1:8)
8.145.3μlの健康人のAB型血清プラス4.7μlの抗Pfs25-TBVマウス血清を添加(1:32)
【0059】
結果を図4に示した。Adjuvant血清(1:2)を吸血した蚊1匹あたりの平均オーシスト数21.775と比較して、抗Pfs25-3D7マウス血清(1:2)群はオーシストが感染した蚊は1匹も存在しておらず、この抗血清の非常に高い伝搬阻止活性が明らかとなった。この活性は1:8に希釈しても平均オーシスト数1.25と有意にオーシスト数を減少させていた(P<0.05)。また、抗Pfs25-3D7マウス血清は、抗Pfs25-TBVマウス血清と比較しても、同等な有意な伝搬阻止活性が認められた。
酵母タンパク質合成系によるPfs25の合成においては、Pfs25遺伝子がATリッチであるため、そのコドンを変更してAT含量を調整する必要があった。また、大腸菌由来のタンパク質合成系では、抗原性を維持した抗原物質を発現することができないことが多い。本発明に係るコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質の製造方法では、従来のタンパク質合成系とは異なりAT含有量に左右されることなく抗原物質を抗原性を維持して合成できることを確認した。
【0060】
以上の結果は、本発明によって調製した抗原物質が、原虫の本来のタンパクを認識する抗体を誘導できるのみならず、それらの抗体の中には原虫の伝搬阻止活性のある有効な抗体をも産生できたことを示している。したがって、コムギ胚芽を利用した無細胞タンパク質合成系はマラリア伝搬阻止ワクチン抗原物質作成に有用であることが明らかとなった。
【0061】
本出願は、参照によりここに援用されるところの、日本特許出願番号2003-333659からの優先権を請求する。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明のコムギ胚芽を利用した無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を用いたマラリア抗原の発現を示す電気泳動図である。左より、Pfs25-TBV、Pfs25-3D7、Pvs25、Pvs28の各抗原の結果を示す。図中、T:total、1:未吸着画分、2:精製タンパク質、3:洗浄画分を意味し、*は目的サイズの部分を示す。
【図2】抗Pvs28血清に対する三日熱マラリア原虫のオーキネートの免疫染色結果を示す。
【図3】抗Pvs25 又はPvs28マウス血清による三日熱マラリア伝搬阻止活性を示す。
【図4】抗Pfs25-3D7又は抗Pfs25-TBV マウス血清による熱帯熱マラリア伝搬阻止活性を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質の製造方法。
【請求項2】
コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用するタンパク質をコードする領域の塩基配列のAT含量が50%以上の遺伝子にコードされる抗原物質の製造方法。
【請求項3】
コムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用するマラリア原虫由来抗原物質の製造方法。
【請求項4】
胚乳及び低分子合成阻害物質が実質的に除去されたコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段である請求項1〜3の何れか一に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項4の製造方法で得られる抗原物質。
【請求項6】
請求項5に記載の抗原物質のアミノ酸配列が、配列番号2、4、6又は8並びにそれらの配列と70%以上相同性があるアミノ酸配列であることを特徴とする抗原物質。
【請求項7】
請求項6に記載の抗原性を維持した抗原物質。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1に記載の抗原物質を利用したワクチンの製造方法。
【請求項9】
請求項8の製造方法で得られる抗原物質を含むワクチン。
【請求項10】
請求項9のワクチンによって調製される抗体。
【請求項11】
請求項5〜7のいずれか1に記載の抗原物質と免疫学的に反応する抗体。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の抗体を含む診断薬。
【請求項13】
請求項12の診断薬を含んでなる診断用キット。
【請求項14】
以下の工程を含むコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段を使用する抗原物質のスクリーニング方法;
1)所望の候補遺伝子の選択された領域を含有する遺伝子を調製する工程
2)1)で調製した遺伝子からmRNAを合成する工程
3)2)で合成されたmRNAを翻訳鋳型としてコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段で翻訳し、ポリペプチドを合成するか、又は1)で合成された遺伝子を鋳型として、転写・翻訳一体型の無細胞タンパク質合成系により、ポリペプチドを合成する工程
4)3)で合成したポリペプチドについて、個々に哺乳動物に免疫処理し、抗血清を得る工程
5)所望ターゲット微生物又は該微生物由来タンパク質と、上記抗血清を反応させ、反応性を分析する工程
6)反応性が確認された抗血清の由来する候補遺伝子の選択された領域を候補抗原物質とする工程。

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【国際公開番号】WO2005/030954
【国際公開日】平成17年4月7日(2005.4.7)
【発行日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514211(P2005−514211)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013918
【国際出願日】平成16年9月24日(2004.9.24)
【出願人】(503094117)株式会社セルフリーサイエンス (19)
【Fターム(参考)】